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Chikirinの日記 このページをアンテナに追加

2010-12-14 得るモノ、失うモノ

飲み会の支払いの際、たまたまAさんに持ち合わせがなく、同僚のBさんから千円借りました。すぐ返すつもりが、その直後に多忙になり顔を会わせないまま1ヶ月が過ぎました。そして、もちろん期限も決めていないし催促もされなかったので、「忘れてるかな。今頃言い出すのもどうかな。たいした額じゃないし」と思っているうちに、とうとうそのままになってしまいました。

というような場合、Aさんが得たのは「千円」、反対にAさんが失ったのが「信用」です。


ずっと先、Aさんが起業をしました。仲間や出資を募っています。別の飲み会でその話が話題になった時、Bさんはふと昔のことを思い出して言いました。「でもあいつ、ちょっとルーズな面もあるよね」と。責める諷でもなく軽い調子のコメントで、実際Bさん自身、昔のことをそんなに気にしているわけではありません。半分“つぶやき”みたいなものです。

でもその場にいた、実は出資を検討していたCさんには、これはちょっとした情報になりました。細かい話はどうでもいいのです。昔からAさんを知っている人に、Aさんが残している印象がどんなものなのか。それが関心を呼びます。出資は融資とは異なり、担保は「お金を出す相手」そのものですから。


ここではふたりの行動、言動の妥当性について議論したいわけではありません。書きたいのは、「世の中は時にこういうふうに動いている」ということです。実際にそういう場面をみちゃったりすることがある、ってことです。。。

★★★


交渉ごとをして、DさんがEさんに譲ったとしましょう。Eさんは自分の主張が通り「よかった!」と思うでしょうし、時には「勝った!」と思うかもしれません。でも、反対にDさんは「譲った」と思っているし、時には「譲らされた」と思っているかもしれません。

交渉ごとで自分の主張を通すのは、ある意味「借金をする」みたいなものです。あちこちで交渉ごとに勝っていると、あちこちで「自分に貸しがある」と思っている人を増やすことになります。

反対に、何かの交渉ごとが発生した時、「ここはオレが一歩引いておくか」とか「今回は助けてやろう」という判断をしたとします。この行為は「貯金をする」のに近い効果があります。これを続けているとあちこちに、「あの人には借りがある」と感じる人が増えるからです。


交渉ごとに強い人の中には「自分の強い立場」を利用して、自分の主張を通そうとする人がいます。相手が断れないとわかっていて交渉をもちかけるような人です。もしも世の中が「その交渉ごと一回だけ」で終焉するのであれば、そうやって自分の主張を通すのも悪くないかもしれません。

でも世の中は続いていきます。立場を考え譲らざるを得なかった方にどんな感情が残るか、いつまで相手がそのことを覚えているか、と考えれば、めったなことで立場を振り回すのは損だと理解できるでしょう。


これは社員と会社の関係でも同じです。会社が「こいつに辞められると困る」と思っているような優秀な社員なら、「この頼みをきいてくれないならボクは辞めますよ」的なことをちらつかせて自分の待遇や仕事内容について交渉できるのかもしれません。

けれど、そうやって自分の主張が通った時にも、「さて今回の件で、自分が得たものは何で、失ったものは何なのか」と考えてみることが必要でしょう。自分の主張が通ったのは「自分が優秀だから」ではなく、「相手が譲ったから・譲らされたから」です。


基本的には「得しただけ」なんてないんです。駆け引き、交渉ごと、取引の基本は「何かを得た時は、何かを失う」ということであり、「何かを差し出せば、何かを得ている」ということです。「勝った!」「得した!」だけなどということはありません。

“WIN-WIN”(両方にメリットがある)という言葉がよく使われますが、反対に言えば、WIN-WINでない限り、常にWIN-LOSEの関係にありますよ、ということです。

そしてこの“WIN-LOSE”を、「自分がWIN、相手がLOSE」と解釈するのは間違いです。そうではなく、自分の中にWINとLOSEのふたつが残るのです。


自分にとってどうでもいいことなら、どんどん人を助けてあげればいいし、譲ればいいのです。それはいわば「世の中に貯金する」行為です。反対に、あちこちで自分の主張を通すのは「世の中に借金を作って歩くような生き方」です。

お金の借金は簡単に返せますが、人や社会への借りはなかなかゼロクリアできません。つまらないものを得るために、大事なものを失うのは馬鹿げています。しかもお金を借りている人は自分が借金をしていることを自覚していますが、あちこちで自分の主張が通っている人は、自分が借りを作っている、ということに無自覚です。“自覚のない借り”ほどやっかいなものはありません。


できるだけたくさん、あちこちで“譲り、助け、許して”おきましょう。それは「社会に貯金をする」、もしくは、「社会に資産をもつ」行為です。わざわざ回収になどまわらなくても結構な確率でそれは戻ってきます。

反対に、「ちょっと強く言ってみたら主張が通った」とか喜んでいると、増えるのは「借りばかり」になってしまうでしょう。むやみに人に勝とうとしないこと、むやみに自分の意見を通そうとしないこと。そっちの方がだんぜん得ざんす。


そんじゃーね



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