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Chikirinの日記 RSSフィード

2005-12-30 来年に向けて

年の瀬に

今年は、実は結構いろんなことがあり、ちきりんの人生は大きく「揺らぎ」ました。(ひっくり返ったりはしてないです)。


このブログを読んでくださっている方の中には、ちきりんを実際に知っている方もあり、その立場もいろいろ。なので、どこまで、どういう近況を書くかはとても難しい。


でも、やっぱり最後に書いておこうかな、と思いました。ちきりんにとって、すごく大きなことだったから・・


★★★


今年の半ば、長年一人で暮らしていた母が、ちきりんを含めた子供達の支援を必要とする状態になりました。最初は緊急避難的に看病・介護のため東京と郷里を往復しました。秋からは介護休暇を利用して、週の半分を郷里で過ごす生活になりました。ここ数ヶ月、毎週東京と関西を往復していたちきりん。もし家計簿をつけていたら、その生活費は「月20万円。うちJR東海(新幹線切符代)の支払い17万円」という案配。遠距離介護ってやつですね。

週に数日だけ東京で仕事をし、残りの仕事はパソコンと電話で郷里からこなしました。会社(特に部下)には大きな迷惑をかけながら、なんとか乗り切ってきました。仕事をしない日はあっても、個人としての休日は皆無に近い半年。体的には特にきつくはなかったけど、心的には厳しい日々もありました。

それでもこの生活の中で、「神様が与えてくれた親孝行の機会」を噛みしめる日々が続きました。自分が、どれだけの愛情と手間暇をかけられて育ってきたのかを、身を以て理解しました。

誰かのために役に立つ、というのは、人生に大きな喜びを与えてくれるものだと実感しました。親にはいつまでも元気でいてほしいのはもちろんですが、同時に、こんな機会をもらえたことに感謝する気持ちも感じています。


というわけで、人生の構成要素がひとつ増えました。それを総て限られた時間の中でやっていくのは、ちょっと不可能な感じです。今までだって“いっぱいいっぱい”だったわけだしね。会社にだってずうっと甘えているわけにはいかないでしょう。

もちろん、その一方で、個人としての生活すべてを犠牲にしていくことが、正しい解決方法とも考えてはいません。自己犠牲などというきれい事で物事は片づかないだろうと思っています。ちきりんは理想家ではありません。あくまで実務家。それに、AかBかというような二元論的選択は、人生において有効であった例はない。そんなんだったら、人生の解はコンピューターが見つけてくれちゃう。


というわけで、来年の抱負ができました。ちきりんが来年考えていかなければならないのは、新たな生活のバランスを見つけていくことです。構成要素が変わり、重みも変わっていくでしょう。新たな均衡点を探る一年、それが、ちきりんの2006年ということ。


人生にはいろんなことがあって、自分では全然コントロールできない。それがオモシロイところ。ちきりんの人生も、ちょっとした転機ってことでしょう。これから、ちきりんは、どこに住んで、どんな仕事をして、どんな生活を送るのか。何を愛して、何を楽しいと思う生活を始めていくのか。予想がつかないことが、楽しみです。

「来年はこーゆー生活、5年後はこーゆー生活」って見えちゃうのは、ちきりんは好きではないのです。そういう安定した生活が好きな人もいますが、ちきりんは全く反対です。混沌と不確実性と不可視性が、大好き。その方が楽しい。その方がわくわくする。



来年も良い年になりますように。

ちきりんにとって、皆様にとって。

みなさん、よいお年を

2005-12-28 自分を守る能力

何かよい結果が出たとき、

(1) 「運がよかった!」と思う人と

(2) 「オレはすごい!」と思う人がいます。


反対に、何らかの悪い結果が出たときに、

(1) 「運が悪かった」もしくは、「あいつのせいだ」と思う人と

(2) 「自分のせいだ。自分が悪かったんだ・・」と思う人がいます。


いずれも(1)の人は、その結果を引き起こした原因が「自分の外」「自分以外のもの」にあると考えており、反対に(2)の人は、理由や原因は自分の中にあると考えます。

中には、よい結果の場合には「自分がすごい」と内に理由を求めるのに、悪い結果の場合には「あいつのせいだ」と考えて、「自己中」と誹られる人もいます。

反対に、よい結果の場合には「○○さんのおかげ」と考え、悪い結果の場合に「オレはもうダメだ!」と落ち込み、「謙虚すぎる。もっと自分に自信をもつべき」と言われる人もいるでしょう。

いい結果がでた時、もしくは悪い結果がでた時に、自分がどういった考えをする傾向にあるか、あらかじめ理解しておけば、状況を客観的に理解できます。また自分の周囲の人に関しても、それぞれの時にどういった反応をする人なのかを事前に知っておくと、無用な軋轢が避けられます。


★★★


小中学生時代、算数の問題を自分で解いた後、巻末の解答ページを見て答え合わせをしますよね。つきあわせた答えが異なっていたら、「99.99999%、自分が出した答えが間違っている」わけですが、中には「巻末に書いてある答えが間違っている!」と考える人もいます。

俄には信じがたいかもいれませんが、こういう人は実在するんです。

なぜ実在すると断言できるかというと・・・昔、ちきりん家には、こういう人が5人もいたからです。



そこまで図々しくなくても、なにかに失敗した時に、「なぜ?」という言葉が頭に浮かぶ人は少なくないでしょう。

この場合の「なぜ?」という言葉には、ふたつの意味があります。ひとつは純粋に失敗の理由を知りたいという意味ですが、もうひとつは、「自分はちゃんとやったのに、なぜ結果がよくないの?」という不満がこもった疑問です。

実際には「自分がちゃんとやってなかったから」失敗しただけなのですが、人は無意識に自分をかばいます。「自分の努力は報われて当然」という気持ちが「なぜ?」を呼ぶのです。


レシピ通りに料理を作ったのに、食べた人に褒めてもらえない場合も、外責的な人は「選んだレシピがダメだった」と思うか、「あの人(食べた人)は、あまり味覚が鋭くないよね」などと考えます。

実際には「あんたの料理が下手なだけ」という場合が大半ですが、自分ではそうは思いません。外責的な人の「自分をかばう力」は、なかなか侮れない、かなりすごい能力なのです。

そして、こういった能力こそが、まさに「自分を守る能力」だとも言えます。もともとのレシピがイマイチだったのに、美味しくない料理を目の前に「私は何をやっても巧くいかない人間だ。本当に私はダメだ」などと落ち込んでいたら、とてもつらいですよね。

仕事でも同様で、なかなか結果がでない時、すべてを自分のせいにしていたら、自分で自分を痛めつけてしまいます。

あまり思い詰めず、「自分を守る能力」を身につけるという意味でも、「結果の善し悪しの原因は、自分の中にも外にもあり得るのだ」と、日頃から意識しておくとよいでしょう。


んではまた!

2005-12-27 郵便局と市役所

よく言われるのが、

「おばーちゃんは、郵便局には行ったことあるけど、銀行には行ったことない」

「お母さんは、銀行には行ったことあるけど、証券会社には行ったことない」

「娘は証券会社には行くけど、ネットでは取引しない」

「孫娘は、ネットでやりとりしていて、どこの店舗にも行ったことない」


世代によって、使っている金融機関が全然違う。世代交代が進むと、それぞれの機関も栄枯盛衰で入れ替わります。ちきりんも、郵便局はおろか、銀行さえ最近はほとんど行かないです。ネットで全部済むし、そもそもちきりんは「給与振り込み銀行がコンビニ銀行」なんで。


ですが、今日は代理で郵便局にいく用があって、待ち時間があって、そしたら、郵便局のお兄さんが、「待ち時間の間に、ご説明させて頂いていいですか?」と言う。

あっ、営業ですね。どーぞどーぞ。」とちきりん。暇だったしね。

で、簡易保険の営業説明を聞いて参りました。どんな営業するのか、ちょっと関心あったし。結果としては、かなーり、おもしろかったよ。


まずは・・・「300万円最初に預けていただくと、合計348万円が返ってきます。」と。

おおっ!そこから来たか!

って感じです。保険の説明なのに、いきなり「300万円→348万円」ですって変じゃない?でも、確かにキャッチとしては、かなり効果的。

ただし、300万が48万円増えるのに、45年かかることは、もちろん説明しません。45年後ってのは・・30才で入ると75才ね。遠っ。

ちきりんの中の“意地悪ちきりん”が頭の中で、「何年で48万円増えるんですか?って聞けば?」ってささやくけど、最初から話の腰をおりたくないので、とりあえず「へえ〜」って、リアクションしときました。


その後いろいろ説明しつつ、「この商品ひとつで、貯蓄と保険と年金と葬式代の積み立てができるんです。」「ひとつで全部の役割なんです!」って。

なるほど〜。


意地悪ちきりんが心の中でつぶやく。「個別の利回りと予定利率聞いたら?」

よい子のちきりんが(同じく心の中で)答える。「一生懸命やってるんだから、んなこと、もーいいでしょ。どうせ入らないのに。」

意地悪ちきりん「厳しい客に鍛えられてこそ、営業ってのは成長するもんなんだよ!」

よい子のちきりん「どーせ、こんな客はターゲットじゃないのよ、ゆーびん局は!」

結局、実際のちきりんのリアクションは、「そうですか。すごいですね」


その後の会話は、

〒 「ちょっと試算してみましょうか?」

ち 「えっ、いや、忙しいんでいいです。」

〒 「いや、待ち時間の間に終わりますから」

ち 「えっ、どうしよう」

〒 「すぐですよ」

ち 「年の瀬のお忙しい時に、申し訳ないですから」 (←わけわかんなくなってる・・)


〒 「こちらに記入を」 (←かなり強引)

ち 「あの・・・入院保険だけとか、医療保険だけの、ないんですか?」

〒 「いや、うちはそれはないんです。」

ち 「民営化したら、そういうのも始まるのかしら?」 (←攻めに転じるちきりん!!

〒 「先のことはわからないですから・・・」 (←ちょっと暗い表情を見せる)

ち 「大変ですよねえ・・」 (←たたみかける)

〒 「ええ・・」 (←戦意消失)


というわけで、「試算」に持ち込まれずに無事帰ってきたちきりんでありました。


でもまあ、営業としてはなかなかお上手でしたよ。よく「郵便局なんて民営化しても、民間に勝てない」という人がいるけど、ちきりんとしては、そーでもないんでないかな、と思いました。だいたい日本では、お金の8割は60歳以上の人が持っているわけで、そういう人への営業なら、民間より上手なんじゃないかな。

「貯蓄と保険と年金と葬式の準備がこれひとつ!」とか言われると、ちょっとクラッとくるかもよ。

よくわかんないけど。


ただし、営業トークの合間に「これからは年金も当てになりませんからね」と言われたのには、よい子のちきりんでさえ、ちょっとつっこんでしまいました。心の中でね。「誰のせーやねん!」と。

★★★

実は、今日は市役所も行ってきた。しかも福祉課という縁薄いところに行ったので、かなりレトロな体験ができました。ああいう課の人は、基本的にお年寄り等のお相手をされているので、すんごいかみ砕いた説明をしてくださいます。あまりにも噛み下されていて意味不明な感じです。聞いててよくわかんない。まあ、ちきりんも70歳くらいになったら、ああいう説明がわかりやすくなるんだと思うけど。


となりの席に、(知らない人ですが)おばあちゃんが手続きに来ていて、それを見ているとね。


市役所 「ここに名前書いてね〜」

おばあちゃん 「ここですね」

市 「次はここに判子おしてね〜」

お 「はあ、ここね」

市 「あと、こっちにも判子ねえ」

お 「ああ、こっちもね」

お 「ええっと、ここですかね」

市 「あっ、こっちですね。押してあげますよ。」

お 「ああ、すみませんね」

市 「さあこれで、全部大丈夫ですからね〜。」

お 「ああ、終わりですね」


って感じです。まあ、客観的な言動については、悪徳リフォーム屋さんとか布団の訪問販売員と、ほぼ同じですね。


とうわけで、市役所行ってみたり、郵便局行ってみたり、ちょっと「新しい体験」を楽しんだ一日でありました。

んではまた〜

2005-12-21 言葉遊び

算数と数学の違い:ちきりんが理解できてる範囲が算数。理解できてないのが数学。


論理と屁理屈:自分の主張が論理。他人の主張が屁理屈。


理由と言い訳:聞かれなければ言わないことが理由。聞かれてないのに言わないと気が済まないのが言い訳。


自信と虚勢:何も考えてない人が持つのが自信。考えすぎちゃう人がとる態度が虚勢。


差別と区別:悲しいのが差別。悔しいのが区別。


★★★


事実と真実:どーでもいいことが事実。結構大事なことが真実。

もしくは

証明できる正しいことが事実。証明できない正しいことが真実。


嫌いな人に好かれるのがセクハラ。好きな人に好かれるのがレンアイ。


根気と根性:結果を出せる人がもっているのが根気。結果を出せない人が持っているのが根性。


★★★


権力と権限:つかみ取るのが権力。与えられるのが権限。


家族と家庭:大事だと思うのが家族。めんどくせーなと思うのが家庭。


人生と生活:余裕のある時に考えるのが人生。余裕のない時に考えるのが生活。


欲望と欲:欲しいモノを手に入れたいと思うのが欲望。要らないモノも手に入れたいと思うのが欲。


孤独と孤高:皆に同情されたい人がうったえるのが孤独。皆に賞賛されたい人がうったえるのが孤高。


時代と世代:いつのまにか過ぎ去るのが時代。いつまでもつきまとうのが世代。


★★★


「いい人」と「いい男」:部屋に来てもらった時、パソコンのセットアップをしてくれる人が「いい人」、部屋に来てもらった時、パソコンのセットアップしてあげるよと言われても、「そんなことしなくていいのに〜」と思えるのが「いい男」


「いい人」と「いい女」:どうでもいい場合が「いい人」、どうにかしたい場合が「いい女」。


★★★


生活費と生活力:お金が生活費。体力が生活力。(←まんま・・)


無知と無能:自分で認められるのが無知。自分では決して認めたくないのが無能。


結婚前が「ディナー」。結婚後が「メシ」。


自分でも言えるのが“負け組”。自分では決して言いたくないのが“行き遅れ”。


余暇と休暇:疲れるのが余暇。疲れをとるのが休暇。


★★★


才能と適性:本当の理由が才能。理由として使われるのが(使いたくなるのが)適性。


努力と才能:才能のない人が信じるのが努力。努力できない人が信じるのが才能。


ターゲットと目標:黙って狙うのがターゲット。紙に書いて壁に貼るのが目標。


“ちょっとだけ”自分に自信のない人が取りたがるのが資格。“ホントに、心から、全然”自分に自信のない人が、取ろうと思わないのも資格。


★★★


結婚指輪:一刻も早くつけたがっているのがモテ“ない”人。隙あらばはずしたがっているのがモテ“たい”人。


知りたくないかもしれないが、知っておいた方がいいのが夫の浮気。知りたいかもしれないが、知らない方がいいのが、妻の浮気。


「俺の子供はすごい!」と思うのは親バカ。「俺がすごいからだな」、とまで思うのは、単なるバカ。


やたらと自分の夢を語る人は「挫折前」。やたらと他人に夢を語れと言う人は「挫折後」。


★★★


「オレは努力でここまで来たのだ!」と言っているのは、運のいい人。「オレは運が悪かっただけだ」と思っているのは、努力してない人。


神を信じるのは、人が信じられない人。人を信じるのは、神が信じられない人。


お金を貯めているのは、お金持ちでない人。お金を貯める必要がないのがお金持ち。


★★★


誠実に見える人は誠実な人。誠実だと言い張る人は(大半が)不誠実な人。


「愛さえあれば!」と言うのは貧乏人。「愛だけでは生きていけない」とか言うのも貧乏人。(お金持ちは、愛とお金に関係性があるような語り方はしない)


仕事量の3倍の人数がいるのがお役所。人数の3倍の仕事量があるのが零細企業。


儲かっていることを隠したいのが中小企業。儲かってないことを隠したいのが大企業。


「忙しくて忙しくて・・・」と言うのはAさんに誘われた時。「ぜんぜん、忙しくないよ!」と言うのはBさんに誘われた時。


★★★


オレにはこの女しかいない!と思うのは錯覚。これくらいの女はいくらでもいる、と思うのは幻想。


(女性の視点版) 「この人には私が必要なんだ!」と思うのは幻想。「私はこの人がいないと生きていけない。」と思うのは錯覚。


なんとか入りたいと思うのが入社前。なんとか辞めたいと思うのが入社後。


男なんてちょろい、と思うのが結婚前。ちょろい男には、それなりの価値しかないとわかるのが結婚後。


生活費を出してくれるのが、血のつながるパパ。生活費以外を出してくれるのが、血のつながらないパパ。


「僕辞めます」というのは辞めて欲しくない人。「僕、絶対辞めません!」というのは、辞めて欲しい人。


妻が太るのは、ぐうたらしているせい。オレが太るのは、仕事のストレスのせい。


★★★


「よくこんな長いブログを毎日書いてるよな〜」と思っているのが皆さん。「よくこんな長いブログを毎日読んでるよな〜」と思っているのが、ちきりん。


「ちきりんって、いったいどんな奴なんだ?」と思っているのが皆さん。「読んでる人って、いったいどんな人なんだ??」と思っているのが、ちきりん。



日々是御精読 謝々!

2005-12-20 コミ成比率

AさんとBさんという二人の人がいる時に、「Aさんの発言をBさんは常に誤解なく理解し、その逆もまた同じ」という状態を「コミニケーション成立比率100%」と定義したとしましょう。

“理解する”というのは“同意する”という意味ではなく、“わかる”という意味です。「自分は異なる意見をもっている」場合でも、相手の言い分が理解できれば、コミニケーションの第一歩は成立しています。

また、単語や用語がわからない場合にその意味を聞き返すのも問題ありません。用語を説明して貰えば、コミニケーションは成立します。

★★★

さて、皆さんには“常にお互いの発言を誤解なく理解できる”「コミニケーション成立比率100%」の人は何人いますか?親子、友人、恋人、配偶者、同僚や上司部下などにそういう人は多数存在するでしょうか。


コミニケーション成立比率で人をグループに分けてみるとこんな感じになります。

(1)90%以上

日常会話、業務上の会話に加え、感情や感覚の説明でも、ほぼストレスフリーでコミニケーションが成立する。擬態語、擬声語の意味の捉え方も、受信者の理解は発信者の意図と極めて近い。前提を省略した会話も問題なく成り立つ。


(2)70%以上−90%未満

日常会話の他、業務を適切、効率的に協業する上で、ストレスを感じない。ただし、感情、感覚の説明、擬態語、擬声語を用いたコミニケーション、前提を省略した会話については、時に誤解が生じる。


(3)50以上−70%未満

日常会話には問題はないが、共に仕事をするにはお互いに注意深いコミニケーションが必要。業務の場合は、話すだけではなく文章化や図解による確認が役に立つし、時には必要となる。


(4)30以上−50%未満

日常会話は成り立つが、仕事や議論では、相手の言っていることを理解するのに時間と手間がかかり、(お互いに)フラストレーションを感じる。互いの感覚の違いから、頻繁にコミニケーションミスが生じる。


(5)20%以上−30%未満

日常会話においても、様々な誤解が頻繁に生じる。


(6)20%未満

相手の言っていることが理解できないことが多い。自分の言いたいことも伝わっていないように感じる。思考構造が違うと感じる。

★★★

時々、営業員がお客さんに対して、あたかも「私は、お客様とのコミにケーション成立比率がとても高いんですよ!」と振る舞っているのを目にします。一種の営業テクニックですね。合コンでもよく見ます。端から見る限り「全然コミュニケーションが成り立ってないよね」と思えるのですが、本人は必死で「すごく理解し合えている感じ」を醸成しようとしています。こういうことが起こるのは、“わかりあえることは望ましいこと”と捉えられているからですよね。

ではこの比率が高ければ高いほどいいのかと言うと、実はそうでもないのです。ちきりんも大学の頃、とてもこの比率が高い人と出会いましたが、その人と話すといつも居心地の悪い思いがしました。

長年連れ添った夫婦や血を分けた親子ならともかく、初対面に近い人が自分のちょっとした発言にも“その意味”を正確に読み取ってしまうのは、心の内まで見透かされている気分になるものです。結局彼とは何回か朝方まで飲みながら話をした後、疎遠になってしまいました。

友人にしてもレンアイ相手にしても、必ずしもコミニケーション成立比率は最初から高い方がいいわけではないのです。わからないものをわかろうとするプロセス、コミニケーションの成立比率を高めていくプロセスこそ、人間関係を創るという一番楽しい部分だから、そこを飛ばしてわかり合えるとむしろ“気持ち悪い”となるのでしょう。

★★★

ところで、否応なく関係をもたなければならない人なのに、この比率がずいぶん低い場合はどうすればよいのでしょう。

世間には、洋服やアクセサリーを共有し二人で頻繁に旅行する“仲良しの母娘”も存在します。そういう場合、二人の間のコミニケーション成立比率は極めて高く、おそらく“お父さんへの思い”のような微妙な感情まで、母娘で共有できているのでしょう。

反対に、関係が近しいからこそ、つまり、親なのに子供なのに全く理解できないというのはとてもつらいですよね。

もうひとつ、上司とのコミニケーションが成り立ちにくいケースもとても不幸だし、それが理由で転職する人もいるのではないでしょうか。

ちきりんも何回か、コミニケーション成立比率20%未満な上司と働いたことがありますますが、とてもつらかったし苦労しました。ずいぶんひどい評価をされて「首になるかも」と思ったこともあります。


そういった経験を通して学んだのは、「世の中にはコミニケーション成立比率が低く、普通に話していてもわかり合えない人がいる」ということです。

「人間同士、話せばわかりあえる」と思うからつらいのであって、「話の通じない人も一定比率でいる」と思えば気が楽になります。考えようによっては「今日は3割も話が通じてるなあ!」と喜べるかもしれません。

時には開き直って、「すみません。私にはあなたの言っていることが、全然わからないのです」と言ってみてもいいし、「あなたも、私の言ってることがわかりにくいんですよね?」と聞いてみてもいいかもしれません。

「理解しにくい相手」の存在を認めた上で、そこからお互いに工夫すればいいのです。コミニケーション成立比率が低い人と理解し合う第一歩は、「お互い理解しにくいですよね」と認識することなのです。

親子の場合も全く同じで、「親子だから話さなくてもわかってもらえるはず」と思うから、理解し合えないことに余計にフラストレーションが溜まります。けれど、親子であっても「自分とこの人はコミニケーションの成立比率が低いのだ」と認識すれば、なんらかの工夫ができそうに思いませんか?

★★★

また、あえてコミニケーション成立比率の低い人達とつきあうと、視野や世界が拡がるというメリットがあります。

ちきりんは社会派ですが、一時期“芸術家系”の人達とつきあっていた時があります。彼等の生き方とか考え方はちきりんのそれとは全く違う次元のもので、お互いにわかりあうということは余りなかったと思います。コミニケーション成立比率はとても低かったでしょう。

でも彼等とつきあっていた数年間は、ちきりんにとってとても貴重な期間でした。なぜなら、人は普通にしていると「自分とコミニケーション成立比率が高い人たち」を選別してその人達とばかりすごすことになるのです。友達も少しずつ(お互いに)選別されていくし、仕事だってこの比率が高い人の多い会社を選びますよね。でも、そうしていると世界はどんどん狭くなります。


コミニケーション成立比率が低いというのは、“世界観が違う”ということです。“常識とか考え方のベースが違う”とも言えます。そういう人とつきあうことで、今まで知らなかった違う世界をのぞくことができ、思ってもいなかった体験ができることがあります。

また、コミニケーション成立比率の高い仲間とだけつきあっていると、自分が理解できない人や、自分の言うことを理解しない人にたいして、「あいつは頭が悪い」とか「理解力がない」、もしくは「わけのわからんやつだ」と切り捨ててしまいかねません。

そんなことをしていたら余計世界が狭くなります。未知の世界との扉を閉じてしまうのはもったいないことです。


というわけで、周りの人と自分の「コミニケーション成立比率」を意識的に考え、比率が低い人とは“どんな工夫をすればよいか”と考えてみてはいかがでしょう。また敢えて、その比率が低い人の世界に、時々は自分から足を踏み入れてみて“違う世界”を体験してみるのもよいかもしれません。

ではでは

2005-12-18 市場創造

私自身は、すでに(ごく少数の例外を除き)年賀状は出していません。

理由は「国家独占企業体によって作られた市場だから」というのが大きいです。国家詐欺とまではいいませんが、これも一種の税金みたいなもんだよね、と思えて、出す気になれません。

この「年賀状ビジネス」ってのは、お歳暮、お中元、バレンタインのチョコなどと並び立つ、巨大なる「作られた市場」です。

こういう「どーでもいいこと」を国民的慣行にまで昇華し、定着させると、毎年巨額のお金が動きます。年賀状制度を定着させた人は、郵便局の最大の功労者でしょう。


現在の年賀状の発行枚数は約 44億枚。単純割りすると、国民一人あたり 40枚となります。ただし実際には、企業が出す営業挨拶用の年賀状が相当数を占めてます。

それにしても官製葉書分だけのカウントで 44億枚 × 50円= 2200億円ですから、大きいですよねえ。民間企業(ヤマト運輸)には決して“郵便事業”を開放したくない。絶対に独占するぞ! と必死になるのもよく分かります。


「新たな慣習」を作って定着させ、大規模なマーケットを創造すると、雇用が生まれ、税金が納められます。GDPってのは、そういう「要らんだろ?」みたいな慣習によって大きくなるわけです。

ただしバブル崩壊以降、このあたりの「実は不要な市場」=年末に企業が配るカレンダーとかも、どんどん小さくはなってます。


そんな中、年賀状ビジネスがここまで人を熱狂させる鍵は、「1月1日の一斉配達」にあると思います。これがなければ、こんなに皆が夢中になることはなかったでしょう。いったい誰が考えついたのかな。

と思って調べてみたら、この制度が始まったのは明治 32年なんだって・・ただし、日中戦争の始まった年から 8年間はストップしてます。

そんな古いとは知らなかったので驚きました。ちなみに、明治 32年以前にも、細々と年賀状の制度はあったらしいです。当時は貴族とか、そういう人の慣習だったらしい。


最近は年賀状もどんどん減ってます。メールですませる人も多くなり、出さない人も増え、社内年賀状を禁止する会社もでてきたからね。それでもまだまだドデカイ市場です。

バレンタインのチョコレート販売額は 500億円ちょいらしいから、年賀状に比べたら全然です。やっぱバレンタインチョコは参加セグメントが限定的で、お年寄りが参加しないからでしょう。

お歳暮・お中元は?と思って調べようとしましたが、データは存在しますが(無料では)見つけられませんでした。


まあとにかく、GDPをのばすにはこういう「なんのためにあるの?」みたいな慣習で、日本中が熱狂するような何かを考え出して定着させればいいんだな〜ってことです。こういうのをまさに、“市場創造”と呼ぶのでしょう。


ではまた明日!

2005-12-14 一枚の葉書から〜

ちきりんは、いつ社会派になったのか? このことについては明確な記憶があります。それは6才の時でした。

自宅の郵便受けに届いた一枚の葉書を母が見せてくれたのです。「ちきりん、来年の4月から小学校に行きなさい、って市役所から葉書が来ているよ」って。

今もそーなのかどーか知りませんが、当時、私の住んでいた町では、義務教育年齢に到達した子供のいる家にそういうお知らせ葉書が届けられていたのでした。


そしてそれは、私にとってまさに“衝撃”でした。


なんで?


なんで、市役所が、「ここに、ちきりんという子がいて」「その子がもうすぐ6才になると知っているの???」と。

すんごい、不思議だと思いませんか?

自分が6才になることを、親が知っているのは当たり前、おばあちゃん、おじいちゃんもそれを知っていてランドセルを買ってくれる、これもあたりまえ、自然なこと。


でも、でも、でもよ。

「なんで、市役所がちきりんのこと知ってるの???」

「それって誰?」

「市役所って誰?」


私はこの件で1週間くらい母を追いかけ回して質問し続けており、母は最初こそ説明してくれていたものの、そのうち「いーかげん、ややこしい子やな」という感じになってました。私はそれほどひつこく質問していたし、それほど、大きな驚きを感じていたのでありました。

★★★

ちきりん「なんで、市役所が知ってるの?」

母「あんたが生まれた時に、市役所に届けたからよ」


ち「なんで届けたの?」

母「届けることに決まっているのよ」


ち「なんで、決まっているの?」

母「法律があるのよ」


ち「法律って何?」

母「みんなが守る国のルールよ」


ち「なんで、そんな法律があるの?」

母「どこに何人子供がいるか、わかんないと困るでしょ」(うざい子供だな、我が子ながら・・)


ち「なんで困るの?」

母「あっち行きなさい!ママは忙しいのよ」


★★★


翌日の朝


ち「ねえねえ、市役所は、ちきりんが6才になったのを、ちゃんと数えていたの?」

母「早くご飯食べなさい」


★★★


その日の昼


ち「ねえねえ、市役所って誰?」

母「パパが働いてるとこよ」

ち「パパが働いてるから、ちきりんが6才になったのを知ってるの?」

母「そのセーターほつれてるから脱ぎなさい。直してあげる」


★★★


その日の夜


ち「ねえ、ねえ、ちきりんが生まれた時、なんて届けたの?」

母「ちきりんが生まれました。女です。って届けた。」


ち「それだけ?」

母「それだけ」


ち「次はいつ届けるの?」

母「ん・・・・死んだ時」


ち「誰が届けるの?」

母「・・・自分で届けなさい。」


「えっ?」

母「歯磨きしたの??」



こんな感じです。

ほんと不思議でした。なんで、市役所ってところが、どこでなんて名前の子供が生まれたなんてことを知っている必要があるのか、皆がそんなルールをちゃんと守っているのは何故なのか、

しかも生まれてから何年もたってから「学校行きなさい」と言ってくるのか。誰が、6年間もの期間、それを数えているのか。なんのために?

これが、ちきりんが「社会」ってものに関心をもったきっかけであり、大学で法学部に進んだのも、これがスタート地点になっています。「世の中は法律で動いている」・・そう思わされたのが、市役所からの一枚の葉書であったわけです。


小さい頃の経験って、大きい。

★★★

しかし・・・その後、ちきりんの考えは大きく変わります。「世の中、法律なんかで動いてないな。嘘っぱちだな」

小学校高学年くらいの時、毎日1時間もかけて新聞を読んでいた「プチ社会派ちきりん」は、世の中の欺瞞に気がつき始めます。新聞の書いていることはきれいごとばかり。現実に大きな問題になっていることでも、ややこしい問題には一切触れていない。

紙面で男女同権をうたいながら、女性記者なんて全然いない。他にも多くの、身近に存在するいろんな問題を、新聞は全く無視してる。書きたいことだけ書いている。書けることだけ書いている。書くべき事を書いているわけじゃない。・・・「世の中は嘘が多い」「法律なんて守られてないじゃん」「法律なんて守られてないなら・・・」



じゃあさ、世の中は何で動いているの?


大学生になった頃、その答えが見えてきました。

世の中は・・・「金で動いている!」


世はバブル。ものすごい大きな動きを感じました。どんどん町並みが変わり、信じられないような高額で(中身のない)消費が行われ、たかだか学生の分際でパリだのNYだのに出かけてしまえる。「なんじゃ、この世の中は?」と思いました。

「マンション買ってあげるよ」とこともなげに言うおじさまが現れる。(買ってもらっておけばよかった・・)ちょっとお酒をつぐだけで一万円札のチップがもらえる。



まじ???

まじ、まじ、まじ?



世の中は、すごく簡単で単純で、すべてがお金で回っていると思えました。


そして・・・ちきりんは金融業界に就職するのでありました。

★★★

長くなるから終わりにしますが、「市役所の葉書→法学部へ進学」「バブルのおじさま→金融業界へ就職」という、かなりシンプルかつ明確なきっかけによって、ちきりんの最初の20年の人生は規定されていたのでありました。

後半の人生は、またそのうち。


でもこれって、皆同じだと思う。

ちきりんにはキモいとしか思えなかったカエルの解剖に感動した子が医者になっているのかもしれないし、星は何個あるの?とか思った子が、宇宙物理学科に進んだのかもしれない。先生が大好きだったから、と、先生になった人も多そうだ。なんらかきっかけがあり、それぞれの人生が始まる。


人生、いろいろ


また明日


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2005-12-12 JRよ、お前はカード屋か?

JRの切符が一般のクレジットカードで買えるようになったのって結構つい最近ですよね。数年前かな。今はVISAやマスターカードなど、主要カードで購入可能です。

あれで圧倒的に便利になりました。

てか、なんでこんなことに、そんな時間かかるの??


かなり長い間、JRの切符売り場は現金しか受け付けていませんでした。

東京大阪間を新幹線で往復するだけで 2万円を超える。そんな料金を設定しながら現金のみでの販売・・・こんな遅いタイミングまでカードで払えなかったなんて、正直、信じられません。


長野オリンピックの開催にあわせて長野新幹線が建設されましたが、その長野駅の切符売り場では、「カードが使える切符売り場の窓口」が一カ所しかなく、「普通、カードで買うだろ?」という「外人さん」がずら〜あ〜と列をなしていました。

その横で、「JRでカードが使えないのは常識あるよ」とわかってる日本人が、すっすと現金を払って切符を買っていく。

長野オリンピックは、「新幹線はあるけど、クレジットカードが使えない先進国・ニッポン」を強く海外にアピールしたオリンピックだったんです。


しかも最初にJRが「カードで切符が買えます」と言い始めた時、使えるカードはなんと一種類だけだったんです。

数年間もの間、その一種類のカードでのみJRの切符が買えるとという状態が続きました。なんとビザもマスターカードも使えない。

そのカードとはご存じ(??)「VIEWカード」、JRが発行するカードです。


まじ? 外人さんとかどーするわけ?


JRはオレンジカードもスイカもそうなのだけど、絶対に「他社共通カード」システムに乗らない。常に「独自カード」「自分だけカード」を作ります。

しかーも、各地の J R 各社はそれぞれにカードを出しています。J R 東海は J R 東日本のカードを使いたがらないし、反対もまた同じ。

今度は J R 東海が新たに「エクスプレスカード」というのを発行し始めました。

このカードでのみ、「新幹線の予約がネットと携帯でできる。割引もある。マイレッジも貯まる」・・・とても便利だけど、決済にはこのカードしか使えないという。


自分の強い立場を利用してカードホルダーの囲い込みをするのは、マーケティング上の常套手段ですが、J R の“強い立場”は、その昔、彼等が国鉄として独占企業であったからこそ築けたものだし、そのインフラはほぼすべて税金で整備されているんです。

その地位を利用して、カードという金融分野でも特権的な振る舞いをするのは問題があると思いません?


ちなみにエクスプレスカードは、飛行機会社のマイレッジカードの真似です。

鉄道がようやくマイレッジという概念を入れようとしているのは評価できる。でもまたもや新たなカード出す必要があるんでしょうか? 

スイカでいいじゃん? ビューカードでいいじゃん? もっと言えば、普通のクレジットカードでいいじゃん? 


システム屋に賄賂でも貰ってる?? (カードシステムを作るには、多額の投資が必要です。それらはNTTデータとかIBMとか富士通とか、システム屋さんに流れます)

いくら分割されたとはいえ、J R 他社が共通のカードを相乗りして使わないなんて、どういう理屈なんでしょう?


この会社ってほんと「利用者の利便性」を全く優先的には考えない会社なんだよなあ、と痛感します。


JRは確かに民営化しました。だけど母体の国鉄が作った借金は、彼等が全額返したわけではなく税金が穴埋めしたんじゃなかったけ?

今わざわざまた新しいカードを発行して、専用端末を発注して、多額のシステム構築費を払って、既に十分に普及している一般のクレジットカードが使えないようなシステムに作り上げる必要はないのでは?


ちっとは考えてほしいよね。


ではね


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2005-12-10 法治国家。なのか。

公権力、国家権力って怖いんだな、と思ったニュースがいくつか続いたので、書いときます。


最初は「自衛隊宿舎で反戦ビラをまいた市民団体活動家が住居侵入罪で有罪になった」というニュース。

「住居侵入罪」と聞くと忍び込んだとか、鍵を壊して押し入ったと思うかもしれませんが、そーではありません。団地ポストにビラを投函した、もしくは各戸の郵便受け、新聞受けにビラを入れたという話です。

東京のマンションにも山ほどチラシが入りますよね。新聞の折り込みチラシや郵送ダイレクトメールではなく、投げ込み屋というアルバイトの人が配ってるもの、厳密にはあれも「住居侵入罪」です。

マンションの敷地に、多くの場合「居住者等以外入るな」という表示があるのに、入って配る。本当は同じ罪です。だけど普通、そういうことで逮捕されたり起訴されたりはしません。

ところが行為としては同じでも、ビラの内容がピンクチラシなら捕まらないけど、反戦ビラなら逮捕されます。配っている人がアルバイトなら捕まらないけど“市民団体の人”なら捕まる。一般マンションなら捕まらないけど、自衛隊の官舎なら警察の動き方は全く違う。

ひどい場合、目を付けられている左系団体の人は、ずっと尾行されていてどこかのマンションの玄関ホールに入ったところで、いきなり「住居侵入の現行犯で逮捕する!」とやられるわけです。


これ・・・「法治国家?」って感じがしますよね。本当はこういう「恣意的な国権発動」はあってはいけないのです。でも実際には、この国の国家権力は極めて恣意的に、独善的にその力を振るいます。

いったん警察に目を付けられたら最後、どこかのマンションの敷地に一歩はいると「住居侵入罪」、何かを予約したり応募する時に友達の住所や名前を使うと「私文書偽造罪」、どこかの壁に「反戦!」のポスターを貼ったりすると「器物損壊罪」となります。

不倫旅行で偽名で泊まる人や、フリーメールアドレスを仮名で取得する人、何かの応募用紙に適当な電話番号を書く人は、少なくないでしょう。こういう場合、警察はその人が“逮捕したい人”であれば逮捕するわけです。これは、法治国家ではありません。


★★★


別のニュース。

六本木のロシア人経営のバーが風営法違反で摘発されたというニュースがありました。その理由が笑えます。

「ダンスホールとしての許可を取っていないのに、客を店内で踊らせた」ということで風営法違反です。バーとして飲食店の許可はあるけど、客を踊らせてはいかん、ということです。

そんな店、やまほどあるだろ?って思いません?外人客の多いバーで、酔った客がフロアで踊るバー。そんなのここだけではないし、普通そんなもん摘発します??

ところが、このバーだけが摘発されます。

なんで?


このバーでは、一年前に、女子メダリストS選手が“店内でセックスした”公然猥褻の疑義、と、それをとがめた店員を蹴りつけたという暴行罪で、逮捕されています。

この事件で、本来すごい「金になる」ひとりのスポーツ選手の金銭価値、社会価値が大きく損なわれました。ゴルフや卓球、スケートやマラソン選手など女子スポーツ選手は、社会的・経済的価値が非常に大きいんです。でもこの選手をCMに使いたい会社はもうないし、当時のスポンサー企業(超大企業)も怒り心頭でしょう。

その現場となったこのバーが一年後、「酒場なんだから踊ったらダメ」という取るに足りない罪で摘発されたのです。なんだか「臭う」かんじだと思いませんか?


もうひとつ、大阪の中小のリフォーム屋が摘発されました。理由は、悪徳リフォーム屋であった、ということです。

おそらく、そのこと自体は事実なんでしょう。では、これは警察が私たち市民のために、日本に星の数ほどある悪徳リフォーム屋を片端から調べて摘発してくれた結果なのでしょうか?

ちきりんには、認知症の顧客が数千万円を取られるなど相当の被害がマスコミで報道されない限り、警察は多くの悪質リフォーム業者を野放しにしているように思えます。が、なぜこの会社は特に大きな被害報道もなかったのに突然摘発されたのでしょう?


この摘発の1年前、中国のホテルで、日本から社員旅行に行っていた団体が、集団でホテルに中国人女性を呼び売春しようとした、というニュースがありました。中国は最近これ系の犯罪にとても厳しく(おとり捜査もやってますから、皆さんご注意を)、ホテルも女性も斡旋業者も、みんな中国当局に一網打尽で逮捕されました。

しかし、客であった日本からの団体旅行客にはお咎めなしです。政治的にも法律的にも、中国当局が「日本からの観光客」をいきなり逮捕はできない。そんなことしたら、日本からの観光客がこなくなります。なので客であった日本人だけは無罪放免。


しかし、その裏には「それは日本の警察側でちゃんとやってね」という暗黙の了解があったと思われます。

とはいっても、日本側も「社員旅行で中国に行き、宴会にコンパニオンを呼んで、自分の部屋に誘った」件で、いきなり彼らを逮捕するわけにもいきません。罪の軽重ではなくテクニカルに「この事件での逮捕は難しい」のです。ただ、中国との暗黙の了解において、もしくは、国家のメンツにおいて?、なんらか、この会社を摘発する必要がある。


そうです。一年前に中国に団体旅行に行っていたのは、今回悪徳リフォーム業者として「詐欺罪」「訪問販売規制法」で摘発されたこの会社(の社員旅行)だったのです。


どう思います?


★★★


悪い奴はどんどん逮捕すればいい、とも思うけど、あまりに恣意的な臭いのする公権力の発動には、やっぱりちょっと疑問をもっているちきりんです。

反戦ビラだと逮捕される、同じ行為をしても「戦争大賛成!」のビラだったら逮捕されない。そういうことってあっていいのかしら?これじゃあ、戦前の「特高」そのものですよね。法律の恣意的な運用は、「いつ自分に矛先が向けられるかわからない」ものです。何かのきっかけで、一個人が公権力に目を付けられたら、逮捕も拘束も意のままだとしたら・・・


ちょっと怖いよな。

と思えるニュースでした。




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・追記で参考図書をご紹介。どの本も衝撃的です。


リクルート事件・江副浩正の真実

リクルート事件・江副浩正の真実

汚名-検察に人生を奪われた男の告白 (講談社+α文庫)

汚名-検察に人生を奪われた男の告白 (講談社+α文庫)

検察の大罪 裏金隠しが生んだ政権との黒い癒着

検察の大罪 裏金隠しが生んだ政権との黒い癒着

2005-12-09 「職業」欄

職業って案外よく記入を求められますよね。アンケートとか申込みとか。ネット上のサービスの申し込みでも「職業欄」はよく見ます。海外に行く時も入国カードでOccupationを書かされますよね。

「なんでこんなにイチイチ職業聞くの?」とは思うのだが、(無職って書いたって売ってくれるくせに、なんの意味があるの?と)それはまた別のトピックとして、今日は、「職業って聞かれて、皆はなんて書いているの?」がトピックです。

★★★

ちきりんは、日本語なら「会社員」、英語なら「employee」と書きます。一番一般的かな。もっと特定の職業を書く人もいるでしょうね。歌手、絵描き、作家、医師、弁護士、会計士、(学校の)先生とか。

イチローとか松井は、出入国の際なんて書いているのかな?「baseball player」とか書いているのかしら?かっこいいな。

吉永小百合さんは? 日本語だとたぶん「女優」、海外に行くときは、やっぱ「actress」って書いているのかな?かっこい〜。でも、「美人系」の人はいいけど、「演技派」の人は、職業actressって書いて入国審査を受ける時、「Really ?」とか聞かれたりもするかな。微妙だな。


アイドルコギャル系だって、写真撮影にグアムやハワイに行ってますよね。日本語で職業を書くときは「タレント」とか「アイドル」って書いていると思う。入国カードにはなんて書いているの?「talent」って書かれても通じないような。「idol」と言うのも今ひとつわけわかんない。

小堺一機さんとかだと、なんて書いているんだろう? 「comedian」??大山のぶよさんは?「ドラえもんの声担当」とか書いてる?

まあ、タレント、司会業的な人は逃げたければ「self-employed」って書けばいい。「自営業」ってやつですね。


自分の職業を「movie star」と書くのは、こっぱずかしいと思う。でも、恥さえなければ「big star」とか、わけわかんないこと書いてる人もいるかもしれない。

昔、島田「楊」子さんがまだ島田「陽」子さんだった頃、自分について報道する際には、必ず「国際派女優」という枕詞?を名前の前につけるようにマスコミに厳命した、と聞いた。彼女は、入国審査カードになんて書くのかな?

「international actress」

「global actress」

それとも

「celebrity」←んな、アホな。


郷ひろみあたりは、「職業=Hiromi GO!」とか書いていそうだし、三浦カズなんかも、「職業=Kaz!」と書いていてもちっとも不思議でない感じがする。長島茂雄さんあたりだと「職業=Mr.Giants」とか書いていても許せそうだ。

★★★

お金持ち奥様系の雑誌に、様々な職業の奥様が登場する。例えば、

「テーブル・コーディネーター」とか

「ティー・アドバイザー」(←紅茶に詳しい人らしい)とか、

「イングリッシュ・ガーデン研究家」とか。

もっとすごいのは、「ライフスタイル・アドバイザー」とか。アドバイスしてして!って感じです。


そういうカタカナ優雅系職業につくためには、外交官とか商社マンの奥さんになって、数年をイギリスとかNYとかで過ごす必要があります。

こーゆー人たちは日本だと、そのまま書いていそうだね。でも外国の入国カードにはなんて書いているのかな?ちょっと知りたい感じ。入国カードで「lifestyle advisor」って書くって、すごいでしょ。もちろん国内で携帯電話買う時に「職業:ライフスタイル アドバイザー」って書くのも、かなり微妙な気はします。

もう少しカジュアルな雑誌だと、肩書が「収納アドバイザー」とか「節約アドバイザー」と言う人がよく出てきています。彼女たちは、海外に行く際や携帯電話を買う際は、なんて書いているんだろう。自営業かな、それとも「money saving advisor」とか書いてる?


職業欄に「専業主婦」と書く人がいて、厳密には「それは職業じゃないのでは?」と思うけど、「無職」ではなくそう書きたいという心持ちは支持したい。

前に団体旅行に参加した時に、あるおじさまが「occupation: retired」と書いていた。「定年退職者」ってこと。なるほど。でもね、それは職業じゃないと思いますよ。職業は「無職」でしょ?

でも気持ちはわかる。無職って書きたくない。俺様は「retired」なのだ!と。でも客観的に言うと無職ですよね。retiredってのは無職の理由でしょ。無職の理由を書いてもいいなら・・

「fired」(解雇された者)とか、「quit」(俺は、辞めたんだ、辞めさせられた者じゃないぞ)とか、「want to quit, but still employed」(辞めたいけど、まだ働いている)とか、いろいろありそうだ。

まあこういうダジャレは、イギリス入国の時とかには愉しんでもらえると思うけど、アメリカではやめた方がいい。あの国は今「テロとの戦い中」ですからね。からかってるといきなり捕まる可能性もある。

★★★

テレビなんかだと、「職業 フリーター」という表現は既に定着している。テレビで取材を受けている子が、「○○愛子ちゃん、21才、フリーター」ってテロップされてるのは珍しくない。

この人たちが海外に行くことがあるとすると、入国カードになんて書いているのかは、とても疑問。「freeter」では全く意味をなさない。「アルバイト」ってのも英語じゃないよね。英語だと「part time worker」なんだと思うけどそれで入国できるのかしら。

「ヲタク」は?そのうちメジャーになれば、英語でも「occupation: wotaku」とか書いて通じる時代がくるかもしれない。今なら「sushi chef」とか通じそうだし。


本の著者紹介欄だと、職業として「社会活動家」とか「思想家」という記載も見ますが、ああいう人が海外に行く時に「marxist」とか書くと、入国審査でモメそーだ。

ちきりん自身は、今まで職業に関しては「学生」ってのと「会社員」ってのしか書いたことないんだけどね、死ぬまでには「ブログ・ライター」とか「おちゃらけ社会派」とか、まあ、ちょっと変わった感じの職業名を書いてみたいな〜と思います。

ではまた!

2005-12-04 出張に持って行くモノ

ちきりんの出張の必需品を・・・

(1)片手桶

(2)顔スプレー、目薬

(3)爪切り

(4)チャック靴

(5)日本の携帯

(6)はぶらしと歯磨き

アメリカ報告を、と言われたが書くことがなくて困ったので、出張に持ってくものについて書いてお茶を濁すことにする。。

★★★

(1)の片手桶、これはホント必需品。出張だけでなく、個人で海外旅行をする時も必ず持って行きます。

やっぱさー、日本人にとってお風呂は命!一日の疲れはこれでとるのさ!と思うのに、どーもくつろげないよね、洋式バスって。で、かならず持って行くもの。それが「片手桶」です。プラスティック樹脂の軽いやつね。お風呂でかけ湯したりする時に使うやつです。これは超のつく必需品です。

なんでか?

アメリカのホテル(もっとひどいのは欧州のホテル)は、シャワーが固定式ってのが多いのよね。これって不便でないですか??足の下の方とかさ、おしりとかにお湯をかけるために・・・バスタブの中で、とても他人様には見せられないアクロバティックな姿勢を取らざるを得ない。なんだよ、これ!と思う。

片手桶があるとね、蛇口からでてくるお湯をくんでかけ湯的に使えます。これはまじ便利。

貧しい系の国に行った時には、トイレが流れないなんて時にも、雨漏りがする、なんて時にも便利です。一緒に旅行した人は、かならず「ちきりん、それ貸して!」と言います。一度使うと、次回から持って行きたくなる一品です。

洋式バスって、お湯があんまりためられないのも嫌いだ。肩までつかろうとすると、首だけひんまげた仰臥という、とてもくつろげない姿勢をとる必要がある。バスタブが長くて浅いからだ。やだね。

あとね、今回のホテルもそーなんだが、シャワーブースとバスタブが分離している。これはですね、洗うのはシャワーブース、お湯につかってリラックスするのがバスタブの方なのね。バスタブの方では、洗うことは前提とされていない。だから、バスタブの方にはシャワーカーテンもないし、時にはシャワーさえない。そして・・・シャワーブースとバスタブの位置が離れていたりする。2メートルくらい・・・(間に洗面室とかトイレとか)

いやさ〜、ぬくもって、それから洗って、それからまたぬくもりたいじゃん???どーしろっちゅうねん。

どーしてるかというと、バスタブで洗います。体も顔も髪も。そうすると片手桶は必須。あとね、バスカーテンがないから、お湯が床にとんでしまう。それをまた、極めてアクロバティックな様相で阻止しつつお風呂にはいる。

くつろげねーよ、ばーろー!!

である。

★★★

ところで、今日もそうなのだが、アメリカにくると朝お風呂はいるちきりんです。なんでか。これは、上のように必ずしも風呂入ってもくつろげない、というのもあるのだが、もうひとつは、空気が乾燥していて、夜にあんまり体が汚れている感じがしないからだ。日本だとべたべたして、あー洗い流したい!と思う。道路が舗装されていない国に行くと、もちろん夜にお湯を使うのだが、あれは気持ちよいね。水でも気持ちよい。やっぱ気候等にあわせた風呂事情なんだろう。

★★★

(2)顔スプレー、目薬

これは乾燥対策。飛行機もホテルも乾燥しているし、欧米は街も乾燥している。手も足もあれちゃいます。でも、こっちはボディローションがたいていホテルにある。というわけで、顔にお水がシュってできるスプレーと目薬は必須。すごい消費量です。仕事中眠くなると(時差でね)、顔にシュ目にピョイ、して眠気をごまかしたりもします。


(3)爪切り

本当ははさみが持って行きたい。なんらか「切る」という機能のものがほしい。ささくれちゃったのを切るとか、街で買った服のタグをはずすとかね。ただ、はさみは空港で没収されちゃうので(この国は)、代わりに爪切りを持ち歩くことにしました。


(4)チャック靴

これもアメリカ出張用。ヒモのついている靴は使えません。空港でしょっちゅう脱がされるんで、すぐ脱げる靴が必要。ちきりんの出張は寒い時が多いんで、たいていブーツなんですが、脱ぎやすいようにチャックのついたショートブーツです。


(5)日本の携帯

これ便利です。だって、常に日本の時間を示しているから。今回もですが、2都市訪れて、その間でも時差があるって国だから、日本の時間がわかんなくなる。携帯は時計として、あと、アドレス帳として便利。


(6)歯ぶらしと歯磨き

欧米のホテルはなんで歯ブラシを置かないんだろうね?不思議だわ。

持ってけないけど、ウオッシュレットってのは、日本だけなんだよね、普及してるの。欧米のホテルって超一流ホテルでもこんなのついてない。寧ろ、日本の次はアジアの国で普及するんだと思う。なんでかね。おしり洗う気持ちよさをアメリカ人に教えてあげたいぞ。

★★★

というわけです。他に書くことない

なんで書くことがないか。理由はふたつ。

(1)空港とホテルの往復なんで・・・なんも「アメリカ」感じません。

(2)思考するとハラたつことの多い国なので、あえて思考停止を選んでいる。



なんだかな

ではまた明日

2005-12-03 機会平等

耐震偽造事件で逮捕された建築士、姉歯さんの私生活があれこれと報じられています。

やたらとみすぼらしい自宅兼事務所の写真とともに「病気で奇怪な服装の奥さん」「ニートだかフリーターだかの二人の子供」、「実家を放り出したお兄さん」との対比として、

「工業高校出身、たたき上げで一級建築士になった孝行息子のサクセスストーリー」が報道され、ひとつのイメージが作り上げられつつある。

この人、不思議な人です。インタビューに応じる彼は、うつろな目で淡々とした語り口。まるで他人事のようなコメントをする。


それに比べると、マンション売り主であったヒューザーの小嶋社長は超わかりやすい。

以前は消火器のセールスで大金を儲け、銀座で豪遊していたらしい。確かに、いかにもそーゆー感じの人です。

この人が売っているというだけで、マンションだろうがイチゴだろうが胡散臭い、そう思わせるタイプ。


ところがおもしろいのは、この二人が同郷だということ。小嶋社長は古川高校、姉歯さんが古川工業高校と、いずれも宮城県の出身。ふたりとも高校卒業後、東京にでてきて生活基盤を作りました。

小嶋社長は、地元進学校における少数派の高卒就職組。

羽振りがよくなってから出席した高校の同窓会で、「全員分の会計をオレがもつ!」と豪語した話は、昔よくあった「東京に行って一旗あげる」感に溢れるエピソードです。


ちきりんは関西の中堅都市の出身で、前にも書いたけど、関西の人は「関西が世界の中心」と思っているから「東京にでて一旗揚げる」という憧れが少なく、寧ろ「なんで、そんなとこ行きたいん?」という感じです。

一方の東北地方は、「東京で勝負!」感の強いエリアなのでしょう。ふたりともレベルは違うけど、そーゆー意味では同じタイプの“成功者”だったのだと思います。


この「実は同じタイプの人生を歩んできた」ことが、二人がつながった理由の一つでしょう。小嶋さんは同郷の姉歯さんを、「もっと引き上げてやろう」と思ったたんじゃないかな。

彼なりのやり方=少々やばいことしても、「同窓会の会計を一人で払えるくらいの立場」にしてやろうと思っていたんでしょう。


二人とも東京では、すごく不利なところから出発しています。

地方の高卒という立場で、ひとりで出て来た東京近辺で自宅を構えるだけでも大変だったはず。大学の学費から東京での生活費まで親に出してもらえたちきりんには、想像もつきません。

そしてそういう人の道の前には、多種多様な「落とし穴」が仕掛けられています。その落とし穴にはまらずに一生を歩き終えるだけでも、大変な注意深さと忍耐が必要だったりする。


一方、親のお金で東京で大学を出ましたという別のグループは、最初から落とし穴の少ない道を、しかも、落とし穴に対する十分な教育を受けた上で歩いているんです。

姉歯さんは、地道にその落とし穴だらけの道を、苦労しながら歩いていました。

そこに小嶋社長が現れます。そして「落とし穴に他人をぶちこんででも、自分は落ちないで歩く方法」を彼に教えてくれました。姉歯さんはおそるおそる手を引かれて、同じ歩き方を始めてみたのです。

姉葉氏は1年前に、高級外車を含む車2台を手に入れています。そんなものが欲しかったかどうかはわかりません。

でもそこには、彼にも「自分と同じ成功」を与えてやろうという小嶋氏の心意気が見えます。事件が露見していなければ、姉歯氏も 10年後には「同窓会の会計はオレが払うよ」と言っていたかもしれません。

★★★


ちきりんが東北地方で、大学に子供をやる余裕のない家庭で生まれていたら、本当に今のような立場になっていたでしょうか? 個人の資質や努力なんてたかがしれています。

もちろん、スタート地点で恵まれていなくても「きちんとした人生」を送る人もたくさんいます。

だから、彼らはそれを言い訳にも免罪符にもできません。それでも私が「自分だったら」と考えた時、自信をもって「自分ならこんなことは絶対しない」とも言えません。


私は、姉歯さんよりは小嶋さんのタイプです。フィリピンのスラムに生まれていたら、迷わずジャパユキさんになったでしょう。一生をスラムでゴミを拾いながら暮らすなんて耐え難い。

日本に行って売春をして優雅な生活を手に入れたい、と思ったに違いありません。

そしてお金のために不特定多数の人に体を売り、お金の一部はヤクザにカツアゲされ、人間的な扱いも得られないまま人生を終えていたかもしれません。


小嶋さんのエピソードで興味深かったのは、マンションを売りはじめた時に「なんて売りやすい商品なんだ!」と思った、というコメントです。

普通の営業マンなら「マンションが売りやすい」とは思わないでしょう。ところが、消火器の営業などをやってきた小嶋さんにしてみると「売りやすくて笑っちゃう」商品だったのです。


消火器セールスって・・・かなり詐欺的な訪問販売ですからね。消防局の振りして消化器を原価の何十倍もの価格で売るってやつです。

「不要なものを、異常な利益率で売る」いわゆる壺系商品のセールスばかりをやってきた人にとって、初めて「必要なものを売る」という商売がマンション販売だったのでしょう。「圧倒的に売りやすい」のも当然です。


でも小嶋さんにとっては、この二つの商売には違いがありませんでした。

その二つを同一線上にあるビジネスだと考えたから、同一基準で比較して「マンションの方が、いい商売だ」と感じたのです。そして、同一線上にあるからこそ、同じやり方で売りまくったのです。

消火器もマンションも原価を下げ、「だまされる方が悪いのだ」と。

この人には「消火器訪問セールス」がまともな商売でない、という感覚はなかったでしょう。

だって、そういう商売しか選択肢のなかった人生において、「ああいう商売」と「普通の商売」を、異なる二つの商売だと知る機会はありません。


オレオレ詐欺を始め、壺売りだの消火器売りだの着物の展示会販売だの悪徳リフォームだの・・・こういうことやっている人も、基本は同じだろうと思います。

一部の元締めを除いて、大半の(これらのビジネスの)実行者には、「そういうビジネスが普通」なんでしょう。

そして、そういうビジネスにしか、従事できない。させてくれない社会というものが存在してるんです。


「豊かな国」とはどういう国を言うのか。

世界平均の2倍の一人あたりエネルギー消費を続けながら「健康で持続可能なライフスタイル」とか言ってるアメリカも、

働く意欲をなくした自国民と、社会の下層に固定化した移民を、一部のエリートが率いる欧州も、「豊かな国」として憧れるにはあまりにも不完全です。


ちきりんがひとつその条件を言えと言われたら、やっぱり「機会平等」と言うでしょう。小嶋社長や姉歯さんが、ちきりんと同じ「機会」を与えられていたとは、どうしても思えないからです。

オレオレ詐欺団や悪徳リフォーム屋の営業マン=手足、として吸い込まれていく多くの若者も、私と同じ機会を与えられていたとは、とても思えません。

自分が得てきた「機会」を、同じ国なのに与えられていない人がいることには、申し訳ないし、恥ずかしいこととさえ感じます。

自分が反対側に生まれていたら、切に願いそして恨むでしょう。「なぜ私には、同じ機会が与えられないのか?」と。


また明日


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2005-12-02 ファーストクラス

無事到着。アメリカです。寒いです。雪。マイナス3度です。

運良くファーストクラスに乗せてもらえました。よく「お金持ちの定義は、自腹でファーストクラスに乗る人」と言われますが、これ本当によくわかります。

だってファーストクラスってサービスレベルだけでいえば、料金分の価値はないです。ビジネスクラスのほぼ倍したりしますから。それでも乗る人は、お金が余ってるとまではいわないが、少々使ってもお金が減らない、というレベルの人だと思います。


ちきりんも昔はエコノミーのディスカウントチケットで旅行していました。しかも南回りでヨーロッパ行くとか大変でした。今もエコノミーに乗る時ももちろんあるけど、最近は個人旅行でもビジネスクラスにすることもあります。ディスカウントチケットもでてきたしね。

あと欧米など長距離路線だと、ビジネスクラスには実質的な価値があるとも思います。12時間のフライトで、しかもピークシーズンで混んでいる。こうなるとエコノミーとビジネスクラスには雲泥の差があります。エコノミー症候群にはならなくても、あんな狭い座席に長時間座ってたら体固まってしまいますから。疲れすぎて旅行が楽しめなくなります。

日本〜欧米だと、ディスカウントエコノミーは10〜15万円(オフピークだともっと安い?)、ビジネスは30-40万かな。もちろん高いのですが、一年に一度なら・・と思う人がいても不思議ではありません。

どこで無駄遣いするか、の差であって、飲んべえの人なら一年でそれくらいの額を平気でお酒に使うし、女性の洋服も一着数万円のもあります。音楽、ガジェット、ゲームに多額のお金を使う人もいるし、まあ、旅行が趣味ならビジネスクラスで旅行しちゃう、のは、理解できなくないです。

だけどファーストクラスは、そういう論理での意味づけ、正当化は不可能でしょう。ファーストクラスの価値があるのは、本当のVIP、つまり知らない人に顔を見られること自体が鬱陶しい、プライベート空間をお金出して買いたい、というレベルの人(イチローとか有名タレントだけ)だと思います。

★★★

ところで、ファーストクラスは最近結構混んでます。これって・・ちきりんみたいに、「タダ券」で乗ってる人が多いんだと思う。

アメリカの大スターは自家用機だし。今時、企業の出張でファーストに乗せてくれるなんて大企業でも社長くらいですよね。後は日本の芸能人と、マジでお金持ちの人。そんなの数は限られているので、そんなに混むはずがない。

が、最近はファーストクラスが混んでいる。これは、タダ券ばらまき攻撃のためだと思うんです。タダ券=正確には「無料アップグレード券」は、いわゆる得意客に配られます。

どうせガラガラなんだから、タダ券くばってもコストはたいして増えません(食事なんて安いもん、だし。)むしろ、かわりに空いたビジネス席を売れたら、その分、売上げが増えます。ビジネスクラスって、最近やたら混んでいるから。

このアップグレード、サービスとしては非常に効果的。ちきりんだって、別の飛行機会社で行こうかな、と思っても、ファーストクラスタダ券が貰えると、やっぱその会社にしよーって思うもの。ちょっと嬉しかったりするしね。自費で乗る価値はないとか言ーつつも。

★★★

昔、ピーターバラカンさんがエコノミーに乗っていて驚いた。あと、自動車メーカーのスズキの鈴木社長(今は会長かな?)はビジネスクラスでお会いしました。社長でもファーストじゃないんだ、やっぱ「軽」自動車だから?、とか思った。ごーひろみはファーストに乗っていた。すごい周りを意識しすぎてる感じだった。


まあ、そんな感じ。

一眠りして、明日から仕事。

ついたばかりですが、既にもう帰りたい。夕食にハンバーガー食べる国なんて、ちきりんはついていけないよ。


ではまた明日!