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Chikirinの日記 RSSフィード

2009-03-22 市場としての“支出”と“貯蓄”

個人の収入は支出と貯蓄に分かれます。

収入=支出+貯蓄

昨日書いた個人金融資産とは、この貯蓄部分が蓄積したものです。金融機関各社はこの部分を、「預金してください」「保険に加入しませんか」「株を買いましょう」などと奪いあいます。

一方、家電メーカーも旅行会社も携帯電話会社も出版社もレストランも、つまり金融以外の一般企業は「支出」部分を奪いあいます。消費者は「携帯代が高いから外食費を減らす」とか、「食事代を切り詰めて服を買う」という行動をとるので、企業側から見ればまさに「消費支出の取り合い」です。


金融業は貯蓄側を取り合うビジネスですから、リテール金融、資産運用の世界では個人金融資産の年代別の保有比率はよく知られたデータです。一方「支出」側を取り合う一般企業は、「誰が一番資産を持っているか」より、「誰が一番多く支出するか」に関心を持っています。


総務省の家計消費状況調査2008年によると、年代別の月額支出額は、

20代・・・約20万円

30代・・・約27万円

40代・・・約36万円

50代・・・約37万円

60代・・・約32万円

と、金融資産ほど高齢者への偏りはありません。


また40代、50代世帯と20代、30代世帯の支出額の差は月に10万円程度に過ぎず、これでは、自由になるお金の額で比べれば若い人のほうが多くなります。

40代50代世帯は、子供の教育費や住宅ローンなど必要経費が多く、自由になるのは「お小遣い制で月数万円」だったりしますが、20代独身で親と同居、もしくは、子供のない30代で共働きともなれば自由になる額はそれよりかなり多くなります。このため、支出側をとりあう一般企業の多くは、これまでずっと若い人にターゲットしてきたわけです。

★★★

ところで金融業界は「貯蓄内での取り合い」に加え、「支出を貯蓄に取り込むための努力」にも熱心です。たとえば次のような“啓蒙活動”を多くの方がご存じでしょう。


例1)書店では個人向けマネー誌がたくさん売られており、そこに大量の金融機関の広告がでています。これらの雑誌は、金融業界が資金をだしあって発行しているようなものです。

その中の「30代の貯蓄平均額は何百万円!」という数字をみれば、「やばいっ、俺も貯金しないと」と思う30代の人が出てきます。こういった特集やマネー本は、「支出を貯蓄に移行させようという金融業界のマーケティング&プロモーションツール」なのです。


例2)金融機関系列の研究所やシンクタンクは、「子供を大学まで卒業させるのに何千万円かかる」とか「安心して老後をすごすために必要な資金は何千万円」といった調査を定期的に行って発表しています。

これも金融業界全体で、支出から貯蓄側に資金を取り込むためのプロモーションです。「将来こんなにお金が必要ですよ!」と不安を煽り、だから「今は無駄使いせずに貯金しましょう」と、お金を消費から貯蓄に呼び込むのです。


そもそも明治以来の日本では、お金を個人に自由に使わせるのではなく、金融機関に貯蓄させて(最終的には)国が吸い上げて特定分野に投資(配分)する、ということがずっと行われてきました。

明治の開国時には西洋から新しい道具や珍しい食べ物が一気に流入し、放っておけば庶民のお金は自然に支出に向かいます。しかし明治政府は「貯蓄は美徳」的なプロパガンダを通して個人に貯金を勧め、そのお金を集めて鉄道など社会インフラや重要産業に集中投資し、殖産興業に邁進しました。

昭和の戦争期には「欲しがりません、勝つまでは」などという禁欲的(非消費的)なスローガンまで打ち立てられ、多くの人達が国債を購入し(=貯蓄し)、それらのお金が戦費に回りました。

戦後も同じです。復興のために「とにかく貯蓄しろ」キャンペーンが行われました。貯金させるにはインフレを抑えることが不可欠で、これが日本銀行のDNAにまでしみこむ“低インフレこそ我が使命”という思想につながっているともいえますし、当時は「誰のお金かたどることのできない無記名の割引債」まで用意され、お金持ちの資金を銀行が吸い上げていました。


しかし高度成長を経て、日本は経済大国になります。本来であれば、貯蓄ではなく消費を謳歌する社会に移行するはずです。それなのに国と金融業界が一体となって繰り広げたマーケティングの効果か、日本人には「貯金がないと結婚できない」「貯金がないと子育てができない」「貯金がないと老後がのりきれない」などの意識が強く植え付けられています。


一方の、支出側を取り合っている一般企業は「貯蓄側から支出側にお金を取り込もう」という努力をほとんどせず、ひたすらに支出内の取り合いだけをしています。

本来なら「そんなにため込まなくても大丈夫ですよ」とか「こういう工夫をすれば子育てにはそんな(金融機関が発表するほどの)お金はかかりませんよ」「一人暮らしより二人暮らしのほうが生活費が割安です。お金がないから結婚できないなんて変ですよ」というキャンペーンを行い、貯蓄を消費に呼び込む努力をしてもいいはずです。

高齢者にも「お金は墓場にもって行けませんよ」「ほら、こんなすばらしい商品やサービスを開発しましたから、元気なうちに貯蓄をおろして使いましょう。人生を楽しみましょう!」と啓蒙&営業すべきなのですが、実際にはそういったメッセージ(貯蓄から消費へ)をみることはほとんどありません。


その上、日本の若者が過去ほどお金を使わなくなるという現状に直面すると、(それ自体は悪いことではありませんが)海外の若者に目を向け、国内で多額の貯金を貯め込んでいる高齢者についてはあまり関心を払っていないようにみえます。これでは日本の高齢者の貯蓄が消費に回ることはないでしょう。

これまで長期間にわたり、国や金融業界は「消費より貯蓄」を強く奨励してきたのです。高齢者はそんな環境の中で長らくすごしてきています。一般企業は(金融業界がやってきたように)業界で力を合わせ、大々的に「そんなにため込まなくても大丈夫」キャンペーンを実施しないと太刀打ちできません。

何よりも重要なことは、「お金は、支出額の中だけで奪いあうものではなく、貯蓄と支出の間でこそ奪いうものなのだ」ということに一般企業が気がつくことです。そうして初めて、「貯蓄をおろしてでも買ってもらえるもの」という視点での商品開発、サービス開発が始まるのです。


というわけで、貯蓄が消費に向かわない要因のひとつは、お金が「支出と貯蓄」の間で奪い合われている中で、貯蓄推進側の努力が圧倒的に勝っていることにあるというのが今回のポイントでした。

★★★


次回はもうひとつの、「一般企業が高齢者に積極的にターゲットしない理由」について書いてみます。


引っ張る引っ張る・・・


そんじゃーね。