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Chikirinの日記 RSSフィード

2008-10-27 橋下知事を叩くということ

大阪府の橋下知事ってホント毎日叩かれているよね。よくここまでやるなあというくらい。

そして例によってネットでは(もちろん叩く記事やブログもあるけれど)同時に、その背景を詳説したり異なる見方を提供する論調もたくさんある。

既にあちこちで指摘されていることではあるけれど、そしてまた橋下知事の件にとどまらないのだけれど、ここのところ、この“既存大手マスコミの論調”と“ネット上での世論”の乖離があまりにもパターン化していることに驚く。いや、反対か。驚かなくなっている、という方が正確かも。


既存権力者(団塊世代前後)の広報言論機関である大手マスコミにとって、30代の“若造”が知事という自分たちより“上の”ポジションを獲得するなど“あってはならないこと”だ。一日も早くこいつを“経験の足りない、考えの足りない若造であり、知事になるなど100年早い。”と世間に知らしめなければならない。それが(団塊世代の広報機関たる)マスコミの使命である。という姿勢があまりにも鮮烈だよね。

まあもちろん今時紙の新聞をありがたがって読んでいる人は、そういう年齢の人ばっかりなのだと考えれば、“お客様が喜ぶ記事を書く”というのは当然なのかもしれないけれど。


一方で大手マスコミは、たとえば横浜市の中田市長(38歳で初当選。その前は衆議院議員。現在でも44歳)や神奈川県の松沢知事(46歳で神奈川県知事、その前は衆議院議員)の活躍についてはゼロとは言わないまでも、ありえないほど書かない。

神奈川、横浜という日本でもかなり大きい行政団体の舵取りは、このご時世においては非常に上手くいっているし、この二人は地方行政団体の首長としては橋下氏同様とても若い部類に属するのだが、既存マスコミから見れば“若くてもここまでできる”などということは決して大大的に報道してはならないこと、って感じなのかもしれない。


このマスコミの姿勢は徹底していて、安倍総理の突然の辞任には「総理になるのが早すぎた」「一国のトップとしては若すぎた」と“年齢”にタグ付けする一方で、福田総理が同じ行動をしても「やっぱり年寄りはあかん」などとは決して報道しない。

既存マスコミがあまり好きではない石原都知事に関しても、彼を叩くのは常にその思想や行動についてであり、彼の年齢(76歳)にはまずタグ付けしない。彼らにとっては「“76歳の知事”はごく普通、当然&自然なことだが、“30代の知事”ってのは妙でおかしなことである」らしい。その感覚が普通だと思うの、変じゃないか?

もしも石原さんが橋下さんと同じ年齢だったら、やっていることが同じであってもその報道のされ方は全く異なったものになると思う。前に橋下知事が勤務時間中にジムに行ったとか叩いてたけど、石原都知事はそもそも週に2日か3日しか都庁にこないじゃん。若くてこんなことしてたら何を言われるだろう、って思うだよ。



これはその昔、女性に職場を奪われそうになった男性が使った方便と全く同じだ。当時、女性一人が3年で会社を辞めると「だから女はアカン」といい、男性が同じことをすれば「あいつは根性がない」と言っていた。“女”は一般化され、“あいつ”は男性一般からは切り離された。

比較的若い人の失態に関してはできる限り“その若さ”“経験不足”と結びつけ、“若い世代全般”への批判につなげようと努力する一方で、高齢の人の失態に関しては常に“個人のとんでもなさ”に基づく報道を行う。

民主党の偽メール事件ってのがあったでしょ。あれも同じだよね。“やっぱり若い執行部ではダメだ”という論調をマスコミは民主党の古手リーダーと利害を共有して作り上げた。あれ以来、民主党の若手は党内選挙にさえ立候補できなくなってしまった。


マスコミが橋下知事を必死で継続的に叩きたがるのは、彼個人の資質の問題というより、“30代で日本3番目の県の知事になるなどという例を、決して成功例として終わらせてはならない”という強い意志、強固なミッション、が彼らにあるからだ。

こういう“さりげなく一般化し、さりげなく貶める”というのは権力者側の常套手段だが、ネットという反対側の層を代表するメディアの出現により、本来さりげないはずの偏りがあまりにもあからさまになってきてしまっている。というのが現在起こっていることなのかもしれない。

★★★

ところで、この「顧客の中高年化」という問題はマスコミだけではなくすべての商品に起こりうる。食品でも工業製品でもなんでも昔から「日本のトップブランド」であったものというのは高度成長期に団塊の世代+αに支えられて伸びてきている。それらのメーカーの商品の中心的顧客は皆高齢化している。

そのため多くのメーカーが「いかに若い顧客を取り込むか」に腐心している。一番わかりやすいのはトヨタ自動車だろう。皆がカローラに憧れた時代に会社の基盤ができた。しかし中心顧客はどんどん高齢化する。それにあわせて高級車を投入するのはいいが、それだけでは限界がある。「なんとか若者に好かれたい!!」というトヨタの努力は(実りが少ないだけに余計)涙ぐましいものがある。

別にトヨタだけではない。ほぼすべてのメーカーが「高齢化した顧客」だけにしがみついていては危ない!という危機感を持ち、どうやったら若者が引きつけられるか、苦労&努力しているのだ。


なのに


新聞はじめ、マスコミって「なんとか若者に気に入ってもらおう」という努力を全く感じないよね。“30代なんかではまだ全然何もわかってないですな”っていう世論を作るのに必死で、高齢者にこびまくり続けるのみ。これはいったいなぜなんだ??


そう、よく知られているとおり。彼らの利益源が顧客ではなく“広告主”だったからですよね。既存マスメディアってのは「報道メディア」ではなく「広告メディア」なのだ。

で、広告を発注する側の大メーカーや広告代理店の権限保有者は中高年世代がずっと握っていて手放さなかった。だからマスコミの顧客は、消費財メーカーの顧客より、10〜15年くらいは世代交代が遅れてるってことなんだと思う。



昨日グーグルのシュミットCEOがテレビ(アメリカの)でインタビューに応えていた。質問は今回の金融危機がグーグルの成長に与える影響だった。「人員カットは予定がないのか?」と聞かれていたよ。シュミット氏は慎重かつ誠実に応えていた。

で、その中でこう言っていたのがおもしろかった。「今回の不況によって広告のネット移行が加速するかも」って。

なるほどと思ったよ。企業は不況になれば広告などの効果が計りにくい経費をまず減らし始める。これは過去のデータも揃っている話だ。しかし今後は、経済状況が厳しくなればなるほど“どんぶり勘定”のマス媒体から広告効果の計測しやすいネット広告へのシフトが加速する可能性がある、と彼は言ったのだ。

この発言自体、グーグルの検索連動広告の“巧い広告”だとは思うが、確かにそういうことは起こりえるかもしれない。

そして(日米を同じに語るのは、特にスピードの面では難しいところもあるのだが)、広告が本格的に既存マスメディアからネットにシフトをすれば、世の中は本当に大きく変わる。まず既存マスコミはふたつの選択肢を迫られる。


オプション1:トヨタを始め他の企業と同様「いかに若者を取り込むか」を真剣に考えざるをえなくなる。(もしくはいかにして海外で勝負できるようになるか、と)

オプション2:座して死を待つ。


どっちを選びそうか、すごいわかりやすいが。


★★★


もとい。

何が言いたいかというとね。


大体世の中というのは、皆がひっくり返るほどびっくりすることが起こると、何かが構造的に変化するものだ、ってことなんです。戦争にしろ、技術革新にしろ、恐慌的な経済危機にしろ、何かどでかいことが起こると、様々なものの進む方向が大きく変わったり、方向は同じだが圧倒的な力で次の段階に押しやられたり、する。

これって自然の世界でも同じだと思うのよ。氷河期が始まったり、大きな地殻変動で大陸が分離したりすると、生態系が大きく変わり、地球上の主役が交代したり、今まで繁栄を誇っていた者が絶滅したりする。


今回の世界経済の大混乱で一番おもしろいのは、これだけのエネルギーを伴う地盤変革が私たちの暮らすこの現代の社会を、世界を、いったいどう変えていくのか、何が新たに出現するのか、何が消えていくのか、という点だと思うのだ。ちきりんにもまだ全く見えていないけれど、これだけのエネルギーがあれば、必ず相当大きなことが変化するだろう、ということはわかる。






既存マスコミのことは、もう放っておこう。彼らは毎日忙しいから。そう、橋下府知事を叩くのに毎日毎日忙しい。今度は勤務時間中に喫茶店に行くかも?とか、また誰か弱者っぽい人を泣かせるかも?って朝からずっと見張っている必要があるからね。年収1200万円の記者さんが。

もうこんな人達、放っておいてもいいじゃないか。





大きなエネルギーというのは、正であっても負であっても、すばらしくおもしろいものなのだ。次の10年、大きく変わっていくだろう世の中を皆様一緒に楽しみましょう。

混乱万歳!


そんじゃーね。




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追記)このエントリの解釈についてのエントリは下記。

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20081223