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Chikirinの日記 RSSフィード

2010-08-31 グローバリゼーション ステージ2

“ガイアの夜明け”というテレビ番組で、“膨張する中国ニセモノ”という特集を見ました。

中国には日本の家電や欧州のブランドもの、ハリウッドの映画までニセモノが溢れていますが、それらの商品が今や中国から更にアフリカにまで輸出されている、という話でした。輸出と言っても大がかりなものではなく、アフリカの個人商人が中国にやってきて買い付け、船便で送るというスタイルで、中には不良品をつかまされる商人もいるようでした。また、おきまりの「中国のコピー品と戦う日本メーカーの知財部」も登場していました。

この番組をみてちきりんが感じたのは、“グローバル市場とグローバル市場の戦い”ってことでした。“新たに勃興したグローバル市場が、先進国主導の元祖グローバル市場に挑戦している”ように思えたのです。


そもそも中国の工場がなぜコピー品をつくる能力があるかといえば、最初に欧米や日韓の企業が中国に工場を建てて、そこで商品(正規品)を作ったからです。中国で製造するために、調達ルートを整え、製造機械を現地に持ち込み、働く人を訓練して、出荷・販売のルートや手法まで確立した。その結果、中国の工場は「本物を作る能力と仕組み」を一式、手に入れました。そしてそれは同時に「偽物を作る能力と仕組み」を一式、手に入れた、という意味でもありました。

ちなみに、メーカー直営工場は別として、下請けの下請けくらいの工場だと“正規品を作っている工場が、非稼働日や真夜中にラインを動かしてニセモノを製造する”という例もあるくらいで、この場合、製造というプロセスに限ればニセモノと本物は実際はなにも違わないんです。

また日本メーカーの中には、ニセモノを作っている工場を摘発しようと見つけ出したところ、その工場の生産性が非常に高いことに驚き、「ニセモノを作るのをやめて正規の工場として契約しないか?」ともちかけた例さえあると聞きます。時にニセモノか本物かというのはそういうレベルの話であって、つきつめれば真偽の差は“発注元メーカーのauthorizationの有無のみ”だったりするわけです。


★★★


さて、そもそもなぜ欧米、日韓の企業が中国で製造するようになったかというと、「中国人の人件費で作って欧米・日韓の物価で売ることで、より大きな利益を得たい」と思ったからです。日本で作るとコストが3000円、売価が4000円なのに、中国で作ればコストが1000円になり、値下げして3000円で売っても利益は倍になる。値下げで販売数が増えれば、利益は倍以上になるでしょう。

グローバル市場における物価の違いを利用して利益を増加させようとした。つまり“裁定取引”による利益を狙ったわけです。そしてそこで生み出された利益を株主へ配当し、欧米や日韓の本社で働く自国民の高い給与にも充当しました。これがいわゆる“グローバリゼーション”です。今日はこれを“ひとつめのグローバル市場”とよんでおきましょう。


次に裁定取引市場の特徴です。こういう市場では、裁定機会が縮小して最終的に消滅するまで次々に新たな裁定者がでてきます。中国で一個1000円で作ったものを、発注元の欧米・日韓企業が先進国で3000円で売っているとすれば、「じゃあ、オレ達はこれを2000円で直接売ろう」と思う人がでてくるのはごく自然な話です。

ここでもしも欧米・日韓側が最初から2000円を大きく下回る価格で売っていたら、中国側はニセモノを作るインセンティブが得られません。摘発の可能性、没収の可能性、ニセモノ工場だっていろんなリスクを織り込んで商売をしているので、1000円で作ったものを1200円でニセモノとして売る、では商売が成り立たないからです。

つまり、ニセモノ市場が発生する理由のひとつは、“欧米・日韓の発注企業の鞘抜き額が大きすぎるから”だと言えます。あまりに大きな額を抜こうとするから“一定のリスクをとってその中間価格でニセモノを売る”という商売に経済合理性が発生してしまうのです。

メーカー側は「“あまりに大きな額”なんて抜いてない。正当な開発費分だ!開発の苦労分を価格に上乗せするするのは当然だ!」と言うかもしれませんが、日本における開発者や本社の人件費&諸費用のレベルを前提としての“正当性”なんて、それこそグローバル市場において正当化できません。

さらに、製造業者が販売者として市場参入したことで価格が大幅に下がり、そもそも正規品の市場が成立し得ないアフリカにまで新たな市場が作られはじめました。この派生的に発生した市場は“二つ目のグローバル市場”とでも呼ぶべきものです。


もちろん「そういう行為は知的財産権を尊重していない。違法だ」と欧米・日韓側が自分達の法律に基づいて訴えるのは当然だし、正当な行為だと思います。しかし、そのニセモノの摘発や撲滅にかかる費用、手間は発注側が負担するわけで、摘発側もまた“経済合理性の範囲でしか摘発しない”という行動をとります。

つまり、相当大規模に、かつ“自社商品を買ってもらえる可能性のある市場”においてコピー品が出回った場合だけ対策をしているのが現状であって、そもそも自社製品を買う余力もないアフリカの国までいってコピー品を摘発することのコストを正当化することはできません。

「法律でニセモノビジネスを潰すべきだ」という主張は正当ですが、正規品メーカー側だって経済合理性がないと思えば法律違反を敢えて見逃しているんです。つまり、ニセモノ工場側だけでなく発注側メーカーもまた、法律ではなく経済合理性にもとづいて判断や行動をしています。


まとめれば、「欧米・日韓の企業が製造コストと販売価格の間に大きな(大きすぎる)差を設けている限り、ニセモノはなくならない」ということです。

となると、ニセモノがなくなるのは、中国で知財法が厳しくなった時でも、中国人が知的財産の概念に目覚めた時でもなく、たんに“製造コストと正規品の価格差が小さくなり、ニセモノビジネスが経済的に旨味がなくなった時”だということです。別の言葉でいえば、ニセモノ市場を潰すのは、(知財法などの)法律ではなく、市場合理性であるという話です。


★★★


では今後、発注元企業は“鞘抜き額”を小さくしようとするでしょうか?もし、中国側に自社製品として同様の商品を売り出すメーカー(ニセモノメーカーではなく)がでてきて、その企業が製造価格のすこし上に販売価格を設定し市場を侵食しはじめたら・・・発注元企業も販売価格を下げることを迫られるでしょう。自国より圧倒的に成長率が高い中国市場でシェアを奪われるのは大きな問題です。

つまり、“中国で作ってアメリカで売る”なら今の価格設定でもいいですが、中国で作って中国で中国人向けに売りたい!と思えば、販売価格は下げざるをえなくなります。(インドで車を売りたければタタ自動車の価格との整合性が求められる、という話です。)

そうなると次はどこに影響がでるでしょう? 現在、“中国製造・先進国販売”というグローバル裁定取引から生まれた利益は、一部が株主へ配分され、一部が本社で働く先進国の人の給与として支払われています。

なので、まずは開発部門を含めた自国本社の人件費を、製造国の人件費と同じレベルまで下げる必要がでてきます。本社機能を一部、海外に移転するとか、現地人に事業の一部を担わせる(管理職や経営者を日本人ではなく現地人にする)という話です。最も極端な例で言えば“本社の海外移転”ですね。


あと、投資家が要求する期待値を充足するためには、利益率が縮小した商品を販売数の増加で埋め合わせるしかありません。そうなると“消費者の数が多い市場”への進出が不可避となります。ひとことでいえば、ターゲット顧客層を(日米欧だけでなく)インドや中国、アフリカを含む40億人に据え直してビジネスを再構築する、という話です。


★★★


中国のコピー品市場、それがアフリカにまで拡がって新たな市場を作り始めているというのは、「欧米、日韓の企業がグローバル裁定を利用してボロ儲けしていたら、製造工場側もグローバル裁定市場に参入してきて儲けようとし始めた」ということを意味してします。ちきりんには、この話は“知的財産保護の問題”などには思えません。これは“市場の合理性”の話、“市場がグローバルに効率化していくプロセスそのもの”に思えます。

“先進国企業による、グローバル市場を活用した裁定取引”の時代が過去10年であったとしたら、、次の10年は“途上国企業による、グローバル市場を活用した裁定取引”の時代になるのかもしれません。こういう市場のダイナミクスは考えるだけでワクワクします。人は市場を“活用”はできるけど、市場を“コントロール”したりはできません。これから何が起こるのか、めちゃおもしろい。

そんじゃーね。



関連過去エントリ

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2010-08-29 韓国併合から100年・・

今日は日本が韓国を併合してから100年目の日です。

1910年8月22日、大日本帝国は大韓帝国と“韓国併合ニ関スル条約”を結びました。この条約には、「韓国皇帝が大韓帝国の一切の統治権を完全かつ永久に日本国皇帝(天皇)に譲与する」などの項目が入っており、8月29日の公布、発効をもって韓国併合が始まっています。それが100年前の今日です。


というわけで(??)、ちきりんブログから、過去の韓国関連エントリをリストしておきましょう。


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いっぱい書いてるなー。何度も書いてる話もあるし・・



次は、“韓流100周年”を目指せ!

(冬ソナブームが2004年なので、2104年です)


そんじゃーね。

2010-08-25 情報商材のカテゴリー

“情報商材”っていうヤバ系のネット販売があるでしょ。あれのカテゴリー分けをやってみたです。抜けてたら後から追記します。



(1)儲かる系

例)FXの極意、株の極意、ギャンブルの極意

売り込み方)

「全く知識がなくても儲かる!」

「確実に儲かる!」 & 「絶対に儲かる!」

「既に何人もがこの方法で億万長者になっています!」

「あなだだけに明かされる裏技満載!」



(2)ビジネスノウハウ系

例)ネットショップや出会い系サイト開業ノウハウ、アフィリエイト(& SEO)ノウハウ

売り込み方)

「独立開業で年収1000万円へ!」

「あなたはホームページを作るだけ!」

「アフィリエイトだけで収入30万円!」

「土日の数時間で本業を超える収入が得られた!」



(3)不治の病が治る系

例)糖尿病、耳鳴り、リュウマチ、腰痛、高血圧が治る

売り込み方)

「あなたは糖尿病の本当の原因を知っていますか?」

「たった3日で耳鳴りが止まった!!」

「医者にも治らないと宣言されていたのに!」

「どうせ治らないだろうと半信半疑でやってみたら、なんと!」



(4)いきなりモテ始める系

例)恋愛成就の法則、あの子にモテる方法、彼に確実にプロポーズさせる!(婚活系)など

売り込み方)

「生まれてからこの方、一度も女性にモテたことのない僕にこんな美女が!」

「女心を掴むもっとも重要なルール30個を網羅!」

「この通りにやってみたら、翌週には彼がプロポーズしてくれました!」



(5)性的なコンプレックス系

例)下品だから略

売り込み方)

「円満夫婦に戻れた!」

「もう文句は言わせない!」

「自信を取り戻して人生が明るくなった!」

「彼はもうアナタの虜!」



(6)能力なくても成果がでる系

例)営業成績が上がる、試験に合格する、転職に成功するなど

売り込み方)

「もっと前からこの方法を知っていたら・・・!」

「たった数ヶ月の勉強であの難関試験に合格!」

「人事部しかしらないノウハウが満載!」

「転職前に読んでおいて本当によかった・・」



(7)難しい技術があっという間に身につく系

例)速読法、ゴルフのスコアがシングルに! ○○トレーニングなど

売り込み方)

「できる奴はみんな知ってる、この速読法!」

「3ヶ月でシングルになる最短ノウハウすべてがここに!」

「一日15分の練習で、○○が弾けた!」



(8)ダイエット系

例)ナイスバディに、ムキムキに、ボインに、健康に、など

売り込み方)

「憧れのCカップがあなたのものに!」

「もう身長は伸びないとあきらめていませんか?」

「2ヶ月でぽっこりおなかにおさらばできる!」

「健康診断の数値が1ヶ月ですべて良好に!」


★★★

さらに大括りにしてみると・・


A.カネ

(1)儲かる系

(2)ビジネスノウハウ系


B.健康

(3)不治の病が治る系

(8)ダイエット系


C.色(女・男)

(4)いきなりモテ始める系

(5)性的なコンプレックス系

(8)ダイエット系(重複)


D.出世・成功

(6)能力なくても成果がでる系

(7)難しい技術があっという間に身につく系


ほー、ちゃんとすべての“欲”カテゴリーを網羅してますね。さすがだなー。



あと、こうやって並べてみると、情報商材の基本は、

不可能なことを可能だと言い切ること

のようですね。


ちきりんブログはたいてい「不可能なことは不可能だよ」と書いているから、“上から目線だ”とか非難されるわけだわ。そうね、みなさん、信じましょう。不可能は可能だー。そんじゃーねー。

2010-08-22 結婚と恋愛のレート

一つ前のエントリで紹介した堀井憲一郎氏の本にはユニークな洞察が満載なのですが、中でも特におもしろかったのがこの話です。

“80年代に女の子が恋愛のレートをあげて、結果としてみんな不幸になった”


堀井氏は、「80年代に女の子はお姫様になった」と指摘。お姫様は王子様が現れて、自分のために完璧なクリスマスイブを用意してくれると期待します。高級フレンチに最高級ワイン、食後は五つ星ホテルのバーで生バンドの演奏を楽しみ、当然のように予約してあるお部屋にお泊まり、翌朝はルームサービス。プレゼントはティファニーの・・。

最初は(それでやらせてもらえるならと)この流れについていこうとした男性陣も、数年ほど頑張った後、90年代半ばにはついてこられなくなります。当然です。給与もあがらないのに続かない。

ここで女性は気がつくべきでした。こんなことをしてたら、彼氏なんてできない。結婚なんてできないと・・。でもその時、不幸にも彼女らの前にトレンディドラマが登場します。そしてそれらのドラマが伝えたメッセージは・・・「中途半端なところで妥協する必要は全くないのよ!」


ドラマの中では、若くして広い(しかも都心でかっこいい)部屋に住むメークアップアーティストと空間デザイナーとCMプランナーの女性が、それぞれに素敵な恋愛を楽しんでいます。彼女らは、かっこいい仕事も、それによって得られる高い給与も、恋愛も、刺激的な遊びも、何ひとつ諦めていません。すべてを手に入れているのです。

それをみてお姫様になった女性達は、「妥協する必要はない。私らしさを諦める必要はないんだ!」と理解したのです。こうやってトレンディドラマに後押しされた女性達は、男性がついてこれなくなっても諦めなくなりました。

著者はこれを「女性が恋愛のレートを上げた」と呼び、このため「男性はゲームに参加できなくなった」と言います。すばらしい洞察と言葉のセンスですよね。


というわけで、経済力のない男性は恋愛市場から閉め出されてしまいました。また、「なんでここまで女性に尽くす必要があるのか」と。疑問に感じた男性も勝負から降りました。

そして現実の女性についていけなくなった男性は、AVや二次元に逃げたと堀井氏は指摘します。氏の分析によると、この頃からAVにめちゃめちゃかわいい子が登場して本番をするようになったとのこと。本書にも、「信じられなかった、こんなかわいい子がカメラの前で本番をしているなんて!」と書かれています。

かくして圧倒的な勝ち組の男女以外は結婚できなくなり、そうでない女性はトレンディドラマの世界に、そうでない男性はヴァーチャルの世界に逃げ込んだのです。


★★★


この本を読んで私が感じたのは、これの揺り戻しが今の“婚活”なんだな、ということでした。

今ブームの婚活の核心は、「理想を捨てて、現実を見ましょう」運動だと、ちきりんは思ってます。

「最低年収は800万円は欲しいかな・・・。もちろん、20代なら600万円くらいでもいいけど」という女性に向けて、「そんな男性はいません」と認識させ、「みかけはそこそこでいいから、誠実で話がおもしろくて優しい人がいい」という女性には、「そんな人で未婚の人はいません」と分からせる。これが“婚活のコア・バリュー”です。


一方、男性の婚活とは、できるだけ“ついていけるレートを上げる”努力をすることです。「経済力がないから結婚できない」という男性には、「あなたが結婚できないのは、それだけの理由ではありません」とわからせます。

そして次は婚活スクールにて、「結婚したい女性なら当然にやっている努力」を、男性にもやるよう促します。

「外見に時間とお金を使う」とか、「相手のつまらない話にもニコニコ笑顔でつきあう」ことなどですね。もちろん“手伝う”のではなく“当然の義務として”家事や育児をやる覚悟とスキルくらいは、“最低限”身につけてることも大事です。(婚活についてもすでに降りている男性がたくさんいそうですが・・)


つまり、“80年代に高騰し、90年代に高値安定してしまった女性の結婚レートを、適正レートまで下げましょう”というのが、今の婚活の本質なんですよね。まさにデフレ時代にぴったりのトレンドです。


“出会いの機会を増やす”というのも、結局は“市場のコマをできるだけたくさん見ましょう。そうすれば、アナタのレートではディールが成り立たないと理解できるでしょ”ということです。

婚活で結婚できる女性とは、“十分にレートを落とした”人なのかもしれません。


★★★


さて、80年代と90年代のプライシングの間違いに気がついて、高値修正を始めたのが2000年代・・・と考えると、次の10年くらいは婚活時代が続くけど、その後は“婚活世代、大量離婚の時代”がくるかもね、とも思えてきます。

婚活で「とにかくレートを下げて結婚しましょう!」みたいことをやっていると、当然に揺り戻しがくると思うのです。「ディールが成立するところまで、レートを下げて売買成立!」みたいなことをやって成立させても、結婚は「成立したら終わり!」じゃありません。


女の子がお姫様になる時代より以前、女性の就職は圧倒的に難しく、単独で食べていく方法は限られていました。また、女性が結婚しないことへの社会のプレシャーも今とは比べものにならないくらい高かったので、女性達は皆、ごく低いレートで結婚したのです。

そういった世代でも、いまや“熟年離婚”に踏み切る人が増えています。現代の女性で、「とりあえず“ディール成立レート”まで下げます!」みたいなことをして成立した取引が、巧く続くとは思えません。


実は就活も同じです。氷河期再来で、またもや「内定がもらえるところまで、いくらでもレートを下げます!」みたいな戦いになってます。入れる会社が見つかるまでレートを下さげて、ようやく就職したとしても、それって本当に続くんでしょうか? 結婚同様、就活でも内定はゴールではなく、入り口に過ぎません。

前回の氷河期後半に社会人になった人の中には、その直後に数年の好景気がやってきた時、第2新卒として“リベンジ転職”をした人がたくさんいました。でもずっと不況が続けば、リベンジなんて不可能です。だからといって一生そこで我慢できるのでしょうか?

婚活も就活も、市場全体でレートが上がったり下がったりしており、どの世代も市場の動きに翻弄されているように思えます。


というわけで、

1980年代:暴騰

1990年代:高値安定

2000年代:下落

2010年代:投げ売り

2020年代:大規模な調整局面


次の10年は結婚も就活も、レート投げ売り気味の時代に突入するのかも・・



そんじゃーね。


若者殺しの時代 (講談社現代新書)

若者殺しの時代 (講談社現代新書)

2010-08-20 若者殺しの時代

堀井憲一郎さんの「若者殺しの時代」を読んだ。

堀井さんといえば、文春に連載の“ずんずん調査”というコラムが人気で、ちきりんも大好きだ。でも彼の本を読んだのは初めてで、ずんずん調査の方は“おちゃらけ感たっぷり”なのに、この本はらしくない怖いタイトルで意外だった。


若者殺しの時代 (講談社現代新書)

若者殺しの時代 (講談社現代新書)


内容は、ずんずん調査同様の独自調査の結果を元に1980年代から1990年代がどういう時代であったか、その時代に“若者”がどう扱われてきたかを分析したものだ。

ちきりんにとって1980年というのは人生で最も大きな変化があった10年だ。80年代の始まりには地方の中堅都市で旧来型の三世帯家族の中で暮らしていた。毎朝遅刻気味だったので、車がびゅんびゅん走る道の脇をチャリンコで疾走していた。

それが東京で一人暮らしをする大学生となり、80年代が終わる頃にはバブル絶頂期の金融業界で働いていた。90年代にはアメリカに留学し、帰国後は自分的にはこれ以上はありえない、というレベルまで働いた。ちきりんはよく「人生が始まったのは18歳の時」という言い方をするのだけど、生物としてではなく社会的な生き物としては自分の人生は80年代に始まったと思う。


著者は1980年代に起ったこと、その後の90年代にそれがどう引き継がれたかを、鋭い視点とユニークな表現で書き記している。ちきりん自身、身に覚えのある事象も多い。でもこの本を読むまで、その20年がこんな時代だったとは明示的に理解できていないかった。

この時代ちきりんは仕事にかけている時間が長すぎて、世の中がどうなっているのか観察したり考えたりする十分な時間がもてなかった。また金融業界にいると、世の中の変化の大半は株価だの金利だのという指標で表されるように錯覚してしまう。この本に書いてあるように90年代はトレンディドラマの時代なのだけど、ちきりんはそれらもほとんど見ていない。留学していたり海外出張が多かったり、日本に居る時でも夜の9時からのドラマさえみられない時間まで働いていた。つまり社会で何が起っているのか、よくわかっていなかった。

この本で堀井さんが分析している社会の側面は、ちきりんの体験と巧い具合に“補完的”だ。バブルの80年代と失われた90年を、ちきりんは“金融”と“グローバル化”の側面から体験していた。ちなみに、そのふたつの視点はこの本には全くでてこない。でてくるのは“若者の生態”と“社会風俗面での変化”だ。

というわけで、ちきりんにはこの本はものすごくおもしろかった。珍しく3回ほど通して読んでみた。つまりどういう時代だったの?と肌感覚で理解したかったからだ。引用しているとキリがないので書かないが、いろいろ“目鱗”のことも多くて、とても勉強になった。


下記にあげたように、ちきりんは戦後1945年以降の社会の動きを俯瞰的に捉えるのが大好きだ。でもまだまだわかっていないことも多い。いろいろ勉強していきたい。


そんじゃーね。




<関連してるかも過去エントリ>

・経済規模指標と“豊かさ実感”の乖離

・20年を彷徨う

2010-08-18 変わる家族形態

“家族の形”について考えてみた。時代や社会情勢、経済状態によって、家族の形ってすごく大きく変わるよね。過去50年ほどをみてもそれがよくわかる。


高度成長期前には、日本の家族の形といえば、

・3世帯同居=両親、長男夫婦、その子供

という形が一般的だった。


それが高度成長期に核家族という概念が普及し、結婚したら親とは住まない家が増えた。女性は専業主婦として企業戦士の夫を家庭で支えるというパターンだ。

・核家族=夫婦、子供


その裏返しとして、子供が独立した後の親だけの世帯が生まれる。

・高齢夫婦のみ家庭


また、高度成長時代のあだ花的な家族形態として“単身赴任”がある。男性は転勤を拒否できず、転職の道もない。家を買ってしまっているし、子供の教育のためにも家族は動けない。

・単身赴任家族=夫  +  妻と子


そして近年は単身家庭が急増している。ひとつは結婚しない人や、バツイチ系(離婚した人)、もうひとつは高齢になった夫婦のいずれかが欠ける場合。

・単身家庭(独身・・未婚&離婚)

・単身家庭(高齢者)


ちょっと概念は違うけど、学生の一人暮らしも単身家庭ですね。

・単身家庭(学生、留学生)


他には・・子供がいる夫婦の離婚も珍しくなくなり、片親世帯も増えている。

・母子家庭、父子家庭


あと、籍を入れずに一緒に住んでる男女も多そう。関係性のレベルによって

・事実婚家庭(内縁の妻、夫の関係)

・同棲(つきあってる間だけ一緒に住んでる感じ)


それと、法的には夫婦だけど別居してるという人も最近は少なくない。双方がプロフェッショナルとして中断したくない仕事を持っており、子供がいなくて(時にはいても)別の場所に住んでいる、というパターン。いずれかが海外という場合もあるし、1,2年ではなく10年近く別居という夫婦もいる。

・別居夫婦


ちなみに、最近の不況で、専業主婦は“昭和妻”とも呼ばれ、一種の贅沢品化が進んでいる。相当の覚悟と経済力がなければ維持できないポルシェ的存在になりつつあるのだ。そこで増えているのが、

・共働き家族

子供がいない場合を特に

・ディンクス(ダブルインカム、夫婦のみ世帯)

と呼んだりもする。


不況と少子化で増えてきたもうひとつの家族形態が、パラサイトシングルだ。

・大人の親子世帯=両親+成人した子供


同じ形態で、単身の子供が親を養ってる(世話している)場合もありそうなので、それも分けておこう。

・介護世帯=高齢の親+中高年の単身の子供


また、家族・家庭とは呼べないのかもしれないけど、友人と一緒に住む人も増えている

・単身者の共同居住(単なるルームシェアの場合も多いでしょう)


これくらいかな。だいたい皆さん、上記のどれかに当てはまりますか?

こうやって書いてみるといろんな家族の形態があるね。国や時代が違えば他にも、昔の“通い婚”や、中華系の家族で、叔父叔母の家族も同居してる“親戚一同大家族”もある。

西欧人を見ていると、女性の転勤に併せて男性が仕事をやめて一緒に転居し、一時的に専業主夫をする人も多い。彼らは“単身赴任”てのをしないんだよね。そんなことしたらほぼ確実に離婚になるので意味がないんでしょう。


で、これからの日本を考えると、

・不況はずうっと続き、夫婦両方が働くのは必然になるだろう。

・日本に仕事はなくなるんだから、海外赴任が多くなりそう。

・しかも、先進国の仕事じゃなくて、中国、インド、アラブ、アフリカ、南米などでの仕事が増えそうだよ。

という感じなのだけど、そうなると、今の10歳以下くらいの子供達が将来もつことになる“家庭の形”はどんな感じになるんだろう?って思います。


たとえば、23歳で就職したら3年後にはインドに行けと言われた。26歳で赴任して5年後の31歳までムンバイ勤務だった、と。26歳の時に既に結婚を約束している人がいたとしましょう。その人は、結婚してインドに来てくれるのかな。その人も仕事をもっている場合、どうするんだろ。

もしくは、26歳の時にそういう関係の人はいませんでした。いたけどムンバイにいる間に別れちゃいました。となると、31歳で日本に帰ってきて、さあ婚活だ!ってなるのかな。でも、日本には仕事はありませんからね、また3年後にケニアに赴任とかになるかもよ。

条件のいい人なら、日本にいられる3年の間に相手も見つかるって?まあそうなんでしょう。でもね、結婚して1年後に二人でケニアに行くのかな。そこで子供を産んで育てるんだろうか。2,3年で帰ってこられるならともかく、これからの海外赴任は長くなるよね。

そうなると“専業主婦”モデル以外では成り立ち得ないような気もするし、さらにその次の39歳からの赴任地が今度は南アフリカだ!とかいう話になったら・・・


「僕と僕の家族は、26歳までは日本人でした」


みたいな家族になるのかな・・・それとも転勤を拒否して転職する?


加えてこれからは、女性の方も海外赴任を任されるケースが増えるから余計に複雑だよね。企業側も今みたいに「お前あの国に行ってくれ」みたいな辞令はもう出せなくなるのかもしれないし・・・よくわかりませんが、相当いろんな影響がありそうに思う。

これって反対からみると、つまり親から見ると、自分の子供はもう日本にはずっといない、という状態になる。そうなると日本側の家族形態もどうなるんだろうなーと思います。今は単身赴任夫婦や、両親とも仕事があって子供がある場合、妻側の母親が子育てを手伝っているケースが多い。そのために妻の実家近くに家を買ったという人の話もよく聞く。

これも・・将来は「娘の子育てを手伝うために上海に1年ほど住むことになった」とかいう母親がでてくるかもしれない。さすがにアフリカだと想像しにくいけど、上海くらいだったらありそうだ。夫の方はどうするんだろ。日本に残る?それとも「妻が娘の子育てを手伝いに上海に行くことになったんで、私もついていくことになりました」みたいになるのかな。

それとも共働き夫婦の夫が中国、妻はインドで働いているので、その子供は日本にいる祖父母の家で育つ、みたいなことになるかも?そういう夫婦が多くなると、両親がどちらも海外に赴任している子供のための“寄宿学校”が増えたりして?


・・・これから「日本に仕事がなくなる」というのは、いろんな意味で社会の在り方を変えていくだろう。その中でも一番おもしろいのは、家族形態が大きく変わる、ってことなんじゃないかなー、とか思いました。


そんじゃーね。

2010-08-16 おちゃらけ社会派 練習問題

“おちゃらけ社会派ブログ”読者の皆様、こんにちは

今日は、“新聞記事から、社会がどう変わって行くのかを読み取る練習”をしてみましょう。お子様のいらっしゃる方は、親子で一緒に取り組んでくださいね!


なお、下記はすべて2010年8月14日(土)の日本経済新聞からピックアップされたものです。(太字は記事タイトルそのまま。その下のまとめ文章はちきりんによる要約です。)

それぞれ問いをよく読んで質問に答えて下さい。


問1)下記の3つの記事を読んで、日本経済についてわかることを140字以内で述べよ。 (配点:25点)


企業のIT投資 業績悪化で縮小

2008年度の1社平均の情報処理関係経費は前年度比7.8%減だった。企業の情報処理関係経費は1998年をピークに減少している。


三越伊勢丹、経常31%増益 4月〜6月 人件費削減など寄与

売上高は前年同期比6%減だが、早期希望退職者の募集で人件費を中心に販促費を大幅削減し、利益が増えた。


消費支出0,5%減 4月〜6月 3期ぶりマイナス

総務省が発表した家計調査で、総世帯の消費支出は、前年同期0.5%減。天候不順で食料と衣料が低迷。



問2)下記の3つの記事を読んで、中国経済についてわかることを140字以内で述べよ。 (配点:25点)


化粧品5社、4社が営業増益(4月〜6月)

国内は消費者の低価格志向で低調だったが、中国を中心にアジア地域で売上が伸び、利益を押し上げた。資生堂や花王を含む4社で営業利益が増えた。


欧米製薬大手が新興国事業拡大

ファイザーなど4社、2ケタ増収 4月〜6月期

欧米製薬メーカー大手が、高成長が期待できる新興国需要を取り込む戦略で、提携やM&Aを進めている。米ファイザーは中国の営業担当者を400人増やして3000人体制にした。


高性能タッチパネル グンゼ、中国で増産 6〜7倍 高機能携帯向けに

グンゼは中国で工場設備を増強し、来年までに生産量を6〜7倍にする予定



問3)下記の3つの記事を読んで、新興国経済についてわかることを140字以内で述べよ。 (配点:25点)


ロシア 新車販売、7月48%増

堅調な資源価格を受けて個人消費が回復しているほか、政府の需要喚起策もあり、前年同月比48%増となった。


IHI、インドで英語研修

IHIは10月をめどに幹部候補生を対象にした英語教育をインドで開始する。30歳前後の管理職予備軍をムンバイの大学に2ヶ月間派遣する。同社はインフラ受注などで海外案件が増えている。


ユニクロ、有力施設に照準。 海外出店にらみ収益基盤固める

ユニクロは、海外で大量出店する方針のため、現状で売上高の大半を占める国内は、好採算を期待できる都市部の一等地(東京ミッドタウンなど)への出店を優先する予定。



問4)下記の4つのエントリの中から、8月14日の日経新聞(上記)が全体として示す社会の動きと、最も関連の薄いエントリをひとつ選べ (配点:25点)


1) あなたの孫はインドか中国で生まれます

2) 市場として捨てられた日本(製薬編)

3) 若者、アウト!

4) 就職氷河期 サイコー!


そんじゃーねー



考えるヒント)おちゃらけですからね。いつものように“おもしろい回答”が求められています。

2010-08-12 ファンタジーの世界に生きる

スタジオジブリ映画“借りぐらしのアリエッティ”の宣伝を見るたびに「コロボックルだ!」と思います。

床の下に住む小人の物語りといえば、ちきりんにとっては“コロボックル”以外あり得ない。

何を隠そう、“おちゃらけ社会派“になる前のちきりんは“キャリアウーマン”で、その直前は“ちゃらんぽらん留学生”、その前が“バブルの株屋”、さらにその前は“旅する水商売系の大学生”だったんですけど、

さらにその前は“こましゃくれ社会派中学生”で、そのまた延々と以前には“ファンタジスタちきりん”だったんです。


子供の頃の私はファンタジー小説ばかり読んでいて、どっちかいうと現実ではなく“そっちの世界”で生きてるような子供でした。

その頃、最も感動したのが“コロボックル”シリーズで、当然のように私は「コロボックルは実在してる」と信じてました。

寝ている間に部屋の中に出てきてるのも知っていたし、自分ひとりで部屋にいると、彼らがどこかからちきりんをじーっと見ているのも感じてた。学校の授業中にさえ何時間も、延々とコロボックル達の生活を夢想していました。

コロボックル物語(1) だれも知らない小さな国 (児童文学創作シリーズ)

コロボックル物語(1) だれも知らない小さな国 (児童文学創作シリーズ)



他にも、シリーズを全部読んだと思われるのが、こちら。

「いつ、うちにはメアリーポピンズがやってくるの???」ってずっと待ってた。


ちきりんは“ファンタジー小説家”という概念を信じていませんでした。だってそれらが「作られた、誰か人間に書かれた作品だ」なんて思ってなかったから。

これらは真実の記録であって、作家などという職業の大人が勝手に適当に書いたものだなんて想像もできなかった。


そしてファンタジーには往々にして、この世の真実が書いてある。

あたしは“自分はモモだ!”と言い張っていた。いや実際、モモなんですよ、あたし。知ってました?



最後にこれ。どどん!

光車よ、まわれ! (ポプラ文庫ピュアフル)
天沢 退二郎
ポプラ社
売り上げランキング: 66,604


これ読まずして大人になったらあかんでしょ。読んでないまま大人になった人、手遅れにならないうちに読んだほうがいいです。一つ読むと、シリーズどんどん読みたくなります。

さあ、みんなで冒険だぁ!


★★★


そもそもね。「日本の将来が心配」とか「現実が暗すぎる・・」とか言う人って、なにを間違ってるかというと、そんな暗い現実をわざわざ見ていること自体が間違ってるんですよ。

んなもんイチイチ気にする必要はないんです。みんなで楽しく妄想の世界に生きればいいんだから。



子供はファンタジーの世界に、

お兄さんは二次元の世界に、

そしておばさんは韓国ドラマの世界に!



今日紹介した本、お子さまへのプレゼントとして最適なのはもちろん、大人にも夢を与えてくれます。


ファンタジーばんざい、そして、妄想万歳!

現実逃避も万々歳!


そんじゃーねー

2010-08-10 “私的援助市場”にみる市場原理

世の中には様々な“市場”がありますが、規制が全くなく、マーケットメカニズムのみで動いている市場のひとつが「私的援助市場」です。

ちなみに公的援助とは社会福祉のことで、こちらは“公”ですから市場原理は適用されません。

しかし私的な援助市場、たとえばボランティアや寄付など人々の自発的な支援分野においては、誰がその寄付や援助を獲得できるか、ということは、完全に市場原理で決まります。


たとえば「大人 vs. 子供」で考えてみましょう。公的な援助(社会福祉)は高齢者に手厚いですが、私的援助は圧倒的に子供に有利です。

難病の子供の臓器移植(海外)のためであれば。時には1億円の寄付が集まります。しかし難病の中高年がいくら貧困でも、国内での臓器移植のために、一億円どころか、その100分の1の100万円でも集めるのは至難の業でしょう。

これは「私的援助市場」において「子供は大人より圧倒的に競争力がある」ことを示しています。

世界の難民のために毎月一定額の寄付をする人が、日本のホームレスに毎月、同額を寄付する人の数より多いならば、「海外の難民は、日本のホームレスより、私的援助市場において強者である」といえます。(例なので反対かもしれません。)

また、なぜか日本の私的援助市場では、「カンボジア」は非常に競争力が強いように思えます。

以前、寄付を募ってカンボジアに学校を建てようというテレビ番組がありました。この企画、日本のどこかに障害者施設を建てようという話より、スポンサーや視聴者がつきやすいのではないでしょうか。

そうであれば、「カンボジアの学校は、日本の障害者施設より私的援助市場において競争力がある」わけです。


誰に自分の寄付金や労力を譲渡したいかという具体的な選択は、個々人によって異なります。市場ですから、全員の意見が完全に一致することはありません。

しかし参加者全員の意思表明により、市場全体としては「より強いモノ」と「より弱いモノ」がランクづけされます。そして、強者は弱者よりも、金銭的・非金銭的な寄付を「より獲得しやすい」状態になります。

そしてこの市場にはナンの規制もありません。国際条約も規制も監督官庁もない完全な自由市場であり、人は「自分が援助したいもの」を任意に選べます。「より貧しい人から順に寄付を配分される権利がある」などというルールは存在しないのです。

このため援助を勝ちとるには、マーケティングやコミュニケーション・ストラテジーが必要となり、また、寄付をする人の中で、どのセグメントを狙うべきか、などの戦略も重要です。


ざっと考えたところ、この市場における強者とは、

(1)子供

自己責任が問いにくい、高齢者や中高年に比べてかわいい、素直に喜ぶ(せっかくの援助に対して小難しいコトを言わない)、など様々な理由のため、子供は圧倒的な強者です。

一部の途上国では、日本人観光客が集まる場所に抱いていく赤ちゃんを“物乞い”の人に貸してくれる商売があると言われますが、この市場での子供の圧倒的な競争力を考えれば、そういった商売がでてくるのも自然なことです。


(2)見た目が善いもの

他の市場と同様、ここでも「見た目」は重要です。この市場で最も好まれる見た目とは、みすぼらしいが、汚くはないもの、素直で純粋に見え、ひねていないもの、寄付者より優れている点はひとつも見つけられない、かわいそうなものなどです。まっ、なんの市場にしろ、外見がよいことはとても有利です。


(3)高尚な寄付項目

中には「教育費なら寄付してもいいが、生活費に消えるならいやだ」という人がいます。なにか高尚なことに貢献したいと考える人達が多いのです。

高尚な寄付項目には国ごとに違いがあり、日本人が好きな市場は“教育”ですが、欧州ではイルカや鯨などの“ほ乳類”や“環境”、アメリカでは“人権”や“アート”も競争力が高い市場です。

この法則を利用した寄付募集例としては、「途上国では給食がでるから、子供達は学校にやってくるのです」というキャッチフレーズで、競争力のある“教育”というキーワードを前面に出しつつ、なかなか寄付の集まりにくい“食費”を集めることに成功した事例も存在します。


(4)手頃な距離感

日本の私的援助市場では、同じ子供でも、アフリカの子供よりはアジアの子供、中国の子供よりはカンボジアの子供、日本国内の子供よりは海外の子供、の方が競争力があるようです。

アジアはアフリカより身近だし、中国はなんとなくイヤだけど「カンボジアはアンコールワットも素敵だったから助けてあげたい」という感じでしょうか。

国内の寄付対象者は、情報管理が難しいことも不利な点です。たとえば、難民キャンプに援助しても、援助物資の一部は横流しされてしまいます。しかしそれは日本からは見えません。

一方、日本で誰かに寄付すると、その人がビールを飲んでいた!、タバコを吸っていた!とか、ひどいときには「楽しそうに笑っていた!」とまで、マスコミが騒ぎ立てます。

これにより、それらの被援助者は一気に競合優位性を失います。海外の難民キャンプへの寄付だって、相当程度が関係者のタバコ代や洋酒代に消えていると思いますが、それは寄付者には見えないので、とても有利です。


このように、この市場は残酷なまでに厳しいマーケットメカニズムで動いています。私的援助市場で資金を集め、勝ち残っていくためには、上記のような傾向を踏まえて、「みすぼらしいが純粋な子供を前面に出し、できる限り目的を教育とヒモづけ、情報管理(マスコミ対策)に細心の注意を払うこと」が重要なのです。


本当の弱者とは、「私的援助市場でさえ弱者である人達」なのかもしれません。


そんじゃーね。


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2010-08-08 ブラボーな“シャガール展”

東京芸術大学の美術館で開催中の シャガール展を観てきました。

今年はいい展覧会が多いですね。いくたびに「これが今年最高かも!」と思います。

今年辺り開催のものは、多分リーマンショック前の企画なんだよね。だから“予算が潤沢です感”に溢れてます。


観ている途中から、「才能ってのは、努力や根性や技法や修練とは全く異なる次元にあるんだ。才能なき者はどんなに頑張ってもその領域に入ることはできない。努力した人にはまた別の称号や賞賛が贈られる。でも、それは才能ではないってことだなー」って痛感しました。

そこでは、芸術とはこういうものなのだと示されてるんです。

色彩、構図、線の運び。すべてが天才的。


少年の頃の彼は画学校に入りたかった。そこに自分の人生があると思ったからです。

でもやさしい母親は彼に言いました。

「ママはアナタに絵の才能があると信じているわ。でも、もしかすると、事務員という職業があなたには合っているかもしれないとも思うのよ」と。


こんな天才にも、母親というのは、平凡で幸せな人生を望むものなのね。


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作品ももちろんすばらしいのだけど、展示手法の巧さも印象的でした。

シャガールの人生や絵の系譜をたっぷり堪能でき、新たな学びも多かった。パリのポンピドー美術館から借りてきての展示ですが、現地で観た時とはまた違った角度から観賞できたです。


加えて、約1時間のシャガールの人生を追ったドキュメンタリー映画が上映されています。必見。観ていて涙がでたよ。


「既存の表現方法への敵意を常に持ち続けた」という言葉。

こんな大御所になって“既存の方法論への”しかも“敵意”を持てる、ってのはすごすぎる。

普通は“既存の方法をレバレッジしていかに楽するか”を考えるんですよ。凡人という名の普通の人はね。


彼の作品をくさした批評家にたいして「オレは頭の悪い奴は相手にしない」と言い放ったシャガール。

わかるよ。アホには説明してもわからない。すばらしきかな芸術家の本音。


映像では 1964年に彼が手がけたパリ・オペラ座(旧)の天井絵も紹介されてた。あの天井絵は、ちきりんも見た瞬間に息を呑んだ。圧倒される。オペラ座はシャガールの館のようです。


もうひとつこの展覧会で印象に残ったのは、「歴史を生きる芸術家達」ということ。

帝政ロシア(現在のベラルーシ)にあったユダヤ人居住村で1887年に生まれた彼は、差別される側の民としてロシア共産革命に期待し、そして失望した。パリに留学(移住)してヒトラーのパリ侵攻を経験しています。

アメリカに亡命もし、そこで最愛の妻を亡くす。

なんとヒトラーは、シャガールの作品を始めいくつかの絵を焼却処分してるんだって。


当時マティスは「亡命中の芸術家展」という皮肉な展覧会を主催しました。ピカソもそうだけど長寿の芸術家は皆、歴史の中を生きてます。

最後は南仏で新たな家族と穏やかに暮らしながら、愛に包まれた画家として、波乱に満ちた人生の集大成と言える多くの作品を描き続けました。


ずっと後でシカゴの美術館に記念作品を作成したシャガールは、そのこけら落としの式典で、“French by adaption, and a citizen of the universe”と紹介されました。

帝政ロシア支配下の貧しいユダヤ人居住地に生を受けた少年がここまできたんだ。と思うと胸が詰まる思いがしました。


具体的な絵のリスト(ちきりんの覚え書き)はこちらで → シャガール展に行ってきた


そんじゃーね。


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2010-08-06 組織目標と個人目標の順番

組織に所属する人は、“組織目標にどれだけ貢献したか?”という視点で評価されます。

企業が売上 100億円という目標をたてれば、部門目標はそれにそって決められます。

営業部門は「組織全体で 100億円の売上を達成するため、去年より販売数を 2割アップ!」という目標をたて、

開発部門は「組織全体で 100億円の売上を達成するため、競合品と差別化できて値崩れしない新商品をボーナス商戦までに開発する!」という目標をたてるわけです。


その後、目標はさらに分解され、個人目標が立てられます。営業部門のA課長は「営業部全体で去年より 2割たくさん売るために、オレは○○社と○○社と○○社に○台ずつ納入するぞ!」みたいな目標をたてます。

このように、組織目標は→部門目標→個人目標と分解され、組織に所属する全員が自分の目標を達成すれば、部門目標が達成され、最終的には組織目標が達成されます。

組織における人事評価とは、こういった「組織目標のために各人に課せられたミッションを、その個人がどの程度、達成できたか」を評価するものです。


この仕組みでは、組織は常に個人より優先されます。

個人は給与という対価を得て、組織目標に貢献することを求められ、「自分のやりたい仕事ができるか」、「スキルが身につくか」などは二の次です。

それがたまたま個人にとっても楽しい仕事であったり、結果としてスキルがつくことはあるでしょうが、優先順位が逆転することはありません。


さて、これが営利企業だとそれなりに納得できるのですが、では、国と国民という関係においてはどうでしょう?

素直に考えれば「国のために個人が頑張る」というのは本末転倒に思えます。

個人が幸せに暮らせるように国が支援するのが当然でしょ?と思えます。しかし近代の日本では、大半の時期で“組織目標”が先に設定されています。


たとえば明治時代の“富国強兵”とはまさに日本という“国の目標”です。

そこでは、国が求める軍事技術の開発に成功した人や、国が進める西洋化に貢献した人が評価され、賞賛されます。

さらにもっとも極端だったのが、大政翼賛時代です。当時、個人の生活のすべては「お国のため」と定義されました。

高度経済成長期に日本は「先進国の仲間入りをする」ことを目指しましたが、これも“国=組織の目標”です。個人はその目標のため、健康や趣味や家族との時間を大いに犠牲にして頑張ったのです。

さらにいえば“技術立国日本”とか“国際競争力のある国を目指そう”といった言葉も、同じに聞こえます。これらも“国の目標”ですよね。

その国の目標のために、個人が「英語力をつけろ」「海外経験を積んでたくましくなれ」などと言われるとしたら、それは国と国民の正しい関係でしょうか? (ちなみに、シンガポールは明確にこういう思想で運営されているようにみえます。)

戦後政治をみる限り、国の目標より個人の目標が先に来ていた政治スローガンとして思いつくのは、“所得倍増計画”くらいです。


★★★


では発想を変えて、先に個人の目標をたて、その実現を国が支援する、という方向で考えてみましょう。

個人の目標は人によって違います。「世界で尊敬される起業家や研究者になりたい!」という人もいれば「のんびり暮らしたい」「一生、ケームをしていたい」という人もいるでしょう。

全体として、たとえば「世界のトップを目指したい人 10%、まじめに働き、安定した暮らしを望む人 60%、できるだけ働きたくない人 30%」というのが国民の希望だとすれば、

それをどう実現していくか、というのが国、もしくは時の政権に課される責務となります。これが「個人目標が先、組織がそれを支援する」という考え方です。


日本は明治以来ずっと「国民の豊かさ」ではなく「日本国の豊かさ、強さ」を目指してきた国です。時には個人さえ、個人の幸せより所属組織の目標達成を望んできた部分もあったでしょう。

たとえばスポーツ選手で“チームはボロ負けしたけど、自分は大会MVPに選ばれた”より、“MVPはとれなかったけど、チームが優勝!”の方が嬉しい人はたくさんいます。

同様に、自分は貧しくても日本が先進国になることを喜ぶ人は一定数いたはずです。

では今は、私たちはどちらで目標をたてたいと考えているのでしょう?

今までのように“日本国”として目標を設定し、それを達成するためにみんなで頑張りたいのでしょうか。

それとも、個人の目標を先にたて、それを可能にしてくれる政権を選びたいのでしょうか?


組織目標が先か、個人目標が先か、そこが問題なのです。


そんじゃーね。


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2010-08-04 人生の有限感

堀江貴文さんの人生論を読みました。彼の生き方、考え方の基本がよくわかるおもしろい本でした。

特に最初の方に“小さい頃に突然、人はいつか死ぬんだと意識した”とあったのが印象的でした。起業家の人でコレを言う人、多いですよね。


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→ キンドル版


スティーブ・ジョブズも突然の重病で余命を宣言されてから神がかってきたし、ソフトバンクの孫正義さんも若い頃、起業した直後に大病で入院しています。

楽天創業者の三木谷さんは故郷の神戸で大震災があったことで、「人間、いつ死ぬかわからない」と感じ、大企業を退職して起業したとインタビューでおっしゃっていました。

堀江さんの場合は特にそういう経験はなく、突然“死”という概念が降りてきて・・ということらしく、珍しいケースです。


この“人生の有限感”を手に入れると、人は生き方が変わります。

尋常じゃないレベルの働き方をしている人、自分のやりたいことに迷いのない人、徹底的にしがらみから遠い人、の話を聞いてみると、人生の有限感をもってる人がとても多いのです。


逆説的な言い方だけれど、彼らは不安を持ちません。

普通の人は不安をあれこれ想定して、やたらと人生に保険をかけます。

たとえば、「こんなことやったら収入がなくなるのではないか」「こんなことやったら友達に嫌われるのではないか」みたいに。

そして、そういう不安のためにアクセルを全開にせず、つねにブレーキに足をかけて人生を運転する。

進みたい道があっても、よく分からない道、先人の地図に載っていない道には足を踏み入れない。危ないかもしれないから・・・。


でもね。普通の人がそういった不安に怯えるのは、本当の不安を知らないからでしょう。

本当の不安は、人生が終わるという瞬間が、明日にもやってくるかもしれない、ということです。

それにくらべれば、それ以外の不安など質的に全く及ばないところにあります。

だから“死の意識”、“人生の有限感”のある人は、それ以外の細かい不安に怯えなくなる。何が大事かがわかってくるんです。


世の中には小さな頃から命に関わる病気や障害を抱えて生きている人もいます。

そういう子供達は、風邪やねんざくらいしか知らずに育つ大半の子供に比べれば、極めて早い時期に“死”というものを意識するのではないでしょうか。

そして彼らの人生観は(彼らがそれを外に出すかどうかは別として)そうでない人に比べ、圧倒的に成熟してるんじゃないかと想像します。


人が人生の有限感を得るきっかけは様々です。

自分の大病、ごく身近な人の死、自分が巻き込まれても不思議ではなかった大惨事、加齢(親の死んだ年齢を超えるなど)・・・

ですが今回、上の本を読んで「そうなんだー」と思ったのは、そういうきっかけがなくても“死”を意識する人もいるんだ、しかも小さい頃に・・ということでした。

それって結構すごいことだと思ったのです。外的な理由が無くても、自分の中でそれを理解したということだから。


70才とか 80才になるまで死を意識せず生きていけることが、ひとつの幸せな人生のパターンであることは否定しません。

そういう人生が与えられていたら、それはそれで素直に喜ぶべきでしょう。

同時に、若いうちにこの“人生の有限感”を手に入れると、生き方が大きく変わる、というのもまたひとつの肯定的なイベントなんじゃないかと、ちきりんは思っています。


いつ死ぬか分からない、人生はいつまで続くか分からない。

そういう意識が人を生き急がせ、くだらない世の中の常識に汲々と従う生き方に立ち向かう原動力となるのです。

なんとなく過ぎていく日常は、あたかもいつまでも永久に続くかに思えます。でも実際には、“終わり”は突然(そして当然)やってきます。

あなたが今やっていることは、余命 6ヶ月だと宣言されても、やっぱりこれをやろうと思えることか、とジョブズ氏は問いました。

余命が 6ヶ月であっても、今の生活を続けるか? と。


フランスの女流作家、フランソワーズ・サガンは、若くして小説が大ヒットし、大金持ちになりました。

当然のように彼女の周りには様々な思惑の人が集まります。良識ある大人達は彼女に忠告しました。

「つきあう人を選ぶべきだ。あなたの名声とお金にしか興味のない人とつきあうべきではない。あなたは騙されている。そのうちきっとひどい目に遭うだろう」と。

彼女は答えます。

「たとえそういうことが起って、眠れないほどつらくて悲しい日が週に 3日あったとしても、嬉しくて楽しくて眠れない日が 1日でもあるなら、私はそういう人生の方を選ぶでしょう」


他の作家の、「人生の傍観者になるな。自分の人生の舞台を、観客席からぼーっと見ていてはいけない。舞台に上がれ、演じるのだ」という文章も記憶に残っています。*1


人生の有限感を早い時期に手に入れるのは決して悪いことではありません。

だけど、中途半端な時期に手に入れるくらいなら、いっそ最後までそんなものとは出会わない方が幸せなのかもしれない。


誰かの人生ではなく、自分の人生を生きること。

周りにどう見られるかではなく、自分がやってみたい人生を送ること。

それだけが重要なことなのです。


そんじゃーね。


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↑ 孫さんもすごい。キンドルなら 640円。人生を変える値段としては格安です。孫さんについては こちらのエントリもどうぞ


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

*1:リルケの著作の中の言葉だと思うのですが、探せていません。もしご存じの方があれば教えて頂けると大変ありがたいです。ドレスデンが舞台の小説かエッセイだった記憶があります。

2010-08-01 誰が何をネグレクト?

あなたは、

あなたの奥さんは

あなたの娘さんは、

20代で結婚して、子供を2人産んで、離婚したら、母子で自活できますか?


母親が売れっ子歌手やトップ女優でもないかぎり自活は無理でしょ。

本人の資質や努力、やる気なんて関係ありません。どんなに能力、やる気があっても幼児 2人抱えて自活できる 20代の女性なんて皆無です。

ホストクラブに通ってたとか言われて責められてるけど、ホストクラブに通わず必死で働いてたら、食べていけたと思います?


20代で結婚して出産した人が離婚したら、自動的に“誰かが支援する必要”があるってことでしょ。

支援するのは誰?

・別れた夫(慰謝料、養育費)

・実家の親

・公的福祉(生活保護)

でしょうか。現実的には、別れた夫(夫も若いでしょうし)が自分の生活費に加え“母子3名の生活費”を払い続けるのも、このご時世では苦しいでしょう。


つまり、20代で結婚、出産した女性が離婚した場合、

(1)本人がトップ女優や歌手で高額収入がある

(2)別れた夫に相当の稼ぎがあり、母子 3名の生活費を何年にもわたって払い続けられる

(3)実家の親が助ける

で、ないかぎりは、

(4)生活保護で食べてい

しか、母子に生きる道はありません。


だったら、市役所で離婚届けを受け付ける時に、

・母親がトップ女優や歌手ではなく、

・父親が支払うと約束した額と現実的な支払い見通しが不十分で、

・実家に、生活を支援する財力と予定があると確認できなければ、

「では、このまま生活保護課に行って、手続きしていってくださいね」と、離婚届けを受理する係の人が、離婚届けと引き替えに生活保護申請書を渡しながら言う必要があるんじゃないの?


「育てられないのに産むなんて無責任」という人は、20代で結婚&出産をしちゃダメだと言ってるの?

“離婚する可能性”は誰にでもあるでしょ。“離婚しても自活できる経済力を付けてから子供産め”ってこと?

それが責任ある態度だというの?

それいったい何歳くらいのこと?40歳くらい??

何歳まで働いたら“離婚しても子供2人養える経済力”なんてつくの?

少子化対策ってのは、できるだけ早めにたくさん子供産みましょうね、っていう政策なんじゃないの?

そのために特命大臣まで任命したりしてんじゃないの?


★★★


記録のための事件概要

・2006年12月、女性は 19才で、大学生だった男性と結婚

・2007年 5月、20才で第一子(長女)を出産。夫の実家で同居(後に近隣のアパートに転居)

・夫は大学をやめて工場で期間工として働き始める

・2008年 10月、2人目(長男)を出産

・2009年 5月 離婚。女性は子供を引き取り、名古屋に出て飲食店(託児所付)で働きながら育てる

・2010年の 1月 大阪の風俗店(ヘルス)で働き始め、店が用意したアパートに入居

・3月頃から育児放棄開始か。ホストクラブで遊ぶなどし外泊を繰り返す

・夜中に子供の悲鳴が聞こえ、児童虐待ホットラインへの通報が相次ぐ。職員、警察も訪問するが、母親に会えず

・6月に子供(当時 3才と 1才)を放置して家を出る

・7月上旬、元夫に「仕事しながら子育てするのはしんどい」と相談(未確認)

・家には戻らず、妹の家などを転々

・大阪市西区のマンションでは、置き去りにされた幼児2人が遺体で発見される

・7月 30日 勤務先の社員から呼び出されて現れたところを、死体遺棄容疑で逮捕

(今日時点で報道されている範囲でのまとめです)


★★★


“ネグレクト”の意味は、怠慢とか、責務の放棄という意味だと思うのだけど、


この事件では、誰が何をネグレクトしたの?

A) 母親が育児をネグレクト

B) 父親が養育をネグレクト

C) 行政が国民保護をネグレクト


★★★


この女性が第一子を生んだ2007年、年末に書いていたブログも紹介しておきましょう。

2007-12-30 08:23:42

とうとう2007年もあと残すところ2日ですよ。

私、この2007年はいろんなことがありました。

まず、5月8日にハタチになったこと。

なんか嬉しいような少し悲しいような。


少女でもなく、大人でもない10代後半はほんとに

あっという間だったけど、私の人生の中で

何かが変わった瞬間だった気がするもん。

10代ではなく、20代ってすこし悲しいかも…


そしてハタチになって1週間後、

待望の娘を出産。

10ヶ月の妊娠期間は本当に本当につらいものでした。

でもそれと同時にだんだん大きくなるおなか、

私はひとりじゃないんだと、思わせてくれた小さな命。

わが子に対面したときは、言葉にならないほど嬉しかった。

大好きな旦那との子供、私の子供、こんなに可愛いものだと

思ってもいませんでした。


そして、期間従業員であった旦那が

難問と言われる正社員試験に合格しました!!

私のひとつ上(今年21歳)になった旦那は

私が妊娠した当時、現役の大学生。

妊娠したことを報告したとき、彼は

「大学をやめて、働いてく。結婚しよう」

と言ってくれました。


その時は嬉しかった。

でも毎日大変そうな旦那の姿を見ていると

「これでよかったのかな」と思う日々。

ところが精一杯勉強して試験に合格した日

すごく喜んでいる彼を見て

なんとなく安心していた私。ありがとう。


そして先週の結婚式。

順番は違いますが先週だったんです。

挙げさせてくれたお父さん、旦那の両親に

本当に感謝でいっぱい。

そして祝福してくれた家族、親戚、友達、

そのほかにもた〜くさん。


本当に本当にありがとうございました。


少子化対策もいいけど、既に生まれている命も、もうちょっと真剣に保護したらどうかな、うちの国。


2人の子供さんのご冥福をお祈りします。


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