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Chikirinの日記 RSSフィード

2006-04-30 ウルトラダラー

何かの時に突然テレビにあらわれて、連日でずっぱりで登場し、強く記憶に残る人がいる。一人は、最初のイラク戦争(パパブッシュの戦争)の時に衝撃的デビューを飾った軍事評論家の江畑謙介氏。(追記:その後、お亡くなりになりました。)

こんな人、それまでは誰も知らなかったのに、イラク戦争が始まったらいきなり連日あちこちのニュース番組に登場。髪型が印象的で、目に力があって“いかにも軍事評論家”だった。あの頃は、彼も「何がなんだかわかってなかった」と思います。ちょっと呼び出されて行ってみたら、「この人の解説わかりやすいっ!」ってことで、連日呼び出されて・・・完全に自分のペースをなくしてたっぽい。

でも、二回目の「息子ブッシュ」がイラクに爆弾落とした時には、江畑さんも番組を選んで出演してた。人間、いろいろ学ぶってことです。


もう一人が元NHKワシントン支局の手嶋龍一さん。この人もそれまではほとんど知られてなかった。911が起こった時、NHKのワシントンからの中継でデビュー。こちらも毎日ほぼ出ずっぱり。「NHKのワシントンってこの人しかいないのか?」って感じだった。

しかしこれは、彼にとっては僥倖だったのでしょう。彼はずっとNHKを辞めて本でも書いて暮らしたいと思っていたんだと思う。911がなければ誰も知らなかった彼が、あの事件の報道でいきなり日本全国に名前と顔を売り、その後はNHKを退職、本を書いてベストセラーになった。最近はテレビでもよく見ます。


江畑さんと手嶋さんには共通点がありました。戦争とかテロとか、そういう大事件の時にはたいていキャスターが興奮しまくってる。「おいおい、そんなに興奮してたらニュース伝えられないでしょう」ってくらい興奮してる人もいる。

ところが、この二人は対称的に「感情無し・平静感」があった。超淡々と解説する。やる気のない大学講師のような感じで。教室で学生が寝てようと遊んでようと気にせず授業を続ける。隣のアナウンサーが慌てふためいているのにね。そこがいい。

二人ともすばらしい解説者だったと思います。

★★★

上記の二人目、元NHKワシントン支局の手嶋龍一さんが書かれた本、“ウルトラダラー”を読んだ。


ウルトラ・ダラー (新潮文庫)

ウルトラ・ダラー (新潮文庫)


このを読んでみたのは、雑誌に手嶋氏自身がこの本の紹介をしている記事に、「高沢皓司氏の宿命を読んで、これはやられたと思いました。自分も書かねばと思ったのです。」という文章。

この「宿命」という本こそ、ちきりんが「これはすごい!」と思っている本なのです。「ジャーナリストの仕事ってこういうことなんだよな」と思わせる。ドキュメンタリーとして秀逸、です。それでウルトラダラーも読んでみようと思ったわけです。


宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作 (新潮文庫)

宿命―「よど号」亡命者たちの秘密工作 (新潮文庫)


ふたつの本の違いは、「宿命」の方は、完全なノン・フィクションで、すべて取材に基づき書かれている。ウルトラダラーの方は、「真実と小説」の混合。手嶋氏自身、「どこまでが真実なのか?」という質問が非常に多い、と言っており、そこがこの本の一番のポイントです。

ちきりんは「宿命」の方が好きですが、サスペンス小説好きな人は「ウルトラダラー」の方が読みやすいかもしれません。いずれいせよ長期のお休みの時などに読むのに最適の本です。

そんではね

2006-04-26 不当逮捕

はっきり書いておかないといけない気がしました。

不当逮捕でしょ。

少なくとも木村建設の人の大半とイーホームズの藤田社長は、逮捕の必要があるとは思えません。在宅起訴で十分だし、たかだか地方の中小土建屋さん(である木村建設)の粉飾決算で4人も逮捕するなんて普通ありえないでしょ。


何が起ったかと言えば、「マンションの耐震偽造問題で国民がすごい怒っているから、とりあえず関係者みんなに何らか罪を見つけて逮捕しよう。こんな大事件であんまり逮捕できないと、警察の存在意義に関わるからやばいで」ってことです。

こんなことやっていいのかな。

法治国家なのか、ここは??

恣意的な逮捕を認めたら、誰だって逮捕される可能性があるんだよ。


しかも、今週逮捕だ、明日逮捕だって、こういう情報が警察からマスコミにいちいちリークされて報道される。権力(警察)のやることって信じがたい。サラリーマンがこんなことやられたらそのニュースだけで首になるし、自営業ならそれだけで倒産に追い込まれるだろう。

個人情報保護法で国中が情報漏洩に過敏になっているってのに、「イチ民間人が明日逮捕されます」などという極めてセンシティブな情報が、公権力から大マスコミ経由で、ここまで詳細にリークされるって、どういうことなのか。

天下のマスコミ様は誰もこのかくも重大なる「情報漏洩」(いわゆる“検察リーク”“警察リーク”)についてなんの疑問も持たないのか?情報提供をされているのが自分達だから問題がないのか?


あきらかに「スケープゴート」としての逮捕だよね。地方の無名の中堅ゼネコンで不正経理(経理の誤魔化し)なんて、調べられて捕まらない会社があるの?という程度の問題だ。

ちきりんは、時代劇の立ち回りでバシバシ切られていく下っ端侍を見ていると、「この一人一人にも、家族があるんだよな〜」といつも思う。今日うちのお父さん、その他大勢として死んじゃったけど家族はどうなるんだろう?って。

アレは時代劇だからいいとして、今回のは現実だからね。父親が逮捕されたら、家庭や近所つきあいは崩壊しかねないし、子供は学校でどんな思いをするだろう。本当に逮捕すべき人を逮捕できないからといって、そんな気軽に“見せしめ”を利用していいのか?


違法行為によって逮捕され罰を受けるのは当然だ。でも、駐車違反が「20代だけ摘発された」らどう思います?特定のグループの人だけが集中的に、スピード違反やらシートベルト違反で摘発されたらどう?それでも「あいつらは悪いことしたんだから捕まるのは当たり前」と思いますか?

しかも、今回なんて耐震偽装につながるアホみたいな制度を作って野放しにしていた“お上”側の人達は、誰一人逮捕もされずヌクヌクとテレビをみているってのに。


違法行為はどこにあったのか?

誰が違法行為をしたのか?

逮捕されるべきはだれなのか?

偽装マンションの被害者の方が望んでいるのは、こんな「テレビドラマ」なのか?


まったくもう。

また明日





<参考図書>

2006-04-22 目の見える人生

ちきりんのお気に入り番組「ニュースの真相」で、旧ユーゴの映画監督のインタビューをやっていました。監督の名前は、エミール・クストリッツァ監督、「アンダーグラウンド」という映画が今、話題のようです。


彼曰く、「アメリカがやっていることは、戦争も侵略もすべて、自分たちの生活を豊かにすることが目的だ。非抑圧民族の解放でも、民主主義の普及でもない。それらは、利用された建前の理由にすぎない。」

「しかし、ローマ帝国時代にはローマも同じことをやっていた」


なんか、“神の視点”みたいなとこから語っていて、すごいなと思いました。

ローマ帝国も、オスマントルコも、清も、当時の世界の他の地域の人からは、今のアメリカと同じように見られていたってことね。今と違ってテレビとかないから、情報は入りにくいけど。

だとすると、何千年か何百年かたつとアメリカは、ローマ帝国のように認識されるのかしら。現代におけるローマ帝国のイメージって、別に悪くないでしょ。すばらしい遺跡やそこから生まれた文化や芸術に、世界中の人々が押し寄せてシャッターを押しまくるってる。そこに集まる人々には、ローマ帝国が行ったであろう、強大な力に任せての横暴や、自己中心的な行動の数々への嫌悪感とかは、ほとんどないんじゃないかな。

アメリカに対する感情も、そうなるのだろうか?

コロッセオのかわりに、アメリカ帝国の遺跡として残るものは、なんだろう?高性能の大陸縦断ミサイルとか、ウォールストリートとか?


おもしろいな、と思える視点でありました。

★★★

この「ニュースの真相」という番組、地上波でもやるべきだと思うけどずうっとCS放送のみです。視聴率は問題ないと思うけど、ヤバくて放映できない回もあるのかもしれません。(スポンサーに気を遣わなくていいので、とりあげることができるトピックもあるので。)

もうひとつ、同じニュースで別の日のゲスト。村岡元官房長官(歯科医師会から橋本派への献金問題で一人だけ逮捕され、この前無罪になった人)もでてました。この番組はひとりがたっぷり40分くらいしゃべるのでね、真実がかなり詳しくわかります。

この村岡元官房長官の話を聞いた時は、政治と国家権力の裏パワーの恐ろしさにさすがのちきりんも震え上がりました。

この事件は、小泉政権誕生の裏にある「もうひとつの演目」って感じなんだけどね、華々しくスポットライトを受けるイベントの裏には、かならずこういうことがある、ということか。やっぱり、ちきりんは「三権分立」は信じない。

★★★

あと、この番組はひとりに40分も一人に話させるから、「アホ発見機」の役割も果たします。話を聞いていると、「アホやな、こいつ・・・」と思われる人も多数。おもしろいです。アホっていうのは頭の善し悪しではなくて、見えている範囲が狭い、ってことなんですけどね。

やっぱり見ていると「すくすく育った人」には見えてないものが、ぐちゃぐちゃの中でやってきた人には見えている、ということが多いのかも、と思う。

冒頭でとりあげた映画監督もおなじ。あの地域で大国と歴史に翻弄されているから、見えるものがある。


ちきりんは昔「直球投げたことないでしょ。変化球しか投げないでしょ」って言われたことがあって、なかなかよく(ちきりんという人を)表現したもんだ、と思いました。

ちきりんは純粋培養的に育った人の単純さに対して時に抑えがたい軽蔑を感じます。これはひがみなんですかね?いや、ちきりんだって客観的にはとても「整った土壌」で育ったわけですが。

苦労したことのない、心に葛藤を持ったことのない人の、単純な明るさは、アメリカという国の住人たちとシンクロするんです。


「前向きな人は下品だ。過去を振り返らないから、前向きでいられる。」


前にも書きましたが、バイクでサハラを横断した日本人冒険家の言葉です。(名前忘れちゃったよ)

これ、ちきりんは今まで聞いた中でもっとも洞察に富んだ言葉だと思ってる。


きれいに生きて、何も見えない人生ではなく、ぐちゃぐちゃに苦労しても「見えている」人生を歩みたい。

ちきりんが「きれいな世界」に欺瞞を感じ、アンダーグラウンドな世界に関心を持つのは、そちらこそが人間の本質を表していると思うから。人間のおもしろさも、すばらしさも、愛すべき点も、表ではなく裏にある、と思うから。それが見えなかったら、何も見えていないと同じじゃないかと、思うから。


ということで。

また明日

2006-04-21 「人生3×3」説

今日は、ちきりんが学生などから就職相談を受けた時に説明に使っている「人生3×3分割表」をご紹介します。

最近よく聞かれる質問は、「仕事と家庭は両立できますか?」とか「ワークライフバランスは?」というものなのですが、この表を使うと説明が簡単になります。


まずは人生の時間を、自分で人生を決め始める20歳から、平均寿命の80歳くらいまでの「20年ごとの3つ」に分けます。また、それらの時間をどう使うかを「仕事」「趣味」「家庭」の3つにわけます。趣味とは個人の時間です。

そして、この3つの20年という時間を、仕事、趣味、家庭の3つにどう配分するか、と考えるのです。(時間軸は10年区切りで使ってもよいと思います。)

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たとえば下記は、「猛烈サラリーマン」の人生です。ごく若い頃は少しは趣味もあったけど、その後は仕事だけの人生。家庭があってもこういう人はいて、自営業ならいいのですが、会社員の場合は定年で「仕事」が消えると「残りの20年、何をやっていいかわからなくなる」というパターンです。

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次は“家事に協力的な共働き夫”です。若い頃は仕事も趣味もと充実した日々を送り、家庭や子供ができたら個人の趣味を諦め、仕事もセーブしながら育児や家事を分担。定年後は家族の時間と趣味を楽む、というパターンです。

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子供が小さい間は自分の趣味に使える時間はごく限定的で、一人で好きに旅行するとか、日曜日に部屋にこもって趣味に没頭するのは難しくなるでしょう。


一方、世の中には家庭を持たず、下記のように仕事は最低限で、人生のほぼすべてを個人の趣味嗜好のために使う人もいます。趣味嗜好は人により、だらだらのんびり過ごす人もいれば、ボランティア活動や登山などの趣味にアクティブに活動する人もいます。

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そして最後が働くお母さん。これを上記の「家事に協力的な夫」と比べてみてください。上記には子育て時期にも「趣味」という個人の時間が少しは確保されていますが、お母さんの方にはこの時期、ピンクの部分はありません。

相当程度夫が協力してくれても、やっぱり女性の負担は膨大です。ワーキングマザーでは、「仕事と家庭の両立」はできるけれど、“自分の時間”は土日も含めて皆無に近いという人も多いのです。

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ちきりんがこの表で伝えたいことは、人生の時間の使い方には“仕事、趣味、家庭”の3つがあり、個々人には「人生のその時期(特定の時期には)、この3つのうちどれを選ぶかという選択権」が与えられている、ということです。

3つの中からひとつだけを選ぶと

・仕事のみを選ぶ→猛烈サラリーマン

・家庭のみを選ぶ→大家族同居の専業主婦(主夫)

・個人の趣味のみを選ぶ→ニート、大金持ちの息子など

となり、


ふたつを選べば

・仕事+家庭→キャリアウーマン、共働きで家事をきちんと分担する夫

・家庭+趣味→優雅なセレブ主婦

・仕事+個人→ディンクス夫婦、独身貴族

となります。


しかし同時期に「3つとも選ぶ」のは、誰にとってもおそらく非常に大変で、本人が才能に恵まれることはもちろん、その他の様々な条件や幸運に恵まれていないと不可能でしょう。

つまり、人生設計とは「その時、その時で、仕事、家庭、趣味の中から、最大ふたつを選ぶ」という選択であり、反対からみれば「どれかひとつを諦める」という選択なのです。

なので、学生から「仕事と家庭を両立できますか?」と問われた時、ちきりんは「できますよ。その代わり個人の時間は(その期間中は)もてないことも覚悟する必要があるかもね」と答えています。

説明的に答えれば、「あなたは今、“両立できるか、できないか”と尋ねたけれど、実はその質問は、できるできないの質問ではなく、“あなたはそのふたつを選びますか?”という質問なんですよ」ということです。


時々自分の人生の残り期間を横軸にとりながら、この3つのバランスを調整していくのも悪くないかもしれません。

同時に3つ選ぶのは難しくても、時期をずらせば全部を楽しむことも可能なので、「次の 10年はどのふたつにするか」って考えればいいんです。


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ではでは


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2006-04-20 偽造される社会論争

社会派とかいいつつ、全く書く気になれないトピックもあります。あまりにも「作られた社会論争」には、触る気になれません。

なれないんだけど、それがどういうもので、なんで触る気になれないのか、については説明しときます。


昨年あたりかな、朝日新聞の投書欄で火がつけられた(「火がついた」では、ありません)論争で、とても馬鹿げた論争があります。

曰く「給食の時、子供に“いただきます”と言わせる学校の指導はおかしい。給食費を払っているのだから、感謝の言葉を言う必要はない」という投書がある母親から寄せられたとのこと。

で、論争が起こりました。

「何を馬鹿げたことを。カネ払おうが払ってなかろうが、食べ物に感謝して“いただきます”というのは、当たり前だ」という意見と、いや、最初の意見が正しいという意見が錯綜し、テレビのワイドショーにまで取り上げられて、盛り上がりました。

そして朝日新聞はこの論争をひっぱりまくったんです。


こういう論争・・・あほらしくてブログに書く気になれません。なぜなら、これってすんごい人為的に「作られた論争」だから。

新聞の部数を伸ばすために作られた議論にすぎない、から。

そして朝日新聞が最後に「やっぱり食べ物に感謝しなくては。最近の若いモンはなっとらん」という結論にもって行きたいがためにとりあげてる論争だから。


日本には1億人以上の人がいるんだから、そのうち数人が「金払ったものに、感謝の言葉は不要」と思っても不思議なことではありません。

いろんな意見の人がいるんです。「一人残らず、全員が同じ意見」などということはありえない。モンスターなんとかみたいな人はどこにでもいる。

そういう「ちょっとおかしい人」の意見を、わざわざ採り上げて大論争に仕掛けていくというのがいやらしい。

★★★


「金を払っているのだから、“いただきます”と言わせるのはおかしい」という意見が 5通あったとします。そして「そんなもん、言うのが当たり前」という意見が 200万通あったとする。

加えて、ちきりんみたいに「あほらし」と思ってわざわざ投書なんてしない人が 2000万人いるとします。これじゃあ、本当は論争になんてならない。


ところが朝日新聞は、毎日「一通の反対意見」と「一通の賛成意見」を、並べて投書欄に載せます。

それを 5日続けて、最後の日に、「自分の意見」を書いたりする。

そーすると、社会論争になるわけ。まるで、意見は 5:5 の割合であるように見える。


私自身はあほらしくて「いただきますって、言うべきでしょ!」っていうブログを書く気になれない。だってそれ自体が、あほらしい話を「論争」に高めることに貢献してしまうから。

でもこの論争を「大事なことだ!」とか言い出して、「キ〜」とかなる人がいる。


ややこしいなあ、と思う。

んなアホみたいなことに、まともに取り合うなよと思います。

取り合うと「議論」になっちゃうやん、くだらんことが・・・


相手は「しかけている」んです。

それなのに案の定・・・・「ぜったい言うべきですっ!」「なぜならば、子供のしつけとは!」って、つばを飛ばして叫び出す人が出てくる。


全くもってあああ、です。


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2006-04-19 人生に必要なお金

人が生きていくのに、一生のうちに必要なお金って 4分類される。

(1)一般生活費

(2)住宅費

(3)子育て費用

(4)老後費用

です。


ざっとみて各 4分の 1ずつの割合なんじゃないかな。

各項目が 2千万円という人もいるし、1億円という人もいるだろうけど、割合はだいたい 4分割なんじゃないかと。


(1)は仕方ないというか、誰でも当然にかかる。

が、(2)以降は人によって要る人と要らない人がいる。

たとえば、親が持ち家をもっていてその家に同居すれば (2)は不要です。親が田んぼを持っていて、その土地をくれる、という場合も、建物代だけで済むから (2)は半額以下になる。


たとえ自分で (2)を払う必要がある場合でも、田舎に住んでいる場合と都会に住んでいる場合では必要な額は大幅に違う。場合によっては倍以上異なる値段になるはず。

つまり、親の家を相続できる人と、都会で自分で住む場所を確保しなくちゃいけない人の「人生の総費用」は 25%くらい異なる、ってことだ。


(3)も同じ。子供をもたない人は人生のコストが、子供がいる人の 75%でいい。もしくは25%多く“個人の趣味”にお金が使える。


(4)は結果として早死にすれば不要になる。

「早死にする」と分かっていれば要らないのだが、見通すのは難しい。ただし、非常に親孝行な子供がいて、確実に養ってくれる、とか、公的な年金制度がしっかりしていればこれも不要になる。

むかしは「長男夫婦が (2) の家をもらう代わりに (4) のコストを払い、親を養う」のが基本だった。


というわけで、(1)から (4)まで必要な人の場合、一生の間に、たとえば各 3000万円として 1億 2千万円かかるのだが、

一方で「親の家を譲り受け、子供をもたず、かつ定年までに死ぬ」人は、一生の間に 3000万円あればいいわけだから、人生の費用ってのは人によって大きく違うという話。


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ではでは〜


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2006-04-18 詐欺師か売春婦(しかも、イタリア)

客観的に、自分がどういう人間か、ということを表現するのはとても難しい。

元気で調子のいい時は、実像より「ひいき目」な自分をイメージしがちで、落ち込んでいる時は必要以上に卑下する、「あたしなんて、あたしなんて、イジイジイジ」となるでしょ。だから、実像そのもの、プラスもマイナスもなし、というように自分を表現するのはとても難しいね。


自分が、「どう見られたいか」というのも、おもしろい。まあ、もちろん「美人で素敵でやさしくて、頭良くて、お金持ちで、寛大で、偉大で、ぴかいち!」と思われたいか、と問われたなら、「まあね」って感じだが。しかし、そんなこと、あんまり思わないよね。

皆さん、自分を「どう思われたら」「一番嬉しい」ですか?

「知的でウイットに富んだ好青年」とか?

★★★

ちきりんは、ふたつのイメージがあります。こう見られたいなあ!というイメージが。

(1)女詐欺師

(2)イタリアの売春婦(厚化粧、若作り、でっぷり大柄の・・)

のふたつです。両立しないんだけど。


こういうのって、どういう心理なんでしょうね。よくわかりません。ふたつのイメージに共通するのは、

・人生享楽

・本音で生きる

・他人の目を気にしない

・自分で稼いでる(誰かに頼っていない)

ということです。


フェリーニ映画の影響が強いのかもしれません。


この前、めがねを買う時にいろいろ試しながら「イタリアの娼婦に見えますかね?このフレーム」とか言って聞いてたら、眼鏡屋さんが返事に困ってましたよ・・・。すみません。

んではね!

2006-04-13 家の汚さの指標

この前、ある友達の家に行ったら、家がすごい片づいていてびっくりしました。

だらしなくはないけど、そこまで細かい性格でもない友人なので、まさか部屋があんなにきれいだとは予想していませんでした。

で、我が身を振り返って大反省・・・


でも、もっともっと部屋が汚い人もいるはず。

(↑そう、こういう時は自分より劣っている人を思い出して自分を慰めればいいのだ!)


今回、その「すごい部屋が汚い」友人の部屋と、「すごいきれいでびっくりした」部屋について書こうと思ったのだけど、客観的な指標がなくて難しい。

温度なら、「暑かった〜 38度だ〜」と書くとすぐ伝わる。でも、部屋の汚さ&きれいさって、そういうのが無いでしょ。だから言葉で伝えにくい。


ならば私が指標化してあげましょう!

今後、部屋の汚さ、きれいさを表現したい時などに、ご活用ください。



レベルA・・・マンションのモデルルーム、リビング誌の撮影用に作られた部屋、高級ホテルなどの部屋並み。

生活感が無く、「ここで本当に住んでいるの?」と思わせるレベル

レベルB・・・生活感はあるが、乱雑な部分、ほこりやよごれは全くなく、インテリアも統一感がある。

毎日ちゃんと掃除をし、定期的に大掃除もしていると思えるレベル

レベルC・・・一部に雑誌が積んであったり、洗いかごに食器が残っているなど、片づいていない部分もあるが、全体としては極めてきれいに掃除がゆきとどいている。

レベルD・・・机の上、洗いかごやシンクの中にモノが乱雑に存在。洗面所の鏡に水滴や石鹸の跡がついている。

棚の上は“飾られている”のではなく、“ものが置いてある”。

ベッドのふとんは整えられていない。しかし、床には何もない。

レベルE・・・部屋のあちこちが乱れている。床には雑誌やごみや脱いだモノがそのままになっている。

シンクには洗う前の食器や鍋があり、玄関には靴が点在している。

親なら「汚い家やな、片づけなさい」と怒るだろうレベル。

レベルF・・・「足の踏み場もない」と言えるレベル。床に様々なものが乱雑に放ってある。

料理を作る前には30分程度片づけが必要だし、お風呂に入る前には風呂掃除をしたい、と思うレベル。

レベルG・・・モノが散乱し、床はほとんど見えない。数ヶ月前のゴミが残されている。シンクには洗っていない食器がぎっしりで調理台の上もモノが多くて調理するスペースが無い。フロやトイレなど水回りには汚れがこびりついている。

カラの段ボールや洗濯モノ、洋服、汚れものなどが、至る所に散乱している。

親や友達でさえ部屋に呼べる状態ではない。


以上です。


ちきりん家はBが理想ですが、せいぜいCにしかならない。

仕事が忙しいとDになる。しかしEになることはほとんどない。というわけで、総合判定ではちきりん家はDです。

昔、モノが少ない時はCだったんだけど、ここまでモノが多くなるとCは至難のワザ。

ちなみに、小さい子供がいるとCはほとんどありえないくらい難しいと思う。


そして、今回遊びに行って驚いた友人の家は、Bだった。 

私と同じくらい忙しい仕事をしてるはずなのに・・・すごいびっくりした。


そして、別のとある友人(女性)の家は・・・Fです。この子の家はすごい。反対の意味でびっくりする。


まっ、そーゆーことで。

今後、お部屋のきれいさ・汚さを表したい際に、ご利用ください。


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またね!


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2006-04-10 旅行記ソビエト7

さて、その後は旅行は粛々と続きました。さすがに郊外の見所はツアーで行くしかないし、ツアー自体もおもしろかったので、あと一日だけ同様に自由旅行をしましたが、お金ももったいないので、基本的には最初に申し込んでいた現地ツアーであちこち見ました。「日本から、“こんな国に”何しに来たの?」と何度も言われたよ。


下記は、ツアー、もしくは、一人歩きの中で、感じたこと。おもしろかったこと。

(1) 外貨ショップ

為替規制をしている多くの国、特に当時の共産国には必ず「外貨のみ使用可」というお店がありました。入るときにパスポートチェックがあり、外人か特権階級しか入れないという場合も多いです。現地の人にとっては考えられないような値段で、でも、他では手に入らない様々なものを売っています。

とはいえ、日本のお店とはイメージが違います。商品は豊富でもないし、素敵なものもない。生活必需品が中心です。日本のラジカセや時計、筆記具、100円ライターや、外国のシャンプーや化粧品などを売っています。客は少ないしディスプレイも全く単純。お店というより“売店”に近いです。

さて、モスクワでちきりんが興味があったのは、「米国製品があるのか?」ってことだった。「プロレタリアート独裁政権」のお偉いさんは、結局「帝国資本主義国」アメリカのグッズを買いあさっているの?ってのに興味があった。で、商品の裏側をチェックしてみたけど・・・多いのはやっぱり欧州製品と日本製品でした。米国製品はゼロとは言わないが少なかったみたいです。(まあ、欧州の方が近いしね)コカコーラあるかな?と思ったけど、なかったですね。


(2) 普通の店

ホントにモノがなかったです。どの店も。在庫という概念はなくて、棚に並んでいるものがすべて、というお店が多いのだけど、棚さえスカスカ。それに買い物している人自体が少なかった。生活必需品はかなり逼迫している感じがありました。もう共産主義国ソビエトの終焉までカウントダウンが始まっていた時期だということなんでしょう。

一方、コスモスホテルの売店は充実していて、レーニンバッチの他、レーニン便せんとかレーニンシールとか、いろいろ買いました。外人専用のホテルだから売っているのは、そーゆーものばかりです。


(3) 治安と政治

治安はよかったです。資本主義になってからは、混乱を極めるこの国も、当時は統制がとれていたと思います。銃を持った警備員はあちこちにいるものの、西側欧州より少ないくらいです。街の警官も少ない。

政治家関係では、レーニンの顔があちこちにあります。それ以外の人の肖像は全然ないですね。スターリンはもちろんだけど、マルクスの顔もゴルバチョフの顔もなかった。権威が公に残っているのはレーニンだけなのね、と思いました。

それでも、資本主義になった後、レーニン像も倒され、レニングラードも名前がサンクトペテルブルクに戻ったし、必ずしも彼も自然な意味でのシンボルではなかったということでしょうか。そういう意味では日本の天皇って、やっぱすごい。

(4) 路上のアイスクリーム屋

すごい行列ができている店があって、ちきりんも並んでみたら、アイスクリーム屋でした。屋外でだよ。気温マイナス30度近いのに???

しかも、お店屋さんは、「棚にアイスクリームを並べてる」んです。だって、この気温なら溶けないもん。むしろ「凍らせたくないもの」を箱に入れておいたほうがいい。それにしても、こんな寒いとこで路上でアイスクリーム屋に行列って・・・理解しにくいと思いました。

(5) 誰も働かない

タクシーが客を選ぶのはもちろん、店の店員もなんの愛想もないし、両替に入った銀行も最悪でしたね。そもそも時刻通りに店をあけないんだもん。銀行が、だよ。

開店時刻の10分“後”くらいから人が出勤して来始め、ゆっくり化粧したりコーヒーを入れたりしながら・・・正式の業務開始時刻から1時間くらいしないと仕事を始めない。こんな国、まじ大変だ。共産主義ってこういうことなんだな、って体感しました。

(6) 帰国時のモスクワの空港

チェックインの時、すべての手続きが「マニュアルで」=手で、行われました。コンピューターが動かないのか、使えないのか、使わないのか不明ですが。したがって、もらったボーディングパスも、なんか変なプラスティックの札で・・・飛行機番号も席番号も書いてない。「○番ゲートに行け」ってだけ。席は「自由席」でした。だから皆、搭乗口で並んで待っている。“いい席を確保するために”です。

すごいな・・・国際線の飛行機で自由席か。ボーディングパスって、日本でも「もらってから使うまで、たかだか1時間」でしょ。そして廃棄される。よく考えたらあれ無駄ですよね。プラスティックの札で代用しているのは、「使い回しできる」からだと思う。紙がもったいないからだと思う。「貧乏はリサイクルの母!」だと思う。(関係ないけど、アメリカの格安シャトル便もボーディングパスを使わず、使い回しできるカードを使うとこ、あります。)

店は相変わらず開いてないし、空港は暗い。でも出発時は、人が多くて不安感はなかった。そして、ちきりんは・・・実は日本に戻らず、この後、欧州旅行に出かけていったのでありました。学生の時は、こんな感じで1ヶ月くらい旅行していた。一番高いのは飛行機代だから、一度行ったら長く滞在、ってのが当時のスタイルだった。

★★★

でも、旅行記はここで終わり。この後の欧州旅行の話なんか書き始めたら、旅行記書き終わった時には「政権交代」が起こっているかもしれないよ。(←この皮肉、おわかりいただけますでしょうか?)

一言でいえば、ソビエト旅行

とってもおもしろかった!

ロシア語勉強してまで行った価値、大ありだった。案外親しみやすい国だったと思う。怖くもなかった。寒かったけど、雪と氷のモスクワはすばらしく美しかった。今でもプラハとならんで、世界で一番美しい街だと思う。貴族制の存在した国はとても街が美しい。

共産主義システムってのは「アカンでしょ」ってのも、よくわかった。ちきりんは、この旅で「一生懸命働いている人」ってのに、一人も会わなかった。ホテルの従業員も銀行や空港の人も、店の店員もタクシーの運転手も、みーんな、すごいダラダラしていた。

皆、さぼっているのではない。「一生懸命働いている人を見たことがないので、そういう働き方がある、と知らない」という感じだった。

まさかその数年後にこの国の体制が崩壊するなんて想像もできなかったけどね。一方で、当時はとても秩序だっていると感じたのだけど、資本主義になってからは悲惨なことになっているようだ。70年間も共産主義だったのだから、資本主義を知らない人が大半の国になってるわけで、それはそれで大変なことだ。みんながんばって欲しいよ。アレクとピーターも元気かしら。がんばってね!


そして・・・


終わり〜  



やっと終わった〜!!





誰か褒めて〜!!



そして、明日から、ちきりんも、Back to the 社会派!!! 

長かった〜

また明日!

2006-04-09 旅行記ソビエト6

さて、ちきりんは地下鉄駅に向かい、コスモスホテルに戻ろうとしました。ところが・・・来た時とは駅の様子が全然違う。

何?

すんごい人が多い!! 駅に人があふれている。そして、到着する地下鉄も・・・すごい人!

地下鉄がグム状態になっているのです。何これ???

わかった! 夕方のラッシュだ!!!


そうなんです。クレムリン駅あたりはモスクワの中心街。コスモスホテルは郊外ですから、夕方のラッシュに人がその方向に動いているわけです。モスクワにラッシュがあるなんて・・・

なんかちょっと怖いな・・・と思って、また高速エレベーターで地上へ。「タクシーで帰ろう」と思ったわけです。中心街なんだから、タクシーもあるだろう。その通り。地下鉄の駅を出るとすぐタクシー乗り場があった。人が並んでる。っていっても10人ちょいだから、東京に比べたら全然まし。しかもタクシーが既に数台止まっている。

でもなんか変。並んでいる人は、間隔を1メートルくらいずつあけて並んでて、タクシーはその前をのろのろ進んでる。タクシーが近づくと、待っている客がタクシーに近寄り運転手になんらか少し話す。そのまま乗り込む人もいるんだけど、大半の場合、乗らずにまた列に戻る。

何やってんの?


なんかタクシーの乗り方も日本と違うみたいだな〜と思って、まずは観察。国によっていろいろシステムが違うからね。郷に入れば郷に従え、ですし。で、よく見てたら、どうやら皆、「行き先」をタクシー運転手に伝えている。

価格交渉しているならよくあるんです。タクシーにメーターがついてない国はたくさんある。交渉して合意しないと乗らない、乗せない、という国はたくさんある。でも、「客が行き先を伝え」「運転手が乗せるかどうか判断している」のですよ、この国・・・どーゆーこと???

よくわかんないけど、多分「自分が行きたい方向や距離の客しか乗せない」んだと思う。タクシーが・・・客を選んでいる!

ひえ〜

と思ったけど・・・そうね、ここは「労働者の国!」だもの。タクシーに乗ろうなんていう「堕落したプチブル」より「働く運転手」の方が偉くて当たり前なのかもしれない。


しかし、このシステムは外人には厳しい。だって、ちきりんに言えるのは「コスモスホテルまで行きたい」ってことだけ。他の客はなんだかんだ運転手に話したり、2,3人の乗客で一緒に交渉している「ここ行って、あそこ行って、最後にここに寄ってよ」とか言ってる。こうすると運転手の嫌う短距離の人も乗れるんだと思う。

でも、ちきりんは「あきらかによそ者」だし、誰も声を掛けてくれない。自分でタクシーの運転手に言ってみたけど・・・皆「ニエッット」って言う。(Noって意味)もしくは、顔をしかめてダメダメという表情をする。なんで???近すぎるのか、方向が悪いのか、コスモスホテルが特殊なのか・・・

かなりがんばって、その乗り場で待っていたり交渉したのだが、寒いし、途中で「やばいな、やっぱ混んでいても地下鉄の方が確実だわ」と思った。こんなところで待っていても、全然乗れないかもしれないし、夜になると怖いじゃん。


というわけで再び地下鉄へ。かなり混んではいるが、「ちきりんは東京から来たのよ。これしきのラッシュ何よ!」ということで。かなーり混んだ地下鉄に乗り込んだ。

そしたら・・・うえええん、次の駅から2,3駅はずうっと、どんどん人が乗ってきて、ちきりんは、また、「グムのちきりん」状態。右から押されては左、左から押されては右・・・

しかもみんな巨大だからロシア人の背中とおなかに囲まれて・・・窓からの駅の名前も見えないよ〜。つーか、ロシア人の背中以外何も見えないだよ〜。グムが商品を高〜いところに掛けている意味がよくわかる。ひえ〜

それに、ちきりんにはアナウンスだけで駅を聞き分けるのはとても難しい。コスモスホテル駅って名前ではないのだもの。なんて駅だったっけ〜。しかも動けない。降りられない。どーすんの〜。何個目の駅だったか忘れた〜。うええええええん。

・・・既に5個くらいの駅に停まったと思う。そろそろ降りるべき駅だと思う。でも、ちきりんは、後から乗ってくる人に押されて、今や車両の中央付近で埋もれている。とても降りられない。・・・・・ちきりん、どーしたか。


とりあえず叫んだ。

「降りる!」


日本語で。大事な時は母国語で叫ぶのが一番効果的なのだ。

「降りる降りる降りる、おろして!!!!」

周りのロシア人がちょっとたじろいだ様子が、背中とおなかの振動により伝わった。でも、皆、全然動かないよ、つーか、動けないのだよ。わかる。それは。

★★★

んで、強行突破だ!と思い、とにかく動き始めた。肉と肉の間をちょっとずつ、そう、グムにいた時みたいに・・・みんな協力はしてくれるけど、でも限界ある。ちょっとづつしか進まない。その間にまた駅にとまって、新たな肉波で押し戻される哀れなちきりん・・・

とうとう、ちきりんは泣き始めた。嘘泣きじゃないよ。ほんとに泣いたの。だって不安じゃん、怖いじゃん、困ったじゃん。泣くでしょ、普通。一人だし、息苦しいし、押しくらまんじゅうだし。かわいそうじゃん!!!

そしたら、周りの人が・・・・ひえっ?って感じになった。姿は見えないけど、なんかが泣いてるぞ、って感じで。そして、そのうち、誰かがなにかロシア語で言ってくれた。そしたら、周りの人がちょっとづつ「おなかをひっこめ」通路をつくってくれた。そしてちきりんは、ドアの近くにたどり着いた。そして、次の駅で、ちきりんは、降りた。

スパシーバ、スパシーバ、オーチン・スパシーバア〜!!!(ありがと、ありがと、めちゃくちゃありがと〜)


よかった、助かった・・・涙を拭いてハナをかんで・・・でも、そこは知らない駅。「ここ、どこ??」でも、地下鉄の駅は暖かいし、そこは人も多くなかったので、路線地図を見て理解できた。2駅行き過ぎだ。じゃあ、戻ればいいのね。で、ちょうどそこに反対方向の地下が・・・・

えっ!!!ガラガラ!!!!

ちきりん、それに乗り、2駅目で、「そーよ、ここ、ここ!」という駅で降りる。


そう、ラッシュは「中心街→郊外」の方向だけなの。そりゃあそうね。夕方だからね。朝はゆっくりだったからラッシュにあわなかったのね。ほんとに嬉しい。帰ってこれて・・・

でも学んだよ。ラッシュは・・・行き過ぎて戻れば簡単なのだ。これは次の旅行に生きる教訓だ!と転んでもただでは起きないちきりんである。ふふ。


というわけで、ホテル着。食事。シャワー&寝る。ああ、長い一日だった。

以上。明日はいよいよ総集編。ちきりんがモスクワで見たものとは!


また明日



続きはこちら → ソビエト旅行記その7

2006-04-08 旅行記ソビエト5

さてアレクサンドロビッチ(長いので、以下はアレクと書くだよ・・)に、「どこに行きたい?」と聞かれたので、「お買い物!」とちきりん。世界中でお買い物!するちきりんです。

どんな店に行きたいの?というので、まずは有名な国営デパート「“グム”に行きたい!」と。これはロシア語の教科書の中にもよく出てくる有名デパート。アレクは・・・ちょっと躊躇していたが「何を買いたいの?」と。ちきりん「帽子。毛皮の帽子。ロシア人の帽子!」。彼は静かにうなずき、じゃこっち、と歩き始めた。彼の様子は、なんか・・・変。??


その理由はすぐにわかった。グム。すごいとこでした。巨大なビルの1,2階がデパート。まず・・・入り口になぜか鉄の鎧戸のドア。警備員が閉まっている門の外で拳銃をかまえて立っている。しかも門の中も外も「ラッシュ時の山手線?朝の新宿駅?」って感じの人・人・人。すんごいうるさいし、おされるし、はたかれるし・・・なんなんだ、この混雑は!?

アレクが、ちょっと待ってて、と、ちきりんを残し、人混みをかき分けて前に行き、警備員となんか話をして、そしてちきりんを手招きした。んで、いきなり、ちきりんは中に入れることになった。なんでだろ?わかんないけど。他の人のブーイングが聞こえる。みんな入り口でシャットアウトされているのに。


しかし、中は中ですごかった。押される押される。本当、ラッシュの山手線内って感じです。アレクがちきりんの手をとって、こっちこっちと進んでいく。ロシア人巨大だから、ちきりんはもう大海にもまれる落ち葉状態。ちょっとずつちょっとずつ人波を乗り越えて進んでいく。「どこ行くの〜」って感じなのだが、アレクがしきりと「上を見ろ!」と言っている。で、上を見たら!

びっくり仰天。


なんと・・・

天井から・・・商品がつり下げられている!

天井は2階建て吹き抜け、かなり高い(普通で言えば3階建てくらいかも?)吹き抜けの上の方からロープで、いろんなものが吊してある。コートとか、ズボンとか、ベッドとかあ〜!!!

そしてよくみると、四方の壁にもかなり高い位置におもちゃや鍋、靴など、こっちは小物が“掛けてある”。

これ、、、、どういうことかというと、売り場のフロアは人であふれてる。売り場は見通しが全くきかないから、どこに何を売っているのかわからない。もし日本みたいに低い位置にあるショーケースに商品を並べたら、列の一番前の人しか見えないじゃん。

でも、天井や壁の高い位置に商品を吊したり掛けたりしたら、遠くからでも、人波の頭越しに商品が見える。「あっ、あそこがコート売り場だ!」とわかる。そしたら、少しずつ少しずつ人波をかき分けて、“そちらの方向に”進んでいくわけです。お客さんが・・・

まじっ!!??

ぎゅうぎゅう詰めの電車の中で、網棚に商品が置いてあって、目当ての商品に向かって、皆が少しずつ動いていく、そういうの想像してください。だからアレクは最初に「何を買うのか?」って聞いたんだよね。買うものが決まっていないと、こんなところでは何も買えない・・・

まじっ???


アレクは必死で「毛皮の帽子」を探してくれているみたい。でも30分もたった時、ちきりんは「もーいーかも・・・」と思った。だって大変すぎ。息苦しい。目が回る。それに一番大事なことは・・・

「暑くて暑くて、毛皮の帽子が欲しいと思えない!!」


ちきりん「アレク!!行こ!帰ろ!」

アレク「???」(←肝心なところで通じないちきりんのロシア語。あんなに苦労して勉強したのに〜)

ちきりん「帽子、いらない!」

アレク「ほんと?」

ちきりん「いらない〜」

アレク、手に力を込めちきりんをひっぱった。そして15分後、私たちは人混みを振り切って、出口にたどり着いたのでありました。

グム体験、約1時間。

すごかった・・・


その後、アレクとピーターと3人でお茶。いろいろ聞く。あれでもモスクワは物資がある方だから、地方から皆ものを買いに来ている、とのこと。地方の人はグムしか知らないから殺到しちゃう、と。(ちきりんも田舎モンってこと?)入り口の規制は、入れ替え制だから、と。もっといいショッピングセンターがあるから、ってことで、そっちに行こうという話になる。

それから、いろいろ物々交換した。シチズンのミッキー腕時計はロシアのアンティーク手巻き時計に、ダウンベストは毛皮のロシア帽子に、日本製ボールペンはCCCPロゴの入った手帳と交換。(CCCPってのは英語でUSSR。ソビエトの国名です。)ちきりんがはいてたGパンも欲しがってたけど・・・それは断りました。

後、空港で入国にすごい時間かかった、って言ったら「幾ら渡したの?」って。「なに、それ?」って聞いたら「僕は空港は行ったことないけど・・・全然お金渡さずに手続きするなんて馬鹿だなあ」って。

そうなんだ〜。だからちきりんだけ1時間もかかったんだね。「幾らくらい渡せばいいの?」「ん〜、ドルなら1ドルでもいいんじゃない?」って・・・そーなんだ〜。だからお札を全部並べたりしたのかしら。いや〜ん、ケチなわけではないのよ、そんなこと思いつかなかっただけだよお。そーだったのかあ・・・などなど、しばし会話。

んで、その後、彼らの言うところの「おしゃれなショッピング街に行くことにした。」

すごい!

おしゃれっつーか、アーケードなんですけど、2階建ての。ロンドンやパリにあるアーケードみたいなのの巨大なやつです。(何でも巨大な国です)

お店いっぱい。人、普通。商品、普通。かな。グムみたいに混乱してません。商品は棚かショーケースにあるし。彼らは「外貨ショップに行こう!」と、下心満載で提案してきたけど、やだ!と言ってローカルなお店を回る。ちきりんが買ったのは、トイレットペーパー、歯磨き粉、石けん、口紅などなど。

なんでって?

こういうもの買うと、その国の技術や消費生活レベルがすぐにわかります。それがおもしろい。

まあ、「これ、おみやげ」とか言われて、ソビエトのトイレットペーパーもらった友達は、無言であったけれども・・・


というわけで、午後いっぱいを3人ですごし、記念撮影し、私は暗くなる前に帰ることにした。「どこまで帰るの?」「コスモスホテル」「へえ〜すごい」「すごいの?」「すごいよ、僕たちは入れないんだ、あのホテル」「なんで?」「ルーブルでは払えないし、許可書もいるし」

ふううううううううううん。

アレク「明日も会える?」、ちきりん「うーん、明日はツアー」、アレク「今日も抜けてきたんでしょ?」、ちきりん「うん、まあ、そうだけど・・・」、「明日もここで待ってるよ!」、「うん、ああ、うん」

というわけで、明日も会う約束・・・でも、ちきりんはこの約束は守らない。こういう旅先で出会った人と「2回目に会う」ってのは、とても危険です。

今日はたまたまだから、向こうも何の準備もないし計画もない。でも、すでに彼はちきりんが「日本から飛行機に乗ってやってきてコスモスホテルに泊まるお金を持っている」とわかっている。カメラを持っていることも知っている。しかも、明日会うとしたら、それまでに彼は「いろんな用意」ができる。他の仲間を呼んでくることもできる。だから、ちきりんは「偶然会った人」とは話すけど、旅先で知り合った人と「2回目会う」ことはしないと決めている。

ちなみに「偶然2回会う」というのも信じない。ちきりんには「偶然」でも、相手は「必然として」2回もちきりんの目の前に現れているはずだ、と思う。このへんはさすがに気をつけないとやばいです。

というわけで、二日目、もし待ってくれていたら、ごめんねアレク!

★★★

で・・かなり充実した気分で家路(ホテル路)についたちきりんなのだが・・・この後、まさかあんなことが起こるとは・・・・全く予想していなかった。

ちきりんモスクワ訪問、最大の危機が!!



また明日(毎日いいところで終わらせる連ドラ方式でお伝えしております。悪しからず!)



続きはこちら → ソビエト旅行記その6

2006-04-07 旅日記ソビエト4

さて、いざゆかん! ロビーでもらっておいた地図で位置関係はだいたい把握していた。コスモスホテルは、郊外にある。まあそんなに遠くない。ホテルの前に地下鉄の駅があって、それで7,8個目の駅がクレムリンだ。そこが中心街だからね。だいじょぶ。これならだいじょぶ。(←自分で自分を励ますちきりん・・)

でも、急いで出かけてツアーバスに会うとやなので、ホテルのロビー売店でお買い物。昨日目をつけておいた「レーニンバッチ」を買う。これは友達へのおみやげ。ちなみに売店に売っている「各国新聞」の中に「赤旗」が・・・そう。WSJもFTもルモンドもない。英語もフランス語の新聞もあるけど、各国共産党紙しか売ってないわけですね。

で、頃合いを見計らってホテルをでる。寒い〜。。。。。

しかも・・・地図ではホテルのすぐ横になっている「地下鉄の駅」が遠い〜!!!そもそもホテルの敷地が広いのよ。10分くらい歩かないとホテルから出られない。雪が凍ってるし寒いし・・・地下鉄の駅についた時には「もう、やめて帰ろかしらん?」とか思いましたよ。


でも、地下鉄の中が暖かそうだったので、惹かれて入る。ちなみにですね、地下鉄の駅って、日本の地下鉄の駅を思い浮かべたらあきませんよ。すごい立派なんだから!!そうねえ、日本で似ている建物と言えば、日本銀行旧館とか、その隣にあった旧三井銀行日本橋本店とかです。迎賓館とか思い浮かべてもらってもいいですよ。

なんかやたらと立派。そしてテレビでも時々映りますが、異常に深いところ走っている(核シェルター兼用だから?)。永田町ばりの長〜いエスカレーターで、しかも日本のエスカレーターの倍くらいのスピードで地下に入っていく。そして、入るとそこは・・・本当、豪華絢爛な大広間!ですよ、駅って。シャンデリアだし。暗いけどね、ここも。

方向もすぐわかった。「クレムリン」って書いてあるから。こっちに乗ればいいのね、と。そして、スムーズにクレムリンの最寄り駅に到着。またまた長〜いエスカレーターで一瞬のうちに地上へ。超スムーズ!「簡単じゃーん、自由旅行!!」・・・ふふふ。


しか〜し、この強気なちきりんのハナは・・・約15分で木っ端みじんになった。だって・・・寒すぎる!!!マイナス30度って・・・15分以上歩けない!!!よね。

ツアーに参加すればよかったあ〜!!道もわかんない。クレムリンは昨日見たから、今日は町歩き!と思っていたのに・・・町歩きなんかできないよ。15分しか歩けないんだから!!!立ち止まって地図を見たりしてたら、すぐ凍えそうになります。とにかく動いてないとやばい・・・わけもわからず・・・とにかく動く。。。そして、こんなことをやっていれば当然の帰結がやってくる。。。

そう、迷子になった・・

ちきりん・・・モスクワで迷子!!

まじ〜


呆然!としたいところだが・・・寒すぎて呆然とはできない。で、周りを見回した。結構歩いている人はいるのよ。そんなに車が普及しているわけではない。たしかに毛皮とか防寒はちきりんよりしっかりしているけど、いったい皆どうしているの?寒くないの?と思った。そしたら、あるビルにすごくたくさんの人が入ったり、また出てきたりしているの。

あれは何???

絶対なんかある!!!

ちきりんもあのビル行ってみるあるよ!!(←なんで中国諷??)


行ってみてわかった。そのビルの中にあったのはカフェだったのだあ〜。なーんと、歩行者は15分くらいに一回、こういうカフェに入って体を温めているわけだ!

中はすごい人混み。だから超暖かい!!!コーヒーやウオッカなどを飲んでいる人も多い。でも、暖をとるためだけに入ってきて、何も飲まない人も多い。そう。これは「道の駅」ならぬ「歩行者の駅」!!15分くらい歩いたら、こういう店に入って、また歩いてと、それを繰り返しながら歩くわけよ。そうすると凍えないですむ。そういえば、たかだか数ブロック前にもこういう「やたらと出入りの激しいビル」があったではないか〜。

いやあ、外国にいくと、こういう慣習(慣習??)がわかるまでが大変なのよ。

「これで町歩き可能!!」とにんまりちきりん。とりあえずココアを飲む。ああ、生き返る。


そしたら・・なんか視線を感じる・・・向こうのほうにちきりんをじっと見つめる4つの目。黒い毛皮の帽子。そう、ロシア人。いや、ちきりんは、そのカフェでは超目立つので、大半の人がちきりんを見ているのだが、その黒い毛皮の帽子の男の子とその友達は、とにかく、じ〜っと見てるわけ。「何?何?何?」と思っていたら、案の定話しかけられる。「はろ〜」って。

英語!!!

と思ったけど、英語はそれだけ。で、ロシア語で会話スタート!!(いやあ、税金で勉強した甲斐があったぞ)彼はアレクサンドロビッチ(ベタな名前〜)、私はちきん。(違うのに〜)

そして彼は一人で旅行しているというちきりんに驚きつつも「案内してあげる」と。


あの〜、こういう人についていっちゃいけないってのは、わかるよ。理屈では。でも、ああいう状況でついていかない、ってのはナイと思う。だって、あのままちきりん一人でうろついていても、15分ごとにカフェで休みながら、結局なんにもわからないかも、だもん。これはもう、拉致されるんかレイプされるか、はたまた、身ぐるみ剥がれるんか知らんけど、「ついていったろやないかい!」である。

つーか「スパシーバア!」と哀願していたちきりんなのでありました。(スパシーバは、ありがと〜、って意味ね。)


そして、いよいよ、ちきりんとアレクサンドロビッチとその友達のピーター(本当はヒョードルとかだと思う)とのモスクワ・プチ・ツアー開始!やっぱり片言でも現地語覚えておくといいことあるね〜。

で、どうなったの??って・・・長いから、

また明日!


続きはこちら → ソビエト旅行記その5

2006-04-06 旅日記ソビエト3

コスモスホテルは、空港と違い非常ににぎわっているホテルでした。ドアを入ったら、そこは別世界!広いロビーに人がいっぱい。電灯もとても明るい!

しかも・・・ちきんの予約が入ってる!!(正確には、ちきりんのね)すごい高層ホテルなんで、ちきりんのお部屋もすごく上の方。まあ、華美ではないがこぎれい。これぞ共産主義の部屋!ってか、普通の部屋です。

窓から見ると・・・一面雪景色。これはまあ、見なかったことにする。


とりあえずシャワーを浴びる。服を脱ぐ前に、シャワーからお湯がでるかどうかを確認。これは先進国以外に旅行する人の常識です。先進国にしか旅行したことない人って、素っ裸になってからシャワーを出して「お湯が出ない!」とかあわてる。

お湯なんて出なくて当たり前!

というところから出発するのよ、こーゆー国は。んで・・・まあ出る。湯量は少ないけど。で、シャワー。気持ちよい〜。


シャワー浴びると・・・おなか減った・・・旅程表を見てみるとホテルのレストランで食べろ、と書いてある。行ってみる。受付のお兄ちゃん。この人も巨大。巨人の国だな、ここ、って感じだ。

そのお兄ちゃんに言ってみる。「夕食予約ある。名前はちきん」(←実際にはロシア語で言っている。たどたどしさを日本語訳にて表現してみました。ちきりん、って言うとわからないので、“ちきん”って言ってみた。名前の発音にこだわっている場合ではない。)

無事、なんか変なもんたべて夕食も終了。疲れていたのでぐっすり寝ただすよ。

★★★

翌日は朝の9時にロビーに集合。そう、現地ツアーに出発なのだ!今日もコスモスホテルは賑わっている。それらしい人の集団がいたので行ってみる。名簿を確認している人がいたので、言ってみた。「こんちゃ!モスクワ一日ツアー予約ある。名前はちきん」

通じるんだよね〜うれしい。。。半年がんばった甲斐があるだよ。ガイドさんはお姉さん。若い。怖くないロシア人見るの初めてだ!

ツアーはおもしろかった。モスクワすごくきれいだし。さすが革命が起こるくらいの圧政がひかれていたとわかるクレムリン宮殿。すばらしい宮殿です。こんなもん(民に)作らせてるから革命が起こるだよ。赤の広場広〜い!そこにある寺院?かわい〜い。あっ!これが噂の壁新聞だあ!とか。

ツアー参加者は8名くらい。他の人は東欧とかから来ているみたい。あと、ソビエトの地方の人。当然、日本人はひとり。ガイドの女性の人はとてもにこやか。でも、バスの中で「今のソビエト共産党の書記長は?」って聞かれた時はちょっとびびった。「これは思想テスト??」って思って。でも違った。ちきりんがロシア語を話すのを聞いて、「ロシア通?」とか思われたみたい。

まあとにかく和やかにツアー進行。こういう時、女性一人ってのは有利よね。ほぼすべての方がやさしくしてくださいます。ありがたいです。まずいお菓子を皆からもらったりね・・・


しかし・・・ちきりんはこのツアー中、密かにあることを真剣に考え、そして企んでいたの。それは・・・その日の朝、ツアーの集合の時。15分くらい出発が遅れた。なんでか?ガイドさんの持っている名簿には10名の名前が書いてあった。彼女はその名前を呼んで確認していた。ところが、2名は15分くらいたっても現れない。んで、彼女は「じゃ、行きましょ!」と言って出発した。

彼女は・・・こなかった二人を捜すため、ホテルの部屋に電話したり、本部に電話して確認したりというようなことは何もしなかった。単に15分ほど待っただけ。で、現れないから、そのまま出発した。

ってことはだよ、明日の朝、ちきりんがツアー集合場所に現れなかったら・・・ツアーはそのまま出発するってことでしょ。って、ことは・・・・


「自由行動できるじゃん!!!」


そう。日本出発前にソビエトツーリズムは言った。「勝手にあちこち行くことはできないです。ツアーに参加するか、ガイドをつけてください。」って。でも、その目的は、単に「ガイド代をちゃんと払え」ということであって、必ずしも「行動監視」ではないってことかも、と気がついた。行動監視ならツアーに現れない人を放っておくことはできないでしょう??

(注:旅行中、全部ツアーに参加し、ツアー代を一括して払え!という方式は、当時の共産主義の国ではわりと一般的でした。北朝鮮のように「行動監視」が目的の国もあるけど、大半が「外貨獲得」目的です。

ツアー代として国営旅行社が受け取ると外貨は国(もしくは役人のポケット)に入るけど、自由旅行をさせると、お金がその辺のレストランとかに行ってしまいます。だから、最初に「全行程の予約をしろ」といって馬鹿高い料金を請求します。反対にいうと、お金さえ払ってくれたら参加しなくてもいい、という国も多い、というシステムなんだな、と、このソビエトを皮切りに、ちきりんは気がついていきます。)

★★★

いろいろ考えた。今日こなかった二人はソビエト人なのではないか?だから探さなかっただけでは?ちきりんがこないと探すかも?

でも、探すなら探してみろよ、ほととぎす、じゃなくて、ええっと。探すなら探してもらえばいいじゃん。ちきりんは集合時刻に部屋にいればいい。んで、もしも部屋に電話がかかってきたら「ごめんごめん、今行きます!」って言えばいいじゃん。

よしっ!!!!とかなんとか、考えていたわけですよ。ツアーの間ね。

そしてその翌日・・・朝9時。ちきりんはいつでも出られる準備をして、でも、部屋から出なかった。電話かかってくるかな?って思いながら待っていた。

9時半・・・かかってこない!!

期待に胸ふくらませロビーに降りてみる。

いない!!!ガイドいない!!!


ちきりん、モスクワ自由旅行の始まり始まり〜!!!


また明日〜!!



続きはこちら → ソビエト旅行記その4

2006-04-05 旅日記ソビエト2

さて、恐怖のシェレメティエヴォ空港到着!!

印象は・・・

(1) 暗いっ

(2) でかいっ

(3) 誰もいないっ

でしょうか。


まずは、(1)すごい暗い。薄暗〜い。天井が高いのに暗い。よく見てみたら・・・天井の蛍光灯が3分の1くらいしかついてない。飛行機を降りたところから、空港出るまでずうっとです。なんで?

そう、電気代がもったいないから・・・電気自体が“貴重”というか“不足してる”んでしょう。だから全部つけないんだと思う。

のっけから「共産主義国!」

いや、電力が足りないのが、共産主義国の共通点なのどーかは不明ですが・・


(2)でかいっ

なんでもドでかく作るよね。アメリカの空港と同じくらいでかいです。が、


(3)誰もいない!

売店も全部閉まってます。電気の節約?誰も買わないから?そもそも人がいないです。開港前の空港に着いたみたいな気がする。ソビエトに行ったら、帰りに免税店でキャビア買ってみよ〜と思っていたちきりんなのですが、そんなもん買えそうな店は全くなさそう。というか、店なんだろーな〜というところはあるのですが、電気もついてないしシャッターが閉まってる。ほんと寂れてるんです。誰もいない。

飛行機もそんなに到着しないし、ちきりんの飛行機に乗っていた人たちも、いつのまにかあちこちに消えていて・・ちきりんは「入国」っていうサインの方にずんずんずんずん歩いていたら・・・いつのまにか「誰もいない!」

いやこれ、まじなんですよ。だって、乗り継ぎで東欧や北欧に行く人は別の場所に行っちゃうでしょ。ソビエトに入国する人も、現地の人はなんか別の通路で早々と行っちゃって・・・外人であるちきりんは、なんかやたらこっちだあっちだという矢印に沿って歩いているうちに、ほんと数人しか残ってないのだよ。

つのる不安!!

★★★

そしていよいよ入国審査。巨大空港だから入国審査の窓口は30個以上ずらあああっとあるんだけど、あいてる窓口は2個みたいな。

もちろんその2個のカウンターの前以外の電気は消えてます! 

暗っ!


担当は、巨大なおばちゃん。ロシア人。

「ズズズズ・・・ズドラストビィチェ・・・」・・・うわずるちきりん

「ハイ」とおばちゃん。

えっ!? それ、英語??? 


混乱ちきりん・・・


いやしかし、その後はおばちゃん英語は話さず。

半年のロシア語特訓が無駄になったかと思って一瞬あせったよ、ちきりんは。


というか、そのおばちゃんは「何語も話さず」でした。指と“あご”でちきりんに「この鞄あけて」とか「そっちは何?」とか指示されておりました。おいおい、いきなり会話拒否かい?と思ったけど。怖いので逆らわず。ちきりんは、習いたてのロシア語でいろいろ話しかけてみるが・・・・完黙。余計なこと言うのはやめましょうってことか。


入国審査って、荷物検査があるんだけど、これが40分たっても終わらない。

なっなに???

おばちゃんは、もくもくと、ちきりんの持ち物すべてを子細に調べている。一言もしゃべらず・・・こっこわい・・・それにっ・・・トイレ・・・行きたい・・・

あせるよ、全く。


数少なくなっていた一緒に入国審査のカウンターまで来た他の人は、15分もかからず入国審査終わり。で、周りにはだーれもいなくなるし、電気は相変わらず暗いし、おばちゃんは不機嫌そうだし・・・

しかも・・・最後は財布を取り出して、ちきりんのお金を全部カウンターに並べ始めた。日本円、米ドル、トラベラーズチェック(この時点では、ちきりんはまだルーブルを持っていない。)そのお札を、、、、全部並べるのよ、カウンターに。まるで干すみたいに・・・

なんなんだよ〜・・・・・!!


もう話しかける気力もないちきりん・・・ただただじっと待つ。おばちゃんも、もくもく働く。働く?はい、働く。

1時間経過・・・ようやく「行け」とのお達しが・・示されました。もちろん「あご」で・・・


ちきりん解放!!!

近くのトイレへ駆け込む。

ほっ!!

★★★

で、気を取り直し、出口へ向かう。延々とだだ広い通路を通る。

again,

(1) 暗いっ

(2) でかいっ

(3) 誰もいないっ

まじだよ、誰もいない。


ちっ、ちきりんは、どーなるの?誰か迎えに来てるはずではないの??誰って?いや、誰かしらんけど・・・ソビエトツーリズムの人とかさ・・・

と・・・先方の暗闇に浮かび上がる巨大な影・・・(逆光で、ほんと影だけ見える!!)

その影が手をあげる。

きゃ〜!!!

って言いません。ちょっとびびったけど・・・


そしたら、その巨大男が「ちきん?」と呼びかけた。。

「ちきん??」「あっ!ちきりんのことだ!!」(ちきりんの本名は外人には発音しにくいのだ。)

「ダ〜ダ〜、ちきん!!」(ロシア語にて「そうよ、そうよ、わたしがちきりん!」)


その大男、にっこりわらって、「こっちこい」と言う。いや、またしても「あごで」言う。

この国の人はしゃべらんのかい???んなら、なんのためのロシア語講座やねん!!!

と思ったが、とにかくついて行く。


そんな人についていくの怖くなかった??とよく聞かれますが・・・No choiceでしょう。あんなところに一人取り残されるよりはまし。誰でもいいから、どこでもいいから、つれてって!という心境でした。

あとですね、この人は何の書類も(ちきりんの名前を書いた)看板みたいなのも持っていないし、ちきりんだって「ツアーバッチ」とか、そーゆーの何もつけてないんです。それで入国審査に時間とられて巨大な空港を歩いていたら、いきなり「会うべき人」とあえるんです。これ自体、「いかに誰もいない空港か」ってのが、おわかりいただけると思います。

日本なら地方の小さな空港でさえ、こんな「ほとんど偶然」みたいな待ち合わせ方法では、会うべき人と会えないでしょう・・・

★★★

その人の後ろについて歩きようやく空港の外へ。陽の光だよ!!!なんせ空港が暗いから、救われた思いがしました。と、ちきりんは大男の背中の後を小走りでついていく。雪の中、駐車場まで。

「乗れ」車のそばで大男が言う。もちろん「あご」で・・・・

乗る。出発!!


やった〜!!!モスクワだよ〜!!!ちきりん到着〜!!!

雪の道。でも高速道路は快適。雪が降っているとは思えないスピードで一路、モスクワ市街へ。そして、目の前には巨大なホテル。

「コスモス・ホテル」


入り口の巨大な看板を読み取る。「ここに泊まるのか〜」

ずずずっと車はホテルの車寄せへ。ついたら・・・「降りろ」大男が言う。「あご」でね、もちろん。(ひつこい・・・)

降りる。

★★★

車走り去る。


えっ???チェックインのサポートとかないの?

ほんとにこのホテルでいいの??

予約とかちゃんとはいっているの???

そもそも、どこのホテルに泊まるのかも、なんも聞いてないんだよ、あたしゃ。


はい〜???

ぽつねんちきりん。コスモスホテルの前にて・・・


しかし、そんなところで迷ってはいられない。だって、

寒いっ!!!

凍えるよ、こんなとこにいたら・・・

そしてちきりんは、ボストンバッグひとつ抱えて・・・ホテルの中に消えていくのでありました。

今日はここまで・・・ここまでかい??

はい、ここまでです。

ではまた明日〜!!



追記)コスモス・ホテルは、ソビエト崩壊直後、火事で多くの宿泊客が亡くなりました。合掌。そして・・・ちきりんの幸運に・・・感謝。



続きはこちら → ソビエト旅行記その3

2006-04-04 旅日記ソビエト1

ずっと昔の旅行の話です。思い出はひとつの写真から。

レーニンの顔が印刷された巨大布に覆われた建物の前で、二人のロシア人男子に挟まれてにっこり微笑むちきりんの写真。が、正確には微笑んでません。寒くて凍えてました。

なんせ2月に行きましたから。モスクワはマイナス30度くらいでした。まだベルリンの壁が壊れる前で、ゴルバチョフ書記長の時代。「一回、共産主義の国を見てみたい!」と思った。で、「共産主義といえば、ソビエトでしょ!」ということで行ってみた。

最初に思ったのは言葉が通じないだろうということ。日本語が通じるわけないし、英語も彼らにとっては「敵国語」だしね。で、旅行に行く前に、まずはロシア語を勉強しました。だから実際に旅行したのは、思いついてから1年後です。すごい長期的旅行計画。ちきりんは「慎重派」だから。


しかし、ちきりんはただの慎重派ではない。正確に言えば、「貧乏な慎重派」なのです。(当時の話です。今はどちらかというと「お気楽な小金持ち」です。左諷に言えば「堕落したプチブル」ですね。)

語学学校に通うお金はない。そこへ、ひらめいた。大学で「ロシア語」を履修しようと思いついた。これなら、当時学生のちきりんにとっては「無料」です。いい案でしょ。語学学校だとすごくお金かかる。「いいアイデアだな〜、ちきりんって頭いい〜」と自画自賛で履修登録をすませ、いざ最初の授業へ!


そしたら、大変なことが起こった。

教室には、先生一人、先生かつ生徒一人、生徒ひとりの3人しかいない・・・

先生一人は、ロシア語の先生。先生かつ生徒一人ってのは、体育学の先生で、ロシアに「少年期体育教育」の在外研究に行く(当時のソビエトって、オリンピックの体操とかで、すごい若い少女が世界トップレベルの演技をしてました。今も??)予定で、ロシア語を学ぶ必要があるという人。

当然、この先生は別にテストも受けないし、単位もとる必要はない。んで、生徒ひとり。ちきりん。


えっ?ちきりん一人???この大学で、ちきりん一人なの?この授業とるの???


しかし時既に遅し。履修登録変更期間はとっくに終わっていたのでありました。(先生にも迷惑だったと思う。ちきりんが履修しなければ、このセメスター、先生は授業をやる必要がなかったのかも。)


そして、始まったのだよ。ちきりん一人の授業(体育の先生も一応いるけど・・)。半年。週2回。涙だよ。涙。

タダより高いものはない!!


そもそも、ちきりんは大学の授業にでてない。ほとんど出てません。忙しいのよ、バイトに遊びに社会勉強に運動会に・・・なのに・・・ロシア語の授業だけは、一切休めませんでした。まじかい?大学時代に皆勤だったのはこの授業だけです。

もちろん「A」を頂きました!!


もうかなり忘れたけど・・・ズドラーストヴィーチェ! (こんにちは!)

最初は思ったよ。なんで「はろー」がこんなに難しいんだ??これじゃあ、友達もできねーよ、って。


まあとにかく、1年ロシア語の授業も受けて準備万端さ!いざソビエトへ!である。

最後の方は授業もかなり笑えましたよ。

ちきりんは、「先生、“トイレは無料ですか?”っていうのは、こういう言い方でいいですか?」とか、もろ旅行会話みたいな質問しているし、

体育の先生も「あの〜、“初潮を迎えたら練習メニューを変えるのか?”というのは、こういう言い方でいいんでしょうか」とか質問してるし・・・なんかすごい実践的というか、わけわかんない授業でした。大学の語学授業なのに・・

一応、ロシア語の先生は本当は「トルストイ研究家」だったりするのに。申し訳ない気持ちで一杯です。先生、お元気かしら?


ところで、旅行記書くつもりなのに、こんなことやってたら今日中に「出発」まで書けないのでは?とご心配のあなた。心配する必要はありません。「出発までは、書きます」。まだまだいろいろあっただよ。旅行前に。

まず旅行会社を探したのだけどね、当時はほとんど旅行する人、特にひとりでの自由旅行なんてのは無くてですね、旅行代理店は皆、めんどくさそーにするわけ。

んで、元請けの「ソビエト・ツーリズム」というソビエトの国営旅行社を探し出して、日本での連絡先を教えてもらって・・・たしか日本橋に事務所があるとかで、相談に行ったです。

この相談に行くの自体怖かったです。いきなり拉致されたらどーしよ、とか。家に書き置きおいてでかけました。「私が帰ってこなかったら、ここを疑って!」とか。

勇気を振り絞り・・・しかも、なんかすごいじみーな事務所で、ロシア人だか日本人だかわかんないような事務の方にお会いしました。不思議がってらっしゃいました。「なんで一人で?」「ほんとに観光ですか?ほんとに?ほんとに?ほんとに?」って感じでした。たぶん・・・なんか疑われてたと思う。


でもさすが元締め、いろいろわかった。まず日本のパスポートは使えない。ソビエト渡航書という、特別の渡航許可書が必要とのこと。それがビザもかねるんだって。あと、基本的に自由に動くことはできない。毎日、専任ガイドをつけるか、現地ツアーに参加する必要があると。これは予算の関係もあるから迷わず、「現地ツアーに参加します」と決める。

一番怖かったのは・・・「現地に着くまでホテルはどこになるかわかりません」って・・・え〜、それなに??って感じでしょ。

ちきりんは、一人旅の場合、ホテルはたいてい予約せずに行って現地で探すんだけど、ソビエトではそういう自由旅行はno good(当時の話)なんです。全部、事前に決める必要があるのだが、その「決める人」ってのは、「政府です」っていうのよ。

政府って・・・ソビエトの政府??って感じでしょ。一瞬行くのやめよか?と思ったけど「あのロシア語授業の苦労を忘れたのか!」という思いで行くことにしました。


まあ、覚悟を決めてしまえば、そんなに手続きは難しくなかった。でも、とにかく「1週間でいくら払え」って感じで、ホテルも食事もツアーも、「我が国が手配しますからご心配なく」って感じなのよね。いや、その「我が国」が怖いんですけど、って感じです。

飛行機は・・・もちろん、アエロフロート!

いやあ・・・頼むぞ! (何を?誰に?)

斯くして、ちきりんは、ひとりソビエトに旅立ったのでありました。


★★★

アエロフロートは・・・かなーり混雑してました。誰だ?こんなの乗ってるの?と思ったけど、東欧に行く人とかロシア経由で行ってるみたいでした。

飛行機の運転が(操縦?)画期的だった。それまでも欧州やアジアには旅行したことあるんだけど、まあ、それは西側の飛行機会社でしょ。ところが、アエロフロートはパイロットが「空軍」の人なんですよ。ロシア空軍ね。

だから、離着陸がすごいおもしろい。って、おもしろくないか、怖い。すごい。しゅわん!しゅおん!って感じ。すごい角度で離着陸してる感じなんです。

飛行機もジャンボじゃない、ってか、ボーイングでもないわけ。

「そっか〜、この国、自分で飛行機作ってるんだ!」って感じ。たぶんイリューシンとかいうやつだと思う。名前もなんとなく「かっくい〜」って感じでしょ。「ちきりんスパイになる!」という・・・ふふふ。乗り心地が、なんかこう、軍用機に乗ってる感覚でしたです。


しかし・・ご飯は・・・まずい。女の子一人なんて客はいないし。みんなロシア語で話しているし。しかも・・・離陸した時と、着陸した時に、観客が皆一斉に「拍手」するし!!(←観客じゃなくて・・・乗客ですね。搭乗客かな?)


なんだ??


と思ったけど、ちきりんも拍手しました。特に着陸した時は本当に嬉しかった。あれは拍手しますよ、誰でも。

そう、ちきりんは着いたのです。モスクワに。飛行機の窓から外を見ると一面真っ白。凍り付いている感じ。飛行機も少なく、広大な、寂寥感溢れる空港。「ここ・・・一人で??」って感じでした。怖さがひしひしと・・

しかも、季節は2月。


チプローイ!(ロシア語で、寒〜〜い!)


終わり。今日はここまで。全然進まないね。次回はシェレメティエヴォ空港の前後について書きます。って、空港だけかい??旅行についてはいつ書くんだ??

頑張ります。お楽しみに!



続きはこちら → ソビエト旅行記その2

2006-04-02 「格差問題」の「問題」

先週テレビでみた番組の多くが格差社会や格差問題の特集でした。それにしてもメチャクチャな議論だな〜と思うものも多かったので、ちょっと整理しておきたいです。

格差問題についてではなく、“格差についての議論方法の問題”について書いてみます。



<1>議論のトピック自体が不明確

まずは以下のうちどれを議論しているのか、明確にしてほしい。


(1)格差とは、なんの格差なの?

経済力だというなら個人の経済力なのか世帯の経済力なのか、

経済力って収入のことなのか?資産を含むのか

再配分前の格差なのか、再配分後の格差なのか

格差と、格差固定化のいずれを問題視しているのか


(2)格差がつくことは、いいことか悪いことかという是非論

(3)問題とされるほどの格差が現実にあるのかどうかという現実論

(4)その問題が、こんなに議論が必要なほど重要なの?ということ

(5)格差の原因と対策(解決法)


また上記は、上から順に議論される必要がある。最後の問題について議論する番組は、最初の4つについて、どのような前提(仮定)をおいた上で議論しているのか、明らかにしてくれないと、わけがわからない。

再配分前の格差を解消する方法と、再配分後の格差を解消する方法は、まったく違います。また、固定化を解消する方法も、格差自体の解消法とは全く違うはず。なんで、ごちゃごちゃに議論するんだ??


なお、上の5つを“漢字の多い言葉”で表記すると下記です。

(1)課題の定義

(2)価値観の議論

(3)現状の把握

(4)他の社会問題との優先順位の明確化

(5)原因の解明と解決方法の議論・提案



<2>極めて、恣意的に(な)データが使われている

  • 貧困率の国際比較がよくでてくるけど、所得分布が大きく異なる国の貧困率を比べても意味がないでしょう。
  • またジニ係数だって、完全な指標ではありません。退職金を入れるかどうか、再配分前と後、高齢化の影響、フロー(年収)とストック(資産)の関係、景気変動要因の影響・・・グラフを見せる時はもうちょっと「どういう計算がされているのか」明確にしてほしい。また、これだけ言われているのだから、そろそろ「高齢化の影響」を除いた係数を計算して欲しい。
  • 非正規雇用の人の数を、「希望して非正規雇用を選んでいる人」と「余儀なくされている人」に分けて議論して欲しい。フリーターとかニートも同じ。


<3>格差問題を利用して、全然別の問題に話をもって行く人が多い

「格差問題の解決策は、非正規雇用者を減らすこと」とか言う人がいるけど、格差が無くしたいだけなら、寧ろ不当に高い正社員への報酬を下げればいいはず。

しかし、そうはならない。なぜなら主張者が「労組系」だからです。自分たちの給与をさげることを解決策の一つであるとは、彼らは口が裂けても言わない。格差問題を利用して自分達の既得ポジションを守ろうとするのはすごいずるい。


もうひとつ。ニートやフリーターが増えてるということをやたらと問題視するんだけど、「増えているのがニートやフリーターであってホームレスではない理由」もよく考えて欲しい。

年収200万円のニートやフリーターの中には、家に個室をもっているのに家賃も光熱費も払っておらず、それどころか母親が、食事の用意や衣服の洗濯までしてくれるという、ちきりんよりよほど恵まれた環境の人もいる。

一方、正規雇用されてるけど、超狭いアパートに全部自分で払って住んでいる若者(年収400万円)もいるでしょ。どっちが可哀想なのかよく考えて欲しい。前者が年収が半分で可哀想、とか言われても簡単には同意できません。後者の人は世帯主で、もちろん洗濯も掃除も自分でやっていて、加えて田舎にいる親にもなかなか会えなかったりするのだよ。


というわけで、この問題の議論の仕方、前々から気になっていたのですが、最近テレビとかで、すごい勢いで取り上げられるので、より気になりました。



また明日