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Chikirinの日記 RSSフィード

2008-10-29 名前隠すのはなんでだっけ?

先日、“格差の頂点を実感しよう”的な意図で麻生さんの巨大な邸宅を見に行こうという企画があったみたいです。その時、渋谷の街中で“皆さん、見に行きましょう!!”みたいに叫んでいたリーダー格?の3名が公務執行妨害の現行犯等で3名逮捕されたそうです。

この件に対しては、単に歩いてただけ、んなわけねーだろ、等々いろんな議論がありますが、まあことの本質は下記エントリに書いたことだとちきりんは思っています。イラク戦争に自衛隊を派遣するべきか否かで世間で大きな論争があった頃に書いたエントリなんだけど。


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20051210



書いてる主旨としては、日本の警察には(他国もかも)、「違法な行為をした人を逮捕する」のではなく、「逮捕したい人を逮捕する」という基本原則があるってこと。

なので大事なことは、違法行為をしないように気をつけること(だけ)ではなく、“警察に目をつけられないように気をつけること”が必要だってことです。

というわけで今回の3人(もしくは3人の所属する団体)もそういう人(もしくは団体)だったんじゃないのかな?というのが、ニュースを見た時のちきりんの第一印象(“仮説”とか呼んでもいいが・・)です。

つまり今回の騒動が無届けデモかどうかとかどーでもよくて、この3人が最初から警察からみて「逮捕したい人」だったんでしょ。もしくは「あの団体、調子に乗りおって。一発やったるか」的な団体が絡んでいたか。


で、この仮説が正しいかどうかを検証するためには、この3人の経歴が必要になるわけですが・・・経歴どころか名前さえ報道されてない、ように感じるのですが、ちきりんが見逃していますか?今はもう報道されている??

不思議だよね。コンビニ強盗でもなんでも逮捕された成人って必ず名前がでますよね。職業もでるでしょ。○○○○(○○歳、無職)とか報道されるじゃん。いわゆる通院歴ってのがないかぎり普通はすぐに報道される。なのに今回は・・


本人達は黙秘をしているようですが、逮捕したんだから持ち物だって見られるわけで、どこの誰だかわかってんじゃないの?それとも(本人達が名前を含め)黙秘している限り(実質的にはわかっていても)報道しないの?


名前や経歴が報道されない理由は、

(1)警察もまだこの3名の氏名等がわかっていない。

(2)警察はわかっているが、本人達が黙秘しているので発表しない。(If so, why?)

(3)警察はわかっており発表しているが、マスコミ側が報道していない。(If so, why?)

(4)報道されているが、ちきりんが見つけていない。

のどれなんだ?


(1)だと上記の仮説が崩れるよね。その場で適当にリーダーっぽい人を選んで逮捕したってことだもんね。


また、警察側と違う方で、彼らの所属する団体の人達は少なくともこの3名が誰だかは確実に分かっているわけでしょ。でも、

(5)その3名の氏名を隠したまま、救援活動を行っている。(If so, why?)

(6)3名の氏名は開示しているが、それが報道されていない。(If so, why?)

(4)報道されているが、ちきりんが見つけていない。

のどれなんだろう?

多分(5)っぽいんですけど。

それとも本当に“ネットの呼びかけで集まってきた”“誰も名前もしらない誰か”が逮捕されてんの??まじかな??もしそーだとすると、それはそれですごいことなんですけど・・


そういえばネットにあがってる画像も結構きちんと顔の部分にぼかしをいれてあるんだよね。

確かに昔からああいう労働争議系のデモをしてる人って皆、顔を隠すよね。ヘルメットにマスクにサングラスみたいに。今回の“顔をぼかす”作業もその流れにある考え方なんだと思うのだけど、あれはなんのためなんだ?何が顔を隠す理由なの?

親が悲しむから??

写真を撮られて後から警察写真や尾行に使われるから?

実は後から大企業の面接でも受けて就職したいと考えているから??



なんのために顔隠して、名前も言わないの?



世の中にはまだまだわかんないことが多い、というか、ちきりんが知らないことが多いわ。


んじゃね。

2008-10-28 料理の便利グッズ

今日は“ちきりん的 今年の大ヒット商品”のご紹介。それはゴム手袋です。


これ↓


使用例はこんな感じ↓

f:id:Chikirin:20081028211806j:image



ちきりんは数年前から韓流ドラマにはまっており、その中にでてくる韓国料理に興味をもち、そもそも料理するのは好きだったので、自宅でも韓国料理を作るようになりました。韓国料理のレシピの中には、“ごま油を揉み込む”的な作業が頻繁に登場するのですが(代表的なのはナムルとかね)、これが素手でやると結構ややこしい。

なんでかってーと、手がやたらぬるぬるし、爪の間にまでごま油が入る。それを落とすために洗剤で手をごしごし洗う必要があり、手が荒れちゃう。ので“ナムル作るのやだべ”みたいになってしまう。

でもお箸で混ぜると“揉み込む”感じにならない。“混ぜる”と“揉み込む”のは全然ちゃうのです。で、どーすんのよ?と思って何度も韓国ドラマのDVDを繰り返して見ていたら、ナムルを作る時に手袋をしているじゃん!ってのに気がついた。おーあんなもんが存在するんだ、手袋はめてやるもんなんだ、と理解した。

最初はそんなの日本には売ってないと思ってたから、「ナムル用手袋を買うためにソウルにでも遊びにいくか」とかいうアホみたいなことを考えていた。

しかし、“んなわけ、ねんじゃね?”と思い直した。んなもんくらい日本でもあるだろーと。で、探したら・・あった。ほお。用途は別用途ですけどね。問題ありません。

手袋って、厚いゴムのカラーがついたやつ(庭仕事や風呂掃除、洗濯用)のと、ぴらぴらの透明の“平面を2枚貼り合わせただけ”のやつ(手にフィットしないので細かい作業ができない)しかないのかと思っていたら、この写真のように透明で薄くてゴム臭はあまりしなくて、手にある程度フィットする(細かい作業もできる)、しかも格安(使い捨てできる)のをちゃんと日本でも売っていましたね。

というわけで、ナムルは最近あまり作らなくなったのですが、ミンチ料理をする時には非常に便利なのでよく使っています。というのが上記の写真ね。



ちきりんは“まとめて料理派”なので(ってか、平日は仕事の後に下ごしらえから始めるのは不可能)、ミンチ料理もいろいろまとめて作って冷凍します。このときは、レンコンのはさみ揚げと、ピーマンの肉詰めを一緒に作り、残ったのはニラ肉まんじゅうにしました。

f:id:Chikirin:20081028211756j:image

f:id:Chikirin:20081028211747j:image


下味はつけてありますが、食べる時はたいてい“みょうが醤油”で食べるのがちきりん流。これはミョウガの千切りを醤油につけ込んで漬けタレとして使うもの。大人の味で、応用範囲が広く何にかけてもおいしいです。(辛子醤油の代わりに使う感じ)


冷凍&解凍がおうちで気軽にできる時代に生きていることは本当にありがたい。


それにしても日本はご飯がおいしい国だわね。


じゃーね。


2008-10-27 橋下知事を叩くということ

大阪府の橋下知事ってホント毎日叩かれているよね。よくここまでやるなあというくらい。

そして例によってネットでは(もちろん叩く記事やブログもあるけれど)同時に、その背景を詳説したり異なる見方を提供する論調もたくさんある。

既にあちこちで指摘されていることではあるけれど、そしてまた橋下知事の件にとどまらないのだけれど、ここのところ、この“既存大手マスコミの論調”と“ネット上での世論”の乖離があまりにもパターン化していることに驚く。いや、反対か。驚かなくなっている、という方が正確かも。


既存権力者(団塊世代前後)の広報言論機関である大手マスコミにとって、30代の“若造”が知事という自分たちより“上の”ポジションを獲得するなど“あってはならないこと”だ。一日も早くこいつを“経験の足りない、考えの足りない若造であり、知事になるなど100年早い。”と世間に知らしめなければならない。それが(団塊世代の広報機関たる)マスコミの使命である。という姿勢があまりにも鮮烈だよね。

まあもちろん今時紙の新聞をありがたがって読んでいる人は、そういう年齢の人ばっかりなのだと考えれば、“お客様が喜ぶ記事を書く”というのは当然なのかもしれないけれど。


一方で大手マスコミは、たとえば横浜市の中田市長(38歳で初当選。その前は衆議院議員。現在でも44歳)や神奈川県の松沢知事(46歳で神奈川県知事、その前は衆議院議員)の活躍についてはゼロとは言わないまでも、ありえないほど書かない。

神奈川、横浜という日本でもかなり大きい行政団体の舵取りは、このご時世においては非常に上手くいっているし、この二人は地方行政団体の首長としては橋下氏同様とても若い部類に属するのだが、既存マスコミから見れば“若くてもここまでできる”などということは決して大大的に報道してはならないこと、って感じなのかもしれない。


このマスコミの姿勢は徹底していて、安倍総理の突然の辞任には「総理になるのが早すぎた」「一国のトップとしては若すぎた」と“年齢”にタグ付けする一方で、福田総理が同じ行動をしても「やっぱり年寄りはあかん」などとは決して報道しない。

既存マスコミがあまり好きではない石原都知事に関しても、彼を叩くのは常にその思想や行動についてであり、彼の年齢(76歳)にはまずタグ付けしない。彼らにとっては「“76歳の知事”はごく普通、当然&自然なことだが、“30代の知事”ってのは妙でおかしなことである」らしい。その感覚が普通だと思うの、変じゃないか?

もしも石原さんが橋下さんと同じ年齢だったら、やっていることが同じであってもその報道のされ方は全く異なったものになると思う。前に橋下知事が勤務時間中にジムに行ったとか叩いてたけど、石原都知事はそもそも週に2日か3日しか都庁にこないじゃん。若くてこんなことしてたら何を言われるだろう、って思うだよ。



これはその昔、女性に職場を奪われそうになった男性が使った方便と全く同じだ。当時、女性一人が3年で会社を辞めると「だから女はアカン」といい、男性が同じことをすれば「あいつは根性がない」と言っていた。“女”は一般化され、“あいつ”は男性一般からは切り離された。

比較的若い人の失態に関してはできる限り“その若さ”“経験不足”と結びつけ、“若い世代全般”への批判につなげようと努力する一方で、高齢の人の失態に関しては常に“個人のとんでもなさ”に基づく報道を行う。

民主党の偽メール事件ってのがあったでしょ。あれも同じだよね。“やっぱり若い執行部ではダメだ”という論調をマスコミは民主党の古手リーダーと利害を共有して作り上げた。あれ以来、民主党の若手は党内選挙にさえ立候補できなくなってしまった。


マスコミが橋下知事を必死で継続的に叩きたがるのは、彼個人の資質の問題というより、“30代で日本3番目の県の知事になるなどという例を、決して成功例として終わらせてはならない”という強い意志、強固なミッション、が彼らにあるからだ。

こういう“さりげなく一般化し、さりげなく貶める”というのは権力者側の常套手段だが、ネットという反対側の層を代表するメディアの出現により、本来さりげないはずの偏りがあまりにもあからさまになってきてしまっている。というのが現在起こっていることなのかもしれない。

★★★

ところで、この「顧客の中高年化」という問題はマスコミだけではなくすべての商品に起こりうる。食品でも工業製品でもなんでも昔から「日本のトップブランド」であったものというのは高度成長期に団塊の世代+αに支えられて伸びてきている。それらのメーカーの商品の中心的顧客は皆高齢化している。

そのため多くのメーカーが「いかに若い顧客を取り込むか」に腐心している。一番わかりやすいのはトヨタ自動車だろう。皆がカローラに憧れた時代に会社の基盤ができた。しかし中心顧客はどんどん高齢化する。それにあわせて高級車を投入するのはいいが、それだけでは限界がある。「なんとか若者に好かれたい!!」というトヨタの努力は(実りが少ないだけに余計)涙ぐましいものがある。

別にトヨタだけではない。ほぼすべてのメーカーが「高齢化した顧客」だけにしがみついていては危ない!という危機感を持ち、どうやったら若者が引きつけられるか、苦労&努力しているのだ。


なのに


新聞はじめ、マスコミって「なんとか若者に気に入ってもらおう」という努力を全く感じないよね。“30代なんかではまだ全然何もわかってないですな”っていう世論を作るのに必死で、高齢者にこびまくり続けるのみ。これはいったいなぜなんだ??


そう、よく知られているとおり。彼らの利益源が顧客ではなく“広告主”だったからですよね。既存マスメディアってのは「報道メディア」ではなく「広告メディア」なのだ。

で、広告を発注する側の大メーカーや広告代理店の権限保有者は中高年世代がずっと握っていて手放さなかった。だからマスコミの顧客は、消費財メーカーの顧客より、10〜15年くらいは世代交代が遅れてるってことなんだと思う。



昨日グーグルのシュミットCEOがテレビ(アメリカの)でインタビューに応えていた。質問は今回の金融危機がグーグルの成長に与える影響だった。「人員カットは予定がないのか?」と聞かれていたよ。シュミット氏は慎重かつ誠実に応えていた。

で、その中でこう言っていたのがおもしろかった。「今回の不況によって広告のネット移行が加速するかも」って。

なるほどと思ったよ。企業は不況になれば広告などの効果が計りにくい経費をまず減らし始める。これは過去のデータも揃っている話だ。しかし今後は、経済状況が厳しくなればなるほど“どんぶり勘定”のマス媒体から広告効果の計測しやすいネット広告へのシフトが加速する可能性がある、と彼は言ったのだ。

この発言自体、グーグルの検索連動広告の“巧い広告”だとは思うが、確かにそういうことは起こりえるかもしれない。

そして(日米を同じに語るのは、特にスピードの面では難しいところもあるのだが)、広告が本格的に既存マスメディアからネットにシフトをすれば、世の中は本当に大きく変わる。まず既存マスコミはふたつの選択肢を迫られる。


オプション1:トヨタを始め他の企業と同様「いかに若者を取り込むか」を真剣に考えざるをえなくなる。(もしくはいかにして海外で勝負できるようになるか、と)

オプション2:座して死を待つ。


どっちを選びそうか、すごいわかりやすいが。


★★★


もとい。

何が言いたいかというとね。


大体世の中というのは、皆がひっくり返るほどびっくりすることが起こると、何かが構造的に変化するものだ、ってことなんです。戦争にしろ、技術革新にしろ、恐慌的な経済危機にしろ、何かどでかいことが起こると、様々なものの進む方向が大きく変わったり、方向は同じだが圧倒的な力で次の段階に押しやられたり、する。

これって自然の世界でも同じだと思うのよ。氷河期が始まったり、大きな地殻変動で大陸が分離したりすると、生態系が大きく変わり、地球上の主役が交代したり、今まで繁栄を誇っていた者が絶滅したりする。


今回の世界経済の大混乱で一番おもしろいのは、これだけのエネルギーを伴う地盤変革が私たちの暮らすこの現代の社会を、世界を、いったいどう変えていくのか、何が新たに出現するのか、何が消えていくのか、という点だと思うのだ。ちきりんにもまだ全く見えていないけれど、これだけのエネルギーがあれば、必ず相当大きなことが変化するだろう、ということはわかる。






既存マスコミのことは、もう放っておこう。彼らは毎日忙しいから。そう、橋下府知事を叩くのに毎日毎日忙しい。今度は勤務時間中に喫茶店に行くかも?とか、また誰か弱者っぽい人を泣かせるかも?って朝からずっと見張っている必要があるからね。年収1200万円の記者さんが。

もうこんな人達、放っておいてもいいじゃないか。





大きなエネルギーというのは、正であっても負であっても、すばらしくおもしろいものなのだ。次の10年、大きく変わっていくだろう世の中を皆様一緒に楽しみましょう。

混乱万歳!


そんじゃーね。




-----------------

追記)このエントリの解釈についてのエントリは下記。

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20081223

2008-10-26 円高の背景解説(関西弁編)

以下ネタです。

★★★

アメ君とユーロちゃんはデュオのシンガー。グループ名はザ・セイヨー。欧米を中心に長らく活動し、かなーり稼いできた。貯金もたっぷり。

今までは資産をドルとユーロに分散してスイスの銀行に預けてきたがスイスの国自体が破綻するかも?スイスの銀行が危ない?などという噂を聞き、急遽資産の緊急避難を検討することになった。


アメ君「うちはもうあかんわ。ブッシュはやる気あらへんし。ドルはやばいで。」

ユーロちゃん「うちかてもうあかんわ。スイスの銀行がどーのこーの言われてるなんて信じられへんわ。イギリスも喧嘩しとるし。ユーロはそのうち仲間割れが始まるでぇ。やっぱりあかんな、統合通貨なんて。誰ぁれも責任もちよらへんし」


アメ君「ほな、どないする?俺らの金、とりあえず一部でもどっかの国に移した方がええやろ?どこにする?」

ユーロちゃん「えー、ロシアはどない?サブプライムで傷ついてないし石油高で潤ってるらしいで」


アメ君「あかんあかん。今は友達みたな顔してるけど、あんな国信じられるかいな。サハリンプロジェクトで何やったか見たやろ?ルーブルなんかに替えたら、預け終わった段階でいきなり猫ババされるで。しかも文句言うたら暗殺や。」

ユーロちゃん「ああ、暗殺は怖いなあ。ほんなら中国はどない?通貨は“元”て言うらしいけど。ちきりんさんが中国はそのうち立ち直る、言うてたで」


アメ君「あそこもあかんて。法治国家ちゃうやろ。いきなり法律替えて、外人の貯金は全部没収とか言いかねへん。返せ!って強ぅ言うたら、「チベットのこと、ごちゃごちゃ言わへんゆうて約束したら返したる」とか言うで、絶対。あんなまともなルールのない国に大事な金、預けられるかいな。」

ユーロちゃん「ああ、言われてみればそうやなあ。返してゆうたらいきなり為替レート変更とか言いかねへんなぁ。ほな、どこにする?」


アメ君「インドはどうや?」

ユーロちゃん「あんたも甘いな。インドなんかあかんて。あそこの通貨はルピーやけど、大事なもんは何もルピーでは買えへんねやで。道ばたでカレー食べるんはルピーで食べられるけど、高級ホテルや宝石はドルかユーロやないと受け付けてくれへん国や。そんなインド人も信じてないような通貨に変えてどないするん。意味ないで。」


アメ君「確かにそーやな。インド人でルピー貯めとる奴みたことないわ。ほなどこや?」

ユーロちゃん「BRICsの残りと言えば、ブラジルやけど?」


アメ君「あかんあかん。あんなん今はちょっと調子ええこと言うてるけど、なんやゆうたらすぐにインフレや。8個くらいすぐにゼロ取りよるで。そんなんなったら1億ドルが一瞬で1ドルや。中央銀行がまともに機能してない国に金預けるなんてありえんで。」

ユーロちゃん「ああ、確かにそうやなあ。インフレは怖いわなあ。ほな、身近なところでカナダドルはどないなん?アメ君とこに近いし、あそこなら大人やろ?」


アメ君「あかんあかん。カナダなんかアメリカの一部や。アラスカより近いねんで。アメリカが倒れたら一緒に終わりや。あそこは半分フランス語使こたりして文化的にはなんや独自性もあるけど、経済に関しては全然半人前や。アメリカなしではやっていけへん。」

ユーロちゃん「ほなどないするん?他に国言うたら・・ああ、アラブはどない?石油が下がったゆても今一番豊かな地域やで。」


アメ君「アラブの通貨って何や?聞いたことないけど・・」

ユーロちゃん「ほんまや。どんな通貨があるかも知らんわ。レアルとかテロルとかリヤルとかそんなんちゃうん?」

アメ君「そんな聞いたこともない金によう替えんわ。それにあの辺、通貨なんかあんまし価値ないんちゃうん?多分石油、ドル、真水、ポルシェ、リヤルの順に価値が高いくらいちゃうか?」

ユーロちゃん「そうか。あそこも結局はドルで生きてるエリアなんやな。現地通貨の価値がないようなとこに投資はできんわなぁ。ほな、どないするん?ああ、私らのハーフの“オーストラリアちゃん”はどない?」


アメ君「あそこもなあ。カンガルーと資源と食べモンしかないからなあ。これからは厳しいでえ。不景気でエネルギーも余るしな。産業も人口もない国はお先真っ暗や。」

ユーロちゃん「ああそうなん。ほな、どないするんよ。もう地球の大半の検討が終わったでぇ」


アメ君「ええっと、後残っとるんは、アフリカ?ありえんやろ。アジアは韓国はまたIMFや言うてるしな。・・・あっ!」

ユーロちゃん「あっ!!」

二人、顔を見合わせる!!!



「円や!!」


というわけ。



ネタですよ、ネタ。

じゃね。

2008-10-25 これから世界でおこりそうなこと列挙

どこまで下がるのよ、株価・・・金融市場に関して言えば本気で1929年に近づいてきたよね、


なんだけど、前も書いたように問題は実体経済側への影響。*1正直まだ(実体経済側への影響は)余りでてきてないなあ、という気がしてます。

金融市場に対比して言えば、実体側はよく持ち堪えてる。ただ問題はこれがどこまで踏みとどまれるか、という点。こっちに影響が出始めたら、マジでみんな不安感が高まると思うので。


ちきりんは経済学は専門ではないのでとりあえずここで使っている言葉の“ちきりん定義”を書いておくと、

金融市場=株価とか、為替レートとか、金利とか。もしくは銀行とか証券会社とか保険会社とかに関するお話。

実体経済=雇用(失業率&新規雇用)とか、ボーナスや給与とか、売り上げや利益額とか、金融以外の事業会社に関するお話。

とゆー程度の違いで語っております。

★★★

で、注目すべき期間の“くぎり”としては、

第一期:今から年末まで

第二期:年明けから春過ぎ(梅雨時)まで

第三期:梅雨明けから来年の秋まで

の3期に分かれます。次の期間のシナリオは一つ前の期間のシナリオによって変化する、という意味で。まあロールプレイングゲームでいうステージみたいなもんです。



で、次は何が起こりそうか、ポイントになるか、震源地のアメリカから見てみると。


金融市場側がこのまま下げ止まらないと、まずはいくつか危ない会社が飛ぶかもね、と思います。アメリカだと象徴的なところでGMとか。地銀や中小の保険会社もやばいと思うんだけど、金融機関の場合は州にしろ政府にしろなんらかの方法で受け止めるんだと思うんです。AIGみたく。

だけどさすがにGMみたいな事業会社に公的資金使って潰さないってのは(欧州ならありえるけど)アメリカはあり得ない気がする。“おいおい皆して今から共産主義かい”ってな感じでしょ。

GMみたいなのが飛ぶとイメージ的にも大きいし、部品等の供給会社など、結構広範に“一緒にとぶ”会社がでてくると思います。販売会社系も全滅だからね。雇用への影響も大きい。


で、もうひとつは全体の雇用状態。日本と違って雇用をきちんと切る国ですから失業率がどこまであがるか、というのがポイント。10%から20%の間のどの辺まであがってくるか。もしかして20を超えてくるのか?ってのが“やば系ライン”。

失業者が増えると住宅ローンのデフォルトが止まらなくなるのと、個人消費が落ち込むので影響が大きい。特に個人消費に関しては、金融セクターへの依存度が高くないカリフォルニア等でも注目だと思います。だって多くのIT企業やバイオ企業、それらに投資する企業の人達は「株で」儲かってきたんです。別にITで儲かってたワケじゃないでしょ。

グーグルだって利益は伸びているが、グーグル社員がプール付きの家やセクシーなコンバーチブルを買ってる頭金はたぶん持ち株の一部売却じゃないの?って感じだし、その家に入れる高級家具や車で出かける先のレストランの支払いは、含み益分を仮想に使ってただけなんじゃないかな。給与分での消費貢献度なんて全然小さいと思うけど。

というわけで、個人消費がどこまで落ち込むか。ここが次のポイント。報道だとクリスマス消費のことがよくいわれますが、それよりはむしろ車、大型家具や家電のような大きめの消費がどこまで落ちるかがポイントだと思う。


もうひとつの注目点はアメリカが他国をどこまで切り捨て始めるかってこと。これは失業率の上がり方によると思うんだけどね。あの国は失業率が高くなると政治的な“政策”が必要になる国なので。*2


他国のことを切り捨てるという意味は、自由貿易or自由経済をやめるってことです。

ここんとこアメリカはずうっと自由貿易化を強力に推進してきたわけですが、いきなり“中国の市場開放しなくていいから、うちにも持ってこないで”とか“移民はみんな自分の国に帰れ”とか言いだしかねない、と思います。

それどころか“為替の自由取引の一時的な制限”とか言いだしてもちきりんは驚かないよ。今後“世界は自由主義経済をどこまで堅持できるか”ってのが問われると思います。


というわけでアメリカ経済に関して言えば、

(1)象徴的な事業会社の破綻が起こるか。続くか。

(2)失業率がどのラインまで上昇するか。

(3)個人消費がどこまで落ち込むか。

(4)自由貿易、自由主義経済制度をどこまで堅持できるか。

が注目点かな。

★★★

日本はですね。


明らかに起こるのは、

・消費低迷

・売り上げ低迷

・個人所得低迷

・雇用抑制(非正規雇用は大幅削減)


ここまでは確実に起こります。非正規雇用市場は悲惨なことになると思う。自動車工場の期間工なんて全部切られてもおかしくない。正社員だけで十分、というところまでいくのでは?

今まだ日本の工場で作られてるものってのは高付加価値のもの、つまり欧米を中心とする世界市場で中の上層に売れているものなのよね。

株価下落ではその層が今一番傷ついてるわけですから、その価格帯のものはホント売れなくなると思う。代表例が大型テレビとか高級車。なので、こういった輸出商品を作ってる工場で働いてる派遣、契約系の職の方は大きな影響を受けるでしょう・・

そうなると当然サービス業、オフィスの派遣需要、軽作業系の派遣需要も相当程度の減少があると思います。若年層への社会保障が非常に薄いこの国。

昔と違って派遣や契約の仕事で世帯を支えている人も多いことを考えると、ホームレスに陥る方が急増したり、失業率が10%を超える水準まで上がるということも起こりえる。今までちょっと日本にはなかった光景になってくるかもしれません。

前から書いているように、この国では“いったん正社員になっている人の60歳までの雇用”というのが“超最優先かつ超最優遇”なので*3、しわ寄せがすべてそれ以外の雇用(新規、定年超、派遣、期間契約等)に行くってことだと思う。反対にいえば大企業の正社員職にいる人は、ボーナス減はあるけど例によって雇用はある程度守られるんでしょう。


が、正社員だってボーナス含め所得はあがりませんので(ってか下がり気味になるでしょう)、消費低迷→売り上げ低迷も止まらないと思う。百貨店系なんてもうアウトじゃない? スーパーでさえ厳しいと思います。

アパレル、家電、車、家具、外食、どれも消費がとまる(マイナス成長になる)と思います。医療、介護、福祉などの場面は悲惨な例がいくらでもでてくると思う。セーフティネットがお粗末だから・・

ただ日本はアメリカと違って“ゆっくりした国”なんで、だいたい年末から来年春までかけて“じわじわ”わかってくると思う。年末までの2ヶ月くらいは日本で“やばい感”が実感できるのは“金融市場だけ”なんじゃないかな。


日本でのもうひとつの注目は、どこまで会社がとぶか、です。今年は異常なほどたくさんの不動産会社(デベロッパー等)が死んじゃいましたが、不動産関連業界の破綻はまだまだ続くと思います。

今までに逝っちゃったのは開発したマンションを一棟丸ごとファンドに売っていたような会社です。でもこれからは個人に売るために開発していた物件も動かなくなるでしょう。

高額物件は購入予定者の大半が金融市場で大損こいてるし、一般物件についてもわざわざ値段が下がりつつある時に買おうという人は少ないでしょ。というわけで不動産業界では一般の会社にも広く危機が忍び寄ると思います。

中小企業の倒産はその他の業界にも拡がると思いますが(しかも広範な業界において)、それがどの規模、レベルになるか。ここはまだ見えないけど、かなり深刻な予感はします。

だいたい不動産が動かないと家具とか家電とかも動かなくなる。小金貯めてた人は皆大なり小なり株でやられてるから消費する気分になれなさそう。

お金のない人はボーナス、もしくは雇用が危ない。これじゃあ誰もおおっぴらに消費しようという気分になれない。ということは、個人消費が停滞しまっせ、ってことです。

それもあわせ消費が低迷するってことはどの企業もモノが売れず利益がでない。そうすると銀行からお金借りる必要がでてきますが、貸してもらえないとアウトになります。銀行は株が下がってますから資本が足りなくなると貸せなくなります。すると“とぶ”。どーする、どーなる?


というわけで、日本での注目は、

(1)非正規&新規雇用市場がどこまで壊滅的になるか?

(2)中小企業の倒産(不動産業界+その他業界)がどこ程度起こるか?

です。ただしタイミングはアメリカ+3ヶ月後、です。


なお、地銀とか弱小金融系は危ないところたくさんでますが、これは国が助けるんでしょ、ということで。

★★★

中国は?


ちきりんは中国に関しては極めて楽観的です。日本も高度成長の最後の方に2度の石油ショックに見舞われ経済成長が一時的にストップしました。プラザ合意による急激な円高でも輸出系製造業を中心にひどい苦境が訪れました。

でも結局どっちも乗り切ったじゃん。


上昇エネルギーが一定以上ある国(時代)は、大きなことがあれば一時的にはショックを受けますが、それを飲み込んで次の一歩につながる、ということだと思います。


たとえばオイルショックにより日本の技術は大きく方向転換し、製造業の生産性は画期的に上昇しました。円高の時も同様です。どこで何を製造するか、それまでは全く検討されていなかった製造体制が一気にグローバル化したのです。

中国も同じです。アメリカへの輸出で成長するのは当面無理だ!となれば、その需要を国内で喚起しようという動きになるでしょう。成長する国のエネルギーってのは負をも正に変える力がある。そこが強いところです。

日本の場合、海外への輸出が減る分を日本で需要喚起するなんてとても不可能ですが、中国なら可能です。以前いただいたコメントにも書きましたが、中国全体で言えばまだまだ家やマンションも、ビルも、車も飛行機も電車も、家具も家電も、遊びも教育も、衣服も夕食のおかずも、必要です。実需があるってのは強いことなんです。

しかも中国は国内にそれらを供給するための資源も全部もってます。今までみたいな放漫な作り方では資源はたりなくなるけど、生産性が高まれば全くないわけではない。そういう技術が進む方向にいくだしょ、って思います。

あと中国の問題は銀行の抱える多額の不良債権なのですが、こちらも日本のあの頃と同じかな。誰かが強制的にあぶり出すまでは隠せると思います。つまり“日本の90年代”が中国にもくる可能性はあるけど、それはまだ先の話かなと思います。そもそも為替も自由化してないんだから強いよね。自由のない体制は管理が圧倒的に簡単。

なので、BRICS全部とは思いませんが、中国を含む一部の国は“金融市場”は死にますが実体経済は問題ない(短期的な落ち込みに落ち着く)と思います。


アラブとロシアは?

また今度。


というわけで、世の中は結構暗いかも。

なのでとりあえず、毎日おいしいご飯を食べられることに感謝して生きることにしましょうね。

あと、よい子のみなさんはちきりんブログなんて信じないようにね。超適当なこと書いてますから。


ではでは・・・

2008-10-23 コリン・パウエル氏の絶望、その深さ

昨日のインタビューの中でパウエル氏は、マケイン氏に決定的に失望した理由としてペイリン氏の副大統領候補指名を挙げた。

ペイリン氏はアラスカ州知事とはいえ、アメリカにおけるアラスカ州知事なんて日本における杉並区長みたいなもんなわけで(大阪なら八尾市長くらいか)“いきなり副大統領は無理やろ?”と皆が思った。この人は単なる辺境の一地方のおばさん政治家に過ぎず、“ゴミの分別を徹底しましょう”くらいの行政政策には適した人だが、国防やら米国経済の舵取りを担当するにはいかにも力不足であった。

そんなことは百も承知のマケイン陣営がそれでも彼女を副大統領に指名した理由は明らかだ。オバマ氏は民主党の候補者となるまでにヒラリーと五分と五分の熾烈な戦いをやっていた。マケイン陣営は、ヒラリーを支持した大量の“女性票”を民主党から奪いたいと考えた。だからこう言った。

「あなたたちが熱望した女性の大統領の夢はオバマに潰されたのでしょう?でも、共和党に投票すれば“女性の副大統領”は実現しますよ!しかも、オバマを見返せますよ!」と。


この作戦は最初ほんのちょっとだけ成功したかに見えた。


彼女の化けの皮がはがれ始めたのはあまりにもひどい応答内容。たとえば、石油価格高騰で経済的に立ち直ったロシアが、再度アメリカの仮想敵となりつつある現状についての意見を求められて、“ロシアはアラスカのお隣さんよ。仲良くしなくちゃ”みたいな脳天気な回答をしてみたり。

これにリーマン破綻から始まった金融危機がとどめをさした。彼女にこの難局を乗り切る手腕は全くない。世界中の人がそう思った。


★★★


でも、世間よりももっと早く、このペイリン氏の副大統領候補指名に衝撃を受け、怒り、絶望した人たちがいる。

そのうちの一人がパウエル氏だ。


(いや、見たわけじゃないけど・・)


なぜパウエル氏が失望したか。それはマケイン氏が「人気を得るための道具として女性を利用した」からだ。



アメリカにはアファーマティブアクションという考え方がある。今は賛否両論があるが、一時期はかなり広く支持されていた差別問題解決策のひとつだ。簡単に言えば差別を受けている人、たとえば女性やマイノリティの受け入れ枠を設け、できあがりの比率を最初に設定してしまう、というような方法だ。

大学は女性を最低限○人入学させる、黒人を○人、ヒスパニックを○人入学させる、という感じ。公務員的な仕事もそうする、みたいに。

この方法では当然それぞれのグループ内で“異なる競争率”が存在する。名門大学を受けられるような成績の黒人が非常に少ないエリアにおいては、黒人であれば白人よりも圧倒的に一流大学に入学しやすい、ということが起こりえる。

この制度は、「逆差別だ」と怒るマジョリティ側の人間からも、そして実はマイノリティ側からも評判がよくない。これはちきりんの友人も言っていたけれど「どんな努力をして得たものでも、“いいよなおまえは。肌が黒いからこの大学に入れて”と言われてしまう」からだ。

「何をしても色眼鏡で見られる。血のにじむような努力をしても、ずるいと言われるんだ。あんな政策一刻も早く廃止して欲しい。」ってちきりんの友人も怒っていたよ。ライス氏もアファーマティブアクションには反対している。「自らの経験からいって効果がない。」と。確かに人の2倍も3倍も頑張って逆境を克服し、恵まれた立場の白人よりも高い成果を残してきた人たちにとっては、余りに失礼な政策だったのだろう。


そして、おそらくパウエル氏だって、ずっとそういわれ続けてきたに違いない。白人の同僚達にとって「コリンが俺たちより早く出世するのはアファーマティブアクションのために決まってる。」という言い訳を用意できることは自らの精神の救いになる。

そしてそんなことをほのめかす同僚達をパウエル氏は“一発殴って”きたわけではない。彼はいつだって「そうだね。確かに不公平な面もあるよね。でも僕も一応ちゃんと努力したんだ。」と静かに話してきたのだろう。


★★★


ペイリン氏は、女性でなければ副大統領候補に選ばれることはなかっただろう。マケイン氏は、「女性にもチャンスを与え、女性の能力も認めている、寛容な白人男性」になるために、“能力はなくても女性であるという理由で”ペイリン氏を選んだ。


ちょっと考えてみて欲しい。


もしもオバマ氏がヒラリーに負けていたら、もしもヒラリーが民主党側の候補者だったら、マケイン氏はどんな人を副大統領に選んだだろう?



黒人の若者か?


能力はないけれど“肌の色が黒い”という点だけで選ばれる、40代の黒人男性だったのだろうか?いかにも何も知らない、無知で無能な若い黒人男性が現れて副大統領候補になったのだろうか?




「俺たちはおまえ達のおもちゃじゃねえ」



というパウエル氏の心の声が聞こえるようだ。




パウエル氏が失望したのは、ペイリン氏の無能さではない。マケインのくだらない判断でさえないかもしれない。彼が失望したのは、未だにこの国において、国のトップの座を目指そうとする人が、黒人や女性やマイノリティの“その他の人たち”を、自分の人気取りのために、自分の寛容さを示すために、おもちゃにしようとしていることだった。

「誰でもいいのだ、肌が黒ければ」「誰でも同じや、女やったら」

この傲慢な態度に必死の努力をして這い上がってきたパウエル氏は絶望したのだ。

と思うわけ。



黒人や女性を「自分を売るための飾りとして使おうとする白人達への絶望」を彼は感じたのだ、と。





★★★



もうひとり、このアラスカのおばさんの起用に絶望したであろう人がいる。



それはヒラリークリントンだ。彼女もまた、ひとつの歴史の扉を開くために何年も何年も想像を絶する努力をしてきた人だ。

大統領在任期間でさえ、たかだかホワイトハウスにいる間だけでさえ、下半身のコントロールもできないアホな夫の醜態を、笑顔を振りまいて耐え抜いてきたのは、いつか米国初の女性大統領となるという野心があったからこそだ。

保守的で伝統的な家族観が支持されるアメリカで大統領候補者になるには、「苦況においても常に夫を支え続けた妻」という姿が必要だったからだ。自分の大統領選の応援をしてくれる“元大統領の夫”が必要だと思ったからだ。だからあんな屈辱を受け入れて、耐えて、頑張ってきたのだ。


それなのに、自分の票を横取りするために選ばれたのは、買い物かごをさげて近所のうわさ話に興じるレベルの田舎の主婦のような人だった。


ヒラリーにとって、マケイン氏の判断はどう映っただろう?


「女であれば、それでいいのさ」「中身も実績も努力も、なんも関係あらへん」、とマケイン氏とその参謀は考えたのだ。「ヒラリーの票は、このおばちゃんでいただけるぜ。だってどっちも同じ女やろ?」と。「ヒラリーとペイリンに何の差があるって?何もないよ。」と。



ヒラリーの絶望が想像できるか?



人生を賭けて必死の努力を何十年も続けてきた人たちのその思いを、マケイン氏はばっさりと切り捨てた。


強者にとって弱者がどれほど見えにくいものなのか、これらの件はすごくよく語っている。


★★★

共和党の古い世代の白人指導者達が、“女子供と有色人種”をどのように見ているか、あまりにも明確にマケイン氏は世界に示してしまった。

そして、当然この“女子供と有色人種”には、ちきりんも、お殿様の麻生首相も、中国の胡錦涛主席も、アラブの王様も、含まれている。ってか、地球上の人口の9割以上が含まれている。



「おまえらは飾りである」

とマケイン氏は、考えた。



「飾りをつけたら、モテるんじゃないか」

とマケイン氏は、考えた。


「女を副大統領にしよう。国務長官は黒人の候補者を探しといてや」と。「オレは多様性を支持しとるんやで」と。





パウエル氏も、ライス氏も、ヒラリーも、みんな絶望したと思う。実力で頂に上り詰めようと血のにじむ努力をした人たちは皆深く深く傷ついたと思う。

その絶望の深さが、慎重に慎重を期して生きてきたパウエル氏をして、オバマ氏支持を明言させたのだ。




とちきりんは思っている。






終わり



★★★

アフィリエイトにしてパウエル氏の自伝を紹介してたら140円くらい儲かってた?



追記)ペア記事なんで昨日のエントリもよろしく!(営業)

2008-10-22 コリン・パウエル氏の希望、その深さ

コリン・パウエル氏がテレビのインタビュー番組でオバマ氏を支持すると明らかにした。ちきりんも録画を見たけれど、その熱意と覚悟に満ちた彼の話し方にちょっと感動したよ。パウエル氏のとても深い希望を力強い言葉から感じたから。

パウエル氏は黒人として初めて米軍(制服組)トップと国務長官を務めている。これは大変なことだ。アメリカってのは人種差別を公式に廃止したのさえ40年ちょい前ってくらいだから現在71歳のパウエル氏がどのような環境で育ってきたかはいうまでもない。

ちきりんが彼の自伝を読んだのはもうずいぶん前だが、その中の一節は今でも忘れられない。彼は、新婚旅行に(当時の他の多くのアメリカ人と同じように)車で米国内を回った。しかし数時間の荒野のドライブの後に見えてくる小さなドライブインを兼ねた街にあるレストランはどこも黒人を入れてくれない。

食事はかろうじて買ってきて車や原っぱで食べることができる。しかし、新婚の若い奥さんが使うことが出来るトイレが見つけられない。ドライブの途中、彼は一日に何回も人が隠れるくらいに育ったトウモロコシやらサトウキビなどの畑の周りを走り、奥さんが用をすませられる場所を探した。

これが彼の新婚旅行の思い出だ。


軍の教育機関で、白人の同僚達がパウエル氏に意見を求めてくる。「ここはアメリカだ。自由の国だ。資本主義の国なんだ。ソビエトや中国のように、国がすべてを管理する国ではない。レストランを所有するオーナーが、自分の私的所有財産であるレストランに誰を入れて、誰が入ることを拒否するかは、個人で決めていいことだと思わないか?」と。「黒人としての君の意見を是非聞きたいんだ。」と。

白人の将校候補達には何の悪気もない。彼らはただ現実に無頓着で、無知なだけだ。

パウエル氏は「もしあなたが新婚旅行に行ったとして、奥さんのためのトイレが見つけられず、トウモロコシの畑を見つけ、万が一にも誰かがこないように一日に何度も見張りをしないとならないとしたら、それでもこの国が自由の国であることを本当に誇りに思えるかい?」とその同僚に問いかける。

同僚達は、言葉を失う。



ちきりんが感動するのは、この彼の悲しいほどの抑制力だ。普通だったら「同僚に一発お見舞いする」というのが当然だとは思わないか?まずは一発殴ってから「馬鹿野郎、何にもわかってないくせに!」と怒鳴りつければよい。

しかし、もしも彼がそういう方法で物事に対処する人であったなら、彼が“黒人初の”軍トップにも国務長官にもなることはなかっただろう。

怒りにまかせて怒鳴っても、いやたとえ一発殴っても当然の場面でも、きっと彼は常に怒りを抑えてきたのだ。あまりにも理不尽な物言いにたいして、常に冷静に「あのね、よく聞いてね」と反応してきたのだ。

だから、

彼はあそこまでたどり着けた。



その彼が、自分が政権に採用されていた共和党の候補者でないオバマ氏を支持すると表明した。

彼自身非常に人気があり、過去には大統領候補にも副大統領候補にも名前があがった。しかし「暗殺される可能性が・・」という家族の声もあり断念している。彼自身も躊躇するものがあったのだろう。「オレはどこまで希望をもっていいと思うか」という自分自身の問いに、彼自身で答えを出した。それが国務長官であり軍トップの立場であったのだろう。「これ以上を望むべきではない。」それが彼の決断だった。

しかし、その夢を叶えてくれるかもしれない若い候補者が現れた。民主党からだ。


それでもパウエル氏がオバマ氏の支持を打ち出すのは、このぎりぎり土壇場のタイミングだ。もうどう考えてもオバマ氏だよね、と米国中が思い始めてから支持を口にする、のだ。この慎重さ。これが今回ちきりんが再び痛感させられた彼の成功の理由でもある、その自己抑制であり、悲しいとも思える習性だ。

この慎重さがなければ、彼はここまで来れなかった。これまでの彼の「生きるための方策」である、“決して飛び出さない。決してリスクをとらない。決して白人に正面から刃向かわない”という姿勢が浮かび上がる。


たとえばもっと早く“オバマ氏支持”を打ち出せば、オバマ氏が大統領になれなかった時に、彼は大きく傷つくリスクを負う。周囲の人はこういうだろう。“やっぱりあいつは大統領になりたかったのだ。だから黒人候補を応援したのだ。”と。しかし彼はそういうリスクはとらない。だからオバマが間違いなく勝つ、という情勢になってから、発言した。

しかもパウエル氏は今や71歳だ。彼にとって「ようやくリスクをとってもいいかもしれない年齢」になった、ということなのだと思う。今彼が50代であったなら、この先まだ何十年も白人社会において密かな野望とともに生きていく必要があるタイミングであれば、たとえこの土壇場であっても、彼はオバマ氏支持などという危ない主張をテレビで述べることはなかったかもしれない。


★★★

もうひとり。

コンドリーザ・ライス。パウエル氏についで黒人として国務長官の座についた。

子供の頃から卓越した脳力(能力)を発揮していた天才少女は、自分よりずうっと“頭が悪く視野が狭く世間知らずで単純”ではあるが、一方で、“大統領を父にもち、白人で、南部のエネルギー利権を牛耳るブッシュ家に生まれたジョージ”と自分を“つなげる”ことで、トップの座を目指した。

彼女もまたその冷静な慎重さがあったからこそ、ここまでこられた人だと思う。

彼女は結婚しておらず、米国では“家族の日”であるクリスマスをブッシュ一家と過ごすのだという。それが彼女の選んだ生き方なのだ。




彼女が“黒人かつ女性初の大統領”として、オバマ氏と同じ道を歩む日は来るであろうか?

それとも彼女もパウエル氏と同じように、「自分はどこまでを望むべきなのか、どこまで望んでもよいのだろうか」と考えるのだろうか。

彼女はまだ54歳。まだまだ先がある。パウエル氏と同じように「オバマ氏を支持する」などとは(たとえ今、共和党の大臣でなかったとしても)言える年齢ではない。そんなリスクをとれる段階には来ていないのだ。



★★★

ヒラリークリントン氏は、最初から最後まで前向きだった。「米国は私を大統領に選ぶべきだ!」と大声で叫ぶことができる。そのことが、「正論であれば、真正面から大声で主張すればよいと教えられて育ってきた人達の特権的な行動」であるとは気がつかない。アメリカでは「誰でもそうやって」主張していると思い込んでいる。


バラック・オバマ氏の功績はまさにそこにある。

「米国は私を大統領に選ぶべきである」と彼は正面から主張している。パウエル氏にもライス氏にもできなかった行動だ。そしてそれは、ブッシュやヒラリーが“当然として”行っている行動だ。



パウエル氏71歳

ライス氏54歳

オバマ氏は47歳。


これが時代の進み方か。



彼が正当で適切な手続きのもとで、大統領になることを期待します。

(意味:暗殺されませんように)


そんじゃーね。

2008-10-21 書いてて勉強になってるかも・・

ちきりんブログを読んでくれてるリアルの友人の何人かが、こう言ってくれた。

「オレ、ちきりんブログに書いてあることを、あたかも自分の意見みたいにして他の人に言ってるんだよね。ネタ帳としてよく使わせてもらってます。」って。

これってありがたいことだよね。だって“自分の意見のようにして他人に言う”ってことは、理解・納得・同意してくれてるってことに加え、「価値あることだ」と思ってくれてるってことだから。とてもありがたいと思ってます。


もちろんちきりんも、いろんなブログやネット上の記事からネタを仕入れることはあるのですが、昨日感じたのは、「このブログのコメント欄ってかなり役立つよね」ってこと。

先日のノーベル賞の話とか昨日のトピックとか、頂いたコメント読んでてすんごい勉強になりました。それに“思考が進む”のよね。

たとえば、“医者にならない医学部生”にたいしてちきりんのような外部者の耳に入る言葉としては「税金で勉強しておきながら!」というのが一番多いのです。だから昨日のエントリを書いた。でも昨日の「どんだけ手間かけて育ててやってんのか、わかってんのか?」というご意見とか読むと「税金なんて言うより、こっちのほうがよほど説得力あるじゃん」と思います。

じゃあ、なんでそっちの理由がクローズアップされないんだろう?

っていう“次の疑問”が出てくるわけですよね。こういうの“思考が進む”と呼んでるわけですが、それが「なんでだろ、なんでだろ??」と考えてると、また次の仮説みたいなのがたくさんでてくる。

「もしかして、現場で苦労して医学生を育ててる人と、税金云々言ってる人は同じ医学界の人でも微妙に違う(グループの)人達なんじゃないか?」とかね。「現場に医学生が大量にうろうろしてるってことを、またアホなマスコミがとりあげると変な問題にされちゃうという不安があるからか?」とか。っていうように、次の疑問&仮説に発展する。

まあ今日はこの点を突っ込む気はないのでまた別の機会にしますが。


何がいいたいかというとね、「読んでて役に立つブログ」はもちろんあるんだろうけど、「書いてて役に立つブログだな、これ」と最近思い始めたってこと。こんなこと今まで期待してませんでした。ので、結構びっくりです。

★★★

とりあえず日本の秋。

ということで、本日の夕食。

栗ご飯と豚汁とキノコの天ぷら+ミョウガとネギ焼き。

さすがに栗は自分でむく時間はなく、“むき栗”ってのを買ってきました。便利なもん売ってますね。“栗をむく内職”とかがあるってことかな?むいてくれた方、感謝です。ちきりんは美味しく頂きました。

写すの忘れたけどデザートは柿。

ああ、日本っていい国だ。


んじゃ。

2008-10-20 18歳で人生決める?

医学部を卒業したのに医者にならない人が増えていて、そのことについて業界内から違和感、憤りの声があがっていると聞いたことがあります。

似たような話は昔からあり、「防衛大学校を出たのに任官を拒否する人が増えている」と報道されたり、バブル時代には「工学部を出たのに銀行に就職する学生が増えている」と批判されました。

今や工学部を出て技術者以外の職を選ぶ人は珍しくありませんが、そのうち医学部をでた人も(今の工学部出身者と同じくらい)医者以外の職業を選ぶようになるかもしれません。

工学部より医学部の方がその動きが遅いのは“技術者の社会的な地位は低いが、医者の社会的地位はまだ高い”からではないでしょうか。もしくは“医学部は工学部より入学が難しいので、捨てるのがもったいない”のかもしれません。同じように似合わない服が2枚あっても、安い服より高い服の方が捨てにくいのと同じです。


一般に、大学の学部は高校生の時に決めます。細かい専攻は2年生後半に選ぶ大学もありますが、防衛大学校や医学部に入る人は、18歳の時に「自衛官になる!医者になる!」と決める必要があります。

この“自分の一生の職業を18歳の時に決める”というのは、すごいことだと思いませんか?

多くの人は22歳の就職活動時でも職業選択に大いに迷うし、実際には数年働いてから「やっぱり違う」と思い直す人もいます。

18歳なんて世の中のことが何もわかっていないだけでなく、自分のことさえ理解できていない年齢です。自分がどんな生活を送りたいか、どんな仕事をおもしろいと感じるか、そういうことが分かっている高校生は多数派ではないでしょう。

だから、医学部を選んだ高校生の中には、成績がよかったから、親が勧めたから、という人も少なからず存在します。そう考えると、18歳で医学部を選んだ人の9割以上が実際に医者になっていることの方がむしろ驚くべきことです。他の職業もすべて18歳で決めろと言われたら、多くの人が反対するだろうし、そもそもそんな制度は成り立ち得ないでしょう。

もちろん若い時から「オレにはこの道しかない」と確信をもっている人もいるし、そういう人はできるだけ早くその道に集中できる環境が望ましいでしょう。でもそんな人はごく一部です。医者だからといって18歳で選んだ職業に、実際に100%就業するのが当然というのは、最初から無理があるように思います。

★★★

ところで、この議論に絡んでもうひとつよく言われるのが、「税金で勉強しておきながら○○にならないなんてけしからん」という話です。防衛大学校や医学部はもちろん、理・工学部にも多額の税金が投入されています。それなのに、ということです。

しかし、18歳で選んだ職業を後から変えたいと思った人を“税金泥棒”扱いするのはいかがなものでしょう。国民に教育を授けるのはそれがたとえ直接的に職業につながらなくても、長期的には様々な形で社会に還元されるはずです。

医学や医療の基礎知識を身につけた人が、法律や行政の世界、金融やITの世界、さらに教育の現場などで働くことは、遠回りながら大いに国や社会のためになるでしょう。また、音楽家にはならなかったけれど音楽教育を受けた親や、医者にはならなかったが医学教育を受けた親が子供を育てたり、地域のコミュニティに参加することもメリットがあるでしょう。

それは、専門知識が直接的に役に立つかどうか、というだけの話ではありません。多様な分野の専門教育を受けた人が職場や組織にいて異なる視点からの議論ができれば、それがそれぞれの場所での思考の深さに、ひいてはその企業や組織、産業の強さにつながるはずです。

“教育=職業”という直線的な効率性追求だけを正しい道と位置づける“税金泥棒呼ばわり”は、決して生産的な議論とは思えません。

★★★

そんなことを言い出したら医者が足りなくなるという人もいますが、それなら医学部の定員を増やせばいいのです。定員を増やせば入試も楽になり、そうすれば途中で「これは違う。自分は医者に向いていない」と思った人が、進路変更をする際の抵抗が少なくなります。

「この職業は自分には向いていないけど、もったいないから医者になった」という人に診てもらいたい患者は多くないでしょう。それに、医者の質の確保は、大学入試の難易度ではなく医師免許取得のための国家試験で担保すればよいのです。

またそのことにより、他の道を進んでいた若者が20代半ばで「やっぱり医者になりたい」と思った場合に、途中から医者を目指すことも容易になります。18歳の時には医者を目指していなくても、そういう人の中に、医者という職業に向いた人もいるはずでしょう。

今の制度は、18歳で医者になりたいと思った人には一生医者として生きることを求める一方、18歳で医者になりたいと思わなかった人には事実上チャンスを与えない制度です。これでは親戚や家族に医者がいたかどうか、親が教育熱心であったかどうかで職業の選択が決まってしまいかねません。

★★★

その昔、日本でも「女は大学なんていかなくていい」と言われた時代がありました。あれも根は同じです。「女はどうせ結婚して子育てと家事に従事する。学問なんてやっても意味がない」ということです。もっと遡れば、武士以外は読み書きさえできなくてよい、という時代もありました。

このように昔は、「必要な人だけが、必要最低限の教育を受ければよい」とされていたのです。なぜなら国全体が貧しくて、全員に教育が授けられない状態だったからです。

そういう考えの先に「医療従事者として働く人だけが、医学教育を受ければよい」「医学教育を受けたのに医療従事者にならないのは税金の無駄」という考えが存在しています。

教育に“職業に必要な知識と技能を習得させる”という意味しか持たせないのであれば、小学校に入る6歳の時に職業を決めて最初からその職業に必要なことだけを教えるのが最もよいという話になってしまいます。

でも、本当にそれが今の日本において“意味のある税金の使い方”でしょうか。財政赤字や経済停滞が取りざたされることが多い日本ですが、それでもこの国はまだ十分に豊かです。

教育は“特定職業に就くための技能教習”ではなく、個々人がそれぞれの生き方を継続的に模索、追求していくための土台であり、社会に多様な視点やより深い洞察をもたらす源泉となるものです。

そう考えれば、医学部をでて医者以外の職業を選ぶ人がでるのも悪いことばかりとは思えません。個々人が複線的に生きる道を選べる豊かさや、やりなおす自由を広く認めることを、より肯定的に捉える社会であってほしいと思います。


そんじゃーね。

2008-10-16 最近大流行

A君は田舎にお母さんが一人暮らしをしている。そこそこご高齢なので一人息子のA君は何かと気を遣ってよく連絡している。先日A君が電話をかけた時、お母さんはテレビをみていたらしい。テレビの音が母親の声の向こうから聞こえてきていた。


A君は言った。

「テレビ見てるんだ。かけ直そうか?」

お母さんはいった。

「いいよ、あんまりおもしろくないドラマだから」


「なんていうドラマみてんの?」とA君


一瞬の沈黙の後、母親が答えた。

「ん〜、アナログっていうドラマみたい」



3年後になくすのは無理だと思うよね。

2008-10-15 日本で内需がもりあがらない理由

日本で内需なんてもりあがるわけないじゃん。

だって、もはや日本には、下記の3種類の人しかいないんだもん。


(1)お金はあるが、特に欲しいものはもう何もないんだよね〜という人

(2)欲しいモノはそれなりにいろいろあるけど、お金がないからな〜という人

(3)お金もないけど、欲しいモノも別にないんだよね。俺なんか、なんとなくこう“ほんのり”生きていければいいわけで、とか思っている人


(1)の人も(2)の人も(3)の人も消費しない。だから内需が発生しない。

経済成長期には(2)の人が(1)の人に移行する過程で、“買いたいものがあり、お金もある!”という期間が存在したわけです。だからそこに内需が存在し拡大した。また、(2)から(1)になるのは喜びであり生き甲斐であり働く意味だった。でも経済停滞期の現在においては、(2)の人はずうっと(2)のままなの。一生(2)のままなんです。

そして、そのことに気がついてしまった人(=(2)から(1)への移行が幻想だと気がついてしまった人)のうちの何割かが、「じゃあ、俺(3)でいいや」って言い始めた。

一方で(1)の人は生まれた時からすべてが揃ってる環境で生活してて、「アレが欲しい、コレが欲しい、ボーナスが出たらあれを買おう!」という気持ち(強い消費意欲)さえ知らないまま大きくなったりする。



つまりこんな感じ↓


f:id:Chikirin:20081015215830j:image



ちょろっと定額減税なんかやってもさ、内需には期待できないやね。


暗っ。


じゃ。



(ごめん、お絵かき機能を使ってみたかっただけなんです。でもひどいねコレ・・)

2008-10-14 ちきりんが感じた“今世界で起こっていること”(適当編)

このことについてなぜ何も書かないのだと、それでも社会派なのかと責められそうなので一応書いておく。でも感じることが多すぎてどうエントリにしていいのかわかんないよって感じ。

でもまあ、余りにもなんも書いてないので、一応書いとくことにする。


ちきりんが感じていること。

今、世界で起っていること、について。



(1)“日本以外全部沈没”みたいでしたね・・

かばさん*1に教えていただいた映画です。筒井康隆氏原作のパロディ映画なんだけど、もう余りにおもしろくて抱腹絶倒です。

で、ここ数日起ったことはまさにこれだと思いました。「世界が全部沈没して日本しか残らないかも」ということで世界中の人が円を買った。で一ドル100円になったりした。

これはびっくりしたよ。日本だけをちゃんと見ればこの国のどこに将来性がある?って感じなんだが、相対論において、また瞬間的な状況において「日本以外は全部だめ」な状況になってたわけで(今でも結構そうです)、世界で頼れるのは日本円だけなのだって。まじですか?って感じでした。あーびっくりした。



(2)やっぱ規模が大事

アイスランドという氷の国が破綻しそうになっているわけだが、ここって名目一人あたりGDPが日本より高いんだよ。

国家財政も健全だし、既にキャッシュレス社会を実現するなどIT化も進んでいる。漁業と林業の国ではなく今や金融の国。非常に競争力の高い労働力をもつ国なのだ。

なのに、破綻の危機です。


なんでって?

規模が小さすぎるのですよ。人口30万人だよ。世田谷より小さいのだ。やっぱり安定性には規模が大事、ということ。吹けば飛ぶようなものはどんなに高品質でもだめ。パニックの時には“でかさ”が大事なの、ってことだと思う。一人当たりは貧乏でも中国の方が圧倒的に強い。

よく、IT政府化や年金制度、教育や労働福祉制度などで北欧の国をモデルにして語る政治家がいるけど、あれってちきりんは“お話にならない”と思ってる。だって30万人の国でできることと1億人の国でできることは違う。スウェーデンでさえ900万人しかいません。

ちなみにwikiに全体のGDPと一人当たりのGDPが出てます。一人当たりが高い国は北欧ばっかり。でもこんなの意味ないってことです。



(3)世界に関心がないのよね、アラブって

これもね〜痛感した。アラブってのはある意味すごいエリアだと思った。

アラブってさ、今なんも傷んでないし、ここんとこの原油高で異常にお金持ってるんだよ。なのにこうやって世界が大混乱になってるってのに「どこにいるの?」みたいな感じで全く表に出てこないでしょ。

この存在感のなさはいったいなんなのさ???って感じです。

大金持ちになると普通は、人でも会社でも国でもそれなりの発言権を持つわけで、自然と“委員長”みたいな役をやりたいと思うものなんです。“リーダーシップとっちゃおうかな”とか“他人のことに口出し”し始めるわけ。日本だって経済大国になったら今度は政治リーダー国になりたい!とか思い始めるでしょ。

それなのにアラブって、今回も全くそういうのないんだよね。あのエリアはどんなにお金を稼いでも基本的に「アラブ以外の世界」に口を出してくるってのは全然ない。「西欧ともアジアともかかわる気はありません。」って感じ。

不思議なエリアだなあ、と思いました。



(4)つながってるってすごいことだね

ある評論家がテレビで「欧州は横で連携しつつ対策を打っているが、アジアではそういう動きはまだでていない。日中韓はもっと連携すべき」と言っていた。

そんな状況の違うふたつを一緒に語られても困るよね、と思った。

世界がつながる、という感覚を、日本はまだ全く知らない、と思う。


欧州って今回対策も一番積極的ですが、これは周辺国との競争があるからですよね。通貨も統一されているし最近は法律や税制も統一。英語での読み書きに困らない人も多い。自国の銀行がやばいと思えばネットバンキングでちょちょっとクリックして貯金を“他国の銀行”にうつすのは本当に簡単なことだ。

だからある国が「うちは全額預金保護」と言い出すと隣の国も追随せざるを得ない。その国の銀行からすごい勢いで貯金が隣国に流出するんだもん。日本人的にいえば、「大阪府が倒産!大阪の銀行やばいかも!」となった時に府民が自分の預金を京都や兵庫の銀行に移すとか、そういう感じなんだよね、欧州で他の国にお金動かすって。

アジアで韓国の人が「韓国経済やばい!」といって三菱銀行の円預金にお金を一日で大量にうつすとか、日本人がすぐさま貯金を香港に移すとか、そういうのできる人多くはないでしょ。


“市場統一の意味”をこれから欧州はひしひしと感じることになると思う。「自分の国だけで独立した対策をうつ」ということが一切不可能になったのだ、ということを初めて痛感する数年間になるんだろうな。イギリスとアイスランドの喧嘩なんてかわいいもんだとそのうち気がつくだよ。



(5)“西欧”から“アジア”にヘゲモニーが移るよね。

ちきりんは今回の件でアメリカがトップ経済国から脱落するとも思わないが、彼らが次の“勝ちモデル”を見つけるまでに少し時間はかかるだろう。その間、中国はぐうっと距離を縮めると思う。

なんといっても彼らは“実需”を持っている。日本の高度成長期と同じです。ロシアもだよね。まだまだいくらでも投資できる。エネルギー価格が下がったと言っても20ドルに戻ったわけではない。

というわけで、少なくとも今回の混乱は「アメリカ一人勝ち」の終焉を10年くらい早めたと思う。一年前には“中国だけが(バブルがハジケて)こける”というシナリオがあったのから見ると、今回の事件は相当にこの2国のバランスには影響を与えた、と思います。



(6)今後のポイントは実体経済

これはもうたくさんの人が言っていますが、正直言って“金融市場”なんてどーでもいいのよね。問題は実体経済がどうなるか、です。アメリカで、欧州で、日本で、その他の人口増加国で、ね。

ここは一番おもしろいところなのですが、長くなるのでまた次にします。



最後に昨日から今日のリバウンドに関して。

(7)国家と市場の真剣勝負

マーケットが戻り始めたのは“政府が本気になった”と“市場が判断した”ということ。

まだ幾度か波乱はあると思うけど(国家のやる気が本気でないと思えば、市場はすぐに反応するだろう)、当面の間は国家と市場の真剣勝負が続くと思う。


国家は市場を制御できるのか?

市場は国家を超えられるのか?


めっちゃおもしろい。



というわけで、本当は上の(1)から(7)について一日ひとつずつ独立したエントリがかけるくらいいろいろあるのだけど、橋田壽賀子じゃあるまいし、そんな大河ドラマみたいな壮大なエントリは書けないだろ、と気がついたので、こういう書き方でお茶を濁すことにした。(6)はまた書きます。その他も気が向いたら書きます。

でも一応、仕事も忙しくなってきたしね。と先に言い訳を書いて期待値を下げておく。


どーなることやら。

そんじゃーね!


2008-10-12 物理の世界の皆様、感謝です!

結構びっくり&感動しました。回答してくださった皆さん、どうもありがとうございました。で、せっかくなのでまとめてみたです。


「この人に与えなければ賞の権威がなくなるとまで言われる南部さんのような研究者でも、87歳までノーベル賞を受賞できないようなことが起こるのはなぜなの?」


という超ド素人の素朴な疑問に“ちきりんブログ読者・物理班”が総力回答!

★★★


全体数のアンバランスに因るもの

(1)物理の分野も細分化され、その領域は今や非常に多岐にわたっている。一方、ノーベル賞は一年一テーマにたいして授与されるため、長期間順番が回ってこないことがある。

(2)しかも近年においては、いわゆる“ノーベル賞級”の業績は非常に多く、世界中に数多くの“いつ受賞してもおかしくない”といわれる研究者が存在している。不幸なことに存命中に間に合わない方も少なくない。


業績の分野に因るもの

(3)また理論分野の業績に関しては、理論自体がいくらセクシーでもやっぱり実験で検証されてから授与したい(すべし)、という考えがあり、理論物理家の受賞は実験技術の進歩や実験分野の研究者の功績に依存するところも大きい。

(4)ノーベル賞にも時代ごとのトレンドがあり、理論重視や実験重視、また、特定分野の重視や、実用重視などの傾向も存在する。全体の功績と賞の数のバランスがとれていない中では、こういった時流とのマッチングも受賞時期に影響する。


審査の難しさに因るもの

(5)ノーベル賞は人(=その人の総合的な業績)ではなく“特定の”業績に与えられるものである。しかし多くの業績は先任者の業績の上に積み重なる形で築かれるものでもあり、“業績のどの部分を受賞理由とするか”“その部分に最も功績が大きかったのは誰なのか”という詳細まで含めて合意に達することは専門家にとっても容易なことではない。

(6)同時に、(逆説的なことではあるが)レベルが異なるくらい画期的な業績、たとえばより抽象度の高い概念や枠組みの提唱など、については、授与審査と判断に、より時間がかかることも起こりえる。


受賞できる人数の制限に因るもの

(7)一年に一テーマでかつ3名以内という制限上の理由から、やむなくその枠から漏れてしまう場合もあるだろうし、組み合わせの妙により早めに評価される場合もある。

(8)大がかりな実験や長期間の観察が必要な実験に関しては、多数の研究者がかかわっているが、当然のことながらすべての研究者が受賞できるわけではない。


業績以外の要因に因るもの

(9)また、必ずしも自分の業績をアピールすることに積極的でない人もいるであろうし、反対に戦略的・積極的にアピールし受賞を促すような活動も影響を及ぼさないとは言い切れない。

(10)国防上の理由から画期的な業績を国際的に発表しないこともありえるし、反対に国が実験施設などに多額の投資をすることにより自国の受賞者数を増やすことに貢献することも可能といえる。


以上のひとつ、もしくは複数の複合的な理由により、「この人がもらってないなんてありえない」という人への授与が非常に遅れるケース、もしくは、授与されないままとなるケースが起こりうる。


★★★

こんな感じ?

物理班の皆様、ご協力ありがとうございました!

ではでは

2008-10-11 物理の世界の皆様に質問です。

ノーベル物理学賞なんですけどね。ちきりんはもちろん内容については全然わからないのですが、あちこちのブログで今回の物理学賞をもらわれた3名の方がどれくらいすごい方なのか、とてもわかりやすく書いてあって、ほ〜そーなんだ〜と感動しました。そんなすごい方々だったのですね。なるほど。

で、そうなると、ちきりんとしては次の質問がでてきまして、そっちに関してはピンポイントで説明してあるものが見つけられず、で、ここで問うてみることにしてみたです。


ちきりんの今の疑問というのは、「そんなすごい方々が、今年までノーベル賞を受賞していなかった理由はなに?」ということ。これがよくわかんなくて。

たとえば文学賞ならわかりますよね。必ずしもあの賞をとる人が世界で一番の文学者だとは誰も思ってないでしょ。英語かフランス語以外で書かれたものはそもそも誰かが翻訳しないとスタートラインにつけないし、文学なんて文化的背景が違うと理解が難しいし、翻訳家のいい人と巡り会わないと、とかね。

だけど、物理学なんて基本は「世界でひとつ」の市場なんだと思うし、最先端の論文はごく普通に英語に直されて発表されるのだと思うし、そういう意味では「誰が一番貢献度が高いか」は、厳密に1位から100位まで並べるとなれば順位についてはいろんな異論がでるにしても、「誰がノーベル賞をもらうべきトップ20か」くらいについては、物理の世界の人には共通認識がもてることなんじゃないのかしら??

そしてそれはノーベル賞の審査員も同じでしょ。まさかトーシロが選んでいるわけではないのでしょう?だとすると、数年くらい受賞のタイミングがずれる可能性はあっても、何十年も前の誰もが認める(らしい)業績に関して今までずうっともらえてないって、いったいどういうこと??

それがどうもよくわからない。

★★★

ない頭でいろいろ考えてみた。


(a)政治的理由?

これはないよねえ?ロシアの物理学者とかで冷戦時代で、ってな話ならあるかもしれないとか思いますよ。でも日本人にしろ、日本からアメリカへの移民にしろ政治的に問題になるってことはないよね。


(b)区切りの問題?

今回、イタリアの学者さんがもらえなかったことが(イタリアで)問題になってるらしいけど、たとえばひとつの功績に対して、誰の功績かということの区切りが不明瞭なため、「もらえるべき人がもらえないまま」に長く放置されることがあるんでしょうか?

たとえばイタリア人の立場でいえば、「絶対もらってあたりまえの人が放置」されてる状態なんだろうか?

でも、少なくとも(人様のブログの受け売りですが)南部氏の功績は「んなもんじゃねーんだよ」って感じの記載がたくさんあるように感じます。(他の二人とこのイタリア人の差は、ちきりんには判定不可能です。)


(c)発見の意味づけが変わった?

化学賞の下村さんの話はこれなのかなあ、と思いました。発見したのは光るタンパク質?で、それはすごく昔。でも、それがガンの治療に使える!という感じで応用価値がでてきたのは過去10年くらいの話、のように、あちこち読んでて思えました。

こういうのは受賞の時期が遅れるのはわからなくもない。大発見かもしれないが、世の中へのインパクトがゼロなのか超大きいのかでは、誰に賞を与えるか決めるにあたって影響があるだろう。生物学ってこういうことがよく起こるよね。誰も関心ない動物調べてて、その“動物界”に関して言えば“画期的”でも、それを“人類にとって画期的”にしてくれるかどうかは他の研究者の功績に負う、みたいな話だもんね。

でも、物理の方は、そういう話でもなさそう・・・に思えるんですけどね。


で、いろいろ探していて、ある程度背景がわかったのは下記。伊東乾さんが書かれている常識の源流探訪のなかの“日本にノーベル賞がきた理由” 長いけど、おもしろかった。なるほどです。

コレを読むと、坂田さんとか何人か「この人がもらわないなんてありえないだろ?」って方がもらわないままなくなられた。で、その反省?の上に、なんらかのアピール活動が行われ、かつ、ノーベル財団の方もその失敗をリカバーすべく?、今回、3人とも日本人(もしくは日本絡み)の人なのよ、みたいにも読めます。


が、ちきりんの根本的な疑問はとけない。その坂田さんだってそんなにすごい業績なのに、なんでもらえないままだったの?

そもそも「死ぬ前にあげればいいだろ」みたいな高齢の方の受賞ばっかりなのもよくわからない。よく日本の勲章系ってのは、高齢にならないともらえないと言われます。その理由は、かりにも天皇陛下から勲章もらって、その後の人生が何十年もあると、「勲章をもらった人が社会的な問題を起こす」という可能性があり、それを避けるため、と聞いたことがあります。たとえば勲章もらった人が薬で捕まるとか、詐欺トラブルで逮捕されるとかね。そうなると勲章が傷つくから、あれは相当高齢にならないともらえないのだ、と聞いたような記憶がある。

でも別にノーベル賞は「シニアになってから与える」というのは方針ではないんですよね?


うーん、なんでなんだろ。



というわけで、ちきりん的にはまだよくわかっていません。他に考えたことを書くと、


(1)そもそも賞と対象者のバランスはとれてるの?

賞って一年に3人しかもらえないのだよね?で、実は「絶対もらってあたりまえ」の人が既に“在庫”として300人くらいいるので、そういう人が全員もらうためにあと100年かかります、ってな状態なんでしょうか?

もしこれだとすると、賞の規模を拡大しないと問題は解決しないよね。でも、これ違うっぽいのよ。だって2002年に小柴さんが受賞された時って2人しかもらってないんだよ。あの時にもう一人あげることはできたはず。ってことは「席が足りない」わけではない、んだよね?*1


(2)ということは、「全体の席は足りているのに、“絶対もらうべき人”に席がない」のは・・・・「誰か、もらうべきでない人が席をとってしまっているってこと??」

なんでしょうか?


(3)もしくは、やっぱりいくら物理の分野といってもいろんな分野があるから、分野をまたいでの横断的な公正な評価は難しいとか?たとえば、“素粒子”ならまちがいなく南部氏だが、過去何十年もそもそも素粒子分野以外にしか賞がまわらなかった、とか?(このあたり、全然知識がないため、受賞者リストをみても全然わかんないよ。そもそも何分野くらいにわかれているのかも知らないし)


(4)実験で証明されるのを待っていたが、もうご高齢なのであげることにしたとか?

ヨーロッパの巨大な地下施設も稼働後いきなりトラブって止まってるらしいし、待ってたらあげられなくなる!と思ったとか。

よくわからんが理論系だけでもあれだけすごい功績なら、そんなこともなさそうな気もするし、そもそもそんな何十年も・・・って感じだし。


(5)文学ほどではないけど、やっぱり英語が得意じゃないともらえないだよ。みたいな話もちょっと考えたけど、南部氏なんてもう40年近くアメリカに住んでるし、そもそももうアメリカ人だしね・・これはなさそう。



というわけで、いまだよくわかってないです。なんでこんなことになってんだろ。ご存じの方あれば是非教えてください。もしくはご自身のブログや参考になる記事などあれば教えていただけるととても嬉しいです。


そんじゃーね!


*1:2002は3名の受賞でした。2006,2007年は2名の受賞です。下記トマスさんのコメントにより後から修正

2008-10-09 蒟蒻畑 危険度じゃないと思うのだよね

こんにゃくゼリーの最大手、マンナンライフの蒟蒻畑カップサイズが製造中止になるとのこと。

幼児が喉に詰まらせて事故死というニュースが大きく報じられ、政治問題化さえしていたので、メーカー側も追い詰められたようです。


この件に関してネットでは「危ないか、危なくないか」という議論が多いようですが、ちきりんはこの問題において、“危険度”が大事な論点であったとは思っていません。

蒟蒻畑が製造中止に追い込まれた理由は、危ないからではなくて、(たいして)「必然性がないものと判断されたから」でしょう。


喉に詰まって人が死ぬ代表的な食べ物といえばお餅です。お正月に高齢者の事故が多いですよね。

実験できないから調査も難しいでしょうが、「ゼリーより餅の方が危ない」という結果になる可能性は十分あると思います。けれど、“喉に詰まって死ぬ人がいるから”という理由で、日本でお餅が販売中止になることはちょっと考えられません。


理由は「お餅はお正月に不可欠」と考えられているからです。反対にいえば、毎年毎年、餅を詰まらせて死ぬ人がいても“餅の製造中止”などという話が議論にさえならないのに、蒟蒻畑が製造中止に追い込まれたのは「危ないからではなく、要らないから」もしくは「要らないと判断されたから」です。

蒟蒻畑の最大の消費機会は「子供のおやつ需要」(自宅の他、保育園や幼稚園含む)と「ダイエット中の人のための甘味」だと思いますが、どちらも代替物はたくさんあります。

そういう“存在の絶対的な必要性”が弱いものは、死亡事故がおきると、社会から抹殺されかねない運命にあるってことなのです。


たとえば、年に数千人が交通事故で死んでいても“自動車の製造中止”などという議論にはならないし、タバコもいくら健康被害が報道されても大きな税収源であるため、どの国でも販売中止にはなりません。実験的とも言えるレベルの先端医療も(少々、死亡率が高くても)禁止にはなりません。

結局のところ“いかに危いか”ではなく“いかに必要か”が議論のポイントであり、そういう視点でみれば、今回ゼリー側に勝ち目はなかったということでしょう。「蒟蒻畑がなくなると社会的にこんなに困る!」という論陣を張るのは難しそうですから。


危険でも必要性の高いものは、「なくそう」ではなく「なんとかしよう」という議論になります。交通事故による死亡数は減少傾向にありますが、この背景にはシートベルトやエアバッグなど安全策の強化、飲酒運転や違反の取り締まり強化など、様々な施策強化がありました。

自動車が危険なことはみんな知っていますが、無くせないこともまたわかっています。だから「なんとか共存しよう」という話になったのです。

餅も同様で、正月前になると「喉に詰まらせないように気をつけましょう」というキャンペーンが行われたり、詰まった時の応急措置などがテレビで取り上げられます。危ないのは皆わかっているけれど、無くせるものではないので、少しでも工夫しましょう、という話です。


今回、蒟蒻ゼリーが製造中止に追い込まれたことで、「より危ないと思われる餅が販売中止にならないのに、なぜ蒟蒻ゼリーだけ責められるのか?」という議論や、「餅と蒟蒻ゼリーはどちらが危険か」という議論が盛り上がり、役所では本格的な調査まで行うようですが、ちきりんとしては「餅と蒟蒻ゼリーのどちらが危ないか」という議論にあまり関心がもてません。

なぜなら、たとえ餅の方が危ないと科学的に証明されても、この国で餅が製造中止になることは考えられないし、「より危ない餅が売られているのだから」という理由で蒟蒻ゼリーへの批判がとまるとも思えないからです。このふたつは危険度ではなく、必要度が違うのです。


★★★


このことからわかることは、“must商品"になることと、“nice to have商品”として存在することは、全く違うということです。

そしてそれは、商品に関してだけではありません。人間や企業でさえ、同じように判断されるのです。存在意義が高いと思われればリストラされにくいし(されても再就職が容易だし)、企業でも存在意義が高ければ、なんとか倒産を回避しようと政府や銀行が知恵を絞ります。

その存在意義は、必ずしも社会的な“善”でなくてもいいんです。支持者がすごく多い必要もありません。

少数でも熱烈に「俺たちにはアレが必要!」「コレがなくては成り立たない。生きていけない」と思ってくれる人がいれば、いくつか欠点があってもなんとか生き延びることができます。


反対にそういった「絶対必要だ!」という声が誰からも得られないと、ちょっとしたことで血祭りにあげられてしまう恐れがあります。

代替の効かない、「なくてはならないもの」になること。そうしなければ、ちょっと不況がやってくると、もしくは、ちょっとヒステリックなマスコミや大衆に目をつけられると、一気に抹殺されてしまう。要らないよ、と言われてしまう。そんな気がした事件でした。


そんじゃーね。

2008-10-08 文章の裏側(昨日と一昨日の例より)

昨日のエントリを書く数時間前、とある知人が何の気なしに「生活費が足りなくなってきたから持ってる株を売ろうかな」と言ったのです。聞いた瞬間、ちょっとクラクラするくらい驚きました。

ご存じのように今、世界の株価は大暴落し始めています。だから、売るにしろ買うにしろ、今、株価についてなんらか方針を述べるなら、そういった背景を踏まえてのことだと思うのが(私にとっての)普通です。

でも、その知人はそんなコト、全く知りもしないようでした。

おそらく日経新聞も読んでないし、今世界の株価が、株式市場がどうなっているか、(少なくとも実感としては)全く理解していないのでしょう。


めっちゃ驚きました。

いくら自分の生活に関係ないとはいえ、今のタイミングで世界経済がどーなりつつあるのか、なんの興味もないんだ!?って。



でもね、その後で気が付いたのです。私の周りにいる人達は今回のことで、皆「世界経済はこれからどーなっちゃうの??」って大騒ぎしてるけど、この世の誰も彼もがそういうことに関心あるわけではないのだな、と。

その人は働いてる人です。でも、仕事はあまり国際的な仕事ではないし、マクロな動きにはあまり関係のない、消費サービス系の仕事(いわゆる“半径 50キロ系の仕事”)をしています。

そういう人にとっては世界経済よりも「清原引退」や「巨人優勝か?」の方が大きなニュースなのだろうし、映画ファンなら「緒形拳」のことの方が大事なんだな、と、私は 1時間くらい後にようやく気がつきました。(その時点ではノーベル賞のニュースはまだ伝わってなかったので)


そして、「自分とは全然違うことを考えて今日生きている人も、すぐ近くにいるのですよ」ということ、「あなたにとっての最大の関心事は、隣の人にとってはどーでもよいことなのかもしれませんよ!」というこの感覚を是非、伝えたいと思ったのです。


そして、いろんな表現を考えたあげくに、昨日の表現に落ち着きました。途中、何度か書き直してて、“関心により分断される私たちの世界”というタイトルでそれなりに長い文章を書いてたのですが、途中で捨てちゃったりしながら。


★★★


その前日に書いた「3つの理由が同じ」というエントリは、新幹線に乗ってる時、やはり「世界経済どーなるやら」と考えてる時に思いつきました。

この金融市場の混乱は間違いなく実体経済側に影響を及ぼし始めます。日本で言えば、まずは派遣社員、非正規雇用の人達にその影響がでるでしょう。

今はとりあえず仕事のある多くの方が、来年は仕事を失うでしょう。そういうことをツラツラと考えていたわけです。ようやく少し景気がよくなってきていたのに、またしわ寄せがいくよねえ、大変だなあ、かわいそうだなあ、、、と考えていて思ったのです。


「正社員を解雇するのは本当に大変だからな〜この国は」「でもさ、だったら非正規雇用の社員だって“あいつらの首を切ったら大変なことになる”と思わせる理由があればいーんじゃないの? そしたら気軽に首が切れないのでは?」って感じで考えが進み・・・

結果として一昨日に書いたような話に帰結したわけです。「実際そういう動きがでてるじゃん」と。


なので、「簡単に首が切れないような何かの武器を非正規雇用の人達が持ち得るとしたら、それは何なのか?」というのが最初に思いついたテーマだったわけです。


★★★


私はブログを書く時、テーマ探しにはあまり困りません。毎日書きたいと思うトピックスは何かしら頭に浮かびます。

寧ろ書きたいことが複数あって選ぶのに悩んだり、書きたいことがあるのに大きな時事問題が起こったので先にそちらを書くことにしたり、テーマが多すぎて困ることはあっても「書くことがなくて困る」というのはほぼありません。

けれども書きたいテーマを「どう書くか」については結構悩みます。一度書いてみてボツにするエントリも多数存在しています。

なぜなら「どう書けば、自分が感じていることを読み手にも感じてもらえるだろう」というのを理解するのはとても難しい作業だからです。


昨日のエントリだって、今日の最初に書いたように、「実は今日知り合いがこんなこと言ってきて・・私はすごく吃驚して・・」みたいに経緯をそのまま説明する方法もあったわけです。

でもやっぱそれよりも別の書き方で「ちきりんが今感じているこの感覚を、よりビビッドにわかってもらえる方法があるのでは?」と思い、昨日のような文章にしてみたわけです。


その前日のも同じですよね。「世界経済がひどくなりますよ。非正規雇用の人、来年は大変ですよ。仕事なくなりますよ。だからみなさんも“俺たちをなめたらアカンぜい”と主張した方がいいですよ」みたいな流れで書いてもよかったのですが、ちょっと違う方向からアプローチしてみた結果、ああいう構成になりました。


というわけで、テーマはすぐに浮かぶちきりんですが、文章化するにはそれなりに努力したり考えたりしています。




ご参考までに、上記に書いた「コミュニケーション」について、ちきりんがそれをどういう作業であると考えているかについて書いたエントリはこちら → http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20060205

ブログの読者が増えてくると、この作業がより複雑で難しい作業になっています。でも、それこそ=多数で、しかもお会いしたこともなければ目にも見えない多くの方々の“受動体”を意識して書くということ、が文章を書くことのおもしろみであり、まさに醍醐味でもあります。



下記はひとつの感覚を伝えるために書いたエントリのボツ原稿を後から開示したケース(テーマは秋葉原の無差別殺人事件)。

→採用原稿 http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080611

→ボツ原稿 http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080615


というわけで、気軽にサラサラ書いているようで、ちきりんも裏では結構まじめに努力しているだすよ!ってことだした。



そんじゃーね

2008-10-07 今日あたり何に興奮してるかで人間のタイプが分かれます

Aタイプ・・・ノーベル物理学賞を日本人3名が同時受賞!!で大大大興奮している皆様


Bタイプ・・・きっキヨ、きよ、清原ぁ! ってな感じで、繰り返し繰り返し引退セレモニーの録画を見てる皆様


Cタイプ・・・一万円割れ?一万ドル割れ? まっまじ?どーなっちゃうんだよ、世の中これから???ってことが気になって眠れなくなってる皆様


Dタイプ・・・うっうっ、緒形拳死んじゃったよ。まじかよ、まじかよ、ケンさん、けっケンさぁん・・ってな状況の皆様


Eタイプ・・・「おい、小沢の入院ってほんまに風邪か? 持病の発作やないのか? 北朝鮮やないけど、独裁者は倒れたら終わりやからな。おい、ほんまに風邪か?」という一点だけが気になってる皆様


Fタイプ・・・「げー、iPhoneにこのソフトいれるとこんなんできんだぜ、なんだぜ、なんだぜ!!知ってたか?もうやってる?」って興奮してる皆様 *1




どれ?




*1:本当は“世の中で何が起ころうと全然気にせず、“ぶくマとアクセス数の関係”とか“今日のほってんとり”とか、そういうことに必死な人も一定数いるよな〜、と思ったのです。はてな界隈にはIT系の人がすごく多いからそこで話題になってることはまた違うんだろうとなとも思ったし。でも、その人達を全く知らないため何を例に書いてよいかわからず、この最後のはちょっと間が抜けた感じになっちゃいました。すみません。←言い訳

2008-10-06 バレる理由は3つとも同じ

まったく同じ構造ですね。あまりにきれいに同じ。


(1)食品偽装

ここ数年、やたらと続いたのが食品会社のスキャンダルです。赤福や白い恋人などの菓子メーカーから、吉兆などのレストラン、その他、食肉加工業者まで、「客の残した食材を使いまわし」「回収品を再利用」「実は国産品じゃなかった」などがバレて告発、報道されています。

大半のケースで「不正は十数年にわたり行われており・・」とのことだから、決して「昔はなかった偽装が今は増えてきた」わけではありません。単に「昔は偽装がバレなかったが、今はバレやすくなっている」だけなんです。


なんでバレ易くなったかといえば、不正を知りつつ働いていた人たちが、昔は「みんな正社員だったが、今は大半が非正規雇用や派遣社員だから」ですよね。

いいこととは思いませんが、正社員にはその会社の“家族”として、会社を守ろうという意識があります。その代わり、会社は一生自分を守ってくれる。そういう信頼関係があって「長年続いていた不正」が見えてこなかったんです。

ところが今は、会社になんの恩義も義理もなく、むしろ「頭にきてる」という人がたくさん働いてます。しかもすぐに首にされる。


お一人様2万円以上という高級コース料理の食品が使いまわされていることを、時給800円で使い倒されたあげくに虫けらのように解雇されたバイト社員が「隠してあげる」必要は全くない、ということです。だから内部告発により、どんどんこういったスキャンダルが明るみに出るようになった。

会社が、会社と人生をともにしていた社員だけで経営されていた時代には「バレなかった」ことがね。



(2)社会保険庁

これも、報道されているほぼすべての悪行が「過去何十年も行われてきた」ことです。なのに、なぜここ数年だけあれやこれやとバレはじめるのか、不思議に思いませんか? ここまで無茶苦茶なことが行われていたのに、数年前まではまったく明るみに出ず、隠されていた理由は何なのか?

民主党の議員が調べたから明るみに出たのだという人がいますが、それは余りにおめでたい見方です。民主党の議員に“全部教えてくれる人”が出てきたから、バレ始めただけです。で、そんなの教えてくれるのは誰?


簡単です。社会保険庁の内部者というのは、労組の人なわけです。彼らは過去どんな不正が行われてきたか、全部知ってます。てか、それを実際にやってきたのも見逃してきたのも彼らなのだから。

ご存じのとおり、労組は民主党の最大の支持基盤です。一方で「自民党&官僚」軍団は、社会保険庁から(民主党を支持する)労組を排除しようともくろんだり、社会保険庁解体まで推進しようとしています。


今、社会保険庁の悪事や悪行がバレればバレルほど、これまでずっと政権を担ってきた自民党が叩かれます。民主党はそこを攻めれば、支持が高まります。つまり、自分たち労組が支持している民主党が得をする。

社会保険庁という組織と、労組という労働者団体が一生の命運をともにしていた時代には決して明るみにでなかった悪しき慣行が、事細かに世間に開示されるようになった。最初の事例とまったく同じ構造です。



(3)相撲の八百長

この話だって今初めて問題になるような新しい問題じゃないですよね。でも、当事者の証言がおこわなれる裁判は“今初めて”なんです。

リークしたのは“大麻で首になった外国人力士”ですね。彼に言わせてみれば「六本木の夜なら誰でもやってる大麻で俺を首にする一方、国技とかいって大きな顔をしている相撲界って、八百長だらけやん」みたいな感じなんじゃないでしょうか。

「俺の首を切る、あんたらだけが正義の味方かい?」「なんか変じゃね?」と。

これも力士と相撲協会が“国技たる相撲界のメンバー”という虚構的人生を共有していた時代には決して「バレるはずのない」ことだったわけです。



3つとも、「その組織を運営するための人」を大事にしなくなったから、簡単に切ろうとするから、悪行の内部告発=内部リークが起こるわけです。

悪いことをしてずうっと隠したいなら、それにかかわった人は「一生めんどうをみる」ことが必要なわけ。

正社員だろうと力士だろうと、いったん不正を見せた人は一生抱え込むしかないわけです。簡単に“手切れ”はできないと思うべき。

愛人だって関係が続いてる間は週刊誌に手記を売ったりしません。だからマフィア系ギャングだと「組織から抜けるときは命はないものと思え」を徹底する。



不正を共有した“仲間”を平気で切る。

だから不正の発覚がとまらない。

おんなじ構造だな〜と。



ただ、反対から見れば、派遣社員であれその他の非正規雇用者であれ、「本丸に外部者が入り始めた」ことは結果として“ガバナンスの監視機能”という「別のメリット」をもたらしはじめた、とも言えるんだよね。

つまり非正規社員って、「正社員では持ち得なかったパワーを持っている」ともいえるわけです。



んじゃ。

2008-10-01 “一点豪華基準”で行こう!

職業、学校の選択やマンションの購入など、大事な選択をする時の方法には、一般的な“総合評価方式”と、もうひとつ“一点豪華基準方式”とでもいえる方法があります。

総合評価方式とは、A商品は「高いけど好きなデザイン、でもちょっと使いにくそう」、B商品は「安いけどダサい。だけど使いやすそう」という時に、下記のようにそれぞれの基準について個々の選択肢を評価し、最後に総合的な判断を考える方法です。

・値 段  Bの勝ち

・デザイン Aの勝ち

・使い勝手 Bの勝ち

→ 結論:Bを購入しよう

しかしこの方法には問題がふたつあります。高度に複雑な比較検討・選択が求められる場合、「最も凡庸で、取り柄のない選択肢が選ばれてしまうこと」と「比較作業が複雑になりすぎて、決められなくなること」です。


たとえばマンションを選ぶ例を考えてみましょう。

・Aは間取りが使いやすくデザインも好み通り。しかし価格はかなり高く、しかも駅から20分以上かかる。

・Bは駅前にあり、1階がコンビニで立地と利便性の面では最高。ただし日当たりが悪いし、価格も相当高い。

・Cは駅から10分くらい。ごく普通の間取り。そこそこ日当たりもよい。価格はごく平均的。

・Dは、駅からバスで15分。かなり古い物件。ただし窓の外が緑化公園ですばらしい景色。価格も格安。


こういった場合、総合評価方式では“特に悪いところのないC”が選ばれがちです。しかしCには何ひとつ“この物件のココがすごい!”という点がありません。こういう物件を選ぶと、後から「なぜ自分はこれを選んだんだっけ?」という疑問と後悔が出てきます。

もちろん他の物件でも買った後に不満はでてくるでしょう。しかし他の物件であれば、「でもやっぱりこの立地は捨てがたい」とか「こんな素敵なデザインのマンションは他にはないよ」と思えます。

一点豪華基準で選ぶ場合は、まずCは選択肢から排除されます。その後、A, B, Dからひとつを選ぶために、「自分にとって大事なのは、デザイン、自然環境、利便性のどれだろう?」という点を突き詰めて考える必要がでてきます。こうして「自分にとって最も大事な選択基準」が明確になるため、選択を誤らなくなるのです。

★★★

総合評価方式のもうひとつの問題は「基準が多すぎると(わけがわからなくなって)選べなくなる」ことです。

大事なものを選ぶ時には、比較基準がやたらと多くなりがちですが、その基準が10個を越えると比較をしようにも複雑すぎてわからなくなってしまいます。そんな場合、多くの人が基準点を数値化してエクセルに入力し、平均をとって決めようなどと考えますが、これでは大事な人生の判断が単なる“数字遊び”に終わってしまいます。

実はこういった比較基準の多い複雑な判断が求められる時こそ、一点豪華基準方式の出番です。この方式で考える時には、自分が大事だと思うひとつの基準以外については、考えうる限りの悪条件を想定するのです。そして、そんな悪条件が揃ったとしても、「ただある一点だけ満足できる状態であれば、自分はこれを選びたいか?」と考えます。それにより、自分にとっての“一点豪華”がどの基準なのか、明確になります。


就職する会社を選ぶ例で考えてみましょう。「自分にとっては給与が高いことが最も大事だ!」という人なら、それ以外の条件にはトコトン目をつぶる。これが一点豪華基準主義です。そして自分に問うのです。「自分は、たとえその仕事が、

・毎日残業が続き、休日出勤も頻繁であっても、

・合コンで全くモテないような地味な仕事であっても、

・体力的に精神的に極めてつらい仕事であっても

・一緒に働く人が耐えられないほどひどい性格であっても、

・給与が月100万円なら、俺はこの仕事を続けられるだろうか? と。


また、「自分にとっては給与はどうでもいい。仕事がおもしろければそれでいいのだ!」というなら、上記の項目の最後が

・給与が月17万円(手取り)であり、しかも10年たっても25万円程度にしかならない。

・ただし、仕事内容は非常におもしろい。

と考えてみます。


また、「自分は趣味のバンド活動に使える時間さえ確保できれば満足だ」というなら、「労働時間は朝9時から夕方5時までで残業ゼロ。夕方以降の時間はは毎日自由に使える。ただし、非常に退屈な仕事で給与も低い。それでも自分はバンド活動ができれば幸せか?」と考えればいいですよね。

★★★

しかも昔より今は一点豪華主義で選ぶことが容易くなりました。昔は、大事なことは自分だけではなく、親の意見や家族の事情も踏まえて決める必要がありました。たとえば「長男だから東京に出て行くのはだめ」と言われれば、その場合の一点豪華基準は「地元の仕事であること」となってしまいます。親が大事と思う基準と自分がそう思う基準が、相反する場合も多かったでしょう。

でも今は「長男なんて関係ない。俺様基準で生きさせていただきます」という子も、「自分で考えて好きな道を選べばよい」といってくれる親も増えています。しかも「欲張りません。僕のほしいのはコレだけだから」と割り切れる人も多く、「選ぶとは捨てることだ」と理解されてきたように思います


そして実際に一点豪華基準で働き方を決める人も増えているでしょう。たとえば、「フリーのプログラマーです」とか「独立して自営業を始めました」という人がそれを選んだ基準は、“自由度の高さ”という一点なのではないでしょうか。

もしも、「安定性も気になる」「給与も一定以上でないと・・」「体裁が・・」といいだしたら、なかなかそういう働き方は選べません。一方で、「とにかく縛られたくない、こーしろ、あーしろと言われたくない。服装まで指示されるなんてまっぴら」というように、「誰からも指示されない」という点のみを基準にすれば、独立はごく自然な選択となります。

もちろん、新卒の時には“自分にとって何がそれほど大事か”わからない場合もあるでしょう。でも、一度就職し働き始めると「自分はこれだけは譲れない、(もしくは)耐えられない」ということが一気に明確になる人もいます。就職して数年以内で辞めることを否定的にいう人もいるようですが、“自分にとっての一点豪華基準”が理解できたということであれば、それも決して悪いことではありません。

★★★

さらに突き詰めていけば、一点豪華基準で判断をすることは、“生き方の多様化”につながります。「あなたにとって、仕事を選ぶ際に大事な基準を10個挙げてください」と言うと、結局みんな同じような10個の基準を選びます。

けれど、「あなたにとって最も大事な基準をひとつだけ選んでください」と言うと、10人が同じ基準を選ぶことはありません。それぞれの人がバラバラの“自分にとっての一番”を挙げることになります。そうすると全体としては多様な基準に基づいて、つまりバラバラな基準で生きる人がでてきます。

ひいてはそれが、“社会の多様性”“選択肢の多様性”“価値観の多様性”につながります。そして私たちはそういう多様な選択肢がある社会こそを“豊かな社会”とか“成熟した社会”であると感じ始めています。


というわけで、「自分にとっての一点豪華基準」を見つけましょう。そして、他の人とは違うけど自分としてはとても満足できる、という生き方を見つけていきたいものです。


そんじゃーね。