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Chikirinの日記 RSSフィード

2010-02-28 「写真でみる在日コリアンの100年」

麻布にある“在日韓人歴史資料館”に行ってきました。すごくよかったです。

狭いけど展示品にインパクトがありました。以前、ブラジルのサンパウロにある日系移民歴史資料館に行った時も大感動したので、ちきりんはこういう資料館が好きなんだと思うです。


日本って本当に“近現代史”を教えないでしょ。

てか、今は違うのかな?ちきりんが小さい頃は、小学校でも中学校でも高校でも、歴史は近代史の手前までしか教えられませんでした。時間切れなのか意図的なのか知りませんが。

だから近現代史って、大人になってから皆、あっちゃこっちゃに偏向した資料でそれを学ぶことになります。

ちきりんがこういう資料館でインパクトを感じるのは、“実物の重み”があるからです。

近現代史って古代史と違って“実物”が豊富に残ってるんですよね。家具や機械だけではなく、本や書類、そして写真が残っている。それがすごく意味がある。

なぜなら、近現代史に関しては後から作られた書籍や番組やなどはどうしても偏ってるんじゃないかという疑念が消えないし、もっといえば、偏ってない近現代史の書籍なんて成立しえない。

だからできる限り“当時のモノ”が直接見てみたい。

だってそれらは、背景や意図はともかく、実際にその当時の社会に存在していたわけで、その現実感とか、存在感とか、中立性とか、インパクトが、ずば抜けている。と思うから。

それらを観ることで、曲がりなりにも自分でその空気感を感じることができるので。

サンパウロの博物館も今回の資料館も、そういうものがたくさんあってすごく興味深かったです。ごく一部ですが、下記に紹介します。


(1)韓国併合の記念絵はがき

1910年に日本が韓国を正式に併合した時に売り出した記念葉書です。地図の図柄で日本と韓国が同じ色に塗られたりしています。

これをみると、「当時の日本がどんなに韓国を植民地化したことを誇らしく思っていたか」がビビッドに伝わってきます。

日本が、どれくらい切実に、列強西欧諸国のようになりたいと思っていたか、が表れているんです。“痛々しい”資料です。


(2)文部省が作った思想調査書

昭和7年1月に文部省学生部が作った「鮮人学生生徒思想的事件」というタイトルの冊子がインパクトありました。

古びた紙にタイトルが手書きで縦に書かれ、手作業で綴じられた冊子です。

ちきりんは、なぜかこの資料に目が引きつけられました。おそらくその文字がものすごく綺麗で几帳面だったからでしょう。“いかにも優秀な官僚の手による報告書”に見えたのです。

文部省って教育を司る役所ですよね。そこの学生課の仕事のひとつが「朝鮮人の思想調査」だったんだなあと。

この頃はもちろん朝鮮人学生だけでなく、日本人でも共産主義にかぶれた学生については、文部省は当然、思想調査をしていたでしょう。

朝鮮人学生には、共産主義に染まっていた人もいるし、そうでなくても独立運動家も多かったはず。大日本帝国を支える官僚組織が危険分子の思想調査をするのは当然です。

でもなんか、この冊子のあまりの体裁の綺麗さが、ちきりんには強く印象に残りました。まさにこれが官僚の仕事なんだよな〜と思えたのです。

この人達は、町中が焼け野原でも、混乱していても、ぐちゃぐちゃでも、きち〜っと、こういう調査報告書をまとめるのですよ。

たぶん今も厚生労働省の中で、非正規雇用者の現状について、とか、生活保護申請状況の分析、とか、そういうお題で、すばらしく綺麗で体裁の整った調査報告書が毎日毎日作られているのと同様に。

彼らは明治以来、霞ヶ関の机の上で、ずうっとこういう綺麗な綺麗な報告書を作ってきたんです。

戦前も、戦後も、そして今も。報告書に書かれる側の人達の、個人としての生活や人生や感情とは、あたかも違う次元の世界に生きているかのように。


(3)10名くらいの女子中高生が撮った、帰国事業で北に行く友人のための記念写真

愛知県の朝鮮中高学校の校庭で、セーラー服のかわいい女の子達が撮った記念写真です。

首から花のレイをかけた女の子が4人いて、それ以外の子達の首にはそれがない。おそらくその 4名が北朝鮮に戻る家の子供達だったのでしょう。

1960年9月の写真です。もう一年遅ければ、彼女達も北朝鮮への帰国はしなかったかもしれない。

この子達のその後を考えると心が痛みます。送り出した少女達の方は今60代半ばです。

日本で暮らしているのでしょうか。自分のアルバムにあるこの写真を、どんな思いで見つめるのでしょう。


(4)国債を売るためのビラ

国債と債券で、さあもう一機、もう一艦というタイトルのビラです。

なんだか笑えました。今またもや日本は財政破綻に向かいつつあります。こういうビラが、来年くらいに再度発行されてもおかしくありません。お題はこんな感じ?

国債と消費税で、さあ年金支給、さあ弱者保護


なお、このビラの後半には一升の醤油を水で薄めて二升にして使う方法が紹介されてます。

このふたつのレベル感の差がおもしろいでしょ。この国の基本調味料である醤油も足りなくなってる国が、借金して“もう一機、もう一艦”と煽っている空しさに、涙がでそう。



他にも「あ〜だから、パチンコ屋って在日の人がやってるわけね」とかいろいろ学びもありました。

冬ソナに熱狂する日本のおばさんを冷笑するような詩もありました。「チェ・ジウのような可憐な朝鮮の女の子が、当時どんな仕打ちをされたか知っているか、ヨン様のような若者がどんな人生を送らされたか(韓国ドラマに熱狂する日本の女性は)知っているか」、と書いてあった。


・・・

こういうところにくると、ちきりんは思うです。「教育の意味」ってこういうことなんだな、って。


関東大震災の時の事件などが象徴していると思うけど、人間って「自分が蔑むことの出来る対象」を常に探しているよね。

「こいつアホだな」と言える人を探すことで、自分の尊厳を確認したいし、守りたいんだよね。自分だってものすごいつらいから。

教育の目的は、自分の中にある、そういう人間としての弱さを、他者に転嫁しなくても消化できるスキルを身に付けることだと思う。


まあとにかく、期待してたよりすごく勉強になりました。映像資料もあるようなので、また時間ができたらゆっくり訪れたいと思っています。

というわけで入館料は200円だし(東京にいる方なら)実際に訪れてみた方がインパクトあるとは思いますが、下記のカタログ本に展示品の多く(上記で紹介したモノを含み)は掲載されています。ちきりんも現地で買ってきたのですが、いろいろ考えさせられる一冊です。

写真で見る在日コリアンの100年

写真で見る在日コリアンの100年



こんなエントリ書くと、また左だ右だという話になりそうなので、ちきりんは靖国神社の資料館にも感動しただすよ、という過去エントリも紹介しときます。


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そんじゃーね。


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2010-02-26 イケテない私

先日、「自分向きのエントリがわかります!」を書いた時、“年齢別”、“イケてる・イケテない別”にお勧め過去エントリを紹介しました。

それってつまり、ちきりんから各セグメントへのメッセージなわけで、一覧にまとめてみたら結構おもしろかったので(あの時は“他のセグメント向けのエントリは読まないほうがいいっすよ”と言っていたくせに!)そのメッセージを一覧にしてみました。そしたらこんな感じ↓


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年齢別はともかく、なんで“イケてる・イケテない別”にメッセージを出すのか、というのを考えていたんだけど、たぶん理由はふたつある。

ひとつは、“イケテない人がイケてると誤解する”のがすごく無駄で馬鹿げているといつも思っているからだ。そういう人が(頑張りすぎで)病気になったりしてるんじゃないかと。

ちきりんは自分も今は「明らかに下段の人だ」と確信しているけれど、「もしかしたら自分は上かも?」と思っていた時期はとてもつらかった。

だからイケテない人がイケてる人を真似したり、同じように生きようとするのは止めたほうがいい、と思ってる。そんなことしても人生つらいだけだ。

「努力を否定するのか?」と言われそうだが、努力って下にいる人に関して言えば、基本は報われないものだと思ってる。(たまたま報われることも、もちろんあるだろうけど。)だから、努力というよりそのプロセスが好きならやればいい。楽しいと思えるならやればいい。でも、つらいだけならやめた方がいい。人生は無限じゃない。つらいことより楽しいことに時間を使うべきだ。


一方でちきりんは、「イケてる人には是非頑張ってもらいたい」と思ってる。そういう人にとても期待しているし、応援しているし、尊敬している。才能のある人にはどきどきするし、センスのすばらしい人には感動する。もしもちきりんで役立つことがあるなら、なんでもお手伝いさせていただきたいです、とも思ってる。

年齢別にメッセージをわけたのはおそらく彼ら(彼女ら)上段の人のためだ。才能に溢れ、可能性に溢れた人の多くが、加齢に勝てない。上の表でいうと、2番目のボックスに移ったあたりで“満足し始める”し、とんがりを無くしていく。3番目のボックスに入る時期には、若い時にあれほど刺激的だった人が単なる保守的なオヤジになってしまう。挑戦することを止めてしまうのだ。

もったいないよね、と思ってる。まあ、本当の意味でイケてる人ってのはそんなにいないものなので、結局は若い時に“イケてる”と見えていた人の多くが実は・・ということなのかもしれないが。


“ちきりんストア”にも紹介しているけれど、下記はちきりんの人生の書だ。ただし、自分は上段にいる、と思う人はこんな本は読まない方がいい。上段にいる人に必要なのは、迷わずに突っ走ることだから。


人生を「半分」降りる―哲学的生き方のすすめ (ちくま文庫)

人生を「半分」降りる―哲学的生き方のすすめ (ちくま文庫)


そんじゃーね。

2010-02-23 日本が次のステージに進めないワケ

今の日本の状況ってこんな感じだよね〜ってのを書いてみた。



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左上に青い“人のマーク”が3つあるでしょ。この人達が、日本が新しい創造のプロセスに入るのを邪魔している人達です。

具体的にいえば、この 3名は、

(1)“壊す”という行為自体に恐怖を覚える人=安定志向で変化が嫌いな人

(2) 壊されることで、既得権益を失う人

(3) 何かが大きく変わる時に、何の混乱もなく完璧に一気に移行できると思い込んでいる人

です。


(1) と (2) はわかりやすいですよね。

でも実は一番やっかいなのが (3) の人なんです。


(3) の人は、今まで自分で何かを創ってきた経験がありません。

だから、新しいものを創るプロセスには常に混乱や混沌が伴うし、時には問題も起こるし、清濁併せのむ必要に迫られる場合もあるんだ、ということが理解できません。

だから、ちょっとでも問題が起こるとスグに「ほら、言わんこっちゃない。やっぱり止めるべきだ!」とか言い出します。


彼らは、「混乱の中を、とにかく進まねばならない」という時があることを、理解できていません。

完璧主義で正論が大好きなため、「ちょっとでも問題があるのに進むなんて許せない」と考え、「受け入れられない」のです。

そのためいつでも“総論賛成・各論反対”で、結局はすべてに反対しています。


しかも、「自分は今、反対勢力側にいる」と理解してる (1) や (2) の人と異なり、(3) の人は

「オレは反対なんかしてない。単に“問題の起こらないよう完璧にやってほしいだけ”だ」とか言うのです。

そういう姿勢が一番やっかいな反対勢力なのだと、自分でも理解できていないのが特徴です。


この 3名のプチボスを倒さないと、日本は次のステージには進めません。今の日本は、これらの人達が倒せないから、立ち往生してしまっている状態です。


必要なのは 3名のプチボスを倒せるキャラ。すなわち、

(1) 創造のための破壊を怖れない人

(2) 既得権益に縛られない人

(3) 無邪気に正論を振り回すプチボスの圧力に屈することなく、力強く前進できる現実的でパワフルな人

なのです。


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 そんじゃ。


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2010-02-21 賃貸住宅斡旋のネット化 そろそろ?

少し前に、「リアルビジネスがどんどんネットビジネスに置き換わるよね」、と書きました。ネットへの移行が早かったビジネスといえば、金融、旅行、書籍と音楽流通などでしょうか。そして最近は一般の物品販売(家電、衣服、食料等)やメディアがブレイクし始めています。

他に“極めてネット向き”と思えるのに出遅れていたものとして“賃貸住宅の斡旋市場”があります。人が部屋を探す基準はとても似通っていて、エリア、家賃、間取りで物件を絞りこみ、トイレバス別とか、和室か洋室か、ペット可か不可か、などの好みで選んでいく。物件側もこれらの基準を元に完全にスペック化されている。

高度にスペック化された商品について、多数の需要と多数の供給があり、それらをマッチングさせるビジネスが賃貸住宅の斡旋事業なんです。こんなにIT技術&ネット向きのビジネスはない。ように見えるわりに、ネット化が遅いですよね。

皆さん、今住んでいる部屋は最終的にどこで見つけましたか? ネットでみつけた人より、賃貸住宅情報誌や駅前の不動産屋さんで、という人がまだ多いんじゃないかとか思うのだけど、どーでしょう。

部屋を探す際にまずネットで情報検索する人は多いんですが、一方で“掲載されてるのはツリ物件だけ”とか“情報がタイムリーに更新されていないため、既に埋まっている部屋がネットに掲載されたままになっている”などの不満も多くて、あまり主流になりえてないのが現状と思えます。


今日は、なぜこのビジネスのネット化が遅れているのか、を考えたいのですが、リアルビジネスのネット化が遅れる最大の理由は、一般的にはどの業界も同じです。それは「既存市場におけるリーダー企業が、ネット化に反対する(動かない)から」ですよね。

JTBが率先して旅館予約のネット化に動いたりはしないし、紀伊國屋書店がネットブックショップに最初からすごく積極的、ということもない。同様に、この賃貸住宅斡旋業界を牛耳っているリクルート社始め、数社の「賃貸住宅情報誌」を発売している企業は(今までは)必ずしもこの事業のネット化に積極的ではなかったと思う。

まあ、あたりまえです。あれ、めっちゃ儲かりますから。ちょっと考えてみてください。一冊の住宅広告誌の中にいくつの物件広告が掲載されているか。一冊が何ページあって、一ページに平均何個の物件が載っているか。そして、そのひとつの広告に100円払われていたら1000円払われていたら、と計算してみてください。で、それが月に2度、年に25回発行されていたら総額いくらの広告収入が手に入るか、と。

ものすごい儲かるビジネスなんです。っていうか、反対に起業するなら、ああいう仕組みを作らないといけないわけで。(そこが江副リクルートのすごかったところです。)

まあとにかく既存市場を独占・寡占している企業は、積極的にビジネスをネット化したいとは思わないのがごく普通のこと。

というわけで、ネット化が進むためにはどの業界でも“アタッカー”(過激な新規参入者)が必要だし、もしくは、既存事業者(たいてい2番手以下の企業)の中から“抜け駆け企業”がでてくる必要があります。この業界も後者は結構でてきている気がしますが、前者が見あたらないのがやや不思議。

一応、“楽天不動産”とか、“ヤフー不動産”ってあるみたいなんですけど、そんなに存在感ないですよね。ホントはグーグルなんて“見取り図検索”とか作ってよ、って感じなんですけど。

★★★

さて、この事業のネット化が遅い要因として他に考えられるのは、

「サービス提供者も仲介者も高齢者だから」ってのもありそう。

アパート経営をやっている人って高齢者が多いですよね。アパートがもともと田んぼだったとか、親が死んだ後、その家をアパートに建て替えて、というパターンが多い。

彼ら物件オーナーが高齢でネットを余り使わないので、ネットに掲載して入居人を集めようという発想にはなかなかならないんだろうし、「うちのサイトにあなたの物件の見取り図をアップロードしてください」なんていうサービスがあっても使う人はほとんどいない。「アップロードってどこの道だ?」って感じでしょう。(ややオヤジギャグ)


そこで、末端でこれらの商品情報をすべて抑えているのは、高齢の大家さんと長年にわたってつきあってきた“駅前の不動産屋さん”ということになるわけです。賃貸情報誌を見て物件を探しても、結局は次のステップとして不動産屋に出向く必要がでてくることが大半でしょ。彼らが市場を握ってるわけです。

で、じゃあこれらの不動産屋さんが見取り図を自分でアップロードするようになるか?といえば、実は彼等も大企業より個人商店的な小さい不動産屋さんが圧倒的に多いよね。 昔から不動産屋をやっている、という人達。こちらもあんまりネットが得意なグループじゃない。

だからリクルート社の営業マンが回ってくれば情報誌に掲載はするけど、ネットサービスに自ら掲載するのは(その方がリクルートの広告料より圧倒的に安くても)敷居が高いってことでしょう。

というわけで、需要側は極めてネット親和性の高いセグメントなんだけど、一方の供給側のネットとの親和性が非常に低いのが、この市場のネット化が遅れている理由のひとつでしょう。

★★★

もうひとつ大きな理由。それは、この事業が、借り手からみた場合と、貸し手からみた場合では全く異なる事業だということ。

「大家にとっては、“借り手を捜す”ところより、“賃貸後”の方が、実は圧倒的に大事=付加価値が高い」んだよね。

これ、このビジネスの大きな特徴だと思う。


大家さんは貸した後に「近隣からクレームがこないか」「設備の修理などを依頼されたらどう対応するのか」「家賃の延滞が起こったら・・」「急にでていったりするかも」「物件を綺麗に使ってくれるか」などなどものすごくいろんな懸念事項を抱えることになる。

街の不動産屋というのは、最初に貸すお手伝いをした後にこういうトラブルへの対処を引き受けてくれる(少なくともアドバイスしてくれる)、というのが貸し手にとっては一番の価値なんだよね。

借り手を捜すところだけがネット化されて楽になっても、他の大きなメリットが失われては全く意味がない。だから大家さんとしてはネットで探すより、駅前の不動産屋に頼んで貸す相手を探したいと思うわけです。

この辺がネット物販等とは全然違うところ。反対にいえば「貸し手と借り手のマッチングのところだけは極めてネット親和性の高い業務プロセスなのだが、賃貸後のメンテナンスというプロセスは全くネットにむいてない事業」ってこと。これを“アンバンドル”しないとネット化はなかなか進まない。

★★★

ところが、最近結構ネットで探してもそこそこの数の物件が表示されるようになってきた。で、それらの物件をみていて気がついたことがある。それは、掲示されている物件が「売れないマンション」を賃貸に回したり、「投資用マンションなのに全然人が入ってない物件」の部屋だったりするってこと。

なんでわかるかというと、同じサイトに、同じマンションの部屋が複数戸ってか、かなり多数リストされてたりするんです。あきらかに一般の大家さんとは違う。こういうサイトに物件情報を提供しているのは、不動産屋(マンション販売業者)であったり、投資物件の販売会社(で、家賃保障を付けている会社)なんだよね。つまり“業者”なんです、大家さんというよりは。

これは最近の不況で、売れ残りの分譲マンションの部屋が急増していたり、投資物件の空き部屋が増えているためでしょう。この場合の貸し手は(大家ではあるけれど)不動産業のプロだから、借り手さえ見つければ、入居後のメンテでは他者の助けはいらない。いかに安く早く借り手を見つけられるか、だけが重要。そうすると、ネットで探すのが圧倒的に効率的になる。


で、理由はともあれ、ネットの上で探せる物件が増えてさえくれば、借り手側がそのサービスを使うようになるのは必然。だって借り手側は大抵若くてネット親和性が高いし、彼らは、借りた後のことなんてなんも考えてない。マッチングの部分だけが重要なんだから。

と考えると、今回の不況(特にマンション販売不振)は、この事業のネット化促進のきっかけになるかもしれない、と思った。


不動産賃貸って、一般の商取引と違ってかなりいろいろゆがんだ市場だとちきりんは思っていて、こういうのを直すにはとにかく“市場の効率化”ってのが一番効果的。そのためにはネット化するのが一番だと思うのだけど、なかなかそれが進んでこなかった。

んだけど、そろそろ賃貸住宅斡旋市場も潮目が変わってくるかもね。と思った。


そんじゃーね


<参考書籍>

 

2010-02-18 ガバナンス

キリンとサントリーの統合交渉決裂“後“の顛末がおもしろかった。

キリンは交渉中止発表の直後に社長交代を発表。必ずしも関連つけられてはいないけど、統合が成功していてもここで社長交代だったと思う人は多くないだろう。

これがキリンのガバナンスのあり方だ。心機一転、組織は次のリーダーと共に、未来を賭けるべき次の成長機会を探す。極めて合理的で妥当な決断と思える。株主も組織も“新しいリーダー”を求めただろう。


一方のサントリー。社長交代はもちろんない。創業家4代目の佐治信忠社長は、「5年以内に次の相手を探す」と力強く語った。そのリーダーシップをとるのが誰かという点は問うまでもない。

サントリーという企業は自分が率いるのだ。ひとつの提携が巧くいかなければ、次を考えるまでだ。いろんなことがあるけれど、この会社のグローバル化に道筋をつけるのは自分の役割だ、という決意と自負が感じられた。

なるほど。と思った。

これも“当然”の帰結のように思えた。一族の株主も組織も、彼の続投を支持するだろう。


これが、公開企業と同族企業のガバナンスのあり方の違いだ。

どっちがいいとか悪いとかではない。リーダーとは何をする人なのか。リーダーの責務とは何なのか。がよくわかる明確なコントラストだと思った。どちらも非常にきもちのいい記者会見だった。形は違うけれどガバナンスはしっかり効いている。責任の取り方はひとつじゃないのだ。



もうひとつ。リコール問題に揺れるトヨタ自動車。

2008年秋のリーマンショックを経て、大幅な稼働率の低下に見舞われたトヨタ自動車は、その直後、2009年春に創業家の流れを引く豊田章男氏を社長に選んだ。

日本的経営でならした同社が厳しいリストラを行うために、“創業家のトップ”という求心力に頼りたいと思ったことはよくわかる。

2009年11月にはF1からの撤退を発表したが、こういう決断も“創業家トップ”の方がやりやすい。これをサラリーマン社長がやると「豊田家と現経営陣との確執」みたいな話をくすぶらせる輩が必ずでてくるからだ。

「トヨタの豊田社長」で危機を乗り切ろうと一丸になって進んでいたその時、リコール問題が勃発した。あちこちで指摘されたように、当初、謝罪にでてきたのは副社長や米国社長ばかり。なんで本社のトップが頭をさげない?この件でトヨタは、リコールそのものよりも事後処理の部分でよりトラブルを大きくしている。

なんでこんな対応しかできないのか?


「章男さんに頭を下げさせるわけにはいかない」ってことなんじゃないか、とちきりんは想像してる。もちろん本人の考えではない。そう考えた人が中枢にいるのだ。もしも今のトップが“成り上がり社長”であれば、その人は真っ先にカメラの前で頭を下げたのではないか。


リストラには創業家の求心力を利用したいが、

外国での遠慮のない非難の前に、プリンスを立たせるわけにはいかない。


トヨタという会社のガバナンスがどういうものか、ビビッドに浮かび上がる。公開会社のくせに同族会社の振りをするからこういうことになる。



偶然だけど、とてもいい例が揃ったと思った。大学の経営学部や日本のMBAプログラムで“ガバナンス”について教えるなら、こういう事例を題材にしてじっくりディスカッションすればいい。そうしたら大学の授業もちっとはおもしろいものになるだろう。


いろいろ勉強になる。


そんじゃーね。

2010-02-16 自分向きのエントリがわかります!

ブログの難しいところは、「誰でも読める」ってことだよね。mixiなら読み手をある程度限定できるから、特定の人を想定しながら文章を書けばいい。

でもブログだと、「自分はこういう人向けに書いてるんだ」と前提をおいて書いていても、それとは全然違うセグメントの人も読むことができる(読んでしまう)。だから無用な摩擦や誤解が起きるわけだ。

なので今日は、「読者のプロファイルごとに最適の過去エントリを紹介する」という試みをやってみる。まずは自分がどのセグメントに属するかを考えて、次に、そのセグメント向きに勧められているエントリ(だけ)を読んでみてね。


セグメントの分け方ですが、まずは年齢、

・33歳以下(若者)

・34歳〜44歳(微妙な年齢)

・45歳以上(中高年以上)

でわけさせていただきました。


もうひとつの軸は、

・イケテる人

・イケテない人

です。(自己申告制です)


プロファイル表は下記。自分が当てはまると思うボックスに書いてある数字が、“あなたのセグメント番号”です。

33歳以下34歳〜44歳 45歳以上
イケテる人
(1)
(3)
(5)
イケテない人
(2)
(4)
(6)

みなさん、自分のセグメント番号はわかりましたか?

では、次に各セグメントにぴったりのお勧めエントリをご紹介!



とっ、その前に、

重要な注意事項

ここから先は、下記に賛同される方のみお読みください。


・これはおちゃらけブログです。「このやろー、おちゃらけやがって!」といって怒るのは、漫才師に向かって「このやろー、笑わせやがって」と怒るようなもんです。


・すべての不幸は、他人と自分を比べることから始まります。だから他のセグメント向けのエントリは読まないことをお勧めします。


・特に“イケテない”を選んだ方へ:自分を“イケテない”方に分類したのは、あなた自身です。ちきりんではありません。それを忘れないように。


ではどうぞ。


(1)若くてイケテる人

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100111



(2)若くてイケテない人

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20091111



(3)微妙な年齢で、イケテる人

これを下げないことが大事→ http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20051007



(4)微妙な年齢で、イケテない人

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20091016



(5)中高年以上で、イケテる人

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090101



(6)中高年以上で、イケテない人

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090406




きゃー

2010-02-14 若者、アウト!

録画してあったガイアの夜明け(2月9日分)を見た。おもしろかった。テレビ東京、グッドジョブ。

ちきりんは「世界の高齢化の最先端を走る日本の未来」に興味津々だ。世界のどこにもないユニークな社会になると確信しているし、今は想像もできないことが起りそうでとても楽しみ。

過去いろんなエントリで、ちょっとずつ未来社会の側面を描こうとしてきたけれど、“総合的にどんな感じになるの?”ってのは、ちきりんもなかなか表現できていない。多面的、具体的、かつビビッドに、未来の姿を描写するのは簡単じゃないのだ。それがこの番組を見ていたら、「おお〜、これじゃん!?」って感じだった。未来のこの国の姿がはっきり見える番組だった。


内容は、高齢者が派遣や内職という形で労働市場に流入しているという話で、でてきた事例は、

<ケース1>

「高齢社」という71歳の社長が率いる高齢者専門の派遣会社。登録する労働者は大手企業の管理職などを経験して定年退職した60代、70代の人。派遣先は大手企業の営業所から、マンションの管理人、布団屋など軽作業所の内部作業、コールセンターまで様々。

時給は800円〜1000円程度。年金がフル受給できるよう週に3日程度働き、月10万円ほどの収入の人が多い。最近、急激に売上が伸びている。


<ケース2>

昔、日本に縫製工場が多かった頃、若い女性がたくさん工場で働いていた。その女性らは今、子育ての終わった60歳前後の主婦になっている。彼女らは工業用ミシンを操り、中国の工場に負けない生産性で服が縫える。この人達の内職を利用して、日本製の子供服を作っている会社の商品が売れている。日本にきた中国人観光客が「高品質な日本製の洋服をお土産に買って帰りたい!」というのだ。

ご主人も定年後だし、年金15万円にミシン内職で10万円が手に入れば大満足。もちろんご主人の食事とか家事には(子供も独立してるし)差し支えがない。


他にもファーストフード店などで働くケースなども紹介されてました。どの事例でも、働く高齢者側も、雇う側も非常に満足度が高そうだった。これは定着するよね〜と思った。

だって、


(1)安い給与に、労使双方が満足している

高齢者側は、“年金を減額されたくない”とか、“家事の合間だけで働きたい”とかの理由があるので、月10万〜15万円くらいが望ましい収入と考えている。

これって若者なら“ワープア”と言われ、“結婚もできない、子育てもできない”と責められるレベルの収入だが、“年金15万円+退職後の派遣・内職で月15万円で、夫婦で30万円の収入”は贅沢はできずとも悠々自適の老後生活には十分な収入だ。

これから生活基盤を作っていくための収入が必要な若者は、年金というベーシックインカムがあり、ローンが終わっていて家賃支払いも不要で、生活費だけ稼げばよい高齢者に、労働市場におけるコスト競争力という点で、全くかなわない。


(2)高齢者はくだらない仕事でもまじめに働く

地味な軽作業を依頼している企業の人が言っていた。「地味な作業だし、日中一人で働いてもらうことが多い。若者だとサボりもするが、高齢者はまじめ。仕事も丁寧です」と。

これもよくわかる。若者をひとりで作業所に放置し「これをやっとけ」的に指示しても、相当時間を携帯ゲームやらツイッターやらに費やして、全然仕事が進みそうにない。一方の高齢者はそんな遊びはそもそも知らない。

一般的には若い人ほど刺激を好むから、そういう作業は退屈すぎるし、先が長い若者の目にはそれらの仕事は全くキャリアアップにつながらない、将来性のないものに思える。一方の高齢労働者は、“キャリアアップの機会”なんていう面倒なものを求めない。そして雇う側も、そういう作業を淡々着々とサボらずやってくれる労働者を求めている。

今や厳しい肉体労働は建設現場以外では多くない。まじめで、“先が見えないとか言ってすぐにやめてしまう”こともない高齢者は、多くの職場で、若者より圧倒的に“好ましい労働者”であると判断され始めている。


(3)高齢者は長年の職業訓練により、社会スキルが高い

高齢者派遣の会社に登録している人の多くが、企業で正社員として40年もの職業訓練を受けている。番組で出て来た例でも60代の人がガス会社のアンケート調査員として働いていたが、初日から何の問題もなく仕事をこなしていて、“指導役”として付けられた31歳の社員が驚いていた。

その人はもともと技術者で営業職ではなかった。それでもアンケートを依頼する際の話法はとても自然でスムーズで、かつ信頼感に溢れており上手だった。たとえ技術者でも40年勤め上げた人の持っているコミュニケーションスキルはこういうレベルなんだ、とちきりんも感心した。

こういう“顧客とのスムーズな話し方”を“トレーニングで、若者に習得させる”となると、教える方の手間と時間も膨大だ。客を怒らせてトラブルになったりしたら元も子もない。そういう仕事をほとんどなんの指示もしなくても、“再就職1日目”から難なくこなせる高齢労働者が、派遣市場に流入してきているのだ。雇う側の選択は明らかだ。


それはミシンの内職のケースでも同じだった。服飾学校に通う(その中でもスキルの高い)若い専門学校生が10分かかる作業を、内職の高齢主婦は2分以内で仕上げてしまう。しかも、仕事の指示は口頭で数分で理解する。「こんな感じに縫って欲しい」と言うだけだ。若い子に、もしくは、中国人の作業者にやらせようとすると、詳細な縫製指示書が必要になる。この手間だけでも依頼側のコストは圧倒的に少なくて済む。

長期間、正社員として企業社会で実地職業訓練を受けてきた高齢者の社会スキルは、非常に高いのだ。若者を雇うと企業に多大な負担となるトレーニングや指示コストが不要なほどに・・。(かくして若者が実地訓練を受ける機会は益々少なくなる)


(4)客側も高齢者ばっかりになる

昔は女性には購買力がなかった。だから企業側も男性社会でよかった。今は女性も消費の半分を担う。企業側も女性を活用することが必要になる。同じことが高齢化社会でも起っている。

上記のアンケート調査員もそうだし、ファーストフード店や小売り業の売り子さんだってそうだ。これからは客側も多くが高齢者になっていく。ファーストフード店のカタカナメニューのオーダーにもたもたしてしまう高齢の客にとって、悪気はなくても、なんでそんなことでもたつくのか理解もできない若い店員と、自分も同じ戸惑いを感じたことのある高齢の店員では、どちらが「客をリピーターにさせられる接客スキル」を発揮できるか、結果としてどちらの売上がよくなりそうか、結構あきらかだ。


加えて、上記に紹介した「高齢社」を起業したのも高齢者、というのがまた注目点だ。ちきりんも以前に「高齢者市場にはすごい大きなポテンシャルがある。しかし若者にはそのニーズが理解できないからビジネスチャンスをものにできていない。」と書いた。(文末にリンクあり)

しかし今、それを体験的に理解できる高齢者が自ら起業を始めている。派遣社員や内職の担い手として働く高齢者だけではなく、社会の隠れたニーズを掘り起こし、リーダーシップを発揮して起業をする人まで“高齢者”になりつつある、のだ。


しかもこれらの高齢者は遊び気分で働いているわけではない。60歳の定年を無制限に延長できるほどの余裕は、もう日本企業にはない。すると大企業の“正社員”定年退職者は、年金支給が始まるまでのつなぎとして、かつ、年金への追加収入を得るために、「派遣でも内職でもいいから働き続ける」という道を選ぶ。これからも働く必要のある高齢者がどんどん労働市場にでてくるのだ。

彼らはたとえ退屈な仕事でも、若者よりも圧倒的にまじめに取り組む。月10万円の低賃金でも、年金もあるし、文句を言わない。正社員として長年にわたり受けてきた職業訓練は、育成費用さえコスト削減したい雇用主にとって非常に魅力的だ。その上、今後は消費者の大半が高齢者になるのだから、そもそもその気持ちがわからない若者を雇う必要がどこにある?


近年は「中高年正社員の雇用を守るため、若者が派遣社員に追いやられている」とか、「大学生の就職氷河期」と言われているが、「若者が正社員になれない」などという贅沢な悩みが喧伝されるのはもうあと数年だけかもしれない。

なぜならこれからは若者は、正社員市場どころか、派遣社員や内職、アルバイト市場からさえ、高齢者の進出によって閉め出されてしまうかもしれないのだから。


今は「若い間は派遣でもなんでもできるけど、年をとった時に困るから正社員になっておくべき」という話だが、もうこれからは「若い間は派遣でもなんでもできる」という部分さえ、成り立たなくなってくる可能性がある。正社員、非正規社員含めて、労働市場は、高齢者の、高齢者による、高齢者のための市場となるのかも!


というわけで、



本日のちきりんの結論   → 若者、アウト!



そんじゃーね!




<高齢者ビジネスに関する過去エントリ>

・高齢者向けビジネスあれこれ

“・若者的なる者が消費する”という概念

・1500兆円という規模の意味

振り込み詐欺全盛社会の背景あたりから10日くらいの連続関連エントリです。

2010-02-12 ココロを揺さぶる旅の記録 Part 3

さてシリーズ第3弾、今回の“ちきりんのお勧め・旅の目的地”は、ペルーのナスカです。ご存じ、謎の地上絵が有名な場所ですね。


最初は飛行機からも何も見えず半信半疑だったのですが、

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いきなりこんなのが眼下に表れました!(以下すべてちきりんの撮影です)

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鳳凰だぁ! 火の鳥だぁ!

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こちらは動物。巧いよねえ。躍動感に溢れてます。

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昔は地上絵とわかってなかったので平気でその上に道路が・・

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近くの街も上からみえるのですが、「これって今の村?それとも古代都市?」とか聞きたくなるような・・

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実は緑も豊かです。

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地上絵を見るための飛行機。観光客は4人乗り。乗る前に待合室で「体重と年齢は?」と大声で聞かれます。どっちもかなりサバを読んで答えときました。そんなモン申込書に書かせりゃいーじゃん?なんでわざわざでかい声で聞くかな。f:id:Chikirin:20100212015539j:image


飛行機に乗って地上絵を見られるのはお金持ちだけ。お金のない人は“展望台”に登って地上絵を見ます。日本人のちきりんは空から地上絵を見るけど、ペルーの子供達は展望台からそれを見るってこと。

展望台の前の道路には多くの人が記念の落書きをしています。この日は雲一つない青空が地上絵の荒野の上に拡がっていて、ものすごい開放感でした。

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こちらは飛行機から見た展望台付近(真ん中少し右に展望台が)いくつか地上絵も見えるでしょ。 広大だ〜って感じの場所です。

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下記は展望台から見た地上絵。十分わかります!

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ナスカはリマから450キロくらい南にあるのですが、ちきりんのお勧めはこの間のドライブ。全く景色の変わらない道、パンアメリカンハイウェイを延々走ります。片道5時間以上、往復10時間かけて、15分のナスカフライトを目指すのです。しかもナスカに着いても天気が悪かったり風が強いとフライトは中止です。強行ツアーに参加してるとフライトできずに帰らないといけない場合もあるそうです。

この時ちきりんは一人旅だったのですが、ドライバーとガイドとちきりんの3人で、二日間ずうっと車にのっていた記憶があります。英語と片言のスペイン語でくだらない話ばっかりしていました。「南米で一番嫌われてる国はどこ?」と聞くと「アルゼンチン」だと。「アジアではどこ?」と聞かれたので「北朝鮮だよ」と答えときました。

なんども“スキヤキを歌え”(坂本九さんの“上を向いて歩こう”をアメリカでは“スキヤキ”と呼びます)と言われて、何十回も歌いました。大声で。

マチュピチュももちろんすばらしかったのだけど、このナスカへの旅はまたそれとは異なる旅情がありました。こんな遠いとこまで何しに行くんだろ、あたし、的な。


旅は人生。


そんじゃーね。



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<シリーズエントリ>

ココロを揺さぶる旅の記録 Part 1

ココロを揺さぶる旅の記録 Part 2



<ちきりんが世界を歩いて考えたコトをまとめた社会派旅日記。文庫&キンドル版もあります>

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2010-02-10 キリンとサントリーの破談によせて

サントリーとキリンの経営統合が破談になりましたね。せっかく大きな目標に向けての画期的な試みだったのに、とても残念です。苦渋の決断をされた経営者の方もさぞかし苦しい思いであろうと思います。

経営支援や破綻処理、それに相続目的以外での、いわゆる“戦略的な”合併・買収は、日本企業にとっては大きなチャレンジです。今回は特に、サントリー側が同族企業で未公開会社だという特殊条件もありましたし。

しかも“うまくいっている同士が、将来の成長を取り込むための合併”となると、「背に腹は代えられない」崖っぷちの会社とは違いますから、ついつい「あれもこれも」主張して我を通したくなるのはわからなくもありません。いろんなことがあったのでしょう。

でもちきりんは、破談にはなったけれど、一度は下されたこの二企業の経営トップの判断を、それでも高く評価しています。今回は巧く行かなかったけれど、そこから得られたものも多いんじゃないかな。いつかは(しかも別の国の企業と)そういう判断をしなくてはならない時期も来るはず。そう考えれば、今回の経験も必ず次につながると思います。


ところで、合併・買収のプロセスを3ステップで表すと下記のようになります。今回、キリンとサントリーは、最初のステップである「戦略を構築」という段階で「世界のトップグループで勝負できる飲料会社を目指す。日本市場はもう主戦場じゃない!」と決めたわけです。そこで、第2ステップに進んだ。

でも具体的なDeal条件を話し合おうとしたら、企業価値や出資比率(支配権)などの問題がクリアできなかった。というわけで第二段階は完遂されることなく、ここで破談になりました。

ちなみに、合併が調印されていたとしても、最後のプロセスもまた大きなチャレンジです。合併後の経営は、どんなにすんなりと進んだM&A案件でも相当に困難な作業です。企業風土の融合、重複機能のリストラ、相乗効果を出すための業務融合、人事制度の統合等々、難問が山積みです。


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と、ちきりんは今までM&Aといえばこの3ステップで考えていたのですが、今回のサントリーとキリンの案件を見ていて、「もしかして、もうワンステップ加えて考えた方がいいのかも」と考えました。

それは、第1ステップの事業戦略が固まって「よし、買収だ!」となってから、実際の企業評価や出資比率の交渉に入る第2ステップの間に、「合併事前調整」的なプロセスが必要なのかも、ということです。


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だいたい第1ステップというのは非常に高位の経営者の間で合意されます。こんなことを社員隅々にまで相談して決める会社はありません。ところが第2ステップにはいると、今回のように記者会見で発表されることもあるし、そうでなくても実際の作業が始まりますから、役員はもちろん従業員や一般株主、債権者など多くの人がそのことを知ることになります。

このプロセスが欧米のように(特に米国のように)、経済合理性と資本の論理に沿って理解され、実行される場合は最初の図のような3ステップでいいのかもしれませんが、日本のように「それ以外のなにか」が重要になる環境では、もう一段階の準備プロセスを噛ませた方がいいのかも、と考えたのです。“納得のプロセス”とか“組織が理解する期間”とかいう感じで。


先に書いたように、第1ステップは極めて限られた人だけが関わって決められます。トップダウンの組織であれば、そのトップの判断に基づいて組織は淡々と動きます。でも“関係者の声”や“組織構成員の気持ち”も簡単に無視できない日本では、なかなかそうはいきません。株主も、債権者も、従業員も、取引先も、トップの決断を消化するのに時間がかかります。

そして、経営者側も(米国と違って)それらの人達の戸惑いや躊躇を経済合理性やヒエラルキーで押し切ることをよしとしないですよね。そんな中で余りにノイズが多くなると、トップも最後は「やめたほうがいいかもしれない」と日和ってしまう。これを“リーダーシップの欠如”というのはちょっと酷かなとも思います。


なので、最初のプロセスから第2のプロセスへスムーズに移行するためのプロセス、すなわち、「トップの判断を組織の判断に移行させていくプロセス」を“意識的に”加えてみてはどうかと。

だって実は今回だけではなくて、ここらへんが巧くいかなくて、計画発表をした後にそれを解消した合併・買収話は結構ありますよね。とすれば、この「合併事前調整」的なプロセスって、実は結構クリティカルなんじゃないかと思うのです。

そしてそうであれば、この部分のノウハウを形式知化して学習、準備できるようにしたり、もっと進めば経営者向けプロフェッショナルサービスとして独立して事業化したり、ってこともありかな、と思います。今のところちきりんがイメージしているのは、“各利害関係者へのコミュニケーション専門プロジェクトチーム”が立ち上がるような感じです。期間は短期で2ヶ月くらい。


最後のプロセスである“Post merger integration”は近年はよくその重要性が主張されていて、ノウハウ化も進んでいます。が、日本企業の場合はそれに加えて、“Preのプロセス”を乗り切るノウハウも、もっと明示的に管理したらいいんじゃないかってことですね。

というわけで、今後 M&Aの事例を考える時には、二番目に挙げた4プロセスのフレームワークで考えるべしと、超個人的には提唱しとくです。


そんじゃーね!

2010-02-07 アフリカが発展しない理由

私は 2005年に「なぜアフリカは発展しないのか?」というエントリを書いています。

「アジアも南米もそれなりに発展してるのに、なんでアフリカだけ戦後 60年ずっと暗黒大陸なわけ?」と長く疑問だったのですが、下記二冊の本を読み、ようやく少し理解が進みました。

で、「だったらこーすればいいんじゃない?」という案も浮かんだのですが、ちきりん仮説が実行される可能性はほぼゼロなので、アフリカは今後もずうっと発展しないかもしれません。


私が理解できなかったのは、

・なぜ、アフリカにおける国際援助はここまで実を結ばないのか。

・最大産業である“国際援助(ODA)獲得産業”を超える他の産業が生まれないのはなぜか。

・なぜアフリカには「長期的な国家建設を私利私欲に優先するリーダー」がでてこないのか?

などでした。


食料を配布すればその分だけ一部の人の寿命は延びるのかもしれない。

けど、「自律的に生産・生存の制度が現地で回り始める、ということがあの大陸だけ起こらないのはなぜ?」というです。


なるほどと思わせてくれたのは下記の 2冊。

ひとつは、ロバート・ゲスト氏が西側ジャーナリストの視点で、アフリカの腐敗したリーダー層の発想と行為を指摘した本。

もうひとつはクリスチャン援助者として、作家の曾野綾子氏がアフリカで体験した貧困支援の苦労を描いた本。

ふたりとも多くのアフリカの国を訪れ、体験的な話が多くて具体的です。

そしてアプローチや焦点は違うけど、結論としては同じことを言ってます。

すなわち、このまま従来型の援助をしていても多分アフリカはなんにも変わらないと。


アフリカ 苦悩する大陸

アフリカ 苦悩する大陸

貧困の光景 (新潮文庫)

貧困の光景 (新潮文庫)


私も「援助物資が港から内陸の村に運ばれるまでの数百キロのトラック行程の間に、十数回もの公的・私的な“検問”があり、

そのたびに物資の一部が“納税”され、最後の村に着いた時には支援物資は半分以下になっている」って程度の話は知ってました。

そんなのは、国際援助で食べている多くの国で同じです。

でもやっぱりアフリカではそのレベルが違うんだな、と思いました。たとえば、


アフリカでは子供の HIV 検査は行わないほうがいい。

なぜなら HIV ポジティブだとわかると、親はもうその子にミルクを与えない。つまり検査をすると、子供はエイズで死ぬ前に餓死させられる。


HIV ポジティブの人に治療薬を渡したら、家族はその薬を(どうせ死んでしまう病気の家族には飲ませず)密売人に売り払って、他の家族メンバーの食費にあてる。

だから薬は家に持ち帰らせず、必ずその場で飲ませないといけない。


有能な少女がいて学校に行きたいというから教育費を援助することになった。

親に渡すと教育費に使わない可能性があるので、学校に直接払い込んだ。そしたら・・学校の先生がその学費を引き出していなくなった。


貧しい子供に無料でいきわたるように、抗生物質などの薬を各地の病院に無料で配布する医療援助は意味がない。

そんなことしても医者はその薬を、金持ちの患者に高額で売って代金をポケットにいれ、貧しい人には相変わらず「お金がないと薬は手に入らないものなのですよ」といい続けるだけだから。


きれいな水のない村に井戸を援助した。

井戸の水を飲料に使えば、これから何十年も伝染病を防げるのに、一年もたたないうちに井戸の部品は売り払われ、生活費に充てられてしまう。

などなど。


ここまで“性悪説”にたたないと援助できない現状って、善意の援助者を疲弊させるよね。

その他にも現地の人と共同で支援活動をしている人が、現地のパートナーに資金を持ち逃げされるケースも後を絶たない。


さらに国を率いる政治家は、自国の現状の悲惨さは、過去の欧米帝国主義の悪行(植民地化と搾取)のせいだと考えている。

だから「欧米がアフリカを援助するのは当然」であり、「自力で、援助を受けないで済む国を建設せねば」などという気持ちはもっていない。

自分の国が上手くいかないのは自分達のせいではなく“あいつらのせい”だから。


すなわち自国の最大産業が“国際社会からの ODA 受け取り産業”であることには歴史的正当性があり、

被害者が搾取者から富を取り返すのは、共産主義思想的な観点から見て、極めて正当な行為である、ということらしい。

そのくせ各国のリーダーは自分達だけは“自国の人”と同列にはおかず、

西欧諸国のリーダーと同じ生活水準や富や権力を得るために、自国の唯一の財産である資源利権を私的に流用することになんの罪悪感も持たない。


簡単にいえば、今回ちきりんが理解したのは、

(1) 国際援助の半分以上が途中で搾取され、貧困層に届かない=援助の効率が非常に悪い。

(2) 圧倒的な貧困しか知らず、教育を受けたことがない人たちに、投資の概念や効果、道徳や約束の概念、家族の助け合い、などを期待(共有)することはできない。

(3) アフリカの指導者の多くが、被害者意識を振りかざした国際援助詐欺と、特権意識に基づく自国民からの搾取にいそしんでいる。彼らこそ、アフリカの貧困の大きな理由である。ってことかな。


かくして国際的な援助はまったく未来につながることなく、その日の食料と指導者のポケットに消えていく。

だから世界からこの大陸への援助は未来永劫必要。


これらの本を読んでの個人的な解決案仮説は「この際もう一度、アフリカ大陸を西欧の植民地にしたほうがいいんじゃないの?」ってこと。

香港・マカオみたいに「 100年租借」で西欧諸国の植民地にして 100年後に返す、っていうのが一番いい方法なんじゃないかな。

西欧諸国にもメリットが必要なので、資源の出る国と出ない国をセットにしてね。

いうなれば、「次の 100年間の国家運営を、先進民主国に委託する」ってことです。


それくらいのことをしないと何も変わらないと思うんだよね。

100年あれば 3代の教育ができるから、そうすれば彼らの中から指導者がでてきたり、社会規範を構築して援助が実効性を持つ土壌も作ることができそう。


まあ、これは「結果のためには手段を選ばず」的考えで、世の中には「手段も善でなくてはならない」という考えの人が多いので、この案が実現する可能性があるとは全く思いません。

が、今のままいくら国際援助しても、20年後も 50年後も 100年後もアフリカは今のままではないかという気がするので、個人的にはそんな援助をし続けることに意味があるのかないのか、よくわかんない。


香港はイギリスが清朝から武力で奪って植民地化した場所です。

その後イギリスは中国との間で、香港を 99年間も租借するという条約を結びましたが、これも対等な条約とはいえないでしょう。

ご存じのとおり、香港は 1997年に中国に返還されています。武力で奪われた土地が戻ってきたのです。

香港の人達はこのことを「欧米の植民地から脱せて本当によかった。元の国=中国に返還されて本当によかった」って思ってるんでしょうか。

っていう問題です。


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そんじゃーね。



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2010-02-04 本能と欲望と権力と組織

朝青龍が引退するらしい。

世間では風当たりの強い横綱だけれど、ちきりんは朝青龍のことは大好きだ。小沢さんの方は不起訴らしい。でもまだ強制起訴の可能性もあるし、幹事長職からの辞任も十分考えられる。ちきりんは小沢さんも大好きだ。

ちきりんの大好きな2人が、彼らが主役であった舞台から降ろされようとしている。彼らを引きずり降ろそうとしているものは何か。これは何と何の戦いなのか。それをエントリのタイトルにしてみた。


ちきりんはなんでこの2人が好きなのか。この2人にはいくつも共通点がある。

(1)圧倒的な力を持っている。

(2)組織を尊重しない。

(3)強さの源泉は本能である。

(4)“のし上がる”ことへの欲望が原動力となっている。


ふたりを潰そうとしているものは、こういう“圧倒的な力をもつ個人”というものを、震えるほどに怖れている、最初から中央にいた、勉強や規則やルールで評価されることにより権威付けられている、組織と組織人だ。



ちきりんは“本能からの振る舞い”が大好きだ。人間のエゴとか傲慢さとか無知とかばかばかしさが大好きだ。それを「コントロールできる」とうそぶいたり(それが理性だ、とかアホみたいなことを言う)、それを恥ずかしいもののように扱うお上品な考え方が大嫌い。

そしてそういう動物としての人間の中に、ごくごく稀に、本能的に圧倒的な力を持っている個体が表われる。彼らは生涯をかけて集団のトップを目指す。彼らにはそれしか生きる意味が見つけられない。彼らは頂点を目指すために生まれてきたのだ。頂点を目指すために、その本能を与えられている。

でも、その道は決して楽じゃない。世の中にはそれをおもしろく思わない人もたくさんいるし、ひとりひとりとしては全く太刀打ちできなくても、徒党を組めば勝てると思う人達もいる。本能の力で素手で向かってくる者にたいして、彼らはルールや組織や建前という近代的な武器をもって対抗する。そして多くの頭のよい善意の人達が、「ルールや組織や建前こそが正しいだろう」と誤解する。


“朝青龍”は特定の個人名だ。“小沢一郎”も特定の個人名だ。

私たちは、朝青龍を引退させたのが誰か、個人名で特定できるか?私たちには見えている?小沢一郎をひつこく追い詰めるものは誰なのか?誰かひとりでもその人を固有名詞で特定できる?


できないです。

だってこれは、“権力を狙う特定個人”と“個人の顔を決して見せようとしない権力”の戦いだから。





それにしても、今、朝青龍という横綱を引退させてしまう相撲協会のあまりのセンスのなさと、今この段階で民主党政権の参院選を邪魔する検察のあまりのセンスのなさは、これまた、全く同じ質のものだ。

いったい何が大事なことなのか、理屈じゃなくて感覚的にわからないというのは、本当につらいよね。




そんじゃー(怒)





<関連過去エントリ>

・朝青龍問題の本質

・時代に捨てられる男 小沢一郎


<ちきりんテイスト>

下記の「ちきりんの好きな映像」セクションを見て頂くと、ちきりんの好きなもののテイストが伝えられるかもって思ったので。

→ちきりんストア

2010-02-02 人間のための指標

昨年の年末、12月30日に鳩山首相は「友愛精神に基づいた“人間のための経済”が日本の新しい成長を作る」と話されました。

にも関わらず、その後に“次の10年でGDPを180兆円増やす”みたいな話がでてきたため、ちきりんは今年1月3日のエントリにて、「友愛精神に基づいた人間のための経済」とかいいつつ、目標値をGDPという基準でたてるのは変じゃない?と書きました。

まるで母親から「あなたには友達にやさしい人になってほしいわ。じゃあ、3年後の目標は偏差値70にしましょう!」と言われてるようなもの、とも揶揄しました。

では、「人間のための経済」では、GDP以外のどんな“成功をはかる指標”を掲げるべきか。今日はそれを考えてみたいと思います。


ちきりんが考える指標の候補は・・

1.年間自殺者数を現在の3万人から1万人未満に下げる。

世界の自殺率ランキングを見てみてください。日本より自殺率が高いのは、元共産国や太陽の少ない冬の長い国が多く、経済状況からみても日本とは比べられない国ばかりです。日本は、資本主義先進国としては、世界で最も自殺の多い国といってもいい状態です。

まずはこの数字を改善するのが「人間のための指標」なんじゃないかと思います。先日の施政方針演説でも首相は何度も「命を守る」ことを強調されてましたしね。


2.全年代の失業率を6%未満に下げる。

昨年11月の速報値で、若年層(19歳〜24歳)の失業率は8.4%と,1年前に比べ1.4%上昇しています。若者に仕事がない国に未来はないでしょう。


3.ジェンダーギャップ指数ランキングを世界50位以内に上げる。

2009年の男女共同参画白書によれば、世界経済フォーラムが発表したGender Gap Indexにおいて、日本はなんと世界で98位。先進国としてはあり得ない順位です。ちなみに中国よりずうっと下です。女性の地位向上、社会参画なしに少子化問題が解決されることはないでしょう。


4.片親家庭の子供の貧困率を現行の半分にする。

OECDのレポートによれば、日本の片親世帯の子供の貧困率はなんと60%。世界でも突出して高いです。てか、半分を超えてるってどういうことでしょ。日本では「片親なら貧乏で当たり前」と認識されてるってこと?

目標の30%はそれでも高い!と言われそうですが、まずは現状の半分を目指さないと、ということで設定。

また、目標値を“子供の貧困率全体”や“大人も含めた貧困率”とせずに、“片親世帯の子供”にした理由は、「子供にはなんの責任もない」という理由の他に、“相対的貧困率”を目標値とすることの課題を踏まえて、ということです。



以上、ちきりん的にはこの4つを「人間のための経済を測る指標」として掲げたらいーんじゃないの?と思いました。これらの指標が大幅に改善すれば、たとえGDPが伸びなくても、みんな納得するんじゃないかな。もちろん指標案としては他にもいろんな意見はあると思います。

いろんな人がそれぞれ適切と思う指標を提案して、「私たちは自分達の社会の成功を何で測るのか?」(=どんな社会を目指しているのか、という点を具体化したもの)について議論することが、理念を理念に終わらせず一歩前に進むためには重要なんじゃないかと。


なお関連指標として、世銀(アメリカ)の環境経済学者であるHerman Daly氏が、GPI(Genuine Progress Indicator・・・社会の進歩を示す指標かな。公害とか犯罪が多いと数値が下がります)というのを提唱している他、ブータンの国王は「国民総幸福度」をGDPに替えて目標としているようです。(ブータンの方は“経済進歩に背を向ける”感じの姿勢が見られて、ちきりん的には余り肌が合いませんが。)


そういえば先日、オバマ大統領が「米国が2番手になるなんて、ありえてはならないことなのだ!」と演説して、大喝采を集めていました。さすがアメリカ。鳩山総理の演説との対比がビビッドでおもしろかったです。

いずれにしても、トップが理念を語るのはとても大事です。そして、理念を語ったら次のステップとしては、それを具体的に測ることのできる“指標”を考えることが必要。是非、頑張って欲しいです。(誰に?)


そんじゃーね。