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Chikirinの日記 RSSフィード

2006-02-28 我が家で一番高いもの3つ

家の中のもので、一番高いものは何か?と、新幹線の中で考えてました。

ちきりん家の高いもの3つ!は、最後に発表(大げさ)するとして、誰でもだいたいこんな感じじゃないか?というのを分けてみました。

ただし、まず不動産を除きます。それと、あくまで買った時の値段でいきます。リセール価格は難しいからね。



<カテゴリー1>

車、大型バイク系・・・車とか大型バイクもっている人なら、たいていこれが一番高いんでないかな、庶民ならね。


<カテゴリー2>

趣味品系・・・楽器、カメラ系、絵画、壷? あと、「ペットの動物」や「熱帯魚」という人もいそうです。何かのお宝系コレクションという人もいるかも。


<カテゴリー3>

宝飾品系・・・宝石、着物、高級時計ね。


<カテゴリー4>

家電系・・・ちょっと悲しいけど、家電が一番高い人もいると思う。大型テレビ!って言う人もいるし、もしかすると「我が家で一番高かったのは冷蔵庫」という人もいるかもしれません。パソコンも高いよね。


<カテゴリー5>

やたら高い家具ってありますよね。デザイナー系の椅子とか。最近はこういうのに「一点豪華」をかける人もいそうです。お金持ちならシャンデリアとか??マッサージチェアとかも確か20万円くらいするんじゃなかったかな。家具か家電か微妙だが。


これくらいしか思いつきません。高いもの、って。案外、種類少ないよね。(貧乏人には思いつかないだけかも??)

★★★


今のちきりん家では・・・

一位:車(ただし、売ったら処分代が必要ですが)

二位:腕時計

三位:薄型テレビ

です。なんか、一般的だわ。


しかし・・・昔は車も腕時計もなかったから、

一位:テレビ

二位:冷蔵庫

三位:洗濯機

だった。ちきりんも豊かになったもんだ。


ちきりん実家では、

一位:ピアノ

二位:おひな様

三位:パソコン

です。家電が古い家なんで、こうなります。


お金持ちだと、どうなるかというと、多分・・・

一位:絵画

二位:車

三位:指輪

とかになるんじゃないかと思う。 縁のない生活ですが・・


かなり微妙な人だとこうなります。

一位:亀

二位:フィギュアのコレクション

三位:パソコン


由緒正しきおうちだと、

一位:屏風

二位:壷

三位:錦鯉

とかなんでしょうか・・・


若い子だと

一位:パソコン

二位:ナイキのスニーカー

三位:ビンテージのジーンズ

なんてのもあるかも。くぅ〜青春っぽいわ。


もっとおもしろい人もいそうですね。

生まれてからずっと、これを記録していくと、自分の生活がどう変わってきたかとかがよくわかっていいかな、と思いました。「ああ、あの時の俺にとっては、カメが人生のすべてだったんだ!」とか思い出せるでしょ。ってか、カメが高いのかどーか、知りませんけど。


んではまた〜

2006-02-27 非常事態省

ネットでニュース見て、ロシアで事故が起こっていて、おもしろいことに気が付いた。

あの国・・・「非常事態省」っていう役所があるのね。

こんな役所・・・他の国で聞いたことないよ。

だいたい、役所ってのは、その国に大事な産業とか、その国の重要課題の担当省があるんだよね。日本には「観光省」がないけど、フランスやイタリア、タイなんかにはありますよね。しかもかなりメジャーな省庁です。日本でメジャーなのは経済産業省と財務省、国土交通省(というより建設省だけど)かな。

日本は「貿易と公共事業が大事な国」なわけですね。

アメリカは? ニュースでよく聞くのは、FRB,CIA,国土安全保障省かなあ。

金融とスパイとテロ対策の国ってことですね。

韓国には「南北統一大臣」ってのがいるよね。

ロシアは非常事態省の他でよく聞くのは「石油省」ですね。石油と非常事態の国、なのだ。そうね、まさにそういう感じ。

ケニアとかだとODA省とかあるかも?

ではね

2006-02-24 投資と投機

株で大損した人が騒いでいて、被害者の会もできてるらしいので、ちょっとネットサーフしてみた。んで、損した人には 4種類かいる、とわかった。


(1) たいした損失額ではないのだが、やたらと騒いでいる人

(2) 結構な額の損失額で、落ち込んでいる人

(3) 結構な額の損失額だが、金持ちなので、大して困ってない人

(4) 無茶をして破綻しつつある人


★★★

(1) の人は、400円で 100株かったみたいな人です。投資総額 4万円。

まあ、いい勉強というか。投資講座に通ってもそれくらい受講料はいるんだから、むしろよかったんじゃないの?って感じです。

それくらい他のもので無駄遣いすることはよくあるでしょう。


(2) の人は、数十万〜 100万円程度の損がでた人。

この人たちは実はあまり騒いでいない。皆、自己責任と納得しているし、これくらいの損ですんでいるのは、きちんとリスク管理しているから、という場合も多く、「想定内」な感じ。


(3)・・・芸能人とか、儲けているデイトレーダーとか、企業が成功してる経営者とか。

損失は一千万を超えることもあるけど、自分の運用資産の総額から見ればたいしたことはないという感じの人ですね。


(2) と(3) の人は「ぼやいている」けど、「騒いでない」し、あまり怒ってもいないようです。


★★★


(4) の人は・・・大変そうです。特に信用取引をしていた人。現物だけなら、株券が紙くずにはなるけど新たな借金は不要なので、大騒ぎにはなりません。 あと、投資ではなく、投機をやっていた人。

投機と投資の区分は、人によって定義が違います。

ファンダメンタルズで買うか、株価の動きで買うか、とか、売買の頻度や投資期間の長短、投資対象や手法の種類で分ける人もいますね。

個人的には、投資は「最大限に損をしても、生活は大きく変わらないことを確保するため一定のルールにそって売買すること」であり、

投機は、「最悪の場合は破綻してもいいから、最大限の利益のためにならなんでもする!」というスタイルだと思ってます。


★★★

たとえば、

・当面の生活費、子供の教育費、住宅ローンの返済原資や、借金で株を買うのは、買う対象がトヨタ自動車の現物株であっても、投機だと思います。

・保有金融資産の半分を一銘柄の購入にかけるようなのも、投機です。だから全財産を銀行預金にしているのも投機に近い。インフレになりかけたらひとたまりもないんだから。

・最大限度に損した時に、生活に重大な変化を余儀なくされるようなリスクエクスポージャー額をとるのも投機です。

万一の際には家をうらなくちゃいけないとか、仕事を変える必要があるとか、もっと言えば、自己破産しかないとか・・・


★★★


反対にいえば、投資とは下記のようなルールを守って売買することです。

・余剰資金を運用する。(こういうと、日本には「俺には余ってる金はない!」とか言う人が現れるので、とても説明がめんどくさいのですが・・)

・ポートフォリオを組む。これは必須です。

・すべての投資対象がゼロになっても、基本的な生活は変えなくてもすむ、という額しかリスクにさらさない。「最悪の場合、いくらになるのか」というのを理解している、という意味でもあります。

外貨の証拠金取引を含む信用取引や、売りから入るようなポジションの取り方は、最悪の場合のリスクが異常に大きい。ちゃんと計算したら、普通の資産の人が手をだせる額ではないはずです。

信用取引などが投機にあたらない人というのは、10億円の資産があって、数百万円の証拠金で 2億円の信用リスクをとっている、というようなケースだけです。


ちきりんは・・・今の投資額がゼロになったら・・・泣きます。一ヶ月くらいは、泣いてるかもね。

でも別に引っ越す必要も借金をする必要もないし、自己破産も自殺もしません。今までよりホンのちょっとは、上司に従順な態度で働くだろうとは思うけど。首にされないように気をつけるためにね。

(4) の人は、こういうルールを守っていません。

借金して投資していたり、全財産を同じ銘柄に投入していたり、最悪の場合(持ち株のひとつが価値ゼロになったら)自己破産以外ないような信用残高を抱えていたり・・・こんなん自己責任以外のなんでもありません。

投機ってのは「失うものは何もない」という人がやることです。ふつうの人がやっちゃいけません。「失いたくないものが人生にある人」は、やってはいけないんです。


★★★

今、20万人だかの個人投資家がいるそうですが、(4) の人の数はあまり多くないように思います。

みんなそんなに馬鹿ではない。ネットで騒いでいる人の大半は (1) の人だし、それに、(2) や(3) の人のぼやき発言がかぶさってるだけです。

たまーに(4)の人がいます。もちろん (4) の人で、ネットに登場してない人もたくさんいるかもしれない。

「失うモノがある人」が一番悲惨です。

家族、家族と住んでいる持ち家、青春を謳歌している息子、自己破産したら離職を余儀なくされる定職(普通の会社はこういう規則があります)・・・そんなものを賭けてまで、お金儲けをしたかったのでしょうか。


ばいばい

2006-02-18 コミニケーションの民主制と独裁制

ちきりんは昔から紙にエンピツでいろいろ文章を書いていました。

その雑文が友達の間で回覧されたりしていたので、“こういうこと”自体は昔からやっていました。

ブログを書いてみようと思ったのは「流行っているらしいから」です。 流行ってるってことは何らか流行る理由があるわけで、それって何?という興味もありました。


実際やってみて、なんでブログがここまで流行っているのか、と考えてみたのですが、 ひとつのポイントは「コミニケーションの独裁性」と「独裁者を信奉する声」が「バランスよく維持できる」という点、じゃないかなと思います。

もちろん、よく言われている「HPに比べて簡単」「他者とつながれる」という理由も否定しませんが、「簡単だから流行る」ってのは論理として変です。簡単でもニーズのないものは流行らないでしょ。

★★★

ここでいう「コミニケーション独裁」とは、自分の声、意見を、他者の意見、声よりも大きく目立たせることが可能、すなわち、「自分の発言を、他者の発言より重く位置づけることが可能」ということです。

たとえば巨大掲示板なんかでは、自分のいいたい方向に議論を向けるとか、自分の意見の方に結論を導く、みたいな「議論のコントロール」が不可能といえるほど難しいですよね。

常にいろんな方向へ進む力が働き、“荒らし”と呼ばれる人たちが意図を持って混乱させる。

あそこではコミニケーションにおいて、究極的な民主制が維持されており、「烏合政治ってのは、こういうことね」とよくわかる。

なんのルールもないと、生産的に何かを達成するのはすごく難しい。

自分でHPを開設しても他者の反応を得るには、結局は掲示板的な機能を使う必要があり、その中では、民主的なコミニケーションルールが適用されてしまう。

これだと、コミニケーションの主導権争いにおいて、HPオーナーが有利にはならない。

その点ブログは、「書いている本人がコミニケーション独裁」を維持でき、同時に「信奉者だが、決して自分を脅かさない人たち」からの反応を、安心して集めることができる。これが流行っている理由かな、と思っています。


★★★

このブログでも、コメントを寄せてくださる方は、基本的にこのブログをおもしろいと思ってくださる方でしょう。

しかし「コメントではコミニケーションの主導権はとれない」仕組みになっているから、コミニケーション独裁者にとっては、「自分の信奉者ではあるが、反乱を起こして、自分の地位を脅かしたりは決してしない人たち」に囲まれることが可能になる。

これがたぶん「誰かに自分を理解してもらいたいけど、私の世界は他人に邪魔されたくない」という傾向のある現代人の志向にあっている。んで、流行っているんじゃないかと、思っています。


ちきりんも他の方のブログにコメントする時があります。

その際は反対に、自分はそのブログの独裁者の信奉者にされてしまう・なってしまう・にしかなりえない・と、よく意識します。

そのブログはあくまで、その人の「独裁ワールド」であり、神聖にして不可侵、って感じです。

たまに「気にいらねーよ」というコメントをいただくこともありますが、そういう時も独裁者がとりうるいくつかオプションがあり、削除もできるし無視もできる。

そして、気のない返事をするとか、真正面から議論にのる、という方法もあるでしょう。

大事なことは、これらの選択肢のどれを選ぶかという全権を、コミニケーション独裁者が保有しているという点です。


別のアプローチ。

年功序列のメリット、という話。日本企業の年功序列制度の下では「部下が自分より早く出世する」ということが制度的に起こりません。

若い人の出世を早める場合でも、直接的な逆転をさけ、部署を変えて早期昇進をさせるなど、気を遣う会社が多いですよね。

「きわめて例外的な場合を除き、そーゆーことしません」という年功序列維持組織も、まだたくさんある。

これは、組織の秩序維持に役立ちます。

なぜなら、「部下が自分の立場を脅かすことはない」からこそ、部下を「育てよう」「かわいがろう」という気になるわけです。

いつ、この部下が自分の上司になるかわかんね〜と思ったら、人はそんなに優しくなれません。

ブログオーナーも同じ。コメントをくれる人が自分より影響力を持つことがあり得ない仕組みが保たれているから、どんなコメントにも余裕をもって回答できる。非常に巧くできた仕組みだと思います。


ただしコミュニケーション能力を高めるにはブログはイマイチかも。

自分の主張を通したければ、どういうものの言い方、論理での話し方をしなければならないのか?ということは、リアルなコミニケーション、すなわち、コミニケーションの民主制が保たれている厳しい現場でないと鍛えられない、と思うのです。

自分の言いたいことだけを言い放ち、気に入ったコメントだけとコミニケーションできるブログは、「気持ちいいけど」発信者を「甘やかす」ツールだよね、と思います。


ばい

2006-02-17 Edy音、どう表記?

今日は「電子マネー」のお話。

みなさん、電子マネーって使ってます?

今ちきりんが使っている唯一の電子マネーはEdyです。会社近くのampm(コンビニ)で使います。でも、使い方としては電子マネーというより「ampm prepaid card」としての使い方です。すなわち、このampm以外でEdy使ったことないです。これではあまり意味ないよね。


Edyは、ちきりん大好きです。何が好きかというと、「音がいい」です。決済の時、受動体にかざすんだけど、その時、決済音がでます。その音がね〜。とても未来的な音なの。うるさくなく、事務的でなく、夢のある音です。「未来が来たよ〜」という感じ。スイカの決済音は、ピッって感じでとても事務的。Edyの音は、遊び心を感じます。最低限必要な音、というより、Edyの個性がある。このあたりソニーのセンスを感じます。

で、その音を聞くために使いたくなる、くらい気に入っているEdy音なのに・・・これがまた擬態語として表記しようとすると、すごい難しい。


トライすると・・・

チャララン

シュワシュワン

トルルン

キラキラン

シャララアン

って感じなんだけどね。(色は音のイメージで付けてみました。)


えっと・・何種類も音があるわけではないです。一種類の音なんだけど、上のどれにも近くてどれからも遠い。イメージとしては「秘密のアッコちゃんの変身時の音」に一番近いと思うんだけどね。泡の中に星が混じっているような音、です。・・・表現力の限界を痛感しますが・・・はい。

★★★

さて、電子マネー、どうですかね?普及するかしら?いや、普及はするんだろうけどね、そもそもクレジット機能がないわけだから、単に普及するだけではあまり意味ないです。キャッシュレスが実現できるのか?というのが問題。まあ「ほぼキャッシュレス」でいいんだけど。

アメリカだと、大人でも財布に数千円しか入れてない人、結構いるよね。日本人だと、サラリーマンは2,3万財布に入れている人多いでしょう。アメリカ人がキャッシュを持ち歩かなくなったのは、「強盗・スリを減らす」ためだったんだけど、それでも困らないのは「パーソナルチェック」という個人小切手が普及しているためですね。それと、銀行のキャッシュカードで買い物できるスーパーがたくさんある。千円以下なら個人小切手で、スーパーは銀行カードで、&3000円超えたらクレジットカードで、だから現金がいらない。あと最近はネット振込も楽になったので、そっちも多用されてる様子。

ところが、個人小切手とちがって、電子マネーの大半は、その個人でなくても使えちゃう。たとえば、Edyやスイカは暗証番号とかもいらないから、落としたら終わりです。あんまり多額の入金をしたいと思わないですよね。

携帯なら(知らないんだけど)暗証番号とかが必要なのかな?

★★★

北欧のちいさな国で、ほぼキャッシュレスが既に実現している国があるんだけど、ただ、これマクロ経済的には、こういう小国でないと難しい。アングラマネーが困る、ってのと、マネーサプライの管理が難しくなりそうだから。大国でキャッシュレスってのは、結構時間かかりそうですね。

というわけで、「技術的にはおもしろい」と思える電子マネーですが、いまひとつ、「何のために?」ってのが見えないです。やっぱ生体認証と組み合わせで使えるようになって、しかも汎用性ができて、んで、「ほぼキャッシュレス」ってならないと、あんま意味ないですよね。ふむ。

で、Edyファンのちきりん。「意味はよくわからないが」使えるお店を見つけて、他でも使ってみたいで〜す。


シュララアアン

やっぱこんな感じかな。


また明日〜

2006-02-15 続) NHK受信料問題

NHK受信料ってほんと仕組みが納得できないよね。

ちきりんとしては、「スクランブルかけてください」と言いたい。

ところが、「NHKはスクランブル化に強硬に反対」しています。

そりゃーそうです。

だって、スクランブル化&有料化にすると、たぶん収入は5分のイチくらいに減ります。


今、日本の全世帯数は 4700万世帯くらいかな?うち、NHKの受信料って 3700万世帯くらいが払ってます。まじ?ってくらい沢山の人が払ってます。

スカパー!とかWOWOW、ケーブルテレビ最大手のJコムなら、同じ値段で 15〜20チャンネルが視聴可能です。

それでもそれらの有料サービスの契約世帯数は、300万世帯程度。NHKの10分の1しかありません。

当然ながらNHKがスクランブル&有料化すれば、加入世帯は 10分の 1に近くなると予想されます。

「NHKはとても人気があるから、スカパー!やJコムの5倍の数の人が申し込むはず!」という非現実的な仮定をおいても、収入は半分になります。(実際には、スカパー!やJコムの 3倍くらいの契約者は獲得できるかもしれません。)

いずれにせよ、今のような収入はまず確保できません。だからNHKはスクランブル化に強硬に反対しているのです。


★★★


この件、問題だと思うことを整理すると、

(1)公共放送と非公共放送の抱き合わせ販売

(2)高すぎるプライシング

(3)不公正で非合理な課金システム

の3点です。


(1)が一番問題。

NHKと政府のロジックは、「公共放送だから全員が払うべき」というものです。しかし、チャングムや冬ソナが「公共的な内容」とはとても思えない。まずは、ちゃんと「何が公共放送なのか」定義してほしい。


本当の意味で「公共的」と言えるのは、

・災害系報道

・選挙系報道

・行政サービス系報道(介護保険制度が変わりました、とか)

ここまでが「最低限」。これをレベル1と呼びましょう。


つぎが、レベル2

・教育系や文化系の番組

・国民の生活を支える番組

これらは「視聴率が期待できないので、民放では放送されないが、国民の教育・啓蒙に役立つと言われるもの」ですね。


レベル3が、

・毎日の最低限のニュース

・「国民の楽しみ」と言えるレベルの娯楽番組(紅白とか“視聴率3割以上”ののみ)

かな。


以下のような番組は、「非公共的」番組だと思う。民放やケーブルテレビ局で同様の内容が沢山ありますからね。

・ドラマ(朝ドラ、大河ドラマ、その他。当然、韓国ドラマを含む)

・歌番組

・ドキュメンタリー(プロジェクトXとか含む)


これらの番組は、スクランブル化して有料化し民間と競うべきだし、強制的にお金をとるべきではないと思う。


そもそも5チャンネルももってるんだから、

チャンネル1:レベル1のみ放送・・・強制加入で有料(税金化)

チャンネル2:レベル2と3を放送・・・・任意加入。ただし、格安提供(税金補填)

チャンネル3以下:自由になんでも放送・・・スクランブル化で有料化。価格も自由設定。

チャンネル1のみ普通放送。2,3はスクランブル化、にすればいーじゃん。



公共放送だから強制加入、強制徴収といいつつ、非公共放送的なものを「抱き合わせ」で押し売りしているということが、一番納得できない点です。



二番目の「高すぎ」は、ふたつの理由がある。

・スポンサーもいないのに、民放と競って「非公共番組」で、かつ「高額な番組」の放映権を獲得しようとするから(ワールドカップとか韓国ドラマとか)、コストが高くなっている。

・そもそも高コスト体質すぎる。(公務員と同じ。生産性を上げるインセンティブが働いてない。番組制作費を横領して解雇にならないなんて信じがたい甘さだ。)

これらは、上記の一番目の問題を解決すれば、一緒に解決できます。レベル1だけなら、そんなにお金かからないでしょ?


三番目は課金システム。

公共放送のうち一番大事なのが「災害系報道」なんだと思いますが、本当に深刻な災害の時は、皆テレビよりラジオを聴くんじゃないの??

このロジックで徴収するんだったら、「ラジオ持っている家からとる」べきだよ。

そもそも「災害報道に特化」したら、テレビよりラジオ、ラジオとあわせてネット配信の方に軸足がうつってくるはず。知恵はいるけど、お金はかからないはずだ。

それに、公共放送に関して言えば、テレビ持ってるとか持ってないとかいわずに税金化すればいい。テレビもラジオもない家の住人でも、災害報道が行われることのメリットは必ず享受するんだから。

なんで「すごい経費のかかる」「不公正な」課金システムを維持しようとするのか意味不明。


NHKのHPによると「税金からお金がでると、政府からの独立性が保たれない」って書いてあるけど、今のNHKが「政府から中立・独立」なんて思っている人いないよ。

それにね、今の時代、お金の出所とガバナンスを分離する方法はいくらでもある。「中立=資金は独自調達しかありえない」というロジックはなりたたない。

トヨタもキャノンも言っているだよ。「(お金の出し手である)株主だけを意識した経営をやっていないから、我が社の業績はすばらしいのです!」と。


あと「白黒テレビだと安い」ってのも笑える。

NHKはカラーで放送していて、受動体のテレビの能力の限界により「白黒に見える」わけでしょ。

このロジックで言うと、ワインや料理の値段は「味のわからない人」=受動体の能力の限界により美味しいと思えない人、には安くすべきなのか??提供者は同じモノを提供しているけど、受け手側の能力のために、それだけの「価値が感じられない」んだから??


というわけで、私のお勧めは、

・公共放送と非公共放送を分離し、

・公共放送側は税金化し、

・非公共放送をスクランブル化&有料化することです。

2006-02-11 格差問題(国会中継より)

まずは、民主党の前原代表が質問にたちます。

★★★

民主党「小泉政権の失政により、日本での格差問題は益々深刻度を増しています。いまや、美人に生まれないと、女性は幸せになりえないっ!そういう時代になりつつある。まさぁに二極化!!これは、小泉政治の闇の部分なのでありますっ!」

小泉首相「美人と不美人の社会格差が拡大しているとは考えておりません。」

★★★

民主党「このデータをご覧ください。年収2000万円以上の高額所得者と結婚している女性の75%は美人。一方で、年収が300万円に満たない層では、配偶者が美人の割合は今や3割を切っているのです!」

小泉首相「本人の努力もあるでしょう?努力が報われる社会を創ることが重要なんです。」



民主党「首相は、不美人が努力していないとでも、おっしゃっているのでしょうか?冗談じゃありません!むしろ不美人の中には、美人の倍以上の努力をしている人もいるのですっ!しかしっ、平等な機会さえ与えられないというのが、現状なのです。」

小泉首相「現在の日本では、機会は平等に与えられていると考えております。」



民主党「きれい事を聞いているわけではありませんっ!このチャートをご覧ください。不美人が合コンに誘われる率は、美人の同様の率にくらべてなんと3分の1です。これでも、機会が平等に与えられているとおっしゃるのでしょうか?」

小泉首相「外見だけを問題にするのはおかしいのではないですか?不美人でも、何か別に秀いでた能力があればよいでしょう?外見というひとつの指標だけを、ことさらに重要視すること自体が問題だと考えますが。不美人でも性格のよい人も、仕事ができる人、お金持ちもいるでしょう?」

★★★

民主党「外見がすべてとは言いませんが、これは他に比べても非常に重要な点なのですっ!たとえば、能力があっても性格がよくても、不美人は履歴書の写真の段階で落とされます。また、努力に努力を重ねて写真を作り上げても、面接ではその外見において、非常に不利な結果を甘受せざるをえません。美人か不美人かと言うことは、単なる人間の特徴や長所短所のひとつではなく、結婚や就職など人生のあらゆる面に格差を及ぼすのですっ!」

小泉首相「本当にそんなに格差があるんですかねえ〜」

★★★

民主党「あるエリアでは、毎月、最低限の男友達の紹介を受けるという生活不美人保護の受給者比率が、全女性の3割にも上っているというデータもあるんですよ!!総理はこれを問題とは思われないのですか?」

小泉首相「それは、社会のセーフティネットがきちんと機能している証拠ではないですか。」



民主党「しかも、更に問題なことがあります。それは、外見格差の固定という問題です。」

小泉首相「どういうことでしょう?」

民主党「外見は当然、遺伝するのです。親が美人だというだけで、美人に生まれてくることができるのです。親が不美人であったものは、自己の努力だけでは、とてもその差を埋められないのです。しかも、最近の調査によると、美人は美形男性と結婚する率が非常に高くなっている。このため、外見について、子供世代のレベルが、親世代のレベルに規定されてしまう、という状況になっています。しかもこのような格差の固定は、何代にもわたって続くため、ひいては、階級社会の形成を促進する懸念があるのですっ。」

★★★

小泉首相「しかしですねえ、より努力をして外見に気を遣い、より高いレベルを目指す。これらの健全な競争や、努力の結果が公正に評価される。これが「外見市場主義」なのです。」

民主党「総理、総理、いいですか、よく聞いてください。総理はこの国をアメリカみたいにしたいんですか?不美人だというだけで、医療も受けられず、家も借りられない、そういう人たちがスラムに集まって住むような、そういう国を作ろうとしているんですか?

いまや不美人は、努力する気力さえ無くしてしまいそうになっています。化粧もしない、ダイエットもしない、おしゃれもしない、すなわち何の努力も試みも行わない“NEAT”(=No Efforts And Trial)という層を社会に生んでしまっているのです。総務省のデータによると、NEATは現在60万人に上ると言われているんです!」



小泉首相「NEAT対策については、我が党も重要だと思っていますよ。しかし、民主党さんは、どうしたいとおっしゃっているのかわかりませんねえ。ご存じのように、“不美人組合”を組織し、共産外見主義によって、外見にかかわらず一律にデート数を割り当てるような、結果の平等という悪平等を制度化した多くの国は、1989年にすべて崩壊してしまったのですよ。」


民主党「首相、あなたは現実の厳しさ、悲惨さを全く見ていらっしゃらない。いまや不美人達の多くは、将来に対する希望さえ持てなくなっている。勝ち組と呼ばれるヒルズ族・・・これは、毎週のように六本木ヒルズでの合コンパーティに呼ばれる美人達の総称ですが・・・との間には、静かに、しかし広く確実に、希望格差社会が生まれているのです!外見の二極化じゃなくて、希望の二極化の方がより深刻な問題なんですよっ」



小泉首相、発言のため立ち上がろうとする・・

★★★

議長「ここで、民主党の持ち時間は終了です。次は5分の休憩を挟み、社民党の質問です。」


〜5分経過〜


社民党「総理、お久しぶりです。

あたしらもねぇ、この格差問題はすごい重要や思てるんですよ。

今ねえ、不美人の人たちは、基本的な人権さえ与えられてないんです。そういう“外見下流社会”の人がぎょうさんになったらね、日本はあかん、思うんですよ。

憲法は、性別や宗教の違いによる差別を禁止してるやないですか。でもね、実際にはね、宗教とかよりもね、外見の方が、この世の中では大事なんですよ。

わかります?総理。

聞いてます?総理。」


小泉首相「いやあ、お帰りなさい。あなたにソーリソーリと呼ばれるのが楽しみでねえ。」


社民党「ちゃんと答えてくださいよ。だからね、やっぱり憲法9条は大事なんですよ。いくら不美人や不美人や言われてもね、それで怒ってね、武力を行使したらあかんのですよ。わたしらにはね、将来の子供達を戦場に送らないっていう覚悟が必要なんですよ。」

議長「社民党は議員数が少ないので、質問時間はもう終わりです。次は共産党、どうぞ」

★★★

共産党「不美人を社会の周辺に追いやり、美だけを偏重する社会を作り上げたのは、まさに小泉政治がいかに庶民のことを考えていないか、ということの現れであります。美人コンテストに反対していたのは、戦前戦後を通じてこの共産党だけなのですっ!こういった社会的弱者には、手厚い保護が必要です。デート回数券の累進付与率、美人増税を実施、さらには・・」



そこへ

ニュース速報!!!

★★★

「緊急ニュースをお伝えします。本日午後5時すぎ、東京地検特捜部は、六本木ヒルズにオフィスを構える“ビジンドアー”の捜索を開始しました。」


「これは大きなニュースが飛び込んできましたね。」

「はい。ビジンドアーのちきりん社長は、“美人は何でも手に入る。金も男も名誉も手当たり次第!”などの過激な主張で若者の人気を集めていたんですが・・・」


「やはり“粉飾疑惑”でしょうか?」

「はい。どうやら、海外の整形外科なども利用しながら、美の粉飾を繰り返していたようです。」


「本人は認めているんですか?」

「いえ、本人は否定している模様です。部下で、事実上のナンバーツーだった常務が、鼻パーツやまつげキットの手配など実務的なことをすべて取り仕切っていたようです。ちきりん社長は“そんな細かいことは私は知らなかった”“朝起きたら、ハナが高くなっていたのだ”などと主張している模様です。」


「やはり、ちきりん社長が唱えていた“美人価値最大化経営”の追求に無理があったということなんでしょうか?」

「そうですねえ、美人価値最大化自体は悪くないんですよ。女性として当然でしょう。しかし、実態としての魅力もないのに、外見だけを整えようとしたことに問題があったのかもしれませんね。」


「逮捕は間近でしょうか?」

「そうですねえ。顔だけでなく、本体胸部の粉飾疑惑もでているようですから、逮捕は避けられないかもしれません。」


「ところで特捜部は何を押収しようとしているんですか?」

「パソコンですね。ちきりん社長は、昔の写真などをすべてパソコンに保存していた様子です。」


「そうですか、このニュースこれからも目が離せませんね。」

「ええ、武部幹事長も鼻の下を伸ばしたりしていましたからね、問題は政局へ飛び火するかもしれません・・・」



fin.

2006-02-09 続)天皇制の議論の在り方

天皇制に関して、女系天皇の是非云々ということでアレコレ話題になっているので、ちきりんも考えてみました。

まずは何が「解くべき課題」なのか?、あらためて考えてみましょう。


最初の課題は、

(1)父系による万世一系の天皇制を維持すべきか? という問題です。

「そんなん、どうでもいいじゃん」という意見の人もいるんでしょう。

これが「どうでもいい」なら、話は簡単です。皇室典範を変え、女性&女系天皇を認めてしまえばよいだけ。

ではこれが Yes(=父系による万世一系は絶対守る必要がある!)なら、次の課題はなんでしょう?


それは (2)父系天皇制維持は、今の制度で維持可能なのか? という問いですよね。

経済的な理由で子供の数を制限する必要は(天皇家には)ないと思うけど、今の男性皇族の少なさを考えると、次の世代には男子の皇位継承者がいなくなっちゃうんじゃないの?

秋篠宮ご夫妻のガンバリにより、とりあえず問題は一世代分だけは先送りされそうですが、「現在の条件下で父系原則を維持することは、早晩不可能になる」でしょう。

たとえ秋篠宮家に(予定通り!?)男児がお生まれになっても、その子が成人してから男子を持てるかどうか、誰にもわからない。

今だって浩宮様しか男児がいなかったら大ピンチに陥ってたわけで、いくら医学が進んでも一人じゃヤバイはずなんです。

秋篠宮のご決断は、「とりあえず今国会での皇室典範改正を阻止」する効果はあるものの、それ以上のものではありません。 ということで、この二つ目の問いへの答はたぶん No でしょう。


じゃあ、その次に考えるべきことは?

それは、 (3)では、どのような方法で、制度維持を可能に(転換)するのか? という選択問題です。

側室制度はさすがに無理っぽいけど、宮家を拡大(昔の宮家を戻す)とか、旧宮家から父系原則に沿った人を養子とする制度とか、制度的な解決策だけでもいろいろあります。

その他に科学で解決しようというなら産み分け技術はもちろん、「天皇と皇后の卵子と精子を採取して冷凍保存しておく」とか、それこそ技術大国ニッポンの採りうる方法論はそれなりにあるんでしょう。


というわけで、この問題に関する議論には、

(1)父系天皇制維持の必要性ありやなしや

(2)現在の制度の限界ありやなしや

(3)具体的解決の方法論

という3つのステップがあるわけですね。


ちなみに、「女系天皇」を認めるか?という話は、(1)に関わる議論です。つまり根本的な問題です。

ただし、「女性天皇」を認めるか?というのは(3)の話です。

女性天皇というのは、「今は男性で即位できる人がいないから、ピンチヒッターで天皇をやってね!」という立場であって、「長子が女性だったから、当然の権利として即位」したわけではありません。

彼女たちは、天皇である間は結婚も出産もしないという不文律だけど厳然たる縛りのもとに、「女系天皇を認めないという制度を維持するために、女性天皇を認める」という運用がされてきたわけです。


今回の議論がぐちゃぐちゃなのは、(1)の根本的な議論が全く行われないまま、(3)の方法論のひとつとして「女性でもいい」「よくない」的な議論が始まってしまったことなんじゃないかな。


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ではまた明日・・・


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2006-02-08 秋篠宮の反撃??

紀子様、ご懐妊!

これは、皇室ミーハーのちきりんとしては放っておけないニュースですね。

だってこれ、どー考えても「戦略的ご懐妊」でしょ!?

“ごく自然に 11年ぶりに妊娠しました”なんて、ちょっと信じられません。

む〜、秋篠宮様すごい。


★★★


これまでも秋篠宮は、雅子様と皇太子殿下の姿勢に批判的でしたよね。皇太子の「人格否定発言」に対しても、

「まずは家族に相談すべき。いきなりマスコミに話すってどーゆーこと? 親父はガンなんだぞ。長男が親父とお袋にショック与えてどーする?」

的なご発言を、これより千倍くらい上品なお言葉でおっしゃってました。


雅子様の「自分の関心や経歴を活かした公務の在り方」云々論にも

「公務は趣味とは違う。仕事なんだよ!」

的なご発言をこれまた一万倍くらいお上品な言葉で、言われてました。

しかも紀子様は今日もご公務、秋篠宮様もおでかけと、ふたりとも「平然」を装い淡々とお仕事されてるってのが、また皇太子ご夫婦へのプレッシャーになってそう・・。


私の超ミーハー的推測では、昨年くらいに「このままではマズイ。兄ィちゃんとこは、嫁はんも全然、公務せーへんし。親父も心では泣いてるに違いない」

「おいお前、もうひとり生もう。俺ら公務も宮中伝統儀式もキッチリやってるやん。どうせやったら世継ぎもこっちで引き受けよう」

的なお話合いというかご決意があったんではないかと。

んで、妊娠体質の紀子様、すぐさまご懐妊と・・・


秋篠宮、見かけによらず「保守伝統派」のようなので、

「今までは遠慮してたけどさあ、兄貴がふがいないから皇室典範改正なんつー話が出てきてる。勘弁してくれよ。万世一系なんやで〜。そんな簡単にほかされてたまるかい。こーなったらしゃーない。うちが頑張るしかないやろ〜」

的義侠心(?)かもしれない。

(↑義侠心の意味、間違ってるかも・・)


★★★


お子様の性別は4月にもわかるそうです。

とはいえ、このお子様が女でも問題ないよね。なんたって、秋篠宮家が「生むと決めた」わけだから、まだまだあと5年くらいは生めるでしょ、紀子様なら初産でもないので、数年頑張れば「お世継ぎ」が生まれそう。

斯くして皇室典範云々を当面議論する必要もないし、「女性天皇」は(少なくとも、ちきりんの目の黒いうちには)あり得なくなった。


それにね、男の子が生まれたら一気に「人気沸騰」ですよね。なんたって、男の子久しぶりだもの。

これからは雅子様がいつ回復されるか、ってことより、紀子様のご無事なご出産こそが「皇室の未来がかかるイベント」になる。


なんだか隔世の感がある。

お二人が独身の時は、

浩宮様=人格者、責任感にあふれるクラウン・プリンス

礼宮様=遊び人、気楽な次男

的な評判だったと思うのだが、この数年で、すっかり逆転ホームラン状態です。


!!!!


今回の件、皇太子殿下と雅子様は、どーゆーご心境なのでしょうね?

嬉しいのかな? つらいのかな?


まあ、プレッシャーは少なくなるよね。なんたって

「僕が雅子にこだわって高齢結婚したから、神武天皇以来の男系男子伝統が終わっちゃうんだ・・・ああっ」

「あなた、ごめんなさい。私がもうこれ以上の不妊治療には耐えられないって言ったからこんなことに・・・ごめんなさい」

みたいなプレッシャーは無くなる。よね?


雅子様は・・・うつ病ですよね。しかもかなり重度の。

こういう病気は治るのに時間がかかる。3年とか4年とかかかるのも珍しくない。

しかも「治る」ってのは、「うつ病のきっかけとなった生活が、元通りできるようになる」のとは違うんだよね。プレッシャーの元を完全に取り除いた“別の生活”が平穏におくれるようになりますってだけ。

だから、私的なお出かけはできるようになっても、公務に追いまくられる生活には「いつまでたっても」戻れない可能性だってある。

というか「あの生活に戻ることが目標」として設定されていること自体が「治らない原因」になっているかもしれない。


ちきりんは、皇太子様も雅子さまもバカだったと思っているのだが、今となっては、もう可哀想だから解放してあげればいいのに、とも思う。

バカだった、というのは、ああいう特殊な家に生まれて「結婚と恋愛は別」って理解できてなかった、という意味で。


皇太子様は、「自分の一番大事な仕事は世継ぎを作ることだ」とわかってたはず。なんで女性 3人姉妹の家から、30歳に近い女性を選ぶかな。

天皇家に男性が少ないことも、よくわかってたはず。だったら 20代前半の女性と結婚すべきだった。

おそらくご両親の「テニスコートの恋」という作られたラブ・ストーリーに、国民と一緒に夢見ちゃってたんだと思う。「僕だって、恋愛結婚したいっ!」って。

でもね、別に皇室でなくたって、今でもちょっとした家なら、結婚と恋愛は別、と割り切っている。

二世の政治家とか、伝統芸能の後継者とか、そこそこの企業の創業者の息子とかだと、単に「好きな人と結婚しました」って感じじゃないよね。

恋愛はいろんな人としても、結婚相手は「嫁としてふさわしい人」を選んでる。それは今でも当たり前。ましてやクラウン・プリンスなんだから・・・


それでも「雅子しかないっ!」って思ったなら、雅子さんとちゃんとその覚悟を共有しておくべきだったと思う。「子供が生まれないと大変なことになるよ。皇室外交どころじゃないんだよ。耐えられるんだね?」って。

そうしたら、雅子さんも考えたでしょう。

帰国子女の自分にとって、皇室がどれくらい異質な場所か。そこで、もしかしたら 10年以上も「男児を産むことが最も重要なミッションとなり、もし出来なければ、不妊治療だけが自分の仕事になる」ことを。


★★★


サーヤの高齢ジミ婚も含め、皇室・皇族は本当に「日本の象徴」だと思う。

うつ病だって、今すごく増えてる。雅子様も“かなり昔のご経歴である外交”を活かした皇室外交ではなく、“うつ病のご経験を活かして”「社会のメンタルヘルス問題」とかにお取り組みになればいいのかもしれない。それはそれで意味ありそうだけど。


ああ、不敬罪だ。もうやめる。


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ではまた明日。


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2006-02-07 電気用品安全法“とか”

中古電気製品の流通時の検査にかかわる電気用品安全法について。

ちきりんもこんなの知りませんでしたが、5年前にできた法律です。電気製品にJISマークみたいなもの(正確には別のPSEというマーク)をつけるという話。んで、今後、こういうマークが付いてない商品=すなわち、過去に販売された電気製品は、業者は販売できなくなる、というお話です。この施行がこの4月からだそうです。

マークがついてない商品でも使い続けられるし、個人でそれを誰かにあげる、売るってのは可能です。でも、リサイクルショップなどは買い取ってくれなくなります。彼らは「業者」だから、それを引き取っても販売できなくなる、からです。

「俺はすごい困る!!!」という人、いますか?

いや、いるんだけど、これだけ読んでも「何が困るかなあ??」って感じですよね。だって「家電を業者に売る」っていう経験自体が全くない、という人も多いでしょ。ちきりんもないです。引っ越しの時の処分もたいてい友達とかにあげちゃうか、捨てちゃうし。

ところが、これがとても深刻な問題である!という人もいます。「古い」「対象商品」で「中古市場が成立している」場合です。具体的には、テレビゲーム機と楽器らしいです。

ちきりんにはよくわかりませんが、初代ファミコンとかね、ほんのちょっとだけ売られてた3DOとか、こういうゲーム機を売買している店があるわけです。楽器の方はもっと「名器」とか「アンティーク」とかいう意味での愛好家もいる。個人売買は可能としても「業者」が販売市場から撤退すれば、価格の暴落もありうるし、何より「欲しいものが手に入らなくなる」ということになります。

反対サイトなどもたちあがってますので、詳しいことはそちらにお任せしておいて、ちきりんは「ちきりん視点」から少しコメントしてみましょう。

★★★

(1)法律成立から施行まで最低5年もあけている理由は、「周知徹底」と「準備期間付与」のためです。ところが、この対象は「メーカー」のみです。正確に言えば、「日本における」「大きな=大量に販売している」「一般的な家電の」メーカーに対して、経済産業省なり法務省なりは「周知徹底・準備期間付与」をしてきたわけです。

これらの家電の「ユーザー」に向けて、周知徹底がはかられていたか?と言えば、答えはNoでしょう。つーか、やってたとしても「誰も知らない」状態では、結果として全く意味がないですよね。

これで思い出すのは、東京都のゴミ袋の形状が変わった時のこと。これも、「これから黒い普通のゴミ袋は使えなくなりますよ」というのは、行政側は「ゴミ袋を作ってるメーカー」とか「ゴミ収集・処理業者」にのみ周知徹底し猶予期間を与え、消費者にはほとんどなんの広報もしなかった。んで、直前に大騒ぎになって施行が1年かな、遅れました。

ちきりんが変だと思うのは、「行政は常に業者=企業しか見ておらず、消費者、生活者を全く見ていない」ということです。行政が企業だけを見ていればいいのは、まさに「高度成長期モデル」なんです。

今や日本は「消費者サイド経済」の時代。「何を作るか」ではなく「何が求められているか」が先に来る時代。

この変化を、行政は全く理解しない、もしくは、したくないらしい。時代が「消費者サイド発信」に変化しているのに、相変わらず「企業・供給サイド」だけをコントロールしてことをおこそうとする。これが「公務員の仕事に価値がなくなっている」根本原因だということに、いい加減気が付いてほしいもんです。



(2)もうひとつ思うのは、「認定マーク」好きな日本、というお話。JISとかJASとか、ほんとナンにでも付いてますよね。上の法律はPSEっていう新たなマークを作る法律なんですが、この「お上がOKしたという認定マーク」も、いい加減時代遅れです。

これも昔は価値がありました。JISやJASの認定がとれないと売れない→メーカーは必死で品質を高める→いつしか世界で、日本製品は高品質!というブランドが確立された、という流れだったんです。だけど、今は「こんなものまで?」みたいなものにマークがついてます。水道の蛇口見てみてくださいな。

このマークはタダではないです。認定機関には多くの公務員(もしくは、彼らが天下った団体の人)が働いています。認定マークは一種の税金なんです。



(3)別の観点のお話。今も大騒ぎなナショナル製の古いストーブの話。初動処理を間違った松下は、今すごい勢いで回収を進めてます。テレビCM,新聞広告、投げ込み広告、ユーザーへの葉書・・・異常な状況ですよ、これ。いったいいくら費用がかかっているのか?と思います。というかですね、松下は日本を代表する大企業で、かつ、今儲かっています。だからできるんです。これ、小さなメーカーなら「潰れます。」

こんなリスクは企業はとれないでしょう。PL法施行の時もありましたが、企業に一定以上のリスクを背負わせてしまうと、メーカー自体が立ちゆかない、という問題が起こります。んで、今検討されているのは、全製品に「タイマー」を埋め込み、一定期間をすぎたらとまってしまう、という仕組みです。もちろん、とまってしまったら「点検」に出せばまた使えるようになります。

これにより、メーカーは10年も前に売った商品が何らか不具合を起こして訴えられる、処理費用がかかる、というリスクを避けることができます。(一定期間すぎると壊れる商品の多いソニーにひっかけて、これを“ソニータイマー”という人がいます。)

この「一定期間で点検強制」の仕組みで一番有名なのは「日本の車検」です。なんで「日本の」かというと、車検ってのは日本独特の制度だからです。牛も全頭検査だし、日本はとにかく「検査」好きな国なんです。

問題は、この「強制的な検査・認定制度」は誰を守っているのか?ということです。守られているのは消費者なんでしょうか?それとも「変な商品を売ってしまってもリスクが限定される」メーカーなんでしょうか?(1)で書いたことと同じなんですけど、なんだか視点が違う、と思うちきりんです。



(4)さいごに、マークに替わる方法はないのか?というお話。

日本では、皆が皆「国のお墨付き」に頼りすぎ、という状況があるように思います。企業は「認定さえもらえば」「強制検査さえすれば」だし、消費者の方は「誰かが保証しているはず」ということで消費行動がすごく甘くなる。

本当はね、国=法律や認定ではなく、「消費者が見張る」必要があるのです。日本ではこの仕組みが弱すぎる。日本のメーカーだって、米国では国の規制より、有名な消費者調査会社の評価を一番気にして仕事をしています。そういう仕組みも可能なんです。税金使ってマークなんかつけなくても・・そうしたら、増えるのは税金ではなく雇用になるのです。なんで、そっちの方向にいかないの?と思います。

そもそもちきりんは、三菱自動車が倒産しなかったのがとても不思議です。あんな無茶をした企業を市場に残しておこうというのは、どういう判断なんでしょう。新しい軽自動車が売れているという話を聞いて愕然とします。市場が許してくれるなら、企業が市場を見て行動を変えることはないだろう、と思います。



ところで日本の消費者調査系の団体が社会パワーになれない一つの理由は、日本ではこういう団体が皆して左がかってるからです。うさんくさいから信頼が得られない。彼らの姿勢は「利潤をむさぼる大企業を糾弾する」です。そういう視点で「商品調査」をするわけです。

ちがうってば!です。「消費者の利益にならない行動をする企業を市場から閉め出す」という「市場原理」の支援が彼らの役目なんです。180度違ってます。

まったくも〜です。


ではまた明日

2006-02-05 コミュニケーション

「コミュニケーションとはナンなのか?」という話。

ちきりんの、「コミュニケーション」の定義は、「受け手側に、発信者側が感じていること、思っていることを、できるだけ忠実に再現・再生すること=感じさせること、思わせること」です。

例えば、ちきりんが怒っているとしましょう。コミュニケーションとは、相手(受け手)に、「ちきりんが怒っている」と思わせることです。

相手にそう思わせるためには、「私は怒っている」と言う、というのもひとつの方法ですが、「怒っている」とわかるような態度をとる方法もあります。

また相手がとても敏感な場合は、すごく婉曲な言葉や方法を選ぶ必要があります。そうしないと「私は怒っている」と言っても、相手は「ちきりんは、めちゃくちゃ怒っている」とか「激怒していて、もう一生許してくれないだろう」と受け取る可能性があります。これはコミュニケーションの失敗です。

発信者が伝えたいことは「私は怒っている」ということだけなのに、相手はそれ以上のものを受け取ってしまう。コミュニケーションとしては「巧く」ない。

反対にとても鈍感な人が相手なら、「私は怒っている」ことを伝えるために、すごーく怖い形相ですごーく怖い声で、何度も、しかも態度で示す、くらいのことをしないといけないかもしれません。そうしないと「ちきりん今日は機嫌悪いな」くらいにしか伝わらないかもしれないからです。

別のケースで言えば「ちきりんは全く怒ってない」のに、ちきりんの言葉を聞いた人が「ちきりんは怒っている」と感じてしまうこともあります。発信者が意図しないことを、相手が受けとってしまうケースさえあります。


と、「ちきりんが怒っている」ということを受け手側に伝える、というだけでも、すごく難しいってことなんです。普通にしてれば伝わるわけではない、ということ。


分解して考えると、コミュニケーションを成功させるためには、

(1)自分が何を相手に感じさせたいか、思わせたいかを正確に理解する。

(2)“相手の受動体の仕組みと感度”を理解する。

(3)相手の受動体に送るべき“適切なインプット”を言葉、イントネーション、態度などを組みあわせて具体的に選択する。

という3つのプロセスが必要です。


コミュニケーションのフローは、「(1)発信者の意図→(3)発信する言葉→(2)相手の受け止め方」ですが、考えるべき順番は(1)→(2)→(3)だと思うのです。「相手の受け止め方を理解してから、“それにあわせて”言葉を選ぶ」、これが(2)→(3)となります。

★★★

コミュニケーション能力というのは多くの場合「発信スキル」として語られるのですが、ちきりんはこれに違和感を感じます。

例えば「話し方教室」的なものや「プレゼンテーションの練習」みたいな講座ね。あれは、「発信者がいかにうまく表現するか」に主眼が置かれていますよね。でもちきりんに言わせれば、コミュニケーション能力とは、むしろ「受信側システムを理解するスキル」です。受信側のメカニズム、感度、バリエーションに対する知識や理解こそが、コミュニケーションには重要です。

だって、同じ言葉を聞いても受け取る側の感覚は様々であり、それはつまり「受信者の受動体」の仕組みやレベルが異なるからです。だったら、「どう話すか」「どう表現するか」を、相手を特定せずに練習してもしゃーないじゃんと思うのです。実際には相手だけではないのです。相手がその言葉を聞く時の環境や状況に応じても「受け止め方」は異なるわけですから。

だから、コミュニケーション能力を高めるためには、「いかに表現するか」ではなく、「受け手にはどんな人がいるのか?」をよく理解した方がいいと思うんです。「ある特定の言葉をどのように捉える人がいるか」という“受動体バリエーション”や、「どういう状況だと、この言葉はどう聞こえるか」という“状況バリエーション”を学ぶことが大事で、それを知らずして「表現方法」だの「言葉遣い」だのを工夫・練習しても無意味な感じ〜と思います。


「私はこういうつもりで言ったのに誤解された。」とか「必死で説明したのに伝わらなかった。」と言っている人の大半は、コミュニケーションは「発信スキル」で成否が決まると考えているように思えます。

「すごくわかりやすく説明したのに、わかってくれない」という言葉は、ほとんどジョークに聞こえます。その説明がわかりやすいのは、あなたと同じ受動体を持っている人だけです。もっとはっきり言えば「あなただけ」かもしれない。

わかりやすいかどうかは、受信者の受動体にとって「わかりやすいかどうか」が問題なのです。話し手が「わかりやすいはず」とか言っててもしゃーないです。発信者側の受動体を前提に「わかりやすいか、どうか」を判断することはできないし、一般論としての「わかりやすい話し方」などというものは存在しない、ということです。あくまで「特定の状況における特定の受信体にとって、わかりやすいか?」ということがポイントです。

★★★

実際のコミュニケーションはもっと複雑。だって、その場で瞬時に判断しなくちゃいけないから。一日考えて1時間話す、ということではなく、大半のコミュニケーションは、ピンポンのように言葉を交換するわけで、ゆっくり考えているヒマがない。相手の受動体の状況の変化をその場で判断する必要がある。周りの環境もそうですね。突然状況が変わることもある。

加えて、一対一だけではない。複数の人がいて、同時にコミュニケーションすると、ひとつの言葉を複数の受動体が受け止める。当然、受け止め方が異なる。ある言葉を「ある意味で」うけとったひとつの受動体を持つ人が、次の瞬間には発信者となり、ある言葉を発信する。それをまた、複数の受動体がバラバラの意味で受け取る。この繰り返しです。かなり複雑。かなり高度。


こういうスキル(コミュニケーションスキル、すなわち、受動体の理解)を鍛えるには、「できるだけ多くの異なるタイプの受動体を体験する」ことが役立つように思います。言葉を換えれば、「できるだけ自分と異なる人とつきあう」ことが大事な気がする。

同じような立場の人だけとつきあっていると、「こういう言葉は、こういう意味で伝わる」と思いこみがちです。学生だけで話す、同じ職業の人だけで話す、同じ年代や性別やの人だけで話す、同じ国の人だけで話す、ということしかしないと、自分が所属するコミュニティの人の受動体に共通する仕組みや感度を「あたりまえ」と思いこみ、意識しなくなってしまいます。そしてたまーに、異なる受動体の人と話す時に「なんで伝わらないの!!」となるわけです。


ちきりんのコミュニケーション力が鍛えられた最大の理由は、自分とあまりにも違う人たちと関わりすぎた、ことにあると思っています。(コミュニケーション力は鍛えられたけど、それを生んだ体験自体については、「関わることができた」というより「関わりすぎた」と表現したいような体験も多いです。)


ややこしくなってきたから、もーやめます。皆さんの受動体が、このブログの文章をどう受け止めたか、それは、ちきりんが「発信した内容」と同じなのか違うのか、どれくらい、どうずれているのか。全然わかりません。神頼み、です。


ではまた。

2006-02-01 5種類のタイプ

世の中には 6種類の人がいます。

(1) 創る人


(2) 回す人


(3) 管理する人


(4) 考える人


(5) 破壊する人


(6) 何もしない人


すべては“創る人”から始まります。

「空を飛ぶ」という考えに取り憑かれた人達が、人生を賭けて飛行機を創り出しました。私たちが日々使っている便利な商品やサービスも、最初は誰かが突拍子もないことを言いだし、それがいつしか実現して普及したものです。

その昔、クロネコヤマトが社歴を振り返るテレビCMの中で、「宅急便ができるまで、ゴルフクラブを運ぶ人もスキー板を運ぶ人もいませんでした。全部、私たちが考え出してきたのです」と言ってました。

それは郵便局に対する、強烈な嫌みに聞こえました。「民間企業が市場に参入しなければ、今ある便利な新サービスは存在しなかった」と言いたかったのでしょう。

「自分達こそが市場を創って来たのだ」という自負に溢れたCMでした。


この“クロネコヤマトの宅急便”を世に出した小倉昌男氏の他、日本には多くのすばらしい“創る人”達がいます。

松下幸之助氏や本田宗一郎氏はもちろん、リクルートを創った江副浩正氏、ソフトバンクの孫正義氏、最近の多くのIT系、サービス系ベンチャー企業創業者もみんな新しい価値を創りだしています。


でも、彼らが創り出した価値を多くの消費者に届けるには、誰かが実務を担当しビジネスを回していく必要があります。

“創る人”だけでは、斬新なアイデアも絵に描いた餅で終わってしまいます。それらの価値を具体化してオペレーションを担当するのが“回す人”の役割です。

「求められたスペックを過不足なく実現し、必要なプロセスを迅速に着々と進める」のが得意で、プロセスやコンテンツの改善に自ら取り組む人達。

日本ではこの「回す人」が数多く存在し、かつ、とても優秀です。日本の教育制度はこのタイプの人を育てるために設計されたかと思えるほどです。


そして“回す人”のすばらしいオペレーションによって組織が拡大し、大企業になると、次は“管理する人”が必要になります。

会社が大きくなると“回す人”の人数が膨大になるので、その人たちの採用や人事管理をしたり、帳簿を付けて税金を払ったり、銀行からお金を借りたり契約書を作ったり・・組織の拡大と共に多種多様な管理業務が発生するからです。

それを担当するのが“管理する人”で、大企業ではこのタイプの人が最も出世することさえあります。


しかしそうやって大きくなった会社や組織も、数十年立つと制度疲労を起こします。時代の流れに合わなくなるのです。すると今度はそれを破壊する人が必要になります。これが“壊す人”です。

時には外圧(黒船や終戦)がこの役割を果たすこともあるし、時には自然(地震など)がすべてをゼロリセットすることもあります。

皆が慣れている既存の体制に大胆な変化をもたらす破壊者は、それが人であれ自然であれ、嫌われ、悪者扱いされるのが常です。


また、“壊す人”とセットで必要になるのが“考える人”です。

“回す”とか“管理する”のは「実務」です。彼らは日々の細々したことを迅速に処理する必要があり、腰を据えて分析したり、じっくり考えるのは時間的にも能力的にも難しいです。

そこで学者や研究者として、考えることを専門に担当する人が必要になります。

現状の分析に基づき、進むべき道を示し、その理由や方法論を体系立てて説明する。俯瞰的な視点と統計的な分析力、深い洞察力に加え、現実の社会や人間を理解するセンスも求められます。

残念ながら日本では“考える人”は、リアルな社会から隔離され(もしくは引きこもり)、大学など研究機関内で仲間のみと交流しています。

若手の研究者が企業で働いたり、シニアになって大臣や企業の外部取締役に指名されることもほとんどなく、考える人と他の人達の協業ができていません。


最後に、世の中にはかならず“何もしない人”もいます。何もせずに、すべてを批判している活動家もいるし、反対に、何にたいしても関心を持たない“社会に無関心”な人もいます。

★★★


社会が永続的に機能していくためには、一定の比率でこれらすべての人が必要です。

“壊す人”が多すぎると混乱するし、“創る人”が多すぎると“アイデア勝負”で楽しいけど何も進まない。

“回す人”しかいないと最初はいいけれど次第に行き詰まります。

“管理する人”はパラサイト民族で、多数の“回す人”がいないと存在意義が発揮できません。

“考える人”が多すぎても世の中は動きません。

また“何もしない人”達の存在こそが社会にリアリティを与えている一方で、全員が何もしないと社会は動きません。


大事なことは、社会、会社、地域、学校、クラスなどあらゆる“コミュニティ”に、これらの人達がバランスよく混じっていることです。


日本には昔から、“創る人”は継続的に一定数現われています。そして多数の優秀な“回す人”と“管理する人”が、その一部の“創る人”のアイデアを現実に結実させ、高度成長と先進国化を実現してきました。

でも今は、この国のあらゆる制度が制度疲労を起こし始めています。こうなってくると必要なのは“壊す人”であり、“壊して創るという、プロセス全体の道筋を示す、考える人”です。

たとえば小泉純一郎氏と竹中平蔵氏は典型的な“壊す人と考える人”の組み合わせでした。この二人が率いる体制に多くの人が期待するのは大胆な創造的破壊への期待が持てるからでしょう。

しかし、回す人と管理する人が圧倒的多数である日本社会では、壊すタイプの人は「あいつは壊すだけ」とか「壊される側の人の痛みがわからない」と非難されるし、考える人も「口が達者で難しいことを言っているだけ。机上の空論だ。現実を見ていない」と誹られます。

実際には、そういう非難をする人もまた「回しているだけ」か「管理しているだけ」です。

つまり、人にはそれぞれ役割があるのです。なのになぜか、「管理するだけの人には価値があるが、壊すだけの人には価値がない」という話になりがちです。


こうなると元々少ない“壊す人”や“考える人”をリーダーシップポジションから排除してしまえ!という力が働き、日本は“回す人”と“管理する人”ばかりが幅をきかせる社会になってしまいます。

そしてヒドイ制度疲労のまま、まったく変われなくなってしまうのです。


今必要なことは「社会には、“創ったり、回したり、管理したり、壊したり、考えたりする”様々な能力をもつ人が必要」だと認識することです。

そして、ひとりの全知全能のリーダーを夢見るのではなく、“創って、回して、管理して、壊して、考える”の各プロセスを、それぞれを得意な異なる人が分担すればよいと理解することでしょう。

そうすれば、“壊すこと”にも“考えること”にも、回したり、管理するのと同等の価値があると認めることができます。


これができないと日本はいつまでも“建て替えをせず、改修と上塗りだけで時代の変化を乗り切ろうとして、ぐちゃぐちゃになってしまった古い旅館”のような社会のまま、朽ちてしまうことになりかねません。

私たちはいつまで、「建て替えはしたいけど、壊すのはイヤ」と言い続けるのでしょうか?


ではまた明日 


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