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Chikirinの日記 RSSフィード

2014-01-29 脱“トランジスタ売り”の発想

さて、先日のエントリの続きです。

前回は、「東京が目指すべきは、ロンドンやニューヨークのような伝統的な国際都市」であって、「シンガポールやドバイのような、戦略的な国際都市ではない」と書きました。

しかし、そのいずれの方向を目指すとしても、国際都市を目指すなら必須となる考え方があります。それは、「世界を受け入れる」という覚悟です。


高度成長期の日本にとって、国際化とは「輸出をすること」でした。

繊維を輸出し、テレビを輸出し、自動車を輸出する。その輸出比率の高い企業が「国際的な企業である」と考えられていたのです。てか、今もそう思っている人は多そうです。


しかしながら、新卒でその企業に入った日本人の男性だけで会社を経営し、日本人社員と非日本人社員を全く別の人事制度で処遇し続ける企業について、たとえ製品の輸出比率が高くても、世界はそれを「国際的な企業だ」とは考えません。

それは単に「輸出比率の高い日本企業」に過ぎないのです。


そういえば最近のお役所は、クールジャパンの名のもとに、日本のアニメを世界に輸出する、日本食を世界に広げると大騒ぎしていますが、これも完全に「輸出を増やそう」という発想です。

カメラやテレビが売れなくなったから、アニメや日本の食を「売りに行きたい」というだけです。

それらは、たとえば、世界中のアニメ好きが東京に集結するような拠点を作ろうとか、そのための学校を作りやすい制度に変えたり、特別な在留許可を与えたりといった発想や、世界の和食料理人が東京で修業ができるようなワーキングビザを作ろうという発想とは真逆のものです。


高度成長時代を夢見る人たちにとって国際化とは、「英語を話す日本人が、海外に行って日本製品を売り、たくさんの外貨を稼ぐこと」に過ぎないのです。

しかし、いつまでも「リュックサックに日本製のトランジスタを詰めて海外に売りに行く」などという考えのままでは、東京が国際都市になるなんてありえません。


ニューヨークもロンドンも、シンガポールもドバイも、そこに住む人、そこで働く人、そこで学ぶ人、そこで遊ぶ人自体が、そして、そこで活動する企業や投資家(&投資マネー)自体が、世界中から集まってきているのです。

彼らは何かを「輸出して」国際都市になったのではありません。

そうではなく、世界中から人や企業やお金(投資)を受け入れることで国際都市になったのです。


街中で買い物をしているときに耳に入る言語の多様性こそが、

職場における同僚の出身国の多様さこそが、

学校における(生徒はもちろん)教師の国籍の多様さや、

不動産オーナーの国籍の多様さこそが、その証となっているのです。


「日本製品をたくさん売って外貨を稼ごう。それが国際化だ!」と考えている限り、東京が、国際都市として競争力を高めることはできないでしょう。


今求められているのは、脱・トランジスタ売りの発想です。

目指すべきは輸出拡大による“黒字幅の拡大”ではなく、トーキョーを“聖地”にすることのはず。

そしてそのために必要なのが、「世界を受け入れる」という覚悟なのです。


そんじゃーね!

2014-01-26 家入一真さん、ありがとう

連載エントリの途中ですが、東京都知事選の候補者が出そろったので、リストにしておきました。

都知事選の被選挙権は、下限は 30歳、上限はもちろんありません。調べてみましたが、「男性に限る」という条件も存在しないみたいです(私が見逃してるだけかもしれませんが)。


現在の年齢に加え、4年の任期終了時の年齢と、オリンピック開催時の年齢も併記しておきました。65歳以上(高齢者と書いてあるところから)は、年金受給者です。

やたらと候補者が集中してるところがあるなと思ったら(ピンク色のところ)、やっぱり! いつまでもお元気で羨ましい団塊世代の皆様でした。

なので、この層より上の方は“第二次世界大戦の終戦”より前に生まれた方々です。


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まとめるとこんな感じ・・

f:id:Chikirin:20140127165642j:image:w420

団塊世代が含まれる60代が突出してますね。




というわけで、家入一真さんに御礼を申し上げます。



なんでお礼を言うのかって?


彼が立候補してなかったら、上の表やグラフはどんな形になっていたでしょう? 

それを想像したら、おもわず「ありがとう」という言葉がでてきたんです。


そんじゃーね



家入さんの本。キンドル版なら600円。予想よりマジメな本で、おもしろかった。

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2014-01-24 東京は何処を目指し、誰と戦うの?

前回、「都知事選の争点となるべき課題は?」 というアンケート をしたところ、突出して高い支持を集めたのが「国際都市としての競争力強化(観光、富裕層政策などを含む)」という回答でした。

そこでちきりんブログでは、この点について(都知事選までの間、これから何回か)考えていきたいと思います。各エントリでは、私がなんらかの提案(主張)をしますので、みなさんも是非それぞれのご意見を考えてみてください。


★★★


“国際都市としての競争力強化”が東京の重要課題だと答えた人が多かった背景には、「国と国との競争」という従来の国際競争の枠組みに加え(もしくは替えて)、「都市間競争」の時代が始まっているという認識があるのでしょう。


そして多くの人が(私と同様)、

・東京という都市は、グローバルな競争力を持ちえる都市である(世界のトップ都市を目指せる)

・しかしながら、そのためには、これから更なる戦略や政策、努力が必要

・東京の都市競争力が高まることは、東京にとって、そして日本にとって大きな価値がある

と考えているのだと思います。


その上で、“トーキョー”が目指すべき場所を考えた時、そこには異なるふたつの方向性があります。それは、

1)ニューヨーク、ロンドン方向 (“伝統都市”と呼びます)

2)シンガポール、ドバイ方向 (“戦略都市”と呼びます)

のふたつです。


この2つは全く異なる方向であり、私は、東京が目指すべきはニューヨーク、ロンドン方向だと確信しているわけですが、このふたつはどう違うのでしょう?


まず、前者の方向を目指せる都市は、極めて限定的だということです。

そこには、政治的な安定性や治安、一定レベルの衛生状態や住民の教育レベルが不可欠なことはもちろん、それなりの人口集積と物理的な広さが必要となります。


そしてそれ以上に、歴史に裏付けられた多彩な文化の蓄積が重要であり、

・人工的できれいに整った先進的なもの

・自然

・歴史的に育まれた猥雑な生態系としての文化(しかも複数の)

が、3つとも揃っていることが必要です。


こういった初期条件を備えた都市はそんなに多くありません。ニューヨークやロンドンやパリ、ウィーン、ローマなどの西欧の諸都市、東京や上海、北京やバンコクなどのアジア圏の都市、あとはイスタンブールや(寒いし、いろいろ厳しいけど)モスクワあたりでしょうか。

そして、そういった条件を欠いている都市が競争力を持とうとした場合に取るのが、極めて人工的で戦略的な都市価値の向上策なのです。

シンガポールやドバイはこの方向で努力し、一定の成果を上げています。前者は、徹底した合理主義、市場主義によって、後者は財力(ペトロマネー)によって、魅力ある都市を力づくで建造しようとしています。


時々「東京をシンガポールのように」という意見をみかけますが、(個別の政策において真似すべき点はあっても)「都市として、目指すべき方向」でいえば、私はこの意見には全く同意できません。

極めて豊かな都市資産を持つ東京が、「何も持たない都市の競争政策」を真似る必要など、どこにもないからです。


シンガポールやドバイには、世界の大金持ちが居宅やセカンドハウスを持っています。納税地やビジネス拠点を置いている人もいるでしょう。

しかし、これらの都市に住む富裕層で「一年中、シンガポールにいる」「一年の大半をドバイで過ごしている」などという人はどれほどいるのでしょう?

「居住地はシンガポールだけれど、多くの期間を世界の(もしくはアジアの)他都市を回って過ごしている」、「ドバイにレジデンスと別荘を持っているけれど、いつもはロンドンにいる」といったお金持ちも多いのではないでしょうか?


わたし個人的には、あんなところに 1年もいるなんて退屈すぎて不可能です。一方、東京やニューヨークには、一年の大半をそこで過ごしていても(そして何年も続けてそうしていても)飽きないだけの奥行きの深さがあるのです。

さらにいえば、「仕事なしで、シンガポールにずっと住む」って、かなり退屈なんじゃないかと思いますが、東京やニューヨークなら、仕事なんかせずに一年中遊んでいても、遊び飽きることはないでしょう。


この 2種類の都市の方向性は全く異なるものであり、それぞれにとって必要な施策も異なります。

たとえば、戦略都市にとって税金が安いことが重要だという指摘は理解できますが、伝統都市にとって、その施策の優先順位が高いとは思えません。ロンドンは、税金が安いから世界のトップ都市なわけではないでしょう。

また戦略都市にとっては、一貫したポジショニングや統一的なイメージが重要ですが、伝統都市の方は反対に「あまりに多面的で、一言では語れない」ことが、その魅力です。

だから、すべてをゼロから設計しなおして、統一したイメージのもとに再構築する、といった施策は、伝統都市の魅力を破壊してしまいます。


また、いずれの都市にとっても「誰にでもオープンで、多様性を確保すること」は重要ですが、戦略都市が「ローカルな人がほとんどいない=極めて少数派である」状態でも成り立つのに対して、伝統都市においては、「ローカルな人、ローカルな文化、ローカルなルール、ローカルな思考」が、主要なグループとして存続し続けることが、必要不可欠な要素となります。

すなわち東京には、「日本語しか話せない人が、常に一定数いる」ことも重要だということです。「生まれてから一度もロンドンを離れたことがない」人や、「ニューヨーク以外の世界には全く興味がない」人が一定数いることが大事なようにね。

そして、この「日本語しか話せない人が、常に一定数いる」ことは、「日本語を話せない海外の人が、その街を楽しむことが可能」という状態とも十分に両立できるし、まったく相反したりはしないのです。


今回のアンケートへの回答者の半分が、「国際都市としての競争力の向上」を、東京にとって最も重要な政策課題だと考えていました。

では、そう答えてくれた皆さんにとって、東京が目指すべき国際都市の方向性はどっちなのでしょう? 私たちは誰を(どの都市を)意識し、競争していくべきなのでしょう?


そんじゃーね



<都市に関する過去関連エントリ>

・「街はローカルが勝ち!

・「大都市のターミナルは消費のブラックホールへ

・「東京すごい! 世界の都市人口ランキング

2014-01-19 都知事選 アンケート結果の発表!

社会派ブログとして人気の「Chikirinの日記」が、ブログの読者らを対象に都知事選に関する緊急アンケートを行った。

3日間で 1773名から回答があり、うち 743名は今回の都知事選の有権者である。

ただし非有権者の 1030名の中にも、昼間は都内で働いているなど、「投票権はないけれど、都の運営には直接的な影響を受ける」層が、含まれると考えられる。



最初の質問は、「現在、立候補している候補者の中に支持したい候補者がいますか?」

<有権者の回答>

<非有権者の回答>

既に多くの候補者が立候補表明をしているが、“ちきりんブログ読者”の目は厳しく、支持したい候補者がいないとする回答が大半を占めた。特に、都下に住む有権者の判断が厳しい。


★★★


次に、「都知事選の争点になるべきと考える課題は何か」について質問した。

回答のうち、突出して高い支持を集めたのが「国際都市としての競争力強化(観光、富裕層政策などを含む)」である。

有権者、非有権者とも、その半数が「この点が重要な政策争点となるべき」と考えており、グローバルな都市間競争に危機感を抱く“ちきりんブログ読者”の指向が明確に現れた。

他にも「都市開発、インフラ整備」が 5位に入るなど、東京の都市機能強化への関心は高い。

また、「その他」の重要課題として、「将来の東京の在り方についてのビジョン」を挙げる回答も複数あり、“メトロポリタン・トーキョー”の先行きに関する問題意識の高さが浮かび上がる結果となった。


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※有権者の中での支持が高い順  ※最大 3つまでの複数回答


2位以下の重要課題では、猪瀬前知事が積極的に取り組んできた「防災計画、準備」や「東京オリンピックの準備」が上位に挙げられており、金銭問題で辞任を余儀なくされた前知事ではあるが、政策面では根強い支持があったことがうかがわれる。

自由回答となる「その他」の中には、新銀行東京の清算や築地市場移転問題、地下鉄の統合、カジノ誘致など、具体的な個別課題を指摘するものの他、規制緩和や特区の活用により、移民やイノベーション、起業を促すべきなどとする意見も目立った。

なお、一部の候補者が争点化しようとしている原発問題については、有権者のうち、それを「重要課題」と認識する人は 10%に過ぎず、意識のずれが目立っている。


★★★


最後に、「あなたが立候補してほしい人は誰ですか?」という質問への回答。

有権者も非有権者もトップ 3名の顔ぶれは同じで、以前、都知事選に出馬して敗れた大前研一氏が 1位、辞職したばかりの猪瀬前都知事が 2位、そして、国政選挙への立候補経験のある堀江貴文氏が 3位となった。 3名は、有権者、非有権者のいずれのグループでも、4位以下を大きく引き離している。


大前氏への高い期待値の背景には、福島原発事故の処理に関する氏の積極的な発言が、その論理性、合理性ゆえに高く評価されたことがあるのだろう。

また、有権者の中では猪瀬前知事への支持がさらに高く、氏を辞任に追い込んだ東京都議会の判断への是非が問われる結果ともなっている。


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※有権者の中での支持が高い順  ※敬称略

※集計ミスにより19位の野田佳彦氏が抜けていたので追記しました。訂正してお詫びいたします。


続いて支持を集めたメンバーには、既存の政治家や実績ある企業家が多く、政治手腕や、経営手腕、組織運営における経験値の高い、パワフルな人物の都知事就任を望む声が強い。

また全体に、自由主義的な政策を推進するであろうと期待される候補者が多く、ここでも“ちきりんブログ読者”の思想傾向が色濃く反映されているようだ。


アンケートを企画したちきりん氏に感想を聞いたところ、「私のブログはマス向けではなく、極めて限られた層を読者にしているメディアなので、実際に争点となる政策は、ここで上位に挙がった項目とは相当に異なるものになるでしょう」とのこと。

また、既に立候補を表明している有権者の中で、誰を支持するかというアンケートについては、「そういう仕事はマスメディアに任せたい。私のブログ読者の 7割が(現時点で立候補している候補者を)支持しないと回答している中で、私が彼らについて調査をするのは不毛なこと」と述べた。

相変わらずゆるい社会派である。

(了)


★★★


というわけで・・・

ここまではいつもと違う文調でお送りしましたが、最後に「ちきりん節」にもどって締めておきましょう。


大前さん!  もう一回どーすか!?

(前回は早すぎただけですよ!)

猪瀬さん!  もう一回どーすか!?

(当選すれば“みそぎ”成立ですよ)

堀江さん!  もう一回どーすか?

(上のふたりのうち、堀江さんが付いたほうが当選しますよ!)


そんじゃーねー

2014-01-15 逆指名・都知事選アンケートを実施します

猪瀬直樹氏の辞任により、思いがけず早々に都知事選が行われることになりました。

現在、何人かが立候補を表明していますが、ちきりんブログの読者は、いったいどんな人に都知事になって欲しいと考えているのか。また、都知事選の争点は何であるべきと考えているのか、緊急アンケートを行います。(アンケートへの回答は、締め切りました!)


アンケートの質問は4問で、

Q1. 現在の候補者の中に、支持したい候補者がいるか?

Q2. 他に、立候補してほしいと思う具体的な人が存在するか? (それは誰か?)

Q3. 都知事選の争点は、何であるべきと考えるか?

Q4. 都知事選の選挙権の有無

です。


・都知事選の選挙権を持たない方も回答できます。

・回答締め切りは、17日(金)の23時59分です。

・集計結果は告示日前日までに、当ブログで公表します。


★★★

Q2、Q3については、ご自身の意見をよく考えてから回答してください。


Q2の「誰か立候補してほしい人がいますか?」という質問は、現実性に関わらず、固有名詞(一名のみ)を自由にご記入いただけます。今朝、ツイッターでちょっと聞いてみたところ、下記の方のお名前が挙がっていました。

現&元政治家では、

・猪瀬直樹(前都知事)・東国原英夫・小泉進次郎・橋下徹・野田佳彦・細野豪志・前原誠司・片山善博・林文子(現横浜市長)・竹中平蔵・鈴木直道(現夕張市長)・中田宏・鈴木寛・小池百合子・田村耕太郎

企業家では、

・堀江貴文・藤田晋・三木谷浩史・出口 治明・孫正義・家入一馬・大前研一

その他、・池上彰・百田尚樹・糸井重里・北野武・有吉弘行・武井壮・渡哲也・若田光一

(順不同、敬称略)


・アンケートに回答いただく「逆指名候補者」は、上記から選ぶ必要はありません。自由に考えてください。

・ただし、これは真面目なアンケートなので、その方の立候補の現実性や立候補資格の有無は問いませんが、“ちきりん”など匿名の人物の名前は書かないでください。

・「女性がよい」「○○の条件の人が良い」など、固有名詞以外の回答もご遠慮ください。

・上記に名前が挙がっている人を記入する場合は、コピペをしていただけると(集計が簡単になって)大変助かります。(例:“ホリエモン”ではなく、“堀江貴文”と、フルネーム、敬称無しで、ご記入ください)

・候補者は、一名のみの記入でお願いします。

・現時点で立候補表明をしている人の名前は記入しないでください。


★★★


Q3は、都知事選の争点として、取り上げられるべきと考える政策・論点を3つまで選んでいただく質問です。下記のような選択肢を用意していますが、3つのうちのひとつは「その他」として自由に記載することができます。

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回答する準備のできた方は、アンケートにお進みください。

→ アンケートへの回答は締め切りました。ありがとうございました!


皆様のご参加をお待ちします。結果を見るのが楽しみ!


そんじゃーね


★★★


<ブログ運営について>

下記の本を読んでくださった皆様は、ちきりんが“この場”をどう育てたいと思っているのか、今日のエントリからもよーくわかっていただけることと思います。


「Chikirinの日記」の育て方
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2014-01-12 自分以外は、みんな金で動いてるに違いない史観

先日、「自分以外はみんな恵まれているに違いない史観」 に触れましたが、今日は、「自分以外は、みんな金で動いてるに違いない史観」のご紹介です。


私が最初の本である『ゆるく考えよう』に堀江貴文さんの推薦文(帯)を頂いた時、「幾ら払えば、堀江さんに帯を書いてもらえるんですか?」と聞いてきた人がいて、びっくりしました。

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(ちきりんの初著。キンドル版なら 598円です!)


普通に考えて、「10万円なら推薦するけど、3万円なら推薦しない」みたいな意思決定を、堀江さんみたいな人がすると思います??


帯の推薦を頼まれるような人は皆、自分の名前に“クレジット=信用”があるんです。その名前の信用で、稼ぐことのできるレベルの人なんです。

あなたがもし、そういう立場にいたら、それを「お金で売る」みたいなことをしますか?

「幾らで書いてもらえるのか?」と聞いてきた人は、「自分ならこの額以上を払って貰えば推薦するけど、それ以下ならやらない。堀江さんの場合はいくらなのか?」と考えているのでしょうか?


それとも、「オレは金でそんな判断はしないけど、堀江さんは金で判断する人だ」と思っているのでしょうか? だとしたら、それはまさに「自分以外は、みんな金で動いてるに違いない史観」です。

一方、もし「自分ならお金を貰えば推薦するけど、タダならしない。だから堀江さんも同じはずだ」と思っているなら、単に世界が狭いだけです。世の中には、お金より信用が大事な人もたくさんいることを、理解したほうがいい。


本の推薦を貰ったら、謝礼としてお金が支払われる場合はあります。でも、謝礼の有無や額によって、その意思決定をしてる人など、私にはいるとは思えません。

もちろん、私自身もそんな判断はしません。当たり前のことです。その当たり前のことがわからなくなるのが、「自分以外は、みんな金で動いてるに違いない史観」の怖いところです。


★★★


外資系の金融業界という、給与の高い業界で働いていると、「お金のために働いているんでしょ」と言われることが多々あります。

給与水準が低い霞が関やメーカーから転職してきた場合は特に、元の職場の同僚から「お金に目がくらんで転職した」みたいに言われます。

そういうこと言う人って、「自分はお金で仕事を選んだりしない。でも、あいつは金に惑わされたから転職した」と思っているのでしょうか? それってモロに「自分以外は、みんな金で動いてるに違いない史観」です。


それとも「自分はもちろん仕事を金で選んでいる。だから、アイツも金のために転職したのだ。自分が転職していないのは、高給な業界や企業から誘われないからであって、自分だって誘われたなら、金で職場を決めるに決まってる!」と思ってるの?

だとしたら世界が狭すぎます。世の中には、お金で仕事を選んだりしない人も、たくさんいるんです。


私の場合、報酬額で仕事を選ぶことは非常に少ないです。転職をするとなれば、さらに大きな決断です。人生がかかってます。それを決める理由が「お金」だなんて人が、多いはずがありません。

だから誰かが高給な仕事に転職しても、「お金のための就職先選びだろう」とは思いません。自分がしないことは、他人もしないと思うからです。


当然に、本田圭佑選手が ACミランを選んだことについて、高額な報酬が決め手だったとは思わないし、田中将大投手が大リーグを目指すのも、楽天ではもらえない年収を得るためだとは思いません。

そして、スポーツ選手は金では動かないが、ビジネスパーソンは金で動いている、とも思いません。繰り返しますが、そんなことで仕事や勤め先企業を選ぶ人は、分野に関わらず、ほとんどいないんです。


そういえばソニーやシャープからサムソンに転職した技術者についても、「金のために国を売った」みたいに言う人がいますが、マジですか? 彼らが金のために転職したなんて、私には到底、思えないです。

先ほどと同じです。自分がしないことは、他の人もしないと思うからです。たとえ給与やボーナスがカットされても、そこに「技術者としてやりがいのある仕事」があったなら、彼らは転職なんてしないでしょう。


★★★


芸能人が、自分が使ってもいない商品をブログで勧めて報酬を貰ったり、詐欺まがいのビジネスを紹介してお金をもらっていた事件がありました。

あの時も多くの人が「金のためにファンを騙した」と言っていました。


でも、私にはそうとも思えません。もし私がタレントだったら、一番大事なのはファンが増えることであり、自分のタレントとしての価値が上がることです。

その結果としてギャラが上がり、お金がもうかるのは嬉しいけど、それを毀損してまで金儲けに走る意味はありません。

だって、なんのためにわざわざタレントになったのよ? お金のためではなく、タレントとして成功したい、多くのファンを抱えて、人気を得たいからでしょ?


だから、彼らがお金のためにああいうことをしたとは私は思っていません。自分ならしないことは、他の人もやっていないと思います。

自分はやらないけど、他の人は「金のためにはなんでもやるだろう」と思うのは、「自分以外はみんな・・・史観」に汚染されすぎです。


じゃあ、なんであんなことにって?


タレントっていうのは人気商売です。現時点で売れている人でも、みんな常に(いつ、人気が無くなるか、選んでもらえなくなるか)不安に思っています。

私がもしその立場にいたら、仕事をくれる可能性のある人には、どこまでも気を遣うと思います。頼まれごとがあれば、サインでも飲み会のお相手でもするでしょう。

そしてある時、そういう人から「この商品、ブログで紹介してくれない?」って言われたら?


もしくは、タレントとして頑張ってはいるのに、なかなかブレークできない状態が続いていたとしましょう。事務所からはそれなりの支援をしてもらってるのに、仕事が増えない。後から入ってきた後輩のほうが、先に売れ始めてる。

そんな状況になったら、申し訳ない気持ち、そして焦りや情けなさでいっぱいになりますよね。そんな時、「いいお金になるから、コレ、ブログで紹介してくれない?」と言われたら?

自分の食い扶持くらいは稼がなくちゃと思いませんか? 「本業で稼げない自分が、これを断るなんてできない」という気持ちになったりしませんか?

それって「お金のためにやっている」ってことだと思います? 


★★★


ブログにも、「あいつは金のためにあんなことをやっている」と書いている人がたくさんいます。

そういう人は、「自分なら、金のためなら何でもする」のでしょうか? それとも、「自分は金では動かないが、あいつは金で動いているはずだ」と思ってる?

もし後者だとしたら、さすがにちょっと傲慢すぎるでしょう。


もちろん世の中には、「金のために・・・」何かをやってる人もいます。ゼロではありません。そういう人もいます。でも大半の人は「あなたと同じように」考えてるはずなんです。

「自分以外は、みんな金で動いてるに違いない史観」にかからないよう、気を付けましょう。


「あいつは金で動いたに違いない!」「金のために、あんなことをしてるに違いない!」と思った時は、まず、「自分も同じように、金のためにああいうことをするだろうか?」と考えてみましょう。

そうやって自分のアタマでちょっとだけ考えるだけで、この恐ろしい史観にかからずに済むのですから。


そんじゃーね

2014-01-08 たかじんさん さようなら

家鋪 隆仁(やしき・たかじん)氏が 3日に亡くなられていたそうです。 享年 64歳


「あんた」 37歳のたかじんさん 歌の前のトークもよいです

D


「好きやねん」

D


「雨の日はバラードで」

D


「明日になれば」

D


「ICHIZU」

D


「東京」 (たかじん & 松山千春)

D


あたしの中には「かっこいい大人」っていうカテゴリーがあります。

アタマいいとか、イケメンとか、偉いとか、スゴイとか、尊敬できるとか、

そういうのとは比べ物にならないくらい、上位のカテゴリーとして。


たかじんさんは間違いなく「超かっこいい大人」のひとりだった。


信念を曲げない、大きなモノに巻かれない、権力にも世間にも迎合しない


心が大きくて、心が繊細で、

いろんなモノをたくさん愛して、いろんなことを面白がって、いろんなことを楽しんだ


たかじんさんが亡くなったことで、私はあらためて理解した。私がなりたいのは、「かっこいい大人」なんだなって。


芸能レポーターの井上公造氏のコメント(1月8日 朝日新聞夕刊関西版)

「自分が望むように生きた人だった。でも、そのためには多くの人の支持を得る必要があることを、誰よりも知っていた。そのための努力を怠らなかったから、みんなついていったのではないか」


心に沁みます。


2011年に「そこまで言って委員会」の収録を見に行ったんだけど、食道がんで休養に入る 3ヶ月前だったんですね。実は当時でも(体力が無さそうで)けっこう辛そうでした。


ご冥福をお祈りします。


大阪は、本当に大きな人を失った。

さようなら たかじんさん

2014-01-07 親と子、それぞれの自立

昨年末、堀江貴文さんとの対談についてエントリを書きましたが、その続きとして今日は、「親と子の自立」について考えたコトを書いてみます。


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(写真:平岩紗希)


★赤いマーチ★

堀江さんの新刊、『ゼロ』には、還暦が近くなったお母さまからの電話の話が載っています。

母が電話をかけてきて、「車が古くなった」とか「次はマーチみたいな小さい車にするつもり」だのとりとめのない話をしてきた。仕事中だったこともあり、生返事のまま聞いていたところ、突然「還暦だから赤がいい」という。「えっ? 赤って何が?」 なんの話かわからず聞き返すと、「もういいっ!」と怒って電話を切られた。


なんのことはない。要は還暦祝いに赤いマーチを買ってほしかったのだ。

対談でも話したように、堀江さんのお母さまが欲かったのは「赤いマーチ」なんかじゃありません。欲しかったのは、「自分の人生への肯定感」でしょう。


ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく
堀江 貴文
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地方ではどこに行くにも車です。赤なら目立つので、行く先々で「車、買い替えたんだね!」と言ってもらえます。

そのたびにお母さまは、「ああコレ? これは、東京にいる息子が還暦祝いに買ってくれたのよ」と言えるのです。それにより、

・うちの息子は東京にでて、経済的に成功している

・しかも、還暦祝いに車をプレゼントしてくれるほど母親思いだ

・自分はずっと仕事を優先していたから、息子の学校参観にも行ったことがない。それでも息子は、私に感謝してくれている

・母親としての私の人生は、大成功だったのよ!

と、周りの人に一瞬にして(なにひとつ言葉で説明する必要もなく)伝えることができます。


母親とは、何から人生の肯定感を得ようとするものなのか。

ちょっとジーンとします。



★自立のタイムラグ★

もうひとつ『ゼロ』からの引用。今度はお父さまとのエピソードです。

父は、典型的な昭和のサラリーマンだ。地元の高校を卒業し、そのまま地元の企業に就職して、ずっと同じ会社に勤務する。定年まで勤め上げることはなく、最後は肩たたきにあって早期退職した人である。

上京するために荷物をまとめていたとき、背中を向けた父がボソッと「まあ、お前が卒業してこっちに帰ってきたときには・・・」とつぶやいた。顔を上げると、さほど大きくない父の背中が小さく見えた。


帰ってくる!? 僕が? なにを言ってるんだろう?


八女に生まれたこの人は、これからもずっとこの地で生きていくのだろう。見慣れた景色に囲まれ、見慣れた仲間とともに生きていく。その人生を否定するつもりはないし、そういう幸せだってあるのかもしれない。


でも、僕は前を向いてしまったのだ。

一度しかやってこない人生の特急列車に、飛び乗ってしまったのだ。

この先どんな困難が待ち受けていようと、後ろを振り返るつもりはなかった。


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(写真:平岩紗希)


大学に受かった18歳の時点で、堀江さんは既に両親から精神的に自立しています。けれど、お父さまが「あいつはもう戻ってこない」と確信されるのは、それよりずっと後のことです。

堀江家に限りません。多くの家では、親子間で先に自立するのは子供の方です。親がそれ(=子供がすでに自立していること)に気付くのは、早くとも数か月、通常は数年、遅いと10年くらいのタイムラグがあります。

もちろん、30代、40代まで親から自立できない(それどころか一生、親から自立できない)子供もいます。そして、それを「困った奴だ」と言いつつ、内心では喜んで受け入れてしまう親もたくさんいます。


ですが健全な親子関係においては、自立はほぼ常に子供側において先に起こり、親の方が、

自分はもう“子供の教育”という名目に甘え、子供の人生にアレコレ口を出すのを止めなければならない。息子(娘)は既に自立した。今度は自分が自立し、自分自身の人生に戻るべきタイミングだ

と気付くまでに、数年かかったりするわけです。


上記の引用部分は、18歳の堀江さんが「既に自立してしまった自分」と「それに気が付いていない父親」という構図を初めて認識した時の描写です。これにもちょっとホロリとさせられました。



★すべての人は、変わることができる★

3つめは、対談の中で聞いた「母親が、『マンションを買ってくれ、そしたら管理人をして暮らせる』と言い出したので、ちきりんさんの『未来の働き方を考えよう』にあったように、「そんなストック型の発想はやめて、自分で稼ぐというフローの発想を持たないとだめだよ」と言ったんです」という話です。


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(写真:平岩紗希)

 

これも、なるほどなーと思いました。

確かに私は、「これからはお金も人間関係も、ストック型ではなくフロー型の能力が必要だ」と考えています。しかし私はそれらを、若い人や働き盛りの人には言いますが、田舎にいる 60を超えた自分の親に言うことは想定していませんでした。

そういう人は既に「終わった人」であり、「やさしくしてあげる対象」であり、「ストック型で生きたいから資産をわけてちょうだい!」と言われたら、(自分にその余裕があるなら)あげてしまえばいいかなと思っていたのです。


でも、堀江さんはそうじゃありません。彼は本気で、「誰でも変われる。いつのタイミングからでも変われる」と考えています。

だから、今や 60歳を超えたお母さまにも「ストックに頼らずにフローの力をつけたほうがいい。今からでも新しい世界に飛び込んで、新たな人間関係を作り、俺がいなくても生きてけるよう、自分の経済力を持ったほうがいい」と勧められてるわけです。


「誰でも変われる」と、本気で信じていないと、こんなこと言えませんよね。

「この人は弱者なんだから、もう変わるのは無理かも。だから労わってあげよう」と考えがちな私の発想とは、全然ちがう。堀江さんの方が明らかに(わたしよりみんなを)信じてる。



★親と子をめぐる自立の物語★

どこの家でも、子供はいつか、親を超えて行くと期待されています。いつまでたっても自分を超えられない子供を望む親はいないでしょう。

それなのに、実際に子供が自分を超えていく時、親はそのことになかなか気が付きません。


特に“親思いのやさしい子供”は、親が自分の人生に関して一生懸命アドバイスしてくれるのを、素直に聞いている“振り”までしてくれます。

心の中では「父さん、今はもうそうじゃないんだよ」、「母さんって、そんなことも知らないんだ・・」と思っても、口には出しません。だからそういう子供の親は、いつまでも「こいつにはオレのアドバイスが必要だ」と思っていられる。


幸せですね。

心のやさしい、よくできた子供です。


でも、この「親思いの子供のやさしさ」が親の自立を遅らせます。さらに、そういうやさしい子供は、親がすっかり気弱になった時には、喜んで親を助けてあげようと考えます。年老いた親を頑張らせるのではなく、「僕が・私が助けてあげればいい」と考えるのです。


確かにやさしい息子、そして娘です。


でも、本当にそれが親のためになるでしょうか? 親が子供から自立し、自分の人生に戻る時期を何年も遅らせてしまい、平均寿命が 20年も残っているタイミングから、過去にしがみつく、ストック型の人生に追い込めてしまう。


一方、そうじゃない関係もあります。

自分の自立を親に隠そうとしない子供もいるし、だからこそ、その事実に早く気が付ける親もいます。

年を取った親にさえ、高齢だから、新しい技術を知らないからと、期待することを止めてしまうのではなく、「これからの時代はこうなるのだから、あなたも今からでも変わるべき。変われるよ。やってみなよ」と子が親に向かって説く。

そういう関係もあるわけです。


堀江さんはお母様が変われると信じているし、お母様も、その息子の言葉を信じて(息子が買ってくれたマンションの管理人になるのをあきらめ)新しい活動を始められました。

堀江さんや私が「誰でも変われる!」というとスグに、「あなた達は才能にも環境にも恵まれている。だから、そんなことが言えるのだ。普通の人には無理だと、わからないのか?」などと言い出す人がいます。

そういう人は、堀江さんのお母さまの行動を、どう思うのでしょう? 「彼女にも生まれつきの才能があるから、60才からでも、そんなことができるのだ」と言うのでしょうか?


“オレ以外は全員恵まれてるに違いない史観”を言い訳にまとい、不貞腐れて生きるのは止めましょう。

若いころからそんなことばかり言ってると、マジで何も手に入らなくなってしまいますよ。


そんじゃーね



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2014-01-05 2014年の私たち

先日、「 普通の門 と ピンクの門 」というエントリ を書いたところ、非常に多くの反応をいただいたので、まとめておきます。


縦比較(時系列)という意味では、2014年の年初というタイミングで、私たちがこの件について、どう考えていたのか、それを記録しておきたいと思いました。

いつかずっと若い世代の人たちがコレを読み、「こんな時代があったんですねー」って驚いてくれる日が来るかもしれない。


横比較(立場別)の視点では、私たちは時に、同じ時代に生きているとは思えないくらい異なる風景を見ているものだと、わかります。

この件に関しては、性別や立場(働いてるか、学生か)、個人の状況(未婚、既婚、シングル、出産や育児、介護の担当状況)や環境(業界や地域など)によって、ものすごく見えてる風景が違う。

実際のところ今だって、堂々たる「ピンクの門」が誇らしげにそびえ立つ地域や業界だってあるし、そこを目指して突進する女子だっている。

内心では「二つの道が選べる女子の方が恵まれてる」と思ってる男子だって少なくないでしょう。

他の立場の人の呟きを見て、「ひえー、こんなふうに思う人もいるんだー」って感じで、なんらか気づきがあればと思います。


 


↑問題は、その人たちがしてる苦労が、同じポジションにいる男性とは大きくかけ離れていることかな。

↑考えたことなかった・・

 

 

↑そのとおりです。下記の本をどうぞ。


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↑この視点は大事かも。


twitter:419339605050015745


「男女共同参画社会」などというイカツイ言葉とは裏腹に、どれもリアルで切実で真摯なツイートばかりですよね。 

5年後、10年後、あたしもこのエントリを読み直すのが楽しみ! コメントくださった方、本当にありがとうございました。


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2014-01-03 普通の門とピンクの門

生まれて物心ついた後、“ある時点”までは、何の差もつけられず、まったく同じように扱ってもらえます。

男であっても女であっても、実力さえあれば、実力通りの扱いを受けます。

結果だけに応じて、与えられるもの、得られるもの、進むべきコースが決められ、「男だからこっち」「女の子はこっち」とは言われません。

ところが、とある時点でその世界はいきなり終わりを迎えます。

そして言われるのです。目の前に見える大きな門をくぐって進めるのは、男の子だけだ、と。


えっ!? そうなの?

じゃあ、女の子はどうすればいいの?


とびっくりしてると、

横の方にある、少し小さめの、ピンクに塗られたファンシーな門を指さされて言われます。

「大丈夫。安心して。女の子にはあっちの道があるから」と。


★★★


ちょっと釈然としない思いでピンクの門の方に進むと、その先には、今までとは全く違う世界が広がっています。

今までは男の子も女の子もいたのに、いきなり世界は“女だけ”になります。そして、そこにいる女性の多くがこう言うのです。

「男性と同じなんてどうせありえないのだから、女性としてこの道を巧く歩く方法を身につけ、この世界を楽しみながら歩いていくべきなのよ」と。


確かにピンクの門の先に広がるのは、普通の門の先に延々と続いている、障害物だらけの困難な道とは違います。

歩きやすいように整備された歩道の側には花まで植えてあって、その道を歩くことの苦労の量や質は、“普通の道”とは比べようもありません。

ピンクの門の先にも、そこそこのチャレンジは在るけれど、普通の門の先にあるような、時に数多くの脱落者も生み出すほどの厳しい競争は存在しないのです。


昔は自分と切磋琢磨していた男の子たちが進んだ道は、確かにこれよりは遥かに厳しそうだと、みんなわかっています。

実力だけではありません。ある時点からは実力に加えて政治力だって必要になるし、次々とライバルも現れます。

得意じゃない仕事も遠慮なく振られるし、ダメだとわかっても、逃げ場もありません。時代の流れにだって、必死でついていく必要があります。

だから、必ずしも全員がハッピーになってるわけではありません。中には「いいな、女は。俺もそっちに進みたかったよ」という男子もいます。


男の子は、そんなつらい道を進みながらも、寛容に「ピンクの道」を歩く女性をいたわり、気にかけてくれています。

といえば、聞こえはいいけれど、その関係性の中では、守られている方は決して一人前には扱われていません。

「女・子供(おんな・こども)」という言葉が示すように、「一人前の人」と「そうでない人」の厳然たる違いが、そこにはあります。


それって、料理のメインディッシュとサイドディッシュの違いくらいかって? 

冗談でしょ。

料理と飾り付けの小物(←食べ物でさえない)ほどの格差です。


なぜ「ピンクの門」と呼んでいるか、わかります? 

この門をピンクに塗った人は、こう思ったんです。「かわいい色に塗ってあげよう。そうしたら女の子は喜ぶだろう」って。


それはどうもありがとう。


★★★


当然のこととして、女の子の中から、なんでこんな仕組みになっているのか、納得できない子も現れます。


「なんで、女子の門はピンクなの?」

「こっちしか行っちゃダメなの?」


そのうち、

「道が舗装されて歩きやすいなんて、意味ない。問題は、この道を進めばどこに行けるのか、ということなのに!」と考える女の子もでてきます。


そういう子がでてくると、門や道の管理者も考え始めます。

「男と同じことをやる気があるなら、こっちの門にいれてやってもいいんじゃないか?」と言い出す人がでてくるのです。


民主的です。やさしいですね。


すると「私、そっち行きます」

という女の子がでてきます。


最初のころは、大半の女の子が「どうなのかな?」と注視しつつも静観しているなか、最初のひとりがでて、それから2人目がでて・・・

次第に、「どっちの道に進む?」というのが、分岐点の直前にいる女の子たちにとって、「人生最初の重要な決断」となります。


とはいえ、最初の頃に普通の門を選んだ女の子は大変です。


男の子と同じ成績ではみんな納得しないから。

そういう子には大きな注目が集まり、実質的には常に“男性以上”が求められます。「男性と勝負しながら、女性としての務めも果たせ」と、(無茶だと思うのだけど、そういうことを)期待されます。

「その期待値に応えられる“スーパー女性”でないと、普通の門をくぐれないの? それじゃあ最早 “普通”の門とは言えないじゃん?」とも、様子見をしていた女子は思います。

「それに・・男子は普通の子でもそっちに行けるじゃん!? なんで女性だけ??」とも思います。


★★★


それでも長い時間を経て、普通の道を選んで歩く女性が増えてくると、男子の中にも「男も女も関係ない。頑張ってる子は同じように、結果で判断しよう」と考える人が増えてきます。

同じ道を進むことを当然と考える女性も増え、男女の道は違うことが当然という時代に育った人たちも、それを受け入れ始めます。


こうして 30年近くが過ぎました。


今や「普通の門」をくぐる人の半分は、女性です。むしろ「最近の新入生なら、女性の方が優秀だ」という声さえ聞くほどです。

「女性は論理的な思考が苦手」とか、「女性は感情的」、「女には、リスクをとった大胆な状況判断は無理」と本気で信じてる人がたくさんいた、30年前とは様変わりです。


それでも、最初の女性が「普通の門」をくぐって 30年、その門をくぐる男女比がほぼ半分ずつになってから 20年近くたっているにも関わらず、


まだトップ層の 99%は男性です。


トップクラスの半分が女性になるのには、30年でも短すぎて、全然たりないのです。


それどころか、中堅どころの管理職(部長など)でさえ、女性が 3割を超える企業は数えるほどです。


★★★


男女雇用均等法施行 1986年

2014年時点で、すでに 28年

未だに総理大臣が「女性の活用を!」と叫んでる。


男性にしかくぐることを認められていなかった門を、制度的に女性に開いてから 30年近くたっても、トップ層に達することのできる女性はほとんどでてこない。


それくらい、この問題は時間がかかる。


よーく覚えておきましょう。


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 そんじゃーね


<追記>

このエントリには多数のご意見をいただいたので、それらをまとめておきました

当エントリへの反応のまとめ


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2014-01-01 全国の子供たちに告ぐ:お年玉はソッコーで使うべき!

あけましておめでとうございます。

今年もちきりんブログをよろしくお願いいたします!


お正月なのでお年玉の話。

お年玉ってのは子供にとっては大きな額で、貰ってすぐに使えば毎月のお小遣いでは買えないレベルのモノが一気に手に入る“使い甲斐の非常に大きな額”です。

ところが親の勧めに沿ってお年玉を“とりあえず貯金”してしまうと、大人になった後、「お年玉で何を買ったか」全く記憶に残りません。


この理由は、お金の価値の上昇スピードと、本人の稼ぐ能力の上昇スピードの違いにあります。

小学校の時に 5000円もらったとしましょう。

小学生にとって 5000円は、自力ではとても手に入れられない大きな額です。

欲しくて欲しくてたまらなかった(でも親には買ってもらえなかった)何かを買っておけば、「やったー!!! うれしい!!!」という強い記憶が残るでしょう。


ところが数年が過ぎて高校生になると、貯金していた 5000円は最早そこまで大きな額ではありません。

バイトをすれば 一日で稼げる額になってしまったからです。もしくは、自分の欲しいモノもそれなりの値段になっており、小学生の頃に使っていれば得られたほどの感激は、もう手に入りません。


同じことは、高校生が貰う 1万円のお年玉でも起こります。これは、貰ってすぐに使えば、それなりに使い手のある額です。

しかし“とりあえず貯金”して数年たち、就職すれば、新入社員でさえその 10倍から 20倍もの額を(しかも正月だけでなく)毎月貰えるようになります。

高校生の時に、貰ったお年玉で憧れの大人向けレストランを予約し、1万円のディナーデートをしたら、一生忘れない思い出になりますよね。


30歳になったら、最低でも 5万円は払わないと得られないほどの新鮮な驚きや感激が、高校生の時には 1万円のお年玉で得られるのです。

そして人を育てるのは(=私たちの稼ぐ力の源となるのは)、1万円の貯金ではなく、「こんな世界が世の中にあるんだー!!!」という、若い頃の未知なる世界との遭遇から得られる驚愕であり、衝撃なのです。


お年玉というのは、貰ってすぐに使えばものすごく価値が高いにも関わらず、貯金して数年も置いておくと、“生活費の誤差”にさえ成り下がってしまう程度の額です。

このことを理解したうえで子供時代に戻れば、「もらったお年玉はソッコーで使うのが吉」だとわかるでしょう。


★★★


さらに言えば大人に関しても、「これから自分はいくらでも稼げる」と考えている人は、若いうちから貯金になんて励みません。

稼げる額がどんどん増える人が、今の給与の一部を苦労して貯金しておいても、5年後にはそんなの“たいしたことのない額”になってしまいます。

だからそういう人は貯金ではなく、その時点で自分が一番価値があると思うものに、ドンとお金をつぎ込むのです。


反対にせっせと貯金をする人は、「これからはもう、自分が稼ぐ額は増えない」と諦めているわけです。

確かにそういう人にとっては、今、稼いだお金を“とりあえず貯金”しておくことに意味もあるでしょう。

個人ベースでのデフレ対策みたいなもんです。


だからあなたが今、自分は完全に人生の終盤にいると思っているなら、貯金をしておけばよいでしょう。

でも、親が我が子に「お年玉はちゃんと貯金しておきなさい」などと言う必要は全くありません。だってそれって、

あなたにとって、そのお金の価値が、今より軽くなることはママは無いと思う。だって、あなたはそんな額を、簡単に稼げるようにはならないから。だからそのお金は使わずに、大事にとっておきなさい。

って言ってるのと同じですよ。そんなこと、ほんとに言うべき??

そうじゃなくて、

そんなお金、何年か経てばあなたは簡単に稼げるようになる。だから、今とても欲しいものを手に入れるために使っておいたほうが(お金の価値が下がらなくて)いいわよ!

と教えてあげるべきでしょう。


そしてお年玉の使い道は、“賢い消費”やら“自己投資”などに限定する必要さえありません。

大人から見れば馬鹿げたお金の使い方であっても、子供の世界をドーンと大きく広げてくれる、貴重な経験や気づきの機会はいくらでもあるのですから。


★★★


これも、大人になっても同じですよね。

マネー誌やらが熱心に説くように、20代や 30代から、欲しいものも我慢し、やりたいことも我慢し、安い月給のなかから、苦労して数万円を貯金に回すことに、ほんとに意味があるでしょうか?

20代の頃ならその数万円で、月に何回かは多く飲みに行くことができ、人生を左右する誰かと、もしくは、人生を左右する何らかの言葉や機会と、出会えるかもしれないのです。

そのお金を使って観に行ったイベントや、読んだ本や、出かけた旅先で、あなたを次のステージに導いてくれる“何か”に遭遇する可能性だってあります。


遊びや付き合いを制限し、若い間の貴重な時間を犠牲にして幾ばくかのお金を節約しても、40代になった時、あなたにとってその 数万円( +利子)は、大した額ではなくなっているかもしれません。

というか、あなたが順調に成長していれば、将来のそのお金の価値は、 20代の時に(あなたが貯金のために)諦めたモノの価値とは比べ物にならないほど小さくなってしまっています。

だから早めに使ってこそ、お金の価値が生きるのです。


貯金をすることが、

あなたの世界を広げてくれる消費より、

本当にいいお金の使い方だと思いますか? 


だとしたらあなたは、自分の将来の価値を、自分自身でさえ信じていないのでしょう。

自分でそう思っている人の将来に、他の誰が期待します?


20代やら 30代から、老後資金なんて貯め始める必要はありません。

必要なのは、稼ぐ力をつけることです。


そしてそのためには、

= もっともそのお金が貴重である時期に

= 若くてお金のない時期にこそ、

(そのお金を死蔵せずに)使っておくべきなのです。


去年の流行り言葉でいえば、そのお金を使うべきは、まさに「今でしょ!?」ってこと。


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そんじゃーね


追記1)



追記2)このエントリ、ずいぶん読まれましたね。ツイッターでの言及数が 2500以上、Facebook での共有数はなんと 16000個以上になってます・・

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