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Chikirinの日記 このページをアンテナに追加

2009-06-05 “メディア対権力”というおかしな虚構

天安門事件から20年。事件勃発は1989年の6月4日。その日に生まれた人は昨日、20歳になりました。一日遅れのエントリを書いておきます。


中国政府は、20年目の昨日、BBCやCNNが中国で放映する事件関係のニュースを、画面を黒塗りする(真っ黒の何も映っていない画面に切り替える)という方法でシャットアウトしたとのこと。俄には信じがたいような原始的なメディアコントロールです。

この事件が中国にとって未だに文化大革命と並ぶ近代史の二大タブー=“存在しなかったかのように扱うべき事件”だということがよくわかります。

1989年は特別な年でした。ゴルバチョフ氏の英断がベルリンの壁の崩壊に結実し、世界中の共産国では何が起こっても不思議ではない緊迫した一年だったのです。

天安門広場に集まり、民主化を求めた中国の若者達は、自分たちに突っ込んできた戦車に目を疑ったことでしょう。ちなみに日本では、この年に“昭和”という時代が終わっています。


今ちきりんが見ている韓国ドラマがちょうど光州事件(1980年5月18日〜。天安門事件と同様、民主化を求める民衆に対して軍が武力行使をし、多数の民間人の死傷者がでた。)という韓国での民主化運動を扱っているドラマです。

こちらの事件でも、軍の指揮をとっていた全斗煥氏は「メディアコントロール」を非常に重視しており、ソウルから離れた光州で何が起こっているかを全国紙にもテレビにも一切報道させませんでした。

それどころか新聞やテレビを通して、「光州で騒いでいるのは北(共産勢力)のアカどもだ」という報道をさせ、国民に「したがって武力鎮圧されても仕方のない奴らなのだ」という印象を植え付けようとしたのです。

光州の市民達は怒り、自分たち国民に銃を向ける軍人と闘うと同時に、全く真実を報道しないメディア企業の建物にも放火をします。

これは彼等、民主化勢力が、軍部だけではなくメディア自体も「権力側」にいるのだということを(もしくは、メディアというのは非常に容易く権力に寝返るものなのだということを)その時点でよくよく理解していたことを示していると思います。


こういったメディアコントロールは、政府が絡む大事件においてはどの国でも常に行われます。天安門事件では、当時最後まで報道を続けていたCNNの事務所に、中国の警察が押し入って報道を停止させたそうです。

しかしそのCNNも含めたアメリカのテレビ局もまた、ブッシュ元大統領がイラクと戦争を始めた当初、米軍の誤爆によりいくつものイラクの小さな民間集落が吹き飛ばされ、子供らを含む多数の民間人が殺されていることについては一切報道をしませんでした。

また、戦争途中から米軍兵の死者数が急速に増え始めても、国内の反対運動の盛り上がりを阻止するため、「米軍側の死者数」についてかたくなに報道することを(自主)規制していました。

戦争で自分の息子を失った母親がワシントンDCで抗議のデモや座り込みを始めたことを、「身勝手な貧乏人の母親」ではなく、「この戦争の意義に問題提起をする、国に息子を奪われた母親」として報道し始めたのは、戦争開始から数年後、イラク戦争が大きな間違いであったとアメリカ人でさえその大半が気がつき始めてからのことだったのです。


振り返ればアメリカではベトナム戦争の時に、刻々と自国メディアが伝える戦地の様子を目の当たりにした国民の間から“ベトナム反戦”の動きが起こりました。それによってアメリカ政府は、それまで喧伝してきた「世界の共産主義勢力からベトナム人民を救う」という戦争の大義を失うという苦い経験をしています。

その教訓から学んだ米国は、その後に他国に干渉したり戦争したりする際には、必ず徹底したメディアコントロールをはじめました。CIAがあちこちの発展途上国に送り込んだ傀儡政権の正当性をひたすら支え続けるのも、アメリカのメディアの重要な責務です。

ちきりんが知る限り最も洗練された形でそれが行われたのは、父親の方の元ブッシュ大統領が起こした1991年の湾岸戦争です。

アメリカはマスコミを含む民間人の現地への渡航自体を「安全のため」という理由で規制し、代わりに多くの御用記者を「現地ツアー」に連れて行きました。

現地の米軍基地内に保護された記者達は、軍部や政権が見せたいモノだけを見て伝える、というお手盛りの“報道”を余儀なくされたのです。

その結果、この時の戦争報道では、最先端のレーダーシステムに誘導されたミサイルが、ピンポイントで狙った軍事施設だけを攻撃している(かのように見える)映像を、さながらシューティングゲームの画面のように、世界中が観賞したのです。

それはリアルな戦争というより、まるで「武器ビジネス用の実践CM」のような映像でした。現実感がなく血の臭いが全くしない「SF映画のような戦争の映像」が米軍広報やそこに集う記者達から、世界各国に配信されました。


もちろん日本だって例外だなんてことはありえません。敗戦の直前まで、大本営発表に沿って「大日本帝国海軍の大進撃!」を伝えていた日本のメディアも、戦後は一転して民主化を支持する報道に鞍替えし、「権力の動向に極めて敏感にその思想を反転させる変わり身の早さ」において、すばらしい才能と節操の無さを発揮しています。

そんなに古いところに戻る必要もないですよね。つい最近も日本のメディアは海外の会議で酩酊した大臣に関して全く報道せず、外国メディアによってこの不名誉で衝撃的な映像が世界に配信された後も「海外メディアが酩酊大臣の様子を世界に配信しました」などという意味不明な報道に終始していたのですから。*1


こう考えていくと、どの国においてもいつの時代においても、メディアとはかくも権力に弱く、かくも役に立たないものなのだ、ということを痛感させられます。

メディアの側にある人達はしばしば「メディアの基本は反権力である」などと格好のよいことをいうけれど、歴史や世界の様々な出来事を振り返るに、いったい今までメディアが「反権力」を貫いたという例はいくつあるんでしょう?

あるとすればそれらの事例はほぼすべてが「個人ジャーナリスト」が反権力であったという事例なのではないでしょうか。

戦車の前に立つ市民にしろ、フリーで戦地に赴くカメラマンやジャーナリストにしろ、彼らは“個人”として闘っていたのであり、「メディアという報道機関」そのものが反権力として、最後まで自らの存立を賭けて権力に対抗したことなどいったいどこに例があるのか、という気がします。


世界の大勢においてメディアの歴史とは、ことごとく権力に活用され、利用され、蹂躙されてきた歴史のように見えます。そうして、無防備な人間の体一つで、それでも抵抗を止めなかった一般の人々に、欺瞞に溢れた惨めな姿をさらしてきたのがメディアの正史とでもいうべきものでしょう。

グーグルだって中国当局の求めに応じて大幅な検索エンジンの調整に協力しています。“メディア=反権力”である、という言葉は、壮大な“歴史の冗談”のような言葉です。反権力であったのは、メディアなどではありません。闘ってきたのは、常に「個人」だったのです。



天安門事件20年を迎えて



そんじゃーね。

*1:関連エントリ:メディアの見識 http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090218



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