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Chikirinの日記 RSSフィード

2008-11-20 もうひとつの解

前回ちきりんはこちらのエントリで、

(1)「時給の仕事」で一生食べていくのは無理である。

(2) しかし現在の日本では、「時給の仕事をしている生計の主な担い手」が1000万人近くいる。

とし、企業が非正規雇用の労働者1889万人のうち半分以上の1000万人を正社員にしないとこの問題は解決しないと書きました。


しかし企業側は、

(3)「国際的な競争力を維持するためには、それは不可能」

といいます。(ちきりんには「中高年正社員の高すぎる給与を守るための詭弁」にしか聞こえませんが、今日の論点はここではないので突っ込むのはやめておきます。)


この(1)(2)(3)を前提とするならば、この1000万人は年収200万円でずっと生きていく必要があり、その人達には、従来の日本人が想定していた“中流ライフ”を送ることは不可能です。ではどんな人生になるのでしょう?


人生の中で大きなお金が必要になるのは以下の4つです。

(a) 日々の生活資金

(b) 家を買う。(or 一生分の賃貸料を払う)→「住宅資金」

(c) 子供を産み育てる。→「子育て資金」

(d) 老後を自分のお金で過ごす。→「老後資金」


このうち、生計の主な担い手でありながら時給の仕事にしか就けていない1000万人に稼げるのは日々の生活資金だけであり、住宅、子育て、老後資金の調達は不可能でしょう。


そのため、次のようなことが起こると考えられます。

(b)住宅資金が払えない→病気、けがや失業などで簡単にホームレス化する。

(c)教育資金が払えない→少子化が回復しない。

(d)老後資金が払えない→高齢の生活保護世帯が急増する。


この事態の解決法として「だから経済成長が大事なのだ」という意見があります。たしかに規制緩和や中央集権制度の打破により、自由で多様性に富んだ環境を作り、再び経済成長を目指すことも重要です。

しかし「経済を活性化させて全体に底上げすれば貧しい人にもお金が回ってくる」というのは嘘ですよね。先端の企業や個人がいくら国際競争力を手に入れて稼いでも、自然に下々までお金が回ってくるわけではありません。先端は先端、底辺は底辺なのです。


ちきりんは、そういう空想的な解決法以外に現実的なアプローチも必要なのじゃないかと考えています。それは「集積エリア解」とでも言えるもので、「日本の中に年収200万円でも暮らしていける場所と仕組みを作る」というものです。

たとえば住環境。東京で一番多い家賃は6万から13万円くらいまでのアパートやマンションでしょうが、これは、都心から地下鉄や私鉄で1時間ほど離れてもほとんど下がりません。家賃が半額となるエリアまで移動すると、静岡や山梨まで行く必要があり、すっかり通勤圏外になってしまいます。

一方、海外先進国の首都には“移民を含む低所得者層が集まって住む格安生活エリア”が都市の周辺(移動時間1時間以内)にもそこそこあります。

それらは“スラム”というより“格安生活エリア”という感じで、家賃が安いだけではなく、家賃の週払いや、部屋の一部を「又貸し」することによる共同賃貸生活が可能です。不動産や同居人も不動産屋を通さず、フリーペーパーやネット、張り紙で集めるので手数料もかかりません。こうすると一人あたりの住居費用はかなり低くなります。

東京にももちろん家賃3万円以下の物件はありますが、その数はとても少ないし、たくさんある7万円の部屋を借りるには、なんだかんだで30万円くらいの初期費用が必要です。家賃の週払い制度もないし、共有や又貸しも禁止が大半です。光熱費の基本料金も高く、日本というのは「最低生活費が非常に高い国」なのです。

仕事の多い都心部に敷金や礼金が不要で、家賃3万円だけれど週払いが可能なアパートがたくさんあれば、時給の仕事の人でもアパートを維持することは、現在よりかなり容易くなるはずです。


また、そういう格安アパートが多く集積するエリアができれば、“そういうエリアの商売物価”が形成され、その水準に合わせた“エリア特化型ビジネス”もでてきます。

たとえば、「5時間以内に賞味期限が切れる弁当と総菜だけを売るコンビニ」とか(←近隣エリアから店長が自転車で毎日持ち込む!)、ミニマムアクセス米しか使わないけれど、ご飯は食べ放題の定食屋、不要品引き取りで集めた衣類と家電、家具しか置いてないお店(常設のフリーマーケット的な店舗)に、電車の置き忘れ雑誌だけを集めた本屋など・・・。

いろいろ工夫をすれば、時給の仕事=年収額面200万円でも日々それなりに楽しく暮らせ、かつ、病気をしてもホームレスにならなくてすむエリアができるんじゃないでしょうか。


ちきりんが思うのは、現実問題として収入格差が既に「所与の条件」となっているのであれば、地価や生活費にも、もっと格差がないと生きづらいでしょう?、ということです。

日本は、生活インフラの要求水準が“一億総中流時代のまま”とどまっていて、今や、基本的な生活費を払うだけのために、収入の大半を注ぎ込まざるをえない人が出て来てしまっています。

そういった人の収入が増やせるならそうすればいいですが、それが無理なら、生活に必要な費用水準を下げることも考えるべきです。

就業人口6500万人の二割近くに上る1000万人が年収200万円で暮らさねばならないというなら、それでも生活や人生が成り立つ地域が、日本全体の住面積の2割は存在しないとバランスがとれません。しかもそういうエリアは、仕事のない地方ではなく都会に必要なのです。


んじゃ。



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