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Chikirinの日記 RSSフィード

2015-05-30 マーケット感覚は「価値の認識」から

先日、honto さんのご協力により、『マーケット感覚を身につけよう』の発売記念イベントを行いました。 

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478064784/chikirin-22/ref=nosim/


いつもの大規模な講演会とは異なり、今回は少人数(といっても 50名)を招いての、参加型イベント。


会の冒頭、私がホワイトボードに書いたのはコレだけ。超シンプル。

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その後はチームに分かれてみなさんに考えてもらい、

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各チームがまとめた案を解説&紹介する私の話を、

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みんなで聞いて、質問したり、議論したり、

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最後は投票で優勝チームが決まり、メンバーには賞品の“ちきりんお面”が贈呈されました!

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イベントはとても盛況で、多くの方がブログやツイートで感想を書いてくださいました。

優勝チームの方が書かれたブログ

当日の流れがよくわかるブログ

まっさきに感想を書いてくださったブログ



楽しんでいただけて良かった。

そして何より、「とにもかくにも“価値”を考えるのが何より大事なのよ!」ってのも、しっかり伝わっていて、とっても嬉しい。


★★★


ところで皆さん、「本の価値」ってなんだと思います?

「自分が知らなかった知識が得られる価値」

「想像もしていなかった世界と遭遇できる価値」

このあたりまではスグに思いつきます。

でも、本が提供できる価値って、他にもたくさんあり得るんです。

「できる限り多くの、本が持ちうる価値を挙げてみて」って言われたら、他に何を挙げますか?


今回のイベントでは、

「友達ができる価値」

「旅する仲間が見つかるという価値」

「結婚相手が見つかる価値」


「ときめきが得られる価値」

「楽しい気分が得られるという価値」


「オレオレ詐欺が防止できる価値」

「子供が泣き止むという価値」


「 DV など、センシティブで個人的な問題が解決できる価値」

「孫とおじいちゃん、子供と親が距離を縮めることができる価値」


などの価値も、本に持たせることができるのでは?

てか、そういう価値をもった本って、どんな本なの? 

どんな本を創れば、そういう価値を提供できるの?

という順番でディスカッションを進めました。


こうやって価値から考え始めると、市場で求められているモノやサービスがどんなものなのか、より想像しやすくなるんですよね。(新刊に書いた ANA の例題と同じです)


たとえば最初に挙げたふたつの本の価値、「知識を得る」と「世界を拡げる」は、似ているようで全く違う価値です。

前者は“深さ”(専門性)が得られるという価値であり、後者は”広がり”が得られる価値なので、両者は縦と横の関係にあります。


このため、知識が得たいなら専門コンシェルジュのようなサービスが求められるけど、「世界が拡げたい」なら、専門家の推薦ではなく、

「毎月ランダムに本が送られてくるサービス」とか、「適当に集められた人が、自分が絶対イチオシ!と思う本を適当な相手と交換する」みたいな、闇鍋的サービスの方が価値を提供しやすいとわかります。


マーケット感覚とは、「潜在的な価値に気が付く能力であり、それを高く評価してくれる市場を見つける能力」だということで、

かなり駆け足ではありましたが、今回は参加者のみなさんに、実際に「価値から考える思考プロセス」を体験していただきました。


参加者の方が(みんな初対面なのに!)気負わず積極的に議論してくださり、運営スタッフの方も事前準備も含め、きめ細かいサポートを提供してくださったおかげで、本当にいいイベントになりました。皆様には心から感謝しています。


そんじゃーね!


↓ 価値から考える、そんな思考法はこの本に詳しく書いています。

→ キンドル版ページ 

→ 楽天ブックスはこちら


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2015-05-27 (A面) リゾート地 、(B面) 軍事島

先日紹介したチュークへは、日本からはグアム経由で行くことになります。

グアムと言えば日本人に人気のリゾート地で、わざわざ結婚式をするために訪れる人もいる一方、

今でもその面積の 3分の 1 が米軍基地という軍事島であり、沖縄の基地から、数千名の海兵隊がグアムの基地に移ったりもしています。

また太平洋戦争時には、日本が占領して「大宮島」(だいきゅうとう)と改名、その後、米軍が奪還するに際して、大規模な戦闘が行われた場所でもあります。

 

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1944年、グアムを取り戻した米軍は、ここを拠点に日本本土への空爆を始めます。

東京大空襲、大阪大空襲に使われた B29、そして、広島や長崎に原爆を投下した エノラゲイは、グアムやサイパンを中心とするマリアナ諸島の米軍基地から飛び立ちました。

ここを奪還したからこそ、アメリカは日本への本土攻撃が可能になったわけで、この地域から飛び立った無数の戦闘機によって、日本列島は文字通り“焼き尽くされた”のです。


さらに 1972年には、なんと 28年間も山中で“ひとりゲリラ戦”を続けていた日本兵 横井庄一氏が発見され、帰国しています。

彼が米兵に見つからないよう地下に掘って暮らした“横井ケイブ”(横井さんの洞窟)は、今でもグアムの山中に残っているとのこと。


今回は、そんなグアムの戦争関連博物館を訪ねてきました。

ひとつはこちら。元米軍人の方が個人として、当時使われた戦車や武器などを集めて展示されています。

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一番、印象深かったのはコレ。日本軍の飛行機の残骸。ペラペラで、かなり“ちゃちい”感じ。

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戦争の後期には“神風攻撃”に使われた、との説明が・・・

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元米軍の人が作ったミュージアムなので、捕虜となった日本人の写真などが豊富に展示されており、当時の様子がよくわかります。

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いろんなグッズも。かなりいい状態のまま。

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「潔く玉砕」とか「死んで償う」とか、死ぬことを美化するのはホント良くないよね。

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最後の方、南方から攻め上がる米軍のライン。天皇陛下が慰霊に訪れられたペリリュー島の他、硫黄島、レイテなど、よく聞く戦場名が並んでいます。赤い領土以外が奪還され、米軍が沖縄に上陸するに至っても、日本はまだ「本土決戦だ!」と言ってたわけですね。

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★★★


こちらはグアムで発見された当時の横井庄一さん

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グアムって車で回ると数時間で周回できるほどの島で、そんなに大きいわけではないんです。山が多いとはいえ、よくこんなところで 28年間も潜伏できてたなと驚きます。

日本政府が本気でやる気になってれば、(見つけられないまま亡くなった方も含め)もっと多くの方を、早く発見できていたのじゃないでしょうか。

治安のよくないインドネシアやフィリピンの戦場と違い(←反政府ゲリラとかもいて残留日本人兵を探すのは大変)、グアムなんてアメリカ領だし、高度成長期には多数の日本人観光客が免税品の買い物に押し寄せていた島なのに・・・


横井ケイブと呼ばれる地下洞窟

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ホンモノの横井ケイブは山中の私有地にあり、特別なアレンジをしないと訪れることはできませんが、近くの山中には、それを模した洞窟が作られています。(ふたつ上の説明書きで“偽物”とされているもの)

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もうひとつは、米軍基地併設の戦争博物館

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当時の日本が、どんだけ野望に満ちた国であったか、語られています。

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連合艦隊司令長官の言葉。当時の日本軍は、「神のために喜んで命を差し出す自爆テロ軍団」として怖れられていたのでしょう。天皇陛下が熱心に慰問にでかけられる理由も分かる気がします。

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※展示品の写真撮影には博物館の方の了解を頂いています。


★★★


チュークでも戦争の遺構を訪ねました。

こちらは“かまぼこ兵舎”と呼ばれた日本軍の兵舎。今は企業の倉庫などとして再利用されています。当時はこれがずらりと並んでいたとか。それにしても南国でトタン屋根の兵舎は暑くて大変そうです。

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軍壕の入り口 山の斜面に掘られています。

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軍壕(かつ防空壕かな)の中。広くひんやりしています。現在は、現地の人が住居として使っていたりもします。

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軍壕の入り口から海の方に向けて設置された大砲が残っていました。米軍の上陸作戦を迎え撃つためでしょうか。きれいな海や気持ちの良い風と、戦争と大砲という対比が印象的。

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外から見たところ。

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島には日本兵の慰霊碑もいくつか建てられています。こちらのように、比較的きれいな慰霊碑もありますが、

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現地の人が住む家の庭に、ぽつんと残された慰霊碑もあります。いずれも、遺族や軍人会が設置したものです。

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そんじゃーね

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グアム島の戦跡に関するサイト


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2015-05-23 70年前の沈船を見て

5月の前半はずっと南の島にいました。滞在してたのは“ミクロネシア連邦”のチューク州(トラック諸島)と、グアムです。

第二次世界大戦(てか、太平洋戦争、もしくは 大東亜戦争)において、このあたりは南方戦線と呼ばれていました。 → グーグル“南方戦線”の画像検索結果


数多くの日本兵が、餓死や自決で命を失った悲惨な戦争現場でもあり、天皇陛下も節目の年には慰霊に行かれています。

・ 2005年 6月 サイパン ←戦後 60年

・ 2015年 4月 パラオ(ペリリュー島) ←戦後 70年


下記の地図では、赤の小さなマークがパラオ、青がサイパン、オレンジが(私の行った)チュークです。グアムはサイパンのやや南東。

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サイパンの“バンザイクリフ”と呼ばれる海に面した絶壁の崖からは、“敵の呼びかけに応じて投降するなどという生き恥をさらしてはならない”と教えられていた( or 集団心理的に強制された)多くの日本兵が、

「天皇陛下 万歳!」と叫びながら次々と身を投げ、海には数え切れないほどの遺体が浮かんだといわれています。

南方戦線の悲惨さを象徴する場所ですが、若い人達が「天皇陛下万歳!」と叫んで海に飛び込んだ崖で、慰霊のために祈られる陛下のお気持ちはいかばかりだったことでしょう。


★★★


海&ビーチ好きの私は、日本(沖縄)に加え、世界あちこちの海に出かけているわけですが、今回の訪問地では、楽しみにしている珊瑚とお魚を観ることに加え、もうひとつ海の中で観たいモノがありました。

それは今から 70年前に、南方戦線で沈められた日本の軍艦など艦船です。


今回訪れたチューク州には当時、大日本帝国海軍の大きな拠点があり、戦艦武蔵や戦艦大和も寄港していました。このため、この海域には撃沈された数十隻もの船が今も海中に残っています。


下記は今回、私が撮影したもので、五星丸という海軍の運搬船。魚雷にやられて沈没したといわれています。

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驚愕でしょ?


下記では左側が船首。船体にはぎっしりと珊瑚が付着し、数多くの魚が舞うように泳いでいて、あまりの幻想的な光景に、潜った瞬間、息を呑みました。


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海に潜ってこんなものがあったら驚くよね。。。


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使用カメラはコレ(正確には、ひとつ前のモデル)。ケース不要で、このまま海に持って入れ、使用後は水道水で洗うだけで O K ! という優れもの。



→ 2017年に追記)現在は下記のカメラを使っています。

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/20170518


現地ガイドの方によると、沈んでいる船は全部で 80隻にも上り、その大半が日本の軍艦や運搬船、作業船とのこと(いくつか、アメリカの船も沈んでます)。

うち 40隻ほどは、今でもダイビングをすれば見ることができ、浅いエリアに沈んでいる何隻かは、スノーケルでも見ることができます。


今年は戦後 70年。


ちきりんブログでは、いつも秋に行っているツイッター上のソーシャルブックリーディングを、今年は 8月の上旬 6日から 9日あたりに行います。

課題本については戦争に関するフィクション、ノンフィクションを含め、複数冊、できるだけ早めに指定したいと思っています。


変な人が寄ってきがちという理由で、こういうセンシティブなテーマを取り上げることには今まで躊躇していたのですが、

海に沈んだ船を見たことで(言うまでもなく、沈んだのは船だけではありません。多くの人間もまた、一緒に沈んでいったのです)、

「今年はやっぱりこのテーマでやろう」と決めました。


これを機に、あの戦争って何だったのか、自分も考えてみたいという方。ぜひ一緒に本を読みましょう。


そんじゃーね!


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2015-05-20 自然はマジで体に悪い

私は年に一度(時には二度)ほど、南の島に 10日間くらい滞在します。

海は大好きなのでホントはもっと頻繁に、そして長く行きたいとも思うけど、それを躊躇させる理由が、「自然は体に悪い」ってことです。


自然って体にいいと思ってます?


もしあなたがそう思ってるとしたら、

それはたぶん自然じゃなくて、自然派というラベルが貼られた人工物だと思います。

もしくは「人間の技術の結晶としての自然」であって、いわゆる「あるがまま」の自然じゃない可能性が高いです。


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↑大海原にぽっかり浮かぶ、椰子の木 3本しかない半径 5メートルほどの無人島に上陸。島全体が珊瑚で出来てます


自然の何が体に悪いって、まず最悪なのが紫外線。

日焼けで肌はボロボロになり、将来のシミだらけ肌の原因になります。

顔だけはいつも気合いを入れて“日焼け止め”(=人間の技術が生みだした商品で)プロテクトするのですが、

10日間も自然の中にいると、露出しがちな手の甲や、毛髪、頭の地肌が受けるダメージは計り知れません。


地上なら帽子をかぶればいいのだけど、泳いでいる間、後頭部はずっと紫外線にさらされていて、南の島から戻った後はいつも、ほんとーにヒドイことになってます。

位置的に自分では見えませんが、アタマの地肌が日焼けして皮がむけることもあるし、髪の毛は驚くほどパサパサに。。。。

もちろん目にも良くなくて、紫外線は白内障のリスクを大きく高めるし、皮膚ガンにも影響する。


自然って最悪です。


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↑残留日本兵の横井庄一さんが 28年間暮らしてきたジャングルの近く


紫外線の次にヤバイのが海水です。

1日に 4時間も 5時間も塩水の中にいるのが、どんだけ体に悪いのやら。

想像がつかないという方は、お風呂に大量の塩を放り込んで、一週間、毎日 4時間、そのバスタブに浸かってみてください。つぶ塩エステとはワケが違います。

特に私はもともとアレルギー体質で、まぶたとか、肘の裏など弱い部分の皮膚がよくかぶれるのだけど、それらも一気に悪化して、「大丈夫なのか!?」みたいな状況になります。


さらに虫。

自然の中にいると、常にどこもかしこも虫に噛まれてます。

食事中は足下を集中的にやられ、ビーチで寝ているときも、ベッドで寝ている時も、顔から首から腕まであちこち喰われて痒くて痒くて痒くてたまらず掻きむしって血が出て・・・ 

10日間も自然の中にいると、手も足も掻きむしった跡がたくさん点在し、めっちゃ汚くなります。

最悪でしょ?


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↑海の中だよ!


海の中でも得体の知れない生物に足を噛まれたり、粘液みたいなのを噴射されたり、うっかり触ってしまった植物にかぶれて湿疹が出たりとあらゆるトラブルが起こります。

その上、自然の中にいると生傷が絶えません。浜辺では珊瑚のカケラで足を切るし、船の上では滑って膝を打つし、現地の果物をアーミーナイフで切ろうとして指を切るし。


泳いでいる時も、波に煽られて岩にぶつかったり、ボートの底に頭をぶつけて(泳いでる最中に!!)失神しそうになったり・・・。

その時点では気が付かなくても、夜、ホテルに戻ってシャワーを浴びてると、あちこち痛いわ内出血してるわで、ビビります。

もうね。自然ってほんとーに体に良くないんです。


だから私は、自然の中にいるのはせいぜい年に 2回、それぞれ 10日間くらいまでにしています。

それ以外の 345日は、人間の知恵と技術が作り上げた、自然から遠く離れた快適な環境で、ゆっくり人生を楽しみたい所存でございます。


そんじゃーね。


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本日の写真は先日訪れたトラック諸島(チューク州)とグアムにて撮影したもの


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2015-05-16 「親の雑誌」がもつ価値みっつ

<前回までのエントリ>

第一回 「話し相手を雇う時代へ」

第二回 「赤の他人と話す価値」

第三回 「“ちょっとしたバイト”から高スキル人材へ」


ここまで「週に何度か、電話で話すこと」を商品として売っている 株式会社こころみの“つながりプラス” について書いてきましたが、今日は同社が先日始めた新事業についてです。

新サービスの名は、「親の雑誌」  サイトでは“親史”という言葉も使われてます。


私も先日の訪問時に実物を見せていただいたのですが ↓

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最初の訪問時や、週に 2回の電話会話で、引退した親御さんに自分の人生を語ってもらい、それを写真付きの雑誌に仕上げるというサービスです。

中身はこんな感じ。薄い雑誌ですが、なかなか本格的です↓

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この新サービス、私は 3つの点でとても価値があると思いました。

まずはコレ、引退した高齢者に、ふたたび「やるべきコト」を与えてくれるんです。


下記は 『ゆるく考えよう』 という本にも掲載したグラフですが、

私たちが人生でやることは 3つに分かれていて、下図のように、それぞれの構成比が年代ごとに変化するんです。

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つまり一般的には、年を取るにつれ「やる必要のあること」と「やりたいこと」が減り、「ヒマだからやっていること」が増加してしまう。

これが、生きがいや日々の生活のハリが感じられなくなる原因です。定年を迎えたお父さんとか、子供が独立した直後のお母さんなど、このバランスの急激な変化に巧く適応できず、戸惑う人が世の中にはたくさんいます。


そんな中、「自分の人生をまとめて雑誌を作る!」というミッションが与えられれば、もう一度「やりたいこと」や「やる必要のあること」を取り戻せるかもしれない。

そこが、このサービスの大きな価値だろうと思うのです。


今でも、自費出版や協力出版という形で、数十万円から数百万円ものお金を払って、自叙伝を作る高齢者がいます。

でもそれだと、「そんな多額のお金はないし・・・」「文章を書くのも苦手だし・・・」って人には難しい。それが、「話すだけで雑誌になる。しかも 5万円ぽっきり」となれば、記念にやってみたい人も多いのでは?


ちなみに、似て非なる(でも有望な)ビジネスとして、

子供の成長を記録した膨大な量の写真や映像と、何十年間も保管してきた小さい頃の子供の絵や作文などをとりまとめて一冊の本を創ってあげる」+「素材としての写真や作文は心置きなく断捨離してあげる」

というサービスも、めっちゃニーズ高そうですね。。。


★★★


「親の雑誌」がもつ二番目の意義は、これをたくさんの人が作るようになったら、「生き方のデータベースができる」ってことです。

私は過去に、こういうエントリを書いてるんですけど ↓

「ネット上に超クールな“職業データベース”が出来つつある!」

これの「人生の総集編バージョン」として、多彩な人の人生についてサクッと読める冊子がある程度の量、蓄積されると(そしてネットにアップされると)、時代考証的な価値がでてくると思うんですよね。


たとえば、私は 1970年頃の(日本がテロ国家だった)時代にとても関心があるのですが、

実際のところ、その時代を人がどう生きてきたのか、わかる資料はなかなかありません。


こういう時代に関して本を書いているのは、バリバリの活動家だった人ばかりだから、ごく普通のノンポリの学生さんが、そんな時代にどう生きていたのか、ってことを知るのは、とても難しいんです。

でも、今から「親の雑誌」を書く人って、大半は活動家だったわけでもなく、普通にその時代に学生だったり、働き盛りだったりした人なわけでしょ?

そういう「特殊な時代の普通の人」の人生をリアルに見られるデータベースって、すごく貴重なんじゃないかな。


将来ちきりんの世代がそういう雑誌を残し始めたら、「バブル時代ってどんな時代だったのか」、バブルを知らない世代の人にも伝えられるだろうし、もっと上の世代の人の「人生の雑誌」が作られたら、終戦直後や、前回の東京オリンピックの頃を生きた人の軌跡がたどれる。

もっと言えば、中国でそういう雑誌が作られるようになれば、「文化大革命って、つまり何だったのか?」ってことも伝わるようになるでしょ。

壮大な(=非現実的な)話をしてるのは重々承知ですが、こういう「特別なコトをしてきたわけではなく、かつ、自分で文章を書く能力も意思もない」という人の人生のデータベースこそが、歴史の記録としては、ほんとーに貴重だと(私は)思っているんです。


それにね。最初の話に戻れば、「そういう意義があるプロジェクトなんです!」って言えたら、話をする高齢者にとっても、より強く「やるべきコト感」が持てるでしょ?


★★★


「親の雑誌」の最後の意義は、“つながりプラス”みたいな電話サービスの導入に、すごくよい「建前」を与えてくれる、というコトです。

先日のエントリを読んだ人の中には、一瞬「自分の親にもコレいいかも?」と思いながら、次の瞬間には、「いや無理無理。うちの親は絶対こんなのやりたがらないから」って感じた人がたくさんいるはず。


人間ってのは、高齢になって子供に「寂しいでしょ? 毎日つまんないでしょ? だからお金を払って誰かと会話しましょう」とか言われても、なかなか素直に受け入れられるもんではありません。

実際にサービスを受け始めてみたら、週に二回、誰かが電話をかけてくれるということが、自分にどれほど大きな価値を与えてくれるのか、心から理解できるという人でも、

サービス開始前には「そんなもん要らん!」、「お金がもったいない」、「他人と話すことなんかない」などと言い張るのが人間の常なんです。


ところが、「オヤジ! 古希のお祝いに自分史サービスを申し込んでおいたよ。週に二回、電話で話すだけだから、気軽にやってね。できあがったら息子(本人から見て孫)にも読ませたいし!」みたいに伝えられたら? 

親側も格段に受け入れやすくなるし、子供の方も気軽に勧めやすくなるでしょ?

つまりコレ、「電話会話サービスの、極めて健全で受け入れやすい“導入の建前”としての価値」が、ものすごく大きいんだよね。


「定期的に会話する」みたいなサービスには、これからの超高齢化社会において、大きな価値があることは明白です。

唯一、最初の導入ハードルの高さがチャレンジだったはずなので、「親の雑誌」は巧くその部分をカバーしてくれる。

あと、 ネーミングが「親の雑誌」ってのもおもしろい。これって完全に子供目線の名前だもん。親(本人)目線なら「俺の雑誌」になるはず。


★★★


というわけで訪問した“こころみ”のオフィスは、社長のデスクに段ボールがデーンと載ってるなど、「いかにも立ち上げたばかりの会社」って感じでしたが、いろいろお話しを伺って、私もとても勉強になりました。

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この分野は有望であると同時に、ものすごいたくさんの企業が目を付けている分野でもあります。

おそらくこれからは、全国にネットワークを持つ日本郵政やヤマト運輸、コンビニやイオングループ、タブレット関係企業(アップル、IBM, NEC 富士通など)やロボット関連企業(グーグルやソフトバンクなど)にセコムまで、様々な業界から「高齢者と日常的に話したり、触れあうビジネス」への参入が相次ぐでしょう。

そんな中、社員数人の会社にどんな価値が提供できて、どう成長していけるのか。その道を見つけるのは簡単ではないと思うけど、ぜひ頑張って欲しいです!


そんじゃーねー



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 <上記グラフに関する過去エントリ>

  ・http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20061012

  ・http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20061013

  ・http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20061014


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/

2015-05-12 “ちょっとしたバイト”から高スキル人材へ

<前回までのエントリ>

第一回 「話し相手を雇う時代へ」

第二回 「赤の他人と話す価値」


“こころみ”のサービスで 鍵となるのが、“コミュニケーター”と呼ばれる人達です。

自宅で、しかも隙間時間にできる仕事なので、子育て中の主婦や、わざわざ外に働きに出たくない人向けの“ちょっとしたアルバイト”にも見えるこの仕事、

実は、高度なスキルをもつプロフェッショナル人材になれる可能性もある分野です。


というのも、単身高齢者との会話であれば、

・認知症や“うつ”の症状が進んでいないか

・大病にもつながる体の不調を感じていないか

・きちんと栄養を取っているか

・オレオレ詐欺や押し買い、高額商品の訪問販売や不要なリフォーム業者などからのアプローチを受けていないか

などを、なにげない会話から巧く拾い上げられるコミュニケーターがいれば、

その人を“指名”して自分の親への電話を担当して貰いたい(もちろん指名料金を払う!)と考える人や、

そういう人を雇って、地域の高齢者の見守り事業を始めようと考える自治体も現れるからです

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(株式会社こころみの資料。以下、当エントリの画像はすべて同ソース)


また、会社側が専門のコミュニケーターを雇い、その人が、うつ病で休職する社員に定期的に電話をし、いろんな話を聞きだして、

(今の“こころみ”のサービスで行われているように)その会話をすべて文章で保存するという制度を、企業が福利厚生策の一環として導入すれば?


産業医(会社の顧問医師)がその会話内容を見て、病気の素となった職場要因を見極めたり、復帰のベストタイミングを推し量ったりするのに役立つし、

さらには、復帰後も定期的に同じコミュニケーターと話すことで、再発の可能性を最小化できそうでしょ?


こうなってくると、巧く話を聞き出せるハイスキルなコミュニケーターを、自社専属(もしくは社員)として雇いたいと考える企業も出てくるんじゃないかな。

だってね。メンタルヘルス問題で休職する社員がひとり現れると、企業側にはものすごい大きな負担がのしかかるんです。

それを少しでも減らせるなら、正社員レベルの年収を払ってでも、優秀なコミュニケーターを雇いたいと考える大企業ってありそうだと思うのよね。


他にも、不登校になってしまった傷つきやすい中高生に、定期的に電話で話し、巧く本音を引き出せるコミュニケーターや、

明らかに様子がおかしいのに、何があったのか、親が聞いても何も言わない我が子から、イジメられている実態を聞き出せるコミュニケーターなど、

特定分野における「話させる」スキルが高いコミュニケーターは、引く手あまたになりそう。


それ以外でも、何年も引きこもっている 30代や 40代の人、育児うつに陥りそうなお母さん、家族の介護で精神的にも肉体的にも疲弊してしまった人など、

「誰かが週に数度、自分の話を聞いてくれるだけで救われる!」

って人はたくさんいる。

それぞれに「この分野は、あのコミュニケーターが得意です!」みたいな専門分野が確立できたら、高度なプロフェッショナル職業として認知されそう。

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ここで重要になるのが、“こころみ”がこのサービスを介護保険の外で始めた、ということです。

というのも、介護保険を含め社会福祉の世界では、サービスを提供する人が初心者でも、反対に超がつくベテランでも、支払われる報酬が同一だからね。


福祉系の報酬は、食事補助ならいくら、入浴介助ならいくら、みたいに行為ごとに決まっていて、担当者のスキルがどんだけ高くても、給料が大きく上がるわけではありません。

だから若いうちはいいけれど、一定の年齢になると「こんな給与では家庭も持てない。子供の教育費も出せない」となって、離職する人が介護業界にはたくさんいるわけです。

そりゃーそうよね。努力しても、技術レベルが高くなっても、全く報われない制度で、何十年も働き続けるのってつらすぎる。


ところが、介護保険が適用されない純粋な民間サービスであれば、スキルの高い人は、相応の報酬を得ることが可能になります。

マーケット感覚を働かせ、自分が一番得意な分野に特化し(=自分の価値が最大化される市場を探し)、そこでの実績を積み重ねてきちんとアピールすれば、それなりの収入を得ることができるでしょう。


自分の娘や息子が何年も不登校で引きこもっていたのに、とあるコミュニケーターの人にお願いしたら、一年後には家族と話をするようになり、二年後には数人の友達と話すまでになった、となれば、

親が感じる“価値”は、どれほど大きいことか。相当額の謝礼や成功報酬を払っても「まったく高くはない」と感じる人もいるでしょう。


育児うつや介護うつに“なりそう”と不安に感じた人が、自分で申し込んで、特定のコミュニケーターを雇うことだってありえます。

そういう時も、お金に余裕のある家庭なら「少々高くても自分にあった人を」と考えるはずです。だってこういう時って、みんな本当にせっぱつまっているのですから。


つまりね。

この仕事を、「誰かの話を聞いてあげるだけの簡単なお仕事」と考えるか、そこにプロフェッショナルとしてのスキル確立の可能性があると考えるか、マーケット感覚って、そこを見極める力なわけです。


もっと言えばこの仕事に限らず、どんな単純作業に見えるバイトでも、

それが「ちょっとしたバイト」にしか見えないか、

もしくは「ハイスキル・キャリアへの入り口」だとわかるか、

その分かれ道が、マーケット感覚の有無だということなんだよね。


みんな(マジで)マーケット感覚を身につけよう!



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そんじゃーね!


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2015-05-08 赤の他人と話す価値

<前回までのエントリ>

第一回 「話し相手を雇う時代へ」


“こころみ”の「つながりプラス」というサービスでは、高齢の親が何かについて「自分の娘や息子には話さないのに、赤の他人であるコミュニケーターには話す」ということがよくあるそうです。

しかも息子や娘は、必ずしも親と疎遠なわけではありません。


母親のためにこのサービスを利用していたある息子さんは、「このところずっと腰が痛くて」という母の言葉を、コミュニケーターの会話書き起こし文の中に見つけてびっくりしたそうです。

なぜなら彼は、その直前の週末に実家に帰省していたからです。そして丸二日、母親と過ごしたにも関わらず、母の腰が痛いなんてことには気が付かなかったと・・・。


おそらく親側が、「腰が痛いなんていうと、心配を掛ける」もしくは、「病院に連れて行かれてややこしい」などと考えたからでしょう。

こういう「身内には言えないけれど、見知らぬ人にならポロリと漏らしてしまうかも」ってことは、高齢者じゃなくてもたくさんあるんです。


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(株式会社こころみの資料。以下、当エントリの画像はすべて同ソース)


大学を出たばかりの若者が過酷な条件の職場で働くことになり、過労で“うつ”になったり、ひどい場合は自殺してしまったり、という事があります。

こういうケースでも、本人が素直に弱音を吐け、かつ、客観的にアドバイスできる人が近くにいたなら、難を逃れられた場合も多いはずです。


でも、本人は簡単には弱音を吐きません。なぜなら、

「同期入社のみんなも全く同じ条件なのに頑張っている」し、

「お金を稼ぐというのは大変なことで、つらいのは当たり前だ」と思い込んでいるから、

他社に就職した大学時代の友人にも本音が話せないのです。


親に話せば、「甘えている」「せっかく就職できたのだから、もうちょっと頑張れ」と言われるか、

反対に「とんでもない職場だ。俺が上司に直談判してやる!」「そんな会社、スグ辞めろ!!」と言われるかのいずれかとなり、

どちらの場合でもなんの助けにもならない、と思うのでしょう。

もしくは、「親に心配をかけたくない」と思う心優しい子供もいるはずです。

こうして誰にも弱音を吐けず、必死で頑張っているうちに、心と体を壊してしまう。そういうことは若い人にもよく起こっています。


こういった若者に関しても、“こころみ”のコミュニケーターのように、「親でも子でも友達でもない」他人が、週に 2回、10分間、定期的に話をしてくれていたら、どうだったでしょう?

自分の人生になんの関わりも持たないその人には、

「あまりにつらすぎる」と本音を漏らし、

「スグにでも辞めたいけど、そんなことしたら私はもうどこにも就職できないかもしれない。それが怖い」

などと話しながら、気兼ねなく泣くこともできたのではないでしょうか?


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孤独というとひとりぐらしの高齢者とか、友人が少なく、内省的で引きこもりがちな単身者が陥りやすい状況、と思われるかもしれませんが、

妻や子をもつ男性にとっても、「他人と話すこと」の価値は極めて大きい場合があります。


ドラマの中では時々、リストラされたことを家族に知られまいと、毎朝スーツを着て出掛けるサラリーマン男性が出てきます。

それほど(=解雇されたことを隠すほど)極端でなくても、会社での失敗、上司からの叱責、後輩が自分を追い抜いて出世したこと、などについて、妻に包み隠さず話せている、という男性ばかりではありません。


特に、子供が生まれたばかりなど、父親としての責任を痛感している時期なら尚のこと、簡単に弱音は吐けません。

「自分の不安や心配をあからさまに共有し、家族まで不安にさせるなんてとんでもない。これは自分でなんとかすべきことだ」と考える男性も多いのです。


そんな気持ちの男性にも、週に 2回、10分間、話を聞いてくれる「誰か」がいたら? 

キャバクラに通って同じ効果を求めるよりは遙かに安く付くし、そんな息抜きさえしない生真面目な男性にとっても、大きな救いになるのではないでしょうか?


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多くの人は、「孤独から救ってくれるのは、何でもわかり合える友人であり、パートナーであり、親子などの家族だ」と考えています。

「お金を受け取り、仕事として話を聞いてくれる人が、孤独を癒やせたりはしない」と思っています。


でも、不幸にも過労死が起こり、親や妻が怒って会社を訴える例を見てもわかるように、疲れ切って死まで選ぶような人にも、自分のことを心から心配してくれる身近な家族がいたわけです。

それなのに、彼らは救われていない。


なぜでしょう?


なぜ、彼らは家族に心のすべてを見せ、救いを求められなかったのでしょうか?


家族とはいえ、心からわかりあえていなかったから、ではありません。

寧ろ反対ですよね。家族があまりに大切だから、話せなかったこともあるのです。


お金を払って話を聞いてもらうことを、友達も少なく、家族もいない淋しい人のためのサービスだと考えると、本質を見誤ります。

人には「大事な人には言えない」ことがあるのです。これからも長く、お互いの人生において関わっていくことが確定している人には、安易に話してしまえない、そういうコトがあるのです。


だからこそ、「誰か知らない聞き手」が必要になる。

赤の他人だからこそ、人を救えることがある。


お金を払って誰か知らない人と話す機会を確保することの価値は、私たちが想像するより、遙かに大きいのかもしれません。


そんじゃーね。


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2015-05-02 話し相手を雇う時代へ

新刊 『 マーケット感覚を身につけよう 』 の中で私は、「今はまだ売られていない=市場で取引されていない潜在的な“価値”に気が付くことができれば、新しいビジネスにつながる」と書きました。

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潜在的な価値の例としては、「部屋を一緒に片付けてくれる」(←勝手に掃除して、ゴミを捨ててくれるサービスではなく、不要品を捨てる決断を一緒にしてくれる)とか、「うなずきながら話をきいてくれる」(←何かアドバイスをくれるわけではない)などを挙げたわけですが、

なんと、「まさにその価値を提供すべく、会社を立ち上げました!」というご連絡をいただいたので。取材に行ってきました。

その会社は、1年ちょっと前に神山晃男さん(左・代表取締役)が立ち上げた株式会社「こころみ」で、今回は同氏と、取締役の早川次郎さんにお話しを伺っています。


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下記はあたしの本にも載せたグラフなんですけど、高齢ひとり暮らしの人って「何日も、誰とも話してない」みたいな人がたくさんいるんです。

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こんなんじゃ心の健康を保つのも難しくなるし、離れて住む子供にとっても、ひとり暮らしの親が寂しく引きこもっていては気がかりですよね。


そこで「こころみ」では、毎週 2回、契約者の自宅に電話をし、毎回 10分程度、何気ない会話をする(というか、話を聞いてくれる)というサービスを提供しています。(「つながりプラス」 月額 8000円ほど

電話をかけてくるのは決まった担当者(二人一組のどちらか)で、しかも、初回契約時には自宅(もしくは自宅近くの指定の場所)まで訪れて、本人とリアルな面識を作ってからのサービス提供となるので、人見知りな性格の方でも安心というわけ。


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といっても多くの場合、契約者は離れて住む子供(夫婦)で、つまりこれ、一種の見守りサービスでもあるわけです。

すでに成人した子供にとって、自分の父親や母親に週 2回、電話をかけて、話をきいてあげるって、案外難しいんです。

共通の話題もないし、価値観も違う、相手の人生や生活のこともよくわからない。忙しい中、週 2回も電話して、前回と同じ話ばかり聞かされたりしたら、どう反応していいのか戸惑うばかり。


とはいえ、自分が親になればわかるけど、これまで自分をどれだけの愛情をもって育ててくれたかと考えれば、年に数度しか連絡しないまま放置するのも「ヒトとしてどーなのか?」とも思う・・・でしょ?

だからこそ、そんな気持ち につけ込んだ を深く理解する(=マーケット感覚に溢れる)人気ブロガーに勧められ、高級パジャマをプレゼントすることで、少しでも罪滅ぼしをしたいと考える人も多いわけです。


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もちろん子供側だけではなく、週に 2回かかってくる電話は、高齢者側にも大きな価値を提供できます。

自分の言うことを熱心に聞いてくれる人がいるというのは、年齢に拘わらずとても嬉しいことのはず。(←ブログを誰かが読んでくれたら嬉しいのと同じ)


人間は、他者から関心を持たれることで存在意義を感じ、自信を得られるし、孤独からも解放される。月々 8000円ほど(ジムに通う経費くらい?)でそんな効果があるのなら、安いもんじゃない?

しかも、親って幾つになっても子供に心配を掛けたくないと考えるから、体調が悪くなっても案外、子供には何もいわないんだよね。それが、親身に話を聞いてくれるコミュニケーターにはポロッと本音を漏らす。

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実はこの「こころみ」のサービスでは、週 2回の電話の会話内容はすべて書き起こされ、その日のうちに依頼主の子供がネットで確認できるんです。だから、

「最近、腰が痛い」 「食欲がなくて」 「目の前がかすれてる」 ・・・みたいな、病気の前兆かもと疑われるような話も、子供側で瞬時に把握できる。

押し売りや押し買い、オレオレ詐欺的なアプローチがあった場合も気がつきやすくなるだろうし、数回かけ直しても電話がつながらなかった場合は、子供側にその情報が知らされるから万一の時も早期に対応がとりやすい。


考えれば考えるほど、いろいろメリットがありそうなサービスですよね。


「アプリやウェブサービスと違って、メディアで取り上げられたからってスグに利用者の増えるサービスではないけれど、1回、利用が始まると、止めたいと言われるお客様がほとんどいらっしゃらないサービスでもあるんです」と神山さん。

なるほどそうかも。

始める前、高齢者側は「自分は元気だから、そんなの要らない」みたいに言う人も多いそうだけど、やってみると思った以上に嬉しいんだと思う。「今ではすっかり週に 2回の電話が楽しみになって!」みたいな人もいるんじゃないかな。


ちなみにこのサービス、高齢者向け専用サービスみたいに見えるけど、本質的には「孤独を無くす」というビジョンをもっての起業だから、必ずしも高齢者だけをターゲットにしてるわけでもないらしい。

確かにね。

孤独を無くす特効薬は「コミュニケーション」しかないんだよね。高齢者だろうと若者だろうと。


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というわけで、他にもいろいろ面白いお話しが聞けたので、この会社とそのサービスについて、いろいろ書いてみたいと思います!


そんじゃーね


→ “こころみ”のサービスサイト 「つながりプラス」

  (今ならキャンペーン価格=月 3000円で試してみられるらしい)


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