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思考の境界線

2010-03-23 妥当な点は感覚に依存するよね このエントリーのブックマークコメント

上手く言葉に出来ないんだけど書く。

例えば自分が主張したいことを述べるとき、ポジションを明確にすると思う。私は「こう思う」と、言葉に表すと(実際はつらづら説明するんだけど)一言に集約されることになる。でもその時に本当ははっきりと自分の主張に織り込めない、対極の考え方とのもやもやした境目があることがあるし、よくよく考えるとそういう事は結構あるものな気がする。

逆に、主張を分かりやすくするために単純な問題にして語ったけど、本当は、どちらかといえばこっち、とか、ここまで極端な話じゃないとか、十把一絡げにすんなと思ったりするわけですよ。

それでも意見が対立したときは、いきなり着地点を見つけることはないから、大抵はその境目を天秤にかけたり、優先度を振ることで綱引きをしたり、あえて互いを極論にしてぶつかりあったりするし、まぁ議論とか対話ってそんなもんだとは思ったりする。

ただ、稀に、本来は分かりやすさのために単純化・極論化したのに、主張がそのまま極端な方にシフトすることがある気がする。または相手に極論化されて引き摺られて、本当は妥協点を探るのが目的だったのにいつの間にか主張がガチンコでぶつかって、外から見たらどっちもどっちみたいな扱いをされたり。

これは会話でも文章でもよくあることなんだろうけど、なんとなく文章のほうがよく起こる気がする。なんでかなと想像してみた結果、考える「間」が見えないからなのかなと仮説を立ててみた。

意見と意見がぶつかり合う境目、場合によってはもっと曖昧な何かが双方の間にある。境目なので、どちらかが悩んだり考えたりはっきり言えなかったり、場合によっては妥協することがあるはず。会話ならそこが互いに掘り下げるべきポイントとして認識されて、話が進むはず。(双方が答えを用意していてぶつかると平行線だけど)でも、文章はどうしてそう考えたかの過程は見せても、本人も気付かない揺らいだポイントや引っ掛かったところをカットしてるから、極論vs極論になりやすいのかなと。

どうすればいいのかについてはまだ考えられていないけど、とりあえずここまで。

2009-03-29

特異である恐怖と当たり前である恐怖(書きかけ)

ブックマークミスリードしてしまった感があるので、ちょっと書いてみる。

発端となった事件

社会 - 毎日jp(毎日新聞)

ブックマークした元記事

先生いじめ - 狂童日報

自分のブックマーク内容

例えば自分は先生いじめを見た事ないけど、それが自分の時代に先生いじめがなかった証左にならないというか、体感したかどうかでそれが「よくある事」かどうかが個人毎に違ってくるのが話をややこしくしてるのでは。

100文字制限の中で記載した「良くある事」という記載が色々失敗したなと思った。

発端となった事件に対するリアクションをものすごく大雑把に抽出すると、

    1. 先生いじめ自体は昔からあった
    2. 先生いじめ自体はあったかも知れないが、自分が中学生の頃ならそこまで酷い事をしようとは思わなかった

という一見相反する意見がある。

まず、ここの感覚差は自分が思春期の時代に「先生いじめ」というのをリアルタイムで認識したことがあるかどうかがあると思う。

ブクマに書いたとおり、私は先生をいじめたケースというのにはお目にかからず育ったから、先生いじめというのはドラマか何かの話のように感じてしまう。その場合、今回のような事件で感じるのは、「昔の自分」という座標とその事件との距離感に違和感や恐怖を覚えるのではないかと思う。または先生いじめを経験しつつ、その内容の差異・距離感に「こんなに残酷ではなかった」という思いを持つのではないかと思う。

ただ、「昔の自分」という座標は「もし当時の自分が先生いじめに直面したら」「もし当時の先生いじめの標的である先生が、妊婦さんだったら」というIFが基になっているので、おそらく実際の「昔の自分」より精神面というか情緒の部分が成長した視点で俯瞰して考えている部分があるので、当時の自分が本当にその状況に巻き込まれた時、自分が非情な選択をしないとは限らない、という事は意識すると別の視点が見えてくるのではないかと思う。

一方、「昔から変わらない」「いかにも中学生らしい」と感じた人は、自分の経験から思春期の無邪気な残酷さを覚えている方なんだと思う。じゃその人が、そんなの良くある事だよ、と思っているかといえばそうじゃないと思う。「昔の自分」という一番身近で一般的に感じるモデルケースを座標として事件を考えたときに、当時の自分が考え方や行動の延長線上に残酷な事件があるという、なんというか陸続き感が怖いのではないかと思う。イメージするなら、取り返しのつかないミスをしそうになった瞬間のゾッとする感覚のような怖さ。または陸続き感に安心している面もあると思う。陸続きであれば、「理解できない故の恐怖」というものはないので。

ちょっと急用ができてしまったので、一旦アップ。

2009-03-27

コンビニバイトなめんな

なんとなく挑発的なタイトルつけてみたけど、実際は大したことを書く気もなく。

コンビニの偉い人が、バイト3ヶ月やったら経営について考えるようになるって言ったとかなんとか。

それを読んで自分のバイト時代を思い出すと、実際はもっとしょぼいレベルではあるんだけど、色々と考える事はあったなと。

陳列で見た目を意識してみたり、レジを素早くこなす術を研究してみたり。

でも発注はやらなかったなぁ。

確かにコンビニって仕事の内容が色々だから、「真面目にやれば」奥が深い。

中には遅刻常習でクビになった同い年とか、バックヤードの冷蔵庫に飲み掛けの飲み物置きっぱにして(当然、お金払ってない商品!)やはりクビになった人もいたけども。

真面目にやっていればそれなりに楽しくて、わいわいとポップ作ったり、誰かのお気に入り商品が入荷したら目立つ位置に配置して、よく話しかけてくれるおばあちゃんに勧めてみたら喜ばれたとか、なかなか良い経験だった。

それに「仕事ってなんだろう」ということ、もっといえば「社会人になったつもりの学生気分」みたいな「仕事してるつもりのおままごと気分」と決別する機会になったと思う。

そんな感じでコンビニバイトが懐かしい私からすれば、コンビニバイトは良いバイトだと思うし、「コンビニバイトなめんな」と胸張れるくらいやれる仕事だと思う次第。

ちなみに、コンビニの仕事が全部マニュアル・システム化されてるかといえばそうじゃない。

例えばバイクの自賠責って一応マニュアルがあるけど、実際はちょっとめんどくさくてマニュアルだけじゃ分かりにくい。

しかも滅多に来ないんで、引き継ぐにも誰かが見守りつつ実際にやって覚えるというのが困難。

宅急便も用途で渡す伝票違うけど、あるのは宅急便側のマニュアルだけ。

複雑だけどよくお世話になるポイントというのをバイト業務全体で一元的に押さえたマニュアルができたらいいなとよく思った。

思ったついでに手書きイラスト入れつつ新人教育用に作ったら、バイト辞めた今でも現役で置かれてるとバイト仲間からネタにされる。

恥ずかしいので、コンビニ会社さんは現役バイターの意見を取り入れて、マニュアルにもう少し力を入れてくれればいいなと思います。

2009-03-09 アレルギーは常識になったのか このエントリーのブックマークコメント

最近はてなを賑わせている蒟蒻ゼリーの問題について、はてなブックマークで多くの星をいただいた。

アレルギーですら、与えて慣れさせろ的な誤解が年配者を中心に未だに残ってる。新たな社会的常識が発生した場合、それを完全に浸透させるには時間がかかるという事なのかも。

蒟蒻ゼリーについても色々まとめたいんだけど、元アレルギー持ちとしてはまずそちらについて記載したかったので、とりあえず書いてみる。携帯からだから読みにくいのはご容赦を。

アレルギーの昔話

今から約20年前、小さい頃の私は卵と牛乳のアレルギーだった。他にもお肉とかチョコとかもダメだった。ついでに妹もアレルギー持ち。母はアレルギーについてはかなり頑張ってくれたので、顔や露出する肌に湿疹ができることは稀で、当時の痕等は全くない。

母がアレルギーに対応できたのは、従姉弟が重度のアレルギーで、今考えると良く助かったと思うくらい危ない状態になったり、食べられるものが少ないくらいの中で叔母が奮闘しているのを見ているからだと思う。

母方の祖母も、私達姉妹や従姉弟が家に来る際は食べ物に気を遣っていたのを覚えてる。嫁姑問題がなかったわけではないだろうけど、少なくともアレルギーについては理解があった。

自分の記憶や母の証言を纏めると、無知と無理解だったのは幼稚園や保育園、学校の先生だった。「少しずつ食べて体を慣れさせる」という無知の先生もいたし、好き嫌いと混同して食べさせられたこともあった。たしか、蕎麦アレルギーの子に教師が無理矢理食べさせて死亡させた事件が報道されたのもこのころだった気がする。

ただ、先生に全く理解がないわけではなかった。小学校は校内に給食室があって、よく私達姉妹向けに「卵が入る前の炒め物」とかを取り置きしてくれた。牛乳飲めないからとお茶を持ち込む私をからかった男子を厳しく諌めたのも先生だった。越した先の給食センターは、材料まで細かく載せたメニューを事前にくれたので、母はそれを元に代替品を持たせてくれた。本当に多くの人にお世話になったから今の自分がいるので、先生全般に対しては感謝の方が大きい。

個人的な話ベースで申し訳ないけど、「先生が無理解だった」とかの先生批判ではなく「教職ですらアレルギーに無理解・無知であった時代がある」という事のエピソードとして捉えていただきたい。

今でこそアレルギーは社会的な常識としてかなり定着したけど、じゃあアレルギーに対する無知が消えたのかと言えばまだまだ残っているのが実情ではないかと思う。20年も経ったと言えるし、20年しか経ってないとも言える。

・ 「常識」の難しさ

常識の定着化という視点で考えると、子育ての「常識」というのは厄介だと思う。特に乳幼児期の子育てについては昔と今で全く反対の事が言われる事も少なくない。

身近な子育ての先輩である両親も20年から30年のブランクがあるのだから、いつの間にか常識が非常識になっている可能性もある。自分が年を取った時を想像すると、自分の中の常識を無意識に適用してしまいそうで怖い。

問題は個々の問題じゃなくて、常識化すべき問題を如何に啓蒙すべきかという問題な気がする。

・ 余談

そういえば、振り込め詐欺も似た問題な気がする。知識として知っていても身に降りかかると行動できない事はままあるから、振り込め詐欺にひっかかった人を責められないよ。

あと蒟蒻ゼリーに話を戻すと、あれはゼリーって形状が話をややこしくしてる気が。バイキングか何かのデザートコーナーに置いてあったら、蒟蒻ゼリーか普通のゼリーか見分けつかない気がする。ナタデココとなら区別つくんだけどなぁ。そいえば、ナタデココの誤飲事故ってあるのかな。ないのなら、逆に固くしてコロコロサイズにするのはダメなのかなぁ。

2009-03-04

好き嫌いについて

唐突でなんだけど、一つのお題に関して長期的に考えることが好きだったりする。この前書いた「個性について」も色々と考えていて、連想が「好き嫌い」に(何故か)行き着いたので、記載してみる。携帯からなんで、読みにくいのはご容赦を。

好き嫌いについて色々連想すると、食べ物なんかの好き嫌いは割とはっきりしてるんだけど、有名人や抽象的なものについては「でも好き(嫌い)」というものが結構多い気がする。

本人達には色々あったんだろうけど、事情を知らない自分からは好きなアーティストの相手と不倫→略奪婚したようにしか見えないから好きになれない有名人とか、

好きな芸能人が逮捕されて、罪は罪だと思うけど、本人に直接会ったこともないのに昔のインタビューを思い出して「辛かったんだろうか」と思ってしまったり、

同じ罪でも、なんとなく好きじゃない有名人についてはちょっと冷たい事を考えてしまったり。

最近また時の人になりつつあるホリエモンの事を、会社が昇り調子なのに株主に配当しなかったのが気に入らなくて、彼の論に対してメタな視点ばかり探してしまったりもしてる。

ホリエモンについてもよく考えると、そもそも嫌いになった当時の自分は若かったし、何となくで気に入らない扱いしてる自分に問題があるし、ホリエモン氏には申し訳ないんだけど、ご容赦頂きたい。

(当時は教科書レベルの株知識しかなかったから、配当は株式のルールだと思っていたなぁ。今もよく分からない。株主優待は知ってるけど。株については改めて調べてみよう。)

要は具体的な内容に対して「でも」と言いたくなる事が好き嫌いなんじゃないかな、と考えてみた。

と思ったんだけど、「でも」とか何とか言っちゃってる部分というのは逆に、単に自分が自分の好き嫌いを認知した段階で、それに対するメタ視点に切り替えてるとも考えられる気がする。

なんだろう…好きとか嫌いに対する後ろめたさや、自分に反する意見への言い訳や予防線のような。

言い訳+「でも」→主観

みたいな感じ。

それを言い訳と取るか、配慮か譲歩と取るのかは読み手・受け手の「でも」に繋がるかどうかなのかも知れない。

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書いていてごちゃごちゃして分からなくなってきたので止め。

やっぱ箇条書きだと整理しやすいね。

箇条書きだと部分的に消化不良起こすのが難点だけど。

あと、メタ視点についてはもう少し膨らませそうな気がする。

もう少し考えてみる。