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Chikirinの日記 RSSフィード

2015-09-14 ビジネス用語にカタカナが多い理由

八王子で病院を経営し、医療制度に関するさまざまな提言でも知られる北原茂実先生とお会いした時、(→ 北原茂実先生と対談したよ!

日本語には “頭” と “脳” という言葉があるが、世界には “頭” しか存在しない言語もある、とお聞きしました。


日本語の “頭” と “脳” は全く違いますよね。表す意味も、機能も、思い浮かべるイメージも違います。

英語でも“Head”と“Brain”という言葉があり、ふたつは明確に区別されています。


これは日本も英国も、自国文化の中で “脳” という概念を理解したということを意味しています。

だってもし日本が “脳” という概念を、欧米から教えられて初めて理解していたら、それは “脳” ではなく、 “ブレイン” という外来語として表記されたはずだから。

(ちなみに、脳の訓読みは“なずき”です)


ボタン、コップ、パン、キャラメル、テンプラ、タバコなどは、ポルトガル語由来の外来語です。

日本が豊富秀吉の時代から江戸時代まで、交易を行っていたポルトガルから入ってきた「見たこともないもの」について、

「それは何ですか?」→「これはパンですよ」と教えられ、それ以来、パンという概念と名前がセットで日本に定着しました。


もしその時、既に日本にもパンが存在していれば(=日本人が独自にパンを考案していれば)、

ポルトガルからパンが入ってきても、「ああ、それは日本語で○○と呼んでいるものですね」という話になります。


つまり、欧米から医学書が入ってきて、日本人の医師や研究者が “Brain” という言葉を見た時、日本側の研究者が「ソレ何?」状態ではなかったから、

=日本でも既に “脳” という概念が定着していたから、こそ、私たちはそれを “ブレイン” ではなく “脳” と呼べるわけです。


★★★


“頭” という概念に気が付くのは簡単ですが、 “脳” という概念に気が付くのは大変です。だって頭は見えるけど、脳は見えませんから。

“脳” という概念に自国内で気が付くためには、自国で解剖学、医学などが発達している必要があります。

人間や動物の頭部を開き、内部にあるものを観察し、それを “脳” と認識するだけの医学的な経験があったからこそ、 “脳” という日本語が定着していたんです。


反対に言えば “頭” という言葉しか持たない言語は、その言語を使ってきた文明において、医学や解剖学が発達していなかった、ということです。

ちなみに “脳” という単語がないと、脳出血は頭出血、脳腫瘍も頭腫瘍と表されてしまいます。


なので医療現場では、「ブレイン」や「ノウ」といった外来語を使わざるを得ません。

結果として、解剖学、医学が発達していなかった国の医療現場には、外来語が溢れかえってしまうわけです。


「インプラント」「レーシック」など、最近の歯や目の治療法にはカタカナが多いでしょ。これらの治療法も日本で生みだされていたら、ああいうネーミングにはならなかったのでは?

ちなみに「ネーミング」と書きたくなるのも、「どんな名前をつけるかで、ブランド価値が変わる」ということを簡明に表現できる日本語が見当たらないから=そういう概念が日本では発達してないから、です。


★★★


アメリカでは、工場での生産性改善運動のことを “Kaizen” と呼びます。“Improvement” とは呼びません。

欧米にトヨタの改善という方法論が初めて伝わった時、彼らはそれを欧米にはない新しい概念だと思ったんです。

だから自国語に翻訳せず、外来語として “Kaizen” を使うわけ。


これは “Sushi”“Kimono” なども同じ。

米が “Kome” ではなく “Rice” なのに、寿司が “Sushi” なのは、米は昔から知っていたけど、寿司は日本で見て初めて知ったからです。


新しいところでは、 “Karoshi”(過労死) “Hikikomori”(ひきこもり) “Kawaii”(かわいい)なども海外でそのまま使われています。

なぜならこれらの概念は、日本で発達したものだからです=日本はこれらの分野において、海外より先進的なんです。

この分野で高度に進化した日本からでてきた“かわいい”には、“Pretty” では言い表せない“何か”が含まれていると(外国人でさえ)感じるから、“Kawaii” をそのまま使うわけですね。


★★★


日本では、ビジネスの現場で特に多くのカタカナが使われます。

イノベーション、リーダーシップ、パラダイムシフト、クリティカルポイント、エンパワーメント・・・いくらでも挙げられます。

IT用語もカタカナが多いでしょ。


これはビジネスや IT の分野において、日本国内で発見、定義され、普遍化した概念が少なく、重要な概念の大半を他国から教えてもらっているからです。

もし「日本では存在しなかったけど、海外で定義付けられた重要な概念」がごく僅かだったら、みんなで時間をかけ、適切な日本語を生みだすこともできたかもしれません。

でも、ビジネスや IT の分野では、もはやそんなことは不可能なほど次々と、海外から「新しく、かつ重要な概念」が入ってきます。

だからこれらの分野では、止めどなくカタカナ用語が増えるわけです。

換言すれば、カタカナが多い分野は「世界に比べて、日本が決定的に遅れている分野」なんです。


独自な発展が遅れているから外来語が増えているのに、「カタカナを多用するのはよくない!」とか言って、むやみに日本語にしたがる人がいます。

たとえばリーダーシップのことを、指導力とか統率力という日本語にしてしまったりするでしょ。


でもね、“Leadership” は指導力のことでも統率力のことでもありません。

この誤った翻訳のせいで、日本では長らく「リーダーシップとは何か」ということが誤解されたままです。

→ 「リーダーシップの本当の意味、わかってる?


英米が「改善」を “Improvement”とせず “Kaizen”と呼んだ背景には、「海外で創造され、自国には存在しなかった新しい概念を、できるだけ正確に理解しよう」という姿勢がうかがえます。

意味としての正確さにこだわり、自分達が創造できなかった新しい概念を真摯に学ぼうとする姿勢です。

それは、「外来語の多用がよくない」などという表面的な(国粋的、排外的な)理由で、リーダーシップを指導力などと訳してしまう姿勢とは 180度異なります。


特定の分野においてカタカナ用語が多いのは、その業界の人が“外国かぶれ”だからではありません。

その分野において、日本が遅れているからです。


もし「古い概念は日本語で言えるのに、新しい概念はカタカナばっかり」という分野があるなら、それは「昔は日本も進んでいたのに、今やすっかり世界に遅れをとってしまった」ということです。

金融の世界でも「複利」や「先物」は日本語で言えますが、「ストラクチャード・ファイナンス」「マネジメントバイアウト」など、新しい用語はカタカナばっかりです。

大阪の堂島では、アメリカが建国される前から米の先物取引が行われていたというのに。


それと、日本語にも「株式公開」とか「上場」という言葉があるのに、最近はみんなやたらと “IPO” という単語を使うでしょ。動詞にして “IPOする”とまで言いますよね。

私はこれも、日本語の「株式公開」や「上場」には含まれない “exit” という概念が、“IPO”という単語なら表現できるからだろうと思っています。

“exit” 自体、日本語に置き換えるのが難しい言葉で(なぜなら「会社を大きくして売り払う」という概念自体が日本には無かったので)、

それを意味に含ませたいと考えると、「株式公開した」ではなく「IPOした」と言いたくなるんでしょう。


★★★


ある分野に外来語が溢れていると気が付いたら、私たちに必要なのはそれら外来語のやたらな日本語化ではなく、その分野における革新的な研究や創造の促進が必要だと理解することです。

そして、日本にない重要な概念が海外から入ってきたら、それはそのままカタカナにして受け入れ(むりやり日本語にして意味をひん曲げず)正確に理解すべきです。


私には“Accountability”が“説明責任”だとも、“Empowerment”が“権限委譲”だとも思えません。

古いところでは、明治時代に新政府は欧米に追いつこうと、様々な外国語を日本語に置き換えましたが、このとき「当時の日本でも、概念自体は発達していたもの」は上手く訳せていますが、そうでないモノでは、同じ問題がでています。


例えば当時、“Society”を“社会”と訳したのは上手かったと思うけど “Architecture”を“建築”と訳したのは失敗だったんじゃないかな。

“Kawaii”を“Pretty”と訳していたら起こったであろう問題と同様 “Architecture”に含まれていた一部の大事な意味が置き去りにされてしまい、私たちは結局その本来の意味が理解できないままになってしまいました。

このため、ずっと後になって IT 用語としてアーキテクチャーという言葉を聞いたとき、「なんで IT なのに建築?」って思った人がたくさんいたんじゃないでしょうか?

このように、後れを取っている分野で言葉をむりやり母国語に置き換えると、一部の大事な意味が切り捨てられてしまうんです。


サッカーの解説でも「○○選手はフィジカルが抜群」みたいな表現がありますが、あの“フィジカル”も、“体力”とか“体格”などと訳してしまうと、意味が違ってしまいます。

“身体能力”あたりが一番近いけど、“フィジカル”という言葉が意味するのは必ずしも“能力”だけじゃないんだよね。

リスクを怖れない覚悟とか外見の“いかつさ”、意思の強さや勢いなども含めて、いろんなことを表現してる。

そういう、“身体能力”という日本語では表現できない意味も“フィジカル”に含まれてるから、みんなそのままカタカナで発声するわけです。


関係者が“フィジカル”という言葉を使うのは、「英語っぽくてかっこいいから」ではありません。

「優れたサッカー選手が持つべき資質とは何か」という育成理論や分析が、日本では発達してこなかったため=この分野で世界に遅れをとっているため、それを表す言葉が存在しない。だから外国語をそのまま使うことになってるんです。

反対に、相撲の決め技や将棋の戦法&格言には、外来語由来のカタカナがほとんどありません。当然ですよね。そしてそれらが海外で普及する時には、日本語の名称がそのまま海外でも使われるはずです。


というわけで、海外の言葉をむりやり日本語にするのはやめましょう。進んだ概念をそのまま取り入れるためには、言葉もそのまま使った方が正確なんです。


★★★


最後にひとつ、これって他言語でも同じなんだよね、という例を。

下記をクリックすると、グーグルのロシア語翻訳のページが現れます。

日本語の方に、ビジネス と入力してみてください。左側にロシア語の表記がでてきます。

ロシア語表記の右上にあるラッパマークをクリックすると、ロシア語の単語の発音がわかります。(音声が聞けるのはパソコンサイトのみかも)

ロシア語翻訳


おもしろいでしょ?


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 そんじゃーね


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