羨望は無知

…夜明けが毎日訪れることを当然だと思っていたのが最大の誤解でした。

2009-06-06

[]山陰方面旅行 2日目(2009-06-04)

昨日の内容がまるで車両説明のようになってしまったが、実質2・3時間なのであれぐらいしか書くことが無かった。その意味では2日目からが旅の始まりと言えるだろう。

ちなみにあまり眠れなかった。親知らずを抜いたあとが痛んで夜中に痛み止めを飲む羽目になり、うとうとしたところで岡山駅に着いたというアナウンスで目が覚めてしまったからだ。特に窓からの外の明かりがカーテン越しにちらちら(トンネルの中など)見えるのが予想以上に睡眠を妨げた。

出雲到着

さて、目が覚めて窓を開けると山間の中を走っていた。雲あるいは霧の中から山がみえるのはちょっと幻想的である。東海道線を走っていた時は爆走していたのだが気がつくと特急なのにのろのろ走っている。カーブもかなり多い。

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山を抜け、米子松江を経由して到着したのが出雲市駅。ちょうど10:00頃だった。あいにく小雨がぱらついている。

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JRから一畑電鉄に乗り換える。一畑電鉄はいかにもローカル線という風情だ。

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出雲大社前駅で降りると左手に大きな鳥居がみえる。駅前が「門前通り」という松並木の参道になっているらしい。

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坂になっている門前通りを上りきると、木製の鳥居が出現する。いかにも神社の参道という感じである。反対側を見ると最初の鳥居の巨大さが良く分かる。この鳥居が今思えばこのあと出現する巨大な建築の序曲だった。

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松の参道。神社というと巨大な杉の並木のイメージがあるのだが、ここは松である。それも松にしては結構な巨木が多い。杉はみられない。

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出雲大社はちょうど30年だか60年だかの建て替えの時期にあたり、建物に覆われ、クレーンがみえる。残念なところだが、それでも大きさを実感するには十分である。

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現在は仮のところでお参りをする形になっている。仮とはいえ、建材は前のものを使用しているようである。ここの参拝方法は独特で、「二拝四拍一拝」、つまり普通の神社で二回拍手するところを4回行う。

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これは左側にある神楽殿だが、有名な巨大な注連縄がある。これもデカイ。とりあえずこのサイズを「縄」とはあまり認めたくないところ。

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神楽殿の前に立っている旗。最近のものだが、これも実はでかい。ポールの高さは、本殿と同じくらいあって、遠くから見るとこの旗と本殿の頭だけが飛び出ている。旗の大きさは70畳あるとかないとか。

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十分今でもでかいがむかしはもっと大きかったとか。高さは東大寺よりも高く、太い柱と長大な階段でできていた。この階段は正直登りたくないものである。

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出雲大社の近くにある島根県立出雲歴史博物館にも足を伸ばしてみた。

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流石出雲の地というべきか、昔教科書でみた銅剣などの青銅器の展示が多く展示されている。数百本の銅剣展示は圧巻。

昼は近くの蕎麦屋で割子そば。だしを掛けてから食べる。このあたりの名物として出雲そばというものがあるらしく、出雲大社周りには多くの蕎麦屋が立ち並ぶ。

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時期的に休日や休暇の時期ではないということもあるかもしれないが、門前通りはやっていない店舗が意外と多い。さながらシャッター商店街の雰囲気も漂う。やっているお店も出雲そばかぜんざい*1か、という感じでバリエーションに欠け、寂しさを助長している。平日とはいえ中高年の観光客が結構いることを考えると意外である。あまりお金を落とさないのだろうか?

電車を待つ間に、一畑電鉄の出雲大社前駅の駅社を写す。

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変わった形のスタンドグラスの窓やアーチ状の天井など、レトロモダンな雰囲気で面白い。どうも産業遺跡に指定されているようである。出雲大社のイメージとは合わないが、これはこれで歴史を感じる。歴史博物館にも古い車両と改札が展示されていた。こういうものは意外と地方の方が良く残っていたりするものである*2

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鳥取・境港へ

出雲大社の後は鳥取県の境港へ向かう。境港は鳥取の北西端にあたる港町だ。一旦出雲市駅に戻り、特急で米子へ。

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今回の旅は基本移動手段として鉄道を使うので、前もって周遊きっぷを購入しておいた。周遊きっぷはゾーン内であれば特急の自由席が乗り放題で便利だ。

米子で珍しい「0番線」から境線に乗り換える。境線は境港が水木しげるの出身地ということでそれを前面に押し出している。乗った車両は違ったが前面ラッピング車両が多く走っている。各駅には妖怪の名前も付いている。…が、本来の駅名より大きく表示してあるのはどうなのか。

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境線も一畑電鉄と同じくローカル線ではあるが、ちょうど中高生の帰宅とぶつかったらしく車内はごった返していた。一畑電鉄はローカル線ならではのまったり車窓を眺めて、ということができたが、まあ元気盛んな世代と一緒ではそれも無理である。

境港の少し手前の中浜という所で降りる。米子空港のすぐそばに当たる。無人駅であり周りには民家ばかりで目立つランドマークが無い。これは想定外。地方の例に漏れず、車がないと厳しいようだ*3。とはいえ、タクシーがつかまる訳でもないのでホテルまで歩く。

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大学時代に神奈川に越してから交通網で基本苦労した経験がなかったので忘れていたが、そうそうこういうのが普通なんだよなぁ、と思いつつ歩いてゆくと潮の香りがしてくる。港町の雰囲気が徐々に感じられる。ホテルに無事着き、夕食はすこしあるいたところで海鮮丼を食す。なかなか新鮮でうまかった。

境港市街を観光…しようかとも思ったが、気軽にでかけるには足が心許ないので明日早めに出て見ることにする。明日は船で隠岐へ。

*1島根発祥らしい。

*2:実家の最寄り駅も大正時代の建物だ

*3:正確には鉄道網が異様に発達した大都市圏が異常なのだろう。

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There is a time in every man's education when he arrives at the conviction that envy is ignorance; that imitation is suicide; that he must take himself for better, for worse, as his portion; that though the wide universe is full of good, no kernel of nourishing corn can come to him but through his toil bestowed on that plot of ground which is given to him to till. The power which resides in him is new in nature, and none but he knows what that is which he can do, nor does he know until he has tried.

— "Self-Reliance", Ralph Waldo Emerson,1848