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ここは、Final FantasyXIのIfrit→Odin(移転)サーバであちこちを旅している、Chaborinの活動記録をメインとする日記ページです。
しかし、気の向く情報をなんでも登録するため、FFでない話題もまぎれてたりします。というか最近多くなってきたような。

2008-02-26

[][]「ニートの19歳の女の子を(ry)泣かれた」を理解してみたよ

http://e0166.blog89.fc2.com/blog-entry-408.html

「ニートの19歳の女の子を札幌『紀伊国屋』に連れて行ったら感動して泣かれた」という文章を初めて見たとき、一体この文章が何を言いたいのかさっぱりわかりませんでした。ブクマコメントで思わず「意味がわからない」と書いた理由はそこにあります。

そこで、この文章を解析し、自分の理解の助けになれればと思って書いてみます。きっと書き終えた頃には理解できているに違いない。うん、わかんないけどきっとそう。


まず、この文章は課題解決型の文章として提示されています。

課題解決型の文章の要件は、

  1. 文の中に解決すべき課題があり、
  2. 課題の原因となる仮説と、その仮説を解決するための施策について提示されていて、
  3. 施策を打った結果、どうなったかが報告されていることです。

最終的に、課題が解決されたり、課題を解決した結果新たな課題が出ている状態になれば、文章の目的は達成されたと思って良いと思います。


文章の最初は、ほぼ事実の提示のみが行われています。

彼女は中学3年生からいわゆる世間一般で言う引きこもりになっていた。

ただ、彼女はニートと言っても、実は稼いでいる。

セカンドライフという媒体を使って、月に13万ほどの収益を出し、家に5万入れると言う生活をしているのです。

簡単に言えば、

  • 「ニートの19歳女の子」(略してニー子)は、最近あまり外出をしていない。
  • ニー子は、外出せずとも生活の糧を得ている。

なるほどなるほど。どんどん読み進めてみましょう。

管理人さんと会ったくだりの話は省略。

彼女の検索技術はかなりものでした。

色々とわからない事があっても、彼女はGoogleを通じてあらゆることを調べて生活をしてきたので、『自分から何かを探す』という行為が、私よりも上だなぁと感じたんです。

なるほどなるほど、

  • 情報検索の手法は、管理人さんよりもニー子のほうが上のように見える。

ということですね。


と、ここまでは特に疑問もなく読み進めましたが、次にいきなり大きな壁が。

ふと、私は札幌の『紀伊国屋』という、北海道では超大型書店の話をしました。

彼女の住む町では、大きな本屋と言うものは無く、せいぜいコンビニくらいなもの。

まぁ外には一切出ないようなので、コンビニの本の状況も中学3年までしか知りません。

ここで私は1回目の混乱をします。

唐突に本屋の話をしだす管理人さん。なんで急に本屋の話が出てくるの?

これは全体を読んで初めてわかることですが、本屋に行くというのは、課題解決型文章の中では「仮説を解決するための施策」にあたる行為です。それが、解決すべき問題もわからないまま突然出てくることで、一体なぜ本屋に行かせようとしているのかさっぱりわからなくなりました。

まあ、そうは言っても単に文章表現上の技巧かもしれないし、読み進めればきっと解決すべき問題も出てくるだろう。

そう思って先へ行きます。

現在19という若さで、セカンドライフによって生計を立てている彼女は、ある意味社会人となんら変わらないのかなと思ったのですが、彼女の情報の飢えを満たすためには、本屋が最も適切だろうと考えたのです。

ここで管理人さんの問題提示が出てきました。

  • ニー子は情報に飢えているように見える。
  • もっと情報を与えることがニー子にとって適切である。

なるほど、管理人さんはニー子の情報の飢えを解決させたいという問題を意識しているように見えます。

そしてあとで気づいたことですが、もう一つ暗黙の問題提起が行われています。

  • ニー子は引きこもりで、ほとんど外出していない。

どうやら、「外出しないこと」がいつの間にか問題になっているようです。

もちろん暗黙の意識として、一般的な施策として「経済的に親に依存しているニートは外に出て生計を立てろ」、というメッセージがあることはわかります。ですが、わざわざ管理人さんは「セカンドライフで13万云々」と書き、ニートの一般的な問題部分である、経済的依存に問題がないことをわざわざ明らかにしています。にもかかわらず、やっぱり外に出ないことは管理人さんにとって問題なのです。問題でないことをわざわざ書いているにもかかわらず、実際に問題であることを書いていないので、何が問題なのだかわからない文章になっています。ここがわからない部分その1。


さらに読み進めると、問題と課題に関する話として、施策を行うべき理由が並んでいます。

インターネットをすればするほど、私は本屋の偉大な力を思い知ります。

紀伊国屋のホームページはありますが、あの本屋にいってこそ『ほしい』という衝動にかられる何かを感じていたからです。

なるほど、ここは管理人さんの事実について書いています。

  • 私は本屋の偉大な力を思い知っている。
  • 私は、紀伊国屋の本屋そのものから『ほしい』という衝動にかられる何かを感じている。

ここまでが事実の提示で、その後に続くであろう暗黙の仮説として、管理人さんは

  • ニー子を本屋に連れて行けば、本屋の偉大な力によって、彼女は『ほしい』という衝動を受け、情報に飢えているニー子に適切な情報を与えることができるのではないだろうか。

という仮説を立てたわけです。

次に、仮説に存在する課題を深掘りしてみると、

  • 情報に飢えているニー子に適切な情報を与える必要がある。
  • ニー子を外出させる必要がある

という2つの課題があることがわかります。

本来は、問題が存在することを課題に落とし、その解決策としての施策を提示すべきなのですが。

この文章では、最初に施策があって、そこから施策の理由として課題や問題が一部だけうっすらと書かれているので、なぜ本屋に連れて行かねばならないのか?というところに説得力が全くなくなってしまっています。

その後は事実の提示が続きます。

本屋に行ったときの話。

ニー子の表情が変わった話。

これは施策に対する結果が書かれている文章です。

一点よくわからないのは、

2900円のJavaScriptの本が残りました。

なかなか高くて私も泣きそうだ。

これってそんなに高い?とか思ってしまう社会人でした。もっとも、人それぞれなのでノーコメント。


さらに読み進めていくと、またよくわからない部分が出てきました。

しかし、彼女にとってかなりの大冒険となった事は間違いないのですが、それよりも、『車』が1つのセーフティーフィールドになっている事に驚いた。

彼女にとって、家以外は安全ではなかったのだから。

車がセーフティフィールドになることになぜ驚いたのか、ここはよくわかりません。全くつながりのない外界に比べて、家族が待つ閉鎖空間である車の中が、外界よりも相対的にセーフティなのは自明だと思います。家以外が安全ではないというのはミスリードで、ここでは相対的に語られるべきです。家>車>外界、と。

とはいえこれは些細な揚げ足取りでしょう。筆者が言いたいことはもっと他にあるはず。


と思っていると、赤文字がちらほら見えはじめました。どうやら本題のようです。

彼女は、ネットには全てがあると信じていた。

だからこそ、外に出る必要性なども無いと感じていたのです。

それが、膨大な本に囲まれて、気が付いたようです。

ネットには、多くの人間が書評などを行っています。

誰かが言ったから買う、とか、Amazonで人気だから買う、とか。

そういう集合知によって発生する付加価値が、ネットにはほぼ必ず付いてきます。

Googleから検索するという、たったそれだけの行為でも、検索順位と言う付加価値が付いて回ります。

逆に本屋と言うのは、ほぼ全ての本が平等であり、どれを買うかは本人が調べ、考え、選び、そして購入に至ります。

本屋の面白さはここにあると私は思っています。

だれもお勧めしないような本でも、自分が見て、ほしいと思う本はたくさんあるのです。

彼女は帰りの車の中、この事に気が付いてもらえたようで、現実世界の1つの自立行為(本を誰に何も言われず買う行為)に、ある種の感動を覚えたと言ってくれました。


帰りの車の中で気がついてもらえた「この事」が何かよくわかりません。

とりあえず、何も考えずにまとめてみましょう。

  • ネットで手に入る情報は、集合知によって発生する付加価値が付いてくる。
  • 一方、本屋はほぼ全ての本が平等であり、どれを買うかは本人が調べ、考え、選び、そして購入に至る。
  • 本屋には、だれもお勧めしないような本でも、自分が見て、ほしいと思う本がたくさんある。
  • だから、本屋は面白い。

これらのことのいくつかは正しく、いくつかは間違っていると思います。

まず、ネットで手に入る情報に付加価値が付いてくるのは正しいと思います。

本屋の「ほぼ全ての本が平等」というのは明らかに誤りです。

まず量的な面。現在出版されている膨大な本では、、書店に並ぶ本はごく一部です。もちろん紀伊国屋クラスの大きな本屋になればなるほど、並べられる本が多くなることから、これらの傾向は薄くなります。だとしても、まず本を並べられる絶対量がAmazonより多くなることはありえません。

次に質的な面。本屋に並べられる全ての本が平等ではありません。当たり前ですが、平積み書と書棚ではお奨め度が違っています。新刊、既刊書の棚の位置。いろいろ店員さんが考え抜いて作っています。その時点で既にリコメンド要素は入っているのです。


ただし、本屋のほうにアドバンテージがあることもあります。

人間が一度に本の情報にアクセスできる量は、本屋で目の前に全視野に広がる大量の情報のほうが、AmazonGoogleといった1画面上でスクロールしていくような情報と比べると明らかに勝っています。

また、次の情報にアクセスする手間も、PC上ではスクロール・クリックが必要なのに対し、本屋は視線の移動、あるいはちょっと歩みを進めるだけです。本屋で本を見るほうが、情報にアクセスするための手数がかなり少なくてすみます。

さらに、本屋は本を見て買うための場です。それ以外の情報が、PC上で買うのに比べて少ないので、本を見ることだけに必然的に集中することになるから、情報アクセスの効率が良いのです。

恐らく、管理人さんが本当に言いたかったのは上記のことだと思います。


残りの話は解決したことに対する話と、そしてもう一つ、暗黙の問題であった「ニー子が外出しない」ことも解決しちゃったよ、的な後日談。このへんは美談になっているし、私もよかったなーと思います。


管理人さんの結論は、このへんを見るとわかります。

これがきっかけとなり、彼女は外出する事が増えたようです。

彼女からは5000円分の図書券が送られてきました。よくもまぁこんな物持ってましたね。

まだまだ外で仕事をするというレベルまでは至らないようですが、買い物や遊園地など、彼女が4年間我慢したであろうところに、姉と友人はおしみなく連れて行ってあげているそうで、私としてもなんだかうれしくてたまらない。

皆さんもネットに溺れた時は、思い出してみるといいかもしれません。

誰に聞くわけでもなく、自分で選び、考え、買い物をした時の記憶を。

つまり結論としては、

  • 家にだけこもらず、たまには外に出ることも必要。
  • ネットに溺れるのではなく、自分で選び、考え、買い物をすることも必要。
  • そのためには、本屋などは良い場所だ。

そういうことなら、図書館はもっと良い場所に見えたりして。もちろん、本の鮮度が違うので本屋と図書館のどちらが優れているような話ではないのですが。


ここからさらに考えが発展するところもあるけど、とりあえず文章の構造だけ見て、この文章がわからなかった点を書いてみました。

自分で書いていて、何が理解できなかったのかようやく理解できました。あーすっきりした。残りはどなたかに任せた。


(追記)

あ、そうだ。本屋とAmazonの違いで決定的なの忘れてた。中身を立ち読みできるかできないか。我ながらorz


(追記その2)

この文章は、管理人さんが思った考察に対しての反論はほとんど行っていません。また、この記事がノンフィクションかフィクションかという確認もしていません。事実誤認の訂正だけはしています。

今は、管理人さんが本当に言いたかったことが何かというのだけ把握して、批判にしてもフォローにしても、議論がしっかりできることを望んでますよ。なんか500ブクマ超えてるしね。

本題がぶれたまま、非難の応酬にならないことを祈ってます。

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