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Chikirinの日記 RSSフィード

2012-06-18 無罪の人を牢屋に入れることの意味が理解できないらしい怖い人達

1997年の3月に渋谷のラブホテル街、円山町で、当時、東京電力に勤めていた女性社員が殺されました。その事件発生の2か月後に逮捕され、当初より無罪を主張していたネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリさんが、先日、逮捕から15年後、ようやく釈放され、ネパールに帰国しました。

この事件に関して、発生当時からマスコミが大騒ぎし、世間が一種の興奮状態に陥った理由は、東京電力という超一流企業の女性社員が、円山町というラブホテル街で、立ちんぼに近い形で格安売春婦をやっていたという衝撃的な事実のためでした。


被害者は「元、東電に勤めていた」のではありません。当時も普通に働きながら、勤務後に一回数千円などという価格で売春を続けていたというのだから、世間の好奇の目を集めるのは当然だったともいえるでしょう。

なんだけど、そもそも「殺された側」、つまり被害者のプライバシーがマスコミで大々的に報道されるなどまともなことではありません。何をやっていたにしろ、彼女は被害者です。それなのにその家族までがプライバシーを調べられ、次々と報道されるという異常な事態になりました。


こういう状況になると、警察&検察側には「誰でもいいから、とにかく早く犯人を挙げろ!」という“空気”が生まれます。世間で注目されている事件で、華々しく犯人を挙げること、それが彼らの存在意義につながるからです。

軍隊が平和を嫌うように、警察も検察も「なんの犯罪も起こらない平和な国」を望んでいません。彼らが望むのは、安心安全な社会ではなく、「自分たちによって安心安全が保たれる社会」です。「世間の耳目を集める大事件が定期的に発生し、警察がかっこよく素早く犯人を挙げ、検察がそれを確実に有罪にする」という社会です。特に、大きな事件でホシを挙げられなければ、彼らの威厳も予算も維持できません。


ライブドア事件の強制捜査もそうですが、世間の耳目を集め、注目されている事件が起こると、警察も検察も「ここぞ!」とばかりに張り切ります。会社の正門に横づけにした何台ものバンから、何人ものスタッフを送りこんで大々的な家宅捜査をするのも、文句がでなさそうな(世間が納得しそうな)弱者を捕まえて、とりあえず犯人を逮捕したぞと宣言するのも、「かっこよく見られたい!」という、5歳の男の子かと思えるほど単純な、彼らのプライドの示し方です。

だからこういう事件において、慎重に捜査をし、みんなが事件を忘れた頃に犯人を捕まえてもしかたがありません。マイナリ氏は、そんな騒ぎの真っ最中に逮捕されました。


外国人も多い渋谷のラブホテル街。現場のすぐ近くにいて、被害者の客でもあった、弱小国から出稼ぎに来ていたオーバーステイの外国人は、警察にとって非常に都合の良い(捕まえやすい)“犯人”だったのでしょう。

ところで今回の事件、自国民を15年にわたり冤罪で拘束されたネパールは、日本にたいしてなんらかの抗議声明を発表したのでしょうか? いったいいくらのODA、もしくは政府関係者への“便宜”を図れば、そういった声明を出さないよう、お願いできるんでしょうね。当然ですが、彼がアメリカ籍、もしくは中国籍であったとして、こんないい加減な捜査で冤罪を仕立てあげたら、外交的にも大変なことになったはずです。


また、もしも一審が今のような裁判員裁判だったら、高裁ももう少し慎重になったのではないでしょうか。そういう意味で、ちきりんは「プロの裁判官による裁判」より、今の裁判員制度のほうが圧倒的によい(冤罪は少なくなる)と思っています。


「世間で話題になった事件では、すぐにそれっぽい犯人を挙げること!」、「一度挙げた犯人は、なんといわれようと、最後まで犯人だと言い続けること!」、どうやったら彼らのこういう態度を変えることができるのでしょう?

心から不思議に思えます。他人を冤罪で牢屋にぶち込むことの意味を、彼らはわかっていないとしか思えません。


本当に怖いです。。


そんじゃーね。



過去関連エントリ

・「裁判員制度の意義

・「検察が逮捕したい人の一覧