You have eaden fruit. Say whuit. You have snakked mid a fish. Telle whish.
鰤端末 書庫(閲覧について) Wikimedia関係日誌 これは誰?
2008-12-17
■[misc] はらふくるる心地
明日までに終わらせないといけない作業があるのだがはかどらない。脳内にある小ねたを出したほうがはかどるかなとも思うので*1、いくつか書いて見ます。あとで時間があるときに、もう少し付言するかも。
■[thinking] 処女厨的な、あまりに処女厨的な
処女性についての議論が一部で続いているが、もうぐだぐだ。ケレーニーの「コレーについて」(『神話学入門』収録)とレヴィ=ストロースの『親族の基本構造』くらい読んでから来いよなと思わなくもなく*2。処女性が性的関係のなかで価値となるのは、父権的家族制度における交換財の使用価値を保証するものだからだ(血族の純潔性の維持)。男性の童貞には触れず女性の処女性にのみこだわるということはそういうこと――id:ululunさんが触れておられたが、童貞と処女の価値はかならずしも等価ではない。そもそも家族制度にバインドされた価値である以上、その価値は文化によって異なる。そうして父権的社会において童貞は守るべき価値ではない。価値付ける必要がないのだ。男性は交換される財ではないからだ。婚外性交の露見に際し、女性のみを死刑にする文化(たとえばイスラーム)があることは、そのよい証左であろう。
女性の処女性のみを重視し男性のそれを問わない、それは究極には女性の物象化に他ならない。男性がマジョリティである社会において、女性をものとなし、そのなかで区分し、交換により適したもの、より交換価値のあるものを際立たせる。処女の価値はかくして――童貞とは異なり――発見され、称揚され、強化される。処女性とは、使用における価値であるというよりは、交換における、女性という財の価値なのだ。女性という財の交換において、求められているのは未使用の性器、それも内性器=子宮だ。処女性は長い間、父権的血統の純粋性を確保する唯一の手段だった。だからその使用に先立ち、交換に先立ち、前もって処女性の確認が求められる。
「処女厨」の直感的な気持ち悪さは、誰かが端的に指摘したように、女性を物にし性器に切り詰める視線に由来する。便器という彼らの好むアナロジーはだからあながち外したものではない。財の交換というフェティッシュな文脈でこそ、処女性が意味をもつのだとすれば、他の交換可能な事物が女性の隠喩となることは論理的にそう唐突な事態ではない。限りなく陳腐で醜悪ではあるにしても。ひとりの女性として、ひとりの人間として、わたしがそのような眼差しを断固としてはねのけるにしても。
フィクションのキャラクターの処女性一般は自分にとっては超どうでもいい。だからそれを論じることはしない。ただそこにこだわる受容のあり方は気になる。父権的な制度内での女性の交換においてフェティッシュとしての子宮の価値が女性の価値全体とみなされる、その眼差しが、さらに交換=婚姻そのものと切り離されて性的に消費される。それがグロテスクでなくてなんであろう。フィクションであるかどうかを問わず、女性性がそのように表象されるということに対し、わたしは女性として抗議し、また拒絶する権利をもつと思う。
ところで私は貞節ということを重んじますし、性交には出産などが付随することが十分にありえるので、可能であれば結婚まで慎んだほうがよいとは思っています。ただ、件の論争は処女性と貞節を擁護するための議論には到底みえないし、それはおいても議論の筋が悪すぎる。上で書いたような女性観の問題をおいても、とりわけケレーニーの議論は「女神が処女であるとされるのはどういう事態であるか、それは何を意味しているのか」を論じるのだから、件の論争ででてきてもよさそうなものだが。神話論業界の片隅にいる(いた?)ものとして、ちょっと寂しいよ。
フィクションのキャラクターの処女性一般は自分にとっては超どうでもいい。結局だれか個人の想像力の産物に過ぎないのだからね。作者は自分の想像力を展開するのに最適と思う属性を自己の創造物に与え、かれらを配置する権利をもつであろう。いっぽう神話となればそれはある文化全体の所産なので、もう少しまじめに考察する価値があるとは考えている。なおケレーニーによればギリシアの処女神には三つのタイプがあり、ギリシア人にとっての処女とはたんに「まだ性交していない女性」の表象であるだけではないそうだ。
ところでタイトルはホッテントリメーカーなんですが、ニーチェのタイトルは煽り度高いよね。うん。
■[lifehack] お風呂勉強法・予告篇
いま頭が煮えているので詳しく書きませんが、とても気にしてくださっている方がいるので、さわりのみご紹介。予告編ということでどうぞよろしく。
- 長風呂が前提です。寝る前が最適。湯冷めと湯当たりには注意。
- 短文や単語などの暗記物に適するがリスニングなどもよいかと。最近は iPod の防水カバーもあるらしいですね。ただし私はリスニングはやったことはないです。iPod だれかプレゼントしてくれるといいなあ(自分で買えるほど裕福ではない)。
- 以前書いた海馬と復習による学習法のエントリに関係があります。お風呂勉強法の基本はくりかえし学習ですが、1)風呂は長時間使っていられないので途中で休止が入る 2)ものがないので他に気が散りにくい 3)(寝る前の風呂のばあい)終わったあとすぐ寝てしまうので他の情報で撹乱されにくい+睡眠による記憶強化が期待できます。
- 湯船に浸かっているときに繰返し学習→湯船からでて身体洗う→湯船に浸かっているときに……を繰返します。
具体的なことはまた今度書きます。
英語がほんとうに駄目なひとは、さしあたり、つまり今日から「お風呂で10数える」ときに英語で数えてみるようにするといいと思うよ。
2009年3月4日追記。ようやく完全版を書きました。 お風呂勉強法 - 鰤端末鉄野菜 Brittys Wake
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画像は File:Lolcat2.jpg - Wikimedia Commons
より*3。
Brianna Laugher (User:Pfctdayselise) の2007年の調査によれば、英語版ウィキペディアの新規登録アカウントのうち実際に編集を行うのは1%に満たず、そうした新規登録者による投稿のうち相当数が即時削除や削除依頼を通じて消えてしまうのだそうです。今年の9月には、当時財団のスタッフで*42004年からの編集歴をもつ Delphine Ménard (user:Notafish) がメーリングリストで「英語版ウィキペディアのテンプレート等が複雑すぎてわけわからない、既存の記事が更改できない」という問題提起をして、それなりに大きな議論になりました。「誰でも編集できる」というのは、もうだいぶ前からかなり実態と乖離している。ユーザビリティ改善プロジェクトを Wikimedia Foundation では来年からスタートさせますが、その背景には、この数年前からずっと議論になってはいたがとどまるところをしらず進行している「秘教化するウィキペディア編集」という問題もあるんではないかなと思ってます。
