ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

Chikirinの日記 RSSフィード

2012-05-30 連載05) “ワンパターンの地方再生策”を脱するには?

<日本の地方と若者の政治参加を考える特別連作エントリ>

をお送りしています。バックナンバーは下記です。

連載01)  新宮市に行ってきた!  

連載02)   並河哲次 新宮市議 26才

連載03)   新人議員、大災害の衝撃!

連載04)   非常時対応とは? 復興とは?

今回は、災害の話を離れ、人口3万人の地方都市の政治と行政について、です。


★★★

ちきりん「新宮市は日本の典型的な地方の街でしょうか?」

並河氏「全国を見たわけではないので正確な比較はできませんが、典型的といってもいいと思います。ただ自分は地元出身でもないのに議員にならせてもらったので、新しいものを受け入れる土壌はある場所だと感じます。」


ちきりん「市の課題としては、どんなものがあるのでしょう? 財政問題とか、産業育成とかは?」

並河氏「財政は厳しいです。それでも、交通の便が悪いから発展しないといって、今でも高速道路の建設を希望する人もいます。ですが高速道路がつながって都会が近くなったら、今以上に人も消費も流れます。工事についても大規模工事では地元の中小企業にはお金は落ちません。防災に役立つから、という人もいますが、費用対効果を考えると疑問があります。

また、子供が減り小学校の統廃合が進んで校舎が余っているのに、去年校舎を新築しています。建物ばかりに予算を使うのではなく、教育に関してももっと別のお金の使い方があるはずです。」


ちきりん「でも、そういう建物が今回も災害時の避難場所になったのでは? 公の建物はやたらと立派だから、普段は無駄でも災害時には使えますよね。」

並河氏「そうかもしれませんが、それも費用対効果をよく考える必要があります。あと、洪水で家を流された人のために仮設住宅を建てていますが、あれも一軒300万円です。それなら流された家を建て直すのに300万円を出した方がいいのにと思います。」

ちきりん「それはよく言われますよね。でも自然災害で壊れた個人の財産を、税金で立て直すのはできない。思想的、法律的な原則論のために余計なお金がかかるというのは、現代社会のジレンマとでも言うべき問題ですね。」

f:id:Chikirin:20120513143435j:image:w400

写真:並河哲次さん  取材日にちきりん撮影


ちきりん「新宮市の産業は?」

並河氏「以前は林業、製材業、製紙業が栄えていました。森林資源が豊富で海が近く、木材を船で東京や大阪に出荷できます。昔は王子製紙の工場もありました。今は林業も衰退し、製紙業もコストの安い海外製紙に押されています。」

ちきりん「国内産のブランド材として、高級戸建て住宅用に売るとか?」

並河氏「ブランド国内材としては奈良の吉野なんかは成功しているようです。」

ちきりん「海のそばを工場誘致のために埋め立てたりしていますよね?あれはどうですか?」

並河氏「自然を壊しているだけです。そもそも日本から工場がどんどん出て行っているのに、こんなところを工場用地に整備しても効果はでません。また311以降は、海のそばの津波の可能性のある場所ということで、いよいよ可能性がなくなったと思います。」


f:id:Chikirin:20120513143437j:image:w400

写真:ショッピングセンター近くにあった表示板  取材日にちきりん撮影


ちきりん「海、川、山とすごくきれいなところですけど、観光業は?」

並河氏「市は公園の整備などにも補助金を付けて、観光を振興しようとしています。けれど、世界遺産の熊野古道は必ずしも新宮市が拠点となっているわけではありません。

速玉大社に寄って貰えても、長時間過ごす場所がないので大きな産業にはなりえません。私は観光業が新宮市の生きる道だとは思えないです。」


ちきりん「聞いていて思ったのですが、高速道路の整備、工場用地を整備して企業を誘致する、観光業の振興・・・、“地方興し”、“地方再生”の方策って、どこでもひどくワンパターンですよね。どこの地域も同じ事を言っている。でも成功しているところは、ごく僅かです。そういう手垢のついた案ではなく、新しい発想を出していくにはどうすればいいんでしょう?」

並河氏「話が少し飛ぶように聞こえるかもしれませんが、創造的なアイデアで地方を立て直す方法のひとつとして、私は被選挙権を与える年齢を下げるべきだと考えているんです。」


ちきりん「どういうことでしょう?」

並河氏「今、選挙に出られるのは、衆議院で25才以上、参議院と都道府県知事が30才、その他すべて、つまり市長や市議などは25歳から立候補できます。私は、これをすべて20歳に下げるべきだと思っています。そうすれば、大学街では学生が市長や知事になれます。」


ちきりん「ほー。被選挙戦が20歳になれば、たとえば京大生が京都市長になりえるということですね?」

並河氏「そうです。そうなったら、すごく思い切った行政ができる。あと議員に関しては、年齢別に議席を割り当てるべきと考えます。議員の何割かは必ず35歳以下にするとか」


ちきりん「地方だと60歳以上の人口が5割近いエリアもありますよね。そういうところでも、議席を若手に割り当てるのが公正だと思いますか?」

並河氏「そういうルールにするかどうかは、その地域が決めればいいんです。一律に押しつける必要はありません。

もしも『うちの町は若い人に増えて欲しい、若い人にがんばってほしい』という町や市があるなら、そういう自治体は『うちは議員の3割は35歳未満の人に割り当てます。だから我こそはと思う人は、うちに移住してください。ここで政治家を目指してください』と言えばいい。

『うちの市は議員の全員が年寄りでもいいんだ』という市は、今のままでやればいい。そういうことです。」


ちきりん「なるほど。それは新しい発想ですね。私が理解していなかったのは、たとえ高齢化が進んでいる市町村であっても、若い人にリーダーシップを発揮してほしいと思っている人たちがたくさんいる、そういう町がある、ということですね?」

並河氏「そのとおりです。」


f:id:Chikirin:20120513143430j:image:w400

写真:選挙運動中の並河さん 本人提供


ちきりん「田舎の選挙では地縁・血縁が重要で、よそ者が選挙に出て勝てるはずもないと思い込んでいたのですが。」

並河氏「田舎でも、政治にどんどん若い人が出てくればいいという意見の人はたくさんいます。自分としては、若い人が当選できる余地は大きいのに、むしろ最初から無理だろうと思っているためか、実際に選挙にでてくる人の方が少ないと思えます。当選できる余地はあるのに、手を挙げる人が少ないという状態です。」


ちきりん「確かに高齢化が進む町ほど、どんどん若者に来て欲しいですよね。であれば、若者を積極的に議員として迎え入れますよ、という姿勢を表わし、その地域の再生を牽引していってくれる若い人を大都市や他都市から惹きつければいいということですね。」

並河氏「はい。大都市からくるだけでなく、元々新宮市にいる若者でいったん都会に出て行った人が戻ってくる、というのもアリです。若い人は、仕事がない、刺激がないということで出て行ってしまうけど、ここでやれることはたくさんあります。最低限、食べていくのにも困りません。おもしろいことができるはずなんです。」


★★★


うーん。なかなかおもしろかったです。高齢者が増えると「高齢者のための政治をしてほしい」と思う有権者が増えるはず、と思っていたのですが、反対に、高齢者ばかりになりつつあるからこそ「若者に来て欲しい」という気持ちが強くなる、のもまた真実。案外「若者ウエルカム!」な地方自治体は多いのかもしれないと思い始めました。


次回は、なぜ並河氏が地方議員という道を目指したのか、その辺をお聞きしていきたいと思います。


そんじゃーね! (続く)

2012-05-28 連載04) 非常時対応とは? 復興とは?

<日本の地方と若者の政治参加を考える特別連作エントリ>

連載01)  新宮市に行ってきた!  

連載02)   並河哲次 新宮市議 26才

連載03)   新人議員、大災害の衝撃!

引き続き、並河新宮市議に「緊急時の行政対応」について、お話を伺っていきます。


★★★

ちきりん「並河さんが、あの大災害を経験して学んだことは何だったのか、まとめて教えていただけますか?」

並河氏「住民の命が行政対応にかかっていることを身を以て学びました。

死者が出た地域はすべて、避難勧告も指示も出せていない地域でした。河川水位が避難勧告を出すべき数値になっても、最終的には人的な判断で避難勧告を出すかどうか決める仕組みなので、水位は越えていてもまだ大丈夫だろうと判断しているうちに、予想以上に早く水位が上って勧告を出すのが遅くなったり、出せなかった地域があったんです。

今回のような100年に一度という、職員の人が未経験の大雨の場合は、現場の判断は誤ることがあるので、数値が一定以上になれば自動的に避難勧告を出すルールにしておかなければならない、と思いました。


また同時に、住民もこういう緊急時には行政の災害対応に頼り切っていてはいけないとも思います。行政は予想を上回る災害に混乱し、支所と連絡が取れなくなったり機能がマヒすることもあるんです。平常時の業務は得意でも、緊急時に臨機応変な対応が求められる状況は不得手だともいえます。

「災害時は行政は動けない」くらいの認識を持って、住民自身でも自助・共助といった災害対応の力を持たなければならないと強く思いました。」


ちきりん「行政として、もしくは議員として、市民に『自分達でも自主的に対応してください』と呼びかけるのは勇気のいることです。けれど、実際にはそれって大事なことですよね。私も自分の命は自分で守るのが基本だと思っています。避難命令なんてでなくても、自分がヤバイと思ったら逃げるべきなんだろうと。」

並河氏「行政としてベストを尽くすべきなのは当然なのですが、どうしても対応できない部分については、「できないので準備してほしい」と予め周知しておくことが必要だと思います。

今回の大台風では5日間も断水し、2万人が水不足の状態になりました。断水が起こり、道路も通れなくなった場合を想定して、平時から水・食糧の確保を徹底してお願いしておくべきだと思いました。」


f:id:Chikirin:20120513143432j:image:w400

写真:2011年 台風12号の被害 新宮市 取材日にちきりん撮影


ちきりん「大災害を経験したことで、議員になろうと思った時と比べて、市議としての考え方が変わりましたか?」

並河氏「変わりました。いくら平常時にいろんな施策に取り組んでも、人が亡くなってしまっては意味がない。行政・議会に、住民の生命財産を守るという役割があることは認識していましたがそれが現実に起こりうる事態であり、災害時こそまさにやり遂げなければならない時であることを再認識しました。

教育や農林業など長期的な展望で改革案を考えることも必要ですが、緊急時に、市役所が、適切な対応が取れる体制を整えるように平時から働きかけていかないといけない。


また、議員として災害時にできることがある、とも気がつきました。議員は行政官ではないので(新宮市では)災害時の担当業務はないのですが、普段からいろんな組織や市役所のことを把握しています。

なので、緊急時に行政の各組織が担当業務に忙殺されているときに、遊軍というかフリーのコーディネーターのような働きができるとわかったんです。組織を越えて問題に対処するための行動ができるというのは、価値のある役割だと思いました。」

ちきりん「なるほど。議員の方が行政スタッフより、組織の壁を越えやすい立場だということなんですね。それは確かに緊急時には重要ですね。」


ちきりん「では新宮市のような街にとっての危機対応の準備として、必要な事項をまとめるとどうなりますか?」


並河氏「次の4つだと思います。


(1)情報伝達手段

情報伝達ができなければ、救助要請もできません。通常の固定電話、携帯電話がつながらず、かつ停電状態でも使えるように、衛星電話と発電機を孤立する可能性のある場所すべてに配備すべきです。


(2)柔軟かつ的確な指示が出せる人がトップに立つこと

非常時にはどんな完璧な「危機対応マニュアル」を作っていても対応できないことがたくさん出てきます。だからマニュアルにとらわれず、その場で臨機応変に対応できるリーダーが不可欠です。


(3)現場に決定権を与えること

被害の大きかった旧熊野川町地域(山間部)には、「熊野川行政局」という支所があり、行政局長がいます。しかし、危険箇所が多い山間部とは遠く離れた場所にいる市長しか、避難指示が出せない仕組みなんです。状況に応じて行政局長に避難指示を出す権限を与えるなど、現場に決定権を委譲する必要があるでしょう。


(4)他地域・他機関との協力

緊急時には、他の自治体や他の組織の協力が必須になります。普段から連携し、協力相手の能力を理解しておくべきだと思います。


今回も協定に基づいて、隣の市の消防が(道路障害の関係で)新宮市の消防より早く救助に向えました。逆に、夜でも救助ヘリは飛べるのかなど、自衛隊の能力を事前にもっと把握できていれば、的確でスピーディな支援要請ができたと思えるケースもありました。」


ちきりん「どれも大事ですね。福島の原発事故でも“現場で判断”の方が良かったことはたくさんあったはず。何でもかんでも「官邸の判断」なんて待ってたら全く間に合わない。」


壊れてしまった“道の駅”

f:id:Chikirin:20120513143426j:image:w400

写真:本人提供

“道の駅”の看板が現地に残されていました。f:id:Chikirin:20120513143433j:image:w400

写真:2011年 台風12号の被害 新宮市 取材日にちきりん撮影


ちきりん「ところで新宮市のような場所にとっての復興 とは何を意味するのでしょう? 元に戻すのが復興なのでしょうか?」

並河氏「私は復興という言葉には違和感があるんです。もともと少子や高齢化でどんどん衰退していた場所です。 災害がなかったとしても、復興はある意味では必要とされていたことで、単純にもとの状態に戻ればよいということではありません。

ひとつは水害の多い地域であることを前提として、住民自身も備えや訓練を定期的に行うことが必要です。前と同じ災害対応のままで元に戻しても、次の災害が起これば同じことが繰り返されてしまいます。


もうひとつは「災害でできた新たな関係を通じて、新しい人を呼び込む」ということです。いわば、「災害をバネにする」という考えもできると思うのです。

たとえば今回はボランティアセンターを通した方だけでも、2ヶ月で延べ1万人の方が災害復旧支援をしてくださいました。その中には若い人も多く、今も継続して関わってくれているボランティアの方もたくさんいる。

高齢化率30%(山間部では43%)にもなり、自主防災ということが現実には難しい地域も多い中、もし若者が新たに住みつくといった状況をつくることができれば、災害対策にもなります。移住するとまでいかなくても、田植えやイベントだけを手伝ってもらうこともできます。

災害を契機に新たに関わるようになった人たちを巻き込んで街づくりを行っていくことが、地方の復興のひとつのモデルになるのではないでしょうか。」

ちきりん「なるほど。それも東北などで起こりつつあることと同じかもしれませんね。」

★★★


最後の考えはおもしろいと思うし、東北などでも同じようなことが起こっているケースも少なくないと思います。けれど、「若者を呼び込めた地方が救われる」となると、結局は「若者呼び込み競争に勝てるか?」が地方復興の鍵になるのかとも思われ、そうなれば、そこにもまた一種の競争原理が働くのかな、とも思えたり・・。

なかなか難しいですね。


さて、次回からは災害の話を離れ、地方自治、地方政治そのものについて、一年生議員、並河氏の考えをお聞きしてみたいと思います。


そんじゃーね!(続く)

2012-05-25 連載03) 新人議員、大災害の衝撃!

<日本の地方と若者の政治参加を考える特別連作エントリ>

連載初回) 新宮市に行ってきた!  

連載02)   並河哲次 新宮市議 26才

今回より、並河哲次氏とのインタビューをトピック毎に再構成してお送りします。(並河氏の発言についてはご本人のご確認を頂いての掲載です。)


★★★

ちきりん「新宮市の市議になって1年ですが、どんな1年でしたか?」

並河氏「台風被害に尽きますね。2011年9月、超大型の台風12号が停滞して5日間くらい大量の雨が降り、河川氾濫、土砂崩れで、死者13名・行方不明者1名を含む大きな被害がでました。

市内はもちろん、全国からボランティアや物資、義援金など様々な形で助けていただきました。今も支援してくださっている方々も多く、心からお礼を言いたいと思います。

議員になって5ヶ月くらいで、まだ助走期間だったのですが、災害で一気に自分がやるべきことが見えたし、行政の機能や政治について学ぶ機会としても貴重でした。

ただ、災害時を含め、議員として自分がこの一年、何か具体的に成果を上げたのかと言われたら、ほとんど何もできなかったのかもしれないとも思います。」


水位に注目! ↓

f:id:Chikirin:20120513143424j:image:w400

写真:2011年、台風12号の被害 新宮市 本人提供


ちきりん「ものすごく大きな災害でしたよね。驚かれたでしょう?」

並河氏「災害はもちろんですが、立場上、それよりも行政の動き方に何度も衝撃を受けました。」

ちきりん「と言うと?」

並河氏「行政は混乱していて、避難判断水位や氾濫危険水位をとっくに過ぎてから遅れて避難指示を出したり、そもそも避難指示を出せなかったりしていたんです。

災害派遣で自衛隊が来てくれましたが、市役所はきちんと情報収集&統括ができていない様子で、来てくれた自衛隊の方の力を最大限引き出せているのか疑問でした。

実際自衛隊の隊員の方から、できることはたくさんある、もっと要請をしてほしいという話を聞きました。とてももどかしかったです。自衛隊が主導権をもって動いて欲しい、と何度も思いました。

市は、平常時には市の人達だけで仕事をしているので、他の組織と協力して何かを行うというのは苦手だったように思います。」


ちきりん「聞いていると、原発事故が起こった時の原子力保安院とか経産省、官邸でもそんな感じだったんじゃないかと思えます。他にも驚いたことが?」

並河氏「熊野川町では災害後の数週間、固定電話・携帯電話ともにつながらない集落がほとんどでした。NTT西日本やドコモが衛星電話を設置してくれましたが、横の連絡がないから同じ集落に複数の電話が設置され、一方で全然ない場所もある。

電話が通じないと常時やりとりができず、支援や復旧も遅れます。まず情報伝達が大事なのに、そこが考えられていなかったんです。

それで私が「あそこの集落にない、こっちはある」と騒いでいたら、「じゃあ、並河さん配ってください」ということで、手元に何台も衛星電話が集まってきたりしました。」

ちきりん「NTT西日本やドコモは市役所に問い合わせたのでは? でもまともな返事が返ってこなかったか、集落のリストだけもらって、居住者の多いところから順に配ったのかもしれませんね。」

並河氏「そうかもしれません」


ちきりん「他にもそういった混乱が?」

並河氏「社会福祉協議会は早くからボランティアセンターを立ち上げてボランティアを受け入れていました。熊野川町には宿泊施設として作られた建物がほとんどなく、ボランティアさんの多くはテントで生活していました。後に区長さんの協力で、ボランティアの方も区の集会所や廃校となった学校に宿泊できることになったのですが、これらは元はといえば市の建物です。

市が社会福祉協議会と情報共有しておけば、ボランティアの方はもちろん被災者のためにも、もっと早くこれらの建物を有効に使えた可能性もあります。他にも、市はなぜ他の組織ともっとうまく連携しないのか、というシーンがありました。」

f:id:Chikirin:20120513143425j:image:w400

写真:2011年、台風12号の被害 新宮市 本人提供


ちきりん「通常業務なら、各組織は分担通りの仕事だけをやればいい。でも緊急時には『市の仕事は市、他組織の仕事はその組織』ではなく、お互いが持っている資源を、市民のために総動員して使おうという機転が利く意思決定者が必要、そういうことですか?」

並河氏「そうです」

ちきりん「『緊急時におけるリーダーシップの圧倒的な欠如』ということでしょうか?

並河氏「そうだと思います」


ちきりん「原発事故と全く同じですね。この国の公務員って緊急時でも粛々と平常時のプロセスを続ける。その場の状況に合わせて柔軟に判断するとか、変えるとかはできない。変える時は“上からの命令”が必要な人達ばっかりですよね」

並河氏「日常業務も非常時対応もどちらのもできる人を雇うべきだと思います」


ちきりん「でも、そんな人いるんでしょうか? 新宮市だけじゃなく、超優秀な人がいるはずの東電にも経産省にもいない、もちろん民主党にもそんな人はいない、とわかったのが311だったんじゃないでしょうか?

私としては、公務員は平常のオペレーションが得意な人ばかりの集団でいいと思ってるんです。代わりに、広域で自衛隊的な「緊急時対応のプロ組織」を作るほうがいいのかなと。

だって緊急対応なんて勉強しても学べません。経験して初めて知見が身につくんです。各市が緊急対応の担当者を雇っても、大災害は100年に一度しか来ません。大災害の経験が積めないと、どんな優秀な人でも対応が学べないでしょ。でも、広域で備えていれば、毎年日本のどこかで災害が起こるからノウハウも蓄積されるのではないかと思います。」


並河氏「自衛隊はまさにそういう災害時、緊急時のノウハウを持っているのに、ルール上市長など行政のリーダーシップの下に動かなければならない。ところが、緊急時に行政のリーダーシップが機能しないと有効に動けないんです。」

ちきりん「それもまさに、原発事故後の政府の対応と同じですね・・。スタッフレベルの人はともかく、リーダーはきちんとした人がやってないと、イザという時に国が滅びますね。

この国の「緊急時リーダーシップの欠如」は本当に深刻な問題で、私は最近、日本が滅びるとしたら、財政破綻じゃなくて、こっちの理由なんじゃないかなという気さえします」

★★★

おっと、インタビューなのに、私がしゃべりすぎですね!

それにしても、聞けば聞くほど、「緊急時におけるリーダーシップの欠如問題」は原発事故対応のドタバタと重なる部分が多いと感じました。

次回はこういった点について、並河さんがどう改善すべきと考えているのか、伺っていきたいと思います。

そんじゃーね! (続く)

2012-05-23 連載02)並河哲次 新宮市議 26才

先日の、新シリーズ開始!)新宮市に行ってきた! に続き、「日本の地方と若者の政治参加を考える特別連作エントリ」の2回目は、新宮市の市議会議員である並河哲次氏の紹介です。


並河氏は、1985年、大阪箕面市で両親とも公務員という家庭に生まれ、現在26歳。子供の頃は、夏休みの宿題を、初日にスケジュールを立てた上で、7月中に終わらせるまじめな子供だったとのこと。

f:id:Chikirin:20120513143434j:image:w400

写真:並河哲次さん(取材日にちきりん撮影)


小学校の頃から昆虫が好きで、中学生の時、「近所の水路にいるカニが、工事のため水路に流れ込んだセメントのせいで死んでしまう!」と騒いで市役所に駆けつけたり、自宅の建替えで裏庭のクヌギ林がなくなるからと植木鉢に木を育てたり、小さな頃から「環境」に関心があったようです。

中学校卒業時には、園芸や環境について学ぶ専門学校への進学も考えますが、親や先生に反対され、北野高校という大阪の公立進学校に進みます。それでも高校生の頃には、庭でコンポスト(生ゴミを堆積発酵させて作る自然肥料)作りをするような変なエコな若者でした

その後は京都大学の農学部に進むのですが、ここではまじめな生徒から一転、全く勉強しなくなります。これは「京大定番コース」(←田舎のまじめな高校生が京都で下宿して大学生活を始め、一気にダラダラした生活に突入して学校に行かなくなる)という、ごく一般的なコースです。


大学時代はアウトドア活動のサークルに入って、毎週のようにキャンプに行っており、この頃、「テントと寝袋さえあればどこでも寝られる」と気がつきます。小さい頃から物欲のない子供だったのに、この頃からさらに「自然派」になったようです。

そして三回生になっても、就活も本格的には始めず、大学院の試験も受けず、親のお金を借りて一年間休学しつつ、“自分探し”的なモラトリアム期間を過ごします。

f:id:Chikirin:20120513143427j:image:w400

写真:アウトドア活動時代の並河さん 本人提供


就職する気にならなかった理由を聞いてみたところ、


・自分がやりたかった「環境問題」について、企業に就職してもそれを真正面から取り組める機会がないように思えた。


・大学生の間はそれぞれに個性的だった人たちが、就活になると一斉にモードチェンジをして、全員で同じレールの上を歩き始めることに違和感があった。


・毎日長時間働き、休暇もめったにとらずに何十年も働くというスタイルにも疑問があった。


からとのこと。


5年かけて大学を卒業した並河氏は、2009年の4月、新宮市山中(熊野川町)で、有機農業とパン作り、小中学生のキャンプ教育などを行っているNPOの拠点(廃校後の小学校校舎)に住み始めます。

ここに移り住んだきっかけは、モラトリアム時代に参加したとあるツアー。それは、大学生や社会人が、バスで1ヶ月かけていくつかの地方都市を周り、地元のNPO等と交流するバスツアーで、それに参加した際、このNPO拠点にも1週間ほど滞在し、それが縁になったとのこと。


大学卒業後この地に住み着いた並河さんは、「進学校レベルの高校数学を教えられる塾が近くにない」環境と、京都大学卒の肩書きを生かし、時には家庭教師で月に十数万円を稼いで、当面は就職しなくても食べていくのは問題ない」と確信。NPOの運営や有機農業を手伝う傍ら、パンや米菓子を製造販売し2年間を過ごします。

その後、次第に彼は、新宮市の市政に関心をもつようになります。また、20代の議員がいないことにも疑問を持ち、とりあえず出馬して意見を述べようと考え、2011年4月に行われた統一地方選で市議選に出馬したのです。


供託金の30万円には家庭教師で稼いだお金を当て、その他に寄付を20万円集めて活動資金としました。全体で50名ほどの友人知人のボランティアの支援を受け、超初心者な政治活動、選挙運動を展開。2011年4月の市議選で、20名の立候補、17名当選のうち、みごと8位で当選します。(当選には700票が必要で、彼の得票数は1061票)

2年前から新宮市に住んでいたとは言え、地縁も全くない土地で26才の“なんの実績もない”若者が市議会議員になれるんだから、「ほらね」って感じです → 過去エントリ:「若者はどんどん地方議会の議員に立候補しよう!


しかし、並河氏が市議会議員になった半年後の9月、この地域は超大型の台風に直撃(&停滞)され、死者13名(新宮市のみの被害者数)を出す100年ぶりの大災害に遭遇します。

その中で超新人議員の並河氏は、地域の大混乱を目の当たりにすることになったのです・・。


いったい何があったのか? そして彼は何を感じ、何を考えたのか? この続きは金曜日に。(このシリーズの掲載は月水金です)


そんじゃーね!

2012-05-21 新シリーズ)新宮市に行ってきた!

今年の4月半ば、ちきりんは和歌山県の新宮市を訪ねていました。新宮市は和歌山県の三重県寄り、紀伊半島の最南端からちょっとだけ東にある人口3万人強の市です。下記(紀伊半島の地図)でピンクのところですね。

f:id:Chikirin:20120511034809j:image:w400


訪問理由は後で書きますが、まずは読者の皆さんにも、この典型的な日本の地方都市のひとつともいえる新宮市がどんなところなのか、イメージをもって頂ければと思います。


★★★


新宮市の面積は255平方キロメートル(世田谷区と大田区を合わせると117平方キロメートルなのでその倍くらい)ですが、大半は森林で、宅地は海沿いに2.1%のみ、田畑も2.3%だけです。

この付近は2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」(いわゆる熊野古道)として世界遺産に指定されており、新宮市にある熊野速玉大社を始め、熊野本宮大社、熊野那智大社(あわせて熊野三山)が近隣市にあります。

山は森深く急勾配で、まさに霊山、スピリチュアルスポットという趣。夏に川遊びに行くなら、かなり素敵そうな場所でした。


新宮市の人口は32,130人(2011年4月1日)で、5年前の34,255人からは6.2%減。65歳以上人口は30.5%、この数字、日本全体では23%、和歌山県全体で約27%なので、やっぱり高いですね。しかも山間部だと65歳以上の人が43.4% (H24.3月現在) とのこと。(ちなみに2050年には、日本全体でも65歳以上が40%になると予想されています。)

大半の市民は、海沿いで駅前の平地に住んでいます。残りは山の中に集落が点在。世帯数は15,819で、一世帯あたりの家族数は2.03人。地方の小都市って大家族のイメージがありますが、この数字は東京と変りません。高齢化で単身者世帯が増えてるってことでしょうか。

平成17年の国勢調査では、第一次産業従事者が2.1%、第二次産業が17.8%、第三次産業が79.2%ですから、「みんなが農業やってる」わけではありません。働いている人の多くは卸小売業、サービス業の従事者です。この辺も、都市部の人が地方都市についてイメージする際に間違えやすい点ですね。


ただし選挙の投票率は、直近の市長選が74.9%、市議選が73.76%だから、都会からみると、やっぱりすごい高いです。

市内にはJRの駅が3つあり、一番大きい新宮駅の一日あたりの乗客数が1112人。うち定期の利用者(車で通えない高校生?)が594人です。

観光客数は、年間122万人なので、人口3万人の市としては「すごっ!」って感じですが、温泉がでないこともあるのか宿泊率は9%と、かならずしも「観光都市」ではありません。ちきりんも今回の訪問で宿泊したのは、温泉街であるお隣の紀伊勝浦でした。

f:id:Chikirin:20120513164455j:image:w400

写真:ちきりんが宿泊した勝浦の旅館の部屋からの風景。海がすぐ目の前


自動車の数は、乗用車が8,184台、軽自動車が11,056台、併せて2万台弱。20歳〜74歳の人口が21,100人なので、ほぼひとり一台ですね。

小学校は7校、中学校が6校、高校が3校あります。生徒数は小学生が1600人弱、中学生が900名強、高校生が1500人くらい。“市内みんな知り合い”みたいな規模。

生活保護の保護率は1.84%。都会ほどではないけれど和歌山県の中では高い方です。平成22年の刑法犯は405件で、うち290件が窃盗犯、凶悪犯は1件(何なんだろ?)、火災件数は5件。

市の予算は、一般会計の総額が170億円弱。うち自主財源は22.8%。残りは国からの交付金と借金です。市議会議員は17名。半分の8名が60才以上。大半が無所属。市の公務員数は641名。


実はこの新宮市と隣の勝浦には、昨年9月に大型台風12号が何日も停滞し、大規模な洪水、土砂崩れが発生、那智勝浦町で25名、新宮市では13名もの死者がでています。家屋被害も、全世帯数は15,000世帯強のうち、3000世帯に上ります。

昨年は311があったため、この台風、大雨、洪水、土砂崩れは東日本ではあまり注目されませんでしたが、こちらも非常に大きな災害だったのです。

★★★


さて、新宮市がどんなところか、少しはイメージが出来てきたでしょうか?

今回ちきりんがそこを訪れた理由は、新宮市会議員である並河哲次氏(26才)にインタビューをするためでした。「それ誰?」「なんで、その人にインタビューしにいったの?」って感じかもしれませんが、それらは、次回以降のエントリを読んでいただければと思います。

これはちきりんブログとしては、新形式エントリのトライアルです。1年ちょい前に会社を辞めたとき、「これからはいろんな人に会って話を聞き、それをブログに書いてみたい!」と思っていたのですが、それがようやく実現したということです。

私は今回、並河さんに2日間つきまとい、合計10時間に渡るインタビューをしています。その内容は想像していた以上に興味深く、学びの多いものでした。長い連載となりますが、”日本の地方と若者の政治参加を考えるための特別連作エントリー”、読者の皆様にもきっと楽しんで頂けるはずです。

では次回は、「並河哲次さんて、いったい誰?」というところからお送りします。お楽しみに!


そんじゃーね。


資料出典:新宮市市勢要覧 資料編

2012-05-18 新刊、本日発売です!

『社会派ちきりんの 世界を歩いて考えよう』が本日発売です!

“ちきりん本”の一貫したテーマは「考えること」です。一冊目の『ゆるく考えよう』は「どう生きるべき?」について考えたことをまとめ、二冊目の『自分のアタマで考えよう』は、「考える技術」そのものを、様々な社会問題を事例にとって解説しました。

そして今回は、私が20歳の頃から世界を歩き、考えてきたことをまとめた本です。


詳しい目次などは、こちらのエントリをご覧ください。

社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!

社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!


先日、知人と話している時、

「人生と旅という、自分にとっての大事なふたつのことについて、本が出せて幸せだよん!」

と話したら、その人は、

「おかしなこと言うね。人生と旅は並列じゃないでしょ。普通、旅は人生の一要素でしょ?」と・・・『自分のアタマで考えよう』の「第六章レベルを合わせて考えよう!」で書いたルールを、適用されてしまいました。(これだからむやみに論理的な人はヤだよ・・)


言われてみれば確かにそうですよね。人生の中に仕事や家庭や趣味があり、その趣味のひとつが旅行である、というのが、普通の感覚だということはわかります。

でも・・・私にとっては、人生と旅って重要性においてほぼ並列なんです。「旅することは生きること」と言えるくらい大事なことであり、旅のない人生なんて考えられない。それくらいたくさんのモノを私は、これまで「世界を歩くこと」から得てきたと思っています。

それはきっと皆さんにも(そして上記の知人にも)、今回の本を読んでもらえればわかってもらえるはず。


ぜひお近くの書店でお手にとってみてくださいー!

  ・アマゾン販売画面→ 『世界を歩いて考えよう!』

  ・楽天ブックス→ 『世界を歩いて考えよう』




そして・・

★★★出版記念講演やります!★★★

2011年5月23日現在、この講演会は満席となりました。ありがとうございます!

新宿のコクーンタワーってご存じでしょうか? 


ファッションやデザイン系の専門学校「東京モード学園」が入っている、“繭の形”をした巨大ビルで、すごいインパクトのある建物です。都庁の設計などで有名な故丹下健三氏の息子さん、丹下憲孝氏の設計とのこと。なるほどなるほど。 → 参考サイト コクーンホールなど


今回の講演は、コクーンタワーの地下1F&2Fにあるブックファースト新宿店さんの主催で実現しました。

6月1日(金)の夕方で、チケットは有料(1000円)、店頭でチケットを買うか、電話予約も可能です。定員は530名。

 (→ チケット購入、予約方法の詳細はこちら

ちなみにブックファーストのお店も、コクーンタワーに負けない近未来的なディスプレイが素敵です。


ちきりんもこのコクーンホールに一度入ってみたかったのですが、今まで機会がありませんでした。自分が講演する形で最初に入ることになるなんてびっくりですが、たくさんの方に来て頂けると嬉しいです。

当日は、過去20年の旅行の写真をふんだんにご紹介しながら、私がどんな旅行をしてきたのか、そして、世界を歩いて考えた結果、これからどんな世界がやってくると考えているのかについて、存分にお話ししたいと思っています。

なお、講演用の“コクーン・スペシャルお面”はこれから製作予定です。普通の人は講演と言えばプレゼン資料だけ用意すればいいのですが、私の場合、プレゼンの資料よりお面製作の方が手間がかかるのが大変なのですが・・・頑張ります!



そんじゃーね!


・アマゾン販売画面→ 『世界を歩いて考えよう!』

・楽天ブックス→ 『世界を歩いて考えよう』

社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!

社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!

2012-05-16 解体し分離し社会化し、グローバル化するという流れ

ここ10年くらい顕著になっているのが、ビジネスインフラ機能の解体、分離、社会化、そしてグローバル化という流れです。

ビジネスインフラというのは、どんな事業にも必要になる機能のことで、受付、庶務、経理、給与計算、人事ファイル管理、書類管理、法務、広報、役員などのスケジュール管理・・・など、内容は極めて幅広く多岐にわたります。


こういった機能を担当する部門は“管理部門”と呼ばれ、今までは「企業の中」に存在していました。会社の中で働く人が、受付をやり、経理を担当し、給与計算をやり、契約書管理をしていたわけです。零細企業ならひとりの人が何役もこなし、中小、中堅、大企業になるにつれ分担が分かれます。

大企業にもなれば、庶務部門の中にいくつもの課や係が存在し、「保養施設の管理をする係」や、「社内の机やキャビネットなど備品管理をする係」まであります。

いずれにせよ、従来こういった「本業を支えるビジネスインフラ機能」は、それぞれの会社の中に抱えるものでした。


しかしこれらはコストセンターです。プロフィットセンターと呼ばれ利益を生む部門(開発や営業など)とは異なります。だから、企業の業績が上向きの間はどんどん拡大されていましたが、売上が上がらなくなると止めどないコストダウンを迫られます。

日本企業では過去20年、これらビジネスインフラ部門の目標は、常にコスト削減であったと言えるほどでしょう。


コスト削減の手段としては、

(1)機械化

(2)標準化

(3)アウトソーシング化

(4)非正規雇用の活用

の4つがありました。


紙に書いてそろばんで計算されていた経理書類は、表計算ソフトに計算させるようになり、今は経理の専用ソフトに置き換えられています。これが機械化ですね。

部門ごと、会社ごと、業界ごとに異なる規格ややり方があったものは、どんどん標準化が進みます。容器や運搬パレット、段ボール箱を統一すれば、コストは大幅に安くなります。これが標準化。

さらに、いくつかの業務は外部にアウトソーシングされるようになります。一年に数ヶ月、集中的に発生する“新卒採用業務”のような仕事や“大きなイベント開催”については、それを丸投げできる企業があります。

加えて多くの企業が、コスト部門の人件費を下げるため、非正規スタッフを大量に雇うようになりました。今や外資系企業で、受付にいるのがみんな正社員だなんて会社は、ほとんどないでしょう。


★★★


さらに進み始めているのが、これらビジネスインフラを提供する、独立企業の増加であり、それらの企業が提供する機能の細分化、単機能化です。

たとえば、「バイト管理(のシステムの運用)だけを請け負う」とか、「会議室の貸し出しだけ」、「年賀状など挨拶状管理のみ」、「名刺制作だけ」、「アンケートとるだけ」、「電話受付だけ(コールセンターの機能貸し)」、「郵便転送だけ」、「配送だけ」、「給与計算だけ」・・・みたいな感じです。


このように、従来は企業の中に内包されていたビジネスインフラ機能が解体され、企業から分離されて独立、社会化することには、大きな意味があります。

(1)分離する側の企業にとっては、大幅なコスト削減となる。(コストセンターの切り離し)

(2)ビジネスインフラ機能の提供という新産業が生まれる。(新産業の勃興、起業のチャンス増大)

(3)個人やスタートアップでも、大組織と同様のビジネスインフラが最初から利用可能になる。

(4)専門機能を提供するビジネスインフラ会社の、生産性向上が期待できる。


(1)と(2)は、従来、大組織の中で「コストセンター」扱いされていた部門が、稼ぐ会社に置き換えられることを意味します。新たなビジネスチャンス、起業のチャンスが生まれたのです。

もちろんこれは、コストセンターが市場で競争する世界に入ることを意味しますから、(4)で書いたように競争による生産性向上が見込めます。

また規模拡大によるコスト削減効果(スケールメリット)も大きいでしょう。今でも多くの企業は社内に「自社専用の会議室」を持っていますが、それらの部屋が使われていない時間の家賃総額がいくらになるか、実際に計算してみたらクラクラする会社も多いはずです。

大規模ビジネスビルであれば、1フロアを入居企業の共同会議室とし、テナントの複数企業で会議室をシェアするだけでも固定費の大幅な削減が図れます。最近流行の「カーシェア」だって、営業車、役員専用車にも使えるでしょう。


そしてこういった「ビジネスインフラ機能の解体、分離、社会化」が進めば、それらの専門会社はグローバル化を始めます。

経理処理、領収書処理なんて、日本だけで請け負う必要はありません。ひとつの会社が、東京、大阪、ソウル、北京、上海、台北、バンコクなどに支店を置き、すべての経理処理を請け負って、実際の処理はフィリピンの集中センターで行う、というようなことも可能です。

日本語なんて読めなくても、日本のタクシーやJRの領収書を入力処理するのは難しくありません。ほぼ全部の領収書が定型だからです。一ヶ月も働けば、日本語が読めなくても「タクシー」という字が「taxi」の意味だと誰でも覚えられます。


人事採用業務だって、今はリクナビ、毎ナビなど日本独自のサービス会社があり、中国やアジアで採用をする時には別のシステムを使う必要があります。しかし、アジア全体で採用をしたいと考えている企業であれば、「世界全体で使える採用システム」を使いたいと思うのではないでしょうか?

そういった企業は、「英語で履歴書を入力するのは無理。日本語でしか履歴書が書けません」という日本の学生を是非とも採用したいわけではないでしょう。


というわけで、このビジネスインフラ機能が、組織の中から解体されて分離し、社会化し(=独立した企業として成り立ちはじめ)、さらにグローバル化するという動きは、

・既存企業のコストが削減できる

・新産業の勃興(起業のチャンスの増加)が期待できそう

・個人ビジネスにとっての環境整備が進む

・企業がグローバル化する際の環境支援も進む

など、イイコトづくめです。


加えて、これらの「ビジネスインフラ」が世界全体で提供されるようになれば、世界の企業や起業家は、「ビジネスのコアの価値部分のみで勝負」することに(できるように)なります。

ベンチャー企業が海外に進出しようとする時、日本で使っていたのと同じ会社が「オフィスサービス」や「秘書サービス」、「採用・経理サービス」などを提供してくれていたら、圧倒的に身軽に、海外に出やすくなるでしょ?

そうなれば「大企業だから海外拠点もあるし、組織の力が結集できて有利」とか、「大企業の方が細かい雑事に煩わされなくて、コア業務に集中できる」というメリットは止めどなく小さくなる。

たとえ個人であっても必要に応じて、超一流の法務部門、超ハイクオリティの配送サービス、すごく優秀な秘書サービスが国内外で使える・・・。ほんとにいい時代がやってこようとしています。


そんじゃーね!

2012-05-14 「稼ぐことの価値」を示せていない私たち

今に始まった話ではなく、もう何年もそうなんですが、知人友人と話していてよく話題になるのが、「最近、分配側に興味を持つ人が多すぎだよね」という話。たいていの場合、嘆息とあきれ顔と共に耳にします。

ご存じのように経済活動には「価値の創造」と「価値の分配」という2つの側面があります。「価値創造」とは、文字通り経済的な付加価値を創造することです。

新幹線が発明されれば、従来の特急より高い料金でも、その切符を買おうという人がでてきます。これは、それだけの付加価値が創造されたわけです。よく効く薬が創られて、今までの何倍もの値段で売られるのも同じです。便利グッズ、求められていたサービスなど、あらゆる分野で日々新たな価値の創造が行われ、それが集まって経済成長が実現します。

一方、大半の社会、国は、それら生み出された価値を「再配分する」制度をもっています。最初に価値が創造された時、その価値の対価を受け取る人はとても限られており、偏っています。それをより多くの人に分配するのが、社会福祉であったり、寄付行為であったり、税制であったりといった再配分制度です。

再配分制度の担い手としては、国などの公の他、宗教団体、NPOなどがある他、最近はインターネットの普及に伴い、個人でも直接、再配分機能を担うことが可能になってきています。


皆様ご存じのように、ちきりんは完全に前者のカテゴリーの人です。私が好きなのは「新たな価値を創造すること」であり、そういうことに携わっている人、それを目指している人、それの巧い仕組み、などに強い関心があります。

もっと俗な言葉でいえば、どんどん新たにでてくる“儲ける仕組み”や新ビジネスについて学んだり考えたりするのは、とてもワクワクすることです。

もちろん、ちきりんの友人&知人の大半は同じグループに属しています。なのでそういう人と話してると、冒頭に書いた「最近、分配側に興味を持つ人が多すぎだよね」という話になるわけです。

よくでるのは、「あんなに多くの人が分配に興味があって、じゃあ、いったいあんたらが配る価値は誰が創るわけ?」的な話と、「社会企業家とかいう、意味不明な言葉はいったい何??」というあたりでしょうか。

ちなみにこの話は、ちきりんと同世代の人と話す時にだけ出てくるわけでもなく、20代の起業家的な若者と話していても全く同じ言葉を聞きます。だから年代の差というよりは思想や嗜好の差なのでしょう。


★★★


なぜ分配側に関心を持つ人が増えてきたのかといえば、ひとつは、日本の経済が停滞し、生み出される価値の総量が伸びなくなってきたので、より分配方法が重要になってきた、ということでしょう。

高度成長期には、創造される価値がどデカかったので、分配方法が少々適当でもみんなが恩恵を受けられました。今は“びびんちょ”な価値を取り合っているので、分配方法が公正か、公平か、ということに多くの人が敏感にならざるをえません。


もうひとつ、従来は分離されていた創造側の人と分配側の人が、出会うようになってきたという変化もあるでしょう。昔は創造側の人は自民党支持で資本主義陣営、分配側の人は社会党や共産党支持で社会主義支持と分離されていました。それぞれの存在は知っていても、お互いの領域が混じることはありませんでした。

でも今や、外資系金融に応募してくる学生が堂々と「ボクは分配側に関心があります」とか意味不明なこと言い出す例さえあるくらいです。

ちきりんブログだって、これだけ明確に「あたしは価値創造側の人ですよ」と書いているのに、時には明らかに分配側の人から「意見が同じです!」みたいなご連絡を頂き、「いや、違うでしょ、ぜんぜん・・」みたいなこともあります。


ちきりんがこの件について「あたしたちは謙虚に反省すべきだよね」と思うのは、価値創造側の人達が、その意義とかそのおもしろさについて、ちゃんと伝えきれていない、ということです。

昔は「金を稼ぐことの価値」、「経済的な付加価値を上げていくことの価値」は説明しなくてもわかりやすかったんです。手で洗濯してたのに洗濯機が手に入るとか、熱くて死にそうだったのにクーラーがつくとか、そういう実体験を通して、みんな「経済成長することの意義」を理解しました。そんなものを言葉で説明する必要など、全くなかったんです。

でも今はそうではありません。モノの豊かさの変化はわかりやすいけど、サービスの豊かさの変化はそれほど見えやすくありません。さらに、豊かさが実現する範囲が昔より細分化されているため、全員が同じように豊かになった高度成長期とは異なります。

また、地球全体ではどんどん豊かになっていても「日本が豊かになっていない」という理由で、価値創造側の活動全体を否定する風潮も再出現しています。


私は分配制度の意義を否定しているわけではありません。「創造側」に嗜好と支持を持つ者のひとりとして、やっぱりもうちょっとこっち側のマーケティングも頑張っていくべきだよね、と思い始めているだけです。

今までは放っておいても「価値創造ありき」だったから、実際のところ創造側には、あまりマーケティング活動が必要という意識がありませんでした。でも、それもそろそろ考えを変えるべきでしょう。


「会ったこともない人達が、自分が創ったモノやサービスに、貴重なお金を払ってくれる」ということの意味を大事にしましょう。そういうものを創り出せるのは、大きな価値がある行為なのです。

「タダなら欲しい」ではなく、「お金を払ってでも欲しい」と思ってもらえるものを創りましょう。たくさん儲けている人は、たくさん価値を提供しているのです。多くの人がその人の創り出すモノを「お金を出してでも手に入れたい」と思うからこそ、その人のところにお金が集まっているのです。

ちきりんはたくさんの若者に“儲ける”おもしろさを楽しんでほしいし、ビジネスに成功し、実際に大金持ちになって欲しいと思っています。応援してるから頑張って! & ちきりんブログの貢献を忘れず、大成功したらぜひ奢りにきてください。(お店は和食かイタリアンで)


そんじゃーね。



<関連する過去エントリ> 

・「豊かになる意味

・「先進国生まれという既得権益

・「どんどん稼いでどんどん使おう!

2012-05-12 キャリア形成における「5つのロールモデル」メソッド

先日、「エンジニア人生のリアル」というエントリで、フラッシュメモリ関連の研究者である竹内健先生(中央大学教授)の御著書を紹介しました。

またそのご縁により、竹内先生と対談もさせていただき、内容がダイヤモンドオンラインに掲載されました。こちらも好評で、合計80万PV近い閲覧があったそうです。


その対談の中で私は、エンジニアのキャリア形成について、下記のような考え方を述べています。

私はエンジニアの人に、キャリアのロールモデルを5つぐらい提示して選んでもらったらいいんじゃないかと思ってるんです。


たとえば、第一の道として、「この分野に関してはコイツの右に出る奴はいない」みたいなオタクエンジニアになる道。狭く深い知識で生きていくことになるから社内での出世は難しいけれど、ノーベル賞を取るぐらいの勢いで頑張る人なら挑戦していい道だよ、と。


2つめに、そこまで高い技術力はもっていないけれど、トレンドに合わせて売れる商品を器用に開発していくという売れっ子エンジニアの道。


3つめは、エンジニアとしては「まぁ、ちょっとね」という人でも、マーケティングや営業をやらせると、技術のバックボーンを活かして他の営業マンとはひと味違う営業をやります、という道。


4つめに、もっと大きくマネジメントとか人を動かすことにセンスを発揮する人、ビジネススクールに進みたいという人。最終的には経営者を目指すという道ですね。


さらに5つめとして、エンジニアとしてベンチャー企業を興してみるという道です。


 工学部の学生に、最初から「君達エンジニアには、最終的にこういった5つの仕事があるから」といった説明をするんです。


 エンジニアとして生きて行くにはどんな道筋があるか、それがおぼろげにも見えていれば、たとえ入社時点ではどれが自分に向いているかわからなかったとしても、30歳にもなれば見えてくるでしょう。


 「俺は 5つのうち、どれに向いているエンジニアかな?」と考えながら必要な勉強を積んでいくことは、エンジニアのためにも、会社のためにもなりませんか?



実はこれ、ちきりんはエンジニアだけではなく、ほぼすべての人に必要な考え方だと思っています。それは一般化すれば下記のように言えます。

<キャリア形成における5つのロールモデルメソッド>


(1) 最初に職業を選ぶ際、そのキャリアが将来、どう分岐していくかという選択肢のバリエーションについて机上で学んでおく。イメージを持っておく。


(2) 実際に3年から5年、働いてみる。


(3) 自分の適性、能力、意向(好き嫌い)に応じ、自分はどのモデルを目指すか決める。


(4) 選んだ道に必要な経験やスキルを得るために、進むべき道や働き方を調整していく。


エンジニアの例は上記に書きましたが、医者や弁護士、薬剤師や会計士と言った資格職でも実際の働き方には様々な選択肢があり、ロールモデルは5つ程度のバリエーションに分けられます。これは、銀行員や経理担当、営業担当といった文系一般のビジネスパーソンでも同じです。(下記が例です)

(1)新卒時に入社した企業で経営者を目指すべく、様々な部門を経験しながら、政治力も身につけて上を目指す


(2)新卒時に入社した企業で働き、経営者は目指さないが、一貫した分野でのキャリアを極める。(役員候補以外は本社に残れないので)その企業を去った後も、中小企業や新興国で自分の専門分野を活かした仕事を続ける。


(3)専門分野(たとえば営業)において、様々な経験を積むため、何年かごとに業界や会社を変えながら、市場横断的な営業スキルを身につける。時には畑違いの分野でも、「営業」という機能スキルを活かしてチャレンジ。外資系企業などから「営業チームヘッド」として誘われるようなプロを目指す


(4)どこかの段階で離職し、営業代行、営業スタッフ教育サービスなどを請け負う自営業者となる。営業スキルやノウハウについて講演や執筆を行い、自分の身につけてきた経験値の伝道者を目指す


(5)「技術」や「運営」スキルをもつ仲間と起業し、自分は「営業」部分の担当者としてゼロから会社を興し、大きくすることにチャレンジする。最終的には営業全般を担当する「経営者」を目指す


ここですべての職業の「5つのロールモデル」を私が具体的に書くことはできませんが、それぞれの分野で3年から5年働いた人であれば、誰でも(ほんのちょっとばかし「自分のアタマで考えれば」、)それを言語化するのは難しくないはず。


どの職業を選んでも、「ひとつの職種の中には、5つくらいのロールモデルがある」んです。しかし学生時代にはそれが見えません。本当はそれを教えてあげるのが、大人や教育者の努めです。

しかしそれが期待できないなら、自分で考えればいいのです。3〜5年も働けば分かる話なのですから。

もしくは、既にそれが見えている諸先輩方は、ぜひ「この職業には、こういった複数のロールモデルがあるんだよ」と、ご自身のブログにでも書いてあげて下さい。それを「スゴク役立つ!」と思う若い人は日本中に大勢いることでしょう。


キャリア形成とは、こういうふうに先行きの選択肢を見極め、自分はどの道を選ぶかを意識的に選び、さらに選んだ道に必要な軌道修正や調整をしていくことを言うのです。

「どこの会社に入るべきか」「どの職業をえらぶべきか」なんてのは、新卒の“就活レベルの質問”であって、キャリア形成とは呼べません。

しかもこれまで昭和時代の会社員は、この「キャリア形成」を自ら行うことを放棄し、会社に(会社の辞令に)それを任せてしまっていました。

だから今のその世代の人には、これらを考えたことのある人がごく少ないのです。(考えたことがあるのは、リストラされた人など“かわいそうな人”だけです・・。)

しかし今やその会社自体が(自分が65歳で引退するまでに)沈んでしまう可能性が高い時代です。

だからこそ、自分のキャリア形成はどうあるべきなのか、個々人が考える必要が出て来ています。そしてその具体的な方法が、上記に書いた「5つのロールモデルを考えてみる」という方法です。


現時点で既に3年から5年働いている人は、この週末に、自分のキャリアの未来にある5つのロールモデルを言語化してみてください。そして、自分はどれを選びたいのか、考えてみましょう。

学生の方も同じです。自分が選ぼうとしている職業は、将来どう分岐していくのか、それこそが、皆さんが社会人の人に聞くべき質問です。(万が一それに答えられないような人の話は、いずれにしても余り聞く意義はありません)


最近は起業家志望の方も多いですが、私は起業家にさえ上記の「5つのロールモデル」は存在していると思っています。もしくは音楽家や舞台俳優などの芸術系の職業にも複数のロールモデルがありえます。

子育てに専念する専業主婦の方でも、一番下の子供が中学生になれば、「その後の5つのロールモデル」を考えることができるでしょう。

もちろん最初に「公務員」を選んだ人についても、働いて3年から5年たったところで行くべき道を考えるべきだし、研究者を目指して博士課程にいる人も同じです。

「博士課程にいるんだから、教授を目指すべきでしょ?」以外何も考えないのは、思考停止そのものです。


どんな分野にいる人も、働いて数年たったら将来ありうるロールモデル5つを言語化(明確化)し、どの道を自分が進もうとしているのか意識的になりましょう。

ぼーっと歩いている人と考えながら歩いている人に全く異なる景色が見えるのは、旅行もキャリア形成もまったく同じなのです。


f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium

そんじゃーね。


自分のアタマで考えよう
ちきりん
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 2,304


→ Kindle 版

→ 楽天ブックス

↑ キャリア形成については、特に第七章をご参照ください。


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2012-05-10 世界を歩くと、ホントにいろいろ考える・・

今年のGWはタンザニアを2週間、旅行してきました。前半はサファリ、後半はビーチです。アフリカへの旅行は8年前にケニアに行って以来です。

8年前と今回の間に、アフリカはいろいろと変わりました。そのひとつはBOP市場の勃興です。 BOPとはBottom of the Pyramidの略で、世界の人口を経済力で分類すると、ピラミッドの一番底辺にいる人たちが「消費者」として経済世界に現れ、市場として認識されはじめた、ということを意味します。

新市場開拓に貪欲な欧米企業は、シャンプーや洗濯洗剤などを「一回分で2円」のような商品に仕立てて売り始めています。売る場所は、舗装もされていない砂埃の道に面した掘っ立て小屋。どうやって、こんなところに商品を届けるのか、物流とか在庫管理とか、先進国ビジネスの常識が通じない場所で「商売」が始まっています。


f:id:Chikirin:20120510134513j:image:w400

写真:インパクトのあるコカコーラの広告


そのBOP市場に関しては、今回タンザニアの諸都市を見て、「これは確かに可能性がでてきたよね」と私も感じました。

隣の国ではありますが、8年前のナイロビでは、まだ人々が一番気にしているのは「身辺の安全」でした。でも今回は、そういったピリピリ感はありません。まだまだ何もない街ですが、身辺の安全さえ確保されれば、人は消費を楽しみ始めるのだとわかります。


過去8年の変化といえば、中国のアフリカ投資(援助)も最近はよく注目されます。アフリカで大きな建物や立派な道路を見れば、「どこの援助?」と聞くのがちきりん基本の質問なのですが、今回は確かに「中国」という回答が増えていました。「あの病院はフランスの援助、こっちの学校は中国が、ああ、この道路は日本の援助で・・」といった具合です。

アフリカには資源もあるし、票もあります。票とは何かって? 政治は国際社会でも基本は票です。国連安保理のように、5つの国だけが絶対的な権限を持っている組織もあるけれど、多くの国際組織は何かを決めるのに「一国一票」で選挙をします。その際の一票は、国の経済力に無関係です。アメリカもタンザニアも同じ一票なのです。

ご存じのようにアフリカには、50以上の国があります。世界全体の国の数は200くらいなので、国際社会はいつも200票で選挙をしており、その4分の1以上がアフリカ票だということです。(ちなみに「世界100カ国を旅行した!」と言っている人と、「世界50カ国を旅行した!」と言っている人の違いは「アフリカを細かく回ったかどうか」です。)

だから日本を含め、国際選挙で票が欲しい国はせっせとアフリカに援助をします。しかもアフリカには共産主義へのアレルギーがありません。経済力と軍事力に加え、民主的な方法(選挙)でもアメリカと並ぶ力を得たいと考える中国にとって、アフリカはとても重要な地域なのです。


★★★


さてBOPマーケットは、確かに立ち上がりつつありました。短期間、街を見ただけでも「これは市場になるよね」と思える状態です。これは8年前との大きな違いであり、世界の企業が注目するのもよくわかります。

ただ、日本企業にとって意味のある市場なのかどうかは微妙なところとも思いました。日本企業が得意そうな市場にはとても見えなかったからです。


ちきりんは2年前に、このエントリを書いています。「昔と今では経済発展に必要なインフラが変わってしまった」という内容です。 → 「経済成長に必要なインフラが変わる!

今回のタンザニア旅行では、これをビビッドに感じました。街に最も溢れている企業広告は、コカコーラとボーダコムやエアテルなど携帯会社の広告でした。

コカコーラはホントにどこの国に行っても存在する、ある意味“めちゃな”企業なのですが、それに次ぐ企業が「携帯通信会社」になったのは、この10年の世界の大きな変化でしょう。(ちなみにアフリカ人のドライバーは、それらを「SIM card company」と呼んでいました。これもなかなか考えさせられる言葉です)


f:id:Chikirin:20120510134514j:image:w400

写真:首都ダルエスサラーム空港にて(あるのは通信会社とコカコーラ社の広告のみ)


携帯電話を使った送金システムも、実際に使われ始めていました。掘っ立て小屋のような、埃だらけのその代理店を見ながら私は、「技術はほんとに世の中を変えるよね」と思いました。

これから、世界人口70億人の大半は、「固定電話を見たことはないけれど、携帯電話はもっている」という人になります。(固定電話なんて知ってるのは、先進国の人だけです。)

同じようにこれからは、「銀行なんて見たことないけど、貯金も送金も現金の引き出しも、もちろんやってるよ」という人が大半になるかもしれません。「銀行の支店なんて見たことあるのは、先進国の人だけ」という状態は現実になりえます。

というか、日本でさえ、銀行の支店が街のあちこちにある時代がいつまで続くのか、よくわからなくなってきているのですから。


f:id:Chikirin:20120510134512j:image:w400

写真:BOP市場の典型的なお店。看板にある「M-PESA」は、携帯電話を使った送金等、金融サービスの名前


★★★


世界を旅すると、ほんとにいろんなことに気がつきます。それは一種のタイムトリップです。タイムマシンがなくても飛行機に乗れば、私たちは時代を超えた旅行が可能です。

誤解しないでくださいね。私は、アフリカに日本の過去を見たわけではありません。私がアフリカで見たのは、日本の未来です。



ちきりんが世界を旅しながら、考えたことをまとめた本が10日後にでます。

(追記:現在は増補版が文庫本&電子書籍として出ていますので、そちらへのリンクを紹介しておきます)


社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう! (だいわ文庫)
ちきりん
大和書房
売り上げランキング: 132,766

キンドル版はこちら

楽天ブックスはこちら


そんじゃーね。



http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2012-05-03 サファリ写真 

サファリ写真を「ぱーそなるブログ」の方にアップしていきます。このページには、随時そちらへのリンクを張っていきます。

そんじゃーね


1) しまうま百景


2) きりん百景


3)らいおん百景


4)ヌーの大移動


5)ヒョウ&チータ百景

 

6)鳥百景


7)ぞうさん


8)サバンナの風景  絶景です・・


9)ワニとかカバとかハイエナとかいろいろ


10)インパラ&その他の皆様


11)番外編:サファリロッジの食事



すべての撮影はこちら。手の平サイズで 2万円ちょっと。20倍ズームのコンパクトデジカメ。日本のカメラは本当にすごい・・

FUJIFILM デジタルカメラ FinePix F800EXR ブラック F FX-F800EXR B
富士フイルム (2012-08-11)
売り上げランキング: 126,665