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Chikirinの日記 このページをアンテナに追加

2008-03-04 この方向は正しいのか?

おとついの話の続きなんだけどね。ずんずんの言っていた皇室典範改正がらみの話ももちろん大きな問題で、今はいったん納まっている議論も遠からず再燃するとは思うのですが、多分それよりも先に実質的な問題が起こるよね。

すなわち「次の世代になった時、雅子さまが皇后として活動できるのか?」ってこと。これ結構問題でない?と思っているのだわ、ちきりんは。

★★★

だんだん回復してきたとかで私的外出はある程度できるようになり、日帰り公務も一部できるようになりました、と。だけど、この延長線上に宮中儀式を含めた公務をすべてこなす生活が来る(ある)と思っている人っているんだろうか?

そもそも“鬱病が治る”という概念は、「もとの生活ができるようになる」ということではないよね。ある人がある環境の元で暮らしていて鬱病になり、生活する気力を失ってしまいました、と。治るというのは「失った“生活する気力”を取り戻すこと」であって、「病の原因となった厳しい生活に戻っても全く問題なく生活できるような強靱な精神力を“新たに”体得する」ということではない。

人にはそれぞれ自分が耐えられる範囲が決まっている。プレッシャーにしても花粉にしてもね。その限度を超えたら病気になるのだ。病気がなおったら、そういう自分の苦手なものとは縁のない生活を選んで暮らすというのが基本なのだ。

と、ほんとは皆(特に医者は)わかっているよね・・・


しかも皇太子妃と皇后はかなり違う。

去年だっけ、終戦記念日に皇太子一家が自宅で子供会を開いて批判をあびたでしょ。確かに一瞬これを聞いた時は「ありえなくない?」って思いました。呼ばれた方の子供の親御さんも困っただろうな、と。

だけど皇室の人の当日の予定をみていると、秋篠宮だって娘と一緒に外国訪問してる。一方で天皇と皇后は慰霊祭に出てる。それをみて、ああやっぱ「終戦」だって天皇と皇后だけが背負うんだな、皇族全部じゃなくて、って思った。

それに、天皇と皇后はもちろん、秋篠宮夫妻の公務の量も尋常じゃない。皇太子夫妻だけ、今は相当、間引いた感じの公務スケジュールになっているが、天皇・皇后になって宮家より活動しないなんてありえないでしょ。

しかも、新天皇の即位ということになったら、そのための儀式の多さはすさまじい。いちいち体清めて髪を固めてとか必要だし。

つまりさ、鬱病がなおっても、皇后になれば今までよりも更に大変な規範と伝統の中で一生をすごすことを余儀なくされるわけで、とてもじゃないが、雅子様が(回復したからって)そんな生活ができるようになるとは思えない。繰り返すが鬱病が治るというのは、“前より強靱な人間に生まれ変わる”という意味ではない。

★★★

じゃあ、「雅子様は皇后になっても宮中儀式も公務しなくていいです。」って言われたら彼女は気が楽なのかといえば、そうでもないでしょ。

「自分がやらなくちゃいけないことができない」そのことへの自責の気持ちが人一倍強いからこそ今の病気になっているわけで、「しゃーないでしょ」と思える性格だったらこうなってない。

つまりさ、皇后になりまっせ、ということになったら、もうそれだけで(誰かがとりたてて何か意地悪なことを言わなくても、)また病気が悪化すると思うよ、ってのがちきりんの予想、なわけ。

しかも皇后になったら今みたいに3人でスキーだ、ディズニーランドだ、っていう精神療法を続けるのは多分とても難しくなる。今は他の人が公務を代わってくれているから雅子様とその家族は療法、療養に優先的に時間が使えるけれど、天皇・皇后ともなれば、多くの公務は他の皇族には頼めないものになる。(戦没者慰霊祭を秋篠宮夫妻に頼んで、自分たちは子供会というわけにはいかないだろう?)その上、私的なお出かけも含め、警備の厳しさも今とは較べモノにならない。


で、タイトルに戻るわけですが、現在の「少しずつ回復に向かっておられる」“だから”「この方向で」という方針はほんとに正しいのか????って気がするわけ。

なんつーか、もうちょっと抜本的なこと考えたほうがよいのでは?と。

「少しずつ回復に向かっておられる」“だから”「いまこそ抜本的な解決を!」なんじゃないかと思うのよ。“だから”でつなぐべきは。



このままいくとさ、“誰ひとりにとってさえ”ハッピーな結果は確保できない。本人も皇太子も周りの皇族も国民も宮内庁も医師団も、誰もハッピーとは思えない結論になるよ。

雅子様は皇后としての公務ができずに自分を責めて引きこもり、今の皇太子は天皇としての激務をこなしつつ、宮内庁や国民と家族の狭間で苦悩し、愛子様は不安の中に育ち、他の宮様には代理業務が押しつけられ、国民はなんのための皇室ぞと不満に感じ、宮内庁は責められ、医師団は無能とそしられる。

いまの方向、つまり「そのうち治って、公務が全部できるようになる」という前提で進むのは、結局上記のような悲惨な将来への道以外のなにものでもない、と思うのは、ちきりんの杞憂にすぎない?

他の人には「あと5年もすれば雅子様もすっかり回復され、皇后になられた暁には自信を取り戻し、すべての公務をこなし、有意義で楽しく人生を送っておられることでしょう。めでたしめでたし。」という姿が目に浮かぶんでしょうか?そういう可能性が一定以上あると思ってる???

ちょっとちきりん的には信じがたいのだけど。

★★★

そんな非現実的ともいえる楽観的な予測(前提)に基づいて「誰一人ハッピーにならない方向」へ突き進むよりは、「誰かひとりくらいハッピーになれる方向」で考えた方がいいのでは?というのが、ちきりんの考えなんですけど。


それはなにかって?


皇太子が皇位継承を辞退して、雅子様と愛子様と一緒に“臣下”に下るっていう案だよ。(完全に民間人になるか、宮家のひとつになるかは選択肢として残すとして。)


大胆すぎ!!!???


でも、それがいーんでないの?と思ってるんだけど。



ちきりんの考えはこーです。

(1)雅子様は今のお立場(将来の皇后)である限り、幸せに暮らせない。彼女が健康を回復できる唯一の方法は、愛子様と共に民間に戻ることだよ。

(2)皇太子様は、外からみている感じ、次の天皇という職責と雅子・愛子様の夫であり父であるという立場を、ほぼ同等に大事におもっていらっしゃるように思える。だったら、代替の効かない夫という立場の方を選ぶべきでは?

(3)天皇の方は誰が代替できるのかって?秋篠宮様が第二皇位継承者なんでしょ。彼でいーじゃん。そもそも皇太子殿下が夭折されてたら、ごく自然に彼がクラウンプリンスだったわけだし、そんな不思議な話ではない。

(4)秋篠宮家は男児もあるし、夫婦二人とも公務に熱心。彼らもハッピーでは?

(5)その方が「また病気になっちゃった雅子皇后」を心配し続けるより国民も宮内庁もハッピーでは?

と思うんだけどね。



どー?


無茶?



わかんない。でも、とりあえず今のところ、これがちきりんの私案です。


んじゃね。



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