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Chikirinの日記 RSSフィード

2016-02-17 保険パラドックス

犯人がいちばん捕まりやすい(バレやすい)殺人は、生命保険目当ての殺人でしょう。

なぜなら・・・警察に加えて生命保険会社も、疑いの目を持って調べるから。

ちなみに最もバレにくい殺人は、「誰かが死んだこと」自体が明るみにでない殺人です。身寄りのない人を殺して山奥に捨てた、みたいなやつね。

ふつう、人がひとりいなくなると誰かしらが気が付くし、多くの場合、警察に届けられます。

それが起こらない殺人がいちばんバレにくい。

「誰かが死んでる」ってこと自体が闇に葬られると、事件や犯罪の発生にさえ警察も気が付かないから。


一方、生命保険目当ての殺人では、必然的に「この人が死にました」と(多くの場合、保険の受取人であり殺人犯でもある当人が)役所に届けることになるので、犯罪を隠すのはかなり難しい。

しかも警察だけでなく、生命保険会社も刑事顔負けの専門スタッフを送り込んで調査を始めるので、多くの場合、犯罪はバレてしまいます。

警察ももちろん頑張りますが、生命保険会社も数千万円から億の単位の保険金支払いがかかってるわけで、超真剣です。


でね。

この仕組みは、もっといろんなことに使えるはずなんです。


たとえば、

高齢者施設向けの保険として、「入居の高齢者が事故死した場合に備えた保険」を作り、高齢者施設には、そういう保険に入ることを義務付けます。

保険加入後に入所者の事故死が起こると、保険会社が「施設が入居者の家族に支払う賠償金や見舞金」を払ってくれる、という保険です。


ただしこの保険は、「事故死なら保険金がでるけど、施設スタッフによる虐待死の場合は保険金がでない」とします。当然ですよね。

すると、高齢者施設で入所者が事故死した場合、警察だけじゃなくて、保険会社も独自に調査を始めます。「虐待じゃないでしょうね?」って。

これにより従来より施設内の犯罪が明るみにでやすくなるし、抑止力にもつながるというわけ。


保育園も同じ。事故や過失や(もしかしたら故意により)預かってた赤ちゃんが死んじゃう事件が定期的に起こりますが、

ああいうのも、事故死の場合は保険会社が保育所に代わり遺族に賠償金を払う。でも、虐待や重過失があった場合は払いませんよ、という保険があり、保育所はみんなこの保険に入る義務を負う、という形にしたら?

先ほどと同じように、事故発生時の調査も警察と保険会社のダブルで行われるし、「万が一の時、保険金を受け取れるようにするため、虐待を防止しなくては!」という保育所経営者へのプレッシャーもかけられる。


実はこういう保険は、施設に加入を義務付けなくても親が任意で入るだけで、効果があります。

なぜなら保険会社は、保険に入ってくれた親が子供を預ける予定の施設が、虐待を起こす可能性が高くないか、ってことを気にし始めますから。


もし、虐待を起こす可能性の高い施設だとわかれば、保険料を引き上げたり、保険を引き受けるのをやめたいでしょ。

だから「この保育所(もしくは高齢者施設)は大丈夫かな?」という目で審査をする。

そして「施設別・保険料一覧表」みたいなのを作り始める。

当然ですが、保険会社の調査能力は、親や(高齢者の)家族の調査能力より遙かに高いので、一般の人はその保険料を参考にして、施設を選ぶことができるようになるんです。


全国の小学校、中学校向け、もしくは、それらの子をもつ親向けに「いじめ保険」が開発され、

いじめによる傷害や殺人が起こった場合、学校が一定の防止策をとっていた場合は保険金が出るけど、そうしてない場合は、校長や担任に直接の賠償請求ができる、みたいになれば、

学校側には今より綿密にいじめを早期発見し、防止しようというインセンティブがかかるし、

保険金支払いを最小化したい保険会社(保険業界)は、いじめを防止したり早期発見する仕組みをあれこれ考えて学校側に提案を始めるでしょう。

学校や親だけでなく保険会社にも「いじめを少なくしたい!」というインセンティブ(動機・理由)が生まれる・・・ここがポイントなのです。


またこれを、学校が加入する保険ではなく、親が加入する保険として設計すれば、さきほどの例と同様、保険会社は親にたいして「この学校なら、この保険料です」という資料を作って渡すことになります。

これにより「いじめ保険の保険料が高い学校はヤバイ!」と親が気付けば、そういう学校は市場から退場を迫られることになる。危機感を感じた学校側は、そっこーで改善策を打ち出してくることでしょう。


★★★


保険の有効な使い方は他にもたくさんあって、

ドローンで何かを傷つけて賠償が必要になったり、ドローン自体が壊れたり無くなったりした時の補償がついたドローン損害保険が売り出され、ドローンを買う時、バイクみたいに保険に入らなくちゃいけなくなったとします。


でも、その保険は、

・ルールを守った地域で飛ばしてた時しか支払われないとか、

・ドローンの訓練を○時間以上、受けた人の保険料は安くなるとか、

・合計○時間以上、事故無くドローンを飛ばした実績があると、(自動車事故の損害保険みたいに)等級が上がり、保険料が格安になるとか、


みたいになると、技術を磨こう、ちゃんと練習してから飛ばそう、ルールを守ろう、といったインセンティブが働くようになります。


★★★


「再開発・赤字補填保険」とかもありかな?

市長や市議会が「オラが駅前にでかいショッピングセンターを作って再開発する!」とか言い出した時、その失敗に備えて入る保険。

当然のことながら、民間から見て「こんなもん、絶対失敗するでしょ」と思われる開発物件については、保険料がめちゃくちゃ高くなります。

ので、自治体は保険に入れない。


一方、「まあこれなら巧くいくでしょ」と思われたら保険料も安くなるので、自治体も入りやすくなる。

住民にとっては、再開発が行われる前から、そのプロジェクトを民間のプロが客観的に査定した結果がわかる、という効果があります。

市長や市役所や市会議員が「再開発をすれば人口も税収も増え、我が町はこの地域で最も住みやすいエリアとなるでしょう。わっはっは!!」みたいに言ってても、

再開発・赤字補填保険には入れないくらい保険料が高い、と査定されてる・・・


これどうよ?

って話になりますよね。


このように保険というのは本来、リスクに備える事後的な補償システムという側面だけではなく、犯罪発見や犯罪抑止、事故防止から客観的な査定機能など、多彩な機能をもつ非常に使える仕組みなんです。

・・・なんだけど、


問題は、当の保険業界がものすごく保守的で、「統計的に事故率や死亡率がわかってからじゃないと保険を設計しない=売りたがらない」ってことです。

統計的な事故率や死亡率がわかってからなら、保険会社は自分が絶対損をしない保険料を設定できますから。


でもね、相当の数の事故が現実に起こらないと、「統計的な事故率」なんてわからない。

それまでに多くの人が犠牲になるし、新技術や新制度の普及も進まない。


大航海時代、ヨーロッパからインドや新大陸に向けて船を送るのは、本当に大きなリスクでした。

多くの船が、嵐や事故に遭って海の底に沈んでしまう。だから、スペイン女王みたいな絶対的な権力と巨大な富を持つ人しか船は出せなかった。


ところが船舶保険や積み荷保険という損害保険ができると、王侯貴族以外の民間事業者でも船を出せるようになる。

保険という制度が、世界貿易が始まるきっかけ(=グローバリゼーションの最初の一歩!)を作ったわけです。


今、ドローンだけじゃなく、自動運転車、人工知能とロボットを使った医療や介護、遺伝子解析を利用した治療など、いろんな「リスクはあるけど、世の中を大きく変えうる技術」が出てこようとしています。

こういうの、大航海時代の貿易船と同じなんじゃないかな。

保険でそのリスクが軽減され、問題行動や事故にたいする抑止力が働くようになれば、普及への強力な後押しができる。


ところが問題は・・・新しい世の中を引っ張っていくのに非常に向いたこの商品を扱っている業界に、社会でもっとも保守的な人達が集まってるってことです。


「ボク、リスク取るの、好きじゃないんです。安定した人生が希望だから」

「世の中の変化? 急激な変化は起こらないほうが安心です。ボク保守的なんで」

みたいな学生が、

新しい技術や仕組みが内包するリスクを引き受け、その普及を推進することで世の中の変化を強力に支援できる優れた仕組みである保険を扱う業界に、こぞって就職していくという現実・・・・


冒険家を支えるべき業界に集まる、超安定志向の若者達。

これが「保険パラドックス」


世の中はホント、うまくいかない。


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そんじゃーね。



追記)事故が起こるとすぐ「規制を強化すべきだ!」と考えてしまう“規制脳”の方には、こちらを読んで「市場の仕組みで問題を解決できないか?」と発想する“市場脳”への転換を強くお勧めします↓


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