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Chikirinの日記 RSSフィード

2017-03-04 実は面倒な電子書籍

最近は「本を買うなら電子書籍」という人も増えてますよね。

読みたいときにすぐ読める、かさばらず保存も楽、メモや検索も簡単と、読み手にとっては「便利なことばかり」の電子書籍ですが、実は出版社にとっては「けっこうやっかいな商品」だったりもします。

読者の中には「紙代も印刷費もかからない電子書籍の価格が紙の本とほぼ同じなのは納得できない」とか、

「電子書籍の発売開始日が紙の本より遅れるのはなぜ? 同時発売して欲しい」

といった疑問や不満もあるかと思います。

なので今日は私に分かる範囲で、その理由を書いておきます。

なお今日取り上げるのは、著者が自分で出すセルフパブリッシング(ダイレクト出版)の話ではなく、出版社から紙でも発売される商業出版ベースの書籍の、電子版の話です。


1.電子書籍を作るのは紙より面倒

出版社が本を出す場合、まずは中身を作ります。

著者に文章を書いてもらい、著者推敲が終わって目次構造が決まると、

・図や絵が作成され、

・校正、校閲作業が行われ、同時に、

・本の大きさ、文字フォントやページデザインが決まり、

・タイトルを決めて章扉を付けてページ数を確定させ、

・表紙デザインを決める、

といった編集作業が行われます。


ここまでは紙の本だけを作る場合も、電子書籍を併せて出版する場合も同じです。

この後、紙の本だけなら、印刷する紙の種類を決めて、上記原稿のファイルを印刷会社に送れば終わりです。

当然ですが原稿ファイルも、そして印刷 & 製本された本も一種類だけです。


ところがこの本を電子書籍でも出そうと思うと、「その電子ファイルを一括送信して終わり!」とはいきません。

電子書籍には、様々なフォーマットがあるからです。

キンドルに kobo に Kinoppy に ガラパゴスにソニーに iBooks と、多くのリーダーが存在してるのは皆様、ご存じのとおり。(ここで挙げた以外にもまだあります)

さらに、これらのリーダーアプリが使われる端末(OS) も iOS に android に windows にと分かれており、加えてそれぞれ異なるバージョンの OS が併用されています。

こういった「めっちゃたくさんある」フォーマットや端末のすべてでトラブル無く読める電子書籍ファイルを同日配信できるように仕上げるのは、

「印刷会社に原稿ファイルを送って終わり」の紙の本より、遙かに面倒な作業です。


時には「電子書籍を買ったのに文字化けして読めない・・・」みたいな連絡も入ります。

すると出版社はそのユーザーに「恐れ入りますが、アプリのアップデートをお願いします」などと(本来、ユーザー側の責任事項であることについても)丁寧に対応します。

紙の本の場合、購入者と出版社が「本を買ったが文字がぼやけて読めないのだが?」→「老眼が進んだ可能性があるので、眼鏡屋で調整してください」みたいなやりとりをすることはあり得ません。

でも電子書籍の場合、相手の端末やアプリの不具合であっても丁寧に対応しないと、ヒドいレビューを書かれちゃいます。


あと、電子書籍ショップの販売サイトには、本の内容紹介や価格や出版日などが書かれてますよね。あのデータを入力するのも出版社の担当者です。

数多ある電子書籍販売サイトのそれぞれに、出版社名、出版日、ISBM、著者名、本の内容などをそれぞれ入力し、表紙画像をアップロードしていく作業だって、それなりの時間がかかります。

コピペするだけだろって? 

・・・入力できる文字数が、サイトによって違ってたりもするんですよね。


しかも電子書籍ショップの中には、内容審査のためにアップロードから販売開始まで時間が必要なところもあるなど、そのルールもバラバラ。

こうなってくると、すべての電子書籍プラットフォームで同時出版するなんて、個人ではとても無理。

だから私も自主製作した電子書籍については、キンドルだけでしか出していません。


でもね、出版社はそんなことはできません。


だって出版社が「キンドルでしか出さない」なんて始めたら、どーなるか? 

出版界におけるアマゾン様の力が益々巨大化し、それこそ業界の命運をベゾスおじさんに握られてしまいます。

それは困る。だから、できる限り(アマゾンのシェアが上がりすぎないよう)他のプラットフォームにも本を提供する必要があるんです。


もちろん最近はフォーマットの統一も進んで来たし、これらの作業を請け負う外注業者も現れています。

出版社でも、大手なら電子書籍化を担当する社員を雇っていますが、小さな出版社は外注を使います。

でも結局、必要な作業は同じで、外注業者がやるか出版社がやるかの違いだけです。

外注すれば当然、外注費も発生するし、リードタイムも必要となります。

自動化? もちろんそれも、ある程度は進んでます。でもその開発費だって、誰かが払う必要があるんです。


結果として資金力の弱い小さな出版社では、「紙で(ある程度)売れた本だけを電子書籍にしよう」と考えたりするため、今だに「紙の本しか出ない本」が存在します。

また、紙の本と電子書籍で数ヶ月のタイムラグがあるのは、「まずは紙の本を売って、資金回収の目処がついたら電子化しよう」と考えていたり、

単純に人手が足りなくて、最初に紙の本を作るという仕事を終わらせ、「その後で」電子化に取りかかる、みたいな場合もある。

いずれにせよ電子書籍を作るのは、紙の本を作る(印刷して製本する)より、そして多くの読者が想像しているより、遙かにめんどくさい作業なのです。


2.超面倒な印税支払い

さらに面倒なのが印税の支払い事務です。

紙の本は、「印刷した時」しか著者に印税を払いません。

最初に初版が印刷されると初版印税が支払われ、増刷(重版)になると、増刷した分の印税が支払われます。

重版になる本は 3割ほどらしいので、大半の本は一度も増刷されません。

つまり出版社が著者に印税を払うのは、「最初に本が発売された時だけ」なのです。


また、たとえよく売れて重版される本でも、そのタイミングはせいぜい出版から 1年ほどです。

言い換えると書籍の 9割以上は、初版出版から 1年もたてば、もう永久に増刷されません。

だから、数回の増刷がかかる「よく売れた本」であっても、出版者が著者に印税を払うのは、新刊発売から 1年以内、かつ数回だけなのです。


ところが!

電子書籍には印刷という概念がありません。

このため電子書籍の印税は、「売れた時に、売れた分だけ」支払われます。

多くの場合、年に 2回か 4回、定期的に「その直前の半年(もしくは 3ヶ月)に売れた分の印税」が支払われるという契約になっています。


そして!

この印税は、各電子書籍ショップから別々に出版社に送られてきます。

たとえば、卸値 500円の本がキンドルで10冊、kobo で5冊、Kinoppy で3冊、honto で3冊、iBooks で 2冊売れたとしたら、

出版社には、アマゾンから5000円が、楽天から 2500円が、紀伊國屋 と honto から 1500円が、アップル から 1000円が振り込まれてくるんです。


めんどくさくね?


しかも上記では卸値はすべて 500円で計算しましたが、実際には、各電子書籍ショップへの卸値は同じ出版社、同じ本でも同一ではありません。

各ショップごとに異なる卸値が設定されており、それぞれで過去数ヶ月に売れた分の代金が、

アマゾンからは毎月 5日に、楽天からは毎月 15日にといった形で(←日付は例です)バラバラの支払期日に、出版社の口座に振り込まれます。

紙の本と違ってセールが行われたりすると、月の途中で値段が変わったりもします。

出版社はそういった「めちゃくちゃ細かい売上げデータ」を見ながら、今度は著者別にその印税を集計しなおし、

「ちきりんさんには、今月は○○円を振り込む。別の著者の○○さんには・・・」という再計算を行います。

著者の数、本の数の多さを考えると、これがどんだけめんどくさい作業か、想像できますよね?


繰り返しますが、紙の本ではこういった支払い事務はまったく発生しません。

紙の本だけなら、出版社が著者に印税を払うのは大半が 1回で終わり、一部の「売れた本」に関しても、出版から 1年ほどの間に数回、払うだけです。


一方の電子書籍では、多くの電子書籍ショップから毎月毎月、細かい代金が振り込まれるので、それを著者別に再集計して印税を振り込み、支払い明細を郵送するという作業が、出版から何年たっても続くのです。

しかもそれを「今年、出した本」だけでなく「過去に出したすべての本」に行うのだから、その作業量は毎年毎年どんどん増え、累積していく一方です。

これは小さな出版会社にとっては、相当に大きな負担でしょう。


だからここにも外注業者が存在します。彼らは複数の電子書籍ストアからの売上げをとりまとめ、出版社にまとめて払ってくれます。

でも・・・前述したように、外注はタダではありません。

誰かがこの面倒な作業を行い、誰かがその費用を負担する。それは内製であれ外注であれ同じです。


さらに、著者に印税を振り込む際には銀行の振り込み手数料もかかります。

このため「支払うべき印税が 5000円以内の場合は、支払いを次回に延ばす」みたいな契約になっているのですが、

とはいえ「過去の、支払わずに保留されている印税額をすべて記録しておき、 5000円に達したらすかさず払う」というのも、手作業ではまずできません。


「去年までの累計印税は 3400円、今年が 1200円だからあわせて 4600円」などと、すべての本の印税データについて、エクセルで管理するとかできないでしょ。

こうなると一定のシステム投資ができない小さな出版社では、電子書籍の印税管理さえできません。

それにそもそも紙の本であれば、著者への支払いは少なくとも数万円以上で行われ、5000円で支払うなんてこと自体がなかったのです。


3.永久に続く経理処理

さらーに!

電子書籍はそこまでのロングセラーで無くても、何年にも渡って売れ続ける場合があります。

私はこれを「電子書籍年金」と呼んでるんですけど、

たとえばこちら。私が 2013年に、出版社を通さずに自分で作った電子書籍(ブログの運営記)です。

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出した直後の 1年で 500万円くらいの印税が振り込まれた後、売上げはガクッと落ちましたが、

4年近くたった今でも毎月 1万円以上の印税が振りこまれます。


ってことは、10冊だしたら月に 10万円ずつ振り込まれてくるってこと?

それって基礎年金より多いじゃん?

と(一瞬だけ)目がキラッ!としました。


このように著者にとっては、電子書籍の印税システムは悪くありません。

紙の本だと、出版年とその翌年くらいしか収入になりませんが、電子書籍なら細々とではありますが、ずっと収入が続きます。

下記の本は出版社から 6年前に出した本ですが、今でも毎年 40万円ほどの電子書籍印税が受け取れます。

おそらく 4年後(出版から 10年後)でも、幾ばくかの印税は発生してるんじゃないでしょうか。

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だとすると、「著者だけでなく出版社もずっと儲かるのだからいいじゃん!」と思えます?

んが!

そうではありません。この「永久に印税が発生する」というのは、出版社にとっては悪夢なのです。


なぜなら!

紙の本だけなら出版の後、1年たって、著者が引っ越しても死んでもなんの関係もありません。

でも電子書籍が 10年後にも売れてたら、たとえその冊数がごく僅かであっても、

・著者が転居しても常に現住所を把握しておき、支払い明細や支払い調書を送付する必要があるし、

・著者の離婚や結婚で氏名が変わって口座名が変わればそれも把握して口座登録を変更し、

・著者が死んだ時には、相続人から相続書類を提出してもらい、相続人のマイナンバーも提出してもらって、その人の口座に印税を払い続ける、という、


意味不明にややこしい手続きを続ける必要があるからです。


たとえば私はダイヤモンド社から 3冊の本を出してますが、私が死んだあと、もし 3人の相続人が「私たち、それぞれ一冊ずつ、本の印税契約を相続しましたー!」って言ってきたら、

ダイヤモンド社はこれまで私にだけ払っていた電子書籍の印税を、3人の相続人に別々に払うという事務処理をする必要があり、その 3人の住所とマイナンバーの管理も必要になります。


まじなのか!?


みたいなめんどくささでしょ。


今まで=紙の本しかなかった時には、著者が死んだあとに印税を払う必要なんて、ほとんどありませんでした。

紙の本が書店で売れても、印税は発生しません。新たな印税が発生するのは「増刷」が行われた時だけです。

そして著者の死後も増刷され続ける本なんて、司馬遼太郎さんとか星新一さんレベルの人だけです。

こういう著者に関しては、出版社は今でもその著作権の相続者と契約を続け、増刷されれば印税を払っています。

数少ない大作家にたいしてなら、それも可能でしょう。


でも電子書籍の場合「一冊売れるごとに新たな印税が発生」するため、ごく普通の著者にたいしても長々と印税支払いが続きます。

しかも今は、ネットに書かれた書評がいつまでも残っている時代です。

私もこのブログで本を薦めるエントリをよく書いていますが、

ずっと先、私や著者が死んじゃった後にだってそのエントリを読んで、「わー、この本おもしろそう! 私も読んでみたい!」と思う人はいるでしょう。

そういう人が年にふたり現れるだけでも、 15年で印税は支払い基準の 5000円を超えてきます。


紙の本であれば、「わー、読んでみたい!」と思った時には絶版で読めなかったりするのに、電子書籍ならいつまででも読めるため、

究極的にはどの本も、何十年か後には印税支払いが必要になる可能性があるんです。


すると出版社は印税を払うために、本が出てから 何十年もたっている著者の現住所や銀行口座やマイナンバーを調べるわけですが、

そんだけ時間がたってると担当編集者も退職してたり、著者も引っ越してたり、死んでたりするわけで・・・果たして正しく支払い業務を続けることが可能なのか、甚だ疑問です。


著者が死んで 50年たてば著作権が切れ、印税を払う必要はなくなるのではって?

なるほど。

そうなると今度は「どの本の著者がいつ死んだか」というデータを出版社は集める必要がでてきます。

太宰治氏ならメディアでも「没後○○年!」などと報道されますけど、その辺のふつーの著者なんて「いつ死んだか」どーやって調べるんですかね?

まさか「ネットで検索したら、○○年に死んでるらしい」みたいな噂に基づいて、契約事項を変えたりできませんよね? 遺族に死亡届をだしてもらって、50年、管理するの?


考えれば考えるほど、考えたくなくなりますね。


というわけで、「印刷も不要で在庫リスクも無い。だったらもっと安くて当然」と思われがちな電子書籍ですが、

出版社のバックオフィスにとっては、実はめっちゃめんどくさい商品なのです。

もちろん「すごく売れる本」であれば、それだけの手間暇をかけても全く問題ありません。

しかし、たいして売れない本に関しては、「正直、時代が時代だから電子版も出さざるを得ないけど、たいして売れない本の電子書籍なんて作りたくない」のが出版社の本音なんじゃないでしょうか。

そしておそらく今後は「電子書籍の絶版」という笑えない事例だって増えてくるかもしれません。


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そんじゃーね。


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