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Chikirinの日記 RSSフィード

2011-02-10 Hidden agenda

お気づきの方もあるかもしれません。『ゆるく考えよう』の「おわりに」は、ちきりんから両親への感謝文です。

昔からちきりんは父母に感謝する気持ちが強く、大学(法学部、刑法のゼミ)の卒論で「医療過誤の刑事責任」というトピックを選んだのも、医師であった父に関心を持って読んでもらえるようにと考えたからでした。4年間の学費、生活費の大半を出してくれた父に、自分が辿り着いた場所の報告をしたかったのです。

一方の母。ここ数年書いてきた「Chikirinの日記」を母は読んでいません。年齢的にパソコンでモノを読むという習慣がなく、月間100万PVだのといっても意味不明。「結構人気があるんだよ」と言っても「そうなの。よかったね。」くらいです。

でも、「本になった」と言えばインパクトが違います。母の年代の人にとって、本というのはすごく権威のあるもの。だから出版の話になった時、「親孝行ができるかも」と思いました。

実際にできあがった本を母に渡したら、「ホリエモンさんがコメントをくれてるのね!!!」とすごく喜んでいました・・。

『ゆるく考えよう』の「おわりに」の文章は、「好きに生きたいなら自立しろ」という父の言葉から始め、母の「よかった確認」で結びました。ふたりが私をどう育ててくれたかを書きたかったのです。


★★★

子供の頃に読んで強い衝撃を受けた本があります。1970年始めににベストセラーとなった高野悦子氏の「二十歳の原点」です。

1969年、立命館大学文学部史学科の3回生であった高野悦子さんは、6月24日未明、関東の実家から遠く離れた京都で踏切に立ち入り自死します。当時は学生運動が盛んな時代。「労働者」になるべくアルバイトを始めたり、親からの仕送りに頼らず生活しようとしたり。普通の二十歳の女性として恋をしたり将来に悩んだり。

二十歳で自殺した彼女が残した日記はお父様によって整理、出版され、当時のベストセラーになりました。その後、彼女が14歳からつけていた日記も、「二十歳の原点ノート」、「二十歳の原点序章」として出版されます。一部仮名(かめい)化などされていますが、まさに「日記」そのものです。


ちきりんが「二十歳の原点」を読んだのは11歳の時。小学校5年生です。20歳で自ら死ぬということ、憧れていた「ひとり暮らしの学生生活」の現実(と、当時は思えました)に驚きました。

加えて、他者の目を一切意識することなく書かれた文章が持つ余りのインパクトに、張り倒されるような衝撃を受けました。

さらに、この本を読むことにより、自分の生きている意味、感じ考えたこと、感情そのものを、ここまで生々しく他者に伝えることができる日記という表現形式の力を知りました。それは、


「私も日記を書こう」


ちきりんがそう思った瞬間でもあります。自分も日記をつけていれば、いつか命が絶えた時に、こんなレベルで自分の存在が残せるんだと思えたからです。そして小学校5年生の私は実際にノートを用意して日記を付け始めました。この時つけ始めた日記が2005年にブログベースに移行し、今みなさんが読んでいる「Chikirinの日記」になっています。

そういえば打ち合わせの時、編集者の方が「ちきりんさんのブログのタイトル、変ですよね?」と言われました。怪訝な顔をしたら「だってこれ、日記じゃないでしょ、どうみても」と。確かにそうだと思いました。そしてあらためて“なぜ「Chikirinの日記」だったのか”思い出したりしました。




自死する半年前、成人の日の日記に彼女はこう書いています。

「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。」


「二十歳の原点」といえばこのフレーズ、と言えるほど有名な一節です。なんと冷たくて厳しい原点でしょう。11歳のちきりんは怖くて震えました。「私も二十歳になったらこんなふうに感じるんだろうか?」「独りであることや、未熟であることが、自分にわかってしまうんだろうか? そんな思いから逃れられなくなってしまう日が来るんだろうか?」と。


その後も「独りであること、未熟であること」という言葉に代わる、自分の原点と言えるものを、私は見つけられるだろうか?それって何なんだろう? と、ずっと考えてきました。そして今回、『ゆるく考えよう』の最後のページにそれを書きました。


「自由であること、楽観的であること」


これが二十歳で死ぬことなくずっと生きてきたちきりんの到達点です。



高野悦子さんの日記は、彼女の死後、お父様の手によって出版されました。その日記に衝撃を受けた小学校5年生の女の子が書き始めた「ちきりんの日記」は平成の時代にブログとなり、『ゆるく考えよう』となって出版されました。

あんなにも繊細で傷つきやすくて自省の深みにとらわれていった高野悦子さんの日記を起点にして、『ゆるく考えよう』などというタイトルの日記本が出来てくるなんて、あまりにも奇遇で滑稽にさえ思えます。高野さんがそれを知られたら「いくらおちゃらけとはいえ、私の青春をこんなとこに帰着させないでくれ」と怒られそうです。

また往年の“青春の名著”と自分のブログ本を並べて紹介すること自体、恥ずかしく申し訳なく感じます。けれど、彼女がもし「ゆるく考えていたら」、彼女は死ななかったのです。そして、そうであれば私的な日記であった「二十歳の原点」が世に出ることはなく、それに衝撃を受けたちきりんが日記を書き始めたり、「独りであること、未熟であること」の自分バージョンを探し始めることもなかったかもしれません。ちきりんにとって、このふたつの日記は何十年の時を隔てて絡み合っているのです。



二十歳で自死を選んだ女性の原点

独りであること、未熟であること



その倍も生き続けてきたちきりんの達観

自由であること、楽観的であること



ゆるく考えようの「おわりに」は、父と母への感謝の言葉であると同時に、ちきりんの人生の扉を開いた『二十歳の原点』への自分なりの回答です。



合せて読みたい!

二十歳の原点 (新潮文庫)

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ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法

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そんじゃーね。