オーストラリアの不安

この前、注目している国として3つほど名前を挙げましたが、そのうちのひとつ。オーストラリアについて書きます。先日選挙が終わったばかりで、11年間首相の座にいたハワード首相が敗北。ラッド氏率いる労働党に政権を渡しました。

ちなみにハワード氏自身も落選。しかも人気キャスターに負けたんだって。次の選挙で、安倍元首相が田原総一郎に負けるような感じかな。オーストラリア人も極端ですね。

★★★

ちきりんはもともとオーストラリアには余り関心がありませんでした。行ったこともないし、行きたいとも思わない。多分一生行かないでしょう。あの国には、ちきりんの好きな古代遺跡も、ラテンのリズムも、圧倒的な美術コレクションも存在しません。カンガルーとかコアラとか、意味不明な巨大な台地??には興味ないんで。

そんなちきりんがオーストラリアを一番最初に意識したのは、カリフォルニアに留学中。当時やたらと「パックリム」という言葉を聞いたからです。これはパシフィックリム諸国を縮めたもので、日本語直訳だと「環太平洋諸国」ということ。

概念としては、“昔は世界は「環大西洋諸国」で成り立っていた”わけですね。イギリス、スペイン、ポルトガルに、アメリカの東側であるボストン。こういうところが大西洋を取り囲む国、都市なわけです。その昔、世界を支配していたのは「環大西洋諸国」なんです。

これに反発を強めたのが数十年前のカリフォルニアです。シリコンバレーという言葉が出始める頃です。ボストン、NYに対抗するために、アジアとの連携を強めようとするカリフォルニアは、「世界の中心は、環大西洋から環太平洋に移るのだ」というメッセージをこめて、この言葉を使い始めました。

なお、現在この言葉があまり使われない理由は、「既にカリフォルニアは、それだけで十分に求心力のある地域となり、別にアジアと一緒に売り出さなくてもいいから」ということです。

★★★

さて、このカリフォルニアが既存勢力(環大西洋勢力)への対抗軸として打ち出したパックリムという概念。環大西洋に較べるとかなり無理のある概念でもありました。なんたって大西洋より広いじゃん。(というか、大西洋の方は、アフリカとか南の方をカウントしない概念なんで。)

カリフォルニアから時計回りに、ペルー、チリ、ニュージーランドやオーストラリア、インドネシアに日本に朝鮮と韓国に中国にロシアシベリア地区、までを含みます。

ところがペルーやチリはこの概念に余り乗り気ではありません。当時南米は、南米一帯としてのアイデンティティを求めており、ロシアシベリア地区と一緒にされてもね〜って感じです。一般の南米の人達は朝鮮と韓国の違いどころか、日本と中国の違いも分かってないってレベルです。

ロシアシベリア地区も、まあ、地区であって国ではないし、インドネシアもそんな遠いとこと一緒になるよりは“東南アジア志向”が強い。

で、勢い「パックリム」とは、“カリフォルニアと日中韓のアジア、との蜜月を示す概念”として使われるようになるわけです。というか、そういうふうに使われていた。

で、当時はサンフランシスコ等でも頻繁にパックリムの将来とか、パックリムの経済提携とか、いろんなことが話し合われてました。カリフォルニアにはアジアからの移民が多く、実際、多くのカリフォルニア生まれのアメリカ人が「NYよりアジアの方が身近」と感じているように見えました。NYには行ったこと無いけどアジアは何度も訪れている、という人も多くいた。

★★★

ちきりんもこの「パックリム」という概念に興味を持っていたわけですが、当時不思議だったのが、この手の会議にやたらとオーストラリアが出てくる、ということだったのです。上記にも書いたように「パックリム」とは言いつつも、実際は、カリフォルニアとアジア(特に日中韓)のための概念。それなのになんでオーストラリアがこんなに積極的に出てくるの??こんなことに興味持つの??と、かなり不思議だった。

そして途中でわかったのが「オーストラリアの焦り」なわけです。

欧州の経済統合、南米全体の一体化、東アジアの結束・・・当時世界は、どんどんブロック化を始めていました。独立独歩でやっていけるのは、アメリカや日本、中国などの極めて経済規模、もしくは人口規模の大きな国だけで、それ以外の国は「どこかのグループに参加しないとやっていけない」という空気があったのです。

まあ飛行機会社のワンワールドとスターアライアンスみたいなもんです。

普通に考えれば、オーストラリアはニュージーランドやその回りのミクロネシア、ポリネシアの太平洋島国の多くと一緒に「南の島国連合」とかを作ればいいのですが、オーストラリアからしてみれば「それだけは勘弁してくれ」ということになります。

経済発展著しいアジア、人口爆発著しい南米、元々先進国の多い欧州に較べ、あまりに不利じゃん!!こんなとこで結束してもたいした力持てないじゃん!!飯の種がないじゃん!!

ということです。

で、カリフォルニアが提唱し始めた「パックリム概念」に飛びついた。「すげ〜、これ最高!!」と思ったでしょう。「オレも入れてくれ〜!!!」です。カリフォルニアもアジアも、ミクロネシアの島国に較べて余りに魅力的。

で、彼らはパックリムという概念に超積極的に投資を始めたわけなのでした。

★★★

長いな・・・今日のブログ。。。まだ書くこと山ほどあるのに・・・

★★★

「変な国だな」ちきりんはそう思っていました。英語を母国語としているだけですごい有利だし、資源も有るし国土も広い、気候もいい。なんでそんなに焦って「仲間に入れてくれ!!」と必死の形相なのか?全然理解できなかったのです。これがちきりんがオーストラリアに関心をもった唯一の機会であり、実はそれ以来オーストラリアのことなんてほとんど意識もしていませんでした。

ところが今回の選挙です。これは意外でした。最近のオーストラリアは、“資源と食糧”という世界が求めるふたつのリソースをふんだんに持つ国として経済もすごく調子いい。イケイケどんどんのはず。なのに、その経済黄金期を支えた首相が負ける。個人でも選挙に落ちる。えっ?って思いました。

そして「なんで?」とニュースを見ているうちに、ちきりんはまた、あの「オーストラリアの焦り」を感じたのです。いや“思い出した!”と言ってもいい。あの時と同じなのです。パックリムの会議に出てきて「俺たちも入れてくれよ。俺たちも仲間だよ、忘れないで!!無視しないで!!」と懇願するオーストラリアの必死さ。それと合い通じるモノを、今回の選挙戦を見ていてちきりんは感じたのでありました。

★★★

ハワード氏の保守党と、ラッド氏の労働党。大きな違いは何か?

ハワード氏は、超“アメリカ追随”です。べったり、です。マレーシアのマハティール元首相はイスラム国のトップとして、アメリカ完全追随の“イスラム=テロ”的視点を持つハワード氏に反発し、「オーストラリアは欧州の国。アジアの国ではない。」と突き放していました。

一方のラッド氏は、この選挙戦の中でアジア重視を明確に打ち出します。選挙戦の中で胡錦涛主席との会談と握手の写真を大量に露出させ、「アジアの一員として再デビューを果たしたい!」という意思を前面に出しました。オーストラリアのメディアは伝えました。「オーストラリアで初めて、中国と話ができるパイプをもつ政治家が現れた」と。

これね〜、この言葉が象徴的だと思うのです。今やヒラリークリントンが「最も大事な二国間関係は、米中関係」と言い出す時代です。米英でも米日でもなくてね。米中ですよ。次の大統領候補者が。

ところが、オーストラリアはこの「対中国との関係争奪戦」に完全に出遅れていた。人口が少ないことが経済的なハンディとなっているオーストラリアは中国からの移民も多いです。しかし、中国人に差別的発言をするハワード氏(ちなみに彼の選挙区にはアジア系移民が多く、それが彼が今回落選した要因でもあります。リベンジリベンジ)。しかもアメリカべったりでは、中国が仲良くしてくれるわけがありません。

ちきりんは思うのです。オーストラリア国民は、この「世界で最も大事な中国に、無視される国になるオーストラリア」という立場に、またもや例の「焦り」を感じたのだと。

★★★

そして大方の予想通り労働党が大勝した選挙の後、ふたりの指導者のスピーチを聞いていた時、ちきりんははっとしました。「そうか、この国はその成り立ちの最初から、アイデンティティ問題を抱えているんだ」と。

ラッド氏は、Todayを「ツダイ」と発音、ハワード氏はLabor partyを「ライバーパーティ」と発音。二人とも完全なるクイーンズイングリッシュです。(ほんとはLabour)

そう、オーストラリアは英国を宗主国とする英連邦の国。今でも国家元首は英国王室のエリザベス女王です。

しかしながら、英国のグループ国でありながら、したがって欧州の血を引く国でありながら、9割が白人という国ながら、彼らは「欧州の一員」としても、ずうっと大きな疎外感を感じていたでしょう。距離的な遠さ、国としての性格の違い(明らかにオーストラリアの文化はイギリス的でも欧州的でもないですよね。)、経済的構造の違い。



欧州生まれなのに欧州になりきれなかった出生のゆがみ。

日中韓&カリフォルニアに必死で近づこうとして疎外された青春時代。

結局、アメリカ追随というポジションで進もうとしたけど、

やっぱり、これじゃあ時代(中国)に見放されてしまうという焦燥。



“欧州との一体化の不可能性”というスタート地点から、常に時々の「時代の強者」に擦り寄り、自らの「帰属グループ」を探して逡巡する、カンガルーの国の政治史。

「国際政治上のアイデンティティ希求の歴史」それこそが、オーストラリアの歴史だということなのでしょう。


英語が母国語で、世界が求める資源と食糧が溢れる国。こんな有利な条件の国なのに、こんなに不安そうに見える国。

他人から見て、多くを持つ人が、必ずしも幸せではない、という、ごくごく当たり前のことだったりはするのですが。


というわけで、相変わらずこの国に旅行したいとは全く思わないちきりんですが、この国のアイデンティティ探し的政治情勢には、今後もちょっと注目してみようかな、などと思い始めたちきりんなのでありました。



終わりです。
長くてごめんです。

ではね、です。
ばい。