ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

Chikirinの日記 RSSフィード

2013-09-29 (完全に詰まされたので)将棋をはじめることにしました

最近、将棋のルールを覚え始めたので、その経緯などまとめておきます。


<これまでの経緯>

この夏は『未来の働き方を考えよう』の発行記念として、東京・大阪で何回か講演会を行いました。

そのひとつに、“某”超有名棋士の方が来てくださったんです。しかもその方は当時、竜王戦の挑戦者決定戦の決勝に残っていらっしゃいました。

お忙しい対局の合間に講演を聴きに来てくださったことに感激し、講演直後の控室でご挨拶した際、応援のつもりでこう言ったんです。

ぜひ勝ってくださいね。竜王戦の挑戦権を獲得されたら、私も将棋を覚えようかなと思ってるんで

口が滑ったとは言わないけど、ちょっとしたリップサービスというか軽口のつもりで。



そしたら数日後、

ちきりんさんに将棋を覚えてもらえるなら、頑張ります

みたいなメールが届きます。


「えっ? なにそれ? そんな目的のために頑張るとかありえないでしょ?」と思っていたら・・・


その後 2連勝され、見事、挑戦者に決定!


すぐに「おめでとうございます!」

とメールを送ったところ、


またもや、

ありがとうございます。これで、ちきりんさんに将棋を始めてもらえるのでとても嬉しいです

みたいなお返事が・・・



ちょっと待ってよ。

なんなの、この着実な詰ませ方!?


名人技だな


というわけで、最初はちょっとした軽口だったのに完全に逃げ道をふさがれ、将棋を覚えることになったというわけです。



<これまでの練習内容>

翌日さっそく「将棋 初心者」でググって見つけたサイトを利用し、駒の動かし方から覚えました。

1)まずはこちらで駒の種類と動き方を覚えました・・・30分

→ 超入門教室「50級からの将棋教室」


2)そのあとこのサイトで練習スタート・・・5時間

→ ハム将棋

・相手が王将のみ・・・勝てるようになりました

・相手が上記+歩9枚・・・勝てるようになりました

・相手が上記+角・・・8割くらい勝てるようになりました

・相手が上記+飛・・・一回勝てただけ


3)このサイトで、詰将棋の練習・・・1時間

→ 将棋ゲーム将皇



<この時点での感想>

(1) この段階で“自分のアタマ”でなんて考えてたらまったく巧くならない

(2) 将棋に必要な頭の動かし方って、今まで私がまったく使ってこなかった部分かも

(3) 「守る」と「攻める」のバランスが難しい

(4) てか、あたし、視野狭すぎ

(5) てか、これは確かに政治家とか経営者の好きそうなゲームだよね

(6) 「詰ませる」ってスゴイ概念だよね。普通の人間関係の中では「詰ませちゃいけない」ケースのほうが多い気がする。ひたすら詰ませるために駒を進めるって、勝負ってこういうことなのねと思った

(7) 二歩(禁止)って超重要なルールだよね。「ここに歩を打ちたい!」という場面で、必ずこのルールにひっかかる。

(8) 下手っぴーな私が同じ駒の交換(角の交換とか)をやっちゃうと、不利さ加減が拡大する

(=どこにでも打てる持ち駒になったら、より実力差が開く。てか、あたしが持ち駒の使い方を全くわかってないため)

(9) 角と飛車が裏向くと、どっちがどっちかわかんない。そもそも銀の裏の文字は日本語なのか? なんて読むんだ?



<超有名棋士の方から直接手ほどきを・・・>

などと超入門のあたりでうろうろしてたら、すかさず

ちきりんさんの将棋デビューを祝う会をやりましょう。

との連絡が。


これにより「ちょっとやってみたけど、やっぱり私には無理です」とは言えない状況に追い込まれる。

どんだけ確実に詰ませないと気が済まないの? しかも、まだ6時間しか練習してないのに「デビューを祝う会」とかやばすぎない?? と思いつつ出かけると、

指定されたお店は、お客さんの少ない和食屋さん。しかも、畳の上にテーブルがふたつ。片方のテーブルにはお料理が並んでるけど、もうひとつのテーブルは空いてる。これ・・・なんか不気味なセッティングじゃない?


という不安な“読み”が的中。食事が一段落した時点でおもむろに言われてしまう。

じゃあ、練習をはじめましょう


まじなのか!


と思ったけど後の祭り。あたしがトイレに行ってる間に盤&駒も用意されてるし・・・


というわけで、超超超超初心者の状態で某有名棋士の方から手ほどきを受けました。しかも帰り際には本やら盤駒やらウチワやら、どっちゃり頂いてしまい、

f:id:Chikirin:20130928031907j:image:w550


ホント、完璧に詰まされました。

もう逃げられないと観念したので(韓国ドラマを見る時間をちょっとだけ削って)頑張ります。


★★★


ところで、その「超有名棋士」って誰なんだって?


そんなことブログで書けるわけないでしょ!




・・・




f:id:Chikirin:20130928031908j:image:w550



そんじゃーねー


→ 超お宝画像がこちらに・・

2013-09-27 時代は個人が変えていく

東北楽天ゴールデンイーグルス パリーグ優勝、ほんとーにおめでとうございます!


仙台市の日本製紙クリネックススタジアム宮城を本拠地とする「東北楽天ゴールデンイーグルス(楽天)」が 26日、プロ野球パシフィックリーグで初優勝しました。球団創設 9年目の快挙です。


2004年 6月に浮上したオリックス・ブルーウエーブと近鉄バファローズの合併を発端とするプロ野球再編問題(1リーグ11球団構想)に対し、プロ野球ファンが猛反発。


彼らの声を背に楽天は誕生しました。ただ、発足当初は選手層が薄く、1年目の 2005年は首位ソフトバンクと 51.5ゲーム差の最下位。その後も 09年に 2位となっただけで、Bクラスの常連でした。


日経新聞オンライン:球団創設9年目の初栄冠 写真で振り返る楽天Vより

とのことだから、あの騒ぎは 10年くらい前だったんだなー。つくづく時間の早さに驚きます。あたしもあなたも、あれから 10歳、年をとろうとしてるなんて、信じられる??



ところで“あの騒ぎ”とは? 

既存の球団スポンサー企業が業績不振などのため球団運営を続けられなくなり、新興のネット企業がその代わりを担い始めた時期が、まさに 10年前なんだよね。

2004年に近畿日本鉄道が大阪近鉄バファローズを支えきれなくなり、オリックス・ブルーウェーブとの球団合併問題が持ち上がる。

お金を出せる人がいなくて右往左往を続けた野球界にたいし、当時ライブドアの社長だった堀江貴文氏が近鉄球団買収を検討中と発表。これにはみんな超びっくり!


ところが近畿日本鉄道やら野球界の重鎮やらが(なんだかよくわかんないけど)猛反発。

次に現れた(当時は経団連のおじさま方と蜜月だった)三木谷楽天社長。すったもんだのあげく、楽天だけが(既存球団買収ではなく)新規球団としてプロ野球に参入することになったのです。


その翌年には、すでにヨロヨロだったダイエーがいよいよの業績不振で球団経営を断念。2005年にソフトバンクが経営を引き継いで「福岡ソフトバンクホークス」がスタート。

さらに 2011年、東京放送ホールディングス(TBS HD)が保有していた横浜ベイスターズ株の大半が、ディー・エヌ・エー(DeNA)に譲渡されます。

球団名をモバゲーにしたいと言ったり、三木谷氏が反対したりと、話題を呼びました。



とにもかくにもこの 10年で、

・鉄道会社

・店舗型の大型小売店

・テレビ会社

が、球団経営を断念し、


・無線通信キャリア

・ネット通販プラットフォーム企業

・ソーシャルゲームプラットフォーム企業

が、その経営を引き継いだ。


新たに球団を率いる企業はすべて、まだ創業オーナーが第一線で経営を率いる若い企業というのも特徴的。


この件に関して、あたしの感想はただひとつ。

この国は、ゆっくりとしか変わらないようでいて、実はけっこう大きく変わる。

あなたの子供が将来会社を興し、プロ野球球団のオーナーになるのは「ありえる未来」なんだよね。


★★★


“まーくん”こと、田中将大投手のすばらしさは、もういうコトもないでしょう。あたしも彼については、今月の初めに呟いたばかり。







未来を変えていくのは、「一流の組織に所属したい」と考える人ではなく、「どこの組織でもいい。一流にするのはオレだから」と考える人なのよ。


「時代は個人が変えていく」

(↑今日のエントリのタイトル)


ほんとーにおめでとう!

この週末は、楽天でお買い物だー


そんじゃーね

2013-09-26 JR北海道の整備放置問題についてのツイートまとめ

ここ2年くらい、脱線や火災などシリアスなものから軽微なものまで事故が頻発しているJR北海道。今回なんと、何百か所もの線路の“要”整備箇所が、整備されないまま放置されていたことが明らかになり大問題となっています。

この件について、二日前に呟いた&いただいたツイートの一部を、記録のためまとめておきます。
























そんじゃーね!

2013-09-23 山内溥氏の「人と組織」

先日、任天堂の前社長、山内溥氏が亡くなられました。享年85歳。ご冥福をお祈りいたします。

山内氏の功績については、私などが解説する必要さえないでしょう。

50年以上(なんと半世紀以上)も任天堂の社長を務め、同社を「花札メーカーから日本を代表するグローバル企業」に育てたのが山内氏です。

たまたま最近、任天堂に関する本を2冊、読んでいたのですが、その中には、驚いて声がでてしまうほど感嘆するエピソードがてんこ盛りでした。


その中でも特に私が「スゴイな、この人・・・」と思った話をふたつほど紹介しておきます。

任天堂 “驚き”を生む方程式

任天堂 “驚き”を生む方程式

→ ★楽天ブックスはこちら★

(創業から2009年までの歴史がコンパクトにまとまっています。kindle版もあり)


任天堂は、1889(明治22年)にカルタ(花札)を作る会社として創業されました。すごく歴史のある企業です。山内溥氏は、初代社長の山内房治郎氏の曾孫にあたり、父親が家を出ていたため、早くから任天堂の後継者と目されていました。

京都で生まれ育った山内氏ですが、戦後すぐに「東京で遊びたい」という理由で上京、早稲田大学法学部で学ぶこととなり、祖父が渋谷に購入してくれた一軒家に暮らします。

学生でありながら、友達と一緒にビフテキを食べ、ワインを嗜み、ビリヤードに興じていたとのこと。女性の出入りも多かったと書いてありましたが、時代が時代(=東京が焼野原になった数年後!)ですからね。周囲に住む貧しい庶民との生活格差は、今では想像できないくらい大きかったはずです。


東京での青春を謳歌していた氏ですが、二代目社長が倒れると京都に呼び戻されます。そして、なんと 22歳で任天堂の後継者になるのですが、この時の山内氏の「会社に戻る条件」がスゴイ。

彼は、「任天堂に、山内家の人間はひとりでいい」と言ったのです。

これは、すでに任天堂で働いていた山内家の親族達を解雇しろという意味にあたります。(もちろん路頭に迷わせろという意味ではなく、任天堂の経営からは退いてもらう、という意味です)

実際にこの条件は認められ、山内氏は任天堂の若き経営者となります。


これ、どう思います?


22歳で相当規模の会社を引き継ぐことになったら、それまで会社を切り盛りしてくれてた親類(叔父やいとこや)との関係を巧く保ち、「社長とはいえ若輩者なので、なにとぞよろしくご指導ください」ってな感じで入社するのが普通だと思いませんか?

たしかに創業家の人間が複数在籍していると、権力闘争が起こるかもしれません。自分が他の企業でそれなりの経営経験があり、かなりの自信があったなら、そういう条件を出すのもわかります。

でも、なんのビジネス経験もない学生が、最初から「山内家の人間は自分ひとりでいい」と言い切って会社を継ぐ。

こんな判断をする22歳の青年が存在するなんて、俄かには信じられません。ホントーに驚かされました。


★★★


もうひとつ彼がスゴいのは、自分の後に任天堂を託せる人材を 3名も見出し、抜擢してきたことです。多くの方がご存じのように、任天堂には、山内溥氏のほか、

・横井軍平氏

・岩田聡氏

・宮本茂氏

という“超超超スゴイ人”が 3人も、現れています。


山内氏の功績は数々あれど、この 3人を“ちゃんと見出して”、“ちゃんと引き上げた”ことが、彼の一番の功績だろうと私には思えます。


横井軍平氏は、花札とトランプの会社だった任天堂に数々の“新感覚おもちゃ”をもたらしました。

・ウルトラハンド

・ラブテスター

・ウルトラマシーン

・ウルトラコープ

などなど・・・

→ ★楽天ブックスはこちら★

この本、最初にカラーページで、当時の任天堂のおもちゃ&ゲーム機のカラー写真がふんだんに掲載されてます。これが理由で(読んだ本の大半を処分してしまう私も)この本は手元に残すことにしました。

英語の記事ですが、この記事の一番下の方には上記おもちゃの写真が載っています



任天堂といえばファミコンで一躍、大成功というイメージが強いですが、「花札・トランプ」と「ファミコン&ゲームボーイ」の間には、ウルトラハンド始めとする物理的なおもちゃを次々と大ヒットさせた時代がありました。

その開発を担当したのが横井氏であり、それら一連の商品の大ヒットによって、任天堂はファミコンの開発費用を稼ぎ出したのです。


横井氏が開発した“大人目線のおもちゃ”は子供たちを夢中にさせました。当時の思い出のある方なら、(今でも売っていたら)思わず大人買いしたくなるようなおもちゃばかりでしょう。

男女が手をつなぐとその愛情度が“数字で”判定できるラブテスターは、子供のおもちゃの発想を完全に超えてるし、高い壁の向こうが覗ける(という)ウルトラコープなんて、今だったら発売できないくらい“おちゃらけ”た商品です。


その根底には、「子供には子供らしい遊びを」という(子供だましの)発想ではなく、「大人がおもしろいと思うものを、子どもだっておもいろいと感じるのだ」という基本的な考え方があります。子供を大人扱いしてくれる、そんな商品を次々と世に出したのが横井軍平氏でした。


★★★


岩田聡氏と宮本茂氏は現在の任天堂の経営者です。岩田社長は、山内溥氏に乞われて関連会社から任天堂に転職、42歳で社長に抜擢され、任天堂の急成長期を率いています。

宮本茂氏はマリオやピクミンの生みの親であり、ゲームクリエーションの世界で(日本で、ではなく、文字通り世界で)“神様”と呼ばれる人です。

こうした人たちを見出し、チャンスを与え、その才能を開花する舞台を提供したのが山内溥氏なのです。


山内氏は長い経営者人生の間に、アレコレ新しい事業や商品を手掛け、その中には(当然)失敗した事業もあります。それでも「携帯ゲーム機を二画面に」と、DS(=ダブル・スクリーン)につながる画期的なアイデアを推進するなど、商品開発にもすばらしいセンスを発揮されています。

なのですが、やっぱり私には、氏の最大の功績は、自分の後に続く後継者をちゃーんと見つけておいたことだと思えます。


商品開発やビジネス戦略に天才的なセンスを発揮する経営者は、一定の確率で出現します。どこの会社、どこの業界かはわからないけど、一定の割合でめちゃくちゃすごい人が現れるもんです。

でも、そんな自分と決して引けを取らない“自分の次”の人材を 3人も見つけておいた経営者って、他に思いつきません。

22歳の時に「山内家の人間はひとりでいい」と言い切った青年は、当時から人と組織に関して、卓越した知見を有していたのではないでしょうか。


★★★


山内氏の座右の銘は、「失意泰然 得意冷然」だそうです。


運に恵まれない時は、慌てず泰然と構え努力せよ。

恵まれた時は、運に感謝をし、冷然と努力せよ。


という意味です。他にも、任天堂の意味を「天に運を任せる企業」という意味だとも言われたとか。当たりはずれの大きなエンターテイメント産業の本質を捉え、ユーモアのセンスも光ります。


本当にスゴい人だったのです。

心よりご冥福をお祈りいたします。




3DSはLLの白がお気に入り & 「どうぶつの森」は本当に良くできたゲームです。

New ニンテンドー3DS ホワイト
任天堂 (2014-10-11)
売り上げランキング: 76

とびだせ どうぶつの森
任天堂 (2012-11-08)
売り上げランキング: 39



http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2013-09-20 第二回 Social Book Reading w/Chikirin 記録その6

9月14日に行った標記イベントに寄せられたツイートの続き。本日で最後です。

ツイートまとめ その1はこちら

ツイートまとめ その2はこちら

ツイートまとめ その3はこちら

ツイートまとめ その4はこちら

ツイートまとめ その5はこちら


今回のソーシャルブックリーディングでは、数千のツイートが寄せられました。ご参加の皆様、ありがとうございました。(これらの“まとめ”に挙げられているツイートはその一部です)



★★★ ツイートまとめ その6 ★★★
























































今回もとても楽しかったので、一年に一回くらいは、なにかのテーマにそってみんなで話し合う機会をもてればと思っています。


そんじゃーね!


 → ★楽天ブックスはこちら★

2013-09-19 第二回 Social Book Reading w/Chikirin 記録その5

9月14日に行った標記イベントに寄せられたツイートの続きです。

ツイートまとめ その1はこちら

ツイートまとめ その2はこちら

ツイートまとめ その3はこちら

ツイートまとめ その4はこちら


こうやって見てるとほんとにたくさんのツイートが寄せられたんですね。。。しかも、コレ全部じゃなくて一部ピックアップなのに。。



★★★ ツイートまとめ その5 ★★★






























































(次回=最終回に続きます)



そんじゃーね


 → ★楽天ブックスはこちら★

2013-09-18 第二回 Social Book Reading w/Chikirin 記録その4

9月14日に行った標記イベントに寄せられたツイートの続きです。

ツイートまとめ その1はこちら

ツイートまとめ その2はこちら

ツイートまとめ その3はこちら


今回で4日目(その4)ですが、おそらく“その6”まで続きます。

なぜ、こんなにたくさんのツイートをブログに張り付けて残そうとするのかって?


2013年の9月というタイミングで、みんなが「働くということ」に関して、何を感じ、どう思っていたのか。それをこういう形で残しておくことに意味がある、と感じたからです。

数年後とか10年後とかに、ツイートした本人、もしくはそれ以外の人たちがこれらのつぶやきを読むことに、なんらかの意味がある。そう思ったんで、全部は無理でもできるだけ残しておこうかなと。


なので皆さんも、今の時点ですべてを読もうとしなくていいです。

思い出した時、働き方に迷った時などに、ゆっくりまったりお楽しみください。



★★★ ツイートまとめ その4 ★★★























































次回に続きます。

今回は参加できなかった人も、ぜひ下記の本を読んで、上記のツイートを読んで、自分で考えてみてほしい。



そんじゃーね


 → ★楽天ブックスはこちら★

2013-09-17 第二回 Social Book Reading w/Chikirin 記録その3

9月14日に行った標記イベントに寄せられたツイートの続きです。

ツイートまとめ その1はこちら

ツイートまとめ その2はこちら


今回のソーシャルブックリーディングでは合計数千ものツイートが寄せられており、すべてをブログに掲載するのは不可能です。今回の各“まとめ”に掲示されたツイートは、その一部をピックアップしたものです。



★★★ ツイートまとめ その3 ★★★
































































次回に続きます。てか、“記録その6”くらいまで続く予定です。。。)


そんじゃーね



 → ★楽天ブックスはこちら★

2013-09-16 第二回 Social Book Reading w/Chikirin 記録その2

昨日のエントリが余りに長くなってしまったので、ツイートの一部をこちらに移動しました。

ツイートまとめ その1はこちら



★★★ ツイートまとめ その2 ★★★







































































次回に続きます



 → ★楽天ブックスはこちら★

2013-09-15 『未来の働き方を考えよう』 Social Book Reading w/Chikirin 記録

9月14日(土)の午後、『未来の働き方を考えよう』をテーマとして実施したソーシャルブックリーディング。15時にこんな感じで始まりました↓







その後は多くの方にツイッターでご参加を頂き、ハッシュタグも急上昇トレンドの6位を記録しました。(イプシロン打ち上げ成功には勝てませんでしたー)



さっそく感想ブログを書いてくださった方も! ありがとうございます↓

ゆーすとの日記


ざしわらの家


新しい道へシフト


(チェコ好き)の日記


「仕事について」(あの海辺の街に住みたい)

このイベントが、みなさんそれぞれの「未来の働き方を考える」きっかけになったらいいなと思います。



★★★ ツイートまとめ その1 ★★★


以下、SBRC2の最初の一時間に寄せられたツイートの中から抜粋でご紹介です。一部抜粋とはいえ、めちゃくちゃ多いです。覚悟してご覧ください。






































































眺めてるだけでおもしろい!

続きのツイートはこちらでご覧ください


そんじゃーね


 → ★楽天ブックスはこちら★

2013-09-13 明日、未来の働き方について考えよう! 15時スタート!

当イベントは終了しました。多くの方のご参加、ありがとうございました!


イベントのまとめについては下記エントリをご覧ください。

ツイートまとめ その1はこちら

ツイートまとめ その2はこちら

ツイートまとめ その3はこちら

ツイートまとめ その4はこちら

ツイートまとめ その5はこちら

ツイートまとめ その6はこちら


明日の15時から18時(午後3時から6時)にかけて、ツイッター上で拙著『未来の働き方を考えよう』に関する、SOCIAL BOOK READING with Chikirin を行います。

関連する発言には必ずハッシュタグ #SBRC2 (前後に半角スペース)をご使用ください。 これを付けていただければ、私に@で送っていただく必要はありません。


 → 電子書籍もあるので、今からでも読めます!

 → ★楽天ブックスはこちら★



当日は、

・「人生を二回生きる」というコンセプト (70歳までひとつの仕事とか長すぎない??)

・40代くらいでオリジナル人生を設計しようという考え方

・20代の就活の時から「人生は二回ある」と想定しておくというアイデア

・間欠泉的な働き方や、ミニマムに生きるという決断、

・海外で働くということや、

・本気のワークライフバランスを取り戻す方法など、

『未来の働き方を考えよう』の中で展開した様々なアイデアやコンセプトについて、皆様のご意見を伺い、議論を進めていきたいと思います。


また、そのために必要となる、

・自分が手に入れたい働き方を超具体的に考えてみる

・5つのシナリオメソッドでキャリアを考える

・市場で稼ぐ力をつける

など終章で展開した考え方についても、他によいアイデアがありそうならぜひみんなで共有したいです。

どうやったらお金に対する漠然とした不安が無くなるのか、などもね。


★★★

下記には関連エントリをまとめておきました。併せてぜひお楽しみください。

20代で一生分のやりたいことを見極めるなんて無理です

『40歳定年制』の著者、柳川範之先生から頂いた書評

管理職になれない40代、50代が半数を超え始めているというNHKニュース (タイムリーなニュースだったので)

新しい働き方のインフラとなりそうなクラウドソーシングについての記事一覧はこちら



<未来の働き方に関する読者アンケートの結果>

未来の働き方アンケート001 前篇

未来の働き方アンケート001 後編

未来の働き方アンケート002 前篇

未来の働き方アンケート002 後編



<『未来の働き方を考えよう』書評&感想ブログ 大賞&ノミネート作品>

“「子育てで30代使っちゃったなあ。」と未練がましく不貞腐れていた私”さんの感想

就活を終えたばかりの大学院生の方の感想

大企業に勤める50代の方からの感想

40代後半で大企業を辞めたという方の感想

つい最近、16年勤めた職場を辞めた39歳の方からの感想

小さなお子さんを育てながらのワーキングマザーの方からの感想

“ぶらさがるもの(嫁・子・家)もある”中で、16年働いた企業からの退職を決めたという方の感想


★★★


なお、ハッシュタグのつけられたツイート(&私に宛てられたツイート)のいくつかは、後日、当ブログ、そして、「未来の働き方について考えよう」の文芸春秋 特設サイトに“まとめ”が掲載される可能性があります。(掲載を希望されない方は、ご連絡をいただければ削除します)

以上、よろしくお願いします!


そんじゃーねー!!

2013-09-11 「7年後」より「来年」

2020年の東京オリンピックの開催が決まり、いろんな人が「次の 7年の間に○○を成し遂げよう!」的な意見を発表。さっそく株価も上昇したりと、久しぶりに日本が明るい雰囲気につつまれています。

私も、オリンピックまでに是非にと思うことはいろいろあります。たとえば、


1)停滞の時代にピリオドを打ち、原発問題も解決を

デフレ時代を終わらせ、「稼いだお金をとりあえず貯金する」ではなく、「次の給与であれを買おう!」という社会に戻れることを祈ります。前者は不安につきまとわれる社会であり、後者はワクワクのつながる社会です。

また、安倍総理はあれだけ力強く国際的に公約をされたのだから、原発問題を収束させるため、お題目を超えた本気の取り組みをしてほしい。


2)東京を世界で競争できる都市に!

世界は都市間競争の時代で、東京は極めて有望な可能性のある都市です。これを機にさらに魅力的な都市になってほしい。

ハード面では国際資本に呑み込まれないローカル色をより強化しながら(参考エントリ:「やっぱり街はローカルが勝ち」)、もっともっとバリアフリーを進め、外国語表記を増やし、公衆ネット網を整備し、新幹線にスーツケース置き場を新設し(!)、公共交通機関の夜間営業を増やしてほしいです。

ソフト面では、商売に関わる人以外も含め、全員が各国からのお客様に「おもてなし」を提供できればいいなと思います。

今から 7年間、本気で英会話を勉強したら、今はひとことも話せない子供や大人も、ボランティアガイドができるレベルまで上達するはず。英語である必要もありません。タイ語やインドネシア語など、いろんな国の人をその国の言葉で迎えることができたら、どんなに素敵でしょう。


3)地方はこの機会を逃すな!

東京オリンピックを「東京だけ」に終わらせる必要はありません。日本全国、いろんな都市が、海外から来られた方にちょっとでも知ってもらえるよう、いろんな工夫をすべきでしょう。

他の先進国においても、地方に旅するのは(外国人にとって)かなり不便です。日本の地方都市はその多くが新幹線を始めとした鉄道網で到達できるし、空港も多すぎるくらいあります。

オリンピック期間とその前後の1ヶ月だけ各駅からのいろんなバスを走らせるだけで、温泉や名所、地方の美しい日本を見てもらえます。次の 7年の間にぜひ作戦を練ってください。


4)世界に開かれた国になりたい

これは放っておいても進むだろうとも思いますが、より世界に開かれた、多様性を受け入れられる国になるといいなと思います。留学してきた人たちが、この国に住みたい、働きたいと思ってくれるなら、是非にといえる国になってほしい。

もちろんオリンピックで日本のすばらしさを発見した人がそう思ってくれるのも歓迎したい。違う宗教の国の人たちでも、食事場所やお祈り場所に困らないようになってほしいし、特定の人たちをターゲットにしたデモやら誹謗中傷の少ない社会を目指したい。

旅行にしろ留学にしろ働くためにしろ、いろんな人に来てほしい。



5)今からでも開催理念を!

招致活動において日本は、「オリンピック開催の理念がイマイチ明確でない」と言われてきました。そんな中でもせっかく選ばれたのだから、ぜひ何らか「東京オリンピックは、この点で今までのオリンピックと大きく変わった」と言われるものを見つけられたらと思います。

たとえば世界のあらゆる国で、(高額なテレビ放映権が払えない国でも!)いろんな分野の一流選手のプレーが見られるようにしてあげられたらすばらしい。

その他にも、技術が世の中をどう変えていくのか、そういうのがわかるオリンピックになったらいいなとも思います。・・あたしなんかよりよっぽどいいアイデアを持ってる人はたくさんいるはず。ぜひ何か、世界が「それいいね!」って思えるものを(コンパクトな開催のオリンピック以外にも)掲げてほしい。



そして最後に。

今はやたらと盛り上がっているけれど、7年とは長い期間です。自分の年齢、子どもの年齢、親の年齢を考えれば、それはすぐにわかるはず。

これから 7年間、株価や不動産が上がり続けるなんてありえないし、現実的にはその間に、大きな地震がまたどこかで起こる可能性だって十分にあります。


だから個人としては、 7年後に大きな目標をおいて、それに向けて突っ走るのではなく、そこまでの一年一年を楽しんで生きることのほうが、よほど大事だと思います。

日本や東京やオリンピックは、これからも延々と続いていくけれど、個人の人生は有限です。7年て人生全体の10分の1ですからね。残りの人生の中でみたら、もっとウエイトが大きいでしょ。


私には「素敵な 7年後」より、「来年が今年より楽しい」ことのほうがよほど大事です。大きな目標が掲げられるとついつい、「その目標を達成するまでは、つらくても文句を言わずに頑張るべき」「それまでは努力を続けろ」的な発想になりがちですが、



人生は結果ではなくプロセスを楽しむもの



=「何を成し遂げたか」ではなく、「楽しかったか?」のほうが圧倒的に大事


だということを、忘れずに。


そんじゃーね

2013-09-08 東京オリンピック2020決定 

2020年の東京オリンピック開催決定直後からの自分のツイートをまとめておきます。



福島関係の質疑応答にはヒヤヒヤしたけど、プレゼンテーションについては、どんだけ練習したんだろうと思えるほどみんな完璧だった。お疲れ様。そしてありがとう。



(ひと安心)


公衆wifi大拡充(てか7年後なら違う技術だろうけど、“どこでも無料でインターネット!”の環境)に加え、英語(中国語)表記の大拡充、公共交通機関の24時間化など、この機にガンガン進めよう!



原発事故の件です。「コントロールできている」と言いきったのをお忘れなく。



世界は都市間競争に入ってる。これで東京も戦える!



子供の年齢とかも計算してみてね。



安倍総理は東京開催決定後の記者会見で「東京を選んだのは間違いではなかったと世界に思ってもらえるよう頑張る」とおっしゃっていました。本当にそうなりますよう!



(注:二本は日本の誤字です)




空港と都心の時間距離の大幅短縮のほか、エコ自動車(タクシーやバス)の普及、公共交通機関の24時間化などを進め、世界に、東京の環境のすばらしさを示す大チャンス。



















↑↓このふたつがわかったことが、個人的には最も意義深いことだった気がする。




アメリカは時差も為替も気にしない世界で唯一の国






2020年、7年後にはこういうメディアの報道姿勢が変わっていることを心から願いたい。国籍に関わらず世界一流のプレーを、できるだけ多くじっくりと鑑賞させてほしい。



そして最後に、高円宮妃久子様のスピーチ。ノーブルというのは、こういうことなのね。姿勢、お化粧からアクセサリーに服装、語学力と話し方、そしてその内容。皇室ってすごいな。胸のブローチが日本列島の形になってるのが泣かせる!

 → 高円宮妃久子様 IOC総会でのスピーチ youtube

(日本語音声がウザい!)




以上、記録として。


そんじゃーね!



<関連過去エントリ>

メトロポリタントーキョーすごい!

大都市のターミナルエリアは消費のブラックホール

2013-09-06 レビューだって価格設定され、市場化する

ここ何回かプライシング(価格設定)について書いてきました。今日は「レビューの価格」についてです。

ネットでモノを買う人が増え、商品や店舗にたいする“レビュー”の持つ影響力は今やとても大きくなっています。ホテルやレストランの評判から本の感想、宅配される野菜から最新型の家電製品まで、ネットに掲載されたレビューを参考にする人はたくさんいますよね。


このため質の良いレビューを数多く集めることは、販売者にとって極めて重要です。しかし、それは簡単なことではありません。

レビューを増やすために市場運営会社は、レビュアーが有名になれる(もしくは、自尊心を満たせるような)仕組みを用意します。具体的にはレビューに対する評価(多くの場合、星の数)に応じて“ベストレビュアー”といった称号を与えるわけですが、これも組織票効果が大きく出るなど、巧く機能しているとは言えません。


レビューシステムの運営方針に関して、アマゾンと楽天は対照的です。アマゾンでは書籍を中心に数多くのレビューが付いていますが、その質は必ずしも信頼できるものではありません。

ネット上でアクティブに活動している人や政治家の書いた本、韓国や中国に関する商品、なんらかの事件がきっかけでターゲットにされた企業の商品などに、アンチと呼ばれる人たちが大量に偏ったレビューを投稿しており、その手口も非常に巧妙です。

彼らは、罵詈雑言ではなくあたかも公正に評価しているように見える文章を練りあげ、一夜のうちにレビューの評価を上げるための星や評価ポイントを100個も200個もつけて自分のレビューを目立つ場所に配置したりと、特定の商品や著者、企業を叩くことに、惜しみなく人生の時間とエネルギーを注ぎ込みます。


アマゾンはこういった人たちにとても寛容なサイトで、かつアクセス数が非常に多いので、誹謗中傷目的でレビューを書きたい人たちに「レビュー市場として選ばれている」状態です。

そのおかげで、他の書籍レビューサイトはほとんど荒れないという現象さえ起こっています。(私はこれを“ごみ箱効果”と呼んでいます。ごみ箱が一つあればゴミはそこに集まり、あちこちにゴミが散らかるのを防げるんです)


一方の楽天では、レビューはその商品を楽天で購入した人が一回しか書けません。また、レビューに星を付けて評価することはできますが、評価が高くてもレビューの表示順序が自動的に変わるわけではないので、大量のメールアドレスを駆使して、自分のレビューを不自然に目立たせることができません。

このように楽天は「アンチにとって使いにくいレビュー市場」なので、彼らから敬遠されています。(ただし楽天のレビューがそういう仕組みになっている理由は、アンチ対策ではなく、ショップ関係者による自画自賛のやらせレビューを誘発しないためだと思います)


「そのサイトで買った人しかレビューが書けない」、「人為的に自分のレビューを目立つ位置に配置できない」という方式は、レビューの質を担保するには効果的ですが、レビューの数を確保するという観点からみれば、楽天の各ショップ(特に新規参入ショップ)は大変な苦労をしているはずです。

質のよいレビューが多数集まると、販売の強力な後押しになることはみんなわかっています。つまり、質の良いレビューには「価値」があるんです。(念のための注:“質のよいレビュー”とは、商品にたいして肯定的なレビューという意味ではなく、購買判断に役に立つレビューという意味です)


そして、価値のあるものは必ず価格が付きます。「お金を払ってでも、それを手に入れることが合理的である」という状態となり、実際にお金を払ってレビューを手に入れようと考える人が出てきます。

こういう話をすると、以前「食べログ」で問題になったような「アルバイトを雇っての、組織的なやらせレビューの投稿」を思い浮かべる人がいるでしょうが、あれもアマゾン同様、その店を使ったことのない人でもレビューが書けるからこそ発生する問題です。

では、楽天のように「商品を一回買ったら、一回レビューが書ける」という仕組みのサイトではどうすればいいでしょう?


販売店はいろんな工夫をしています。たとえば、レビューを書いてくれた顧客には

・配送料を割引する

・製品の保証期間を1年ではなく3年にする

・おまけの商品を送る などですね。


レビューの内容についてはなんの制限もありせんから、ネガティブなレビューを書くことも可能ですが、そもそも一般の消費者は(=アンチの人たち以外は)大半の人がマトモなレビューを書くため、そんなに心配する必要はありません。

重要なのは、モノを買った人にレビューを書くというインセンティブを与えることです。上記の例でわかるように、今のところインセンティブは数百円です。つまりそれらの店にとっては、レビューコメントは数百円の経費をかけても集める価値があると認識されているわけです。

この「レビューの値段」は商品や状況によって変わります。たとえばホテルなどでは、ミネラルウオーター1本のプレゼントでも、それがために、宿泊したホテルのレビューを書こうと考える消費者はたくさんいるでしょう。


人によっては、1レビュー数百円は高いと思うかもしれません。でも、その効果はおそらく必要な経費よりかなり大きいです。100個のレビューを集めても、300円×100個で3万円。マーケティング費用としては格安でしょう。

特に「レビューがゼロ」なのと、「10個以上ある」のとでは、消費者の安心感は相当に大きく違うはずで、数万円のコストなら十分ペイすると考える店はたくさんあると思います。



私はこの「レビューを書くインセンティブにお金を払う」ことに肯定的です。

最近は“ステマ”とか“やらせ”とかいう流行り言葉を使い、レビューに金銭対価がつくことを否定的に捉える人もいるようですが、私にとっては「価値あるものに価格が付く世界」はきわめて健全です。

貨幣経済下の社会においては、いままで価格がついていなかったものに経済的な価値が認められ、適切な価格設定がなされて、取引が拡大することで経済成長が起こるのです。「価値があるのに価格が設定されていないもの」は、搾取されているか、価値が有効活用されず、無駄に捨てられています。

今は価格設定がなされていない主婦の家事労働とか子育て労働だって、適切な価格設定がなされて市場化が進めば大きな産業になり、生産性もあがるはず。あんな大変な労働に価格を付けないなんて、それこそ「ブラックな職場なのでは?」と思えるほどです。


もちろん、肯定的なレビューだけにお金を払うのは問題です。しかし、「実際に購入した人がレビューを書いてくれたら、内容に関わらずお金を払う」のは何の問題もありません。

むしろ何のインセンティブも用意せず、商品を購入した顧客に、やたらとレビューを書け書けと催促してくる店よりよほどマトモだし、さらにいえば、そういったインセンティブ無しでもレビューが集まるよう、おかしな人たちに使いやすいレビュー環境をいつまでも放置するより、100倍マシだと思います。

レビュー市場は未だ整備されておらず様々な問題が起こりますが、それらは、新しい価値が市場化されていく過程において不可避な試行錯誤です。


物理的なモノしか売れない時代から、サービスというスキルや時間(手間)に対してお金が払われる時代を経て、これからは「価値あるものには、その形態を問わず、価格が付く」時代がやってきます。

個々人にとって大事なことは、「自分が持っているもので、今は価格設定がなされていないけど、実は価値がある、というものは何か無いのか?」という視点で、自分のスキルや経験、生活を見直すことでしょう。

伝統的な商品だけがお金になるのではありません。趣味やこだわり、感情や根気、何年も続けてきた生活の慣習の中から、思いもかけないものが市場化されることにより、経済的価値が顕在化します。

というか、「価格付けして市場化する」というセンスとスキル(=私はこれを“市場化スキル”と呼んでいます)があれば、今みんなが考えているよりはるかに幅広く、多彩なものが売られ、換金できる時代がやってくることでしょう。


そんじゃーね



<過去関連エントリ>

・「規制強化と規制監督の強化の違い

・「アマゾンと楽天

・「There is no alternative to market

・「非生産的な議論の例3つ

2013-09-04 ケチな人ほど安く買える世界へ

前回のエントリで、「定価の世界は消えゆく運命」だと書きましたが、私が消えると言っているのは、「誰でも&いつでも、同じものは同じ価格で買うのがあたりまえの世界」であって、「定価」という制度そのものが消えると言っているわけではありません。


コメも野菜も自宅で作っており、かつ、シャンプーもトイレットペーパーも買うものではなかった時代なら、買い物自体のニーズが少ないので、たまに市場に行き、そこで個別に「もうちょっとマケて」などと言っててもなんの問題もありません。

しかし今の私たちは、3日と開けずにスーパーマーケットに行き、一回の買い物で肉に魚に野菜に牛乳にアイスクリームにトイレットペーパーに惣菜にごみ袋・・・と20品目くらいを買ったりします。

それらすべてについて個別に価格交渉をするなんて、誰にも不可能ですよね。そんなことをしていたら、時間がいくらあっても足りません。店側だってやってられないでしょう。

定価というのは、売買の取引コストを大幅に下げてくれる合理的ですばらしいシステムなんです。


しかしながら、そんなふうに一見、定価でモノが売買されているように見えるスーパーマーケットでさえ、実は一物一価ではありません。

たとえば私は自宅近くのスーパーでは、100円の買い物で1ポイントが貯まる会員カードを使っています。1ポイントは1円になるので、会員になれば何でも1%引きで買えます。つまり会員は、そのカードを使っていない客とは異なる価格で同じものを購入しています。

また私の場合、そのカードをクレジット機能付きにしているので、さらに1%のポイントが付与されています。なので、現金で買う非会員に比べるとトータルで 2%安く買っていることになります。


加えてこのスーパーでは、水曜日の午前中は衣類が10%オフ、木曜日は雑貨が10%オフなど、客の少ない平日の特定時間帯には、特定のカテゴリーが一律値引きをされています。

働いている人はこんな時間にスーパーには来られません。でも、自営業のあたしや、引退後の高齢者などは、そういった日時を狙って衣類や雑貨を買いに来ます。彼らは、土日にやってきてそれらを買う顧客に比べて1割安い価格でモノを買っているわけです。


また、夕方4時までなどの時間限定で、頻繁に生鮮食品のタイムセールが行われています。これは夕食の買い物に来る客でごった返すレジの混雑を緩和するためだと思われます。(早めに買い物に行くことで安くなるため、時間の融通の利く人は、混雑前に買い物を済ませるという行動にでてくれるんです。)

もちろん、どこの店もやっているように、閉店近くには刺身や惣菜は10%、20%引きのシールが張られますから、選択肢が少なくてもいい、遅い時間に買うのでもよい、という客なら、そういった価格で買い物ができます。

さらに言えば、4000円以上購入すれば自宅まで無料で配送してくれるのですが、これも「大口顧客には配送料分の割引をしている」と解釈できます。


スーパーだけではありません。居酒屋やハンバーガーチェーンでも、全体としては定価で売られていますが、ウェブサイトからクーポンを印刷してきたり、キャンペーンのバーコードをスマホにダウンロードして来たりする客には一定の割引が与えられます。

そういえば先日利用したパソコンの通販サイトでは、注文の多い土日や夜間は高く、平日の昼間の注文には割引が適用されていました。オペレーションを平準化したい売主には合理的な割引ですよね。


このように、定価というシステム自体は“一見”これまで通り存在しているように見えていながら、実はさまざまなものが異なる顧客にたいし、異なる価格で売られ始めている。これが今、起こっていることであり、

「木曜日は雑貨を一割引きにしよう」とか、「夕方5時までに入店してくれた客には、飲み放題の価格を1000円引きにしよう」などと考えるのが、まさに「プライシングの設計」といわれるものです。

こうして、今、あらゆる分野において「誰でもいつでも、同じものは同じ価格で買う世界」が消えつつあるわけです。


★★★


上記の例でわかるように、価格交渉にはリソースがかかります。

値切るには時間とスキルが必要だし、割引クーポンをダウンロードするにも手間が必要です。配送料を払わないためには、一定額以上のまとめ買いなど条件を満たすように買い物をする必要があります。特定の時間までに買い物したり、飲みに行ったり・・

そういうことが面倒な人は、(手間をかければ安くなることはわかっていても)手間をかけず、価格が少々高くても問題はないと考えます。

店側からすれば、こんな客にわざわざ値引きをする必要はありません。最初から定価を下げるのではなく、定価はそのままで「クーポンを見せた客のみに割引する」ほうが、利益率が高くなるわけです。

このように「取引コストが非常に低い定価を残したまま、客によって価格を変え、売上と利益を最大化する」、これがプライシングの基本です。定価というシステムは、一物多価を実現するために不可欠な制度なのだ、と言えるのかもしれません。


こういった一物多価の世界は、ネット販売の普及によってさらに拡大すると思われます。ログインが必要な多くのサイト(=顧客の購入履歴をすべて把握しているサイト)では、同じものを特定の人にだけ安く提示することも難しくありません。

今は、クーポンコードを入力させるなどして割引をしているネット通販でも、今後は人により、提示する価格自体を変更してくるかもしれません。


たとえば・・・あなたが200円以下の電子ブックばかりを買っていたとしましょう。そして1000円以上の本はほとんど買っていない、としましょう。

今はすべての人に提示されている電子ブックの割引情報が、今後はそういう人にのみ届けられるようになるかもしれません。たとえば、割引本をほとんど買わず、定価でたくさんの本を買っている顧客には、一切、割引情報が提示されない、みたいことが起こったりね。


SNSで情報が共有されるから、特定の人だけに値引きするのは無理だと思います? 私はそうは思わないです。今だって割引クーポンがあるのを知っていても、わざわざダウンロードするのが面倒という理由で、あえて使わない人はたくさんいます。

家電を買う時、全員が価格コムの最安値店で買うわけでもないでしょ? 

安い値段で買うにはリソース(時間や手間)がかかるし、それなりのリスクをとることも求められます。そして、割引のためにそこまでする必要はないと思う人もたくさんいるんです。

プライシングの工夫とは、そういう人向けではなく、手間暇かけても安くしたいと思う(ケチな?)人にだけ安くするという試みです。


ケチな人はより安く買える世界?

もうちょっとちゃんとした言い方をすれば、「価格にセンシティブな顧客にのみ割引を与えることにより、売上げと利益を最大化する」ということでしょうか。

ネットに購買履歴が残るため、これからは「誰が価格に敏感か?」という個別データが手に入るようになります。「誰がケチなのか、わかる」と言ってもいい・・。そしてケチな人には、より安い価格が提示される世界がやってくる・・。


そういう世界、どうですか?

楽しい? ずるい? あたりまえ?


一物多価の世界、それは「どんどん市場化する世界」のイチ側面です。そして(またそのうち書きますが、)これらの世界では「いかに安く買うか」ではなく、「いかに高く売るか」を考えることこそが、重要なスキルとなるのです。


そんじゃーね!




<頂いた感想ツイートより>


2013-09-02 「定価の世界」は消えゆく運命

不特定多数の「買い手」と「売り手」をマッチングさせ結びつける場所は、市場と呼ばれます。読み方は“シジョウ”、もしくは“イチバ”ですね。

その歴史は古く、多数の露天商と多数のお客さんが“イチバ”で売ったり買ったりする様子は、どの国の歴史ドラマを見てもよくでてくるし、その風景も非常に似通っています。

現在の日本人には、「売り物には定価が存在する」と考えている人も多そうですが、それら伝統的な“市場の風景”を見ればよくわかるように、定価販売は歴史的に見ても、また国際的に見ても、主要な売り方ではありません。


日本で定価販売が始まったのは、明治半ば以降にデパートができてからでしょうか。だとすると、たかだか100年くらいの歴史です。

それ以前は、モノの値段は需給に合わせて日々変動しており、さらに、店と客が個別に価格交渉をして決まっていたわけです。


今だって、日本中の売買のすべてが定価で行われているわけではありません。

他店の値段に合わせて(それを提示してきた客にのみ)値引きをする家電店でも、ネット上のオークションでも、また、野菜や魚など生鮮食品の卸売市場でも、モノの値段は買い手&売り手のパワーバランス(需給バランスを含む)に応じて決まっています。

労働力だって、最低賃金だけは決まっているけれど、あとは需給に応じて価格が変わります。

最近はバイトが足りないので、都市部では時給が上がり気味だし、ハイエンドな転職市場でも、超優秀な人が応募してきて「ぜひわが社に!」と言ったとたんに、給与交渉を持ち出された経験のある会社も多いでしょう。エンジニアの給与だって実力や需給に応じて大きく変動しているはずです。


アパートだって、入居を迷っていたら、不動産業者からそれとなく(家賃の)値引きをほのめかされることがありますよね。最後一戸だけ残った分譲マンションの部屋でも同じことが起こってます。

ネットバンクでは、顧客別に異なる金利を提示している会社もあるだろうし、消費者金融だって、借り手の状況に応じて、金利を決めてるでしょう。

進学塾の多くは、成績が優秀な生徒を無料で入塾させてるし、大学でさえ成績優秀者には入学金や授業料を値引きするところが増えてます。(返還義務のない奨学金って名前ですけど)


このように、今の日本でさえ、モノの値段は需要と供給のバランスによって日々変化しており、需要者と供給者のパワーバランスに応じて、一物多価の世界になってるわけです。

さらに、海外では日本以上に「定価なんてあってないようなもん」という市場が多いわけで、「モノには定価があるのがあたりまえ」とか、「いつ、誰が買っても同じ値段で手に入るのが当然」というのは、歴史的にも国際的にも特殊な世界です。

むしろ「情報量や交渉力があれば、より安く買える」とか、「買い方や買うタイミングによって、安く買えたり、高くなったりする」ほうが、ごくごく普通なんだよね。



そしてちきりんは、この傾向がこれから益々顕著になるだろうと感じています。20年ほど前まで、家電には「希望小売価格」とかいう意味不明な価格がありましたが、今やすっかり聞くこともなくなってしまいました。

現在は再販制度があり、書籍や新聞は定価販売されていますが、10年、20年後にこういった定価が残っていると思っている人は少ないでしょう。

コンビニだって今はフランチャイズ契約により、賞味期限が近くなったお弁当など日販品の値引きは許されていませんが、これも時間の問題では?

新人の医者でも、神の手をもつベテラン医者でも、同じ手術なら同じ値段って、なんか変じゃない? だからコネとか“私的な謝礼”が必要になるのでは? こんなのいつまでも続くと思う?


このように定価で売られるものが少なくなり、「価格は需給で決まる」傾向が強くなることを含め、私は「世の中は、これからどんどん市場化する」と考えています。

社会の市場化が進展したら、私たちにはどんなスキルが求められるでしょう?


ひとつは、安く買うスキルですね。これは大阪のおばちゃんのスキルです。

さっき、梅田のデパ地下でお弁当を買ったんですけど、タイムセールで100円引きになっている弁当の隣に、まだ値引きされていない弁当があったんです。

あたしが「どっちにしようかなー。100円引きってお得だなー。でも、値引きされてない方のお弁当のが美味しそうだなー」などと考えていたところ、

隣にいたお客さん(もちろん、おばちゃんです)がすかさず、「こっちも100円引いてくれる?」って声をかけ、お店の人が「ええですよー」って応じてました。

デパ地下だよ!?


まあでも、このスキルはそんなに難しくありません。発展途上国か大阪に半年も住めば、身につけることできます。

より難しく、さらに大事なのは、「いかに高く売るか」というスキルを身につけることです。かっこいい言葉でいえば「プライシング能力」ですね。


このスキルが必要になるのは自営業の人だけではありません。

自分をいかに高く売るか、自分の持っている能力をいかに高く売るか、そのためには、どんな場所で、どんなパッケージングで、どんなタイミングで、売るべきなのか。(あたりまえですが、プライシングが高すぎて売れなければ元も子もありません)

そういうスキルがある人とない人では、手に入るお金の量はもちろん、得られる“機会”の量や質が、これからは大きく変わっていくことでしょう。


近著『未来の働き方を考えよう』の中に、「これからは市場で稼ぐ力をつけることが大事!」と書きました。プライシング能力は、市場から稼ぐための中心スキルです。しかもコレ、学校では教えてくれないから、家庭か仕事から学ぶしかないんです。

 → ★楽天ブックスはこちら★


そんじゃーね!



<関連過去エントリ>

お勧め kindle本とアマゾンの準備着々

2013-09-01 「鍛冶屋の親分」と「熟練の旋盤工」は、今やどっちも匠です

昨日は夕方から思いがけず時間が空き、(しかも珍しくニコニコ様から追い出されることもなく、)将棋電王戦のタグマッチ決勝戦を、リアルタイムで視聴することができました。 (電王戦タグマッチ特設ページ

私は今年の 5月に 12本ものコンピュータ将棋に関するエントリを書き、すっかり“にわか電王将棋ファン”みたいになってるわけですが、

その理由のひとつは、コンピュータがゲームに参加することで、& ニコニコ生放送という新しいメディアの創意工夫により、プロ棋士の方が紡ぎだす人間ドラマが、(私のような素人にも)よりわかりやすい形で鑑賞できるようになったから、なのでしょう。


過去エントリ→ 「人間ドラマを引き出したコンピュータ」にも書きましたが、昨日のタグマッチ(前回の電王戦で対局した棋士とコンピュータソフトがコンビを組んで、5組のペアが優勝を競った大会)の決勝戦も、手に汗を握る名勝負となり、大盤解説をされていた森内俊之名人も、「名対局でした」「私も興奮しました」と繰り返されていました。

なにより、駒の動かし方もわかってない私がリアルタイムで見ていておもしろいと感じられるなんて、ほんとにすごいコンテンツだと思います。


★★★


さて、電王戦に関しては、今年の春に行われた第二回の「棋士チーム対コンピュータチームによる、5対5の団体戦」で、コンピュータ側が圧勝(3勝1敗1分け)し、次回の企画がどうなるのか、注目されていました。

先日発表された次回電王戦の内容は、こちらのサイトにまとめられているように、前回同様、棋士対コンピュータソフトによる、5対5の団体戦になるとのこと。


ただし、対局条件にはいくつか変更があり、

・ソフト(開発者)と棋士の勝負であることを明確にするため、使用されるマシンは特定のハイスペックマシンに統一

・対局するソフトは特定タイミングで固定し、棋士は、本番前にそのソフトを使っての対局準備ができるようになる

などと発表されています。

企画発表会で谷川浩司会長がおっしゃっているように、「できるだけ長く、人間とコンピュータが拮抗しておもしろい勝負を続ける」ためには、いろいろ環境を整えないと、ってことなんでしょう。


同時に、いくら条件を整えても基本はコンピュータがどんどん強くなっていく方向なわけですから、「その後」のコンテンツ案として、「人間とコンピュータがタッグを組んで戦う」という、すでにチェスなどでも行われているスタイルの可能性を試すという意味で、昨日の「電王戦タグマッチ」には大きな意味がありました。

この観点でも、今回のイベントは予想以上に大成功だったんじゃないでしょうか。


(私が言うのもナンですけど・・、)タグマッチの決勝戦では「人間単独より、また、コンピュータ単独より、“人間+コンピュータ”のほうが圧倒的にいい仕事をするんだな」という、「そういえば、そうだよね」的な結論が、再確認されたのだと思います。

特に完全な解が見つかっていない将棋においては、「人間とコンピュータが力を合わせて、更なる高みに一歩でも近づく」というのも、なかなか見どころのあるプロセスになるはずです。

共存共栄などという大げさな言葉を使うまでもなく、あたしだって「紙と鉛筆でブログを書け」といわれるのと、「キーボードと漢字変換ソフトを使って書いていい」といわれるのでは、文章作成の生産性に雲泥の差が出るわけで、コンピュータを巧く利用することが人間の諸作業の生産性を圧倒的に上げていくのは、どの分野でも同じってことでしょう。


★★★


関係者の皆さんも昨日のトーナメントを見て、さらに大きな可能性をこの分野に感じられたことと思います。たとえば、“正式の”タイトル戦である名人戦や竜王戦のセコンド・バージョンとして、“名人戦 assisted by computer software”、“竜王戦 w/computer”みたいなのがあってもいいですよね。

素手で戦ったら誰が一番強くて、道具を使ったら誰が一番強いのか、みたいな。


段位だって、今の段位は「人間のみで対局した場合の段位」ですが、それとは別に、「コンピュータを利用した場合の段位」ができたりね。・・・なんていうか、“オートマ免許”みたいなもんですかね。できて最初の10年くらいは、「俺はあんなもん免許とは認めん」みたいな人がいたり・・


たとえば鉄の加工に関しても、“一流の職人としての鍛冶屋”と、“プロの技を誇る旋盤加工の熟練工”って、必ずしも同一人物ではないはずです。

今は、大田区や東大阪に「世界が認める旋盤熟練工」みたいな人がいますが、そういう人たちだって、江戸時代の鍛冶屋の親分に言わせれば、「機械なんか使いやがって・・」的な位置づけなわけでしょ。

でも今や、熟練の旋盤工の技にたいして、「機械なんか使ったら実力とは言えないよね」などと言う人はいないわけです。ってことは、将来的には将棋においても、もちろんそれ以外の分野においても、「機械(&コンピュータ)を使いこなす技が一流だということで、匠と認められる一流プレーヤー」が登場しても全く不思議じゃありません。

鍛冶屋のチャンピオンも、旋盤技術のチャンピオンも、一流の人はどっちも匠と呼ばれるわけです。



ヒエラルキーが明確な将棋界においてはそれ以外にも、

「アマチュア有段者 with コンピュータソフト」 vs. 「プロ棋士チーム」とか、

「惜しくもプロ昇格を逃した元奨励会会員 with コンピュータソフト」 vs. 「プロ棋士チーム」

「女流棋士 with コンピュータソフト」 vs. 「(男性)プロ棋士チーム」などなど


いろいろやってみたらおもしろそーじゃん!?


てか、これなら何年でも楽しめそうだから関係者みなさんにメリットがあるのでは?

などと、あんまりおちゃらけてると各方面から怒られそうのでこの辺でやめますけど、まあとにかくスゴクおもしろいなと思いました。


★★★


あとね。「機械ができることは機械にやらせりゃいーじゃん」と、どこまで割り切っていいのか、とかも、おもしろい課題ですよね。

私が小学校のころは、漢字の書き順がテストに出てました。今となっては、「あんなもん、本当に人間が覚える必要があるのか?」って気がしませんか? 今もあれを覚えてるかどうかで国語の点数が変わったりするんでしょうか?


そういうのを突き詰めれば、「大学入試なんて電卓持ち込み可でもよいのでは?」とか、「英語のテストだって、英語辞書(もちろん電子辞書)持ち込み可でいい」という話にもつながります。

計算方法の原理原則は理解する必要があるだろうけど、「計算ミスをしたために答えを間違い、大きく減点されて大学入試で不合格」みたいな人を選別する必要があるんですかね。

「どうせ機械が担当することになる部分について、人間が暗記したり、ミスをしないように必死になる意義はどこにあるのか?」みたいな議論も、今後は必要になるのかもねと思いました。


というわけで、いろいろとっても楽しみです。


そんじゃーね!



<頂いた感想ツイートより>



<コンピュータ将棋に関する過去エントリ>


1) 『われ敗れたり』 米長邦雄

2) 盤上の勝負 盤外の勝負

3) お互い、大衝撃!

4) 人間ドラマを惹き出したプログラム 

5) お互いがお手本? 人間とコンピュータの思考について

6) 暗記なんかで勝てたりしません

7) 4段階の思考スキルレベル

8) なにで(機械に)負けたら悔しい?

9) 「ありえないと思える未来」は何年後?

10) 大局観のある人ってほんとスゴイ

11) 日本将棋連盟の“大局観”が楽しみ 

12) インプット & アウトプット