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Chikirinの日記 RSSフィード

2008-04-26 国に泣きつく若者達

“朝生”が貧困問題をやっていたので録画して見ました。


出演者の立場はいろいろなのですが、中でも次のふたつのグループの意見の違いがおもしろかったです。

Aグループ:貧困問題をなんとかしろ派の人たち。当事者側と、その支援団体の人たち。

Bグループ:元日経の記者、元コンサル、経営者など。自由主義経済の担い手側の人たち。



中でも驚いたのは、Aグループの人たちが予想以上に国家頼りだったことです。

Bグループの人の意見はよくわかります。私も同じ意見で、意外感や違和感は全然ないです。

でも、Aグループの人たちの意見がここまで国頼みだってことは、今回初めて認識しました。


国頼みというのは、彼らが主張する解決方法のすべてが社会保障である、ということです。生活保護にしろ失業保険にしろ最低賃金の引き上げなどの規制強化策にしろ、とにかく「国がこうしてくれるべき」という意見ばっかりでした。

もっと言えば、消費税も法人税も所得税もどんどんあげてもいいから、社会福祉を今の倍とか 3倍とかにして充実させるべき!!という意見なんです。

完全に福祉国家、大きな政府指向。ってか、もっと言えば、社会民主主義、社会主義、共産主義の方が今よりよほどマシである、くらいの勢いでした。


そうなんだー!!!


ってかなりびっくりしました。


これってつまり、それだけ追い詰められた状況だってことだよね。ちょっと困ってるだけなら「スキルアップ」とか「再チャンス」とか言えるけど、「もうほとんど死にそうなのに、そんな悠長なことしてられません。とにかく金くれよ!」って感じ?

議論を聞いてて、若い人たちが国に金をくれ!と躊躇せず言えること自体に驚いたし、それくらい皆せっぱつまってるんだ、ってことにも驚いた。


これって、普通は反対ですよね。ホントは、自由競争に近いほど若い人に有利なはずでしょ。

たとえば原始社会だったら、若い人は獲物が獲得できるけど、脚力も視力も敏捷性も衰えた 50才の人は獲物を捕まえられない。

野原にひとつだけジャガイモが落ちてるとき、とっくみあいでそれを取り合ったら、20歳の人が勝つでしょ? 60歳の人を突き飛ばして、ジャガイモを獲得できるじゃん。

本来は規制がないほど、自由主義であるほど、競争主義的であるほど、若い人が有利なはずなんです。


だけど、自由なだけじゃ若い人しか食べていけないから、「いやいや、とっくみあいじゃなくて、じゃんけんで決めましょうよ」というルールを作る。で、弱者である年寄りも食料を得られるようにする。これが社会制度であり、規制であるはず、なんです。

なのに昨日の議論は・・・若い人がこぞって「税金あげてもいいから国に守ってほしい」といい、おじさんたちがみんな、口からつばを飛ばしながら「規制を入れすぎると社会の活力が失われ、競争に勝てなくなる!」と主張してた。


反対じゃね?


すごい違和感。


ここまで(本来圧倒的な強者である)若者が、弱者化されている社会ってどういうこと?


★★★


私の場合、自分自身を振りかえっても、もう若い子になんて勝てません。

思考力にしろ、判断力にしろ、集中力にしろ。体力以外だってほぼすべて、自分の中での比較においては、当然に昔の方が優れていた。

今の自分と今の若い人を比べても、若い子の方が何でもよく知ってるし、行動力にも溢れてる。年取って有利なのなんて経験だけです。それも、時代が変わるスピードが速ければ、経験なんて意味をなさないはず。

なのに、なんで若い人たちは、自由に勝負する方の制度を支持しないのか?


おそらく今の 20代までの人って、自由経済の下で「いい思いをしたこと」が一度も無いんだよね。だから自由経済って、自分に損な制度だと思ってる。

50代の人は高度成長は「日本は、ソ連ではなくアメリカ側についたからこそ豊かになれた」と痛感してる。だから自由主義に対する信頼が厚いんでしょう。


もうひとつは、今の日本は絶望的なほどに「年配者に有利な社会」なんだろうなということ。

本来的には圧倒的な強者である若者があきらめざるを得ないほどに、巧妙かつ盤石な、「年配者が有利な仕組み」をこの国は作り上げてしまった。


すごいことです。


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そんじゃね!



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2008-04-24 来た来た来た

全国紙の新聞各紙が昨年からこの春にかけて、文字のサイズを拡大しました。

ディズニーランド(あんどシー)が、60歳以上向けのパスポートの発行を始めました。

リクルート社が、“50歳以下お断り”の雑誌「コレカラ」を発行します。リクルート社初めてのシニア向け雑誌です。しかも名前が「これから・・・」

JTBの「ゆったりツアー」は「急に体調を崩されてキャンセルの場合は、キャンセル料が半額になります。」の特典付き。

★★★

来た来た来た!


って感じがするよね。


紙の新聞の広告って、最近「シニア向け商品」ばっかりなんだよね。ここ2年くらいそういう傾向。だってもう若い人は紙の新聞読まないのだもの。だから広告もシニア向けばかりになってる。クルーズ含むパック旅行 for 金持ちシニア、“紅葉を見に行くバスツアー” for 一般シニア、健康食品、白髪染め、などなど。

地上派テレビも一部の番組をのぞくと、一気にシニア層ばっかりが見る媒体になりつつある。若い人、一部のスポーツ番組しか見ないでしょ?

ので、次はテレビCMの内容が変わってくると思うな。「ナレーションがゆっくり」とかになるんじゃないかと。あと、○年後にはテレビのCMも「入歯洗浄剤」とか「補聴器」とか「電動ベッド」とか・・・そんなんばっかになってるかもよ?

駅やデパートのエスカレーターのスピードも、すんごいゆっくりになったりするんじゃないかな。ビルのエレベーターのドアとかも、ゆっくり開閉するようになったりとか。デパートでも、シニア向け売り場が増えたり、ちょっと一休みのベンチが増えたり。スタバも「ひらがなのメニュー」とか用意するとかね。これからは「グランデ」じゃなくて「大カップ」だす。




今までは「購買力」と言えば、20代から30代の独身女性あたりがターゲットだったのだと思うが、ここ数年はやっぱ「団塊」だよね。パッケージ旅行なんかも「ビジネスクラスが標準設定」で、ひとりあたり100万円みたいな値段なんだよ。クルーズも。夫婦で200万円???あの〜、それって若者の年収なんですけど・・って感じか。



日本はこれから若い人にとっては、“たるい”国になると思う。ある意味、スウェーデンみたいな国になるというか。

まあ、シニアの人は住みやすくなると思いますよ。去年法律ができてから、あちこちの駅にエレベーターが設置されたしね。

今は「普通のけーたい」の他に「らくらくフォン」がある、という構図だが、将来は、デフォルトがらくらくフォンで、一部の機種だけが「若者向け!に特別仕様!!」とかで売られるようになると思うよ。



「すべての税金はシニアのために!」

「すべての開発経費はシニアのために!」



ってことか。

んじゃ。

2008-04-21 格差世代

30代半ばで、誰もが知る有名企業に勤めるB君と話す機会があった。

この年代は大学を出る1994年〜2003年が就職氷河期で、非正規雇用のまま転々とする人も多く、ロスト・ジェネレーションと呼ばれている。ところがB君は「ロスジェネなんてありえない。僕なんかむしろ“金の卵”ですよ」と言ってた。

聞いてみると、確かに就職活動は厳しかったらしい。B君も一流大学の卒業生だけれど、OB訪問をしたら自動的に内定がでたバブル時代とは異なり、それなりにまじめに活動しないと内定はもらえなかった。

留年していたり、麻雀しかしてなかった友人の中には、大企業はすべて落ち、無名の中小企業に就職した人もいたらしい。

でも、元気ではきはきした好青年でサークルなどの活動歴もあり、学生時代から英語も熱心に勉強していたB君にとって、就職活動は「大変だったけど、頑張ればなんとかなった」というレベルだった。



で、「金の卵ってなに?」と聞くと、「今、僕らの世代は会社の中では金の卵扱いなんです」と彼は説明してくれた。多くの日本企業は、彼の前後併せて10年間くらい、極端に採用数を絞っている。だから世の中ではその世代で、正社員になれずにあぶれている人が多いわけだけど、反対に企業の中では、その層が圧倒的に薄くなっている。

最近は多くの日本企業が、実質的な仕事の担い手である30代若手社員の不足に悩んでいる。「数年前から景気がよくなってきて、仕事は忙しい。でも新卒採用を増やしてもすぐに仕事ができるわけではないでしょう? 30代半ばのマネージャーとして独り立ちできる一人前の人材が、圧倒的に不足してるんです。」

B君は続けて説明してくれた。「しかも僕らの世代は、上の世代より“でき”がいいんです。一つ上のバブル入社世代は大量入社でレベルが揃ってない。数が多いからポストも足りず、部下がいない管理職がごろごろいる。部下をもたないから、人を育てる、動かす、という、いわゆる組織スキル、管理職スキル、もっといえばリーダーシップを鍛える機会を与えられずに年をくってしまってます。」


「そんな先輩世代と違って、うちの世代はポストが余るくらい人が少ない。だから早くから年齢不相応に重要な仕事が回ってきてました。バブル期の人が40歳でやってた仕事を30歳で担当してたかんじです。なので仕事は大変だけど、おもしろいしやりがいがある。経験値やスキルも上がります。」

「それに僕らの世代は就職時に大変だったから、みんなよく勉強します。英語も自費で習ってるし、会計も週末に学びました。

年齢的にもう外では通用しないバブル世代と違って、結構外のチャンスもあるなあって思います。正直、自分がバブル就職組でなくてよかったと思います。僕だってバブル入社世代なら今頃ダメサラリーマンだったでしょうから。」


「会社は中途採用をしないの?」と聞くとB君の回答は、「“足りない世代”を外から補おうとするのは無理なんです。だって、この世代でまともな会社に入っている人はみな僕と同じです。仕事はおもしろいし待遇はいいし、誰も転職しようと思わない。」

「だから中途採用の募集に応募してくる人の多くが、不安定な職場で数年ごとの細切れの経験しか積んでなかったり、トレーニングも受けてない人達です。全然、訓練されてないというか。僕もよく面接しますけど、ちょっと同世代とは思えないほど未熟というか、なにも学んでない人もいます。」

「そりゃあそうですよね。どの企業も、彼らに成長機会を与えてこなかった。今頃、人手不足だから外から採ろうったって、派遣やら非正規雇用で働いてきた人たちじゃ、とてもじゃないけど即戦力にはならないです。というわけで、外からも補えない状況なんで、とりあえず、会社にとって僕らの世代はまさに“金の卵”なんです。」


ふーん、なるほどね。そんなことになってるんだ・・


しかも「僕らの世代は安泰です。」と彼は続ける。

「最近も新卒の面接にかり出されますけど、就職がここ数年楽になってるでしょ。だから受けてくる学生に覚悟がない。“あれはできますか?”“どういう条件ですか?”とか甘いことばっかり言っている。でも会社は人が足りないから、僕から見れば“ありえない”と思う学生にまで内定を出すんです。」

「自分の会社にこんなのが入ってくると思うと暗澹たる気分ではあるけれど、でも一方では、僕らの世代は本当に安泰だと思わされます。あいつらなら下から抜かされる心配もないですから。」


成果主義、実力主義の導入に伴い、B君の世代は、一つ上の“甘えたバブル入社組”をどんどん下克上している。会社も「実力さえあれば、バブル期入社のアホな先輩なんか追い抜かしまえ」と発破を掛けている。しかも、外部からライバルが入ってくるわけでもないし、下から抜かれる心配もしなくていい。「会社が存続する限り、僕らは“勝ち組確定”です。」B君は自嘲的にだけれど、笑みを漏らして語る。


「役員まではまず間違いないですよ。たぶん僕なんかでも。」

そんな大企業で、そんな若い年齢で・・・・そんなこと言えちゃうほど・・・なのね・・・びっくり。


「今度、海外に行かせてもらうことにしました。子供も小さいうちに行ったほうがいいし。交渉、とまではいかないけど、自分がどういう部署でどういう仕事をやりたいかという希望は、僕だけじゃなくて同期は皆どんどん積極的に会社に伝えてますね。結構聞いてもらえたりするんですよ。」

「転職? あまり考えません。一時的に給与が上がるところはあるだろうけど、最近は好景気でボーナスもいいし仕事もおもしろい。将来も高値安定が見えてますから。」

ちょっと気を許したのか、破顔のB君。


あまりにも「ロストジェネレーション」のイメージからかけ離れたB君の姿ですが、これが、数は少ないけれど実際に存在する「ロスジェネB面」とも言える人たちです。

★★★

B君にとって、「たまたま社会にでるタイミングが不況期であったために、俺たちは不遇に落ちた!」と叫ぶ同世代の人達はどう見えるのか、聞いてみた。

「時代が悪かったのは事実ですから、自己責任とまで言う気はないです。もちろん“一定の能力差”はあったんでしょうけど、他の世代に生まれてたらここまでの格差にはならなかったはず。そういう意味では、ロスジェネ世代は、日本で一番“格差が激しい世代”だと思います。」


なるほど。

「能力のない奴の遠吠えだ。自己責任だ」という意見と、「自己責任論なんてありえない。時代がひどいのだ」という両極端の両方の意見が“いずれも”この世代の人たちからでてくるのは、この格差の大きさのせいなのだろう。


しかし・・B君の余裕は、ものすごくいびつな余裕といえる。

同世代の多くの人たちは、正規雇用の場を得られないとか、得られた人も、ひどい抑圧にさらされて、身体的、精神的に傷つけられる。そういう人たちが同世代に多くいることこそが、B君の余裕につながっている。

「同期の大半が悲惨で、ロスジェネと呼ばれる世代に属しているからこそ、同世代にライバルがいない」状態になっているわけです。

多数決で、数が多い方に注目するなら、この世代は“ロスジェネ”です。でも、客観的、中立的に描写するなら、それはロスジェネではなく、「最も格差の激しい世代」と言うべきなんだと思う。


本当の勝ち組はバブル世代ではなく、ロスジェネ世代の中に存在してる。そして、この「同じ世代の中の格差と対立」は、一生継続する。彼らが40代になっても、50代になっても、そして60代を超えても。てか、年齢が上がれば格差はむしろ拡大するんだろうな。

現在でさえ驚愕するような格差があるこの世代は、“ごく一部の時代の勝ち組”と“大多数のロスジェネ”に分断されている。そしてそのふたつのグループの論争(能力か、時代か)を、私たちは向こう30年聞き続けることになる、んだと思う。


ふううううんん。

2008-04-14 再び「高い国」へ

紳士服のコナカの店長が過去2年の残業代支払いを求めて労働審判に申し立てをしたというニュース。この前のマクドナルドのもだし、特に現役の店長のまま申し立てる、という動きは、これからもあちこちの小売り、ファーストフード系、コンビニなど各種フランチャイズ店で出てくるんじゃないかと思う。

これ、どんどん訴えればいーさ!と思います。いやまじで。特に今は時流に乗っているから、全国に名前が売れているチェーン店なら一人、二人の訴えでもNHKのニュースに取り上げられる。会社側も変な対応はしにくいでしょう。それにこれから日本は若年層の労働力が逼迫といっていいレベルまで足りなくなる。今までのような劣悪な条件と環境では人が雇えなくなるだろう。会社側も裁判や審判を起こされなくても、それなりの待遇を労働者に提供していくことが、人材確保のために必要となる。


で、こういう動きが続けばどうなるかというと、基本はこれらの店が売っている商品やサービスの値段があがるだろうと思います。今の格安スーツも100円バーガーも、店長は管理職、という偽職の元にたかだか手取り20万円台で奴隷のようにこき使える人間が大量に存在することを前提に成り立っていた価格。彼らにきちんと残業代を払う、もしくは、普通の労働時間にする代わりに人員を増やす、ということをやれば、格安スーツの値段もバーガーの値段も2割はあがるんだと思う。


そーなるべきでしょう、と思います。


ちきりんは数年前から「日本はものが安すぎる」とずっと言ってきた。それなのに「一円でも安いものを求めて・・」という消費者行動は異常だと。

実際、上海なんて、日本で売られているものより3割くらい質が悪いものが2割くらい高く売られてる。そんなん変じゃん。別に日本は上海より安い国になる必要はないだすよ。

日本のその異常なデフレ傾向は、今問題になりつつある(主にロスジェネ世代からの)労賃搾取を前提として可能であったわけで、たとえば、夫は会社でむちゃくちゃな労働時間を強制されており、一方で、妻は一円でも安い醤油を求めてスーパーを何軒もはしごする、という滑稽な状況を生んでいた。

本来であれば、妻は十円くらい高くても気にせず家の近くで消費をし、それにより、各店が適正な利益を確保でき、そこから労働者である夫の残業代にまわるお金が確保されていたはずなのに。

★★★

なお、この仕組みは工場労働者には全く当てはまらない。数少ない工場を日本に残しているメーカーは、本気で請負偽装等々が取り締まられるようになれば、数年のうちに日本の工場を閉じて海外にそれを移してしまう。すなわち、日本は労働の機会自体を失うわけで、ここには「労働力の国際競争」という概念が成り立っている。

しかし、小売り、ファーストフード店での給仕サービスなど、サービス業に関しては、日本でその労働は提供される必要があり、海外に店を移すことはできない。唯一できることは、海外からの労働力の輸入であり、それは実際にアルバイトとして中国人留学生を雇うことで現実のものとなりつつある。

しかし、工場では研修生という名のもとで、中国人研修生が日本人労働者の3分の1のような給与で働いているのにたいして、コンビニでもレストランでも、中国人アルバイトと日本人アルバイトの時給をそんなあからさまに変えることは非常に難しい。(熟練という概念が浅いからだろう。)なので、サービス業に関しては国際的な労働力等価へのプレッシャーが働いても、賃金は数の少ない時給の低い方ではなく、圧倒的多数である(日本人の時給の)高いアルバイトの側に寄るってことになる。

物とちがって、「中国発デフレ」という状況が起こらない。とはいわないが、少なくとも起こりにくい。中国人留学生だって、日本で生活する以上、日本人の10分の1のアルバイト料では働かない。

★★★

さて、これらの裁判、労働審判等の定着により人件費があがり、加えて、原油、小麦、トウモロコシ等肥料の国際価格の高騰があり、ということで、今後、日本の物価は着実にあがっていくと思われる。


日本は再び「高い国」になるのだ。


この動きを、ちきりんは心から支持している。



収入の多い人は物が値上がりしても平気だろうけど、という人がいるが、そうではないだろう。年収の低い人だって、「支出のうち2割は不要」という人が大半でない?いらないものにお金使ってるでしょ?どーでもいいことに、お金使ってませんか?それやめればいいんです。必要なもの8割を、今の2割高い値段で買えばいい。なにも生活レベルが落ちるわけではない。無駄使いと無駄なゴミが減るだけ。家はきれいになるって。ゴミも減ってエコに貢献。一挙4得くらいですよ。

ちきりんはもう何年も前から「より安いもの」を求める買い物をやめている。高くてもほしいものだけ買えばいいからだ。ものを増やしたくないということに加え、異常な安さに気持ち悪さを感じてきたからだ。ミンチ系のおかずを外で一切食べなくなってからもう久しい。怖くて食べられないのだ。


そんなに安い国になる必要は、ほんと、ありません。


高くて、安心なものがあればいい。一円の安さを求めて飛び回るのはやめましょう。


「適正な値段を払う消費者がいて初めて、労働者が適正な給与を得られる。」のだ。


問われているのは、消費行動だ。経営でも労働でもなくてね。



ということで。ばい。

2008-04-13 男と女

少し前に求刑が行われ、再度世間の耳目を集めている例の事件は、ミーハーちきりんの超のつくお気に入り。そう、「セレブ妻が外資系エリートの夫を殺害、ばらばらに切断して・・・」という事件ね。“セレブ妻”も“外資系エリート”も“どこが?”ってのはさておき、事件の中身の方は非常に興味深い。


何がおもしろいって、双方離婚したがっていたのに離婚が成立せず、殺人に至っているってことです。なんでさっさと離婚しないのさ???ってのがわかりにくい。

たとえば妻はずうっと別れたがっていたけど夫が別れてくれないとか、その逆とか、んで耐えられなくて・・・ならわかるけど、このケースはどちらも別れたくて、しかも別れることになんの障害もなく見える・・・そんなん(殺さなくても)別れりゃいーじゃん!?である。

しかも片一方が怒りに震えて惨殺をするくらいもう一方のことを憎んでいたのに、やられた方はそれに気がついていなかった、少なくともそういう危機感をもっていなかった、ということです。

自分を殺したいと思うほど憎んでいる人と一緒に住むって、それだけで結構怖い気がする。安心して寝られる?本当に危機感があれば、別の家(愛人の家とか)で暮らしていたと思う。あの家に帰る必要はない。若い男性一人だよ、どこででも寝られます、実際。でも彼はあの家に住んでいた。彼女の異常な性格か、もしくは、そこまで高まった異常な怒りに、気がついていなかった、ということだ。

これも「なかなか気がつかないものなのだ」ということなのか。ちょっと不思議な気がします。

★★★

歌織被告は裁判でも一切反省してないと言われている。夫に対して「一切謝ってない」らしい。「正しいことをした」という姿勢なんだって。


そこまで憎むって、どーよ?


と思うよね。火曜サスペンス、土曜ワイドとかだと、「昔の恨みを20年も持ち続け復讐する」というストーリーがよくあります。この「自分の人生を無駄にしてでも、誰かに復讐する」というのは、相当の恨みがないとできないと思う。普通なら、さっさと離婚して気分悪いことは忘れて、新しい生活を楽しもう!と思うだろう。でも今回のケースでは歌織氏は、「たとえこれから数十年塀の中で暮らすことになったとしても」「殺してよかった」と思っているように感じます。

ここまでの恨みが「どーやって形成されるのか」というのが、すごい興味深い。世の中の大半の人は、そこまで誰かを憎むことはおそらく一生ないと思います。


歌織氏は以前、夫に殴られ鼻の骨を折られている。正面から男性に本気で顔面を殴られれば、そうなるのかもしれない。こんなことされて別居も離婚もしないこと自体、ちきりん的にはびっくりだが、実際にはこういう家庭はそこそこある。家庭内暴力を受けている女性の多くが、何度もその被害を受けている事実がそのことを物語る。一回鼻の骨を折られて離婚するなら、次の被害は受けなくてすむ。実際にはそうではない。

「殴られても殴られても、この人はあたいがいないとだめなんや」の世界なのか、「経済的理由」なのか「子供のため」かわからないが、まあ、そういう家は結構あるらしい。

しかし歌織氏の場合、子供のためではないし、経済的な理由も今ひとつ考えにくい。彼女は結婚直前まで住んでいたアパートの家賃をすべて愛人に負担してもらっていた。今回だって、誰かしら、その人の家に転がり込ませてくれる男性を見つけることはできたと思う。本気で探せばね。

なんでそーしていない?

なんで一緒に住み続ける??

殺したいほど憎い人と??

★★★

さて、ここからはちきりんのミーハー仮説。「単に別れりゃいーじゃん状況」が、なぜに「悲劇の惨殺になってしまったか」という“理由”に関する仮説。


「夫が、お金を惜しんだ」

最初はこれだと思った。

ふたりは歌織氏が鼻の骨を折った後、「公正証書」を作っている。今後、彼が彼女に暴力をふるったり浮気をしたりしたら300万円払うという内容で。そもそもこんな公正証書を作る時点で夫婦関係が成り立っているという感じはしないんで、そんなもん作るより別れろよ、と思うよね。かなり滑稽な夫婦ではある。

が、とにかくまずはこのために夫の方は「自分に好きな人ができたから別れたい」という言い方では離婚できなかった、のだと思う。300万円が惜しいか、用意できない、という理由で。(実際にはこれも用意できたと思うよね〜。惜しかっただけでしょう。)

反対に歌織氏側は「その証拠を必死で確保しようとしていた」わけです。電話の記録とか調べて証拠を集めていた。ただし彼女は殺人に走るわけだから、彼女にとってはお金は優先順位は高くない。しかし彼の方にとっては、お金が結構重要だった。

「300万円払ってでも離婚する」ではなく「300万円払わずに離婚する」ことを目的とするから、相手から離婚したいと言わせる必要があった。自分からは言えなくなった。関係が破綻していながら(殺される前に)離婚が成立しなかったひとつの理由はこれだと思う。片方が「離婚したい」と言えない状況だった、ということ。


一方、歌織被告の側からみると「夫が幸せになるのが許せなかった」ってことなのかな、と思う。離婚したら、夫には仕事があり、次の妻があり、それなりに幸せな生活が見えている。(自分だって離婚したら今より幸せになれる可能性は十分にあったと思うけど、それとは全く関係なく)相手が幸せになることが許せなかった、わけですよね、きっと。

したがって、彼を幸せにする可能性のある離婚を、彼女は望んでいなかった。彼女の望みは「相手が“自分と同様に”“できれば自分以上に”不幸になること」だった。


そう、ここで明確になったわけ。ちきりんは最初に「殺人犯と屍になるよりは、さっさと離婚すればいいじゃない?」と書いた。だけど、実際には夫も「離婚したい」とは言わず、妻も「夫が幸せになる可能性があるという理由で、離婚を望んでいなかった。」

ふたりとも離婚を望んでないのだから、離婚なんて成立しえない。当たり前っちゃ当たり前だ。しかし皮肉でかつおもしろい。


二人ともお互いを愛してもないし、一緒に生きていきたいとも思っていない。

しかし「ふたりとも離婚を望んでいない。」


おもしろいよねえ


とも言えるし、「そんな家庭はごまんと存在する」とも言えるか。

★★★

さて、その一歩前に踏み込んで考えてみましょう。

歌織氏は、なんで鼻の骨を折られる暴力をふるわれても結婚生活を続けることを選んだか。わけのわかんない公正証書まで作って、婚姻関係を続けようとしたか。

これが一番のポイントだと思う。そもそも封建時代の抑圧された時代じゃないんだよ。夫の暴力があっても堪え忍び、みたいな時代ではないでしょ。彼女だってそういう「耐える女」じゃないよね。なんで我慢する?なんでこの時点で離婚しない?


そこにはやっぱり「結婚で幸せになる」という呪縛があったという気がします。「なんらかの方法で幸せになる」ではなく「結婚で」「幸せになる」という「手段限定の幸せへの道」に彼女がこだわったのだ、と思います。

「結婚で幸せになる」ことが目的なのに、この馬鹿夫は自分を幸せにしてくれない。「結婚で幸せになること」が目的なんだから、離婚したらそもそも意味がない。「結婚で幸せになる」ことが目的だから、暴力と浮気をしないと約束させて「結婚生活を継続する道を選んだ」んでしょう。


だから彼女に、単なる浮気相手とか合コン相手ではなく「俺と結婚しよう!」と言ってくれる人が現れていたら、この悲劇は避けられたんだろうなあ、と思うのです。でもそういう人は現れなかった。彼女を「結婚で幸せにする」ことができる可能性のある人は唯一「現在の夫」である被害者だけだった。その「唯一、自分を幸せにすることができる立ち位置にいる人」がその義務を果たそうという気がない。それが許せなかった、ということかと。思います。

自分は鼻の骨を折られるけがをしても「結婚で幸せになるために我慢した」のに、この男はその義務を果たそうともせず、自分だけが幸せになろうとしている。「私の幸せ」を奪った男が「自分だけ幸せ」になろうなんて、ありえない!

これが「殺したことを後悔もしない」ほどの憎しみの元、なんだと思います。

★★★

夫の方は、相手が自分をそこまで憎んでいる、と全く理解していなかった。「彼女も本音では離婚したがっているんだろうが、自分が300万円を払わないと離婚には合意しないだろう。いやもっと慰謝料を要求されるかも。」くらいに思っていたんじゃないかな。

彼は「彼女の望み」が「離婚」でも「お金」でもなく、「自分が不幸になることである」とは考えていなかったと思う。

さらに、彼女が(鼻の骨を折られてさえ結婚生活を続けているということと併せて考えても)そこまで自分を憎んでいるとも全く想像できなかったと思う。


彼がとても単純だったとか鈍感だったというわけでもないだろう。ごくごく普通の男性と同様に、こういう女性のことが理解できなかっただけだ。「嫌な男と暮らし続けるより、大金もらって別れられたら幸せだろう、あいつも?」くらいに考えていたかもしれない。

だから彼女のいる家で酔っぱらって眠り込んでしまうことに「リスクがある」などとは全く考えなかった。彼女の怒る理由も「俺が浮気してるから」くらいに考えていただろう。浮気したからって夫を殺すような奴はいないし、あいつだってそんなアホなわけがない。

彼が彼女の求めるものが何か、気がつくチャンスはあった。それは「公正証書を作ってまで婚姻関係を維持することに彼女が同意(もしくは提案)した時」だ。なんで「そこまでして婚姻を維持したい」と彼女が考えたのか。そこをもっと深く考えていれば。そこまでして維持したいと思う婚姻関係に彼女が求めているものはなんなのか?と、もう一歩考えていたら。

「殴られはしたが、俺のことがやっぱり好きだから?」などと思っていたのだとしたら、ほんとうお笑いだ。ここで気がついていたら、彼の運命は変わってかもしれない。(離婚したら「二人とも不幸になる」という当時の状況であれば、歌織被告も離婚に合意したかもしれない。)

★★★

そういう意味では、300万円を惜しんだ彼がこの夜、たとえ「1000万円払うから離婚してくれ」と提案していても、同様に殺されていた可能性はある。この段階まできて、彼が殺されないですんだ方法はあるのか?

彼女が望んでいることを理解し、「結婚で幸せになる」ことを実現してくれる誰か別の男を見つけてくる、もしくは、彼女がそういう人と出会うように助ける、それを待つ、ということしか方法がなかったと思う。上の仮説で言えばね。


そんなの無理だよね。

残念でした、という感じか。

★★★

まとめるとさ。「彼が殺されない結末にいたるシナリオ」がありえるのは、以下の3点で違う行動をとっていた場合だ。

(1)彼女と結婚しなかった場合。

(2)殴って出て行った彼女に戻ってこいといったら「公正証書を作ってくれたら戻る」と言われた時点で、「この女やば。やめよ」とピンときていた場合。

(3)離婚するためには「相手に結婚相手を見つける必要がある」と理解し、その手はずを整えたり、待ったりしていた場合。(それ以外では、自分が「彼女と同じくらい」不幸になるしか、彼女が納得する道はないと理解して)





後になるほど、過ちのリカバリーは難しい。


という、あまりにも一般的な結論だ。


ふむ。


そんじゃね。

2008-04-07 春ごはん

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写真は本日の夕食。家にあったトマトが熟してきて“ぶちょぶちょ”になりかけていたので、鶏肉とキャベツと一緒に炒め煮にしてみました。ニンニクと黒胡椒を利かせて白ワインもたっぷり入れてみた。春らしいさっぱり味に仕上がって満足。しかも超簡単。調理時間10分だぜよ。

ちょっと忙しいので、またね!

2008-04-06 Exit

石原都知事の肝いりで設立された新銀行東京。

予想通りずうっと大赤字なんだけど、その累積債務解消のため更に 400億円の税金を投入するという。これ、都民の多くが「もうそんな銀行、早めに潰した方がいーんでないの?」と感じてるよね。

だってそこまでして、銀行だらけの東京にこんなしょぼい銀行を残す必要がある? しかもみんな、どうせ今回の 400億円だけでは済まないとわかってる。

最終的には 1000億円以上をドブに捨てることになるかも。


これにたいして怒っている都民はたくさんいる。

けど、そういう人達が働いている日本企業の多くも、たいてい同じような判断をしてる。

どう考えても見込みがない事業にたいして、なんとかテコ入れし、中途半端にリストラしながら事業をなんとか継続しようと努力する。


(旧)カネボウも、会社が崩壊するその時まで粉飾決算を続け、紡績事業を手放さなかった。

“企業全体が倒産するほうが、特定の事業から撤退するよりマシである”とでも考えてるかのようでしょ。

戦争の時の判断もそうだったのかも。国が滅びそうにならないと降伏しない。


西欧の企業は全くちがいます。

たとえばイギリスの“Boots”という雑貨・ドラッグストア、10年くらい前に日本に進出してきましたが、2年くらいで撤退しました。

カルフールも 3年目くらいで撤退の方向を決めています(実際の売却までは 5年)。

米系の金融機関でも、赤字が数年続くと「部門ごとクローズする」のはよくある話。

日本企業と欧米企業では、この“引き際のタイミング”が大きく違う。


さらにいえば“撤退をとにかく避ける”という傾向は個人も全く同じです。

跡継ぎもいない零細企業の経営者でも、会社を誰かに売るなどとは考えもしない。文字通り“倒れるまで”自分で経営する。


夫婦関係においても、「だめだ・・」と思ったら躊躇せず離婚する欧米と、

「まずは修復しよう」とし、それでだめでも「本当に我慢できないか、もう少し様子をみてみよう」とか言い、くわえて「何年間か冷却時間をおいて」離婚する日本。


仕事選びでも同じですね。

「この仕事じゃないよ、オレの人生の時間を投資すべきは」と思えば、入社一年後でもすぐに転職する欧米にたいして、「石の上にも 3年」の日本。

私はこの理由のために、日本人には投資が向いていないのでは?と思います。


私の周りで投資している人の多くが、「いつ売ればいいのか」を知りません。

「買う決断」はできるけれど「売る決断」ができないので、損を引きずったままひたすらに待つ人が多い。

だから日本では貯金や保険が(投資より)人気があるのかも。

だって貯金なら(投資とちがって)「撤退」のタイミングを考える必要がないから。


とにかく日本の組織や人って、ほんと“EXIT”ができず、引き際のタイミングが常に遅い。


★★★


なぜこんなに“EXIT”、もしくは“撤退”ができないのか。

企業に関して言えば“解雇”の法的困難さが理由のひとつでしょう。部門や工場をクローズすると、働く人の処遇に困るから撤退が遅れる。

あと、契約概念が希薄ってのもある。

欧米なら工場進出にあたって自治体から優遇措置を受けても、契約書に撤退条件も明記してある。

でも日本では企業城下町の企業と自治体は運命共同体で、工場撤退は“仁義問題”になっちゃう。


その他にも、日本の組織・個人が“撤退が苦手”な理由があります。


(1)リーダーさえ変化を望まない

赤字続きでも思考を止め、惰性に身を委ねて昨日と同じことを今日も淡々と進める。これってとてもラクなんだよね。

何かを変えるには多大なエネルギーが必要で、誰かが泥をかぶらないと大きな変化は起こせない。

世界ではこの「泥をかぶってでも、変化を起こす人」をリーダーと呼ぶわけで、企業においてはトップ経営者がその役目を果たします。

工場ひとつ閉めるだけでも、経営者の仕事はものすごく増えるし、ましてや事業部門をクローズするのは、気が遠くなるほど大変。


高齢になってから“社長の順番がようやく回ってきた経営者”にしてみれば、そんなことには手を付けたくないのが本音。

だけど欧米では、「ものすごく大変だが、企業価値を上げる仕事を遂行すること」の対価として経営者報酬は支払われてる。だから、「大変だからやりたくない」では済まない。

株主も「変化は嫌い」などという経営者を許さない。そういうガバナンスが効いている。


実際のところ、昨日と同じことをやり続けるだけなら企業には経営者はいりません。

しかし日本には“大きなことは何も決めない”経営者が存在し、株主もそれを許してしまい、その代わり経営者報酬もたいして大きくありません。

つきつめていえば「リーダーとは何する人ぞ」という概念が違うのでしょう。

欧米では「変化させる人」こそリーダーですが、日本では「できるだけ混乱を起こさないこと」がトップの責務。

だからリーダーまでがやたらとソフトランディングを選びたがる。


(2)止めることを問題視する道徳観

大半の学生は就職の時、「会った人がいい人だった」みたいなほとんど意味のない理由で会社を選びます。

そんな適当な理由で入った会社なのに、辞めるとなるとやたらと悩む。

「こんなに早く辞めたくなるなんて、自分の頑張りが足りないのではないか?」と考える人までいます。


でも本来、生まれて初めて選んだ仕事が、自分の人生を賭けたい仕事であった、などという“運命の出会い”は、起らないのが普通です。

そうじゃなく、年齢や経験に応じて仕事を変えながら「これだ!」と思える仕事に辿りあえばいい。いくつか経験することで、だんだんと自分のことも、やりたいこともわかってくるんだから。


なのにこの国には、く「たとえ適当に始めたことでも、簡単に辞めてはいけない!」という道徳観があります。

周囲もやたらと“速断すべきでない”というプレッシャーをかけます。

辞めること(止めること)は「逃げ」とか「根性がない」とか言われ、続けることに、止めることより高い道徳的価値が置かれてる。


(3)“終わり”に情緒的な意味を持たせる美意識がある

「有終の美」や「散り際の美学」という言葉が象徴してるように、日本には「終わりに美しさを求める」傾向があります。

この“美しい”という概念がまた意味深なのですが、だいたいのところでは「たとえ負けても、やせ我慢する」ことが“美”と捉えられています。

武士は食わねど高楊枝、的な美しさ。負けるくらいなら皆で腹切りする美しさ・・・

これが日本文化だというなら、それはそれでいいです。

しかし経済、経営、投資などの分野には、全く向かない考えです。


Exit戦略

という言葉があります。

欧米の企業にとって終わり方は「戦略」です。

「ここぞ」というタイミングで「これしかない」という終わり方を、積極的かつ主体的に選ぶ。そのため常に「どう終わるべきか」を考えています。

それは一定の基準にそって、きちんと決断される「ビジネスとしての終わり方」であって、美しくて郷愁に溢れた映画のエンディングとは異なります。

一方、日本人の多くにとって“最後”とは特別な“涙と感傷の幕引き”であって、そこに「美」の概念さえ求められます。


しかし、そうやって「美しい終わり方を求めて、合理的な撤退の判断を避けに避けたあげくに、仕方なく一つだけ残った選択肢の形で終わるその終わり方」は、本当に美しいものでしょうか?

主体的に終わりを選ばないことで、結局は“無残で無念な敗退”を迫られているのでは?

この「終わり」に合理的な意味以外の何か、「非経済的な、精神的な重要性」を求める考え方は、とにもかくにも「ビジネス」の世界には向いていないと思います。


f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium

そんじゃーね。


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2008-04-05 タイムマシーン

木曜日・東京都千代田区丸の内

きらめくビル街。都会の夜景を一望できる高層ビルのテラス席。東京駅のライトアップがすごくきれい。こじゃれた中華小皿料理を出す店で、ちきりんは、40代の半ばを迎えるA君と食事をしていた。


「ほんとに俺の子か?と思うぐらい成績悪いんだよね」とA君は今、お受験をしている息子のことを話し始めた。A君自身は日本の最高学府を卒業して、丸の内に本店を構える金融機関に就職した。日本中がバブルに酔いしれるなか、その頂点で浮かれに浮かれまくっていた金融業界に身を置き、贅沢な駐在員生活を経て、今もそのレストランが入っている、日本でトップを競うほどにおしゃれなビルの高層階にあるオフィス棟で働いている。


「でもまあ最近は、子供は反社会的なことさえしない感じで育ってくれたら御の字って感じじゃない?」とお気軽ちきりん。

「まあね。たしかに親を殺す子供とかになっちゃう気はしないしな」と。


話は仕事の話へ。彼は新卒で就職して以来一度も転職はしていない。けれど会社のほうが様々な時代の変化の中で浮遊し、ぶつかり、彼の名刺の会社名は何度となく変わっている。また新しい名刺を出しながら「秋にはもう一度名前が変わる予定だから」と彼は笑った。

「もう何が起きてもだいたい大丈夫。どういう時にどう動けばいいか、全部のパターンの危機について学びましたから」と自嘲的に微笑みながらビールを飲む。悲壮感は全然ない。自分の人生を横から見ている。ちきりんがよく使う視点だ。


彼が家を構えるエリアは偶然にもちきりんが住んでいるエリアに近接している。「時々あのファミレスでごはん食べるんだ。家族全員で」と彼がいう駅前のファミレスにちきりんは入ったことはないけれど。


6時半という驚くような時間から飲み始めた私たちは12時前に切り上げ、彼は「荷物があるから」と言い、オフィス棟に戻っていた。

割り勘:ひとり5500円

★★★

金曜日・東京都港区六本木

家庭料理にとてもよく似た“飲み屋料理”を出す小割烹


「自分の時間の3割をあきらめるなんてマジでできるんでしょうか?」

結婚することに(結婚したいと公言しつつ)躊躇を重ねる30代前半のA君は自問している。


タイムマシーンで十数年先から戻ってきたちきりんは言う。

「今の時代、結婚だけならいつでも戻れるんだから、とりあえずやってみたら?」と。今日もお気軽ちきりんである。だが実際、子供がいても「戻る」ボタンを押す人は増えているわけで、そこまでなら昔と違ってリセットするのはもう珍しくもなんもない。


「でも子供がいないなら籍入れる必要なんてないでしょ?」

「でもとりあえず結婚したら、それが自分のやりたいことだったかどうか体感的にわかるじゃん。頭で考えててもわからないよ」とちきりん。


とりあえずやってみたらいーんじゃないかと繰り返すちきりん。「大丈夫だって、あたしは昨日、あんたの15年後と会ってたんだから。ちゃんととっても幸せそうだったよ!」って心でつぶやく。

割り勘:ひとり1万3千円(2軒目含む)

★★★

「あの人も、タイムマシーンでやってきてたんだ」と、昨日ちきりんは気がついた。

そう、ちきりんも何十年か前に、ある人に会っていた。その人も、タイムマシーンにのってやってきた人だったに違いない。あの時既に、彼は今のちきりんと出会っていて、今のちきりんを知っていた。だから・・


人生の岐路について悩んでいるちきりんに彼はいった。

「なんでそんなことがしたいんだ?」と。「全然つまんないよ」と。

既に今のちきりんとも会っていた。だから、あんなに確固たる口調で言い切ったのだね。あの時に。




神様はちゃんと啓示を与えてくれている。きっと悩めるすべての若者の前に、タイムマシーンに乗ってやってきた人生の先輩が現れる。ん〜、いや、人生の先輩という感じじゃない。その人は単なるメッセンジャーにすぎない。


想像力を燃料にして動くタイムマシーンにのってやってくる、未来からのメッセンジャー。



巧くできているのはね、最初に会った時にはわからないようになっている。その人が未来からのメッセンジャーなのか、たんなる知ったかぶりのおっさん(おばさん)なのか、わからない。それは10年くらい後にわかるわけ。「ああ、あの人が、」って。

誰が未来から来ているか。見分けられないからおもしろい。


じゃ