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Chikirinの日記 RSSフィード

2007-09-30 あの時代と同じ構造

ミャンマーの事件、いろいろ考えてしまう。理由は、自分が訪れた時の記憶がそれなりに鮮明な国だから、というのと、この前、下山事件の本を読んだから。

下山事件と何の関係が?と思われるかもしれませんが、時代が一緒なんです。あの時代、1950年くらいに日本で起こったことと今ミャンマーで起こっていることって、基本的に同じ構造なんだよね。

★★★

ビルマはイギリスの植民地でした。首都の建物もイギリス諷のものが多いです。また、20年前にちきりんが訪れた時でもTOEFLの練習本が売られているなど“英語宗主国”の名残の強い国でした。

戦後、列強の植民地であったアジアの国々は、一斉に“民族独立”します。敗戦国日本から独立した朝鮮もそうだし、列強がとりあっていた中国もそう、フランスのベトナムも。そしてビルマもイギリスから独立した。

ほぼ同時に、東西冷戦が始まります。これら独立したばかりのよちよち歩きの国を、「どちらの陣営に引き入れるか」、別の言い方をすれば、親米政権=反共政権を作るか、反米政権=共産政府を作るか、というのが、英米とソ中の最大の関心事でした。

そんな中で朝鮮もベトナムも南北で取り合いになり、国土は焦土と化した。中国も海峡を挟んで大陸と台湾にわかれ対峙することになりました。

★★★

地理的に中国、ソビエトに近いと親共産主義政権=反米政権が勝ちやすく、ラオスもビルマもベトナムも社会主義政権になりました。米国はベトナムを死守しようとしたけど、ご存じの通り泥沼にはまり撤退を余儀なくされた。

だから米国はラオスやビルマに兵を送って直接支配をしようとはしなかったけど、水面下では、どこの国においても、ひつこく「反政府勢力」を支援してきた。この反政府勢力というのが、ビルマではアウンサンスーチー氏などのグループです。

圧倒的な財力で反政府グループを支援し続ける米国側の主体がCIA。このCIAのミッションというのは“地球上から共産主義者を抹殺すること”です。そして世界中の国に、親米的な政権を樹立することです。

そして、これが“下山事件”とつながるわけ。

岸信介を巣鴨から釈放して公職に復帰させるのも、アウンサン一家を支援するのも、CIAの本来業務ということです。極東政策、という分野のね。

★★★

基本的に共産主義体制を選んだ国々は皆苦労した。なんたって親分が失敗しちゃうわけだから、子分の国々はどーすりゃいーのよ、という感じだ。その中で、中国やベトナムのように“開放政策”で巧く乗り切ろうとしている国もある。キューバやミャンマーのように、経済成長を諦めて閉じこもる国もある。

今回のミャンマーのデモの報道で、とても本質的な一言がある。それは「石油価格の暴騰などに抗議した市民のデモが始まった。」と報道されていること。これは、何気ない言葉ですが、極めて重要。

例えば、日本の昔の学生運動であるとか、そこから15年くらい遅れて起こっている韓国の学生運動とかは、すべて「権力への抵抗運動」です。別に狂乱物価に怒ってデモをしたわけではない。昔の米騒動とは違います。これらの運動は「独裁政権」や「強権政治」「政治の横暴」に対しての抵抗運動でありデモだった。つまり、まさに「民主化要求デモ」なんです。

一方、今回ミャンマーで起こったのは「反政府運動」でも「軍事政権に反対するデモ」でもありません。石油価格の高騰に生活を圧迫された市民を僧侶が支援した「生活デモ」です。「米騒動」です。

石油の価格が安定していたら、彼らは今の政権でもなんでもいいんです。デモは起こっていなかったでしょう。


これは大きな違いです。市民は軍事政権を倒すために立ち上がったのではなく、生活が苦しくなったので立ち上がったんです。問題は、政権の成り立ちや政治のやり方ではなく、経済運営の失敗にある、ということなんです。

しかし普通に考えて、西側諸国と敵対する政権にとって、このご時世に経済運営に成功するなんて不可能なんです。石油価格はここ数年で5倍になっています。援助無しに最貧国が石油を確保するのは不可能なのに、親分のソビエトは今や共産主義の子分を助ける気などさらさらなく、誰も助けてくれません。

というわけで、彼らに許された途は二つしかありません。市民に困窮を強いても反米政権を維持するか、もしくは、親米政権に鞍替えし、代わりにアメリカから経済援助を受けることです。

★★★

ベトナムでもビルマでもカンボジアでも、そして、昨今の韓国も同じだと思うのですが、この「親米」か「反米」か、ということが、民族主義の思想とリンクしています。

「親米=民族主義を捨て、西側傀儡の政権になる」、「反米=民族の自立」というリンクです。

こう書くと、韓国だのベトナムだのって呑気なこと書いてる感じじゃないですね。日本だってまさにそうでしょ?親米政権というのは、米国におもねる政権であり、民族自立の否定につながりやすいコンセプトなんです。

日本みたいに、それなりの経済力のある国でも「親米」=「アメリカの腰巾着」みたいになるわけで、ビルマみたいな小国にとっては、「親米」=「アメリカの基地提供国になる」以外のなにものでもありません。

それを否定すると、すなわち民族の自立を一定以上重んじると、反米的な政権とならざるをえず、そして、それを支援してくれる国が中国とソビエトしかなかったという時代のために、社会主義的な政権にならざるをえず、また、経済的に封鎖されてしまうために、選挙で政権を選ぶことができなくなる(経済に成功しない政権は選挙では選ばれないので)=軍事政権的な性格にならざるをえない、という順番です。

★★★

今回のデモは「生活苦デモ」です。国際的な格差社会の底辺にいる国が生活のために立ち上がっています。でもこれを「民主化要求デモ」にすり替えたい人達がいます。そして左寄りで反米的な政権をひっくりかえしたいと思っている人がいます。これを“謀略”と呼ばずしてなにを謀略と呼ぶ?という感じです。

しかし、この国が親米政権になるということは、ミャンマーがアメリカの基地になるということです。で・・・それを好ましく思わない国で、最近かなり経済的に潤っている国が、世界には二つあります。

CIAはアウンサンスーチーさんを“水面下”でしか支援しません。自分たちのイメージがよくないことを理解しておりおおっぴらに活動しません。それはもうひとつの陣営の二つの国も同じです。

西側から完全に無視されていた政権が、まがりなりにもこんなに長く崩壊しなかったのはなぜでしょう?当然、“あそこ”と“あそこ”がこの政権を支持していたからです。しかしながら、ここ数年、石油価格の高騰は異常なレベルで発生しました。これだけは、その全額を補填することができなかった、ってことなんでしょう。


ちきりんが恐れるのは、またしても罪なき多くの人達が、大国の領土ぶんどり合戦のために長い暗い戦争に巻き込まれていくことです。この領地ぶんどり合戦は、昔は朝鮮戦争とかベトナム戦争という“わかりやすい形”で行われました。今は「内戦状態のアフガン」とか「治安のひどいイラク」という形で現れます。

これだと、その裏に何の力が働いているかが、わかりにくいです。現在、“民主国家”である西側諸国では、大がかりな“戦争”をすると国内での(自国民の)反戦運動が大きくなりミッションが遂行できなくなっちゃうからです。


アフガニスタンの内戦がこんなに長い間、世界の人達が忘れてしまうほどに長い間とまらないのはなぜでしょう?イラクが平定できないのは、アメリカの軍事作戦のミスだけがその理由でしょうか?

アフガニスタンやイラクの地理的な位置を世界地図でもう一度見てください。この国々を「米軍基地の国」にしたくない国で、最近お金がウハウハある国が、ゲリラ達に、テロ達に、武器や資金を裏で支援している可能性はないでしょうか?CIAがアウンサン一家を支援しているのと同じように・・・

★★★

アフガニスタンにカルザイさんという人がいます。アメリカがアフガニスタンの政権トップに据えたおじさんです。英語を流暢にしゃべる洗練されたこのリーダーは、アウンサンスーチーさんともよく似ています。

日本には天皇家があって本当によかったと思います。軍部も一般民衆も、両方がシンボルとして敬うことのできる象徴が、日本には存在していた。

あの時日本に昭和天皇が存在しなければ、アメリカはマッカーサー撤退時に、カリフォルニアあたりから「日系2世の英語バリバリのエリート日本人ぽく見える人」をつれてきて、日本の首相として据えていたでしょう。

カルザイ氏と同じようにね。韓国最初の大統領の李承晩も同じ。「アメリカの言うとおりにする、アメリカナイズされた、でも、血と外見だけはその国の人」というのを、アメリカから連れてきて大統領にし、ガンガン経済援助して、国民に「ああ、この政権でよかった!」と思わせる。いつの間にか国土は米軍基地だらけになってしまうけれども。

あまりにもワンパターンの国だよね。イラクでは失敗してるみたいだけど。



何を言ってるのかよくわからないって? この本、読んで下さい。この本↓が、ここんとこのちきりんの思考に多大な影響を与えてます。インパクト大!

下山事件完全版―最後の証言 (祥伝社文庫 し 8-3)

下山事件完全版―最後の証言 (祥伝社文庫 し 8-3)

2007-09-29 滑稽なる驕慢

ミャンマーでのジャーナリストの方の死亡事故について、外相や首相に「制裁をする予定はないのか?」という質問を投げかける記者を見ると、本当に気分が悪いです。


日本はミャンマーへの最大の援助国の一つです。ミャンマーは国連が認定する世界の十数カ国の最貧国の一つです。ちきりんがテレビで見る限り、ここ20年でアフリカ諸国と同様、全く変わっていない国の一つだと思う。

もちろん原因は軍事政権にあります。もともとイギリスの植民地であったミャンマーに「反・西側先進国の政権」が生まれ、それが軍事政権であり、西側諸国からは援助を受けられない国となっています。ありきたりな構図です。

アウンサンスーチー氏は立派な方とは思いますが、イギリスで教育を受けたこういう人を政権につけたいのは誰であるか、とも考えます。他国の例を見てもわかるように、西側諸国が支援するのは必ずしも「民主的政府」というわけでもなく、基本は「西欧的価値観をもった人」です。

★★★

今回、日本のジャーナリストを殺したのは、軍事政権の軍隊に所属する前線の一兵士です。

なんの希望も持てない、ただただ空腹を我慢する時間と、幾ばくかの食糧で空腹を充たす時間の繰り返しだけで構成される人生を送っている多くの貧民のうちのひとりでしょう。それを運命付けられた人だけが存在する村、に生まれたであろう一兵士です。

そういう生活から、圧倒的なる力への憧れや、熱狂的な偏執や、暴力や殺人による一瞬の精神の解放を得られる瞬間への強い希求が生まれます。

中東のテロ実行犯も、文化大革命の赤軍達も、ポルポトの兵士達も皆同じです。彼らの目は狂っているようにみえます。多くの写真を見て、ちきりんもそう思いました。でも、その狂気はどれも、恐ろしいほど哀しい姿をしているんです。

無知と貧困が世界中で、歴史上で、数多くの狂気を生んできました。罪のない、罪の問えない狂気を。

★★★

援助国のひとつである日本の怒りを静めるために、そこからの援助金を止められることを恐れるために、ミャンマー政権があの兵士を、世界中のマスコミが報道する画面の前で、銃殺刑に処することは、全く容易いことでしょう。



至近距離から打たれたことが明白な画像をテレビに映しながら、日本のアナウンサー達は、“軍事政権の非人道さ”を責めています。それが報道だと信じて。


現地は紛争状態です。「日本人ジャーナリストは流れ弾にあたって死んだ。」とコメントを出したミャンマー政府は、日本のジャーナリストがどのように撃たれたかなど確認できている状況ではなかったでしょう。

ニュースはまるで、軍事政権が「ごまかしたり」「嘘をついて」“流れ弾で死んだ”と報じているかのようですが、単によくわかっていないだけなんじゃないかと思えます。


そもそも、なぜ日本のマスコミはミャンマーだけ“軍事政権”と報道するんでしょう??金正日は軍事政権じゃないんでしょうか?サウジアラビアは米軍による軍事政権じゃないのかしら?だれなんですかね、ミャンマー政権についてはそういう枕詞と共に呼ぶと“決めた”のは?


ちきりんは驕慢な人達が嫌いです。自分が持っているものが、まるで自分の力で手に入れたものであるかのように、それを持たない者をさげすんで語る人達の言葉が嫌いです。


あの兵士の人生を報道して欲しい。

彼のすごしてきた時間を取材してほしい。

彼が暴動の前線にかり出され、銃を大衆に向けながら進んでいる時の、彼の精神状態をドキュメンタリーで探ってほしい。

戦場を知らないちきりんには想像もできないけれど。

★★★

今回亡くなられたジャーナリストの方は、信念と行動の人だと思います。ご自身の信念からすれば、本望な死に方と言えるのではないでしょうか。

彼は、世界中から“いじめ”を受けるこの最貧国が、大金持ちの日本からの援助を失わないために、一兵士を生け贄として差し出すことを、果たして望んでいるでしょうか?

彼が望んでいるのは寧ろ、まさにこの兵士のような人の人生が、どのようなものであるかを、世界に伝えたいということだったんじゃないかと思うけど・・・。


マスコミという業界に、間違っても身を置かなかったことは、ちきりん人生最大の幸運です。そこが嫌な業界であるからではありません。

自分もそこにいたら、「制裁をする気はないのですか?援助をストップする気はないのですか?」と、勢い込んで、つばを飛ばしながら、何の疑問も持たず、する人に、きっとなっていたと思うから。


じゃね。

2007-09-28 審査員特別賞の衣装

クイズの答え。


みなさん、賞品のスニーカーに引っ張られましたね。もし、ちきりんがもらった賞が「1位」なら、「デニムコンテスト→賞品スニーカー」かもしれません。ここがひっかけ。

ちきりんがもらった賞は1位ではないんです。ちきりんはコンテストで優勝したわけではない。「脇道」の賞である、審査員特別賞をもらったんです。

当日のちきりんのファッションを絵にすると、下記。

f:id:Chikirin:20070928214458j:image:left

わかります?そう、コンテストは「ベスト浴衣コンテスト」です。覚えてないけど優勝した人は浴衣にちなんだ賞品をもらったんじゃないかなと思います。

でも、ちきりんが来ている“洋服”は、いわゆる普通の浴衣ではありません。ちきりんはマサイ族諷の民族衣装(ケニアで購入)に、複数のストールを帯のように巻き、ついでに頭にも巻いてます。

ご覧頂いてわかるように、かなり奇抜な感じです。審査員もびっくりして、その場で急遽新しい賞を作っんじゃないかな。と思う。だから何の脈絡もないスニーカーを頂いた、というわけ。

パーティにいた人で、ちきりんのコトを余りよく知らない人(ここ1年くらいの知り合い)は、「びっくり!誰か全然わかりませんでした。ちきりんさんだったんですね〜!」と言ってました。

一方で、ちきりんのコトをよく知る人は「ちきりんでしょ。一目見てすぐわかったよ。だって、ちきりん以外にこんな格好で来る人いないもん」とのこと。

ちなみに、この絵、当日のちきりんを見た人にとっては、「まさにこの絵のとーり!」という感じだと思います。この絵は“超ちきりんぽい”です。自画自賛で申し訳ないですが、すごくよく似てると思います。


というわけでまた明日!

2007-09-27 脇道で1位

新しいスニーカーの写真です。

f:id:Chikirin:20070927172839j:image

またスニーカー買ったんかい?とあきれていらっしゃる方々は、古くからの読者の方ですね。


とんでもないです。買うなんてあり得ません。

詳しくはこちら

じゃあこのスニーカーは何かって?



当たったんです。。。。


当たったの?また???と言う方も、過去のちきりんをご存じですね。そうなんです。私、今年はやたらとモノが当たってます。PS3に商品券2万円にスニーカー。まさに当たり年。


なんだけど、このスニーカーは“当たり”というよりは“実力で得たモノ!”と言わせて頂きましょう。

1ヶ月くらい前に、とあるイベント(パーティ)でテーマに沿って服を着てこい、というありがちなお達しがあって、で、そのテーマに沿って洋服を考えて着ていったら当日ファンションコンテストがあって、で、「審査員特別賞」を頂きました。その商品が、このスニーカー。かわいーでしょ!!

なお、コンテストでは1位から3位までの発表もあり、ちきりんはそっちはノミネートもされず、かわりに審査員特別賞を頂きました。これは、ちきりんの人生を象徴しています。

ちきりんは「王道を行かない人」なんです。なにをやっても1位とか2位にはなれないんです。そうじゃなくて脇道で1位になる人生、という感じ。

脇道なんか誰も走ってないじゃん。そっちを走って、皆が「あいつ、なんやねん?」と言ってるうちにトップゴールしちゃう、そういう人生です。


商品のスニーカーじゃなくて、その日の服装をアップしろよ!と言われそうですが・・・そっちは写真がありません。すみません。

まあなんつーか、“わきみっちーな感じのファッション”であったとだけ申し上げておきましょう。


なお賞品は、とあるスニーカー専門店で好きなスニーカーがひとつもらえる、というもので、本日お店に行って選んできました。メーカーはフランスのパトリック。柔らかくて軽くてはきやすい。最近ゴツいスニーカーが多いなか、これはコンパクトでかわいい。気に入ってます。

ちなみにお値段は9千円くらい。

★★★

さてここでクイズです。


ちきりんが「審査員特別賞」を得た、そのパーティのファッションコンテストは以下のどれだったでしょうか?

(1)ベストデニムコンテスト

(2)ベスト浴衣コンテスト

(3)ベスト水着コンテスト

(4)ベストスーツコンテスト

(5)ベスト網タイツコンテスト

(6)ベストめがねコンテスト


なお、当然ですが同パーティに出席していた方の応募はご遠慮ください。


んじゃね!

2007-09-26 マーケットを信じてる

神戸の滝川高校の生徒が、いじめを苦にして学校で飛び降り自殺しました。学校はずっと“いじめはなかった”と言っていたけれど、ここにきて同級生が恐喝未遂等で警察に逮捕とのこと。

この事件でちきりんが注目しているのがネットの動き。web2.0というものを、今までは概念的にしか理解してなかったけれど、今回は実際にその効用を見られて非常に興味深いです。

★★★

現時点において、新聞やテレビなどの既存マスメディアは、高校名も被害者、加害者名もすべて伏せ、「神戸須磨区の私立高校」と報道しています。

一方ネットメディアにおいては高校名は秘密でもなんでもなく、どこにでも表記されています。それどころかネットでは、まだ逮捕されていない生徒も含め、容疑者生徒の氏名、経歴、住所、人によっては写真も開示されています。

真偽のほどが不明なので内容は書きませんが、主犯格の生徒については、名前はもちろん、彼が所属するクラブ、推薦入学が決まっている関西の有名私立大学名、写真、この学生が両親と暮らすマンション名、そのグーグル地図、彼女の名前、彼女の大学名やバイト先名とその地図、まで公開されてました。

彼女まで公開されてるかといる理由は、脅し取った金で主犯生徒と一緒に豪遊していたから、ということらしいです。

この事件、最初に生徒一人が逮捕され、その子の供述によって一昨日に新たに2名が逮捕されました。そして、さらに逮捕可能性のある生徒がいます。ネットでは、どの人が今逮捕されていて、どの人がまだ逮捕されてないかリアルタイムでわかるようになっており、逮捕情報が既存マスメディアで流れるとネットでも情報が更新されます。


従来は巨大掲示板で、滞留せずに流されていたこういう情報が、今は“まとめサイト”の登場により圧倒的に簡単に、しかもわかりやすい形で一般の人の目に触れるようになっています。

まとめサイトは、誰でも更新できるので、基本的には“編集責任のない”サイトとして存在しています。(もちろん警察権限をもってすれば誰が何を更新したかは特定できるでしょう。)他の分野でもかなりの人気で、実際いいアイデアだと思います。

たとえば主犯の生徒の写真は、元々はその生徒が所属していたスポーツクラブのHPに掲載されていたものですが、そのスポーツクラブはかなり早期にこの生徒のページを削除しました。ところが削除前にこの画像を保存していた人がいて、その画像がまとめサイトには掲載されているのです。

スポーツクラブ側も、主犯の子はまだ逮捕されていないのに早々とこの子のページを削除したわけですから、現地では「誰が逮捕される可能性があるか」について、関係者はよく理解している、ということでしょう。


また、滝川高校は学校のサイトに関して、トップページだけを隠す、という子供じみたことをやっています。(トップページにアクセスすると、「アクセスが集中していて表示できない」というメッセージが表示されます。)ところが、トップページ以外のページは全部(直接URLを指定すれば)全く問題なく見られます。それを見つけた人がまとめサイトにURLを全部貼り付けているのです。

★★★

さて、ちきりんがおもしろいと思った点は、このまとめサイトの独自の倫理観、です。ここには主犯格はじめ容疑者側の情報は執拗に、そして、やりすぎな程に開示されてます。実際ちきりんも“住所はないんじゃないの?”と思います。

また、主犯格の生徒の彼女の情報もいかがなものかと思います。チリのアニータさんみたいなもんですが、(脅し取った金だと知っていたなら)倫理観は問題ですが、犯罪とまでは言えないでしょう。少なくとも実名をだされるようなことをしているとは思えません。


また、滝川高校の校長、担任教師も実名とその時々の発言がまとめサイトに開示されています。マスコミはこれらの教師の名前を開示していませんが、ちきりんは、これは開示して当然だと思います。校長は最初「(被害者の)○○クンは心が弱かった」みたいな話を学生集会でしています。こんな人を教育者と呼ぶなんてありえません。被害者が自分の子供だったら、どんな気持ちがするか、親の気持ちを考えたことがあるんでしょうか?


が、最も注目に値するのは、このサイトに被害者の情報が一切ないことです。その名前も、住所も、写真ももちろんありません。

明らかに、それを守ろうという意思があるんです。



誰に?

皆に、です。

なぜならこのサイトは、誰にでも更新できるんです。ところが誰も、被害者についての情報を書かないのです。当然だけど、これはすごいと思いました。

★★★

倫理感というより、仲間感かもしれないとも思います。ネット上で長時間暮らしている人達の多くは、容疑者側の生徒(スポーツ推薦で一流私大への推薦入学が決まり、おしゃれな彼女がいて、親と超高級マンションに住んでいる)より、いじめられて自殺した側の生徒(仲間に金を絞られ日雇いのアルバイトまでして金を貢ぎ、先生に声を掛けられても何もいえず、学校から飛び降りてしまう)の方にシンパシーを感じる人達なのでしょう。

でも、こういう“独自の情報規制”が、マスコミのように“申し合わせて、明示的に報道ルールを決めている業界”よりも妥当性が高いルールを決めていたりすると、これはなかなかおもしろいよね、と思います。

たとえば高校名の報道。最初に書いたように、新聞もテレビもこの高校の名前を一切報道しません。これは誰を守ってるんでしょう?被害者を守ってる???加害者の生徒を守ってますか?

ちきりんが思うに、一番守られてるのはこの高校です。これからまさに中学、高校受験の季節であり、大学受験の季節です。高校名が発表されたら、京阪神の親御さん方はこの高校に(こういう校長や教師がいる学校に)自分の息子を入れたいと思うでしょうか。

大学側の入試担当者も同じです。この高校からの推薦応募者は、当然ちゃんと調べたいですよね。合格させた後に逮捕されると自分の大学の名前も報道されちゃうわけですから。

基本的に少子化で学校はどこも大変なのに、高校名がどどどんとマスメディアに全国報道されちゃうと、潰れても可笑しくない状況になってしまいます。滝川高校はそこそこ伝統ある私立進学校なんですけどね。

★★★

まとめると、一般マスコミは、高校名、被害者名、加害者名など全部伏せています。逮捕された子の名前も19才なので報道しません。これは彼らが決めた業界ルールです。

一般のネットは、被害者名、被害者のプライバシーに関すること以外はすべて公開です。こっちは自然形成されたルールです。


一般マスコミは、いじめの事実を隠匿しようという行動に走った教師の情報もあまり報道しません。この点もネットとは大きく姿勢が違います。いじめの隠匿は犯罪ではない、ということです。刑法上、なんの罪もないんです。だから報道できない。

一方、ネット側は刑法上の問題を問うているのではないです。「こいつら許せるか?」という基準です。


ちきりんは、マスコミのルールがおかしいとは思いません。19才と20才は大きな差ではないのですが、今回は殺人ではなく自殺です。追い込んだ、かもしれないけれど、殺したと言えるかどうかは微妙です。だから新聞やテレビが加害者の名前を報道しないことは、わからなくはないです。

が、ネットは明らかに「ルールはどうあるべきか」「何を目的としたルールなのか」ということを世に問い始めています。対案を出し始めている、と思うのです。

★★★

まとめサイトには「今やるべきこと」というセクションがあり、「脅迫、暴行等の証拠を集めろ」という指示がでています。証拠を集めれば逮捕、起訴、実刑判決に持ち込める、と。

また、主犯の生徒が推薦入学が決まっている大学名が公開されている理由は、「たとえ逮捕を免れても、お前がぬくぬくと大学生活を送ることは許さない」という意思と言えるでしょう。

もちろん容疑者宅の自宅住所を公開することにより、伝統的なアクション(その自宅への嫌がらせ行為)を指示はしないまでも助長している部分はあります。

なんだけど、「今やるべきこと」もそれなりに進化を遂げている、と思います。


この前の麻生さんの応援に集まった人もそうなんだけど、ネットの中から現実世界への呼びかけが始まり、かつ、その行動に、一定の進化がある、と思うんです。

ちきりんが、マーケットメカニズムを信じているのは、こういうことなのです。烏合の衆が一番エライ。利己的で、即物的で、単純でなんにでもすぐ影響を受けまくる、アホな民が、集団としては一番エライ。と思わせてくれた事件でありました。


んじゃね。

2007-09-24 高税金でもチョイス必要

昨日の2パラ目の続き。

今までは「高い税金→高レベルの福祉」か、「低い税金→限られた福祉」という選択肢が“亡霊のように”存在していた。前者を欧州型、後者を米国型と呼んだり、前者を社会主義的、後者を資本主義的と呼んだり。もしくは、前者が「格差解消派」で後者が「市場原理派」ね。

なんだけど、ここにきて、この選択肢自体が幻想であったとわかってきたと思う。つまり、今や日本の財政状況と少子高齢化状況、経済成長率から考えれば、基本的に選択肢はひとつしかない。すなわち「高い税金→限られた福祉」ってことです。

もう、高い税金は当然。それでさえ福祉は限定的ですよ、ってことだ。

★★★

すると、選択肢として残っているのは「高い税金で集めたお金を、どの限られた分野に配分するか?」という種々の選択肢だと思う。



たとえば、

(1)介護施設を新設するか、保育園を新設するか?

(2)地方の道路やダムを建設するか、都会の環状線、通勤電車系を整備するか。

(3)職業訓練にお金をつぎ込むか、失業保険を充実させるか

(4)東大など一部の大学に研究予算を集中させるか、全小学校の少人数学級や荒れる学級対策に投資するか。

★★★

これはそれぞれ、何を意味するか?

(1)は、「老か幼か?」であり「死か生か?」でもあります。人生の最後こそ安らかでいられる国でありたいか、いや、これからの命にこそ投資をすべきか?という問いでもあります。

どっちも!というつっこみは想定内。上記に書いたように、たとえ高税金にしても「すべての分野で高福祉」は不可能となることを前提として議論をふっかけてます。あなたが市長で、めいっぱい増税しても10億円の予算しかなくて、介護施設も保育園も危機的にたりなくて、どっちもひとつ作るのに最低10億円かかるなら、どっち作りますか?という質問です。


(2)これは「地方か都会か」です。地方を人が住めない、暮らせない場所にしてはいけない(不便で、という意味ではなくて、仕事が無くて、という意味です。)、という意見と、都会の非人間的な、在る意味奴隷のような環境に、日本の主労働力たる若者や中高年を放置してはいけない、という意見と、どっちやねん?と。

ところでこの問題について聞かれた福田さんが、「東京には高層ビルが林立してる。ぼくの選挙区は100キロ離れているだけだが山ばっかりだ。この格差は放っておけない。」と言っていた。

驚いた。

が、いいアイデアかもね。「是非、東京にも山を作って欲しい。」

★★★

(3)は自助努力支援かセーフティネットか、ですね。前者だと結局“強者”だけが救われる、という意見もある。後者だと、“結果としての弱者”を救うことになる。

同じ考えで、年金の制度も決まる。きちんと年金を払ってきた人を優遇するのか、年金なんてやめてしまって本当に困っている人だけに生活保護費をきちんと払うのか、ね。


(4)これは、先端か平均か、という選択肢です。

世界のトップを走る国であることを優先し、意図し、頑張るのか、底上げ、最低限のレベルアップを大事と考えるか。

後者を突き詰めれば、医療なんかでも、「難病だが患者数は極めて少ない疾病」についての治療や研究はもうやめてしまう。かわりに多くの人が羅漢する疾病に集中投資する、という話になる。

スポーツの分野でも、オリンピック強化予算とか全部辞めちゃえと。代わりに、メタボリック防止、寝たきり防止のための国民体育制度を作りましょう、みたいなね。

自前のロケットだの衛星だのも辞める。代わりに消費電力の低い冷暖房機を開発しよう!みたいな感じです。

いろんな分野で、戦後以降の昔はまず平均アップを目指した。高度成長を通して平均がある程度あがったので、最近は先端アップにも投資している分野がたくさんある。それを再度「どっちか」にするとしたら、どっち?という話。

★★★

他にもあるかもしれませんが、こういう「どこを優先しますか?」ということを、国民が選択していくことになると思う。


ちなみにちきりんは、

(1)老

(2)都会

(3)セーフティネット

(4)平均

というチョイスです。一番迷うのは(4)。ここは先端もありかな〜と思う。難しい。他の3つはあんまし迷いないです。


一応理由も書いとくと、

(1)子供はぐちゃぐちゃでも育つだろ?って思うから。なんとかなるでしょ、と。乳児死亡率ゼロにする必要はないださ。

(2)田舎に投資しても無駄に終わると思います。

(3)頑張れる人は自分で頑張ればいーじゃん、ということで。

(4)難しい。先端投資はヒット率が低いので、平均の方が全体の成果価値が大きいかなと。でも、先端をあげれば平均は引きずられてあがる、という話もあるんで、ここは迷います。


んな感じ。ほかにも比較軸はありそーに思うが、継続的に考えることとして、とりあえず今日はここまで。

んじゃね!

2007-09-22 人脈とか笑える

バブルの昔は、デートや恋愛のマニュアル本がたくさん発売されていました。

雑誌も頻繁に、湾岸デート、横浜デートを特集し、ドライブのコースから車内で聞く音楽の準備、どこで高速を降りてなんとかという店で名物のこのケーキを食べろ、と事細かに指示があり、クリスマス前ともなると本当に大変な騒ぎだった。

大半は男性向けのマニュアル本で、ノウハウ本です。悪ふざけがすぎるのに至っては、右側で背中のファスナーを下げてる間、左手はどこにおくか、みたいなのも。

最近はあんまし見なくなったので、アホらしさに気がついたのかなーと思っていたらそうでもなく、分野が変わっただけのよう。


バブル時の恋愛指南本に代わって最近目につくアホラシ本は、「ネットワーク」とか「人脈」がどーのこーのという本。

当時は男性用マニュアル本といえば恋愛、遊び系だったのが、今は、男性マニュアル本=ビジネス本、「自己啓発系」にシフトしてきているのでしょう。


遊び系から「いかに自分を磨き、成長させるか」に変わってきた背景には、

(1)不況 → 今や遊んでる場合ではない。働かねば。

(2)成果主義の徹底 → 今までは仕事で同期に差を付けられることはなかったから、差をつけるなら私生活だった。

(3)男女平等 → 恋愛のリーダーシップにおいて男性の負担が軽減された。

などの理由があるのかも。


まあとにかく過去 20年くらいの間に、大きなトレンドチェンジがあったと思います。「モテる男」より「デキる男」を目指せ!という方向転換。

「デキない男はもてない」時代になったというか。


★★★


こうした、巷に溢れる「自己啓発してキャリアアップ!」本のなかで、ちきりんが一番わけわかんないと思う特集が「人脈&ネットワーク」についての本。

「異業種交流会に積極的に参加」みたいな周回遅れノウハウがあったり←「漫然と参加しているだけではだめ」とか書いてあって吹き出します・・・、名刺に一言添えて覚えてもらえとか、「SNSをネットワーク形成に活かす法」とか。

内容は超くだらないのだけど、昔と同じように「雑誌に書いてある通りにドライブすればいいんですよね?」的な人は今も多く、ほんとに超うっとうしい。


例えば、講演会などで、質疑応答の時間はだまってるくせに、講師が壇上から降りて退場しようとするとすかさず名刺持って追いかけてきて名刺交換を迫る人とか。


なんやねん??


「異業種の人と話せば自分の世界も拡がると思うんです。だから異業種交流会を呼びかけていて・・」とかいいながら、「何か質問=聞きたいことありますか?」って聞くと、「いえ、今は別に何も」って。


なんやねん???

好奇心ないの??


ホント訳がわかんない。


ああいう雑誌・本はいつの時代も罪作り。

いたいけなサラリーマンをいたぶってる。「僕には人脈もなくて・・」とか「ネットワーク作りが苦手だから・・」とか悲しげに言う人がいて、マジかわいそう。

「んなもん、無くても困りませんよ」と教えてあげたい。


なんでこんなに人脈とかネットワークが重視されるんだろ? みんなそんなに仕事に人脈使ってるんですか?

ちきりんが思いつく中で、最も人脈に頼った仕事は“ソニー生命の営業”です。

他の外資系保険会社もそう。基本は客の人脈をたどって保険を売る仕事だから。でもそれ以外の仕事で、“人脈がすんごい大事”ってホントにあるんですかね。

あと、「自己成長」って言葉もわけがわからない。そもそも成長してどーすんの????

誰も彼もが起業したいわけでも社長になりたいわけでもなかろーに、「短い人生、そんなに成長して何をする?」って感じです。


まあ、他人様のことなんで、どーでもいいんですけど。


★★★


ホントのコトを教えてあげましょう。

私の知る限りでいえば、「人脈が多い」ことより、本人が魅力的な方がよほど役に立ちます。

だって魅力的な人には周りから他の人が集まってくるでしょ。そしたら人脈なんて簡単に作れる。


「自分“が”知ってる人が多い」より、「自分“を”知ってる人が多い」という状況の方が圧倒的に有利なんです。


最近の「人脈やネットワークをフル活用してできる男になる」系の(最近は「できる女」もよく出てるけど)雑誌を見ると、バブル期の“横浜ドライブデートのすべて”みたいな雑誌とかぶり、すんごいデジャブ感があります。

やっぱ時代は繰り返すんだな。

となれば、20年後のマニュアルはなんだろう? 

“介護されたい男ランキング”が発表されてるとか? 「フィリピン人介護員に好かれる感謝の言葉はこれだ!」とかか。


いつの時代も大変だ。


f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium

じゃね。


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2007-09-21 自分に絶望→他人に期待

年をとると、多くの人が“教育”について語り始める。意見を言うだけでなく、“将来は教育に携わりたい”と言う人も激増する。


なんでか?


理由は簡単。人間は自分の可能性に限界を感じると、他人の可能性に賭けたいと思うようになる。だから教育を語り始めるのだ。

というわけで、意識的に、教育について語りたくないな〜と思ってきた。だってヤじゃん。わかっていることとはいえ、「あたしにはもー可能性ないんで、可能性のある若い人の育て方について、いっちょ意見を・・・」ってのはさ。

なんだけど、今日、自分の通った小学校と中学校が統合して「小中一貫校になる」っていうプランを聞いたので、ほほう、ということで、ちょっとだけ書いてみることにします。はい。

★★★

ちきりん、これは“いい案じゃん!”と思ってる。都会は知りませんが、すくなくともちきりんの育ったこの街くらいの規模なら、これはいい案だ、と思う。


理由1)小学校と中学校が一貫校になると、最初の受験が高校受験になる。中学受験(小学校の5年生から塾通い)が避けられるのは望ましいと思う、ってこと。

なぜだか世の中には“中高一貫校”が多い。これなんで??大学受験が一番の“山場”だから、それにむけて6年準備しよう、ということか?3年だと準備期間として短いからってことかなあ。

よくわからんが、とにかくこの“中学と高校をくっつける”という方式が一般的になったために、“受験は小学校高学年で”という形になってしまった。これって10才とかから受験準備に入るってことです。

まあ、それがいいという人もいるのかもしれんが、これって、ちょい厳しくないですか?娘、息子が9才の時から「お受験させるか否か」を親は考える必要がでてくる。まだまだ子供の性格とか能力とか嗜好とか見極められないだろ、そんな時期に、って思う。

高校受験ってのは、少なくとも思春期の洗礼を受けた後なんだよね。親だけでなく本人も「どうしたいか」についてある程度明確な意思や意見を持てる。受験はその後でいーんじゃないか?と思うですよ。

★★★

理由2)3年で学校に区切りをすることはデメリットが大きい。短すぎて一貫性のある教育を定着させられない。

これは現在の中高一貫校を見るとよくわかる。明らかに3年の中学と3年の違う高校、という場合よりも、6年の方が一貫した思想を定着させることが可能になっているように思える。

3年って短すぎるわけでしょ。先生が生徒のことを理解したあたりで卒業になっちゃう。子供同士もそう。

なので、6,3,3をバラバラにしておくのは、最後の二つが短すぎるよね、ということ。今の6,3,3の最初の3は6にくっつけて9にしようよ、と。なお、後のほうの3は、ちきりんは大学の一般課程とくっつけるのが自然だと思ってる。

まあとにかく、最低でも4年、できれば5年くらいは同じ組織単位で、同じ思想の元で教育された方がいいかなと思います。はい。

★★★

理由3)一番不安定な時期に学校を切らない方がいい。

一番不安定なのがいつか?ってのは難しいところだが、ちきりんが思うのは、第一次性徴の頃だと思う。今だと12〜13才くらいでしょ。この時期は一番、大人や社会との関わりが難しそうに思える。だから、そこで学校を切るのはリスク高いように思う。

小学校まで普通だったのに中学校から不良系になっちゃうとかさ。そういうの最初の学校が9年だったら、もう少し巧く乗り切れる気がします。一番不安定な時期に「信頼できる先生」と別れなくても済むし、先生側も生徒のことが在る程度理解できているからね。

中学から新しい先生に会うと、“大人と大人”としての反発が生まれるのだよね。でも6才から自分のこと知ってる先生は、何歳になっても“見あげる人”じゃん。関係性が違うと思うのだすが。甘いかな。

★★★

というわけで、ちきりん的には、

(1)基礎教育=9年(小学校+中学校)

(2)高等一般教育=5年(高校+大学の一般教育課程)

(3)専門教育=4年(大学の専門課程と修士大学院)

(4)研究者コース=現在の博士課程


というようにしてはどーかと思います。

★★★

試験も変えればいいと思う。

高等一般教育の“卒業試験”をきちんとやる。基本的な科目を全部合格しないと卒業資格を与えない。ただしこれは、“必要な知識をちゃんと習得しました”という「習熟度テスト」だから、絶対基準。つまり、全員合格もありだし、全員不合格もあり。それに、一年で全科目合格である必要もない。レベル(AとかBとか)はつけてもいいけどね。

で、専門教育の入学テストは、その専門教育の勉学に必要な能力だけをチェックすればいいと思う。つまりこっちは現在の“学力テスト”ではなく、“適性検査”にすべきだと思う。

少子化で人数は少なくなるのだから、専門教育に必要な適性は、作文、面接、ディスカッションなど、ペーパーテスト以外の多少手間がかかるかもしれない方法論も駆使してきちんと調べるべきだ。

一方で教育機関側は、その専門分野の習得のために、どのような適性が必要かということを丁寧に説明、開示すべきだ。

★★★

また、現在のいわゆる各種専門学校ってやつも、もっと“大学”との格差をなくすべきでは?

これだけニートとかが問題になってんのに、大学と専門学校で税金投入量に大きな格差をつける意味は見あたらない。

それと、早めに位置付けた方がいいかも。高校って進学率がめっちゃ高いのに、全国で全部同じコト教えてるから無理が出る、と思う。*1高校の年齢(18才)からは、専門教育コースを分けちゃえばいいと思うけどね。例えばこんな(↓)感じ。


(1)基礎教育=9年(小学校+中学校)

(2a)一般教養教育=5年(高校+大学の一般教育課程)or

(2b)専門教養教育=5年(同上。技術系、ライフサイエンス系、ビジネス系、芸術系等々のコース別)

(3)専門教育=4年(大学の専門課程と修士大学院)

(4)研究者コース=現在の博士課程


(3)への進学率は現在の修士進学率くらいを想定。(3)からは自費で通う(就職後払いの奨学金制度ができるようインセンティブつける)ことも想定。

ええい、いいたいこと全部言えば、

(3)の適性検査には、かならずTOEIC800を義務付ける。(時代を考えれば、英語でコミニケーションできないのに専門教育なんて無理。)

(3)の4年間のうち、1年は必ず在学校以外での教育を義務付ける。

(3)の4年間のうち、最初の一年は全員、親元を離れて暮らさせる(寮でもアパートでもいいけど)。

とか、どーかね。

つまり、(3)に進む人は、国際的にリーダーとして、その専門分野を率いることができる、そーしたい人のためのコースであり、当然、大人として自立してます、ってことを前提としたコースだと位置づけるってことです。

★★★

まあそんな感じ。なんか話がでかくなったが・・

自分の通った小学校の名前がなくなる(もしかすると中学校も名前が変わる)のは、ちょっと寂しい気もするけど、まあ、少子化だししゃーないよね。

反対に、こういう案を聞くと“少子化もいいじゃん”と思う。今までより、より丁寧にひとりひとりを育てられるはずだもの。教育くらいはいい環境を与えてあげたいよね、次の世代に。


そんじゃーね。


★★★

*1:最近は少し特色のある高校もでてきていると思います。

2007-09-20 いかにも役人、いかにも

国連の安保理がなんだかわけのわかんない決議をしたみたいですけど・・・・いかーにも役人の小細工って感じです。


「小沢さんは国連主義でいくと言っている」

「じゃあ、国連が給油しろといえばいいんだろ」

的発想です。


小沢さんも鼻で笑ってると思うのだが、これは政治家の発想ではないし、ましてや民間の人の発想でもない。いかにも役人の発想だ。「根拠法があればいいんだろ」的発想です。

いったい何が人間をここまで滑稽にするかね。

★★★

“基礎年金番号が統一された時の厚生大臣は菅直人だったのだから、民主党に年金問題の責任がある”と非難する大量のパンフレットを配った一年生政治家がいた。

すぐさま「みっともない」と身内の政治家からもクレームが付き、速攻で回収された。この資料を作った一年生政治家もその前年まで官僚だ。

ものすごく「小役人」の臭いがするんだよね、この行為も。誰かがミスをしたという記録を、ほとんど実質的に意味のない過去の記録からひっぱりだし、針小棒大に意味づけして振り回す。

こういうの得意なのよ、役人って。だーれも使ってない、死んだような法律とか通達をひっぱりだして、誰かを捕まえてみるとかそーゆーやつ。



役人になってから、こういうつまんない行為を教えられるのか、それともそーゆー変な趣味の人が公務員になる傾向にあるのか、どっちかしらないが、とても顕著だ、と思う。

★★★

もうひとつ。同じ公務員ではあるが別の話です。

神戸の高校生が自殺した。同級生に多額の金を脅し取られていた上に、下半身を裸にされて写真をとられHPに公開されるなどしていた。

教師はずっと言っていた。「いじめがあったとは認識していない」と。

教師より先に警察が動き、容疑者、犯人の逮捕に動いた。マスコミがそれを報じる。

学校はいま初めて「調査」を始めているらしい。



「自殺につながるようないじめがあったとは認識していなかった。」と言える“教師”とは、


アホなのか?

無能力なのか?

嘘つきなのか?

いじめを楽しんでいたのか?

なんなのかしらんが。



教育者という職業らしい。

他人に自分たちのことを“先生“と呼ばせているらしい。


人が一人死んでるんだよ。人の命がひとつ。

自分の息子だったらどー思うよ?

「自殺の原因になるようないじめがあったとは認識していない」って?

いじめを認識していたのに放置していたとわかったら、おれっち校長になれないかも、とか、そーゆーのが心配なわけ?


あんた、それで校長になれて、んで、ほんとに“誇らしいか?”

よーく考えな〜、だわ。




そういう性格の人が教師になるのか?

それとも、教師になると、こういう人格が形成されるのか?


世の中にはわからないことがたくさんあるね。

じゃ。

2007-09-19 右翼の国だったんだな

下山事件については今までも松本清張氏の本などいくつか読んでいましたが、今回の柴田さんの本が一番ストーリーとして楽しく、一気に読んでしまいました。

下山事件完全版―最後の証言 (祥伝社文庫 し 8-3)

下山事件完全版―最後の証言 (祥伝社文庫 し 8-3)


非常にすばらしい本であるにもかかわらず、読んでいて悔しいのは、この時代の“空気”を理解することが難しいこと。

実際、ちきりんが当時生きていたとしても、GHQだのCIAだの政治の黒幕だのわかるわけもないのだが、それでも日々新聞を見ているだけで感じられることもあるはず。平成の今、戦後すぐの当時の空気を実感するのはとても苦労のいることです。

が、頑張ってみた。

今のところ、ちきりんの“当時の状況”の理解はこんな感じ。なお、当時とは、昭和24年、1949年です。終戦から4年後の夏。

★★★

(1)世界情勢・・・10月には中国人民共和国が建国されてます。つまり“中国が共産主義になった年”です。第二次世界大戦が終わって、“冷戦構造”が確定してしまった年とも言えます。

(2)日本の状況・・・まだ占領下ですね。サンフランシスコ条約が1951年、占領終結はその翌年なんで、49年はまだ占領真っ最中。

ただし、ゼネストの中止が47年ですから、上記の(1)とあわせ“反共”の方針はすでに明確だったと思う。というわけで、岸信介はじめ右翼系の人たちが表舞台にどんどん復帰し始めた時期です。

(3)日本の経済状況・・・これが一番わかんない。1945年の終戦の後はモノがないわけで、いわゆるインフレがひどかった。1948年末まではいわゆる超インフレ状態。ただし南米とかの“年何千%のインフレ”ではなかった。せいぜい70%程度。

で、1949年のはじめからはデフレになっていた様子。ただいずれにせよ不安定な状態。で、ドッジプランが発表される。アメリカは“反共の砦”の日本の経済を“安定化”させたいという意図があった。

このドッジプランって結局なんだったのさ?ってのが実体的によくわかんない。感覚的に理解できない。9原則とか施策を読んでも、「うーん、つまり何さ?」って感じ。難しい。

まあ、ゆっくり勉強しましょう。


(4)アメリカの占領政策・・・これもよくわからない。内部対立があったことは間違いないみたい。GSとG2とか、GHQとCIAとか。ひとつは“左”と“右”の対立でしょう。でも、それ以外の対立軸がなんだったのか、よくわかんない。


(5)日本側のリーダー・・・これが、今回少し理解が進んだ点なのだが、いわゆる55年体制。これは“保守合同=自民党”と“社会党=革新側”という対立であったとすると、もっとシンプルに言えば“右”と“左”の対立であったわけです。

つまりさ“右翼”と“左翼”の対立であったと。ええっと、つまりね、当時の自民党内閣が“右翼”であった、ということを明確に理解した方がいいんだな、と、初めてわかった。“だから”「戦後レジームからの脱却」なのね。ふむ。

それと、左翼に関してはその蛮行はかなり「拡大宣伝」される傾向にある。たとえば本当は火焔瓶を投げて逃げ帰っただけなのに「交番を襲撃した」とか言うわけ。左翼ってのは「腰抜けなわりに強がる」傾向にある。

んだけど、右翼ってその蛮行を「縮小隠匿」する傾向にあるよね、と気がついた。おおっぴらに街宣するけど、殺人とかに関しては言いふらさない。(つーか、こっちの方が当然だ。左翼はなんで“言いたがり”なんだ??)

んでね、ということは、私は「右翼がやってきたことを過小評価している可能性があるなあ」と思った。今回の下山事件の本を読んでね。


それと、日本で“右翼”が“左翼”を押さえて実権を握った裏には、当然、アメリカでも“右翼”が“左翼”を押さえて実権を握ったという背景がある。

つまり背景として2段階になっていた。まずはソビエトとアメリカのどちらが主導権を握るか、という意味ではソビエト=左、アメリカ=右。で、右が勝ちました、と。で、アメリカの中にも左一派と右一派があって、そこでも右が勝ちました、と。



なるほど。

私は“右翼の国”で育ってきたんだな。だから“美しい国”なんだな。

ふううううむ。


思考中。


そんじゃーね!

2007-09-16 つっこんでいい場所とアカン場所

1999年に起こった山口県光市の母子殺害事件の被告が、裁判の途中から殺人や強姦致死などの事実を否認しはじめ、傷害致死罪と主張しはじめた件について、橋下弁護士がテレビで「この番組を見ている人が一斉に弁護士会に行って懲戒請求をかけたら,弁護士会も処分しないわけにはいかない」と呼びかけました。

その結果,4千件近い請求が実際に寄せられ、対象とされた弁護士4人が「反論書面を作ることなどを余儀なくされ、業務を妨害された」として,橋下弁護士を1人300万円の損害賠償を求めて提訴したという事件が起こりました。

今日はこの件の“周辺の話”を書きたいと思います。

★★★

橋下弁護士がこの発言をしたテレビ番組は、「たかじんのそこまで言って委員会」という関西限定の社会派トーク番組です。

これが放送された日、ちきりんは関西にいてこの発言を生で聞いてました。で、「いいのかなー、こんなこと言って・・」と思いました。危ない感じでした。弁護士なのにちょっと調子のりすぎ、でした。

なので騒ぎになった時も「ほら、調子にのってるから」と思いました。が、ポイントは寧ろこの「番組」の方です。

この番組は「これを見られるという理由だけで関西に住む意味がある」というくらい価値のある番組です。ケーブルテレビでさえ東京では見られません。なぜかって?

たかじんさんが「東京で流すんやったらオレは降りる」って言ってるからです。


ちなみに「関西のおばちゃんが社会問題について、東京の主婦より深く理解してる」のもこの番組のおかげ、と言われてます。社会派ちきりんとしては、ほんと残念です。

★★★

さて、この番組はいわゆる“冠番組”ですから“彼の番組”であることは確かなのですが、表面的には彼が回しているわけでは全然ないです。彼は「司会」で、コンテンツ自体は他の出演者=「部下」に任せてる感じです。

自分の気に入った政治家とか評論家とか業界人とかが集められて、たかじんさんの司会で時事問題を議論します。たかじんさんは、まあ、適当にチャチャを入れたりはしてるけど、議論をリードしたりまとめたりはしません。島田紳助氏なんかに較べたらすごく“ひいた”感じの司会スタイルです。

ゲスト達はレギュラー5〜6人とゲスト2人くらいがいて、レギュラーの方は、“事実上のコンビ”というか、人数多いんでコンビとは言えないけど、事実上“お笑いグループ化”してます。

つまり、誰が誰をつっこんで、誰がはたいて、みたいな役割分担が完全に決まっていて、かなり安泰な、キャラベースの、ゴールデンペンタゴンちっくな、そんな感じ。(わけわからん)

★★★

で、この人達が皆ヤバイことを言いまくる。こんなことテレビで言える?みたいなことを言います。

“全国ネットなら許されないが、関西なら許される”レベルのトークってのは、非常にギリギリ感があっておもしろく、それがこの番組が人気の理由だと思われます。

ちなみにこれ、日曜日の真っ昼間にやってます。深夜番組じゃないってのが、またすごいところです。


今回の橋下氏の事件が教えるところは、この「場所によって、どこまで許されるかが異なる」ってことなんです。

例えば同番組にレギュラーとしてでている田嶋陽子先生、この人、テレビでコメンテーターをやってるのを見る限り、キャラとしてそれなりの方です。

でも、つまらんおだてにのって国会議員に立候補し、すぐに辞任したりと、現実社会ではわけのわからんこともやってます。

で、彼女も学んだわけです。「お笑いの世界だけの話」と「現実社会」は全然違うルールで動いていると。そこに同じノリでつっこんでいったりしたらアカンのです。ホンマにぶつかったら痛いやん、ということです。

みんなそういうのを学んで大人になるわけですね。

たかじんさんでさえ一時は東京進出もしたりして、「あかん」と気がついて引き返してます。みな、そういう経験が必要です。


橋下弁護士にとっての「その経験」がこれだと思うんです。テレビでつっこんでいるうちに、「現実」との境界を越えてしまった。そしたら、「そっちがわ」では許されていることでも、「こっちがわ」では大騒ぎになっちゃう。


だって、こっちがわにはアホが多いんだもの


ってことです。

★★★

あのレベルのつっこみや放言は、「関西だから」とか「たかじんさんがリスク負ってるから」といういくつかの条件の下でのみなりたってるんです。たかじんさんがもらってるギャラの一部は「リスク引受代」だとさえ言えます。

参加者はそこを出たらあかんのよ、ってことです。また、視聴者もそれを真に受けてはアカンのです。


橋下弁護士は戦う姿勢を見せていますが、まあ、これを機に、よりこなれて、いい感じになっていってほしいと思います。頑張ってね。


ということでした。


じゃね。

2007-09-14 人生の長さ

ちきりんは“政局”が好きなんだなあと再認識するここ数日です。

“小泉元首相は福田さんを支持していると伝えられています。”と報道されると全派閥が福田支持に流れるという構図。中曽根さんもそーだが5年も総理を続けるとやっぱ“絶対権力”になるわけね。


前回、「安倍さんか福田さんか」という構図があった時、二人の父親との関係を表して言われた言葉。「安倍さんは、首相になれなかった父親の無念を背負っている。福田さんは、首相になって苦難した父親のつらさを知っている。」と。

安倍さんは“だから急いだ“のだ。待っていたら父親のように不治の病が見つかって、成れたはずの首相になれないかもしれない。

福田さんは、“だから”急がなかった。急いでなると成せないことがある、と学んでいたからだ。


安倍さんは3年しか働かずに政界に入った。福田さんは政界へ転じたの自体が50才の時だ。この差も二人の“時間感覚”を表しているように思える。

安倍さんの父は67才で死去している。息子は52才で“健康上の理由“で首相の座を降りた。「人生は短いのだ」と思った、ということだ。

一方で今から首相になろうという福田氏は既に71才。実は彼の父も首相になったのは71才だ。父親は90才まで長生きし、老衰で人生をとじるという大往生だ。息子は「人生は長い」と思っただろう。


父親同士で較べると、人生の長さはは23年間違う。割り算すると、「福田赳夫氏の人生は、安倍晋太郎の人生より34%も長い。」


勝てません。人生の長い人には・・

という単純な話なんじゃあなかろうか。



だから安倍さんは急いだんじゃああるまいか。


あと、平沼さんとか、プリンスと言われたのに首相になれないよね。教訓は「欲しいモノは、手に入るとわかった瞬間にきっちり握るべきである!」ってことですかね。

★★★

あと話は変わるけど、この前の選挙は参議院選挙だったんだよね。

彼らは6年も選挙がない。半分ずつ3年で改選されるとはいえ、半分についてはむこう6年間民主党がかなりの議席を確保したままだ。これは・・・むこう6年間、誰が首相になっても自民党は安定した政治ができないってことだ。何もかもが、妥協の産物、政局的判断でしか決まらないということだ。

自民党を懲らしめるとかいう理由で、前回あんな議席を“参議院で”民主党に与えた有権者の皆さんは、いったいそのへんどー考えるんよ?って聞きたいところだ。

衆議院はいいと思うわけ。任期も短いし解散もあるし。小泉チルドレンもすぐに選挙の淘汰を受ける。だけど、参議院でああいう民意を示してほんとにいいんか?って思います。知らないよ、も〜。


というわけで、なかなかおもしろくなってきた。


んじゃね!

2007-09-13 問題は能力だけ、のはず。

安倍晋三総理大臣が辞任したことに関して、マスコミが無責任だ、おぼっちゃんだからだと嬉しそうに叩いています。この件についての、ちきりんの雑感は以下。


(1)安倍は無責任だと言っている人はすごい

キヤノンの御手洗さんが言うのは、まだわかります。けど、30代そこそこの若いキャスターや、なんとか旋風で当選した議員が「無責任だ!」と糾弾してるのを見ると、「すごいなあ」と思います。

ちきりんは、あんな重責の仕事をしたこともなければ、あれほどのいじめに近いような非難やプレッシャーを受けたこともありません。だから自分がああいう状態におかれると、どれくらい大変なものなのか、ほんとうのところ理解できません。

世の中の人は皆、すんごい大変な状況を「責任をもって」乗り切ってきた経験とか自負があるんだね。

ちきりんは恵まれて育ったから、あんまり苦労らしい苦労もしてない。自分の仕事はそれなりに責任感もってやってはきたが、それだって、そんなに大変なことじゃなかったのかもししれない。

正直言って、自分がああいう状況におかれて(例え自分が望んでついたポジションであったとしても)、本当に“死んでも”責任が果たせるかどうか自信ありません。

だから、安倍さんのことを「無責任だ」と言う気にはなれない。



(2)安倍は「甘い」「おぼっちゃんだ」と言っている人はすごい

元国会議員(京都)の野中さんが言うのは、まだわかります。だけど、若いキャスターだの社民党の福島党首なんかが、「アイツはおぼっちゃんだから甘いのだ!」と糾弾しているのを見ると、「すごいなあ」と思います。

世の中の人は、親が金持ちだと「子供は全く苦労せずに育っているに違いない」と思っているらしい。

世の中の人は、代々政治家の家に生まれたら、政治家のトップである総理大臣になることは「全く苦労も努力もいらないこと」であり、「アマちゃんでもできること」だと思っているらしい。

たぶん、代々サラリーマンの家に生まれたら、父と同じ会社にはいり、サラリーマンのトップである社長になることくらい、誰でもできること、と考えているんだろうな。

ちきりんは、父親が成しえなかった出世を義務付けられるようなプレッシャーも感じたことがないし、偉大なる祖父や父親の残像に苦しめられた経験もありません。

だから生まれた時からそういう期待値の下で育つことが、本当に「甘えた」「お坊ちゃん的な」人生であったのかどうか、実際のところ理解も想像もできません。

世の中の人は皆、すんごい苦労して甘えずに人生を乗り切ってきた経験とか自負があるんだね。

ちきりんも、自分が甘えているとは思わないけど、かといって他人様に「甘い!」などと言えるほどの苦労をしてきたわけでもありません。

安倍さんが子供の頃から感じていたであろうプレッシャーも、決意も、断固たる意思も、ちきりんには無縁でした。ちきりんの人生なんて、ほーんと甘えたものなんです。

だから、彼のことを「甘えてる」「お坊ちゃんだ」とは言えない。

★★★


彼が責められるべき点は一点に尽きます。それは・・

「総理大臣としての能力がなかった」という点だけ


それ以外の点、生まれの良さや、意思の弱さや、のほほんとした性格や、がんばり度合いや責任感やらについて、彼が責められるべきだとは全く思えません。


仕事があまりに大変ならば、体に、そして、精神に異常を来す前に、ちゃんと逃げるべきです。

世の中の苦労人や、とても責任感のある生き方をしてきた人があなたのことを「アマちゃんだ」「無責任だ」というかもしれません。でも、そんなの気にする必要は全くないんです。勝手に言わせておけばいい。


問うべきは能力や成果であり、努力やがんばりではありません。

後者をやたらと大事にする偽善的な思想(頑張れば必ず報われる。努力すれば必ずなんとかなる。頑張らないからダメなのだ、等々)は、それ自体が虚偽であるだけでなく、時にほんとに人を蝕むんだから。


まとめ:ちきりんは、安倍さんが無責任だとも甘いとも思いません。彼は能力がなかっただけです

なんで自分が能力もない職業を選んだのかって? 確かにちきりんだって“女優になる!”とか決めていたら、ものすごい苦労したでしょう。そんな選択をするなんて自分が悪いと言われるでしょう。でもね、彼に選択肢があっただろうか? あの家に生まれて?



自分には能力のない仕事にチャレンジせざるを得ない。そういう家に生まれたのだから。という状況を、ちきりんは経験していないので、それがどれくらい「甘えた」決断なのか、「厳しい」決断なのか、全然わかりませんが。


歌舞伎役者の家に生まれて、自分になんの才能もなくても、歌舞伎役者を目指して頑張ったことを、責めるわけにはいかないと思う。

長島一茂氏や野村克典氏もおなじだよね。鬱病になりかけながら野球を続けたり、偉大な父親が監督をつとめるチームを渡り歩き、二軍だのコーチだのとして給金をもらいながら生きていく人生は、本当にそんなに「甘くて」「楽チン」だと思う? 一茂氏や野村克則氏は、甘々とお坊ちゃんな人生を気楽に楽しんでいると思える?

★★★

本当の責任は、

能力がないことが明らかな人を、選挙前ということだけでトップに祭り上げ、いざ成果があがらないと血祭りにあげた、“仲間の顔をした”政治家達であり、

公けの電波を使って“いじめ”の快感を追い求めたマスコミ

の方にあるんじゃないの??


んじゃね。

2007-09-12 Never too late to escape

安倍首相が辞任だって。


10日に所信表明して12日の昼に辞職。このタイミングについて、あきれかえっている国民の皆様の表情がありありと浮かびます。マスコミも野党も、いや与党の皆さんも唖然呆然だと思う。

テレビでは「なぜこのタイミングなのか?」「(今辞めるくらいなら)参院選直後に辞めるべきだったのではないか?」と問うている人が多いのだけど、彼らは本当にそれが知りたくて聞いているのかね?

簡単でしょ、そんなの。「なぜこのタイミングなのか?」→答え「数日前までは、まだやれると思っていたからです。」「なぜ参院選直後に辞めなかったのか?」→答え「あの頃は(衆院は圧倒的多数だし)まだまだやれると思っていたのです。」ってことでしょ。そういう人なんですよ、この人は。

イコール「あまりにも政治判断が稚拙な人である」というずうっと前からわかっていたことに起因しているだけです。これが選挙で負けた理由でもあるしね。

★★★

このことに関して、ちきりんの思うこと幾つか。


(1)“初めての戦後生まれ総理”の時代錯誤

この人は、成分表示と中身がすんごく違うのよね。成分表示は「戦後生まれ初めての総理」です。

しかし中身は全く逆だよね。教育基本法改正等を含む「戦後レジームからの脱却」政策は、コマを前に進めるというより「戦前に戻る気??」と思わせるほど時代遅れ、時代錯誤であり、「戦後生まれ初」どころか、「一人だけ戦前生まれなのか?」って感じ。こんな「戦前レジームの亡霊」みたいな人が未だにいるわけね、、と驚かせてくれた。



「政治サラブレッド一家のお坊ちゃん」は総理になれなかった父の無念を晴らすため、早すぎじゃないか?という批判を跳ね返して総理を目指した。

父親も義理の祖父も大叔父も大政治家、という中で育ちながら、素人でもわかる政治センスのなさ。年金問題のハンドリングを間違い、大臣を自殺に追い込むまで放置し、辞任会見で「辞任の理由は小沢さんに党首会談を断られたから」と言ってみるこのセンス。あの世のおじいさま(岸さん)もびっくりだと思うです。

これほど、期待させるものと中身の違う人は珍しい。

★★★

(2)小泉さんはなぜこの人を選んだか?

これは最大の疑問。小泉さんは(多分山ほどオファーがあるのに)回顧録を書いていないけど、是非、寿命の前には書いて欲しい。その本がでたら最も知りたいことの一つが「なんで安倍を選んだのよ??」です。

皆既に忘れているかもしれませんが、昨年の総裁選挙の際、小泉さんは明らかに安倍さんを擁護、支持してた。安倍さんが総裁になったのは、選挙で人気がありそうに見えた点と、小泉さんの非公式の支持があったからだ。「小泉さんの意中の人なら安倍が必ず勝つな」と皆が思い、ポスト欲しさにほぼ全ての派閥議員が安倍さんを支持するに至った。

なんで小泉氏は彼を選んだか。そして、その選択は正しかったのか、間違いだった(と彼も今は思っている)のか?



小泉氏と安倍さんの基本思想は全く異なる。安倍さんは「改革」という言葉を使うけど、それは小泉改革とは全然違うことを指している。そのことに小泉さんが気がついてないわけがない。

ちきりん的には、小泉さんが彼を選んだ最大かつ唯一の理由は「彼が若い」ということだったのではないか?と思った。もしくは「しがらみがない」ということかも。小泉さんは「一世代とばしたかった」のと「農林族、道路族、郵政族等々でない」人を選びたかったんじゃないかな。

だから「それ以外の点」、たとえば「頭わりぃ」とか「センスわりぃ」とか「自分と政治信条も違う」という点については、目をつぶったのかな、と。


ちきりんも「リーダーの年齢」はとても大事だと思っており、たとえ能力が上のシニアな人が存在したとしても、敢えて未熟な若い人にリーダーを任せる、というのは悪いと思わない。

人はリーダーポジションについて初めて育つ。だから、「十分になってからそのポジションに就ける」のではなく、「未熟な間にそのポジションにつけて、皆で育てていこう」という方法も支持してる。


だけど、そういう投資をすべき人は、それに足る成長潜在力のある人でなければならない。安倍さんがそういう人だと小泉さんが踏んだとはホント思えない・・ここは是非知りたい感じです。

★★★

(3)彼はこれからどーなるの??

加藤の乱の後、加藤氏が単なる「髪の毛の乱れた、くたびれたおじさん」になってしまったように、安倍さんは今後政治家としてどーなるのか?

今回の辞任の理由として「政治家としてのエネルギーも尽きた」みたいな表現も聞こえているが、実際、政治家としてどーするのか?もう今からいくら時間が過ぎても「返り咲き」なんてあり得ないでしょ。

羽田さんのような「あれ?この人まだいたの?」みたいな人になるのか。森さんみたいに「首相としてはボロボロであったが、元首相としては結構いい仕事してる」みたいになるのか。

これは野次馬的に興味あります。

★★★

(4)今、このタイミングで辞めることについて

このタイミングで辞めることについて、大方の反応は次のふたつのようです。

「理解できない」+「無責任だ」

理解できない、の方は上に書いたとおりです。ここ一週間で初めて「ヤバイ状況なのだ」とわかった、ということです。鈍感な人っているでしょ、そういう人なんです、この人は。


「無責任だ」の方について、ちきりんは意見があります。「無責任かもしれないけど、これでいい」と思います。

これは一貫したちきりんの意見なのだけど、「本当にヤバイ」と思ったら躊躇せず逃げるべきである、と思ってます。

これは母の教えです。母は「大事な仕事に寝過ごして失敗した時は、神様に御礼を言いなさい」と教えてくれました。「そんな大事な仕事なのに起きられないくらい体が疲れていたということなのよ。そんな時に起きなくて本当によかった。体のメカニズムがあなたを助けてくれているのよ。」と。

これは本当にありがたいアドバイスでした。こういう考え方でなければ、ちきりんは鬱病とかになってたんじゃないかと思う。

「こうあらねばならない」「こうせねばならない」という覚悟をもって生きること、仕事をすることは大事なことではあるが、最後の一線の所では、「頑張らずに逃げた方が良い」と思う。

そうしないと自分を追いつめすぎることになり、それは誰にとっても、自分を壊してしまうきっかけや理由になりうる。

★★★

二日前に所信表明したばっかり、とか、アメリカの大統領に1週間前に会ったばっかり、とか、もうすぐ国連総会だし、とか、もしくは、「今辞めたらもう一生チャンスはない」とか「オヤジや祖父にどう顔向けすればいいのか」とか。そういうことを気にして「今辞めるわけにはいかない」と無理に頑張り続けると、ポキッと折れてしまう。

世の中で働く多くの人に言いたいよ。「こーやって、逃げればいいのよ!」と。

精神を病んでしまうほど、自殺しか方法がないのではと思い始めるほど、自分を追い込んではいけない。


「オレがいなければこの仕事は動かない」とか「すごい迷惑を周りの人にかけることになる」とか、考えなくていいです。最後は「逃げた方がいい」と思う。



安倍さんはここ数日よく眠れなかったそうだ。昨日は風邪気味だといって5時に家に帰ってしまったそうだ。そういう意味では、ちきりんは「安倍さんエライジャン」と今日初めて思ったよ。

これくらいのところで「逃げればよい」のです。人生にはいろんな面があり、いろんな道がある。「これしかない」と思うのは錯覚か幻想だ。



よくやった!

と最初で最後に言わせてもらいましょう。


そんじゃね!

2007-09-11 細胞再生=生命

とある高名な学者の方が雑誌に「生命は何か?」と書いておられました。曰く「一目見た瞬間に、私たちはそれが“生きているかどうか”理解できます。蟻を見れば“生きている”とわかるし、消しゴムを見れば“生きていない”とわかる。なぜ、私たちは瞬時に“生命”を見分けることができるのでしょう?」と。

こういう洞察に溢れたコメントを読むと一部の脳みそが感動で震えるよね。

確かにそーだ。


なんで私たちは一目で“生命”と“非生命”を見分けることができるのか?

★★★

同じ記事で「生命とは精密な再生装置である」と説明されてました。人間のすべての細胞は一定期間で死亡する。しかし、常に同じ機能を持つ細胞が再生されている。肌の細胞が死ねば肌の細胞が、肝臓の細胞が死ねば肝臓の細胞が再生されている。

死ぬ細胞より発生する細胞の方が多い(スピードが速い)と成長する。反対に、発生する細胞より死ぬ細胞が多くなると、体は衰える。再生が間に合わなくなるとその部分(臓器等)が死に、最終的には生物自体が死を迎える。


なーるほど。


年を取ると、幾らお手入れしても肌が艶を失いしわができる。細胞の再生が追いついてないってことですね。

★★★

この「細胞の再生」が何のために行われるのか、ってのが「生きる意味」なのかどーかは別の話として、この「細胞の再生」にこそ「エネルギーが必要」というのはよくわかる。

ちきりんも若い頃はめちゃくちゃ食べてたけど全く太らなかった。最近は食べ過ぎるとすぐ太る。昔は「太らない体質」などと思っていたが、それは大いなる誤解だった。あの頃、すべての摂取エネルギーは「細胞の再生」に使われていたということだ。

今はもう「成長している時期」ではないから、再生のためのエネルギーは不要だ。だから食べ過ぎるとすぐ太るんだろう。


その転換点はどこにあるのか?


体力的なことと脳力的なこと、感覚的なことでは転換点はかなり違うだろう。生物としての転換点はおそらく20代前半だと思う。生物的には、多分「子孫を生んだら終わり」なんじゃないかと思う。「生物としては生殖が唯一の生存意義」なんじゃないかな。

★★★

脳力的、感覚的な成長はもう少し続きそうだが、いずれにせよたいして長くはないと思う。先日書いたように、年を取って成長し続けるのは「人間」に関する洞察だけだ。



何が言いたいか、って?

自分でもよくわかりません。


ただ、なんつーか、巧くできてるよなあと思って。ちきりんがもし20代なら、ロシアでも大声で「まずいな〜!」とか言いながらもガンガン喰っていたと思う。

その上、戻ってから「あ〜まずい国だった!!」とかいいつつ焼き肉やらお好み焼きやらアイスやらを食べまくってると思う。それでも「再生」にエネルギーが消費され、たいして運動もしないのに太ったりしないのだろう。



まあ、なんつーか、運動量なんか関係ないってことです。生命ってのはそれ自体が細胞再生のためのエネルギー変換機構体であって、細胞再生機能が衰えればエネルギーは余剰になる。この仕組みから逃れられる人はいない。

「太るのは運動不足だから」とか「食べ過ぎだよ」とか言うでしょ。あれ、嘘だと思う。というか不正確だ。もしそうなら、若かろうと中年だろうと太る人の割合は同じだろ?と思いませんか?実際には年を取ったほうが太っている人は多くなる。なんでか。

それは、「太るのは、体が死に向かっているから」という理由だからだ。「細胞の再生スピードが極めて遅くなっている」から、食べ過ぎると太るのだ。若い頃は食べ過ぎても運動なんかしなくても太らなかった、という人は、ちきりんだけでなく沢山いるだろう。

既に死滅する細胞の方が多く、再生する細胞はそんなに多くありませんので、そんなに食べなくて良いですよ、ってことだ。

★★★

「脂っこいものを食べても胃がもたれないようにする胃腸薬」のCMが流れてますが、余りに不自然な商品だと思う。胃腸が「もう不要ですよ」というサインを出しているのに、そんな薬飲んでまで脂っこいもの食べる必要がどこにある?




なんで人は一目で生命と非生命を見分けられるのか?その答えは、記事の中には書いてなかった。いい問いだ。考えてみましょう。


(屁理屈を言えば、昆布は生きてるのか?とか結構わかりにくい。このあたりにヒントはありそうだ。)



んじゃね。

2007-09-10 ロシア旅行、最後に。

さて、ロシア旅行記。最後に旅行中に感じた点をまとめときます。覚え書き的にね。


(1)日本色ブーム

ボルシチ、ピロシキ、サワークリームにクレープ(パンケーキかな?)、ロシア料理はどれも、まあねえ、、って感じです。だいたい寒いところのご飯は美味しくないよね。

ところでロシアは今、ものすごい日本食ブームで、日本食レストランがあちこちにあります。ファーストフードのお寿司も多い。テレビでは女優が美しさの理由を聞かれて「日本食を食べるようにしてるから」などと回答しており、ロシア人の憧れの食事になっているみたいです。

日本食を食べてみたら案外普通の日本の味で、「へえ、これを美味しいと思うんだ」とちょっと意外でした。もっとローカライズされているのかと思っていましたよ。

しかし最近こういうことが余り喜べないちきりんです。彼らが寿司をガンガン食べるようになったらホントに生で食べられる魚が高騰するよね。

★★★

(2)ロシア・ブラジルのチャレンジは「正当な分配システム」の構築と運用。

今年はBRICSのうちブラジルとロシアを旅行したわけですが、両方とも「どーだかな〜」って感じです。昔、中国やタイランド、ベトナムなどを訪れた際は「絶対豊かになるな」と思えました。しかし、今のロシアとかブラジルは違うんだよね。というのは、前者は日本と同じパターンの成長可能性なんだけど、後者は違うパターンだからわかりにくい。

日本と同じパターンってのは、教育に投資して勤勉で安価な労働力で外貨を稼ぎ、規範性の高い社会を作り上げて、社会安定化コストを下げる、で、投資を誘発するっていう方法です。

ロシアやブラジルはちょっと違う。まず第一に経済の成長誘因は資源です。石油、天然ガス、森林そのもの。高品質・低価格の労働力ではなく、価格が高騰している世界市況商品の保有量で勝負する。

それと人間の数、です。ひとつの言葉を話す人が2億人規模で存在する。これが消費を支える。

あとは「正しい分配機構」ですね。これができるかどうかが鍵です。


だいたい天然資源系の豊かな国は、国全体としては発展しない。石油のでる中東の国や中南米、南米の国の多くがそのパターンです。資源は国家独占がやりやすい。石油採掘権とか、「巨額の投資が必要な権益ビジネス」なんで、国家とそれに癒着した一部の資本家(外国資本を含む)だけが儲けて、下の人にお金が回らない。

全然人手もかからないし、人手が掛かっても「炭坑で掘り出す」みたいな人手しかかからないから、工場で半導体を組み立てていてスキルが向上する、みたいな労働付加価値の上昇が起こりえない。

なので、国全体としてはそこそこお金が入るのだが、国民全体はずっとまずしい、というのが、こういう「天然資源がある国」の今までの典型的なパターンだった。

でも「正しい分配機構」が働くと、違う結論がありえる。すなわち、天然資源で手に入れた国家資金をもってインフラを整え、教育水準を向上させ、別の高付加価値産業を育成することができれば、国民全体に富を生み出す力を養成できる。でも資源のある国でこれに成功してる国ってないんだよね。

いままでは、資源のない国は、「資源がないから、仕方なく国民(労働者)に投資し、それによって国が発展する」という道、一方で資源がある国は「資源があるから、それに頼って、他のところに投資せず、ずっと資源しかないまま」という道ばっかりだ。

さて、どーなるやら。


(3)視座の違い。

54才のガイドさんが言っていた。「僕は共産主義時代の人間。だから歴史はよくわからない。世界のことも知らない。宣伝教育で育ったからね。」と。

「それがいいのだと思って共産党にも入っていた。そしたら兵役にも行かされてひどい目にあった。」って。

「共産党時代はモノは一応あったけど、どこもかしこもスゴイ長い行列で買うのが大変だった。ゴルビーは共産党を倒したのはすばらしいが、経済のことは全く考えてなかったからモノがなくなっちゃった。エリツィンなんて、何をやりたいのかわからないくらい混乱していて、あの頃は本当に食べ物が足りなくて大変だった。」と。

こういうビビッドな話を聞けるのは本当におもしろかった。


彼はそこそこの日本語が話せるのに、好景気に沸くロシアとはちょっと一線を引くようなみすぼらしい出で立ちをしていた。日本でも、武士の世界から明治時代、戦前から前後などの、価値観大転換期には、こういう「ついていけない人達」が沢山存在しただろう。

このガイドさんは他にも、非常にクリアな視点も示してくれて感謝している。

北方領土について聞くと、「ロシアは大きい国。あんな寒いところにある小さな島はどうでもいい。でも、日本に返したら翌年にはアメリカの基地になってるでしょ。だから返さないだけ。」

そうね、その通りだ。こんなに簡単なことを、ちきりんは今まで理解していなかった。なんでかね?「日本がなぜ北方領土にこだわっているのか?」ということを余り突き詰めて考えてこなかった。単なるウヨッキーな理由だけだと思っていたよ。でも今回、上記の意見を聞いて、そりゃそーだ、と思った。

そう考えると、北方領土が返ってくる可能性があったのは、エリツィン時代だけだとわかる。東西冷戦が終わり、ロシアがお金的にすごい困っていた時期。あの時期に交渉していたら(実際、交渉は結構進んでいた。)返ってきたかもしれない。(日本国内の中国派、ロシア派、アメリカ派の官僚=外交官と政治家がお互いの足を引っ張ったため、交渉が決裂してしまいました。)

東西冷戦が再発し、お金に全く困らなくなったロシアから北方領土を取り返すのはもう不可能でしょう。同時にイラク戦争以来の米軍再編の方針から言うと、あそこに基地もしくはミサイルを置きたいというアメリカ側のニーズの方も、大きく下がっている。

結論。絶対返ってこないってことよね。


それ以外にもこのガイドさんと話していると、すごく「異なる視点」を感じられて勉強になった。全く異なる教育、全く異なる制度の中で生きてきた人と話をするのは、かくも意義深いことだと再認識。似たような人の中にいてはあかんね。

彼の年齢54才というのは、ソビエト崩壊の1991年に38才。きついよねえ、38才で国が180度変わってしまったら・・・・ついてくの、本当に大変だと思います。頑張ってください。


というわけで、今回の旅行はほんとにおもしろかった。

んじゃね!

2007-09-08 ロマノフ至宝:エルミタージュ美術館

最近のロシア観光ブームを支えるのがエルミタージュ美術館を中心としたロマノフ系の観光遺産です。4年前に「琥珀の間」が修復されたエカテリーナ宮殿など近郊のお城(宮殿)も大人気。前売りで予約チケットを買っておかないと入場できないという騒ぎになってます。

こういう「昔の王侯貴族の至宝・宮殿」系が好きな人が訪れる観光地の順番といえば、「パリのベルサイユ→オーストリアのハプスブルグ系遺産→モスクワのロマノフ系遺産」かなあと思います。というわけで、いろんな「昔の王侯貴族の至宝・宮殿系」を比較して思ったことなど、つらつらと書いてみます。


(1)「革命が起こる国は無茶やってる」

戦争で没落したハプスブルク家、列強によってつぶされた清朝を除くと、パリのブルボン家とロシアのロマノフ王朝は「革命」によって消滅しました。フランスは住民の蜂起によって共和制へ移行し、ロマノフ朝は共産革命で消滅したのはご存じのとおり。

一方で英国王室は存続しているし、日本の天皇家も存続しています。イギリスと日本では、共和制革命も共産革命も起こりませんでした。

この「なぜ?」に答えるのは非常に難しくあまり単純化したくはないのですが、でもやっぱり遺されたものを見比べると強く思うことがあります。それは、革命が起こった場所の宮殿や遺産を見ると「明らかに無茶苦茶な搾取をしてる」ということ。

明治期でも昭和の戦争前でも、もっとずうっと昔であろうと、日本の天皇家があんなレベルの富を一時期でも所有していたとは全く思えません。京都御所も江戸城(今の御所)も“万世一系”の神の一家の住まいとしては、あまりにリーズナブルです。

これはイギリスのお城も同じ。エリザベス女王よりベッカム夫妻の方がすばらしい宮殿に住んでます。

ちきりん的には、「無茶やってる順」にならべると、

ハプスブルグ家>ロマノフ家>清朝>ブルボン家>>>>>英国王室>>>>>>>>>>>>>>>>日本の天皇家

って感じですね。


(2)宮殿を美術館にするのに反対する会を(一人で)結成します。

たとえばルーブル美術館はもともと宮殿です。このようにもともと宮殿であったところが博物館や美術館として使われるのはよくあります。プラド美術館もそうですね。

もちろんNYのメトロポリタン美術館のように最初からその目的で設計、建設されたものもあります。今の大英博物館の建物も最初からその目的での建物です。

で、最初の例が増えているのです。たとえば昔はベルサイユ宮殿は「ベルサイユ宮殿」として開示されていました。つまりルイ14世とかマリーアントワネットの住まいとして開示されていたのです。が、最近はそこに絵画や美術品が展示され、「ベルサイユ美術館」に作り直されているのです。

あの頃の宮殿は本当に立派な建物が多い。博物館や美術館を作りたい!と思った時に、用地から新たに取得し建物を建てるのはどの国にとっても大変。で、ちょっと横をみればそこにはすばらしいお屋敷が・・・これを使って展示しよう!となるわけです。一石二鳥ですよね。宮殿の維持管理もできるし、観光客からも高い金がとれる。


でもね、想像してみてください。京都御所の各部屋に、水墨画、中国絵画、韓国絵画、インドネシアの民族衣装、そして、縄文土器、とかが展示されてるってな状況を・・・・どれくらい違和感あることか、わかりますよね。

超変だよ。辞めてくれ!って思います。


今回はちきりんはツアーではありませんでしたが、日本からのツアーだとエルミタージュ美術館を2時間程度しか訪問しません。有名な絵を次々とガイドが説明して回ります。こちらがダビンチです、こちらがマチスです。

そんなもん見たいか?わざわざロシアまで行って?? パリやローマでも見られますよね。それよりは、ロシアまで来たのだから、ロマノフの王朝の生活に、時代に、思いを馳せたいと思わない??

って思います。


トルコのドルマバフチェ宮殿(イスタンブールにある宮殿。日本ではトプカプ宮殿の方がやたらと有名ですが、どっちかしか見ないなら圧倒的にドルマバフチェの方がすばらしいです。)は、オスマントルコの王が使った宮殿に、王の一族が持っていたものが飾ってある。その方がいいと思う。なんの関係もない名画を飾るより。

前も書いたけど、台湾と中国が一緒になる日がくるとしたら、最大のメリットは、故宮に台湾国立博物館の所蔵品を展示できる日がくるかもしれないことだ。ウイーン美術史美術館もそう。あの街に、ハプスブルク家の財宝を飾るから意味がある。


頼むから、「奈良の大仏殿にロゼッタストーン」みたいなわけのわからん宮殿美術館を作るのはもうやめてくれ。

の会を作ることにしたよ。

★★★

(3)やっぱここでも「コンテンツよりプレゼン」

上に書いたように、エルミタージュ美術館にはロマノフ時代の貴族が買い集めたピカソやマチスやダビンチの有名絵画が何点もある。

有名な絵の前には観光客が大勢集まっているのだけど、ちきりんはそういう絵を見てもあんまし感動しなかった。だって「ロマノフの王朝」に気持ちを馳せながらダビンチの世界を夢想できるほど、ちきりんの感性は器用でも粗野でもない。

それと、もう一つの理由は「余りにプレゼンが下手なため、コンテンツが殺されてしまっている」ということ。痛感しましたよ。NYやパリやに比べて「美術館のスキルが低すぎる」って。ほんとーまだまだだよね。(下記の過去エントリ参照)


もうひとりの「がっくり」は、絵画の前でガイドさんが説明する内容です。「この美術館はマチスを34点保有しており・・・」この手の「○○の作品を何枚」という説明は、すべての有名画家について繰り返される。ガイドさんのために、そういうマニュアルがあるんでしょう。

でもさ、そんなん、どーでもよくない???

マチスの絵画の保有枚数が意味するのは、それを収集した貴族の財力と目利き力であって、マチスの絵のすばらしさではない。こういうことを聞いていると、エルミタージュ美術館が、そしてロシアの芸術関係者が「何を誇りたいか」ということが非常によくわかる。


長くなったのでもーやめます・・

というわけで、本日はロマノフの遺産のうち、エルミタージュ美術館について書きました。適当、かつ、長文にて申し訳ないです。


そんじゃーね。



★★★

関係過去エントリ:美術館のスキルと成り立ち種別について

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20061101

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20061102

2007-09-06 この博物館は堪らない

今回の旅行では、大半が「ロマノフ系観光」をしていたのですが、自分の趣味である「共産趣味側観光」もちょこっとだけ混ぜてみました。

そのひとつ、モスクワの現代史博物館にあった、かなり笑える地図のご紹介です。ちなみにソビエト時代には「革命博物館」であっただけあって、その頃の展示はかなり充実していて趣味人にはお宝モノ、垂涎モノどっさりです。

加えて下記のようなペーソス溢れる作品も多いです。

f:id:Chikirin:20070906163322j:image

時期はゴルビーがペレストロイカでアメリカに急接近した頃のものです。ロナルドレーガン大統領と握手する満面の笑みのゴルビーの写真。その写真の隣にあった地図です。地図のタイトルは「ロナルドレーガンから見た世界地図」です。

これ、おもしろすぎます。写真でも少し読めるかな?

★★★

日本が車の形をしていて「Japan Corporation」と表記されているのはともかく、

台湾=Our China

中国=Their China

には笑えます。


また、中東には「Our Oil」の文字が。


ロシア(当時のソビエト)は、「神を信じぬ共産主義者と、嘘つきとスパイの国」。

カナダは「アメリカの子会社」、キューバは「ソビエトの植民地」。イギリスは「サッチャーランド(ディズニーランドみたいなもの)」、オーストラリアは「カンガルーの国」です。

アフリカは「エジプト」以外はまとめて「黒人の国」と表記、中東には巨大なイスラエルが登場。パレスチナは??と思うと、北極辺りに「この辺にパレスチナ国家を作ればいいのでは?(提案)」と書いた小さな島が・・・

★★★

共産下のソビエトでは、多くの「自虐ギャグ」が楽しまれていたわけですが、この地図もその流れのひとつでしょう。

ギャグの方では、「当時モスクワでは、KGBのビルより高いビルは禁止されてたんだ。そうすればここからシベリアの収容所が見張れるからね」とか。スターリンが次々と政敵や反抗する人達をシベリア送りにしていた頃のギャグです。

「ロシア政府の同盟組織?ロシア海軍とロシア空軍(だけ)だね。」ってのもあります。


ちなみにベトナムでも昔聞きました。「日本で天災ってなに?地震?そうなんだ。ベトナムが一番困ってる天災はコミュニズムなんだよね〜。」とかね。

ほんと、人間はたくましい。つーか、冗談くらい言わないとやってられない時代ってことだったんでしょう。

★★★

同じ博物館にあったプロパガンダのポスターもひとつご紹介しましょう。こちら、

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1929年か30年に作られたものでしょう。赤線のCCCPという表記がソビエトのこと。上の青いのはイギリスのようです。1929年といえばニューヨークの暴落に端を発した世界恐慌が始まった時期です。

この時にソビエトがいかに「ほらみろ!!資本主義の終焉だっ!!!」って喜んだかが、非常に良くわかるポスターですね。右下の方でずっこけているイギリス国旗マークの帽子のおじさんが笑えます。この時ばかりは、これで共産主義の勝利だ!と確信したのだろうなあ〜。哀しい感じですね。

★★★

趣味人的に一番気に入ったのはこれ。このポスターは売っていたら買いたい感じです。

f:id:Chikirin:20070906170543j:image

おそらく革命後わりと早い時期に作られたものでしょう。ロシア語は読めませんが、一番下のサインは「レーニン」です。

うーん、欲しい!!


というわけで、本日は「ちきりん趣味系」の話題で固めさせて頂きました。明日はロマノフ系についてお伝えします。


んじゃね〜

2007-09-05 今のモスクワ=

21年ぶりにモスクワを再訪。モスクワは大きく変わったです。

どー変わったのか?と、旅行中ずっと考えていました。知識としては知ってる。ゴルビーのペレストロイカで共産主義が終わって、アル中エリツィンの混乱期があって・・とか。でも、実際に行ってみて感じる“その変化”は、どんなものか。すごく興味があった。

で、まずは結論。ひとつは「ロシアになった」ということ。そしてもうひとつは「完全にイカレてるな」ってこと。


最初に感じた「ロシアになった」の意味ですが、前回行った時には、そこは「ソビエト」だったのですごく変わったなあと。

ソビエトとは、ご存じの通り当時のソ連の共産主義的制度&体制の名称であり、昔の日本が「天皇翼賛国」という国名だった、みたいなイメージです。でも今回は完全に「ロシア」でしたね。国名も「ロシア連邦」に変わってるわけですが、それだけじゃなくて、いろんな意味で「ロシア」という言葉が“前面にでてきた”印象を受けた。

ロシア料理、ロシア文化、ロシア人気質、みたいなね。


もうひとつは、完全に調子乗りすぎでしょ、というか、イカレてますよ、ってこと。

モスクワと東京、北京、ソウル、パリ、ロンドン、ローマ、NYを較べると、


今のモスクワは、

・最も“歩き煙草比率”が高い。それを道端に投げ捨てる比率も、NYのハーレム地区並みの高比率。

・最も“ジーンズ着用比率”が高い。

・最も“コカコーラ飲用比率”が高い。

・最も、若者の洋服が汚らしい。


まとめていうと、モスクワは「汚いジーンズ姿の若者が、コーラを飲みつつ煙草を吸いつつ騒いでる。」街です。「こういうのがカッコイイと思ってるんだな〜」という時代です。

なお、ダイエットコークなんて飲んでる人はいません、というか、存在しません。「ようやくコークが自由に飲める時代がやってきたのに、なんで偽物を選ばにゃならん」という感じ。わかるわかる。


ただし、明らかに他の都市と違うのは、警官だか軍隊だかしりませんが、治安維持部隊の人の多さ。これ、日本人は馴れてないからびっくりしますね。モスクワの場合、各地のテロ(チェチェンとか)への警戒に含め、アル中の若者の自然発生的な騒ぎも警戒しているみたいだった。

まあとにかく「イカレタ感じよね」っていう街になってます。


ところで、ロシアを訪れる日本人もずいぶんかわりましたね。昔ちきりんが訪れた時は、日本人でモスクワに行こうなんて人は、なんらか共産主義体制に関心のある人だった。ちきりんのような趣味的な関心も含め、です。だから、若者が多かった。

ところが、今日本からロシアにいく人は全く違います。ひとつは「ビジネスマン」、そして、観光客の方は「ロマノフ系」なんです。ロマノフ系観光客ってのは、ベルサイユやら、ウイーンやらバチカンやらローマやらを回っている観光客ってことです。ああいう時代の貴族の宮殿や至宝系に関心がある人達。

イメージ涌きますよね。大半が妙齢のおばさまです。これ、ちきりんは結構驚きました。「この国は今やパリやローマと較べる観光地なのね!」と。


でも本当はちきりんとしては是非若い人に勧めたいよ、「若者よ、ロシアにむかえ!!」と。(うーむ、年寄り発言だな)

値段的にもヨーロッパや、もちろんハワイやグアム、近場の中国や韓国に較べて、ロシア旅行は価格が高い。規制も多いので自由な旅行も組みにくい。だから行きにくいのはよくわかる。それでもここは一見の価値のある国だ、と思いました。それほど“変わった”国だと思います。

「若い時ににハワイやバリに行くなんて、知的感性の無駄遣いに他ならないよ。」

とは思うけど。いや、やめた。どーでもいいです。おせっかいだね。反省。ハワイでも箱根でもお好きなところにどーぞ。

★★★

ちきりんはあちこち海外に行っていますが、同じ国に何度も行くことは余りないです。行きたい場所が多すぎるので、どうしても一度行った国は後回しになる。今回は、別の人の好みに合わせて行く場所を決めたので結果として2度の訪問となったわけです。

なんだけど、この「同じ所に、一定期間後、もしくは“毎に”訪ねる」というのは、すごい意味がある、と今回認識しました。


たとえば、ロシアの現代史でいうと、時代は次のようにわかれます。

(1)ロマノフ王朝(スタートが1600年頃)

(2)共産革命時代。1917年からはじまります。

(3)スターリン時代。独裁という意味では1935年くらいから53年までの20年弱ですね。

(4)ポストスターリン時代(マレンコフ、フルシチョフ、ブレジネフ、アンドロポフ、チェルネンコ)と多いけど、全部で30年。

(5)ゴルビー時代(85年からのペレストロイカ、グラスノスチ)

(6)エリツィン時代・・91〜99年 ハイパーインフレ、経済混乱、財政破綻、格差拡大、財閥とマフィアの癒着の時代

(7)プーチン時代。2000年以降


ちきりんは(5)と(7)に行ってみたわけですが、2地点を見ると「線」がひけるから「点」で見るのとは全然違います。あと中国も、ちきりんは10年間隔で3回訪ねており、「日本の高度成長ドラマ」を中国語吹き替えで見てる、みたいな感じを得られています。この「定点訪問」ってのは、ほんとおもしろい。

★★★

今回、モスクワのガイドさんが54才だったので、昔の話をいろいろ聞きました。54才ってことは1953年生まれ。スターリン死去以降の時代ですね。「僕は昔の時代の人なんです」って言ってた。ちょっと寂しそうだったよ。

一方で、サンクトペテルスブルグのガイドさんは22才で1985年生まれ。物心ついたころには共産党が崩壊してた世代。彼女はちきりんに聞いてきた。「その頃のこの国はどんな国だったんですか?」と。

日本では戦争を知らない世代が増え、北京では文革を知らない世代が増え、そしてモスクワではソビエトを知らない世代が増える。

世界も変わるやね。


んじゃね!

2007-09-04 帰国報告 序

帰ってきたです。疲れたですー。出張の比ではないです。まじで疲れた・・・・

しかーし、この旅行は、近年のちきりんの旅行の中では圧倒的に“発見”に溢れた旅行でありました。

ものすんごいおもしろかった。私だけじゃもったいない。みんなロシアに行った方がいいよ!!ってくらいおもしろかったです。

何が?ってのは少しずつ書いていきます。


今回“初めて気がついたこと”もしくは“認識してなかったけど、クリアになったこと”のひとつは「この国は過去一度も(経済的)先進国であったことがない」ということです。


なんのこっちゃ?って感じですかね。皆、そんなこと知ってました??

ちきりんはなんとなく「ロシアは経済的に先進国である」と感じていました。でも今回行ってみて、全然違う、と感じた。

21年前に行った時はどうだったかというと、もちろん経済的に先進国という感じはしなかった。でもその時は、先進国とか発展途上国という分類ではなく、「経済に失敗した国」という感じでした「前にいるか後ろにいるか」ではなく、「正しい道とは違う道を歩んでいる国」だった。だから確かに街はみすぼらしく物資も欠乏していたが、発展途上国だとは当時は感じなかったです。

今回の再訪までの間も、ロシアって、ブリックスとかいっていっしょこたにしてるけど、ホントに中国やブラジルのような発展途上国なのか?という疑問があった。

でも今回はっきりわかった。「ここは発展途上国どまんなかの国」です。


なんで「ロシアは先進国」という気がしていたかというと、やっぱり「米ソ」という言い方があまりにも長い間定着していたからだと思うです。「米ソ」ってどんな「二国間対立」よりも多く表記されてきた、と思う。1945年〜1990年までの45年間もの長きにおいて。

米英とか、日米、もしくは、米中とか。まだまだ「米ソ」の方が聞き慣れた感じがしませんか?(おばさんなだけ?)長い長い間、地球は「米ソ」に分けられていたのです。

その一方の「米」は泣く子も黙る世界の王様、経済的にも軍事的にもわがままレベル的にも圧倒的、ってことは、それと対比される国が「まさか、発展途上国のはずはない」という気がしていたのです。

「米ソ」と表記されることで、「ソビエトという国は、米国と並び称されるレベルの国であり、当然、米国と競えるレベルの国なのだ。」という気がしていた。


が、今回行ってみて「全然ちゃう」とあらためて認識した。ここは、ロマノフ王朝の栄華を最後にここ百年、つまり現代史の時代において「経済先進国」であったことは一度もない国なんだと、ようやくわかったです。

米ソの時代、彼らは「軍事力」と「思想の対立角度」、および、「野望の大きさ」において「対抗し得る力」であったということだと理解しました。


まっ、とにかく「発展途上国」というか、ここは全然先進国ではありません。ソビエトという国にも、ロシアという国にも、皆、幻想を抱きすぎ。こんなんでどうやったらこの「大国感」を醸し出せるのか?これこそ、日本が学ぶべきことだと思うよ。

日本って全く反対だよね。こんなにすばらしい国なのに、この「小国感」は一体何??って感じだ。


まあとにかく、まだまだ全然やな〜と思ったことはたくさんあるんですが、羅列しとくと、

(1)ホテルのレベルがタイより低いと思う。(首都同士の比較でね。)今だとベトナムと同じくらいじゃないかな?お湯がでるかとか、トイレットペーパーの質、従業員のサービスとか、食事の質とかね。


(2)社会インフラのレベルも、タイと同じかどーか。今だと北京、サンパウロ(首都じゃないけど)あたりと較べても、うーむって感じかな。たとえば、メーターのついたタクシーがまだ「ない」んだよ。首都で。

バンコクでメーターのないタクシーが大半だったの(いわゆるトゥクトゥクが中心で)なんて15年前くらいじゃない??韓国のタクシーも15年前は相乗りする人が多かった。でも今は北京でもそんなことないでしょ。

空港も未だに「荷開け」があるんだよ。預けたスーツケースを開けて泥棒するってやつで、組織的に空港職員がやってるんだけど。ちきりんも帰りにスーツケース開けられました。たいしたものいれてないので何も盗まれてないと思うけど(汚れモノの衣類とかなくなってる可能性もある??)これもね〜、20年前に東南アジアの旅行してた時以来ですよ。国際空港でこんなことされるのは。

それにしても鍵を壊さずきちんと開けて閉めて戻ってくる。びっくりだ。すごいスキルです。はい。サムソナイトとかもちゃんと開けちゃうらしいです。


(3)サービスレベル・・これは仕方ない部分もある。資本主義を皆、知らないからね。ニコリともせず、まだ「客より労働者がエライ」と思ってる店が大多数・・・ううむ。時間かかるなあ。

でもね、「共産主義だったから仕方ない」っていう言い訳はつかえないよね。中国はどうなのさ?って思うもの。結局は経済体制の問題ではないように思います。


というわけで、物価は確かに世界一の物価高モスクワらしくバカ高かったのですが、国の経済レベルとしては、まだまだ「ひえ〜」でした。

そしてもっとすごいことは、「これでも、ロマノフ王朝以降では、今が一番経済的に豊かなのだ」という事実。すごいです。そうだったのかあああ、です。いや驚いた。



まっとにかく、また明日!!