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Chikirinの日記 RSSフィード

2009-01-31 ブログ書いてる場合ではないっ!

とある韓流スターで、ちきりんも結構好きな人がいるんだけど、その人が日本のファンクラブのネーミングを募集するんだって。

で、ファンの人達に是非考えてどしどし応募してください、と。


で、なんと採用されたネーミングの考案者の方には、その韓流スターが一日プライベートでデートしてくれるんだって。




ええええええっ!!!!!!!





ごめん、みんな。

当面、ブログ書いてる暇はないかも。




ちょっとネーミング考えるわ。




ほなね!

2009-01-29 危機の中にある“日本経済再生への糸口”

先日ニュースで次の数ヶ月に製造業だけで40万人の雇用が失われると報じられていました。数万人だの数千人だのという数字とは異なり、いよいよ現実的な数字がでてきたなという感じではありますが、この40万人はまだ雇用を失う人の第一陣に過ぎません。

そもそも大企業にとっては「ボーナスが減る実感」がもてるのは次の6月が最初なわけで、そういう人達が消費を本当に抑え始める今年後半から、二段階目の市場縮小、それに伴う雇用調整が始まるのではないかとも思えます。


と悲観的なことを書こうと思えばいくらでも書けるのですが、反対にちきりんは今までいくつかのエントリを書いたように(例:“円高が日本を救う!(かも))、今回の経済危機について「でもこれって結構チャンスなんじゃない?」とも考えています。


今回の衝撃は余りに大きいので、「ちょっとずつ」「まあまあ」「ぼちぼちと」が大好きな日本人もそんな悠長なことは言っておられず、構造的なこと、根本的なことをばっさり変えていく必要に迫られるんじゃないかなと、いう気がしているからです。そして、それは決して悪いこっちゃない、とちきりんは思ってます。こういう大衝撃がないと、この国にとって「痛みを伴う構造改革」を受け入れることは本当に難しいことだと思うので。


その構造改革として提案、支持した一つが上で書いた「特定産業の輸出(外需)依存の経済体制からの脱皮」であるわけですが、最近の動きを見ていると、他にもいくつか“構造的な変化”が起こるかもね、と言う気がしてきたので、どういうことが起こりそうか、いや、起こって欲しいと思っているか、まとめて書いてみるです。

★★★

まず最初に起こること。それは「供給過剰状態の解消」です。

日本はそもそも多くの業界で供給過剰です。簡単に言うと「会社多すぎ」「店多すぎ」「キャパ大きすぎ」 それが過当な価格競争を呼び、「社員は過労死しそうなほど働いているのに誰も儲かってない」とか、「法律なんて守っていては商売できない」という無茶な状況を招いています。(その理由・背景についての関連エントリ→Exit)

供給過剰であることは皆わかっていても、誰も積極的に会社をつぶさない。「うちを吸収合併してください」ともちかける会社や社長は極めて希だし、強者がリーダーシップを発揮する買収はほぼすべて「敵対的」と見なされてしまうこの国では、多くの企業が余剰の設備、人員を抱え、余分な会社がいつまでも存続していた、わけです。

それがさすがにこの経済状態において“もたなくなって”きた。特に固定費系の産業は相次いで一部の生産設備の稼働をストップし始めました。

そしてこのまま市場縮小が続けば、それでもすまなくなる。合併して設備を統合し最も生産性の低い設備を閉じる、本社部門も統合でスリム化する、というプロセスが不可避になるでしょう。製造業だけではありません。小売業、金融などのサービス業、大学などの教育機関にも同じことが起ると思います。

既にいくつかの大型合併の発表が行われていますが、この動きは今後いっそう加速すると思います。そして、それによって日本にとって昔年の課題であった「市場原理による供給キャパシティの適正化=供給過剰状態の解消」を実現できる可能性がでてきた、とちきりんは感じているのです。

★★★

次に「終焉産業の退出」を促進するチャンスかも!と思います。

まだこの経済危機が起る前にちきりんは「新聞業界崩壊の理由5つ、いや6つ」というエントリで新聞業界が長くはもたないだろうと書きました。しかし実際には商売としての新聞稼業に長期的な成長力がなくても、豊富な不動産等の資産の上にあぐらをかいていた彼等は、改革を先延ばしにしお茶を濁すような時代錯誤の対応策(あらたにす、みたいなね)しかやってきませんでした。

しかし、これも先日「業界別“壊滅度”リスト」というエントリで書いたように新聞業界にたいする今回の経済危機の影響はまさに“壊滅的”です。

今年の元旦の新聞はどれも別冊の数が昨年より1〜2部少なかったと思います。家電メーカー等の元旦特別一面広告が大幅に減少したためですが、これら家電系と求人広告というドル箱二つを失った新聞に、この不景気のなか広告料が戻る可能性はもうほぼありません。ではもう一方の購読数がこれから増える可能性があるでしょうか?

いよいよ「使命を終えた産業」の終焉が見えてくるかもしれません。



それ以外にも不況が深刻になれば、「お歳暮・お中元市場」「年賀状市場」なども消滅するかもしれません。少子化と定員割れ大学の狭間で「受験産業」が消え、未だにあちこちの地方で毎年赤字を補填されながら存続している「ご立派な地方空港」やら「第三セクターの諸事業」やそのための立派な立派な建物も、たとえ100円ででも売却した方がまし、となるかもしれません。(簡保の宿も同じです。あんなの売らずにずっともっててどーすんだ??)

つまり、今回のようなことがなければ「だらだらと生き延びる」ことができてしまったような“既に役割を終えた事業や企業”に、きちんと「退出」してもらえるかもしれないのです。こんなことは日本ではこんな危機でもないと実現しえないことであったと言えるでしょう。(いやまだ起ってないけどね・・)



そしてそうなると必要となるのが新規産業の創造です。上記に書いたようなことが起れば、余剰な企業や終焉産業で働いていた人達は職を失うことになります。それらの人達を吸収する新しい産業や市場が興る必要があるのです。

でも大丈夫。日本には、先日、“失業者”と“人手不足”が併存するわけでも書いたように農業や介護市場など、規制にがんじがらめにされ民間の参入を厳しく(事実上)制限しているような市場があります。

これらの市場は、ニーズ(内需)があり、成長性と可能性に溢れる有望市場であるにも関わらず規制と既得権益保護のためにいかにも使い勝手の悪い分野として放置されているのです。

先日「散歩」が高齢者のリハビリや予防に非常に効果があると思われるのに介護保険では「散歩同行」が認められていない、という話が新聞に載っていました。あほみたいな話ですよね。“混合介護”が可能になれば散歩の時間分だけは保険を使わない料金を貰えば済む話です。その分を払ってでも、という人はたくさんいるし、散歩の同行なんて一番初心者に入りやすい部分でしょう。

そう、ここで4つめの大改革が必要となるのです。それが「規制緩和と規制市場の大開放」&「それによる新市場振興」ということです。

(規制緩和なんてしたら大変なことになる!という意見の方はこちらをご覧ください→“規制”と“規制の監視監督”の違い

★★★

そして最後に「地方分権」です。「道州制」までいってもいいけど。

先日の壊滅度リストでも国や地方の税収が大幅に減って大変なことになるよと書きました。国や地方自体もすさまじい勢いでの改革が必要となるでしょう。

しかしご存じのように公務員は解雇できません。この不況下ではむしろ「公の団体が雇用を増やせ」と言われるのが自然です。ではどうするのか?行政サービスや福祉を切り捨てるか?

経済危機で福祉の必要性は今まで以上に高くなるのにそれを切るなんてありえないですよね。行政サービスの一部は切ることができるかもしれないけど、それだけではとても足りないほどの税収不足がおこるであろうことはもう明白です。



知ってる人は知ってると思いますが、中央が資金と権限を独占するのはこういう時代には本当に効率の悪いやり方なんです。(高度成長の時にはよかったと思いますが)

全国一律の基準を個別の地方ニーズにあわなくても皆守らなくてはならない。そのために多額の無駄な設備を作る必要がある。工夫をして予算を余らせても別のことに使えるわけでさえない。国の企画にない分野の投資は、何度も何度も何度も何度も何度も知事が霞ヶ関詣での出張を繰り返さないと認められない。等々。

そもそも昔のようにどの地域も学校と大学を欲しがってるし、新幹線の駅を欲しがってるし、地域中核病院を欲しがっていて、ついでに文化施設もひとつくらいは欲しい!という時代ではない、ということです。地域によって「今、どこに、何にお金を使いたいか」は全然違ってきてるのです。なんだから中央で一律に決めずに、お金をどう使うかは地方に近いところで判断した方が圧倒的によいってこと。

東京に住む息子の仕送りを、田舎の母親が「食費には2万円当てなさい。本は1万円は買いなさい。」とか指示するってどー思う?ってことです。単に母親の方が「エライ」という理由で。「息子はいい加減で当てにならない」という理由で。いつまでも遠くに住む「偉いお母さん」の指示通りに動くべきなのでしょうか?


道州制は地方分権の受け皿となるだけでなく、それ以外にも多くのメリットがあります。行政単位をまとめることで政治や行政体制もスリム化できるし、「自分の範囲内での優先付け」ができることが大きい。また規制や制度の独自性も今より圧倒的に出しやすくなります。(説明不足なのは重々承知してますが、道州制について書くと、ここからまだ数千字は書かないといけなくなるので詳細はまたそのうち)


というわけ。


★★★

まとめときます。


つまり、今回の経済危機により強制的にでも、

  1. 特定産業の輸出(外需)依存の経済体制からの脱皮
  2. 供給過剰状態の解消
  3. 終焉産業の退出
  4. 規制緩和と規制市場の大開放による新市場振興
  5. 地方分権の推進、道州制への第一段階の実行

などが少しでも進むなら、それはそれで「よかったじゃん!」なのではないかと。

これこそまさに日本経済がその再生に向けて、次のステップへと進むための糸口となりえるんじゃないかと。


そう思ったりしたということです。





てか、

長くてごめん。

ホントすみません。

最後まで読んでくださった方、ありがとございます!


じゃね。

2009-01-27 ギメ美術館(パリ)

先日パリで2時間ほど時間があいたので、ホテルの近くにあったギメ美術館に行ってきました。*1 たっぷり2時間楽しめる非常に充実した展示でした。

展示はアジアから中東にかけての古代から近代ちょい前までの美術品。コリア、中国、カンボジア、ベトナム、ネパール、チベットなどの仏像、レリーフ、美術工芸品等。日本もあります。

展示品はルーブル美術館みたいに多すぎることもなく、東京にやってくる貧相でバカ高い特別展ほどには少なすぎず、休日の一部を使ってアートを堪能するのに過不足なく、堪能いたしました。



カンボジアの仏像やレリーフはいかにも盗掘され密輸されたものであり、「なんでこれがここに感」というのはいつものとおり感じます。そしてまた「いやいやここにあることの意義もある」と感じさせるほどの展示方法のすばらしさであったのも欧米の美術館を訪れた時に感じるいつものことです。(下記の過去エントリをご参照ください。)


(展示方法ではなく)展示品のすばらしさといえば、奈良とか(ギメ美術館なんて足下にも及ばないくらい)実はすごいと思うのですが、余りに見せ方が下手で驚きます。それは見せている人達が美術館でも美術家でもなく、寺であり宗教家でありお坊さんだからです。彼らにとって仏像や仏具は見せるものではなく、祈るものであり、その道具です。どう観せるか、なんて考えたこともないでしょう。

それは当然であり、もったいなくもあり、なるほどでもあります。


でも一度くらい奈良にある仏像とか工芸品とか世界に見せた方がいいんじゃないの?と思います。ほんとにすばらしいものがありますからねえ・・ああいうのを一流のプロの見せ方で見せたら。そしたら世界で最低でも7億人くらいが「奈良、すげえ!」って驚くと思うんだけどね。もったいないね。

ただし泥棒も増えるので今みたいな適当な保管方法ではもたなくなりますけど。価値がでればルパンも現れるだすよ。




ギメ美術館、地下のレストランがベトナム料理のレストランで、美術館の中としては珍しいですが。モダンスタイルでおいしかったです。



★★★

写真は本文とは関係ありません。パリの雰囲気をご堪能ください。

ついでに過去の美術館関連のエントリもピックアップ。たまには社会派を忘れて芸術派ってことで。



時間と空間のジグソーパズル

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20060525

f:id:Chikirin:20090128001131j:image


世界の美術館の違い

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20061101


f:id:Chikirin:20090128001120j:image

モダンアートも見てればわかる

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20070317



ロマノフ至宝:エルミタージュ美術館

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20070908

f:id:Chikirin:20090128001111j:image

続)メトロポリタン美術館

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20061102





ばい。


*1:ギメ美術館のホームページ:http://www.guimet.fr/

2009-01-24 写真で学ぶちきりん

出張報告ってことでふたつほど。

f:id:Chikirin:20090126173246j:image

とあるアメリカのホテルの和定食の朝ご飯。

左端の果物の串刺しが「焼き鳥からインスピレーションを得て」って感じなんだろうか。

ご飯茶碗よりでかい醤油差し、ってどうよ?

あと、鮭より漬け物の方が表面積がでかいかもみたいな。外国人ってやっぱこの辺がよくわかんないわけだよね。感覚的に知らないわけだから、日本の朝ご飯を。


次。

f:id:Chikirin:20090126173239j:image

このお風呂もねえ・・

妄想癖のあるちきりんはしばし「もしもあたしが高貴な貴族だったら・・」とかいう妄想に耽ってて溺れそうになりましたよ。

実用性でいえば熱が逃げやすくすぐ寒くなっちゃうのですが、壁についてる“雨を再現する系のシャワー”は欧州のホテルによくあるタイプのシャワーヘッドで、ちきりんはこれが大好き。次に家のバスルームを改装する際には是非とりつけたいと思うです。


その他、いろんな写真は下記からどうぞ。

↓ちきりん写真館

http://f.hatena.ne.jp/Chikirin/


左側のフォルダーをクリックすると、種類別に写真を見られます。

また、各写真をクリックすると拡大され、それぞれの写真の下にその画像を含むエントリが示されます。エントリも一緒にお楽しみください。


ではでは

2009-01-23 昔とった杵柄 (かしらん?)

大〜きな仕事も無事終わりましたので、そろそろ日本に戻ることにしました。


日本に帰ったら何がやりたいか。

(1)洗い場のあるお風呂にはいる。

(2)セブンイレブンのザーサイで白いご飯を食べる。

(3)録りたまっている韓国ドラマを見る。

以上


★★★

てかね、

ちきりんの仕事は出張が結構多いのだけど、これって昔バックパッカーとしてあちこち旅行したのが役立ってるなあ、と思うことも多いです。

たとえば今日もお昼の時間が1時間を切るくらいしかなくて、もちろん悠長にレストランでは食べていられないし、そろそろ胃腸も疲れていてできればアジアンなテイストのものが食べたい。初めて来たエリアだからホテルをでて適当に歩くんだけど、そういう時に「あっ、きっとあの辺だ」みたいな勘が働く、というか、鼻がきくよね。

だいたいこういう感じのストリートに安い中華料理屋があって、チャーハンだけテイクアウトできたりするぜ、みたいな。そういう感覚は、昔そういうものしか食べられなかった頃の旅行で身につけた嗅覚です。


あと、どういうトラブルが起りやすいか、というのもよくわかる。今は仕事で来ているわけだからそれなりの準備をして予約をして、それなりの価格のところを使っていても、それでも、いろんなトラブルが起る。

これも自分で適当に旅行していた頃に起ったいろんなことが役にたってると思う。

この前も都市間鉄道にのる予定があって、でも駅についた時点で出発時刻を15分過ぎていた。他のスタッフは「あ〜、間に合いませんでしたね〜。飯でも食って次のを待ちますかぁ」とか言ってるんだけど、ちきりんは「絶対間に合うって」といって予定されていたホームに。

そしたら案の定、乗る予定のがまだホームに。そんなもんだよね、と思う。「(電車やバスが)予定時刻通りに出発したに違いない」と思うのは日本人だけで、そんなこと思うのは世界でもかなり珍しいのよ。って感じだ。

この辺のくだらない経験値のおかげで、ほんのちょっと今の仕事もやりやすくなっている。


で、連想ゲーム的に思いついたので今までのちきりんブログから旅行関連のエントリをピックしてみました。けど、途中で挫折したから網羅的ではないんですが。すみません。

そんじゃーね。


★★★


旅のスタイル(前編)

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20081117

旅のスタイル(後編)

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20081118

湿度10倍

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20050701

旅先一覧

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080513

キューバ旅行 報告その1

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20050507

Back to Japan ?

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080507

ロマンチックか?ディナー

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080509

ブ旅 その1 イグアスの滝

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20070516

この博物館はたまらない

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20070906

好きな国?

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20060313

2009-01-21 アドバイスの正しいもらい方

自分の悩み、決断できない何かについて、誰かからアドバイスをもらう場合、より有益なアドバイスが得られる方法3つをまとめてみました。


ルールその1

必ず両方の選択肢を質問に入れる。

具体例:「Aだと思いますか?それともBでしょうか?」


アドバイスを求められた時、相談された人がまず考えることは「この人は本音ではどちらを望んでいるんだろう?」ということです。

大半の人は自分の心の中に答えを持ってます。相談された人の役目はそれを「ほら、そこに答えがあるでしょう?」と指し示すことです。


下記は転職についてアドバイスを求められている例です。

「すごく強く誘われているのですが、転職すべきでしょうか?」「そうですね、そんなに強く誘ってもらえるってなかなかないですよ。真剣に考えてもいいかもしれません」

「迷っているんですが、やっぱり断るべきでしょうか?」「そうですね。生半可な気持ちでyesって言わない方がいいですよ」


というように、迷う相手を肯定してあげるのが一般的なアドバイスのスタイルです。なぜなら相談を受けた人は多くの場合、「本人が好きなことをするのが一番いい」と考えているし、もう少し突き放した言い方をすれば、「どうでもいいです。好きにすれば?」と思ってるわけだから。

なので、「こっちを望んでるな」とちょっとでも“匂う方向”があれば、そっちに答えを持って行きます。

本人の意向と反対のアドバイスをし、わざわざ相手を説得するなんて面倒なだけです。(そんなことをして結果が悪ければ、逆恨みされたりします)

だから本当に中立的な意見を聞きたいのであれば、必ず両方の選択肢を同列に並べて質問すべきです。


転職相談の例でいえば、「すごく強く誘われているんですが、転職するべきでしょうか? それともやっぱり断るべきでしょうか?」と、言葉を尻すぼみにせず、両方の選択肢を同じ強さの声でクリアに発語すべきです。

自分がどちらを(潜在的に)望んでいるか、少しでも匂わせたら、相談を受けた人は「あなたの気持ち」を汲んで回答してしまうでしょう。



ルールその2

「質問する」のではなく「語る」こと。自分を理解してもらうこと。

他人に相談しようと思うほどのことには普通、「正解」はありません。あるのは特定の人にとっての、特定のタイミング、特定の環境における最適解だけです。

A社に転職すべきか、今の会社にとどまるべきか。すべての人にとって答えが同じのはずがありません。A子と結婚すべきか、Aというキャリアを選択すべきか、AをBより優先したライフスタイルを選択するか。こういうことに絶対的な正解はなく、あるのは「今の私はどっちの道を進むべきか」という選択です。

だとしたら、その判断に最も重要な情報は「相談者がどんな人で」「その人は今、人生の中でどんなタイミングにあって」「どういった環境にあるのか」という情報です。

「主語・主体が誰であってもみんなA社に転職すべき」とか「あなたが今 20才でも 30才でも 40才でも、Aというキャリアを選ぶべき」などとは言えません。


なので、相談をする時は聞きたいことは冒頭に一回だけ言い、あとは、自分を理解して貰うために時間を使いましょう。

自分はどんな人で、何が嬉しくて、何が不安で、何が怖くて、何が大好きで、なんで今、迷っているのかを。以前に迷ったことを、過去に後悔したことを。以前に成功したことや、今満足していることを語るのです。

よいアドバイスを貰うために一番重要なことは、相手に「自分」を理解してもらうことなのです。



最後のルールです。

ルールその3

最後に「ありがとうございました。他になにか僕が聞いておくべきコトがあるでしょうか?今までお聞きしたことと全く違うことでもいいのですが。」と言うこと。


最後にこういえば、この言葉の前に得た助言より、何倍も有効なアドバイスが得られます。この質問の前、相手は「相談者が質問したこと」に答えています。反対にいえば、「相談者が質問しなかったこと」には触れていません。


しかし、「相談者が質問したこと」が「質問しなかったこと」より大事だという保証はありません。相談者は「何を質問すべきか」、正しく理解していないかもしれません。だから、自分が何を質問すべきかということ自体を、相手に問うてしまった方がいいのです。

たとえば、「博士課程に進学するにあたって、今までの指導教官の○○先生が他大学に移られるんで、僕もそっちに移ろうかなあと考えてるんです。でも研究環境は今の大学の方が圧倒的に恵まれてるし、家族もこの街に住みたがっているし、ここはいっそ研究室を変えて今の大学に残るべきか、悩んでいるんです。幸いにももうひとり指導教官として尊敬できる先生もいらっしゃるし。」と相談すれば、様々な“それなりに有益な”アドバイスがもらえるでしょう。


しかし、

もしも最後に「ありがとうございました。他になにか僕が聞いておくべきコトがあるでしょうか?今までお聞きしたことと全く違うことでもいいのですが。」と言えば、助言者は、

「ところで、博士課程に進むこと以外の選択肢は考えたの? 文系で博士号に進むって大変なことなんだよ。わかってる?」と言ってくれるかもしれません。

そして、そのアドバイスの価値たるや「相談者が質問したこと」への回答とは桁違いの価値があるかもしれないのです。


相談される人は、相談する人の何倍も幅広い知識や経験をもつ場合が多いです。「質問をして得られること」は、「相談者が思いついた質問範囲のことだけ」です。しかし「他になにかありませんか?なんでもいいです。」と言えば、相手は自分の経験と知識の大海から「相談者に最も有益なメッセージ」を取り出してきてくれます。

これをもらわずして何の意味がある? という珠玉の助言が得られる可能性があるのです。


ただし、1時間の約束で会っている時、58分経過時に「最後になにかアドバイスはありませんか?なんでもいいです!」と言われたら、ちきりんは「特にありません」と言うでしょう。

一方、半分の 30分だけ経過した時に質問を終え、「他に聞いておくべき事は、なにかないですか?」と聞いてくれば、「そもそもの話なんだけどね・・。」と話し始めます。


わかりますね。


私たちは、自分の思考の及ぶ範囲を超えた何かを得たいから、他の人のアドバイスを求めるのです。だったら自分で用意したくだらない質問なんてさっさと切り上げて、「相手が大事だと判断すること」について聞く時間を十分に確保する方がよほど意味があります。



まとめておきましょう。

1.質問にはすべての選択肢を含めること。

2.質問するのではなく、自分を理解してもらうこと。

3.「自分の聞きたいこと」は半分の時間で済ませ、残りの時間は「相手がコレを伝えておきたいと思うこと」を話してもらうこと。


この3つに気をつけておけば、人から得られる知見や助言は、圧倒的に豊かなものになると思います。


それではね。



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2009-01-19 昨日の表でもう一句

坂本哲志総務政務官の不用意なつぶやき

「彼らは右下のグリーンの箱の人達なんじゃないのか?」


派遣村村長 湯浅誠氏

「とんでもない。みんな右上、黄色の箱の人達です。」


★★★


城繁幸氏

「ピンクの中の中高年の給与が高すぎるから、黄色の人達がワーキングプアなのです。」


池田信夫氏

「だからピンクの流動化が必要なのだ。」


★★★


梅田望夫氏

「好きを貫くこと。それが左下、ブルーの箱」


★★★


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★★★

このエントリは全面的にフィクションであり、パロディであり、ジョークです。読んで笑って終わりにするのが正しい読み方です。念のため、お知らせまで。

2009-01-18 日本に起業家が少ない理由

よく耳にする「日本は起業する人が少ない。」という話。

これデータ的に事実なのか、未確認です。

クロネコヤマトの小倉氏も、ファーストリテイリングの柳井氏も会社自体は親から引き継いでいるため、統計的には起業率にカウントされていないと思います。

でも過去と断絶した大きなビジネスを展開しており、彼等を起業家と呼ばずに誰を呼ぶ?という感じですよね。

とはいえ、とりあえず今日は「なぜ日本に起業家が少ないのか?」について考えてみました。

そして思いついたのがこの図です。↓

f:id:Chikirin:20090118061648j:image:w400

ここでは、人をふたつのスキルの有無で 4グループに分けています。


最初の「社会適応スキル」とは、“受験や就活スキルなどの様々なテクニカルな関門を、要領よく切り抜けるためのスキル”です。

もうひとつの「自己抑制キャパシティ」は、「どの程度くだらないことに耐えられるか」という能力(?)です。

たとえば、

・23才から 64才まで 40年間、毎日ラッシュの地下鉄で揉まれる人生に耐えられ、

・「こんな資料、誰も読み直さないだろ」とわかりきってる会議の議事録を何時間もかけて作り、

・課長に“てにをは”を直されては素直に修正し、部長に印刷がずれてると言われてはインデントの設定をやり直す、

そんな仕事に耐えられる人は「自己抑制キャパシティ」が大きい人です。


このふたつの基準の組み合わせで規定される 4種類の人について、それぞれ見ていきましょう。

まず、社会適応力があってくだらんことにも耐えられる人(ピンク領域)は、たいてい大企業の社員や公務員になっています。

社会適応力があるから受験も就活も乗り切ってそういう組織に入ることができ、そこで行われる超くだらないことにも「何十年でも耐えられる」のでドロップアウトしません。


次に、我慢強いけれどもテストや面接を巧みに乗り切るスキルを持っていない人(黄色領域)がいます。

彼等は社会適応力が低く“余裕ある企業や組織”に入れないため、低賃金でスキル蓄積につながらない仕事をやらされています。

それでも我慢強く、どんな悪環境においても、ワープアと呼ばれるような給与でひたすら我慢して頑張ります。


3番目にどちらのスキルも低いと、右下、黄緑の領域の人になります。

社会的応力が低いため大組織に潜り込むことができず、かといって搾取されつつ働き続けることにも「我慢できない!」ので、ニートやフリーターになってしまいがち。


最後に左下の水色の領域の人達。

彼らは社会適応力はあるけれど、我慢強くはありません。

彼らの一部は最初は大企業に所属する場合があります。とりあえず、そうできてしまうからです。

けれど彼らはくだらないことには我慢ができないため、「ありえんだろ、こんな人生!?」と考えて大組織を飛び出してしまいます。

それでも社会適応力があるからなんらか食べていけます。フリーになったり、起業する人もいます。


ちなみに彼等は“つらいこと”に耐えられないわけではなく“くだらないこと”に耐えられないだけです。

なので働く時間が長くても、仕事の中身が「自分がおもしろいと思えること」と「意味があると思えること」なら長時間でも働けます。

一般的に起業家とは、この領域から生まれます。

「社会適応スキルは高いけど、あほらしいことには耐えられない。自分の人生の時間は組織のためじゃなく、自分のやりたいことに使いたい!」という人達が起業家になるのです。


ところが日本はこの水色の領域に入っている人口(比率)がそもそも少ないのではないか?というのが、今回、私の気が付いたことです。

なぜでしょう?


それは、日本ではこの横軸と縦軸に“ダブり”があるからではないでしょうか? 

つまり今の日本では、“求められてる社会適応スキル”のひとつに“くだらないことも長期間じっと我慢できるスキル”というのが含まれているように思えるのです。

もしそうだとすると、「社会適応スキルの高い人は必ず自己抑制キャパも大きい」という関係になり、左下の水色領域に入る人がほとんどいなくなります。


そして日本でフリーで働くプロフェッショナルや起業家らは、その多くが右下の黄緑の領域にフリーターやニートと混在してしまいます。

日本では起業家もニートも「いわゆる日本的大組織ではやっていけない人」であり、両者とも「社会適応性を欠いている人」として扱われるのです。

ポジティブに言えば、「日本の大組織では収まりきれない器の人」が起業家になる、とも言えます。

堀江貴文氏も柳井正氏も孫正義氏も、普通の大企業の勤め人なんてできなさそうですよね。そんな働き方にはきっと耐えられないでしょう。


この、「起業家は日本の大組織では耐えられない人が成るもの」というコンセプトのために、日本では大企業の社員や公務員が、起業家をうらやむことがありません。

人はわざわざ「社会不適応な人」に憧れたりしないのです。

日本でピンク領域にいる人達は、「自分のいる場所が一番いい場所だ」と確信しているわけですから、一生そこから動かないのは合理的な判断なのです。


でも仮にこの 2軸が独立していて、水色の領域にもっと多くの人がいれば、ピンク領域の人から見て水色にいる彼らは、「能力は自分達と同じように高く、かつ、自分のやりたいことを我慢せず、自由に生きている人達」に見えます。

そうなって初めて、水色ボックスにいる人たちは憧憬の対象や若者の目標になり得、ピンク領域から水色領域へ「人の移動」が起る、つまり、優秀な人達がどんどん起業家を目指し始めるのです。


★★★


多くの国では、「好きなことだけをやって生きていけたらすばらしい!」というのが一般的な感覚です。

ところが日本には、「やりたいことだけをやる」生き方を「わがまま」とか「不道徳なこと」とネガティブに捉える社会通念があるのです。

時には「人間は我慢が大事」とか、「好きなことしかやらないような奴は、人間ができてない」とさえ言われます。


こんな考えがあるかぎり、日本で起業家が増えることはありえません。

「嫌なことでも我慢すること」が「社会的に優れた資質」と見なされるような社会では、「自由に好きなことを追求しよう!」、「くだらないことに堪え忍ぶのは人生の無駄だ!」という価値観を持つ人はアウトローであり、時には反逆者扱いされてしまいます。


だから日本で起業家を増やしたいなら、細々した制度を整えるより

「好きなことをして生きていけたらすばらしい!」とか、

「くだらんコトに延々と我慢をするのは人生の無駄遣い」という

ごくあたりまえの感覚を、多くの人に拡めることが大事なんじゃないかと思います。


f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium

んじゃ!


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2009-01-16 変化の意味

もうすぐアメリカ新大統領の就任式ですね。

オバマ新大統領が選挙戦で掲げたスローガンが “We can change !” 、すなわち「変化」

この「変化」という言葉、アメリカではたいてい肯定的な意味で使われますが、日本では必ずしもそうではありません。

半々か、もしかするとさらに高い比率で「変化」をネガティブなものと感じる人がいそうです。


私にとっては、変化のない状態とは「退屈」「成長しない」「停滞している」「頑な」というイメージです。

一方で変化は、新しいものとの出会いや成長、ダイナミックなわくわくする経験といったイメージと結びつきます。


でもこの国では「変化しないモノ」にポジティブな意味を与える人も非常に多いです。

それは、「ぶれない」「安定している」「一貫している」「耐えしのぶ」といった言葉とつながっています。

変化をポジティブにとらえる場合でも「性急な変化」という言葉があるように、「変化するのはよいが、そのスピードはゆっくりの方がベター」という感覚があるようです。


「変化」という言葉から思い浮かべるイメージの国際比較とか、「彼は決して変わらない」という言葉を、異なる国でどう解釈する人が多いか、などについて調査してみたらおもしろいんじゃないかな。

変化が好きそうな米国はともかく、歴史の長い欧州でこの言葉がどのように受け取られているのか、急速に変わりつつある中国など新興国ではどのようなイメージとつながるのか、興味深いところです。


最近の日本では役所や大企業に入りたがる若者がたくさんいますが、ああいうところで働いていると、「 5年後の自分の姿は 2メートル先の係長席をみればわかる」、「 10年後の自分の姿は、4メートル先の課長席に見えている」といった状態です。

それを「安心できる人生」、「安定した人生」と感じ、「そういう人生を手に入れたい!」と考える人もいれば、「そんなつまらない人生は耐えられない!」と思う人もいます。

変化をポジティブにとらえる人にとっては、「 5年後はこうで、10年後はこうで、20年後は定年で、30年後は老人で、40年後は寿命」みたいに先が見えてしまっている人生では、自分で生きる意味がないとさえ思えます。

一方、変化嫌いの人にしてみれば、「そういう安定した人生だからこそ、日常のささいなことを楽しめるんだ」ということなのかもしれません。

自分の子供に安定した人生を与えたいと思っている親もたくさんいるのでしょう。


さらに、好ましいと思う変化スピードについても、意見は大きく異なります。

速いスピードでどんどん変わっていく世界にドキドキわくわくできる人もいるし、あまり早く変わるとついていけないから、ゆっくり変わって欲しいと望む人もいます。

ちきりんは日本人なので「日本も少しずつ変わっている」ことがわかりますが、海外の人からは「日本の変化は遅すぎて、変わっているのかどうかわからない」レベルなんじゃないでしょうか。

日本企業の中にも「少しずつ変えているつもり」の経営者と、「何年たっても何も変わらない」と感じる若手社員、という構図も存在しています。


私は、この「変化すること」「変化スピードが速いこと」をポジティブに考えるかネガティブに捉えるか、という違いは、

その人が楽観的か悲観的か、ということや、その人が今いるポジションが相対的に有利な場所かどうか、に依るのではなく、

「変化のわくわく」を実際に体験したことがあるかどうか、に依存していると感じています。

だから一度、変化を体験した人はどんどん新たな変化を求めるようになるし、変化を経験したことのない人はそれをどんどん怖がり始めるのです。

一生、変化を避けて生きていけると思うなら、できるだけそれを避けるのもひとつの選択肢かもしれません。

でも、もしも「これからの世の中、変化は必然!」と思うなら、早めに(若いうちに)大きな変化を経験しておくのは悪い話ではありません。

早めに経験しておけば「変わることを恐れない、むしろ楽しめる人」になれる可能性が高くなるからです。


「変化を楽しめる人」「先が見えないことにワクワクできる人」と、

「変化を恐れる人」「先が見えないと不安で不安で、という人」


みなさんにとって 5年後や 10年後の自分の姿が今から(手に取るように!)見えていることは「安定していて好ましい」人生ですか? それとも「退屈でつまらない」人生でしょうか?

想像もつかないことが未来の自分の人生に起るのは耐えられないことですか? それとも、「今は想像もできていない未来」にワクワクし、その中で翻弄される自分の人生さえ楽しみに思えたりするでしょうか?

自分の子供に「定年まで見えている安定した生活」を用意してあげたいと考えますか? それとも・・・?


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そんじゃ。


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2009-01-15 官と戦う起業家達

楽天の三木谷氏が薬のネット販売の規制に関して怒りまくっているというニュースを読んだ。いつの時代も起業家の最大の仕事は「民を邪魔する官と戦うこと」なんだなと思った。

古くは本田宗一郎氏がバイクから自動車製造に乗り出そうとした時に「そんなたくさんの自動車メーカーはいらん。やめろ」と言い出した通産省(当時)の話が思い起こされる。

当時の役人に言わせれば日本の自動車メーカーが世界市場を席巻するなど考えも及ばない。こんな小さな島国で何社も自動車メーカーができたら皆共倒れになって世界で戦える力が付かない、と思ったのだろう。

それを押し切った希有な起業家はアメリカで最も成功する自動車会社を作り上げた。


他に日本で「官と戦う起業家」として有名なのはヤマト運輸で“クロネコヤマトの宅急便”を開発した小倉昌男氏である。

税金で構築した郵便局ネットワークを元にして圧倒的に有利なビジネスを展開しながら「コストがあがりました」という理由で値上げを繰り返し、殿様商売をしていた郵政公社。

ヤマト運輸が始めるすべての新サービスに反対し、それが難しくなる法律や規則を制定し、自分達の準備が整ったらすぐに真似して参入してくるという手法。

巨大な官に立ち向かった小倉氏はちきりんが尊敬してやまない起業家だ。


巨大な元官企業に果敢に挑んだ、という意味では孫さんも同様だ。ドコモがどこよりも早く日本中にアンテナを立て終えたのは、税金で日本中に作られている電話局の職員がいたからこそだ。これで新規参入の競合他社と公正に競争しているとは聞いてあきれる。

孫さんはまた、金融当局と大手銀行が牛耳っていた資金調達市場をベンチャー企業にもお金が回るようにした立役者でもある。彼がいなければ、ベンチャー企業はいつまでも銀行からの出向者を受け入れ、しかも個人保証をつけるという理不尽な方法以外の資金調達方法をもてなかったかもしれない。


先日、子供が持つ携帯から見られるネットサイトを一律規制しようとした動きに対して、モバゲータウンを運営するDeNAの創業者社長、南場智子氏らを初めとする携帯サービス各社の経営者がその動きを押し戻した。

そして今、ルルやバッファリンをネット通販できなくする規制を入れようとする厚生労働省に楽天の三木谷氏がかみついている。



いつの時代も、この国は官と戦う起業家達によってひとつひとつ成長の扉を開けてきたのだ。

一方で、官の払い下げ事業や官からの独占事業で大きな富を築いた伝統的な財閥企業を始め、いつの世にも官と寄り添い、その庇護の中で既得権益から膨大な利益を上げ続ける企業も営々とその軌跡をつなぐ。



ちきりんは、官と戦う起業家達を心から応援、支持している。



がんばれ、起業家!

2009-01-14 非生産的な議論例3つ

同じテーマについて話しているようで、実は全く違う領域について意見を交わしている=「かみあわない議論」ってよくありますよね。

たとえば、

Aさん 「何回も契約更新を繰り返し、同じ職場で 5年も働いているのに正社員になれず、有給休暇もボーナスもない。そんな立場に置かれている人がいるのはおかしい。非正規雇用契約なんて禁止すべきだ!」


Bさん 「でも、全員が全員、正社員になりたいわけでもないんです。契約社員として自由な時間だけ働きたい人もたくさんいるんですよ。働き方の多様性だって確保する必要があります」


テレビ討論などでもよく聞く問答ですが、Bさんの発言はAさんへの反論として成立していません。

Bさんは“でも”で話し始めているので、Aさんの意見への反論を言う必要があります。

が、Bさんが“でも”に続けて話していることは「Aさんが話しているのとは、違う部分の話題」です。


Aさんの発言をステップごとに分けて理解すると下記です。

(1) 世の中には契約社員などの非正規社員と、正社員がいる。

 ↓

(2) 契約社員、非正規社員の中には、自分で望んでそうしている人と、本当は正社員として働きたいのに仕方なく非正規で働いている人がいる。

 ↓

(3) 正社員を望んでいる非正規の人の中には、何回も契約を繰り返し、長期間同じ会社で働いている人がいる。

 ↓

(4) その中には不公正な労働条件を強いられている人がいる。これは間違ったこと、不当なことである。

これがAさんの主張です。


一方のBさんの発言は上記の (2) と全く同じです。

「非正規雇用のうち、望んで非正規社員という立場を選んでいる人と、望まずして非正規雇用の人がいる」ことは、Aさんの発言の前提に存在しています。

その前提に基づき、Aさんは、「望んでいるのに正社員になれない人の問題」を取り上げています。


ところがBさんは話を元に戻し、「望んで非正規雇用の人もいる」と言っています。

これは、Aさんが自分の主張の前提としている論理の一部をリピートしているに過ぎません。

それをあたかも有効な反論であるかのように“でも”でつなぐのは文章として正しくありません。


図示するとこんな感じです↓

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Aさんが話している地点からずっと遡ったところにある、前提の一部に話を戻すのは変でしょ?

しかも前提の一部なんだから相反する話ではないのに、“でも”でつなぐのも変です。


★★★


もうひとつ、不毛な議論の例を見てみましょう。

Aさん「学歴なんてぜんぜん重要じゃないよ。」


Bさん「いや〜、現実にはやっぱり学歴は大事だよ。」


Cさん「学歴なんて全然意味ないよ!」

これは議論自体が成り立っていない例です。


「大事か大事でないか」「重要か重要でないか」というのは、ある要素 (x) が、何かの結果 (y) に大きな影響を与えているかどうか、という話です。

(x) によって (y) が決まってしまうなら“重要”“大事”と呼べます。

ということは、(y) が何か? によって結論は変わって来ます。


ここでは (x) は「学歴」ですが、(y) が「年収」なのか「体重」なのかで話は違ってきます。

なので (y)が何なのか定義せずに話し合っていても結論はでません。


(y) を明確にすればこんな議論は簡単に答えが出ます。

「学歴によって年収が影響を受ける」と言いたいならデータを収集して検証することが可能ですから。

高卒と大卒の給与平均は統計データがありそうだし、東京大学卒業生と慶応大学卒業生のデータなんかもあるのでは?

データがあれば、「俺はこう思う」「そうは思わない!」という水掛け議論をしなくてすみます。

もちろん「体重」との関係だって一定規模の調査をすればデータで検証できます。


なにかが「重要だ」「いや重要じゃない」という議論をしたいなら、

まずは「何の結果にたいして、どの要素が重要だと主張しているのか」という (y) を明確にしないと、議論自体が意味をなしません。


そして多くのケースで、 (y) を明確にすると「検証可能性」が高くなります。

そうすると議論が水掛け論ではなくなります。

きちんとデータに基づいて議論しようという話になり、議論は結論に向けて進み始めます。


などと書くと、「じゃあ、(y) は“幸せ度”だ!」とか「(y) は人生の成功度だ!」とか言う人がいるんですが・・・それでは全然明確になってません。

大事なのは (y) を明確にすることです。

そういう議論をしたいなら、まずは「幸せ度ってなに?」というのを定義しましょう。


★★★


最後の不毛な議論例は、結論に関係ないことにこだわる人です。

Aさん「この前、買うって決めた商品、Aデパートで買うと 2000円、Bスーパーで買うと 980円だったよ。だからスーパーで買おうよ!」


Bさん「えっちがうよ。間違ってるよ。デパートで買うと 2100円だよ!」


Cさん「おまえら、なんも知らねーんだな。デパートは今 1800円になってんだよ。ちゃんと勉強してからモノ言えよな」


Bさん「なに言ってんだよ。オレは昨日見てきたんだぜ。正確な知識なしに議論するのは勘弁してくれ」


Cさん「だったらちゃんと調査してから決めようぜ!」


Aさんの主張は「スーパーで買おう」ということです。前段の文章はその理由に過ぎません。

Bさんの意見が正しくてもCさんの意見が正しくても、Aさんの結論、主張には全くなんの影響もないんです。

こういう「最終的な結論」になんら影響を与えないのに、その前段階の細かいことにやたらとこだわって時間を空費する人って意味不明です。


なんですけど、ネット上はもちろん、リアルな社会でもこーゆー「議論のための議論」がやたらと好きな人がいます。

実は私のブログに寄せられる反論の大半も、「で、それがどーしたの?」ってことばっかりです。

私は「結論を変えない細かい反論」には興味が無いので、たいていの場合、返事する気にもなれません。


もちろん議論をするのが目的なら(=会議をするのが目的なら)いつまでも議論していればいいでしょう。そして議論が趣味だというなら延々やってればいいと思います。

しかし、結論を出すのが目的なら、& 結論に基づいて行動するのが目的なら、、BさんやCさんの言っていることは「正しいかもしれないけれど、全く価値のない発言」です。


あなたがしたいのは「議論」なのか? それとも「結論をだすこと」なのか?

どっち?


というか、会社において「議論のための議論」をする人って何なんでしょうね? 

自分の趣味を職場に持ち込むのはやめてほしいです。趣味は家でやってください。


そして、就活のグループディスカッションで見られてるのは、こういうことなんですよ。わかってる?

論理思考について実践的なスキルを身に付けたい方はこちらをどうぞ ↓

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2009-01-13 中小企業が日本の力?

日本ってよく「中小企業は日本経済の要。中小企業や、さらに小さな零細企業の力があってこそ日本経済はここまでこれた」みたいな意見があります。

でもね。

中小企業や零細企業って(大企業と比べると)明らかに法律を守ってる比率が低そうだよね。

特に労働基準法周り。

女性が妊娠しても産休が取れるどころか退職を迫られたり、仕事でケガをしたのに十分な補償が受けられなかったり、景気が悪くなると解雇が行われたり・・・


「中小企業の質の高さが日本の底力」とか言う人って、このあたりの「不都合な真実」にはほとんど触れませんけど、それってどうなんですかね?

「法律をきちんと守っていたら中小企業の大半はやっていけない」みたいに言う人もいるけど、そんな違法状態でないと成り立たない企業群が日本経済を支えているって変じゃない?

それって

「我が国の主要外貨獲得産業は性風俗である。日本からも韓国からも中国からもたくさんお客さんに来ていただいてありがたい。もちろん違法な産業ではあるが、この産業が我が国の経済を支えているのである」とか、

「我が国の主要産業は、マネーロンダリング。世界各国の金持ち、マフィア、独裁者が利用してますよ。もちろん国際法すれすれですけど、我が国はこれで成り立ってるようなもんですから」

とか言ってるのと同じじゃない?

我が国の経済の底力は中小企業や零細企業にあるのです。彼等のがんばりのおかげで日本は世界で有数の経済大国になりました。

もちろんそういう中小零細企業は労働基準法も雇用均等法も全く遵守していません。

労働災害で怪我しても労災認定さえせずに解雇するとか、妊娠したっていう理由で女性社員を解雇するようなほとんど人権侵害みたいな扱いも少なくないです。

だって法律なんて守ってたら成り立たないですから」

って、本当に大きな声で誰にでも言える?

一応日本も先進国なのにさ、そんな開き直っちゃっていいの?


他にも、「飲食チェーンとか、きちんと労働基準法なんて守ったらみんな赤字で撤退になっちゃう!」という意見もありますが、

私からのシンプルな答えは「だったら値段を上げればいーじゃん」ってことです。

そう言うとすぐに「そんなことしたら消費者が離れてしまう」と言われるのだけど、すべての店に基準を守らせたら、全部の店の値段が上がるんだから消費者は離れられません。

それに労基法をちゃんと守れば飲食店で働いている人の給与もあがるんだから、彼らの消費力も増えるしね。


★★★


すべての店に規制を守らせるのは大変すぎって言うけど、日本はもっと「規制を守らせるための人手」を増やすべきです。

そもそも役所は、規制を守らせるためより、規制を作るためばかりに人手を割きすぎです。

農林水産省で働く人の多くは、既存の農家を守るために世界の貿易会議で“米は輸入しないっ!”って主張するための資料を何十人もが徹夜しながら作ってたり、

農家に渡す補助金を財務省から配分してもらおうと、「補助金が必要だあ!」みたいな屁理屈をつけるための書類を何十人もで徹夜して作ってます。

それなのに、食品偽装とか産地偽装とか全く自分達では調べにいかない。全部内部告発で見つかってから、後から調べにいくだけ。

だから「農水省の検査で初めてわかりました」なんて聞いたことないでしょ。


つまり今、つまんない規制を作ってる人達を全部、明日からは規制を作る仕事じゃなくて、規制が守られてるかどうか調べる仕事に変わってください、って言えばいいだけなんです。

食品偽装とか、産地偽装とか、異物混入とか、監視しなくちゃいけないことは山ほどあるんだから。

公務員は首を切れないんだから、仕事を“規制を作る仕事”から“規制が守られているか調べる仕事”に変えて貰えばいいってこと。そしたら労働者も守られるし食の安全も守られる。


こちらの図、見てください→ http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080911

役所が全部、“規制を作る仕事”じゃなくて、“規制を守らせる仕事”に変わったら、どの省庁も消費者や労働者のために働くっていう図になるわけです。

厚生労働省の本当の仕事は、労働についての規制を作ることじゃなくて、労働関係法案がちゃんと守られているかどうか、きちんと監督することです。

“規制を作る仕事”っていうのは産業界を向いた仕事が多い。だから天下りのポジションも確保できる。

だけど“規制が守られているかどうか監視する仕事”っていうのは、その大半が消費者や労働者の利益になる仕事です。こっちの仕事は「天下りポジション」をなかなか生み出せない。

どこの省庁も産業界ばっかり気にして消費者のことを気にしないから「消費者庁」が必要になるように、厚生労働省も労働者を守る気がないなら、「労働者保護庁」とか作らないといけなくなるってこと。



そんじゃねー

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2009-01-12 “規制”と“規制の監視監督”の違い

「規制すること」と「規制を守らせること」は、言葉は似ていますが全く異なる概念です。


権限のある当局が、プレーヤーである企業や個人の行動に制限をかけるのが「規制」です。

一般的に官庁や行政の長は「規制強化」を望みます。なぜなら彼等にとって規制とは「権力の源」だからです。

また規制はその「中」に入った人達を守ってくれるので、それらの人達もいつしか「規制緩和には絶対反対!」と言いだします。これが「既得権益層」です。


反対に、今持っているものが少ない人、たとえば新しい企業、新しい産業、若い人などにとっては、規制緩和や自由化が有利です。

また「規制は少なければ少ないほど、経済全体が巧く廻るはず」と主張する規制緩和論者もいます。


一方の「規制の監督」とは、規制が遵守されているかどうかを監視し、守られていなければ是正させることで、規制強化とは別の概念です。

規制自体はもっと緩和すべきと考えている私も、規制の監督については「もっと強化すべき」と感じることがよくあります。


★★★


たとえば派遣という働き方に関して、「派遣制度自体を禁止するべき!」と主張をする人がいます。この人達は「規制強化論者」です。

しかし派遣法を巡る問題の大半は「規制の監督」にあったはずです。

数年ごとに形式的に契約を分断して正社員化を避けたり、派遣社員でも適用されるべき年金や健康保険への加入手続きを怠ったり、様々な脱法行為が行われたのは、規制の監督ができていなかったからです。


であれば、解決方法は「規制の監督をより強化する」ことのはずです。

それなのに、何か問題があったから派遣制度自体を無くしてしまえと主張するのは、いかにも安直です。

運用上の問題が起こるたびに制度自体を全否定していたら、新しい仕組みはなにひとつ社会に定着しません。

新たな制度をどうやったら適切に運用できるのか、社会全体で工夫や努力をすることが求められているのです。


★★★


学校の服装規定なども同じです。制服を義務化し、さらにスカート丈は○センチなどと決めてしまえば、服装指導は非常に簡単です。

もし規制緩和が行われて「高校生らしい服装であれば、制服でなくても可」というルールに変わったら、適切な監督をするためには「本当にこれでよいのか?」という議論が必要になります。


また、お金持ちの子供がブランドものづくしの格好で登校するかもしれません。これでは貧しい家の子供がかわいそうだ。だから「全員制服に戻すべき」と規制強化論者は主張するでしょう。

貧しい家の子が洋服を万引きし「○○ちゃんみたいなかわいい洋服が欲しかった」と言えば、彼らの鼻息はいっそう荒くなります。「だから言わんこっちゃない。規制緩和なんてするからだ!」と。


たしかに「子供に貧富の差を感じさせるな」というのは、きれいで通りのよい主張です。

しかし学校の中だけ貧富の差を隠して、社会の現実から子供を目隠ししても何の意味があるのでしょう?

ブランドものをひけらかすような子供にとっても、他者からそれがどう受け止められるか、学ぶ機会を早めに得ることはとても大事なことです。


同時に「何が高校生らしい服装なのか?」ということを先生、生徒、親が話し合えば、異なる価値観の理解や世代間の理解が進むチャンスになります。

規制を緩和し自由度を大きくすることで人は考えるようになり、実社会で生きていく術を学びます。

自由な発想が生まれ、お金がなくても工夫する方法を考えるし、自分に手に入らないものがある時に、どんな方法でその気持ちを解消すべきかと思考します。

自由化によって生じる様々な問題の解決方法を考えること、それこそが重要な教育なのです。


制服を廃止して何か問題が起こった。「だから制服を再度義務つけよう」というのは、問題解決を避ける「退化の思考」です。

「車が事故を起こしたから自動車の使用を廃止しよう」というような世界は進歩できません。

どうやったら事故を防げるかを考え続けてきたから世界は進歩してきたのです。

なのに「監督が無理だから規制を強化しよう。全部やめてしまおう」と言うなんて、「後ろに向かって走る道」を選ぶようなものです。


★★★


ところで、ネットの世界では「できるだけ少ない規制」を原則とし、問題行為は「規制の監督」によって排除する考え方が基本です。

犯罪の温床になるからサービス自体を法律で禁止してしまえ、というような話は、ほとんど受け入れられません。

これは、ネットのルールがアメリカを中心とした市場主義、自由主義的な国に大きく影響され、決定つけられてきたことも背景にあるのでしょう。


一方、実際の日本社会には様々な規制が溢れかえっています。

「新しい価値ある財やサービス」を生み出していくには自由な発想が必要です。

規制でがんじがらめにされた人に新しい価値を生み出すのは無理です。制服しか着たことのない人にファッションセンスが身につかないのと同じです。

今必要なのは、「規制緩和と規制監督の強化」です。けっして「規制強化」ではないのです。


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そんじゃーね。


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2009-01-11 目が覚めたら日本じゃなかったぜ

とある米国の都市。タクシーの運転手が怒りまくっていた。「たったひとりの人間が世界をめちゃくちゃにした。」って。誰?ってきいたら「ブッシュに決まってんだろ!!」と。

今、世界の32億人くらいがブッシュを憎んでると思う。気をつけた方がいいよ、ジョージ君。



そういえば彼、イラクでインタビュー中に“靴”を投げつけられたでしょ。「このクソ野郎!」って。

あれがナイフだったら、投げた人は即テロリスト扱いで今頃殺されてるかも。でも言葉だけだとヤジで終わっちゃう。そんなんよくある話だし誰も報道しない。

で、“靴を投げる”。しかも自分の履いてた靴を、ってのが、適度に過激で適度に臭くて適度に滑稽で非常にバランスがとれている。


それと、トルコの靴メーカーが何社も「あの、ブッシュに投げつけられた靴は我が社の靴だ!!」と主張してるのもめっちゃ笑える。

トルコってのはおもしろい国で、国の中に「俺たちはヨーロッパ側だ」というエリート達と、「俺たちがヨーロッパだなんてちゃんちゃら笑わせる。俺たちはイスラム国だ!」という大多数の人ってのが混在してる。エリート達はまるで鹿鳴館時代みたいにイスラムの風習を隠し、西欧的生活を送ってる。EU加盟が彼等の悲願なわけ。

でも国全体としてかなり儲けているのが「アラブ向けの軽工業」なんですよね。いろんな規制のあるイスラム諸国の女性向けの洋服(露出度、色、その他にイスラムの規制を守る必要がある)や加工食品(宗教上問題になる材料が一切入っていない。)などを作ってアラブ諸国に輸出してます。H&MやZARAでは「アラブの国の細かいルール」がわかってないのを、彼等はデザインはこういうところから盗み、こっそりアラブ仕様に作り替えて売っている。靴もそういう産業の一つで、トルコの靴メーカーにとってアラブ市場はめっちゃでかい市場。


だから、

「あの靴は俺のとこの靴だ!!」といいたい。

「ブッシュに投げつけられた靴と同じですぜ、旦那!」

とか言えば、すんごい売れるんだろうな。既にトルコテレビは靴のメーカーを確認するために特派員を派遣したらしいよ。(真偽不明)


そんじゃーね。

2009-01-10 日本人でよかった!(か)

中東ではイスラエルがジェノサイドじみた攻撃を頑なにやめようとしない。



ヨーロッパではなんとロシアが欧州向けの天然ガス輸出を全面ストップした。まるで冷戦時代に逆戻りしたかのようである。ロシアにとって豊富なエネルギー資源は、往事の核戦力に相応する武器なのだ。



北米では初の黒人大統領就任に向けて、暗殺防止のため国中で過激な白人至上主義者の24時間監視が行われている。47歳で大統領になろうとしているその人の最初の仕事は、アメリカを代表するGMという会社を消滅させるか否かを決することだ。



韓国は何度目かの国家破綻の縁にいるし、インドとパキスタン国境は一発触発状態が続いている。中国では日本の国家予算に相当する景気刺激策がぶち上げられた。



そして日本では、

派遣村が善か偽善かについての論争が続き、

日本国首相は定額給付金を受け取るべきか受け取らないべきかについて真剣に迷っている。




日本人でよかった!



(か)

2009-01-09 後悔先に立たず

昨日書いたエントリのタイトルは

業界別の“壊滅度”リスト

ってなってるんですけど、



後からフト思いついてみると・・

どう考えてもアレは

“壊滅度”別の業界リスト

ですよね。



でも、それに気がついた時には既に120くらいブックマークがついていて、

直すには、時すでに遅し。



あたしってバカだ・・  ○| ̄|_

                 

              ちきりんブログ初の絵文字

2009-01-08 業界別の”壊滅度”リスト

今回の経済危機による実体経済への影響について、様々な業界の“壊滅度度合い”を独断と偏見でレベル分けしてみた。*1



<壊滅度5>

最もひどい打撃を受けている業界。倒産もあるかもだし、正社員解雇なども行われる可能性大。

・投資銀行、ヘッジファンドなど(既にほぼ死滅)

-----------------------------------

・自動車(関連)業界*2

・半導体業界、電子デバイス系製造業*3

・工作機械、制御機器関連業界*4

・不動産業界*5

・新聞業界*6

・人材紹介業界*7



<壊滅度4>

上記に比べると若干マシとはいえ大きな打撃を受けている業界。

・家電メーカー(パソコン含む)と家電量販店

・ゼネコン、住宅業界*8

・貨物、物流*9

・百貨店業界、高額ブランド品

・テレビ業界*10

・高級ホテル、高級賃貸マンション

・外車販売

・国、都道府県、市町村*11




<壊滅度3>

影響は避けられないが、ボーナス削減を含む経費削減、派遣切り、採用凍結、合従連衡等で乗り切れるレベル。倒産云々になるのは個別企業の問題。

・小売り業

・IT業界(SI関係)*12

・生損保業界*13

・クレジット業界

・アパレル業界*14

・出版業界*15

・旅客運輸業界(飛行機、新幹線)*16

・一般飲食店*17

・産業材全般*18

・建設機械、プラント業界*19



<壊滅度2>

プラスとマイナス要因があり、横ばいか。

・個人金融サービス*20

・旅行業界*21

・教育産業*22

・電力、ガス



<壊滅度1>

比較的軽微な被害にとどまる。もしくは業績がよくなる企業も多いかも。

・食品メーカー*23

・生活用品メーカー

・化粧品、製薬メーカー

・コンビニ*24

・格安ファーストフード*25

・格安アパレル*26

・医療、介護

・ネットサービス*27

・通信業*28

・総合商社*29

・一次産業すべて

・エンターテイメント産業

・弁護士、会計士事務所など*30



おわり。


★★★

<重要なお知らせ>大変お手数ですが、翌日のエントリもセットでお読みください・・↓

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090109


★★★

下記注釈は、ナンバーをクリックすると本文該当箇所に戻れます。

*1:“元々死んでる度合い”ではなく、“今回の経済危機により受けたインパクト”についてのレベル分けです。いくつか質問があったので追記しますが、“商業銀行”は壊滅の場合は強制的に資本注入されることになっているのでこの分類に適さないと考え含めていません。それがなければ地銀のいくつかは既にとんでいます。
適当に書いているので、皆様からのご意見等を踏まえて追加修正等する可能性ありです。

*2:自動車関連:まだ数字の公表されていない直近の売り上げは驚愕レベルまで落ち込んでいる模様。世界どの地域も今年いっぱいは回復は望めない。完成車メーカー、部品専業メーカーはもちろん、鉄鋼業界、タイヤ・ゴム業界、特殊ガラス業界などの自動車への依存度が高い産業も大きな痛手。内部留保をはき出しても正社員全員が守れない会社が続出。

*3:半導体、電子デバイス:半導体のユーザーは、パソコン、携帯、家電、ゲーム機、自動車など。パソコンはどうせ寡占されておりインテルとサムソン電子の世界。大型家電と自動車が大コケで携帯も今や成長市場ではない。せいぜい売れるのはゲーム機くらい、となると、半導体はほぼ壊滅。電子部品系は小さい会社はとんでしまうかも。基幹部品である液晶も、円高シャープ製品は、ウォン安LGやサムソン商品の2倍以上の値段となっており、誰が買うねん?状態。

*4:工作機械・制御機器:主要顧客企業である、自動車会社も電機、精密等々業界の企業も、最低でも向こう1年の設備投資は全面凍結。海外需要もアウトでかなり厳しい。受注タイムラグがあるので危機本番はこれから。id:andalusiaさんのコメントにより追記。

*5:不動産:昨年までに潰れたファンド系や投資開発系の企業だけではなく、普通の大規模マンションを造っている会社も相当大変。二子玉川の大規模開発など悲惨な模様。

*6:新聞:巨額な広告費を投入していた自動車、家電、不動産業界がこけており、新聞広告はまず切られる分野。これから広告を出すのは旅行業界だけか。
購読も戻るはずがないし・・・簿価の低い不動産を売却して損を穴埋めしたいだろうが、その不動産価格も・・・。

*7:人材紹介:過去5年ほど、第二新卒ブーム、外資系金融の好景気、および製造業派遣の解禁と拡大という3つの要因で大賑わいであった人材サービス業界。今はその3つすべてがコケており、後ろ盾のない会社は先行きが危なくなる可能性もある。そもそも今年は“転職”件数自体が大激減する。

*8:ゼネコン・住宅:現在受注済みのものが終わればレベル5にグレードアップかも。

*9:貨物、物流:付加価値の高い商品の物流が国内、輸出とも激減している。固定費ビジネスである上に、叩かれる立場であるだけにつらさが身にしみる。

*10:テレビ:壊滅度の低い食品や生活用品のCMがある分、新聞よりはまし。ただしこれはテレビ局の話。下請の製作会社はレベル5。ギャラの高い大物タレントや俳優は影響を受けてレベル3。以上、id:Buickさんよりコメントを頂いて追記。

*11:国、都道府県、市町村:税金収入が相当減る。ただしまだ気がついていないところが多い。後で大慌てする可能性大。

*12:IT,SI:継続案件が終わった後は草は生えない。=秋以降くらいからは壊滅度4にグレードアップ!!

*13:生損保:損保は経済不活性化の影響。生保は家計防衛の際、最初に切られる。

*14:アパレル:全体の不況の影響は受けるが、若い女性は変わらず服を買う。

*15:出版:構造不況ではあるが今回の経済危機のインパクトという意味ではたいして関係ない。

*16:旅客運輸:ビジネス需要は減るが、円高、原油安などで海外旅行は悪くもないかも。

*17:一般飲食:都心の高級店や接待需要店はつらい。

*18:産業材:自動車関連はアウト。アジアのインフラ系は政府の景気刺激策により横ばい。

*19:建設、プラント:日本は壊滅だが、世界市場では政府投資に支えられる部分もある。プラントは受注タイミングのずれがある。

*20:個人金融サービス:特にネット系はチャンスでもある。

*21:旅行:円高と原油の値下がりは追い風

*22:教育:お受験が急に止まるわけではない。寧ろ早くから英語を習わせたいなど、危機対応型の教育費は増えるかも。

*23:食品:自炊は増えたりするかも。

*24:コンビニ:タスポの失敗により、タバコをコンビニで買ってもらえるようになったのは当面大きい。

*25:格安ファーストフード:寧ろ追い風の可能性あり。

*26:格安アパレル:寧ろ追い風の可能性あり。

*27:ネットサービス:寧ろ追い風の可能性あり。

*28:通信:若い子が携帯を使わなくなったりしない。出張が自粛されつつあり、電話会議、ネット会議にシフトするのは追い風。

*29:総合商社:エネルギー系の開発大プロジェクトに入れ込んでいるところは被害大だが。

*30:弁護士、会計士:id:Yoshikawaさんのコメントにより追加。企業再編や円高による海外案件は増えるかも。

2009-01-06 “失業者”と“人手不足”が併存するわけ

不況でどんなに失業者が溢れていても、一方には人手不足業界が存在します。だから失業対策の話になるとすぐに「○○分野は人手不足だから、そこで失業者を雇えばいい」という話になります。

けれど実際にはロジックは逆です。

人手不足の市場にはすべて“人手不足である理由”が存在します。それらの市場は、“多くの人を雇用できない理由があるから”、もしくは“継続的な雇用維持が困難だから”、結果として人手不足なのです。

なので、失業者を無理矢理に人手不足市場に就職させても、根本問題が残る限り雇用は長くは維持できず、どちらの問題も解決しません。

★★★

ところで、なぜ多くの失業者がいる一方で“人手不足”の市場があるのでしょう?ここでは、人手不足業界としてよく挙げられる3分野について考えてみます。

(1)外食サービス業

(2)医療&介護

(3)農業


それぞれ人手不足の理由を考えてみると

(1)外食サービス業

熾烈な価格競争のため利幅が薄すぎて、十分な人件費が確保できない→バイト中心に運営するため、少数の正社員の労働時間が異常に長くなり、時に心身の健康を損ねるレベルになる→正社員が長続きせず常に人手不足。


(2)医療&介護

高齢化、核家族化で需要が急拡大しているにもかかわらず、供給側が資格職のため簡単には増えない。加えて、供給側の収入源は公的保険(か保険料)であり、財政が厳しいために収入が押さえられがち。そのため雇用人数が増やせず、結果として皆が超多忙。


(3)農業

昔ながらの家族単位の小規模農家では将来性がないので、子供が農業を継がない。一方、農水省と農業族議員は、将来性の期待できる新規参入者が市場に入ってこないよう規制している。このため新規雇用が生まれない。


というところでしょうか?


次に解決案を考えてみると・・・、

(1)外食サービス業

社員の定着率を高めるには、サービス残業の禁止や労働時間の管理、有休取得など労働環境について徹底的に監視し、違反業者に厳しい罰則を課すなどして労働基準法を遵守させることが必要でしょう。

残業代が適切に支払われて労働環境が改善すれば、雇用は安定するでしょうが、一方で店の人件費は大幅に上昇します。そしてそれは価格にも反映されるはずです。

すべての外食チェーンが値上げをすることになるので、消費者はそれを受け入れるしかありません。今の「超格安」な外食産業は、違法な労働環境の上に成り立っているともいえるのですから、その適正化は当然だと思います。



(2)医療&介護

まずは、厳しい財政の縛りがあって増やせない保険収入以外の収入を、増加させる工夫が必要です。

混合医療を認めて余裕のある人には自費でより高度な治療を受けてもらい、同様に、お金に余裕のある患者向けには高額で美味しい入院食を売り、お金持ちの単身高齢者が入院する際には、身の回りの世話をする(医療従事者以外の)ヘルパーを斡旋すればいいと思います。

通院客向けに健康食や介護器具を販売するのもいいかもしれません。いずれにしても医療保険外からの収入を増やすことです。

また、今の介護保険は大資産家でも1割負担ですが、収入や資産に応じ、税金の負担割合は変えるべきではないでしょうか?

また、介護保険で購入する商品では、こういったばかげた問題も起っているので改善すべきと思います。(→http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20051027


さらに、医療行為や介護行為にあたらない作業は、非資格者を雇用して分担させるべきと思います。

たとえば医師は、書類事務や管理系の仕事など、医療行為以外に多くの時間を使っているのではないでしょうか?医師が医療行為に使える総時間を増やす方法としては、医師の人数を増やすよりも、医師に事務補助をつけて雑務時間を減らす方法のほうが圧倒的にコストが安いはずです。

介護分野でも、介護施設での食器洗いや掃除を担当する人に関しては、関連資格のない人を雇っても費用が払われるようにすれば人手不足も少しは緩和できるはずです。

つまり、専門職でない人にもできる仕事を分離して、もっと“チームで働く”方式に変えようということです。そうしないと、高齢化や核家族化の進行スピードが早すぎて、医療従事者や介護士数の確保が需要に追いつかないでしょう。



(3)農業

不況のたびに「失業している若者の就農支援」という話がでてきますが、これって「高齢者ばかりでは農作業が大変なので、失業している若者を税金で雇って手伝いに行かせよう」という話のように聞こえます。

そもそも農家の息子さえ継がない職業に、失業者だからといって他の家の若者を就かせようとするのは明らかに無理があります。

農業を他の就職先と同様に、将来の昇給も含め一定の収入が確保でき、計画的に休暇がとれ、小家族でも成り立つ職業にするには、「会社員として農業に従事する」スタイルの導入も検討されるべきでしょう。

そのためには、小さな農家を生き延びさせるための施策ではなく、大型化に積極的な農業経営者や、農業に関心のある投資家や関連企業が農業に参入できる環境を整える必要があります。

大きな規模で事業に成功する農業主体がでてこなければ、労働環境を改善し、雇用を増やすことはできません。規制と補助金によって生産性の低い農家を守り、生産性向上を邪魔するような現在の農政には180度の転換が必要です。



まとめると、人手不足産業で失業者の雇用を確保するには、

外食サービス業に関しては、規制遵守のための監督&罰則の強化が必要、

医療・介護分野では、富裕層からの保険外収入を増やし、より効率的に専門職が働ける制度変更が必要、

そして農業では、農業政策の大転換が必要

ということです。そういった根本的な問題解決なしに、「人手不足市場に失業者を誘導する」だけでは、いつまでたってもなんの問題も解決できないでしょう。


そんじゃーね。

2009-01-05 上り坂・下り坂

永田 寿康(ながたひさやす)氏


UP and DOWN


1969年 9月生まれ。愛知県名古屋市出身

1988年 慶應義塾志木高等学校卒業

1993年 東京大学工学部物理工学科卒業

同年  大蔵省入省


1995年 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)MBA留学

1999年 大蔵省退職、古川衆院議員の公設秘書に転身


2000年 6月 千葉2区から衆議院議員として初出馬し当選(30歳)

2003年 11月 2期目当選

実父が九州の医療法人財団会長を務める国内有数の資産家であることから、以降潤沢な資金援助をうける。実父は永田の選挙区である千葉県八千代市に学校や病院、看護サービス施設を建設。月1度の新聞の折り込み広告等の選挙支援を行う。2000年の総選挙で一気に大所帯となった民主党の若手議員の中で、屈指の資金力を誇る。(以上wikipediaより)*1


2004年 航空会社の元客室乗務員と結婚。

     挙式は千葉マリンスタジアムを貸し切って行う。

2005年 長女誕生


2005年 9月 3期目の当選 36歳の誕生月 



★★★ 5ヶ月経過 ★★★



2006年2月 衆院予算委員会でメール問題で質問を行う。

・メールが偽であることが発覚

・大混乱の数日間、親族が経営する病院に入院

2006年4月 民主党から処分(党員資格の停止、半年)、議員辞職


2007年始め 千葉県八千代市の自宅から転居

別居

離婚



父親の地元・福岡で政界復帰を試みるが、民主党関係者からは拒絶的反応。支持が得られず断念。

親族が経営する公認会計士事務所に入社。ごく短期間で退社。


2008年7月 創価学会への名誉毀損罪にて千葉簡易裁判所から罰金30万円の略式命令(2005年8月に国政報告会で創価学会へ虚偽の発言で、同会の名誉を傷つけたとして)


2008年11月中旬 福岡県。躁うつ病で治療中、徘徊中を警察に保護される。手首に傷があり、自殺未遂が発覚。


2009年1月3日 北九州市のマンションから飛び降り自殺。39歳

       服装はスウェットにダウンジャケット。

       現場の部屋には焼酎の紙パックと走り書きの遺書

★★★



ここからは推測にすぎませんが。

偽メールをねつ造して永田議員(当時)に話をもちかけ、そのメールを高値で売りつけた人がいます。“政治ゴロ”とでもいうべき人でしょう。

もし永田氏に“豊富な資金力”がなければ、そんな詐欺師に狙われることもなかったかもしれない。また、ふっかけられた額を用意してそのメールを購入することもできなかったかもしれない。

盤石の経済基盤を持つ“若手のホープ”でなければ、“一発、功があれば、30代で民主党の幹部になれるかも”と夢想したり、危ない話への嗅覚を鈍らせる焦りすぎた野心に足を取られることもなかったかもしれない。

などと言っても仕方ないけれど。


あの時このメールで一儲けした人も、今どこかで、このニュースを見ているのでしょうか。その人はただ、世間知らずな大金持ちのお坊ちゃん相手にちょっとした“振り込み詐欺”を仕掛けただけ、なのでしょうか。

ワープロ打ちの紙一枚で一番の高値を払ってくれる僕ちゃんを見つけたんだから、ターゲットにするのは当然だろうと、そう言うのでしょうか。「いやオレだってあんな額が手に入るとは思ってなかったんだ。それにまさか党幹部のチェックもなしに国会にでるとも思ってなかったし。」と言うのかも?



もうひとつ。

永田氏はメールが偽だとばれ大騒ぎになった時、一時的に雲隠れしました。そこからでてきた時、「辞職するかどうか父親と電話で相談していた。」と蒼白な顔で語りました。

世間は“なんと甘えたおぼっちゃん”と思いました。民主党の党首から幹部まで総辞職かもしれない、二大政党制が10年遅れるかも、というような事態を引き起こしておきながら、本人が辞めるかどうかすぐに自分で決められないなんて・・と。30歳にもなって親に相談するために籠もっていたなんて、と。


確かに世間知らずのお坊ちゃんだったかもしれません。でも、今日このエントリを書きながら思いました。彼に国会議員になり“末は大臣”と、是非とも成功して欲しいと望んだのは、彼ではなく、地元で名声もお金もすべてを手に入れてしまっていたご家族だったのかもしれない、と。もしくは、そうではなくても、彼の方がずっとそういう期待を背負って自身の道を走っていたのかもしれないと、思いました。民主党が政権をとった時には最年少“大臣”として地元に帰る自分を夢見ながら。




永田さんのご冥福をお祈りします。

2009-01-04 “内需特需”を補助金争奪戦に終わらせてはあかんです。

1ヶ月前に「今はセーフティネット、危機管理が必要」*1と書きました。そしてこの年始年末はまさに“危機管理”に追われてる感じですよね。特に霞ヶ関、日比谷公園あたり・・

ただ、いつまでも炊き出しとテントと生活保護で暮らせるわけでなし、今後は“いかに雇用を生み出すか”が大事になります。政府も“雇用ニューディール”とか言い出してるみたいですし、ここは民ではなくまさに国が主体となる必要のあるタイミングです。

また昨日書いたように外需に頼った雇用創出は当面無理。なんとか“国内需要のための雇用”を創出する必要があります。ここまでは各方面、そんなに意見の相違はないように思えます。


が、意見が分かれるのは、またこれからも相当議論がぐちゃぐちゃになりそうなのは、「じゃあ、その内需分野ってのはどこにするのさ?」という点。この点について議論がすんなりいかない理由はとても明白。それは、「国が税金で内需を興す」ということは、「税金を、特定の産業、職業、分野に投入する」ということだからです。わかりますよね。これって別名を「補助金」と言うものなのです。

たとえば「農業で内需を興そう!」ということになれば国のお金、いや国民のお金である税金は農業関連者に投入されるのです。「教育分野に内需を!」ということになれば、そのお金は教育分野の企業の売り上げになり、その分野で働く人の雇用を増やし、その人達の給与の源泉になる。これまで多かったパターンだと「公共事業で内需を下支えする」というお題目でゼネコン業界に税金を流すというやつね。

なので、そりゃー、もめるよね。取り合いになります。「その内需をオレにくれ!!」となる。意味は「その補助金はオレのポケットに!!」ということだもの。もしくは「オレの天下り先に補助金を!」かな?


今、内需を盛り上げる必要性があるという点については、上記にも書いたようにあまり反論がない。でも「どの分野に?」という各論に入るとおかしなことが起こるのは、この「内需特需」へ群がる人達がたくさんいるから、ということです。

実際、雇用ニューディールもそうなのですが農水省を含む政府や政党が出してくる案には必ず「農業」という言葉が入ってます。(ひどいのになると“林業”とかまで入ってます。)

なんで自分の長男にさえ継ぐことを勧めない農業が“内需振興の有力分野”なんだか、これでよくわかるでしょ。

「農業分野にできるだけ多くの補助金を誘導する」ってのはこの国の旧体制側の官僚、政治家等々の“生きる意味”みたいになってるわけで。いつもなら都市在住国民から非難ごーごーの“農業補助金”も“内需拡大が必要!医療、介護、農業分野で!”とか言えば、なんとなく通っちゃう、と思っているらしい。

笑えます。

★★★

というわけで、この「どの内需分野に税金を投入すべき?」ってのは、もう少し幅広く国民全体で議論した方がいいよね、と思います。官僚側、政治家側、産業界側からの「どこに補助金を配分するか」という視点ではなく以下の3つの基準で考える必要があるんじゃないかなっておもいます。


(1) どこが国民生活のためになる分野なのか?

(2) どこが雇用を増やす分野なのか?

(3) どこがレバレッジの大きな分野なのか?


(1)の意味は、「いまさら地方に公民館だの美術館だの建てるのもないだろうし、高速道路をこれ以上延ばすだの新幹線をもっと先まで建設だの・・。それも違うよね。」ということ。もちろんそういった土木工事でも雇用は増えますが、国民生活のためになるのか??というとちょっと違うよね。まずは私たちが「これからの日本、この分野にこそお金を投入したい!」と思う分野にしないといけないわけです。


(2)に関しては、“国民生活にたいする価値はあるけど人手を必要としない分野”は今回は優先順位が低いですよ、という意味。たとえば「環境への投資」とか言う人がいるけど、多くの環境関連技術ってのは人手がたいしていらないのですよね。一部の技術者の雇用にはつながっても多くの雇用を生んだりしない。

“人海戦術でゴミの選別をするのだ”とか言うならともかく、大規模な風力発電だのソーラー発電だのを推進しても、もしくは電気自動車を普及させても、たいして人手=雇用数が増えないです。なので、これは大事なことだが、今の優先順位は高くないんじゃないか、とちきりんは思ってる。反対に、たとえば介護ってのはまさに人手がかかる分野ですよね。


(3)に関しては、お金は無限にあるわけではないので、出来る限り“一度投入したお金が「次の内需を生む」という良循環を生むところ”にお金を投入すべきですよね。定額給付金が評判悪いのはこの理由でしょ。大半の人は1万〜数万円(家族で)もらっても、「だから今月の支出を数万円分、先月より増やす」というようにはならないよね。そんなとこにお金を突っ込むのは本当に馬鹿げてます。

でも下の子供を預ける保育園が見つからないから働けない、というお母さんのために保育園を作ることにお金をかければ、保育士が雇われるだけではなく、お母さんは働いてお金を得て、そのお金を上の息子の塾の月謝として払い、塾は講師を雇おうとなり、その講師は新しいゲーム買おうかな!と思う、というようにお金がつながっていく。だったらこっちのほうが優先順位高いよね、ということです。

★★★

つまり、考えるプロセスは、

ステップ1:「内需振興分野として、この分野にすべきだ!」という案をできるだけ幅広く、たくさん募り、

ステップ2:上記の3つの基準に照らして優先順位をつけて、

“どの分野に税金を投入して内需を振興するのか”決めていく、というプロセスであるべきなんです。


適当に「医療、介護、農業」とか、

「林業も!」とかいう、どさくさ紛れの補助金争奪合戦にしてしまってはいけないわけ。



というわけで、まずはステップ1をやってみればいいと思う。「どの分野に内需を興すべきだと、みんな思う?」ってのを、国民皆が考えてみればいい。この段階では、その分野が優先順位が高い分野かどうかは考える必要はない。それはステップ2で検討すればいいことだから。

ステップ1では、とにかく広く、多くのアイデアを募ることが大事。



ちきりんはこの前、「東尋坊で失業者の自殺が増えてるなら、失業者をやとって警備させれば?」と書いた。そういうのもアイデアの一つとして考えればいい。

“命の電話”もボランティア不足でつながらないらしいけど、それもボランティアに頼らず行政が人を雇って育成して公的サービスとして運営したらどうよ?日本は世界でも異常に自殺の多い国。それをこの機会に改善するってのもアリじゃない?全国で6000人以上足りないらしいからそれだけの雇用が生みだせるってことだし。


ほかにはどんな内需市場がある?

教育もあるかも。一気に20人学級とかにしちゃえばどう?新規の教育学部卒の教師ではなく、既存の教師と同じ数の「中途採用の社会人教師」を採用してしまう、ってのもひとつの手ではない?


限界集落的な村に介護保険事業とは違う形の公的サービスを充実させていく、てのもあるかも。たとえば一人の労働者が10人くらいのお年寄りを担当して、買い物とか病院への同行とか切れた電球を替えるとか振り込み詐欺の防止とかを担当するとかね。毎日車で巡回してお弁当を届けながらそういう仕事だけをする人を市や村が雇う。

ニーズもありそうだし、雇用も生み出すし、それだけで施設に入らないで一人で暮らせるようになる人が少しでもでてくればその分の税金負担も減らせたりするんじゃないかと思ったりする。


育児の分野も人手が必要なところ、結構あるよね。24時間で子供を預かってくれたり、突発的な用事の時に、また少々の熱があっても預かることのできる体制を整えることは、少子化を解消していくために必要なひとつの方策だろう。



というわけで、ちきりんごときが考えてたって限界ありありなので多くの人が知恵を出し合えばいいかなと。この「どこに内需を興すべきか」という議論は、まさに「平成日本版のニューディール政策の中身を考える」ということです。これ、広く国民みんなで考えていくいい材料だと思うんだよね。なぜなら自分たちの払った税金の使い道を決める議論であると同時に、“日本をこれからどうしていきたいの?”ということにもつながる議論だから。


「さあさあ人手が余っているよ!ちょいとそこのお兄さん、どこで何をやってもらうべきだと思うかね?いらっしゃいいらっしゃい。どんなアイデアも歓迎だよ!」みたいな感じでね。


いや、もうちょっとまともな言い方にすれば、

「みなさんの周りで、

“これは長期的に変えていかないといけない点だと思う!”

ということで、

“人手がかかること”

があれば、是非教えてくださあい!」


みたいな感じ。で、でてきたアイデアをまな板にのせて、基準3つでそれぞれ評価していく。そして「どれから順に、どうやって内需市場(雇用)を作っていくか」を検討して、予算をつけ、最後にハローワークなどを通して大規模な労働者移動と労働者育成を推進していく、みたいなことができればいーんじゃないかと思う。

前にも書いたけど、約1000万人分の正規雇用市場が必要です。*2大きな数字だけど、前向きに考えれば「これだけの人手があれば相当のことができる!」ともいえる。「それだけいれば、あれもできる、これも実現できる!」って感じでしょう?


というわけで、賢明なるちきりんブログの読者の方は、最低ひとり一個は考えてね!!


ではでは〜


*1:“あまりに危機感のない人たち”=http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20081202

*2:“1000万人を正社員に!とか”=http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080802

2009-01-03 円高が日本を救う! (かも)

円高で経済界が大混乱しています。けれどこれまでだって、この国の“大きな飛躍”は常に大混乱をきっかけに実現されてきたのだから、今回もこの混乱を変革のチャンスに転じることができるはず、とちきりんは思っています。


円高は、国内売上が大半の会社には害を及ぼしません。材料を輸入して国内で売っているなら、寧ろ儲かっているはずです。ダメージを受けているのは「日本で付加価値の高い工程を実施して、海外で売っている産業」です。具体的には、製造業の中でも国内生産比率が高い自動車産業や、大型液晶パネルなどの基幹部品を日本で作っている家電業界、そして国内に主なプラントをもつ産業財企業でしょう。

彼らは、過去にも一度「超円高危機」を経験しています。円が対ドルで240円レベルから120円へと急騰したプラザ合意後の円高です。

その時にこれらの企業がとった対策が「製造工程の海外移転」でした。付加価値の低い部品の製造や組み立て工場は、この時期以降ほぼすべてが海外移転してしまいました。だから今国内に残っているのは、付加価値の高い基幹行程の工場と、本社など工場以外の部門ばかりです。

またこの時を境に、海外から圧倒的に格安の商品が輸入されるようになり、世界に通用する付加価値のあるものを作っていた企業、産業以外は、その存在自体が淘汰されてしまいました。


今回の円高はあの頃につぐインパクトがあるように思えます。技術系輸出企業の多くは、製造工程こそ海外に移転していますが、開発本部や本社機能の大半はまだ日本にあります。その人件費、オフィス家賃などはすべて“円”で発生しており、たとえ工場を海外に移していても、「日本に大きな本社がある」だけで(円高は)相当な痛手です。

では、日本が誇る“輸出産業”はこの円高を乗り切れるのでしょうか?


ちきりんは「今回はいよいよ乗り切れないかも。でも、それもいいかもしれない。」と思っています。というのも、日本の産業界はあまりにこれらの輸出産業依存が強すぎると思うからです。

それは単なる貿易収支の話だけではありません。たとえば「日本の技術力はすごい!」とよく言われましたが、それはもともと一部の製造業だけの話です。それをもって「日本全体がすごい!」ような思い込みさえ形成されましたが、日本は今でも世界に通用しない多くの産業を抱えています。でも、技術系輸出産業さえ強ければ、他の部分は“まあ、仕方ない”と見過ごされてきたのです。

また、多くの人が「円安のほうが日本のためになる」と思い込んでいるのも、「技術系輸出産業さえうまくいっていれば日本は大丈夫だ」と考えている人が多いからであって、これは精神的な意味での輸出産業依存です。

そもそも日本はすべての経済活動の源であるエネルギーと食糧の多くを輸入しています。にもかかわらず、国内で円高を歓迎する声がほとんど聞かれないのは、いかにこの国が経済的も非経済的にも輸出産業に依存してきたかを示しています。


けれどこの円高が向こう3年続けば、日本は今度こそ一部の輸出型産業に依存する社会から脱却する必要に迫られます。また技術系輸出型企業も、本社機能の海外移転や、撤退、売却を含めた抜本的な事業の見直しなど、思い切った経営判断を検討し始めるでしょう。

それは決して悪い話ではありません。開発部門や本社部門の人達が海外で働かざるを得なくなり、そのために英語力やリーダーシップをつけることを求められ、もしくは、リストラで大企業を追われた人達が伸び盛りの新興企業に転職するといったことが起これば、日本経済へのポジティブなインパクトも必ず生まれます。

一時的には不安な人、不満な人がでるでしょうが、ずっと後から振り返れば、これらが日本の経済構造の大転機となるかもしれません。

そうなれば、今回の円高は(前回の円高もまさにそうであったように)日本をより強くしてくれる貴重な機会になりえます。日本は外圧がないとなかなか動けない国なのですから、これもいいチャンスととらえ、各企業には思い切った変革を検討してみてほしいものです。


そんじゃーね。

2009-01-01 気をつけたいよね。この5つ 〜年のはじめに〜

その1

年をとればとるほど、若い人をたたきたくなります。

気をつけましょう。



その2

何かに詳しくなればなるほど、その分野での新しい動きやアイデアに否定的になります。

気をつけましょう。



その3

何かを得れば得るほど、それを得たのは自分の実力だと思い込みたくなります。

気をつけましょう。



その4

持つものが多くなればなるほど、人は動けなくなってしまいます。

気をつけましょう。



その5

うまくいかないことが続けば続くほど、明日もきっと暗いに違いない、と思いたくなります。

気をつけましょう。



f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium

今年もよろしく〜!



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