ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

Chikirinの日記 RSSフィード

2017-09-24 中朝国境のリアル

先日 こちらの企画で 訪れた中国の東北三省。

旅の内容はシリーズでご紹介しますが、まずは丹東。ここは、鴨緑江を挟んで北朝鮮と向かい合う中朝国境の街です。

グーグルアースで検索すると、鴨緑江の東側には北朝鮮の新義州、西側には中国の丹東市が見えますが、その開発され具合には大きな格差があります。

→ グーグルアース 丹東


鴨緑江で観光フェリーに乗って撮った写真でもこんな感じ。(右が中国で左が北朝鮮)

f:id:Chikirin:20170924031556j:image:w500


望遠でとると中国側がこれで、

f:id:Chikirin:20170924031552j:image:w500


北朝鮮側がこれ。

f:id:Chikirin:20170924031551j:image:w500


ちなみに鴨緑江は「中国と北朝鮮の共通財産」なので、北朝鮮の船は中国側の沿岸ギリギリまで近づいてもよく、中国側の岸に上がりさえしなければ問題ありません。

なので、川で砂利を掘る北朝鮮の船がすぐ側にいたり、下記で右側に見える小さな船のように、

f:id:Chikirin:20170925142951j:image:w500


網を投げて釣りをする一般人の小舟もいたりします。中国人ガイドさんに「北朝鮮の人、やせてるねー。ご飯がたくさん食べられないからねー」とか言われてましたが、確かに身なりも船もかなり質素。

f:id:Chikirin:20170925142952j:image:w500


こちらは北朝鮮の兵士かな? すぐ前の川が中朝国境ですが、ライフル持って警戒してるというわけでもなく、しゃがんだりしてたむろってる感じです。

f:id:Chikirin:20171009205852j:image:w500

(上 3枚の写真は同行者撮影。他はちきりん撮影)


でもこれじゃあ、密輸も脱北も簡単じゃないかって? 

そうですね、逮捕されて強制収容所に送られるリスクさえ恐くないというなら、簡単なことでしょう。


★★★


私は 12年前に 「残念ながら北朝鮮は崩壊しないよ」というエントリを書いているのですが、その根拠は、まさにこの距離感にあります。

今の中国がこうして国境を接しているのは(一応)友好国の北朝鮮ですが、北が崩壊して韓国に統一されたりしたら、こんな近くまで在韓米軍がやってこれるわけで、

中国にとって「北朝鮮という国家を崩壊させないこと」は、「北朝鮮の核保有を阻止すること」より、遙かに重要な国益なのです。


しかも地上では、国境はさらに近い場所にあります。

下記の写真を撮ったのは手前の鉄格子のこちら側=中国領土。

写真の中央がボーダー上の緩衝地帯で、その先に見えるごく簡易な柵の向こうが北朝鮮。その距離 10メートルほどで、収穫の季節には働く北朝鮮農民の姿も見られるといいます。

f:id:Chikirin:20170924031543j:image:w500


そこから長く続く鉄条網もごく簡単なもので、

f:id:Chikirin:20170924031542j:image:w500


すぐ側の幹線道路は誰でも自由に通行できるし、警官のひとりも見当たりません。

f:id:Chikirin:20170924033355j:image:w500


モノを投げるな的な注意書きはありますが、全体にとても牧歌的。中国は、北朝鮮との国境をまったく警戒していません。

f:id:Chikirin:20170924031544j:image:w500


日本人は行けませんが、中国人なら北朝鮮ツアーへの参加も簡単です。

こちらは丹東のホテルに掲示された北朝鮮ツアーの値段。一元= 16円ほどなので 4泊で 4万 3千円、1泊で 1万 3千円弱ですね。中国人なら簡単にビザがとれ、北朝鮮に泊まりがけで遊びに行ける。

f:id:Chikirin:20170924031557j:image:w300


しかもガイドさん曰く「昔は冬になると鴨緑江が完全に凍ったため、河の上でスケートをして遊べた」

現在は温暖化の影響でそこまでは凍らないそうですが、実はこの河、向岸まで十メートルちょい、みたいな場所も多数あります。

今は遠くにいる米軍がそんな位置までやってくるかもしれない・・・それは中国にとって、北朝鮮による核弾頭付きミサイルの開発などより、よほど恐ろしいことなのです。


★★★


そしてもうひとつ、今回の丹東訪問でようやく理解できたことがあります。

それは、金正恩氏が、叔父である張成沢氏を処刑してしまった理由です。

張成沢氏は父である金正日氏の妹の夫で、正恩氏の叔父にあたります。金正日時代には最高指導者の“身内”として重用され、主に中国とのパイプ役を担っていました。

その彼が手がけていたのが、この丹東市に中朝間の自由貿易特区を作るというプロジェクトです。


しかしプロジェクトは、張成沢氏が処刑されて以来、完全にストップしてしまいました。

新区のため新たに作られたこの超近代的な橋も、工事は完成しているのに、北朝鮮が許可しないため開通できていません。

f:id:Chikirin:20170924031545j:image:w500


また、橋の麓(丹東側)に作られた近代的な巨大ビルが林立する広大な「丹東新区」も、今は人影もないゴーストタウンと化しています。

f:id:Chikirin:20170924031546j:image:w500

f:id:Chikirin:20170924031547j:image:w500


今回、この巨大な新開発地区を目にしたことで、私には張成沢が処刑された理由が直感的に理解できました。

だって・・・橋も街も、ほんとーに巨大で立派なんです。

もし予定通り橋が開通し、経済特区が機能し始めていたら、責任者であった張成沢氏には、中国企業との強力なコネクション、貿易にまつわる様々な権益、そして、巨額の資金(裏金含む)が転がりこんだことでしょう。

直系ではないとはいえ金一族の親戚である叔父がそれらを手にすることを、権力の座についたばかりの若き金正恩が嫌がった(=強く警戒した)であろうことは、容易に想像できます。

まずは張成沢を排除しないと、枕を高くして眠ることはできなかった。これが処刑の理由でしょう。


一方、この橋と経済開発新区を見て、先代の金正日氏は(中国の成功体験から学び)改革開放政策によって北朝鮮を発展させようと考えていたのだ、ってこともよくわかりました。

そういえば金正日氏は小泉訪朝を受入れ、拉致まで認め謝罪しています。今から考えれば、これは画期的なことです。

おそらく彼は、開放政策を推進する上で、中国だけでなく日本との関係も改善したいと考えていたのでしょう。

その方針が続いていれば、北朝鮮も今とはまったく異なる国になっていたかもしれない。

しかし志半ばで彼は死に、息子の金正恩は大きな方向転換を行いました。

経済開放政策を中断し、核開発を推進する方向に舵を切ったのです。


★★★


丹東と新義州を結ぶ橋は他にもあり、市街地の近くではこのように 2本の橋が並行してかかっています。一本は北朝鮮と中国の通常の交易に使われていますが、

f:id:Chikirin:20170924031553j:image:w500


もう一本の橋は「丹東断橋」と呼ばれ、途中で途切れています。これは、日本が朝鮮半島を支配していた時代に(日本によって)作られた橋が、朝鮮戦争時に米軍の爆撃で打ち落とされたためです。この写真で奥側の橋が途切れているの、わかりますよね?

f:id:Chikirin:20170924031550j:image:w500


今は橋の途切れた部分に多くの人が押しかけ、写真を撮りまくる観光スポットになっています。

f:id:Chikirin:20170924031555j:image:w300


私たちが訪れた日はお天気も良く、国境の町、丹東は観光客で溢れかえっていました。あちこちで結婚式が行われ、国連で北朝鮮への制裁決議が採択された直後なのに、なんの緊張感もありません。

実際ここは「アメリカが絶対に爆撃しない中国本土」にあり(そんなことしたら世界戦争勃発です)、かつ、北朝鮮のミサイルも「絶対に飛んでこない」という、ものすごく安全な場所なので、平和なのは当然かもしれません。

なのでこういうことがあっても、驚いてるのは私たちくらいでした。



あと、丹東市にはなぜかラインのキャラが北朝鮮側に向けて微笑んでました。

f:id:Chikirin:20170924031548j:image:w500


以上、私は 12年前に こんなエントリ を書いているくらいですから、中朝の近さ(親密さ)はよく理解しているつもりでした。

それでもやはり現地に足を運び、うららかな陽気の中、遊覧船でクルーズしながら北朝鮮と中国の景色を楽しみ、断橋の上をゆっくり散歩していると、肌で感じられることがたくさんありました。

下記はずいぶん前ですが、38度線を挟んで対峙する北朝鮮と韓国の仮国境(いまだ休戦中)の板門店を訪れた時にとった写真です。


f:id:Chikirin:20170924132015j:image:w500

(正面向こう側の建物は北朝鮮領。手前のプレハブが 38度線上に立つ交渉部屋。手前の兵士は韓国軍、奥の兵士は北朝鮮軍の兵士)


当時は「万が一のことがあっても、補償を求める権利は放棄する」と書かれた合意書にサインまでさせられ、物々しい雰囲気での訪問でしたが、

これが「資本主義国と共産主義国」の国境の現実であり、それは、最初に紹介した「友好的な共産主義国同士の国境」とはまったく異なります。

中国は鴨緑江沿いの平和な国境を、けっしてこんな場所にはしたいと思わないでしょう。


そんじゃーね!


社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう! (だいわ文庫)
ちきりん
大和書房
売り上げランキング: 194,521


→ Kindle 版

→ 楽天ブックス

2017-09-03 ヴェネチアの勧め

社会派ブロガーであると同時に、旅行家でもある私 “ちきりん”、今年の夏休みはヴェネツィアで美術館巡りを楽しみました。

ご存じの方も多いでしょうが、ヴェネツィアは“ものすごく特別な街”です。


f:id:Chikirin:20170903162518j:image:w450

(上記は後述プンタデラドガーナの窓より)

f:id:Chikirin:20170903162534j:image:w450


7世紀から 1000年に渡って栄えた海洋王国(ヴェネツィア共和国)の壮麗なバロック様式の建物がきれいに残っていること、大小の運河が街の交通の大動脈として今でも機能していることなど、その景観はパリともローマとも、もちろん、ニューヨークやロンドンとも大きく異なります。


f:id:Chikirin:20170903162526j:image:w450

f:id:Chikirin:20170903162524j:image:w450


ヴェネツィアで一番有名なのはご存じ(下記の)サンマルコ広場。周囲にはサンマルコ寺院やドゥカーレ宮殿など見所が集まっています。

また、絵画鑑賞なら一番有名なのはアカデミアという美術館なので、「ベネチアに1日だけ滞在するツアー」の場合、たいていその 2ヵ所+お土産屋めぐりが定番コースとなります。


f:id:Chikirin:20170903162529j:image:w450


んが、私の場合ヴェネツィアは 4度目ということもあり、今回は他の美術館をあれこれ観て回りました。

サンマルコ広場周辺に比べるとどこもガラ空きなのに、内容的には寧ろ輪を掛けて素晴らしく充実しており大感動。ひとつずつ紹介すると・・・


スクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコ

集会場として作られた巨大なホールが二階にあるんですけど・・・ここだけは皆(絵が嫌いとかわからんとか、そういう人も含め)とりあえずベネチアを訪れた人は全員、観に行ったほうがいいです。

飾ってある絵もすごいらしいけど、そんなことより天井や壁の装飾が凄すぎます。

f:id:Chikirin:20170903162549j:image:w450


鏡板が借りられるので、それを持って天井を映して鑑賞しましょう。奥にある礼拝堂もすんごいよ。もはや私の文章力ではそのスゴさはとても表現できません・・・。


カ・レッツォーニコ

バロック様式の建物で、内部はヴェネツィア博物館になっており、家具や調度品の揃った部屋からは当時の貴族の生活様式がよくわかります。

特に、上階にある薬局は薬の入れ物や道具が完璧に残っていて必見。当時のヴェネツィア貴族の豊かさが偲ばれ、かつ驚嘆させられます。

ここの一階はカフェになっていて、下記はそのカフェからの眺め。まるで絵画みたいだし、中世そのままの景色でしょ。その上たまに生演奏もしてたりと、コーヒー一杯でめっちゃ優雅な時間が過ごせます。


f:id:Chikirin:20170903215631j:image:w280


プンタ・デラ・ドガーナ

ちきりん超お気に入りの現代美術館がこちら。二度目の訪問です。

元々の建物はヴェネツィア共和国時代の「海の税関」で、埠頭の突端に位置しているため、窓からも絶景が楽しめます。(写真中心の平べったい建物です)

f:id:Chikirin:20170903162530j:image:w450


内部では常に異なる企画展をやっているので、何度でも訪問したくなります。今回の展示は、オブジェを海に沈め、珊瑚を繁殖させて引き上げたもの。すごい迫力でした。。


f:id:Chikirin:20170903162547j:image:w360

上記は二階まで届く大きさ。下は等身大くらい。

f:id:Chikirin:20170903162548j:image:w360


こちらは作成過程の写真。いったい何年掛けて作ったんでしょう??

f:id:Chikirin:20170903162519j:image:w450


また、建物は日本が誇るコンクリートの魔術師(?)、安藤忠雄氏の設計で、

f:id:Chikirin:20170903162544j:image:w500

中世のヴェネツィアの建物と近代コンクリート、そして、現代アートのみっつが感動的に上手く調和しています。

f:id:Chikirin:20170903215632j:image:w460

f:id:Chikirin:20170903215633j:image:w460

美しすぎるでしょ? 現代アートと建築に興味のある人には感動モノの美術館です。


グッゲンハイム美術館

アメリカの富豪で現代アートのコレクターだったペギー・グッゲンハイムの元住居を、その絵画コレクションを展示する美術館として使っています。

当時の部屋の様子の写真、そこに映っている家具の展示をみると、「アートをまとって暮らすワールドクラスの富豪の生活」が垣間見れます。

建物も、運河に面した入口とバルコニーからの景色が本当に素敵で、「富豪ってマジ羨ましい!!!」と嘆息

f:id:Chikirin:20170903162522j:image:w450


庭にあるこの文章も大好き。なお展示品はほとんど変わらないみたいです。

f:id:Chikirin:20170903162523j:image:w450

※言葉の意味は??と思われた方は 6年前のこちらのブログをどうぞ


カ・ドーロ

カ・ドーロは黄金宮殿という意味で、昔はファサード(建物の前面デザイン)が金で装飾されてたらしい。

内部のフランケッティ美術館は企画展をよくやっていて、今回は中東由来のアンティーク・カーペットの展覧会でした。

その作品レベルも非常に高くて堪能しましたが、ここの見所は建物のバルコニーです。

一階には優美なホールと大運河に面した船着き場付きのバルコニー、二階と三階のバルコニーも広くてガラスや窓の造作、それらを通して見える運河の街並みと陽差しは息を呑む美しさ!


f:id:Chikirin:20170903162541j:image:w450

(上 一階の大運河に面した入口。当時の住人(貴族?)は船でここから出入りしたのでしょう)


f:id:Chikirin:20170903162542j:image:w450

(二階か三階のバルコニー。ずっと遠くまでビルなど現代のものが一切目に入らないのがスゴイ)


カ・ペーザロ

バロック様式の建物の内部は現代美術館、および、東洋美術館として使われています。特に観て欲しいのは上階にある東洋美術のコレクション。

日本でもなかなか観られないほどの武具のコレクションが見事で、あの時代にこれだけのものを蒐集してたなんて、どんだけすごかったんだヴェネツィアのお金持ち! って感じです。

てか、こんなもんまで運んで来てるんだよ。日本でも観たことないだよ、こんなきれいな籠!!

f:id:Chikirin:20170903183132j:image:w460


クエリーニ・スタンバリア絵画館

こちらも昔の名画に現代美術を組み合わせて展示していました。ヴェネツィアの美術館はどこも「中世と現代アートを組み合わせて魅せる」のが本当に上手い。


f:id:Chikirin:20170903162538j:image:w450

中世の建物&調度品と現代アートのコンビネーションには独特の雰囲気があります。なお当サイトの写真はすべて撮影が認められた場所での“ちきりん”撮影です


f:id:Chikirin:20170903162536j:image:w460

当時の内部の様子がよくわかる部屋も多数


昔のヴェネツィアの様子を描いた絵画が壁いっぱいに飾ってある部屋があり、今と当時の街の比較ができます。こういうの観ると、何気ない風景を記録しておくって大事だなとわかります。

f:id:Chikirin:20170903162537j:image:w450


上記以外にも、通りすがりに見つけた現代美術の展覧会もいくつか楽しみました。無料でこんなの観られていいの!って感じです。


f:id:Chikirin:20170903162520j:image:w450

(上下は異なる展示会場です)

f:id:Chikirin:20170903162533j:image:w450


また、街には(お金持ち向けの?)ハイセンスなショップがたくさん。下記は照明器具のお店。どんな部屋に使うんだろー!

f:id:Chikirin:20170903162521j:image:w450


以上、定番のサンマルコ広場周辺とアカデミアを除いてもこれだけ素晴らしい美術館があり、もちろん、これ以外にもまだまだ見所の集まったヴェネツィアという都市。

アート好きな人なら 10日くらい滞在してもまったく飽きないと思います。めっちゃロマンティックな街なので、新婚旅行にヴェネツィアのみ長期滞在ってのもおしゃれです。


それと今回思ったのは、「ヴェネツィアって初めて一人旅をしたい若者にも向いた都市だよね」ってこと。

治安もいいし、街がコンパクトなので、公共交通機関(水上ボート)を利用してひとりで回るのも簡単です。他の芸術の都、ローマ、パリやウィーンより動きやすいんじゃないかな。

現地の人はもちろんイタリア語ですが、観光地なので英語もかなり通じます。

ご飯も美味しいし、ひとり旅に便利なファストフード(ピザとか、テイクアウトのパスタ、サンドイッチなど)も豊富。

f:id:Chikirin:20170903162527j:image:w450

生ハムはどこでも“てんこ盛り”で出てきます・・・

f:id:Chikirin:20170903162535j:image:w300

ジェラートがめちゃ旨!

f:id:Chikirin:20170903162540j:image:w450

日本食レストランのメニュー。どこが日本食やねんの?


8月や芸術祭などイベント開催時はホテルも埋まるし高騰しますが、ハイシーズンを外せばホテルも東京並じゃないかな。

ちなみに私が初めてヴェネツィアを訪れたのは学生時代。ひとり夜行列車でサンタルチア駅に早朝到着をした後、

眠い目を擦りながら駅から一歩外に出た瞬間、目に飛び込んできた運河と中世の街並みには大驚愕。感動で立ちすくんでしまったことを今でもよく覚えています。

これは今回の写真ですが、駅前はこんな感じ。おどろくでしょ。駅を出てすぐこんなんだと・・・

f:id:Chikirin:20170903162543j:image:w460


こちらは学生時代に初めてベネチアを訪ねた時、泊まったホテルで撮った写真。左に映ってる赤いボストンバッグひとつで一ヶ月くらい旅行してました。

f:id:Chikirin:20170903162517j:image:w300


エレベーターの無い中世の貴族の館には、最上階に使用人が住む小部屋(いわゆる屋根裏部屋)があります。

上記はそういう部屋で、広さは 2畳ほど。お風呂はもちろんトイレもついて無いけど、部屋より広い 3畳ほどのベランダ(てか物干し場)が利用できる素敵なお部屋でした。

当時はネットもないので事前予約もなく飛び込みで部屋を探し、値段を交渉して借りてます。

ホテル代は今回泊まったホテルの 10分の 1くらいだったと記憶してるけど、ヴェネツィアという街の特別さに大興奮したあのワクワク感はまったく変わりません。

若い方で「一人旅してみたいな」と思ってる方、特にアートが大好きな方にはヴェネツィア、超お勧めです!


おまけ)ギリシャのコルフ島にある東洋美術館も浮世絵のコレクションが素晴らしかった。

f:id:Chikirin:20170903162528j:image:w400


海外の浮世絵といえばボストン美術館が有名ですが、それにも引けを取らないレベルでした。もしクルーズなどで立ち寄る機会があれば、ぜひ覗いてみてください。


f:id:Chikirin:20150810175729j:image:medium

そんじゃーね


世界各地の美術館の比較などを含む“ちきりんの旅エッセイ” 

文庫&電子本になりいっそう手軽にお読みいただけるようになりました!

社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう! (だいわ文庫)
ちきりん
大和書房
売り上げランキング: 194,521


→ Kindle 版

→ 楽天ブックス


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+personal/  http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/