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Chikirinの日記 RSSフィード

2014-03-31 社会人になって学んだ3つのこと

明日から新社会人という方、今日はあたしが社会人になって学んだ、とっても大事な3つのことについて書いときます。


1)努力が報われると思うな

これ、最初に(上司に)言われた時はとても驚いた。

それまで所属していた学校ではまったく正反対のことばかり言われていたから。

いかにも徹夜明けです、みたいな顔で資料を持っていったあたしに、その上司は言いました。

「こんな資料じゃ全然だめ。なんだよ、その顔、お前もしかして、努力が報われるとでも思ってんの? 学生じゃないんだから、そういうの止めてよね」って。


ショックだったけど、よくわかりました。

評価されるのは努力じゃなくて成果だと。

その時のあたしは、いかにも「あたしは頑張ってこの資料作りました。偉いでしょ? ほめて!」って顔をしてたんだと思う。

「ほら見て、この資料。すばらしいでしょ!?」じゃなくて、「ほら見て、あたし、頑張ったでしょ!?」って言いたい気持ちが、一目でわかる表情をしてたに違いない。


でもそれじゃあ、運動会で一生懸命頑張ったよねと、ママに褒めてほしい子どもと同じです。

この後あたしはそういう態度をとらなくなった。

大事なのは「自分がどんだけ頑張ったか」ではなく、「できあがったものは、価値のあるモノか」ってことだと理解したから。

こんな簡単なことさえわかってないまま社会人になったんです。

そして、それを早い時期に教えてもらってホントによかった。


2)失敗した時が最大のチャンス

これも実際に失敗した時に言われたので響いた。

いい時、成功した時は、みんなおんなじなんです。差がつかない。それに、新人の成功なんてそもそも大したことでもない。

なんだけど失敗した時は、その失敗が大きければ大きいほど、その後の態度や対応に、個人の差がめっちゃ大きく現れる。


失敗した後、メールの返事が遅くなったり電話にでなくなったり、いつもは饒舌なのに言葉が少なくなったり、そういう人がいる。

ひどいと、たったひとつの失敗で、「どうせ俺なんか」とか「この仕事は向いてないと思うんです」みたいなコトをぐちゃぐちゃと言い出す人までいる。

いつもは自信に溢れ、チャキチャキ仕事をしてたのに、失敗するといきなり態度が変わっちゃう人がたくさんいるんです。


だからこそ、失敗しても絶対に逃げない。きちんと謝る。だらだらと落ち込んでないで、さっさとリカバーに走る。言うべきことと、やるべきことを(いつも通り)粛々とやる。

そういう普通の態度をとるだけで、めっちゃ評価される。

特に「逃げない」ことは、それだけで(失敗のマイナスを一気にリカバーして、さらにお釣りが来るくらい)評価してもらえる。

しかもここで評価されると、その後ずうっと「あいつは逃げない」「あいつは信頼できる」って言ってもらえる。決定的な信頼が得られるんだよね。

失敗した時こそ、自分への評価を高めるための最大のチャンス。

これを覚えておくだけで、めっちゃ得できる。


3)上司じゃなくて、市場に評価される人に

何度も書いてるけど、評価されるべきは市場。

私は最初、日本の金融機関で働いていました。そこそこ評価されてたと思います。

でも、外資系金融に移った先輩から言われました。「そんなとこで評価されててもしゃーないやろ」と。

ほんとだなって思いました。コップの中じゃなくて、海にでて泳いで行けるようにならないと。

これを理解してから目指すところが大きく変わったし、たとえ上司の言うことでも、おかしなことはおかしいと言えるようになった。

会社に入った時は、常務とか部長とか絶対だったけど、そうじゃないんだとわかりました。自分のアタマで考え始めた瞬間だったと思う。


当時はバブルで景気は絶好調だったけど、金融の世界は大きく変わろうとしてた。

でも、上司にも組織にも全然危機感がなかった。(御世話になった方にこんな言い方するのは申し訳ないけど)彼らの多くが思考停止してたと思う。

自分のアタマでじっくり考えてみたら「こんな組織の中に居続けたらアウトだよね」ってことは明らかだった。そしてそこを飛び出すことに、迷いが無くなった。

上司に評価されることを目標にしてたら、ああいう判断はできなかったと思います。

評価されるべきは市場であって、組織でも上司でもない。そう理解してから、キャリアの選び方が変わった。


★★★


社会人になって、大事なことをたくさん学びました。仕事は勉強の何倍もダイナミックで、何倍も楽しかった。


前にも書いたけど、新社会人の人にはこの言葉を送りたい。

Welcome to the real world !


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そんじゃーね


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2014-03-29 生き方においてクリエイティブであるということ

モロッコを旅行中、何冊か電子書籍を読みました。

そのうちの一冊が高城剛さんの本。枠内が下記の本からの引用。枠外は私のコメント。写真は、マラケシュ、そして、フェズの旧市街マーケット(ちきりん撮影)

私の名前は、高城剛。住所不定、職業不明
高城 剛
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いま、時代にとって必要なのは、あたらしい生き方の創造でしょう。デザイン、スタイルの時代を経て、生き方そのものに創造性を見いださなきゃいけないほど時代は窮屈になってしまいました。あたらしい生き方を提案できる者、クリエイションできる者が、新の二十一世紀のクリエイターだと思います。

→ これはホントにそう思う。もはや「モノ」をデザインするのではなく、「生き方」をデザインする人が注目される時代。

ビジネスに関しても「生き方のデザインを変えることを助けるビジネス」じゃないと、創造とは言えなくなってきてる。


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あたらしいエネルギーを持った表現をするには、自分自身が変わることしかありません。考え方も生き方も住む場所さえも、なにも恐れずに変わることが、唯一の確実な方法だと思います。

→ 「変わらなきゃ」と(テレビCMで)イチローが言ったのはいつだったか。あたしたちは何故こんなにも「変わること」を怖がるのか?


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僕は過去20年にわたり、携帯電話が本当に小さくなって耳に入るようになると、テレフォンのゴールは、テレパシーになる、と言っているように、人々の意識がいつか本当に「つながる」ことになると思います。

→ これ S F みたいで怖い。ホントにそんな時代が来るのかな。他者との関係性の中でしか、自己の確認ができない時代が来るってこと?

あたしはあんまり「つながる」ことが好きじゃない。そんなレベルで「つながる」なんて想像しただけで怖い。


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アイデアと移動距離は比例します。日常から離れれば離れるだけ、俗と欲がなくなり、自身が活性化しアイデアが湧きます。

(移動するにはお金がかかりますが、という質問に対して) 移動の一番の問題は、決断力を伴う精神力と体力でしょう。予算ではありません。

→ その通りだよ。移動距離は大事。人を変えてしまうから。

あと、旅行好きな人で「お金がないから旅行ができない」なんて言う人はいないです。


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情報とお金はとても似た側面を持ちます。情報を持つ人が偉いという風潮はとても危険です。お金と同じように、情報があると安心する人が多く、しかし事実は、情報に縛られて考えると、動けなくなるのです。

→ 至言。情報であれお金であれ、「持っていること」に価値があるストックの時代は終わった。

目的もなくお金貯める人と、具体的な目標も無いのにやたらと成長したがる人も同じ。意味無し。


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こだわりの逸品=二十世紀的固定観念の固まりでしたからね。これは、二十世紀との決別であり、同時に形あるもの=デザイン時代の終焉を、僕の中で意味しました。

→ バブルの頃ってホント「逸品」の特集が多かった。一生モノとか限定品とか。「形あるもののデザインの終わり」という言葉は、とても腑に落ちる。


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「自分も変わる=自分を曲げないの反対」は、少し前までカッコ悪いと言われていたかもしれません。しかし、柔軟な姿勢こそが、なによりの強さであり、変化自在な生き様こそが、この複雑な時代を生き抜くコツだと思っています。

→ 朝令暮改の時代。

あたしは、「ちきりんも変わってしまった」と言われるのを勲章だと思ってる。

どんどん変わろう。


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「まじめに」と「楽しく」が反対語であることが日本人の問題のひとつではないか、とずっと思っています。

あとは、無意味な完璧主義。ちょっとでもダメなら、その人もモノもすべてダメ。完璧な人間はいないので、結局全員ダメ。完璧でないと、すぐにイライラするので、雰囲気が悪くなる。自分も完璧でないから「足りてない」と感じ、被害妄想になる。

→ 完璧主義の人、ほんとーに多いよね。そういう人って、他人に文句を言うことが多くなり、加えて、自分にも文句を言うことが多くなる。

それってツライでしょう? もっと他者にも自分にも寛容になればいいのに。


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忌憚なく変わったことを言い続けていると、新興企業より古い体質を持った企業から声がかかることが多い。

→ 保守的な人ほど新しい言説に憧れるのは世の常。


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政治でもそうだが、日本で本当に必要なのは、政権交代ではなく世代交代で、それが起きる気配はまだない。それまでは、昭和の共同幻想と供に日本は生きることになる。

→ まだまだ人口の半分以上は「昭和の幻想」に生きてる。しかも昭和の幻想に生きてる親は、自分の息子や娘にたいして強力にそれをプッシュしてる。いわゆる“いい家”ほど、昭和の幻想が引き継がれてる。


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誰になんと言われようが、好きに生きたほうがいい、を実行すること。わがままとは違います。徹底的に自分と向き合ったあとで、俯瞰的に世界を見た上での自由と、ただ、好き放題に生きる自由とは、まったく異なるのです。

→ わかるようでわからない。あたしは好きに生きる。好き放題に生きる。

それが簡単なことじゃないってのは分かってる。

でも、いくら苦しくても「自由を手放してもいい」と思えるほどの辛さは何もない。


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皆、時代が大変になるといかに新規市場、新規開拓をするか、を真剣に考えます。企業ならそうでしょう。しかし、個人なら「いかに働かないか?」を考える時代でしょう。競争に勝つことより、競争しないことに頭を使うのと同じ。それが、この時代の知恵者のすることだと思います。

→ まさにあたしだよ。

20世紀、戦争に勝つために総動員された“知恵”は、21世紀、戦争を避けるためにこそ使われるべきだ。


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(写真はすべてちきりん撮影)



キンドルで読むのがいい本だと思った。たった 450円で「クリエィティブってどういうこと?」ってのがわかるお買い得本。

私の名前は高城 剛。住所不定、職業不明。
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そんじゃーね!

2014-03-26 来たよ来たよ来たよ

国際線に乗ると新聞が配られるので、モロッコへ向かう機内で久しぶりに新聞を読んだんですけど・・・


これは朝日新聞かな。

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相談者は61歳

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読めば、「終の棲家」に移る準備の一環として、多すぎる服を処分しましょうという内容です。「子供が困る親の物の一番は衣服」という非常に持って回った言い方ですが、つまりは「大量の洋服を残して死ぬと、子供が困るから早めに自分で処分を」ってことみたい。

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「元気なうちに、納得しながら」というコピーが哀愁を誘います。。


こちらは日経新聞に載ってた広告。NHK出版が通販してるDVDの全面広告なんだけど、こんなシリーズものが出てるんですね! 何種類あるの?ってくらい多いです。腰痛はともかく「ひざ痛」で一本のDVDが作られてるとは思わなかった。。

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そして帰宅したら、六本木ヒルズにある高級ホテルのイベント案内が来てました。80年代のディスコを再現するイベントらしい。

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どこもかしこも・・


そんじゃーね

2014-03-24 アラブの春@モロッコ

モロッコに行ってきました。


↓場所はこちら。北アフリカの一番西側。アラブ・アフリカと言われる国のひとつですね。

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東隣のアルジェリアでは、 2013年 1月に天然ガス精製プラントが襲撃され、日本のエンジニアリング会社、日揮の社員が犠牲になりました。またその隣のリビアでは、長年君臨していたカダフィ大佐が(アラブの春で立ち上がった)民衆になぶり殺されました。


数年前に起こった「アラブの春」の発端は、上記地図では中央にあるチュニジア。その後あちこちの国に伝播した民主化運動は、アラブの盟主と呼ばれるエジプトでもムバラク政権を崩壊させています。

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ところがその後に訪れたのは・・・ご存じ「アラブの氷河期」です。

泥沼の内戦が続くシリア以外でも、外務省海外安全ホームページでこれらの国を一つずつ見てみてください。どこもかしこも「退避勧告」やら「渡航延期勧告」やらで真っ赤っか。。。

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ところがモロッコだけが、なんの警告もでていない。ここは日本の外務省でさえ何の注意も出さなくていいほど、安定した状態なんです。あの観光大国エジプトも今や、日本からはツアーも催行できない状態なのに・・・

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というわけで、久しぶりに北アフリカに遊びに行ってきました。今日は砂漠の写真ばかりですが、全体としてはアジアの急成長国と同様、今後の可能性に溢れた国です。ただ、モロッコだけだと人口は 3千万人くらいしかいない。経済的に大注目されてるインドネシアに比べると 2億人も少ないんです。

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だから市場としては北アフリカのアラブアフリカ全体で考えることになるのだけど、そうなると「他の国はみんな渡航延期勧告がでてます」という状態が厳しい。

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私が前にモロッコを訪れたのは学生時代だから、既に 30年近く振りだったりするのですが、、

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市場や旧市街はほとんど変わってなくて驚きました。。。これで30年分の変化なの!?って感じです。新市街は舗装道路が大幅に増え、地域自体が拡大しているし、スタバやカルフールができるなど、それなりに変わってましたけどね。

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あと、今回は大都市から砂漠まで山脈越えをしながらあちこち回ったのですが、地方都市を見てあらためて田中角栄氏ってスゴイよねって思いました。

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彼が唱えた「国土の均衡ある発展」という方針が、どれほどスゴイことであったか。海外で都市と地方を巡るとヨクわかります。

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中国でも思うけど、モロッコでも大都市と地方の格差は驚くほど大きい。それにあたしたちはもう、上海がこれ以上ビルだらけになっても、中国が発展したとは思わないじゃん。

経済成長って、最初は大都市が牽引すればいいんだけど、途中からは日本みたいに「一気に地方都市を近代化できるか」って点が重要になります。大都市だけ発展させられる国はたくさんあるけど、「国土の均衡ある発展」はホントに難しいんだよね。*1

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それにしてもモロッコ。あまりに平穏過ぎてびっくりしました。今や他の国には「アラブの氷河期」が来てるのに、ここはホントに「アラブの春」の真っ最中。国王が偉かったのか、過激派を徹底排除したのが効いたのか。。。いずれにせよ大成功したみたいです。


そんじゃーね



すべての写真はちきりん撮影 with コンパクトデジカメ。砂漠は予想以上に美しかった。

*1:だからこそ日本はその呪縛から今も逃れられないわけですけど・・

2014-03-21 「スグに、早く回答する」より大事なコト

ツイッターやブログでも時々やってますが、誰かと飲んでいる時なんかにも、私はたくさんの「質問」をします。

質問のトピックは、社会制度や起こったばかりの事件、もしくは、飲んでいる相手が手掛けているビジネスについてまで様々ですが、私がそれらについて質問をする理由は、「そのトピックに関心があるから」です。


なぜそんな当たり前のことを(わざわざ)言うのかと、不思議に思われるかもしれません。

でも「そんな当たり前のこと」がわかってもらえないことも、よくあるんです。


★★★


図を見てください。青色の人(この場合は私)が、あるトピックに関心をもち、それについて質問をしています。

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その質問を受けた人(白色の人)の多くは、下図のように「ちきりんに回答」してきます。

<第二図>

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これ、当たり前だと思います?

全員が、こう反応するはずだと思います?


実は、まったく異なる反応を示す人もいます。それはこういう人です。

<第三図> 

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第二図と第三図の白色の人の違いは?


第二図における白色の人は「ちきりんの質問に答えたい!」と思っています。

でも、第三図の白色の人は、「このトピックについて、自分ももっと考えたい!」と思っているんです。


★★★


第二図のように返事をしてくる人は、私の関心が、質問トピックではなく、

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自分に向いていると考えています。だから「問うているちきりんに対して、早く自分の意見を言わねば!」とプレッシャーを感じています。

時には自分が「試されている」、自分の「知識の有無を問われている」と思う人もいます。

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だから、こう回答してくるんです。

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この人は、私がその質問をした理由が「そのトピックについて関心があるから」だと理解していません。

冒頭に書いた「そんな当たり前のこと」も、伝わっていないことがよくあるんです。


★★★


どちらがいいかって?


今度は、あなたが「青色の人」だと考えてみてください。あなたは成功した起業家か、有力で有名な投資家だとしましょう。

あなたの周りには、起業家志望の若者がワンサと集まってきます。そこであなたは、彼らの手掛けているビジネスについて質問をします。

下図のように、大半の若い起業家が「一生懸命、あなたに回答」している中、ひとりだけ「そのビジネスに関する自分の意見」を一生懸命、述べていたら?

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あなたは、どの若者に投資したいですか?

てか、


どの若者と議論したいですか?

=どの若者と、自分の人生の時間を(たとえ 1時間でも)共有したいですか?


企業の面接時のグループディスカッションでも同じですよね。

お題として出されたトピックに興味を示す人と、面接担当の社員に回答しようとする学生がいたら、どっちを採用したい?


★★★


私はツイッターでもブログでも、そしてリアルな飲み会でも、いろんな質問をします。私がそれらについて質問をする理由は、「そのトピックに関心があるから」です。

こんな「あたりまえのこと」をわざわざ書いているのは、そのトピックについて深掘りして考えるより、「私に返答してくる人」のほうが、圧倒的に多いからです。

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なぜ、人は問われたトピックについて「自分のアタマで考えよう」とせず、質問者に回答しようとするのでしょう?


一つの理由は、

・そのトピックに関するより深い洞察や、より斬新で革新的なアイデアより、

・憧れの質問者からのポジティブな評価を

「より得たいモノ」「より大事なもの」だと考えているからでしょう。


質問者が、自分の尊敬する人であったり、偉大な人、有名な人であればあるほど、そう考える回答者が増えます。

「大好きなあの人の質問に答えたい!」と考えるわけです。

相手が社長だったり、重要な投資先のキーパーソンの場合も同じことが起こります。

「大事な人に、アホだと思われてはならない!」ということが「第一目的」になってしまうんです。


でもね。先ほど示した、ビジネスプランを説明する駆け出し起業家と、有力投資家の例を思い出してください。

「質問者に素早く反応して評価されること」を、自分がやっているビジネストピックに関する議論を深めることより「大事だ」と考える人に、誰が投資したいでしょう?

自分が尊敬する企業家や投資家、もしくは、自分を評価する立場の人の前にでれば、誰だって緊張します。「何か聞かれたら、すぐに気の利いた答えを返したい!」と思うでしょう。

でもそれって(ちょっと厳しい言い方ですが)、「僕はあなたに評価されることが、スゴク嬉しいんです! 僕のビジネスプランについて考えを深めることよりずっと!」って言ってるようなものです。


もう一度、ふたつの図を見比べてください。質問者が望んでいるのは、これでしょうか?

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それとも、こちらなのでしょうか?

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いつかあなたも、自分が尊敬する人に会う機会を得、その人があなたの手掛けているビジネスについて質問してくれるという幸運に恵まれるかもしれません。

その前に、この二つ概念の違いだけは理解しておきましょう。

「質問にスグに、反射的に、素早く返事する」ことより、もっと大事なことがあるんです。


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2014-03-09 10日間ほどお休み

ちょっくらアフリカに遊びに行ってきます。また何らか刺激を受けて、おもしろいエントリが書けたらいいな。

よろしければその間は、過去エントリをお楽しみくださいませ。


<コンピュータ将棋に関するエントリ>

今週末から将棋の電王戦が始まります。昨年、ポナンザ開発者の山本一成さんへのインタビューを機に、コンピュータ将棋に関するシリーズエントリを書いています。

第一回はこちら → http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20130518 (ページの一番下に、全エントリへのリンクがまとめてあります)


<3年前の東北・東日本大震災>

2011年の 3月以降に書いた数多くのエントリ。それらへのリンクが下記にまとめてあります。

→ http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120311


<ココロを揺さぶる旅の記録>

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100116

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100130

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100212


<楽園リゾートシリーズ>

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080507

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090514

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100508


<読者が選んだベストエントリ 19選>

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20130502


<過去エントリ>

昔のエントリを順番に読んでいきたいという方は、下記ページにあるカレンダーから、月ごとのエントリをまとめてお読みいただけます → http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/archive


<本もよろしく!>

       


<ちきりん本リスト>

発行日単行本文庫本電子書籍オーディオブック
2011.01ゆるく考えよう文庫本kindle版ページオーディオブック
2011.10自分のアタマで考えようなしkindle版ページオーディオブック
2012.06世界を歩いて考えよう!なしkindle版ページなし
2013.06 未来の働き方を考えようなしkindle版ページなし
2013.11紙の本はありませんなし「Chikirinの日記の育て方」kindle版なし

<他のブログもよろしくです>

・ちきりんパーソナル ←ものすごく無意味なエントリ満載です!

・ちきりんの愛用品 ←ガジェットからお気に入り映画、おしゃれなゴミ箱まで、ちきりんの愛用品を写真付きで紹介しています。

・将棋の練習記録 ←なんでこんなブログ書いてんだ!?って感じです。。


そんじゃーねー!

2014-03-08 超長時間ひたすら録画するだけの環境映像

昨日、執筆時間のバックグラウンド映像として使えそうな番組をスカパーで探していたら、小さな和室(お茶室?)で、男性 2人が向かい合ってるのが目に入りました。将棋の対局ライブです。

昨日はA級リーグの最終対局日(=名人への挑戦者が決まったりする大事な日)で、「将棋界の一番長い日」と呼ばれてるんだそうです。


で、その番組をつけたまま執筆を始めたところ・・・あっという間に 3時間がたち、ふと我に返って呟いたのが下記


長時間の集中力を欠くちきりんにしては珍しく、3時間近くぶっ通しで執筆に専念でき、自分でもちょっと驚きました。

画面は二台の固定カメラが交互に、盤面と対局室を映し出すだけ。ニコニコ的なコメントはもちろん、解説も一切ありません。

朝から晩まで 12時間とか。ほとんど無音ですが、咳払い、お茶をすする音、扇子を触る音などが聞こえ、たまーに駒を動かす音も聞こえます。


これにたいして頂いたコメントが、

でしょ!


こういうコメントもいただいたので調べてみたら、


確かにアマゾンでも環境音楽アルバムが 118点も売られていました。リラクリゼーションや胎教、睡眠導入、作業のバックグラウンド映像(音楽)など、いろんな用途がありそうです。 → アマゾンの環境音楽の一覧ページ


★★★


上記のアマゾンのページを見ればわかるように、「環境アルバム」って、滝や波音、草原の風に森林の木洩れ日など、自然界の映像が多いんです。でも今回、私は、「プロ棋士の緊迫した対局中の ライブ音声 & 画像」も、環境映像、環境音楽として、十分に使えると感じました。

将棋好きの方からは・・

といったコメントもあり(たしかにそうなのですが、)でも将棋好きの人には、別の意味でお宝なのでは? 


そもそも対局屋に同席できる人は、棋士と記録係の奨励会会員など、極めて限定的なはず。でも将棋ファンの人で、対局室に同席したい、もしくは、同席してる気分を味わいたい人はたくさんいますよね?

「第○○期 名人戦第四局 完全生ライブ 18時間」みたいな映像があったら、欲しい人もいるんじゃないでしょうか。それを朝から(二日に渡って!)ずっとテレビに映してれば、まるで自室が名人戦の対局室のように感じられるはずです。


だって昨日、私はまるで、自分が対局室の隅にいるかのような気分になっていました。テレビ画面からは、対局中の棋士の緊張感や集中力がビンビン伝わってきて、隣にいる(?)私まで、自然に集中できたのです。

だから、その番組をつけたままご飯を食べた時は、とても居心地が悪く感じました。


まさにそのとおりです。「静かに食べなくちゃ。てか、こんなところでご飯食べてていいのかな?」って気になりました。それほど「その場にいる感じ」がするんです。


★★★


その後、

と教えていただいたサイトをみてみたところ、確かに「カフェの音」が聞こえる! 私にはちょっとウルサ過ぎますが、カフェの喧騒の中で集中できる(もしくはリラックスできる)という人にはいいですよね。

人間って、無音状態が一番いいわけではなく、自分にとっての心地よい音や雰囲気があるわけで、それがカフェだという人も、電車の音だという人もいるでしょう。あたしは居酒屋のざわざわ感も大好きかな。


あとコチラ↓ 

たしかに私は「対局中の映像を流してたら図書館にいる気になった」と書きました。が、だったら、もっとダイレクトに「図書館の音」を販売すればいいですよね。

東大や慶應など、一流大学の図書館のリアル音声を 24時間とか 48時間とか録音して売りだしたら、その大学を目指す高校生が、受験勉強のBGMとして購入したり・・・しないかな? 

私があたかも対局室にいる気になったように、彼らもきっと憧れの大学の図書館で受験勉強している気になれて、モチベーションがぐーんと上がりそう! 「ハーバードの図書館の音 24時間」あたりなら世界中で売れそうです。


他にも、試験になると緊張してしまって実力が発揮できないというお子さんのために「去年の慶應高校の受験時間をそのまま録画したビデオ 合計 6時間分」とかを売り出すのはどうかしら? 

周りから聞こえる“カサカサッ”“カサカサッ”っていう問題用紙をめくる音がプレッシャーをあおり、誰かが消しゴムを落とした音でビクッ!っとする。そんなビデオを大スクリーンで流している個室で模試を受け、そういった「試験会場の雰囲気に事前に慣れておく」とか・・・


★★★


他にも、高齢で一人暮らしの祖父母の家で、「息子夫婦と孫の家の様子をひたすら録画しただけのビデオ」を流しとくのもいいんじゃないかと。(てか、録画する必要もなく、常時接続して音声を共有するだけでもいいのかも)

よくある孫から祖父母へのビデオレターは、カメラに向かってにっこり笑い「おばあちゃん、元気ですか?」みたいな感じですが、ああいうのって、作るのも面倒だし、せいぜい五分も持ちません。

でも、小さな孫が遊んでるところを数時間、ずーっと普通に録画し、それがそのまま祖父母の家の大画面で映し出され、彼らはそれを凝視してるのではなく、そのそばでご飯食べたり、料理したり新聞読んでればいいと思うんです。そしたら「まるで孫と同居してる気分」が味わえないかな?


病院や介護施設では、手術の後ボンヤリしてしまったり、寝たきりだったりする患者さんに刺激を与えるため、昼間はラジオやテレビをつけっぱなしにすることがあるんですが、こういうのも、テレビニュースやバラエティ番組を延々と流す以外に、

住み慣れた町の駅前や商店街の音など、その人にとってポジティブで懐かしい環境を再現できる音声ビデオが流せれば、よりいいんじゃないかと思いました。


これまでの環境ビデオは、海や滝、森など自然系ばかりでしたが、将棋の対局や競技スポーツ、テスト会場、駅前の雑踏や大学の学食など、「人間系」「社会系」の長時間ビデオが出てきたら楽しそう。

特にマンションのように密閉性が高い部屋でそういった映像を長時間、映していると、(昨日の私のように)本当に自分がその場にいるかのような錯覚に陥ることができます。


環境ビデオに自然系のものが多いのは、「都会の人は大自然に憧れているはずだ」という前提があるからだと思うのですが、都会の人の中には、大自然より都市の中の何気ない雑踏が好き、という人もいるはずなんだよね。

演出と編集命のテレビ番組や、ニコニコみたいなコメントあり、プロモーションビデオありの刺激的な動画もいいんだけど、こういう「超長時間ひたすら人間やその場所を録画するだけの環境映像」ってのも、なんらか使えそうじゃない? と思いました。


そんじゃーね!

2014-03-05 リハーサルのとおりにお願いします!

将棋棋士・森内俊之竜王名人の新著を読みました。


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渡辺明(現)二冠を破った昨年の竜王戦のコトはもちろん、将棋を始めた子供の頃の話から、奨励会を経てプロになり、20代、30代、そして40代と、棋士として歩んできた道のりが振り返られています。

特に小さい頃の話はどのエピソードも微笑ましく、「森内少年 物語り」としてとても興味深く読めました。

下記の写真は、最終ゲラを読んだ際のメモ書き画像です。字が汚くて恥ずかしいのですが、私がどれだけ楽しくこの本を読んだか、伝えられそうだったので載せてみました。


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一番おもしろかったのは、小学生名人戦でベスト4に進み、準決勝がテレビで放映された時のこと。

リハーサルの後、NHKスタッフからは「本番もリハーサル通りでお願いします!」と声がかかります。それはもちろん、「本番でもリハーサルとまったく同じ手順で指してください」という将棋の中身に関する指示ではなかったわけですが、それを聞いた森内少年は、

リハーサル通りの将棋では自分にとって難しい展開だったが、「変えてはいけない」と愚直に思い込んでいたので、私は本番でもそのまま不利な手を指し、負けてしまった。

まじですか。

ちなみに、この準決勝に勝っていれば、決勝の相手は同じ小学生の羽生善治少年だったんです。


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竜王&名人という立場にいるのに、こんなこと言っちゃうわけ!?、みたいな率直な発言も新鮮でした。たとえば、

残る一つの冠、名人位を預かる者として、私は二人(羽生三冠と渡辺二冠)の争いに割って入りたいという思いが全くないわけではないが、将棋の精度、そして技の切れを比べてしまうと、どう考えても厳しいというのが正直なところだ。

(カッコ内はちきりん追記)

率直というか謙虚というか・・・と思っていたら、こんな記述まで↓

私は準々決勝で谷川さんに勝つと、八日後に行われた羽生さんとの準決勝にも勝利した。

「そろそろ負ける頃かも・・」

そんな気持ちを抱えたまま、なぜか勝ち進み、いつの間にか挑戦者決定三番勝負にたどり着いていた。

「そろそろ負ける頃かも」って何ソレ?


さらに、昨年の竜王位への挑戦についても、( 7番勝負なので 4勝したほうが勝ちという仕組みなのに)

私が現実的な目標として心ひそかに思っていたのは、“二勝すること”だった。

えっ?? 

これには常々「目標は低く持ちましょう!」と勧めてるあたしもびっくり。

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とはいえ、小学生から奨励会に入り、プロを目指すという道の厳しさも、随所に触れられています。

(奨励会に入ると)すべてにおいて将棋が最優先の人生となる。そこに入った瞬間、楽しいはずの将棋が人生を賭けた勝負に変わるのだ。

奨励会に入った後は、学校の宿題は学校にいる間に(休憩時間中に)終わらせてしまうなど、

「学業に割く時間を最小限に抑えるように心がけた」

勝率が 7割 9分 7厘と絶好調だった 21歳の時、「大学生活に憧れのような気持ちも持っていた」森内名人は、大学のクイズ研究会に参加し、テレビのクイズ番組に出演するほど熱中します。しかしそのことについても、

クイズ研究会で過ごした時間は楽しかったし、人生において貴重な体験になったと思う。そこに後悔はない。

(中略)

ただひとつ明らかなことは、私がクイズに費やしている時間も、ライバルたちは将棋に打ち込んでいたということだ。その差が後に結果として現れることになる。

大変すぎ・・


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小学生の時、奨励会に入るための試験の際も、対局相手は土曜教室で何度も戦ってきた先輩。「勝てれば合格、負ければ失格」という対局で、森内名人は勝って奨励会に入り、先輩は森内少年に負けて不合格。

でも、

その後の二次試験で、「ふと周りを見ると、羽生さんはすでに勝ち抜き、合格を決めていた。私は受験前から「羽生さんが合格しないようなら、自分にはとても無理だ」と思っていたので、少し安心したのを覚えている」「よし、可能性はある。頑張ろう」

なんなの、その妙な励まされ方は・・・?


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ここまで率直に言う? みたいな文章は他にもいろいろあって、羽生三冠が史上初の 7冠を達成するなど破竹の勢いで活躍されていたころのことを、

トーナメント戦で挑戦者の座が近づいてくると、

「これを勝ち抜いたらまた羽生さんと戦わなくてはいけないのか」と考えてしまうようになっていた。そのような気持ちで厳しい戦いに挑んで、勝てるわけがない。

そんな気分になってたなんてびっくりです。

衝撃的だったのは、名人戦の直後の棋聖戦で、羽生さんが3歳下で、当時5段の三浦弘行さん(現九段)に敗れたことだ。私は、羽生さんの強さを目の当たりにして、しばらくは七冠が続くだろうと考えていた。

「自分がまったく歯の立たなかった羽生さんが、まさか若手に負けるなんて」私は、自分も一緒に打ち負かされたように感じた。

驚くのはソコなんだー!?


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初めて名人位を獲得した時の対局では、

終盤に入り、しっかりと指すことができれば、勝利は確実に思えた。

「勝てる・・・、名人になれる・・・本当になるのか? なってしまうのか?」

終局が近づくにつれ、どんどん気分が落ち着かなくなってきた。舞い上がりそうになる気持ちを必死で抑える。喜びと不安が交錯する。

。。普通の人じゃん!?


永世名人の称号(名人位通算 5期で得られる)がかかった対局では、

まさか自分がそんな大きな称号を得るなどということは考えてみたこともなかったので、この時はさすがに緊張した。三勝二敗で迎えた第六局。そのまま素直に指せば勝てる最終盤で、永世名人のことが頭によぎり、落ち着かない状態になってしまい、自ら敗北を呼び込むような大ポカをしてしまった。初めて名人になったとき以上の緊張感で、頭は雑念だらけ。まともに思考できなくなってしまっていた。

いつもポーカーフェースに見えるのに、内面ではこんな心理状態だったりするんですねー。


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いろいろ勉強になることもありました。

持って生まれた才能は変えることができないし、また、やみくもな努力も効率が悪い。自分の特徴に気づき、適切な努力をすることこそが、これまでの自分を変えるための最良の方法なのではないだろうか

この「適切な努力」という話は、梅原大吾さんも言ってたし、為末大さんもよく呟いてる。大事なのは「とにかく頑張る」ではなく、「適切な努力をすること」なんだよね。

それまでの私は、常に理想の将棋を追い求めていた。“勝つための将棋”ではなく、“正しい将棋”を指したいと思っていたのだ。どんな勝負でも一手一手を全力で考え、最善手を追い求める。それが“正しい将棋”だと信じていた。

名人戦で羽生さんに敗れてから、私は努力の仕方を変えた。もう一度、檜舞台に立ち、そして勝負を収めるために、力重視の練習だけではなく、新たな練習にも時間を割くようにしたのだ。

そういえば昔テニスをやってた時、練習時には「ボールを相手の目の前にきちんと返す」人が「巧い人」なんだよね。それができたらラリーが続くし、誰も玉拾いに行かなくていいわけで。

でも、試合に勝つにはそれではだめで、「いかに相手がいないスペースを狙って打つか」が必要。それに気付いて初めて試合に勝てるようになったことを思い出しました。


(棋士の仕事は)“将棋学”という学問を追求する学者のようなものかもしれない

中略

(大局観を)身に付けるための勉強は簡単ではない。本来、2人で指す将棋を一人で突き詰めるのは苦しい作業だ。

(カッコ内はちきりん追記)

「誰かと一緒に考える」とか「話し合いながら考える」というのと、「ひとりで考える」というのは、質の違う行為です。

世の中の大半の人はひとりで考えてると 30分もしないうちに煮詰まってしまい、堂々巡りしかできなくなります。「ひとりで何時間でも考えられるか」ってのが、「考える仕事」に就けるかどうかの分かれ目だと思う。


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あと将棋って、片方の棋士が「負けました」と宣言すると終わりなわけですが、これについて

将棋の勝敗を決するのは、審判などの第三者ではなく、敗者による敗戦の判断、つまり“投了”だ。こういう勝負事は珍しいのではないだろうか。

って書いてあって、ほんとにそうだなと思いました。

いろいろ考えてみたけど、「敗者による判断と宣言」で勝敗が確定するのって、あとは戦争くらいしか思いつかなかった。


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「残り何年間、将棋を指せるのかわからないが、このままずっと無冠に終わるかもしれない」そんなふうに弱気になってしまうこともあった。

私にとって竜王と名人の同時戴冠は九年ぶりだ。こんな日が再び来ようとは想像だにできなかった。

謙虚過ぎません?

一歩一歩、自分の足元を見ながら進んできた。顔を上げてみたら、とてつもなく高い山の頂にたどり着いていた。そこで渡されたのは、“永世名人”という名誉であり、責任であった。

高い山に登る人はみな同じ。足元の一歩だけに集中してるし、とにかく「歩みを止めない」

他の仕事の可能性を考えたことがないのだ。

本田圭佑氏もイチロー氏も同じなんだけど、「今のこの職業以外、考えたこともない」と言えるのは、世の中でごく一部の人たちだけに与えられる幸運だよね。

なんだけど上記に書いてきたように、そんな人でさえ「こんなことがあったんだ」「こんな気持ちになることもあるんだ」って軽く驚くくらい率直にいろんなエピソードが語られており、森内名人の誠実な人柄が滲み出る読後感のすごくいい一冊でした。


努力や才能や運やタイミング、人生では、人によって得られるものは全く違います。世の中はものすごく不公平なんです。誰もがヒトカドの人物になれたりするわけじゃない。

でも、成功し、何かを「持っている」ように思える人あっても、私たちと同じように悩み、焦り、悔しがり、ビビッたりし浮かれたり寝坊したりしながら、歩いてきたんだなってわかって、ちょっとホッとする。

自分にできることは、今いる場所で今できることをするだけ、それでいいんだ、って思えます。


試合に負けて悔しがってるサッカー少年とかが読めば、得るところの大きな本なんじゃないかな。将棋を知らない人でも理解できるよう丁寧に書いてあるし、易しい日本語なので、中学生でも問題なく読めると思います。


そんじゃーね!


キンドル版は 525円

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新刊発売記念インタビューです!

D

2014-03-02 客がスーパーのレジに求めるもの

先日、何気なく↓のように呟いたところ・・


たくさんのツイートを頂きました。やっぱり皆さん、気になっているんですね!

そうなんですよ。特に急いでるわけじゃなくても、自分の列が早いとスゴく気持ちよいのです。てか、隣のレジが早いと、半端ないガッカリ感に襲われます。


★★★


↓ 客側の要素としてはこれが、列の進み具合に影響を与える二大要素なわけですが、


↓ ここまで考えたことはなかったです。


↓ 中にはスーパーの地域性に依って基準を変えるという強者も!

・・・みんないろいろ考えてるんですね。



レジ待ち時間に影響を与える要素は下記の通りですが、

1.レジ打ちスタッフ側

 1-a スキル

 1-b 人数(ひとつのレジ担当のスタッフ数)


2.客側

 2-a 買っている商品の数

 2-b 支払いの素早さ

 2-c 領収書請求やクレームなど、突発事項の可能性

私は、

・ 1 が 2 より重要、

・ 2-a より 2-b のほうが重要

と考えています。


レジスタッフ側からみれば、当然こういう見方になるし↓ (= 1 もあるけど 2 もありますよね!)


電子マネーで払う人が多い場所だとこうなります↓ (= 2-b の要素がない場所では、2-a だけ見ればいい)


★★★


最近、サービス業の人手不足感が急速に高まっています。スターバックスが契約社員の大半を正社員化すると発表しましたが、そうでもしないと(スタバほど名前の良い雇い主でさえ)質の高い人手が確保できない状況なのです。

そこで重要になるのが、「レジプロセスの生産性向上」です。

ナナコなど電子マネーに関しては、ビッグデータ分析などマーケティング目的ばかりが注目されますが、実は、高齢顧客が増え続けるコンビニにおいて、「支払いの素早さ」を確保し、レジの生産性を上げ、人手不足問題を少しでも緩和したいという思惑も大きいのです。


ほらね↓



↓ しかもピーク時には売り上げにも関わってくるので、レジスタッフのスキルは経営者側にとっても、かなり重要。


★★★


セルフレジも地方を中心に増えていますが、これはレジ待ち時間の短縮目的というより、24時間営業スーパーなどで、夜中のスタッフ確保が難しい場合に、より有効なんじゃないかな。(=あれでレジ行列が減ったりはしないでしょう)


待ち時間を減らすために、特別なレジを作るという方法ですが・・・

これは「ものすごく混雑してるスーパー」では逆効果だったりします。

東京の電車が女性専用車両を端っこにしか設置できないのは、混雑レベルがひどすぎるからなんです。(混雑レベルが低い大阪では、女性専用車両は最も乗りやすい、真ん中に設置されてます=設置できます)


というわけで、地方では少品数レジもあるようです。


↓ びっくりしたのはコレ。購入額で列を分ける店があるらしいんですが・・・暗算の不得意な私には使用困難です。。。



あと、これは↓示唆に富む意見だと思いました。


日本はコンビニが非常に多いので、これまでは、買う品数が少なくさっさと買い物したい人はコンビニ、たくさん買う客はスーパーという棲み分けが成立してたのかもしれません。だからこれまでのスーパーでは、「 3品以内レジ」のニーズが低かったのかも。

だとすると、仁義なき相手領域への進出を続けている昨今のスーパーとコンビニの戦いぶりからして、今後はスーパーのレジにも、変化があるかもしれません。


★★★


関連してスーパーのレジ打ちには全国大会があるという動画を紹介していただいたのですが・・

びっくり仰天。これはちょっと引きますよ。。。↓

D


見ました? すごいでしょ!?

消費者には滑稽にさえ見えるこの大会を、主催者側は真面目にやってるわけです。これって、どういうことだと思います?


その理由が、こちらのコメント↓に集約されています。


上記の全国大会の主催者目線では、スーパーのレジスタッフには、

・オペレーションの正確さや速さ に加え、

・挨拶の積極性や丁寧さ

が求められているのでしょう。だから、ああいう大会になるわけです。


これは、スーパーが初めて日本にできた頃の状況を考えれば、理解できます。当時の普通の小売店(八百屋や魚屋や雑貨屋などの個人商店)に比べれば、スーパーは圧倒的に近代的でおしゃれな“デパート寄り”に位置するハイソ系小売店だったわけです。

だからスタッフには制服を着せ、挨拶を徹底させ、客には敬語で話すよう指導した。(それまでの八百屋なら、「奥さん、これ買ってって!」みたいな会話だったのにね)


でも今や、顧客がレジスタッフに求めているのは、挨拶や丁寧な会話ではなく「速さと正確さ」です。だから、上記の動画を見ると「なんでこんな大会を!??」って感じがするのです。


↓こういうコメントもいただきましたが、


生産者人口の減少に伴い、人手不足が顕著になる日本。こういった職業は、今後どんどん「機械でもできる仕事」に置き換えられていくでしょう。

てか今の段階でさえ、「めちゃくちゃ早い自動レジ打ちマシン」が登場したら、多くの人が人間のいるレジではなく、そちら側を選ぶはず。つまり、スーパーのレジに「すばらしい挨拶」なんて求めている客は、もはやほとんどいないのです。


私はもう、日本においていつまでも、スーパーのレジを人間が担当し続けるとは思えなくなってきました。

人手不足による時給アップ、非正規雇用ワーカーへの社会保険義務化に加え、大量のバイト・パート人材を管理するコストも膨大です。

日本のレジ打ちスタッフのスキルは世界トップであり、これを機械に置き換えるのは簡単ではありません。

とはいえ、カゴを台の上に置けばそのまま(商品をイチイチ取り出す必要なく)価格の合計が出せるような「超高速・新お会計システム」の開発は、十分ペイする(開発費に見合う利益が得られる)状況に、なりつつあるんじゃないでしょうか? 

そしてそうなった時、上記の「レジ打ち全国大会」が一体どうなっていくのだか、大変興味深いところです。



(↓ 新しいレジ会計システムのイメージはまさにコレ!)

D



さて最後に、今回得たもうひとつの学びは、「レジ行列が気になるのは、多分に心理的な問題である」ということです。


例えばコレ↓は鋭いですよね。確かにお客さんがモタモタしてても「仕方ない」と思えるけど、スタッフがモタモタしてると「仕方ない」とは思えない。労働者側に寛容になるのは、他の客に寛容になるより難しいのです。


また、こう呟いたところ、

下記のようなお返事をいただきました。


なるほどねー。これも大納得

大変勉強になりました!


ツイートにご参加くださったみなさま、ありがとうございました。また、呟きを紹介できなかった方、申し訳ありません。これに懲りずに今後ともよろしくお願いいたします。


そんじゃーね!