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Chikirinの日記 RSSフィード

2006-07-31 メディアの誤解

今日は「グーグル」のお話。何かと注目されている会社で、会社についてもいろいろ報道されますが、私たちが直接体験できるサービス自体もなかなかに画期的ですよね。ちきりんも、消費者(ユーザー)としてウエブ検索はもちろん、イメージ検索、マップ、自動検索ニュース一覧などよく使っています。


力を持つモノが批判にさらされるのは世の常。グーグルが言われてるひとつの批判が「ビジネスのための政治性」という話。たとえば日本やアメリカで天安門事件について検索すれば、それこそ五万とサイトが見つかる。しかし、中国国内でこれを検索しても、それらのサイトは「検索結果として表示されない」というような問題です。

こういうことが技術的にできちゃう、というのもすごいし、んなことやれ!という中国政府もすごいし、それに応じるグーグルもすごい。

しかも、心配性な人がより危機感を持っているのは、「中国で天安門事件を検索して何も情報が見つからなくても、天安門事件は存在しなかったと思う人はいないが、もし、もっと微妙なことなら“情報が見つからない”=“事実自体が存在しなかった”と思われてしまう」ということです。

南京虐殺で検索したら「実は虐殺された人数は極めて少ないのだ!」というサイトしかヒットしない、となると、「そーなんだ〜」と思う人が多くなってしまうだろうと。

アメリカでイラク戦争について検索すると、アメリカ兵がどんな人権侵害をイラクでやっているか、という情報は一切検索にひっかからないとかになれば、そういう事実自体が「なかったことになる」ということね。そーゆー懸念を持っている人がいるようです。

★★★

これ、ちきりんはあんまり気にしてない。だって、いくらグーグルが「すばらしい!」ツールであっても、それを「The Answer to the worldだ!」と思ってしまうほど、一般の人たちはバカでもまじめでもない、と思うから。

新聞だってそうでしょう。新聞が書いていることが世の中のすべてだとも、それだけが正しいことだとも、皆思ってないよね。グーグルも同じ。もっと言えばね、「ネットに載っているものが、世界のすべてである」なんて、みんな絶対思わないって。

ちきりんは割と、私たち一般の人たちの視野の広さやバランス感覚や嗅覚について、信頼感がある。少々マスコミや検索エンジンが世界をゆがめて提示しても、それに全く完全にだまされるほど、私たちは子供っぽくない、と思う。


が、ことの本質はそーゆーことではないのかもしれない。すなわち、「それくらいグーグルってすごい影響力を持っている」と思われている、ということなのだ。これは結構画期的だと思う。しかもWSJはアメリカだけで、ルモンドはフランスだけで影響力を持つのに、グーグルは世界全部をフィールドにしようとしている。だから、みな疑心暗鬼になる。


こういう議論の裏には、既存のマスコミのグーグルに対するひがみ・ねたみ・警戒感などがにじみ溢れている。それから彼らの傲慢さもよく見える。彼らの前提は「一般の人はメディアを通して世界を感じている」ということなのだ。この笑っちゃえる滑稽な思いこみが、不必要な「グーグル脅威論」を生んでいる、と思う。

私たちはそんなものを通して社会を見ていない、と思うだよ、ちきりんは。


ネットの他のサービスも同じ。○ちゃ○ねるという巨大掲示板も最初は「世の中変える」みたいに言われたけど、あれで何が変わったとも思わないよ。時間がたてばみな、その「メディア」自体の限界や性格を極めて正確に理解し始める。普通の人のバランス感覚ってすごいレベルだと思う。

なんどもいいますが、こういうものが「世の中を変える!」という人たちは、結局のところ「メディア偏重」という意味で、メディア側の人だと思う。消えゆくメディアの人が自虐的に表現する場合が多いけど、つまりは「そっち側」の人の意見なのだ。



ちきりんは、グーグルファンだし、ブログ書いているし、掲示板もよく見ますが・・・こんなものが社会にもてる影響力はたかがしれている、と思う。朝日新聞が社会に持てる力とせいぜい同じだ。日中、日米戦争に関して「朝日新聞の戦争責任」とか主張する人もいて笑っちゃうんだけれども。そんなことで社会は動いてないだろうと思う。彼らは「国民が喜ぶこと」を書いていただけだ。


世の中を変えうるものは、もっとリアルな何か(体験)だと思う。


ではね。

2006-07-28 BSE危険度チェック質問リスト

今日は「米国牛輸入解禁」なので、一応、皆さんの「敏感度合い」をチェック! ただし、潜伏期間20年以上と言われる病気なんで、ぶっちゃけ40才以上の人はあまり気にする必要はないみたい。(今回の輸入再開を決めた政治家も皆高齢だからね、人ごと人ごと。)


今、思ったんだけど、アメリカって多分すんごい(見つかってないだけで)BSE感染牛多そうでしょ?ってことはあの国の人、20年後にいきなり皆して苦しみ始めたりして??・・・一気に人口&国力半減!になったりするかも?

ローマだってオスマントルコだって、「無敵」「永遠」と言われていて、無くなっちゃったんだからありうるかも?ですね。

★★★

では「米国病気ビーフ・敏感度チェック!」


該当するものがあれば、その数を数えてね!



(1)スーパーやデパートで牛肉を買う時、「米国産」と書いてあれば、安くても買わない。

(2)焼き肉食べにいこーぜ!と言われても、「その店の肉どこの?」と確認しないと「行かない。」もしくは、店に行ってから確認し「アメリカのです」と言われたら・・・席を立つ。or 野菜しか食べない。

(3)近所の中華料理屋にいったら友達が青椒肉絲を注文。でも「肉はどこの?」と聞いても店員の返事は要領を得ない。もちろんあなたは、この料理には箸を付けない!

(4)何気なく買ったコンビニ弁当(もしくは駅弁)に牛肉の炒め物が・・・弁当の裏にも原産地表示無し。このおかずは残す!

(5)ランチタイムに入ったお店で、メインディッシュにサラダとスープがついてきた。スープは「ビーフコンソメ味」のようだが・・・もちろん、こんなスープは飲まない!

(6)有名なラーメン屋。豚骨だけでなく牛テールでもスープをとっていると思われるから・・・行かない!

(7)レトルトのカレー。ルー、ブイヨンにはもちろん「牛骨出汁」が。当面こういったレトルト食品は食べない!

(8)駅で買ったサンドイッチにハムが入ってる。ん〜、なんのハムかな。どこの肉からできたハムかな。表示が不明。もちろんハムを除いて、キュウリとパンだけで食う!!

(9)子供がレストランで「ぼく、ミートスパゲッチッ!」と。でも、そのレストラン、ステーキは国内産と書いてあるが、ミートスパゲティのミンチは・・・店員もわからないみたい。もちろん、子供には別のモノを選ぶよう指示。

(10)もちろん、自宅や会社の近くの店や社食で「ハンバーグ定食」なんて、肉の原産地表示がない限り、絶対食べない。

(11)夏休みに旅行に行くときに「ユナイテッド」「AA」「ノースウエスタン」などのチケットを予約しているが、機内で「Beef or Fish?」と聞かれたら、絶対にBeef!とは言わない。

(12) 上記の状況において、あなたの席はエコノミーの最後尾・・・「もうビーフしかなくなりました。」と言われたら、もちろん「パンとサラダ」しか食べない!

(13) その旅行の途中の乗り換えの飛行場で待ち時間5時間。お腹がすいても「絶対、マクドナルドなどのバーガーは食べない。」もちろん旅行先でも同じ。旅行先が「アメリカ」もしくは「アメリカからの牛肉輸入国」である場合、旅の間ずっと、牛肉、スープ、ハム・ソーセージ類を口にしない。

(14) 夏休みのプールで子供が「フランクフルト買ってえ〜。」ソーセージの「中身の肉の」原産国(ソーセージの製造国ではなく)が確認できない限り、こんなもの買わない。

(15)もちろん奥さんには「子供の弁当に」「ハムやソーセージをいれる場合、かならず“肉の”原産国を確認するよう、その記載がない場合買わないよう」きちんと言い渡す!


以上です。


だいたい10点以上の方は大丈夫?(いやなんの根拠もないです・・)



米国の牛肉なんて絶対食べない!って言っている人の半分以上が(1)だけYesだったりするんじゃないかとも・・・・思う。



ではまた明日。

2006-07-25 多数決

「民主主義」が「完璧だ」とか「ゴールだ」とか「すばらしいものだ」と思ってる人は、どれくらいいるんだろう。全員ではないのはよくわかるが、半分よりは多いかな?よくわかりません。

人はそういう感覚を「どこで」身につけるのか?あんまり「民主主義って何か?」とかって学校で習った記憶はないでしょ。だから経験から判断している人が大半だと思うけど、普通どこで「民主主義はすばらしい!」って感じるようになる(刷り込まれる)のかね。


戦争の時代の記憶がある人に関しては、よくわかる。「比較すれば」、「戦後民主主義」は極めて「安心で平和」なんだろう。比較級の形での「民主主義はあの時の制度よりマシ」っていうのは、よく理解できます。でも、比較級で言えば、戦争に突入するようになる前(必ずしも民主的ではない社会)の方がよかった、という人もいるでしょう。どの時代が「比較的」よかったか、というのは、人によって、立場によって異なる。


あとね、「民主主義はうさんくさい」とか「キライ」という気持ちの方は、これはわかりやすい。アメリカを見てて「民主主義って汚い」とか「自分勝手に振る舞うことをそう呼ぶのか」とか思う人はたくさんいるだろう。民主主義に懐疑的な人の多くが、このパターンだと思う。(この話はむかつくから今日はもうしません。)

★★★

マスコミで「イラクの人はフセイン体制の方が幸せだった」と言ったりする。それが本当かどうかは不明です。当時も今も不幸という人もいるだろうし、クルド人なんかは今の方が幸せだろう。しかし、確かに「前の方が余程よかった」という人もたくさんいるでしょう。つまり、立場によっって違うわけだ。



「前の方がよかった」人には2種類の人がいる。というか、2種類のパターンかな。

ひとつは、特権階級であった人が「パンピー」(一般ピープルの略)になった場合。自分が不当な特権を享受できていた非民主的な制度の方が好ましいだろう。サウジアラビアの王家のみなさんとかさ。金正日も同じ。民主主義なんてくそくらえ。

もうひとつは、経済的状況とか安定度、とかですね。民主主義ってのは「ややこしい」制度なのだ。イラクを見てればよくわかりますが、民主主義ってのは原理的に不安定だし、無秩序だ。その上、経済的な状況は必ずしも民主主義のレベルと相関しない。だから、「軍事独裁下だが、今より安定していた(予測可能だった)し、経済的にもましだったし」ということが起こりうる。だから「前の方がよかった」という場合がありうる。

★★★

ちなみに民主主義とは何か?「あなたの定義を言え」と言われたら、皆さんどー説明されますか?いろんなこと言う人がいそうですね。ちきりんが「民主主義ってなに?」って言われたらどう答えるかと言えば、

「民主主義は多数決」

って言うと思う。結局そーゆーことではないかと思ってるのだ。



んでもって、これが、ちきりんが「民主主義」というものに「懐疑的」で「シニカル」であることの理由なのだ。どーも「すぐれた制度」とは思えないのだもの、多数決って。(アメリカも嫌いだが、ちきりんの場合は、それが民主主義に懐疑的になった理由ではないです。)

★★★

たとえばね、仕事上の大半の判断って、多数決なんかで決めないでしょう?この商品をどういう商品にするか、とか、この契約を結ぶべきかどうかとか、まともな会社でそんなことを「多数決」で決めてる会社はないです。ちゃんと話し合うわけ。どっちがよい策か、どちらが採るべき案なのか、って。

たとえ違う意見の人が極めて少数でも、時には「ひとりだけが強硬に主張している」ような場合でも、一応検討するよね。というか、まともな会社はこういう少数派の声を数の力でむりやり押し切ってきてないから、まともな会社に(結果として)なっているのだ。

個人の判断もそうですよね。進学、結婚、出産、転職、なんにしろ「多数決」で決めたことなんてひとつもないでしょ。あなたに家族が5人います、と。転職するかどうか多数決をとったりはしない。いろんな人の意見を聞いて、一人で決めるか、もしくは、奥さんなり旦那のみと「話し合って」決める、でしょ。

そう、人は、大事なことを多数決で決めたりしないのだ。多数決で決めるのは「今日は焼き肉にする?それとも中華?」みたいなですね、どーでもいいことだけです、普通。



ところが、この多数決ですべてを決めよう!というのが民主主義なんじゃないかと。


と考えると・・・すごく不完全というか、「てきと〜」な制度じゃない?民主主義って。

★★★

もっとつきつめれば、民主主義って「何が正しいか(まで)をも、多数決で決める制度」だと思う。それって「どんなもんだか」と思うよね。

やっぱさあ、正しいと思うことは「話し合う」「議論する」という行為を通して追求すべきではないかと思うのだ。多数決で決めるというのは、「議論と思考の放棄&諦め」だと思う。人間としての知恵の放棄であり諦観だ。あんまし前向きな感じがしない。何かというとすぐに「多数決にしよう!」と言い出す人がいるのだが・・・「脳に持久力がない」んだよな、と思って暗くなるだよ。



でもね、結局は「仕方ないから」多数決を使う。だって、1億人とかで話し合えないからね。そう、多数決って、そういうテクニカルな理由から民主主義の意思決定方法として採用されているのだ。将来テクノロジーがすんごい発展して、中国だって13億人で話し合えるもんね!みたいになったら、こういう方法(多数決)は、大事な場面では使われなくなるかもしれない。そういう「次善の策」ってのが民主主義的なるものの本質であって、決してそれは「目指すべきもの」でも「すばらしいもの」でもない。

あくまで「仕方ないから多数決」なのだ。そしてそれは、ちきりんに言わせれば「仕方ないから民主主義」だ。

★★★

多数決で何かを決めるというのはさ、すんごい「非効率」だよね。なぜなら現象ごとにYES/NOが決まるんだもの。一本筋の通った設計思想があって、それにそっていろんなことを判断していく、という論理的な帰結とはほど遠くなる。

「税金は少なくして欲しい」「社会サービスは充実させてほしい」とか、ってことになるでしょ。どーすりゃいいんだ?って感じです。ちきりんに言わせれば「よりよい生活がしたい」「格差社会は問題である」というのも同じだ。個別の問いかけにバラバラに「私はこうしたい!」という多数の声が反映させられては、全体として動かなくなっちゃう。

その上、多数決は「とるたびに結果が違う」でしょ。昨日はYesだった人が今日はNoでも全くかまわない。話し合いならそうはならないです。「お前、昨日はこういってただろ!」と言われます。意見が変わったなら、それがなぜなのかとか説明が必要になる。んだけど、多数決って「今日はYesな気分!」とかっていう気まぐれな判断の集積なのだ。だからとても不安定。

★★★

というわけで、あまりにも欠陥は多いのではあるが、「仕方ないので採用されている」多数決という方法が、この世の進歩を大きく阻害していると。そして、その「多数決」が「選挙」を含め民主主義の意思決定方法の大原則として採用とされているということが、民主主義の大きな限界というか、欠陥であると。そう思うちきりんでありました。はい。



ではでは

2006-07-23 ヤドカリちきりんの記録(一部)

今は東京では分譲マンションのお部屋を購入して住んでいるちきりんですが、今までいろんなところに住んできました。最初は実家の一戸建てで大家族。初めて一人暮らしを始めたのは18才。東京で6畳一間のアパートを借りて下宿生活を始めました。

その後は振り返ると、ほんと「ヤドカリ生活」。ずうっと、学んだり働いたりする場所や、荷物の量、経済力なんかに合わせて、ちょこっとずつ大きめのお部屋に引っ越すという生活。



そのうちアメリカで学生生活を送っていた時に住んでいたお部屋が下記です。色鉛筆でちきりんが描いた絵?、間取り図? 「間取り絵」かな。


f:id:Chikirin:20060723233559j:image


左下にあるのが部屋のドアですね。40平米くらいのワンルーム。向こうでは「スチューディオ」と呼ばれているタイプのお部屋です。

左下のドアから入ってくると、すぐ右側に、両側を大きなクロゼットに挟まれたところがあって、その奥が洗面室。黄色く塗っているのは鏡のつもり。大きな鏡のついている洗面室でした。その上に水色のガラスドアがついた洋風バスタブがあります。アメリカだからね、洗い場はありません。これホントやだった。使いにくい。

お部屋の方は簡単な台所がついてるだけ。家具は右上にシングルベッド。まんなかに食事用の円テーブル。テレビを見てくつろぐための一人用のソファ。それから左側の壁には、どでか〜い机を置いてます。机の上にはパソコンと本箱が置いてあるんだけど、わかります?あの2年間はほんとよく勉強しました。この机にかじりついていたちきりんです。でもびんぼーで・・・椅子はお金が無くて、すごく安いプラのプールサイドチェアみたいなのを使ってました。(青いやつね)上から見た図だから、ちょっとわかりにくいかもね。

家賃は6万円くらいでした。光熱費も管理費も込み、しかも、ベッドと丸テーブルとソファはこの部屋の付属品ですからね。まあ結構お得なお部屋だったと思います。はい。




そして、下記がアメリカから帰国して最初に住んだ賃貸マンションです。ベッドルームだけ別になった1LDKです。下部の真ん中が玄関。半坪の小さな玄関です。

入ってすぐ左手にバスルームとトイレにつながる洗面所のドア。その先に、オープンな感じの台所。この頃合いのいい「奥まり感」が、このキッチンで気に入っていたところかな。

んで、最後に和室があって、そこにベッドを置いてました。押入が大きくて収納に恵まれたお部屋でした。

大きなワンルームの方には、こたつ+ソファがくつろぎスペース、楕円のダイニングテーブルの方が食事&作業(時々仕事)スペースでした。真ん中に稼働式のテレビ台を置いて、「どこからでもテレビが見える」というのが、かなーり便利でした。

あと上の方はベランダなんですが、外窓がついていて、そこに洗濯機を置いてます。騒音防止にもなったかな、二重窓だから。



f:id:Chikirin:20060723233653j:image



こちらは・・・50平米くらいで家賃は16万円くらいでしょうか。


今住んでいるお部屋も結構気に入っている上に、あちこち「DIY」しているので、そのうちまたお絵かきしてご紹介しますね。


ではでは

2006-07-22 人を殺すことへの罰

先日みたニュース。

超高齢で認知症の母を誠心に介護していた、これまた高齢の息子が、介護に行き詰まり母親を殺害したのだけど、母親の承諾があったということで「承諾殺人」だそうです。

で、言い渡された判決の刑期が 3年未満、執行猶予付き。


これって、事実上「罪ではあるが、罰はなし」という判決ですよね。どう思われます? 

ちきりんはちょっと「違和感」が捨てがたいです。


(1) 人を殺して、懲役 3年未満? 執行猶予??

日本の裁判は、「情がらみ」の「身内」殺人に非常に寛容です。

今回のようなケースの他に、親が子供を、夫が妻を、誰かが自分の愛する人を「道連れに殺す」、すなわち「心中」の場合も、非常に甘い判決がでます。

こういった「身内殺人」には多くの場合「やむにやまれぬ理由」があります。経済的な行き詰まりとか病気とか、二人の愛を貫くためとか・・・

でも、いろいろ事情はあろうとも、これって「殺人には違いない」のに、本当にこんな甘い罰でいいのかな?  親を殺して 2年半の懲役。しかも執行猶予付き。どうも違和感がぬぐえません。


今回の場合、犯人(息子)が「非常に熱心に介護していた」様子が伝えられ、「法廷が涙で包まれた」と報道されてたけど、じゃあ、彼が近所の人にしょっちゅう愚痴をこぼしていたら違う判決になったんだろうか?

介護は大変です。今の行政が役にたたないことも事実です。

でも、「殺していいのか???」


執行猶予付きで 2年未満の懲役なんて、事実上

「まあ一応ちゃんと介護してくださいね。自分の親なんだから。やってみて、それでも無理なら、いざという時には殺しちゃっても罰しませんけどね」

と言っているようで、ちょっと怖い。


(2) 法律的な判断をきちんとやってる?

「本人の承諾があった」と認定されているようだけど、犯人以外の誰かひとりでもそれを聞いたのでしょうか?  他の事件と同じレベルで証拠認定をやっているのかどうかがやや疑わしい感じです。

あと、「裁かれてるのは被告だけではなく、生活保護行政だ」という裁判官の言葉にも違和感があります。裁判官がそんな「感想」みたいなこと言ってていいの?


個人が自分の意見を言ってるなら、それでいいです。でも裁判所ってそういうとこだっけ?? そういうこと言い出したら、

「無年金の人が食べるために強盗殺人の犯罪を起こした」→「裁かれているのは被告だけではなく、年金行政である」

「中学生がホームレスを殺した」→「裁かれているのは被告だけではなく、教育体制である」

「失業者が犯罪を」→「裁かれているのは失業保険制度である」


とかいえるはず。 訳がわかんないよ。


(3)「独自の価値観」を押しつけてる気がする。

犯人は「すごくまじめな性格」だったとのこと。

だから「返せないのにお金を借りてはいけない」と生活に困っても消費者金融からお金を借りなかった。

(ここまではまだいい。しかし)友達や親戚からも「悪いから」「してはならないことだから」という理由で、お金を借りてません。

そして家賃を滞納せざるを得なくなり、自らアパートをでているんです。

追い出されたわけではなくて、家賃を払えないから、自らアパートを出たんだよ。


これ・・・「まじめ」とも言えるけど・・・一方で、「生きる力がない」とも言えないか?


昔、「違法だから闇で食料を買わない」と言った裁判官がいたらしいけど、同じ状況にたいして「正式の配給米しか食べない」と言って餓死する人、生きるために闇米を買いだしに行く人、家族を生きさせるために夜中に近所の農家の畑を荒らす人など、いろんな人がいたでしょう。

このうち、「配給しか食べずに餓死する人」が「正しい」のでしょうか?

もっとも「同情されるべき人」なの?そういう人の場合だけ、最終的に「食べるものもなく、やっていけないから親を殺しても情状酌量の余地がある」の?


反対にこの人があちこちから借金して、お母さんの世話は最後までやりきったとしましょう。

でも借金は返せない。踏み倒すか、もしくは、罪を犯してお金を盗んだら、もしもコンビニ強盗の際に相手を傷つけたら、その場合は執行猶予がつかない可能性もある。

親を殺して執行猶予でも、介護をやりきるために強盗したら牢屋に入れられる可能性がある。これって妥当なの?


私が問いたいのは、「まじめに頑張っていた」ことが、「罰するのはかわいそう、罰する必要はない」理由として妥当なのか?ということです。「まじめ」なのはほんとにいいことなのか?

今回の判決は、「介護を誠心誠意やってたかどうか」、が量刑に影響を与えてるようにみえて、とても気になる。


「嫌々介護してたら」執行猶予つかないの??

「一生懸命子育てしてたら」殺しても執行猶予なの??

嫌々でもなんでも、ちゃんと介護してたら、十分に偉いと思うんだよね。


なんつーか・・・「金を借りないのは偉い」とか「介護にイヤな顔をしないのは偉い」とかいう価値観があって、それが「殺人の罰の質と量」に影響を与えてる気がして、違和感があるちきりんです。

裁かれるべきは「罪の行為」であって、それを犯した人の「生活信条」や「一般的なまじめさ」ではないはず。


★★★


今の生活保護行政はむちゃくちゃで、今後よりいっそうむちゃくちゃになることが確実な折り、こういう「人間的な」判決がでることは「心温まるお話」なんだろうとは思います。

それに、この人は本当に「かわいそう」な状況だったと思います。しかしながら、今回の判決はやっぱり“なんだかね”と思えます。

「親からずっと虐待を受けていた」とか「愛情に飢えていた」とか言う理由で、重大な犯罪を起こした少年に「情状酌量」を求めるのも同じです。

確かに加害者も、別の面では被害者かもしれない。かわいそうかもしれない。しかし、だから犯した罪は罰さない、というのは、それでいいのか?

介護殺人に「お墨付きを与える」ような結果にならないことを祈りたい。


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ではまた明日


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2006-07-20 あっぱっぱ

「あっぱっぱ」って関西弁なのか、赤ちゃん語なのか、それとももっと特殊な言葉なのか、よくわかりませんが、私は「あっぱっぱ好き」です。

独自定義では、「あっぱっぱ」とは、「女性が真夏に家の中で着るワンピース型のホームウエア」です。


個人的には、

・綿でできている

・ファスナーやボタンなどは一切付いていない

のふたつは「最低条件」だと思ってます。


この季節になると、スーパーの衣料品売り場や、パパママ衣料品店の店先でもよく売っていて、値段も 980円くらいからあります。ちょっと「高級品」でもせいぜい 3000円くらい。

ただし、「あっぱっぱ」姉妹品なのに「キャミドレス」とかいう名前になると、ブランド店で何万円とかのものもあります。

でもこれは、上の定義でいうとあっぱっぱではないです。たいてい化繊だし、シルエットをきれいにするためファスナーが付いてたりもするんで。


というわけで、まあ安いから、毎年新しいのを買ったりするんですが、ちょっと思い立ってオリジナル・あっぱっぱを作ってみました。

コレ↓

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(ちきりんオリジナルあっぱっぱ 2006モデル)??


生地は渋谷の生地屋さんで買ってメートル 980円で 1.5メートル使ってます。綿ガーゼで、ガーゼが二重になってる生地です。

ロング丈で、片方にスリット入れました。もちろんボタンもファスナーもなし。後ろにギャザー、前はリボンで絞るようにしました。

肩のところは、ほんとは「ワンピース型」にしたかったのですが、布の幅が足りずに断念してキャミ型にしました。作成時間は 2時間くらい。


超さらさら。超やわらかい。これぞ究極のくつろぎ着!! それに、柄も楽しいでしょ。着脱 5秒! このお手軽さが「あっぱっぱ」です。


というわけで、今年一番「おきに」の「あっぱっぱ」できあがり〜!!



んではまた〜



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(素材アップ:とてもやわらかな二重ガーゼ。しわしわ感がいい感じ)



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2006-07-18 終電だ!

「終電が出る時刻」という概念をご存知でしょうか。

これは、「有権者の中で 50才以上の人が占める割合が半数を超える時」を指し、この時を境に「財政改革ができなくなる」と言われています。

50才以上の人たちは給付を受ける側の人たちであって、この層が過半数に達すると

「将来の世代に借金を残してでも、自分たちへの給付をあつくしてほしい」という声も過半数に達する。

そうすると年金や医療保険を含め、財政再建ができなくなる、という話です。


IMFがこの終電発車時刻をいくつかの国別に算出しています。

アメリカやドイツ、フランスでは 2015年当たりでにこの“終電”が出てしまいます。

イギリスだけはかなり余裕があり、終電は 2040年の予定です。(→ IMFのデータ )

で、その表には日本が乗ってないので、人口データをみて日本について計算してみると、なんと日本では 2005年の段階で既に「終電がでてしまった後」でした・・。(日本では 2005年には既に 52%が 50歳以上、データはこちら


そーだったのね・・・「いや、終電は 60才以上の有権者が過半を超える時だ!」という意見もあるのでしょうが、それでさえ日本はそんなに安心できないようです。

「高齢者の全員が自分のことしか考えない!」とは思わないけど、投票率の差もあわせて考えると、確かに“ 60才以上が有権者の 6割”になったら、

「年金の給付を大幅カットして、保険料を低くしよう!」という話は選挙受けしなくなりますよね。どの政党もそんなことは言わなく(言えなく)なります。

この話を聞いて、初めてちきりんは「選挙権を 18才から認める」という話の意味がわかりました。

若い人に選挙権を与えることが唯一、終電時刻を遅らせる方法として残っているものなのです。


★★★

さて、では何で若い世代は選挙に行かないのか? 20代とか 30代の人って選挙に行かないから、自分たちの世代の意見が全く通らなくなってしまう。

ちきりんがひとつ関心があったのは「世代別投票率の格差の変化」です。

若い人の方が投票率が低いのは今に始まった話ではないはず。

そもそも仕事に遊びに忙しい世代の投票率が低いのは、ある意味当然です。

ただ、それが昔よりひどくなっているのかどうかに関心があったのですが、下記がそのデータです↓

http://www.akaruisenkyo.or.jp/070various/071syugi/693/


これによれば、やはりもともと 20代の人の投票率は低いのですが、昭和 58年( 1983年)から 20代の投票率だけが劇的に下がっています。そして、その後 10年遅れて 30代も下がり始めます。これらは同じ世代の人です。

この政治に関心をもたなくなった最初の世代は、「学生運動が終わった後に大学に入学した世代」ですよね。

1970年代の前半が“学生や大学が政治に深くかかわっていた最後の時代”ですから、それが終わった後、急速に若者が政治に関心を失ったことがよくわかります。


では政治に関心をもてなくなった若者は何によって自分達の問題解決を図ろうとしているか。

昔は「デモで世の中を変えよう」という感じですが、今はどっちかというと「個別に努力&工夫をして難局を乗り越えよう」という感じのようです。

たとえば、貯金や財テクに熱心な人が増えているし、また、昔は子供を生んでから「貧しいから大学にはやれない」という思考の順番ですが、今は「大学にやれる経済力がないから子供を生まない」というように変わっている。

大変だから政治を変えて生き易い世の中を作ろう!というより、(自分の行動を変えて)自己防衛しよう、と変わってきているんです。

★★★


1990年を境として戦後以来続いた日本の“右肩上がりの世界”は終わってしまいました。

「未来を明るいと思う時代」から「未来は暗いと思う時代」に変わったわけです。

そんななかで「有権者の 7割が 50才以上」とかになったら、日本は確実に手足を縛られるでしょう。

長期的に日本をどうすべきかという、若い人向けの政策を打ち出して政権をとるのはとても難しくなるからです。


ただ、終電発車時刻説が成り立つにはもうひとつ前提が必要であって、それは、「有権者の大半は自分の利益を最優先する」という前提です。これは本当に正しいのか?

ちきりんは空想的な思想はもちあわせてないので、「自分のことより社会の利益を優先する人が大半だ」などと言う気はありません。

しかし、自分のことより子供のことを優先して考える親は山ほどいると思います。

高齢者はお金持ちです。「自分の保険料はあがっても、子供=孫の教育費は下げて欲しい」と思う人はいるでしょう。

つまり、国全体での将来は考えなくても、「自分ちの次の世代」のことは考える人も多いように思います。

実際、ニートやフリーターを息子・娘として抱えていれば、そういう若者を切り捨てて高齢者の福祉をあつくする政策を、必ずしも自分が高齢者だからといって支持するわけではないように思います。


となると「最終深夜バス発車時刻」ってのもあるんじゃないか、と思います。

これは「子供を持たない 50才以上の有権者が、全体の○割を超える時」という感じです。

最近の日本では未婚率が急速に高まり、子供をもたない人も増えています。

そんな人が増えれば、まさに「遠い将来より自分の老後」という判断になってしまいます。


そんなのまだ当面こないよ!という人もいるでしょう。

確かに日本全体ではすぐにそんな時代にはなりません。

しかし未婚率が高く子供を持たない夫婦の比率が高い特定の地域において、有権者数ではなく実際の投票率を加味した上の数字であれば、非現実的な事態でもありません。

子供もいなくて、自分が 50才超えたら・・・やっぱり誰もが「自分のための政策」を求めるでしょう?

少なくとも、民主主義の大原則(世にも野蛮なる意思決定方法)である「多数決」に基づいた意思決定は、その方向に進むと思います。


ちょっと怖くなっちゃいます・・


f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium

ではまた明日


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2006-07-17 想像力欠如

北朝鮮のミサイル関係で、国連安保理の制裁決議云々の話の報道。

なんだか、違和感の多いちきりんです。どっちかいうとマスコミより一般の人の反応の方が余程まともな感じ。

「まだ話し合いの余地は残すということですか?」と信じられないような質問を小泉首相にしたテレビキャスターがいましたが、ちょっと「戦争」にたいする想像力が欠如してる気がする。

「話し合い以外の解決方法」って何?、本気でやる気あるの?? 防空壕掘ったり、疎開するような生活をホントにやる気あるんかい??

ないですよ、私には。


実効的な制裁、たとえば中国や韓国が本気で北朝鮮支援を止めるとか、海上臨検をやる、みたいなことになったら、あの国は無茶をするしか方法がなくなるじゃん。

アメリカのイラクのように、「泥沼になっても戦争する」という覚悟が決まっている時以外、そんな追い込み方をしたらあかんのよ。

でも、脅かすのは大事なの。だから、「それをほのめかしながら」「違うところに着地する」ってのは、すごいまともな外交です。

それを「結局骨抜き」とか「日本は孤立」とか言ってる人って、一度どういう思考をしてるのか聞いてみたいもんだす。


★★★


一般の人ってのんきでしょ。ごく普通に今も生活してるでしょ。まさか戦争が起こるなんて思ってないでしょ?

それは一面では「思考停止による平和ボケ」とも言えるけど、ちきりんは「本能的に戦争なんてないと確信してる」という意味で、まともだと思います。


戦争なんてしたい人、いないよね。アメリカはイラクで手一杯だし、中国・ロシア・韓国は国境を接した国との戦争なんて絶対したくないでしょ。

もっともやりたくないのは金正日です。日本と北朝鮮が戦争したら、日本人は「誰か死ぬけど、私じゃない」可能性が高い。でも、戦争したら金正日はなんらかの形で必ずアウトです。死んじゃうんです、

死ななくてもフセインみたいにアメリカで牢屋に入ることになります。自分が絶対にアウトだとわかってる人は戦争したりしない。こっちがなんにもしないのに、攻めてくるなんてアホなことはしないってば。


ところが、やたらと日本の人って「戦争したがってる」ように見える。「まだ話し合いの余地はあるんですか?」ってなんやねん??


★★★


冷静さを失っている、というよりは、「想像力の欠如」が一番の問題だと思う。

戦争が起こったらどうなるか、自分が年をとったらどうなるか、なんでも同じ。

先を考えなければ楽しく、好きなこと言ってくらせる。

普通の人はそれでいいけど(その方が人生楽しいし!)、少なくとも「ジャーナリスト」だと自称する人はもうちっとまともなこと言って欲しい。


先制攻撃論を唱える人もどーかしてる。「言うのはいいけど」「実行はあり得ない」です。

基地だけ叩いて、そしたらいきなり金正日が「ごめんなさいっ!」って謝って、すべてが解決するの?

その後はどうなるのか、こういうこと言う人って「その後のシナリオ」をちゃんと示しているか?

先制攻撃論自体を言うのは悪くないです。強気は見せておけばいい。(実際には、今これを言う人の多くは総選挙狙いだと思うけど)でも実行はありえない。


★★★


というわけです。

アメリカは最初から戦争やる気があるから、戦争やろうとしてるから、相手を追い込むのです。日米開戦の時もそうだしイラクもそう。戦争やるために、相手を追い込んでいく。相手が暴発するように挑発し追い込む。

でも日本は違うでしょ。戦争なんてやる気無いんです。

私たちがまず明確に意識しなければならない問いは、追加の制裁措置の検討でも、今回の決議の評価でも、先制攻撃論の是非でもない。「戦争を本気でやる気あるんですか、我が国は?」ってことでしょ。


後先考えず無茶をするのはやめたほうがいい。なんも考えずに犬を蹴飛ばしてかまれましたと。そんなの許されるの小学生までです。


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ではまた明日


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2006-07-16 暑中見舞い

先日、京都の南禅寺を訪れました。

平日だったんで人が少なくてお天気も良くて(暑すぎだが)とてもきれいでした。

その日に撮影した写真を使って、今年の暑中見舞い葉書を作成してみましたよーん。


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↑石の中の文字が暑そうでいいでしょ!


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2006-07-15 比較優位

大学の頃、経済学か貿易論の授業で、「比較優位」という概念を学んだ時、「画期的な考え方だなー!」と感動しました。

簡単に言うと、「各自、“自分の能力の中で、比較的、得意なこと”に専念して、みんなで分業するのがいいですよ」ということですね。

当たり前っちゃ当たり前です。自分の必要なモノを全部自分で作る自給自足より、各自が得意な仕事ひとつに専念して、他のものはお金で買う方が合理的です。

国も同じで、農業国は農産物を、工業国は工業品を作り、貿易で交換すればいいということです。その方が全体として「効率的」ですよ、と。


他にも環境問題で、二酸化炭素の「排出権」という概念が生まれました。

「空気を汚す国や企業」は、「きれいな空気を作ってくれる木々」を確保しろ、という話なので、工場や都市の周りに森林地帯を作れば理想的なのですが、実際にはそうはなりません。

工場や都市の多い国は、「お金をだして」森林を確保する。たとえば、日本は、アマゾンの森林が出す酸素を「権利として買う」ことになります。

これも比較優位の方法論ですよね。工場や都市生活をする国と、そのための「酸素を出す森」を持つ国の分業であり、お互い得意な方に注力して、交換しましょうって話です。


★★★


ちょっと話は変わりますが、「反グローバリゼーション」という言葉をよく聞くようになりました。サミットやダボス会議の開催地に現れてデモをする団体が、「アンチ・グローバリゼーション」を唱えています。

この言葉を作った人って、すごくセンスがある!と思うちきりんです。


「反」=「アンチ」という接頭語は、何にでもつけられる言葉ではありません。例えば、「アンチ巨人」っていうけど、「アンチロッテ」とは言わないでしょ。「アンチおかっぱ」とか「反おでん」も変ですよね。

これは、「アンチ」や「反」は、「価値観を含む言葉」の前に付けるべき接頭語だからです。なんらかの「価値観」が提示されて、それに「反対!」って意味なんです。

だから「現象名」など単なる名詞の前につけると、落ち着きません。「少子高齢化」とは言うけど、「反少子高齢化」は変でしょ。「アンチ温暖化」も変です。これは、少子高齢化も温暖化も価値観を含まない言葉だからです。


そして、「グローバリゼーション」という言葉も、もともとは価値観など含まない、社会現象名だったと思います。でもある時、誰かがこの言葉に「反」を付け始めました。

この言葉に「反」をつけた人は、「グローバリゼーション」という言葉に「価値観が含まれている」ことを見抜いて明確化したのです。


さて、なぜこんな話に飛んだかと言うと、「アンチ・グローバリゼーション」という概念は、「反比較優位論」なんだと思ったからです。

「それぞれが得意なことに専念しましょう」というのは、一見合理的ですが、それは「全体としての合理性」にすぎません。極端に言えば、なんでも手に入る国の人たちが、他国に向かって、「あんたは鉄鉱石だけ掘ってればいい」とか「キャベツだけ作っとれ」と命じている、そういう感じがします。

これって超傲慢ですよね。突き詰めれば、「付加価値の低い仕事は貧乏な国でやってくれ」って考え方なんです。

で、それに対して「いやだ!」と言いだした人がいる。「ちょっとくらい効率悪くたって、俺たちだって好きなことしたい!」と言い出した人たちがいる。それがアンチ・グローバリズムの本質じゃないかと思うのです。


★★★

今までの経済や政治の前提は、「いかに全体としての富を増やすか」が目的であり、そのための方法を考えるものでした。

でも「反グローバリズム」を唱える人たちは、この「価値の最大化」という目標自体を否定しています。「たとえ経済が発展しなくても、個々人が、もっと人間らしく生きられるべきだ」と主張するのです。


ところが、ここにひとつ、皮肉なことが起こっています。というのは、こういうことを言い出すのは、現時点での経済成長の恩恵を受けている側の人だということです。

今の段階で経済成長の恩恵を受けていない国の人が切実に望んでいることは、「人間らしい生活」などではなく「より経済的に豊かな生活」なんです。というか、そのふたつは同一の意味なんです。

というわけで、サミットやダボス会議の会場周りで、「アンチ・グローバリズム!」、「経済成長より人間らしい豊かな生活を!」と唱える人たちは、すでに十分に経済成長の恩恵を受けてきた人たちだということ。ここがこの問題の限界だよねと思います。


ではまた明日。

2006-07-14 足摺岬

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上の写真は先日訪ねた足摺岬の写真です。

足摺岬ってどこ?って感じですよね。四国です。高知県ね。その左・・・ええっと西側の南側の岬ね。四国最南端の岬です。四万十川を訪ねて、ついでに足を伸ばしました。

日本海側の、例えば東尋坊ほどではないけれど、やっぱり外海なので、それなりの迫力です。

★★★

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こちらは同じく高知なんだけど、その中央、高知市の南にある桂浜での一枚。遠くに浮かんでる船がちょっと幻想的。

高知といえば土佐、土佐といえば坂本龍馬。

確かに、こういう海を見ていると、外の世界に思いを馳せるというのはとても自然なことだと思えてきます。ちきりんも、そういう時代に生まれていたら、きっと海の向こうの世界に憧れただろう。もしもそこに船が現れたら、それにのって、遠い、違う世界に行ってみたいと心を焦がしただろう、と思います。

泳ぐのも、シュノーケリングも好きだけど、眺めるのも好きです、海。


★★★

写真はありませんが、帰りは瀬戸大橋を電車で渡って戻りました。瀬戸内海には大小様々な島が点在していて、海は穏やか。瀬戸の花嫁っていう古い歌があるけど、あれがまさにぴったりな感じ。内海ってこんな感じなのね、と思います。

昔、家島(瀬戸内海の島のひとつ)出身の友人がいて、キャンプしに遊びにいったことがあります。当時は信号機もひとつしかないとか(子供に信号機の仕組みを教えるために設置してある)というようなことだった。あの頃はすんごい長い距離泳げてました。プールじゃなくて海なのにね。ちきりんは平泳ぎ専門。ゆっくり長〜く泳ぐのが好きです。海に包まれてる感覚が好き。なんつーか、母親のお腹の中にいた時の感覚、ってこーゆー感じじゃないかと思うのよね。

いや、今回は泳いでないんですけど。




海を見ているとほんとリラックスできる。いつか海のそばに住めたら素敵です。


ではでは

2006-07-13 世界のニュースから

朝鮮日報がおもしろい。名前は似てるけど、朝日新聞よりよっぽどおもしろい。


最近、海外のマスコミのニュースがすごく手軽に読める&見られるようになった。これはネットとかケーブルTVの大きなメリットだと思う。まだ高いのでいつもは契約できないけど、中国国営テレビや韓国のテレビ等々もスカパー!で視聴できるし、CNNやBBCにいたってはたいていのケーブルTVや、もちろんスカパー!でも基本パックに含まれている。

ちきりんが海外のテレビを見始めたのは911のテロがきっかけ。あの時から「NHKだけ見てたら何もわからんやん」と痛感した。CNNとBBCの報道姿勢の違いも非常におもしろかった。ロンドンのテロの時もこの3つのテレビの報道姿勢はホント三者三様で、テロの事件自体よりもそっちのほうが余程おもしろかった。

★★★

朝鮮日報は日本語版のウエブがあって、それを読んでいる。きっかけは韓流スターの記事を見るためだったけど、最近のように北朝鮮系の事件があると一般記事も目が離せない。日本向けに書いている記事もあるようだけど、社説を含み多くの記事は韓国向けの記事の翻訳だ。日本語が少したどたどしい場合もあるが、それもご愛敬。

あと、すごいのはグーグルのニュース。日本以外にもすごい数の国が選べる。こちらは今のところ現地語での表示だから内容まではよくわからないのだが、写真がついている場合も多いし、そもそも何がトップ記事でどの程度の大きさなのか?というのを知るだけでもおもしろい。知らない国のニュースを眺めていると(中身はわかりませんが)、世界旅行をしている気になれる。これは、そのうち自動翻訳ボタンが付くと思うんだよね。ほんと、こんなのが無料で読めるなんて、信じられないくらい楽しい。



朝鮮日報の日本語ウエブから、最近のその社説をひろってみると、ですね。

「核とミサイルで韓国を守っている」と言う北朝鮮

韓国政府は日本に先制攻撃の口実を与えた北朝鮮になぜ何も言わないのか

国家としての良心を失った日本の先制攻撃論

ミサイル食らった韓国の太陽政策

北朝鮮のミサイル発射と大韓民国の奇妙な平穏ぶり

などなど。

その他の記事では、ミサイル発射日の日本と韓国の対応を比較した表・記事を掲載し、韓国の対応の遅れを厳しく非難していた。いわく「北朝鮮との境界線を守っている我が国の兵士たちは、北朝鮮のミサイル発射の第一報を軍令ではなく、NHKの報道で最初に知ったのだ」と。

★★★

韓国には朝鮮日報を始め3つの大新聞がある。それぞれ「財界寄り」「保守党寄り」などの色はあるものの、全体として現政権には極めて批判的だ。現政権の「北朝鮮寄り」&「日本や米国との関係を軽視する姿勢」を継続的に批判している。

大統領は、これらの新聞の力を弱めるために独占禁止法を強化しようとして国際的なマスコミの非難を浴びているのだが、にもかかわらず、自分を養護してくれる「草の根新聞」を対抗馬として育てる政策の強化に余念がない。かなり強引なことやってます。日本ではここまではさすがの小泉さんもできないと思う。


他国の新聞を読んでいると、なるほどね〜ということが多いです、はい。



でも、最近の朝鮮日報で一番笑えた記事はこれ。

「日本、おなかの贅肉を政府レベルで管理へ!」

笑えるでしょ。そうきたか、って感じです。



昔、アメリカのニュースで、

「日本では今、すべての機械からネガティブ・アイオンが発生していますっ!」っていうのをやってて、最初は何の話かわからなかったのだが、ネガティブ・アイオン=マイナス・イオンだとわかった時もおもろかった。リポーターが秋葉原から中継し、「なんとこのアイロンからもネガティブ・アイオンが!!」とかやってました。

この話を友達にしたら、その友達が「えっ、マイナスイオンって日本だけではやってるの?」って。そんなもん、日本以外では流行るわけないじゃん。まったく・・・視野を広く持ちませう。



本当はいろんな言葉が読めたらもっとおもしろそう。グーグルニュースでバーチャル世界旅行していると、ホントそう思う。でも当然ながら、そんな暇も能力もやる気もないので、グーグルさん、早く自動翻訳機能をつけてね。イラクの新聞がイラク戦争をどう報じ、ネパールの新聞がネパール王室をどう報じているのか。

この世にはおもしろいことがありすぎて、ホント足りないのは時間だけ。


つー感じ。


そんではね。また明日!

2006-07-12 自治体の破綻とか

都道府県別の人口なんですけどね、2ヶ月前に、神奈川県が、東京都に次ぐ人口第二位の県になりました。昨年の国勢調査の時にはかろうじて大阪府が2位だったんだけどね。伸び率の差があり、大阪を抜いたわけです。

今後、大阪は「日本第二の都市」というフレーズを使うことができません。*1これは結構でかいことではないかと思うよ。神奈川県はここぞとばかりアピールすると思うよ。「日本第二の都市、神奈川県ですっ」と。




で、国勢調査時点(昨年の10月)で、その他のランキングを見てみると、


1位:東京都 1245万人

2位:大阪府  884万人

3位:神奈川県 874万人

4位:愛知県  721万人

5位:埼玉県  706万人

6位:千葉県  605万人

7位:北海道  564万人

8位:兵庫県  559万人

9位:福岡県  506万人

10位:静岡県 380万人


なんです。で、今は神奈川が大阪より多くなったと。

これ、どー思います??

★★★

「首都圏」とよく俗称されるのは、1位の東京、3位の神奈川、5,6位の埼玉と千葉で、この合計で、2730万人です。首都圏を青にしてみました。

赤にした関西合計が1440万人ちょい。名古屋と静岡が1100万人です。

(そもそも、この10個で人口の半分の6300万人程度を占めています・・・)


これさあ、誰もが予想するのは、大阪府が愛知県に抜かされるのも、時間の問題だろう、ということでは?無茶無茶景気いいですからね、あそこ。10位に入っている静岡県は、愛知県つながりともいえる。

ちなみに国勢調査の5年間隔で見ると、前回からの変化率がマイナスなのは、この10個のうち北海道だけ。大阪府が横ばい。後は全部プラス、です。伸び率トップは神奈川県で、2位が愛知県です。ねっ。

★★★

ただ、北海道をのぞき、10位までの他は全部増えているわけで、今様に言えば「勝ち組はますます強く」なわけです。これはね、今までよりインパクトあると思います。これから時代は「地方分権」です。この意味するところは端的に言えば「独立採算」です。

今でも住民税や介護保険料、水道代など、各種の公共料金や公租系課金額が都道府県によって異なっています。実はかなり大きな差があるんだよね。引っ越すといきなり手取りが減って驚く家庭とかあるわけです。

んで、基本的に人口が少ないと厳しくなる。特に働き手人口、若者人口が少なくなると厳しくなる。

★★★

日本でもすでに都道府県等の「地方」の「破産手続き」というのが整備されはじめてる。これ、なかなかわかりにくい概念ですが、アメリカだと破産する地方自治体って珍しくありません。日本も事実上破産手続きにはいったところがあります。

破産するとどーなるかというと、強制的に「リストラ」が行われます。市役所の分室が閉鎖されたり、公務員の給与を一律カットしたり、ゴミの収集日が少なくなったり、住民税など各種負担がいきなり重くなったりする、わけです。

本当はこういうのを自主的に行って「破産しないように」しないといけないのだけど、結局、その地方で選ばれた政治家(たいていの場合、トップではなく議会の人ね。議員さん。)は手をつけたがらない。んで、破産したら「強制」です。

そう、痛みは「住民」が負担することになる。

★★★

みなさん、自分の県やら市町村が「破産」したら、どーします?

日本が破産してもアメリカに引っ越すって人はあまりいないと思うけど、都道府県くらいなら「引っ越し」しますか??

来年から、住民税は倍、水道代も倍、ゴミ収集は有料、近くの市役所の分室は閉鎖されて、小学校も統廃合で遠くなって、病院も遠くなって、介護保険と健康保険料が3割アップになって、消費税がその県だけ10%になる・・・って決まったら、引っ越しますか??


引っ越せない人、たくさんいるよね。仕事がその地でなければ困る人。生まれてからずっとそこに住んでいて、引っ越すなんて考えられない人。そんな余裕や体力の残ってない人、などなど。引っ越せる人の方が少ないだろうな。大半の人は「勘弁してくれ」とか思いながら、その地に住み続ける。

★★★

お金持ちはどうにでもなります。別荘をもっていればその地に住民票を移すだろうし、わざわざマンション買っちゃう、というのもありでしょう。中には海外に居住地を移す人だっているだろうし。

★★★

一番深刻なのは、上の10位にでてこない都道府県なわけですが、でもね、このトップグループの中では、ちきりんは故郷「関西」が結構、心配ですだよ。

大阪が日本で3位、もしかすると将来は「日本で4番目」とかになったら、それってもう「一地方」のひとつ、なんだよね。

んでね、「ええやンか、別に2位じゃなくても」とか「ほんなこと、気にしてへんわ」ってな感じの人が多いんだと思うんだけど、そーゆー人って、「そうなったら、何が実際、どう変わるのか」ってことに対する想像力が欠如してると思う。

自分が今、享受しているものの、ありがたみってわかりにくいんだよね。それがなかったら?と想像するのは、それがない世界を見た時に初めてわかる。病気になって初めて健康の大切さが、親を亡くして初めて親のありがたみが、わかる。海外に行って初めて、日本の安全さ、清潔さがわかる。

★★★

「大都市」というのは、すごく多くの「利便性」がある。海外旅行に行きたければ、「出発日の朝に自宅を出れば国際空港に到着できる」(空港近くでの前泊が不要)というのは、東京や大阪の人にはわからないだろうが、「すんごい楽なこと」です。それを当然と思える人は、実は日本の人口の半分もいない。

名古屋の人は、中部国際空港ができるまで、本当に大変な思いをしていたと思うよ。(反対かも。今はじめてその便利さを痛感している、かな。)

海外旅行も出張もしないって?病院に何時間もかけて通うとか、映画や美術館もすんごい遠いとか、学校もすんごい遠くなるとか・・・どれくらい不便なことか、今、それを享受している人には、ホントわかりにくい。

★★★

いや、大阪がすぐにそうなるとは思わないけど、トレンドとしては関西はそういう地域になっていくのね、ということが、今回のニュースで痛感させられたわけです。

破産すれば強制的にリストラですよ、と書いたけど、県立(府立)美術館なんかまっさきに金のかかることはできなくなるでしょう。関西空港だって、すんごい赤字なわけです。こんなのいつまで持つのさ、と思うちきりんです。

「関西空港の赤字はすべて大阪と兵庫と京都の人から特別住民税で取り立ててください。」もしくは「関西空港発の飛行機はすべて中部国際空港を経由してから、目的地に飛んでください。そうしたら、愛知県が補助金を一部負担してくれますから。もちろん、関西から目的地へは今より4時間長くかかりますけど。」みたいな話になるのは、星新一氏の10分のイチの想像力があれば考え得る、って感じだ。

★★★

別におどかすつもりはないですけどね。でもね、当事者意識のない組織の行く末は、だいたいが見えている。まあ、その時になって・・・関西弁の人が日本中に引っ越しし始めたら・・・てのも悪夢ですけどね。はい。


そんではまた〜


★★★

*1:人口以外の指標もあるので、別の指標をとればまだ当面使えるかもしれませんが。

2006-07-07 石垣島にて休暇

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石垣島に行ってきました。日頃の行いが良いちきりんの旅行中は、全く台風の影響もなく、ひたすら好天で、すんごい暑かった。さすがホントの亜熱帯。長時間シュノーケリングやっていて、背中がやけど、太ももにクラゲに触られたブツブツ、手のひらには珊瑚で切った擦り傷切り傷と・・・満身創痍のちきりんです。

それにしても海は気持ちよいです。




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遊びすぎて忙しいので、また明日。


ではね。