エジプトの神話 矢島文夫

この本は、同じ著者による古代エジプトの物語の姉妹編のような本です。収められた物語は以下のものです。
I 世界と神々の創造

  • ファラオ時代の伝承
  • コプト時代の伝承
  • 太陽神ラーとイシス

II 兄弟神のあらそい

  • ホルスとセトのあらそい
  • アヌプとバタの物語
  • オシリス神話

III サトニ・ハームスの怪奇な物語
IV 三つの神話パピルス

この中のファラオ時代の伝承の内容、太陽神ラーとイシス、ホルスとセトのあらそい、アヌプとバタの物語、オシリス神話、サトニ・ハームスの怪奇な物語、は本書を買う以前から私は内容を知っていました。ですので、7割がたはすでに知っている内容でした。それで買うのを躊躇したのですが、最後の「IV 三つの神話パピルス」に収録されているパピルスに書かれた絵の写真に(残念ながら白黒でしたが)魅せられて買ってしまいました。もう一つ、買った理由があります。それは著者がエジプト神話をどう料理するかに興味があったのです。エジプトの神話は、ギリシャ神話や、聖書、それから日本神話と異なって、物語として語るのが難しいのです。この物語ることの困難さを説明するのは難しいのですが、端的に言えば、ちゃんとした物語としてまとまっているテキストが少ない、ということです。物語の背景となる世界を、聞き手の心の中に形成させるような手がかりをあまり与えてくれないテキストが多い、ということです。もうひとつは、神話が過去のこととして存在しているのではなく現在の日々の営みの中に生きているものとして存在していたからでしょう。
そのような困難さを著者はどのように克服しようとしたか興味がありました。それで読んでみたところやはり困難を克服し切れていないな、と感じました。そのように、エジプト神話は語りにくいのです。
あと、この本は子供向けに書かれたらしく、大人向けの場面を省略している、とあとがきに書かれています。

 第三章の「サトニ・ハームスの怪奇な物語」は、一八六四年に中部エジプト学者H.マスペロらが復元して知られるようになった。おとなむきの個所をかなり省略したが、より忠実な邦訳は前記『古代エジプトの物語』に収められている。


「エジプトの神話」の「本書に収められた作品について」より

とは言ってもそんなに大したことを省略しているわけではありませんが、妖女に誘惑された王子ハトニ・ハームス(この人は実在した人物で、有名なラムセス2世の息子の一人で学者として有名だった人です。物語では魔術師めいた人物として描かれています。)が、妖女の言うなりに全財産を譲り渡し、自分の子供たちを殺してしまう、というくだりです。その部分を読むと「男って本当にバカ」と、共感してしまうようなくだりで、この部分が省略されたのは残念です。

著者は断っていませんが「ホルスとセトのあらそい」も子供向けに省略した部分がかなりあります。これの原文は、突然残酷な話になったり下ネタになったりで、これが本当に神話なのか? むしろ神話のパロディではないのか? というような内容です。


いろいろな意味でエジプト神話を物語るのは難しい、と感じた本でした。