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Chikirinの日記 RSSフィード

2007-05-30 “妥当な値段”

何かの値段を聞いた時、“高い”もしくは“安い”と感じる個人の金銭感覚には大きなバラツキがあります。

収入や資産など経済力の差に加えて価値観の違いもあり、同じ値段でも高いと思う人、安いと思う人がいます。様々な人が持つ“妥当な値段”という感覚。これが結構おもしろい。


たとえば衣料品やファッション雑貨の価格帯は、すごくきれいに複数の層=レイヤーに分かれています。

(1) 普段は数千円の衣服、雑貨、鞄を買っている人なら、一点 2万円のバッグやセーターは高級品に思えるでしょう。

(2) 2ー3万円のものは普段からよく買う。でも、5万円を超えると“高い”と感じ、“ブランド品だから”等と自分を納得させないと買えない、という人もいます。


さらに (3) 5〜 10万円のものを買うことはよくある。でも 30万円を超えるスーツやコートは“高いなあ”と思う人もいるし

(4) ごく日常的に 20〜 40万円のものを買っているが、この指輪は 200万円ですといわれると、ちょっと高いと感じ、買うには“限定品だから”“記念日のプレゼントだから”など特別な理由が必要、という人達もいる。


ここから先の人は数は少ないですが、でも確実に存在していて、

(5) 日常的に 100万円単位の買い物をする。でも「この宝石は 1000万円です」と言われると、主人に相談してからにしようかな、と思うレベルの人もいます。

こういう人は行きつけのブランド店でお店に入るとすぐに奥のソファに通され、お茶が出してもらえます。そのまだ上もあるでしょう。

(6) 買い物する時に値段なんて見ない人達。宝石箱には数百万、数千万円の指輪が並んでいるし、着物から置物まで芸術品。ご主人は数千万円の車に改造費をたっぷりかけて注文し、しかも複数台保有、という人です。


★★★


どのレイヤーにいる消費者も「自分にとって正当化できる価格」と「自分には正当化できない馬鹿げた価格」のふたつだけを認識しています。


例えば (3)の「 5万円程度の洋服や鞄はよく買っているが、30万円のコートは簡単には買えない。」というレベルの人は次のように考えます。

この 5万円の鞄は作りもいいし、皮も上質。使い勝手もいいし、それだけの価値はある。“一生モノ”だから安物買いの銭失いになるよりはよっぽどお得だわ。


でもこっちの 30万円のコートは、あきらかにブランドマークの値段よね。実際それだけの価値があるとは思えないわ。流行廃りもあるし、汚れるかも。こんな値段のものを買うのはばかげているわ。


この人にとって“ 30万円のコートが馬鹿げた値段である本当の理由”は、それが自分には簡単に手に入らないものだから、なのですが、人はそれを“馬鹿げた価格”と呼ぶことにより自分がそれを買わないことを正当化します。「私の経済力では買えない」のではなく、「賢い消費者の私は、あんな馬鹿げた値段のものは買わない」と理解しようとするのです。

そして (4) や (5)の人も、(1) や (2)の人も同じように思っています。“客観的な妥当な値段”なんてのは存在しないのです。


食べ物でも同じですよね。「ひとり 10万円のコース料理なんてばかげてる!」と思う人は、「やっぱりお値段だけのことはある」と言って1万円のコースを食べにいきます。

でも毎日のランチが 500円以下という人にすれば、「 1万円の食事なんて無駄遣いの骨頂」となります。一方、「やっぱり 10万円くらい出すとまともなモノが食べられるよね。素材もいいし、シェフも一流だし、価値があるよね。」と言う人もいます。

ここにも“絶対的な妥当な値段の水準”なんてないのです。誰もが、「自分が買っているものは品質がいいからそれだけの値段を払っているのだ。妥当な値段なのだ。」と考え、

自分が買わない、一段上の値段のものに関しては「あんな馬鹿高い額を払ってブランドモノが欲しいなんてバカみたいだ」と思うわけです。


なぜこんなことが起るのかといえば、市場が分断されており、消費者には自分が手の届くレベルと、その一段上しか見えていないためです。

日常生活において消費者は“自分が馬鹿げてると思う値段のもの”を日常的に買う人にも会わないし、“自分がお得だと感じているもの”を「馬鹿げた値段」と言い切る人とも会いません。

そのための方法のひとつが“情報の遮断”、です。超高級店は“関係のない層の人の目に付きやすい場所”に店を出すことを慎重に避け、広告も“誰でも見られる”テレビや新聞には出しません。

高級ホテルのインハウスマガジンへの広告や、高位のクレジットカードホルダー、特殊な会員制クラブメンバーへのDMしか出さなければ、違う層の人に広告さえ見つからずにすみます。店舗の入り口を重厚感と威圧感のある作りにし、“間違った人”が入ってこないように工夫します。

こうして消費者は、まるで世の中には「自分が考える妥当な値段のもの」と「馬鹿げた値段のもの」しか存在しないかのように感じ、楽しくお買い物できる、というわけです。


★★★


ところで、実は「経済成長とは、“人々が妥当だと思う値段”が全体として少しずつ上がっていくプロセス」でもあります。

昔は皆が 1万円のものを高級品だと思っていたのに、そのうち多くの人が「 1万円なら普及品、高級品とは 3万円から」という感覚に変わっていく。そして全体に売れ筋商品の平均価格が上がっていきます。


この「妥当価格」の切り上げのためには、経済成長とそれに伴う収入の伸びに加えて、「より高い価格を正当化する理屈、理由、ストーリー」が必要です。それがないと、人は「妥当性」を正当化することができません。

「高くても価値があるんだな」と、消費者がより高い価格を正当化しやすくなるストーリー、たとえば「このブドウはこの畑でしかとれない」とか「日本に何人かしかいない職人が何ヶ月かけて作った」「この店は創業 200年で天皇家にも納めてて」とかね。

そういうストーリーを感動的に盛り上げることによって、商品、サービス自体の本質的な効用は何も変わらないのにプレミアム価格の妥当性が形成されていくのです。


ホテルも昔は一泊 1万円で超高級だった。それがバブル期は一泊 2〜 3万円でも“妥当な値段”になった。ここ数年で東京都心に大量進出している欧米のホテルの場合、一泊 4万円から 6万円くらいですよね。

ホテルなんてベッドとデスクがあって、バストイレが付いていて、という本質的なところに大きな差はない。設備が新しいとか少し広いとか家具が豪華だとかの違いはあるにしても、それだけじゃあせいぜい半日ほどしか過ごさない場所に 6万円は出してもらえない。

そこでその値段を正当化するために、「究極のサービス」、「世界のセレブが定宿として使用」などの「物語り」が喧伝される。


社内研修を感動ドラマ諷に演出して「○○ホテルグループでは、こうやって世界に通用する特別なホテルマンを生み出しています」などとテレビで特集することもあります。

そういうのを見てるうちに「 1泊 6万円なんてありえない」と言っていた人達が、「あのホテルのサービスにはそれだけの価値があるんだ!」と言い出す。

・・・単なる幻想ですよね。

客観的に見ればそんなのは普通の研修だし、帝国ホテルのサービスは、一泊 2万円の時代から今の欧米高級ホテルのサービスに何の見劣りもしなかった。

でもそんなことを言っていたら経済レベルが“ランクアップ”しない。一泊 6万円を「妥当な値段なのだ」と認識する社会層が作りだされないと、消費市場は拡大しない。


反対に人々が「妥当な価格」を競って切り下げ始めると、景気が良くなることはありません。

「松茸も椎茸も胃腸に入ったら同じ」と言いだしたら、「車なんて走ればいいのだ」と言いだしたら、高いモノは売れなくなり消費市場はどんどん縮小してしまいます。

いかにして人々が感じる“妥当な価格”を引き上げていくか、そこがビジネスの腕の見せ所、ということなのでしょう。


んじゃね。



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2007-05-29 敢えて死人を責めてみる

とある方の自殺について。何が気分悪いのか、ずっと考えているのだけど、いくつか思いつくままに書いておきましょう。


(1) 彼を責め立てた人への、あまりに残虐な仕打ちだと思う。これがひとつめの理由。

野党側で彼を攻めた人はもちろん、同僚で“なんでそんなアホな対応をしてるんや?”と揶揄した人、辞めさせずに頑張らせ続けた安倍さん、国会対策をアドバイス(強制)した先輩政治家、夜討ち朝駆けでひどい言葉を投げつけたマスコミの人、今回の談合の調査指示をだした検察側の人、

など多くの人が今頃「俺があの時あんなことを言わなければ、彼は死を選ばなかったのではないか?」と感じているはず。


これ、人によっては一生残るような傷になると思う。それぞれの人がやったことは、業務として当然の行いも多い。それに対して、“死をもって復讐した”という感じさえする。これがまず、とても“気分悪い”理由です。

文句があるなら、もっと適切で正当な対抗手段があるはず。自殺で抵抗するなんて卑怯じゃないかと。


★★★


(2) 死をもって事件にピリオドを打とうという姿勢も、とてもずるい!と思う。これが気分悪い理由の二つ目です。

職業政治家=税金で給与と活動費をもらっている人、として、何の説明もしないばかりか、“これ以上追求するな!”と死をもって真相究明の動きを阻止しようとする。プロとして無責任だと思います。

検察は、彼に何の罪があったのか、なかったのか、きちんと明らかにしてほしい。「死ねば不問にされる」という慣習を残して欲しくない。

国民の税金を無駄に浪費しても、死ねば済むというのはおかしいです。あなたの命で償えるような罪ではないと理解して欲しい。


★★★


(3) 公人が自殺するのは、社会的責任の放棄だ、と思う。「つらいことがあれば、自殺という手段を選ぶのはひとつの選択肢である」と世に知らしめるための行為のように思えます。

このことについては、個々人いろんな説があるでしょう。自分の命の支配権が誰にあるのか、という点については諸説あっていいし、議論があっていいと思う。

しかし、少なくとも社会に影響を与える立場の人は、それ(自ら死を選ぶという選択肢)を肯定的に表明すべきではないと思います。


たとえば小学校の教師が、個人として自殺に対して肯定的な考えを持っていてもかまわないが、それを授業で「俺はこう思う」と話したり、実際に「つらいから」と自殺するのは大問題でしょう。

そんなことしたら、多くの人が「そういう選択肢がありうる」と考えてしまう。そりゃー問題じゃない?


もちろん、他人の行動でそんな大事なことについて考えを変えないよ、という人もいるでしょう。ちきりんも、松岡大臣の自殺によって自分の考え方が変わったりはしません。

しかし、もし今ちきりんが、精神的な病気で悩んでいたら、もしくは、病気や借金や様々な悩みで真剣に死を考えていたとしたら、こういうことは大きな影響をもつ気もするんです。「ああ、やっぱり死んでいいんだ」ってなりそうな気がする。

それはどうよ?と思います。


★★★


自殺後の新聞のコメントの多くが「実はいい人だった」「農政に深い理解があった」「実績もあった」などという肯定的なコメントなんだよね。

あああ、と思う。死ねばすべてが美化され、許される。だから死のうという人がでてきちゃう。


変だってば、これ。


もちろん、テレビカメラの前で、大きな選挙の数ヶ月前に、「今、死ぬのは卑怯だろう」と言えない政治家の立場はよくわかる。だから、それは責めない。

しかし、「これぞサムライだと思う」という某知事の発言には「頭がおかしいのでは?」と思いました。カメラの前で泣き崩れる同僚の政治家も、いかがなものかと思う。


税金をもらって引き受けた仕事を放り出して、誰にも文句のつけられないところに逃げ込む行為を、美化することだけはしない方がいい。別に責めまくる必要もないが、でも、なんで美化する必要がある??


★★★


個人の大人の判断として、自分の死を選ぶという行為に(百歩譲って)問題がないとしましょう。

しかし、死をもって復讐しようとか、死をもって捜査を打ち切りにしようとか、死を手段として、何かの目的を達成しようとする行為については、ちきりんは、強い不快感を感じます。とても卑怯な行為だと思う。

ぐだぐだ文句をいう、自分と反対意見の人の街に、上から核ミサイルでも撃ち込んで文句言えなくしてしまえ、みたいな方法論だと思うよ、これ。それくらい「暴力的な問題解決方法」だと思います。


勘弁しろよ、と思います。60年も生きていて、それ以外の方法を体得できなかったのだとしたら、いったい今まで何をしてきたんだか。高齢のお母さんを残して、奥様とお子さんを残して、いったい何を考えてんねん? と思います。


ではね。

2007-05-27 若者が3年で辞める理由?

「若者はなぜ3年で辞めるのか」という本を読みました。著者の城繁幸氏は1973年生まれ、東大法学部を出て富士通に入社。主に人事部で10年。退職して人事コンサルタントとなり、人事制度関連の本を書いていらっしゃいます。


この1973年生まれというのがミソだな〜と思いました。就職時に1995年(著者の就職は1996年)、一番就職が難しかった時期です。ということは企業も苦しいということで、富士通もなりふり構わぬコスト削減、人減らしをやっていた時期です。

ちきりん世代で東大から富士通に入っても、こういう体験はしなかったでしょう。「1973年に生まれるというのは、こういうことなのね。」とリアルに理解できたことが、この本を読んだ一番大きな収穫でした。


もうひとつおもしろかったのは、「年功序列」って、メーカーにおいてはそんなに重要なのね、と理解したことです。ちきりんも昔は日本の大企業に勤めていたけど、それは証券会社でした。

証券会社も、もちろん終身雇用、年功序列でした。だけど金融業は人事構成がメーカーに比べると圧倒的にシンプルです。工場、製造現場がありません。だから採用している人や仕事の画一性が高いし、人数の桁が違う。労組の意味も全然違うし、春闘もありません。

メーカーというのがどういう世界なのか、知識としては知っていたのですが、この本を読んでよりビビッドに理解できました。


例えば著者によれば、「日本の大企業が、数年フリーターをやっていた人を採用できない理由は、年功序列のせい」とのこと。

28才で5年フリーターでした、という人を雇おうとすると、「28才だと○級○号だから年収○○○万円です。」という年功序列給与テーブルに当てはめる必要があるが、高いスキル、社会経験のない人に、28才の人の給与は払えない。じゃあ22才の人の給与で雇えばいいではないか、というと、年功序列の“序列”を崩すからそれはできない、と言うのが著者の説明。

ここまで「がちっ」としたスキームがあるのはメーカーならではでしょう。証券会社をはじめ金融業界では、中途採用も退職者も多いし、転職していく人の多くは、よりよい条件で同業他社に移る人です。

リテール営業でも市場部門でも、年齢にかかわらずやたら儲ける人がいるから、ボーナスを含め、若くても年収が上司を上回る人もいます。営業成績が抜群なら年齢をいくつも飛び越えて営業課長や支店長にもなれます。同じ年令でもそれなりの年収格差があるのが普通です。だからこの本を読んで、メーカーってこうなんだ!!と結構驚きました。


さらに著者は10年間、人事部に所属していました。これも城氏が、この悩み深い世界に引き込まれたひとつの要因でしょう。それと、彼が「恵まれた立場であった」ということもポイントですね。

例えばちきりんは就職時に、富士通に入社して人事部に配属される、ということはありえませんでした。当時、日本のメーカーは、女性を総合職で採用していなかったし、たとえ採用されても人事部に配属されるなんてありえません。労務管理はとてもマッチョな仕事ですし、人事部は権力の中枢なのでマイノリティなんて要らないのです。

著者は、時代は不況とはいえ東大法学部出身の男性です。そんなに勉強しなくても必死に就活をしなくても富士通なら就職できたと思います。(実際に著者がどうだったかは知りません。)

この「何も考えずに就職した」ということも大事なのです。もしも新卒で外資系企業を目指す学生のようにいろいろ考えて就職していたら、おそらく10年も我慢できず、もっと早く辞めることになったでしょう。そうしたら、この本にあるような「すごい矛盾」を真の髄まで体験することはできなかったと思うのです。

というわけで、“世代”“業種”“部門”、そして“恵まれた立場”の4つが合わさって、著者はまさにああいう体験をすることになったんだな、と思いました。


それにしてもこの本にかかれていることが本当に今の日本企業の一般的な姿なのだとしたら、それはまったく「すごいこと」だなー、とあらためて思いました。


んじゃね。



若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)

若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)

3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代 (ちくま新書)

3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代 (ちくま新書)

2007-05-24 サンパウロ 旅の終わりに

最後の日にサンパウロの東洋人街で不思議な体験をした。

ほとんど偶然のように、ちきりんはその食堂に入った。ブラジルによくあるビュッフェスタイルの食堂。そこはちきりんが通っていた小学校の体育館くらいはあるような広さだった。

作りは安普請でプレハブに近いようなつくり。天井が高くて全体が見渡せるだだ広いその食堂には、昔の大学の学食にあったような安物のテーブルが並んでいる。その数、何十個、いや百を超すかも。しかも、縦横整列できれいに並んでいる。配置になんの工夫もない。

椅子はビニールがところどころ破れた原色で、パイプ椅子で・・かなりレトロなタイプ。

★★★

ブラジルにはビュッフェスタイルのレストランがたくさんある。新市街にも旧市街にもある。キロあたりの値段が店によって異なるが、基本は量り売りだ。

入り口で伝票を受け取る。ビュッフェに並んで好きなモノを好きなだけお皿に盛る。最後に重量を量ってもらい、伝票に値段が書かれる。飲み物なども別途、記載される。席を適宜決めて食べる。最後に伝票をレジに持って行って精算、という流れ。ひとりで旅する人にはとても便利な仕組みだ。

ビュッフェにはいろんな料理が混在している。大半のビュッフェで寿司も出る。イタリアンも多い。様々な国からの移民が持ち込んだ料理が全部でる。ビュッフェがこんなに充実している国はなかなかない。それが“移民の国”を象徴する。


旅の途中いくつかのビュッフェを利用したが、ここはひときわ巨大だった。そして内装や家具があまりにもみすぼらしかった。ところが料理の方は反対で、他のビュッフェのどこよりも充実していた。種類も味も“すばらしい!”の一言だ。これ、日本に来て欲しいよ、と思うほどだ。

そして、ちきりんがここを大好きになった最大の理由は、なんと生バンドが入っていることなのだ。(土日だけらしい。)

それも昔の小学校で体育館で文化祭をやる時のような・・・生バンドというより、素人演芸会というか、フォーク少年というか、のど自慢大会つーか、なんつーか、かなり微妙な人が生演奏している。

それを聞きながらご飯を食べる。ご飯自体はとても美味しいのだが、その微妙さ、、、文字ではなかなか伝わらないと思うのですが・・・想像してください。

天井の高い、だだっぴろい、プレハブの体育館で、その辺の中学生のロックバンドかなんかを聞きながらビュッフェを食べる風景を。

★★★

しかも、食べている人側もかなりおもしろい。人種がいろいろ。服装もいろいろ。集団のタイプもいろいろ。そして食べる態度もいろいろ。

まるで家族パーティ?みたいなグループもある。おばあちゃん、おじいちゃんから夫婦、孫まで10人くらいで、ビュッフェでとってきたお皿から食べ物を分け合い、わいわい話ながら飲みながら食べている。

一方でむっすりと、もくもくと、一人で食事する老若男女もあり。不機嫌というよりは“近所の食堂で遅い朝食”という感じ。

車いすで来ている人。風船持ってきている子供。ほとんど裸??(いや、水着??)みたいな人、入れ墨だらけの人・・・


ちきりんは最初ランチのつもりだったが、途中でビールを買ってきて、生演奏を聴きながら飲み始めた。これはなんか、違う世界だな、という感じだった。

これがサンパウロだ、という気がした。違う世界に来ているよね、私、と。

足でリズムをとりながら、へたくそな素人の歌を聴きながら、多国籍料理のビュッフェをつまみに、ビールのみます、体育館で〜。



こういう瞬間が旅の醍醐味です。

実はちきりん、この前日に“移民歴史資料館”に行っていて、そこがまたすごい充実した資料館で、いろいろ考えちゃっていたわけです。

が、この食堂で、まさにこれを大衆食堂というのだと思うが、なんか楽しくなっちゃったわけです。ああ、ブラジルだなあ、と。ああ、サンパウロだなあ、と。


がなり立てる生演奏の声は、ほんとに人前で歌うか、それ?みたいな男の子なのだが、それをほぼ無視してご飯食べてる皆さんも含め、ちきりんも含め、ああ、おもしろすぎる、と。

ほんとに不思議な異空間だった。


ここで、ちきりんの旅も、ブラジル旅行エントリも、終わりにしましょう。



そんじゃーね!

2007-05-23 ベレン

ベレンという言葉に、それだけでドキドキしてしまうような印象がくっついたのは、ワイルドソウルという小説を読んだ時です。


この本を読んだのが昨年の6月みたいですね。↓

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20060615

ワイルド・ソウル(上)(新潮文庫)
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ワイルド・ソウル(下)(新潮文庫)
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で、昨年の9月には旅行を決めている。↓

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20060901


で、この5月に旅行が実現。一年近く、待ちに待ったベレン行きだったわけです。

★★★

ベレンはアマゾンの河口の街。州都であり、この地域の中核都市です。

f:id:Chikirin:20070524024445j:image

↑こういう感じなんですが、まるで漁村の街みたいでしょ。でもこれ、もちろん海ではなくアマゾン川です。むこうの方に“新市街”のビルが見えます。



f:id:Chikirin:20070524024738j:image

ベレンはアマゾン川の終着点(始発点とも言える)だから、この港の船の多さは、「新幹線東京駅のホーム」って感じです。すべての船がここから、アマゾンをのぼっていくのです。

暗いのは天気が悪いから。時期が雨期で、一日何度もスコールがありました。

★★★

f:id:Chikirin:20070524030302j:image

前にも書いたように街にはいろんな側面があるわけですが、ここでは港(川でも港というの?船着き場か?)の近くの風景のみ。ジュースおいしそうでしょ。きれいだよね。でもこんなの飲んだらすぐおなかこわしそう。

さて、ベレンも街のストラクチャーはこの前書いたのと同じ。セントロ、新市街、郊外。旧市街は他の街とちがって、川の船着き場にそって結構広々している。機能が拡散している感じもあります。人口密度が低い感じ。

今回感じたのは、同じように高温多湿の亜熱帯で、経済レベルが低い国(どこもかしこも冷房してある状況とは違う)でも、アジアと南米では印象がかなり異なるということ。その最大の理由は人口密度です。アジアはどこも人が溢れてる。こっちは人口はそこそこ多くても土地は広いです。それが独特の「ゆったり感」「ゆっくり感」につながっていると思うです。

★★★

ものすごい時間、歩き回りました。「ベレンを感じるために」です。他のところもそうだけど、「その街を感じる」ことがちきりんの旅の目的を一番ぴったりと表す言葉です。「京都に行って何を見る、何を食べる」ではなく「京都を感じる」ために行くのであり、その為に何をすればいいのか、どこにすればいいのか、と考えます。

ベレンを感じるために、あっちこっち歩き回り、様々なものを見たり食べたりしたわけですが、一番ベレンを感じるのに適当な場所は、と聞かれたら・・・「ベレンヒルトン」だと思います。ちきりん、ここに泊まりました。

「ヒルトン」がその辺りで一番いいホテルなのですが、これは旧市街にあるんです。もうおわかりでしょうが、新市街に行けばもっといいホテルもあります。クラウンプラザなど同等のホテルが郊外地域にもあります。

が、この「旧市街にあるヒルトン」が大事なのです。「外と中の格差」、これを感じることができる唯一のホテルだと思います。

★★★

ちきりんが感じたいと思っていたのは、「必死ですがる人たちを、無感情に切り捨てる世界」です。その切り捨てる方の世界にいる人の「不安を裏返しにした驕慢さ」と、「滑稽なプライド」です。

移民がどんどんやってきていた頃のベレン。支配者層であるポルトガル他欧州からやってきた白人達。移民としてやってくる人を迎える日本の外務省の官僚など。そして実際に世界各国からやってくる移民の人たち。

大半の移民は本国での成功ではなく異国での成功を目指してやってくる人たちだ。ひどい環境に置かれる彼らを、移民を送り込んだ政府関係者は無情にも切り捨てる。しかし、彼ら自身、黄色人種の文化度の低いアジアの国の人であり、ブラジルの支配層と対等に交渉できる立場にあるわけではなかっただろう。

そして、ベレンにおいては最高権力者である欧州からやってきた支配層さえ、いつかは本国に帰って、その本流である権力グループに戻ることを希求していたであろうと思われ、彼らには彼らのレベルの憤懣があったんだと思うのだ。

つまりね、不安と不満と、そしてその裏返しとしての残酷さと驕慢さの“入れ子構造”があったと思う。誰が悪いというシンプルな話ではなくて。


ベレンヒルトンは、そういう無慈悲な、でもちょっと哀しい「世界の境界線」のドアとして機能している。

このホテルのドアをでて、効き過ぎの直接的な冷房の風があたる世界から、バカ高い湿度の、ほこりと喧噪の光の世界に入る時、その「世界を超える」感覚がビビッドに味わえる。

ヒルトンのロビーや受付の、慇懃無礼な空気は、一歩下がって見たときには、なんとも言えない滑稽さに溢れている。

外から帰ってくるとき、外にでていこうとする時、その世界を自在に超えられる不思議な爽快さを感じることができる。そういう場所です。「ヒルトンだけは別世界」という存在。そういうホテルです。

出張で行けばここには泊まらないだろう。新市街に泊まると思う。こちらに泊まれるのが休暇の価値。

★★★

いつかまたベレンに行くことがあるだろうか?

もしあるとしたら、ちきりんは今とは全然違う人生を歩んでいると思うよ。



そういう感じ。

そんじゃあね!

2007-05-22 ブラジル 中産階級の拡大?

さて、BRICSのひとつ、ブラジルって本当にそんなに可能性のある国なの?というのが今日のテーマ。

ポイントは「産業」と「中産階級が生まれてるか?」ってことです。一部の人が金持ちでも国全体は発展しません。

マスである中流の人が多くなって、彼らが豊かにならないとね。反対に貧乏人が一定量いても問題ないです。豊かな国にはほとんどの場合ホームレスが大量に存在する。ポイントは金持ちでも貧乏人でもなく、中産階級です。

で、セントロにいても中産階級はみえないので、郊外のスーパーをいくつか回ってみました。その写真を見てみましょう。


f:id:Chikirin:20070523080935j:image:left このショッピングセンターは15年前にできています。まあまあの人の入りですよね。f:id:Chikirin:20070523081200j:image:leftちなみにこちらは、その中のゲームセンターです。ここは日本製のゲームが結構多かったです。平日昼間なんで子供がいないのはよいことでしょう。


f:id:Chikirin:20070523082001j:imageこちら、ショッピングセンター内のネットカフェです(カフェは併設ではないですが)。ゲームをしている人もいますがメールやネットをしている人、あと、電話している人もいます。例えば日本に出稼ぎにいっている息子とかと、ネット電話で話せます。すごい良い案だ。

そして、これを見て、“おお、いけるかも!”と思ったのですが、こちら新しく売り出されるマンションの模型。かなり熱心に営業されてました。実際、サンパウロの郊外あたりはマンションラッシュですね。それなりに売れる、買える状態になってきたのでしょう。これが始まると“中産階級”って感じです。

f:id:Chikirin:20070523082037j:image


f:id:Chikirin:20070523082152j:image:left一方でこちらをご覧ください。なんか人が少ないでしょ。車とか売ってるけど。実はこちら、上のショッピングセンターから徒歩で10分くらい歩いたところにある新しい、別のショッピングセンターです。できたのが3年前です。上のは15年前だから、こちらはもっと新しい。

売っているものも上のところよりかなり高級です。いわゆる私たちが知っている国際ブランドのお店もあります。が、まだ人がいません。フードコートのみにしか人がいない。まだ少し、高すぎる、ってことでしょう。

f:id:Chikirin:20070523082244j:image

ただ、最初に紹介したショッピングセンターだって15年前にできた時は同じ状況だったと思います。だんだん・・・なのです。今回、より高級なショッピングセンターを誰かが作ろうと思ったということは、次はこっちのレベルになっていく、ということなのでしょう。


というわけで、もちろんまだまだ全体としてはレベル揃っているわけではないですが、まあ、方向性としては結構良い感じかもね、とは思いました。


んじゃね!

2007-05-20 世界の中産階級市場で勝てない日本企業

海外にいくと、自分の投資のために下記のようなことを見ています。

(1)どこか日本企業で有望なところはないかしら?

(2)この国の将来性は?

(3)為替は妥当?


まず最初の(1)についての結論。

「あかん」というのが結論です。

これね〜、今までのどの旅行よりも「あかん」と感じました。最近日本企業は業績好調ですが、大半の輸出型メーカーの調子がいいのは円安のおかげ。別に商品力、企業力のおかげではないです。

まず「がっくり」なのは携帯電話です。これどの国も同じことが起こっている。みな、携帯に消費をとられている、んです。

日本ではここ10年以上、情報通信費、すなわち携帯電話代とネット代に消費が奪われて、本や映画などの他の娯楽、さらに衣類や家具に流れるお金も影響を受けて、携帯一人勝ちの状況です。

ところがこの傾向は日本だけじゃないと最初に気がついたのは数年前に西安に行った時のこと。家電量販店で、薄型テレビやゲーム機、他の白物家電の売り場とくらべ、携帯売り場は人の密度が違う。皆すごい真剣な目で携帯を選んでる。彼らにとって決して安くない携帯をね。

そしてそれは今回も同じだった。携帯売り場はデジカメやテレビやの売り場に較べて人が多く皆真剣。そして、ほぼ全てが日本製というデジカメ売り場と較べ、ご存じの人はご存じ、携帯売り場には純粋な日本の製品はゼロです。ゼロ。これには毎回情けなくなるね。

こんな日本に誰がした?


自戒を込めて反省しましょう。

★★★

と、携帯に関しては「世界のどこもかしこも」日本メーカー悲惨な状況ですが、実は今回、一番得意なはずの家電も全然だめなのね、と思いました。

ちきりんが海外旅行を始めた頃、どの国に行っても(韓国以外)家電売り場の中心はソニーでありパナソニックであり東芝・日立であり、アイワ、ビクターであり・・・でした。

でも、10年くらい前から、発展途上国で日本のメーカーのシェアが非常に減った。ソニーだけは相変わらず海外で人気が高いけど、代わりに売り場の中心を絞めていたのが韓国製品だ。

最初に気がついたのは多分5,6年前のリマの家電売り場だった。でも、その時ちきりんは思ったの。「まだ所得が低いから、ソニーやパナソニックは買えないのね。だからサムソンやLG商品なんだな」と。

でも、今回サンパウロで、はっきりわかりました。お金がないからではないです。そっちのほうが売れてるっていうだけのことです。今や「世界の家電はLG」になりつつあるです。

特にLGはすごかった。アメリカン航空のダラスのラウンジの飛行機の予定を示すスクリーンも、泊まったホテルの部屋のテレビもLG製でした。そしてサンパウロの美術館の説明用スクリーンもLG。

儲かってるのかどーかは知りませんがとにかく市場を押さえてる、って感じ。


これはスーパーの棚でも同じ。

ちきりんは中国でも南米でも必ずスーパーのシャンプと洗剤売り場をチェックするんです。花王はどうよ?とね。

全然だめですね。ほんと。花王は海外戦略がうまくいくかどうかが「大人になれるか」の最大のチャレンジ。相変わらずだめやなあ。です。多分、まずは中国、ということなんだと思うけど、そっちも西安ではまだまだだったよな〜と思いだす。

ふーむです。

★★★

何が「あかん」のかというと、基本的に「世界の売れ筋」が作れないのだよね。日本のメーカー。

日本のニッチなこだわりの強い、すごく特殊な消費者に振り回されて、世界で何億も売れる商品が作れない。

この前テレビで「日本の携帯の色がおしゃれで、その色を出すのにすごい苦労があるのだ」みたいな特集をしてましたけどね。あれは路線が違うと思うな。ほんとに世界の携帯がおもちゃ(ゲーム機)にできると思ってんのかな??


世界の「中産階級人口」は爆発的に増えている。その中で、日本人のシェアは圧倒的に小さくなりつつある。

できれば日本株から利益あげたいちきりんですが、やっぱ今年もアジア株中心でいくだすよ。それが結論。


んじゃね!

2007-05-19 “セントロ”という場所

ちきりんは最近、「都市のストラクチャー」ということに関心がある。これを調べたり分析したりするのを完全引退後の趣味にしようかなとも思っています。

あちこちに旅行するちきりん。初めての都市を訪れた時にはまず、その「街の構造」「ストラクチャー」を把握するように努めます。何を言っているかというと、例えば東京でいえば、


「東側に江戸から続く下町と、その南に埋め立て地」

「西側に新宿・渋谷を中心とした商業集客地」、で、それらを左右の起点とする山手線の円。

「そのずうっと西側に住宅地である山の手が広がり」

「そのまたずっと西側に、多摩の山々の自然があります。」って感じです。


ううむ。例でしか説明できないなんて、まさに“言葉の敗北”ですが・・伝わったでしょうか?


南米の都市のストラクチャーは極めて似通っています。サンチャゴ、リマ、サンパウロ、ハバナ・・・とても似てます。

(1)「公園と教会を取り囲む下町であるセントロ(旧市街)

(2)「郊外の新興地域、住宅地と中核のショッピングセンター(車で行くしかない)のあるエリア」

(3)「幅広で直線の長い2〜3車線道路を高層ビルが挟んで建ち並ぶ新市街

の3つでできあがってるんです。

人口構成とか予算(街作りにかけられる国家予算)=経済力等によって若干色が違うけど、この基本ストラクチャーは同じ。

★★★

まずは旧市街でとった写真を一枚どうぞ。これが(1)セントロ付近です。

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セントロってのは、東京でいえば浅草みたいな感じです。下町。人が多くてわいわい活気があり、雑然としている。人の服装もラフでしょ?

写真の後ろに写っているように、南米の都市のセントロでは、建物自体は欧州諸国が植民地時代に建てたモノなのだが、それが全くメンテされないまま、南米の生活のために使われている点が特徴的。日本の建物とちがって、植民地時代のビルは200年たっても消失はしないのです。

ただメンテしてないからドアや窓は壊れてるし壁ははげてるし全体に汚い。昔は貴族が住んだお屋敷に裸の子供達が走り回り、窓から大量の洗濯物がつきだしてる、って感じ。でも、皆楽しそうで、悲惨な感じはない。

この(1)の旧市街はたいてい観光のメイン地域でもあります。

★★★

(2)そして郊外の新興住宅地。こちらは世田谷的。住むエリアです。住むために必要なもの、ショッピングセンターなどがある。セントロと違って公共交通機関はあまりなくて、移動に車が必要。移動に車が必要な状態にしておくと貧乏な人がこないから望ましいのです。

下記は郊外の新興住宅地にできているスーパーマーケット外観と、中の様子。スーパーがY,Yamadaという名前なのです。日系の方の経営なんでしょうね。

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セントロでは、お店といえば市場(メルカドと呼ばれる中央市場が必ずある。)、屋台や個別の路面店が中心で、いわゆる「八百屋」「靴屋」の世界ですが、ここでは総合スーパーが中心となるのです。

その他にこのエリアには日本料理レストランなどもあり、ちきりんも食べに行きましたが、自家用車で「中産階級」的ブラジルの方もたくさんこられていました。彼らは、旧市街の屋台の惣菜で食事をしている人たちとはちょっと違う人たちです。はい。

★★★

(3)最後に新市街。イメージで言えば大手町か西新宿。広い敷地を再開発して、ゼロから道路を引き、高層ビルを周りに建てて、作られる。多くの外資系企業はここに進出する。ホテルや金融機関、外交施設もこの地域に建てられます。

収入の高い人が集まるので、レストランやブティックもおしゃれで高価格。セントロとは「ほんとに同じ国?」と思わせるほど違う雰囲気だったりします。物価も違う。

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セントロや郊外の新興地とはかなり雰囲気が違いますよね。

★★★

日本は貧富の差が小さいので、どんなエリアの物価もほとんど変わりませんが、南米では、上記の(1)、(2)、(3)では全く物価が違います。同じミネラルウオーターの値段が、60円から150円くらまで2倍以上違う。ランチなどはもっと違う。

あと、都市整備の優先順位として「セントロは捨てます」という方針が非常に明確。いや、余裕があれば整備したいんだろうけど、限りなく後回しにする方針が明確に見えます。そんなお金があれば、まずは新市街、そして郊外を整えて・・・って感じですね。

そうなると人もそうなる。セントロで生まれ育ったが、成功してお金ができたら郊外の新興地に移り住む。もっと成功した子供は新市街で働いて・・・という具合。

反対に一生セントロからでない人、家族もある。

一方で、ちきりんが出張でサンパウロを訪れたら基本的には(3)のエリアのホテルにとまり(3)のエリアだけで仕事をして、あとは空港との間をタクシーで往復するだけだ。(1)や(2)は関係ない。(3)は食事もホテルも施設のレベルも、国際基準だ。もちろん値段も。

それぞれの地域は「別の種類の人のため」に区分されている。

★★★

“なんで””こういうストラクチャー”になるのか?というのがおもしろいよね。しかも南米の大都市は皆同じ。セントロ、郊外新興地、そして新市街。なんで、同じストラクチャーになる?

歴史や文化や人口密度や経済力や、いろんな要素が絡み合って街のストラクチャーが決まってくる。この関係がすごくおもしろいな、と思っているのです。それを写真や図や資料を使って分析できたら、すごくおもしろいんじゃないかと。

南米はこう、米国はこう、中東はこう、とかね。

まあ、巧く言えないんだけど、そういうことに最近関心あります。



んじゃね!

2007-05-18 アマゾン川

さて、アマゾン川について書きましょう。

どんなとこ?というと、こんなとこです。でかくて、川というより海みたいですね。

これは源流の川の合流地点で、ふたつの水の成分が異なるため、川の真ん中で水の色が変化してるでしょ?ここから20キロくらい、ふたつの水は混ざり合わずに流れるのです。不思議な感じ。自然の神秘って感じです。

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この手前の黒い方の水がアマゾンの特徴でもあり、そのために川面に、周囲のものがきれいに映り入ります。下記をご覧ください。水面の境界がわからないくらいですよね。幻想的でさえあります。黒い鏡、それがアマゾンの水の特徴です。


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さて、アマゾン川が予想と違ったのは「ワイルドなイメージがない」ことです。まず第一に海ではなくて川だから、基本的に穏やかです。実際にはかなり流れは速いのですが、波のような動きはありません。だから「おだやか」で「とても安心な川」に見えます。

確かにピラニアもいるし(下記の写真は黒ピラニア)、ワニもいます。巨大“なまず”もいる。シラサギもいればフクロウもいたし、なんとイルカまでいるんです。同じ川に、だよ。びっくりです。

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(ピラニアです。入れ食い状態でつれます。)



なんだけど、アマゾン川は全く怖い感じがしません。野生の密林、野生動物がウロウロするおどろおどろしい大河とその流域!を想定していたちきりんは、肩すかしを食らいました。

なんでこんなに穏やかな川なのか??昼間なんて石垣島どころか「琵琶湖?」って感じです。


アマゾンがワイルドに見えない理由、それはずばり、危ないことをさせない、しないから、です。例えば、川を泳いでいる人は、観光客はもちろんですが、現地の人でも、ほぼ皆無、です。

移動する人はすべて「モーター付のボート」で動いています。ということは旅行客は常にガイドと一緒です。例えば、石垣島なら手こぎのボートにのることもありますから、旅行客でも自分で自由にあちこち行けます。それに、カヌーから降りて泳いでみたり、そういうこともよくあります。

でも、アマゾンではそれはないです。私たちは、モーター付のボートにのって、「はい、ここにピラニアがいますよ」「これがワニですよ」と見せられます。


・・・なんか、つまんないでしょ?

そう、つまんないんです。


で、なんで自由に動けないのか、なんで泳がないのか?と言えば、「危ないから」なんです。

子供がいなくなった、と思ったら、ワニに食べられていた、とかいうことが実際に起こるわけです。だから誰も泳がない。モーターのないボートではワニから逃げられないし、ガイドなしで旅行客にカヌーをこがせて迷ってしまったら、もう戻ってこれなくなります。

石垣島なら・・・自由にさせていても、そうそうワニに喰われたり、迷子になって探せなくなったりはしない、ということなのでしょう。


“ジャングルトレッキング”も同じです。ガイドがなんども観光客を案内した、ロッジの近くの森林を歩きます。皆が同じところを通るから、道はすっかり踏み固められていて、「これじゃあ、林間学校の方が密林だったよ!」と思います。

なんだけど、手抜きをしているわけでもなんでもありません。

ロッジの近くで、ガイドが知り尽くしたところでなければ、いつ毒蛇が出てきたり、チータがでてきたりするかもしれません。そんなところを観光客はもちろんガイドだって無防備に歩けません。迷ったら、帰ってこられません。

だから、大丈夫なことだけを、するわけです。

だから「なんかつまんない」のです。


そうなのですよ。気がついたわけです、ちきりんは。


「本当の野生地に行くと、旅行客は“偽物”しか体験できないってことなんだな」と。「ちょっとした野生地」に行くのがいいのです。そうしたら、“本物感”が体験できるのです。

「密林ぽいけど、毒蛇はほとんどいませんとわかっている密林」とか、「自然な大河だけどワニはほとんどいませんとわかっている大河」とかね。「本物っぽい偽物」な場所に行く方が、ワクワク体験ができるってこと。



「安全が確保されている」から「野生体験、自然体験ができる。」

「本当にワイルドな場所」では「本当にワイルドな体験はできない。」整えられた舞台で「まねごと」ができるだけになる。いや、一人で死ぬ気なら自由にやればいいけど。


ちょっとした矛盾でおもしろいでしょ?


じゃ、また!

2007-05-17 ブ旅その2 新大陸&移民

ちきりんは今回の旅行で初めて、「アメリカ大陸の国ってのは、移民の国なのだ」と実感しました。

これ自分でも不思議です。だって、移民の国と言えば誰もが最初に名前を挙げるであろうアメリカに、ちきりんは何度も行ってます。なのにアメリカで意識しなかった「移民の国」をなぜブラジルで強く感じたか。


まず考えられる理由は「日系移民の方と話す機会が多かった」こと。これは明らかにそうだ。しかし、これ自体がなんで?って感じ。

だって、ちきりんはカリフォルニアに2年住んでいる。その間、大学院の同級生に日系人の三世の人もいた。彼らとも話はしたはず。

なんだけど・・・全然違う。


何がちがうの?


アメリカの日系人の人は、自分たちを強く「アメリカ人だ」と思ってます。その上で「ルーツは日本なんだよ」というのが彼らのアイデンティティでした。

今回ブラジルで会った人たちは反対だった。彼らはまず「私たちは日系人です」という。そして次に「ブラジル国民です、もちろん!」という順番。


なんで、そういう意識の違いがあるか?

ちきりんの仮説は、「アメリカの方が、差別が激しいから」ではないかと思います。差別されないように、アメリカへの忠誠心を疑われないために、アメリカへの一体感を表明するために、「オレはアメリカ人である!」とことさらに言うのかな、と思った。

そして後から「誰にだってルーツはあるはず」という意味で、「ルーツは日系」と言うのだ。白人に対して「あんたのルーツはイギリスでしょ」という意味で。

★★★

じゃあ、なんでブラジルの方が差別が少ないのか?

移民元の国(の力関係)が“よりバラけている”からだと思う。ドミナントがいないのだ。ブラジルはポルトガルが宗主国というけど、ポルトガル人ルーツの人がこの国の経済や政治やを独占しているわけでも人数的に多いわけでもなさそうだ。

イタリア移民、ドイツ移民もかなり多いし、もちろん日系も多い。そして大事なことは、誰もヘゲモニーを独占していない。ブラジルは「本国人がいない移民だけの国」なのだ。

だから皆、わざとらしく「オレはブラジル人だ!」「オレもオレも!」と言い張る必要がない。一方のアメリカには“本国人ぽく振る舞うグループ”がある。そしてそれ以外の人(非主流の人達)は常に「お前は本当にアメリカ人なのか?」と問われている。疑われている。そういう国なのだ、あそこは。

と今回ブラジルに行って気がつきました。

★★★

さて、そういうわけで、今回多くの日系移民2,3世の方とお話しました。日本語がすごく丁寧(言葉として進化しておらず、昔の日本語のまま)等はまあ想定内。それ以外のことで、おもしろかったのは・・


(1)A氏(幼少の頃に両親と移民で来た人)は、異常に「日本」への「誇り」をお持ちでした。だって「この国ではどんな車が売れてるんですか?」という質問に「トヨタ、本田、日産です!」って。

ちきりんが見た感じ、一番売れてるのはフォルクスワーゲン、次がルノーかな。アメリカ車もあったし。日本車ではタマに本田と三菱(コレが多い)を見たけど、トヨタ車なんて全然見かけなかったよ。

なのにA氏力を込めておっしゃる。「お金ができれば皆トヨタを買います!」


うーん、妄想だと思う。

A氏曰く「韓国の車は一年すると必ず壊れる。全然だめです。」


うーん、嘘だと思う。



それくらい思い入れが強いというか、祖国が強いことが誇りなのだと思います。ありがたいことです。

★★★

(2)A氏含め、6−7名の方と話しましたが、ほぼ全ての方がブラジルの将来について「明るい」とおっしゃってました。

これは、エマージング投資にかなり踏み込んでしまっているちきりん的には貴重なお話。しかし、なんといっても彼らは既にブラジル人。基本が楽観的だからな。本当に将来明るいのか、彼らの頭の中が明るいのか、その辺が判断に迷うところだ。


「なぜ将来明るいと思うのか」と聞くと、基本は「土地がある」ということのようだ。国土が広いということね。

まあこれは一理ある。この前も書いたように、これからは資源と自然だからね。とりあえず土地がでかいだけで有利だ。

ただね、日系移民博物館で見かけた非常に含蓄のある説明が下記。

ブラジルは土地が広大であり、収穫を増やすことは、すなわち開墾する土地を拡大することと同義であった。そこに移民した日本人は“狭い土地の生産性を高めて収穫を増やす”という概念を持ち込んだのだ。


これ、なるほど〜とうなってしまいましたよ。倍の土地を耕せば収穫が倍、というのがブラジル人のやりかたなのだ。これって「土地が広いから将来有望」という理屈と極めて似ている。


実際のところ、ブラジルが将来有望なのかどうか、よくわからなかったです。人口が伸びているのはよい。土地が広いのは非常によい。しかし、中国やベトナム、インドなど、アジアの急成長国で感じる熱気というか高レベルのエネルギーみたいなものは感じにくい。

その理由も「土地が広い」ことだ。人が固まってないから。あと、基本が「ゆっくり」「ゆったり」だと思う。あんまアクセクしない感じだ。本当にこんなんで将来有望なの?とも思う。

★★★

(3)B氏は、両親二人が移民してきて、子供が7名生まれ、その7名から今のところ13名の子供がうまれている、と言っていた。これはまだ今年中に2人増えそうとのこと。

すごいよね。3代で、2人が15名になった、ということです。日本で、こんな増え方している家少なくないですか?

例えばちきりんの場合、父方のおじいちゃん、おばあちゃんから生まれた2代後(ちきりんの代)の子供は5名です。2名→3名→5名。母方も2名→4名→6名です。うちは少ない方とは思うが、それにしても、2名→7名→15名って。

じゃあ日本人だらけになるのかブラジルは!というと、違う。他の人たちはもっと増えているんです〜。「6人生まないとブラジル人じゃない」と言われるらしい。すごい〜。


★★★

(3)日系の方が、日本人旅行者に極めてやさしい。

これは驚きました。感激しました。私たち日本にいる日本人は、彼らが日本に出稼ぎに来て滞在している期間中、こんなにやさしく彼らに接しているだろうか?

多くの人が、無関心という種類の、極めて冷たい対応をしていると思いません?もしくは、関心を持たざるを得ない人たちも、あんなに暖かく接しているのだろうか?

無関心だったのはちきりんだけなのか???


ちょっと反省したよ。これからはちょっと考え、行動をあらためたいです。

★★★

最後に、ちきりんがC氏のご両親について「ご苦労されたのでしょうね」と言ったのに対して、C氏が言った言葉。

「そうですね。まあ、あの時代はどこにいても大変だったでしょう。」


この発言でちきりんはあることを思い出した。障害児支援のボランティアをしている時に、とあるお母さんにちきりんが「大変ですね」と言ったのだ。その時、そのお母さんがにっこり笑って教えてくださいました。

「子育ては大変なものなのよ」と。


そうね。

そうですね。

なんで、私は成長しないかね?


んじゃね!

2007-05-16 イグアスの滝

さて南米観光の定番、イグアスの滝について。巨大な滝です。北米にナイアガラ、南米にイグアスがある。日本の滝とちがって“壮大系”です。たいして「壮大系自然」に関心のないちきりんでも、“すげええええ”とか思う規模なので、確かにはずせない観光スポットだと思います。


写真? ちきりんのではないけど、こちらをどうぞ。

http://commons.wikimedia.org/wiki/Cataratas_del_Iguaz%C3%BA?uselang=ja

それぞれクリックすると大きくなります。

すごいでしょ?


ちきりんはどちらかというと「趣系自然」が好きです。滝だって奥入瀬や赤目四十八滝。あと、華厳の滝とか、見ていて霊的なものを感じるよね。そういうのに比べて、やっぱりアメリカ大陸だなあ・・・という感じです。わかりやすい“すごさ”だと思う。

★★★

おもしろいのは、その位置関係。この滝は3ヵ国の国境隣接点に存在しています。ブラジル、アルゼンチン、そしてパラグアイ。ただし、パラグアイから滝は見られません。ツアーはアルゼンチン側のツアーが最も人気。次がブラジル側です。この2ヵ国が滝の観光を独占しています。

地図上のイグアスの滝の場所を見てください。(他の下線をひいたところは、今回訪れたマナウス、ベレン、サンパウロです。)

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クリーム色の小さい国がパラグアイなんですが、なんか国境線がいびつだと思いませんか?下から、薄緑のアルゼンチンが不自然に“むにゅっ“とつきだしてきてるでしょ?

自然な国境線なら、滝はパラグアイとブラジルの接点だったと思います。しかし、一番いいところをアルゼンチンが無理矢理に取りに来ています。


なんでやねん?

いつからやねん?


というのが気になって調べてみると・・・

(パラグアイの)フランシスコ・ソラーノ・ロペス大統領は、1864年、ブラジルがウルグアイの領土を侵攻したことをきっかけに、ブラジル・ウルグアイ・アルゼンチンの三国同盟を相手取ったいわゆる三国戦争に突入しました。当初はブラジルを圧倒したパラグアイ軍も物量に勝る同盟軍に苦戦を強いられ、1870年ソラーノ・ロペス大統領の戦死により終戦に至るまでに国民は134万人から22万人へと激減し、ブラジル・アルゼンチンにイグアスの滝を含む肥沃な国土を割譲することになり、国土も半減してしまいました。

出典:http://federacion.hp.infoseek.co.jp/paraguay/paraguay.html


なるほどね。それにしても、国民の数が134万人から22万人に減少するような戦争するって・・・ひどすぎないか??

というわけで、パラグアイはイグアスの滝をとられてしまったのでありました。


もうひとつ、イグアスの滝は世界遺産。そしてその周りは国立公園です。大半のホテルは、国立公園の外、つまり近隣の街にあります。滝観光にはそこから車で行く。

しかしひとつだけホテルが国立公園の中にあり、そのホテルからだと徒歩でも滝が見にいけるし、部屋によっては窓から滝が見える。

こういう「ひとつだけ」というのは、どうも不自然なんですよね。実はマチュピチュも同じなんです。マチュピチュの遺跡のまんまえに「ひとつだけ」ホテルがある。他のホテルはすべてバスで移動した近隣の街にあるのに。

南米を代表する観光地の敷地内に「ひとつだけ」「圧倒的に有利な立地のホテル」があるというのは・・そう、利権系ホテルです。価格が割高、ピーク時は予約にコネが必要で、サービスがひどい。

ちなみにイグアスの前のホテルは調べてみると「ヴァリグブラジル航空系列」で、日本で言えば、「JALホテル」みたいなもんでしょうか。

なるほどね。


ブラジルの航空業界はまだ自由化されてないので、ヴァリグは“昔のJAL”みたいな特権を維持しています。そしてご飯が・・・(滝の前にホテルがポツンという立地だから、他で食べる場所がないのに)ものすごいまずいんです、このホテル。

利権とは?、とか、独占とは?ということを勉強するのに最適なサンプルみたいなホテルでした。


以上。

またね!

2007-05-15 ブラジル旅行記録 〜はじめに〜

アマゾンってどんなとこ?と聞かれたら、ちきりんは自信を持って答える。「アマゾンは巨大な石垣島だよ」って。

もちろん規模も生態系も全然違います。でも素人目には同じです。沖縄南部各島のあまり人の手の入ってないところって、亜熱帯だし自然がワイルドに残ってますからね。

というわけで、正直、多大なコストと時間をかけて地球の裏側まで行く必要があるのかどーか不明です。石垣島ならアマゾンに比べて目茶近いし、マラリアや肝炎などの病気リスクもない。

なにかの研究家なら別ですが、普通の旅行者なら、コスト効果で考えて、アマゾンはそんなにお勧めしないです。いや、素敵なところなんですが、コストを考えると、ってこと。行き帰り50時間かかりますから。

★★★

さて、アマゾンについてはまた書くとして、せっかく「ブラジルはね!」と書く気になったので、まずは全体感を。


ブラジルとはどんな国なのか?

ブラジルは、

(1)南米の大国です。面積的にもブラジルとアルゼンチンがでかいのですが、特に人口が全然ちがいます。ブラジルは1億8千万人。伸び率も高い。アルゼンチンは4千万人未満だし、チリもペルーもそれより少ないです。この人口の圧倒的な大きさと伸び率が、ブラジルがいわゆる「BRICs」として注目される主要な理由です。

(2)大都市では最大がサンパウロ(1600万人くらい?)とリオデジャネイロ(約750万人)。首都は人工都市のブラジリアですが、ここは人口は少ないです。サンパウロは東京より大きいってことですね。

(3)北部がアマゾン流域です。源流に近い西のマナウス、河口に近い東のベレンが主要都市。

(4)真ん中あたりには、上記の大都市と、大西洋に面した美しいビーチ街が有名。それ以外に、ポルトガル支配の頃の趣を残す「ヨーロッパの田舎町」的な街が点在しています。

(5)その南部にバンタナールという草原地帯があります。イメージとしてはケニアのサファリ地区に似てます。野生動物の宝庫です。

(6)歴史的には南米唯一のポルトガル語大国ということでもわかるようにポルトガルの植民地でした。独立後は、南米でも最も多彩な移民を受け入れた国で人種構成が他国に比べてもかなり多様です。

(7)経済的には、異常なインフレ時期などもありましたが、今はご存じBRICsのひとつとして、かなーり注目されてます。


人口サイズとその伸び率に加え、もうひとつブラジルが「有望株」と言われる理由が、上記に見られる「自然の豊富さ」です。

今や時代は「資源」&「自然」なんだよね。なんたって酸素さえ取引の対象になってきた。アマゾンやバンタナールを抱えるブラジルは、超有利ってこと。もちろん天然ガスを始め最近注目の多くの自然資源に恵まれているのです。


で、ちきりんは今回どこに行ったのか?

・サンパウロ

・マナウスとベレン

・イグアス(滝です。有名な観光地です。)

に行きました。というわけで、上記のうち(2)と(3)の一部を見てきたってことです。なんでかっていうと(4)は欧州で見ても良いし、ビーチならカリブ海の方が近い。(5)はケニアに行ったしね。というわけ。


ということで、今日はここまで。


また明日。