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Chikirinの日記 RSSフィード

2005-08-28 インドのバルキさん

今日はインドのバルキさんについて。

ダルマッパ・バルキさんはインドの技術者で、太陽光利用の“充電式はだか電球”を作った人です。小さな太陽光パネルを屋根につけて昼間に充電すると、夜に家の中で裸電球が一つ点灯する、というものです。

値段は“コスト=売値”でひとつ約32ドル。バルキさんはこの商品で、イギリスに拠点を置く省エネ推進財団のアシュデンから賞を獲得しています。*1

インドの田舎にはまだ電気のない家、村が沢山あるので、こういうものを作ったらしいです。*2電気がないということは、日が暮れたら真っ暗ってことで、もちろんテレビもクーラーも冷蔵庫もない生活です。

32ドルでもそういう家にとってはかなり高いので、個別の家で買えない場合は村でひとつ買って、そこが夜、学校になったりします。その村には学校がないのですが、夜電気がついたことで先生が(夜に)来てくれて、昼間は働かないといけない子供達も字を習うことができるようになったと報じられていました。


一方これが先進国からの経済援助、ODAだと「ダムを建造して、発電所を作る」というアプローチになります。その場合は一気に大量の電気を広い範囲に供給できますが、その代わり、ODAといっても一部は“有償”(返済義務のある円借款)だから膨大な外貨建て借金が残るし、建設が無償援助で行われた場合でも、ダムや発電所は年間の維持費が高額です。

つまりODAによる発電援助はメリットも大きいけど、現地への負担も大きい。だから電気は利用できるようになるけれど、各家庭は“電気代”を払う必要がでてきて、そうすると、せっかくダムや発電設備ができたのに、貧乏な家には電気がこないということになります。


ただ、バルキさん方式だと家に来るのは裸電球一個ですが、ダム+発電所の場合は電気代さえ払えれば冷蔵庫やテレビも使えるようになります。それどころか工場も誘致できます。そうすれば、ほとんど現金収入を持たない人達に“電気”だけではなく“仕事”が供給されます。そして、その仕事で得た現金収入で彼らは次の“家電製品”を買うのです。

★★★

このふたつのアプローチを比較すると、バルキさんは“スモール but クイック win”、後者は“インフラ整備”という開発経済学の王道アプローチです。このふたつの方法論は大きく異なります。

最初の電球システムがひとつ32ドル。インドの人口12億人のうち、半分の家に電気がないとして6億人。5人家族だとして1.2億世帯が電気がない世帯数です。

これらの世帯全部に32ドルの電球システムを配ると38.4億ドル(約4600億円)かかります。すごい額ですよね。ひとつひとつは安いけど、たかだか「電球一個が家につく」というだけで全体では4600億円かかるんです。

しかも裸電球はメンテは不要とはいえ、電球も太陽パネルも寿命があるのでいつかは買い換えが必要です。つまりたったひとつの裸電球のために、一定期間ごとに4600億円が必要になるのです。

一方のインフラ整備はどうでしょう。4600億円もあったら、ダムと発電所と配電システムがある程度整備できます。日本の八ツ場ダムの総事業費は4600億円と言われていますが*3)、そのコストには「用地買収費」「立ち退き家庭への代替地、補償費」や工事の「人件費」が含まれています。

インドの田舎ではそういう項目は格安ですから、4600億円あったら何カ所かでダム、発電所、送電施設などを一式整え、相当広い範囲に大量の電力が供給できるでしょう。


さて、あなたが日本のODA担当大臣だとしましょう。毎年1200億円くらいの予算*4があったら、どちらのアプローチを選びますか?

太陽光によるはだか電球システムを、今、電気のない家に配りますか?それとも数年後にできあがるダムと発電所を建設しますか?


開発経済学的にはインフラ投資をすべきなのでしょう。インフラを整えれば、工場が作られたり、洗濯機や冷蔵庫などの家電に対する需要がでてくるから、そこからまた新しい産業と収入源が生まれ、いわゆる経済成長のサイクルが回り始めます。

一方で、裸電球の光は消費されて終わりです。「ご飯の後も明るい」からといって経済発展につながりはしません。すなわちこれは援助資金を「投資するか」、「消費するか」という選択なのでしょう。

もっと極論すれば、1200億円で発電所作るか、今日食べるご飯を配るか、という選択肢でもあります。消費は今日嬉しい。投資はありがたいが嬉しいと感じるまでには時間がかかる。

インフラ整備に投資をするとは、「毎日何人も餓死している村のそばでダムを造る、という選択肢」ともいえます。


★★★

バルキさんのニュースを見た時、すばらしいアイデアだと思いました。インドは熱いです。暑いというより熱い!レベルです。その太陽を発電に利用し、しかも、裸電球ならその日から夜が明るくなる。大金持ちでなくても電気が使える。どこからみてもいいアイデアだと思いました。

しかし一方で、“非効率”という見方もあるでしょう。「こんな方法では根本的には何も変わらない。」とも言えます。ちきりんは、元々途上国支援の草の根ボランティアやNPOにあまり関心がありません。やっぱり非効率、と思うからです。

なので、途上国支援をするなら個別の家や個人を助けるのではなく、「絶対インフラ整備アプローチの方が正しい」と、今までは思っていました。


だけどバルキさんのニュースを見て、家についたはだか電球に驚愕し、満面の笑顔を見せる大家族の人達の笑顔をみていて、ちょっとだけ考えが変わりました。「もしかしたら、こっちもいいのかもね」と。

工場勤務の生活や、電化された生活に、無理矢理、世界中の人を巻き込まなくても、裸電球がひとつの家族の夜もあってもいいかもしれない。いや、いつかはそういう村も変わってくのだろうが、そんなに無理矢理に開発する必要があるんだかないんだか。


“大規模インフラ開発”と、“裸電球による今日の明るい夜”、おそらくどちらも必要です。問題は、どういうミックスがよいのか、ということなんでしょう。もしくは、どう使い分けるべきなのか、ということ。

少なくとも、「開発経済の基本=インフラ整備」という、宗教レベルにまで強固に信じられている原則が、「ほんとにそうか?」という視点は、必要なのかもしれない、と思わされました。


頑張ってください、バルキさん。


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*1http://www.news.janjan.jp/world/0508/0508010265/1.php、The Ashden Awards for Sustainable Energy: http://www.ashdenawards.org/

*2:追記:2008年現在でもインドの電化率は55%とのこと。これは大都市も含めた平均ですから、実際には全く電気のない村も多く存在するでしょう。http://www.jepic.or.jp/data/ele/ele_08.html

*3http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091101/plc0911010031000-n1.htm

*4:日本のインドへのODAは、円借款が年間約1200億円。無償援助が18億円、技術援助が12億円くらいのようです。技術援助ってのは、大半が「インドに技術支援に行っている日本人技術者の給与と経費」だと思います。
使い道はやっぱり発電関係が一番大きい。・発電プロジェクト・上下水道整備プロジェクト・遺跡保存プロジェクト・伝染病防止プロジェクトなどのようです。

追記)インドへのODAのその後の推移:http://indonews.jp/2009/03/5oda-1.html

2005-08-25 続)イスラエル旅行の記憶

ちきりんがイスラエルに行ったのは 1995年。ちょうど10年前ですね。最初はトルコに行き、そこから、イスラエル、エジプトにバスで移動。全体で40日くらいでした。

イスラエルには飛行機で入国。バスツアーや個人手配の車を利用して国内をあちこち回りました。大きな街はテルアビブとエルサレム。あとは、南にある紅海でダイブ。それに、北のキブツとかヨルダン川の近く、パレスチナ人の住んでるとことか。


エルサレムは歴史の街です。「ここでキリストがハンカチをどーした」とか「ここでキリストがおばあさんと話して・・」とか、そういう場所がたくさんあります。

全くキリスト教への信仰心がない私はイチイチ「ほんとか?」とか疑ってました。「ほんとにここでキリストがおばあさんと話したのか?」「ほんとにほんとか?」「誰か見たのか?」とか思いながら。

キリストが生まれたという馬小屋も入りました。半地下で暗い。3人の賢者がお祝いを持ってきた、という説明があるんですけど、ここでも「ほんとか?」「ほんとに来たのか?」「誰か見たのか?」・・・しつこい。


でも、私よりすごいこと言ってる人もいました。曰く「マリアはレイプされたか、誰かと遊んでただけよ」と。英語でしゃべってました。

そんな誰でも理解できる言語で、そんな怖いことよく言えるなあ。勇気ありすぎ。しかもエルサレムで。さすがにちきりんも驚きました。(周りの人も驚いて睨んでました)


嘆きの壁は大きいけど、その辺のきちゃない壁に見えます。たいしたもんではない。それに男性と女性が祈る場所が別れてるのは意外でした。モスクとかと同じなんですね。

金のドームはとてもきれい。遠景で望遠で見ました。近寄れないんで。

怖い場所って感じでしたね。そこに至るまでは昔の路地裏みたいなところを通っていくんですが、それ自体とてもエスニック。わくわくどきどき。一度アラブの人が住むとね、どこでも迷路みたいになります、街が。


一転、テルアビブはとてもモダンな都市で、湘南に似てます。(世界のダイヤ市場を牛耳っている)デビアス社の工場兼ショッピングセンターは、バンコクの土産物屋に似ていて笑えました。まあ、田舎のおしゃれな街です。まさに湘南。

★★★

一番南端に紅海があって、このあたりで、エジプト、イスラエル、ヨルダン、サウジアラビアが接近してます。なので国境警備の軍の人が沢山います。

紅海はダイバーに人気の海で、ここはリゾート地ですね。プールと海でリラックスしました。ダイブはちょっと心配だった。潜っていてあがってきたらそこはサウジアラビア!だったらどうしようと思って。

だから、近場で潜ってました。たいしてきれいじゃないです。沖縄の方がきれいです。


子供のための遊園地もあった。「空中浮遊体験!」という言葉につられ、やってみたら、トランポリンのお化けみたいなやつで。サウナスーツみたいなの着て、風船を沢山体に縛り付けられて、トランポリンの上ではねろ、と言われる。

なんじゃそれ???確かに空中に浮いた(気もする)が、たかだか2メートルだし、すごい疲れた。

これ、自分の脚力で跳ねてるだけでは?という疑問が消えなかった。しかも2千円くらいした。ちきりんだけでなく、家族でトライした人たちもどうも納得いかない感じの顔だった。


そう、平和な国だった。当時はね。


南に移動する途中で死海に入りました。ほんとに浮く。これはおもしろかった。一番おもしろいのは、「普通の体型の人」は、おしりが下で、両手両足を上に上げた形で浮くんだけど、「おなかが一定以上出っ張っている人」は、おなかが下になって浮くのよ。

で、おぼれそうになる。顔が水面につかっちゃうからね。大変そうだった。私? もちろん、ちゃんとおしり側が下になりました。

とにかく死海はおもしろかった。日本でもどっかのプールに山ほど塩混ぜて、同じ事体験させればいい。かなりおもしろいよ。風呂でやってみる?・・・やめろって?


★★★


特に予定は決まってない旅行で、イスラエルの後“どこ行くかね〜”と思って。ふと思い立ってエジプトにいくことにした。

「たしかエジプトは、イスラエルと仲直りしたんだよね〜」と。んで、旅行会社に行ったら「まずはビザを取らないと、飛行機もバスも、国境を越える交通機関の切符は販売できないという法律だ」という。なるほど。

で、ビザの取り方を聞いたら、エジプト大使館の場所を教えてくれた。近くでインスタントの写真をとって大使館に行ってみた。バスかなんか乗って。すごいわかりにくい場所で(住宅地の一角で)かなり迷った。(タクシー乗れよ!)

ほんとみすぼらしーというか、ビザを発給するところとは思えなかった。超見つかりにくい。看板もなんもないし、住宅地のロジの奥に小さな、でも、すごい頑丈な鉄の扉があって、その中にもまた鉄格子の扉があって、んでその奥に、パチンコの景品→現金引き換え窓口みたいなのがある。

つまりね、国レベルでは仲直りしたとはいえ、イスラエルでアラブの国がそのオフィスを仰々しく開くのはまだかなり危険だということなんです。だから、すごく小さく、わかりにくいところにある。しかも頑丈な鉄の扉の奥に。

あと、たぶんイスラエルの人はそんなに簡単にビザがとれない。アラブの人でイスラエルに来る人も少ない。本当に必要な人(ビジネスの人とか)だったら、自分の国でビザを取ってくる。だから「イスラエルでエジプトのビザとる」という人自体がたいしていないんだと思う。ちきりんも、二日続けて行ったけど、合ったのは数人だけ。さびれーた感じだった。

ビザは簡単におりました。日本のパスポートって本当に偉大。「翌日取りに来い」と言われて取りにいったらくれた、という感じです。そのビザを持って再び旅行会社へ。んで、最初は飛行機のチケットを買おーとした。ところが、1週間後までないっていうのよ。まじかい。うーん、悩んだ。

「バスなら毎晩でてるわよ。今日も空いてるわよ」とのこと。バスゥ?

バスでイスラエルからエジプトォ?なんだかな〜ちょっと危ない感じよね〜そんなもんに乗って「テロバス」だったら、どーすんだよ・・・不安。でもね、もうイスラエルも全国回っちゃったし(小さい国です)、後1週間もいるのもね〜ということで、バスにした。


夕方出発のバス。テルアビブのバスターミナル。こわいよお。泣きべそ。泣くなよ。自己責任だろ?

とりあえず、水とか食料をいろいろ買って乗った。バスジャックされた時のために、現金も小分けにしてあちこちに入れた。強盗されたら財布を渡して逃げ切る作戦です。


この後は・・・・またいつか!(ほんとか?)


じゃね!

2005-08-24 イスラエル旅行の記憶

イスラエルのガザ地区撤退。このニュース、パレスチナ問題って、ちきりんにとって最もわかりにくいニュースの一つです。


専門家や本は、だいたい二つのアプローチで説明しています。

1)第一次中東戦争は、第二次中東戦争は、第三次・・・時系列のイベント説明方法。これ苦手です。

どの戦争が、いつで、どことどこが戦争して、原因がなにで、結果がどうか、を覚えるだけで、おなか一杯。まるで試験勉強をしている気になる。本質的なことが全然わかんない。

2)もうひとつの説明方法は、宗教から始まるやつ。聖地とかモーゼとかユダとか・・・これも超わかんない。

ちきりんは未だに「モーゼとは、実在した人なのか?それともお話の中の人なのか?」もわかってない。


お願いだから、誰かもう少しわかりやすく説明してほしいよ。そうしないと私は目の黒いうちにこの問題を理解できない。


実は私は、「ヨルダン川西岸」に行ったことがあります。

旅行中にガイドが「あの川がヨルダン川だよ」というので、「えっ、こっちは東側?西側?」と聞き、反対側が西側(ウエストバンク、正確には西の土手というような意味)だと聞いて車を止めてもらい、川をわたり(すごい川幅が狭いところだった)写真とりました。

ニュースで「ヨルダン川西岸」ってよく出てくるから、記念に。単なるミーハーです。


イスラエルはどんな国だったか? 

普通でしたよ。テルアビブは海の側のきれいな街で、おしゃれな感じ。湘南に似ている。

海岸線沿いの車道にそって歩道があり、そこをつらつら歩きながら、疲れたらそ海の見えるおしゃれなカフェへ。


行く前は「テルアビブ」っていう言葉だけで「こわ〜」とか思ってたんだけど、怖いとは全く感じない街でした。(中東が平和だった時期に行ってます。)

ただしエルサレムはやっぱちょっと怖かったかな。

平和な時期ではあったけど、分割統治とかで、ところどころ通行禁止になってて、「ここから先はパレスチナ側の招待がないと入れない」みたいな。

車で走っていても、パレスチナ側の地域を通行する時は(通行のみならOK)いちいち検問があります。特にパレスチナ側からイスラエル側に入る時は大変。


そしてパレスチナ側に入ると、景色は一変します。

急に家がぼろくなり、子供が裸足になる。アラファト議長の顔があちこちの家の壁に書いてあって、砂埃の中の廃墟に、大勢の子供たちが住んでいる。

ガンのおもちゃをもって戦争ごっこをやっている子も増える。(おもちゃだと信じたいけど)


そしてイスラエルは、パレスチナとの境や他のアラブ国との国境の近くに、「キブツ」という名の「共同農園」を作ってるんですよね。一種の入植地なんですけど。

イスラエルがパレスチナに勝てない唯一の要因は、「人口」なんです。お金も技術も軍事力も全部勝ってるけど、人口がパレスチナの方が多い。(今は、同じくらい。ただしパレスチナの方が増加率が高い)

国盗りって結局は「陣取りゲーム」だから、人口が少なくては勝てない。

それで、世界中にいるユダヤ人に「帰っておいでよ」と呼びかけてる。実際、お国のために、欧米から戻るユダヤ人もいる。

でも、欧米から戻ってくる(多くは、別宅をイスラエルにも持つ、というイメージ)人たちは、欧米で成功しているユダヤ人で金持ちです。

だから彼らは大都市にしか住まない。アラブ諸国との国境とかパレスチナ地区との境には住まない。あたりまえ。


それじゃあイスラエルは困る。だって、テルアビブとエルサレムにしか人が住まないと「イスラエルの領土は、そこだけでいーじゃん!」と言われかねない。

他のエリアには「どこでも住めます、僕たち」というたくましいパレスチナ人が住み着いてしまう。

事実上住まれてしまったら、陣取りゲームで負けになる。困る。とっても困る。


で、イスラエルは考えた。

「ユダヤ人でなくてもいいや。一生住んでくれなくてもいいや。とにかく、国境近くに住む人を探そう」と。

で「キブツ」です。ここは、「誰でも無一文で住める」んです。

たとえば、明日ちきりんが行く。イスラエルに行く。で、キブツで働きたい!というと滞在許可がおりる。

最低限の衣食住はキブツが負担してくれる。毎日労働する。農業です。

給与はほとんどもらえない。その代わり、食事とか石けんとか作業着は支給されるし、食堂にテレビもあるから、そこにいる間の生活費はかからない。そういうシステムです。


世界中から「珍しいモノ好き」な放浪系若者がやってきて、半年いたり一年いたりします。

旧共産国にいた貧しいユダヤ人系の人もここにくれば、飢え死しない。

日本の旅行社も「キブツ体験ツアー2週間〜」とか言うのをやってたりします。

世界中からいろんな人が来てるから、英語研修に利用する人もいるみたい。往復の交通費以外は費用がかからないから。


キブツの周囲は、高〜い鉄条網や壁で囲まれています。

すぐ外に国境があり、いつテロがやってくるかわからないから。

でもキブツの敷地は広いから、中に農園とか運動場とか管理棟とか最低限のお店とか全部あって、その中だけでやっていけるわけです。特定のキブツのワインとかが、時々流行したりもします。


なんで知ってるの??

その旅行の時に、「キブツの中も見たい〜」と言って見せてもらいました。

一人旅。私のためのガイド(ガン持ってます)とドライバー(ガン持ってます・・・)だから、自由自在。

ガン持ってないの、私だけです。なんかあったら、守ってくれるんでしょうね・・・。


キブツってのはつまり「人間が住むことによって作る弾丸の盾」なんです。

「日本人の若者やアメリカ人の若者もいるんだぞ。アラブ側、パレスチナ側のテロリストよ、ここに爆弾打ち込んだりしたら、国際問題だぞ」という狙いです。

そういうキブツを、国境に沿って、幾つも幾つも設置し人を募集する。


たかだか英語の勉強だかのために、あんなとこに半年住むなんて信じがたい。


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続きはまた明日。


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2005-08-23 タオルの洗濯

現在、ちきりん家にある洗濯機は8キロ洗える容量です。人生で一番最初にちきりんが買った洗濯機は大学3年の時の二層式で、容量は2キロくらい。当時はそんなもんでした。


なぜ、売られている洗濯機の容量はこんなに大きくなったのでしょう?

(1)家族数が増えた

(2)家族一人あたりの洗濯モノが増えた

(3)洗濯をする回数が減った

のどれかのはず。(理論的には、“服やタオルがでかく厚くなった”もありえるけど・・・屁理屈は無視)


(1)は起こってない。マクロにみて世帯当たり人数はどんどん減っている。一人暮らし、二人暮らしの世帯の数が増えてます。


(2)は起こってる。「あなたは洋服がどういう状態になったら洗濯しますか?」と訊くと世代がわかります。

  • 超旧世代:「(客観的に)明らかに汚れたら」洗濯する(←脱いだモノを“クンクン”して、「うん、まだ大丈夫だ」とか言う。臭いがするなど、明らかに汚れたと確認できたら洗う)・・・なお、新世代でもずぼらな人はこのタイプです。
  • 旧世代:「汚れたと感じたら」洗濯する(←二日着たパジャマは汚れているはずである、という理屈に基づいて洗濯するって感じですね)
  • 新世代:「着たら」洗濯する。

着たら洗濯する、ってのは、毎日、いったん袖を通したら、必ず洗濯機に放り込む、ということです。旧世代の人にはこれは信じがたい行為だったりみたい。


(3)の、洗濯回数は、たぶん減っているんでしょう。働いてると洗濯は週1回という人も多そう。

★★★


さて、洗濯機で洗うものとは(ドライ洗いを除くと)・・・

・下着、靴下、パジャマなど

・綿系の服

・タオル、シーツ類

の3種類だと思う。


これらは、どういう頻度で洗われるのか?

下着は、毎日洗うよね、普通。(毎日洗濯機を回す、という意味ではなく、一日着たら洗濯機に入れるでしょ、という意味)

パジャマは皆どうなんでしょうか? ちきりんは、夏は毎日洗う。冬は二日続けて着てから洗う。旅行に行く時も二日は同じモノを着る。

でも、最近若い人パジャマ着ないよね。Tシャツがパジャマという人もいるし、テレビドラマ見てると裸で寝てる男性も多い。あれは本当なのか? 「おなか出して寝たら、ポンポンこわしますよ」とか、言う母親はもういないのか?


洋服は、上にかいた世代ルールが当てはまると思う。若い人は、着たら洗う。最近、「Gパンも一日着たら洗う」という人がいて、テレビで「きれい好きですね〜」と言っていた。

うーん。それ、きれい好きとは思わないよ。頭おかしいぞ。


で、いよいよ本題。問題は、タオル、シーツです。

★★★


タオルは、一人一日何枚使うか?

・朝起きて顔洗う。歯磨き、手洗いなども・・・1枚

・夜、お風呂に入る・・・1枚〜2枚(洗うのもタオルの人)

・あとは、台所と洗面所ともしかしたらトイレにも1枚ずつ手ふきタオルがある。

合計、6枚です。


このうち、どれをどういう頻度で洗うのが普通なのか、一般的なのか? どう考えても、すべてのタオルを毎日洗う人はいないだろ?と思っているけど、このちきりんの考えは普通なのか?? ちょっと知りたいですよね。こういうアンケートってないのかな。

どの人も、小さい頃に母親が洗っていた方法が“デフォルト”になっています。結婚すると、二人の異なる母親に育てられた男女が同居するわけで、「えっ、タオル毎日洗わないの?」と言う人と「ええっ、そんなに毎日タオル洗うの??」という人が同居することになり、くだらんことだが、カルチャーショックが起こる。


「洗濯する人」が、「毎日洗うものでしょ」と思いこんでる場合は、たいした問題は起こりません。

問題は、「洗濯する人」は「一週間に一度洗えばいいじゃん」と思っているのに、「洗濯しない方の人」が「毎日洗うモンでしょ、普通」と考えているケースです。「だったら自分で洗えばいいでしょ!!」という話に発展する。

★★★


どう共有するかも火種になりえます。トイレにかけてある手ふきタオルが「個人用」という家庭はあまりないでしょ。そんな家、みたことない。「お父さん用のトイレタオル」とかね。家庭崩壊してますよ、それ。

でも、お風呂に入った時のバスタオルを家族で共有するってあるんだろうか? 例えば、子供を拭いたタオルで自分も拭くとかね。

朝の洗顔後のタオルはどうか? これも共有しないと思うんだけど、共有するのかなあ、家族が増えると・・・よくわかんない。



よし問題が見えてきたぞ。(なにがさ??)


問題は、

・共有するものとしないモノの区分

・共有しているものの洗濯頻度

・個人で使うものの洗濯頻度

ですね。この3つのパラメーターの組み合わせで、タオルの洗濯量が決定されます。


というのはですね。普通(何が普通か不明だが)にやってても、親子4名の家庭の洗濯量ってすごい!と思うからです。試算してみましょう。

・家族4名分×朝の洗顔タオル、バスタオル=8枚

・トイレと台所と洗面所のタオル(共有、毎日洗う)=3枚

合計、タオルだけで一日12枚です。小8枚、大4枚ね。


たぶんタオルだけで8キロの洗濯機がいっぱいになると思う。小さな洗濯機だと、これだけのタオル洗うのに2回まわさなくちゃいけなくなる。

その上、家族4人分のパジャマ、パンツ、靴下など他の下着があるでしょ。洋服を入れなくても、「家族4人の家庭は、毎日2回洗濯機を回している」という計算結果になるんです。

これ、ほんと? 家族4名のおうちって、毎日2回洗濯機回してるの?

なんか信じられないんですけど・・少なくとも、共働きで、一日に洗濯機を2回も回すのは神業だよね。


ただ、子供がいると洗濯物はめちゃ多い。子供って服は小さいけどなにしろよく汚すし、赤ん坊なんて一日何回もタオルや服を替えたりするからね。なのでここでは赤ん坊、小さい子のいる家は、ちょっと別に考えてます。

★★★


実は他にも洗うものはある。シーツとかカーテンとか。カーテンは年に数回だとしても(5年くらい洗わない家もありそうだし、クリーニングに出す家もありそう)、シーツもすごい量。一人分で、敷きシーツ、掛け布団のシーツ、枕カバーがある。しかもでかい。家族4人だと、いったいどういう頻度で洗うんだろう??

自分がどういう頻度でシーツ洗ってるかは書きません。

だって「え〜、ちきりん、きたなーい」とか言われそうでヤダ。ただし、少なくともちきりんは、「毎日シーツ洗え」とかいう奴とは同居しません。するなら、自分で洗ってくれ。

それにしても、家族4人分のシーツとかになると、季節ごとに洗濯するだけでもクラクラしちゃう。実際には結構、シーツとか枕カバーって汚れる気がするよ。子供は汗かくし。


まあ、ただね・・

「枕カバーが汚れてても、死にゃあしない」

というのもまた真実。

洗濯頻度なんて、趣味の問題ともいえる。


★★★

その昔、使ったタオルを毎日洗っていたちきりんに、寮の先輩が言った。「ちきりんさん、毎日バスタオルなんて洗っていたら、キャリアウーマンになるのは無理よ」と。

なるほど一理ある。


最後にひとつ。このブログを読んで、奥様に「おい、うちはシーツはどれくらいの頻度で洗ってるんだ?」とか聞かないようにね。そういうことを聞く権利は、自分で洗濯をしてる人にだけある。


ではまた明日

2005-08-19 自民党という政党

1955年の保守合同。この年、自由党と日本民主党が一緒になって自由民主党ができました。そしてこの体制がその後現在まで日本の政治を担ってきました。

この時の“保守大合同”の「保守」という言葉は、「革新」という言葉の対立用語ですが、当時の「革新」政党というのは、基本的には、共産主義を目指す政党のことです。共産党よりは社会党だったんだと思うけど、いずれにせよ、左な方々です。

まだ戦後10年、日本が共産主義になってしまうかもしれない、ということが現実味を持って社会の選択肢として残っていた時代です。そういう時代に、「資本主義で行こう!」という大筋に則って(小さな方法論では違う意見があったけど)、「共産主義よりは資本主義」という主張の政党が大合併した。これが55年の保守合同の本質ですよね。

だから、当時の保守という言葉はもともとは「伝統的な資本主義を選択した人たち」という意味であった。ソビエトや中国ではなく、アメリカ型の政治経済体制を選ぶ人達、という意味でもありました。

そういう意味では、今回の小泉さんの「自民党をぶっこわす」路線は、今までの自民党のやり方の否定というより、「自民党の根本思想を、より明確化する工程である」とも言えるでしょう。

「自民党は、資本主義を堅持したい」という55年の主張と、現在の「郵便なんて民がやればいいでしょう」という主張は全く矛盾しません。枝葉末節はいろいろある。でも、根本はそういうことかな、と思う。

★★★

小泉氏の首相在任期間は、今、歴代第4位です。

1位:佐藤栄作首相  2798日

2位:吉田茂首相  2616日

3位:中曽根康弘首相  1806日(来年の春には、小泉氏が抜きます)

4位:小泉純一郎首相  1577日(今日時点)

5位:池田隼人首相 1575日

6位:岸信介首相 1241日

今回の選挙で勝てば、小泉氏は佐藤首相、吉田首相に次ぐ歴代3番目に長く権力の座にいた自民党の総理大臣となります。(数字から見て、1位2位になるのは無理でしょう)。

これを見ても、やっぱ同じ思いがします。結局のところ自民党という政党は、

米国との同盟路線、

資本主義的経済原則、

天皇陛下の元の国民一体感の堅持、

という3本柱でやってきた政党ですよね。なんだかんだ言ってもこの路線は変わっていない。

それはどういうことかというと、とどのつまり、日本国民がこの3つの原則を支持してきた、選んできた、ということでもあるのでしょう。


米国べったりとか、競争主義は血も涙もないとか、地方切り捨てとか、いつでも「極端に走りすぎること」へのブレーキは存在します。でも、根本は変わらない。

日本国民は、この3原則を支持しており、だからこそ、その路線を強力に推し進めた人たちが長く政権の座にいるのだ、ということ。中には「党内政治バランス」だけによって首相になった人も沢山いる。でも彼らの在任期間はとても短い。国民の支持があることを言っている人だけが、結局のところ長く権力を維持できている。


そう考えると、結構うちの政治もちゃんとしてんじゃないの?って言う気もしますよ。



危ないな。そんなこと言い出すとやばいよ、ちきりん。

そうね、やばいね。


ではまた明日

2005-08-18 思考停止

たまたま二つの学校の話題を目にしました。ひとつは、萩国際大学。先月、大学として2番目に民事再生法を申請した大学です。もうひとつは、東京の専門学校で栄養士の学校です。

萩国際大学は、

・1999年に開学です。つまり、創立6年で潰れたということです。99年といえば、既に少子化も超明らかになり、大学の全入時代到来も、それに伴い、大学経営が大変になるぞということも、ごく普通にマスコミで報道されていた時期です。

・学科は、国際情報学科のみです。萩でしょ?萩。萩焼と明治維新の志士たちの萩。国際情報学科?? (注:再建計画の一環として最近は別の学科もできてます。ゴルフ文化学科とか・・・???)

・定員は300名です。が、開学以来一度も定員が埋まったことはありません。今年の新入生は34名です。

・大学で(萩国際大学より前に)初めて潰れたのは、東北のなんちゃらとかいう大学です。中国人を山ほど入学させ、でも、だーれもその街にはいませんでした、という“中国人密入国者幇助大学”です。免許取り消しだか、補助金停止だかになって潰れました。

そういう悪いことしてない大学としては、萩国際大学は倒産第一号です。まあ、萩国際大学の方も、中国人を入れようとしていたみたいですが、東北なんちゃら大学の後、入管が「危ない大学」への中国人の学生ビザを厳密にしたため、うまく集められなかったようです。入学直前に「数十人の中国人の入学予定者のビザがおりないとわかったこともある」とのことです。


取り上げたいもう一つの学校は、東京の専門学校です。

もともとは栄養士を育てる学校で、3つの学科があります。ひとつは伝統の?栄養士科、あとは、

・スポーツ栄養管理科と、

・カフェ経営学科

です。



このセンスの差。この危機感の違い。このスキルの差。

あっもちろん、国民の税金は、萩国際大学の方にはたっぷり投入されてますが、後者にはたいして出てませんよ。なんたって専門学校ですから、国民の血税なんて大量投入しちゃいけないですからね。

萩国際大学の方は、文部(科学)省*1の補助金もでてるし、山口県と萩市からも数十億円の税金がでてます。それは、学校が倒産したので価値はゼロになりました。そりゃーでも、お金出すの、あたりまえですよね。なんたって大学ですもん。

山口県も萩市も、相当の財政難の自治体だと思うし、市民、県民の皆様は大変な思いをして納税されてると思うけど、そりゃー萩市の大学だもん。大事だもん。返ってこなくても、数十億円くらいださなくっちゃね。地域振興って大事ですからね。

もちろん、もちろんこういった自治体が持っているお金の半分から三分の一は、国から地方交付税とかの形でわたっているお金です。すなわち、萩国際大学に出資されたお金の一部は、大都会で高い税金に苦しむサラリーマンの税金ですよ。でも、仕方ないじゃん! 協力しなくちゃ。日本の地方を守るのは大事だもんね〜。そうそう、あたりまえ、あたりまえ。みんな文句言わないようにね!

★★★

山口県にもいくつか大学があります。国立の山口大学が県庁所在地の山口市にあります。定員は千名以下だと思います。萩市は、日本海側です。1999年の段階で、文部省は、この萩国際大学に、大学開設の許認可を行っています。

東京近郊で、デジタルコンテンツクリエーターやプロデューサーを育成する大学が数年前にできました。この大学は開設する時、文部省にやたらといちゃもんを付けられて大変でした。なぜなら、学校法人を規定する法律によれば、大学となるためには、ひろーいグラウンドとかが必要になるからです。でも、東京でそんなひろーいグラウンドなんて確保しろといわれたらもう新設大学なんて作れません。

しかも、デジタルコンテンツ関係のプロを育てようという大学です。デジタルコンテンツは、アニメを始め、日本が国際競争力を持てるかもしれないと期待される唯一のエンターテイメント産業です。バイオ等とならんで、ITの有力産業分野です。

しかも、その専門に「体育」の能力なんてほとんど関係ありません。周囲には、グラウンドを貸し出せる施設も山ほどあります。どーしても体育の授業をやれというなら、借りてできます。でも、文部省は、「大学は自分のグラウンドを所有しなくちゃ行けない。だって法律にそう書いてあるモン」と言って、相当この大学の開設をいじめました。

都心でビジネスマン向けに英語での経営を教える大学を作ろうという動きにも、まったく同じ理由で、文部省は、やたらとチェックをいれていじめています。文部省のおかげで開学が年単位で遅れた大学も多いのです。

その同じ文部省が、1999年に、萩国際大学(定員300人)に開設許可を出しています。


別に驚くことは「全然」ありません。文部省は、学校にかかわる法律を守っているかどうかだけをチェックしている役所ですから。これから日本の産業育成のために、どのような人材育成が必要なのか、どのような教育を日本の国はこれから行っていくべきなのか?そんなことを考えている役所ではありません。法律を守っているかだけをチェックしている組織です。それでいいんです。そういう組織ですから。

その法律が正しいか、時代に即しているかも全く関係ないです。なんたって役所の役目は「法律を守っているところに許認可をする」ということですからね。あたりまえ あたりまえ。余計なことを「自分の頭で」考えたりしてはいけないんです。役所ってのは、思考停止することが重要なんですよ。みんな、文部省を責めないようにね。それが仕事なんですから。彼らは仕事をきちんとやっているんですから。


まあそれだけです。他に何にもいいたいことはありません。


この国の教育は大変です。

ではまた明日


★★★

*1:以下、文部省と書いてます。

2005-08-16 終身雇用のコスト

ニュースで、ある重厚長大メーカーが熟練技術者の不足に頭を痛めている、と報道されていました。

団塊世代の定年退職が始まる中、社内の熟練技術者は 50代以上ばかりで、中堅以下の技術者が全くいない。

原因は彼らが新卒だった 20年前に業界全体が大不況に見舞われていたため、数年にわたり採用を抑制したから、とのことでした。

この「○年前に大不況でした。だから新卒採用をしませんでした」というのもよく聞く話なのですが、どう考えても合理的な判断とは思えませんよね。

そもそも新人の人件費なんて微々たるものです。“今”不況だからといって、“今”採用を抑制してもコスト削減面でのメリットは極めて限定的です。

一方、“ 40年後まで不況が続く”と考えていたのでない限り、「新卒採用を極端に抑制すれば、長期的には人手不足になる」とわかっていたはず。

つまり不況時に新卒採用数を抑制するというのは、“メリットが極めて小さく、ほぼ確実にデメリットのある方法”です。


反対に、多くの企業がバブル時など好景気の時に大量の新卒学生を採用しました。

80年代後半から 91年までに採用された彼等は今“バブル世代”と言われ、給与も昇格機会も抑えられ、なにかあれば最初にリストラのターゲットにされています。

原因は当時の、“今”好況だから、“今”新卒採用を増やす、いう判断にあったわけですが、好況時に新入社員なんて雇ってもほとんど仕事の助けになりません。

それどころか好況で人手不足なのに、新人教育のために多くのベテランの時間がくわれてしまいます。

更に、好況が 20〜 40年続くのでない限り将来必ず人が余り、人件費コストが重くのしかかることもわかっていたはず。

つまりここでも“短期的にほとんどメリットがなく、長期的には大きなリスクがある方策”をどの企業も選んでいるのです。


経営的にもっとも合理的な方策は、不況の場合はその時点で「給与が高いのに、価値のない人」を解雇することです。

年功序列組織では、50代の人の給与は新人の 4倍はあるでしょう。新人採用抑制でコストを削減しようとすると「採用数の 8割カット」が必要な場合でも、中高年の解雇なら 4分の 1の人数で済みます。

新卒採用を続けてもたいしたコストはかからないし、不況で皆が暇な時期なら新人育成にも時間がかけられます。


反対に好況で人手がたりないなら、新卒学生ではなく中途採用で即戦力の人を雇うのが最も合理的です。

40代の即戦力を雇えば好況の間にすぐに戦力になるし、彼らはその後 10〜 20年で定年を迎えるので、新卒学生のように“ 40年雇い続ける”必要もありません。どう考えてもこの方が理にかなってる、と思います。


でも、実際には(大企業は)こういう方法はとれないのです。

なぜなら日本では法的に(判例により)、社員の解雇は“そうしないと倒産する”レベルにならないとできないし、“新人採用をやめ、非正規雇用者を切ってからしか、社員の解雇はできない”とされているからです。


そして、キャリア途中の人が解雇されないこの国では、他国のような層の厚い“中高年の人材市場”が形成されていません。だから好況時に即戦力を採用したいと思っても、採用したいレベルの人が労働マーケットにいないのです。

そうなると企業の人員計画や人員調整はももっぱら“新卒採用市場”で行わざるを得なくなります。

上で書いたように、実際にはそんなところで調整するなんて全く非合理的なやりかたなのに、それしか方法がないのです。


★★★


今、中堅以上の企業や公務員の生涯賃金は 3億円と言われます。

給与以外を含めて企業側からみる人件費コストはその倍といわれており、だとすると 6億円です。終身雇用を前提とすると、“ 100人の新卒学生を採用するのは 600億円の新規投資をする”ことを意味します。


それだけあれば自動車工場がひとつ建てられるし、小さな企業がひとつ買収できるでしょう。

過去10年間、100人ずつ採用した大企業なら 10年間で 6000億円以上の投資です。

生涯賃金の高い大企業では 1兆円の投資といってもいいかもしれません。

こんなリスクをとっている企業が“安定している企業”と呼ばれているのは本当に皮肉なことです。


このように、終身雇用を前提とした新卒採用の調節だけで人件費を管理することはとても非合理だし、しかも巨額の投資リスクの負担を強いられます。

それにもかかわらず、合理的な方法が司法判断によって閉ざされている日本。最高裁が“解雇規制”として日本企業に強いるこの“非合理な行動のコスト”、それにより押しつけられた損害は一体誰が負担しているのでしょう?

無駄なこと、非効率なこと、論理的におかしなことをやらされると、かならず損害がでます。

最も巧くやった場合にくらべて、成果は小さくなってしまいます。

つまり、新卒採用だけで人員調整をするという非合理な方法論のコストは、あからさまには見えないけれど誰かが負担しています。


被害を受けていると思われるのは、

(1)企業・・・本来もっと高い収益が上げられたはず(株主はより多くを得られたはず)

(2)有能な社員・・本来もっと高い給与がもらえたはず

(3)若者・・・本来もっと雇用される機会に恵まれていたはず

(4)弱者・・・(企業業績がよく、より多くの人が雇用されていれば)本来もっと社会福祉の原資となる税金が多かったはず


などですが、(1) の株主は、日本企業の株を売って海外の企業の株を買えばいいし、(2) の有能な社員も海外や外資系企業で働くという逃げ道があります。しかし、(3) の若者や (4) の弱者は逃げ道がありません。


「終身雇用がいいか、悪いか」という議論は、不完全な議論です。

なんの犠牲も払わずに終身雇用ができているならそれでもいいでしょう。しかし実際には日本社会全体で、この制度の維持のために多大なコストを払っています。

そして、それらのコストの多くは雇用機会が得られない若者や、社会の弱者が負担させられています。新卒を正社員採用し、定年まで解雇できないという終身雇用制度は、そういう人達の犠牲のもとに維持されているのです。

いいかえれば、終身雇用制度を維持することが個別企業の自由であるかのように考えるのは間違っているということです。

私たちは社会全体でこの非合理な制度のコストを支払っているのです。

今まず必要なのは、こういった“終身雇用制度の維持コスト”という概念や視点をもつことではないでしょうか。

さらに解雇規制を確固たるものとして維持している最高裁の判事の方には、自分達の判断によって、どれだけの損害をこの国の“次世代”の人達や社会的弱者に押しつけているか、なんとか早めに理解していただきたいものだと思います。


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ではまた明日。


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2005-08-15 野田聖子氏悲惨・・・

野田聖子議員。郵政民営化に反対したため、自民党の公認が受けられません。テレビで本音を漏らしていました。「小泉政権に反対じゃないんだけど・・・こんな小さな法案ひとつで、こんな大きな亀裂になるとは思っていませんでした。ふうぅ〜(←ため息)」って。

これは深い発言だと思うよ。この人は、37歳で最年少大臣を、しかも、郵政大臣をやった人なのよね。

「こんな小さな法案ひとつ」

郵政大臣をやったことある人が、この問題を「小さな法案ひとつ」と言う。

まじまじまじ???

この人なんなの???


この発言には、本当の反対派の人も苦笑してると思うよ。本当の反対派の人は、「この問題が小さな問題ではない」と芯までわかっている。だからこそ、ここまで反対しているのだよ!!

「こんな小さな法案ひとつで、なんでこんな大きな亀裂になったのか」とつぶやかれている、悩まれている野田もと郵政大臣様へ。なんでか教えてあげましょう。「実は・・・この法案は、小さな法案ではないんですよ。わかってね。よろしくね。」

★★★

つまりね

「民営化反対の人」は、

  1. 「この問題の重要性がわかっている(からこそ反対している)人」
  2. 「この問題の重要性に全く気が付いていない(ので、反対している)人」

の2種類にわかれます。前者の人(わかってて反対)は、まさに守旧派であり、現在の郵政公社制度によるメリットを享受している人たちです。

実は、問題は「重要じゃないと思っていて、反対している人」です。わかってて反対している人は、それはそれでいいと思う。意見が違う人が存在することは問題ない。それは政策論争ですから。でもちきりんが問題だと思うのは、確信犯的に反対している人ではなく、むしろ「わかってない」+「反対している」人です。実はこれ野田聖子さんだけではありません。

★★★

よくアンケートで、「郵政公社民営化反対。理由:他にもっと重要な政治課題があるから」というのがあるんです。これって、反対理由として2番目くらいに大きな理由です。これがまさにポイント。


他にあるもっと重要な政治課題って何???

・不況からの脱出と、日本の経済再生

・財政赤字問題

・年金問題、少子化問題

これらはすべて、郵政民営化を片づけないと前に進まない。これらの課題の根本に郵政民営化があるんですよ。いったい「より大事な他の課題」ってなんなのさ??

郵政民営化と独立した(関係ない)現在の政治課題なんて、ちきりんが考えつくのは、北朝鮮核問題などの外交課題だけだよ。国内の経済系の問題は、「すべて」郵政民営化が進まなければ改革できません。この構図が見えている人で、民営化反対なのは、確信的な利権擁護派だけです。それはわかるよ。わかってて反対の人は、いて当たり前だし、いてもいい。

でもさ、わかんないで反対の人が「困ったチャン」なんです。そして、ちきりんが卒倒しそうになったのは、「郵政大臣をやったことある人が・・・・わかってない・・・・ひえ〜」ってことなんです。あー驚いたぜよ。

★★★

このこと=郵政民営化問題がすごい大事なのだ!ということが、わかってない人が多数存在すること、の責任は誰にあるか?

(1)それをきちんと説明できなかった非が、小泉氏・竹中氏にある。(前に書いた通り。)

(2)民主党のバカモンが、わけのわからない主張をして、議論を混乱させている。

の二つです。(1)は、この選挙活動の中で、小泉氏と竹中氏はやり直そうとしています。民主党は、相変わらず「議論を混乱させるのが、目的」のようです。かなわん。

民主党の元党首の菅直人氏が、「解散後、自民党の支持率があがったのは、山口組の抗争と同じで、自民党の内部抗争を国民が喜んで見ているからだ」と言っていた。まじかい?国民をバカにしすぎ。彼の言っていることは、「国民はバカだから、郵政民営化の政策論争がわかって支持率が変わったわけではない。馬鹿な国民は単に楽しんでいるだけだ」ということ。バカにすんじゃね〜あんた、もう引っ込んでな!とか言いたくなっちゃうよ。

★★★

というわけで、ちきりんが支持する順番は下記です。

(1)小泉・竹中陣営

(2)郵政公社型利益誘導政治体制を維持したい人=わかって反対の人(亀井派のみなさん)

(3)わかってなくて、反対している人(野田聖子氏)

(4)タメにする議論をしている民主党

(1)と(2)の人は、少なくとも本質がわかっている。意見が違うだけだ。(3)は、今回の選挙戦で(1)の人が努力すれば、かなり減る。(野田せーこ氏が、(3)だとは驚いたが。←ひつこい・・)最後にひどいのは、わかってない人をむしろ増やそうとしている(4)民主党。



民主党よ、ほんとにやめてくれ!!!

ちきりんは、昨日まで郵政民営化賛成派だった。

今日からは・・・・「民主党反対派」だよ。

まったく。


ではまた明日

2005-08-14 原爆投下の正当性

戦後60年ということで、様々なテレビが特集を組んでいます。明日は

終戦記念日(日本の一般人の皆様)

敗戦記念日(日本の思想家、社会派の皆様)

独立・解放記念日(韓国と中国などの皆様)

戦勝記念日(アメリカなど戦勝国の皆様)

です。あちこちで、それぞれの記念日が祝われるのでしょう。


「原爆投下の是非」という問題について、下記の3つの視点から書いておきます。

(1)原爆を落としたアメリカの行動の正当性

(2)原爆を落とされた日本の行動の正当性

(3)原爆が落とされたことの影響

★★★


(1)原爆を落としたアメリカの行動の正当性

ふたつの主張があります。

ひとつは「戦争を早期終結させるために原爆は必要、有効であった」「原爆を落としてなければ、日本は本土決戦までやっていた。落とさなければ、アメリカでも日本でも、もっと多数の犠牲者がでたはず」したがって「アメリカはある意味ではいいことをしたのだ」という主張。


もうひとつは、「アメリカはどうしても実際の都市への原爆の使用実験がしたかった」という主張。

終戦後、ソビエトとの対立が始まることは既にわかっていた。だから今、原爆を落とすタイミングを逃すと、ソビエトとの核戦略上、圧倒的な優位性を確保できる機会を逸してしまう。

そこで、原爆の投下実験が可能になるまで戦況を引き延ばし、落としてからすぐに終戦に持ち込んだ。こうすれば実験結果の収集もとても容易だし、ソビエトが使用実験をする機会も奪うことができるという主張です。


ちきりんは明らかに後者が正しいと思ってます。前者を信じる人は、「アメリカがイラクのフセイン政権を打倒したのは、圧政に苦しむイラク国民を救うためである」という主張を信じているんでしょう。

そして後者だとすると、このアメリカの政府(軍部)の判断と行動は、アメリカの立場から見ると、極めて正しい行動だと思います。

しかもすごいうまくいった。アメリカは古くはベトナム、最近ではイラクなどでも戦争に失敗していますが、日本との戦争に関しては「すこぶる成功した」と言えるでしょう。



(2)原爆を落とされた日本の責任

ちきりんは日本人としてはこの議論が一番大事かも、と思ってます。日本軍部(政府)には、このことについて重大な責任があるでしょ。

そもそも原爆が落とされるずっと前から、日本に勝ち目がないこと、これ以上戦争を続けても死者が増えるだけだということは、軍部も政治家もわかっていたことです。

この年の春までに降伏しておけばよかったのに、その判断を先延ばしにした思考停止のリーダー達の責任は余りに重い。

さらに、広島に原爆が落ちた時にその悲惨な結果を国民に知らしめず、またもや判断を引き延ばした。そして長崎での二度目の実験をアメリカに許してしまい、被害者を倍増させた。この件に関してはマスコミも含め、当時の軍部、意思決定者の責任は本当に大きい。


日本はこの年の7月に、ロシアにたいして「米国との講和の仲裁をしてくれ」と依頼したりしています。情報収集能力、判断力のいずれにおいても、この国の政治家や外交官はバカすぎ。

そんなだから、原爆実験がしたくてしたくてたまらなかったアメリカにうまーくだまされた。まあ仕方ないのかも。日本にはそういうことを考える余裕も、アメリカの意図を読む能力もなかったのだから。

これは、「実力のないチームが、試合で負けました」という話だよね。

負けた責任はあるか? あります。

負けないようにできたのか? できませんでした、だって実力ないんだもん。

ということです。

開戦も終戦も、無謀なことをやって自滅したのです。我が国は。



最後に

(3)原爆が落とされたことの、影響

原爆が落とされたその結果は、どう評価できるのか?

悪いことと良いことがあります。良いことがあるとかいうと、反発をくらいそうですが。


悪いこと

・直接的、間接的な人の命と生活の毀損 (しかも甚大なレベルの被害)

・“核保有”を軍事的優位性の中核手段に位置づけてしまったこと。核の力を世界が認識した。だから、イランもアフガンも北朝鮮も(インドや中国はもちろん)核を求めるようになった。


良いこと

・「核は人類と地球を滅ぼす可能性がある」ということに対して、現実的に訴求できる材料ができた。世界があの被害を見ていなかったら、米ソ対立のなかで 10発ずつ発射されちゃった!みたいなことが起こったかもしれない。

・もうひとつ、“核保有”に関して、日本に「アレルギー的忌避感」ができた。これは、日本の視点からも、世界の視点からも、よかったと思います。

今、日本が復興して、核に対するアレルギーがなくて、日本の米軍基地に核がバンバン装備してある状態だったら、中国も韓国も今どころではないレベルの警戒をしていたでしょう。そしてそれは、アジアの安定と成長を大きく阻害していたと思います。


世界の火種というと中東と欧州の一部がよく取り上げられるけど、日本が核を装備していたら、アジアも確実に“世界の火種地域”のひとつだったでしょう。

朝鮮戦争、ベトナム戦争と、アジアにも極めて不安定な時代がありました。ところがその後、アジアは急速に政治的に安定し、経済発展に舵をきり始めます。この環境要因として、日本の核アレルギーも大きく貢献したと思います。


★★★


もうひとつよく言われる、日本とドイツのどちらかの国に原爆が落ちる必要があった中で、なぜ日本だったか、という話。

・日本は白人の国ではなかった。(有色人種への差別感)

・ドイツには、米国の同盟国の兵士が送られていたが日本にはいなかった。(ドイツに落とすと、英仏の兵士が被爆する可能性があった。)

・ドイツより日本の方が、原爆投下実験後のデータ収集の「独占可能性」が高かった。ドイツに落としたら、英仏、もっと言えば、ロシアにもデータが握られかねない。

などの理由があったのかな、と思います。


人種差別的な背景は「あった」と思うけど、それだけでもなかったんだろうとは思います。

ちなみに史実としては、アメリカはドイツへの原爆投下を一度も検討していないようです。最初から落とす国は「日本」と確定していました。

そういう状況だったということです。


以上。


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また明日



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2005-08-12 化繊の悲しさ

北朝鮮の人が、仕事や応援団などとして韓国その他の先進国を訪問すると、お土産に何を買って帰るでしょう?

デジカメ等は買いません。値段が高すぎるし、国に持って帰ってもパソコンもプリンターも(下手すると乾電池も)無いのに楽しめないでしょ。だから彼らは、いわゆる外国人観光客が秋葉原でお土産に買うものとは全然違うものを買って帰ります。

「日本人妻一時帰国」の際のニュースでは、彼女らはスーパーで飴を大量に買ってました。これは、帰国後に大勢の人にお土産を渡す必要があるからでしょう。飴は日持ちもするしね。

日本でも昔の海外旅行に慣れてない時代だと、隣近所、職場の全員、取引先に、と大量のお土産を買ってましたよね。行く前に“お餞別”をもらったりするし。

でも海外旅行が珍しいことでなくなると、お土産は親しい人にしか買ってこなくなる。そして頻繁に海外に行くようになると、親しい人にさえ買ってこなくなります。

世田谷に住んでて、渋谷や新宿にいくたびに誰かにお土産かってきたりはしませんよね。それと同じです。行くことに特別な意味が無くなるとお土産という慣習が消えてしまう。

というわけで、お土産進化論としては、

(1)多くの人に配ることができるものを買う。

(2)特定の人だけに個別に選んだ、高いものを買う。

(3)なんも買わない。

となるわけです。


・・・最初に書きたかったことと完全に話がずれました。


書きたかったのは、北朝鮮の人が買うお土産として「化繊」商品の人気が高いと聞いたことです。女性用下着とか靴下、ブラウスやスカーフ系など、なんでもナイロンとかポリエステルなどが人気なんです。

この話を聞いた時にすごく違和感がありました。なぜならちきりんは最近あんまり化繊のものを買わなくなっているからです。直接肌に触れるものは特にそう。夏は、シーツ、布団(中わたも)、パジャマと全部「リネン100%」を使います。しゃりしゃりしてすごく気持ちいい。洋服でもカシミヤ、ウール、綿など自然素材が多いです。

ちきりんだけでなく一般論として、先進国では自然繊維の方が人気も価格もおしゃれ度も高いと認識されていると思います。しかも普通の綿より“有機綿”が人気。“どんどん自然なものへ”という流れがあります。

ところが途上国では反対の場合が多いのです。基本的に化学合成品の方が「価値も、おしゃれ度も高い」と認識されている。


なぜか?蚕を飼って絹を作るとか、綿や麻を摘んで紡ぐのは人力でできます。そういうものは途上国でも手に入ります。一方で、ナイロンなどは石油化学商品なので、大規模な化学工場が必要です。「人力でナイロン作る」なんて無理です。技術と石油と電力が必要なので途上国では自製できず、なかなか手に入らない。だから憧れなんです。

先進国だと工場で大量生産できるものは安くなり、人件費のかかるものの方が高くなるのですが、途上国ではこれが反対になるわけです。

というわけで、北朝鮮の人にお土産あげるなら、格安のナイロン製の下着やスカーフの方が“リネンの○○”より感謝されます。

★★★

ちきりんがこのことに最初に気がついたのは、20年くらい前にビルマ(今はミャンマーですね)に行った時です。そこで純銀の指輪が50〜100円くらいで売られているのを見つけたのです。デザインは“ださださ”ですが、それにしても安い。精製が甘くてあまり綺麗ではないけど、でも日本で調べてもらったらほんとに銀でした。

ところが、同じビルマの市場ではポリプロピレンかプラスティックの小さなカップ(幼稚園児が牛乳を飲む時に使うようなもの)が、100〜200円するんです。そんな高い容器を買える人は少ないのでもちろん高級品として売られていました。

で、いろいろ聞いてわかった。銀はその辺の人が鉱石を掘りに行って、家内工場的な田舎の工場で原始的な方法で精製したり成型したりしているらしい。基本的に手作り。しかも鉱石の出るエリアが規制されてないから、日本で言うと“裏山に栗を拾いにいく”感覚。

一方でポリのカップは、タイや中国から輸入されている。ということは、非常に貴重な“外貨”がないと買えない。ビルマにはそんなものを作る技術力も工場もないし、ビルマの通貨はドルとは交換できない。というわけで“ドルの裏付けがある、落としても割れない魔法のコップ”が銀の指輪より高くなるのです。


チキンがビーフより高いのにも驚いた。なんで?と聞くと、結局のところ、鶏も牛もその辺りにうろうろしている(させている)だけ。日本だと鳥はブロイラーだから、放牧が必要な牛に比べて、圧倒的に生産性が高い。それに牛を放牧させるには、それなりの面積が必要なのに日本は国土も狭く土地が高い。

でもあちこちに牧草があって牛も鶏もその辺でウロウロして育つなら、牛の方が効率がいいんです。牛は一匹殺すと大量の肉が手に入るけど、チキンで同じ量の肉を得ようとするとすごく手間が掛かりますから。

というわけで、日本では“牛肉>豚肉>鶏肉”の順に価格が高いことが多いですが、この順番は国によって違います。アメリカだってチキンはビーフとほぼ同じか、部位によってはむしろ高いです。あの国は“牛肉製造の生産性”も非常に高いのでビーフが安いのです。


というわけで、「何が高いか」というのは、結構その国の産業の仕組みや生産の仕組みを表すんだな、と思いました。そしてあれ以来、旅行する時には野菜や肉の価格をよくチェックするようになりました。


さて今日のタイトルを振り返ってみましょう。「化繊の悲しさ」とはどういう意味か?

「化繊を(麻や絹や綿より)ありがたがる国の状況ってのは悲しいな」と思ったのです。もちろん日本だって少し前まではそういう時代だったのでしょう。「しわの出来ない魔法の繊維」「自然素材ではあり得ない発色と光沢!」とか言われてたのだと思います。

だとすると、私たちは10年後、20年後に何をありがたがっているだろう?と思うのです。未来からみたら、今の私たちが熱狂している商品も「悲しい」感じがするのかな、と。「あの時代はこんなものをありがたがっていたんだね」という時代がくるのかもしれません。



ではまた明日

2005-08-10 多数派

世の中で多くの人がやっていることをやらないと、“何故?”と聞かれます。定職についてないと“なぜ?”、中卒で働くというと“なぜ?”、地方都市で結婚していない30代後半女性も“なぜ?”と聞かれるし、結婚5年目で子どもがいなくて“なぜ?”と問われる人も多いでしょう。

この“なぜ?”は、厳密に言えば「なぜ他の人がやっていることを、あなたはやらないのか?」という質問です。ですが、質問している人はたいてい思考停止状態なので、そういう質問だと認識していません。“なぜ、あなたはフリーターなの?”という質問の裏返しとして、“なぜ、あなたは定職についているの?”という質問も成り立ちうることを、質問者は認識していないのです。


自分がやっていることは、世の中の大半の人がやっていることである。したがって、自分は“普通”であり、普通でない人に“なぜ?”と聞くことは自然なことである、と質問者は思っています。でも世の中の正非は多数決で決まっていくものではないし、人と違うことをやること、考えることは、決して不自然なことでも悪いことでもありません。

民主主義とは多数決のことです。でも、それは「多数派の意見が正しい」という意味ではありません。


“なんでフリーターなんかやってんの?”という質問の本質は、“僕は定職についていないと将来が不安だから定職について、理不尽なことも我慢しているんだけど、なぜあなたは定職についていないの?”ということです。

これなら聞かれた方も答えやすいです。“いや、僕は別に不安を感じないんだよ。”とか“理不尽なことに耐えられないんだ、俺”とかね。

でも“なぜ世間の人と同じ事をしないのか?”と問われても、“なんで皆と同じことする必要あるの?”と聞き返したくなります。


なぜ?と聞く人は、いったい世間の大半の人がそんなことしていなくても、自分はそうしているのか?とまず自問自答してほしいです。世間の大半の人が結婚していなくても、あなたは結婚するのでしょうか?

籍をいれているかいないかによる社会的、法的な差異が小さいスウェーデンやフランスでは、同棲や事実婚が日本より圧倒的に多いです。好きなら一緒に住んで、子どもが欲しければ生む。でも、法的に結婚するかどうかは別問題、と考える人もたくさんいます。

そういう環境であれば、同居してすぐに籍をいれるカップルの方が、“なぜ結婚したの?”と聞かれることでしょう。

つまり、本質的にどちらが自然な状態か?という問題ではないのです。「どちらがこの地域、この時代において、多数派か?」という話なのです。


どちらかが「本質的に自然な形」なのであれば、自然な方から不自然な方へのみ“なぜ質問”が成り立ちます。でも「本質的に自然なこと」なんてのは“社会的なこと”には存在しないので、たいていは「特定時期の特定地域における多数派から少数派の方向」に“なぜ質問”が投げかけられます。

日本でも、2代前の時代には、“なぜ女が大学に行くのか?”と言われました。今なら反対の方向に質問は投げかけられます。

★★★

大半の人が東に向かって歩いている時に、西に走っている人というのは、心から西に行きたい人なんです。みんながやっているから、という理由以外に、「西を志す強い理由」がある。軽く「西に行きたいな〜」くらいでは、みんなが東に向かって歩いている時に逆行したりしません。


作家の谷崎潤一郎氏は結婚・離婚を繰り返すだけではなく、女性関係がむちゃくちゃです。気に入った芸者と結婚しようと思ったけど、彼女には旦那がいたので“かわりに”その妹と結婚してます。「あいつの妹ならいいに違いない」ということで、どんな女性かほとんど知らずに結婚したようです。

でも案の定その女性とはうまくいかない。で、なんと友人にその「妻を譲渡」しています。その時、わざわざ他の友達らにも挨拶状をだして「僕は○○に妻△△を譲ります」と知らせている。どう考えればいいんでしょうね。(友達の方も押しつけられた訳ではなく、谷崎の奥さんと情が通じていたみたいで、つまり関係者合意の上の譲渡らしいです。)

谷崎氏の最後の妻、松子さんと彼は、どちらにも配偶者ある身で出会っています。ある日、どこかの家の応接室でたまたま二人きりになった時に谷崎氏が松子さんに言った言葉が有名。

「お慕い申しあげております。」

この時、谷崎48歳。昭和9年=1934年夏の終わり。


48歳で双方に配偶者があって、わざわざ両方離縁して再婚しようってすごくないですか?不見識なことを言えば「浮気してればいいじゃん?」っていう気がするんですよね。別宅のある作家なんて珍しくもなかった時代だと思う。

思うのは、こういうのって「みんなが東だから俺も東」ではなかったんだろうな、ということです。時代や周りがどうあれ「俺はこうする」というものがあったんだと思うのです。

★★★

というわけで、「多数派の人、むやみに少数派の人にたいして“なぜ?”って聞くのやめてよね」ってのが今日のメッセージです。世の中の人と同じ事をやっている人が、そうしない人に“なぜ?”と聞くその言葉ほど、その無知をあらわにし、傲慢なるものはない、と思うのです。

少数派の人というのは、「自分はこれしかない」という道を進んでいるのです。その人に対して、「俺は世の中と同じ事をしているのに、なぜ、お前は人と違うことをしているのか?」と聞く。こう考えるとちょっと恥ずかしくなったりしませんか。



結婚している方へ:世の中の大半が結婚しない社会でも、あなたは結婚してますか?

大学へ行っている方へ:世の中の大半が中学をでて働く社会でも、あなたは・・・

働いている人へ:世の中の大半の人が、プーの世の中でも、あなたは・・・?


★★★


谷崎が松子さんにプロポーズしたのは、避暑地の別荘かなにかです。

古びた居間

昼間でも暗く涼しい別荘の居間

そこで、谷崎は静かに、たった一言だけ言った。


「お慕い申し上げております。」


これって究極のプロポーズよね、って思います。

なぜなら、彼はそう言わなければならなかった。

相手は松子さんでなければならなかった。


なんとなく、とか、

成り行きで、とか、

そろそろそういう時期だから

ではないのです。


気に入った芸者の妹をめとるとか、妻を友人に譲渡するとか・・・「むちゃくちゃな」と思います。「みんながやるようなことではないから」「むちゃくちゃな感じ」がするのです。

でも、谷崎から見れば、それは無茶でもなんでもない。必然です。彼はそうしたかったからそうしただけ。


反対に彼は問いかけている。

「あなたがやっていることは、周りが今と違っていても、誰もそういうことをやっていなくても、それでも、やっていることですか?」と。


しがらみの中に生き、世の中の多数派が提示する基準に基づいて評価されることを欲し、それを無意識なレベルで「自分の生き方」であると思いこむ。


凡人ってのはそういうモンです。


皆が東に歩くなら、東に

皆が西に歩くなら、西に

もちろんちきりんも、そういう人間です。


いいさ、凡人で。


また明日


★★★

↓松子さんが谷崎氏との出会いや生活について書いた本です。愛ってこういうことなのね、っ感じです。あと、松子さんの品格を感じます。

倚松庵の夢 (中公文庫)

倚松庵の夢 (中公文庫)

2005-08-06 世界の人口

世界の人口って、何人だと習いましたか?実はこれ、結構年齢がわかっちゃいます。小学生の高学年くらいで習うんだけど、どんどん世界の人口増えているので。

今は63億人だそうです。すごい・・・中国が一人っ子政策をしてなかったら、どれくらいになってたんでしょうね。80億人くらいか?


どこに63億人もいるのか、わかりますか? ちょっと調べてみました。びっくりです。

現時点では、63億人の6割の38億人がアジアにいます。なお、インドもアジアです。

北米は5億人、欧州が7億人強、南米が4億人弱、アフリカが9億人弱です。アジアには、北米の7倍、欧州の5倍、アフリカの4倍以上います。ちょっとすごくないですかね。

ちなみにここまで合計してみてください。38+5+7強+5弱+9弱=63

えっ?終わっちゃうじゃん、これで。

そうです。後は誤差みたいなもんなんです。

例えばオセアニアは3200万人。桁というか単位が違います。いないようなもんです・・・。アラブも案外少ないです。トルコが6000万人いるけど、イラクは2400万人です。空爆前の数字です。アメリカに何万人殺されてるんだろ。かなり減ったかもしれません。アメリカのバカモンの方々が本気で全滅させようとか思ったら、できちゃうかもしれません。恐ろしいです。

★★★

38億人のアジア人のうち、中国が13億、インドが11億です。この2ヵ国で24億と、世界の人口の38%を占めます。3人に一人以上です。おもしろいです。地球上の人がみーんな集まって、んで周りをみたら、3人に一人は、ニーハオかナマステです。

嘘です。中国もインドも他民族国家なんで、ニーハオじゃない中国人、ナマステじゃないインド人たくさんいるあるよ。

ところで、この助詞を抜かした日本語。“●●あるよ”っていう言い方。すごく不思議です。マンガとかで中国人がでてきて日本語を話す時、よく「私、中国人あるよ」とか言ってます。が!ちきりんは、日本語を話す中国の人たくさん知っていますが、誰もこんな話し方しません。●●あるよ、って言い方、一体だれが考えだしたんでしょう?これ、かなり不思議です、あるよ。

話ずれすぎです。

★★★

戻ります。世界が一つになったら(なりません!)、世の中は中国人とインド人に支配されます。選挙で勝てるのはニーハオとナマステです。(だから、違うってば・・・)

★★★

アジアってもしみんなが先進国になったら、すごいことです。今、先進国の(生活レベルをしている)人口は、だいたい12億人くらいです。北米のなかの4億、日本の1億、西ヨーロッパの4億、ロシアの半分の1億、南米、中国・香港・インド・アラブの「お金持ち」だけの合計1億。シンガポールや韓国とか足すと1億人くらい増えるかな。合計12億人、とにかくそんなもんです。

海外旅行をするのは、63億人のうち12億人だけです。シャネルやヴィトンを買うかもしれないのも12億人。「ねえねえ、今日の夕食何にする?飲みに行く?」とか言ってるのも12億人です。世界の大半の企業にとって、人口は12億人です。

先進国(レベル)人口は、世界の人口の19%です。はい。

ただし、コカコーラとかの企業にとっては、人口は40億人くらいに見えるんでしょう。それぞれのビジネスにとって、世界の人口は違います。

先進国の人口は増えるのか?増えないみたいです。あとで書きます。

★★★

中国とインドで24億人で、アジアの他の地域で38−24=14億人いるわけです。どこにそんないるんだ?大きいのは、インドネシアが2.2億人、バングラディッシュとパキスタンが各1.5億人、日本が1.3億人です。これってどう??パキスタンとかバングラディッシュってそんな多いのね。インドネシアもそんなにいるのか。ジャングルにかくれてるテロちっくな人口だけでも数千万人だったりするんだろうか??こわいな。

★★★

ちなみにとりあえず多い順に並べると、

(1)中国 13億人

(2)インド 11億人

(3)アメリカ 3億人

(4)インドネシア 2.2億人

(5)ブラジル 1.7億人

(6)ロシア 1.5億人

(7)パキスタン 1.5億人

(8)バングラディッシュ 1.5億人

(9)日本 1.3億人

(10)ナイジェリア 1.1億人

ちなみに1億人を超えるのはこの10ヵ国だけです。次点につけているのはメキシコ。日本はこれから人口減るそうですが(ピークが来年です)、いつまでトップテンを守れるのか、微妙なところですな。

ちなみに、ここまでの10ヵ国で38億人弱。やっぱ全体の60%です。世界の国の数は、いろんな数え方がありますが200くらいみたいです。5%の国で60%の人口を占めているわけです。別の組み合わせになりますが、富の偏在もそんな感じでしょう。

国際機関の公用語は、英語、フランス語、スペイン語、中国語、アラビア語です。なんだかな〜

★★★

今の63億で先進国の人口は19%と書きました。この比率は、10年後に17%、20年後に16%以下となります。OECDさんが、そう予測してはります。50年後くらいだと13%です。各国の成長率を過去のトレンドのままと仮定した数字みたいですけど。まあ、つまり、先進国の人比率ってどんどん減るんです。びんぼーな人がどんどん増えます。どこに? 

地球に・・・

大変です。

今の日本は、高齢者を支えるために若者から税金をもっととらねば、みたいな話してますが、世界規模で考えたら、国家予算の3分の一はODAみたいな話になりかねません。大変だな、先進国。そんなことできんのかね?

でもね、中国が先進国になったら解決できるような気がするんだけどな。13億人のうち8億人くらい、先進国の人になってくれよ。それしか解決方法がありません。「頼んだぜ、謝々!」・・・わけわかりません。

★★★

ちなみに20年後の世界人口は78億人くらい、50年後の世界の人口は90億人くらいらしいです。これも、過去のトレンドそのまま推定です。ほんとにそんなことになるかな?なるわけない気がしますね。なんか大きなことが起こって、トレンドが変わるような気がします。

大きなことってなにさ?

氷河期がくる!

こないよ。来るとしたら灼熱時代です。昨日の大阪38度だよ!来年は40度に挑戦しているらしい。(してませんてば・・)たぶんもう生きていけなくなると思うよ。数年前ヨーロッパも猛暑でいっぱい死んでましたし、アメリカも相変わらずあちこちで爆弾落としてそうだし。

超非論理的になってきましたが、なんとなく90億人なんてなれないんじゃないの?と思います。しりません。なるかもしれません。今だってアジアに38億人もいる気がしないけど、いるもんね。こんなこと、感覚的に理解するのは無理です。はい。

★★★

何がいいたいんだか、わけわかんなくなってきました。いや別に、たいして大きな主張はありません。驚いただけです。

あとね、「いーんじゃないの、少子化」って思います。

日本でちょっとくらい減ったっていいじゃん。すげー増えんだよ、世界全体では。63億から90億って、50%増しですぞよ。いーじゃん、日本人少々減ってもさ。

つー気もします。

Think BIG!

まっ、そんなとこです。

ではまた明日。

2005-08-05 郵政民営化法案 不成立?

いよいよ来週、郵政民営化法案の参院決議です。成立しない可能性ですって??本気かしら。信じがたいです。

JRもNTTも“国”鉄だったり電電“公社”だったりしました。これらの公的部門が民営化されたことを「失敗だった」と思っている人は、どれくらいいるのでしょう?ちきりんの感覚では、圧倒的に多数の人が「民営化してよかった」と思っているように感じるのですが。そういう成功例を見ていながら、なんで道路公団とか郵政公社の民営化にここまでの反対がでるのか。


NTTが今も電電公社だったら、固定電話のシェアを守るために、携帯電話事業に力をいれてなかったと思います。ISDNとかいうわけのわからない回線にこだわり光ファイバー・ブロードバンドも存在していなかったと思います。電電公社の頃って、留守番電話さえなかったんですよ!!あったのは、黒電話と同じ機能のカラー電話だけです。

公社時代の彼らには、消費者のためにより便利なサービスを開発しようという気持ちは、これっぽっちもなかった。公社というのはそういうことなんです。郵便局も最近はサービスがいいとか言っている人もいますが、民営化して10年たったら、今とは全く異なるレベルのサービスが実現しているはず。JRとNTTみたらわかるじゃん!と思います。

JRだって国鉄時代よりはサービスがよくなったと思いませんか?未だに国鉄だったら、一日50人ほどしか乗降客のない駅が今の10倍くらい存続していたことでしょう。国民の税金を使って・・・

「おらが村の国鉄は、JRになって廃線になってしもうた!」という人もいるでしょう。でも廃線になってなかったら、車じゃなくて電車で通勤してますか?JRになって路線が廃止になったようなエリアでは、どうせ皆、車を手放せません。車だけか、車+国鉄か、というチョイスです。どうせ車を捨てられないなら、結局はたまーにしか電車にのらない状態のままではないですか?大半の移動には車を使うでしょう?

「お年寄りが病院に通うのに必要?」ほんとですか?廃線になってなかったら電車で通ってますか?その方のために、私たちは何億円(何百億円?)使わなければならないのですか?

巨大な公社を民営化したら、国民にとってメリットがあるのかデメリットがあるのかは、あまりに明白です。なんで、こんなに民営化に反対する人が多いのか、わけがわかりません。


説明責任という面において小泉・竹中陣営に甘さがあったことは事実です。やっぱりちゃんと説明しないとね。でもここまできたら、廃案にしてはいけない。前にも書いたけど、財政再建は10年遅れます。来週を迎えるのが怖いちきりんです。

★★★

ちきりんは、昔、公務員を接待する仕事をしていました。最初はみんないい人です。最初はちょっとした便宜供与を受けるだけでも、皆びくびくしています。ところが、少しずつ慣れてしまう。

業者の方は、確信犯的に公務員を、政治家を誘惑します。最初はちょっとした食事、次は二次会の銀座のバーまで、その次は、●ーパンしゃぶしゃぶ屋。ここまで行くと弱みができます。そして、銀座のバーのママからお誘いのお電話。やたらとちやほやされちゃう。もちろん、業者がウラから頼んでます。「ママ、あの若手官僚さん、大事にしてね。ほいこれ」と。その後が、黒塗りの車で送迎のついたゴルフ、帰りに渡されるおみやげ、次はそのおみやげの袋の中に商品券が入っている・・・だんだん慣れてきて、そのうちそれが当たり前になって、最後には自分から金品を要求するようになります。よほどの強い意志や決意がないと、確信犯的な誘惑者の誘いを断り続けるのは難しい。

そして、それが日常となったある日、業者が「利益誘導の依頼」にやってきます。「ここんとこ、よろしくお願いしますよ」・・・・断れない。お金をもらっているから断れないのではないです。お金をもらっていることを公にされたら、すべてを失ってしまうから断れない。ここまで来たら終わりなんです・・・

ちきりんなんて政治家か公務員になってたら、今頃逮捕されてると思う。なんたって本能で生きてるちきりんですから。あーよかった、そういう世界に行ってなくて。まじでそう思います。

★★★

人間の弱さ、本能を利用して、ビジネスの成果を上げようという人たちは必ず存在する。だって民間業者側は、たかだか個人に対して数百万円×100人くらいの接待=数億円程度の賄賂代を使うだけで、数百億円、ダムとか高速道路なら何千億円のビジネスが転がり込みます。

社会保険庁がばかだかいシステムを業者の言い値で買って使ってない、という話も報道されてますが、郵政公社が一年に購入する文具代だけだって、文具メーカーにしてみたら賄賂を渡したくなる巨額です。

残念ながらこっち(誘惑者側)は無くならない。(もっと言えば無くなる必要はないです。本能の追求が世の中の進歩につながるんだから。)でも、だからこそ、その弱さをサポートする制度が必要だと思うのです。「強い人間になれ」っつったって無理です。彼らも普通の人。前にピッキングのところで書いたけど、日本は「性善説」に基づいて世の中が設計されている。もう変えなくちゃいけません。「性悪説」を前提に制度を作るべき。それは悲しいことでもなんでもない。それは、動物として生まれた私たち人間が、その知恵によってよりよい社会を作っていこうという動きに他ならないんだから。

そのサポートシステムとは何か?結局は「情報開示制度」なんです。情報を公にすることによって、国民の視線の下で無茶はできなくなる。だから、それが全く適用されないパブリックセクターという公社とか公団とかいう組織形態を温存してはならない。特に巨大な組織はね。彼らは資金使途等について、なんの開示もしないんですよ!郵政民営化反対の政治家以外には、なんの情報もださない。だからやりたい放題が通じてしまう。

★★★

公務員の場合は、「すこしづつ悪に染まる」という感じですが、政治家の場合は「できるだけ早く悪に染まらないと、出世できない」から余計ひどいです。

一番ひどかったのは、「金丸訪朝団」と言われてます。北朝鮮に行って、表向きは松茸、ウラでは金の延べ棒をおみやげにもらい、美女の饗応を受けて写真をとられ、「拉致を含めなんも追及せずに、さっさと国交回復しますよ」と約束させられて帰ってきた。金丸氏は(たしか・・)さすがに逮捕されましたが、そういうやり方を「政治手腕だ」と呼んでいるのが55年体制と言われているものであり、この「構造」を変えようと言うのが、構造改革です。

こう考えると北朝鮮が強気なのもわかりますよね。貴重な外貨を使って金の延べ棒を調達して、日本の有力な政治家に約束させた。ところが後から別の人がやってきて「拉致謝れ。人返せ」とか言う。おいおい、約束が違うだろうが!と言いたくなるでしょう。だから、こんなに今でも交渉が難しい。金で国を売った政治家の罪はどこまでも大きい。

今、郵政公社の民営化に反対している政治家も同じです。お金のために、将来の日本の破綻を招こうとしている。

でもね、繰り返します。小泉陣営はコミニケーション・ストラテジーで劣位にたっている。もうちょっとうまくやる方法はあったと思う。まったくも〜


もうやめます。仕事もあるし。


ではまた明日〜

2005-08-01 公平という美名の下の不正

NHKの番組には、会場にお客さんが入っているものがたくさんあります。歌番組なんて大半そうですね。

ああいうのの入場チケットは一般には販売されていません。

希望者が申し込んで、抽選で当たるのです。つまり、当たった人は、無料で見に行くことが可能です。


紅白歌合戦もそうだし、もうお亡くなりになりましたが「美空ひばりリサイタル!」みたいなものも、「当たれば無料」です。

すごいでしょ。もし普通のコンサートだったら数万円のチケットを買う必要のある歌番組に、NHKの番組ならタダでいけるんです。


ロジックはこうです。「チケットを販売するとお金のある人だけが見ることができる。だから、公平にチャンスを与えるために抽選にし、無料で招待するのだ。それが公共放送であるNHKのやり方だ。」と。


でもこれ、大嘘です。


★★★


紅白歌合戦を例にとって考えましょう。

倍率はだいたい 250倍〜 300倍と言われています。

毎年倍率が上がります。往復はがき「でしか」申し込めません。300枚の往復はがきを買うコストは、3万円です。ただし、これでは1人しかあたりません。


それに、倍率はだいたいの目安ですから、確実に当てたければ多めに出さねばなりません。

なので、二人分のチケットを確実に手に入れるためには、だいたい 1000枚くらいの往復はがきを出せばいいと言われています。葉書代で 10万円です。


もしラッキーにも入場券が3枚あたったら誰かに売ればいいだけです。おそらく自分の分の葉書コストもゼロにできるくらいの値段で売却可能なのではないかな。(一応、転売は禁止されてると思いますが。)

1000枚のはがきに、申込み事項である住所や氏名等を(往復はがきなんで各2面ずつ)「手書きで書く」なんてあり得ません。

普通は、郵便局で「折られていない」はがきを買ってきてパソコンを使って、数時間かかって印字します。インク代もバカになりません。


つまり、NHKの紅白歌合戦に行ける人は下記のような人です。

・10万円以上の費用を出して往復葉書を買う財力のある人

・PCを使えるスキルのある人

・手間暇をかける時間のある人

です。

もちろん、誰かに手間暇を委託する(印刷にかけるとか)ことも可能なので、お金があれば、自分で PCが使える必要はありません。近くの印刷屋さんに発注すればいいだけです。

なので、お金持ちなら(コネがなくても)紅白にいけます。家族全員で観に行く、とかも可能です。


NHKの言っている「公平に紅白歌合戦を見てもらうために敢えて無料」は、あきらかに嘘です。お金があれば、チケットは手に入ります。

「お金持ちが紅白を見に行くことができる」システムになってるんです。

家族 5人で観にいくには 2000枚くらいの申し込み葉書を印刷屋で作ってもらえばよいです。30万円くらいで手に入るってことです。

いいなあ、お金持ち!


★★★


別の観点から。

紅白を始めNHKの出演料は非常に低いと言われています。

歌手にとって、ステイタスはあがるけど、儲かる仕事ではありません。

それでも、あれだけの舞台を用意しあれだけの準備をすれば、相当のコストがかかります。それをNHKは無料で提供するわけですから、そのコストを払っているのは誰なんでしょう?


それは視聴料を払っている人です。

敢えていえば、“まじめに視聴料を払っている人達”です。

もし、NHKがこれら歌番組等のチケットを有料で売ったら? 相当の収入になりますよね?


そしたら・・・視聴料なんて徴収する必要はなくなるのでは? もしくは、視聴料をその分安くすることができるはずです。

それなのにチケットを無料で売るから、視聴料をやたらと高く必要がでてきます。

NHKの言うところの「公平な制度」のために、まじめな視聴者は無用に高い視聴料を徴収されています。

コンサートチケットなんて売ればいいんです。葉書代として払うかチケット代として払うかは、払う方にとっては負担は変わりません。チケット方式の方が寧ろ公正明大でしょう。


もうひとつの視点。

このシステムで大もうけしているのは、現在大紛糾中の郵政公社です。

NHKホールの収容人数は 3700名です。これに 300倍の数の応募が来ます。

往復はがきが 111万枚! 使用されるということです。


郵政公社の売上は1億円以上です。(プリンタ会社もインクが売れて嬉しいでしょう)

1億円くらい、巨大な郵政公社にとってはたいした額ではありません。

しかし・・このシステムは紅白歌合戦だけではありません。


3歳児しか出られない「おかあさんといっしょ」に我が子を出すために、同じようにプリンタフル稼働させる親はたくさんいます。

その他のすべての歌番組、お芝居等が同じシステムをとっています。郵政公社はこのNHKの申し込み制度によっていくらの利益があがるのでしょう?

私が、郵政公社の経営者だったら?

もちろんNHKの会長さんにお歳暮送りますよ。「視聴者がこのシステムの不公平さに気が付くまで、絶対このシステムを変えないでくださいね!」というお手紙をつけて、季節の付け届けを欠かしませんね。

ビジネスとして当然のことでしょう。



し、本当に公平でありたいなら、いくらでも別の方法はあるんです。

NHKの視聴料を払っている人は個別の管理番号を持ってますよね。

一年に一度、視聴料を払っている客が、自分の行ってみたい歌番組等に申し込む。

NHKは、イベント毎に希望者の管理番号リストからランダムに当選者を選んで通知する。

極めてシンプルです。そして公平です。(ちなみに、今の紅白は視聴料払って無くてもいけます。)


なんで、そういう方法にならないか?

私がNHKの会長なら、当然こうおもいます。

「そんな方法したら、郵政公社からの付け届けがとぎれるじゃないか!」と。だからやめません。絶対やめないぞ〜!!


もしくはこうかな?

「前例のまま続けたい」「前例のないことはやりたくない」


ものすごく不公平な、お金持ちばかりが得をする“公正な方法”というのが、世の中にはあるのです。


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それではまた明日。


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