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Chikirinの日記 RSSフィード

2007-07-29 “当然に与えられているもの”の価値

相変わらず選挙における若い人の投票率は非常に低いのですが、これは、選挙を権利とみるか義務とみるかの違いでしょう。「勝ち取ったもの」は権利だけど、「もともと持っているもの」は義務的に見える。

シニア層の投票率が高いのは、年をとると政治に期待するからでも市民意識がでてくるからでもないと思う。彼らが若い頃には一般人が投票する権利はなかった、という記憶がまだ残っているからじゃないかな。

日本が完全に普通選挙になったのは1945年の戦後以降。それまでは名士や金持ちだけ、男性だけが投票できたり、軍部が政治を左右していたり。だから今のシニア層には子供の頃の記憶だったり、親の体験談だったりで、まだそういう時代の記憶がある。なので「二十歳になれば、貧乏でも平民でもコネがなくても選挙に行ける!」というのがすごく嬉しいのよね。今だって、もし「総理大臣が直接選挙で選べる!」ってなれば、投票率は高くなるでしょ。


一方のちきりんくらいから後は、選挙権がない時代なんて想像できず、したがって、それを「貴重な権利」と感じられない。反対に選挙に行け!と言われると「面倒な義務」に見えてしまう。

なお、ちきりんは「投票したい人がいないから行かない」と言う意見とか、「投票しないのも一つの意思表明」という意見は、完全なる詭弁だと思っており、議論に値しないと思っている。

年代別の投票率が低いと、候補者から「あの世代はどうでもいい世代」だと思われてしまう。「自分の世代の投票率を上げる」ことはすごく重要なことなのよ。20代で選挙に行かない人のために、20代全体が「政治的に意味のない世代」と見られてしまっているんだから。


ついでに言えば、こんなIT化の時代まで、あんな場所に物理的にわざわざ呼びつけ、しかも何の本人確認もせずに投票させるやり方を続けているのは、行政と政治の怠慢以外の何ものでもない。

これは今まで「投票率が低いほど有利であった自民党」がずっと政権をとっていたので、意図的に何の手も打たれなかったわけです。民主党がほんとにアホだと思うのは、政権交代に最も効果があるのは、「一票の格差の解消」と「ネット投票の実現」であることに全然気が付かないことだよね。

★★★

「生まれた時から誰でも投票できるから、選挙権を貴重な権利と思わない」という構造は、他でも見られる。

子供の頃、自然がごくごく当たり前に家の周りにあったシニア世代が、(自然のありがたさを感じられないがために)山を切り崩して住宅地を作り、日本橋の上に高速道路を引いて、日本の自然を壊してしまった。

その後、コンクリの校庭で育った世代が「放っておいたら自然がなくなってしまう!」という危機感をもち、自然保護に力を入れる。

人は苦労なく手に入るものの価値には気がつかない。反対に、苦労して手に入れたものは、客観的な価値以上に貴重に思える。



あなたにとって大事なものはなに?

それがあなたにとって大事である理由は、それが「自然と与えられたものではない」という理由によるものなのかもしれない。


そんなもんです。大事かどうかなんて。

実際に失わないと、何が大事なのか、わからないのかも。

こんなブログで言いたいことを好き勝手に書き連ねているちきりんにも、「こんなことを書いていたも、いきなり警察やら公安が踏み込んできたりしない時代」のありがたみは、なかなかわからない。誰でも選挙に行ける民主主義がありがたいなんて、考えたこともないです。


結局そーゆーこと。


そんじゃーね。

2007-07-26 アジアの結束、そろそろ。

“光化学スモッグ”という言葉、一定以上の年齢の人には懐かしいのではないでしょうか。昔はよく注意報がでていました。なんと年に300日、注意報が出た年もあるらしいです。

長らく全然聞かなくなっていた光化学スモッグ注意報ですが、最近また増えています。なんと中国から汚染された空気が流れてきて、日本で光化学スモッグが起こるのです。黄砂も同じですが、日本まで来ているくらいだから一番大変な目にあっているのは韓国でしょう。かなわんでしょうねー。


そういえば日本も、60年代からの高度成長時代は環境に関しては無茶苦茶でした。空には光化学スモッグ、工場がある地域にはぜんそく、化学工業がある地域の川下ではイタイイタイ病、それに水銀を原因とした水俣病。たしか「4大公害病」の場所と名前を学校で習った記憶があります。

公害とまでいかなくても、神田川など都会の川や、近場の海も汚水やヘドロでドロドロに汚れ、異常な臭いで近寄れないほどと、今からは想像もつかない状況でした。

当時の技術と日本の経済状況でいえば、工場の排水や廃棄のクリーンさなど、優先順が非常に低い(放置すべき)案件だったのでしょう。


もちろんそれらは当時でも、欧米先進国では既に許されていないレベルの汚染でした。でも“まずしい日本”にとっては、人の命や健康より“外貨が稼げて生活を豊かにする化学製品の方が優先順位が高い”状態だったわけです。

同じように今の中国だって、いくら日本や韓国が「工場をエコにしろ!」と怒っても「そんなこと言われてもどーしよーもない」のかもしれません。まずは全ての家に洗濯機やクーラーや携帯電話を行き渡らせることが重要なのであって、二酸化炭素だの農薬だの汚染だの、言ってらんないと。

★★★

10年前のアジアの通貨危機もそうだし、地域的なFTA問題もそう、また犯罪輸出や環境汚染、海洋資源開発の問題など、「アジア全体で取り組まないとだめだよね」みたいな問題が最近すごく増えてきています。

これまで「アジアの結束」というのは、すごく難しい側面がありました。ひとつの理由は、昔とある国が大東亜共栄圏などというスローガンの下に、武力で一方的なヘゲモニーを握ろうとした過去があるからです。また経済的に突出した日本と、それ以外の国、という経済格差も結束を妨げていた要因です。

さらにアメリカは、世界でもっとも成長可能性のあるこの地域のヘゲモニーを、日本や中国が握ることを絶対に認めたくないと思っており、アジアの国だけで結束することを決してよくは思っていません。

さらに、アジアは冷戦時代の遺産をふたつも抱えている唯一の地域です。台湾と中国、朝鮮半島の北と南。欧州では90年代初頭に東側は崩壊しこの対立は消滅しました。緊張があれば軍事力が必要であり、「結束」にも複雑な要因が絡みます。

というように「アジアの結束」を妨げる大きな要因であったわけですが、これらも最近大きく変わり始めたと思います。


まず第一に、日本と他国の経済力は均衡してきています。どの国もどんどん豊かになりつつあります。これにより各国ともビザ要件が緩和されるので、人の行き来がどんどん密になっています。さらに、地域の結束と日本の軍事的野望などを結びつける考えも急速に衰えつつあります。

またアメリカは中東でのあれこれに忙しく、アジアに細かく口出しする余裕を失いつつあります。イラクやアフガニスタンを見る限り、向こう10年くらいはアメリカはアジアで積極的なリーダーシップはとれないんじゃないでしょうか。

さらに東西対立も一気にテンションが落ちてきました。最大の要因は「香港の成功」でしょう。10年前に香港が中国に返還された時、香港人の中にはカナダ等に脱出しようとする人が続出しました。企業も警戒していた。でも、いまや香港は超好景気だし、中国との政治的トラブルも予想より圧倒的に少なく済んでいます。

当然、台湾も「1国2制度って成り立ってるじゃん」と理解するわけで、緊張をゆるめる方向に物事が動き始めるでしょう。


というように、アジアの結束を妨たげていた障害は減りつつあり、一方で、共同で問題解決しなくちゃいけないことはどんどん増えています。

おお〜、これはチャンスじゃね?

って感じです。


ちきりんの希望的、他力本願的な「今後のあるべき論」でいうと、やっぱ「アジア行政大学院」みたいな学校が必要なんじゃないの?と思います。

早稲田や立命館が持っている大学院みたいなのから発展させてもいいし別の大学でもいいけど、できれば各国が共同で設立できればいいですよね。で、「アジアのリーダーを育てる。アジアの問題を解決するために!」ってのを超明確に打ち出したらいいんじゃないかと。

解決すべき課題もカテゴリーごとにわけていくつかぶちあげ、それぞれの大学のグループごとに、「うちはこの問題に取り組みます」っていう分担をする。そしたら競いそうだし。


それと、それぞれ各国政府機関にもリンクして活動すべきかな。解決策に必要なのは、情報共有運動の他、企業の技術であり、国家の規制政策だから、そういう人を皆巻き込んで動けるようなものにする必要があると思います。

大学ではなく、大学院が必要と思うのは、実務経験のない学生では正直、力不足で無理だからです。一度社会に出た人が戻って、即戦力リーダーとなる必要があります。つまり「アジアン・パブリック・イニシャティブ」みたいなのを始めるってどう?という案です。

★★★

今はアジアのリーダー達は、みんなして欧米に留学する。アジアの各国からそれぞれが米国に留学して、そっちで「アジア人で話し合い」してたりしてます。ハンバーガー喰いながらね。

でもそんなめんどーなことせずに、そろそろ、それぞれの国に留学した方がいいと思う。そして、ネットワークを作るのよ。言葉を覚えるのよ。理解を深めるのよ。人生は短いぜ!共同で解決しようよ!


そう思える問題はたくさんあるし、おもしろくなってきたよね、っておもってる。


きたれ、意思ある若者!


じゃね。

2007-07-14 大学の目的

テレビで“社長学科”という、同族会社の創業者の二世三世のための学部が紹介されてました。

科目の中にはゴルフやヨットもあるんだとか。

なんか“イカれた二世社長”が育ちそうでもあるけど、大学自体が二世社長同士のネットワーク形成にも役立ちそうだし、それはそれでひとつの考え方かも。

とか考えてると、今は「大学の目的」ってのが曖昧になってきた時代だよね、と思いました。


昔は大学の目的ってもっと明確だった。

たとえば「師範学校」って言葉が典型的で、先生を作る(育てる)ための学校だとすぐわかるでしょ。目的、つまり存在意義が極めて明確です。

帝国大学制度というのも、かなり合目的な制度で、文系は官吏を育てるのが目的、理系は富国強兵、すなわち軍事力につながる研究をするのが目的、だったと思う。

帝国大学以外の国立大学は、それぞれ目的ありきで設立され、○○商科大学は経済人を育て、○○工業大学は非軍事技術を担うエンジニアを育てる目的で作られたっぽい。

水産大学とかもすごい合目的ですよね。


一方、“学問のすすめ”という言葉に代表される私学の建学目的は、大きく言えば「教養人」を育てるということだったのでしょう。

国立大学が「国を作るために必要な職業人の育成」を目的とするのに対し、「西洋人と対等につきあえる、広い視野を持ち、学び考える習慣を持つ人=文化人、が一定数必要」ということで私立大学が作られた。

その他も、○○女子大学は婦女子リーダーの育成、仏教大学はお寺の後継者を育てると、とにかく以前の大学は、その存在意義や目的がかなり明確だったと思う。

★★★

他国を見てみると、アメリカも大学の目的がわかりやすい。研究と、実学訓練、一般教養の3つにきれいに分かれてる。

Universityは博士課程が充実してて研究するところ。MBAやロースクール、エンジニアリングスクール、行政大学校とかは全部、実学訓練の場。

で、4年制大学は、上記の2コースに進む人のための一般教養課程という位置付け。

他にコミュニティカレッジと呼ばれる公立の一般教養大学がたくさんあり、かなり幅広い年齢、レベルの人に門戸を開いてる。国民全体の生涯教育機関みたいな感じですね。


一方の欧州は、日米に比べると大学進学率が低く、階級の偏りもかなりある。ごく限られた特定の大学が「社会のリーダー層の教育」を目的としてる感じです。

研究者になる人もそういうところに行くんだけど、そもそも「研究」なんてのは、食べるに困らない層の人がやることだ、という思想だと思う。

あと面白いのは大英帝国で、LSEっていう大学がロンドンにあるんだけど、ここの目的は「植民地のリーダー層を育てる」こと。

だから学んでいる学生のうち英国人は半数にも満たない。

加えて、有名なイートン校(高校)にもインドの地方の王様の息子とかがいます。みなさん、やんごとなきお顔です。

つまり植民地の宗主国としては、自国のリーダーだけでなく植民地のリーダー層の教育も自分たち(宗主国の大学)の役割である、ということでしょう。

というわけで、欧州だと高等教育は貴族階級の教養機関であり、国家の各界(植民地含む)のリーダー養成機関である、って感じでしょうか。


ちなみに、英仏にはロンドン大学やソルボンヌ大学などの「大衆大学」も存在する。

こっちは中流階級の教養機関なんだけど、近年は実はこっちへの進学者数が大きくなっていて、大学進学率も急ピッチで伸びている。

つまり欧州における大学の目的も近年かなり変わって来つつある=庶民も大学に行き始めた、ってことなんだけど、

おもしろいのは、この人たちは「大卒なんだけど、社会の下層階級」という、“かっての欧州には存在しなかったセグメント”なんだよね。

過去10〜20年くらいの欧州の左傾化(最近は揺り戻してますが)というのは、この「大卒なのに下層」という新たなセグメントが、その担い手になってます。

大学でても仕事がない=若年人口の失業率高止まり、ということでデモってる。


そもそも昔の英仏は大学いくような人は就職活動なんてやる必要のない“層”の人だった。

それが民主的になって庶民が大学行くようになった、そしたら卒業しても職がない、というのは、まさにアイロニー。

あと、ドイツは英仏とはかなり違うのだけど、長くなるのでちょっと略。

★★★

今の日本の大学も、この目的がなにか?ってのが、戦後の急激な大学進学率アップとともに、極めて見えにくくなった。

大学レジャーランド化と言われた時代もあったけど、学生側の意識の変化を云々する前に、大学自体が自らの目的を定義できなくなってる。

それが、ここんとこの業界危機で、割り切って定義しちゃうところがでてきた。

その一例が「社長学部」なんだと思う。

でもそういうニッチなのはちょっとおいといて、全体として、日本の大学の目的はなんなのさ?ってのが、正直、誰も(文部科学省も大学自身も、もしくは学生側も)明確にできてない気がする。


例えば、今の日本で大学の目的って何があり得るか?

ひとつは、「産業界への人材の育成・供給」なんだけど、この割り切りは大学にはない。

大学の経営側にいる人の大半は「研究者」だから、大学が実学の役にたつことを教えるってことに徹するという考え方に嫌悪感、もしくは、違和感がある。

むしろ専門学校はこの部分で、極めてきれいに割り切りがあって、「カフェオーナー養成学校」とか、すばらしい柔軟さを示してる。


他の目的は?

国家体制を整えるための官吏ってのが、もういらん時代になりつつあることは、東大の法学部がロースクールだの行政大学院だのという実学訓練学校を作ったことで明確になってる。(いまや京大にMBAがある時代だからね!)

軍事力もいらんでしょ。非軍事力で国家系の技術(ダムを造る、鉄道を引く)も、もういらん。必要なのは、産業系の民製技術だけだ。

産業界への人材供給以外の目的はなに?


全部「中流階級のための教養機関です」っていう気かしら?

COEプログラムなんかは「研究」に光をあてる動きなわけですが、どこの国もだが「研究」だけなら、人口の5%の進学率でも多すぎるくらいだ。50%の人がいく機関の目的はどう定義する?

★★★

長くなったのでもうやめます。

少子化に打ち手がなく焦った大学が、学生側(親側)を見て媚びていて、「存在目的は、学生集めです」とでもいう気かしら、みたいな大学もでてきてる。

そんな目的あり得ないでしょ。普通は「育てたい人像」があって初めて目的って定義されうるのに。


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じゃね。


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2007-07-12 間一髪

南の島で存分に海を楽しみ、帰ってきたです。滞在中はお天気もよく、ホテルも最高だし、食事も超美味しかった。シュノーケルも快調。

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しかし、帰りは間一髪。


ちきりんが戻ってくる便の30分後からは、すべてのフライトがキャンセル。台風4号の影響で。


ひや〜、助かった。



強運の持ち主、ちきりん。


また明日!

2007-07-09 縮小市場への二つの解決方向

日本は少子化がすごい勢いで進んでいます。今35才くらいの人が団塊ジュニアピーク一で、一学年の数が200万人を超えています。人数が多い上に、就職時に不況に見舞われた「不幸の世代」です。

今の18才人口は、すでに130万人程度。200万人から130万人に減るって、減少率を計算するとすごいことです。

じゃあ学校はそんだけ減ったか?というと、全く減ってません。東大京大をはじめとして国立大でさえ全然減ってない。私立なんて定員の総合計は増えてます。しかも今でも新聞とかで宣伝を見ます。来年の4月から「新学部創設!!」とか「新学科登場!」とか・・・

なんか、変じゃない?

って普通思うよね。これだけ市場が減少して、なんで供給が増えるねん?と。

★★★

公立が中心の義務教育ならわかる。そもそも赤字という概念もないからね。あと、最初は1学級の生徒数を減らすことで対応してた。昔は多すぎだったから。そして、それ以上に子供が減れば廃校もあるし統合もされている。

むしろ公立の小学校の方が人口に併せて減っているのに、私立の大学とかが全然減らないのです。どうしてもやっていけなくなったところが倒産するのが年に数校あるくらい。

じゃあ大学は18才人口が減っても困らないか?というと、そんなことはなくて、どこも“死にそう”に大変そうです。早稲田や慶應というような一流私大でさえ、生徒集めに必死です。ちなみに、この二つの大学の「生徒集めの方法」は全然ちがってて、早稲田は広末、愛ちゃん、佑ちゃんと“色物系集客”、慶應は藤沢キャンパスとかOA入試とか“革新プログラム系集客”です。

おっと話が逸れた。

★★★

なんで子供の数が減っているのに、供給側である大学がキャパを増やすのか?


まず大前提として「縮小できない体質がある」ということです。大学の収入はふたつ。授業料と補助金です。どちらも「学生ひとりあたり、いくら」です。つまり、学生数が増えないと収入が増えない。

しかしながら、大学のコストはふたつ。人件費と管理費です。これはいずれも学生数にあまり関係ないコストです。人件費って先生の給与とか研究費ですが、学生が2割減ったからって、2割の先生を首にするってできないでしょ。また、学生が2割減ったからって、既に建設してしまった校舎の建設費や維持費を2割減らすのも無理です。

つまり、一度、一定の学生数を前提に作られた大学は、学生数を減らせない運命にあります。どこも同じ。だから、全体として、こんなに学生が減っても大学は定員を減らせない。

ちなみにこれは国立大学も同じです。東大の定員も200万人時代から130万人時代に、“増えて”ます。圧倒的に入りやすくなったから「特定の勉強方法で入れる」みたいな漫画が売れるんです。

小さいお子さんを持つ親御さんに会うと、ちきりんはいつも言ってます。受験系の教育にはお金をかけない方がいいと。だって、これだけ子供が減れば、ほぼ全員、親がとても満足できるレベルの大学に入学できます。そんなことにお金かける必要ないです。

おっと、また逸れた。

★★★

もうひとつの理由が、今日の書きたいトピックです。

実は先進国はどこも少子化です。アメリカは少子化で困ってないけど、それは移民がいるからです。移民がたくさん入ってきて、しかも彼らは子だくさんだから。だけど、移民の子供はいくら多くても、授業料の馬鹿高い米国の一流大学の顧客には、なかなかならない。

だから、少子化で悩んでいるのは、どこの先進国も同じです。

ところが・・その解決へのアプローチが全然違うのよね。


まず、日本の大学がやってること。

どこの大学も付属校を新設しようとしています。新しく高校や中学を作る場合もあるし、一番流行なのは小学校を作るケース。今までは中学からや高校からの付属校だったのを、小学校から付属校にしようと。

この動き、どーゆーことかというと、

できるだけ小さい頃から子供を囲い込もう、ということ。小学校から“囲い込んで”受験なしで大学まで来てもらおうということ。

ところが、大学に希望の学部がないと、附属高校の生徒でも、最近は大学受験をされて外部進学されちゃう。

最近の大学がやたらと“総合”“社会”“政策”“情報”“国際”という名前をつけた学部を新設するのは、そういう名前のキャンパスのある大学に、せっかく囲い込んだはずの付属高校生をとられてしまい焦っていることをよく表している。

だから、今日本の大学は

・付属の中学高校を増やし、小学校まで作る。

・大学の学部をバシバシ増やす。(伝統的な法学部、経済学部、工学部だけじゃ、だめだ!と。)

という方向に走ってる。

★★★

これはこれで、ひとつの合理的な動きです。市場は小さくなる。自分が縮小することはできない。じゃあ、やるべきは“囲い込み”だと。

できるだけ小さい頃から囲い込む。判断力のでてくる18の時にも“うちの大学でいいや”と思ってもらえるように内部に多彩な学部を取りそろえる・・・


だけどこれ、実は大学間競争のひとつの方向性にすぎません。もうひとつの方向性は海外から学生を集めようという方法で、アメリカの大学などは、多くの大学が日本でも説明会を開いているよね。

★★★

というわけで、

(1)限られた市場を奪い合うために、できるだけ早期から囲い込む。

(2)限られた市場の外部から顧客を得るために、外に向かって営業する。

の二つの方法があるってことです。


日本の大学はなぜ(1)なのか?

最大の理由は「母国語が英語じゃないから」でしょ。

でも実はフランスやスイスにも海外から生徒を集客する力をもった有名校は存在する。さらにもっといえば、中国の大学が今や(国内にもあんなにたくさん学生がいるにも関わらず)同じことをしようとしている。

日本語だから、(1)しかないのだ!!って、言ってていいのかな〜って感じだ。

そもそも(1)の方法って、全大学がそれをやって生き残ることは無理だよね。論理的に・・・客が減るのに供給を増やすってんだからさ・・・誰かが倒産しなくちゃならない。でも、皆思ってる。「倒産するのはうちじゃない」と。そしてガンガン投資する。

「ババを引くのはおれじゃない。だからどんどん投資しろ!!」


どっかで見たな〜この風景。デジャブ感たっぷり。

★★★

ちきりんの関心あるのは、この発想の選択は、どうやって分かれるのかね?ってこと。

実はこれ、企業にも同じ傾向がある。日本は少子化。ということは、学校に限らずすべての消費財・消費サービスの顧客は少なくなる、ということ。

ビール会社の売上げとか、これだけ人口減って、のばすって大変すぎるでしょ?歯磨き粉でも化粧品でも洋服でも同じです。200万人が130万人に減って、どうやって売上げのばすのか。

ひとつは、全体として増えてくるシルバーを狙うという方法。もうひとつは、少なくなったパイを独占、囲い込もうという方法。そして、「人口の増えてるインドや中国に進出して、そっちで売ろう!」という発想。


そう。縮小する国で、必死で囲い込みをはかる企業と、伸びてる国で売りに行こうと考える企業がある。大学と同じだよね。


とてもおもしろい。


んじゃね。

2007-07-05 ロシア再び

冬のオリンピックの開催地にロシアの都市が選ばれたらしい。これ、すごい象徴的なニュースでした。

まず驚いたのは「冬のオリンピックがロシアで開催されるのは初めて」だとニュースが伝えていたこと。これはたまげた。あんな「国土のほとんど冬」みたいな国ですよ。凍土っていうイメージに(北朝鮮の次に)近い国だったりするのに、冬のオリンピックが“初めて”だって。


なんでさ?


明らかだよね。冷戦時代、彼らが立候補したって西側諸国が牛耳るIOCは絶対にロシアを開催地には選ばなかっただろう。彼らもそんなのわかってるから立候補してない。ということ。

つまり、この国が国際社会に復帰してから、まだそんなに時間がたったわけではないのだということを再認識させてくれたニュースだった。冷戦時代ってのが、すぐこの前まで、あったのよね、地球上に、と。

まあ、とにかくニュース聞いて「そうなんだ、初めてだったんだあ」って感慨深かった。

★★★

もうひとつ、このニュースでブルッたのは、「ロシア再登場」って感じがしたからです。すごいな、現れたよ、新たな登場人物が、って感じ。冷戦時代は共産国、東側体制が崩壊して終わりを迎え、アメリカだけが唯一のパワーとして現れた。これが、20世紀の終盤に起こったことだ。

ところが、やってきた21世紀はそれよりも余程におもしろい、楽しそうな世界だった。

まずは「中国がやってきた」のだ。


この前会った人が言っていた。「20世紀には中国は存在しなかった。」と。そうなのよ。経済系の人に言わせれば、20世紀と21世紀の違いは、「21世紀は中国の在る時代」だと。

言い得て妙だと思いました。納得したです。世界のデフレも、エネルギー不足も食糧不足も、世界の公害も、全部「中国がもってきた」のだ。21世紀に。

★★★

ところが、もうひとつ、明らかになりつつ動きがある。それが「ロシア」だ。

この国、「終わった」はずだった。「終わった」と皆が思っていた。ベルリンの壁が倒れ、スターリン像が倒され、レニングラードがサントペテルスブルクに名を戻した後、この国は筆舌に尽くせない混乱に陥った。ものすごい借金を抱え、マフィアが闊歩し、アル中の大統領が専横を極めた。そんな国に、未来はないと、誰もが思った。


ところが、です。


石油の価格が20ドルから70ドルになった。彼らは産油国だ。20兆円の価値の石油は70兆円の価値になったのだ。彼らはすべての借金を返済し、国際社会に「パワー」として戻ってきた。

ロシアは欧州への天然ガスパイプを閉じたり開いたりして西欧を脅し、日本等が数千億の投資をした後の開発案件を無理矢理に国家権力でとりあげ、そして、全く何の設備もない小さな都市へのオリンピック招致を、ものすごい豪腕で実現した。

先日発表された調査で、今、世界で一番物価が高い都市はモスクワだと言っていた。昔日のある日、バブル期の東京もこの調査で最も物価が高いとランクされていた。

今、世界でもっともタカピーなプライシングが通用する都市、それはモスクワ、なのよ。



アメリカはどーする?

ポーランドにミサイルを再配備することにした。



冷戦アゲインだ。


英語とフランス語を流暢に話す大統領。いつそんなに語学堪能になったかって?KGBのスパイだった頃、必要だったから学んだんでしょ、きっと。

この眼光鋭い男性が、21世紀初頭の主役のひとりであることは間違いない。今、最も魅力的でセクシーな男性だよね、彼は。


そしてもうひとつのパワーは、ご存じのとおり、見えない敵、テロ集団たちだ。ミサイルも核も化学兵器もいらない。彼らは飛行機を高層ビルにぶっつけた。その跡地に、アメリカは再度、最高層のビルを建設する。イギリスだって、ストの他にテロも「当たり前」の国になりつつある。



21世紀は、おもしろい。


いや、20世紀もすごい面白かったけどね。



何がおもしろいってさ、21世紀に現れたものが、上の順に並べると、

(1)中国

(2)ロシア

(3)イスラム過激派

ってことです。



あれっ?って感じしません?

これらって全部、20世紀の「一方の主役」だったのではないの?特に(1)と(2)は。なのになぜ、21世紀の登場人物として彼らは注目されるのか?この辺が、深いところと言うか、おもしろいところなわけだわね。

なるほどね。



ロシアアゲイン。


んじゃね。

2007-07-03 まだまだ少数派

街ではたくさんの洋服が売られていますが、フォーマル、ビジネス、カジュアルなどの用途別にみるとどんな内訳になっているのでしょう。紳士服の場合、若い世代向けではカジュアル比率がかなり高いし、年配向けではビジネス服の比率が高そうです。

売上高、販売点数、販売面積のいずれでみるかでも違うのでしょうが、ざっとデパートなどの紳士服売り場を思い起こせば、ビジネス衣料は売り場の半分くらいを占めているように見えます。

男性用の場合、デパート以外でもスーツ専門店(ロードサイド店)も全国にありますし、ブランドの路面店でも、会社で着られるスーツやシャツ、コートのコレクションは豊富に揃いますよね。


一方の女性用の場合、そもそもビジネス衣料という概念がないように思えます。ちきりんの知る限り日本には、「女性用ビジネス服」の専門店も存在しないし、デパートにも「女性用ビジネススーツ売り場」自体が存在しません。

シャネルやディオールなどのブランドにはエレガントスーツのコレクションはありますが、自営業の女社長でもない限りアレを着て会社には行けないと思います。

なので、女性が会社に着ていくスーツを探す場合は、比較的スーツが多い店を複数店舗、まわってみて比べて買う、ということになるのですが、これがとても不便です。だって、ふたつの迷っているスーツが別のフロア(もしくは、別の地域の別のお店)で売られているわけで、「鏡の前で迷っているスーツを直接比べる」ことができないのですから。


そんな苦労をする女性からみると、男性のスーツ売り場は驚愕です。体型と身長を独立して選べたり、シャツでは首周りから腕の長さまで選択肢があるなんて。女性用のスーツでは、3サイズ揃えてあれば上出来だし、時には「うちはワンサイズです」というお店もあります。サイズが合っても、素材やデザインは一種類しかない場合もよくあります。

一方の紳士服売り場では、ほぼ“どんな体型向き”の人のサイズでも揃っている上に、生地の素材や色味、値段、ワンボタンからスリーボタンまで多彩なスタイルのバリエーションが一カ所で揃いますよね。最近は“機能性スーツ”の開発も進んでいて、なんて便利なんだろうと思います。女性用スーツには、未だにポケットがひとつもないスーツがたくさんあるのに!

最近デパートは売上げが縮小してどこも苦しそうですが、なぜ女性向けスーツ専用フロアを作らないのかとても不思議です。東京なら「そこに行けば、どんな体型の人も、会社に着ていく服が必ず揃う」売り場を作れば、リピーターやまとめ買いする人も多く集まって、すごく流行ると思うのですけどね。


男女比較ではなく、女性服の中で比較すると、ごく若い子向けのブランドではそこそこスーツ的な洋服も増えています。また最近は紳士服専門店も、リクルートスーツを中心に女性用スーツを売り始めています。

リクルートスーツはそれなりにバリエーションも豊富です。この時期には男性と同数の女性がスーツを求めますから、市場として認識されているようです。

また20代前半は“OL”の年齢なので、多くの女性が会社で働いています。最近は制服のない会社も多いので、若い女性向けのスーツも一定量でてきています。ただ、かなりローライズのパンツにピタピタのジャケットという、仕事のしやすさより見かけを優先したスーツがまだ多いようです。

それ以外で売られている女性用スーツは、“子供のお受験の面接にいくためのママスーツ”です。これらはネイビーや真っ白の上品なスーツが多く、あまり仕事用には向いていません。


さて、40代以降の女性のためのビジネススーツは、品揃えも売っている場所も極端に少なくなります。これは、女性が仕事でスーツを着るのは、リクルートスーツと、結婚前のOL時代のみ、という概念から来ているのでしょう。

アパレル業界的には、女性は30前後で結婚して家に入り、たとえ子育てが終わって職場に戻ってきても、スーパーのレジ打ちや飲食店のお運びなどに就き、まさか企業に復帰して管理職になったりはしない、と考えているようです。


ちなみに女性閣僚をテレビで見ていると、皆さん50才以降くらいのご年齢ですが、よくスーツを着ていらっしゃいます。それらのスーツは、体のラインにあわせてものすごくきれいに作ってあり、“一目でわかる”オーダースーツが多いです。色も目立つものが多く、まさに選挙用の衣装です。

もちろん閣僚ともなれば、男性閣僚もオーダースーツを着ていると思うので、女性もオーダーすればいいと思います。でも一般企業の管理職女性の場合、「オーダーしか選択肢がない」のは値段的にもつらいです。


管理職年齢になった女性会社員の中には、若い子用のスーツを無理矢理着ている人も多いようですが、年齢的に体型も変わってくるし、デザインもやっぱり「この年でこんなぴたぴたジャケット着られないでしょ」という場合も多いです。

ちなみに、女性用スーツが売られていないこととどちらが先かわかりませんが、職場では女性のスーツは男性のスーツほどの画一性は求められません。確かに平社員の頃なら、エレガントスーツでもワンピースにカーディガンでも違和感はないでしょう。

しかし女性も管理職になって、それなりに責任が大きくなり、対外的な役目を負うようにもなると、“それなりのスーツ“が必要になります。

今はどこの大企業も「女性役員を輩出したい」と必死になっていますが、その「将来役員になる女性」、つまり「今は部長とか課長である女性」が着るべきビジネススーツがこんなに売られていないところを見ると、結局まだそんな人はほーんの一握りしか存在していないってことなのかな、と思えます。

いわゆる均等法第一世代 (1986年施行)の女性が今年44歳ですから、そろそろ管理職、上級管理職(役員を含む)に抜擢されようとしている時期です。女性の職場進出はその後、急速に進んでいるのでこれからはますます“管理職として着るスーツが必要”という女性も増えるのだと思うのですけれどね。

★★★

ところで、欧米ではそういう女性層のためのビジネス服はたくさん売られています。デパートでも女性用スーツ的を集めた売り場は結構大きいです。また移民が多く体型の違う民族が混じっているので、サイズもバリエーションが豊富です。市場が大きくなればビジネスはついてくるということでしょう。

また、日本でもひところは“中高年男性向けのスーツ以外の衣服は、ゴルフウエアしか存在しない”と言われていました。それは彼等がどれほどの人生を会社に捧げてきたかの証しでもありました。

かように、街の洋服売り場の変遷はその国の人達がどんな生活をしているか、その国がどんな社会なのか、を忠実に表すものなのだと思います。


そんじゃあね。

2007-07-01 労組って必要なんだけどね。

時代が変わることで不要になるものがあります。反対に、時代の変化に伴い新たに必要になるものもあります。

組織や団体や企業が、時代の変化にあわせてきちんとその役割を変化させていれば、時代が変わっても組織の価値は失せません。

けれど「今までやってきたことを一切変えたくない」というのであれば、組織自体の存在意義が問われることになります。


たとえば「今や、官が民を率いる時代ではない」などと言われ、官の縮小、権限削減=規制緩和が叫ばれることが多くなりました。

しかし実際には、規制緩和があれば官の役割はそれまで以上に重要になります。

規制緩和の成功のためには、違法行為の監視とセーフティネットの提供が不可欠ですが、ふたつとも民間では提供しにくい役割です。

規制緩和と同時に官組織を小さくしてしまうと悪徳業者がはびこり、市場からはじかれた人が路頭に迷ってしまいます。

必要なことは「規制を廃止」し、今まで規制を作っていた人の仕事を「市場の監視と、セーフティネットの提供」という仕事に割り振りなおすことなのです。

そしてもしも役所が従来の仕事にしがみつき、積極的に新しい役割を担おうとしないなら「そんな役所はもう要らない」という話になってしまいます。


過去において農水省の役割は「小作農と農業を守る」ことだったのでしょう。

その役割のままなら産業規模の割合や従事人口が少なくなった今では、昔のような人数や予算は不要です。

けれど「食の安全を守る」のが仕事だと再定義すれば、その役割は昔より重要なはず。

昔と違って今は世界中から食べ物が輸入されるし、遺伝子組み換えなど新技術もでてきています。

また同じ食品でも、産地などブランドによって大きく異なる価格がつけられる時代、表示の真偽や安全性など、市場の監視機能の重要性は昔より格段に高まっています。


それなのに新たな役割を果たすどころか従来の役割に固執し、

「守っているのは食の安全ではなく、米の高値と、農業票をとりまとめてくれる農協と、農水省という組織である!」

かのような振る舞いを続けていては、なんのための役所なのか?という話になってしまいます


★★★


労働組合も時代に応じた役割転換ができていないがために、存在意義が疑われている代表的な組織でしょう。

労組の組織率はどこでも大きく下がっています。

しかしながら、昔と比べて労組の必要性が小さくなったわけではありません。むしろ昔より今の方が重要なはずです。

90年までは日本は経済成長していました。ところが今は縮小市場もたくさんあります。

労使間での成果の配分を巡る交渉は、パイ全体が大きくなっていた昔より今の方が熾烈なはずであり、こういう低成長時代こそ労組の存在価値は高いはずです。

にも関わらず一般の労働者の中では、労組の存在を昔ほど強く支持する人はいません。

それは労組(の幹部)が、自分達の役割を時代に応じて変化させることを拒み、相変わらず 50年前と同じ活動を続けているからです。


たとえば、彼らは未だに労使問題とは関係の薄い政治問題に関わり続けています。

契約途中で雇い止めにあったり、法律で加入義務がある社会保険に未加入のまま働かされるなど、ぎりぎりのところまで虐げられている労働者にとって、

労組の掲げる「憲法改正 絶対反対!」というスローガンが自分達の生活改善につながるとは、なかなか理解しがたいでしょう。


また、彼らは未だに正社員以外の労働者を、自分達と対等な仲間とは認識していません。

一部その利益を擁護しようという動きもありますが、あくまで周辺的な活動にすぎません。


加えて労組は、いまや経営者よりも相当に“時代遅れ”です。

たとえば彼らは未だに「男性が外で働き、女性は家で家事と育児を担当する」という概念から抜け出せていません。

このため、「育児休暇はもちろん有給休暇さえ満足にとらず、辞令一本で単身赴任も厭わない」という男性の働き方改善には全くもって消極的で、交渉といえば賃金、賞与のことばかりです。


労組が時代から取り残されているひとつの要因は、彼らが経営者サイドに比べて圧倒的に国内志向で、世界の動きを知らないからでしょう。

女性の活用方法、多様性を尊重することの意義、非正規雇用労働者の増加への対応方法や、大組織のガバナンスの在り方など、経営者側は世界の先進的、戦略的な動きを常に目にしています。


なのに労組は、リーマンショック直後にまで賃上げ要求をし、経営者側からも労働者側からも嘲笑されるなど、あまりにも思考停止です。

人事政策に関しても、経営者側が世界中の従業員の採用や育成、そして報酬のあり方を考えているのに対し、労組は日本で採用された日本人正社員だけの制度や報酬について考えています。

だって労組の幹部には、そういう人しかいないのですから。

でもこれではいつまでも、日本だけで通用する理屈を振り回すことになるでしょう。


反対にいえば、労組がもしも、

(1) 政治団体ではなく、労働者の権利保護団体であることを明確にし、

(2) 最も搾取されている労働者層を支持基盤とし、、

(3) 時代遅れの働き方ではなく、新しい世代が求めるライフスタイルを理解・支持して経営陣に要求し、

(4) 視野を世界に広め、戦略的な動き方を学べば、


労組の存在意義を感じる人は、その昔彼らが隆盛を誇った時よりも多くなるはずです。

時代の要請に応じて使命を定義しなおせば生き残れる組織も、過去から続く行動や考え方を頑なに変えたくないというのなら、

「存在意義自体が不明」という時代の審判を受ける日が遠からずやってきてしまうことでしょう。


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そんじゃーね。


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