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Chikirinの日記 RSSフィード

2012-02-17 どの常識の世界で生きるか

以前、知り合いの起業家から聞いた話がとても印象深く、記憶に残っています。

彼は若い頃から起業を志しており、その思いはブレることなく、実際に20代で起業、今も順調に会社を育てています。(追記:先日 IPOを実現し、上場企業となりました)

そして最近は海外展開も始めているのですが、そのきっかけとなったのが、「海外の起業家との交流」だったそうです。


彼が初めてアジアの起業家が集まるカンファレンスに出席した時、交流会での起業家間の会話において、

最初の質問は常に「あなたの会社のビジネスモデルは?」というもの、

そして、二番目の質問が「で、その事業は何カ国で展開してるの?」だったというのです。


彼が最初の質問に答えて事業の説明をすると、みんな「おー、それはユニークなビジネスモデルだ。おもしろいね!」と言ってくれたそうです。

ところが二番目の質問に彼が「今は日本だけ」と答えると、みんなが「へっ!?」という顔をして、「なんで????」となってしまう。

「まずは日本で基盤を固めてから・・」と説明しても、「なんだそれ? おかしな考えをする奴だな」といった扱いをされてしまう。それが何度も繰り返されたと。

で、この時の経験に衝撃を受けた彼は、その後、事業の早期海外展開に取り組み始めたそうです。


この話は非常に示唆に富んでいると思います。もうずっと前から彼は、将来有望な若手起業家として注目を浴びていました。

同じ世代の起業家仲間との交流はもちろん、大御所の先輩経営者を含め、様々な経済人、ビジネスパーソンと知り合いだったし、多くのメディアからの取材も受けていたのです。

にもかかわらず、彼は日本ではそういう質問を“当然のように投げかけられる経験”をしていませんでした。


ところが海外の若手起業家と会うと、全員が「世界で成功するビジネスを興す」ことを目指しており、若い起業家ならそれが当然であるという、「今までとは違う常識」に出くわしました。

そして、「異なる常識の世界」に触れることで自分の常識が変わり、異なる世界へ足を踏み入れた、というわけです。


★★★


笑い話のようですが、経済産業省から民間企業に転職したある知人は、「最初の頃、“予算“という言葉の意味が違っていて笑われた」と言っていました。

霞ヶ関で育った彼にとって「予算」とは、「年度末までに使い切ってしまわねばならない経費の総額」を意味していました。

予算を余らせると翌年の予算が減額されてしまうため、どの省庁でも必死で予算を使い切ろうとするのです(だから年度末は道路工事が集中します)。


一方、民間企業の多くでは、予算とは売上げ目標のことです。「使い切らなければならない経費の額」を予算と呼んだり、そもそも最初に「今年中に使い切ってしまわなければならない費用の最低額」を決める民間企業など、ほとんど存在しないでしょう。

けれど役所だけではなく、補助金を収入としている大半の組織にとって「予算」とは、使い切るべき経費のことなのです。このことも「異なる常識」をもつふたつの世界の存在を示しています。


★★★


もうひとつ別の話です。

ちきりんのところに「会って、こういう話をしたい」というメールをくださる方がいらっしゃいます。

ある時、そういう方の一人に「全く知らない人に、会いたい、話がしたいとメールを書くなんてスゴイですね。そういうことは、○○さんにとってごく普通のことなんですか?」と尋ねました。

そうしたら彼の答えは「実は僕、以前は出版社で編集者をやっていたんです」というものでした。

なるほど、それなら見知らぬ人に連絡をとって会いに行くのは、ごく普通のことでしょう。出版社の編集者にとってそれは日常的な行為であり、「常識」でさえあります。


更に、この方が続けて口にされた言葉も興味深いものでした。

その方は今は自分でビジネスをしながら本も書いていらっしゃるのですが、「ちきりんさんは本も出しているのに、ブログにあれだけの文章を書くなんて、勇気がありますよね。僕はネット上の無料の場所に、気合いを入れた文章を書く気がしないんです」と言われたのです。


私には、これも彼が「元々編集者であった」頃に身につけた常識から、きているものだと思えました。彼には(当時に身につけた常識に照らして)、「価値ある文章をネットに無料で開示する」ことに抵抗感があったのでしょう。

一方の私、「ちきりん」は、つい最近まで「文章を売って稼ぐ」という経験をしたことがありません。今でさえ、ネット上で得られるものは、本を出して得られるものより圧倒的に大きいと感じています。

だからネット上に価値がある(と自分で感じる)文章を無料で開示することになんの抵抗感もないのです。「みんな、どんどん読んで!」という感じです。


この「私の常識」は、対価を頂いて記事を書き始めたり、書籍を出版し始めた今でも変わることはありません。「最初の経験」は深く、その人の常識を規定するのです。

しかし、もし私が最初から「文筆業」としてキャリアを積んでいたら、こういう常識をもつことは決してなかったでしょう。


★★★


人は誰しも「自分の常識」を持っているけれど、実はそれらは「世間の常識」とは必ずしも同じではないのです。最初に書いたように、日本と世界の常識が大きくかけ離れていることもあります。

しかも、「いったん身についた常識」を変えるのには、大きなエネルギーが必要です。

だから、「どんな常識を身につけるか」、「どんな常識の下で生きるのか」、「どんな常識を持つ場で最初に働くか」は、その人の行く道を大きく左右します。

いったん働き始めた後でも、「どんな常識に出会えるか」が勝負なのかもしれない。


少なくとも、「自分の常識」「自分の業界の常識」が、外の世界の常識とどう違うのかについて意識的であることは、とても大事なことだと思います。


そんじゃーね。


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