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Chikirinの日記 RSSフィード

2018-03-09 「皇室外交の大きな価値」を理解しよう!

シリーズでお送りしているエントリの 4回目。今日は、なぜ私(ちきりん)は天皇制について、こんなに熱心に書いているのか、です。

第一回 日本人としての必読書

第二回 皇位継承に男女平等を持ち込むのは変でしょ

第三回 皇位継承問題より公務負担問題

本やブログの読者ならよくご存じのように、私はとても「実利的」な性格です。

だから天皇制や男系維持を支持している理由も、「伝統だから」「神の国だから」「右翼だから」ではなく、たんに「日本にとってお得な制度だから」です。


先日来お勧めしている下記の本を読めば、日本が千年も続く天皇家を擁していることで、どんだけトクしてきたか、今でもどんだけトクしているか、よくわかるはず。

知られざる皇室外交 (角川新書)
西川 恵
KADOKAWA (2016-10-10)
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既に本を読まれた方からも、下記のようなコメントが寄せられています。


いったいどんなトクをしているのか?

歴史を遡って考えてみましょう。

・ヒットラー

・ヒロヒト

・ムッソリーニ

歴史のある時期、この 3つの名前は並べて語られていました。言うまでもなく、第二次世界大戦の枢軸国、ファシズム国家の独裁者の名前です。

こういう並べ方に違和感を感じる人もいるでしょう。でも、それは私たちが「日本人だから」です。

世界にとってこの 3名は、とんでもない戦争を引き起こした非人道的な独裁者=ファシストです。


一方、この 3名には違いもあります。

それは、ひとりだけ「戦争後も生き残り、元首の座にとどまった」ということ。

ご存じのようにヒトラーは自殺、ムッソリーニは銃殺されています。

なのにヒロヒトは・・・(私も日本人として昭和天皇をこのように呼称することには多大な違和感がありますが、このエントリでは、あくまで世界から見た視線で記します)

象徴という立場には変わったものの、その後も長く日本の元首として過ごし、天寿を全うしました。

世界から見れば彼は、「ファシズム国家である大日本帝国を率い、中国の侵略や第二次世界大戦を引き起こしながら、その責任を曖昧にしたまま戦後もずっと元首の立場にとどまった人」なのです。


1989年1月、日本では「昭和天皇 崩御」が大々的に報じられ、国全体が長期にわたって喪に服しましたが、

このニュースの世界での報じられ方は「戦争責任者、エンペラー・ヒロヒト逝く」でした。

世界にとっては、「そんな人がまだ生きていたのか!」って感じだったのかもしれません。


★★★


敗戦後、日本は米国に占領され、独立国でなくなります。一国も早く独立し、国際社会に復帰したい。それは当時の日本の切なる願いでした。

でも、世界中が日本に怒りまくっているなか、日本を相手にしてくれる国はなかなか見つかりません。


戦後、日本を訪れた他国のトップは、

最初が、1956年11月に訪日したエチオピアのハイレ・セラシエ皇帝、

次が 1958年5月、イランのパーレビ国王

そして三番目が、同年 9月の、インドのプラサド大統領です。


わかりますよね?

国際社会に復帰するため、とにかく海外のトップに日本に来て欲しい。日本政府が必死の外交努力を続けても、先進国の元首なんてまったく来てくれない。

どこも「最初に行く国にはなりたくない」からです。

そんなことをしたら「あんなヒドい国を、なぜ我が国は世界に先駆けて許すのか!」と世論の突き上げを喰らってしまいます。

しかも当時の日本は、今のような「行けば多額の援助が約束してもらえる経済大国」ではなく、「やせこけた孤児が裸で走り回り、餓死者が相次ぐ貧しい国」だったのだから、なおさらです。


そんな中、大きなリスクをとって先進国から初めて訪れてくれたのが英国のアレクサンドラ王女(1961年11月)でした。

元首でもないこの若い王女を、昭和天皇は自ら羽田空港まで出向いて迎えます。

政治家である(=選挙で選ばれ選挙で落とされる)イギリスの首相は、こんな時期に日本を訪れることはできませんでした。

戦時中、ビルマやシンガポールでは多くの英軍兵士が日本軍の捕虜となり、過酷な強制労働や虐待の仕打ちを受けていました。

イギリス国民の間にはその記憶が生々しく残っており、「日本はドイツと並ぶ憎き敵国」という意識がまだ強かったからです。

そんな中、「なんとか国際社会に復帰したい」という日本の切なる願いに協力してくれたのが英王室だったのです。


なぜ英王室は、英首相さえ訪れられない日本の国際社会復帰に力を貸してくれたのか?

それは、王室と天皇家のあいだに戦前からのつながりがあったからでしょう。

昭和天皇は皇太子時代にイギリスを訪問し、英王室とも親交を深めていました。当時、両国の王室は極めて良好な関係にあり、しかも政治家と異なり、王室のメンバーはずっと変わりません。

これはとても大事な点です。

首相や大統領は数年ごとに人が替わるけど、王室メンバーは変わらない。だから、たとえ一時期、関係がこじれても修復が可能なんです。


親子の関係も同じでしょ。一時期、反目し合ったり、音信不通になっても、ずっとあとから再び、交流が始まったりする。ある期間に受けた許しがたいと思われた行為も、許せる時が来る。

こういうのは、数年ごとに人が変わってしまう政治家同士の関係では難しい。

「小さい頃から知っている」「ともに国王にあった父親同士が仲がよかった」「家族ぐるみのつきあいをしてきた」ことが、大きく役に立つ。これが王室外交の有利さです。


★★★


ところで・・・

日本人の中には「戦争中の日本の行為に怒っているのは中国と韓国だけ」と考えてる人もいます。

でも、それは事実ではありません。

1971年、昭和天皇がオランダを訪問した際には激しい反対デモが起こり、天皇が乗った車のフロントガラスに魔法瓶が投げつけられるという事件が起こっています。

ケガはかなったけれど、防弾仕様のフロントガラスにヒビが入ったというから相当の衝撃です。

さらに天皇が宿泊したホテルの周りにも、一晩中、デモ隊が騒いでいたとのこと。


なぜそこまで対日感情が悪いのか?

実は、日本を戦争に追い込んだ「 ABCD 包囲網」とは、アメリカ、イギリス、中国、オランダの頭文字です。

そして戦争中、オランダの植民地だったインドネシアで日本は、民間人 9万人を含む 13万人のオランダ人を捕虜収容所に放り込み、そのうち 2万 2千人が食料不足や風土病で死亡しています。

この「捕虜の死亡率 = 17%」は、超過酷な環境下で死者が続出したシベリア強制収容所での日本人の死亡率 12%を遙かに超えています。

どんだけ悲惨な収容所だったのか・・・と思いますが、こんなことを知っている日本人はほとんどいないのでは?

しかしオランダには、それを覚えている人(てか遺族の家族や友人ら)がたくさんいました。


昭和天皇が訪問した 1971年は、終戦から既に 26年が過ぎています。それでもオランダでは、まだ相当な反日感情が残っていたのです。

それどころか戦後 40年以上たった後の昭和天皇の大喪の礼にさえ、オランダの王族は出席できていません。

この 1989年、日本は空前のバブル景気に湧き、アメリカに継ぐ「第二の経済大国」として世界経済の舞台に君臨していました。もはや終戦直後の貧しい国ではありません。

多くの国がこぞって日本を訪れたいと考えたこの時期でさえ、オランダの王族は(自国民の国民感情を考えると)天皇のお葬式に出ることはできなかった。

欧州でもそれくらい長く、反日感情は残っていたんです。


★★★


こういった厳しい国民感情を地道に、そして着実に緩和してきたのが、いわゆる皇室外交です。

下記の本の中には、他にもイギリスやフィリピンなど、今の日本人が「反日的」とはまず感じない国々でも、当時は多くの複雑な感情が残っており、

それを皇室外交がどれだけ効果的に解きほぐしてきたかが語られています。

今なら、多額の賠償金を払うからと許しを乞うこともできるでしょう。でも、敗戦で焼け野原になった日本には、お金もありません。

皇室外交はそんな日本にとって、千金に値する価値がありました。

「天皇制度なんてあってもなくてもいい」とか言ってる人も、たった 800円ほどだしてこの本を読むだけで、まったく違う世界が見えてくるんじゃないでしょうか。


知られざる皇室外交 (角川新書)
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二十世紀初頭には 約 100 の君主国がありました。でも、その数は革命や政変で減り続け、今や 30ヵ国ほどにまで減ってしまいました。

しかも今も残る王室の中で、日本の天皇家はもっとも長い歴史を誇っています。→ 「世界の王室の歴史トップ 10

一度でも中断させてしまったら、「世界最古の王室」という価値は決して取り戻せません。文字通り「取り返しがつかない」のです。


最初に書いたように、私がこの制度を死守すべきと考えているのは、思想的な理由によるものではありません。

実利的に考えて、こんな「お得な制度」を手放すなんて、ありえないと思うからです。

日本の国益にもっとも役立っているのは、平和憲法でも国民の勤勉さでもなく、「 1000年続いてきた天皇制を維持できているコト」です。


日本は必ずしも外交上手な国ではありません。

そんな国において、外交カードとして最強の王室を、ここまで長く万世一系のまま維持できているのは「僥倖」以外のなにものでもないんです。

中国や韓国は、歴史の中でそれぞれの王朝を滅ぼしてしまいました。ほんとにアホなことをしたものだと思います。


もちろん、いろんな意見があるでしょう。

でもね、最低限、皇室外交がどれだけ大きな価値をもってきたのか、その歴史くらいは知っておいても損はないと思います。


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そんじゃーね!


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