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Chikirinの日記 RSSフィード

2015-01-23 理想の社会なんて信じるのはやめましょう

イスラム国に日本人 2人が人質に取られるという衝撃的な事件が起こっていますが、今年は東京でオウムのサリンテロが起こってから 20年目の年でもあります。

既に記憶がないという人も多いでしょうが、地下鉄サリン事件(私は「地下鉄サリンテロ」って呼ぶべきだと考えています)は、世界を震撼させた先進国・都市型の無差別テロであり、化学兵器テロでした。


私はあの朝いつものように、半分眠ったまま地下鉄に乗っていたのですが、降りようとした霞ヶ関駅で突然「駅に汚物が撒かれたため、停まらず通過します」という車内アナウンスが流れました。

「まじ!? 遅刻するじゃん!? 誰よ? 朝から汚物撒いたの?」などとブツクサ言いながら次の駅で降りたところ、

地上には多くの救急車と消防車が集まっており、その騒然とした雰囲気に一気に目が覚めました。10分早起きしていたら、私も被害者のひとりだったのかもしれません。


★★★


地下鉄サリンテロのそのまた 20年前。1970年代の日本はテロの頻発国であり、世界にテロリストを送り出すテロ拠点国のひとつでした。

1970年には日本航空が乗っ取られて犯人が北朝鮮に亡命(?)し、1972年には日本のテログループがわざわざイスラエルまで行き、空港で無差別に銃を乱射するという、とんでもないテロを行っています。

この事件では 3人の日本人テロリストが乗客ら 26人を殺害、+重軽傷者も 70人以上と、先日起こったフランスの雑誌社、シャルリー・エブド襲撃事件の倍以上の人が殺されました。

突然のテロで血の海となった空港は大パニック。「日本人、怖すぎ!」と世界中が思ったはずです。


その 2年後にも日本の武装過激派はクェートで大使館を占拠、丸の内のビジネス街では、爆弾で何人もの罪無き人を殺害したし(犯行グループ名は東アジア反日武装戦線)、

さらにはダッカでもハイジャック事件を起こし、身代金と人質釈放を要求するなど、当時は日本国内はもちろん、世界各地で日本人がテロを起こしていました。日本は(平和で安全な国なんかでは全くなく)歴としたテロ国家だったのです。

今みなさんにとって、「テロが頻発し、世界中にテロを送り出してる迷惑な国」ってどこの国のイメージですか? それだったんですよ。たかだか 40年前の日本は。


★★★


そして日本でも世界でも、こういう大規模なテロ活動を行う集団の発想はいつも同じです。彼らは、

・理想の世の中が存在する

・その実現のためには、暴力を使って現在の社会を破壊してもよい

と考えています。

中国の文化大革命において「造反有理」と言われるのも、共産主義革命において暴力革命が正当化され、「革命無罪」が唱えられるのも同じです。


「あるべき姿」としての理想社会を信じる人達は、

・今の社会は理想の姿から遠すぎるから、少しずつ変えていく方法ではいつまでたっても理想社会には到達しない


・だから、今の社会を破壊しよう。そのための暴力は許される。なぜなら自分たちが目指している理想の社会は、現実の社会より圧倒的に正しい姿だからだ

という理屈を使います。


この理屈のうち、多くの人は後半の「暴力を正当化する」部分を非難します。

・理想社会を掲げることには何の問題もない。今の社会が、理想からほど遠いのも、その通りである

しかし、

・理想の実現のためとはいえ、暴力を使うのはよくない!

ってみんなよく言うんだけど、


あたしは、「違うんじゃないの?」って思ってます。そもそもの間違いは、その前段階の「理想の社会が存在する」っていう発想から始まってるんじゃないかと。


現実の世界には、理想的な社会なんて存在しないんです。いろんな問題や矛盾や理不尽がある。それらは決して無くならない。

だから無くす努力が無意味だという意味ではなく、無くす努力は大事だし、無くす努力をすれば状況は改善されるけど、だからといっていくら頑張っても、理不尽が存在しない「理想の社会」なんて、ありえない。

それが、人間がたくさん集まって住むってことの現実なんです。


その現実を認めず、「いや違う。理想の社会は実現できる!」などという誤った夢を持つから、暴力が必要になっちゃう。

目指す場所が実現不可能な空想の国だから=あり得ないモノを実現しようとするから、暴力やテロまで必要だと言わざるを得なくなるんですよ。


★★★


しかも「理想を掲げる」と、洗脳が極めて簡単になります。言葉だけで構築される理想社会は、誰も反対できないキレイで完璧な姿だからです。

だから「その理想社会のために一緒に頑張ろう!」と言われると、みんな反論できない。


最初は懐疑的だった人も、いくら考えても「理想の社会を実現すべきでない理由」が見つからないから、そのうち「ホントにその通りだ! 自分はなぜ気付かなかったんだろう!?」と思い始める。これが洗脳への第一歩。

活動に参加し始めたあとも、その活動に人生を捧げる意義が超わかりやすい。なんたって、「理想の社会を実現するため」なんだから、何一つ迷う必要はありません。


こうして多くの人たちが洗脳され、「理想の国の建設に捧げられるオレの人生、めっちゃ有意義やん!」と嬉々として活動にのめり込みます。

その上、絶対的な善のための活動なんだから、少々の問題には目をつぶるべき。という理屈も易々と生まれてしまう。これで洗脳完成。


70年代の過激派の人達は、大企業や資本主義が人間を抑圧している社会を破壊して、理想の共産主義社会を実現すべきだと考えていました。

オウムのメンバーも彼らなりの「理想社会」を信じていたらしいし、イスラム国の人達も同じなんでしょう。


現実的な変革者は、理想の社会を語るのではなく、今の社会を変えるための一歩として、まずは何を変えるべきか、という話をします。

でもこの話法では、突っ込みどころが満載なのです。

「そんなふうに変えたら、こういう問題が起こるのではないか?」

「そんなふうに変えても、こういう問題は解決されない!」

と、改革の反対者達はツバを飛ばして叫びます。


理想社会の実現と違って、現実の改革にはいくらでも反対の理由が見つけられるからです。

こういう、「理想の社会が実現しないのであれば、現実を一歩たりとも変えたくない」という人達も、「理想社会の存在を信じ、理想社会以外は一切認められない」という点においては、発想が同じです。

理想しか信じない人は、今を一歩も変えようとしない。こっちもまた最悪です → 関連過去エントリ:「日本が次のステージに進めないワケ


★★★


理想の社会はマル! それ以外の社会は全部ペケ!

このタイプの発想は、間違ってるとか役に立たないという以上に、とっても怖いんだということを理解しましょう。


人間はみんな身勝手だし、ワガママです。自分の子供だけ幸せならいいと思っている人と、自分の国だけ平和ならいいと思っている人が、みんなで集まって暮らしているんです。

誰だって自分がいったん握った権益は手放したくないし、自分が持ってない何かを苦労せずして保有している人がいる社会は「なんでやねん?」と思うんです。


でも、だからといって「そんな問題が一切存在しない理想の社会」なんて信じちゃイケないんです。だって・・

そんなモノは存在しないのだから。

そんなモノを信じたら、「どんな手段を使ってでも実現すべきだ」って話につながっちゃうんだから。


理想社会なんて信じるのはやめましょう。

ソレ、すごい危険な思想なんで。


そんじゃーね。


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