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2012-10-28 「なぜ今は?」 by NHK  「なぜ昔は?」 by ちきりん

NHKの「プロジェクト2030」という番組が話のタネとしておもしろいです。ネットでも見られます→“プロジェクト2030サイト

先日は、「なぜ昔は、学歴や収入が低い男性でも結婚できていたのか?」というエントリを書きましたが、今日は「20代のホームレスが増えている」(10月1日放送分)について考えてみます。


こちらも前回同様、番組制作者とちきりんの視座は180度異なります。

NHKの問題意識 「なぜ今は、結婚したい若者が、結婚できないのか?」

ちきりんの関心  「なぜ昔は、誰でも結婚できていたのか?」


NHKの問題意識 「なぜ今は、地方から一人で都会にでてきた若者がホームレスになるのか?」

ちきりんの関心  「なぜ昔は、地方から一人で都会にでてきた若者がホームレスにならずに済んだのか?」


20代の健康な若者がホームレスになるなんて、「信じられない!」方もあるかもしれませんが、

・地方で親と縁が切れ(死別、片親の再婚、借金やアル中での縁切れなど)、

・高卒や大学中退の立場で、

・バイトで貯めた10万円を持ってひとりで東京にでてきても、

・右も左も分からずウロウロ仕事を探してるうち、1ヶ月もたたずに所持金が切れ、

・ある日、道で寝てしまい、それが続いてます、

みたいになるのは、そんな不思議なことではありません。


前回同様、NHK的の視点は「なぜこんなことが起るのか!?」ですが、ちきりん的には「そんなことしたら、ホームレスになるのはあたりまえじゃん。てか、なんで昔はそういう若者でも、ホームレスにならずに済んでたわけ?」です。

というわけで、「なぜ昔は、地方から身一つで仕事を求めて都会にでてきた若者が、ホームレスにならずに仕事を得られ、その日暮らしから抜け出すことまで可能だったのか?」について、考えてみます。



理由(1) 高度成長期は、日雇いの仕事がめちゃくちゃたくさんあった

高速道路に高層ビルに東京湾の埋め立てと、都市周辺には大工事が山ほどあり、地方から身ひとつででてきた若者は、毎日飯場で働くことができました。

人手不足だから日当も高く、その日の宿代、食事代を払っても、真面目な人なら貯金もできたのです。もちろん中には、酒と博打と女でその日暮らしをする人もいたけれど、貯金をしてアパートを借り、定職に就いていく人もいました。

今は、たとえ若者でもいきなり東京にでてきて、毎日朝から晩まで働けるバイトを見つけるのは至難の業です。日当の高い工事現場が減り、時給の安いサービス業が増えていて、一番うまくいっても「その日暮らしができる」というレベルから上に、なかなか抜け出せません。

「若者が身ひとつで都会に出てきて成功できる」のは、経済成長期だけなのだ、というお話です。



理由(2) 昔は、人を雇うインフラコストが無用だった

昔は、工事中に日雇い労働者がケガをしても、なんの保障もありませんでした。出稼ぎ先でケガをし、そのまま放り出されて人生が狂ってしまった人もいたでしょう。

人を集めていた“手配師”も、自身も税金を払ってるんだか払ってないんだかわからないような輩で、資格もへったくれもありませんでした。

また、日雇い労働者は山谷など決まったエリアに住み、手配師がそこによこしたトラックやバスで仕事場に向かうので、交通費も不要です。

しかし、今はこうはいきません。手配師は労働派遣事業者に変わり、様々なコストが上乗せされます。雇う側は労災のリスクや安全義務を守らせるために必要なコストを、人件費から差し引いて払おうとします。

個々の労働者は、少なくなった仕事場までの交通費を自分で負担させられています。日当が7000円で、交通費が片道600円、往復1200円だと、日当の17%が消えていくのです。

もちろんそのかわり、ケガをすれば労災や障碍者認定も受けられます。万が一の時の保障は、昔よりはマシになっていると言えるでしょう。しかし生活の糧となる“手取り”は、確実に減少しているのです。



理由(3) 昔の地方は「地元振興」より「出稼ぎ支援」に熱心で、地元から都会に出ていく若者を支援していた

今でも、アジアや中東の国から、数万円しか持たずに日本にやってくる外国人がいます。そして彼らは、必ずしもホームレスになっているわけではありません。なぜなら、家賃3万円の安アパートに、10人近くが一緒に寝泊まりしたりするからです。

家族でも友達でもないけれど、「同じ福建省の出身」とか、「同じイラク人」とかいうつながりで、遠い異国で助け合い、共同生活をする、という感覚(慣習?)が残っているからです。なかには、その中から成功し、アパートをでていく人も出て来ます。

そういう人は自分の店で、新たに同じ国からやってきた若者を働かせます。こうやって新たにやってきた人達も、身寄りのない異国で職が得られます。もちろん彼らは医療保険にも入ってないし(病気になったら終わり)、時には合法とは言えない分野に足を踏み入れているかもしれません。

それでも、ぎゅうぎゅう詰めのアパートで暮らす彼らは「ホームレス」にはなっていません。


おそらく日本人でも、昔は“県人会”が同じような機能を果たしていたんじゃないでしょうか。特に出稼ぎをする人が多かった東北各県の県人会や、もしくは、その地域から出て来て成功した人が、同じ地域からやってきた若者の世話をする、みたいな風習がある時期までは残っていたのでしょう。

もうみんな忘れそうになっているけど、耐震偽装工事の姉歯さんと小嶋社長の関係はそういう感じでした → 過去エントリ 「機会平等」


ところがある時代から、日本の地方は「東京に働きに出る県内の若い人を応援する」のではなく、「自分の県内でダムや高速道路を造る工事を行い、若者を自県内にとどめておく」という方針に変わりました。

そりゃそうですよね。いつまでも「東京にでていく若者を応援」なんてしていたら、止めどなく人口(特に若者人口)が減ってしまいます。それは県の存亡に関わる問題です。だから霞ヶ関詣でをし、お金をひっぱってきて、原発やダムを県内に造る。そして「県内で雇用を確保する」方針に変えたのです。

この方針転換に伴い、「地方から東京にひとりで出てくる若者」を地元は積極的に支援しない、ということになりました。だから彼らは道で寝るのです。

★★★


こう見てくると、「なぜ昔は、地方から身一つで出て来た若者がホームレスにならなくて済んだのか?」、ある程度、おわかり頂けると思います。

でも今日のエントリで一番言いたいことは、このことではありません。注目すべきは、NHKの視点とちきりんの視点が、なぜいちいち真逆なのか?ということなんです。


なぜNHKは「今はなぜこうなのか?」と考え、なぜ私は「昔はなぜそうだったのか?」と考えるのでしょう?

私の考えはこうです → NHKの考えの前提には、「昔はいい社会だった。なのに今はなぜこんなヒドイ社会になってしまったのか?」という視点があります。彼らが探っているのは、「すべてが巧く廻っていた、高度成長時代の幸せだった日本社会への戻り方」です。

ちきりんの前提は違います。それは「世の中は、基本的にはよりよい方向に向かっている。しかし、変化は今までになかった、新たな問題を生む。それをどう解決すべきかこそが、私たちの考えるべきことであり、“幸せだった昔”に戻る方法を考えてもしゃーないやん」という発想です。


前回の、「なぜ昔は、学歴も収入も低い男性でも結婚できていたのか?」問題についても、「結婚するために、教育を受けることさえ諦めていた女性が多かった昔」より、今の方がいい社会だと(私は)思っています。

しかしそのために「結婚できない男性」が増えているのです。高卒の相手と結婚することを厭わない大卒女性や、東大出身の女性と結婚することを気にしない男性が、まだ十分に増えていません。だから(社会はいい方向に動きつつあるけれど、まだ)問題が残っているのです。


この問題の解決策は、女性が結婚のために高い教育を受けることを諦めていた昔に戻ることではなく、男女の学歴格差への社会通念(男性が上の方が夫婦関係が巧くいくだろうという感覚)を変えていくことです。

同様に、地方から身一つで都会にでてきた若者がホームレスにならないようにするには、昔のような「地方から出て来た無縁の若者がすぐに寝食を得られる、無法地帯的な労働市場」を復活することではなく、「若者を地方にとどめておくための不要な公共工事向けの資金の一部を、その地方から都会に出て行く若者の、都会での当初の生活支援費用として使う」ことでしょう。



大事なことは、「前に進む」という意識を持つことです。

「昔は良かった」という思いを基に、「なぜ今はこんなことになってしまったのか?」と考えるのは、過去を目指す発想です。昭和に戻る方法ばかり考えていては、いつまでも「次の社会」はやってきません。

社会は確実に、昔より良くなっているということを、忘れるべきではありません。過去エントリ 「時代と共に幸せに」をご覧ください。私たちは本当に、こういう“幸せ”を取り戻したいと考えているのでしょうか?


「昔はよかった」と縁側でお茶をすすってるような発想から如何に脱皮するか。問われているのは「前に進む」という覚悟なのです。


そんじゃーね

2012-10-26 電子書籍元年(イブ)!

キンドルの予約が始まりましたねー。

端末が手には入るのは年末みたいだから、いよいよ来年は「電子書籍元年」! かもしれません。(←まだやや信じてない・・)



電子書籍リーダーとしての Kindle paperwhite の他、タブレット端末のKindle Fire HDなど、どれも低価格で、アマゾンの本気を感じさせます。


電子書籍については以前に書いたように(こちら)、読むところ、買うところについては、意見が分かれます。いくら電子書籍が便利だと言っても、“読む”部分に関しては、紙の本を好む人は当面は減らないでしょう。

ただし、保存や活用(検索、共有など)に関しては、電子版のメリットは計りしれません。

ちきりんも先日のソーシャルブックリーディングで使った『ワーク・シフト』は紙で読み、これからも手元におきたいのですが、本棚のない我が家、置ける本には限りがあります。(ちきりんは、本棚の代わりにこのブックシェルフを使ってます)

今後は、後からも参照したくなるであろう本については、紙の本は読んだ後に処分し、電子本を買って保存することになりそうです。

つまり、「読むのは紙、保存は電子版」ということで、気に入った本は2回買う、感じになるかもと思います。(きっとそのうちアマゾン様が、「過去に紙で買った本をキンドル版で買う場合は20%引き」的なプランを出して下さることでしょう)


もちろんワークシフトもkindle版が出ています↓ 



ちなみに、電子書籍については、アダルト系とマンガ系が(まずは)市場として有望なのでしょうが、おばさん的には韓流ドラマ、K-POPの市場も大きいと思います。

家に韓流ドラマのDVDをずらりと並べるのは、来客どころか家族の前でも「うむむ」な感じですが、タブレットに保存できたら目立たないし、移動中にも楽しめてナイスです。アマゾンの“おばさん顧客担当”の方には、ぜひそのへん検討して欲しいです。

他にも、タブレットってレシピを見るのにも便利ですよね。レシピ本を何冊もキッチンに置くのは大変だし、拡げて置く場所も限られています。タブレットが、冷蔵庫にくっつくような仕様になり、各レシピ本から自分の選んだレシピだけを抽出して保存できるようなソフトができると、めっちゃ便利です。



革新的な新商品がでてきた時、どのタイミングでそれらを利用するか、という観点で消費者を(Everett M. Rogers教授が)分類したイノベーター理論というのがあります。下記にあるように、3と4の層で全体の3分の2を占めるため、そこが動けば「普及品」となります。

既に3の層が動き始めた感のあるスマホと違い、タブレットについては(当初のiPad熱狂の後)少し熱が収まっていましたが、iPad mini や kobo も出て、グーグルやサムソン陣営も kindle の登場でヒートアップしそうだし、これで3の層が動き始めるのかもしれません。

1.イノベーター “新しいモノ”を“新しいから・革新的だから”という理由で買う人  全体の数パーセント


2.アーリーアダプター 自分が“価値がある”と思えば、周りに持っている人が少なくても買う人。流行に敏感なオピニオンリーダー  15%未満


3.アーリーマジョリティ 新しいものには飛びつかないが、ある程度普及し始めると早めに購入する人  全体の3分の1


4.レイトマジョリティ もしくは、フォロワー かなり流行始めてから購入する人  同じく3分の1


5.ラガード とても保守的で、イノベーションが伝統になるまで買わない。 “みんな持ってる”状態になってから買う  15%程度



また、保有端末の組み合わせについても、年代や職業によってグループが別れてくるのでしょう。

・スマホ + PC ・・・ 若い男性 & 若いつもりの男性 中心

・ガラケー + タブレット ・・・ おばさん中心

・スマホのみ ・・・ 若い女性中心

・固定電話 + タブレット ・・・ シニア中心

みたいな感じ?



そういえばちきりんの2冊目の本も、キンドル版がでています。(無料ソフトをダウンロードすれば、iPad, iPhoneなどでも読めるらしい)

自分のアタマで考えよう――知識にだまされない思考の技術

自分のアタマで考えよう――知識にだまされない思考の技術

→ ★kobo版もでてます★


そんじゃーね!

2012-10-23 Twitterについて、理解しておくべきこと

“顧客への感謝の気持ちを忘れたネット通販企業の経営者”が、“配送会社への感謝を忘れた顧客(しかも女子高生)”を、ツイッター上でいきなり罵倒した事件が話題になってます。

ちきりんもTwitterはすばらしいネットサービスだと思うのだけど、「怖いよね」と思うこともたびたびあります。今日は自戒も兼ねて、「これは忘れないようにしときたい」と思うことをまとめておきます。



1.すべてのツイートは、誰に読まれても不思議ではありません

下記のように思っていたら、それは間違いです。

・@を付けていない。メンションを飛ばしていないので、本人には読まれないだろう

・日本語で書いているので、外人は読まないだろう

・自分のフォロアーは20人しかいないので、たくさんの人に読まれることはないだろう

・DMや鍵付きでのツイートが、意図しない人に読まれることは決してありえない


企業(の関係者)が、自社名、自社サービス名&商品名で検索を掛けるのは当然だし、クリエーターや著者が、自分の作品名や芸名、ペンネームで検索を掛けるのもごく普通のことです。

テレビの前で有名人についてブツブツつぶやくのと、ツイッターで有名人についてブツブツつぶやくのは、同じように見えて、全く異なる行為なのだと覚えておきましょう。


さらに、本人が検索していなくても、おせっかいな第三者が「あなたに関する、こんなツイートがありましたよ!」と嬉しそうに本人に報告する場合もあります。あなたが中国やアメリカに関するツイートをした場合、その発言を中国語や英語に訳して、それらの国の人に回す人が現われる可能性さえあります。

フォロアー数が少ないなんて、なんの意味もありません。検索はキーワードで行われ、その検索をかけた人のフォロアー数が多ければ、あなたのツイートは一気に拡散されます。

言葉であれ画像であれ、パスワードさえ掛けない状態でネット上に何かを残せば、世界中の人がそれを見る可能性があるのだという、当たり前のことを忘れないようにしましょう。


DMや鍵付きのツイートが、絶対に安全だと思っているのも、たいがいオメデタイです。

フェースブックの創業者、ザッカーバーグ氏が「非公開」に登録していたプライベート写真が、プログラムのバグにより流出した事件からもわかるように、いつどんな(爆弾のような)バグやウイルスが出現するか、誰にもわかりません。

どんなバグがあっても、無料でサービスを使っているユーザーが保障を受けられる可能性は極めて低いでしょう。もちろんそんなことが頻発するとは思いません。でも「絶対ありえない」ではないのです。



2.「言われたこと」より、「言ったこと」の方が、圧倒的に重要だと理解すること

誰かが「ちきりんはアホだ」とつぶやいても、そのつぶやきで、私のことをアホだと思う人は多くありません。

しかし、ちきりんが誰かに「お前はアホか?」とつぶやけば、私のことをアホだと思う人は相当数に上ります。


前にも書きましたが、「何を言われたか」より、「何を言ったか」の方が、圧倒的に重要です。

この点で、まず(&なにより)気をつけるべきは、言葉遣いです。内容が正しかろうと、怒って当然という場合であろうと、汚い言葉遣いをした段階で、あなたの人格はその言葉遣いと同じレベルだと判定されてしまいます。


冒頭で書いた事件に関して、「それにしてもこの汚い罵り言葉、何とかならないの?」と書かれているブログを見ましたが、ほんとそのとおりだと思います。 

これでは株価を回復させるのは至難の業でしょう。「伸び盛りのベンチャー企業の命運は、経営者の資質にかかっている」と、多くの投資家が考えています。

一度こんな言葉遣いをしてしまうと、「この経営者は爆弾を抱えてる・・・」と投資家は判断します。たったひとつのツイートで、失ったモノ(信用)の大きさは測りしれません。

同じ意味で、ビジネスをしている人が政治的なツイートをするのもリスクが大きいです。なんの気なしに日中問題について発言していたら、将来「自社サービスを中国でも展開しよう!」と考えた時に、なぜかその発言が再度(しかも中国語で!)リツイートされ始めて・・・みたいなことも起こりえます。

「自分が何を言われているか」なんて、たいして気にする必要はありません。そうではなく、「自分は何を言っているか」について、その何倍も気にするべきなのです。


また、ツイッターでなにか複雑な問題について議論をする場合、一連のツイートの中のひとつだけが切り取られて「何を言ったか」が取りざたされることも覚えておきましょう。

ツイッターは、「全員が前後の発言を全部読む」ことを前提としていません。ひとつの独立したツイートだけを読んだ人が、自分の発言をどう理解するだろう?という視点をもつことも必要です。

このこともあり、ちきりんはネット上では議論しません。こちらに書いたように、あまりに非生産的で、無意味だからです。



3.ツイッターは極めて市場的だと理解すること

「市場的」というのは、ルールが少なくて自由度が高い反面、参加者のシンプルな気持ちがそのまま反映される場所であり、弱肉強食とも言えるし、初心者だという言い訳が通用しない場所である、とも言えます。

ツイッターではフォロアー数がひとつの指標となっていますが、その数は、その人の発言の質と量に応じて日々変動します。ちきりんはこれを見る度に、「株価のようだ」と思います。フェースブックの友達数は、こんなふうには変動しません。市場的である、というのは、ツイッターの大きな特徴です。

なお、使用者数の合計が日々増えている(のだと思う)ので、基本的にはフォロアー数は誰でも右肩あがりです。経済成長期の株価を見ているような気分ですね。


他にも、140字という制限の中で、「論理立てて人を説得する能力」や「アハハ、クスリと笑わせる能力」など、言葉の力を使ってどれほど効果的に他者に影響を与えられるか、という競争が行われている、という意味でも、市場っぽいなと思います。

今話題の橋下大阪市長がツイッターを始めた時、多くの“ツイッターの先輩”が、「橋下さんのツイートは長すぎる。固すぎる。もっと気楽につぶやいたほうがよい」とアドバイスをしていました。

しかし今やあのツイートスタイルは、彼の主張を市場に伝えるためのベストなスタイルにさえ見えています。自分の伝えたいことを、効果的に、パワフルに、直接的に、伝える技術をもつ人にとって、ツイッターは極めて有効なツールとなりつつあるのです。


さらに、ブロックやミュートが簡単にできることも、ツイッターが“市場的”である部分です。

嫌な人、キライな人はいつでもブロックでき、コミュニケーションを断つことができます。ソフトによっては、相手に気づかれないように不可視化(ミュート)することもできまます。この“自由さ”も、気に入らない株はいつでも売ってしまえる流動性の高い市場を思わせます。


市場である限り、参加したらいきなりその洗礼を受けることもありえます。最初のツイートで、いきなりお目当ての人にブロックされてしまうこともあるでしょう。「ええっ!」っと思っても後の祭りです。

始めたばかりの頃に何気なくしたツイートで炎上し、見知らぬ人からボコボコにされたりしたら、「もう一生、ツイッターなんてやりたくないっ!」と思うかもしれません。

初心者だろうと無名だろうと小学生だろうと、参加したら誰でもイチプレーヤーとしてボコボコにされうるのがツイッターです。

そこで残っていくのは、「フォローされたらフォローを返すべき」とか、「自分に直接メンションを送っていない人に反応するのはマナー違反」などというお行儀の良い“お約束”ではなく、単純に「おもしろければフォローする」、「嫌いな奴はブロックする」という市場的なメカニズムのみです。



そんじゃーね。

2012-10-21 いじめられている君へ

あなたは今、両親や祖父母の職業について悪口を言われ、

お前にもその血が流れているなどと、いじめられているかもしれません


何代も前の先祖がどこに住んでいたなどと言われ、

そのことがまるで何か悪いことのように誹られたり


あなたの名字を侮蔑的に読み替え、デカデカと張り出すいじめっ子に、悔しい思いをしているかもしれない


「イジメはよくない」と言っている大人達自身が、そんな行為を平気ですることに、あなたは絶望しているかもしれません。



それでも、

覚えていて欲しい


こんな行為が許される社会であることを、悲しいと思っている人もたくさんいることを

こんなことがあってはいけないと思っている大人達もたくさんいることを

こんな社会を変えていかなければならない責任は、私たちみんなにあります



ちきりんが就職する頃は、就職面接で親の職業を聞くような会社が、まだ存在していました。雇うのは本人なのに、なぜ親の職業が関係あるのか。誰もが疑問に思っていたけれど、そんな理不尽を気にもしない会社もあったのです。

今は、そういう会社はほとんどなくなりました。時間はかかるけど、人は少しずつ「やってはいけないこと」を学びます。



現在でも、祖先や親や親戚のことをアレコレ言われたくないと考える多くの人が、「目立つ職業には就かないようにしよう」と考えているはずです。

目立つ職業につくと、大きな影響力をもつメディアまでが、親の職業やら昔住んでいた場所をあげつらい、社会的ないじめを始めるからです。

自分はともかく、自分の子供がそんなことでいじめられるのは耐えられないと思う人が、「家族のために、娘のために、目立たないようひっそりと生きていこう」と考えるのも無理はありません。

でも、いじめられている方が、社会から隠れてひっそり生きていこうと考えなくてはならない社会は、あきらかに間違っています。

できる限り早く、誰一人そんな思いをしなくてもいい社会が実現できるよう、私たちは努力を続けたい




いじめられている君へ


子供の世界だけじゃない


残念ながら、大人の世界も大変です



それでも、ちょっとずつ、そんな社会も変えていけると


信じたい



決して諦めず、絶望せず、


みんなの努力を重ねよう



そんじゃーね

2012-10-18 国が貧しくなるということ

「個人が貧しくなる」ということについては、イメージがしやすいですよね。

毎月カツカツの生活で、ご飯は古々米、おかずは夕方以降の安売りで調達。というか、大半はバイト先のコンビニから売れ残りの弁当を貰ってきて食べている。

300円未満のファストフード以外は外食もしないし、お酒もタバコもやらない。もちろん洋服や家電も何年も買っていないし、旅行もしない。てか電車に乗らない。

歯が痛くても熱が出ても寝て治し、携帯は6年前に買ったガラケーをまだまだ使う。冷暖房もできるだけ付けない。風呂はシャワーのみ。更に進めば、ガスや電気を止められる・・。

もちろんある程度は借金が可能だけれど、利子を含めて返済が始まれば、結局は借りる前より生活は厳しくなる。



では、「国が貧しくなる」というのは、どんな感じでしょうか? 日本の場合、国が借金できる限度額が極めて大きいので、今のところ「どんどん借金して、消費額は変えない」方針で来ています。だから、みんな「国が貧しくなると、どんな感じになるのか?」が具体的にイメージしにくい。

というわけで、ちょっくら考えてみましょう。(増税側ではなく、支出側ね)


1.現金給付が遅れ、かつ、削られがちになる

生活保護、障害者年金、国民年金などが、一律に2割減、3割減になる。しかも支給日に振り込まれず、数日から1週間は遅配になることも多くなった。生活保護に関しては、一部が現物支給となる。福祉が適用されないために、路上で生活する人が増える。


2.すぐに命に関わる病気以外は医療保険が適用除外になる

虫歯や風邪、花粉症、禁煙やコンタクト処方のための眼科など、すぐに命に関わるわけではない病気の治療は、医療保険が効かなくなる。歯医者に行けばすぐに1万円、2万円と言われるため、お金持ち以外は歯医者なんて行けない。

価格の高い効果的な薬は保険適用されなくなり、お金持ち以外使えない。最新の手術機器や新技術(iPS細胞関連も!)を使った治療法も、軒並み保険適用外となり、数百万円は当たり前にかかるようになる。結果として一般の人は高度医療の恩恵を受けられない。


3.公の建物はメンテされない

公営住宅のメンテは行われなくなり、壁が壊れても、風呂釜が壊れても一切、修理されなくなる。(自己負担で修理するのはOK) 

公民館や図書館、公園、市役所、学校なども、クーラーが壊れても、ドアや窓が壊れても修理されない。割れた窓には段ボールなどが貼られはじめる。美術館など維持費の高い施設は閉鎖される。

道路もひび割れが多くなり、時には信号の電球が切れている。特に使用量の多い都心近くの幹線道路や高速道路は、痛みが激しく安全性に不安が持たれ始める。

停電や水道水が濁るなどの問題も、日常茶飯事となる。


4.公共サービスが削減される

赤字バス路線は廃止。第三セクターの鉄道も廃止。ゴミの収集が週に1日になる。道路の掃除は行われなくなり、街にゴミが増え始める。街路樹の剪定も行われないので、落ち葉が堆積して腐り、風が吹くと老木が倒壊する。

公園も荒れ放題。市民プールの衛生状態も悪化し、感染症の源となる。救急車も呼んでから30分くらいは来なくなる。大雪の降る地域でも除雪の回数が減り、事実上、冬は動けなくなる。

都市部ではひったくり、コンビニ強盗などが増え、治安も悪化する。刑務所の経費を減らすため、執行猶予や仮釈放が多くなる。


5.公務員や納入業者への支払いが滞る

公務員、準公務員の給与の遅配が始まる。ボーナスは削減され、いずれ出なくなる。新規採用はストップし、足りない人手はパートやアルバイトでまかなう。市役所、税務署など、どこの窓口も人手不足で待ち時間が尋常でないくらい長くなる。

納入業者への支払いも滞りがちになり、まともな企業は納入しなくなる。公認保育園や老人保健施設などもスタッフが不足し、子供&老人が溢れかえっているのに、ケアが行き届かなくなって大混乱。


6.不要不急の補助金は全部カット

文化団体、私立大学などへの補助金は全額カットされる。一部有名校を除き、私立学校の多くが倒産する。国公立大学も授業料が大幅値上げされ、親が金持ちでない学生は進学率が下がる。もしくはバイトに明け暮れたり、借金を抱えることになる。

存続のために巨額の補助金を必要としていた大赤字の地方空港などは、事実上、機能停止となり、飛行機も飛ばないまま放置される。義務教育の間の教科書は貸与制となり、みんなお古を使う。人口が少ないエリアの学校は統合され、授業はテレビ経由(ネット配信)で行われる。

人口の大半が高齢者で、ほとんど税収のない自治体(収入は補助金のみという自治体)については、財政運営自体が不可能となり、近隣自治体へ吸収合併される。


7.災害復旧なども遅れがち

地震、台風などが起っても、復旧作業は遅々として進まなくなる。土砂崩れも放置、流された橋もそのまま。公的部門の不払いが常態化しているため、業者も前払いでないと仮設住宅の建設を請け負わない。

大災害があった際、助けてくれるのはNPOやボランティアであって、国や地方自治体は何もしてくれないのが普通となる。その他、薬害問題などで国を訴えて裁判に勝っても、賠償金がなかなか支払われない。


8.円が暴落した場合

日本が貧しくなっても、世界の先進国がそれ以上に貧しくなれば、円安にはならない可能性もあるのですが、ここでは「円が暴落した場合」のことも想定しておきましょう。

ドル建ての石油価格が暴騰し、ガソリン、電気代、輸送費などが高騰。大金持ち以外は長距離移動が難しくなる。生鮮食料も高騰し、貧困層は大量生産のインスタントやレトルト食品ばかり食べることになる。

一方、日本の価格競争力は増すので、アジアのお金持ちが東京の不動産を買ったり、人件費のかかる産業を日本でやろうという動きは出始めるかも。海外からの旅行者も増える。

ただし、日本の価値ある資産は、企業も名旅館も風光明媚な場所も、海外資本に買収されてしまうかも。



そしてなによりも、国が一定以上貧しくなれば、「困ったことは国になんとかしてもらおう」という風潮自体が消えていく。

たとえばテレビの討論番組などで、「こんなに困ってる人たちがいる。早急に国が手当てすることが必要だ!」みたいな脳天気な提案は、あまりに白々しく聞こえるため、みんな余り言わなくなる。


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そんじゃーね


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2012-10-16 「知りたいこと」と「報道されること」

今に始まった話でもないですが、報道されることと知りたいことの間に乖離が大きいと感じることが多いです。


先日、「結婚したい若者が、結婚できなくなっているのはなぜか?」というテレビの特集番組を見て、このエントリを書きました。「番組が報道したいと思ったこと」と、「ちきりんが知りたいと思ったこと」は、似ているようで、全く違います。

番組が伝えたいと考えたのは「なぜ、今、結婚したい人が結婚できなくなっているのか?」ということであり、私が知りたいと思ったことは、「昔だって条件が悪い人もいただろうに、なぜ全員が結婚できていたのか?」ということでした。

全く同じ現象を見ても、異なる人は異なる方向から考えるのだと、よくわかります。



他にも、「行動提起としてのノーベル平和賞&文学賞」というエントリを書いていますが、今回のノーベル文学賞に関して、ちきりんが一番知りたい!と思うのは、莫言氏のこれまでの作品の多面的な解釈、彼の生い立ちや経歴、これまでの発言とその背景です。

理由は、そこを掘り下げれば村上春樹氏が賞を逃した理由がわかるだろうと思うからです。先日のエントリは、私の勝手な仮説に過ぎません。でも調査能力を持つ大手メディアであれば、中国文学の専門家の協力を得て、上記のような莫言氏に関する情報を深く掘り下げ、今回の授賞が何を意味するのか、検証することも可能でしょう。

そういう番組があればぜひ見てみたいと思います。



昨日は、最近お騒がせの森口尚史氏(iPS細胞を利用した移植手術を6例、実施したと発表。現時点で5例は虚偽だったと認めている)の件であれこれツイートしていたのですが、この事件に関しても、ちきりんが知りたいのは、

(1)この人は、仕事は普通にマジメにやってて、魔が差したように虚言癖があるだけなのか

(2)今までの経歴(博士号の取得、今回の件以外の研究実績、東大の特任研究員としての雇用の是非や業務内容)にも、疑うべき点がある人なのか?

ということです。


(1)であれば、よくある「まじめな会社員が、魔が差して万引きした(or 実は万引きの常習犯だった)」的な話です。どこにでもそういう人はいるし、そういう事件の場合、勤め先企業は「真面目な勤務態度だった。何も問題はなかった。事件を聞いてびっくりしている」的なコメントを出して終わりです。

ですが、(2)であれば、「アカデミックな世界において、大がかりな詐欺(詐称)行為が可能になる土壌が存在するの?」という話になります。もしそうなら、なぜそんなことが可能になるのか、といったメカニズムは詳細に知りたいところです。

というわけで、ちきりんがまず知りたいのは、(1)と(2)のどっちなの?という点です。でも、この分岐が重要だと思っている人自体が少数派なのか、大量の報道を見ていても、記者会見の質問を見ていても、今ひとつピンときません。



iPSといえば、本家、山中教授の研究に絡んでも、「iPS細胞が臨床応用されれば、こんな難病が治る可能性がある!」的な報道ばかりですよね。もちろんそういうことを報道する意義があるのはわかります。

でも、ちきりんとしてはビジネス的な視点から、「iPS細胞が研究から臨床、応用の世界に入ったら、どういうビジネスがでてきて、どんな産業規模になると考えられるの?」ということにも関心があるのですが、そういう報道はあんまり見かけません。(株価はそういう視点で動いています)

山中先生は目標として糖尿病治療への臨床実験も挙げられているし、ガンの治療にも役立つかもという話になれば、「どんだけの市場規模になるの?」という興味をもつのは、ちきりんにとっては余りに自然なことです。

「それって巨大な市場が現われるってことだよね? どれだけの人と企業が、これで食べていけるの?」「それってどんな企業なの?」なども是非知りたい。でも、世の中的には「そんなどうでもいいこと」は報道されません。



という感じで、いろいろ併せて最近思うのは、“マス”メディアというのは、“マス”が知りたいことを報道してればいいんだなということです。ちきりんが知りたいようなことは、それらの分野に詳しい専門家が、きっとどこかで答えを書いてくれている(or くれる)のでしょう。

たとえその書き手や内容が、今は注目されていなくても、もしくはその情報が日本語以外で書かれていても、きっとそのうちグーグル先生が見つけてきてくれるはず。

最近はよく「マスメディアとマイクロメディアの役割分担ってどうなっていくんだろう?」と考えていたのですが、ここのところの「報道されること」と「知りたいこと」の乖離から、なるほど、こういう感じの補完関係になっていくのかな、と思いはじめたりしています。


そんじゃーね

2012-10-14 行動提起としてのノーベル平和賞&文学賞

ノーベル平和賞がEUに与えられたと聞いて、アタマが“???”になった人も多いでしょう。

受賞理由では、「昔は戦争ばっかりやってたのに、今はみんな仲良くやっててエライ!」ということらしいけど、昨今のユーロ危機が世界から奪った富の総額を考えると、「まじですか?」と言いたくなります。


でも、これで明確になりました。それは、ノーベル平和賞はもはや「過去の優れた功績への報償」ではなく、「お前、これから問題を解決しろよ!」という将来の行動提起のための賞である、ということです。

今回のケースで言えば、EUにノーベル平和賞を与えておけば、「こんな賞を貰っておいて、“ヨーロッパは破綻します。世界にどんな影響が出ても僕らは知りません!” とは言えなくなるだろう」的な効果を狙ったのでしょう。

平たく言えば、「ドイツは全資産をなげうってでもヨーロッパを救え。平和賞やるから世界の平和を全力で守れ、ばーろー」ということです。


この流れは、就任直後のオバマ大統領がノーベル平和賞をもらった時に明白になっていました。当時、ちきりんは下記のエントリの中で、「賞を与えることによって、受賞後のアメリカ大統領が戦争を起こせなくなる効果を期待したのだろう」と書いています。

 → オバマ氏 ノーベル平和賞の裏側

中国の劉暁波氏のような反体制活動家に賞を与えるのも、「これで中国は彼を殺せなくなる」という、“未来への抑止力”が期待されていると推定できます。



そして実はちきりん、今年は平和賞だけではなく、ノーベル文学賞にも同じ意図を感じました。

文学賞の方も、過去には政治性の高い作家が多々選ばれています。ソビエト連邦(当時)や中国の体制に反対する作家、中東に爆弾を落としまくるブッシュ元大統領や、トルコのクルド人弾圧を糾弾する作家たちが、その栄誉を与えられています。

それらを見ていると、あたかも「ノーベル文学賞を取るには、卓越したレベルの文学作品を書くと同時に、極めて“政治的な存在”であることが強く求められる」、かのように見えていました。


日本で、「今年こそは!」と期待されていた村上春樹氏も、これまで政治的な発言を繰り返してきました。イスラエルにおけるパレスチナ人擁護のスピーチは、その代表的なものでしょう。

しかし今回の文学賞は、中国の作家、莫言氏が受賞しました。(受賞前の)発言の政治性という意味では、莫言氏の方が(村上氏より)穏やかでした。中には彼のことを、体制派だと非難する人もいたくらいです。それなのに、彼らは村上春樹氏ではなく、莫言氏を選んだのです。


この「莫言氏が“あからさまな反体制派”ではない」ことに、ちきりんは興味を覚えました。平和賞と同じような“先物買い”が、文学賞でも行われたように思えたからです。

ここ何年か中国は、ノーベル賞平和賞、文学賞に強く反発をしています。こんな中で、あからさまに反体制派である作家に賞を与えても、中国はさらに反発するし、本人は授賞式にも出られず、亡命しないかぎり、海外渡航さえ禁じられてしまいます。

それよりは寧ろ“その芽がある人”に賞を与えておき、中国政府にもさんざん(受賞を)喜ばせておいて、後々その人が“言論の自由や人権擁護、民主主義を求める運動の精神的支柱になることを期待する”方が、よほど実が得やすい、とは考えられないでしょうか。


莫言氏の発言や作品は、あからさまに反体制的ではないけれど、その根本には、中国共産党が推進する一人っ子政策、急速な都市化、中国オリジナル文化を駆逐した共産主義への複雑な思い、も透けて見えます。そしてなにより彼自身、文化大革命により、人生に影響を受けています。

そう考えれば、彼が受賞後に、そして将来において、人権や民主主義、言論や芸術の自由に向けて、なんらかの発言をしてくれることは、十分に期待できるでしょう。


今日のエントリの最初に「過去の功績より、未来の行動への提起としてノーベル平和賞が贈られ始めている」と書きました。文学賞にも同じ流れがあるとすれば、村上氏と莫言氏の“ノーベル財団にとっての価値”は決定的に異なっています。

村上氏に賞を与えるとすれば、それは彼の過去の功績に対してです。優れた作品と、イスラエルでのスピーチなど「これまでの勇気ある発言」にたいして贈られることになります。

しかし、ノーベル財団側として「村上氏には将来、こういうことを期待したい。そうすれば世界がより平和になる!」と強く思えるような、「提起したい未来の行動」がどれほど見つけられたでしょう?


翻って、莫言氏について考えてみてください。彼が今回、中国人初のノーベル文学賞受賞者として「国民的栄誉」と共産党政府から認められ、しかるべき後に、反体制的な発言をする人になってくれたら?

ノーベル財団としては、それこそ「してやったり!」の結果になるはずです。そのインパクトの大きさたるや、中国政府としては地団駄を踏みたいくらいアタマにくることでしょう。

結局のところノーベル平和賞、文学賞の選考委員達はもはや、「いいことした人を表彰する」という地味な役回りには満足できなくなっているのです。そうではなく、「世界平和により強力に貢献するため、期待できる人に賞を与え、選考委員等からのメッセージを伝える」という、一歩踏み込んだ、よりアクティブな役割を担いたいと考えているように見えます。



中国は劉暁波氏に平和賞を与えたノルウェーに対して、渡航ビザを出さないとか、サーモンの通関を遅らせるとか、未だにネチネチと嫌がらせを続けています。北欧としては「どうすんねん、あの国」的な頭痛の種なのです。

ところが今回、莫言氏がノーベル賞をとったことは中国もすごく喜んでいます。ノーベル賞を与える側としては、とりあえずそれだけでも

「よっしゃ!」

的に嬉しいことなんじゃ、ないでしょうか。


「西欧かぶれしていないユニークな作家。アジアの重要性が高まっていることの表れともいえる」という受賞理由も、「我々といたしましても、西欧と異なる文化や価値観も大事だと思っているんすよ」的な“擦り寄り”にも聞こえます。

そしてその裏で、彼らが本当に期待しているものとは?



これからの莫言氏の言動に注目です。莫言氏の作品は日本語訳もいくつかでています。この機にぜひ、ひとつでもそれを読み、「ノーベル文学賞の選考委員達が、彼に何を期待したのか」考えてみてはいかがでしょう。どの本も当然に在庫切れですけど。


赤い高粱 (岩波現代文庫)

赤い高粱 (岩波現代文庫)

白檀の刑〈上〉 (中公文庫)

白檀の刑〈上〉 (中公文庫)

牛 築路 (岩波現代文庫)

牛 築路 (岩波現代文庫)


そんじゃーね

2012-10-12 なぜ昔は、学歴も年収も低くても結婚できていたのか

先日、テレビ(NHK首都圏ネットーワーク)で、「結婚できない若者」を特集していました。

「男女とも、結婚したいのに結婚できない人が増えている」というもので、28才、中小企業勤務で年収 300万円、活動的で誠実そう、外見も好青年で、でも「学歴はない」という男性が登場してました。

彼は結婚紹介所に入会したけど、200人近い女性に、会うことさえ断られたらしいです。

女性は、出産、育児で自分の収入が途絶えるため、年収 600万円以上の男性を求める。でも未婚の若い男性で、そんな高年収の人は少ない。

だから年収の低い男性の未婚率は高く、交際率さえ低いというデータが紹介されていました。


さて、この番組をみて、みなさんどう思われるでしょう?


女性の立場にたって考えれば、この男性がお見合いを断られるのは、不思議でもなんでもありません。

彼は今 28才です。

ということは、彼がデートを申し込んだ相手の女性 200人も、その年齢以下の人が多いのでしょう。それはつまり「 20代で結婚紹介所に登録をしている女性」です。

20代の女性は、紹介所の登録会員のなかで最も人気のあるグループです。

結婚相談所では、男性については年収が重要であるように、女性に関しては年齢が最重要なのだから。

つまりこの男性は(おそらく無意識にですが)最も人気のある女性たちにアプローチしています。


彼は「自分は高望みはしていないのに、200人もの女性に断られた」と思っているのでしょうが、結婚相談所で 20代女性を希望するというのは、それ自体が「超高望み」です。


最も人気のある 20代の彼女らは、多くの相手から会うことを求められており、その中には年収が彼の倍近い、という人もいるでしょう。

彼の言う「自分には学歴もない」が、高卒・中卒という意味なのか、一流大学卒ではないという意味なのかわかりませんが、

もし高卒だとすれば、「最も人気のある 20代女性」から立て続けに断られたのも、そんなに不思議ではありません。


そもそも、20代で結婚紹介所に登録している女性が求めているものを想像してみましょう。

彼女らは「つきあっていて楽しい男性」を探しているわけではありません。

まだ平均結婚年齢にさえ達していない女性が紹介所に登録するのは、恋愛相手ではなく「よりよい結婚相手」を探すためです。


しかもこういうシステムのなかでは、会うまでは条件がすべてです。

彼女らが会う人を選ぶため、“検索”に使いそうな要素が何であるか、ひとつふたつ考えれば、この男性が“モテない”のは不思議でもなんでもありません。

20代で結婚相談所に登録し、相手の学歴に「高卒も可」とする女性は多くないでしょう。

(ただし、今回出ていた男性、とっても誠実そうでいい感じだったので、このテレビ出演を機に結婚できるんじゃないかとは思いましたけどね)


★★★


さて、この番組を見てちきりんが考えたのは、「こういう男性は、なぜ今まではナンの問題もなく結婚できていたのか?」ということです。

日本では、1970年代までは男性はほぼ全員結婚できていました。

中卒だろうが高卒だろうが、年収が低かろうが、少々見かけが良くなかろうが、もっと言えば、酒癖が悪かろうが浮気者だろうが、口べたでほとんど話ができない男性だろうが、みーんな結婚できていたんです。

データ: 年齢別未婚率


なんで昔は、学歴も年収も両方低い男性でも、結婚できていたんでしょう?


最大の理由は、「昔は女性が、結婚のために敢えて自分のスペックを押さえていたから」です。

ちきりんの母は、自分の父親から「女が大学なんて行ったら結婚できないからダメ!」と大学進学を反対されています。

もう少し後の世代(今の 50才くらい)でも、同じ理由で親から「短大でないと進学させない」、「女子大でないとだめ」と言われた女性はたくさんいました。

学力的には東大に行けるのに、お茶の水大学に進んだ人がいたのです。


同じ理由で「理系学部なんて行ったら結婚できない」とか、「一人暮らしなんてしたら結婚できなくなるから地元の大学に通え」と言われた女性もいたはず。

当時は、庶民層なら家政科、ハイエンド層なら英文科が人気だったのも、女の教育なんて「いいところに嫁にやるためのものだった」ことをよく表しています。

というのも、当時の女性にとって「結婚できる、できない」は死活問題だったからです。


ちょっと前まで女性は、結婚できなければ食べていけませんでした。

今と違って長男は結婚しても実家に住みます。だからいつまでも結婚しないと、兄や弟のお嫁さんと同居しなければならない。「行き遅れの義姉」とか「ウルサイ義妹」と思われながらね。

だからといって一人暮らしもできません。女が一人暮らしなんてしたら、それこそ結婚できなくなります。

だから、とにかく結婚しないといけない。そういう時代だったのです。


そして、当時の女性にとって結婚するためにもっとも大事なことが、自分の学歴をできるだけ低く押さえるコトでした。

大学なんていかない。行くとしても短大までとし、専攻するのは幼児教育や栄養学。できれば高卒で、若いうちにお見合い市場に参戦する。

だって学歴の高い女は男性に選ばれにくく、結婚しにくいから。それが当たり前の時代だったのです。


しかし、こうして「女性だからという理由で、教育レベルを抑制して結婚した世代」が母親になると、その中から、「自分の娘には(息子と同レベルの)教育をぜひ受けさせてやりたい」と考える女性が大量に現れました。

自分よりずっと成績も悪く、やる気も無い兄や弟や男子同級生が進学するのに、自分は高校を卒業したらすぐに“嫁入り修行”と称して家事手伝いをやらされた女性や、

「都会の大学に進学し、将来は○○になる!」と夢を語る男子同級生を横目に、自分は「地元の短大の家政科」しか選ばせてもらえない、という経験をした女性が母親になった時、自分の娘に何を伝えたいと考えたか。火を見るより明らかでしょう。


時代のせいで自分は、キャリアを積むことも教育を受けることも諦めたけど、娘には決してあんな悔しい思いはさせたくない、母親がそう思うのは自然なことです。

だからこの世代に育てられた今の 30代、40代の女性の中には、母親から「これからは女も勉強すべき。手に職を付けるべき。自立してオトコに頼らず生きていける力を付けて欲しい」と強く吹き込まれて育った女性がたくさんいます。

「女のくせに勉強なんかしたら“もらい手”が無くなる」と脅されて育ち、20代前半で追い立てられるように結婚させられた母親が、娘の教育に“自らの人生への想い”を込めたのです。


こうして、「女性が結婚するために、高い教育を受ける機会を自ら放棄する風潮」がなくなったことが、学歴のない男性が結婚しにくくなった最大の理由です。

図解するとこんな感じ↓  番組で紹介されていた男性は、グレーの 4名のうちのひとりです。

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男性の多くが「自分を超えていない女性」をパートナーに望む限り、学歴が男女平等になれば、「学歴の低い男性」は結婚が難しくなる。当たり前の帰結です。


★★★


もうひとつ、昔は年収の低い男性でも結婚しやすかった理由があります。

それは「時代が右肩上がりだった」ことです。20代で年収が低くても、高度成長期であれば全員の年収が時間とともに上がります。

そういう時代には、20代で年収 300万の男性と、30代で年収 500万の男性なら、前者の方が、20代女性にとっては結婚したい相手だったはずです。前者も 30代になれば、年収 500万円になるとわかっているからです。

でも今は違います。

20代で年収 300万円の人が、30代で年収 500万になれるかどうかは、誰にもわかりません。ならない可能性も十分にあります。

だったら年齢が上でも、年収アップが確定している人の方が選ばれるわけです。


このように、今回紹介されていた、

・若くて

・いい感じの外見&性格で

・学歴はなく

・年収が低い

人は、昔に比べて結婚しにくくなっています。


最近になって、女性が男性に高い年収を求め始めたわけではありません。

女性は昔から男性に経済力を求めていたし、男性は女性に若さや容姿、従順さを求めていました。それは全く変わっていません。

「女性が男性に経済力を求める傾向」に関して言えば、全男性が結婚していた 1970年代の方が、むしろその傾向は強かったはずです。当時は「稼ぐのは全面的に男」の時代だったのですから。

つまり、「女性が男性の経済力を当てにしている」ことが、近年、年収の低い男性が結婚しにくくなってきた理由ではないんです。

もしそれが理由なら、昔だって経済力のない男性は結婚できなかったはず。でも、そうではありませんでした。昔は経済力が低くたって、男性はみんな結婚できていたんです。


この問題についてメディアはすぐに「女性が男性に高年収を望むが故のミスマッチ」などと、超男目線の意見を流布しがちですが、実は、

・女性が「結婚するために、高い教育を受ける機会を敢えて放棄する」ことをやめたこと

・年齢と収入が相関する、高度成長&年功序列時代が終わったこと

が、「結婚できない若い男性」が増えている根本的な理由だということは、きちんと理解しておきたいものです。


f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium

そんじゃーね


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2012-10-11 未来の働き方について、もっとずっと考えたい

先日、『ワークシフト』という本を題材に、ツイッター上でSocial book reading with CHIKIRIN というイベントを開催しました。

事前アンケートには781名が回答、2時間で3000ものツイートがなされ、ツイートせず読んでいただけ、という人も含めると相当数の方が参加されたと思います。

多くの書店さんが告知に協力してくださり、著者のリンダ・グラットン教授からはビデオメッセージも頂きました。そしてなによりも、参加してくださった皆様に心から感謝しています。


さて、この件について、ちきりんが思ったことを備忘録的にメモっておきましょう。


<議論用プラットフォームが必要>

私も含め、多くの人が開始直後に「これをリアルタイムで追いかけるのは無理!」と気がつきました。

開始と同時にハッシュタグをつけたツイートが集中し、どんなツイッターソフトを使っている人でも、それらを追いながらインタラクティブに議論することは不可能だったと思います。

ちょっと目を離すとすぐに「新しいツイートが107件あります」と表示されるような状態でした。私自身、始まってスグ「いったいどうすればいいんだろう??」と戸惑いました。

ツイートは後からすべて読んだので、それぞれに参考になりました。でも、勢いに驚いてツイートできないままの人も多かっただろうし、途中でついていけなくなった人もいたでしょう。

このことから私が考えたのは、「この分野って大きなチャンスがあるよね」ということでした。


ここ数年ネットの普及と共に、「わざわざ有権者の代表者である議員なんて選ばなくても、有権者が直接ネットで議論をすればいい」という意見を聞くことがありました。

いわゆる“直接民主主義”が可能になるのではないか、という議論です。でも今回やってみて、そういうことを実現するには、相当に洗練された、高度なテクノロジーが必要なんだとわかりました。

たかだか匿名ブロガーが呼びかけただけで、ツイッターでは収拾が付かないほどの意見が寄せられるのです。経済政策などの複雑な案件につき、国民全体で話し合おうとNHKが呼びかけたりしたら、それこそ大変なことになるでしょう。

直接民主主義的なことを実現するには、単に「みんなネットにつながる」ということだけではなく、「議論プラットフォーム」として必要な機能を備え、AI的(人工知能的)な判断機能を持った超高速・超高効率のインフラが必要不可欠だと思います。


ちなみに、ニコニコ動画の画面に流れるコメント文字は、“いい線”行っているとは思います。でもあれも“議論”には不十分ですよね。「どんな意見が多いのか」をざっくり見ることしかできない。それなら今回のツイッターと、そんなに変わりません。

こういったインフラシステムに対するニーズは、あらゆる分野に存在するでしょう。使えるものが出てくれば、仕事や研究上の議論にも役立ちます。そして遠からず、そういったものを提供してくれる企業が現われるでしょう。

ちきりんがアンケートでいとも簡単に781名から回答を得られたのも、Google documentというインフラがあったおかげです。『ワークシフト』の中で描かれていた「ビッグアイデアクラウド」は、そういった技術革新を前提として成り立つ「未来の知のネットワーク」であり、まさに「新しい働き方」なのです。

議論のプラットフォームを提供してくれるのが、グーグルなのか、フェイスブックなのか、はたまた今は無名の(設立さえされていない)新しいベンチャー企業なのかは、わかりません。でも、それは確実に「グローバルな議論プラットフォーム」として現われることでしょう。

とても楽しみです。



<発信することには大きな意義がある>

今回、発信してくださった方と、読むだけに集中された方があると思います。ちきりんは前々から書いているように「アウトプット型」の人なので、「発信すること」を多くの方に勧めています。

今回、ひとつでもふたつでも自分で発信した方は、これから生活していく中で、いろんなことに気がつきやすくなると思います。

新しいビジネスについてのニュースを聞いたり、新しい働き方をしている人に出会ったり、取引先が今までとは異なることを始めた場合、「あっ、これってもしかして・・・!」と思うことがたくさんでてくるだろうと思うのです。

『自分のアタマで考えよう』に書きましたが、何かについて意見を言うと、アタマの中に「思考の棚」ができ、情報感度が高まります。他の人が見ても気がつかないことでも、「あっ、これは!」とピンとくるようになります。


ソーシャルブックリーディングは終わりましたが、議論を終える必要はありません。未来の働き方について、これから日常生活の中で気がついたことについて、皆さんも是非、継続的につぶやいてみて下さい。新しい働き方、5つの要因が自分の生活にどう影響を与えるのか・・・

#sbrc1 のタグは今でももちろん使えます。ひとりでつぶやくも良し、友人やフォロアーの人達とつぶやくもよしです。これから私たちの働き方はどう変わるのか、多くの人が継続的に考えていける、大事なトピックだと思います。

みんなどんどん発信しましょう!



<未来の働き方について、もっと考えたい!>

私自身、「これからの働き方がどうなるのか。私たちは何を心がけていけばいいのか」、これからも継続的に考えていきたいと思いました。

2011年1月に『ゆるく考えよう』 → 9ヶ月後の10月に『自分のアタマで考えよう』 → 7ヶ月後の今年5月に『世界を旅して考えよう!』と、やや急ぎ足で本を書いてきたため、ここ半年くらいは執筆は休んでいたのですが、今回のソーシャルブックリーディングをきっかけに、「来年は、未来の働き方について考える本を書こう!」と決意しました。(出版社は確定しております)

そしてその本が出る頃には、もう少しこなれたやり方で、いろんな人と「これからの働き方」についてオープンに議論できる機会を設計してみたいとも思っています。


今回の試みで私が理解したのは、こういったテーマについて、400ページもの本を読み、一定の時間を投資し、議論をしてみたい!と思う方が、相当な数、存在する、ということです。このみなさんの意欲と関心をどう深めていけるのか。どう、つなげていけるのか。

それが私に与えられた宿題です。


そのことを、これからじっくりと考えていきたいと思います。


そんじゃーね!


自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう

2012-10-09 技術立国ニッポン!に関するちきりんのツイートまとめ 

山中伸弥先生のノーベル医学生理学賞受賞が決まりました。スゴイですね! 

業績から言えば“受賞して当然”なのでしょうが、ノーベル賞はタイミングもあり、今年絶対とは誰にも言えません。毎年発表前にあわあわしながら待っていた関係者の方は、心からほっとされたことでしょう。本当におめでとうございます。

そして今日は、シャープの株価が41年振りの安値を付けています。象徴的だなと思います。ふたつのニュースを併せてみながら、「これから日本は、技術で食べていける国になるんだろうか?」ということについて、しばし考えてしまいました。

昨日、今日とこの件についてたくさんつぶやいたので、まとめて掲示しておきます。










追記) iPS細胞分野におけるアムジェンみたいな企業が、日本からでると、みんな思ってる?















ツイート中にでてきたのも含め、過去関連エントリをまとめておきます

ES細胞論文捏造事件

企業内分業のススメ

先進国になるということ  (関連情報:世界の医薬品企業・売上ランキング




昨日、山中先生と一緒に記者会見した京大総長は、すごく嬉しそうで、すごく誇らしそうで、何度も何度も「京大京大」って言ってらっしゃいました。京大としては、山中先生に続く、ノーベル賞をとれるような研究者をこれからもたくさん輩出したいと考えていらっしゃるのでしょう。

そうですね。それが京都大学の使命なのかもしれません。



ところで、IBMやGEのような、時代遅れになってしまい、潰れそうになってしまった、硬直的な大企業を、抜本的に経営改革して立て直した、ジャック・ウェルチ氏やルイス・ガースナー氏のような人を育てることには、京都大学は興味があるんですかね?


ないですよね。

まさか、そんな人材を育ててるヒマはないですよね。

ノーベル賞をとれるような研究者を育てるのに忙しいですからね。

そうですよね。

すみません、こんなオメデタイ時に、へんな質問して。




で、そういう人は、いったい誰が、どこが、育てるべきなんでしょう?




本日シャープの株価、41年振りの安値 151円です。


東電なんて、年収1000万だった人が年収700万円になっただけです。悪いけどそんなにかわいそうな気はしません。でもね。シャープは年収500万円で、めちゃめちゃ働いて、いい仕事してきた人が、(幸運にも会社に残れた場合)年収350万円になるんですよ? あまりにかわいそうじゃない?


この国は、今、どういう人材を育てないといけないのか、もう一回、よく考えてみてもいいんじゃないでしょうか?



いえもちろん、京都大学にはノーベル賞がとれるような研究者だけ、育てていただければ、それでいーんですけど。



20年後、< iPS細胞関連ビジネス 世界売上ランキング トップ10企業> を見るのが、楽しみですよね。  山中先生を輩出したこの国の企業が、何社入ってるのか。ホント楽しみでしょ? これからの日本は、技術で食べていける国になるんでしょうか?



そんじゃーね。

2012-10-06 SBRw/C 『ワークシフト』アンケート結果 (後半)

いよいよ本日 Social Book Reading with Chikirin 開催なので、昨日に引き続き、プレアンケートの後半データを共有しておきますね。


最初の質問ですが、昨日も書いたように 6割以上の人が、今、産業革命期並みの変化が起りつつあると考えています。この回答を、年齢別、性別に見てみるとこんな↓感じ

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目立つのは、40才以上の女性の「思う」比率が高いことと、、29才以下男性の「思う」比率の低さ&「思わない」比率の高さです。このあたりの理由は、今日のSBRw/Cで是非、ご本人達の意見を聞いてみたいところです。

ちきりんの解釈としては、今起りつつある変化の多くがIT技術の進展により引き起こされており、40才以上の女性にとっては「こんなことが起るなんてスゴすぎる!」のにたいして、29才以下男性にとっては「そんなスゴいことでもないでしょ」という感じなのかと思いました。人は「自分にとって当たり前で、簡単にできること」を「スゴイ!」とは思わないので。

なお、ちきりんの考えについては、こちらをどうぞ → 「革命=支配層の逆転



次に社会を変えつつある5つの要因について評価してもらいました。

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年齢別・性別の違いはあまり無く、全体として私たちは、最初の3つ、「技術の進展」、「グローバリゼーション」、「人口変化」の影響が非常に大きいと感じているようです。

社会の変化がそれより少し下にランクされているのはともかく、エネルギーや環境問題から引き起こされる変化が一番、影響が少ないと思われているのは、ちょっと意外でした。

311前ならともかく、今の日本ではエネルギー問題のために、1970年代以来40年振りに大規模なデモまで起きています。それにも関わらず、この問題が将来の働き方を変化させるとはあまり思われていません。

やっぱりエネルギー関連のデモをやってる人と、ちきりんブログの読者、『ワークシフト』の読者には重なりが少ないのかも?



最後の質問。自分は15年後によりよい働き方を手に入れているか? 目立つのは、40才以上が男女とも「思う」比率が低いことです。当然ですよね。この人達は15年後、一番若い人でも55才ですから。

ただ、それでも(55才以上になっていても!)、今より「よりよい働き方」が手に入れられると思っている人が40%を越えるのだから、この世代の自信はスゴイ!とも言えます。

ちなみにこの世代は1990年から1994年より前に大学生であり、「超景気のよかった日本」の記憶がある人達です。あの時代を知ってると、未来にたいして根拠レスに楽観的になれるのかもしれません。


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↑加えて30代のポジティブなこと! 29才以下よりポジティブです。これもよくわかります。今の30代は最も絶望的な時期に社会に出ています。

技術の変化やグローバリゼーションによる変化は、保守層や既得権益層には脅威かもしれませんが、これまでずっと既存の体制にないがしろにされてきた30代にとっては「期待の変化」なのでしょう。



ここまでは、『ワークシフト』を読了&読んでいる途中の人の回答でした。下記では、各質問を「読んでない」人の回答と比較してみました。

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最初の質問だけ、大きな差が出ています。本を読んでいない人は、今の変化が産業革命期ほどだとは思ってない人が多いです。これは「鶏&卵」であり、「たいした変化じゃない」と思っているから本を読まなかった、とも言えるし、本を読んでないから「たいした変化だと思えない」のかもしれません。

いずれにせよ、問題意識の違うふたつのグループが存在し、『ワークシフト』を読んでいる人達は、今が時代の大きな変革期であるという問題意識が強いグループだといえます。


ただし、世の中を変える要因についての評価は、本を読んでいる人もそうでない人も変わりません。つまり「どんな要因で世界が変わりつつあるのか」については、本から知識として学ばなくても、日常からも(身の回りの変化やニュースなどからも)感じられる、ということです。

未来の自分の働き方については、「読んでいない」グループの方が、やや悲観的ですが、全体にポジティブである傾向は同じです。本を読んだ人だけが、やたらと前向きなわけではありません。

この点はほんと意外でした。これだけ多くの人が「将来の自分の働き方はより好ましいものだ」と思っているなら、マジで未来は明るいのかも?


・・・おっと、今メールを見たら、著者のリンダ・グラットンさんからビデオメッセージが来てたよ! → “youtube message from Professor Lynda Gratton



ではまた後で! 

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2012-10-05 SBRw/C 『ワークシフト』アンケート結果 (前半)

明日土曜日の20時(8時PM)より、Twitter上にて Social book reading with CHIKIRINを開催します。今日は、先日行ったプレアンケート結果の一部を共有します。


<アンケート回答者数>


・有効回答数=781名

 a) 『ワークシフト』を読了した後に回答した人=502名

 b) 読んでいる途中で回答した人=171名

 c) 読んでない人=108名


・上記に含まれない無効回答 12名


まずは回答者の多さに驚きました。精度に違いがあるとはいえ、昔は500人から1000人のアンケートをやろうとすれば、多大なコストと一ヶ月近い日数がかかりました。今は個人でも簡単にこんなアンケートができるんだから、本当に便利ですよね。


有効回答数 781名の方の性別・年齢分布にもびっくりしました。

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なんと4人中3人が男性! ブログ読者には男性が多いだろうとは思っていましたが、今回の回答者は予想より遙かに男性が多かったです。

ちきりん本の購買者も男性の方が多いですが、ここまでの男女差にはなりません。講演会の出席者に関しては更に女性比率が高く、4割近くは女性です。


今回のアンケートでは、「従来のちきりん読者以外の方からも回答があった。それらの人は(なぜか)男性が多かった」のかもしれません。(このデータは、ちきりん読者の分布とは異なるという解釈)

もしくは男性には、「ネット上では読む、回答する、などの行為に積極的だが、紙の本を買ったり、平日の講演会に行ったりはしない」というグループが一定数存在するのかもしれません。(このデータこそが、リアルなちきりんブログの読者の分布であるという解釈)

“ちきりん”は男性だと思われていることも多いのですが、もしブログ読者がここまで男性に偏っているなら、そう思う人が多いのも当然かもしれません。



さらに、年齢も人口分布とはかなり異なります。下記は、15才以上の日本の人口分布と、今回のアンケートの回答者を比べたものです。

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人口の 34%しかいない39才以下が、今回のアンケートでは 69%を占めています。

・ネットでモノを読み、アンケートに回答するような層は、39才以下が多い

・“これからの働き方”について、真剣かつ敏感な層には、39才以下が多い

・ちきりんブログの読者には、39才以下が多い

など、いくつかの理由が考えられます。


それにしても若いですね。てかむしろ、日本の15才以上人口に占める40才以上の人の比率がこんなに高いことにも驚きますけど・・・


さて以下は、『ワークシフト』を読了、もしくは、読んでいる途中の673名の方の回答を分析したものです。


まずは最初の質問

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なんと6割以上の人が、今起りつつある働き方の変化が、産業革命期と同等のものだと感じています。

・・・マジですか?


「思わない」の回答は 28.1%ですが、この中にも「産業革命ほどではないが、大きな変化が起っている」と感じる人が含まれているはずなので、全体としては大半の人が、今を時代の変革期だと感じているのでしょう。



もうひとつの質問も見ておきましょう。

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これも驚きました。なんと・・・58.7%の方が、「自分は今から15年後、今よりも“より好ましい”働き方を手に入れられていると思う」と回答しており、「思わない」と答えた人の 20.5%を大きく上回っています。


すごー!


ありえる解釈としては、

・みんな、超楽観的

・みんな、超自信家

・みんな、超お気楽

・てか、この国の未来はめっちゃ明るい!


いったい、どれ?


そんじゃーね!


→ アンケート結果の後半はこちらです!


2012-10-03 市場を創るということ PART 2

先日、クックパッドのやさい便の話に絡めて、「市場を創ると言うこと」というエントリを書きましたが、ちきりんはこの「市場」という概念が大好きです。


やさい便に限らず、現代社会では基本的なトレンドとして、すべてのものは「市場化」する方向に向かっています。

金融でいえば、銀行が資金の仲介をする間接金融(専門家による仲介)から、株式市場やベンチャーキャピタルを通じて資金調達をする直接金融(専門家による市場取引)へ、さらには、資金の出し手と受取り手、双方の資格制限が外されたクラウドファンディング(全員参加型の市場取引)へ、といった具合です。

雇用に関しても、昔は「時代と共に幸せに」に書いたように、学校の先生の紹介で就職先が決まることも多かったし、大学生でさえ理系はつい最近までそれが主流だったと思います。それが今や、新卒採用は「全学生」と「全企業」が直接、需要者、供給者として総当たり戦を行っています。

結婚に関しても昔は“相対取引”と“お見合いおばさんによる仲介”が基本でしたが、今は、結婚情報サービスという市場が出現しました。


雇用と結婚の例を見ればわかるように、市場化することは、必ずしも全員の利益にはつながりません。市場化によって「強者が得られるもの」と「弱者が得られるもの」の間に大きな差がつくからです。

ただし「市場では、強者はすべてを得られ、弱者は何も得られない」と解釈するのも誤りです。正しくは「市場では、プライシングを間違えると取引が成立しない」というだけです。強者でも弱者でも、需要を喚起しないような値札を付けていては、市場では見向きもされません。


もちろん市場化によるメリットもたくさんあります。昔は音楽も文学(や文章)も芸術も、「プロの仲介者」である音楽プロデューサーや編集者、画商などの目に止らないと、世に出すことができませんでした。

でも今は、「とりあえず誰でも自分の作品を世に出してみて、需要が大きければ価格が付き、商品として認知される」という状態になっています。「判断はプロの仲介者ではなく、市場が行う」方法に変わってきました。

書籍出版に関して、「出版点数は昔に比べて激増しているのに、全体の売上金額は増えていない」ということが、悪いことのように言われることがありますが、私から見れば、これは悪いことでもなんでもありません。みんなとりあえず市場に並んでみて、自分の出品した商品の価値を、消費者に直接、確認してみればいいのです。


ただし、この出版市場の話からはもうひとつ、市場化のデメリットが見えてきます。それは、「市場化すると、時にはやたらと余計なコストがかかる」ということです。

本を一冊作ろうと思えば、編集者も著者もそれなりの時間を費やすことになります。紙代も印刷代もかかります。取次や書店は、毎日大量の本の山と(物理的に)格闘しなければなりません。「作って、市場に出してみてから、売れるかどうかわかる」方式は、「売れると判断したものだけを市場に出す」より、圧倒的にコストがかかります。

私のように「それでも、市場化のメリットはデメリットを遙かに上回っている」と考える人は、市場化を支持するわけですが、とはいっても、デメリットはできるだけ小さくしたほうがいいに決まっています。


そして、市場のコストやデメリットを最小化するために必要かつ有用なモノが、情報です。

「この商品には需要があるのか?」、「どんな価格が適正なのか」、「どの程度の品質なのか?」について判断するために、また、「どの企業に投資すべきか」、「誰を雇うべきか」、「何を店頭に並べるべきか」を判断するためには、信頼に足る情報が一定量以上、必要です。

そういった情報が利用可能にならないと、市場化はコストばかりかかって、メリットの少ない取引形態になってしまいます。

反対にいえば、情報が重要だとわかっているから、企業は粉飾決算をするわけです。就活市場や婚活市場で、特定の情報を隠している人はたくさんいるだろうし、何かを売るときには「売上に直結するキーワードを(少々強引でも)前面に出す!」のが基本です。市場では、判断材料はすべて「公開された情報」だからです。


先日、「クックパッドがやさいの売買市場を創ろうとしている」と書きました。「市場を創る人、運営したい人」にとって重要なことは、需要者と供給者に関する、信頼に足る情報(=情報の質が重要)を、一定量以上(=情報の量も大事)確保することです。

(市場開設者、運営者として成功するためには、他にも必要なことがありますが、他の条件については、今日は触れません)


市場にとって情報の質と量が成否の鍵となることは、ネット上の市場を見ていればよく分かります。ネットオークションでも、楽天やアマゾンの商品市場でも、飲食店市場でも、出品者や商品、店舗に関する情報は極めて重要です。

だから「食べログ」のレビューに関して、書き手を買収する業者が存在すると発覚した時、食べログ側は渾身の力で業者や、雇われレビュアーの排除に乗り出しました。情報の質が信頼できないと思われた場合、毀損されるのは該当するレストランの評判ではなく、「食べログ」という市場の価値だからです。


最近は、アマゾンが本のレビュアーに関して、「その本をアマゾンで買ったかどうか」を表示するようになりました。これも「市場の質」を維持するためのひとつの方策です。

よく知られているように、アマゾンの商品レビューでは、

・中国や韓国に関する商品に、数多くのネガティブな(差別的な感情や特定の思想信条に基づく)レビューを付ける


・不買運動の一手段として、特定企業の商品にネガティブなレビューを付ける


・ネット上でアクティブに活動している著者の本に、ネガティブなレビューを付ける

という傾向が顕著で、そういう目的をもつ人達からアマゾンは、“規制が緩く使いやすい市場”として選ばれ始めています。


最初は泰然と構えていたアマゾンも、「放置すると、市場としての価値が毀損される可能性がある」と考え、この措置をとったものと思われますが、このあたりはどの市場運営者も悩みが深いところです。

なぜなら、楽天で買った人しかレビューが書けない楽天ブックスでは、悪意のレビューはほとんど見かけませんが、その一方で、情報の量が確保できていません。

また、食べログでもアマゾンでも、極端なレビューを書いている人は、その人が他の商品に付けたレビューをあわせて見ることで、その価値や意図が一目でわかります。しかし消費者個々人に、手間暇をかけてそんなものまでチェックしろというのは無茶であり、この方法の効果も限定的です。


他にも、情報提供者をツイッターやフェースブックアカウントと結びつけることで、情報提供者の質をスクリーニングしようと試みる市場運営者もありますが、フェースブックはともかく、メールアカウントさえあればいくつでもアカウントが開けるツイッターと連動させても、情報提供者の質は確保できないでしょう。

また市場運営者が、寄せられる情報の質をすべて個別に(マニュアルで)判断する、という方法もあります。これは情報のスクリーニングには圧倒的に有効ですが、基本が「力仕事」なので、ものすごいコストがかかります。

それでも、この方法を採用している市場運営企業はそれなりに存在します。そういった企業にとっては、市場の価値や評判を維持することがそれほど重要なことだからです。


ここで問題を大きくしているのは、「悪意の情報提供者」(「自分の情報によって、市場の値動きに影響を与えることを目的としている人」)が、常に規制の緩い市場を探して移動している、ということです。インサイダー取引をしたい人は、監視の目が緩い市場で取引をするし、粉飾決算をする企業は、罰則が厳しい市場には上場しません。

特定の書籍に悪意の情報をヒモ付けようと思った時、楽天ではその本を定価で買わないとレビューが書けませんが、アマゾンならコストゼロで市場に自分の意見が載せられます。

ニュースやオピニオンに意見をつけたい場合も、フェースブックでしかコメントがつけられないサイトより、ツイッターアカウントでコメントが付けられるサイトに「偏った情報提供者」は集合します。

規制の緩い市場はそういった人達の恰好の餌食にされ、次第に「あそこはああいう人が集まるサイトだよね」という認識が形成されます。ひいてはサイトブランドを毀損したり、特定のイメージがついてしまうわけですが、その代り、“情報の量”は容易に確保できます。(広告に依存するサイトとしては、その方がいいとも言えます)


このように「市場の進化」は、「質の高い情報をいかに大量に集めることができるか」という点に大きく依存しており、どの業界でも市場運営者にとって、この点をいかにクリアするかということが、大きなチャレンジになっているのです。


そんじゃーね