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Chikirinの日記 RSSフィード

2011-10-30 インプットか、それともアウトプットか

先日ライフネット生命保険の出口社長とお会いした際、「インプット重視か、アウトプット重視か」ということについて議論したので、その件について書いておきます。


以前より出口社長は講演や著作の中で、「とにかくたくさんインプットすべき!」と強調されています。

私が対談させて頂いた講演会のプレゼンでも、「極論すればアウトプットなんてどうでもいい。とにかくインプットをしなさい。」と言われていて、控え室でモニターを見ていたちきりんは「およよ」(←古すぎ・・)と思いました。

というのも、私は圧倒的に「アウトプット重視派」で、

前著『ゆるく考えよう』の中でも「インプットだけでアウトプットのない人なんて、いてもいなくても世界はなにひとつ変わらない。世の中へのインパクトはゼロ!」と言い切っており、

「どんなに稚拙でもいいから、まずアウトプットすべき。アウトプットして初めて、人は何をインプットすべきかがわかるし、インプットの仕方が変わってくるはず。」と思ってます。

この点についての出口社長とちきりんの意見は、180度、異なっているのです。


出口社長はそのご自身のスタイルを、「少しずつ少しずつ薄皮のようにインプットを積み重ねていく。長年にわたる大量のインプットの蓄積から、じわーと洞察(思考の結果)を出していく」と表現されました。

何十年にもわたり複数の新聞を熟読、大量の書籍を読み、たくさんの場所を訪れ、たくさんの人と話し、とにかくインプットを積み重ねる。

それを続けていれば、いつかは「ユニークな思考の結果である洞察」が滲み出てくる。だからアウトプットを焦らず、インプットに励め、ってことだと思います。

一方の私は、新刊『自分のアタマで考えよう』の終章にまとめているように、自分が出したいと考える「価値あるアウトプット」を具体的に想定し、そのアウトプットに必要な情報を能動的に探しに行くのが「あるべきインプット方法」だと考えています。


で、この意見の違いがどこから来ているのかといえば、つまりは次の3つですね、という話になりました。


理由(1) 学んできた時代が違う

理由(2) 学んできた立場が違う

理由(3) 学んできた場所が違う


具体的には、

理由(1) 学んできた時代が違う

出口社長が20、30代の時代、日本はずっと昇り調子でした。国は若く、勢いがあり、伸びしろが大きな時代です。

それは、人にもモノにも技術にも「長期的な視点で投資する」ことが可能な時代でした。だから、「アウトプットを気にせず、まずはインプットに励む」というアプローチが可能だったのでしょう。

一方のちきりんが(社会人として)育った時代は、最初だけバブルの急上昇を体験したものの、その後はずっと下り坂の経済でした。

日本企業がどんどん余裕を失い、いろんなものを切り捨てていった時代です。そこでは、「すぐにアウトプットにつながらなくても、とりあえず勉強(インプット)しておけばいい」という環境はどんどん失われて行きました。

この「時代の余裕の差」が、インプット重視とアウトプット重視の差を生んでいます。


理由(2) 学んできた立場が違う

出口社長は一流大学を卒業し、日本を代表する企業であり、「ザ・セイホ」と呼ばれた業界ダントツトップ企業でキャリアを積まれています。当時の民間企業で働く人としては、まさに“王道”キャリアです。

どの業界もそうですが、2番手以下の会社は「すぐ上の会社」を見て仕事をするので「考えることより、少しでも数字を上げる」ことが優先されます。一方のトップ企業には、「業界の将来」を作っていくための、より長期的な視野での仕事が存在します。

出口社長はおそらく長くそういった仕事をされていて、「目先のアウトプットより、長期目標のためのインプット」という信念や方法論を身につけられたのでしょう。


一方のちきりんは女性ということもあって、一流日本企業における王道キャリアからは最初から排除されていました。

業界トップ企業にも入れていないし、入ったところには途中で見切りを付け、早々に外資系でキャリアを積むことに決めました。

そしてそこは「結果を出してナンボ」の世界であり、個人に厳しく問われるのは常に「成果=アウトプット」でした。

しかも余りにも高い成果が求められるため、「インプットは、成果に必要なものに限定して追い求める」という姿勢を徹底せざるを得ませんでした。

「成果につながるかどうかはわからないけど、とりあえず勉強しておく」という余裕は、(少なくともちきりんの能力レベルでは)持ち得なかったのです。


理由(3) 学んできた場所が違う

最後が、受けた職業訓練の違いです。

出口社長は豊富な海外経験、国際的な視野をお持ちですが、学びの母体は日本の企業社会です。ちきりんの場合、最初に勤めた日本企業でも(市場という)非常に貴重な学びを得ましたが、骨格となる職業訓練は外資系企業で受けています。

日本の企業社会で得られる職業訓練と、米系の企業社会で得られる職業訓練は大きく異なっており、その違いの一つが「アウトプットをどれほど重視するか」ということです。

企業収益をどの単位(期間)で求めるかという問題と同様、後者では圧倒的に短い期間で、イチイチ「成果はでたのか?」と厳しく問われます。

成果を問われた時に「まだインプット中です」とか呑気なことを言ってると、マジでクビが飛びます。

そして、短期間で確実に成果を出すためには、「大量のインプットを続けて、アウトプットが出てくるのを待つ」というやり方ではなく、確実にアウトプットを出していくための「考える方法論」を身につける必要があったのです。

ちきりんは、ビジネススクールと外資系企業でここのところをきっちり教え込まれました。(『自分のアタマで考えよう』は、まさにその方法論をまとめたビジネス書です。)


というわけで、私が何十年か早く、優秀な男性に生まれていれば、出口社長のように圧倒的に余裕のある組織において、(いつか自然にアウトプットが滲み出してくることを信じ、)長期的な視点で大量のインプットを続ける、というスタイルになっていたかもしれません。

しかし、私の時代、条件、環境ではそれは不可能だったのです。


というわけで、この話は以上です。


で?

オレはどうすればいいんだって?

インプットを重視すべきなのか、アウトプットを重視すべきなのか、教えてくれよって?


・・・聡明な皆さんは、既にこのエントリの“オチ”に気がついていらっしゃいますよね?



そうです。


そんなことは・・・


『自分のアタマで考えよう』



そんじゃーねー!



追記)


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2011-10-28 「思考と分析」、その微妙かつ決定的な違い

今日は新刊『自分のアタマで考えよう』 の発売日なので、それを記念して、「考える」とはどういうことか、具体的に書いてみます。

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「考える」とよく混同されるのが「分析すること」です。

「分析=思考」だと思っている人もいます。

膨大なデータと格闘し、徹夜で分析をして、後から「あー、よく考えた!」と思う人もいます。

確かに、思考の前段階にはしばしば分析が必要となります。でも、このふたつは違うことなんです。

次の例を見て下さい。


インプット=情報(データ)

・去年の市場規模 100億円

・今年の市場規模 180億円


アウトプット

分析の結果=「市場規模は、前年比 8割増となった」

思考の結果=「市場規模は、前年比 8割増と、急激な伸びとなった」


アウトプットの二つの文章。言葉としてはびみょーな違いですよね。

耳で聞いただけだと、違いに気がつかず、聞き逃してしまいそうです。

でも、この二つの文章は天と地ほど違います。

最初の文章は「分析の結果」について述べており、二番目の文章は、分析に基づいて自分が考えたコト、すなわち、「思考の結果」を述べているんです。


最初の文章、「市場規模は、前年比 8割増となった」は、誰が前年比を計算しても同じ結論に至ります。

割り算を習ったばかりの小学生でも同じことが言えるでしょう。

ここでは 100億円と 180億円という超簡単な数字で例示していますが、これがもし徹夜が必要なくらい複雑で大量なデータの処理結果であっても同じです。


誰がやるかによって最終的な結果が異なることがあるって? 

それは、最適な分析方法を知らなかったり、計算ミスをする人がいるというだけの話です。

もしくは「巧い方法で、より短い時間で分析が終わる」人もいるでしょう。

それらはすべて「分析の巧拙」の話であって、いずれにせよ「分析」の領域をでていません。思考とは違うんです。

また、分析結果をグラフ化することも、思考ではありません。

それは「分析結果のビジュアル表現」に過ぎず、そのグラフは誰が作っても同じになります。


一方、二番目の文章である「市場規模は前年比 8割増と、急激な伸びとなった」という文章は、誰でもこの結論に到達するわけではありません。人によって言うことが変わりえるのです。

もしこれが、急速な拡大を続ける中国やインドの市場で、大半のモノの売上が前年比 300%〜 800%で伸びていたら、たとえ分析結果が同じでも、思考の結果は「市場規模は前年比 8割増と、比較的低い伸びにとどまった」となるでしょう。

もしもこれが「既存の売れ筋商品の改良版の発売により、昨年比倍くらいはいくかなーと予想されていた商品の話」であれば、「前年比 8割増とやや低めながら、ほぼ予想通りの結果となった」です。

このように、分析結果はまったく同じでも、売上を「 500億円はいくだろう!」と予想(期待)していた人と、「せいぜい 50億円くらいのはず」と予想していた人では、思考の結果は 180度、違ってくるはずなのです。


つまり最初の言葉とは異なり、二番目の言葉を口にするためには、分析結果にたいする自分自身の意見をもつ必要があるってことです。

そして、その自分自身の意見を「思考」と呼ぶのです。


別の言葉でいえば、二番目の文章には、最初の文章には無い「価値判断」が含まれています。

価値判断が含まれているということは、発言者が「自分の基準」を持っていることを意味します。


「 8割増加」という(誰がやっても同じになる)結果を、自分の基準に照らして「どう判断するのか?」という、個人の思考結果が言葉に反映されている。

ここがまさに人間でなければ言えない部分であり、また、人によって結論が異なってくるところです。

この部分が言えなければ、「オレは考えた!」とは言えないんです。


もう一度、最初の二つの文章を見て下さい。

「市場規模は、前年比 8割増となった」

「市場規模は、前年比 8割増と、急激な伸びとなった」


本当にわずかな差です。

わずかではありますが、決定的な差です。

前者には「情報」しか含まれておらず、後者には「人間の考え」、「発言者の判断」が含まれています。


この微妙ではあるけれど決定的な意味の違いを理解し、常に二番目の言葉が口から出るまで考えていないと、単なる分析屋になってしまいます。

また、誰かと話をしている時に相手の言葉を注意深く聞いていれば、最初の言葉でしか話さない人と、二番目の文章で話す人がいることに気づきます。

その違いから、その人が本当に考えているのかどうか、浮かび上がります。


★★★


実は、このブログをずっと読んでいるという方は、既にこの二つの違いを理解されています。

なぜなら「ちきりんの日記がオモシロイ」といっていただける最大の理由は、私が常に、二番目の文章を書いているからです。


「高齢者が○%増えています」「日本市場はこれから縮小します」「若年層の失業率は○%です」ではなく、

若者、アウトっ!

   ↑

価値判断を含み、人によって意見の違う部分=思考の結果)


「 3000万円の住宅ローンの利子は○○万円です」「何らかの理由で、その地域に 35年も住めない可能性だってあります」「会社員の収入は、過去○年、伸びるどころか減っています」だけではなく、

10年以上のローンはダメです!

   ↑

価値判断を含み、人によって意見の違う部分=思考の結果)


このように、このブログには、情報や知識、その分析結果としてのグラフや情報のまとめだけではなく、「ちきりんの思考結果」が書かれており、読者はそれを見たくてこのブログを訪れるのでしょう。

誤解の無いように。私が言いたいのは「ちきりんの考えが正しい! すごい! だから読者が多いのだ!」ではありません。

そうではなく、たとえどんなに稚拙な考えであっても、どんなにぶっとんだ考えであっても、(誰がやっても同じになる)単なる分析結果なんかより、人によって異なる「誰かの思考」の方が圧倒的におもしろいし、価値はまさにそこにあるのだと言うことです。


「考える」という概念自体を理解するこは、思考力や問題解決力を習得するための第一歩です。

最初のふたつの文章を(解説なしで)見た時に違いがわからなかったら、思考のスタートラインに立てていません。

正しく考えるとか、巧く考えるの前に、まずは「考えるとはどういうことか?」を理解する必要があります。


というわけで、本日発売

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学生の方、新社会人の方、仕事や人生のために「考える」方法論を学びたい、すべての方のお役に立てる本になったと思います。(キンドル版も出ています!)


そんじゃーね


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2011-10-25 摩擦回避か生産性重視か。コミュニケーションのトレードオフ

何かについて議論する時には、コミュニケーションの生産性を優先すべきか、それとも、できる限り摩擦を避けるべきか、というトレードオフが生じます。

たとえば、ランチについて 3人で話し合う場合、全員が摩擦を避け、「なんでもいいよ」と自分の好みを言わないまま済ませようとすると、「何を食べに行くか」という結論を出すのに余分な時間がかかります。

一方、ひとりひとりが「オレはなんでもいい」「オレは和食か中華がいい」「オレは和食だけはイヤだ」と自分の主張を明確にすれば、「じゃあ、中華に」とすぐ結論がでます。


このように、個々人が主張を明確にした方が結論が早くでる(コミュニケーション効率が高い)ことは間違いないのですが、そうすると意見の相違も明確になるため、それを嫌がる=できるだけ避けたがる組織や個人も存在します。

個人や組織の性格によって、どちらを優先すべきかという志向が異なるのです。


★★★


ところが、この優先度が「人や組織によって異なる」ことを、意識したことのない人もたくさんいます。

そういう人は、自分より生産性重視の人に会うと、「あの人はずいぶんズケズケとモノを言う」と不快に感じるし、

反対に自分より摩擦回避重視の人に会うと、「何が言いたいのか全然わからない」とか「なんでそんな回りくどい説明をするの??」などとイライラします。


一般的に、外資系、特に米系の金融業やベンチャー企業では「少々摩擦が生じても、生産性を重視すべき」と考える人が多く、保守的な日本の大企業では「できる限り摩擦を避けるのが大人の作法」だと思われています。

だから、日本の大企業から外資系やベンチャーに転職すると、「すごいギスギスした職場だ!」と感じたり、「攻撃的な人が多い・・」と戸惑ったりします。

転職してしばらくは、「この組織は摩擦回避より、生産性を優先する組織なんだ!」と気がつかないからです。


反対の方向に移動した場合は、「おっとりした会社だな」と感じ、「みんなもうちょっとはっきりモノを言った方がいいのでは?」と感じます。

摩擦を避けようとするあまり議論に時間がかかり過ぎたり、コミュニケーションが不明確になって誤解を生じたり、はたまた、全員が遠慮しすぎて話がこんがらがったりすると、「こんなやり方では、あまりに非効率では?」と思えます。

また、この「コミュニケーションにおける、生産性と摩擦回避の選好度レベル」は国によっても大きく違うので、日本からアメリカや中国に行った場合なども、その違いに驚く人はたくさんいます。


★★★


効率がすべてと考える企業では、みんな日頃から「摩擦を避けるな!」と教えられており、それらの組織内コミュニケーションは(摩擦回避型の人から見ると)めちゃくちゃアグレッシブに見えます。

でも本人達はそれを「素早い意思決定ができる効率的で理想的なコミュニケーション方法」だと思っているため、多くの社員が、「自宅で職場と同じような話し方をして、家族を怒らせてしまった・・」という経験をしています。

家族なら後から関係修復もできますが、会社でやっている生産性重視、摩擦軽視のコミュニケーションを私的関係に持ち込んで、友達関係や恋人関係をぶっ壊してしまう人もいます。


私が長く勤めていた外資系企業でも「摩擦を避けず、最も生産性の高い方法で議論する」のが組織のルールでしたが、これを外部の人とのコミュニケーションに持ち込むとややこしいことになるのは目に見えているので、外の人と話す際にはそれなりに気を遣います。

特に初めて会った人については、相手の「生産性と摩擦回避の選好度合い」を注意深く探りながら、そのレベルに合せて自分のスタイルを調節します。


さらに、相手が摩擦回避型の場合、「結局、あなたの言いたいことは何?」を探るために、こちら側が頭をフル回転させて想像したり探ったりもします。

それって結構、大変なことなので、そういうことを気にしなくていい人との会話は、めちゃくちゃラクに感じるわけです→ 関連エントリ


いずれにしても、「異なるタイプのコミュニティを経験する」ことは大事です。

ひとつのコミュニティしか知らないと、そこで学んだ「摩擦回避の度合い、生産性重視レベル」を常識だと思い込み、それ以外のスタイルの人には違和感や嫌悪感を感じるだけで、単に「摩擦回避レベルが違うだけ」だと思い至りません。


誰でも、初めて社会人になった時に所属してた組織や業界のスタイルを「普通のスタイル」だと思い込みがちですが、もしかするとそれはものすごく極端な場所かもしれないわけで、

自分や、自分が所属する会社、業界が、世間的にみてどれくらい(生産性側、もしくは摩擦回避側に)偏っているのか、一度は意識しておくとよいかと思います。


そんじゃーね。


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2011-10-22 どこの国もホントにアホ

ちきりんは今まで、「日本ってホントにアホな国だな」と思っていたけれど、最近は「どの国も揃ってアホだな」と感じるようになりました。

それを衝撃的に痛感したのは、アメリカが国内政治の揉め事から、米国債格付けの引き下げまで招いてしまったことです。


アメリカ国債は単なる一国の借金証書ではありません。

世界の多くの国が国家資産として保有し、その利回りはすべての金利型・金融商品の指標として使われています。

それはもはや、アメリカ一国のモノではなく、世界の金融市場における、共有財産的な商品だったのです。

だから、たとえ同じトリプルAの格付けを持っていても、他の商品と米国債の位置づけは全く異なっていました。

ドルという通貨と米国債という指標は、アメリカにとってその軍事力にも匹敵する強力な資産だったはずなのです。


イギリスも日本もユーロも、そして中国も決して手に入れることができない特権的な武器であったその信用を、バカげた騒動によってアメリカはあっさりと手放してしまいました。

しかも、デフォルトなんて決して現実的な選択肢ではなかったのです。

にも関わらず、「デフォルトするかも、するかも、するかも」とデキもしない脅しを続け、世界に「この国は、米国債を自分の国の都合だけで勝手に扱うつもりだ!」と知らしめてしまいました。


アホにもホドがある。

と思います。


★★★


ちきりんは先日までイタリア旅行をしていました。ギリシャも数年前に旅行し、エーゲ海クルーズを楽しみました。

これらの国は今、深刻な信用危機に陥っているわけですが、「この辺の国も、ホントにアホだな」と思います。

ギリシャは「神からのギフト」と言われるほど美しい国です。気候と自然に恵まれ、食べ物もすばらしく、数多くの国を旅してきたちきりんの目からみても「圧倒的」に恵まれた国に思えました。

イタリアも「あと 4000年くらいは古代ローマと中世ローマが残したもので食べていけるよね」と思えるくらい、様々な資産を持っています。

正直言って、両国ともあれだけのものをもっていて財政赤字とか意味不明です。


彼らが財政危機に陥っている大きな理由は、「誰も働かないし、働いている人が税金を払わない」からです。

やたらと早く引退し、働いても公務員としてちんたら働き、稼いでもお金はマフィアにしか流れない・・・とんでもない国だと思います。

しかしギリシャやイタリアは、自国民の誰一人税金を払わなくても、ブランドや観光客やバカンス消費などからの収入だけで食べていけるのでは? と思えるほどの豊かな資産を持っています。

ホテルやワインが今の 1.5倍高くても、観光客は減らないです。どちらも世界中から人が押し寄せてお金を落としてくれます。

貧乏になりつつある日本からの観光客は減るかもしれませんが、かわりに中国やインドから億の単位の人が押し寄せてきて、いくらでもお金を使ってくれます。(実際、中国人のイタリア・ブランド品の買い方は凄まじいです。)

ギリシャだって、使っていない小さな島を世界のセレブに“プライベートアイランド”として「 20年貸与」とかするだけで、毎年相当の収入を得られることでしょう。


個人と同じです。圧倒的な資産を持っていれば、働く必要はないんです。

ところが、それらの資産を巧く利用して稼ぎ、(自国民はのんびり暮らしながら!)楽しく過ごせばいいのに、ワザワザ死者まで出すような緊縮財政反対デモを繰り返し、治安と街の景観をぶっ壊して「観光客が来たくなくなるように」仕向けているのは、なんなんでしょう?

あれだけの資産を持っていれば、少々高くても世界から人は来ます。でも死者がでるデモをしたら誰も来なくなります。


アホにもホドがある

と思います。


★★★


イギリスも先日の暴動には失望しました。あんな暴動になるまで暴徒を制御できないなんて、ほんとに先進国なのか?って感じです。

警察予算が減らされたからデモが押さえられないとか、意味不明です。

日本と違って、皇太子まで参加する軍隊もあるでしょ? 南米のフォークランドや、アラブの国に空爆までしてる軍隊があるじゃん? その予算を警察に回せば済む話でしょ?

アラブの春とかを応援するための予算があるなら、自分の国の街角をコントロールする方を優先したほうがいいです。


フランスもドイツもアホです。そもそもユーロ危機を招いた元凶は、ユーロの中核国であるドイツとフランスが、その運営を間違ったからです。

あそこまで経済状態の違う国を次々と参加させて、しかも、自分達自らがルールを守らないことで他国にも財政規律を守らなくていいよと教えてしまいました。

なんでここまで来る前に、もう少しまともな運営ができなかったんでしょう?


あほちゃうか。

と思います。


★★★


Facebookから Youtubeまで規制して「閉じたインターネットの世界」を作ろうとしている(作れると思っている)中国も、恐るべきセンスの持ち主だし、ロシアに至っては未だに住むのが怖いほどの「超暗黒国家」です。

しかも、もう一回プーチン氏を大統領にしようなんて、マジですごいです。後世からみれば、スターリン氏とプーチン氏の違いを見つけるのはもはや難しくなるかもしれません。


こうやってみると、世界の主要国はほんとにアホばかり!


というわけで、日本は世界的に見ても「中の中くらいのアホ」にすぎないと思うちきりんです。


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そんじゃーね!


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2011-10-18 「先進国生まれ」という既得権益を守るためのデモ

あちこちの先進国で、格差反対デモが起きています。ちきりんが滞在中のローマでも先週土曜に大規模なデモが起き、逮捕者だけでなく死者まで出たとのこと。かなり大規模な騒動だったようです。(今は平穏に戻っています。)

“アメリカンドリーム”とやらを誇っていた国で格差反対デモが始まったり、グローバリゼーションが大嫌いな、日本の“デモ好きな人達”が、グローバル・デモに同調しているのも興味深いことに思えます。


その一方で、イタリアを旅行中のちきりんが今回やたらと目にするようになって驚いたのが、「インド人の団体旅行客」です。

今までも“海外旅行をするインド人”には、よく出会いました。でも、その多くは、超リッチなファミリーや一流ビジネスマンで、彼らは個人旅行や家族旅行をしていたのです。

こういう人たちが免税品店でブランドものを買う様子をみていると、ちきりんよりよほどお金持ちに見えたし、下手をすると「家に象を飼ってるでしょ?」みたいな人たちでした。


でも今、イタリア旅行を始めたインド人は、普通の服を着て、首からカメラをさげ、(おそらく初めての海外旅行なのでしょう)やたらときょろきょろしながら歩いており、その様子はまるで一昔前の日本の団体旅行客にそっくりです。

添乗員さんは傘や旗を頭上に掲げて30人ほどのインド人を先導し、あれこれ説明しています。そしてみんなで同じレストランに入って一斉に食事をするのです。

今回初めてそういった団体を“あちこち”で見ました。いよいよインドにも、「団体で海外旅行に行けるようになった中間層」がでてきたということを、ちきりんは初めてこの目で確認したのです。


★★★


今まで私たちは、日本に生まれたという事実だけで、食べるに困らない生活を保証されていました。頑張れば報われるし、海外旅行にも行けるようになるだろうし、未来は明るいものでした。

でも他の国には、その国に生まれたというだけで「海外旅行なんて一生あり得ない。」という人たちがたくさんいたわけです。

でも、これからは違います。インドの田舎で富裕層以外に生まれても、頑張れば家も車も買えるし、海外旅行だって夢ではなくなりつつあります。一方で、たとえ日本に生まれても、海外旅行なんて夢のまた夢、みたいな人も増えてきます。


これまで、格差は「国と国の間」にありました。それは南北問題とも呼ばれていました。けれど今、「国と国の格差」は急速に縮小しつつあり、「個人と個人の格差」に置き換えられようとしています。

これは、今まで「“先進国生まれ”というだけで豊かな生活が約束されていた人たち」には受け入れ難いことかもしれません。

そういった先進国に生まれたことの“既得権益”が、もはや得られないとわかったために、今、先進国のあちこちで、そのことへの抵抗運動(デモ)が始まっているというわけです。


興味深いのは、このデモが「格差に反対するデモ」と呼ばれていることです。「トップ1%にしか希望のない世界はおかしい!」と彼らは叫びます。

しかし彼らの多くは、つい最近まで(先進国に生まれたという理由で)世界で最も恵まれたグループに属していた人たちです。

彼らが格差解消を叫ぶ時、そこには「先進国の底辺としての自分」と「より恵まれた人たち」だけが存在しており、過去ずっと存在していた「自分より圧倒的に恵まれていない人たちと、自分との格差」は意識されていません。(後者の格差は今、どんどん解消されつつあります。)

先進国で連鎖する「格差に反対するデモ」を、発展途上国の人たちはどんな思いで見ているのでしょう?


繰り返しになりますが、経済のグローバル化は、世界における「先進国と発展途上国」という境界線を無くし、代わりに別の境界線を引こうとしています。

これにより「先進国の市民という既得権益」もしくは「先進国生まれという既得権益」を剥奪されそうになった人たちが、世界中で抵抗を始めているのです。

デモをする人たちはいったい、誰と誰が平等になる世界を夢見ているのでしょう?


そんじゃーね。



<過去関連エントリ>

同一労働・同一賃金

日本に生まれただけで

アンチ・グローバリズム

2011-10-16 週刊ダイヤモンドを買って『自分のアタマで考えよう』

17日(明日?)発売の週刊ダイヤモンドは、もちろん“スティーブ・ジョブズ氏特集”です。てか、今週あたりすべての雑誌が彼の特集をしてそうですね。雑誌だけでなく本屋さんもジョブズ関係本で溢れているんじゃないでしょうか。

そしてこの号には、ちきりんの新刊 『自分のアタマで考えよう』 の試読版もついてます!



この週刊ダイヤモンドを買うと、「はじめに」と「序章」がまるまま読めます!


これは一体どういうことかって?

多分ですね。「“はじめに”と“序章”を読んで、この本を買うべきかどうか、自分のアタマで考えよう!」ってことだと思います!


最初の紹介エントリでは、おちゃらけのサブリミナル効果を試し、数多くの「まったく自分のアタマで考えていない皆様(?)」からご予約をいただきました。

これについては、大変ありがたく感じると同時に、さすがに「それでいいのか?」的な葛藤もでてきました。(加えて、編集者さんにマジで怒られました。。。)


で、二回目にやりなおしの紹介エントリ(まじめバージョン)を書きました。そしたら「これなら買う気になります!」というお返事をたくさんいただきました。ほっとしました。

でも今回の本のタイトルは 『自分のアタマで考えよう』 なので、この辺でそろそろ「自分のアタマで考えて、買うことにしました!」という反応も欲しいところです。

そこで内容の一部を先に紹介し、最後まで「予約する?やめる?どうする?」とお迷いの皆さんの背中を押す作戦に出ました。


新刊の発売日まであと10日ほどなので、今回の試読版はちょっとしたプレ公開です。これを読んでいただくと、この本ではちきりんがマジでまじめに「考えることについて考えたんだよん!」ってことが、わかっていただけると思います。

てか、“ちきりん”という文字さえなければ、これがまさかあの「バブル期育ちのふざけたおちゃらけオバちゃんブロガーの文章だ!」ってことには誰も気がつかないでしょう。

早々と新刊本の一部が読め、しかもジョブズ氏追悼特集まで手に入る、お得な週刊ダイヤモンドを是非おためしくださいませ。


あと、この試読版の最初のページに“ちきりんの似顔絵”を載せてもらえたのがすごく嬉しい!

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「週刊ダイヤモンドみたいな一流ビジネス誌がこんなモノ載せて大丈夫なのか!!?」とは思うけど、ここまで来たら今度は日経新聞か文藝春秋、もしくは官報か東京都の広報誌(?)あたりに、似顔絵が載る日を目指して精進したいと思います。


そんじゃーね!



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2011-10-12 日本で一番すごい美術館

ちきりんは美術館や博物館巡りが大好きです。海外の美術館、国内の企画展などにもよく出かけるのですが、今日は、「日本で一番すごい美術館はどこだと思うか?」と問われたら、きっとココだと思うよ!という美術館のご紹介です。

それは・・・

徳島県鳴門市にある、大塚国際美術館です。

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“徳島県の大塚”と聞けばピンとくる方も多いでしょう。ポカリスエット、ボンカレーなどで有名な大塚食品、大塚製薬などを擁する大塚グループが作った美術館です。

一族総出で超優良グループ企業を経営している大塚家、創業者一族の富は膨大な額なのでしょうが、特にそのお金を(東京ではなく)徳島で使うわけですから、ものすごい広大な土地が買えちゃいます、なので、大塚国際美術館もすばらしく風光明媚な場所にどどーーーんと立地しています。


そして何よりユニークなのはこの美術館のコンセプトです。ここには本物の絵画はありません。保有する2000点もに及ぶ絵画はすべて「陶板による世界の名画の模写」です。

陶板とは簡単にいえばタイルです。そのタイルで、世界中の名画という名画を、同じ大きさで完璧に再現しているのです。「タイル?」とかいうなかれ。実際に観賞していたら、本当の絵じゃないかと思うくらい精巧にできています。

そしてそこには、ピカソからゴッホ、ゴヤからダビンチまで、いわゆる“世界の名画”がほぼ網羅的に展示されているのです!もちろんすべて原寸大です。ナポレオンの戴冠式とかゲルニカとか、どでかい絵でも“ニセモノ感”は非常に少ない出色のデキです。


館内の様子

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(絵の複製が可能になるような個別の“絵”のみの撮影以外は館内での写真撮影は可能です。)


最後の晩餐に至っては、ご丁寧に、修復前の絵と修復後の絵が対面に設置されており、修復の状況まで細かく確認できます。*1


修復前

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修復後

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さらにシスティーナ礼拝堂など、それ自体が芸術品である教会のいくつかに関しては、一定の縮尺でレプリカまで作られており、天井画や壁画はそれらが飾られている様子と共に観賞することができます。

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2007年には、「キリスト教の伝統を数多くの美術作品を通じ、日本国内で紹介し理解を深めた功績」でローマ法王庁より聖シルベストロ騎士団長勲章まで授与されたそうです・・・


こういうのを「ニセモノ」と呼ぶ人もいるのかもしれません。ちきりんは多くの海外の美術館を廻っているので、ここにある名画の多くを実際に観ています。それでもこの美術館の存在意義は非常に大きいと思いました。

有名なところだけでも何十もある海外の美術館を廻るなんて、多くの人にできることではありません。特に子供の頃にそういったものを観ることができるのはごくごく限られた人だけでしょう。

でも鳴門市までいけば、日本人はだれでも世界の名画を一気に鑑賞することができます。そしてその中から「これは是非、本物を!」と思った作品のある美術館に実際にでかけていけばいいのです。


四国はもちろん関西圏も含め、お近くの人ならぜひ一度は行ってみる価値のある美術館だと思うし、なにより「膨大な資産を得た創業家一族のお金の使い方」として、これほど素敵なお金の使い方をちきりんは初めて見ました。


お勧めです。


そんじゃーね!



*1:ところで、実は今日、この絵の本物をみました!ちきりん@イタリア

2011-10-09 とても社会的な「個人の死」

スティーブ・ジョブズ氏が亡くなり、あちこちで感動的なイベントやムーブメントが起こっているみたいですね。「イチ実業家の死がこんなに衝撃的であったことが過去にあったでしょうか?」という趣旨のツイートを見かけたので、ちょっと考えてみました。

「個人の死で、社会が揺れた」と言える人ってどんな人がいたのか・・・

順不同、敬称略です。


<アメリカ>

・マルティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)

・マイケル・ジャクソン

・ジョン・レノン

・マリリン・モンロー

・ジェームス・ディーン

・プレスリー

・ケネディ大統領

・スティーブ・ジョブズ



<日本>

・昭和天皇

・・・ずうっと離れて・・・

・松下幸之助、盛田昭夫、本田宗一郎

・石原裕次郎

・美空ひばり

・尾崎豊

・三島由紀夫

・田岡一雄(山口組三代目)

・坂本九

日本の場合、“昭和が終わった感”を醸し出した人の死はインパクトが大きいですね。


<世界>

・毛沢東

・スターリン

・金日成

・・・なんか、共産主義の人ばっかりですね。あたしの趣味嗜好が偏りすぎ

イエス・キリスト ←凄すぎるから赤字にしてみた。

・ダイアナ妃

・マハトマ・ガンディー



ツイッターなどでお知らせいただければ随時追記します。

そんじゃーね!




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追記)続々と候補者が寄せられているので、採用!が決まった方は本文中に記載し、やや迷っていて・・・という人に関しては下記に列記しておくことにします。

なお、募集しているのは「有名人の死」ではなく、「社会を揺るがせた個人の死」です。生存中の功績のすごさではなく、“死”のインパクトの大きかった人、を掲載したいということです。

ただし、サラエボの皇子など革命や戦争の発端となった個人の死については、歴史に与えた影響は大きいのですが、「個人としての必然性に欠ける」(隣にいた他の人でも同じインパクトがあったかもしれない)ので適用外です。また、悪影響がでると困るので、若い方の自死ケースは掲載しません。


・忌野清志郎

・ビンラディン

・チェゲバラ

・アイルトン・セナ

・マザーテレサ ←立派な人ではありますが、彼女の場合その死より、その生(存在)の方が社会的だったと思う。

・フセイン大統領(イラク)

・夏目雅子、松田優作 

・樺美智子 (安保闘争の犠牲者)

・田中角栄

・グレース王妃(モナコ)

2011-10-07 『自分のアタマで考えよう』内容紹介(叱られたからやり直し!)

新刊 『自分のアタマで考えよう』 に関する最初のエントリがおちゃらけすぎていて、担当の編集者の方に怒られました。Yさん曰く、「ちきりんさんのブランドが傷つくでしょ! ふざけすぎですっ!」。。。なので書き直します。

というか、前のエントリでは「いったい何の本?」か全然わからなかったですよね。すみません・・。にもかかわらず予約してくださった皆様には、“ちきりん一級”認定をさせていただきます!


自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう



さて、新刊の目次は下記

『自分のアタマで考えよう』

  知識にだまされない思考の技術


<目次>

はじめに

序 章 「知っていること」と「考えること」はまったく別モノ

第一章 最初に考えるべき「決めるプロセス」

第二章 「なぜ?」と「だからなんなの?」と問うこと

第三章 あらゆる可能性を検討しよう

第四章 縦と横に比べてみよう

第五章 判断基準はシンプルが一番

第六章 レベルを揃えて考えよう

第七章 情報ではなく「フィルター」が大事

第八章 データはトコトン追い詰めよう

第九章 グラフの使い方が「思考の生産性」を左右する

終 章  知識は「思考の棚」に整理しよう

おわりに


目次からわかるように、この本は、ちきりんが情報やデータなど何かの「知識」を得た時に、それをどう「思考」につなげているか、という“ちきりん流”「知識から思考への転換プロセス」について説明した本です。

「Chikirinの日記」はいろんな社会派トピックについての考察を載せているブログですが、この本は“その裏側にある思考プロセスの解説本”で、新聞やネットでみた情報を、ちきりんがどういうふうに受け止めて、どう料理しているか、ということを説明しています。

もしくは、「考える」って“どういうふうにアタマを動かすことなの?”について書いた本かな。「考える」って難しい概念だと思うんですよね。「考えるのが大好きです!」と言う人に「じゃあ、ここ最近で一番よく考えたことは何?」て聞いたら、“あーうー状態”になってしまったり・・・


ちきりんも社会人になってすぐの頃、「もうちょっとよく考えろよ!」と、よく怒られました。あの頃は、「情報を集めて分析すること」と「考えること」の違いもわかってなかったし、「考える」ための具体的なノウハウを全くもっていませんでした。

なんの方法論もなく「考えろ!」って言われるから、遅くまで会社に残ってパソコンの前でうんうん“考えている雰囲気”を醸し出そうと努力はしてたけど、そんなんじゃ結局“思考”は2時間で1ミリくらいしか進みません。

だからその後、留学したり外資系企業でボロクソに言われながら苦労して、「あー、考えるって、ちゃんと方法があるんじゃん!」とわかった時には、それこそ眼からウロコが落ちました。

そして「なんでこういう“考える方法論”をもっと早く、ちゃんと教えてもらえないわけ?」と逆ギレしたりもしました。

学生の間とか、少なくとも働き始めて早めのうちに、超具体的に「こうやって考えるんですよー。イチニッサン!」みたいな教育が必要だよねーと今は思います。


今回「考えること」について本にしようと思った理由のひとつは、「Chikirinの日記」がこれだけ多くの人に読まれるってことは、「実は、読者の方もみんな、考えることが好きだよね!?」と思えたからです。

「Chikirinの日記」って、何も答えは書いてないんですよね。情報に基づいて「ちきりんはこう考えた!」って書いてあるだけです。しかもたいていの場合、その“考え”はぶっとんでいて、「まじかよ!?ありえねーだろ!?」みたいなことが多いんだけど、だからこそ読んだ人は「じゃあ、自分の考えは?」という問いに直面せざるをえない仕組みになってます。

他人(=ちきりん)の超・極端な考えをぶつけられることで、自分の考えを問われるし、考えることへの刺激が得られる。それを心地よく感じる人が読者になってくれているのでしょう。だったら「考えるってこういうことだよね!」についてまとめた本も、きっと楽しんで頂けると思います。


また、昨今は「問題解決力ブーム」で、その方法論に関する本もたくさんでています。中にはすごくよくできた本もあるんですが、問題解決の手法を学ぶ前提として、「考えるとはどういうコトか、理解できている」ことは必須です。

ところが学生の頃の自分、働き初めてすぐの頃の自分を思い出すと、それさえわかってなかったような気もするのです。そして、「まずはそこから理解するための本を書くのも、意味があるかも」と思うようになりました。


ずいぶん前ですが、大前研一さんの『敗戦記』という本の中に、彼が日立で働いていた頃のエピソードとして、勤務時間中に机を離れて会社の敷地内の庭を歩きながら考えていたら、「さぼるな!」と怒られ、「さぼってないよ。オレは考えてるんだ!」と反論したというエピソードが載っていました。

スゴクおもしろいな、と思いました。日立とか東芝って博士号を持ってる人も多い会社です。大前氏の部署も研究部門でした。にも関わらず、「考える」って何なのか、組織としては理解されてないんだなーというのが印象に残りました。


この例に限らず「考える」という概念は誤解されていることが多く、表計算ソフトをいじってれば「考えてる」と思ってる人もいるし、本を読んですごく勉強になったから「今日はよく考えたー」と感じる人もいると思います。

でも、ちきりん的にはそれって「考える」とは違う作業なんです。分析も読書(&知識の吸収)も意義はあるけど、でもそれは「思考」とは違う。


そして、「思考って何さ?どうアタマを動かすことさ?」ということを、もっと直接的に扱った本にしてみたいと思いました。

結果、そういう意味では、自分なりに満足のいく本に仕上がったと思ってます。全国の学生の方や、働き始めたばかりの方など「自分のアタマで考えろ!」と言われがちな(あの頃のちきりんみたいな)方にはきっとお役にたてるんじゃないかと思います。お楽しみに!!


そんじゃーねー!


★追記★ 本の内容はこちらの発売日記念エントリでも説明しています。→ 「思考と分析の違いとは?

2011-10-04 「退職挨拶メール」を共有しよう!

先日、こうつぶやいた。



そしたらこんな返事があった。




そうか。最初は「そういうメールを集めた本があったら、めっちゃ読みたいな!」って思ったんだけど、上のツイートをもらって、「だったら募集しちゃえばいいんだ!」と思い至った。


というわけで、みなさんの退職挨拶メール、募集します!

誰かが人生の転機に真剣に考えたことは、次の誰かの人生の転機につながるはず。


★★★


<退職挨拶メール&ブログ>

(順番は送っていただいた順です。最新のは一番下に追加していきます。)


01) “Google Japan, 2年半, 25歳”の場合


02) “広告制作会社プランナー、9年半、34歳”の場合


03) “ITコンサルタント, 9ヶ月, 35歳”の場合


04) “野村證券、3年半”の場合


05) “東芝、3年半、27歳”の場合


06) “人材紹介、5年、27歳”の場合


07) “マイコミジャーナル、4年半”の場合


08) “オペラ(ノルウェーのブラウザ会社)、5年、31歳”の場合


09) “ライブドア、5年、34歳”の場合


10) “医師、10年、40歳”の場合


11) “IT業界、3年半、29歳 ”の場合


12) “製薬会社MR、3年半、27歳”の場合


13) “東京三菱UFJグループ、9年、30歳”の場合


14) “組み込み系IT、11年”の場合


15) “ソフトウエア会社(ITコンサルタント)、3年半”の場合


16) “マッキンゼー、10年、32歳”の場合


17) “シスコ、10年半、33歳”の場合


18) “中部電力、18年、40歳”の場合


19) “大手損保、6年、30歳”の場合


20) “オプト、2年7ヶ月、25歳”の場合


21) “web系ベンチャー 、2年、33歳”の場合


22) “外資コンサル、3年、28歳”の場合


23) “衛星放送・通信事業者、7年、29歳”の場合


24) “電通(コピーライター)、2年半、25歳”の場合


25) “製造業(グローバル企業といわれている会社)の営業、6年、29歳”の場合


26) “IT業界、6年半、31歳”の場合


27) “ダイヤモンド社(編集者)、6年、38歳”の場合


28) “製薬会社 臨床開発・6年・29歳”の場合


30) “ソーシャルメディア系ITベンチャー企業、5か月、31歳、(Togetterまとめ)”の場合


31) “ウォルト・ディズニー社、3年半”の場合


32) “ソフトウェア開発・8年以上・30代後半”の場合


33) “SBグループ・広告制作・5年8カ月・32歳の場合


34) “ ソニー、7年9ヶ月、32歳の場合


35) “自動車ディーラー(人事)、13年、35歳の場合


36) “リクルート(媒体営業)、3年、26歳の場合


37) “総合商社、1年、25歳の場合


38) “食品企業、14年半、40代の場合




そんじゃーね

2011-10-02 クックパッドはもっと世界にでていこう!

インターネット上にレシピ情報が充実して以来、食材の買い方が変わりました。

たとえば、最近は知らない魚を買うのも躊躇しません。

以前は、下処理や料理法がわからないため、よく知ってる無難な魚ばかり選んでいましたが、今は、とりあえず新鮮そうなら知らない魚でも買ってみます。

名前さえわかっていれば、調理法はネット上で見つかるからです。


また、特殊な調味料が残っている時も、検索するとその調味料を使った料理が見つかるので、期限までに使い切るのもラクになりました。

ほんとに便利になったものです。


さて、ネット上のレシピ情報といえば、王者“クックパッド”様なわけですが、ちきりんもここのレシピはよく使います。

ナンプラーを使ったベトナムふうのソースの調合とか、すごくおいしいです。

ちきりんお気に入り クックパッドのベトナム万能たれ


先日は取材にも行きました。

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ちきりん@クックパッド


でもこのクックパッド、なんでもっと積極的に世界にでないのかな? って思います。

日本の料理はは本当にレベルが高いです。

寿司、てんぷら、すき焼きだけじゃなくて、一般の家庭で食べられてる日々のレシピにもおいしいものが山ほどあります。

料理だけでなく調味料も同じです。

ちきりんのアメリカ人の知人は「ポン酢を知って僕の食人生は変わった」って真顔で言ってました。(やや大げさなヤツなんだけどね)


日本のマヨネーズだってアメリカで大人気だし(あの国のマヨネーズはマジまずい)、「大人向けの料理にケチャップを使うなんてありえない!」と公言してはばからないイタリア人が、日本の「つぶつぶ完熟ケチャップ」を使った料理に、「おおっ!」と感嘆してたりする。

なんにせよ、めっちゃ、おいしいんですよ、この国は。


クックパッドはよく、特定の調味料を使った料理のコンテストや、特定の食材を使ったアイデア料理を募集してるけど、ああいうコンテストも是非、世界でやってほしいな。

「ポン酢を使った料理コンテスト」で、アジア予選、ヨーロッパ予選、北米予選、オセアニア予選が行われ、各地のポン酢予選を勝ち抜いたチームが東京に招かれて最終決戦! 

もちろんコンテストの審査員は東京にいる各国の大使婦人達!ってな感じのをやればいい。


寿司だってあちこちで大人気なんだから、クックパッド主催で「世界のオリジナル寿司コンテスト」なんてどうでしょう?

この前、訪れたモスクワもものすごい寿司ブームでした。

「あなたのオリジナル寿司を世界に!」とか言えば、すごい応募がありそう。平気でサメとか乗せてきそうでしょ。


まっ、とにかく、前々から何度も書いてるように、日本にはマジでおいしく、ものすごい競争力があります。

ところがみんながそれに気が付き始めた頃、半年前に原発事故が起こりました。

エルミタージュ美術館が放射能が怖いからと群馬県に美術品を貸し出すのを中止するくらいだから、日本食や日本の食材輸出も少なからぬ影響を受けています。

グルメ立国を目指す作戦が大きな障害に直面・・・。


でもね、

食材だと「放射能汚染は大丈夫?」って思う人でも、おいしい日本食の“レシピ”にたいして「放射能汚染は大丈夫?」と思う人はいません。

レシピはレシピ、ノウハウであり、知的財産なんだから、それ自体が汚染されたりはしない。


それに、海外の食材で作ったって日本食はちゃんと旨い!

この時期、海外の人が日本の食材に不安を感じるなら、無理して売りつけるより、「じゃあ、そっちの食材でこんな料理作ってみたらどーですか?」って感じで今はレシピだけ広めておけばいい。

大事なのは「おいしい日本のご飯の味」を世界に広めること。定着させること。忘れさせないこと、なんです。


このままほうっておくと、世界のあちこちにある日本食レストランは、売り上げ不振のために中華料理店や韓国料理店になってしまうかもしれない。

そうやって「味への距離」が拡大してしまうことが大きな問題だとちきりんは思ってる。

だから、食材の輸出がままならない今こそ、日本食のイメージが傷ついている今こそ、「日本食のレシピを広める!」ことには大きな意味がある。


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ちきりん@クックパッドのキッチン


しかもクックパッドのレシピには、海外に紹介されている典型的な日本食とは違う、ほんとの意味での“日本のおいしさ”が詰まってる。

クックパッドからは、既に何人もの“カリスマ主婦”が生まれてるんだと思うけど、クックパッドが頑張れば、その人たちは“世界のカリスマ主婦”になれる。

こういう“日本のご飯”のおいしさは、“日本のモノ作り”とおんなじくらいすごくない? 

日本のモノ作りを支えてきたのがいまやゾンビ団体となりつつある日本経団連のお歴々だとすると、“日本のご飯”を支えていくのは誰なのさ?


クックパッドはもっと世界に出ていこう!

あのレシピの海の中には、日本の未来が詰まってる。


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そんじゃーね!


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