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Close to the Wall

2007-07-31

[][]Asturias - Cryptogam Illusion

クリプトガム・イリュージョン

クリプトガム・イリュージョン

運良く中古で手に入れたアストゥーリアスのサードアルバム。エレクトリックアストゥーリアス時代のラストアルバムでもある。

エレアスのアルバムを聴くのはこれが初めてなんだけれど、聴いてみて目立つのは90年代はじめあたりの多少古めかしく感じられるシンセ類だ。ニューエイジというのかそういう時代性を感じさせる音色で、時代的に仕方がないのだろうが、そこは今聴くと微妙。

しかし、楽曲の質の高さはさすがで、バンドサウンドを土台にしつつも、きらびやかなシンセヴィオラチェロファゴットといった生楽器を生かした旋律の美しさは格別。エレアスといいながらも、クラシカルな生楽器の多用は後のアコアス路線につながるものを元々持っていたことを示している。

しかし、それにしても曲が良い。旋律が綺麗でメロディ重視の楽曲構成のせいか、自然にリラックスして聴ける。そのうえに落ち着きだけではなく躍動感も持ち合わせていて、ただ綺麗なだけではない勢いの良さがある。

いまはアコアスしか入手できない状況だけれども、どこかで見つけたら是非とも聴くことをお勧めする。おそらく、アコースティック・アストゥーリアスを気に入った人ならきっと気に入るだろう。

1.Distance

ミニアルバムBird Eyes View」劈頭に収められた早弾きピアノのアコアスバージョンを先に聴いていたので、打ち込みと思われる高速パッセージの冒頭には違和感があったが、きらびやかなシンセの音色での高速フレーズと、ヴィオラの旋律の代わる代わる現れる構成を聴く内にすぐに気にならなくなった。アコアスバージョンも良いが、このエレアスバージョンもかなり良い。

2.Cryptogam Illusion

タイトルトラックはいかにもニューエイジという感じの打ち込みを多用した厳かな感じさえするスローな曲調。一曲目ではヴィオラだったが、ここではより低音で落ち着きのあるチェロがリードを取る。ラストに近づくに従って、どんどん音が厚みを増していく。

3.Adolescencia

アコアスのフルアルバムにも再録されていた曲。ファゴットによるものか、牧歌的で優しい音色が印象的な曲で、強いインパクトがある曲ではないが、非常にリラックスして聴ける。

4.Mistral Island

シンセパーカッションが主軸で幻想的な雰囲気を持つミドルテンポの曲。

5.Phoenix

ロック的なダイナミズムを持った曲で、エレキギターも加わった今作のハイライトリコーダー系の笛みたいな音色のシンセの音が印象的で、これのおかげでどこか牧歌的なトラッドな雰囲気もある。ピアノもよい。今作にはエレキギター担当がリーダーの大山曜と元新月の津田治彦と二人いるんだけど、ここでソロを取っているギターは津田氏なんだろうか。

まあ、とりあえず名曲。是非アコアスでもやってほしい。

6.Glacier

これもニューエイジ的な瞑想的で神秘的な曲調。

7.Cyber Transmission

サイバー。デジタルロックインストという感じで、時代を思わせるものがあるが、後半ギターが出てきてかなり格好良く展開する。

8.Danca Das Borboletas

シンセとギターそれと生楽器の多様なコラボレーションが楽しめる。ミドルテンポの曲ながらアレンジは緻密で聴き応えのある曲。パーカッションの使用など、どこか民族音楽的な要素も感じさせる。後半のハイライト

9.O Tempo Passa

アコギと上野洋子のヴォーカルだけで構成されたラストトラック。スペイン語っぽい歌詞で歌われる歌が面白い。ラストにタイトル曲が音量小さく流れてフェードアウト。

やはりアストゥーリアスは良いな。エレアス時代の他のアルバムも欲しい。2004年に再発されたやつはもうすでに手に入らないのが痛い。是非再発を。

個人的には、エレアス時代の曲も積極的にアコアスで再録なりして蘇らせて欲しいし、アコアスでの曲をエレアスを復活させて演奏して欲しいな。せっかく二つの方法論があるので、両者を縦横に行き交ってみるのも面白いと思うんだけれど。

[]自分は金をありがたがらないよと繰り返し主張する人

もうさ、結構前に「まともに読んで」しまったせいで、粘着的な批判をやったんで、もう二度と読むことはないだろうと思ってたんだけど、ふと読んでみると、さらに劣化してるんでびっくりだよ。

格差社会って何だろう (内田樹の研究室)

端的に「ゴミ」。なんだこれ。格差社会についてこの人はずいぶん前から発言してる様子だったし、ニートがどうとか本も出してたはずなのに、なんにも知らないんだな。少しもものを調べた様子がない。これはすごいことだ。仮にも学者が、何の現実的根拠も持たずにここまで適当なことを喋り散らすことができる。

社会問題に対する極端なまでの不勉強と、学問的与太を援用した小賢しい現代批判。その全てがすばらしいまでに的外れ。

「格差」とは何のことなのか?

メディアの論を徴する限りでは、これは「金」のことである。

平たく言えば年収のことである。

違うだろ。金そのものが問題なんじゃない。問題は、労働―生活を維持するに足る金を得る手段―だろうが。ワーキングプアなりフリーターなりそうした非正規雇用が問題になっているのは、それらの労働に対する賃金に格差が生じ、貧困を生み出しているからだろ。「メディアの論を徴」したって、中吊り広告くらいしか見てねえんじゃねえのか?

格差社会」論とは、大意「金のことをつねに最優先で配慮する」振る舞いだと言っているが、ここにもトリックがある。貧困層が生活を維持するために汲々と金に配慮するのは当然だが、生きていくのに困らない程度に稼ぐ人には別にそこまでして金に配慮する必要がない、というごく日常的な常識を無視しているからだ。

格差はそのものは悪いとは一概には言えないが、格差社会が貧困を固定化してしまうという非常にシリアスな問題がそこにはある。生活保護などの保障というのはそうした貧困をしのぐためにも必要な金銭的援助だ。

拝金主義イデオロギーによってこの社会が住みにくくなったと主張するこいつは、つまり、低収入の貧困層からの保障要求を拝金主義だと見なしている。生活を維持するために金をなんとか得ようとするのが拝金主義だと?

ほんとにクズなんだな。

そもそも、おれは格差社会の解決のために金をやればいいというような議論を目にしたことがないんだが。金銭的援助で生活保障をし、職業訓練をして正規雇用への道を開くという方法を論じているものは知っているが。


後半はほとんど自分がいかに拝金主義的現実を離れた知的で人間の価値を分かった人物かを自慢するだけになっていく。年収、資産で他人を判断したことは一度もない、とか言ってるけど、俺の場合はそもそも仕事が違う他の人の年収なんて知らないし、聞かないから判断材料にそもそもならないんだよ。判断材料にはしないけど、相手の年収を知ってるよ、っていうこの文章ってすごい気味悪いんだけど。年収の話してんじゃんよ。

で、自分が貧乏の時は、

たいていそのうち誰かが心配して、私のために手近なバイトを探して来てくれたので、間一髪のところを何度もしのぐことができたのである。

だって。良いご身分だなホント。


どなたも「格差がある」ということについてはご異論がないようである。

だが、私はこういう全員が当然のような顔をして採用している前提については一度疑ってみることを思考上の習慣にしている。

おれは、あんたに、自分にあるイシューについて何らかの判断を言明するにたる情報と知性があるかどうかを一度疑ってみることを思考上の習慣にすることをお勧めする。


格差と貧困については以下の記事で紹介した本が非常に参考になるので、是非お勧め。某人が格差という言葉でごまかした貧困についてきちんと論じられている。

岩田正美「現代の貧困」ちくま新書 - Close to the Wall