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Chikirinの日記 RSSフィード

2011-03-21 “生活支援生産性”の高い街作り

「生産性」という言葉は「工場の生産性」とか「オペレーションの生産性」を指すのが一般的で、もっぱらビジネス分野で使われています。

この「生産性」の概念、今後は福祉や支援の分野にも積極的に導入すべきだと以前から思っていたのですが、今回の震災で、より一層そう思うようになりました。

震災がなくても、日本は急速な高齢化が進み、経済の停滞もあって生活保護世帯もどんどん増えています。20年後にはロスジェネ世代から、年金ももらえないまま(しかも単身のまま)高齢者となる人も増えてきます。日本では、今後「福祉で食べていく人」が急増するんだと思うのです。


加えて今回の災害で、家から職場(畑、田んぼ、港、店舗)、商売道具(農機具、漁船その他)などすべてを失った人も相当数です。これらの方が「再び自立して自分の経済力で食べていけるようになる」には相当の年数がかかるし、それが不可能なくらい高齢の方も多いでしょう。

生きていくために公的な支援(ボランティアやNPOの支援を含む)を必要とする人が急増する時代、増税や国債の発行で必要な資金を調達することも不可欠ですが、同時に「生活支援の生産性をあげる」という概念も重要だと思います。

支援の生産性をあげるとは、「一定額の資金や一定数の人手で供給できる支援の量と質を最大化する」ということです。具体的には・・


たとえば、介護業者やヘルパースタッフへの介護料は「介護をしている時間」にたいして支払われるのであって、介護のために訪れる家と家の間の移動時間には支払われません。(事業者はスタッフに移動時間を含めて法定の最低時給を払う必要はあります。)

訪問する家が広い地域に点在している場合にはこれは大きな問題です。1日8時間働くとして、移動時間のために5軒しか訪問できないのと、10軒訪ねることができるのでは収入は倍も違います。また介護を受ける側でも、(常時人手不足の介護業界において)ひとりのスタッフに来てもらえる人数が倍になるというメリットがあります。


50戸から100戸のマンションに介護を受ける人が一定数以上住んでいて、ひとりの介護スタッフがその中の家をまとめて訪問することができれば移動時間は最小化できます。月・水は1階から3階の家、火・木は4階から6階の家・・・などと担当するイメージです。

といっても100戸のマンションに介護を受ける人だけを入居させる必要はありません。ひとつのビルの中で10軒まとめて訪問できれば介護生産性は圧倒的にあがるので、入居者のうち3分の1程度が該当者であればいいし、また介護業者が一社独占だと問題が起りがちですが、一棟で30戸が介護を受けるマンションであれば、3つの業者が10軒ずつ担当でき競争原理も働きます。


医療の場合は往診にたいしても健康保険から代金(対価)が支払われますが、それでも「片道1時間かかる」家を訪問するのでは、医師の時間が有効活用できません。これも同じマンションに定期的な往診が必要な人が10人住んでいれば、計画的かつ効率的に在宅医療が行えます。

最近でき始めている「シニアマンション」的なるものはこの発想で作られています。ビルの一階にクリニックと介護ステーション、弁当宅配業者をテナントとして配置して、そのビルに住む人の介護や医療、生活支援を請け負えば、業者は売上を確保しやすく、入居者も安心で便利になるのです。


これらは生活保護のケースワーカーでも同じです。この分野もひどい人手不足ですが、移動時間が最小化できれば一人のケースワーカーが担当できる人数は倍増できます。

民間のサービスも同じ。高齢者向けに食事(お弁当)を宅配する業者も増えていますが、顧客に一定の集積がない地域には業者が進出せずサービスが利用できません。しかし、ひとつのマンションに毎日ランチを何十人分かまとめて宅配できるなら、近くで営業しようという業者もでてきます。

買い物の通販、宅配、配送サービスなども同じです。車に乗れなくなった高齢者が日々の買い物にも困る「買い物難民」が問題視されていますが、100戸のマンションの住人が3日に一回、毎日33軒ずつ買い物をしてくれるなら、配送サービスを新たに始めようという店もでるでしょう。

介護とそういった民間のサービスを組み合わせも有効です。介護時間の中で「買い物の補助」をするのではなく、事前合意に基づいて介護業者が個々の家庭が必要なものをまとめてネット注文しておき、介護サービスを受ける日の午前中に各戸に商品が届けられるようになれば、ヘルパースタッフは限られた介護時間を有効に使えます。

★★★

このように「支援生産性の高い居住区」が作られれば、将来の現役世代の負担を下げ、一方で、経済力の低い人でも支援が受けやすくなるわけで、これはいずれにせよ必要なことだったと思います。

けれど、問題はそういう街作りのプロセスです。既存の街では既に皆が自分の家やマンションをもち、それぞれに思い入れのある場所で暮らしています。いくら「こちらに引っ越してくれば、格安で支援サービスが受けられますよ!」と言っても、移動コストは低くありません。もちろん強制的に転居させることなど今の日本では不可能です。

だからシニアマンションや高齢者にやさしい街作りは遅々として進まず、それが高齢化のスピードに全く追いついていません。


しかし今回の地震では、街ごと津波で流された地域や、ライフラインインフラが全壊した地域もあります。原発の影響で元の村には戻れない人もでてくるでしょう。今は避難所にいるこれらの方々も、仮設住宅や(関西など)疎開地を経て、最終的にはどこかに定住の地が必要だし、中には公的支援が必要になる方も多いはず。

であれば、たとえば雪の少ないエリアを選び、東北新幹線の駅から徒歩圏内に、ゼロから「生活支援生産性の非常に高い街」を復興資金で作り、希望する方を受け入れるというのもアリなんじゃないでしょうか。

新たに作る場合(しかも時価の安いエリアなら)マンションの1Fにみんなで食事をするスペースを設けることもできます。弁当の宅配業者はそこに一括してランチを届ければいいし、ひとり暮らしの人も1日一食は皆で食事することができます。

ゼロから作れば、電線も埋められるし、段差もゼロの街にして、道路を車、自転車、電動車いす、歩行者と区分することもできます。徒歩と小型のコミュニティバスだけで必要な施設に移動できる、完全バリアフリーの街が設計できるのです。


災害復興支援のひとつとして、まずはひとつ数万人くらいの規模でこういう「生活支援生産性の高いモデルタウン」を開発し、次第に受け入れ人口を増やして20万人くらいの新しい街にしていけばいい。

また、これを東北新幹線の駅近に作れば東京から数時間で行けるので、将来的には都心の高齢者で移住を希望する人もでるかもしれません。親が入る高齢者用施設を東京で確保できるのは相当のお金持ちだけでしょうが、新幹線の駅さえ近ければ2時間で地価の安いエリアに到達できます。孫や子供らが週末に訪ねることも可能です。

これらの都市作りには災害復興費用としての寄付や財政資金が使われればよいし、復興支援と同時に、急速に高齢化が進み「生活支援を受けながら暮らす人の比率」が高まる日本全体への「モデルタウン」の姿を示す役割も期待できます。

津波と地震で故郷も家も無くしてしまったけれど、代わりにこういう街に住むことができた、と将来的に被災者の方に思って頂けるような街を作るため、日本中の英知を結集するのもいいんじゃないの、とか、思いました。


そんじゃーね。