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Chikirinの日記 RSSフィード

2011-01-29 アラブの政変で負けようとしているのは誰なのか?

あちこちで大変なことが起こりつつあると感じます。すごいことが起ってる。


まずは現在進行形のエジプト。ここのところ連日、数万人規模の反政府デモが起き、警察隊が催涙弾などで鎮圧にかかっています。デモ隊は30年近い独裁体制をひいてきたムバラク大統領(なんと82歳!)の退陣を求めてます。

大変なことが起っている、というのは、このデモの背景に、インターネット、そしてネット上のサービスであるツイッターとフェースブックが大きな役割を果たしているからです。

大規模デモはツイッターやフェースブックを通じて呼びかけられたもので、真偽のほどはわからないけど、エジプトでは現在インターネットへの接続が停止されたとの噂も流れています。


このエジプトの反政府デモに刺激を与えたのが、先日起ったチュニジアでの政変です。ここでも20数年独裁を続けてきたベンアリ前大統領(74)が実際に亡命に追い込まれました。この時の反政府デモでも、ツイッターとフェースブックを通じて長期独裁政権への不満感情が共有され、デモへの機運が高まりました。インターネットやSNS無しには起こりえなかった政変だと言われています。

チュニジアでの政変の成功に影響を受けて、エジプトだけでなく、ヨルダンやイエメンにも反政府デモが飛び火しています。どこも長く独裁的に政権を握っているトップのいる国です。

インターネットで、アラブ諸国に民主化革命が起りつつあるのです。アラブの盟主とも言える大国エジプトで政変が成功すれば、89年から90年にかけて起ったベルリンの壁崩壊、そしてソビエト連邦の消滅にも匹敵する、パラダイム変革といえるでしょう。


さて今、インターネットを活用したアラブでの反政府運動で、“倒されようとしている”のは誰でしょう?

ムバラク大統領やベンアリ前大統領などの独裁者でしょうか?


ちきりんは違うと思っています。

これらの独裁者が、民主的な手続き(選挙など)も踏まず、数十年も政権を維持できたのはなぜでしょう?それは欧米が彼らを後押ししてきたからです。そして、欧米が彼らをバックアップしてきたのは、彼らが欧米に従順な政権であったからです。

欧米は、その現地政権が自分達に従順である限り、たとえ民主的でなくても、宗教的でさえあり独裁的であっても、彼らを支援してきました。反対に自分達に従順でない政権にたいしては、遠慮無く反政府勢力を支援して政情を不安定化させ、もしくは、直接的に爆弾を落として独裁政権を倒してきたのです。

ムバラク大統領など親欧米政権は、「イスラエルに刃向かわない」「欧米と敵対するイラクやイランと仲良くしない」などの欧米からの要請をすべてのみ、素直に従ってきました。イラクやイランを攻撃するための米軍の駐留さえ許してきました。だから欧米は、この独裁政権を支持してきていたのです。

一言で言えば、ムバラク政権を支持していたのは、エジプト国民ではなく“アメリカの政権”でした。今、デモによって打ち砕かれようとしているのは、その“米国政府の意思”なのです。

(余談ですが、今回の動きを“政変”とか“反政府デモ”と呼び、決して“民主化デモ”とも“革命”とも呼ばない日本のマスコミも、日本政府の立場をきちんと踏まえて報道しているといえるでしょう。)



現在、これらの政権はインターネットを利用した民主化デモにより倒されようとしています。こうなると欧米もあからさまに独裁者側の支援はできません。あれだけ人権だの民主化だの言ってきた手前、反政府デモ側を支援せざるを得ません。

しかし反政府デモによる政変が成功し、新たに政権をとるリーダーが、今までと同様に欧米に従順だという保証はありません。そもそもアラブ地域に「親イスラエル政権」が数多く存在していること自体が不可思議なことだったのです。民主的な手続きでリーダーが選ばれれば、アラブ諸国では「反イスラエル」政権が樹立されるのがごく自然です。


欧米諸国はこれに先立ち、wikileaksの挑戦も受けています。彼らが明らかにしようとしているのは「大量破壊兵器がある」という眉唾な情報に基づいて、石油のために世界中からイラクに軍隊を派遣するような先進国の“帝国主義的・覇権主義的な横暴”の舞台裏です。

欧米は、アラブを始めとする世界諸国において、「欧米に従順な政権であれば、独裁政権でも支持」し、「欧米に刃向かう政権であれば、いちゃもんをつけて爆弾を落とす」という態度を貫いてきました。

それがいま、前者が「ツイッターとフェースブックを利用した反政府デモ」によって、後者が「ウィキリークスによる舞台裏情報の開示」によって脅かされようとしています。

問われているのは、ムバラク大統領らの独裁体制ではありません。世界を牛耳ってきた“欧米レジームの世界体制”そのものなのです。

★★★


さて、今回の動きを世界で最も深刻に見守っているのは間違いなく中国でしょう。彼らがYoutubeからFacebookまで幅広くネットのサービスを禁止・抑制しているのは、まさにこういったネットワークにそういう力が備わっていることを理解しているからです。

アルジャジーラは、中国が既にインターネット上での“エジプト”という言葉の検索に制限をかけたと報じています。(Thanks to @yoichi427 ) → “Egypt not trending in China, Aljageera


脇の甘いアラブ諸国とは警戒感が違います。さすが天安門事件の経験者。しかし、今回の騒動をみるかぎり、中国も安泰とはいえません。海外在住(経験)の中国人も急増している中、いつまでこんなことが続けられるのでしょう。

国が国民のネット接続を広範に規制し、見られる情報を国家の都合のいいように限定している・・・そんな国が、そんな体制が、本当にまだ10年も20年も維持できると私たちは信じられるでしょうか?


中国は、経済発展をテコに民主化勢力を押さえ込んできました。毎年、生活は豊かになるのだから、民主化はちょっと待ってくれ、ということでした。

しかし一旦何かが起れば、人口も都市部の知識層の数も半端ではない中国でも、極めて短期間の間に政権転覆が起るかもしれません。


もしそうなったら?


長期政権は、たとえ独裁的、非民主的であっても、それなりに安定しています。チュニジアで政変が起りエジプトでムバラク体制が崩壊して、今後のこれらの国の政情が少々不安定になっても、日本への影響は限定的でしょう。


しかし、中国で政変が起ったら?

共産党独裁政権が倒れたら?

スムーズにすぐに次の政権が樹立され、民主的な選挙が行われるのでしょうか???内戦が起ったり、独立運動が勃発して大量の難民が発生したりしない?一体誰が、どんな人が民主化中国の、新生中国のリーダーになるのでしょう?


万が一、一時的にでも中国のあちこちで無政府状態が発生したら、日本企業、日本への影響は恐るべきモノとなるでしょう。そこに進出している多くの日本企業はどうなるの?、中国に住む日本人の安否や財産は?毎日毎日、輸出・輸入されている大量の物資は滞りなく流れるでしょうか?、中国から人が押し寄せる可能性は?




・・・・なんだか大変なことが起っている。と思うのです。



まあ、とりあえず今夜はアジアカップ決勝。



そんじゃーね・・・

2011-01-26 ネットに超クールな“職業データベース”が出来つつある

この前も書いたが、「インターネットが子供のキャリア形成プロセスに与える影響」というテーマで講演した。(ちなみに、ここで“子供”とは、小学校5,6年生から中学生くらいを想定してます。)

ちきりんはインターネットの中には今、子供がキャリア形成の参考にできる情報がものすごい勢いで蓄積されつつある、と感じてる。


1.多彩な職業情報

ネットでの個人発信情報はまだまだ匿名が多いけど、職業については開示している人が多い。ブログやツイッターのプロフィール欄には、「金融マンです」、「商社勤務」、「公務員やってます」、「IT屋さんです」、「web designとかいろいろ」、「本作ってます」、「脳外科医」など職業に関する記載が多いし、ブログ名でも「ある介護士の日記」とか「田舎の教師のひとりごと」みたいな職業を軸にしたタイトルが目に付く。

地方都市に生まれると、子供に見える職業の幅は広くない。公務員と銀行マンくらいしか周りにいなかったり、大半が農家+準公務員です、みたいなエリアもある。もちろん東京のど真ん中に生まれたって自分の家族や友達の親つながりの職業以外を知る機会はとても少ない。

先日の講演でも「今ついている職業を、中学校の時に知っていましたか?」と聞いたら半分強は知らなかった。そんなもんだ。ちきりんも実際についた職業について、当時は知らなかった。

ネットで発信する個人は、必ずしも仕事についてつぶやいたり書いているわけではない。けれどプロフィールには非常に高い確率で職業名が含まれている。ネットにはいま着々と「職業リスト」が作られつつある。



2.職業への具体的なキャリアパス情報

子供がキャリア形成について理解できないことのひとつが、「どうやってその職業に辿り着くのか」という現実的なパスだ。子供に見えているのは「医学部にいって医者になる」「法学部にいって弁護士になる」というような、少数の単純な例だけだ。

ところがネットの中で職業を開示している人のブログやつぶやきをある程度継続的に読んでいると、人が特定の職業に辿り着くにあたっての具体的なパスが開示されていることに気がつく。たとえば下記のような例だ。


・本が好きで文学部に進学→大手メーカーに就職→CSR部門に配属→環境ベンチャーと取引をする仕事→自分でも関わりたくなり、環境ベンチャーに転職(現職)


子供が「環境に貢献できる仕事がいい!」と思った時、こういう具体的なキャリアパスを思いつくのは不可能だ。まさか文学部からこういうキャリアが始まるとは思わないだろう。

その他にも、「洋服屋で働いていたけど書店員になったら天職だった」「国のための仕事がしたいと思って霞ヶ関に入ったけど、今はシンガポールにいる」「内定ももらっていたけどやっぱり起業することにして渡比した。」など、ネットに存在する具体的なキャリアパスにはドラマが溢れている。

もちろん「金融業界でバリバリ働いていたけど、ちんたら生きることにした」みたいなのもありだ。

こういう現実的で具体的なキャリアパス情報は、今までは世の中に存在しなかった。あちこちのブログやツイッターを読みながら、ちきりんは「これはすごいデータベースができつつあるよね!」とワクワクしてる。



3.専門的な情報や知識

どこの業界にも「業界の中では秘密でもなんでもなく、みんな知っている」という情報や知識がある。しかしそれらの情報や専門知識の大半を「業界外の人」は知らないのが普通だ。

こういう「超極秘情報ではないけれど、今までは広く知られていなかった」というレベルの業界専門知識や情報がネット上にどんどん開示され始めている。

特に特定のトピックに特化してそれなりの知見を開示しているブログでは、必然的に非常に高度な業界情報を含むことになる。その業界にいる人にとってはたいしたことはなくても、外部の人が学ぶには相当のコストや時間や人脈が必要となる、すばらしい情報が惜しげもなく開示されている。

こういう情報を誰でも無料で読める。もちろん中学生くらいなら内容も理解できる。今まで子供が「将来は○○になりたい」という時、彼らはその内容などほとんど理解できていない。イメージで憧れるだけだ。だけど、これからは自分のなりたい職業について、それらが実際のところどんな職業なのか、あらかじめ調べることができる。


大学の先生になりたい!という子供は、実際の大学の先生のブログをいくつか読めば、彼らがどれほど「研究とも教育とも無関係な書類仕事や雑事」に追いまくられているかを理解するだろう。

弁護士を法律の専門職として憧れる子供にも、大半の弁護士にとっては法律知識だけではなく「営業も含めた事務所の運営管理」がいかに重要な仕事であるかを理解する機会が与えられる。誰だって自分が憧れている職業の人が発信する情報は熱心に読むもんだ。

こういった特定の職業の実際的な側面は、今までは就活中の大学生でさえ知らなかったものも多い。「自分は営業が不得意だと思ったから会計士や弁護士になったのに、それらがこんなに大事だとは知らなかった!」と、資格取得に何年ものお金と時間を注ぎ込んだ後に気がつく、みたいな笑える話はこれからは少なくなるだろう。



4.超リアルな個人の感情や思い

加えて、多くの人がとてもリアルな個人の思いをネット上に開示している。「IT屋さんです」という人の「今日はなんとか終電に間に合いそう」とか、「やばい。起きたら午後3時。洗濯だけで休みが終わった・・」というようなつぶやきは、その職業のリアルをビビッドに伝えてくれる。

派遣社員の方の「今月で終わりと今日言われた。ふー、結構気に入られてると思ってたんだけどなー。また登録にいくかー」というような文章を12歳の時のちきりんが読んでいたら、いったい何を感じただろう。

リストラ顛末、突然の辞令、上司との折り合い、将来への不安、思いもかけない成功の喜び・・・こんなリアルな就業情報が手に入るなんて、これから職業形成をしようという世代の人はなんてラッキーなんだろうと思う。



というわけで、

1.幅広く多彩な職業について

2.その職業にたどりつくまでの具体的で現実的なパスと共に、

3.職業の専門的な情報と

4.リアルな就業情報が、

ネットにはいま、着々と蓄積されつつある。


今はまだこれらの情報を「キャリア形成に有用な情報である」と認知している人も多くないし、ましてやそれらを体系的にキャリア情報として利用しようという動きも普及はしていない。

でも、そのうち中学校の夏休みの宿題で、

「インターネットの中から、今あなたが知らない10個の職業を探してきなさい。その10個の職業の内容と、それに就くまでのキャリアパスをまとめてレポートにして提出しなさい」

みたいなのが出始めるかもしれない。提出されたレポートをクラスで発表会を行って共有したら、新たな世代の中学生は、ちきりんの時代とは全く違うキャリア感をもつことになるだろう。


みたいなことを講演で話した。


そんじゃーね!

2011-01-23 “ちきりん”として初講演

昨日は、NPO法人 企業教育研究会にお招き頂き、「インターネットが子供のキャリア形成プロセスに与える影響」というテーマでお話させていただきました。(詳細はこちら) たくさんの方にご参加頂き、また活発な議論も行われ、とても有意義な時間をすごせました。機会をくださった方々に、また、来て下さった皆様に心から感謝しています。


ところで昨日は「ちきりんとして初めての講演」でした。初めて?と驚かれる方もありましたが、ちきりんが会社を辞めたのは(正式には)昨年の11月です。会社に籍が残っている段階で、外部で「ちきりん」として人前にでることは考えていなかったので、退職後“講演解禁”といった感じです。

現時点でもうひとつ予定が入っていますが、そちらは特定団体内部での講演となりますので、一般の方の参加はありません。また、写真や動画を出さないという条件を考えると、大規模な商業講演にでることは今後もないと思います。

そういう意味でも昨日のような、特定団体の主催ではあるけれど、広く一般の方にも参加していただくことができ、そこそこの人数だけれど、写真禁止などのルールを守って頂け、また「ちきりんに会うための会」ではなく、特定のトピックについて話し合うための会に呼んでいただけたのは大変幸運でした。

今回も事前には「お面で登場か?」「着ぐるみか?」とか言われましたが、私が写真を出さないのは「ネット上に出す気はない」という意味であり、直接お会いする場合には対談であれ、個別の方にお会いする場合であれ、お面をかぶったりはしていません。(当たり前っちゃ当たり前です。講演で着ぐるみがでてきたらビビるでしょ。)


で、「なんでそこまでネットに画像をだしたくないの?」ということですが、正確には出したくないのは画像というより過去の経歴です。

私が今までどこで何をしていた人なのか、ということは、私が以前働いていた会社の人は当然知っています。でも彼らは私の方針に協力してくれていて、ネット上でそれらを開示しないよう気をつけてくれています。大変ありがたいです。

けれど画像がネット上にでれば、その会社の人以外で私の経歴に気がつく人がでてきます。「あっ!このおばさん、あの時の人だ!!!」とわかる人が、そこそこの人数、存在しているんです。そういった方は、ちきりんの知人・友人というよりは、「仕事関係で会った人、見たことある人」という程度のつながりですから、必ずしもちきりんの方針を尊重して、身元を隠すことに協力していただけるかどうかわかりません。というより、そんなことを期待する方が身勝手とさえいえるでしょう。

というわけで、しばらくの間は画像をネット上に開示する予定はありません。



「なぜそんなに経歴を出したくないの?」って?


・・・誰にだって、隠したい過去のひとつやふたつ、あるでしょう?




(話を変えましょう。)

昨日の会がもうひとつありがたかったのは、「ちきりんファン」の方と直接お会いする機会としても楽しめたということです。質疑応答の時間も長く(1時間)、懇親会もあったので、全員の方とゆっくりお話しするとまではとてもいきませんが、ある程度はそれぞれの方とふれ合うことができました。

普段、ブログの読者がどんな方々なのか、ちきりんには想像するしかありません。1日2万UUの年齢層、性別、職業や考え方など、なんにもわかりません。「どんな方々が、ちきりんブログを読んでくださってるんだろう?」というのは全くわからないのです。

昨日来て下さった方はTwitterに応じられての参加なので、若い方が多めだったようにも思いますが、そういった偏りがあることを考慮しても、私にとっては「生の読者の方」とお会いできる大変に貴重な機会でした。さっそくに「ゆるく考えよう」を購入してくださっている方も多く、サインをさせていただきながら、とても感激もしました。


一方、今回の講演の告知については、Twitterで一度つぶやいたら2時間ちょっとで定員が埋まってしまったことを考えると、なかなか気軽にオフ会などを開催できる状況ではないのだということも理解しました。せっかく自由人になったのだから、積極的に新しい方とどんどん知り合っていきたいと考えているのですが、その方法はなんらかスムーズに進む方法を考えつつやっていくべきだなーとも思いました。


というわけで、内容的にも非常におもしろいテーマを頂き、「子供のキャリア形成とインターネット上の情報」についてまとめて考える機会が得られたので、その内容についてはまたブログ上で紹介していきたいと思っています。



最後に、昨日の懇親会が終わり、みんなと別れる際に言った言葉↓


そんじゃーねー!

2011-01-20 「ゆるく考えよう」 発売日です!

昨日の朝日新聞の一面に「ちきりん」の文字が載っててびっくりした・・・


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(1月19日朝刊。首都圏だけかも)


みなさん、そもそも「ちきりん」って何から来てるか知ってます?

これは昔、私がダビスタ(ダービースタリオンという競争馬の育成ゲーム)にはまっていた頃に、馬につけた名前なんです。


これ↓が私の遊んでたバージョン

ダービースタリオン

ダービースタリオン


このゲームでは、次々と生まれてくる(もしくは買ってくる)新馬全部に名前を付ける必要があり、長くゲームを続けていると何十頭の馬に名前を付ける必要があり、余りにめんどくさいのでよく考えもせずにつけた、とある牝馬の名前なんです。たいして血統もよくなかったと思う。

ところが、この「ちきりん」という牝馬が強いこと強いこと。次々とGIを制し、この馬の稼ぐ賞金で牧場も拡張に継ぐ拡張。最後は海外のレースにまで活躍の場を広げ、結果として私は「うはうはダビスタ黄金時代」を築くことができました。

で、それ以来ゲームをやる時は、キャラ名は常に「ちきりん」で統一。もちろんブログを始める時も迷わず「ちきりん」に。おかげでブログも大流行。まさに“勝ち馬にのれる”スーパー幸運キャラネーム!


てか、私は今も「ちきりん」の育成ゲームをやっているのかもしれない・・・


今はDSやPS2もあり。

ダービースタリオンDS

ダービースタリオンDS

ダービースタリオンP - PSP

ダービースタリオンP - PSP


ところで、あの頃ゲームの中で育ててた馬の中には他にも強い馬が何頭かいたんだよね。その中には「するりん」とか「ちょこりん」というのもいた。もしもそれらの馬の方が強かったら、今頃この日記は「するりんの日記」になってたかもだし、「ゆるく考えよう」の著者は「ちょこりん」だったかもしれない。



というわけで、昨年末にお知らせしていた、「ゆるく考えよう 人生が100倍ラクになる思考法」の発売日となりました。予約をしてくださった皆様、お待たせでした。どうぞお楽しみ下さいませ。


ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法

ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法


表紙にあるように過去のエントリをベースにしながら、ちきりんの考え方や人生の選択について、全体として「つまり、どう生きたいわけ?」が伝わるよう書き加えたりまとめなおしたりしてあります。ここ1,2年にちきりん日記を読み始めて下さった方にはもちろん、長らくのファンの方にも本としてまとめて読んで頂ければ新たに伝えられるものがあると思います。


ちきりん初めての本を、あなたのお手元に


そんじゃーね

2011-01-18 There is no alternative to market.

私は無駄な議論が嫌いなので、「市場経済はよろしくない」という人と話す機会はありません。

だから、「その批判は変ですよ」と説明する機会もないのですが、でも、そういう時に使えるお手本のような文章が、先日紹介した野口悠紀雄氏の著作にあったのでメモ的に残しておきます。(青太字にしたのはちきりんです。)


市場原理主義批判は虚構に対する攻撃


市場経済が望ましいとする立場は「何をやってもよい」という意味での自由放任を認めているわけではない。

市場メカニズムとは、「一定の明示的なルールの下で各経済主体が自主的に判断する」という仕組みだ。

ルールがしっかりしていないと機能し得ないのである。


サッチャーは「新自由主義」を様々な言葉で表現しているが、「市場を代替するものはない」(There is no alternative to market. 略してTINAと言われる)という表現が、最もわかりやすいだろう。


TINAは、「市場が完全無欠だ」とか、「市場はすべての問題を解決する万全の手段だ」などと主張しているわけではない。

市場システムに原理的な問題があることは、十分に認識されている。


市場を代替する資源配分のメカニズムは、存在しない。

少なくとも、社会主義や国営企業は、市場の欠陥を是正する手段にはなりえない。

だからやむを得ず市場システムに依存するしかない」というのがTINAの主張である。



下記も“社会主義VS資本主義”の比較として書かれたものだけど、ちきりん的注目点は「集権と分権」というところ。

中央集権指向、“頭のいいリーダーが国を率いてくれる的思想”は“市場の思想”と相容れない。私は道州制、地方分権支持者です。

市場経済はなぜ歴史遺産を残せるのか


文化を残すのは市場なのだ。なぜそうなるのか? 

基本的な点は集権と分権の差だ。

社会主義は必然的に集権にならざるをえず、市場経済は本質的に分権的だ。

そして多くの人の判断が反映される分権社会では、極端に間違ったことは起りにくいのである。



ところで2010年の4月に出版されたこの本では、アイルランドが絶賛されてます。

欧州で最も貧しい国のひとつだったのに、15年でいきなり「一人当たりGDPが、日本よりアメリカより高い国になった」のだから。

でも現状の騒ぎを見る限り、それはやっぱり「レバレッジ効かせすぎ」であり、バブルだったということなんだよね。


私はそれでも彼らが採用した「教育に投資し、外資に国を開き、法人税を安くし・・・」という政策が間違いだったとは思いません。

野口氏も下記で書いているように、時に市場は暴走します。その渦に巻き込まれた個々人は本当に悲惨な目にもあう。

だからミクロの個人に光を当てるなら肯定できない政策かもしれない。


「それでも、市場しかない」んだよね。

それが答えです。



リーマンショックについての野口氏の総括は下記のようなものです。

2007年からの世界金融・経済危機は、世界経済の大転換だったのだろうか?

それは、資本主義が壊滅する過程だったのか?

それは、アメリカが退場し、中国が世界経済をリードする時代の幕開けだったのだろうか?


「そうではなく選別過程だった」というのが、本書の立場である。

経済危機とは、企業と産業の、そして国家の、壮大な選別過程だったのだ。


市場は、時として歯止めを失って暴走する。

それによって、混乱の大暴風雨が発生する。

しかし、それは一種の自動調節装置なのだ。暴風雨の中でいきすぎが是正され、ブームへの便乗組とニセモノが振り落とされるのである。つまり、これは、大規模なストレステストだったのである。

なんと野口先生も“混乱Lover”だったんですね!



ところで、サブプライム・デリバティブの損失を“リスク管理”によって最小限に抑えたアメリカの金融機関があります。

JPモルガン・チェースです。彼らが危機管理に成功した最大の理由は、CEOのジェイミー・ダイモン氏が市場リスクを理解していたからとのことですが、この人が(リーマンショックが起る前に)言っていた言葉がたいへん興味深いです。それは、


「だいたい5年に1回は、何か悪いことが起ると考えるべきだ。」


ざっくりいってそういうこと。名言ですね。



ただし、野口氏とちきりんは意見が違うところもあります。本の中には、

「60年代の末に最初に留学したとき、私は目がくらむばかりのアメリカの豊かさに圧倒された」

「しかし10年もたたないうちに、事態は大きく変わった。」

「私はいま、40年を経て元の地点にもどってきた思いを強く持っている。日本は再び世界から忘れ去られ、東洋の小さな島国に戻りつつあるとあらためて感じた。」

というような文言があるんです。


野口氏は60年代の大繁栄するアメリカを実際にみています。

当時の日本は今とは比べようもない状態だから、当時の彼我の差はまさに驚嘆ものだったのでしょう。

そしてその後、80年代にアメリカが苦しみ尽くしている時には、“アメリカに羨望される日本”もよくご存じのはず。当時は「野口先生、日本の秘密を教えて下さい」と、多くのアメリカの学者や経営者から教えを請われていらしたのでしょう。

そういう立場の人にとって、今の日本がどうにも情けなくみえるのはよくわかります。それは次のような文章にも表れてます。

ただし、いまと40年前のすべてが同じであるわけではない。

最大の違いは、40年前にわれわれが持っていた「希望」が、いま日本にないことだ。

40年前われわれは、「明日は今日より豊かになる」と確信していた。


このあたりは、ちきりんはちょっと違うんだよね。

私は未来は明るいと思っているし、この国は本当にサイコーだと思ってる。

毎月 30万円ずつ生活費を支給しますといわれても、中国にもインドにもシンガポールにもアメリカにもイギリスにも南の島にも住みたくない。

政治家なんかちょっとくらいアホでもなんの関係もない。経済において世界でトップになる必要なんてまったくない。

大事なのは今日のご飯がおいしいこと。世界が日本のメシのおいしさに追いつくには、最低でもあと 20年はかかるでしょう。


そんじゃーね。


本の内容についての感想は先日のエントリをどうぞ→(「戦後の世界経済が俯瞰できる本」


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そんじゃーね。


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2011-01-16 戦後の世界経済が俯瞰できる本

「今年は無職だし、本でも読むか」ということで、「月に2冊は本を読む。(ただし暇な月のみ)」という目標を立てました。やや目標が低めではないかと思われるかもしれませんが、これでいいんです。あんまり高い目標をたてると大変ですから。


で、早速1冊読んでみました。


尊敬する野口悠紀雄先生の本です。元々は2008年-2009年の週刊東洋経済の連載なので、ちきりんも一度は読んでるんですけど、本で通して読んでみたらその内容が非常によく理解できました。

戦後の世界経済の変遷が概観されてます。(本のタイトルとはやや違います。)ここでは世界大戦が終結した1945年からリーマンショックの2008年までを、ほぼ20年ごとに分けてみてみましょう。(赤横線の区分)

ステージ1: 1945年から50年代、60年代

ステージ2: 1970年代と80年代

ステージ3: 1990年代と2000年代(リーマンショックまで)


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50年代、60年代のステージ1は“ブレトンウッズ体制”です。1944年に米英中心に戦後の国際金融と貿易の枠組みを取り決めたもので、“金1オンス=35米ドル”という金兌換制度がとられました。また他の通貨は、米ドルとの交換比率で固定されました。これにより米ドルは公的に世界の基軸通貨と認められ(その責務を負わされ)たのです。71年にニクソン大統領が「ドルの金兌換停止」を宣言するまで、世界はこの枠組みの中にありました。

ステージ2の70年、80年代は、ブレトンウッズ体制が崩壊し、世界の通貨が「変動相場制」に移行した時代です。変動相場制により世界経済は市場としてつながり、「通貨の市場」が出現します。またオイルショックがあり、膨大なペトロマネーがこの「通貨の新市場」に流入します。こうして、後の金融業勃興の条件が整ったのです。

ステージ3は90年代と2000年代で、日本にとっては失われた20年ですが、世界は再生と繁栄の新時代です。冷戦構造が終焉を迎え、ユーロが地域統合し、IT革命と金融産業の大勃興が起こりました。


さて、戦勝国である米国・英国、敗戦国であったドイツと日本、そして共産国となった中国、ロシア(ソビエト)について、それぞれの時期に何があったかをまとめたのがこの表、グレーはその国の調子がよくなかった時代(濃いほど悪い)、オレンジはその国が調子がよかった時代を示しています。(濃いほど勢いがある時代)

各国が調子がよかった時代(オレンジ)を丸で囲んでみると下記のようになります。


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まず赤丸。ステージ1→2→3と、世界の繁栄(オレンジ色)は20年ごとに「英米→日独→中ロ」の順で移動しています。

これを野口氏は「工業化による経済成長」と呼びます。この時期にそれぞれの国で、農業から工業へ、第一次産業から第二次産業にシフトが起こり、生産性が大幅に改善したために経済成長したのです。(正確には上図の英と米は反対に配置すべきでした・・)

では、青い丸は何でしょう?これは、「工業化」による経済成長を終えた国が、2番目の経済成長のために「脱工業化」するプロセスです。「工業化&脱工業化」が経済成長を呼ぶのです。


第1回目の経済成長である「工業化」の原動力はイギリスで起った産業革命であり、2回目の「脱工業化」の原動力はアメリカで起ったIT革命です。しかし、これらの技術革新だけでは社会は変わりません。技術に加えて社会を変えるためのリーダーが出現する必要があるのです。

今度は下表で1980年代の行を横に見て下さい。アメリカにはレーガン大統領が、英国にはサッチャー首相が、中国には小平氏が、そしてロシアにはゴルバチョフ書記長(大統領)が現れます。(日独については後で)


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どこの国にとっても「脱工業化」はつらいプロセスです。「(過去の繁栄をもたらしてくれた)ものづくりで将来も生きていくべきだ!」という人達がたくさんいるからです。彼らの多くは成功者であり既得権益を持っています。それらを抑えて改革を進めるリーダーがでてこないと社会は変わりません。

脱工業化の苦悩といえば、英国が長く“英国病”に悩まされたことは、よく知られています。けれどアメリカも同様に苦しんだことは忘れられがちです。アメリカも当時(今の日本と同じように)深く傷つき苦しんでいました。

ベトナム戦争による疲弊、「白人支配の国」という価値観の揺らぎ(by公民権運動)、二度にわたるオイルショックで全く売れなくなった燃費の悪いアメ車、それなのにストに明け暮れる労組労働者、繊維、鉄鋼、テレビ、自動車とすべての工業セクターを潰しにくる日本製品、結果として価値が下がり続ける米ドルに、イランで人質になった大使館員を救出できない頼りない軍と大統領・・・

アメリカは世界大戦後「ずっと強かった」わけではありません。1950年、60年代、「圧倒的な繁栄」を誇っていたこの大国は、70年代にかくも深く落ち込んだのです。

英国にとっても米国にとっても(今の日本と同様に)「脱工業化」の道は厳しく苦難の道であったのです。そして人々は、その苦難を終わらせてくれる強いリーダーを求めました。


そこに現れ、1980年代に米英復活の指揮を執ったのが、レーガン大統領とサッチャー首相です。彼らはケインズ的経済政策や社会主義的な管理体制に徹底した嫌悪感を持っていました。たとえ痛みを伴う改革を行っても「自由な市場に任せること」こそが復活の道だと信じました。こういった考えのリーダーの出現とIT技術の勃興が、「2回目の経済成長=脱工業化」を米英に、もたらしたのです。

一方の中国とロシアにも同じ80年代に希有なリーダーが現れました。「開放」を掲げ、共産主義の国に市場主義を持ち込んだ小平氏、そして、共産主義を名実共に終わらせたゴルバチョフ氏です。

英米で新自由主義的な政策を掲げたリーダーが筆頭に立った80年代に、奇しくも中国とロシアでも「社会主義から市場主義へ」の大転換が起りました。どの国でも1980年代に国の構造の大転換が起ったのです。


その頃、日本は?

・・・ばぶってました。ばぶるに浮かれ、国の構造の大転換が必要とは誰も考えていませんでした。寧ろ、新卒採用から終身雇用につながる既存の日本的経営システムを賛美する声ばかりが存在したのです。


ドイツはどうでしょう?彼らもこの時代に文字通り「国の枠組みを変える」流れに飲み込まれています。最初が「東西ドイツの統一」であり、次が「マルクのユーロへの統合」です。ドイツもまた大きな構造転換を経験していました。



というようなことが、(このエントリの4000倍くらい詳しく洞察に溢れた形で)まとまっている本です。「日本はこれからどうなるんでしょう?」的な議論をしたい人には必読の書でしょう。


そんじゃーね。

2011-01-14 未来告知が始まったのでお知らせします。

つい先日、新聞に下記のような広告が掲載されました。

厚生労働省下の「独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構」が出したセミナー広告です。

セミナーの参加費は無料ですから、この新聞広告を出す費用に加え、会場費などの開催費用もすべて公的な資金でまかなわれます。


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(2011年1月5日 産経新聞朝刊)


とはいえ私は、この広告やセミナーが「税金の無駄遣いだ!」と言いたいわけではありません。

なぜならこの広告とセミナーには、日本の将来を左右する国家的な意義があるからです。だからこそ税金を投入しているのです。


その大事な意味とはなにか?


それは、

年金の支給開始年齢を現在の 65歳から 70歳まで引き上げることが、(厚生労働省の内部的には)決まりましたので、国民の皆様に(それとなく)お知らせいたします。

という意味です。


ほらね。すごい大事なメッセージでしょ?


★★★


今こういうセミナーをやっているということは、今後のだいたいのスケジュールは下記となります。


・2011年 最大の被害者となる若者の目に付きにくい新聞紙上で、“70歳まで働く社会”の啓蒙活動を開始

・2012年 地上波テレビでも随時、「70歳まで働こうキャンペーン」拡大。年末にようやくネット上で「もしかして、コレやばくね?」と若者らがつぶやき始める。

・2013年 「年金支給開始年齢を70歳まで引き上げることを検討」と時の総理に言わせる。世論の猛反発を浴び、与党は選挙に大惨敗。首相交代。

・2014年 様々なメディアや識者が「このままでは年金はもたない」「各世代で分かち合いを」「70歳支給開始は世界標準!」などと報じ始める。日経新聞も不安煽り記事掲載に全面協力。

・2015年 厚生労働大臣、「定年退職の70歳への延長」を経団連会長に要請。経団連は猛反発。

・2016年 法人税の減税と抱き合わせで、政権与党と経団連が「定年の暫時的延長」に合意。

・2017年 社会保障諮問会議が最終報告書に「年金は70歳からの支給が望ましい」と初めて正式に盛り込む。

・2018年 第○回衆議院選挙は「年金選挙」と言われ、与野党が大バトル。

・2019年 子供手当を廃止し、その財源で、65歳以上の人を雇用した企業に“高齢雇用支援金”を上乗せ支給。同時に30歳未満の社員の解雇規制を撤廃。他にも60歳から70歳高齢者の雇用促進を図る法案が多数成立。

・2020年 与野党が一致し、「年金支給年齢を70歳にする」法案成立。 首相「百年安心年金」と胸を張る。

・2021年 政権交代

・2022年 史上初めて、合計特殊出生率が1.0を割りこむ。

・2023年 独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構が新聞広告で、「75歳まで働ける社会の実現を!」という名の無料セミナーを告知。

以下くりかえし。



「年金は破綻する」とか言ってる人は、はっきり言って甘い。世の中知らなさすぎ。

この方式を繰り返せば、年金は決して破綻などいたしません。


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そんじゃーね


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2011-01-13 混乱ラバー的 著作権の世界

中国では、多くの日本の有名人の名前が商標登録されて商売に使われているらしい。

たとえば「安室奈美恵」というブランド名が洋服ブランドとして登録され、チェーン店が拡大しつつある。もちろん「木村拓哉」「山口百恵」なども登録済み。

登録しているのは中国企業で、日本側の本人や事務所とは無関係かつ没交渉。

ただしこれはいわゆる“コピー商品”とは異なり、中国国内できちんと法律にのっとって確保されてる権利だから、後から日本のタレントが中国でビジネスを展開しようとしても、自分の名前がそのままでは使えない、ということになる。


番組の中でテレビクルーが「安室奈美恵」社の社長に電話でインタビューをしていた。そしたらその際、相手に言われた言葉がコレ↓


「なんで日本人なのに漢字を使うの? 日本人なら名前も“ひらがな”で書いて登録すればいいじゃない?」


意味、わかります?


「安室奈美恵」は漢字で書いてあるんだから中国語だ。

→だから自分は中国で登録したのだ。

→日本人なら「あむろなみえ」と名乗れ。

→そうすれば中国で登録されて問題になったりしないんだからさ。


というご意見のようです。


・・・・


これって漢字は中国人のものだということなんでしょうか?

漢字にたいして著作権(コピーライト)を主張する??

そんなこと言い出したら、まさに“混乱Lover的著作権の世界”に突入しそう。たとえば・・・


中国、「日本にこれまでの漢字使用料の支払いを要求!」

→日本大混乱。国論を二分する大論議!

「我が国の伝統に戻り、和語、ひらがなだけで行くべき!」(産経社説)と、「中国に正当な使用料を払って漢字文化圏の一翼を共に担おう!」(朝日社説)


→韓国国民に安堵の声!「ハングルにしておいて本当によかった!!」

ちきりん「ペンネームを“ひらがな”にしておいて本当によかった!」


イタリア、「ローマ字の独占使用権を主張!」

→米英など西欧各国、巨額の使用権請求の可能性に動揺が拡がる!


インド、「契約書や教科書などに“ゼロ=0”を使う場合、一回一ルピーの使用料を請求する!」

→世界の金融界に大激震!!

→漢字圏は早々に「零」などの漢字を登録!


これまでディズニーやハリウッドの権益擁護のため、著作権をとめどなく延長することを画策していたアメリカが、ここに来て方針を転換。

アメリカ、オーストラリアなど歴史の浅い国で“新興国連合”を作り、著作権の有効期限短縮を世界に提案! 

アメリカ曰く「知的財産権を無用に振りかざし、合理的な期限を越えてその効力を主張するのは、国際的に身勝手な行為である。」


・・・世界各国、大いに苦笑


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そんじゃーねー


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2011-01-10 優先課題は選挙制度改革(re:アゴラ投稿記事)

数日前、「言論プラットフォーム アゴラ」というサイトに投稿してみた。内容は、「一票の格差解消と選挙制度の改革をしないと、有権者の意思を反映する政権を作るのは難しいよねー」というもの。


最優先課題は選挙制度改革の争点化 : アゴラ - ライブドアブログ 最優先課題は選挙制度改革の争点化 : アゴラ - ライブドアブログ


あたしだって(その気になれば)まじめな文章も書けるでやんすよ、ってことで、“おちゃらけ”もないし“そんじゃーね”もありません。「ちきりんが書いた」って思わずに読んでみてね!



さて、投稿記事内で「優先課題はこれだよん」と指摘した二つの施策

(1) 一票の価値の格差是正

(2) 時代にあわせた選挙制度の合理化


一票の格差については、この春には「最高裁の違憲判決」も出るんじゃないでしょうか。(希望的観測)

まあ今の政権のことだから、違憲判決がでても放置して選挙する愚もありえますが、そこまでバカにされたら司法の皆様もさすがに「有効・無効」の判断をせざるを得なくなるでしょう。また、国民審査についてもその意義が少しずつ知られつつあります。

(国民審査についての過去エントリ2つ : (1) 国民審査について &  (2) 国民審査の結果


ところで一票の格差の解消方法としては、定数や選挙区域の調整ではなく、直前の人口調査に応じて自動的に調節する仕組みへの法改正がベストです。他の先進国にはそういった仕組みの国もあるので、他国の制度をとりまとめて、法案改正の議論の叩き台資料として発表するのがまさに総務省の役割です。てか、政治主導というなら、そのとりまとめを指示するのが政治家(大臣)のお仕事です。


もうひとつの選挙制度の合理化のほうは、まず内容を大きくふたつにわけて考える必要があります。

(a) インターネットによる選挙運動を明文で認める公職選挙法の改正

(b) ネット、携帯やコンビニ端末での投票を可能にするために必要な法改正


(b) はかなり時間がかかりそうなので、とりあえずは(a)だけ、さっさとやっちゃってほしいです。(a)だけなら元官僚の政治家などが改正法の条文案を草起し、支持してくれそうな候補者に呼びかければいいだけ。

こういう改正案を支持するインセンティブがある候補者とは、都市部の若手政治家で、現在ネット上でアクティブに活動しており、

・今、落選中で次回選挙での雪辱を期したい候補者、もしくは、

・前回の選挙では当選したが、次回はかなりやばい候補者、ですね。

前者が自民党若手、後者が民主党の候補者である場合が多いでしょう。その他、地盤看板のない弱小政党の候補者にも有利な制度です。


(b)のほうは個人認証システムの導入まで待つ必要があるかもしれません。現在の“ポストに入っていた紙を持っていけば投票できる”という、ある意味“セキュリティ的にスカスカ”な方法と同じレベルのセキュリティでいいなら、すぐにでもできるでしょうといいたいところです。

が、デジタル化すると「総得票数が有権者数より多かった」くらいのことまで起こりかねないので、現実的には慎重にならざるを得ないでしょう。本当はこっちの改正のほうが、「若年者、都市部住民の投票率アップ」に劇的な効果があるのですけどねー。



ということで、この件に関しては、


「気長にいきましょう」


というのがちきりんの結論です。みんなせいぜい長生きして、死ぬまでに一回くらいネット選挙を体験できるよう頑張りましょう。人生の基本は「長生きする人の勝ち」ですから。


そんじゃーねー

2011-01-06 ちきりん最初の職業選び

今日は私が学生時代、どのように「自分に適性があり、やりたいと思える仕事」を探したか、について書いておきます。

まずは大学に入った直後、「もう試験は受けない」と決めました。

試験で人を絞ると、おもしろくない環境になるとわかったからです。

私が通った小、中、高、大学の中で一番おもしろかったのは中学校です。

すべて国公立ですが、学力試験で入学者が絞られた高校と大学はとても同質的な集団でした。

結果として入試がなく、校区が(小学校より)広い中学校が、一番楽しかったのです。

中学校時代に関するエントリはこちら


特に大学に関しては、最初「なんじゃこれ?」と思いました。「こんな偏った集団の中では、リアルな社会を学ぶのは無理ざんしょ」と思えたのです。

だから「これ以上試験を受けたら、周りの人がさらに画一的になりそう」と思え、法学部だったけど司法試験も公務員も選択肢に挙がりませんでした。


その後、学生時代にはいろんなアルバイトを経験しました。最初は時給のよい家庭教師。

ところが私はこれを数ヶ月で辞めてしまいます。

教えていたのは私立中学校に通う男の子。

大学まで続く付属校に通っているのですが、成績が悪くて付属高校への進学が危ぶまれていました。

いい子だったけど、教えていても全くおもしろくありません。


その子は勉強なんて好きじゃなかったし、勉強に才能があるとも思えませんでした。

おとなしく素直な子で、彼自身も「お母さんに悪いから頑張る」という感じ。私もお金をもらっているから教えているだけでした。


最初の中間試験で、彼の成績が少しだけよくなりました。

本人もご家族も喜ばれましたが、私は「この仕事を続けるのは無理だなー」って思いました。

ある時、たまたま平日の夕方なのにお父さんがいらっしゃいました。

お母さんに「○○の成績があがったのよ。先生に挨拶を」と促されたお父さんは、深々と頭をさげ、「先生、よろしくおねがいいたします」と言われました。


私は(感謝されたにも関わらず)全く嬉しいと思えませんでした。

必死で働いて一家を支えているお父さんが、大学名がいいだけの小娘にこんなへりくだる必要があると思えなかったからです。

私はとても戸惑いました。

自分の父親にこんな行動をさせる学生がいたら、とても気分が悪いだろうと思え、約束した数ヶ月が終わった後、続けてくれといわれたけど、お断りしました。

行くのが気が重いような仕事を続けるべきではありません。

この経験で私は、「お金じゃないよね、仕事は」と理解したのです。


次に選んだのは、家庭教師に匹敵する時給がもらえる水商売。

これはおもしろかったです。


仕事の内容より、同僚の女の子達の生活が余りに余りで衝撃的で・・・

妊娠したり中絶することを、食べ過ぎておなかを壊す程度の失敗だと考えてる人がいると初めて知りました。

いつの間にかテレビに出てたり、AVに出てたりする子もいた。


当時はバブルが始まった矢先で、女子高生以下は商品化されておらず、「女子大生」は最強のブランドでした。

とてつもないお金の使い方をするおじさん達がたくさんおり、女の子はみんな興奮していました。

私はそれを見て、「お金が世の中を動かしているんだ!」と感じ、「メーカーより金融業界に就職するほうがおもしろそう!」と考えました。


同時に、いろんな人と話すのは楽しく、客商売は向いているとわかったのですが、「お店でお客さんを接待する」のは不向きだと感じました。

「店で客を待つ」のはとても受身な仕事だから。

おもしろいお客さんが来ることもあるのですが、そうでない日が続くこともあります。

誰に会えるかは相手によるのであって、自分では決められません。

なので「客商売がやりたいけど、小売店や飲食店より外回りの営業のほうがいいなー」と思いました。


セブンイレブンでもアルバイトをしました。

今ほどではありませんでしたが、コンビニ、特にセブンイレブンの商売の仕組みはゾクゾクするほどおもしろいものでした。

途中からバイトのスケジュール管理や発注もやらせてもらいました。

それらを通して、オーナーの働きぶり、バイトの管理方法、棚作り、(売れ残ると廃棄リスクのある弁当など)日販モノの発注リスク、フランチャイジーとザーの関係など、学校では学べないビジネスの現場やリアリティに触れました。

本部が招待してくれる、巨大な倉庫に作られた「棚作りのサンプル会場」(巨大な倉庫に、コンビニの棚の実際の例が大量に再現されている!)を歩きながら「ビジネスの仕組みを考えるのって、めっちゃおもしろい!」と興奮しました。


ある時、友人が一緒に仕事を始めようと誘ってきたのでやってみました。

一流大学のモテない男子学生に、女子大の女の子との合コンを斡旋するというビジネスです。

あちこちの学食に潜入してテーブルにビラをまいたりしました。

「お嬢様学校ってこんな雰囲気なんだーーーー」と驚きました。


やってみて、イチからビジネスをするというのは(こんなにシンプルな商売でさえ)、ものすごくたくさんやることがあるんだと驚きました。

儲けるってめちゃたいへんだなーと知ったし、女の子が集まらなくて自分で飲み会に参加したりしていると「なにやってんねん」感に襲われました。

一番困ったのは、パソコンも携帯もなかった時代なので、客からの電話を待つため遊びにいくこともできなかったことです。

私はこれでストレスがたまりました。

そして、「自分には起業より、土日や有給休暇など決まった休みが確保できる会社員が向いている」と理解できました。

“起業家ちきりん”というキャリアが消滅した瞬間です。


当時、国際電話を独占していた KDD の交換センターが新宿にあり、そこで交換手のアルバイトもしました。

簡単な英語が必要なので時給がよかったのです。

フィリピンの女の子から大企業の経営者へのコレクトコールで「しゃちょさんにつないで」みたいな電話がたくさんありました。

コレクトコールを拒否する経営者もいますが、応じてくれる経営者も多くてびっくりしました・・「えっ、この電話を会社につないでいいの??」って思いました。


最初はおもしろかったけど、コールセンターで働くのも私には無理と思いました。

結局は同じような電話ばかりで、1ヶ月もたつと日に数時間でも飽き飽きしました。

周りには何年もやっている人がいて、「あたしって忍耐力ないなー」と気づきました。

この仕事、募集時には「英語が活かせる国際的な仕事」と書いてありました。

「国際的な仕事とか、結構マユツバだなー」と募集広告の読み方も学びました。


飲食店のバイトでは、食材の仕込みや調理補助、接客、皿洗いなどを担当しました。

毎日大量のジャガイモの皮をむいていると、手が荒れて荒れて悲しかったです。

そういうところで何年も働いている母子家庭のお母さんや中国人留学生に会って、恥ずかしながら「日本にこういう生活をしてる人がいるんだ」と初めて知りました。


昔、学生運動家だったという人がひとりでやっていちカウンターだけの小さな居酒屋(赤提灯)でもバイトをしました。

ここで一番感謝しているのは、料理を覚えたことです。

私の作る料理はいまでも「居酒屋のおつまみみたい」といわれます。

この店のお客さんには個性的な人が多く、大学では出会えないいろんな人に会いました。

世の中広いなーって気づきました。


当時の女子の就職活動は(男性の内定が全部でた)4年生の夏くらいから始まっていました。

バブルが始まりかけとはいえ、女子は門前払いという企業も多く、男子に比べれば圧倒的に厳しい就職活動でしたが、

一方で大学の名前はすごく有効で、親が子供に勉強させたいと思うのはきわめて合理的なのだと理解しました。


当時、日本の大企業は女性をアシスタント以外では全然採用しておらず、女子学生の間で人気なのは、リクルートとIBMでした。

両方とも女性を男性と同等のポジションで、かつ大量に雇ってくれたからです。

また、公務員を含め試験を受けてつく職業も「男女格差が少ない」という理由で女子の間で人気でした。


でも、私はそれらをどこも受けていません。

「優秀な女性が殺到する職場はちょっと怖い」感があったからです。


一流大学とはいえ、男子学生には「大丈夫、君? ちゃんと働ける??」みたいな子もたくさんいました。

バブルが始まり、日本の伝統的な一流企業はそういう子も含め(男子なら)ホイホイ採用していました。

一方で、一部の限られた職場に殺到する女子学生の優秀さは、驚くべきものでした。

あんなところに入って自分が評価されるとは思えなかった。

「どう考えても、あほな男子が多い会社にもぐりこんだほうが得でしょ」

これこそまさに私にとってのマーケット感覚です。


私が受けたのは 3つの金融機関。

そして卒業後、そのうちのひとつに入社しました。

受けた 3つのうちひとつの金融機関で、ある面接官が(ほぼセクハラと言える)あまりにもふざけたことを言うので、私は面接途中で怒って帰ってきました。

帰り際に本社ビルを見上げながら「こんな銀行、潰れるぞ!」と悪態をついて。

そしたら(ずっと後ですが)本当に潰れたので驚きました。


あと、就職活動の最初の頃に BCG とかいう聞いたことのない会社から「 1週間で 10万円!」というバイト(インターン)の募集葉書がきていました。

「こんなの洗脳系の宗教に違いない」と思ってすぐ捨てました。

今でいう“情弱”=情報弱者な学生だったということでしょう。


というわけで、資格試験も受ける気にならないし、家庭教師もすぐヤになったし、店舗型接客業も続かなかったし、オペレーターも飽きちゃうし、起業も全然向いてなかったし、情弱だったけど、

「あたしに合ってるのは、会社員で、お金の力のダイナミズムに触れられて、ビジネスの仕組みが見えて、いろんな人に会える仕事なんだな!」と気づきました。

そしてその後は、その通りのキャリアを進むことになりました。


★★★


この話からわかること、それは、「私には耐えられなくてすぐやめた仕事」がたくさんあるってことです。

この、「コレも合わない、今度の仕事もおもしろくない」ってのを、学生時代ではなく卒業後にやっていたら、私はいわゆる「職を転々としたが、どれも長続きしない残念な人」になってたはず。


でも、私がそれをやったのは学生時代でした。

そして就活を始める前には、知識としてではなくリアルな経験値として「自分にはどんな仕事が合うか」「自分がやっていて楽しいのはどんな仕事なのか」を理解できていました。

だから、卒業後に入社した会社は(転職した会社も含め)とても自分に合った会社ばかりでした。


みんなも、つきたいと思う仕事はできるだけ学生の間にやっとけば?

学生時代って、「ちょっとやってすぐ辞めても誰も気にしない」という意味で、ものすごくリスクフリーな時間なんだから。

てかさ、

いったいなんで学生時代に働きもせず、就活一発勝負で「自分に合った仕事」が見つけられるなんていう無謀な考えが持てるのか、ほーんと不思議。

そういう人ってもしかして、初めて海に入った時にいきなり泳げたわけ?

なんでも同じですが、本番前にちゃんと練習しておくことが大事だと思います。


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そんじゃーねー


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2011-01-05 NHKの番組編成をやってあげた

みなさまのNHKって、5チャンネルもあるのね。

総合、教育、BSHi、BS1、BS2の5つ。


それぞれのチャンネルがどんな番組を放映してるかというのは、こちらで見られます。→ NHKの番組表


大まかにチャンネルごとの区分はあるんだけど、教育チャンネルを除くと違いがわかりにくい。(=5チャンネルも持っている意味がよくわからない。)

それに5チャンネルもあるのにニュース専門チャンネルがないって致命的な気がする。もっと世界各国のニュースを流すべきだよね。

これだけ注目されてるのにアジアのニュース時間も少なすぎる。今のところBS1はニュースが多いんだけど、それでもバスケの試合や旅番組を(無意味に)挟み込むし・・・


総合チャンネルは既存の視聴者のために今のスタイル(いろいろ混ぜて放映)で残しておけばいいけれど、後はもっと明確に番組構成を分けてくれないかな?

そうすれば見たい番組がすぐ見つけられて便利なんだけど。たとえば下記のような感じで・・(イメージ図なので具体的な番組名は適当です。)


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こういうふうにすれば、受信料もチャンネルごと設定にできそうだしさ。



だめ?

無理?


無理な理由を100個くらいすぐ挙げられるって?

あっそう。


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そんじゃーね。


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追記)4月からBSは2チャンネルになるみたいですー。


それによると

新「BS1」は、従来同様のスポーツ中継、ドキュメンタリーに特化したチャンネルに、「BSプレミアム」は娯楽映像を中心としたハイビジョンならではのビジュアル&サウンドを楽しめるチャンネルになります。


相変わらずニュース専門チャンネルには興味ないのね・・娯楽番組なんてCSや民放に任せとけばいいのに。自分の立場を考えろよ、と。


ダメ?

できない理由を100個くらいすぐ挙げられるって?


あっそう。

そんじゃーね。


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2011-01-01 明るい未来に向けて!

新年おめでとうございます!

2011年が始まりますねー。


バブル崩壊の1990年から1999年は“失われた10年”と呼ばれました。実際には、2000年から2009年も“失われたまま”過ぎてしまったと感じる人は多いでしょう。合わせて日本は“失われた20年”を経験してきたといえます。

でも今年以降の見通しについて、ちきりんはかなり楽観的です。次の10年はバラ色とまではいいませんが、基本的には明るい方向に進み始めそうと感じています。



<政治>

日本の有権者は一昨年、2009年の9月に、1955年以来50年以上第一党であった自民党を“野党”に転落させました。代わって与党となった民主党の体たらくに失望している人も多いでしょうが、だからといって「自民党の時代を終わらせた」意義を過小評価する必要はありません。あの自民党の時代を終わらせられたのだから、民主党政権を終わらせるのなんて簡単なことです。

それより、ここ数年あちこちで若い市長や女性市長が生まれ、大阪や名古屋では強力なリーダーシップを発揮する首長が登場しました。二世でもなく、ゼネコン票に支えられることがなくても、一地域のリーダーとなれる人が増えており、有権者はここでも自身の選択を示すことができています。

「ひとり一票の実現」に関してもようやく違憲判決が出始めました。私達は「有権者が政治を変えられる」ことを体験、実証しつつあります。このことをもっと前向きに評価し自信をもちましょう。



<経済>

日本の状態は先進国の中でみればそんなに悪くはありません。欧州では、消費税が20%近いにも関わらず財政破綻が懸念される国も多く、唯一好景気のドイツも「欧州最後の財布」という立場からもう逃げられません。

アメリカもバブリーなウエブサービス企業を除けば経済・雇用状態は決してよくはないし、アフガニスタン、イラク、パキスタンに北朝鮮問題まで抱えて、次の10年間、彼らは戦争&テロと縁が切れないでしょう。

発展途上国の経済成長余力は高いですが、先進国はどこも似たり寄ったりで、日本だけがとりたてて悪いわけではありません。それより、日本で起こりつつある様々な動きにもっと注目すべきです。

モバイルゲーム業界では、やや過熱気味ながら非常に若い企業が大きな市場を作り上げました。EC(イーコマース)市場も本格的に立ち上がり、アパレル分野で世界を目指す企業もでてきました。

電気自動車は新しいフェーズに入ったし、元電電公社で“王者ポジション”にあったドコモが、(ソニーでもシャープでもパナソニックでもなく)サムソンと組んで新スマートフォンを出したことに“今までとは違う経営判断”を感じるのはちきりんだけではないでしょう。多くの消費財メーカーが本格的に“世界のマス市場”に出る覚悟を固めたのも昨年後半からです。

ニコニコ動画やBLOGOSなどは本気で次世代のメディアになることを目指しているように見えるし、60代にも40代にも20代にも起業家精神に溢れる経営者が活躍しています。日本は着実に変わりつつあり、その未来は決して暗くありません。



<破壊と創造>

新しいものを作り出すには古いものを一掃する必要があります。でも日本は急激な変化が嫌いだし、既得権益層は徹底的に変化に抵抗しており、古いもの、役割の終わったものもなかなか壊せません。過去に日本が生まれ変わるきっかけとなった黒船や原爆(戦争)はすべて外圧で、この国は自分では変われない国でした。

ところがここにきて“民主党”という内製の爆弾が日本を破壊してくれそうな勢いです。政権をとったとたんに借金を増やし、農家の所得保障など全く次世代の成長につながらない分野にコミットする民主党は、日本が財政破綻するまでの年数を半分くらいに縮めてくれることでしょう。

野放図な予算、安直な税制改正に加え、来年は「農業のためにTPPへの参加を見送る」など、より抜本的にこの国を破壊する決断をしてくれるかもしれません。そうなれば、ようやく日本は再生への道を歩み始めることができます。すんばらしいではありませんか。



<社会>

これだけ不況だデフレだと言われても、相変わらず日本の治安の良さは世界トップクラスです。その他でも、街の清潔さ、人の親切さ、サービスレベルの高さなども群を抜いています。

銀座も秋葉原も渋谷も新宿も、それぞれにきらびやかなネオンや装飾に彩られ、買い物や娯楽を楽しむ客で年中溢れています。シェアハウスやLCCが広がり、若者が安く都会や海外生活を楽しめるインフラも作られはじめました。若年失業率は高止まっていますが、同時にこれまでの常識に縛られずに生きる若者達も増えてきました。

新聞やテレビはやたらと暗いニュースばかり流していますが、そんなの気にする必要はありません。お年寄りというのは「暗い暗い暗い今の日本」を誹り合い、「昔(=自分達が若い頃)はよかった」と仲間内で頷きあうのがなによりの楽しみなのです。




というわけで、未来は明るい!

今年も気楽に楽しくすごしましょう。


本年も引き続き、“おちゃらけ社会派ちきりん”をどうぞよろしくお願いいたします。


そんじゃーねー。