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Chikirinの日記 RSSフィード

2015-08-27 日本の財政基盤が盤石な理由

ギリシャなど他国で財政危機が発生するたび、対GDPの借金比率などを日本と比較し「日本もめちゃ危ない!」的なことを言う人がいます。

オオカミ少年みたいに、何年も前から繰り返し「このままでは日本国債は暴落する。円も無価値になる」と脅し続けてる人もたくさんいます。


まっ、そういうこと言ってる人の大半は、

「だから消費税を上げないとダメ」「だから福祉レベルを落とすのは仕方ない」 と言いたい官僚か、

「だから新興国の投信や通貨に投資しましょう」と勧めたい金融機関だったりするわけですが、

一般の人でも「日本の借金は過大すぎて危ないのでは?」と思ってる人はいますよね。


もちろん私も、規律も際限もなく財政赤字が拡大してもいいとは思わないし、グローバルな金融市場には悪意をもって特定の通貨や債券を狙ってくるファンドもあるので、国債の暴落がありえないとは言いません。

んが、

イザという時、日本ほど金融的にも財政的にも安心な国は他にないとも思っているので、今日はその理由について書いておきます。


★★★


まず、財政赤字を解消する方法としてベストなのは、経済成長して歳入が増えることですが、これが簡単にできればどの国も困りません。

なのでここでは「低成長時代に、多額の財政赤字を解消する方法は?」という前提で考えます。


よく言われるのは「輪転機を回してお札を刷る」という方法です。独自通貨を持たないギリシャには不可能ですが、日本など独自通貨を持つ国ならこの方法もあり得るように見えます。

が、これも現実的じゃないんだよね。


ここ数年、黒田日銀総裁は最大限のお金を市場に供給してるにも拘わらず、インフレターゲットの 2%さえ実現できてないんですよ。

こんな状態の国で、財政赤字をチャラにするほどの高率なインフレなんて、どーやって起こすの??って感じです。


でもいいんです。財政赤字を解決するにはもうひとつ、とても有力な方法があり、日本はそれが簡単にできる国だから。


その方法?


徴税強化です。


★★★


財政赤字は、「税収を上げる」か「支出を減らす」ことで改善します。

支出側は、バラマキ大好きな公明党と、農村と高齢者の票に支えられた自民党が政権をとっている限り減らせません。

でも、

税収を増やすための徴税強化が、日本は他国と比べて圧倒的にやりやすいんです。


なぜだって?


だって日本は、世界でもっとも住みやすい国のひとつだからです。

アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本、と言ってもいいし、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリンやフランクフルト、東京、と言ってもいいのですが、これらの国&都市は、他の国に比べて突出して住みやすいです。

理由は下記

・民主主義かつ法治国家で、

・戦争状態になく

・治安がよく

・衛生状態が良くて空気も水もキレイな上、

・教育や医療などの社会インフラのレベルが世界最高レベルで、

・食や文化の幅広さと奥深さが圧倒的


刺激的でありながら安定が享受でき、多様でありながら秩序だっている。便利でありながら、ものすごく尖ったモノにもアクセスできる・・・

これら先進国の一部の都市は、総合的な住みやすさにおいて他都市とは比べものにならないくらい高い水準にあります。

特にそこで生まれ育った“ネイティブ国民”にとっては、他国に住むのと自分の国に住むのは、決定的に快適さが違います。

また大都市は、お金がある人にとってはパラダイスと言えるほど住みやすいため、富裕層ほど東京の住みやすさ、楽しさ、奥深さ、快適さ、を理解しています。


だから彼らは、少々税金が高くなっても日本を出て行こうとはしません。

日本の大金持ちで、「資産だけ税金の安い他国に移したい」と思っている人はたくさんいますが、「人生の大半を外国で暮らしてでも、払う税金を安くしたい」と思っている人は、非常に少ないんです。


ところが、たとえばギリシャのお金持ちの中には、アテネよりパリに住む方が楽しい、南仏の別荘で暮らしてもなんの問題もない、ニューヨークの方が快適だ、と本気で考えている人がたくさんいます。

だから徴税強化をすると、富裕層の資産がすぐに逃げ出してしまいます。

海外にネットワークを張り巡らせている大金持ちの華僑も同じです。めちゃな税制改正があったら、すぐに拠点を動かしてしまう。


ところが、資産をテクニカルに海外に移すことはできても、「金持ちが実質的な意味で他国に逃げ出す」みたいなことは、日本では起こりません。

しかも「テクニカルな資産の海外移転」は、法律を変えることで大幅に抑止できます。実際、富裕層の課税回避行為の防止については、最近どんどん締め付けが厳しくなっています。

加えて今後はマイナンバーの導入により、隠し預金だってぜんぶ把握されちゃう。だからホントに税金を払いたくないなら、ホントに日本を出て行くしかなくなるんです。


でも、日本の金持ちでそんな覚悟のある人はほぼいない。

「死ぬ前の 10年間だけ海外に在住してたら相続税がゼロになります」と言われても、死ぬ間際の 10年間、自分の国である日本以外の国で過ごしたいお金持ちなんていないんです。


なんたって日本人は、他国に移るための障壁が極めて高い。

ニューヨークやロンドンで生まれ育った人は英語ができるので、日本人に比べて他国への移住が圧倒的に容易です。

フランス人やドイツ人は英米人に比べれば動きにくいけど、それでもユーロ圏内のモノ、人、お金の移動は相当に容易くなりました。

また、欧米のエリート&富裕層は(母国語がなんであれ)非常に高い確率で英語も堪能です。


これに比べ、日本人の場合は、

・日本語は他国では通じない。富裕層の英語力も決して高くない。

・社会慣行も商取引慣行も、食事も文化もまったく他国と異なる

ため、めちゃくちゃ他国に逃げにくい。


これは企業も個人も同じです。

経団連は「法人税が高いと国際競争力が弱まる」と言いますが、イザ、日本が財政破綻するかもという段になって、政府が法人税を 60%に上げたら、これらの企業はすぐさま本社を海外に移せるでしょうか?


P&G と花王では、本社を他国に移せる機動力や決断力は、全く異なっています。トヨタ自動車だって、相当のことが無い限り、中京圏から本社を移すことはできないでしょう。

てか、トヨタ自動車なんて「名古屋より東京の方が法人税が安い」みたいになっても三河から動きそうにない。


だからいざという時(=日本が本気でデフォルトを心配する必要がでてきた時)には、政府には法人税を一気に倍にする、みたいな選択肢があるんです。

もちろん企業の場合、テクニカルな節税方法は今でもたくさんあるし、税率が上がればそういった動きは一層加速します。

でもそれらは、個人が「日本に住みながら、相続税がゼロの国に土地を買う」のと同様、テクニカルな節税方法ばかりです。


さきほども書きましたが、テクニカルな節税は法律改正があれば一気に難しくなります。

結局は、日本国内に本社や研究所を構え、そこでたくさんの人を雇っている限り、政府は企業からいくらでも税金を徴収することが可能なんです。

だからといってテクニカルな節税が難しくなった時、「だったらホントに本社 & 本社の社員をぜんぶ海外に移します」と言える日本企業は、いったいどれだけあるのでしょう?


★★★


さらに日本は、もっとも回避しにくい消費税の上げ余地も大きいんです。

企業や富裕層と比べても、国を逃げ出しにくいのが普通の人。英語もできず、専属の国際税理士もいない。外国なんて住んだこともないという人にとっては、どんだけ所得税や消費税が上がっても・・・海外に引っ越したりできないでしょ?


もし消費税がヨーロッパ並の 25%になったとしましょう。今の 8%の 3倍ですから、消費税収は 17兆円から 51兆円へと 34兆円ほど増加します。

年間の借金は 37兆円だから、これだけで財政の基礎収支はほぼトントンにできる。他税を合わせれば「日本はいざとなればいつでも、財政収支をバランスさせられる」んです。

※参考サイト 平成27年度一般会計の概要


みなさん、消費税が 25% になったら日本を出て行きます? 

どこの国に行く? 家はどーすんの? 仕事は? 他の国で仕事、見つけられる??


もちろんそんなことしたら最初は消費も落ち込みます。

でもね、実際にヨーロッパではみんなそういう消費税率の国で生活してるわけで、25%って決してあり得ない税率でもないんです。

国債暴落の危機とかに直面したら、当然やるべき増税のひとつに過ぎません。


消費税 25%じゃ暮らしていけないって? 

大丈夫。国連が発表する国民の幸福度ランキングで常に上位に入ってる北欧諸国の消費税は、軒並みそのレベルなんだから。

消費税 8%の日本の幸福度が世界 46位で、消費税 25%のデンマークの幸福度が 3位(2015年調査)なのを見ればわかるように、消費税を上げたって国民生活が破綻するわけではありません。


もうちょっと現実的なところでは、固定資産税が倍になったら自分はどうするだろうと考えてみてね。

分譲マンションに住んでる人、持ち家の一戸建てに住んでる人、そうなったら家を売りますか? 売って、賃貸住宅に住み替える? 

アパート経営してる人、そのアパート売ります? ローンの残高が、売却代金より多かったりしない?  


私の予想では、大半の人は黙って粛々と倍になった固定資産税を払い続けると思います。だから固定資産税の収入を倍にするのも日本では全く難しくない。

自国内での分譲マンションから賃貸アパートへの引っ越しさえしたくない人に、海外移住なんて無理でしょ。


税だけじゃありません。会社員&公務員の健康保険料と年金保険料が今の 3倍になったら、会社やめてフリーランスになれますか? 

今より何万円も(年間だと何十万円も)余分に、社会保障費が天引きされてる給与明細を見たらどーする? そっこーで会社辞めたりできる?

組織を離れてフリーランスになるのが怖いような人に、海外移住ができるとは思えないよね。

このように、年金財政だってその気になればいつでも黒字にできるのが日本なんです。ギリシャとは全く違う。


以上、日本という国は世界の他の国とは大きく異なる特徴をもっており、それが、日本が止めどなく借金を増やせる(ようにみえる)理由です。

借金の大きさ(対経済規模比)の国際比較なんてしても、意味はありません。

比べるべきは「徴税強化の容易さ」です。だってそれこそが、日本と他国の決定的な違いなんだから。


必要になれば、消費税も所得税も法人税も固定資産税も相続税も、いくらでも上げられる。

万が一の時、日本ほど財政的に踏ん張りのきく国は他にはなく、日本の財政破綻なんて、まったくもって非現実的な話なのです。


ほんまかいな?


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そんじゃーね!


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2015-08-20 急成長する読書市場

出版不況とか言われてるけど、昔より今の方が読まれる本は増えてるんだよね。

ほら

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※資料: 日本著者販促センター  ブックオフ販売冊数 2013


過去 10年ちょっとの間に書店で売れる本の冊数は年間 1億冊くらい減ってるんだけど、その間に図書館の貸出冊数は 2億冊も増えてるし、ブックオフなど中古店の販売数も 1億冊以上増えてて、

合計すると個人が 1年の間に手にする本の数は、3億冊近く増えてるんです。人口で割っても、一人あたり年間 2.5冊も多くの本を手に取るようになってる。


しかも上のデータには、

・大学など学校図書館の貸出数の伸び

・ヤフーオークションやアマゾン経由の中古本販売数

・電子書籍の販売数

が含まれていないので、それらを入れると個人が手にする本の冊数は、上記グラフよりさらに増えてると思われます。


どう?

すごい増え方じゃない? 

「活字離れ」なんて大嘘な話で、実際にはみんな過去より今の方が、圧倒的にたくさんの文章を読むようになってるんです。


ただし、アマゾンの新品本の販売数は書店での販売数に含まれてるはずなので、日本で 2000年に営業を開始したアマゾンのその後の売上げ増を考えると、既存書店での販売数は、上記ピンクの部分よりさらに減っています。

つまり「新刊本が既存の書店経由で、今までほど売れなくなった」のは事実なんです。

でもそれは、「読書離れ」を意味するわけではまったくありません。読書量は、むしろかなり増えてるんだから。


★★★


ではなぜ皆、こんなによく本を読むようになったのでしょう?


理由1)中古本の流通市場が整備されたから

ブックオフ、アマゾン、ヤフオクなどによって中古販売市場が整備され、圧倒的に手軽な値段で本が手に入るようになったからです。

安いだけではありません。書店の棚からはすぐに消えてしまう「半年前に出た本」が、ブックオフなら長く並んでるのも大きい。


これにより「発売直後に買いそびれた層」の読書意欲が刺激されてるんでしょう。 3ヶ月後にブックオフに「火花」が並んでたら、文芸書にあんまり興味なくても「読んでみようかな」って思うでしょ?

そもそも書店で売れない本はブックオフにも回ってきません。たくさん売れた本しか持ち込まれない。

だからブックオフはごく自然に、「ちょっと前のベストセラー本が揃った店」になる。


それに、神田の古書街を回って絶版本を探すなんて普通の人にはできないけど、アマゾンで絶版本の中古本を探すのは超簡単。

これにより、今までなら手に入らなくて諦めてた本も簡単に読めるようになりました。あたしなんてこの分だけでも年間 2冊くらい読む本が増えてる。


理由2)無料で読める図書館が便利になったから

図書館は蔵書を増やしたりサービスを充実させたりと、どんどん便利になってる上、

退職した高齢者など平日の昼間に図書館に通える人が増え、

子育て世代も昔ほど豊かでないので、子供の本は買わずに借りたいと考える親が増え、

この市場も急拡大。


理由3)魅力的な本が探しやすくなったから

過去 10年で、300坪以上の大型書店数は倍以上に増えました。書店の総坪数も 10年前から 2割増。

つまり、「以前は品揃えの少ない“しょぼい書店”しか近所になかったのに、最近は充実した大型書店が家や職場のすぐ近くにある」時代になった。これは大都市だけでなく地方中核都市でも同じです。

既に終わったような本しか置いてない小型書店では買う気のしなかった人でも、大量の本が並ぶ大型書店を一時間も歩いてると、あれもこれも読みたくなっちゃったりするでしょ? この効果も大きい。


加えて、ブログやフェースブック、読書感想の共有サイトなど、「この本はこんな内容ですよ! おもしろいですよ!」と内容を紹介、勧めてくれる人が急増。

みなさんだってネットを見てて、「この本、俺も私も読んで見たい!」と思う機会が増えてるのでは? これも読書量を増やしてる要因です。


最初に紹介したグラフは 2012年までのデータだから、電子書籍の影響はまだ出ていません。

今後、電子書籍が本格的に普及期すれば、みんなが読む本は更に増えるはず。

当たり前っちゃ当たり前ですが、「本を手に入れるのが簡単になれば、本を読もうとする人は増える」んです。

これ、本以外の商品でもみんな同じ。コンビニがワインを売り始めたり格安ワイン店が増えれば、ワインの消費量は増えるでしょ。


★★★


じゃあなんで「出版不況」かというと、(消費者じゃなくて)供給者側が困ってるからです。


なんで供給者側が困ってるかというと、最大の理由は「品揃えが豊かになったから」

一年間に発売される書籍の点数(商品数)は、直近だと 8万冊くらいなんだけど、これは過去 15年くらいで倍になってます。


ちなみに、商品点数が増えたのは本に限ったことではありません。どんな商品でも、人々の生活が豊かになると商品数は増えます。

たとえば牛乳でも、あたしが子供の頃は各メーカーが一種類ずつ出してるくらいで、「森永にする? それとも雪印?」って感じだったけど、

今や成分無調整乳に低脂肪乳に無脂肪乳に低温殺菌牛乳にカルシウムプラスやら鉄分補給やら、ひとつのメーカーだけでも何種類もの牛乳を売ってるでしょ。


ヨーグルトもプリンも菓子パンもお菓子も、さらに言えば野菜だって種類はめちゃくちゃ増えてます。

洋服や靴やカバンだって「どんだけ?」ってくらいブランドも店も商品数も増えた。 

昔はブーツと言えば黒か茶色のロングブーツくらいしかなかったのに、今や、ムートンブーツにジョッキーブーツにワークブーツにフリンジブーツにスプリングブーツと、どんどん増えてる。


書籍に関しては「取り次ぎの“つなぎ融資機能”が商品数を増やす原因」と指摘され、それも事実ではあるのですが、

なにより基本的に生活が豊かになると、個々人の好みが多様化するから何の市場においても商品点数は急増するものなんです。しかもそれって消費者にとっては「とても良いコト」ですよね。


だってヤじゃん。

商品の種類の少ない市場なんて。

消費者としては、いろんな商品が並んでたほうがいいよね?


でも、みなさんが販売者側だったら? 


商品数が倍になったら、売るのが、めっちゃ大変じゃない?


商売やったことある人なら分かると思いますが、同じ売上額でも商品の種類が倍になったら、販売コストは急増します。

すべて並べるためには倍のスペースが必要となり、その分の家賃だけでも高くなる。陳列や在庫管理や返品の手間だって、商品数が倍になれば激増する=店員はめっちゃ忙しくなり人件費が増える。

8万冊って、毎日毎日 200冊の新刊本が入ってくるってことですからね。書店としては、段ボールを開けて本を取り出し、棚に並べるだけでも一苦労です。


一方のネット書店は、商品数が増えると相対的にはかなり有利になります。だって、どんだけ本が増えても陳列場所が必要になるわけじゃないし、人件費の増加も限定的。探すのも検索で一発。

「欲しい本が決まってる人」「特定の本を探してる人」にとっては、大量の本が溢れてるのに欲しい本が見つけにくいリアル書店より、一秒でその本が見つかるネット書店の方が圧倒的に便利になってしまいました。


加えて商品数が増えると、「どれが売れるか」を見極めて仕入れる眼が必要になる。仕入れ力や販売力が問われる時代になります。

でもね、毎日 200冊も新刊書が運び込まれたら、書店がその中から本を選ぶのは至難の業です。どんだけ人力が必要になることやら。

ところがこれもネット書店の場合、「どれが売れるか、どれがおもしろい本か」という本のセレクション機能は、本のレビューを自発的に書いてくれ、わざわざ自分ちのサイトまでリンクを張ってくれる無数の外部読者やブロガーに任せてしまえばいい。

これは大きな違いだよね。


★★★


書店に加え、著者&編集者も大変な時代になりました。市場規模が同じで商品点数が倍になれば、ひとつの商品の売上数は当然、減ります。

あたしが昔、訪問したソビエト連邦時代のモスクワでは、「冬用の婦人コートは一種類しか売ってない」ような状況でした。

あれが 1年に 100着売れるとしたら、資本主義になって販売されるコートの種類が 10種類になった場合、ひとつのコートの売上げは 10着ずつに減ってしまいます。

旧来のデザイナーやメーカーから見れば、「コートが売れない時代になってしまった・・」って嘆きたくもなるでしょう。だって今までなら 100着売れてたのに、今や 10着しか売れないんだもん。


でもそれって、明らかに「多様な商品が揃う豊かな市場」になったってことだよね? 

商品数が少なかった、共産主義時代の市場のほうがいいと思う?


商品数が多すぎると選べないって? だから「本を売る」ではなく「本を選ぶ手間と眼を売る」ほうがいい時代になってきたよと書いたわけ。


→ キンドル版ページ 

→ 楽天ブックス


結果、出版社はより多くの本を出すことで売上げを維持しようとし、これが更に“多すぎる品揃え”を呼び、年間の出版点数は倍増しました。

でも、10冊の本が 1万冊ずつ売れるより、1冊が 10万冊のベストセラーになったほうが、出版社が儲かるのは自明のこと。(固定費が 10倍違うので)

結局は「たくさんだしても儲からない」という話になる。(アパレルメーカーとかと全く同じことが起こってる)


また、10冊の本が 1万冊ずつ売れる世界では「本が売れないと嘆く著者 10人」が生まれてしまうのに、1冊が 10万冊売れる世界では「本は儲かる!」と考えるベストセラー著者が生まれる。

昔の市場が忘れられない出版社や著者にとっては、「今はほんとーに本が売れない時代」なんです。


んが、

これも消費者目線でみれば、書籍市場は過去 10数年の間に、商品も販売チャネルも多様化し、非常に豊かな市場になったということです。

新刊でも絶版本でも、特定の本を探すのが超容易になったし、どれを読むべきかという情報も手軽に入るようになった。

おかげで、読まれる本の数もぐっと増えた。

めでたしめでたし。


今回は書籍の話でしたが、より売上げが落ちてるといわれる雑誌だって、

メルマガやブログ、メディアサイトのコラムなど、事実上、雑誌記事として読まれてるサイトのページ数を全部合計すれば、

「人が読んでる記事ページ総数」はぜんぜん減ってない、むしろ増えてるって可能性もあるのでは?


もちろん(これも全ての市場に言えることですが)豊かになれば何でも二極化するので、全く読書しない人も増えてるんでしょう。でも、読む人はすごく読むようになってる。

全体として読まれる本の数が増えてきたのは、ほんとーに素晴らしい。


著者の私としても、収入の最大化のためには「全員に書店で新刊本を買って欲しい」と思うけど、

「できるだけたくさんの人に読んで欲しい」という視点から言えば、書店でも売れて欲しいし、図書館でも人気になって欲しいし、ブックオフでも売れ筋になってほしい。

読み終わった私の本を親とか子とか友達とか恋人に、無料で渡して(勧めて)くれるのも嬉しい。


みんな、もっともっと本を読みましょう。


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そんじゃーね。


<関連エントリ>

本と書店の価値を考える参加型イベントをやったよ!


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2015-08-16 富岡製糸場に学ぶ世界に通用する企業の作り方

2014 年に世界遺産登録された群馬県の富岡製糸場に行ってきました。

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→ 富岡製糸場のホームページはこちら


バスツアーで行く人が多いみたいですが、ローカル線好きの私は高崎から上信電鉄で向かいます。

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上信電鉄は無人駅も多いローカル線なのに、富岡製糸場の最寄り駅はいきなり立派!

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駅から徒歩 7分くらいなのですが、100メートル毎に道にこういう案内があるので、迷う人はいないでしょう。

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その道すがらにもレトロな建物がたくさん残ってます。富岡って空襲を受けなかったのかな? てか、むしろ疎開先に近い場所だったのかもしれませんね。

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正面入り口を入ったところ。巨大な倉庫の入り口です。蚕の繭って特定の季節にしかとれないので、一年間それを倉庫に置いといて使うらしい。

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パンフレットを見ればわかりますが、ここ、ものすごくキレイな状態で全体が残ってるんです。

設立当初は官営工場ですが、三井家へ払い下げ、その後は片倉工業が買収して昭和 62年まで操業を続けていました。

操業中止後も同社が最低限のメンテナンスを施してきたことが、歴史的価値の維持につながっているんでしょう。


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花壇なども含め、きれいに整備・維持管理されてます。

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敷地内には、工場以外にも当時の関係者の住居などいろんな建物があるんですが、なんだか昔の学校みたいです。

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こちらが、メインの工場である繰糸場の入り口。

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中はこんな感じ。

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今、建物の中にあるのは、最後の頃(昭和)に片倉工業が導入して使っていた自動機械なので、設立当初のものとは違います。

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明治の頃の操業風景が下記。ずらりと並んだ工女と、上記の自動機械を比べると、明治から昭和にかけ、いかに人間が機械に置き換えられていったか、よくわかる。

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下の絵にあるように、工女らはお湯の入ったボールに浮かぶ数個の繭から一本ずつ細い糸を繰り出し、複数の繭糸を撚り合わせて生糸を作ります。

難しいのは、蚕の糸が順番に終わっていくこと。ひとつの繭からの糸が途切れる寸前に新しい蚕に取り替え、できあがる生糸の太さを維持する必要があるんだけど、これがまた神業みたいな細かい技術なんです。

彼女らはこの作業がすごく得意だったため、生糸の太さが一定に保て、高い品質の生糸が作られたわけです。

日本人女性の手先の細かさと、こういった作業を来る日も来る日も飽きずに続けられる忍耐力が、世界に評価される高品質の生糸を生みだしたのでしょう。


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こちらはその前工程として行われる繭の選別作業。白いのは全部“まゆ”だと思うんですが・・・すごい量ですね。これも大変なお仕事です。

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(これは富岡ではなく岡谷市。このあたり全体が繭の産地だったようです)


体操風景。肩が凝るというか、一日中 細かい作業をやってるわけですから、ストレッチは大事。

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えらい数の工女が働いてたらしい。

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富岡製糸場は明治政府が近代的な殖産興業を目的として作った官営工場で、当時作られた製鉄所など他の官営工場と同様に、欧米から技術者と経営者を招いて建設、経営されました。

富岡の場合はポール・ブリュナー氏(フランス人)が指導者として招かれており、彼の給与は当時の総理大臣クラスだったそうです。

このブリュナー氏が家族と住んだ住居も敷地内にあるんですが、「どんだけ?」っていうくらい巨大な邸宅でびっくりします。

もちろんお手伝いさんもいるし、地下にはワインセラー兼、隠れ部屋(まだ政情不安定だったため?)もあったそうです。


ブリュナ邸(左右とも) ↓ 製糸工場かと思いましたよ。。 こんな広い家に家族 4人で住むってホントに快適なのかな。

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たしかに、まだ電気もないような未開の日本にやってきて(しかも、外国人の多い横浜や神戸ではなく)富岡市に常駐しろと言われたら、相当の待遇でないとフランスからやって来てはくれないですよね。

ブリュナー氏だけでなく、生糸の検査人なども含め、製糸場で要職に就く人はみんな欧米から招いており、(まだ江戸時代が終わってすぐだというのに)彼らの住居には洋式便器まで備えてあげていたとのこと。


結果、富岡で作られたシルクは世界でその高い品質を認められ、大いに成功したわけですが、この成功の秘訣が非常に興味深いものでした。すなわち、

1)経営は海外の優れたリーダーに任せる

どーんと高額の報酬を払ってでも実力者を招く。もちろん要職につく管理職もみんな海外から呼んでしまう。


2)製造担当には、めっちゃ細かい作業を朝から晩まで忍耐強くこなせる日本の労働者を大量に雇う


3)労働者の評価は完全実力主義とする

この3つが富岡製糸場が世界に通用する商品を生み出せた成功のポイントだと思うんですが、これって今でも通用しそうでしょ。

1)と3)が実現できておらず、2)しか持たずに不振にあえいでる日本企業は、富岡製糸場を真似て、さっさと実力主義を導入し、経営を外国人に任せたらいーんじゃないかな?


そもそも経営者ポジションには経営が得意な人を雇うべきであって、「細かい作業に忍耐強く取り組むのが得意でした」って人が出世して就くべきポジションじゃないんだよね。

この点、日本人労働者のスキルや特徴をよく理解し、それにあわせた経営手法や技術を取り入れたブリュナー氏の功績は非常に大きく、いきなり任された超保守的な異国の企業を立て直したカルロス・ゴーン氏みたいだなと思ったり。


それと当時の工女の日記には、一等工女に憧れ、等外工女から三等→二等→一等工女と昇進した時に大喜びしている様子が綴られているんだけど、

「仕事のスキルに応じてきちんと評価される」ことが、どれだけ人間のやる気を引き出すものか。それは、明治時代の日本人についても同じだったのだとよくわかります。


こちらがカリスマ工女(?)の横田(和田)英さん。工女の給与システムは完全に実力主義で、この人は技能もお給料も最高レベルだったらしい。

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和田英さんの日記は本にも↓

富岡日記 (ちくま文庫)
和田 英
筑摩書房
売り上げランキング: 239,029


きっとみんな、一等工女になるために必死で働いたんでしょう。

「成果主義の人事制度は日本に馴染まない」なんて大嘘ですよね。


というわけで、いろいろと勉強になりました!



<番外編>

場内の展示スペースにはこんなものも。ホンモノの桑と蚕。私はちょっと苦手かも。。。

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地元の皆さんはホントに嬉しかったことでしょう。

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ガイドツアーもあるし説明示物も充実してるし、昔の機械を使って繭から糸を引く作業の実演が見られる時間もあるので、けっこう楽しめるんじゃないでしょうか。

お土産コーナーのシルク製品は高すぎて買えませんでしたけど。


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そんじゃーねー


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2015-08-10 言論の自由は今でも命がけ

先日のエントリ、「権力に対抗しうるメディア」実現の条件 とも絡みますが、

今でも、そして先進国でも「自分が気にくわない意見をもつ人」を暗殺する事件は定期的に起こっています。


さっきコチラの記事を読みました → バングラディッシュでブロガーが殺害される。今年4人目

人道主義サイトに過激派の批判を書いているブロガーが、次々と暗殺されてるという話。


私もブロガーなので「怖っ!」とは思いますが、とはいえこれだけだと「バングラディッシュは治安が悪い」とか「イスラム過激派は怖い」みたいな話で終わりになりそうでしょ。

けれど実は、同じようなテロが先進国を含め、あちこちで起こってるんですよね。


アメリカでも、 人工中絶を施術する医師が暗殺されるという事件がときどき起こります。

キリスト教のカソリックは、厳密に解釈すれば中絶も離婚も認めていないので、(極端な教義の場合、婚前交渉も避妊も認めてない?)、人工中絶手術をする医師は“神を冒涜してる”ということになるからです。

以前は中絶手術を行う全米の医師の顔写真や住所をサイト上で一覧表にし、殺害ターゲットとして公表している団体もありました。

しかも暗殺が行われると、そのサイトは即時に更新され、殺された医師名がリストから消えるという怖さ・・・


アメリカでは“白人至上主義”も未だ根強く、テロ的な組織をもつところも多数あるし、

→ 参考サイト)アメリカでくすぶる白人至上主義勢力の拡大


ロシアでは プーチン氏を批判した女性記者が暗殺されました。

この女性は有名なジャーナリストだったため、捜査も真剣に(?)行われ、犯人も逮捕されたけれど、ロシアでは他にも、政権批判をしていた多くのジャーナリストが謎の死を遂げています。


ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユサフザイさんも、母国パキスタンで「女性に教育なんて必要ない」と考える一派に襲われ、一時は命に関わる状態に追い込まれました。


「悪魔の詩」という反イスラム的とされる書物の著者や翻訳者が世界中で暗殺ターゲットになった事件では、筑波大学の校舎内で、日本語への翻訳を担当した五十嵐一助教授が殺害されるという驚くべき事件が起こったし、


左寄りの主張が多い朝日新聞も、継続的に右翼団体の標的となっており、実際に記者が射殺される事件も起きてます。


政治家の加藤紘一氏も、小泉元首相の靖国参拝を批判したところ、母親が住む地元の実家が放火されてしまいました。


1990年、「(昭和)天皇にも戦争責任はあると思う」と発言した長崎市長(当時)も銃撃されたし、

2007年には再度(もちろん別の)長崎市長が銃撃され、命を落としています。


闇勢力との関係も指摘される様々な大阪の既得権益に切り込んできた橋下徹市長にも、本人や家族に対する殺害予告が何通も届いており、

本人だけでなく家族にも SP が付いて 24時間体制の警備が行われてきました。これも、そういった事件の発生が十分に想定されるからです。


そして新しいところでは、フランスの政治風刺新聞社、シャルリー・エブドが襲撃された事件も言論封殺テロです。


★★★


「暗殺なんて、発展途上国だけの話でしょ?」ではないし、「大昔の話でしょ?」「そんなことするの、イスラム過激派だけでしょ?」ではないんです。

世界でも日本でも、そして今でも言論には“タブー”があり、大々的にそれを犯すと命の危険がある。


先日のエントリでは、「ウィキリークスのように、技術によって個人の身元を完全に秘匿できる状態になるか、もしくは、不死身の人工知能ジャーナリストがでてこない限り、言論の自由なんて成立し得ない」って書いたけど、

もうひとつ方法があるとしたら、、

暗殺なんて考えた時点でその人の生活から挙動からメールから購買行動まで、すべてが監視下に置かれる、みたいな

(それはそれでメチャ怖い)完全監視社会が来ないと、言論の自由を確保するなんて無理なのかもと思った次第。


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そんじゃーね



<関連エントリ>

団塊世代が若者だったころ、日本は恐ろしいテロ国家だった!



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2015-08-06 「権力に対抗しうるメディア」実現の条件

ウィキリークスが、「アメリカの情報機関が、日本政府、日銀や大手商社、それに、要人自宅の電話まで盗聴していた」とすっぱ抜いた件は、これからのメディアの形を考える上で、非常に示唆深い事件でした。

ご存じのように、今、日本の国会における最大の争点は、安全保障関連の議論です。その本質は、「日米同盟への、より積極的な日本の貢献を可能にするための法案整備」であり、一言でいえば「日米同盟の強化法案」と言えるでしょう。

これに反対する人やメディア、野党などは、デモの他、与党議員の失言を次々と追及していますが、

はっきりいってそんなことより、ウィキリークスが指摘したような事実のほうが、反対理由としてはよほどパワフルでしょう。


つまり、「“法的安定性なんてどうでもいい”発言は許せない。辞任しろ!」と詰め寄るのもいいけど、

「親密な同盟関係にあるはずのアメリカは、日本に対してこんなことしてるんですよ? 集団的自衛権の行使なんて可能にしたら、アメリカにいいように使われるだけでは?」とか、「信頼関係の築けない国と、集団的自衛権を行使するとか、ありえなくないすか?」 という反論のほうが、

(失言追及なんかより)よほどまともな反論になりうると思うんですよね。


そしてこの話のポイントは、そういうマトモな、かつ重要な政府批判の源となりうる情報を取ってこれるのは、もはや新聞社でもテレビ局でもなく、ウィキリークスのような組織だということなんです。


★★★


だってね。

官邸が用意してくれた記者クラブで雑談しながら待機し、「首相が出てきた!」といっては大急ぎで飛び出し、廊下で首相をとり囲んで一斉にマイクを突きつけて取材したり、

官僚が懇切丁寧にレクしてくれる統計発表や法案趣旨説明をそのまま記事にする、みたいなメディアには、今回、ウィキリークスが明らかにしたようなインパクトのある情報を収集することは、まず不可能でしょ?


今週末のツイッター読書会の課題図書である『 昭和史 1926-1945 』でも、メディアが如何に権力に弱いかということは、繰り返し書かれています。

戦争中、新聞やラジオは、視聴者数や部数を伸ばすため、競うように戦争を煽っていました。

日本が負け始めても 大本営発表を上回るヒドさで事実をひん曲げ

陛下が「降伏する」と決めた後でさえ、「原子爆弾なんて、対策さえ講じれば怖くない!」といった驚くほどトンデモな理由で、本土決戦→玉砕を勧めるかのような社説を書いていた、これが戦争中のメディアの現実です。


メディアだけではありません。大物と言われるような政治家だって同じです。

太平洋戦争の前も、アメリカとの戦争に反対してた人はたくさんいたけれど、5.15 事件や 2.26 事件などが起こり、右傾化した若手軍人に暗殺されるリスクが現実的なモノになると、みんな腰砕けになってしまう。


そんなの・・・当たり前だよね?


あたしだって世の中がきな臭くなり、“戦争反対!”って書いたブロガーが次々と夜道で襲われる、みたいな状況になったら、何も書かないです。てか、ブログ止めます。

ブロガーだろうが、ジャーナリストだろうが、政治家だろうが、大半の人は自分や家族の命の危険をおかしてまで、頑張ったりはしないんです。


もちろん、ごく少数、信念を貫き通す人もいます。

でもそういう人の数は少ないので、コトが起こればすぐに牢屋に放り込まれます。だから結局、抑止力にはなりません。

つまり、「暴走する権力を言論の力で止められる」なんていうのは、(それを理想として掲げることに反対はしませんが、)現実的には機能しないんです。


ちなみに、メディアが戦争を煽るのは、昔の日本だけの話でもありません。

2001年に 911テロが起きた後のアメリカのテレビも、全局一丸となってイラク戦争を煽っていました。当時、戦争に反対する人は、まるで非国民のような扱いを受けていたんです。

このようにメディアというのは、戦争を煽り、愛国心を刺激しまくって視聴率を上げる(もしくは部数を伸ばす)、そういう機関なのであって、「言論の自由で権力を監視」できるなんていうのは、せいぜい平和な時代だけなんです。


★★★


なんだけど、ウィキリークスの今回の発表を見て、「もしかすると技術によって、それが可能になるのかも?」とも感じたんです。

今回の件は、「ウィキリークスが発表した」と伝えられてますが、主語である「ウィキリークス」って、匿名主体ですよね。

創始者であり広報担当ともいえるジュリアン・アサンジ氏や、米諜報機関の違法捜査を告発したエドワード・スノーデン氏など、一部の情報提供者の名前が明らかになることもあるけど、


今回の「アメリカ政府が日本の政府や企業を盗聴してる」という発表に関して、具体的に誰がそれらの情報を入手し、誰が分析や検証を担当したのかなどは、全く明らかにされていません。

だってそんなことを明らかにしたら、その人にはソッコーで(アメリカ政府から)逮捕状が出され、家族との平穏で自由な生活が一瞬にして失われるだけでなく、下手すると命の危険にさえ晒されます。

だから「誰が情報を提供し、誰が今回の発表の責任者なのか」といったことは、完全に(とは言わないけど、非常に高いレベルで)秘匿されるのです。


で、今回、私が感じたのは、「権力を監視するメディア」が理想像としてではなく、現実に存在する時代が来るとしたら、

それはウィキリークスのような「技術によって完全匿名性を確保できる機関」がメディア活動を始めた時なんだな、ということでした。(注:現時点のウィキリークスの活動は、内部告発サイトの運営であってメディアではありません)


前述したように、個人名が特定される既存型メディアでは、権力が推進する戦争を抑止するなんて不可能です。この形だと、逮捕されたり拘束されたり暗殺されたりを防げないのですから。

しかも今までは、「個人名が特定されない形で、かつ、世界に広く発信できる影響力を持つ」こともできなかった。だから「権力に対抗するメディア」なんて、絵に描いた餅だったわけです。

ところが、技術によってそれが可能になってきました。


もちろん、アメリカの諜報機関がその英知を結集しても、情報提供者の居場所や活動内容を隠し通せるだけの技術レベルを持つことが必須ではありますが、

今はそれが、「もしかしたら、可能になるのかも?」と思える状況でもあるわけです。


しかももっと技術が進めば、自分で学習する強い人工知能が、人間に変わってアメリカの政府情報を盗み出し、世界に公表するような時代がくるかもしれません。

アメリカ政府が犯人を逮捕してみたら、なんとびっくり! そいつは(人間じゃなくて)人工知能でした! みたいになれば、まさに「決して権力に屈しないジャーナリスト」の誕生です。


★★★


ちなみに、匿名性の確保が必要なのは、情報収集や分析・編集を担当する人だけではありません。

権力に支配されない形で、組織の活動資金が得られることも重要な条件です。


たとえば、ウィキリークスの活動資金が特定の企業や起業家から出ている場合、アメリカ政府はそれらのスポンサー企業や起業家を取り締まることで、間接的にウィキリークスの活動を抑制できます。

もし反米的な国が資金提供をしていると分かれば、それらの国に経済制裁をしたり、爆弾を落としたりすることもできるでしょう。

だから権力に完全に立ち向かえるメディアが成り立つためには、情報収集担当者だけでなく、そのスポンサーも、完全匿名を確保できる必要があるんです。


これは、支援者が不特定多数の個人の場合でも同じです。

たとえばウィキリークスの支援者が、ペイパルやクレジットカードを使って寄付をするなら、米政府はそれらの決済サービス企業に影響を及ぼすことで、資金の出し手へも影響を与えることができます。

なので、こういった組織が継続的に資金を集め続けるには、「どこの政府からも完全に独立した通貨や決済システム」が必要になるんですよね。


・・・で、これも出てきそうな気配が?


★★★


つまりメディアが権力に弱いのは、「そこで働いてる人が腰抜けだから」じゃないってことです。

これまでの国家権力というのは、軍事力と警察力を独占し、個人を逮捕したり暗殺したりできる上に、金融から情報まで、すべての社会インフラを独占支配してきました。

そんな環境下で、「ペンの力で刀に立ち向かう」なんて言っても、そもそも現実的ではなかったんです。


それが最近は、ほんの少しだけではあるけれど、「政府だけが絶対的に高いレベルの技術を持ち、金融や情報などを含め、社会インフラを完全にコントロールできる時代」に、綻びが見えてきたようにも思えます。

<過去関連エントリ>

企業は国家を超えた存在となる

民主主義は死んでるけど、資本主義は超元気

“メディア 対 権力”というおかしな虚構


そしてもしも将来、(人間の電脳移植なども含め)“生身の個人”を国家から完全に防衛できる技術が成立したら・・・その時には史上初めて、“権力に対抗しうるメディア”が成立するのかもしれない。


なんてことを、考えたりした猛暑の午後。


そんじゃーね!


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2015-08-02 最初に働く場所の選び方

先日、大学院(工学系)の学生さんから、“最初に働き始める場所”についての相談を受けました。

「どこに就職すべきか」ではなく、「ファーストキャリアをどういう考え方で選ぶべきか」についての質問です。

この質問に応えて話した内容を、まとめておきます。


★★★


今は、35才にもなれば、ビジネスパーソンとしての能力に圧倒的な格差がつく時代です。

そしてこの差には、卒業した大学名が、ほとんど影響しません。


35才の時点で、未だに

・会社や部署や上司から与えられた仕事をきちんとこなすのが自分の仕事であり、


・自らリーダーシップをとってグループを率いたこともなければ、


・リスクのある新規プロジェクトに携わった経験も無い(=今ボクがやってる仕事は、ちょっと前はちょっと上の先輩が担当していた仕事です)


・業界や手がけている仕事について話してくれと外部から頼まれることもないし、もし頼まれても、何を話せばいいのかよくわからない


・今いる会社や部署を辞めて自分で稼げるかと問われると、ちょっとひるむ

みたいな人がたくさんいます。

超がつく一流大学を出た人にも、そういう人が“わんさか”いるんです。


一方、35才の段階ではすでに、こんなふうに(↓)なってる人もいます。

・自分が言い出したプロジェクトや仕事で、失敗したり成功したりの経験を積んでおり、


・組織やグループを率いることの難しさや醍醐味を理解し、自分なりの方法論も体得できている。


・明日から何か別の新規プロジェクトをやれと言われても戸惑わないし、


・今の会社を辞めても、なにかしら食べていけると確信してる。


・外部からも含め、いろんな人に声を掛けられ知見を求められるし、


・これから新たに手がけたいこともたくさんある。


・今後は、更に大きな規模で実績を上げていく段階にある。頑張らねばー! と思ってる。


起業して IPO や事業売却など大きなコトを体験した人だけではありません。組織で普通に働いている人でも、今は 35才ともなれば、こういう人がたくさんでてきています。

つまり 35才では既に“差が付く”“差が大きくなる”というレベルではなく、圧倒的な力の差ができてしまう。

それが、今の「働く世界」の現実です。


35才といえば、23才で就職して 12年、大学院を出て 25才で就職したら 10年です。

この 10年から 12年で、決定的に違う未来が確定してしまう。


だから「最初にどこで働き始めるか」が非常に重要になってきたんです。

「とりあえず大企業」という思考停止のデメリットが、無視できないほど大きくなってきた、とも言えるでしょう。

これは、30年前(親の時代、指導教授の時代)とは全く異なります。

だから彼らに就職のアドバイスを求めるなら、その違いをよく理解しておいたほうがいい。

以前は、35才までは“基礎固めの時期”だったから誰にもたいした差は付かず、50才くらいからが勝負だったんです。

でも、今はそうじゃない。スピードが全然違うんです。


★★★


それからもうひとつ。

この差を左右する要因として“大学名”が及ぼす影響がほとんど無くなってしまった、ということも理解しておくべき。


東大の卒業生のうち、35才の時に最初のグループに入ってしまう人と二番目グループに入れる人の比率を(仮に) 9:1 だとすると、その比率は二流大学の卒業生だろうと、三流大学の卒業生だろうと変わりません。

東大を出たか三流大学を出たかは、「三菱商事で働ける確率」や「グーグルで働ける確率」を大きく変えてしまいます。

が、35才の時に上記 2種類のどちらに入れるかという確率は、ほとんど変わらないんです。

なぜかって?  理由は後で書きます。


★★★


35才でイケてる側のグループに入るためには、最初のキャリアで(てか、できるだけ早く、可能なら学生時代から)次の 4つの能力を身につけることが必要です。

1.リーダーシップ

2.生産性の概念

3.マーケット感覚

4.自分のアタマで考えるスキル

上から大事な順です。


学生さんはよく「大変な時代だから専門性を身につけたい」とか言いますが(そして子供に専門性を身につけさせたいと考える親御さんも多いのですが)、最初の職場を選ぶ時に、専門性を気にする必要はほとんどありません。

なぜなら、

「一定期間従事して、専門性が身につかない会社や組織なんてない」し、

「ひとつの専門性が、23才から 65才まで 40年以上、通用することもありえない」

からです。


なんであれ一定期間やってれば専門性は身につきます。コンビニの店舗で 3年働いたら、

・リテールビジネスとはどういうものか

・新商品開発と評価の方法論

・拠点ビジネスの可能性

・パート、アルバイト人材の活用方法

などについて、専門性が身につきます。


「ちきりんさんならそうかもしれないが、自分はそんなところで働いても専門性は身につかないです」って?


それはつまり、

・専門性が身につく職場と身につかない職場があるわけではなく、


・どこで働いても専門性を身につけられる人もいれば、どこで働いても、たいして専門性が身につかない人がいる

ってことでしょ?


そのとーりですよ。

専門性に関しては、問題は“働く場所”や“環境”ではなく、自分の学ぶ能力なんです。

だから、「どんな職業を選べば、専門性が身につくか」などという質問はナンセンスです。

そもそも学生なんて何にも知らないんだから、どこで働いても学ぶ力さえあれば、専門性は身につきます。


てかね。

世界で最も優れたシステムと生産性を誇る日本のコンビニで働いて何も学べないなんて人は、他のどんな企業で働いても、何も身につけられません。

私は今、「 3年働いてもなんの専門性もつかない企業や業種を 3つ挙げよ」って言われたら、ひとつも答えられません。だってそんな業界も会社も存在しないもん。


一方、上に挙げた 4つのメタ能力に関しては、いくら頑張って働いても身につけられない職場が(けっこうたくさん)あるんです。

なかにはリーダーシップを発揮しようとする新人を邪魔する組織まである。

自分のアタマで考えることを推奨しないだけでなく、「何もわかってない新人が自分で考えてもロクなことにならない。若いうちは余計なことを考えず、言われた仕事を一生懸命やってればそれでいいんだ」みたいに、思考停止を勧める組織もある。

まったく発言しないメンバーが何人も出席してる会議を延々とやってる企業もあるんだけど、そういう会社には“生産性”の概念は存在しない。

そーゆーところに数年もいると、「早い段階からこれらの能力を求められ、実践でどんどん鍛えられる会社」で働いた人とは、決定的な差がついてしまうんです。


★★★


先日ファーストキャリアの選び方について問われた時の、私の回答も、「次の 4つが身につく場所かどうかという視点で選ぶべし」というものでした。

1.リーダーシップ

2.生産性の概念

3.マーケット感覚

4.自分のアタマで考えるスキル


とはいえ就職活動で、「御社ではリーダーシップが身につきますか?」とか、「生産性の概念は理解されていますか?」などと質問しても意味が無い。

なぜなら、リーダーシップや生産性を重視しない職場では、働いている人自身が、「それはいったい何のことなのか」理解してないからです。

概念を理解しない人が、それらについて「うちで身につく・身につかない」などと語ることはできません。


じゃあどうやって判断すればいいんだって?


その会社の & (より大事なのは)その会社出身で、 35才あたりの人をみればいいんです。


そして 35才で、「この人は凄いな!」と思える人に、「○○さんは、そのリーダーシップをどこで身につけましたか?」、「マーケット感覚はどこで鍛えられましたか?」と聞けばいいんです。

「仕事のやり方が大きく変わったのは、いつですか? 生産性が大幅に向上したのはどの時期?」、「知識や常識に囚われず、自分のアタマで考えることができるようになったきっかけは?」と。

35才でこういう質問にきちんと答えられる人と、「へっ?」って顔になり、なんの答えも返せない人の差が、最初に書いた「決定的な格差」です。


ただし、すでに 50才とか 60才になってる“スゴイ人”に話を聞くときは、ちょっとだけ気をつける必要があります。

彼らがファーストキャリアを選んだ時代は、江戸時代だったかもしれないからです。

なんの話だって? 

こちらです → 「武士になりたい? 成りたきゃなれよ!


★★★


最初に、「大学が一流でも三流でも、35才の時にイケてる人材になれる可能性は変わらない」と書きました。

その理由は、大学が一流であればあるほど、それらの能力が身につき“にくい”組織に就職できてしまうからです。

組織がしっかりしてるから課長になるまで全くリーダーシップなど求められず、


予算も人材も余裕があるから、工場以外では生産性の概念さえ語られることがなく、生産性といえば製造現場の話だと思い込んでる。


名刺の力、そして、会社を丸ごと守ってくれる規制のおかげで(せいで?)マーケット感覚が鍛えられず、


ヒエラルキーや業界序列や“大人の事情”が、事実に基づく論理的な思考より重視される会社


三流大学をでてしまうと、こういう会社にはなかなか入れません。だから期せずして難を逃れることができる。

ところが一流大生の多くは、こういう一見“いい会社”を最初の職場として選ぶことができてしまう。

しかも時代の変化が見えてない親や先生が、熱心にそういう会社を勧めるため、素直な良い子はそれに従ってしまう可能性も高い。

このため、いわゆる一流大学を出ても 35才の時に“イケてるグループ”に入れる人の割合が、たいして高くはならないというわけ。


世の中、巧くできてます。


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<関連エントリ>

1,リーダーシップについて

2.生産性について

3.マーケット感覚について

4.「思考」とは何か、「考える」とはどういうことか


・ 最初に大企業で働くということ

・ おごり返せる人生を

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