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Chikirinの日記 RSSフィード

2015-06-14 国と個人

国と個人の関係は、歴史に規定されます。

日本人が国にたいして極めて大きな信頼をおいているのは、過去において政府が(概ね)個人にとって「頼りがいのある存在」だったからでしょう。


日本ではときに、「個人は国のために存在するとでも思ってるのかな?」とさえ感じます。

昔は「お国のために死ぬ」ことが美化されてたし、最近でも「年金制度が破綻するから少子化対策をすべき!」みたいな論調があります。


私は、「個人が幸せになるために国があるのに、国が繁栄するために個人に子供産め!みたいなこと言うのって、本末転倒」と考えてるわけですが、

自由な個人生活より年金制度の方が大事だと(本気で)思っている人も、いそうだし、

何かあるとすぐに国の責任を問うたり、制度を改正しろ、国が取り締まれ! と求めるのも、裏返せば「国とはしっかりしていて当たり前」と考えているからですよね。


国への信頼感が低い場合、国民は、

・金の現物を保有する、もしくは、ドル札を持ち歩く (最近ならビットコイン?)

・家族や親戚の誰かを、海外に住ませる

・海外の金融機関に預金をする

・自国の新聞を読まない(メディアは国家の広報誌だと思われているので)

・国を相手に訴えたり、国の制度にたいしてアレコレ議論したりしない

のですが、いずれも日本人には当てはまりません。

日本では金やドルを買う場合でも、何の疑問も持たずに取引仲介会社や銀行口座に置いてる(=自国の金融制度を信じてる)ので、結局は「お上」を全面的に信じているわけです。


途上国や内戦の多い国では、身なりは貧しいのに、金の指輪やネックレスを付けてる人も目立ちます。

彼らは、国家も金融制度(銀行)も信じておらず、「いつでも身一つで海外に逃げる覚悟」を持ってるおり、小金がたまると(貯金なんてせず)せっせと金のアクセサリーを買うのです。


★★★


今年 5月に チューク諸島(ミクロネシア連邦のチューク州) を訪れたとき、国と個人の関係について考えさせられました。

チューク州の人口は、200以上の全部の島を合わせても 5万人ほど、最大の島であるワーロでも 1万 5千人ほどしかいません。現地在住 30年近いガイドさんの説明に寄れば、


・現地の人の多くは、生まれてから死ぬまで、一度もチューク州を出ない

・だから住民登録も戸籍もパスポートも必要ない


・義務教育はあるが、教育を受けても受けなくても生活が変わらないので学校に行かない子も多いし、親も、子供を学校に行かせる意義を感じない。だから読み書きができない子も珍しくない。


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(本エントリの写真はすべて2015年5月にチュークにて撮影)


・南国なので、タロイモや果物などが(人間が手を入れなくても)どんどん育つ。それを食べていれば、現金収入は不要

・当然、一生に一度も税金を払わない人も多い。(現金収入がなければ、税金を払う必要も無い)

・現地の人には働く慣習がないので、ホテルや官公庁のビルを建てるときは、フィリピンなどから労働者を連れてくる。現地人の職を奪っているのではなく、島にはそんな仕事ができる人はいない。


・なので、大人でも働いてない人がたくさんいる。てか、継続的に働いてる人は、それだけでスゴイと思われてる。

・ただし働くといっても、週に数日、一日に数時間ほど

・観光客向けのホテルで働けば、ドルでチップがもらえるので、それだけ働けば十分

・というか、島には何も売ってないので、そんな無用に現金を稼いでも意味が無い


・多くの人が 10人から 20人くらいの大家族(親戚一同)で、雨露が防げる程度のトタン壁の家や洞穴に住んでいる

・家は洞穴を利用したり、植民地時代の家を利用したり、その辺で集めてきた材料を使って、家族や近所の人で組み立てる(?)ので、ほとんどお金は要らない。(土地は国から貸与)


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・思春期になった男女には自然と子供ができるが、大家族の中で育てるので、「どの子が誰の子供か」という意識が薄い。大家族の中には常に幼い子供が何人かいるので、みんなで育ててる、という感じ。

・「日本では子育てにお金がかかる」と言っても、おそらく誰も(どういう意味なのか)理解できないと思われる。


・子供も大人も一日中、遊んだり、おしゃべりしたり、散歩したりして過ごす。一生ぜんぶがそういう感じ。

・趣味とか、生きがいとか、目標という概念もない。

・一生に一冊も本を読まない人も多い。

・教会は身近な存在。祈ったり、結婚や葬式をするし、なけなしの募金もする。


教会↓

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・20人もの家族で住んでいると、誰かひとりくらいは料理が得意だし、別の人は大工仕事が得意、子供好きで(自分の子じゃなくても)育児を進んで担当する子もいれば、高齢者や病人に優しく接する子供もひとりくらいはいるので、国が育児支援や介護制度を整備する必要はまったくない。


・電気の来てない家が多いので、冷蔵庫やテレビなどはない。洋服もひとり二枚とかで、そもそも所有物の量が少ない。 (なのに歩きスマホしてる若い子がいるんだけどね)

・ゴミという概念もない。モノが少ないのでゴミは出ない。今要らないモノも、その辺に放っておけば、そのうち何かに使えたりするので、捨てる必要は無い。

・つまり「今使わないモノがその辺に放置されている」だけ。私たちが見ればゴミに見えるが、ゴミではない。

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・町には数件のお店があるが、売っているのは食べ物(魚や調味料など)と消耗品(洗剤、紙など)くらい。

・アルコールは、観光客は飲めるが、現地の人が飲むのは禁止されてる時期もあったし、あまり好ましくないとされている。現金も必要なので、「飲みに行く」という概念はない。


・何かが壊れても、修理に必要なパーツが手に入らないので、壊れたものは壊れた場所で放置される。(島のアチコチに動かなくなった中古車が放置されてる)

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・たまに大家族の中から、「海外で勉強したい、働きたい」という人がでてくる。すると、パスポートを取って海外に行く。

・その子が飛行機で 2時間ほど離れたグアムのホテルスタッフとして働けば、アメリカ人としての給与がもらえる。

・その子が家族に一ヶ月 10万円の仕送りをすると、家族一同( 20人とか)はまったく働く必要が無い。そういう子が、家族の中で( 30年にひとり現れれば!)後は誰も働かなくてもいい。

・ときには出稼ぎにいった兄が、妹にスマホを買ってあげたりする。(これが歩きスマホの子供がいる理由)


・貯金という概念はないので、仕送りで得たお金はさっさと使う。そもそも誰も銀行口座なんて持ってない。

・「将来、お金が必要になる」という発想も無いし、実際チュークでは、そんなものが必要になることはない。


・電話も電気もすべてプリペイド方式。電気が使いたい場合、最初に「電気代」を払って、その代金の分だけ電気が使える。「最初に使って、後から料金徴収」なんて方式では、誰もお金を払わない。

・雨が多いので、家のそばにデカイ瓶を置いとけば、濾過して飲み水に使える。水には困らない。


植民地時代の家を利用した住居。右側の黒いのが、雨水をためるタンク↓。その左にある黒い碑は、日本人兵士の慰霊碑で、これを観せてもらうのに、ひとり 5ドル払う。(彼らにとっての生活費なんでしょう)

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・降水量が日本の倍で、めちゃくちゃ雨が多い。それなのに道の大半が舗装されてないので、多くの道は水たまり(池?)状態でドロドロ&ぐちゃぐちゃ。スゴク歩きにいし、自動車も時速 10キロほどしか出せない。

・が、それらを「問題だ!」「国が何とかすべきだ!」と考える人はいない。

・ていうか、大半の人はこの島以外に行ったことがないので、「道は舗装されているものだ」と思ってないかもだし、自動車が実は時速 100キロで走れる機械なのだってコトも、知らないかもしれない。


・一番いいホテルでさえテレビもうつらないので、ドラマでそういう都会を見ることもないです、

・テレビは自分で設備を整え、毎月お金を払えばアメリカのケーブルテレビ(英語のみ)が見られる。がそんなもん見てる一般住民はいません。英語もわからんし。

・あたしが行ったときは、インターネットどころか普通の電話回線も死んでて、全く日本と連絡がとれませんでした。

・空港にあるネットカフェが唯一、回線がつながっていたらしく、旅行業に携わってる人は(予約メールの確認などのため)毎日、空港まで行ってた。

・世界のどこかで戦争とか起こっても、みんな気が付かないかも。


・税金も払わないし、住民登録もしないし、学校も行かないので、大半の人にとって「国」が自分の人生に関わることはない。

・国という概念を大半の人は(一生の間)ほとんど意識しない。自分たちの人生に関わる唯一の他者は「教会」。


昔の軍壕を利用した地元の人の住居 ↓

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・もちろん貧富の差はある。高位の行政官や政治家、事業で成功している人は、海外にも行くし、お金もある。

・が、そういう人の数は少ないし、自分たちが住んでいる町で贅沢をするわけではない(チューク州には贅沢できる場所はないので、お金は海外で使う)ので、一般の人の目に入らず、したがって「狡い」「ねたましい」という感じにならない。

・たとえば、島の道は未舗装で常にドロドロなので、お金持ちも、ここでいい車を買って乗り回そうとは考えない。だから一般の人から見ても、観光客である私からみても、「すごい貧富の差!」は目に入らない。

・チュークのお金持ちにとっては、贅沢な暮らしとは「島を出て行き、他の場所に住むこと」なのでしょう。


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↑左のトタン屋根の建物が住居。ものすごく眺めのいい場所


・事業をしている人や外国人(大半がダイバー向けの観光業に従事)からは、営業免許や自動車保有税的な形で、税金が徴収されている。

・税金とは、そういう「特殊なコトをする人」から徴収するモノであって、一般国民の、所得や資産や売買から徴収するものではない、と思われてるっぽい。


・しかもそんな税金の額なんてたいした額ではないので、基本的に国が何かをする(予算を組んで道を舗装するなど、インフラを整えて、国作りをする)という概念も薄い。(無い?)

・国がなにかデカイことをするには(たとえば空港を作るとか)、税金でなく国際援助資金が使われる。そのお金で、海外から連れてこられた労働者が工事をする。


・独自の通貨を持たず、米ドルを使っているので、金融政策という概念もない。

・(義務教育制度など)最低限の法律や制度は米国から借りてきてるので、自分たちでルールを決めて国を治めていく、という感じでもない。


・たまーに、スゴク勉強ができる子がいれば、アメリカの大学に進学するケースもあるが、余りにレアケースで現実味がない。また、そういう子は若くして島を出たら戻ってこないので、家族の中でも「そういえば昔そういう子がいた」というレベル。


だそうです。


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どうすか?


個人はともかく政府に関しては、マトモに税金を集め、道路を整備してもっと観光客を呼び、現地の人の仕事や収入を増やせばいいじゃん、と(最初は)考えたのですが、

仕事なんて増えても住民は誰も喜ばないので、意味が無いんですよね。

道はたしかに歩きにくいし、車も時速 10キロでしか進まないけど、毎日暇なのだから、急いで移動する必要もないし。


こういう話を書いてると、ごく自然に「国民」ではなく「住民」と書きたくなる。

あたしがこのミクロネシアの島で感じたのは、「国と個人の関係性」ではなく、「国の不存在」だった。


国なんて存在しなくても人間は生きていけるし、普通に死んでいく。

チュークの人に言わせれば、「ところで国が必要な理由は何ですか?」って感じなのでしょう。ホント、彼らの生活には国なんて必要ない。


てか昔、アメリカと日本という国の戦場にされて大変な目に遭った彼らからすれば、「国なんて戦争するようなモノ、迷惑なだけ」なのかも。



日本ではかって「お国のために死ぬ」なんて無茶な概念さえ、意義あることだとされていました。

今でさえ「日本(という国)が経済大国であること、国際競争力を維持することがスゴク大事だ!」と考えている人はたくさんいる。

教育政策も産業政策も、そういう視点で語られることが多い。


いったい私たちはなんで、そこまで「国」が大事だと思うようになったんだろう?

世代的に、「国が大事」みたいな教育をたくさん受けた記憶もないのにね。


そんなことを感じた、チューク州への旅でした。


そんじゃーね



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