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Chikirinの日記 RSSフィード

2010-05-30 世界で今起っていること

いろんなことが起っているので、記録的に書いておくです。


<朝鮮半島>

2010年3月26日、朝鮮半島西方の黄海沖で、104名が乗った韓国海軍の哨戒艦“天安”が北朝鮮に撃沈された。40名以上が死亡。北朝鮮は犯行を否定。(北朝鮮は1987年の大韓航空機爆破事件についても、現在も犯行を認めていない。)

米国、日本は、北朝鮮の犯行(魚雷による撃沈)であるとの韓国の調査結果を支持。米韓、国連軍は、軍事オプションを含めた制裁措置を検討中。北朝鮮国防委員会(金正日委員長)は5月20日、天安艦沈没事件の調査結果をでっちあげと非難。制裁が加えられた場合「全面戦争を含む強硬措置で応える」と発表。韓国の李明博大統領も緊急声明をだすなど緊張が高まっている。

ひとこと)ニュースをみていると「戦争勃発の危機」という調子の報道ですが、ちきりん的には、哨戒艦が魚雷で撃沈された段階ですでに戦争なんじゃないかと。日本海で日本の船が北朝鮮の魚雷で撃沈させられて40人死んでたら、どうなるんだろうと思います。

それと、金正日は「韓国の方が北朝鮮よりよほど戦争を怖がっている」ことをわかってますよね。“持たざる者”が一番強いってことです。


<欧州>

IMF、ユーロ加盟国からの緊急支援が決まったギリシャでは、繰り返される消費税増税、年金カット、行政サービスカットの決定に反発しデモが頻発。24時間ゼネストも決行され2万人が参加、数十人が拘束される。

ポルトガル、スペインなど“次のギリシャ”として目を付けられる国では急ごしらえの財政再建策が発表される。イギリス、ドイツ、フランスなどの大国も、リーマンショック以降の政府支出の大幅増大政策を停止する予定。しかしギリシャのデフォルトが本当に避けられるか未だ不透明。

ギリシャがデフォルトした場合、欧州金融機関の連鎖的な破綻も懸念され、リーマンショック以来、再度、世界の金融制度の安定性に警報がならされている。欧州のみならず米国、日本などの株式市場も神経質な動きを続ける。

ひとこと)ドイツがギリシャを買収するとか国同士のM&Aくらいしかギリシャが救われる方法を思いつかない。あと、日本だって“次のギリシャ”として市場から目をつけられる可能性は十分ありそう。しかも大幅なユーロ安でドイツやフランス企業の国際競争力が高まっており、日本企業には厳しい環境が続きますね。


<米国>

2010年4月20日、メキシコ湾でブリティッシュペトロリアムの海底油田掘削施設が爆発し作業員11名が死亡。一ヶ月以上が経過する今も海底油田からの原油流出が止められていない。5月29日には(予想通り)最初の対処策の失敗が報じられ、流出をとめるには最低3ヶ月はかかると見られている。

最終的な原油の流出量は30万トンを超えると予想され、1989年のアラスカタンカー事故による被害を上回って米最悪の事故となる可能性が高い。アメリカはアラスカ沖の原油開発プロジェクトの凍結を発表。

メキシコ湾の環境破壊、生態系への影響、漁業被害、観光業への打撃、さらには沿岸国の人の生活への影響も懸念されている。また、アメリカでは費用を誰が払うのか(アメリカの納税者なのか、BPなのか)も問題になっている。

ひとこと)エコとか“ちまちま”努力していても、こういう事故ひとつ起れば全部帳消しな気が。こんな深い海底で原油掘るとか、よくやるなあと。あと、今回はアメリカかBPが費用を払うからいいが、日本海で北朝鮮の原油船が事故にあったら、彼らにはそれを解決する技術も資金もない。払うのは日本の納税者で確定ってことだすね。


<日本>

宮崎県の口蹄疫問題。この問題が“宮崎県の”と呼ばれている間は、まだ状況はマシといえるのかもしれない。この件は前エントリで書いたので省略。


<タイ王国>

ようやく収束しつつあるが、2006年にクーデターでタクシン(元)首相が国を追われて以来、政治的な混乱が続くタイのバンコクで今年は長期間にわたる市街争乱が起った。一ヶ月以上にわたり、反政府軍が市街地の一部を占拠、争乱で数十人が死亡。日本人カメラマンも被害者となった。日本のGWを挟む時期も争乱が続き、観光産業への打撃も大きい。現在はいったん和解したものの問題が根本解決されたわけではないので、今後も騒乱再発の可能性が残る。

ひとこと)“タイの政治騒乱”といえば比較的のんびりしたイメージがあるけど、今回はちょっと規模が大きかったかも。市街地で正規軍が実弾打つ国に観光にいく必要は誰も感じないでしょ。タイはアジア危機の時もやられているし、人身売買や麻薬問題も相変わらず。順調に経済発展しているようでもまだまだ不安定な国。


以上です。


“他人事への距離”を感じて頂けましたでしょうか。他にも“世界”では虐殺やら内戦やらiPadの発売やらいろいろ起っているのだと思うけど、起っていることの半分以上は遠すぎて見えもしない。


そんじゃー

2010-05-27 感染症が問う社会のレベル

ちきりんは医学には詳しくないですが、ここ10年くらいの間に“感染症ってすごい怖いんだ”ということは理解できはじめました。今までなら“怖い病気”と言われたらすぐに“ガン”を思い浮かべたけど、今“怖い病気はなにか”と問われれば、“感染症”と答えるかも。ちきりんは(一応)“社会派”なので、“社会的な怖さ”と考えると、感染症はガンの怖さを遙かに凌駕していると思います。

そういえば、昔は死病といえばガンではなく結核だった。結核は感染症です。だから昔の映画やドラマで結核の人がでてくる場合、それは医学的な問題としてだけではなく、社会的な問題として描かれることが多かった。嫁いできたお嫁さんが結核になると、屋根裏に隔離して食事もドアの外までしか届けず、もちろん跡継ぎとなる子供にも会わせない、とかね。遊郭を舞台にした映画でも、肺病になった女の子が狭い物置に隔離されたりする。

現実の話としても、戦後、街で赤痢患者などが出ていた頃には、患者を出した家の人が自殺したりすることもあったらしい。大がかりな消毒作業が行われたり、風評で隣近所の食べ物屋が潰れるなど、周囲に大きな迷惑がかかるから。そんなふうに、感染症には、病気になった人が幸いに回復しても、社会的な死者の出る病気、というイメージがある。


でも結核の特効薬が現われ、衛生状態がよくなり予防ワクチンができたり、栄養状態も改善して、、、感染症がすごく怖い!という認識は高度成長と共に次第に薄れてきていたのではないかしら。それが、再び注目されたのは鳥インフルエンザやSARSなど異常に致死率の高い(&感染力も高い)ウイルスが確認され、流行の兆しを見せはじめた頃ですよね。SARSが大問題になったのは2003年頃で中国、香港等が舞台、海外旅行が一気に減るなどの影響があった。

その次に記憶に鮮烈なのは、鳥が大量に死んでいたのに卵や鳥を出荷していた浅田農家の事件。最終的には社長夫妻が首つり自殺をした。本当は鳥インフルエンザを疑い、鳥を処分しなくちゃいけなかったのに、そんなことしたら会社が潰れるからできなかったんでしょう。でもそれが原因であちこちの養鶏所が出荷を止めざるをえなくなり、消費者が卵を買わなくなる事態にまで発展した。

そして2年前からの豚インフルエンザ騒ぎ。SFに出てきそうな宇宙服にマスクの人達が飛行場で薬を散布しまくる様子は、後から「あれはパフォーマンスであり、実効的な意味は特にないんです」と聞く以前から意味不明な行為に見えていた。流行地の神戸は観光面で大打撃を受け、休校になった高校生達はカラオケ屋に押し寄せた。マスクが店頭から消滅し、ネットでは1万円ものマスクまで売られていた。


「怖い病気だよね」と痛感した。

命や健康を脅かすと疾病としての怖さだけではなく、社会や人間にその良識や問題解決能力を問う病気なのだとわかった。ガンで民族が滅亡する可能性は考えにくいけど、感染症は過去においても発達した文明を滅亡に追い込んできた歴史がある。地球温暖化で地球が滅びるとかいうけど、ちきりん的には、この現代の文明が消滅することがあるとするなら、その最も有力な理由は感染症ではないかと思うです。


赤松農林水産大臣の、宮崎の口蹄疫問題に関する発言の“口調”がちきりんにはとても気になる。種牛殺処分の延期を求める宮崎県に対し、ありえないと答え、「まだあの49頭が生きていること自体が問題だ」と断じる大臣の口調には、これらの種牛を処分せよと命じられている人達の心持ちへの配慮があまりに欠けているように思えるから。感染防止の観点からはすぐさま殺すことが必要なのかもしれない。だけれども、もう少し言い方があるんじゃないか、と思う。「心中は察して余りあるが、これらを生かしておくことがどれだけ危険なことか、もう一度理解を求めたい」くらいの発言をなんでしないのかな、と。

そもそも国って簡単に「すぐに殺して72時間以内に埋めてください」とかいうけど・・・・畜産農家って牛を数頭もってるとかじゃないでしょ。豚なんてもっと多いよね。百頭、千頭レベルの牛や豚を即刻殺して埋めろといわれても、「どこに埋めるの???」って感じじゃないでしょうか。どうやってその穴を掘るの??工事用のショベルカーを手配して???そんなこと、費用の面からも手配の面からも、畜産農家や養豚家が今日明日にできることじゃないのでは?なんていうか、相変わらず中央の役所から飛んでくる指示っていうのは現場感がないよね、と。


種牛の処分に抵抗している宮崎県の畜産関係者の気持ちはよくわかるし、やりきれない思いがします。牛の肉質は遺伝に大きく左右されるから、種牛を全部処分することは“品質”のすべてを捨てることを意味する。しかも同じレベルの種牛を育てるには最低10年、長いと20年もかかるでしょ。現在50歳以上の畜産関係者にとっては時間だけでも“廃業勧告”に近い。年齢が若い方でも、得られる補償額は被害額の半分にも達しないんじゃないかしらん。

イギリスは2001年に発生した口蹄疫で牛、羊など1000万頭を殺処理したし、台湾は1997年に豚380万頭を含む家畜500万頭を殺処分している。日本では今のところ殺処分の対象は数万頭と報道されており、その数はイギリスや台湾の100分の1以下だ。

ということは、今の規模で収束させることができたら英・台に比べれて圧倒的に軽傷で済むことになる。反対に、ひとつ間違えれば問題が本州の家畜にも飛び火し、被害が100倍になる可能性をはらんでいるわけだ。今の段階で収束に向かわせられるかどうかが勝負であって、全国の畜産農家、養豚場や養鶏業者の方は生きた心地がしていないだろう。(実際には飲食店から食品メーカーまで巻き込んだパニックになる可能性さえある・・)


これって実は都会の人にも他人ごとではない。都会には「家族の一員です」といって犬や猫をかわいがる人も多いけど、それらの犬や猫がかかる感染症で危険なモノが現われたら、いきなり法律で「都内のすべての犬・猫に殺処分を命じる」と言われる可能性もあるんだから。「うちの○○ちゃんは家族の一員なんですっ!」とか言っても、「何を言ってるんだ。まだ殺してないのか。」みたいに言われちゃう。

おそらく国が殺処分を求めないのは、かろうじて“人間”だけでしょう。その人間でさえ、流行る感染症の致死率や感染力によっては、完全隔離が求められる日がくるかもしれない。たとえ2歳の赤ちゃんでさえ、その病気だとわかったら隔離病棟に移され、いつ死んでしまうかもしれないのに親も会うことは許されず・・・みたいなことは十分に想像できる事態じゃないかしら。その患者がでた家族は全員一切の外出を禁じられて自宅に幽閉され・・みたいなね。ちきりんに小説家としての才があれば、一作書いてみたいくらいだ。

結局のところ感染症が問うのは、医学や薬学のレベルではなく、人間社会のレベルなんだよね。


最後に、感染拡大が起こった時期に赤松大臣がGWにキューバに“外遊”していた件。農林大臣がキューバに行く用事ってなにさ?って感じですが、大臣、政治家、さらに地方行政団体の長や議員達が、GWやお盆に“税金で海外旅行”もしくは“税金で国内温泉旅行”に行くのは、この国で広く行われている慣行です。“天下り”と同じくらい広く行われている慣行で、呼び名は“外遊”とか“視察旅行”、“議員研修団”とか。

海外の場合の行き先は、小国が多いです。小国なら二国間には難しい外交問題もないし、しかもODAなどの(これまた税金で買った)お土産をもっていけるから、日本ではイチ大臣に過ぎなくても現地では国王みたいな待遇で迎えて貰える。

しかも官僚はこういう旅行をお膳立てすることにより、大臣に取り入ることができる。時には弱みも握れる。何でもよろしくやってくれる官僚達に、大臣だって感謝する。

既に口蹄疫の感染拡大が予想されていたタイミングで、農林水産大臣が本当にキューバにいく必要があったのか、ということについては、当然問われなければならないけれど、でもこの件については、鳩山総理が久しぶりにいいことを言っていました。いわく「今は責任問題を云々する時ではない。今は対策をとることが大事なのだ」って。


そうね、ちきりんも同意します。今は対策が大事。


責任の方は、7月の参議院選でとってもらえば十分です。


そんじゃーね。

2010-05-25 どうでもいいメディア

昨日(5月24日、月曜日)の日本経済新聞の朝刊、一面ボトムのコラム(朝日新聞の天声人語と同じ位置のコラム)である“春秋”の下記の部分が笑えた。

今春卒業した大学生の就職率は、2年連続で悪化した。業績次第で企業が採用人数を絞るのは仕方ないとして、せめて新卒偏重を早くやめてはどうか。


一応、日本経済新聞の採用サイトを見てみたら、新卒採用サイトはデザインも凝っており、情報もいろいろ掲載されてる一方で、社会人採用のセクションはシンプルに「現在募集している職種はありません」の一文のみ。

ほら→http://www.nikkei.co.jp/saiyo/employ1.html

イヤ別にどうでもいいのだが、これっておもしろいよな、と思いました。


ちきりんは最近ブログに頂くコメントに全く返事ができてない。昔は全部に返答してたんだけど、最近はコメント数が多く全部に返答する時間はないし、一部にのみ返事をするのも不公平な気もして、ついついそのままになってしまってる。もちろん申し訳ないとは思ってます。

で、もしこの状態でちきりんが「ブロガーは、コメント欄を設けている限り、せめて一言でもいいから全員に返事をするようにしてはどうか?」って書いたらどうなりますかね。


たちまち炎上?

そこまでいかなくても「お前が言うな!」的なフィードバックが瞬くまにコメント欄やブックマーク欄に、さらにツイッターコメントとして押し寄せるよね。


でもですね、日経新聞にかぎらず他の新聞も(加えてテレビも)自分達の役員会には男性しかいなくても「女性を活用すべき」と繰り返し書くし、自分達は相当早い時期に新卒学生を青田買いするのに「就職活動の早期化が勉学を阻害している」と書く。社会人採用なんて全然やらないくせに「新卒採用偏重はよくない」と主張し、派遣や契約社員と正社員の待遇格差がもっとも大きい業界でありながら「格差問題」を大げさに嘆いて見せる。

ちきりんがおもしろいと感じたのは、彼らは「お前が言うな!」的なフィードバックが全く届かないメディアなんだなってことです。だからずうっと態度が変わらないのよね。一度でも厳しく「お前が言うな」と責められたらさすがに一面には書かなくなるでしょ。

もしネット上に「日経新聞の編集委員のブログ」が存在していて、そこでこの文章が書かれていたら、かなりの確率で、厚顔無恥な言行不一致を指摘されて炎上しそうじゃないですか?でも紙(の新聞)に書いても、もはや誰もそんなもんに反応しないんだよね。

それくらい“死んでるメディア”だってことなんです、紙の新聞って。別の言い方をすれば、みんなもう紙の新聞に期待してないんだよね。「別におかしな記事はこれだけじゃないし。新聞が書いてることなんて、たいてい適当な話だしねえ」みたいな。「まともに信じてる人も多くないんだから、何でも好きに書いてればいいんじゃないすかね」みたいな。そんなふうに思われてるんじゃあるまいか。


ちきりんブログだって、もしも今「ブロガーはコメントに返事したほうがいいんじゃないの〜」とか書いて誰にも反応されなかったらそれこそ“終わってる”でしょ。

いろんな反応が集まるのは、発言者として注目されていることの証左であり、正しく言動することを期待されているからだよね。自分達にはできもしないこと、やる気もないことを、偉そうに他者に向かって“やったらどうか”などと書いても、何のフィードバックももらえない段階にきているメディアってある意味すごい。

世間から関心を持たれなくなったメディアは、市場(顧客、読者)からフィードバックが得られなくなる。そしてそのことが、メディアの寿命を縮める。“まともに言動すること”を期待されなくなったメディアで発言することは、楽ちんな行為である一方で、その意味するところはちょっくら不気味だ。


まあ、教訓的に受け止めておきましょう。

そんじゃーね

2010-05-22 政策こそネットでチェックするべき?

過去2回のエントリで“横の壁”と“縦の壁”について書いたのですが、ふたつのエントリは綺麗に、“理論と実例”となっています。二つ目の“縦の壁”のエントリに関する読者の方の反応に、“ネットにおいて横の壁が低すぎるため、無意識に壁を乗り越えて集まった様々なセグメントの方の意見”をみることができるのです。


具体的には、既存の社会で下記のように分断された3つのセグメントがあります。

f:id:Chikirin:20100522103728j:image


それらの方々がネット上のブログでは同じエントリを読み、それぞれのコミュニティの常識に基づいてコメントをつぶやいていらっしゃいます。

f:id:Chikirin:20100522103727j:image



ちきりんが社会人になってすぐの頃、先輩から「月曜の日経新聞の一面記事には、世間の意見を聞くための記事が多いんだよ」と教えられました。土日は経済活動の多くが止まるため、月曜日は記事が少ない。そこで余った紙面スペースに官僚や政治家が「国民の意見を聞きたい政策案」を載せて、国民の反応をみる、という話です。

「消費税アップを政府内で検討しはじめた」とか「国民統一番号制度を○○年から導入か」みたいな記事を官僚や政治家側がリークすることによって日経の月曜日一面に載せる。それにたいして、企業や一般の人から「とんでもない!」という大反発が起きるのか、静かに納得してもらえるのか、はたまた無関心にスルーされるのか、という反応を見て、その政策が国民に受け入れてもらえるか、次の選挙に響くかなどの参考にするわけですね。

当時、なんでこんなことが可能か(可能だと思われていたか)というと、「経済政策に意見を持っていて文句を言う可能性のある人は、たいてい日経新聞を読んでいる」という前提があったからです。

横の壁のエントリで書いたように、既存メディアは特定のセグメントだけが読んでいるので、情報の発信者は意見を聞きたいセグメントが読んでいるメディアに、その情報を発信すればよかった。酒タバコに関する政策変更(分煙に関する法律や税制など)についてなら、一般(男性)週刊誌に広告や情報を載せて、より関係の深いセグメントの意見を集める。これも同じ方法ですよね。

ところが、状況は大きく変わりつつあります。現在では起業するなど活発に経済活動を行っている人でも日経新聞を読まない人はたくさんいます。すると日経にリーク記事を書いてもらっただけでは世間の意見がもれなく集められません。


既存メディアを使った“世間の意見の調査”においては、下記のプロセスがふまれます。

(1)どのセグメントの意見を聞きたいかを考え、

(2)そのセグメントが読んでいるメディアを特定し、

(3)そのメディアに情報を載せて、反応を見る

しかし、最初から「この案件に関係するセグメントはこういう人達だ」ということが理解できていないと、この方法は使えません。


このことが引き起こした大失敗が、電気用品安全法(PSE法)問題です。中古の電気製品に特定の安全チェック検査を義務づける法律で、2006年以降はその検査をうけていない中古品の流通が禁止されることになりました。しかし、かなりの高値で取引されることもある昔の名器的な楽器の流通市場が消滅してしまうとか、中古家電を売っているリサイクル店はみんな倒産するぞ、というような問題が直前にクローズアップされ、法律は事実上の失敗法律と認定されました。(経済産業省も立法の失敗を認め、その後の改正などが行われています。)

この問題が、霞ヶ関が立法を行う時にどうやって「世間の意見」を取り入れているか、という方法論の話とつながります。彼らは日本を代表する家電メーカーとは太いパイプを持っていて、一緒にエコポイント制度を設計するなど、しょっちゅう一緒に制度を考えています。

しかし彼らのセグメントには、「霞ヶ関と経団連大企業」だけが含まれており、廃品回収業に近いような中古リサイクル店や、アンティークの楽器を愛でるロックミュージシャンは、そのセグメントに含まれる人ではありません。そういうセグメントの存在さえ知らなかったので、「彼らが使うメディアを探して、そこで意見を問わないといけないね」という発想さえ無かったのでしょう。


であるならば、すなわち、「そもそもこの法律に関係するセグメントには、どんなセグメントがあるの?」ということ自体がわからないのであれば、セグメント間の壁が薄いネットメディアに情報を流せばよいのです。

ネットはそういう使い方に向いてるんです。ターゲット層が決まっているなら固定セグメントと強固に結びついた既存メディアを利用し、「どんなセグメントの人がいるの?」も含めて調べたい場合は、横の壁が低いネットメディア、と使い分ける。

もちろんまだまだネット自体を使わない人もいるので社会全体がカバーできるとは思いませんが、それでも多くの人に影響のある政策立案の場合はまさに後者のやり方が向いているのではないでしょうか。


過去においては、政府の政策に反応する人の多くが日経新聞を読んでいたのでしょう。でもいまやそんな時代ではありません。価値感は多様化し、意見を聞くべきセグメントを最初から特定することさえ難しい時代になりました。霞ヶ関からは見えないセグメントがあちこちで増殖しているのです。

であれば、「こういう法律や制度を作る予定なんですけど」とネット上で問えばいいのです。そうすれば放っておいても様々なセグメントの人が集まってきて、勝手に文句をつけたり、驚愕したり、時には炎上させてくれます。大問題だ!とコメントをつけてリツイートしてくれる人達もいるでしょう。それにより「おお〜、こういうセグメントがあるわけかあ!」ということがビビッドにわかります。


セグメントの壁に守られた“ターゲットメディア”と、横の壁が非常に低い“アンターゲットメディア”、使い分けるのが大事かもって思ったよん、というお話でした。


そんじゃーね

2010-05-19 “縦の壁”もなくなる

最近、知人友人から届く電子メールの文面が短い。


たとえば昔は↓

ちきりん


元気?日焼けは治った?この年になって日焼けするとあとが怖いよ〜

ところで、来週の土曜日ヒマ?○○の家で飲もうって話になってるんだけど、どう?

久しぶりにxxとかも誘うっていってたよ。これそうなら連絡してね。買い出しの分担とか教えるから。


そうそう、この前もらった○○のxx、めちゃ美味しかったね。また食べたいです。

じゃあ、返事まってます。


○○より


今はこんな感じ↓

ちきりん、来週の土曜日ヒマ?○○の家で飲もうって話になってるんだけど、どう?久しぶりにxxとかも誘うらしい。これそうなら連絡してね。買い出し分担とか教えるから。


もしくは、昔が

○○会社 ○○部門

○○ ちきりん様


先日はお忙しいところ、お時間を頂き、大変ありがとうございました。

弊社担当者もちきりん様のお話を大変興味深く思ったようで、是非今後ともプロジェクトを継続していきたいと申しておりました。次は技術部門も含めまして詳細をつめるミーティングを来週あたりに開かせていただきたいと思っています。ご希望の日程、時間帯などありましたらお知らせいただけると幸いです。


プロジェクトの成功のためメンバー一丸となって全力で取り組みます。

ではどうぞよろしくお願いいたします。


○○会社

○○○○

今は↓

ちきりん様、先日のミーティングはすばらしかったです。弊社担当者も感動していました。次回は来週でしょうか。次は技術部門も呼びますね。ご都合のよいお時間等お知らせいただけますか?よろしくお願いします!


何の影響か明らかでしょ・・・メールがツイッター化しているですよ・・・

ちきりんはツイッターを使っていないので、誰かがちきりんに連絡を取ろうとすると電子メールを送ってくれます。その際、先方は一日中ツイッターでつぶやいたり、ダイレクトメッセージで特定の人といろいろ話してるんだけど、たまに(ちきりんのように)ツイッターをやっていない人に連絡する必要もでてくる。その時だけメールするわけで、ついつい“文調”がツイッター諷になる。そりゃあそうなるよね。わかります。


時々、ちきりんのエントリのURL(短縮)をツイッターで孫正義氏や鳩山由紀夫総理に送っている人がいるんです。「総理、この10個を公約にしたら支持率があがりますよ」とか、「孫社長、ちきりんが絶賛してましたよ」とか言って・・・これもね、もしメールだったら、と考えると、まずは(たとえ、総理や孫氏のメールアドレスが公開されていても)そんなことする人はほとんどいないだろうし、加えて、送るとしてもそういう文面ではないですよね。

たとえばツイッターで「総理、この10個を公約にしたら支持率があがりますよ」というメッセージを送っている人も、メールで送れと言われたら・・

内閣総理大臣 鳩山由紀夫様


はじめまして。私は○○県で○○を営んでおります○○と申します。

突然にメールをお送りする無礼をお許しください。


実は昨日、「Chikirinの日記」という人気ブログの「やるべきこと10個」というエントリが大変に注目されました。既にご存じかもしれませんが、この10個を発表されましたら、現在低空飛行を続けております貴内閣の支持率もかなりの上昇が期待できるのではないかと思い、大変僭越ながらここにそのURLをお送りさせていただいている次第です。ご多忙とは存じますが、お時間のある時にお目通しいただけましたら幸いに存じます。


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100506


どうぞよろしくお願いいたします。

○○ ○○

こんな感じになるわけで(ってか、そもそも誰もこんなもん送らないだろうという話ですが)、無意味に丁寧で長くなる。結局のところメールの文章にも「意味があるようで、別に何の意味もない挨拶や言い回し」がたくさん含まれてるのね、ってのがよくわかります。


昔、電子メールがビジネス現場で普及し始めた時にも、「紙の手紙から電子メールへの移行」には、ちょっとした逡巡があった。日本の手紙って様式美があり、時候の挨拶まである。“格別のご厚情”とか、“ご清栄を心からお祈り”とか、意味も読み方もよくわからん慣用句が一杯あり、専門ノウハウ本まであった。

「誰かに会ってもらった後、お礼状を書く」のは今でも同じだと思うけど、当時「礼状はメールではなくて手紙で書くべき」と主張する人もいた。そのうち、「んなもんメールの方が早いんだから」という話になった後も、手紙の様式美や慣用句をどこまで電子メールに持ち込むべきか、という戸惑いがちな試行錯誤の時期があった。

それが数年かけて「メールでもある程度の挨拶や結びは必要、ただし、手紙よりはかなり簡略でOK!」という“業界常識”が浸透した。たとえばメールでは“拝啓・敬具”や時候の挨拶は不要だが、「いつもお世話になっております」「今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」くらいの挨拶&結びは(たとえたいして世話になってない人にたいしても)書け、みたいな。


で、今後はビジネス上の簡単なアポ取りメールやお礼メールなんかもどんどんツイッターに代わっていくんだろうし、その流れの中で、メールで今使われている「ごく簡単な儀礼のための定型文」もなくなっていくんだろう。

しかもこれってリアルの関係性にも影響を与えるよね。たとえば、初めて会った人、もしくは名前は知ってるけど会ったことはない人からメールを貰う。その際、先方のメールが途中からツイッター諷に変る。すると当然ちきりんもツイッター諷に返事をするようになる。だって向こうが短文メールを送ってくるのに、こっちがいちいち挨拶文書いて、結びの一文も書くなんて変でしょ。なのでメールなんだけどお互いに社交辞令句を省いて短文コミニケーションをとるようになる。

で、その後に初めて実際に会うと・・・初対面なのにめっちゃ関係性が近いよね。既にやたらと直球的なメッセージのやりとりをしているのに、いきなり“儀礼的段階”には戻れない・・。

で、「ありゃー」と思ったわけ。これは日本社会には特にいい影響があるよね、と。日本って、組織の外の人と中の人、知らない人と知ってる人、上の人と下(部下)の人、というような「人の距離感」を言葉使いや慣用句的挨拶で表現する社会なのに、140字制限のために儀礼的挨拶の文言を長々と使うことができなくなり、そのことにより、人と人との距離、端的には“ヒエラルキー”が維持できなくなる・・・


いろんな人が「ツイッターすごい!」と言っていて、ちきりんも本当そうだ、すごい、と思うのだけど、特にこの“文字数制限による短文スタイル”という特徴は、他の国に比べて日本社会に与える影響が大きいかも。確固たるヒエラルキーって日本社会の大きな特徴だったわけだから。

というわけで、よく言われているフラット化のお話なんですが、昨日のエントリタイトルにひっかけて、縦の壁(ヒエラルキーの壁)もなくなりますよ、ってことを書いてみた。


そんじゃーね。


Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)

Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)

2010-05-17 “横の壁”が無くなる

ネットメディアは既存メディアと異なり、セグメント間の壁がすごく低い。

あまりに壁が低すぎて、多くの人は壁の存在に気がつかない。

これが理由で、多くの人が無駄にイラついたり、怒ったりしてる。


雑誌や新聞、テレビだと、基本は自分のセグメント向けに作られたものを見るでしょ。そもそも新聞や雑誌は有料だから、自分が属さない層向けのものは買わないよね。

若い女性がスポーツ新聞を読むことは希だし、若者が高齢者向けの健康雑誌を手に取る機会はほとんど無い。

地上波テレビもターゲットにあわせた番組編成をしてるので、超夜型の若者がたまたま朝まで起きてて、早朝の高齢者向け番組を目にする時くらいしか「違う層むけ」の番組は目に入らない。


ところがネットだと、検索エンジンは“サイトの性格”を検索するわけではなく、コンテンツ内の文字や画像を検索するから、みんな頻繁に“自分とは別のセグメント向けに作られたサイト”を訪れることになる。

たとえばグーグルのニュースページからは、普段はまず読まないようなスポーツ新聞や地方紙の記事によく誘導される。


人気ツイートだって RT が繰り返されるうちに、もともとのターゲットセグメント以外の人にも広く届いてしまう。

このため人気ツイートに含まれるリンクをクリックすることで、自分向けではないサイトを訪ねる人もたくさんいる。

しかもネットの場合、そういう時にも「このサイトは自分向けに作られたサイトではない」という意識がほとんどない。


リアルメディアだと、見た瞬間にどういう人向けのメディアかわかるから、自分向け以外のものを見ている時、読み手はそのことをちゃんと意識してる。

男性が女性ファッション誌を読む場合は、「そうか、女の世界はこういう世界なのか!」って感じだし、

ゴルフに関心のない人がゴルフ雑誌をたまたま目にしたら、「自分は今、ゴルフが好きな人のために作られた雑誌を見ている」という意識をもって読んでいる。


ところがネットの場合は、さすがにエロサイトに着いちゃうと「ありゃ、違うとこに来ちゃった」と気がつくけど、それ以外では「このサイトのターゲットセグメントは誰?」ってのが結構わかりにくい。

複数の記事を読めばそれなりに「ああ、中高年向けのサイトなのね」とか「こういう思想の人向けなんだな」とわかるけど、ひとつの記事を読んだだけでは判断がつかない場合も多い。

この「どのセグメント向けに作られたメディアなのか」のわかりやすさという点で、ネットメディアとリアルメディアには大きな差がある。


このためネットでは、次第にそのこと自体(=誰向けのサイトなのか?ということ自体)を意識しなくなる。

そしてついには、「自分が覗いているのは他人のために作られた庭だ」というコトを忘れてしまう。


新聞が無防備に「若者は厳しい仕事に耐えられずすぐ辞める」と書くのは、紙の新聞の読者がみんな高齢者だからです。

ところがそれをそのままネット配信するから若者から反発を食らう。

「もともと高齢者向けのメディア=紙の新聞上で書いた記事を、ネット上では若者が(高齢者向けの記事だと意識せずに)読んでムカついてるの図」です。


「婚活中の 30代女性の匿名本音ブログを、同世代男性が読む」とかもエグそうだし、

「生活保護で暮らす人が日常生活の喜怒哀楽を素直に綴ったブログを、生活保護以下の給与で毎日 12時間働いてるワープアの人が読む」と、“いい加減にしろ”という話になる。

実際ネット上で生活保護の人にたいして“甘えるな”“携帯代が高すぎる”みたいな議論が繰り返し起こるけど、あの理由もここにあると思う。


違うセグメントの人って“当然の前提”も思考回路も共有していない上、違う常識を持ってる。リアル社会だって、違う業界の友達と話すだけで「え〜!」みたいなことってよくあるでしょ。

ましてや 20代の人が 60代向けのメディアを読むとか、10代で結婚、妊娠と出産、離婚を全部経験して生活保護(母子家庭)で暮らしてる人のブログを 30代単身男性が読む場合、行間や表現されていない思いなどはまったく理解されない。


しかも最初にも書いたように、ネットの場合「セグメント間の壁」がとても低いので、それらが「別のセグメントの人達の話だ」と意識しないで読む。

だから呆れたり、ムカツク。


同じコトでも「これは高齢者向けの雑誌だ」と意識しながら読んでいればあんまり腹立たしく思わない。

高齢者向け雑誌に“最近の若者は・・”とか書いてあっても、若者としてはどうでもいいでしょ。

なのにネットではセグメント間の壁が低いから、そういう「違う人の世界の話」にまでみんなイチイチ反応する。

読売新聞の「発言小町」っていうコラムだって、紙の新聞だけに載ってた時はみんな「ふつーに」あのやり取りを読んでたのに、

ネットに乗り始めたとたん「なんだコレ!!!」みたいなことになってる。「ありえねー」とか騒いでるのは、「別の世界の人」なんです。


ちなみにこれは悪い話じゃない。元々年齢や性別、趣味嗜好が違うとリアルな生活においては全く接触しない。

その上、メディアも各セグメントに合わせて作られていたので、世界は分断されていた。

皆して「俺の常識は社会の常識と同じ」みたいに思ってた。


ところがセグメント間の壁が低くなると、誰でも簡単に「違うセグメントの世界」に入っていける。

「そんな世界があるわけ!?」とか、「まじかよ、それがそっちの世界の常識なのか??」みたいな気づきや学びもでてくる。長期的には多様性への理解が進む。

んが、

その一歩手前において、「理解できねえよ!」とか「ありえねえ!!」という反発や驚愕は、異質なモノ同士の理解コストとして必要な(避けられない)ものなのでしょう。


今はまだネットだと、自分がセグメントの壁を越境してると意識してない人が多いから、

右翼や左翼の書いた記事&ブログに「あなたの考えは偏っています!」と本気で憤ってる人もいるし、

「育児休暇を中学生になるまでとらせてほしい」というつぶやきに対して「私は派遣で働いていますが、育児休暇どころか出産休暇もとれないのにあなたは贅沢だ!」みたいなコメントがついたりする。

それはそれでひとつの問題提起だけれど、最初の課題とは“異なるセグメントが抱えている課題”です。

でもセグメントの壁がない世界では、「一緒に議論しろ!」と迫られる。


個人的には、自分の属さないグループの本音をこれほど生々しくのぞき見ることができるようになったのは、大きなメリットだと思ってる。

“ネットで世界が拡がる”というのは、日本にいながら外国の情報や映像が手に入る、ということだけでなく、「ごくごく身近にあるのに、全く知らなかった“違う世界”」への拡がりも意味してる。

というかむしろそっちの方が、海の向こうの出来事に関する情報なんかより、時にはよほど興味深い。


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 そんじゃー。


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2010-05-14 “日本の将来像”をお選びいただけます

「政治家が日本の将来ビジョンを提示できていないことが問題だ。まずは、どんな国を目指すのか、国の将来像を描いてほしい!」とお嘆きのみなさん、

参院選の準備に忙しい政治家に代わり、ちきりんがこの国の将来ビジョンを提示させていただきます。

といっても、決めるのはもちろん(ちきりんではなく)皆様です。

下記に“日本の将来像の選択肢”を5つほど書いておきましたので、みなさんで選んでみてくださいね。



<オプション1:ギリシャモデル>

バラマキにバラマキを続けた上、めちゃくちゃな財政赤字でも消費税はあげず国債発行で対応し、更に日本郵政を再国有化するなど国家機関もどんどん肥大化させる。

国債の消化が未達となり国家財政が成り立たなくなってから、その後のことは考えるモデル。

日本の場合、ギリシャのように事実上の財政破綻が起こっても暴動は起こらず、せいぜい粛々とデモ行進が行われる程度なので治安は問題なし。その代わり自殺数は今よりさらに増え、世界一(最悪国)となる可能性もでてくる。


<オプション2:イタリアモデル>

政治家もアホだし、国民のお金はいつの間にか利権の闇に消える。また、特定の産業(イタリアではアパレル、日本では産業財・電子部品)以外は国際競争から完全に取り残され、経済的には二流国以下となる。

都会は相変わらず華やかだが窃盗やひったくりが増えて治安悪化、地方では生活水準が大幅に低下する。

国民は政治や経済には興味を失い、自分の身の回りのことしか考えない。

ただし、世界から「イタリア料理は最高!」「日本料理ファンタスティック!」という評価を受け、海外(特に中国)から観光客が一年を通して訪れて外貨を落としていく観光国となる。


<オプション3:イギリスモデル>

過去の栄光に浸っている間に競争力のある産業は皆無となる。

生産性の衰えた自国民を補うために、周辺からの労働移民を大量に受け入れ、同時に海外から多数の留学生を呼び込む。

これら移民と留学生の旺盛な消費と経済活動から得られる税収で国を運営する。

また、お金もないのにあちこちに経済援助をするなど体面を維持し、高いプライドだけは死守。

そのため、“アジア通貨圏”(イギリスの場合はユーロ通貨圏)に入ることも頑なに拒否し続ける。外交的には米国追随を継続することで自国が大国であると錯覚し続ける。


<オプション4:スウェーデンモデル>

大国たることはすっかり諦め、子供のころから母語よりも英語を重視した教育を行う。

自国文化には一切こだわらない。(スウェーデンでは、今や何が自国の伝統文化なのか誰も知らない)

英語だけでなく、周辺の経済大国の言葉(スウェーデンの場合はドイツ語、日本の場合は中国語)も、教育体制を整える。

人口が減ることは気にせず、経済規模が小さくなっても問題ないと割り切る。

消費税を30%近くまで引き上げ、高福祉体制を目指す。

ワークシェアで失業を減らし短時間労働を実現。

その代わり、国内投資はできないので、自国内には何一つおもしろいものはない。優秀でやる気のある若者の多くが国を出て行き海外に住むことを選ぶ。


<オプション5:アメリカモデル>

あくまで経済大国であり続けることにこだわる。やるべきことはこの10個→“やるべきこと10個”



以上です。鳩山内閣はギリシャモデルを目指してるみたいだけど、みなさんはどれがいいですか? 


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そんじゃーね〜


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追記)ちきりんが選ぶならこちら→ 日本が目指すべきモデルはずばばりコレ!

2010-05-12 客を責めたら終わりだしょ

自動車会社の経営者→「若者の車離れが進んでいる。車が売れない」

サービス会社の経営者→「高齢者はお金の使い方を知らない。ため込むばかりで消費しない。お金を持っては死ねないのだから、もっと使って人生を楽しめばよいのに」


若者の“○○離れ”を嘆き、一方で高齢者の金離れの悪さを指摘する経営者達。

しかし、「モノが売れないのは、客の購買行動が変だから」と考えてるような企業が儲かるはずがない。

客が商品から離れたのではない。商品が客の欲しいモノや、欲しいと思う価格から離れてしまっているだけ。


ちきりんの知る限り、このことを一番よく言われるのはセブンイレブンCEOの鈴木敏文氏です。

鈴木氏は「売れないのは、客が本当に欲しいと思うモノを我々が提供できてないからだ」と繰り返しおっしゃってます。

ユニクロの柳井社長も時々同趣旨の発言をされる。買わない客がおかしいのではなく、供給者側が客の望むモノを見いだせていない、提供できていないから売れないのだ、というのがこれらの経営者の一貫した視点。


そうなんです。

客をつかまえて「お前の行動が変だ」とか言ってる企業が儲かるはずがない。

客がアホ、客が変、と言ってたら、成功できませんで。

という、当たり前すぎるお話でした。



そういえば・・↓

出版社→ 「若者の本離れが進んでいる」


新聞社→ 「若者の新聞離れが進んでいる」


農 家→ 「日本人の米離れが進んでいる」


郵便局→ 「年賀状を書く人がどんどん減っている」


旅行会社→ 「最近の若者は海外旅行に行きたがらない」


外食チェーン→ 「外食離れが止まらない」


・・・


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2010-05-10 「世の中を変える人」の4条件

孫正義社長の新卒採用セミナーでのスピーチ(こちらのエントリ)を思い出しながら、「世の中を変える人になるための条件って、何なんだろう?」と考えてみました。たとえば“能力”さえあれば、世の中を変えられるか?と聞けば、大半の人が“NO”と即答しますよね。

みんな直感的、経験的に“能力さえあれば世の中を変えられるほど甘くはない”と理解しています。では能力の他に何を持っていれば、“世の中を変える人”になれるのでしょう?


志高く 孫正義正伝 完全版 (実業之日本社文庫)

志高く 孫正義正伝 完全版 (実業之日本社文庫)


まず孫社長がスピーチの中で強調していたのが“志”。「自分の人生において何を成し遂げたいのか」という具体的な目標です。

加えて「志がないと必死で頑張ってもだめ。志をもたずして頑張っても“さまよう”だけ」とおっしゃっており、その言葉の中には、もうひとつの条件も表れています。それは“必死で頑張る”こと。


確かに「能力の高い人が、早期に志を定め、必死で頑張ったら・・・」、いいところまでいけそうですね。でもスピーチを聴いているうちにもうひとつ必要に思えたのが、「正しいやり方」とでもいうべきものです。

目標を実現するために、具体的には何をやるべきか、どこから攻めるべきか、どの程度押すべきで、いつ退くべきか、みたいな方法論。これを間違うと、能力や志があって頑張っていても、既存の社会から、拒否されたり追い出されたりするんですよね。

世の中を変える可能性があった人の中で、若い時、もしくは一番働き盛りのピークのタイミングで、社会に潰されちゃう人、もしくは“自滅しちゃう人”は実際にたくさんいます。

もちろん、だからといって既存社会に迎合していては世の中を変えるなんてできないわけですが、一方であんまり無茶をすると潰されてしまう。今回あのスピーチを聞いていて、孫社長はその辺りがとても巧かったんだなと思いました。


スピーチの中で、総務省に乗り込んで「NTTに公正な商売をしろと言え」と直談判した話がでてきたのですが、これだってやり方を間違えると潰されていた可能性は十分ありますよね。

テレビ局を買おうとしたり、銀行を買った時の引き際も、ひとつ間違えてたらどうなっていただろうと思います。孫社長はそのあたりの“引き”がすごく巧いのです。


また、“宝を見つけるためには、地図を手に入れる必要がある”という発想で、コンピューター見本市自体(開催会社)を買うのは、大胆なようで実は超論理的です。

会社の規模にそぐわない大型買収など、一見無茶をやっているように見えるけれど、実はかなり考えた上で選択している。だから結果としてここまでこれているんだと思います。


孫社長が留学前に藤田田さん(元日本マクドナルド社長)に「アメリカで何を学ぶべきか?」と聞きに行った話も読みましたが、この時、藤田氏は「コンピューターを学んでこい」とアドバイスしたのだそうです。

「アメリカで何を学ぶべきかは、アメリカを代表する商品であるハンバーガーで成功している藤田氏に聞きに行くのがいいはずだ!」と考えた孫氏のセンスも、飲食業の経営者でありながら「コンピューターを学んでこい」と行った藤田氏もすごいです。



というわけで、「世の中を変える人」に必要な要素をまとめると

・能力

・志

・継続、勤勉(必死で頑張ること)

・正しい方法

の4つかなと思えたので、この4要素を組み合わせ、「どれがあって、どれが無いと、どんな人になるのか」16種類の組み合わせを考えてみました。そのうち、おもしろそうなのを抜き出したのが下記です。

こうやってみると「ああ、やっぱり志って大事だな」と分かりますよね。志の有無が“財を成す人”と“世の中を変える人”の分かれ目になるのです。


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実は、能力があって、一生懸命働いてて、正しいやり方でやってる、そして“財を成している”人はそこそこ存在します。でも“世の中を変える人”は多くありません。その分かれ目が“志”の有無だから、孫社長はそれを強調されたのでしょう。


“能力と勤勉”で“出世する人”としたのは、一種の皮肉です。日本企業(社会)では、「優秀な人が一生懸命頑張る」のが高く評価されます。だけど“その人が頑張ってることって、本当に正しいことなのか?”というと、それはあまり問われてないんですよね。もちろん“志”なんて出世には無用の長物です。

「オレの場合は?」というパターンが上記に含まれてない方は、ご自身で書いてみてください。16種類の中には、「どれも持ってない場合」も含まれるので、すべての人の入るべき欄が必ず見つかるはずです!(?) 


そんじゃー!



★★★

本日のネタバレ画像。下記はこの話を考え始めた時のメモ。使いかけのポストイットにメモしてました。相変わらず字が汚い。

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2010-05-08 天国に一番近い島

旅行の写真を一挙公開!

南半球なので秋口です。海にも入れるぎりぎりで、かつ陽射しが優しくなってきた、いい季節だったと思います。ビーチ好きなちきりんですが、今回は驚くほど人の少ない離島での滞在で心からリラックスできました。


ホテルのロッジ。デッキの風が気持ちよく、ここで食べるランチは最高。

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もちろん海もすばらしい

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さすが天国に一番近い島

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今回はシュノーケルも楽しんだけど、それ以上に景色に見とれることが多かったです。

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向こうに見える白いのは砂。すごく細かい白い砂です。誰も映ってませんが、ほんと人が(住民も観光客も)少ない島なのです。ここも泳げます。

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ピローグという船で入り江をクルーズ。モーターは使わず風だけで約2時間。

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周りはひたすらにこんな風景。ゆったりゆっくりのんびり

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風が心地よい〜

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あっ、あれは?

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あ〜

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しばし船と一緒に泳いでくれました !

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★★★


朝の陽射し

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夕方。1日の中でも海の印象がどんどん変わる。

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★★★

島の中は緑も美しい

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ちきりんは熱林系の緑が好き

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ターザンがでてきそう

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怖い

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★★★

ニューカレドニア イル・デ・パン島の空港

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空港で渡される造花のレイは中国製。こんなもんをこんな遠くまで・・

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人口2000人の島で唯一の村の教会

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海のそばの宣教師上陸記念像

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ひたすらにのどかだ

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目覚めれば海を見ながら朝食。景色を楽しんだ後、午前中はひたすら海に漂う。午後はクルーズやジャングルを楽しみ、夕方から美味しいお料理をほおばりながら、あほみたいな社会派談義に熱中する。至福の時。


そんじゃーね

2010-05-06 やるべきこと10個

1.ネット選挙の導入

・ネットによる選挙広報、政治献金を解禁

・ネット投票システムを導入(PC,携帯、コンビニ端末)


2.一人一票の実現

・直前の国勢調査、住民登録等に基づき、自動的に議員定数が調整されるよう法律を改正


3.道州制の導入

・北海道、東北、関東、北陸&中央、中部、関西、中国、四国、九州&沖縄

・意味としては“明治維新以来続いてきた中央集権制”から分権制への体制転換

・・国会議員数は10分の1に削減(衆議院50、参議院50)

・・霞ヶ関は、国が担当する外交、軍事、憲法関連事項などの管轄組織以外はすべて解散

・なお、これ以降に記載する政策については、各州で修正することも認める


4.移民の積極的な受け入れ

・留学生を大幅増。卒業後の日本への定着策を強化

・移民派遣大国(フィリピン、インドネシアなど)からの労働者受け入れを積極化

・ハイエンド移民の優遇策の導入(過去の関連エントリ


5.外国語教育の早期化とインセンティブ強化

・小学校1年生から、英語を必須科目として導入

・中学校からは、第2外国語を必須科目として導入(中国語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語、アラビア語、フランス語などからひとつ選択)

・TOEIC860点に達した段階で、それ以降の教育費はすべて無料とする

(たとえば小学校3年生で860点に達した生徒は、それ以降の教育費は公立私立を問わず高校卒業時まですべて無料)

・国立大学および公務員試験では、語学は英語と第二外国語の2科目を必須とする。

・英語とロジックとITの授業について、英語のみで(日本語を使わずに)教える


6.間接税中心に税制変更

・消費税は20%までアップ(食品等は5%)

・所得税、法人税、相続税は大幅に税率を下げる。租税特別措置法や農業優遇税制などは廃止


7.あらゆる分野で規制を緩和

・特に医療介護、農業分野で大幅緩和

・民でできるものは全部、民営化


8.解雇規制の完全撤廃

・解雇ルールの明確化

・公務員も解雇可能とする。労働権を与える。


9.市場機能の整備

・市場機能の基本となる「情報開示の徹底」と「監視摘発機能の強化」を行う

・・例)労働分野:サービス残業、長時間労働、差別待遇などは厳しく摘発

・・例)公正取引委員会による不公正取引、下請けいじめなども同様に

・・例)政治行政の意思決定、金融取引、警察捜査などについても情報開示を徹底させる


10.65歳以上の生活保障

・年金、生活保護等を統合し、最低保障年金(月10万程度)を導入


 

とか、(休暇中に南の島で)考えてみた。


そんじゃーね。



<おまけ>

最初に考えた時に、チラシ(滞在していた島の地図)の裏にメモしたもの。ちきりんの手書き原稿初公開

だが、字が汚すぎる・・・

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2010-05-05 休暇中の食事

南の島から戻り、大量の洗濯モノと格闘中のちきりんでございます。

海の写真を載せようかと思ったけど、今回はちょっと違う角度から書いてみようかなと思い立ち、今日は休暇中に食べてた食事の写真を。これでちきりんがどこに行っていたかわかる人がいたら、その人はたぶんここに行ったことがある人だと思うです。


魚貝リゾット

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豚肉のソテー(これが一番美味しかったかな)

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バーベキュー。ラム肉が美味しい。

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カタツムリ。これが最大のヒント。

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マグロの刺身と白身魚の前菜

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ビーフステーキなんちゃらソース。芸術的ですね・・

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朝ご飯はシンプル。これもヒントになるかも。

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いつもはすぐに和食が食べたくなるのですが、今回は現地のお食事を最後まで楽しめました。おいしかったです!


明日以降は、旅行の写真と、旅行中にあれこれおもいついた社会派トピックを交互?に書いていこうかなと思ってます。


そんじゃーね!