You have eaden fruit. Say whuit. You have snakked mid a fish. Telle whish.
鰤端末 書庫(閲覧について) Wikimedia関係日誌 これは誰?
2008-12-12
■[food] 白葱二題・焼き葱の炊き込みご飯を作ってみました&葱とじゃがいものスープ
週末に風邪を引いて、臥せっておりましたので、葱とか生姜とかを使った食事を普段より少し多めに食べている今日この頃、みなさまいかがおすごしでしょうか。
さて、おととい見たレシピが気になっていたので、さっそく昨日作ってみました。
じっくり甘みを出して焼いた長ねぎの炊き込みご飯です。ふんわり香る長ねぎの香りと、とろっと甘い長ねぎ。こんな味なんだぁとしみじみしてしまいます。
☆焼き長ねぎの炊き込みご飯☆ by シェフミニー [クックパッド] 簡単おいしいみんなのレシピが121万品
2合分のレシピを基本その分量で、少し自己流にアレンジを加えて作ってみました。白い長葱をざくに切ったものをフライパンにごま油を敷いて焼き、しょう油・酒・みりんを加えて、炊き込み飯にするというもの。なかなか美味でした。1合は冷凍して取っておこうと思ったのだが、一晩で2合食べてしもうた。最近は食が細くなっているのでこういうことは珍しいのですが……
変えたのは以下の部分*1
- 元のレシピで葱2本だったのを1本にした。
- しょうゆ小さじ1/2だったのを淡口しょうゆ大さじ1にした。
- 葱を油で焼くとき、「弱火で」とあるのを最初強火で焼き色をつけ、あとからじっくり弱火で焼いた。また焼くときにはふたをした(ふたをすると火の回りがよくなります。茶色い玉葱の作り方もご参照ください)。
- 葱を油で焼くとき、先に生姜ひとかけを加えて味をつけておいた。
- 酒は直接、飯がまに加えるのではなく、葱を焼いた油を軽く取ったあと、フライパンを熱してひと煮立ちさせ、香りを移したものを使った。
しょうゆの量が増えているのは、私がおこげが好きだからで、たくさんおこげがほしいのでわざとしょうゆを増やしています。その分ご飯が辛くなり、また色目もすこし濃くなります。これは人によって好みの分かれるところかも知れません。元のレシピより葱を減らしてみたのですが、これは元の分量のほうがよかったようです。米2合あたり1本でもおいしくいただけましたが、やはり米1合に葱1本にしたほうが、葱の濃厚な香りと味をより楽しめたのではないかと思います。
いただく際には白胡麻をたっぷり振っていただきました。サイトの写真をみていると、海苔をかけるアレンジもありますね。細く切った白髪葱を少し添えるのも綺麗かもしれません。おかずは揚げの漬け焼き。普段なら大根おろしを添えるところですが、ご飯が葱たっぷりなのでさぼりました。でもちょっと甘え目の献立になったので、大根おろしがあってもよかったかな。
白葱の献立では、皮を剥いたじゃがいもと一緒にとろとろになるまで煮て、スープにしたのもおいしいですね。フランスの家庭料理で、元来のレシピではポワローで作るのですが、わたしはいつも日本の白葱で作ってます。塩と胡椒だけで味をつけるのですが、冬らしい滋味のあるスープになります。濃厚な味がお好きな方は、牛乳を足して味を加減するのもよいかと思います。分量を書いておきますので、どうぞお試しください。
材料
・白葱 2本
・じゃがいも 4つ
・水 適当
・黒胡椒 1粒
・塩 好みで
・あさつき 少々(あれば)
- 白葱は青い部分を除き、ざく切りにする。
- じゃがいもは洗い、皮を剥き、3つか4つくらいに切る。
- 白葱・じゃがいも・胡椒を鍋に入れ、ひたひたに水を張る。
- 鍋を弱火にかけ、野菜が煮崩れるまでことこと煮る。鍋にふたをするのを忘れずに。ただし吹きこぼさないように注意。
- 野菜が十分にやわらかくなったら、スープに塩で味をつける。野菜が塊になっているのが気になるようだったら、木べらでつぶすとよい。
- 出来上がり。スープ皿に盛り付けて出す。あればあさつきを微塵切りにして、薬味に添える。
気力と時間があったら、裏ごししてもよいです。この場合はサーヴする前に温めなおします。私はほとんど裏ごししません。なおこれにクリームで味をつけ冷やしたものがヴィシソワーズです。あちらは夏のスープですね。
葱とじゃがいものスープ、とても簡単で、身体が温まって、腹持ちもよいです。時間は下ごしらえをいれて1時間弱。うんと急いでいるときには電子レンジで切ったあとの野菜を加熱したあと水で煮るという裏技もありますが、30分は弱火で煮たほうがおいしく出来ると思います。
一日一チベットリンク。青海・チベット自治区、2009年から鉄道整備ラッシュ - 中国国際放送局、2008年12月10日。
■[misc] 大阪の大学・2
院に入ってから大阪の大学に通うようになったのですが、そこは昔から理工系が有名なところで、ていうか文学部が出来たのは私が生まれるちょっと前というところで、学内にすら「うちに文学部があったんですか!」というようなことをいう人が、多数おりました。まあ、理学部の人たちは、体育で*2文学部と一緒になるので我々の存在を知覚してはいたらしいのですが。
工学部というのはどこでもそうらしいのですが、男子生徒学生が多くいます。文学部だと男女比半々くらいなので、工学部のひとたちが連れ立って歩いていると、なんとも黒々とした感じを受けました。後に私の夫になる人は情報工学科というところの出で、ここも平生は男子生徒学生が多いのですが、ときどき突発的に女子学生が増えることがあって、彼が入った年はたまたまその当たり年だったらしいのです。80人いる学生のうち女子学生が10人だったそうです。そうして、そのかなりが彼のいた研究室に配属されました(お葬式のときにみなさん来てくださったのですが、3人くらい女性がいた記憶があります)。
亡夫はもともと共学の高校でしたし、そのときの部活でも女子生徒は相応にいて、というわけで工学系には珍しく女の子慣れはしているようでした。女の子と緊張せずに話せる、ということはあとで見ていると、工学系では誰にでもある資質のようではありませんでした。とはいえ、それはモテるモテないとは次元の違う話。彼も、自己申告によれば、入学してしばらくを除いては*3、付き合っている女の子はとくにいなかったそうです。なんでも「あの子いいなあ」と思っているうちに他の男の子と付き合っていることがわかってひっそり断念するの繰り返しだったそうです。いっぽう、同級生だった女の子によれば「えー意外」「学外に彼女がいるんだとばっかり。……君はうちの女の子なんか眼中にないんだと思ってました」「でもそのいい出せなくてっていうのはすごいわかるww」だそうで、ううんこんなところにもマッチングミスってあるのだなあ、としみじみさせられます。恋愛市場は高学歴志向とかいいますが、それはかなりにマスコミの方々が作ったお話で、現実にはこうした売りに出されていることすら世間に知られていない店頭在庫が沢山あるのですね。はてなをたまににぎわす非モテ話に、ああきっと事情はわたしたちが学部の学生だった20年前とそうは違わないのだろうなあと思います。閑話休題。
ともかく付き合いだす前から、亡夫が女の子慣れしているのは、わかっていました。そもそも付き合いだすきっかけは、彼がそれまで一緒にご飯を食べていた友達(男性)が何かの事情でいなくなってしまい*4、「ひとりでご飯を食べるのつまらないなあ。誰か話の面白い人がいないかしらん」と、たまたま生活圏の近かった私にメールをよこして夕ご飯――って生協ですが――を一緒に食べるようになったことでした。そんなだから女の子と話すのに気後れするということは彼にはまずないように見えました。いやむしろ逆で、親しくなってくると、彼の同級生や友達やらとのエピソードをいろいろ聞かせられるのですが、そこに出てくる女の子の名前が全部下の名前なんですね。名字でなく。
曰く、みかさん(仮名)。まきさん(仮名)。みすずっちゃん(仮名)。しょうこさん(仮名)。切りがないのでやめますが、ほとんどこんな感じ。そうして、わたしのことは、名字で、さんづけして、彼は呼ぶのでした。私はそのとき彼と既に婚約して、わたしたちは両方の親に挨拶も済ませていたのですが。
私は切れました。彼は最初私がなんで怒っているのか分からなかったようでした。「えっと、でもずっとまきさん(仮名)って呼んでるし、いまから変えるのは変だよ……」。私は泣いて抗議しました。「そこを変えろって云ってないでしょ。なんでまきさん(仮名)はまきさんで、わたしはさかいさん(=名字)なの。逆でしょ。ふつう逆でしょ。あたし、あなたと婚約してるのよ。あたしたちもうすぐ夫婦になるのよ」。さすがに彼もそこまでいわれて、それはまずいことなのだということは理解したようでした。ようでしたが「えっとね、でも、大事なひとだからきちんと呼びたいの……」「君ぜんぜん分かってない!!」
恥ずかしいとかごにょごにょいってましたが、ともかくその場で呼び名を改めさせることには成功しました。男の子って、ほんと、難儀だよね。
inspired by
追記:上で参照したid:Masao_hateさんのエントリをきのう読んでから、ずっとひっかかっていたことがようやく言語化できた気がする――Masao_hateさんは「非モテ」を恋愛に限定することに異議を唱えておられるのだけど、それはやはり違うのではないかと思った。恋愛という性愛を介した対他関係と、性愛を介さない対他関係には、いろいろと異なる作法があって、その違いは、相手が異性――というか性的対象となりえるセクシュアリティの持ち主である場合でも残る。相手が自分にとって性的交流の対象でない限り、その差異は顕在化せず、性愛を介在させる関係性に固有の作法にしたがって振舞うことを人はしないからだ。対幻想の差と共同幻想の差といってもいいかもしれない。それで、異性の(より精確には自分のセクシュアリティにとって性的対象となりえる)友人とコミュニケーションを取ることと、恋人(あるいは潜勢的な恋人)とコミュニケーションを取ることは違って、「非モテ」はあくまでも後者にかかわることばなのではないか。異性であろうと同性であろうと、性が関係性に介在しない場で「非モテ」をいうことは違うんじゃないかと、非モテをめぐる過去の長大な議論は追っていないので的外れなことをいっているかもしれませんが、思いました。
■[about me][wikimedia] ウィキペディア日本語版と私
ウィキペディアの人、と私を認識しておられる方がいるようで――たとえばid:wiselerさんのこのエントリ、それはまったくの間違いではないよねと思いつつ、自分としては素直に受け取ることのできない部分もあり、説明をする必要を感じていた。とりわけウィキペディア日本語版と私の関係については、どこかできちんと説明する必要があるのだなと思った。
私は現在、ウィキペディア日本語版からは投稿ブロック制限を受けていて、編集する登録ユーザの集団というもっとも狭い意味では「ウィキペディア日本語版のコミュニティ」の一員ではない。一方で、他に8つあるウィキメディア財団のウィキの日本語版プロジェクトには引き続き参加しているし、また他の言語のウィキペディアにもそれなりにはかかわっている。おそらくは、わたしはウィキメディア・プロジェクト全体と深く関わっている日本語圏では少数のユーザのひとりであり、そのいっぽうでウィキペディア日本語版の編集が出来ないのだが、後者にそれほど不都合は感じていない。そしてまた、後者の問題については、それが解決されるなら望ましいことではあろうが、わたしのほうから出来ることはすでになされていて、何かそれ以上のことが私の側にできるとも、またするべきだとも現在のところは考えていない。以下、そのことをすこし詳しく述べていく。
ウィキペディア参加者としての私
私はウィキメディア・プロジェクトの参加者ではあるし、ウィキペディアにも一般の方よりは深くかかわってはいるけれど、ウィキペディアのコミュニティの中心的な一員ではない。ウィキメディア・プロジェクトの中の人、というのが、より正確な表現だとは思う。ウィキメディアのなかでさらに細分していけばウィキクォートということになり、それは普段いつも一緒にプロジェクトで活動している人たちは理解してくれているけれども、そうでない人にはなかなか伝わらない。さらにプロジェクトの中でも、ウィキメディア・プロジェクトとウィキペディアをまったく等価にみなしている人たちがいて、その人たちにとっては私もまたウィキペディアンである。「ウィキペディアの中の人」というのがまったく間違ってはいないだろう、という諦念も、だからとくに新しいものではない。
ウィキペディアの中の人、と時々他の方から紹介されることがあって、そのことに微妙なものを感じるようになったのはいつごろだろうか。Dirk Riehle のインタビュー(Dirk Riehle: How and Why Wikipedia Works: An Interview with Angela Beesley, Elisabeth Bauer, and Kizu Naoko)が2006年5月から6月になされたもので、そこでした自己紹介をみると、すでに「ウィキペディアは(ウィキメディアにおける)私の活動の中心ではないんだけども」というようなことをいっており、数年前であることは間違いがないのだが、すぐには思い出せない。
たしかに私は wikipedia.org のいくつかの*5ウィキにアカウントを持っていて、そのうち5つ*6では500回以上の編集をしている。うち2つ*7では1000、そして実をいえば130以上あるウィキメディア・プロジェクトのウィキのアカウントのうち一番編集回数が多いのはウィキペディア日本語版で、だから他人が私を「ウィキペディア日本語版の人」とみなすのも、まったく根拠のないことでもないことは私にも分かる。
だけれども、それはあくまでもその人たちの判断であり思料であって、わたしの実感ではなく、私のアイデンティティのありようとも違う。ウィキメディア財団のウィキは現在700近くあり、それぞれに小さなウィキ上のコミュニティがある。当然ウィキペディア日本語版にも――ウィキメディアのなかでは――比較的大きなコミュニティがあり、1万回数以上の編集をしたくらいだから私も多少、いや量的には比較的多くの貢献をなしており、その意味では私は(現在は編集ブロックにあっているとはいえ)ウィキペディア日本語版の一員でもあるけれど、だからといってただちにウィキペディア日本語版がプロジェクトにおける私の「ホーム」であるということにはならない。
私がウィキメディアにおいて自分のホームプロジェクト――活動の拠点でありまた精神の安らぎを覚えるコミュニティ――と思うのは、メタ・ウィキメディア http://meta.wikimedia.org とウィキクォート英語版 http://en.wikiquote.org の二つである。
ウィキペディアの意義――わたし自身にとって、またこの世界にとって
私もウィキペディア――オンラインでフリーな誰でも使えてまた編集できる百科事典――の文化的・社会的意義を信じてはいる。だからこそ多大な時間をこれまでつぎこんできた。しかしいっぽうで観念論者としての私はウィキペディアだけでなく啓蒙思想の産物たる百科事典一般というものに大きな懐疑を抱いているし、またウィキペディアの根源にある「みんなの意見」を集めるというやり方にも全面的な賛意を与えたことはない。みんなの意見を集めて比較考量し多数派意見には重り付けをして……というウィキペディアのやり方は、畢竟プラトンのいう「思いなし」ドクサの集積であって、原理において正しさを保証するものではない。またそこで集められる陳述も、たいていのばあい経験的な事実とその叙述をめぐる争いであって、その集積はなるほどわたしたちの生活をある程度便利にし有用にするが、しかし存在の彼岸の真昼を求め、真理の開示をめざして存在をめぐる問いを立てるという人間理性本来の課題(とわたしが信じるもの)とは直接には関係がない。ウィキペディアの有用さを確信しつつ、しかしそれが日常的なものにとっての有用さにとどまるがゆえに、私個人にとって究極にはウィキペディアは大きな価値をもたない。
いっぽうで有用さそのものの意義を私も否定するわけではない。さらにウィキペディアがもたらすような有用さの恩恵に一切与っていない人たちがいる。ネットワークアクセスをもたない人・そもそも字が読めない人・字がよめてネットワークアクセスがあっても自分が知っている言語での言語資料がなく外国語を習得しなければ人類がこれまで積み上げてきた知の恩恵に与れない人々。そしてその差異は、ただその人がどこに生まれ何語を母語として育ったかという、その人がまったく自分では選ぶことの出来ない要因に決定されている。そのことを思うたびに私は身震いするような怒りとやるせなさを覚えずにはいられない。文字が読めること、ついでその文字で読むべき数々の資料があるということ、それは私にとっては人間らしい生活への必要条件であって、ウィキペディアがそれぞれの言語での言語活動を活性化させ、また言語資料を蓄積するということには、深い意義を感じている。
それで、ウィキペディアに参加してしばらくたって、私の活動の重心は、プロジェクト全体を支え、またいろいろな言語コミュニティへ運営に関する情報を発信するという、いわば managerial な方向へ移っていった。ウィキでいえば meta.wikimedia.org になる。またウィキペディアもその一部であるウィキメディア・プロジェクトには百科事典だけでなく教科書や辞書を作るプロジェクトもあって、私の個人的な嗜好は引用句集の作成に惹きつけられた。資料全体のアーカイヴを扱うプロジェクトではなく引用集に向かったのは、あるいは私自身のもつフラグメントへのロマン主義的な偏愛を反映してだったかもしれない。とにかくウィキメディア活動への理念的な共感はメタ・ウィキメディアでの活動に、自身の趣味的な志向はウィキクォートとりわけ英語版*8にもっともその処を得た。だから、私にとって、ウィキメディアにおける自分の家・ホームプロジェクトは、メタ・ウィキメディアであり、またウィキクォートなのである。
ウィキペディア日本語版と私、あるいは投稿ブロックについて
ところが、ウィキペディア日本語版には、この説明で満足しない人々がいて、執拗に私のホームプロジェクトがウィキペディア日本語版であると主張する人がいる。そうして自分のプロジェクトを省みろというようなことをいう。私からいえば、大きなお世話である。私の精神のありかは私自身が決めるのであって、余人に決めていただくようなものではない。ウィキペディア日本語版にもっと傾注しろということならまだその方の願望として受け止めないでもないが、上に書いたように百科事典プロジェクトとしての日本語版ウィキペディアに私自身はそれほどの緊要性を認めてはいないし、ボランティアプロジェクトである以上、究極にはそれはその方の希望以上のものにはならない。いままでにもそのことは何度か説明してきたが、プロジェクト内メーリングリストでまた先日そういった主張をなさったので、ここで改めてはっきり繰り返しておく。ウィキペディア日本語版は、わたしのホームプロジェクトではない。ウィキペディアの意義を認めつつ、百科事典という知のあり方に懐疑をもっている私にはウィキペディアは(どの言語であろうとも)ホームプロジェクトでありえず、また私個人は日本語に縛られる必要性を感じていない。理念と活動の方向を共有し、また心情を共有する人たちがいるところが、私の家である。それが必然であるか偶然であるかということは、私自身はそれほど関心がない。だが多言語主義の促進ということが自分にとってもっとも大きな関心事である以上、メタ・ウィキメディアが自分の活動の中心になっていったことは今のウィキメディア・コミュニティのなかでは必然的であったのかとも思っている。
そういうことを直接いってくる方が出てきたきっかけは、私が昨年の9月に、ウィキペディア日本語版のユーザページで、あるユーザさんに呼びかける際にそのユーザさんの姓を使い、それを問題視する人がいて、結果わたしがウィキペディア日本語版から投稿制限を受けることになったことだろうと思っている。そのユーザさん自身にはメールと、後日あるカンファレンスで(ってKOF2007ですが。わたしの講演を聞きにきてくださったので)お会いした際、お詫びを申し上げて、ご理解をいただいた。私は当事者二人の間でことが終わっているのだから、他の方にはかかわりがないことだと思っている。ウィキペディア日本語版のユーザのなかにはしかし意見を異にする方がいて、「コミュニティに対して謝罪しろ」と要求している。私はこのことで「コミュニティについて謝罪する」必要があるとは考えていない。――それは当事者間で決着のついたことであり、コミュニティという第三者の問題ではない。思いあたるのは「世間をお騒がせしました」というロジック、私は一般に「世間への謝罪」なるものは言説空間内の権力ゲームだと考えており、そのようなゲームに参加したいとは思わない。さらに、ユーザの何人かは決議をして、私がコミュニティに対して謝罪をするまでは私の編集権限を制限したままにすると決めたのだが、そうなさりたければそうなさるのがよいと私は思っている。謝罪とは自分が罪を犯した相手に対してするのであって、この場合はご迷惑をかけたユーザの方にはすでに謝罪し、了解もいただいている。さらに、コミュニティに対して謝罪することを「コミュニティ」(といっているがその一部)が決議し、それに私が従わないから私が「コミュニティを軽視している」とある人が主張するのだが、事の善悪についての意見が一致しないときに相手の意見に従うことは尊重ではなく、ゆえにその決議内容に私が従わなかったからといって、私が「コミュニティ」を軽視しているとはいえないと考える。事実、昨年からなんども、私はそのようには考えないということは返答を直接求められた際にはお応えしているので、わたしのほうでは軽視しているといわれるのは正直心外である。他者への応答可能性を果たすことが尊重であって、他者の意見に唯々諾々と従うのが尊重ではない、と私は考えている。
参考までに、そのときのウィキペディア上の議論についてリンクを付しておく。ご関心のある方は先方の言い分についてもご覧いただきたい。
なお Aphaia というのはわたしのウィキメディア・プロジェクトでの利用者名である*9。
むすびに
自分が過たないとは私は考えない。けれど私が現在考えるところは上に述べたものに尽きていて、そうして考えを改めるような論点を提示されたことは私の側から見る限りではない。ただ、私は謝罪するべきであり、それがコミュニティを尊重するということだ、ということを仰る方がいるばかりであった。私はそれに同意しない。そうしてその代償が「ウィキペディア日本語版」プロジェクトからの追放だというなら、それを甘受するにまったくやぶさかではない。自分が理解も同意もしていない規範に従うことは非倫理的であり、ウィキペディアの編集アクセス権は、その非倫理性を贖うほどに私にとって貴重なものではない。
私はウィキペディア日本語版の編集がとくにしたいというわけではない。実際、一年数ヶ月か編集できない状況にあるが、さして不都合も起こっていないし、またウィキペディア日本語版と調整が必要な事態でも個々の関係者と連絡を取ることで解決している(そういう案件は、外部の方などがからむ場合もあって、そもそもウィキの上でやりとりすることはできないので、ウィキを編集することができるかどうかはまったく関係がない)。だが、自分が不当だと感じる主張――ウィキペディア日本語版を私が自分のホームプロジェクトとすべきだとか、ウィキペディア日本語版の一部のユーザの主張に私が従わないことが「軽視」であるとか――を耐え忍ぶつもりもない。それについてはプロジェクトのウィキやメーリングリストで折々に反論してきたが、上述のように議論が平行線なので、今回は逐条反論するのではなく、まとまった形で自分の意見を書いた。また、それ以上に、わたしを「ウィキペディア」の中の人と呼ぶ方がいる以上、自分の立ち位置について一度きちんと表明しておく必要もあるかな、と思ったので、今回は自分のブログで公開することにした。
プロジェクト内の方からもそうでない方からも、ご意見を伺えれば幸いである。
追記:はてなブックマークやコメント欄での反応へのお返事をまとめました。
*1:たんにレシピをきちんとチェックしなかったからだという説もあるが、きにしなーい。
*2:当時、日本の大学では学部の1年2年で体育が必修だった。いまは文科省の方針が変わり、というか設置基準緩和の影響らしいのですが、そうではないらしいです。
*3:つまり「高校のときの彼女」。
*4:就職したか、研究室が移転していなくなったか。
*5:いま調べたらどうも50はくだらないらしい、grep がないので手で数えて、途中で断念した。
*6:日本語版、英語版、ドイツ語版、イタリア語版、フランス語版。
*7:日本語版と英語版。
*8:日本語版でないのは、著作権法などの理由で、好きな作品から好きに引用するというのが日本語では現状難しいからである。
*9:Britty はその名前でアカウントが取れるとは思わなかったのですよね(実はその時点では取れたらしい)……。なお Britty は Britomartis から来ていて、Aphaia というのは Britomartis と同一視されることのある神格なので、両者は同じものをさしているといえなくもない。ウェブサービスによって片方が取れたり取れなかったりするので、適当に使い分けております。