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Chikirinの日記 RSSフィード

2014-05-11 みんなが叩く人は自分も叩いていい、と考える人は怖いです

リアルな社会でもネット上でも、また、子供の世界でも大人の世界でも、定期的に「めちゃくちゃ叩かれる人」というのが出現します。てか「選ばれます」というべきかな。


その時、叩く側の人には、次の2種類の人が含まれています。

1)誰もその人を批判していなくても、自分なりの理屈があって、批判をする人

2)みんなが批判しているので、自分も批判(活動に参加)する人


一番悪いのは批判されている対象の人だという場合も多いのでしょうが、

「もっとも悪いのは誰か?」ではなく、


「もっとも怖いのは誰か?」

「もっとも関わりあいになりたくないのは誰か?」という質問であれば、

あたしの答えは明確に「みんなが批判しているので、自分も批判する人」です。


★★★


理研の小保方晴子氏の STAP細胞に関する論文に問題があり、いろんな人から批判を浴びています。「もっとも悪いのは誰か?」といえば、答えは明確なのでしょう。

でも、私がもっとも「こういう人とは関わりあいになりたくない」と思うのは彼女ではなく、にわかの正義感を振りかざし、

「とりあえず今、彼女を叩いておけば、自分は正論を言っていると評価してもらえる。えっへん!」と思っている人たちです。


小保方さんの釈明会見はテレビとネットでその大半を見ましたが、私がこの会見で一番呆れたのは、彼女ではなく、むしろ質問をしている記者たちでした。

その質問はどれもこれもあまりにも脈絡がなく、ポイントがずれたものだったからです。


たとえば、「実験ノートは 2冊ではないのか?」という質問にたいし、彼女は「もっとあります」と答えます。が、この後、この質問者は「では何冊あるのか?」とは問わないのです。

質問が一人ひとつに制限されているのなら、最初から「ノートは 2冊ではないのですか? だったら何冊あるか教えてください」って問えばいいのに、そういう知恵さえありません。


その後 1時間近くも記者会見が続いたあと、誰かが思い出したように「じゃあノートは何冊あるのか?」と聞くのですが、ここでも「少なくとも 4,5冊はある」という回答で、質問者は納得してしまいます。でもね・・「 2冊と 5冊って、実質的な意味の差があるの???」と思ったのは私だけじゃないでしょう。

STAP細胞の作製に 200回成功したという回答を聞いても、それって「 100発 100中なのか、それとも 1000回実験して 200回の成功なのか」ということも、「そんだけの実験をしてノートが 5冊って少なすぎないか?」とも、「いったいその実験って一日に何回できるものなのよ?」とも、誰も聞きません。


中には突然「あんたね!」とかいって説教を始める人もいて、「いったいこの人達なに???」って感じだったのです。

正直、「こんな人たちに質問させても、なんもわからんでしょう?」というのが、私の印象でした。


また彼女に対する批判にも、あまりに非論理的なものも多く、「このタイミングであれば、彼女に対する批判は、どれだけ非論理的な批判でも許される」とでも考えられているかのようでした。

ところが、記者のお粗末な質問スキルや、非論理的な批判を展開する人を批判すると、「お前は小保方氏を支持するのか?」と言われるのです。

私は慣れているからいいですが、これでは「ヤバイ! 彼女を批判しないと、自分が批判される!」と感じてしまう人さえ現れかねません。

子供の世界の“いじめ”と全く同じです。「いじめに参加しないと虐められる」という世界。


★★★


このことで思い出したのは、民主党が政権をとって“仕分け”をやっていた時、蓮舫氏が科学技術予算に関して、「なぜ 1番でなくてはならないのか? 2番ではダメなのか?」という質問をしたことです。

この時も、彼女はものすごい批判を浴びました。無知だ!無理解だ!めちゃだ!とね。


でもみなさん、この時、それを問われた科学技術予算を担当する官僚が、この質問にどう答えたかを知っていますか?

誰も知らないでしょ?


なぜなら、その官僚の回答はほとんど報道されていないからです。そして、その回答がほとんど報道されていないのは、この担当者が「まともな回答をできなかったから」です。


もしここで、その担当者が即座に、

「 2番というのは、2番を目指した人がなれるものじゃないんです。 1番を目指しているトップ 5人が、1番と 2番と 3番と 4番と 5番になるんです。だから 1番を目指さないと、トップクラスには残れません」とか、

「 1番の開発チームだけが、基本的な特許を押さえられるんです。2番手からは収入を得るどころか、1番の人にロイヤリティを払わなければならなくなります」とか、

「 1番になることの影響は極めて大きく、広範囲にわたります。ロケットや衛星やインフラ工事の売り込みにも影響するし、技術者の争奪戦にも・・・」とか、

なんでもいいけど、蓮舫氏が「なるほど」って思う理由を即座に述べてれば、なんの問題もなかったはずなんです。


そもそも蓮舫氏は最初から素人だけど(素人だから質問してるのであって)、回答する担当者は国の科学技術予算を配分する権限を持ってるプロなんです。それなのになぜ、ピシっとした回答ができてないのでしょう? 

そんな人が予算配分を担当してるコトのほうが、蓮舫氏の質問よりよほど深刻な問題では? なのになぜ、その人は大きな批判を浴びないの? 

あたしからみれば、そちらの方がよほどびっくりだし、批判されるべきことに思えました。


んが、

批判は「みんなが批判してる人=蓮舫氏」に集中します。そしてそれ以外の人を批判していると、「みんなが批判している人=蓮舫氏を擁護している」と後ろ指を指さされます。

そうすることで「まさか、お前、アイツへの批判に参加しないなんてことはないだろうな?」と(=みんながやっている批判にお前も参加しろ!と)ピア・プレッシャーがかけられるのです。


★★★


学校のいじめと全く同じ構造ですよね。


1)最初に、自分なりの論理でいじめを始める子供 と

2)みんながいじめてるから、自分もいじめていい、と考える子供、がいるんです。

3)加えて、自分がいじめられないよう傍観に回る子もたくさんいます


この2)の人の罪はものすごく大きいです。

なぜなら、2)がいなければ、1)は自信がなくなり、いじめ行為を止めたりするんです。でも、2)の支持を得ることができれば、1)の人は安心してその行為をどんどんエスカレートさせます。

そしてそれが更に多くの2)の人を生み出し、挙句の果てには3)の子に対してまで「お前も批判に(いじめに)参加しろ!」とプレッシャーを掛け始めます。

なぜなら2)の人にとっては、できるだけ多くの人が参加することこそが、自分の行為の正当性を支えるからです。

「みんなが叩いているということは、オレも叩くべき!ってことだ」というのが、彼らの唯一の拠り所だから。



私も含め誰にでも、なんらかのミスにより、もしくは魔が差して、批判の対象になることはあるでしょう。自分なりの価値観や思想に基づき、1)の人になることもあるかもしれません。

でも心して、2)の人にだけはなりたくないと思います。


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そんじゃーね。


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