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Chikirinの日記 RSSフィード

2009-10-31 よくやるなあ

皆様、まずは下記、ちきりんが2007年の6月に書いたエントリをご覧ください。

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20070629

ご覧になりました?



次に下記をご覧ください。ミクシィの日記のスクリーンショットですが、出雲市在住の29才の男性が先日、10月の28日に“書いた(?)”ものです。


f:id:Chikirin:20091031225107j:image




ちきりんがオリジナルのエントリを書いたのは2年前の6月29日なので「一日おいておくとカビが」と書いていますが、この方はこのエントリを10月28日にアップしているため、コメントで「今の季節なら二日ではカビは生えないのでは?」と突っ込まれていらっしゃるのが笑えます。コピペするにしても季節に応じて内容の微調整が必要ってことですかね。

いろいろ大変だ。


そんじゃーね。





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本日(31日)夕方に、ご本人より謝罪コメントを頂きましたので追記しておきます。

2009-10-29 必要なのは“OZAWA 2.0”

日本に限った話じゃないんですが、選挙に関する本質的な問題は、「選挙活動」と「政治・政策活動」という本来一体化すべきふたつの活動が、実は相容れず、両立できないものとして存在してるってことです。

選挙活動とは、毎朝早朝から駅前にたって「おはようございます、皆さん。△△党の○○です!」と叫び続けることであり、商店街を走り回って握手をしまくることであり、選挙カーの窓から叫び続けることであり、盆踊りで踊り、みこしを担ぎ、後援会の集まりで頭を下げ続けることなんです。

これは、専門分野を決めて法規やルールを勉強し、関係者と意見交換したり、現場に視察にいって問題点を把握して、専門家からも聞き取りをしながら政策案をまとめて、国会で質問し、官僚に資料を出させて最終的に立法提案に結びつける、みたいな、そういう「政治・政策活動」とは、時間的に両立し得ないものなのです。

だから自民党は「政治家は選挙活動をやり、政治・政策活動は官僚に任せる」という分担で長くやってきたわけ。


民主党は最初は「政治・政策活動」で政権がとれると甘いことを考えていた時代があって、でももちろんそんなことはありえなくて、したがって選挙にめっぽう弱かった。

そこで選挙活動を小沢さんに一任することにより、「選挙活動」と「政治・政策活動」を明確に担当分けし、ようやく今回、政権にたどり着いたというわけ。


この「選挙活動」と「政治・政策活動」はなかなかに両立が難しい。たとえば有名人であれば「選挙活動」が非常に楽なので、後者の「政治・政策活動」に専念できる。関西における橋下知事や宮崎における東国原知事とかはそういうパターン。

一方で、テレビやら著作やらでは政治・政策に関して活発に意見表明をしている多くの論客たちが、自ら立候補することには全く関心を示さない理由もここにある。彼等は、早朝から駅前のミカン箱の上に立ち、声を張り上げ握手をして後援会に頭を下げる、そういう活動に全く興味がもてないのよね。

当然、「選挙能力」の方が“入り口”なので、これのない人はいかに政治・政策能力のある人でも政治家にはなれない=私たちが国民の代表として議会に送り込めない、というのが現在の状況ということなわけです。


で、どうすればいいかって?

ちきりん的には「選挙能力」の方をもうちょっと近代化したらどうよ?と思います。

現在有効とされている選挙能力は、上に書いたような「街を走り回って・・」という方法で、これに関しては小沢さんみたいな人がエキスパートなわけで、でも彼はそれを田中角栄氏から学んでるわけでしょ。それっていくらなんでも余りに昔すぎないか?と思います。

パソコンも携帯電話も存在しない世界では、有権者に自分の顔、名前や主張を覚えて貰おうと思えば、そりゃあ物理的に駅前に立つとか、小規模集会をやりまくるしかなかったかもしれない。それは時間のかかることであり、したがって政治・政策活動と両立できることではなかった。でも今はもう少し近代的な方法があるじゃんね。

現在の時代や技術に沿った形で、つまりデジタル時代、ネット時代の“どぶ板選挙”のやり方ってのを誰かが設計し提示することができれば、もうすこしは「政治・政策活動」と両立しやすい「選挙活動」にできるんじゃないの?と。


もちろん公職選挙法などを改正し、早くネットでの選挙活動や資金集めの活動の解禁、ネット・携帯による投票の導入などがまず必要で、そして第二段階として、「ネット時代のどぶ板選挙のプロ」がでてくる必要がある。

ちきりんは小沢氏の言う、「選挙こそ民主主義、どぶ板こそ民主主義なのだ」というのはそのとおりだと思っています。ちきりんは“市場”を信じてる。

この意味で官僚政治にも批判的です。偉そうに政治や政策だけを語っていても仕方ない。一票を貰って初めて、国民=票の代表としてモノを言う権利が手に入る。ここまでは小沢さんに完全に同意する。

だけど、どぶ板のやり方は必ずしも「早朝から駅前でミカン箱の上」とか「商店街を練り歩いて握手」でなくてもいいだろう?とも思います。

そして、世の中に出現する様々な新しいビジネスやサービスを見ていると、そういうものを創りだす能力をもっている人達だって、たくさんいるはずです。


小沢さんが「選挙側」を担当してくれているから、民主党は政権与党になれた。このことを内心忸怩たる思いに感じている民主党の若手はたくさんいるんでしょう。

そういう人たちこそ「政治・政策活動と両立できる選挙活動」のあり方を模索し、「今の時代のどぶ板」活動を実現しなくちゃいけないんじゃなかろうか。そしてその中から、新しい時代のどぶ板選挙の方法におけるプロ、とでもいう人がでてこないとね。

その人、すなわち“OZAWA 2.0”的な「新時代の選挙のプロ」がでてこない限り、政治家達はいつまでも「早朝から駅前でミカン箱」と「商店街で握手攻め」の世界から逃げられない。

加えて、このままだと「非合理な世界が嫌いな人は政治の世界に入ってこない」というパラドックスからも私たちは逃げられない。それじゃあいつまでたっても政治の世界は「論理が通じない世界」のまま放置される。


頑張れ、未来の“OZAWA 2.0”!

って感じです。


そんじゃーね。

2009-10-27 犯罪統計より

先日、亀井大臣が「日本で家族間の殺人事件が増えているのは、(大企業が)日本型経営を捨てて、人間を人間として扱わなくなったからだ」という発言をされていて吹き出した。

このおじさんは本当に巧い。彼は元警察官僚で、殺人という罪の性格、その背景も含めよーくご存じのはずだ。それをああいう形で出してくる。ちょっくら経団連の雑魚どもにジャブでもかましとくか?って感じなんでしょう。

で、一ヶ月くらい前に河合幹雄さんという法社会学の学者さんのインタビュー番組を見たのを思い出した。実はちきりんは大学では法学部で刑法のゼミにいたので、犯罪学にはそこそこ関心があります。というわけで、その番組で取り上げられていた話から覚え書き的におもしろかった点をまとめておきます。



1.日本は欧米先進国と比べて極めて治安のよい社会である。

人口比の強盗や強姦などについて、米国は日本の100倍、欧州でも数十倍、という国が多い。日本は今でも圧倒的に凶悪犯罪が少ない社会である。



2.殺人も日本は欧米より少ないが、強盗や強姦ほど差は大きくない。

犯罪白書(2002年)によると、人口10万人あたりの殺人数は以下の通り。日本は欧米の数分の1程度。他の重大犯罪と比べると、欧米と日本の差はぐっと小さくなる。

日本 1.2 

フランス 4.1

ドイツ(嬰児殺のぞく) 3.2

英国(故殺未遂のぞく) 3.5

アメリカ(同時多発テロ、未遂のぞく) 5.6


殺人において他の犯罪よりは欧米との差が小さいのは、日本における「殺人は“身内の犯罪”だから」である。反対に、強盗や強姦は他人に対する犯罪である。日本は「他人に対する犯罪」が圧倒的に少ない、すなわち、社会の治安は欧米に比べて圧倒的によい。

一方の殺人は身内の犯罪だから、その多さは治安の善し悪しより寧ろ「身近な人間関係の濃さ」を表している。



3.日本の殺人は1970年代と比べても、大きく減っている。

1975年から2005年の30年で、殺人による死亡者数は約1200人→約500人に半減以上に減っている。(交通事故死を除く刑法犯による死亡者数。過失は除くが致死は含む。=故意をもって結果として殺された人の数)

しかもこの30年に殺人の認知率(特に子供殺しの認知率)は上がっていると思われ、実際にはこの数字以上に殺人は減っていると考えられる。



4.赤ん坊ごろしが劇的に減っている。昔は年間300人くらいだったが、今は年30人くらい。

=虐待で子供を殺す、というようなパターンは大幅に減っている、ということ。

このデータがすごい・・→ http://kangaeru.s59.xrea.com/G-baby.htm

・ちなみに堕胎件数も減っている。つまり避妊教育が行き届き始めた、ということかも。昔は「望まれない子供」が多く、しかも生まれてから殺されるケースが多かった?←ぶっちゃけて言えば、実は堕胎より自然に生まれた子供を殺す方が母体は傷まず、お金もかからない・・。

・なお、それだけで説明できる減り方ではないが、子殺しの絶対数が減っている背景にはそもそも子供の数が減っていることもある。昔は5人以上生んで、何らかの理由でひとりくらい自分の子供が死んだ経験がある親はたくさんいた。殺人でなくても「子供が死ぬ」ということは今よりよほど身近なことだった。

・昔は裁判での赤ん坊殺しの刑罰は非常に軽い傾向があった。多産多死の社会背景があったためか。・・・刑罰が軽いから殺されやすかったのかしらん??わかんないけど。



5.暴力事件はどんどん減っている。特に若者の犯罪が減っている。

・草食系が増えているから??

・若者の凶悪犯罪が減っているために、報道自体はどんどん大げさになる。“珍しいから、より大きく取り立てて報道している”とも言える。



6.犯罪統計は、犯罪者の数を表すのではなく、警察官がどれくらい“書類を書いたか”を表す。

・犯罪、警察の世界では、“重要”で“捕まえられそう”な犯罪のみを“認知する”(書類に残して記録する)というのが基本。この方針が変わると犯罪数は増減する。

・1998年頃から、できる限り丁寧に記録を取ろうということになった。(それなのに凶悪犯罪は減っている。=日本は本当に安全になっている。)

・なお、人がいなくなると普通は騒ぎになる。だから殺人は最も認知比率が高い犯罪。反対に認知率が一番低いのは強姦罪。



7.昔から殺されるのは大半が家族、身内、知り合い

1977年 故意犯による犯罪被害者の調査データ

「被害者は加害者の何にあたるか」

(件数、全体での割合。殺人の他、致死を含む。過失犯は含まない。)

関係人数割合
配偶者15911%
子供 505 35%
父母 87 6%
2 0.1%
祖父母 5 0.3%
兄弟姉妹 28 1.9%
その他の親族 42 2.9%
同居人 31 2.1%
知人友人273 18.9%
顔見知り 155 10.7%
面識無し 161 11.1%
1448 100%
不明70
合計1527

今は配偶者殺しがトップになっているし、親殺しも桁が増えている。介護問題が背景にあるかもしれない。いずれにせよ、「殺人とは身内の犯罪」であるという点は昔から変わらない。

人はそんなにむやみに「知らない人」を殺したりしない。殺したいほどの激高した感情は「相当に近い人に対しておこる感情である」ということである。



8.“身内の犯罪”である殺人が減ってるのは、人間関係が薄くなっているから、と言える。

昔は飲み屋もぎゅうぎゅう詰めだし、すぐに隣の人と一緒に飲み始めていた。そしてそのうち口論になって喧嘩で殺してしまう、というのもあった。今は飲み屋やら電車の中やらで隣に座った人とやたらに話をしたりしない。

つまり、昔は家族以外の人とでも気軽に「近しい関係」になっていた。そうなると殺人が起る可能性がある。今は見知らぬ人と「近しい中」にならないので、殺したいほどの感情にもならない。他人と関わらない社会になり、殺人が減っている。

ご近所も同じ。以前はいろいろお節介をやく近所の人が存在した。他人なのに「あんたもそろそろまじめに働かないとダメだ」とか説教される。そうすると「殺したい対象」になりえる。今は親しかそんなことは言わない。


一方で面識のない人を殺す人は、家族と別居しているなど「近しい関係の人がいない人」とも言える。秋葉原の無差別殺人犯人だって、親と同居していたら親が毎日なんらかの小言を言う。そうするとまずは親を殺した可能性が高い。親から遠く離れて一人暮らしだったから、また、職場には殺せるほど濃い関係のある人(本気で対峙してくる人)がいなかったから、“街の誰か”を殺したのかも。

昔だって「殺すのは誰でもよかった」という人はいたであろう。しかし、人の行動・移動範囲が狭い昔は、目の前にいるのが家族である場合が多く、だから殺されるのが家族という形になっていたとも言える。



9.自殺の増加は殺人の減少と併せて考えられるかもしれない。

「誰かを殺したいほどの強烈な気持ち」にとりつかれ、かつ「殺すのは誰でもいい」という感覚が、「じゃあ、自分を殺す」という方向に進むと、それが殺人ではなく自殺となる、と考えられなくもない。殺人は急激に減っている。一方で自殺は近年急激に増えている。

他人に殺される人の数は年間500人だが、自分で自分を殺す人が3万人いるのが日本という国。

この視点はおもしろいと思った。人生に絶望した時に他人を殺すか自分を殺すか、という選択が、殺人か自殺かの分かれ道、というのは新しい視点だよね。たしかに「世の中に絶望した時」に、その絶望を他人に向ければ殺人になるし、自分を内省し絶望すると自殺になるとも考えられる。



10.裁判官が決めるなら量刑は広めの設定がよく、一般人が決めるなら殺人罪の細分化が適切

プロは量刑の幅が広い方が、状況や情状にあわせて使い分けられて便利。裁判員制度などで一般の人が刑罰を決めるなら、家族殺人、保険金殺人、強姦殺人、など、殺人罪を細分化し、それぞれに量刑を設定した方が、運用しやすい。(陪審員など一般人が参加する国では第一級殺人、第二級殺人などに分けて量刑の幅を狭くしている。)



11.高齢者の犯罪が恐ろしいペースで増加している。

・高齢者では、あらゆる犯罪が増えている。(高齢人口の増加以上に?)

・平成20年版の犯罪白書は、第二部にわざわざ「高齢犯罪者の実態と処遇」という特集をしたほど。

(参考:http://www.moj.go.jp/HOUSO/2008/index.html

・日本だけの特徴かもしれない=日本は社会や人生に絶望する年齢が高いのではないか?欧米はもっと若い頃に“先が見えてしまう”ので、若者が犯罪に走る。日本は年を取ってはじめて“先が見える”のではないか?



以上です。いろいろ「なるほど」な点やおもしろい着眼点があるなあと思った。データが古いのが少し残念でしたが。またそのうち、「だからなんなのさ」ってのを考えてみたい。


そんじゃーね。






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河合幹雄さんの著書は下記。ちゃんと学びたい方はこちらをどうぞ。京大の理学部を卒業後、大学院から専門を変えて法社会学の学者になられています。ちなみにお父様も叔父さまも有名な学者さんです。

日本の殺人 (ちくま新書)

日本の殺人 (ちくま新書)

安全神話崩壊のパラドックス―治安の法社会学

安全神話崩壊のパラドックス―治安の法社会学

2009-10-25 日本郵政の社長交代についての雑感

日本郵政の新社長が元“官僚中の官僚”であり、しかもすべての適正な手続きを完全無視して“政治主導”だか“亀井主導”だか“小沢主導”だかで決められたことについては、多くの人が驚愕し、激怒し(?)、珍しく既存メディアとネットメディアの意見が一致するほどの衝撃を世の中に与えているようです。

ちきりんももちろん“なんじゃそれ”派ではあるのですが、同時に“混乱lover”のちきりんとしては、こういうめちゃくちゃなことが強行されること自体、“おもろいじゃん”とか思っており、後から振り返ればこういうことがあってこそはじめて“民主党の分裂”の遠因ともなりうるわけだから、“いーんじゃないの?”とも思ってます。

というわけで、ことの本質については既にあちこちで報道され分析されているので、ちきりんとしてはそれ以外の“どうでもいいような感想”でも、いくつか書いておくです。



感想その1:みっともない男だな

今回の件で一番みっともないな、と思ったのは原口総務大臣です。斉藤さんについて聞かれ、「最高の人選です」とか言っちゃって、恥ずかしくないかな。これが自民党がやったことで自分が野党側だったら、彼はテレビに出まくって刺激的な非難の言葉を連呼していたと思うよ。

信念を貫いている亀井さんはまだマシ。こういう「力の前では、僕はへつらうだけです。へへへ」って態度は一番はみっともない。“恥を知る”って大事だよね。


感想2 かわいそうな西川さん

気の毒だよね、と思うのは西川さん。“小泉・竹中憎し”の人から怒りの的にされちゃって。かりにも日本を代表する会社のトップを務めた人を命を削るような大変な仕事に招いておきながら、こんな追い出し方をするのは、それこそ“なんかの品格”に関わるんじゃないの?

政権が代わり、方針が変わるから経営陣を入れ替えるという考えはアリだと思う。それでも“人として礼を尽くす”ということを忘れたらアカンのじゃない?経済界だって背筋がす〜っとしてるだろう。これから民間人を国のプロジェクトに招聘するのは今までよりずっと難しくなると思う。


感想3 小沢さんってすごいよね。

新社長は元大蔵の大物次官ということ以上に、複雑な過去のある人だ。大筋で言えば、小沢さんと組んで国の制度を変えようとして失敗し、それが原因で、小沢さんが去った後の自民党にずうっと冷遇されていた。

そういう人を表舞台に戻してきて、人生の最後に名誉復権のスポットライトを当ててあげる。これぞ小沢さんの人心掌握術だよね。「俺にコミットしてくれた人を見捨てることは決してない。たとえつらい時機が長く続いたとしても、最後には必ず恩は返す。だから信じてついてきてくれ」ということだ。

10年に一度の大物次官といわれた人が、ずうっと日陰を歩いてきた。その人を最後の最後に表舞台に上げてあげる。これだから多くの人が小沢さんに忠誠を尽くすのだ。

すごいなあ、こういう力。

憧れますね〜。


感想4 財源はすべて“大蔵省”へ

もうひとつ思ったことは「財源が大蔵省に集約されていくのな〜」ってこと。

今回の新社長もその出身だけど、大蔵省(当時)というのは、役所の中の役所、というか、他の省庁より一段格上、みたいな位置づけがされていて、その力の源泉はなにかというと「財布を握っている」ということにあったわけですね。

他の省庁は、毎年、自分の省庁で使いたい税金額を予算として概算要求する。これって「他の役所」が「大蔵省」に「予算をうちに配分してください」って依頼する行為ですよね。で、いろいろ交渉して「これはダメ」とか削られて最後にありがたく予算をいただく。言うなれば今の「国と地方」の関係と同じくらいの力関係の差が大蔵省と他の省庁の間にはあるわけです。

だから他省庁にとっては、「自分独自の収入があるかどうか」というのはとても大事なんだよね。独自の財源があれば大蔵省に頭下げなくてもそのお金を自由に使える。


たとえば「道路特定財源」について一般財源化やら廃止やらが議論になるけれど、この税源は「国土交通省の独自収入」みたいなもんなわけです。このお金はすべて道路に使っていいですよ、って最初から決まってるわけだから、他の省庁にとられる心配がないし、大蔵省に頭下げなくてもいい。

それを一般財源化するっていう議論は「国土交通省の財布を大蔵省が取り上げます」って話なわけです。廃止する、ってのも事実上同じよね。国土交通省が、自分の財布を召し上げられることを意味する。財布は大蔵省以外には持たせない、という意思。


厚生労働省にとっての年金ってのも同じ。あれも税金とは別に年金保険料として、わざわざ国税庁ではなく社会保険庁が徴収する。だからその年金で集めた額を無駄につかって天下り団体を養ったりする場合、その恩恵は厚生労働省の官僚だけが享受できる。

国税庁と社会保険庁というふたつの組織をわざわざ残さないでも一体運用すればいーじゃん、という案も時々でてきますが、この案はつまり「年金保険料という収入も大蔵省に持っていく」という話ですよね。

社保庁も今度は日本年金機構になることが決まってるけど、ここのトップも民主党が主導権をとって決めるわけでしょ。またしても「元大蔵次官」とかが就任する可能性もでてきたってことかも。そういう人が年金機構のトップになれば当然、「年金保険料徴収と国税徴収の一体化の推進」とかいう話がでてくるかもだよね。

そして郵便貯金も同じ。こちらは元郵政省が管理できるお金だった。今は総務省ですね。昔なら「郵政省が管轄する大組織の長」に元大蔵次官なんてありえなかったと思う。郵便事業庁のころの長官って全部、郵政省の局長から抜擢されてるわけですから。

今までは日本郵政の取引先企業に天下ってる人の多くが郵政省(総務省)の官僚だったと思うけど、これから少しずつ、そういうポストも大蔵官僚に“浸食される”と思うよ。

えっ、民主党は天下り禁止だって? 大丈夫、「本人が有能なら」「14年もたってれば」とか何でも理由を付ければ、天下りは事実上全然オッケーだから。


というわけで、道路特定財源の廃止とかにしても、社保庁改革にしても、今回の郵政事業の揺り戻しにしても、違う側面から見れば、「すべての財源は大蔵省に戻させて頂きます」ってな感じなのかな、と思った。



今後も世の中がどんどん混乱することを楽しみにしているちきりんとしては、是非、日本年金機構の初代トップにも「有能だから天下りではない」元大蔵次官を抜擢してほしいでーす!きっとインタビューに答える長妻さんが「最高の人選だと思います」って言ってくれると思うよ。楽しみだ〜。


そんじゃーね。



(なお、文中敢えて現在の組織名である財務省ではなく大蔵省という名前を使っています。)

2009-10-24 “仕組み”なのか“人”なのか

大事なことや大きな流れの決め手になるのは、“仕組み”なのか“人”なのか?場合によるのだとすれば、どういう場合は“仕組み”で、どういう場合なら“人”なのか。これって結構おもしろいテーマだと思うんだよね。


たとえば複数の企業から内定をもらった学生に最終的な就職先を決めた理由を問うと、多くの学生が「会った人が魅力的だったから」などと答えます。ベンチャーじゃなくて、巨大企業に入る学生までがそんなことを言う。

これ、大人からみると笑えますよね。「会った人」って何人?ってかんじだし、その人が入社後の上司になるわけでもないし、もちろんその組織を代表する人格であるわけでもない。

企業側が採用前線に出してくる「マーケティング人材」に惹かれたからこの会社に入りました、と。いかにも学生さんらしいお答えです。


でも転職が何回目かになると、「会った人の印象」だけではなく、よりその会社の「仕組み」を重視するようになるでしょう。ベンチャー企業に創業社長に惹かれて入るケースなどを除いて、会った人だけで会社を決めることはなくなる。代わりに「組織として体制が整っているか」「企業体として市場の中で競争力があるか」などを重視する。

こういう「人」か「仕組み」か、という概念がある。


銀行が事業融資をする時、不動産担保を取るにしても、まずは財務諸表などからその企業の「儲ける仕組み」(=ビジネスモデルと収益力)を見て判断するわけですが、一方で「経営者の人となり」が融資実行の決め手になることもあると思います。中小企業はもちろんだけれど、大企業でさえ「中内さんだから、孫さんだから」貸すってのはありそうです。

反対に、どんなに綺麗な儲けの仕組み(財務諸表)が提示されても、経営者個人が人として信頼できないとお金は貸せない時もある。こういう場面でも「人」と「仕組み」のバランスが問われるし、最後は「どっちを信じるか?」みたいな話になる。

株式投資もそうかも。その会社のビジネスの仕組みを見て投資を決める人もいるけど、一方で「この経営者が率いる企業なら株に投資したい」という人もいる。柳井さんがいるからファーストリテイリングの株を買う、という人は一定数存在するでしょう。



別のパターン。企業って、次に誰が社長になるかで会社の方向性が大きく変わる。

いずれも十分に優秀なAさんとBさんという2人の後継者が役員の中にいた。でも二人の経営思想は正反対なので、どちらが社長になるかで今後の会社の方向性は大きく変わる。

そういう時にどちらが社長になるかは単なる偶然に決まるものであり(たとえば、Aさんが手がけた新規事業がたまたま失敗したとか)、したがってその後にその会社がどういう道を辿ったか、ということも偶然に決まってしまったのだ、というのが、「人」でみる考え方。会社の行く末の違いは、「AさんとBさんの性格の差」のみに起因するのであって、“それ以外の力”が働いたわけではない、ということになります。


一方の仕組み説なら、「Aさんが社長に選ばれたのは、あの組織の仕組みによる必然の結果だった」と考える。「Aさんは、社長に選ばれるべくして選ばれたのだ」と。

その組織にはなんらかの固有の力学とか意思決定の癖とか組織の論理があって、Aさんはその理屈に沿って個体の代表例として選ばれたのだという考え方です。偶然ではなく、必然的にAさんが選ばれたという考え方。これが「仕組み」側の考え方です。


戦国武将の中から誰が残っていくのか、というプロセスにも同じことを感じます。よく言われるように信長、秀吉、家康の性格は大きく違う。誰が天下統一を成し遂げ、誰が国のあり方を作るかによって、日本の近代史は異なったものになったのでは?

では、信長が天下をとれずに暗殺され、家康が300年にわたる長期政権の礎を築くことができたのは、偶然なのか。それとも日本の歴史の必然だったのか。


“たまたま”信長は暗殺され、“たまたま”家康は長生きした。だから家康の性格によって江戸時代の根幹が形作られた。でも、“たまたま”寿命が反対だったら「信長の作る日本」というのが出来ていたのだ、と。こういうのは“歴史は人が作る”という考え方。

一方で、「何度歴史が繰り返しても、日本においてあのタイミングで、信長のような人間が最終的に政権をとることはなかっただろう。家康が残ったのは日本の歴史における必然だったのだ。」というのが、仕組み説。

この考えによれば、万が一家康が暗殺されていても、他に誰か「家康的なるリーダー」がでてきて「江戸時代的な時代」を作ったに違いない、となる。結局は「日本社会が信長ではなく家康のような人を望んでいたのだ」というのが“仕組み説”。


人なのか、仕組みなのか、鶏卵みたいなところもあるんだけど、おもしろいような気もするので、またそのうち考えてみたいです。


そんじゃーね。

2009-10-22 大臣たちが競うもの

民主党政権が誕生してからまだ一ヶ月半というのに、内政から外交までいろんな分野で矢継ぎ早に変化が起きていて楽しい。個々の動きの中には、ちきりんの考えとは合わないものもあるんだけど、“混乱lover”としては、いろいろあって飽きなくてよい、です。


その、民主党政権の大臣達。テレビで取材を受けたり、活動をしている際の彼等の表情を見ていて感じること。それは、彼らが「自分達が今、何を競っているのかを十分に意識している」よね、ということ。

これまで彼らは自民党と競っていた。自分の選挙区の自民党議員とも競っていたし、党としてもマニュフェストや政策において自民党と対峙していた。では今は、彼らは何と競っているか?


明らかだよね。彼らは「他の大臣と競っている」


何を競っているの?

「次のリーダーの座」に向けてのレースです。



この彼らの“次のリーダーへのレース”を、国民はマスコミを通して日々詳細に観察することができる。

・どの大臣が、時機を逃さず勇気のいる大きな決断をくだしたか

・どの大臣が、大局を見誤らない判断力を示しているか

・自分勝手な地方自治体の首長達、“地元住民”という名の既得権益団体、資金力をバックに圧力をかけようとする経済界、民主党内にさえ存在する抵抗勢力達を相手に、したたかな交渉力を発揮しているのは誰か

・優秀だがシニカルな官僚達を巻き込み動機付けるリーダーシップを発揮しているのは誰なのか


私たちは通信簿のような評価表を手にしながら、彼らの言動や成果を注視することができている。

「誰が、この国の次のリーダーにふさわしいのか?」と。



というわけで、今のところ各大臣がどうみえるか、採点してみた。詳しく調べる時間もないんでかなりの印象論ですけど。


ポジション名前ちきりん評価コメント
総理大臣鳩山由紀夫   国連の演説、各大臣のあしらい、“小沢民主党”とのつきあい、など巧くハンドルしてるかな。大胆なこと言いつつ、現実的な政治&政策バランスをとってると思う。宇宙人頑張れ!
副総理大臣(国家戦略局)菅直人  Cちょっと出遅れ?厚生労働大臣がまごついているのに乗じて貧困や失業対策をやるみたいだけど、それが「国家戦略」なのか?予算の組み替えをやるんじゃなかったの?
せめて構造改革、できれば成長戦略をやってほしいんだけど。まあ菅さんは力のある人なんで期待してます。
官房長官平野博文 A/B子供手当の地方負担は“小心者ちっくな発言”って感じの失言だと思うが、それ以外は何でもそつなく処理している感じ
総務大臣原口一博 B/C期待値は高かったのに今ひとつかな〜。いくつかやってることがプロセス設計にとどまっていて、大臣独自の思考リーダーシップが見えない。
外務大臣岡田克也 AA外交なので(内政よりは)見えにくいのですが、着々と国際社会でプレゼンスを築いている。精力的に動いているし。
それに「公約通り記者会見を記者クラブ会員以外に公開した」のは、結局この人だけなのでは?
外務大臣になって“(権力闘争から)はずされた”という人もいるけど、ちきりんはこの“外相時代”こそが彼の将来の切り札になると思っています。
防衛大臣北沢俊美  ?全然わかりません。
財務大臣藤井裕久  経歴、経験からして当然なのですが、巧く裁いてはいる。でも結局、巨額な予算ってどうよ? しかも財務大臣がリーダーシップとるのって民主党が描いた“あるべき姿”とは違うんじゃないの?それじゃあ今までと同じじゃん。
あと、こんな年齢の人に頼らないといけないってのは民主党もつらいよね。
金融大臣亀井静香(郵政担当兼任)  ちきりんとは意見は全然違うんで(政策内容には賛成してないんで)すけど、政治世界での立ち回り方の巧さには唸らされる。このスキルはちきりんも見習いたいもんだわ。
厚労大臣長妻昭  B/Cこの人も期待値が大きかった割にイマイチ。分野が広すぎて混乱しているのかな。それともやはり器の問題?
まずは予算がでかすぎですよ。マニフェスト約束分の上乗せはいいけど、従来部分にそんな無駄がないわけないじゃん。
あと、人の動かし方を知らないように見える。組織がでかいだけに、自分の苦手なところ、目の届かないところをどう引っ張っていくか、がポイントだよね。まあ頑張って欲しいです。
経産大臣直嶋正行  C限界が見え見え。経団連に手首をひねられてる。自動車業界と電機業界のいいなりになりそうな予感(悪寒)
法務大臣千葉景子  B地味ですが着実にやるべきことをやっている。でも野望はなさそうね。
文科大臣川端達夫  ?わかりません。教育分野にはいろいろ課題があるはずなのに方針が見えない。“高校無料化”とかコスト側も大事だとは思うが、日本の教育をどーすんのよ?
消費者担当、男女共同参画等福島瑞穂  Cあまり興味ないですが、存在感薄くなってるのでは?亀井さんに負けるな!
農水大臣赤松広隆  Cイマイチ。官僚に踊らされてる感じ。日本の農業をどーするのさ?もうちょっとリーダーシップ発揮して欲しい。
国交大臣前原誠司 AAこの人はすばらしいですねえ。大胆でしたたかで強面。無駄を切りつつ成長戦略につながるところに集中的に投資する、という公約通りの“予算の組み替え”をやってるのはこの人だけだよね。
ダムやJALや難しい問題を山ほど抱えていますが、成功すれば相当なプラス。もちろんリスクも大きそうだけど。レース展開的には“序盤からいい位置に付けてる”って感じでしょうか。
環境大臣小沢鋭仁 B/Cわかんないです。せっかくすばらしい目標が掲げられたのだから、何かしらもうちょっとプレゼンス発揮できるんじゃないかと思うのだが。
国家公安委員長中井洽元  ?わかりません・・
行政刷新会議大臣仙谷由人  この人頑張ってますよね。“カリスマ節約主夫”みたいで笑えます。事務局長が内閣を回してるみたい。乞うご期待。

こんな感じ?皆さんも是非、評価してみてくださいな。

なお、Aを付けたとはいえ藤井さんや亀井さんに「次」のチャンスがあるとは思ってません。あと、副大臣や政務官も相当頑張っている人がいるよね。彼らも「予選からレースに参加」してる状態なので、大臣になにかあった時や、担当分野の政策で大きな動きがあれば一気に表にでるチャンスもあるでしょう。枝野さんなどももちろんエントリー済み!


というわけで、将来の首相に向けてのレースが(まだ走り始めたばかりだけど)なかなかおもしろい。これこそ「日本モデルのリーダーの選び方」かもしれないしね。


参考:次世代のリーダーを育む仕組み


んじゃー。

2009-10-20 縦と横

ちきりんが社会人になってすぐの頃、先輩アナリストの方から財務分析の方法を教えてもらってる時、

“分析の基本は、時系列比較と他社比較”

それだけだから、と何度も言われました。


とりあえず「過去と今と未来を比べろ」と。

そんでもって「国内や国外の競合他社と比べろ」「専業と兼業の各社を比べろ」と。

これは、長く、しかもすごく役に立った“教え”です。早いタイミングで教えてもらえてラッキーだった。財務分析だけでなくなんにでも使えますよね。てか、このふたつ以外の分析なんかしたことないだよ。


この話を思い出したのは、先日お会いした方がその著書の中で「縦と横」という言葉を使って、

縦=時間軸をもって、歴史的な視点でものを見よ、

横=地理的な広がりをもって、グローバルにモノを見よ

という説明をされているのを読んだ時。


ああ、やっぱりこれが基本なんだな、と思いました。



そんじゃーね。

2009-10-18 住処を保有すること

不動産つながりで、過去エントリのご紹介。


「購入か賃貸か」という永遠のテーマについてのちきりんの考え方は、下記をどうぞ。


1) 大事なものはコストで決めない


2) いつでも辞められる



そんじゃーね。

2009-10-16 10年以上のローンはだめです

住宅金融支援機構や銀行が「返済期間が50年」の住宅ローンを提供し始めたというニュース。あきれてぶっとびます。


50年も終わらないローンを組んで、

何かを買うのは、

明らかに「分不相応」ってもんですよ。


25歳で家を買ってローンを組んでも50年ローンだと完済は75歳。男性なら平均寿命ぎりぎり。てか、死ぬ直前まで稼ぐのは無理でしょ。

一度もリストラされないまま年収が上がっていき、退職金も満足の額が出て、子供も無事に独立し、家族の誰も大きな病気にもならず、かつ、親が(自分が60歳くらいの時に介護費用も使わずに)すんなり亡くなり、ある程度の貯金やら不動産を残してくれて、ようやくぎりぎり払えるかも、みたいな「捕らぬ狸を5匹くらい当てにした」計画は無謀すぎます。

しかも地震や火災、地域の治安の変化などで、不動産の方が50年たつ前にダメになる可能性もあるし、自分が引っ越さないといけなくなるかも。先日、そのうち仕事はインドか中国にしかなくなりますよと書きました。いつまでも日本で仕事があると思わないほうがいいっす。


ちきりんはいつ首になるかわからない身なので、マンションを買った時はごく短期間のローンを組みました。でも、たとえ安定した大企業に勤めていたとしても、今の主流である30〜35年ローンでさえ長すぎて怖いと感じます。

ああいう長期のローンは経済の成長期、すなわち「適度なインフレ率と適度な成長率が長期にわたって続く時代」=当然に「給与も、買った不動産自体もどんどん値上がりする時代」を前提に設定された仕組みです。デフレ、低成長時代に成り立つ仕組みとは思えません。

今や、相当の一流企業に勤めていても35年先なんてわかんないし、公務員だってこんな財政赤字の国で、かつ政権さえ変わる世の中では安泰ではないはず。


みんな、最長でも10年のローンで払える範囲のものしか買わない、というまっとうな判断に戻るべき時なんじゃないかと思います。

10年なんて短すぎるって?

よく考えてください。家以外ならそんな長い期間返せない大借金はしないでしょ。なんで家だとそんなにリスク不感症になるんでしょう。リボ払いとかよりよっぽど“無茶な借金”だという気がしますけど。


誤解のないように。私は家を買うなと言っているわけではありません。その時の自分の姿が想像できないほど先まで続く、超長期のローンを組むなと言ってるだけです。

ちゃんと十分な頭金を貯めて、借金の期間は10年で済むくらいになってから“それで買える範囲の”物件を買えばいいんです。

新築にこだわるから高くなるんです。「子供ひとりひとりに個室」とかいうから高くなるんです。分不相応な物件に手を出すのはやめましょう。


そもそも35年ローンは、“銀行と住宅会社と不動産会社の陰謀”です。彼らは贅沢なモデルルームを作って見せびらかし、実態以上に高い値段で買わせ、物件価格では補えないような借金を負わせて金利を取り立ててるんです。

たとえば3000万円で売られている物件があるとしましょう。銀行は実質的には“その物件には3000万円の価値はない”と知りつつお金を貸してくれます。

物件価値が3000万円あると彼らが思っていれば、「お金が返せない場合は担保として不動産を明け渡す」という契約にできるはず。でも実際にはそんな契約はしてくれません。「ローンを返せない場合は、物件を売って弁済し、かつ、足りない分はその後も返し続ける」という契約しかしてくれないんです。


なんでかって?

だって銀行はわかってるんです。その不動産に3000万円の価値があるのは、買った瞬間だけだから、不動産を処分しても、借金が残ると。

不動産の値段は住み始めたとたん=新築でなくなった時点で2割さがり、老朽化する不動産は10年で半額になっていても不思議ではありません。

これは中古住宅でも同じです。新築は割高ですが20年後も「売ることは可能」です。築15年の中古マンションは最初は割安ですが、そのまた20年後ではもう値段が付きません。一戸建てでさえ、都会の猫の額のような土地なんて、建築基準法の改正や条例ひとつで“売れない土地”になってしまう可能性があるんです。


こうして、消費者は10年後には1500万円の価値しかないとわかっている不動産を3000万円で買い、2800万円くらいの借金を背負い、延々と銀行に利子を払い続けるのです。ローンを長期にすればするほど利子は多額に上り、銀行の収益はあがります。だから彼らは長いローンを勧めます。

そして万が一にもローンが返せなくなると、購入者は泣く泣く不動産を売り払う。でも家を手放しても1500万円弱にしかならず、一方で借金の2800万円はほとんど減ってない。結局、不動産を手放しても更に1000万円以上の借金が残る、という悲惨な事態に追い込まれます。

誰が得してます?


想像してみてください。35年ローンとは、子供が5才の時にした大借金を、その子が40才になる年に完済するという計画です。どんだけ先の話かわかるでしょ。

その間には、あなたには海外で働いてみるという選択肢ができるかもしれない。夫婦で別の都市に引っ越して住みたいと思う理由ができるかもしれない。子供の事情で引っ越した方がいいという結論になるかもしれないんです。


しかも既にローンを借りているのに、自分のローンの「利子の総額」を知っている人が少なくて驚きます。

「僕は住宅ローンが3000万円あって・・」という人がいますが、それは元本額です。

今度、周りの人に聞いてみて下さい。「あなたの住宅ローンの利子総額ってどれくらい?」と。答えられない人が半分以上でしょう。


ご参考までに3000万円を 2%の利率、35年返済で借りると、利子総額は1200万円弱です。ボーナス払いにするともっと多いです。変動ローンで途中で利率がアップすると、さらに増えます。

この1200万円は、不動産の対価として払う額ではありません。不動産の値段は“元本合計+頭金”です。不動産とは別に「お金を貸して貰うことの対価として、銀行に払う額」が利子総額です。つまりこの1200万円は“銀行の収入”です。

あなたには1200万円もの大金を、不動産(家)にたいしてではなく、“お金を借りるための対価”として銀行に払う経済力がありますか?利子分の1200万円を稼ぐのに、あなたの手取りで何ヶ月(何年)かかりますか?


よく「35年ローンを組んだけど、もっと早く返すつもり」という人がいます。だったら、最初から短い期間でローンを組めばいいんです。「35年ローンを組んで早期返済で20年で返す」のと、最初から20年ローンを組むのと、「利子の総額」がどれくらい違うか知ってますか?知ってて、そう言ってます?


10年以上のローンが必要になる価格のものは、それが家であれ車であれヨットであれ、自分には分不相応なものだと理解しましょう。それが常識的でまっとうな経済感覚というものです。「家だから30年ローンはごく普通」などと思うなら、あなたは銀行と不動産会社と住宅会社にだまされてます。


分相応に暮らしましょう。


そんじゃーね。



↓大きな借金をする前に読むことをお勧めします・・

サラリーマンは2度破産する (朝日新書)

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自己破産の現場 (角川oneテーマ21)

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2009-10-14 JALの自主再建で得する人達

今度は空港政策の話が話題になりつつありますが、先日に引き続き、JALのお話。

前原国土交通大臣が、JAL問題で繰り返し強調するのが「自主再建する」という言葉。この“自主再建”(or“自主再生”)とはどういう意味なのか?なぜ前原大臣はこの言葉を何度も繰り返すのか、まとめておくです。


まず“自主再建”の裏側にある言葉はなにかというと“法的整理”です。このふたつの違いは「関係者が自主的に痛みを分け合う」か、「法律により強制的に、責任のある人に痛みを引き受けて貰うか」という違いです。

「倒産するとJALの飛行機は飛ばなくなるのでは?」とか「マイルを使い切っておいた方がいいのか?」と思う人もいるかもしれませんが、911の後、何度も潰れている(=法的整理を経た)アメリカの飛行機会社でも、そんなことは起こってないです。

日本においても、「自主再建」でも「法的整理」でも、マイルの扱いや飛行機の運行に大きな違いはないと思われます。法的整理だからといって一般のユーザーや顧客が困ったり、ソンをするわけではないのです。では、このふたつの方法は何が違うのでしょう。

ここではJALが法的整理を避け、「自主再建することで得をするのは誰なのか?」という点をまとめておきましょう。



自主再建で得する人 その1

最も得するのは“株主”です。法的整理では株式の価値はゼロになります。文字通り“紙くず”になるのです。ところが自主再建なら一時期、株価が下がっても、税金などが投入されて会社が再建し、将来成功すれば株価はまたあがります。株はその後に売却してもいいのです。たとえ“減資”が行われても(100%減資でないかぎり)株主の持ち分は残ります。

JALが法的整理を避け、自主再建を選んでくれれば、最も得するのはJALの株主でしょう。リスクマネーの出し手なのに税金で助けてもらえるという非常に美味しい選択肢、それが「自主再建」という方法です。



自主再建で得する人 その2

退職済みの人を含むJALの正社員です。法的整理をすれば、退職後の正社員がもらっている企業年金は、その約束をいったん反故にされる可能性が高いです。大企業の企業年金は(この低金利時代に!)年率5%など高金利の場合も多いのです。

自主再建の場合、この金利は、年金をもらっている本人達が同意しないと変更できません。しかし法的整理なら原則として「いったん高金利契約は“無かったこと”にして、今後どうするか話し合いましょう」となります。したがって元正社員は当然、強く「自主再建」を望みます。

現在の正社員はそれに加え、「自主再建」であれば雇用契約も維持されるし、給与の削減も労組の代表者が経営者と交渉しつつ決めていきます。

しかし法的整理が行われれば、現存の雇用契約は「いったん白紙。必要に応じて再雇用・再契約」が原則的な考え方となります。再雇用されない人や、されても大幅減給になる人も増えるでしょう。

このように、高い年金を受け取っているJAL正社員OB、現時点でのJALの正社員、そしてその代表団体である労組にとっては「自主再建」は「法的整理」より圧倒的にありがたいです。



自主再建で得する人 その3

銀行を除く債権者が得をします。多くはいわゆる“納入業者”です。彼らには支払いがまだなされていない、しかし納入済みの商品やサービスがたくさんあります。

法的整理が行われると、基本的にはすべての債権は法律に則って優先弁済順位が決められます。担保もない一般取引の債権は優先順位が低いので支払いがカットされる割合は非常に高く、それらの代金を支払ってもらえないと、中小の納入企業は大きな打撃を受けます。いわゆる“連鎖倒産”もありうるでしょう。

これらの納入企業の中には多くの天下り役人が“理事”“役員”として働いています。彼らは数年後に数千万円の退職金を得られます。しかしJALが法的整理をし、自分の(せっかく)天下った会社が潰れると、さすがに退職金はもらえません。なので彼らは“法的整理なんて絶対嫌だ!”と思っています。

一方の自主再建の場合、大規模な銀行がより大きな損をかぶる場合が多く、小規模債権者である納入会社への支払いはある程度“配慮”してもらいやすいです。なので、彼ら(天下ってる役員含む)も、強く「自主再建」を希望しています。



自主再建で得する人 その4

メガバンクも自主再建の方が有利だろうなと思います。

JALに貸し付けている大口金融機関は、政策投資銀行と3つのメガバンクですが、政策投資銀行が圧倒的に大口です。自主再建になって「話し合いでどの銀行がいくらソンするか」を決める場合、役割からいっても政策投資銀行が最も大きな損を引き受ける可能性が高いです。

一方の法的整理であれば、政策投資銀行と民間の銀行の債権は基本は平等に扱われ(特別な融資条件があれば別です)、同じように減額されます。つまり、民間の銀行とその株主にとって、自主再建の方が法的整理よりおそらく有利でしょう。


★★★

というわけで、前原大臣が「JALは(法的整理にせず)自主再建を目指す。」と言うたびに

・JALの株主(政府、銀行、大手保険会社や年金基金などの機関投資家や、大口株主)

・JALの正社員(OB含む)、その集合団体の労働組合

・JALの取引先とそこに天下っている元役人

・メガバンクの経営者とその株主

は、前原大臣を応援したくなるでしょう。



ちなみに、もちろん、ちきりんは前原大臣が「自主再建」を強調しまくっていることは「とても正しいこと」と思っています。

彼が自主再建を目指すと言わなければ、すなわち、担当大臣が「法的整理を検討する」と言ったとたんに、世の中は大パニックになります。

政策投資銀行が融資をしているのに法的整理をするというのなら、民間銀行の多くが、他の「政策投資銀行融資」が入っている(=既に民間からはお金が借りられない状態になっている)企業からの融資を引き上げ始めるでしょう。それは多くの大型倒産の引き金になります。

大量の失業も発生するし、潰れる前に自主的に退職してとりあえず退職金だけ先に確保しようとする天下り理事の人さえでてくるかもしれません。JALとの取引をやめようとしたり、現金取引にしか応じない、納入企業もでてくるでしょう。(海外の保険会社が既にいったんそういう動きを取りました。)

そんなことになればJALだけではなく日本の株価は再度大暴落し、立ち上がったばかりの政権は足下から揺らいでしまいます。すなわち、“リーマンショック”ならぬ“ジャルショック”が起る恐れがあるのです。だから前原大臣は「自主再建」を悲痛なほどの頻度と緊張をもった声で繰り返し、強調しているのです。


国民の皆さんは納得できないかもしれません。ものすごい額の自分達の税金を投入してJALの法的整理を避け、株主や銀行、高給・高年金の正社員達を助ける。なんでそんなことを?本来やるべきは「法的整理」のはずじゃないか!


・・・それでも担当大臣は「自主再建」にこだわらねばならないのです。


なんのために?


「日本経済のために」です。

「全体最適のために」です。




うーむ。



そういえば、全体最適についてはこちらのエントリをどうぞ。

全体最適 vs. オレ様最適



そんじゃーね。

2009-10-12 ちきりんの“社会派で行こう!”

IT Media社が運営するサイトのひとつ、“ビジネスメディア誠”というサイトで8月半ばから毎週月曜日に

ちきりんの“社会派で行こう!”

というコラムの連載をさせていただいてます。コラム名もとても気に入っています。


ちなみに今日掲載の記事はこちら→ http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0910/12/news001.html

2005年に掲載時の元エントリ→ http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20050903


上記に“元エントリ”と書いたように、“ちきりんの社会派で行こう!”は、「Chikirinの日記」の過去エントリを(再構成した上で)紹介するコラムで、文章は新たに書いてるわけではありません。が、この連載を、ちきりんはとてもありがたく思っています。


なんでって?



たとえば皆さんに二人の息子がいるとしましょう。長男が生まれたのは皆さんがまだ若い頃で、お金もなくて、ほとんどおもちゃも買ってあげてないし、服もオークションでおとした中古品ばっかりだったし、習いごともさせられなかった、としましょう。写真はあるけどビデオはない、みたいな感じです。

7年ぐらい後に二人目が生まれて、今度は皆さんも仕事が順調で結構稼ぎがよくなっていた。なので次男はおもちゃもたっぷり与えられ、お古も着せてない。それどころか小さい頃からキッズ英会話に通わせたり、水泳も習いたいと言うからもちろんOKした。

・・・そういうことが起ったら、なんとなく「長男に申し訳ない」感じがしませんか?

もちろん愛情はふたりに同等に注いできたし、長男が文句を言っているわけでもない。なんだけど、しつけのために次男はあまり甘やかさない方がいいな、と思いつつ、長男に関しては「あいつが欲しいというものは(親として甘いかもしれないが)できるだけ買ってやろう」って思ったりしません?



誠サイトに掲載されるちきりんのエントリは2005年〜2007年に書いたものです。当時のちきりんブログへのアクセス数はせいぜい一日200程度。ブックマークなんて全くついていません。もちろんそのことに不満があるわけではありません。読者が少なくても読んでくださる方があるだけでとても感謝していますし、書くこと自体が好きだからずっと書いてきました。

だけど、なんとなく「昔のエントリがかわいそう」に思えるのです。だって内容的には今書いているエントリに比べておもしろくないわけでも、質が悪いわけでもないと思うのです。(親としてはね)

もしこのエントリを「今」書いていたら2万くらいのアクセスがあるんだよねえ、と思いつつ、200くらいのアクセスしかなかった当時のエントリを読んでいると目頭が熱くなります。(・・すいません、これは嘘です!)


まあでもちょっとは、複雑な気分になるわけです。

アクセスが増えれば増えるほど、「昔のエントリに申し訳ないなあ」と。


なので、過去エントリを掲載していただけるというのは、とてもありがたいです。皆様、お暇であれば、月曜日は過去エントリも併せてお楽しみくださいませ。

なお8月以降“誠“サイトに掲載された過去エントリをみるには、“誠”サイト内で“ちきりん検索”をかけてください。こちら→ http://bizmakoto.jp/makoto/kw/chikirin.html


もちろん元エントリもちきりんサイトに残ってます。ふたつを比べると誠サイトの記事の方が、タイトルがナイスですよね。たとえば今週の記事は、

元エントリのタイトル→ 「人生の半径」

誠記事のタイトル→ 「新たな職種層、“ゴールドカラー”の登場」

後者の方が圧倒的に“読む気にさせる”でしょ。こうして比較すると、元エントリのタイトルは既に“ちきりんファン”になっている方以外にはアピールしないと気がつきます。


ちなみにどのエントリを掲載するかは“誠”の担当者の方が選んでくださってますが、これも「へえ、このエントリが選ばれるのかぁ」って感じで興味深いです。


というわけで本日は、“貧乏な時代に生まれた長男・長女を思う親心”から、昔のエントリのPRをさせて頂きました。


そんじゃーね。

2009-10-11 オバマ氏:ノーベル平和賞の裏側

ノーベル平和賞って、今まではその“余りに単細胞な世界観”ゆえにイマイチ関心がもてませんでしたが、今回のオバマ大統領の受賞に関しては非常に深い、巧みな意図を感じました。

オバマ大統領は予想者リストにも入っていなかったらしく、アメリカのジャーナリストも慌て気味にそのニュースを伝えています。

核のない世界に言及したり、グアンタナモ基地の収容所閉鎖を決めたり、またイスラム世界にむけて行った演説などが評価されたと言われていますが、

実際にはまだ何も達成していないオバマ氏への授与に関して「早すぎでは?」という意見もあるようです。


が、本質を見失ってはいけません。


今回のオバマ氏の受賞にはふたつの大きな意味があるのです。



意味1)ブッシュへの嫌み

本来は、ブッシュ前大統領に「ノーベル紛争賞」か「ノーベル“テロとの戦い”迷惑千万賞」を与えたい、というのが世界の本音です。

しかし残念ながらそんな賞はありません。なので、ブッシュ前大統領の政策のほぼすべてを否定&ひっくりかえそうとしているオバマ氏に「平和賞」を与えたのです。

これによりブッシュ氏に「平和をぶっ壊した賞」を与えるのと同じだけのインパクトが与えられます。

だから、タイミングも今でなければならないのです。ブッシュが引退してすぐのタイミングに与えないと、この意味合いが出せない。

この賞の(裏側の賞の)真の受賞者はブッシュ前大統領なのです。



意味2)オバマ氏への牽制

オバマ氏はイラクからの撤退は言明していますが、アフガニスタンに関してはまだ揺れています。パレスチナ問題も解決しているわけではないし、北朝鮮問題もある。

いずれに関してもオバマ氏は従来よりは相当穏便な路線を採用してはいますが、アメリカには「行き詰まったら、とりあえずどっかに爆弾を落とす」という悪い癖があります。

オバマ氏だって中間選挙前に内政が行き詰まったりしたら何をし始めるかわからない。オバマ氏の任期はまだまだ長いですから。

で、今の段階で彼に「ノーベル平和賞」を与えることで、オバマ氏が路線を転換し、いきなりまた「世界の平和を脅かすいつものアメリカ」にならないよう牽制するために、選考委員の協議の結果、今回彼にノーベル平和賞が与えられることになったのです。


さすがのオバマ氏だって、この賞をもらってすぐに、あちこちにまた増派したり、爆弾落としたり、強硬路線をとるのは気が引けるでしょ。そこを狙った心理作戦です。

今回の受賞により、イランのアフマディネジャド大統領、リビアのカダフィ大佐、そして、北朝鮮の金正日氏などは心から喜んでいるでしょう。

これで彼らも当面は安心して眠れます。もちろん、ロシアや中国なども「いや〜、ありがたいな、こりゃあ」って感じでしょう。なんたってアメリカの現役大統領の手を縛る効果があるのですから。


反対にいえば、それくらい世界は「アメリカの暴力行為」に迷惑&辟易としているのです。迷惑防止条例を作りたいくらいです。

「お願いだから、もうブッシュみたいなのを大統領に選ぶのはやめてくれ」と、世界はアメリカに、そしてオバマ氏に懇願しているのです。

そういう世界の人達の切実な思いが、今回のノーベル平和賞に結実したわけです。


そしてノーベル財団の中では「今後はアメリカで新しい大統領が選ばれたら。翌年にはすぐさま“平和賞“を授与すべきだ。ノーベル平和賞を授与すれば任期中は、他国に爆弾を落とすのが難しくなるだろう。世界のためだ」という意見もでているようです。


適当です。


f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium

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2009-10-09 恐るべし 東京海上日動火災保険

9月28日の日経新聞に、「東京海上日動火災 / 女性社員を営業職に」という見出しの記事が載ってました。

しかも片面の4分の1をしめる巨大サイズの記事なんだよ。ちょっとびっくり。


  • 10月1日からリクナビがオープンするなど、学生の就職活動が始まるタイミングぴったりに、
  • ここ数年、男性のハイエンド人材の採用に苦労している伝統的な一流企業が、
  • 「我が社は女性を活用します!」と宣言する内容の記事が、
  • 経済界御用聞き新聞に、
  • 紙面の4分の1も使って、どでかく掲載される。

すばらしいですね。


さすが「経団連企業の広報誌」と呼ばれる日経新聞様です。


★★★


加えて、驚いたのはその内容。

記事の“縦見だし”が「女性社員を営業職に」だって。


今時、女性に営業をやらせるくらいで日経新聞が記事にしてくれるなんて、東京海上はさすがすごい会社ですねー。

この会社に生え抜きの女性役員が選ばれた日には、日経新聞は“号外”を出すかもしれない。


この記事を読んだのが日本語のできるアメリカ人だったら「日本って今、女性に参政権はあるの?」と聞くかもしれない。あたしでさえ「あれっ、昭和の記事?」とか思ったもん。


ひつこくて申し訳ないけど・・「女性社員を営業職に」です。

しかも、これが、今後の会社の目標なんです。


目標だよ!


しかも、社長自らがこれを最重要事項とする方針を出したらしい。

ってことは、社長直轄プロジェクト?


社長自ら先頭に立って!

女性に!!

営業職を!!!



記事には横書きで大きくサブタイトルもついてました。それが、

「管理職の意識から変革」


なるほど。。

東京海上って、女性に営業をやらせるのに「管理職の意識変革」が必要なんだ。

つまりこの会社の管理職の意識では、

「女性が営業職やるなんて、聞いたことないよな」

「他のエリアならともかく、まさか丸の内にはそんな無茶な会社はないんじゃないか」

って感じなんすかね?


やっぱ、日本で一番給与が高い会社は違うなあ。

「日本経済の保守本流企業、ここにあり」って感じですよね。

本社も皇居も見下ろす場所だしね。


感心した。


そんじゃーね。


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2009-10-07 “くだらない情報”こそ読んでみたい

グーグルマップやyoutubeなど、新しい技術&コンセプトのサービスがでてくると、ネットの世界が「おおっ」っていうくらい変わります。そういう流れの中でちきりんが期待してるのが、「自動翻訳プログラム」です。

今は検索結果に英語サイトがヒットすると、「このサイトを翻訳する」というボタンが表示されますが、試してみてもまだかなり未熟な翻訳です。完璧とはいわないけれど、あれがもう少し“いい感じ”の翻訳になり、かつ、自動的に翻訳されると便利です。

ちきりんがある言葉を日本語で検索すると、自動的に世界中のサイトから関連した検索結果を探してきてくれるようになるといいなと思います。


たとえば「鶏肉 トマト レシピ」というキーワードで検索をすると、それを勝手に翻訳して、世界中からチキンとトマトを使ったレシピページを探してきて、かつ全部を日本語で表示してくれるというイメージです。

フランス料理、イタリア料理、中華料理にアラビア料理など、いろんな国の「チキンとトマトを使った料理のレシピ」が検索結果にあがってきたらすごく楽しいですよね。

元々はフランス語とかイタリア語とか中国語のレシピサイトなんだけど、すべて自動的に翻訳され、日本語で検索結果に表示され、「へー、やっぱりチキンとトマトのレシピだとイタリアのサイトが多いな−」みたいなイメージです。


さらに妄想を続ければ、検索でヒットしたサイトのひとつであるイタリアの田舎の主婦が書いたブログを見に行き、「チキンとトマトを使ったパスタ・我が家諷」みたいなエントリをみつけ、掲載されている料理の写真も参考にしながらその料理を作ってみることができるでしょう。

食べてみて「おいしいじゃん!」と思った場合、そのブログのコメント欄に「初めまして、ちきりん@日本です。このレシピのパスタソースめっちゃ美味しかったです〜」と日本語で書き込むと、先方はそれを(最初から)イタリア語で読み、「あら、日本から感想が来たわ!」みたいな世界・・。

そういう自動翻訳の世界が実現したらと夢想するとワクワクします。

★★★

そういうのができると、レシピだけではなく生活のあらゆる面でのつながりができると思うのです。たとえば「嫁 姑 愚痴」というキーワードで検索すると、世界中の嫁姑問題が一覧できるとか。

エロゲーについてブログを書いたら、ホンジェラスあたりから「“EROGE”ってナンですか?」というコメントがついたり、「海賊」というキーワードで検索したら、ソマリアの裏サイトで「海賊募集」のページが見つかったり・・・?

もちろん2チャンネルにも世界から書き込みが殺到するし、質問サイトにも世界から質問と回答が飛び交います。

中国の“教えて○○”のサイトで、「胡錦涛氏と温家宝氏はどっちが偉いんですか?」と中国の中学生が質問すると、そこに世界中から「お前、中国人なのにそんなことも知らねえのかよ?」とか「入党しろよ@共産党」みたいな突っ込みが入ったりするかも。

空気を読まないアメリカ人が、「えっ?国家主席と首相って同一人物じゃないの?」と横やりをいれたら、ブルガリア人が「中国ってどこにあるの?グーグルアースで探してるんだけどよくわかんないよ。この島か?」と質問し、「それは台湾だろ?」みたいな・・・ものすごく楽しそうじゃないですか?


また、若年者失業問題など、世界中で同じ問題が存在している場合、そういうキーワードで検索したら、あちこちの国のロスジェネが怒っているのがわかり、しかもその怒り方に“お国柄”がでていたり・・

さらに、日本に留学中の韓国人学生が韓国語のブログに書いた赤裸々な日本の印象を、日本人もみんなが読めて、もちろん反対(中国に留学している日本人の日本語ブログを中国の人が読むなど)もありうる世界。

★★★


今は、政治や経済、株価や大きなテロ事件など、重大な事件、意義のある情報しか翻訳されない世界です。でもちきりんは、それ以外の“全くくだらない情報”が訳される世界を楽しみにしているんです。

テレビや新聞が報道する海外の事件は、地震とか山火事、政治や経済関連などの「マスコミが判断した大事なこと」です。でも山火事のニュースより、上に書いたような、日々の生活の機微やその国の若者の関心、社会の状況、外からみた自分の国の印象、いろんな国のレシピやファッショントレンドなど、ありのままの姿がわかる市井の情報の方が、ちきりんには興味深いのです。

どの国にも、全くどうでもいいようなブログやつぶやきがいっぱいあるはず。そういうのが全部、世界中の他の国で普通に読めたら、世界が今よりは平和になると思いませんか?

「中国で反日活動が活発になっている」とテレビが報道していても、中国の若者のブログを読む限り、就職活動や留学準備、金儲け話ばっかりで、反日活動などに興味のない中国人もいっぱいいるじゃん?と分かったりするわけです。


逆説的な言い方ですが、「くだらない情報を翻訳することこそが、重要」なんじゃないの?とも感じるのです。

「相手の国の普通の人達の生活」がダイレクトに見え始めたら、そのほうがよほど世界の相互理解は進み、平和が促進される気がします。


そんじゃーね。



---------------------

追記)とか書いていたら、このエントリが英訳されました。

→ http://globalvoicesonline.org/2009/11/16/japan-in-a-world-with-automatic-translation/

→ フランス語にも・・ http://fr.globalvoicesonline.org/2009/11/20/23630/

2009-10-06 動かす、ということ

ちきりんは、先日の衆議院選挙の直前に「国民審査」についての説明エントリを書いた。趣旨は「一票の格差を是正するために、国民審査で意味のある投票をしようよ」と呼びかけるためだった。

国民審査


そして、衆院選挙(国民審査)終了後に、結果について、「一定の成果はでたと思う」と書いた。

国民審査結果 +α


そして、選挙(国民審査)からちょうど一ヶ月後の9月30日。最高裁大法廷は、2007年の参院選における一票の格差裁判に判決をだした。

違憲判断こそ出なかったが(違憲判断を出すと選挙結果が無効になる可能性があり、非常にインパクトが大きい。)、多くの裁判官は「選挙制度の仕組みの見直しが必要」などと、強い文言で国会(立法府)に注文を付けた。

なによりも注目すべき事は、先日の国民審査で涌井裁判官と共に高い不信任比率を突きつけられた那須弘平裁判官がこの問題に関して“合憲”から転向し、今回は“違憲”に意見を変えたことだ。一ヶ月前の国民審査の結果も少なからず影響を与えたと信じたい。



「一票の格差問題」解消のために国政選挙ごとに手弁当で裁判を起こし、辛抱強くこの活動を続けておられる多くの弁護士や活動家の方々、今回の国民審査にとても効果的に影響を与えた「一人一票実現国民会議」のリーダー達、地道に裁判官の情報を整理し開示されていた下記のサイト管理人の方、そして今回、判断を合憲から違憲に変えた那須弘平裁判官も含め、ちきりんは

「何かを変えるために、実際に具体的なアクションをおこす人達」

を心から尊敬しています。


一人一票実現国民会議

忘れられた一票 2009★最高裁判所 裁判官 国民審査 判断資料

国民審査のための最高裁判事紹介 2009年




民主党は選挙制度改革も唱えているので、少なくともこの問題に後ろ向きではないと思う。が、一票の価値を公平にするための具体的な方法論(法案)を練り上げていくのは、これまたとても大変なことだ。来年の参議院選には間に合わないだろう。ここでもまた“誰か”がリーダーシップを取り、変革の具体策を示していく必要がある。


“物事を実際に変えていく”というのは、かくも多大なエネルギーが必要なことなのだ。



人生において、「とにかくオレはこれを成し遂げたい!」と思うことがあり、それを実現するために頑張ることができ、そして(もしも)結果がだせたなら、それは本当に尊敬に値することだし、幸せな人生だよねえと、思う。

2009-10-05 ネットと金融業 (後半)

一昨日の続きです。

銀行、証券、保険と金融業の各分野で出現したネット金融企業が、顧客に提供している価値の源泉に共通点があるなあと思ったので後半はその話です。具体的にはこんな↓感じ。(規制緩和はネット金融出現の前提なので、含めていません。)


(1)ネット技術の価値

(2)“持たざること”から出せる価値

(3)事業創意の価値


たとえばネットバンキングが始まって、「家のパソコンで振込みができる」のは、(1)のネット技術の価値によるもの、ですよね。

別にナンのビジネス的な工夫もないでしょ。今まではリアル銀行の支店に行き、振込み用紙を書いて窓口に出し、窓口の担当者が端末を操作してたのが、自分でATMや、自宅のPCや携帯から端末操作ができるようになっただけ。

これは、ネット銀行の経営者が生み出した付加価値ではなく、インターネットの価値そのものです。もちろんセキュリティ技術とか、複合的な「技術の価値」で実現したサービスです。これは、株の取引が家でできる、生命保険がパソコンで買える、も全く同じです。


次に、(2)の“持たざることから出せる価値”の例。ネット銀行の金利はリアル銀行よりかなり高いです。これは彼らが支店(不動産)も大量の正社員も抱えていないから可能なのです。「持っていない」から圧倒的にオペレーション経費が安く、その分を金利として顧客に還元できます。

リアル銀行もここ数年で多くの支店を閉めていますが、元が巨大だから追いつきません。「持たない」ことがネット銀行の最大の強みとさえ言えるでしょう。この点は証券業界も生保も全く同じ構造です。


たとえばネット証券は「今まで証券会社が独占していた情報」を無料で顧客に開示しました。昔は、過去の時系列の株価さえ個人で見るのは難しかった。アナリストレポートやザラ場の情報も個人では手に入らない。個人はリアルタイムの株価の動きさえ見えていなかったのです。

そこに営業マンから電話がかかってきて、「大量の買い注文が残されてます。有名なアナリストが買い推奨を出しました。どうやら○○の噂がでているようです。今日は、今○○日平均と○○日平均が交差しますよ。」とか言うわけです。

この「情報の価値」で、リアル証券会社は「高い手数料」を正当化していたわけですが、ネット証券は競ってこれらの情報を無料で提供しました。それによって「リアル証券とネット証券の差は何もない。手数料が高いだけ」と顧客にわからせた。高コストな支店や社員を大量に抱える既存証券にとって、情報の独占が高い手数料を正当化する唯一の方法であることを理解していたからです。


3つめ。たとえばセブン銀行のように「主にATMの使用手数料で儲ける」というビジネスモデルを考えつき実現すること。これは技術の価値ではないし、“持たないこと”とも直接は関係ありません。これが(3)の事業創意の価値です。既存の銀行にはなかった発想のビジネスです。

ソニーバンクの“超小口で何度でも無料で返済できる住宅ローン”も、今までの銀行には無かった商品です。既存銀行はそういう顧客のニーズを吸い上げてこなかった。こういうのが(3)です。


証券分野での(3)事業創意の価値としては、手数料を従量制から一日定額制に変えたことがあります。これにより「個人でのデイトレーディング」という職業が出現しました。既存証券は「個人デイトレーダー相手に商売をしよう」とは考えていなかった。新しい市場が創設されたのです。

マイナーな市場、海外株へのアクセスを容易にしたり、24時間取引などの工夫も、その多くは(3)の事業創意の価値かなと思います。ネット金融は薄利だからこそ、積極的に新しいサービスを創り出していこうと競争しています。


で、生保は?

(2)の“持たざることから出せた価値”として、ライフネット生命が純保険料と手数料を分けてを開示したことがあげられます。ちなみに銀行、証券と比べても、手数料の開示が行われてなかったのは保険だけですね。

昨日書いた話ですが、保険は「必要でない人」に買ってもらう商品でした。必要なものは放っておいても売れますが、要らないものを売るのは大変です。証券でも、株の手数料は安いけど、要らないのに売ってる感じの投信の手数料は高いでしょ。

既存生保は、“どう考えても不必要でしょ”みたいな1億円もの商品を毎月売ってくる“凄腕セールス職員”には、それなりの販売手数料を支払う必要があり、それはとてもじゃないが顧客に開示できるようなレベルの手数料ではなかった。

これを開示できたのは、そんな無茶な額の商品を売らないと維持できないような大きな本社も組織も高コストチャネルも“持たない”新規参入者だからこそ、ですよね。


ところで生保のプロセスは、先日の対談ででてきた話を整理するとこんな感じかな?(下記)

ほんとは“運用”もありますが、“まだ早すぎです”というご説明に納得したので除き、「商品設計」「販売」「支払い」に分けました。先ほど説明した(1)と(2)の価値はいずれも「販売」のところでライフネット生命がやってきたことですね。


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ちきりん的には、今後は「商品設計」で(3)の価値を出してほしいなあ、と思います。対談では例として「メンタルヘルス保険」をあげましたが、たとえばうつ病患者の多くは入院せず、投薬とカウンセリングを受けます。しかも半年〜数年の長きにわたって仕事量を少なくし、数ヶ月の休職をしたり、当然、収入に影響がでます。

でも「入院保険」は入院しないと払われないので、うつ病みたいに「入院する可能性の低い疾病」の備えにはならない。それに最近は大きな病気でも入院日数は短期化する傾向にあり、この「入院日数に支払い額を連動させる」というコンセプトは、必ずしも患者側に有利な考え方ではありません。

このあたり、最近は「医療費の自己負担分を払います」という医療保険もでてきていて、これから商品設計の工夫競争が始まるかもね、という期待もあります。


3番目のプロセスの支払いのところは、出口社長もおっしゃっていたように「医療保険は保険会社から病院へ直接支払い」が実現しないと、実際には「保険が必要な人=ピンクの箱の人」には保険は役に立たないです。(“ピンクの箱って何?”という方は、こちらのエントリーをご覧ください。)


今まではお金に余裕のあるブルーの人しか保険に入ってないから「病院への支払いは貯金で行い、後から保険金をもらう」方法でよかったでしょうが、本当に保険が必要な人が顧客になってくると、医療機関に払う段階でお金がないと困ります。

保険金が降りるまでの間に“病気と闘いながらお金の工面に走り回る”のは悲しい話。「本当に保険が必要な人が保険で助けられる」という状態にするには、このキャッシュフロータイミング問題の解決が不可欠だと思います。


余談ですが、アメリカの保険会社はこの「支払い」をいかに「抑えるか」「支払わないか」というところで利益を絞りだそうとします。「こんな高度な治療は必要ないでしょ」とか言って払ってくれないのです。そういうことを考えると、保険会社選びではやっぱり「ちゃんと支払ってる?」というのがとても大事ですよね。

★★★

いずれにせよ、銀行も証券も保険も、ネット企業が勝ち残っていけるかは、この(3)の事業創意の価値をどれくらい出していけるか、にかかっていると思います。

なぜなら、参入当初は(1)(2)で大きなインパクトを出すことができますが、何年かたってくると(3)がない限り、結局「コスト競争」になってしまうからです。先行するネット銀行やネット証券も熾烈な競争にさらされています。

また、規制でがちがちの市場に新しい企業が参入することの価値は、まさにこの(3)による新しい付加価値の創造にあるわけで、ネット金融業界の各企業には大いに期待したいですし、今後どんな商品がでてくるかとても楽しみに思います。

皆様、頑張ってくださいませ。


そんじゃーね。

2009-10-03 ネットと金融業 (前半)

金融業はネットと親和性が高い産業です。大半のモノはネットで見たのと本物はなんらか違いますが、お金はデジタルで完全に理解できるからです。このため金融業は次々に「ネットへの移行」が進んでいます。

「銀行」 「証券」 「生命保険」の3つに分けて考えてみましょう。(損保、ノンバンク等は今回は触れずです)


みなさん、どの程度ネットに移行していますか?ちきりんは、銀行は既存のメガバンクの口座ももってるけど、メイン口座はネットバンクです。証券は取引はネット証券でやりますが、既存証券の口座もアクティブです。保険は既存の保険会社の商品のみで、ネットでは加入してません。

つまり、ちきりんの「金融ネット化レベル」は銀行において最も進行しており、保険において最も遅れてます。なぜこうなっているのかみてみましょう。


銀行って今、店舗に行かないと済まない用事ってありますか?ちきりんが過去1年で店舗に行ったのは「お年玉用の新札が欲しかった時」だけです。最近は記帳の意味も不明だし。

証券もいまや店舗に行く必要は全然ありませんが、スイッチングコストは銀行より高いですね。銀行ならお金をネット銀行に移すのは簡単ですが、証券会社の商品を他の証券会社に移すのは今も結構面倒です。扱いのない投資信託など一部の商品は移すこともできません。


そして生命保険。新しい保険にはネットで入ることができるけど、既存保険の解約はネットではできません。連絡すると、「では担当のものからお電話させます」とか言われちゃって、販売担当の人に引き留められたり説得されたり。年払いにしてる場合、区切りの時期以外、解約できないのでは?などと思っちゃうしね。

しかも銀行や証券は「過去の口座も併行して維持」しても問題ないですが、保障保険を重複して維持するのは無駄そのものですよね。

なので、いくら「新規に入る手続きが簡便」でも「既存契約の解約が面倒」だとスイッチングコストが高い。これが保険が銀行や証券と違うところかな。銀行だって、もし「ネット銀行で口座を開く前に、既存銀行の口座を解約しないといけない」となったら、面倒すぎるでしょ。


スイッチングメリットについても、ちきりんも4.75%の予定利率の年金やら終身保険、いわゆる“お宝保険”をもっており、これを解約するなんてありえませんが、銀行や証券は「ほぼ誰でも」ネット企業に乗り換えた方が得です。

また、保険に入った時は健康だったけど、その後の健康診断でなにか指摘されて(日常生活には不便はないが)厳密に言えば健康に問題がある、って人も、同じ条件で新たに保険に入るのは大変。

加えて、新旧保険のメリットが微妙に比べにくい。なぜなら既存契約には山ほど“特約”がついている。各特約の保険料内訳さえ手元資料ではわからない。しかも貯蓄と一体化してたりする。既存の“超複雑な保険”をネットの“シンプルでわかりやすい保険”と比較しても、「うーん、確かに安そうだけど、特約を考えたらどっちが得なのかなあ」みたいな話になってしまう。

銀行の金利や振込み手数料、証券会社の株の取引手数料なら、ネット企業の方がリアル企業より有利と一目で分かります。保険は既存商品が複雑すぎて、新旧のメリット比較さえ素人には難しいですね。

なので、「金融業はネット親和性が高い」のはそのとおりなのだが、「銀行や証券に比べて、保険は既存企業からネット企業へのスイッチングバリアが高い」という印象が、ちきりんにはありました。


ので、先日の対談の時に、ライフネット生命の新規契約が、

「新規加入 4割」+「増額 2割」+「乗り換え 4割」

と聞いた時は結構意外でした。乗り換えって4割もあるのねって思いました。

★★★

もうひとつ、ネット化の進行プロセスにおいて。ネット企業の参入によって変わるのが「業者」だけなのか「市場」も変わるのか、という点も興味深いです。

たとえば銀行は、消費者が振込みをしたり、定期預金をする、住宅ローンを借りる、という行為自体は既存の銀行しか存在しなくてもやるでしょ。反対にネット銀行がでてきたからといって用もないのに振込み回数を増やしたりしません。つまり銀行のネット化においては、「銀行機能の市場規模」は不変で、使われる「業者」だけが“リアル→ネット”に移行した。

ところが証券について「市場規模や市場の性格」も変わったと思います。リアルの証券会社しかない時代、大手証券会社は最低でも金融資産が1000万に達しない客は相手にしていない。野村證券にいたっては5000万円の金融資産がないと営業マンはつかないです。

そういう時代には「運用資金30万円」の人には株式投資は非常に敷居が高かった。じゃあ小さな証券会社に行けばいいのか?といえば、小さな証券会社ってのは・・・もう、なんていうか・・・違う会社ですからね・・・(ややこしいので詳細は略)

ところがネット証券ができて、運用資金30万円でも「株式投資を始めてみよう」という人がでてきた。元々株式投資をしていて、その取引「業者」をリアルからネットに変えた人に加えて、「ネット証券がでてきたから投資を始めた。そうでなければやってなかった。」という新規顧客(新規市場)もでてきてた。新しいタイプの客が市場に入ってきています。


じゃあ、保険はどうか?実はここでも「業者」だけでなく「市場」に変化が起こるんじゃないかと、ちきりんは見ています。

ちきりんは、「今までの保険市場は、“保険に入る必要のない人”によって成り立っていた」と思っているのです。下記の図でいうブルーのところです。

一方で、本当に“保険に入る必要がある人”というのは貧乏な人(=蓄えのない人)なので、バカ高い保険しかなかった従来においては彼等は保険に入ることができませんでした。これが左上のピンクのところです。


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本来は、一定の貯金のある人は保険に入る必要はありません。“現金”で蓄える方が圧倒的に使い勝手がよいのです。それに気がつき始めたブルーの人は最近“保険の見直し”を行い、保険市場から流出しています。世間の“保険リタラシー”が高まれば高まるほど、このブルーの人達は保険に入らなくなり、「既存の市場」は縮小するのです。

一方で、本当に保険が必要なのは「貯金をする余裕はないけど子供がいる人」です。ピンクの箱の人ね。彼らにとっては保険は意義があります。ところが、従来の保険は高くて買えなかった。そこで、この人達が買える安い保険を!と言っているのがライフネット生命などです。この市場は「今までになかった新市場」です。

なお、ライフネット生命の新規契約のうち、4割も乗り換えがあるということは、このピンクとブルーに(実際には)重なりがあることを示していて、「高い保険に無理して入っているピンクの層」の人か、「中程度の経済力で子供がある人(真ん中の上ボックス)」が乗り換えているかのどっちかかな、と思いました。


さて、ブルーとピンクの市場規模。どっちが大きいか。自明ですよね。日本は保険大国ですが、それはこのブルーの人達=「本当は保険に入る必要がない、貯蓄のある人」が勧められるまま多額の保険を買っていたからです。結果論ですが一時は(予定)利率も高く、保障ではなく長期の貯蓄と考えても悪くない商品でしたし。

ちきりんもめっちゃ有利な既存保険を当面解約することはありません。ブルーの箱の消滅スピードは残高ベースでは極めてゆっくり、収入ベースで年数パーセント程度でしょう。

一方でピンクの市場がどの程度のスピードで立ち上がるかは、若い人の経済状態(景気含む)、民主党の政策(子育てに公費をどの程度注ぎ込むか)、ライフネット生命など新プレーヤーの頑張り、に依るって感じでしょうか。


興味深いのは、ブルーの市場規模は40兆円と巨大なのですが、ピンクの市場規模がいくらなのか?という点です。おそらく誰も試算していないのではないかな。

ただ、このピンク市場がたとえブルー市場の10分の1(=4兆円)しかなくても、ここに参入するのはビジネスとして非常に魅力的です。だってプレーヤーの数が圧倒的に少ないからね。(もし市場規模が4兆円なら、4社の会社で1社1兆円の市場をゲット!です)

しかも金融というのは参入障壁が高いので、アタッカーの新企業にとっての最大のライバルは既存企業ですが、保険においては、既存ブレーヤーがこのピンクの市場にでてくるのはかなり時間がかかると思います。

ご存じのように、銀行、証券も同じ商品を窓口とネットでは異なる価格で売っています。定期預金の金利もネット優遇があるし、振込み手数料もネットでは格安です。証券も株の売買手数料について、窓口なら○○円、電話注文なら2割引、ネットなら5割引、ですよね。

どちらの業界でも、明らかに手数料の安いネット企業に客の流出が起りはじめ、自分達も手数料を下げざるをえなかったのです。保険についてもいつかは同じことが起ります。

しかし保険分野では、既存プレーヤーが手数料を下げてくるまでにはかなりの時間がかかるとちきりんは思っています。すなわち新規ネット企業にとっては、それだけ「おいしい季節」が長く確保されるわけです。

なぜ、保険は証券より既存企業がネット化を進めにくいのか?という点は・・・長すぎなのでここでやめます。後は読者の皆様がご自由にお考えください。


そんではね〜

2009-10-01 PR) 出口社長とお会いしました。

先日ライフネット生命の出口社長とお話させていただく機会がありました。*1 はてなブックマークニュースというコーナーで、出口社長に「Chikirinの日記」をPRしていただくという企画です。(←嘘です。趣旨は反対でした。) 


ちきりんブログのことは先方もご存じだと聞いていたのですが、念のためお声をかけていただいた時には「こんなエントリ書いてるんですけど、私でいいんですか?」と確認しました。そしたら全然問題なしとのこと。会社はちびこいけど、心は広い会社のようです。

で、お会いした時「はじめまして、ちきりんです!」と小学生バリに元気に挨拶したのですが、出口社長は名刺入れから名刺を出しかけた姿勢のまま固まってしまわれました。

2秒くらい固まってらしたので「あの〜、なにか?」と不安になりつつ聞いてみたら、どうやら、ちきりんが想像されていた生き物と違っていたようで、驚かせてしまったみたいでした。


さて、ここでクイズです。

ちきりんは出口社長の想像とどう違っていたのでしょう?

(1)若くてきれいな女の子だと思っていたら、単なるおばさんだった。

(2)男だと思っていたら、女だった。

(3)着ぐるみかアニメキャラだろうと思っていたら、生身の人間だった。

のどれかです。


「そうなんだ〜、そういう諷に思われてたんだ〜」と、最初は一瞬、お互いに固まってしまいましたが、直後からスムーズにお話が進みました。大先輩にたいしてこんなこと書くのはフォントが小さくなってしまうほど恐縮ですが、いろいろと共通点が多いかも、と思いました。

まずは話し方のリズムやスタイルが似てる。出口社長もちきりんも早口でテンポも速い。その早いペースで話題が次々と変わりながら途切れることなく会話が続き・・。「これって何かの勝負なの?」みたいでした。そしてさすがのちきりんも、しゃべり続けて2時間を過ぎたあたりで不安に襲われました。「これ、誰かが止めてくれるわけ?いつまで続けるの?」と。


いや、楽しかったんで、OKなんですけど。


他の共通点としては、考え方の基本が同じだなあと思いました。最初にいきなり

「高速道路のエントリ、まさにあの通りだと思うんです!」

と、ちきりんの最近のエントリにたいして賛同をいただいた上、お話している途中でも、


出口社長「年金は、一定以上の資産や収入のある人には払うのをやめればいいんですよ。」

ちきりんの同趣旨の過去エントリ→http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20050614


出口社長「リーダーを作るには仕組みが大事なんです。」

ちきりんの同趣旨の過去エントリ→http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090622


出口社長「一票の格差と電子投票の実施がとにかく大事だと。」

ちきりんの同趣旨の過去エントリ→http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080921

もひとつ→http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090709


と、いろんな点で意見が同じでした。


また旅行好きなところも共通で、

「新疆はまさにああいうことだと私も思います!」とのこと

ちきりんのエントリ→http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090713

社長は「中国だけで50都市は訪れました」とおっしゃっていてびっくり。しかも中国以外でも多くのところに行かれている様子。ちきりんなんて日本で50都市行ってるどうか。ちきりんの海外旅行歴→http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080513


・・・って、こんな話ばっかり書いてないで、そろそろライフネット生命とか商品について書かなくていいのかって?


全然必要ありません。だって、ライフネット生命の業界内ポジショニングは単純化すれば下記です。


f:id:Chikirin:20091001214845j:image


この表をみればわかるように、「ライフネット生命の求めていることは、できるだけ右に移動すること」であって、高さはもう十分なんです。なので、企画なんてハトでもちきりんでもよいのです。なんでもいいから「認知度さえあがればよい、わざとらしく褒めてもらわなくてもよいよ」ってことで。まあ、MBAの教科書にでも出てきそうなベーシックな戦略ですね。


ちなみにこの上の表は、ブログのポジショニングにも使えます。もしあなたのブログが「エントリの中身には自信があるんだけど、認知度が低くて読者が少ないのよね」というブログなら、とにかく「認知度」をあげることだけに専念すればいいわけです。ほめてもらうことにこだわる必要はありません。

つまり、貴方のブログがライフネット生命と同じ位置にあるというなら、「ネガティブコメントでもなんでもいいから、できるだけ多くの反応が得られる記事」を書けばよいわけです。

「それって具体的にどんなエントリを書けばいいんだ?」って?


ん〜そうですね〜、じゃあ手始めに「全国各県にひとつの大学とか要らないんじゃないの?」みたいな記事を書いてみてはいかがでしょう? (ちょっーとばかし勇気がいりますけどね)



そんじゃーね!

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出口社長の著作のご紹介

・直球勝負の会社:起業のいきさつがよくわかりました。熱い心が伝わります!

・生命保険は誰のものか:保険業界と保険商品をざっくり知るにはいい本かも。さくっと読めます。

 

*1:出口社長との対談記事はこちら→http://b.hatena.ne.jp/articles/200910/428